平成20(わ)33 殺人,傷害,銃砲刀剣類所持等取締法違反

裁判年月日・裁判所
平成21年10月8日 函館地方裁判所
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判決文本文13,751 文字)

- 1 -主文被告人を懲役15年に処する。 未決勾留日数中420日をその刑に算入する。 函館地方検察庁で保管中の折りたたみナイフ1本(平成20年領第37号の106-1)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,第1平成19年11月26日午前7時35分ころ,函館市丁目番号所在abcdのA方駐車場付近において,B(当時23歳)に対し,殺意をもって,その胸部等を所携の折りたたみナイフ(刃体の長さ約7.45センチメートル,函館地方検察庁平成20年領第37号の106-1)で多数回突き刺すなどし,よって,そのころ,同所付近において,同人を両肺刺創による気胸,血胸及び失血により死亡させて殺害し,第2前記日時場所において,C(当時57歳)に対し,その顔面,頚部等に所携の前記折りたたみナイフで切りつけるなどし,よって,同人に加療約113日間を要する下顎部切創,後頚部切創等の傷害を負わせ,第3業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時場所において,前記折りたたみナイフ1本を携帯したものであるが,被告人は,本件各犯行当時,統合失調症のため心神耗弱の状態にあったものである。 (法令の適用)罰条判示第1の所為刑法199条判示第2の所為同法204条判示第3の所為行為時においては平成19年法律第120号による改正前- 2 -の銃砲刀剣類所持等取締法32条5号,22条,裁判時においてはその改正後の同法31条の18第3号,22条(犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による)。 刑種の選択判示第1の罪につき,有期懲役刑判示第2及び第3の各罪につき,懲役刑法律上の減軽判示各罪につき,いずれも刑法39条2項,68条3号併合罪の処理同法45条 法の刑による)。 刑種の選択判示第1の罪につき,有期懲役刑判示第2及び第3の各罪につき,懲役刑法律上の減軽判示各罪につき,いずれも刑法39条2項,68条3号併合罪の処理同法45条前段,47条本文,10条(最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重)未決勾留日数の算入同法21条没収同法19条1項2号,2項本文(折りたたみナイフ1本は判示第1の殺人の用に供したもので被告人以外の者には属しない)。 訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(争点に対する判断) 争点 本件の争点は,被告人の責任能力及び自首の成否である。 前提となる事実関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。 (1)大学入学までの被告人の生活状況等被告人は,東京や岡山で過ごした小・中学校時代,いじめを受けることがあり,中学2年時には,同級生らから集団で暴行を受け,たばこの火を押しつけられてやけどを負わされたことがあった。高校時代,被告人がいじめを受けることはなかったが,幼少時に母親に叩かれたことについて,虐待を受けたと言って母親を責めることがあった。 (2)大学入学後,平成19年3月までの被告人の生活状況等- 3 -被告人は,平成15年4月,大学校に入学し,同学年に在籍していたDEB(以下「被害者」という)と知り合った。 。 被告人は,同年10月ころから,被害者を含む同級生(専攻が異なる者を含む。以下同じ)らや上級生が自分をにらんだり馬鹿にしたような態度をとっ。 ていると感じるようになり,平成16年3月30日,函館市内の神経内科を受診し,統合失調症と診断された。被告人は,同年5月から9月までの間,大学を休学し,岡山県内の実家で生活しながら通院治療を受け,同年10月,大学に復学した。そのころ,被告人は,自らの病名が統合失調症であ し,統合失調症と診断された。被告人は,同年5月から9月までの間,大学を休学し,岡山県内の実家で生活しながら通院治療を受け,同年10月,大学に復学した。そのころ,被告人は,自らの病名が統合失調症であることを知っ,,。 たが薬の副作用を嫌って服薬をせず医療機関に通院することもしなかった被告人は,大学に復学した後も,被害者を含む同級生らが自分の方を見ながらひそひそ話をしている,同級生らにいじめられているなどと感じていたことから,同月ころ,被害者に対し,自分の方を見て噂話をするのを止めてほしい旨述べたところ,被害者は,そのような嫌がらせはしていない,そのように感じたのであれば謝るなどと答えた。この出来事を契機に,被告人は,被害者に好感を持ち,恋愛感情を抱くようになって,同年11月ころ,被害者に対し,交際を申し込んだが,被害者はこれを断った。被告人は,その後も頻繁に被害,。 者の教室を訪れいじめに遭っているなどの話を被害者に聴いてもらっていたこのように,被告人は,被害者に好意を持つとともに信頼していたが,平成18年11月ころ,博物館実習の際,被害者が同級生との会話で被告人のことを「うざい」と言ったと思い込み,被害者に裏切られたと思ってショックを受け,被害者を恨むようになった。この出来事の後も,被告人と被害者が話をしたことはあったが,平成19年3月,被害者が大学を卒業したため,被告人と被害者が大学内で顔を合わせることはなくなった。 (3)平成19年4月以降の被告人の行動等被告人は,同年4月以降も大学に在籍していたところ,後輩達が自分をにらんでくるなどと感じることがあり,同級生らが後輩達にいじめを引き継いだも- 4 -のと考え,そのストレスなどから自宅で暴れるようになった。 そのような中,被告人は,いじめをしていた同級生の中の一人を殺そうと などと感じることがあり,同級生らが後輩達にいじめを引き継いだも- 4 -のと考え,そのストレスなどから自宅で暴れるようになった。 そのような中,被告人は,いじめをしていた同級生の中の一人を殺そうと考えるようになり,また,同級生らが大学在学中に被告人をいじめていた旨を記載した告発文書を教育機関や報道機関等に送付しようと考え,同年7月ころまでに,合計203通を完成させた。その後,被告人は,同年9月末に大学を卒業したが,大学時代にいじめられたという思いは止まず,夜中に,いじめや虐待のことを思い出して,自宅で暴れることもたびたびあった。 他方,被告人は,同年4月ないし5月ころ,その動機が上記の妄想に基づく,()同級生のいじめに対する復讐そのものであったかどうかはともかく上記2,,,のとおり被害者に裏切られたという思いから被害者を殺害することに決め電話帳や住宅地図を手がかりに被害者の自宅を突き止め,深夜,被害者方付近に出掛けては,被害者方に駐車していた自動車のナンバーをメモしたり,被害者が通勤時に利用するバス停の位置やバスの到着時間を調べるなどした。しかし,被告人は,同年8月ころ,被害者を殺害することにためらいを覚えるようになり,実行には至らなかった。その後,被告人は,やはり被害者を殺そうと,,,考えるようになり同年10月から11月上旬ころにかけて十数回にわたりレンタカーを借りるなどして,ナイフを持参した上で被害者の自宅付近で被害者を待ち伏せ,被害者を殺害する機会をうかがったが,怖じ気づいて実行することができなかった。また,同年11月上旬ころ,被告人は,ナイフを持参して被害者の勤務先を訪れたが,被害者に会うことはできなかった。 このような行動を繰り返すうち,被告人は,被害者と和解したいと考えるようになり,同月中旬ころ,再び被害 上旬ころ,被告人は,ナイフを持参して被害者の勤務先を訪れたが,被害者に会うことはできなかった。 このような行動を繰り返すうち,被告人は,被害者と和解したいと考えるようになり,同月中旬ころ,再び被害者の勤務先を訪ねたが,被害者は,被告人に対し,もう来ないでほしい旨告げた。この出来事の数日後,被告人は,めまいで倒れ,救急車で病院に運ばれるなどし,同月22日,神経内科を受診したが,薬の処方を受けたのみで帰宅した。 (4)犯行当日の被告人の行動- 5 -被告人は,同月25日夜から26日にかけて,自宅で激しく暴れ,部屋の天井や壁に穴を開けるなどし,そのころ,被害者を殺害しようと決意するに至った。被告人は,被害者を待ち伏せて殺害し,他方で,上記の告発文書を投函して自首しようと計画し,26日早朝,凶器を準備し,203通の告発文書を持参して,レンタカーを借り,コンビニエンスストアで返り血を洗い流すための水と軍手を買い,告発文書をF駅のコインロッカーに隠し,いったん自宅に戻った。 被告人は,同日午前7時20分ないし30分ころ,レンタカーで被害者の自宅付近に到着し,車内で被害者を待ち伏せ,被害者が母親(判示第2の被害者であるC)とともに自宅から出てきて自動車に乗り込もうとするのを見るや,レンタカーを発進させて被害者らが乗車する自動車の前に横付けして進路をふさいだ。被告人は,進路をふさぐ直前,逃げ出したくなるような衝動を感じたが,降車して被害者の方へ向かった。被告人は,降車してきた被害者の顔面を手拳で1回殴打し,折りたたみナイフで被害者の首や胸付近を突き刺し,逃げようとした被害者を追いかけ,髪をつかみ,身を守ろうとする被害者の顔面,首,腕などを何度も突き刺した。これを見た被害者の母親が,被害者と被告人の間に割って入ったが,被告人は,折りたたみナイフで切 げようとした被害者を追いかけ,髪をつかみ,身を守ろうとする被害者の顔面,首,腕などを何度も突き刺した。これを見た被害者の母親が,被害者と被告人の間に割って入ったが,被告人は,折りたたみナイフで切りつけるなどして被害者の母親を振り払い,被害者を追いかけ,玄関ドア前付近で,被害者の首付近を数回突き刺した。 被告人は,騒ぎを聞きつけた近隣住民が集まってきたことに気付くと,レンタカーで現場から逃走し,F駅のコインロッカーに隠しておいた告発文書を取り出して投函した後,110番通報をしてこれから出頭する旨述べ,G警察署に出頭した。 以上を前提に,被告人の責任能力について判断する。 (以下,医師H(以下「H医師」という)作成の鑑定書(甲30,捜査報。 )告書(甲34)及びH医師の公判供述を併せて「H鑑定」といい,鑑定人I(以- 6 -下「I医師」という)作成の鑑定書(職3)及び「平成21年2月21日付け。 「質問事項」について回答いたします」と題する書面(職4)並びにI医師の公判供述を併せて「I鑑定」という)。 (1)犯行当時の病状の程度ア被告人が犯行当時統合失調症に罹患していたことについては,当事者間に争いはなく,H鑑定及びI鑑定も被告人は妄想型統合失調症に罹患していたという点において一致しており,関係証拠から明らかに認められる。 もっとも,犯行当時の被告人の病状の程度に関して,検察官は,被告人の犯行当時の病状は軽症である旨主張するのに対し,弁護人は,被告人は,犯行直前に幻聴を聞いており,犯行当時,妄想と幻聴を伴った精神運動興奮状態にあったもので,統合失調症の急性増悪期であった旨主張する。 イそこで,まず,幻聴について検討する。 検察官は,H鑑定が犯行当時に幻聴はなかったと結論づけていること,被告人は,捜査段階及び第2回公判期日におい ので,統合失調症の急性増悪期であった旨主張する。 イそこで,まず,幻聴について検討する。 検察官は,H鑑定が犯行当時に幻聴はなかったと結論づけていること,被告人は,捜査段階及び第2回公判期日において,一貫して犯行時に幻聴はなかった旨供述していることを根拠として,犯行時に幻聴はなく,幻聴があった旨の被告人の第5回公判期日における供述は,自己の刑責を免れるための虚偽供述であると主張する。 この点,被告人は,第5回公判期日において,犯行直前に「殺せ,そうすることが復讐になるんだ,次は確実に殺せ「よくもいじめてくれたな,。」次は確実に殺して復讐してやる」という自分の声が聞こえていた旨具体的。 に供述し,I医師による鑑定の際も同様の話をしていたことが認められる。 そして,被告人は,以前そのような供述をしていなかった理由として,自分の声が聞こえることは幻聴に含まれないと思っていたと述べているところ,I医師も,被告人は自分の声が幻化するのを知らず,自分の声が幻聴となっているのを鑑定期間中に認識した旨述べている。また,被告人の供述態度や供述内容等に照らせば,被告人がことさらに自己の刑事責任を免れるために- 7 -虚偽の供述をしているとまでは考えにくく,H医師も,被告人が虚偽の供述をする可能性については懐疑的な見方をしている。以上によれば,自分の声の幻聴を聞いたとする被告人の上記供述を,自己の刑責を免れるための虚偽供述であるとして排斥することは困難といわざるを得ず,犯行直前に上記のような幻聴があった可能性を否定することはできない。 ウ次に,病状の程度全般について検討する。 (ア)I鑑定は,犯行当時の被告人の病状について「自我境界が消失した無,意識衝動の統制不能な統合失調症の急性増悪期「興奮と昏迷を反復す」,る緊張病症状が幻聴に支配された増悪 について検討する。 (ア)I鑑定は,犯行当時の被告人の病状について「自我境界が消失した無,意識衝動の統制不能な統合失調症の急性増悪期「興奮と昏迷を反復す」,る緊張病症状が幻聴に支配された増悪期」とする。 しかしながら,この点について,H医師は,自我境界が消失するほどの重症の患者であれば,普通の疎通性がある状態ではなく,まとまりのある行動や自分の予定していた行動がとれるとは考えられない旨述べており,前記2で認定した本件当日の被告人の行動に照らしても,H医師の述べるところを支持することができる。また,一連の被告人の行動からすると,被告人が犯行当時又はその前後に昏迷状態に陥っていたとは到底認められない。 したがって,I鑑定中,犯行当時の被告人の病状の程度に関する部分は支持できない。 (イ)他方,H鑑定は,犯行時の被告人の病状の程度は比較的軽度であるとするところ,その根拠は合理的で,概ね信用できる。 もっとも,H鑑定は,犯行当時,被告人に幻聴がなかったことを前提とするところ,前記のとおり,被告人に幻聴があった可能性は否定できないから,この点については,前提とする事実が異なるものといわざるを得ない。また,H医師は,当公判廷において,犯行当時,被告人にはいじめの相手を殺さなければ自分が奴隷のように無残に殺されるという妄想があった旨述べているところ,この妄想は,その内容に照らしても,相当程度切- 8 -迫したものということができる。 これらの事情に加え,前記2で認定した犯行当日の被告人の行動や幻聴の内容なども考慮すると,少なくとも,被告人は重症ではなかったと認められるが,被告人の病状が「比較的軽度」であったとするには疑問を差し挟む余地がないとはいえない。 エ以上を総合すると,被告人は,犯行当時,妄想型統合失調症に罹患していたが,その症状は かったと認められるが,被告人の病状が「比較的軽度」であったとするには疑問を差し挟む余地がないとはいえない。 エ以上を総合すると,被告人は,犯行当時,妄想型統合失調症に罹患していたが,その症状は重症ではなかったこと,大学時代に同級生らからいじめられていたとの妄想を抱いており,犯行前夜から当日にかけて,復讐しなければ奴隷のように扱われて無残に殺されるとの妄想があったこと,犯行直前には「殺せ,そうすることが復讐になるんだ」などの自分の声の幻聴があったことが認められる。 (2)犯行動機の了解可能性ア検察官は,被告人は,被害者に対する恋愛感情を失うことなく被害者に接触を図っていたところ,平成19年11月中旬ころ,被害者の会社を訪ねた際,被害者に明確に拒絶されたことから,恋愛感情の反動形成により被害者に対する強い恨みを抱き,被害者を殺害したものであり,犯行動機は了解可能であると主張する。 これに対し,弁護人は,犯行動機は大学時代に受けたいじめに対する復讐であり,いじめ自体が統合失調症による妄想に基づくものであるから,犯行動機は了解不能である旨主張する。 イ検察官の主張の根拠であるH鑑定の要旨は,次のとおりである。 被告人の被害妄想により本件犯行が引き起こされたとするならば,動機は了解不能であるが,恋愛感情から引き起こされた犯行だとするならば,動機は了解可能である。本件犯行の動機は,恋愛感情が満たされなかったことによる反動形成であり,具体的には,被告人は,被害者に非常に強い恋愛感情を持っていたのを拒絶されたことによって,被害者をいじめの首謀者という- 9 -ふうに置き換えて殺そうとしたもので,このことには統合失調症よりも被告人の性格傾向が強く影響している。被害者がいじめの首謀者であるということについては,被告人が訂正可能であったから妄想で - 9 -ふうに置き換えて殺そうとしたもので,このことには統合失調症よりも被告人の性格傾向が強く影響している。被害者がいじめの首謀者であるということについては,被告人が訂正可能であったから妄想ではない。 この点,被告人の大学時代の言動や被害者に対する恋愛感情についての供述からすると,犯行当時も被告人が被害者に対する恋愛感情を有していたことがうかがわれ,また,前記2で認定した本件に至る経緯に照らすと,平成19年11月中旬ころ,被告人が2回目に被害者の会社を訪ねた際に被害者から明確に拒絶されたことが本件の契機となったとみるのが自然であり,H鑑定から認められる被告人の性格傾向からすると,被告人が被害者に拒絶されたことを認められずに本件に及んだという説明は,十分に納得ができるものである。 もっとも,H鑑定によっても,本件前日から当日,被告人はいじめに対して復讐しなければ奴隷のように扱われて無残に殺されてしまうという妄想があったということである。また,被告人はいじめに遭ったという妄想からいじめをした同級生の中の一人を殺そうと考え,前記のとおり203通の告発文書を作成しているところ,本件当日,少なくとも被告人の意識の上では,いじめを告発するためにこれを投函したと考えられる。さらに,被告人は,犯行直後の出頭時から一貫していじめに対する復讐のために被害者を殺害した旨供述しており,前記のとおり,犯行直前,被告人に「殺せ,そうすることが復讐になるんだ」などの自分の声が聞こえていた可能性も否定し難い。 ところである。 そうすると,動機の形成過程において,被告人が抱いていた妄想が相当程度影響したとみる余地は十分にあり,恋愛感情の反動形成のみによって本件を説明することは困難といわざるを得ない。 ウ他方,弁護人の主張の根拠であるI鑑定の要旨は,次のとおりであ 抱いていた妄想が相当程度影響したとみる余地は十分にあり,恋愛感情の反動形成のみによって本件を説明することは困難といわざるを得ない。 ウ他方,弁護人の主張の根拠であるI鑑定の要旨は,次のとおりである。 本件の動機は妄想に支配されたものであり,被告人の被害者に対する感情- 10 -は,恋愛感情ではなく,母親に抱くような思慕の情に近い。被告人は,妄想に追いつめられ,被害者に救済してほしいとの思いをもって被害者に会いに行ったところ,被害者に拒絶されたことにより,被害者がいじめの加害者であると断定し,復讐のために本件に至ったものである。 しかしながら,被告人の大学時代の言動や前記認定の犯行に至る経緯,被害者に対する恋愛感情について被告人が供述するところによれば,犯行当時も被告人が被害者に対する恋愛感情を有していたことが優に認められるのであり,この点を措いて,本件の動機が全面的に妄想に支配されたものと理解することはできない。 エ以上を総合すると,被告人は,被害者に対する恋愛感情が満たされなかったことにより恨みや怒りの気持ちを募らせたことに加え,いじめに対して復讐しなければ奴隷のように扱われて無残に殺されてしまうという妄想の影響も受け,自分の声の幻聴もあって本件に至ったものと考えられる。 このように,本件の動機形成過程において,被告人が抱いていた妄想が相当程度影響した可能性は否定できないものの,それを含めて恋愛感情が満たされなかったことに対する恨みや怒りという動機は了解が不能なものとはい,,,,,えずまた前記の幻聴についても自分の声によるもので被告人自身も幻聴が後押ししてくれたという感じであり,幻聴に従わないこともできたなどと述べており,被告人が妄想や幻聴に支配されて犯行に及んだものでないことは明らかである。 (3)その他の事 もので被告人自身も幻聴が後押ししてくれたという感じであり,幻聴に従わないこともできたなどと述べており,被告人が妄想や幻聴に支配されて犯行に及んだものでないことは明らかである。 (3)その他の事情ア犯行の計画性,犯行の手段・態様前記2で認定した事実に照らせば,被告人は,被害者を殺害するための準備を周到に整えた上で,被害者を待ち伏せし,計画どおりに被害者を殺害しており,H鑑定も述べるとおり,本件犯行に計画性があることは明らかである。また,被告人は,被害者を殺害するという目的に沿って合目的的かつ合- 11 -理的に行動したといえる。 イ違法性についての認識前記2で認定したとおり,被告人は,本件犯行前,被害者を殺害しようと考え,何度もその機会をうかがいながら,殺害を躊躇しており,また,被告人は本件当日,被害者を殺害した後は自首するという計画を立て,そのとお。 ,,り自首したものであるこれらの事情に照らせばH鑑定も指摘するとおり被告人は本件犯行が違法であることを十分に認識していたと認められる。 ウ人格の異質性H鑑定によれば,被告人は,自己のコントロールを越えるような感情や出来事に直面すると自分のルールで行動するという性格傾向があり,このような被告人の性格傾向と本件犯行との間に異質性はないと認められる。 エ犯行後の行動前記2で認定したとおり,被告人は,犯行後,告発文書を投函し,110番通報をした上で警察署に出頭し,この時,被告人は,警察官に手荒に扱われないように両手を上に上げるなどしており,自己防御・危険回避的行動をとったといえる。 また,被告人は,犯行後,本件について謝罪と反省の言葉を述べている。 このように,犯行後の行動に不合理な点は見当たらない。 オ犯行当時の記憶の有無・程度被告人は,捜査段階及び公判廷において,犯行時 また,被告人は,犯行後,本件について謝罪と反省の言葉を述べている。 このように,犯行後の行動に不合理な点は見当たらない。 オ犯行当時の記憶の有無・程度被告人は,捜査段階及び公判廷において,犯行時及び犯行前後の状況を具体的かつ詳細に供述しており,被告人の記憶は十分に保たれていると認められる。 (4)結論以上に検討したところによると,被告人は,犯行当時,妄想型統合失調症に罹患していたが,その症状は重症ではなかったこと,犯行は妄想や幻聴に支配されたものではなく,犯行動機は一応は了解可能であること,また,本件犯行- 12 -には計画性があると認められ,犯行時及び犯行前後の被告人の行動は合理的かつ合目的的なものであること,被告人は本件犯行が違法であることを十分に認識していたこと,被告人の犯行当時の記憶も保たれていること,被告人の性格傾向と本件犯行との間に異質性は認められないことが認められ,これらの事情を総合すると,犯行当時,被告人は是非弁別能力及び行動制御能力をいずれも喪失していなかったと認められる。 もっとも,前記のとおり,本件動機の形成過程において,いじめに対して復讐しなければ奴隷のように扱われて無残に殺されてしまうという妄想が相当程度影響した可能性は否定できないところ,この妄想は統合失調症に基づくものであり,妄想の内容も「無残に殺されてしまう」という被告人の生死に関わる切迫感のあるものであるから,少なくとも,犯行当時の被告人の行動制御能力は,統合失調症の影響によって著しく低下していた可能性を否定することができない。 以上によれば,被告人は,本件各犯行当時,心神耗弱の状態にあったものと認めるのが相当である。 なお,I鑑定は,被告人の責任能力につき,是非弁別能力及び行動制御能力を完全に喪失していたとして,心神喪失と結論づけるところ,病状 本件各犯行当時,心神耗弱の状態にあったものと認めるのが相当である。 なお,I鑑定は,被告人の責任能力につき,是非弁別能力及び行動制御能力を完全に喪失していたとして,心神喪失と結論づけるところ,病状の程度につき統合失調症の急性増悪期であるとする点や,犯行動機について妄想に支配されたものであるとする点など,裁判所の認定と異なる判断を前提としていることから,支持できない。他方,H鑑定は,被告人の責任能力につき,是非弁別能力は有しているが,行動制御能力は統合失調症の影響により多少は障害されていた(軽度の低下)として,完全責任能力と結論づけるところ,その鑑定方法及び内容は合理的であるといえる。もっとも,前記のとおり,本件を恋愛感情の反動形成のみによって説明することは困難であり,動機の形成過程において妄想が相当程度影響した可能性は否定できないから,H鑑定を踏まえても,前記結論は左右されない。 - 13 - 自首の成否について(1)本件においては,被告人が犯行後にG警察署に出頭して警察官に対して犯行を申告し,処罰をゆだねたことについては争いがなく,その時点で被告人が犯人であることが捜査機関に発覚していたかが問題となるところ,犯行に至る経緯及び犯行状況は,前記2のとおりであり,さらに,自首の成否に関し,関係各証拠によれば,以下の事実(いずれも犯行当日の出来事である)が認めら。 れる。 ,,,ア午前7時36分被害者方の近隣住民2名がそれぞれ110番通報をし本件の概要を警察官に伝えた。その結果,捜査機関は,遅くとも午前7時42分の時点で,被害者が,自宅前で知人の若い男性に刺され,男性は「札幌わ」の白かシルバーの軽四輪乗用自動車で逃走したことを把握した。 eイ午前7時47分,捜査機関は,車両照会を行い,逃走車両は「札幌580わ」のレンタ 自宅前で知人の若い男性に刺され,男性は「札幌わ」の白かシルバーの軽四輪乗用自動車で逃走したことを把握した。 eイ午前7時47分,捜査機関は,車両照会を行い,逃走車両は「札幌580わ」のレンタカーであることを把握した。また,このころまでに,警察官eが被害現場に臨場し,現場の状況を把握するとともに,被害者の母親や近隣住民から聴取りをして,本件の概要を確認した。 ウ午前7時52分,捜査車両に乗車していた警察官が国道5号線を走行する逃走車両を発見したが,見失った。 エ被告人は,午前7時55分,110番通報をして,人を刺した旨述べ,午,。 ,「,。」前7時56分G警察署に出頭した被告人は警察官のお前どうしたという問いかけに対し「すみません。人を刺しました」と答え,その後,。 の取調べで本件を認める供述をし,また,犯行時に使用した車両や折りたたみナイフ等の所在を明らかにし,午後0時0分,緊急逮捕された。 (2)以上のとおり,捜査機関は,被告人が警察署に出頭するまでの間に,本件の犯人は被害者の知人の若い男性であり,レンタカーで犯行現場から逃走したこと及びレンタカーの色とナンバーを把握していたことが認められるものの,そ,,の時点においてレンタカーの利用状況についての照会にまでは至っておらず- 14 -,。 ,,被告人の氏名住所は明らかになっていなかったなおレンタカーの借主は補充捜査により容易に判明する状況にあったといえるが,被告人が出頭した時点では,レンタカー貸出手続時の状況や共犯関係の有無等は何ら明らかになっておらず,捜査機関において,レンタカーの借主が犯人であると特定していたとはいえない。また,110番通報や現場での聴取りから得られた犯人に関する情報は,被害者の知人の若い男性であるという漠然としたものでし ず,捜査機関において,レンタカーの借主が犯人であると特定していたとはいえない。また,110番通報や現場での聴取りから得られた犯人に関する情報は,被害者の知人の若い男性であるという漠然としたものでしかなく,被告人が出頭した際の警察官とのやりとりに照らしても,容貌,体格,着衣等の特徴により犯人が特定できていたとも認められない。 そうすると,被告人が警察署に出頭した時点では,判示第1ないし第3のいずれの事実についても,被告人が犯人であると捜査機関に発覚していたものと認めることはできない。よって,被告人には自首が成立する。 (量刑の事情) 本件は,被告人が,大学の同級生であった被害者を折りたたみナイフで多数回突き刺して殺害し(判示第1,被告人を止めようとした被害者の母親にも上記)ナイフで切りつけるなどして傷害を負わせ(判示第2,その際,正当な理由が)ないのに上記ナイフを携帯した(判示第3)事案である。 2(1)前記認定のとおり,被告人は,大学時代から被害者に恋愛感情を抱いていたところ,被害者に裏切られたと感じていたことに加え,被害者を含む同級生らにいじめられていたという妄想の影響もあって,被害者を殺害しようと考えるようになり,その後,何度も被害者殺害の機会をうかがったが,実行できず,他方で,被害者と和解したいと考えて被害者の勤務先を訪れたものの,いじめとは全く無関係な被害者と和解するなどという発想自体一方的なものであり,当然のこととして,困惑した被害者にもう来ないでほしいなどと申し向けられたことから,再度,一方的に被害者に対する恨みや怒りの気,。 ,持ちを募らせ本件各犯行に及んだものであるこのような経緯に照らすと動機の形成過程において統合失調症による妄想の影響があったことを考慮し- 15 -ても,犯行動機は甚だ身勝手なものというほ 。 ,持ちを募らせ本件各犯行に及んだものであるこのような経緯に照らすと動機の形成過程において統合失調症による妄想の影響があったことを考慮し- 15 -ても,犯行動機は甚だ身勝手なものというほかない。 (2)被告人は,被害者を殺害しようと考えるようになったころから,被害者の自宅を突き止めて周囲の状況を確認するなどし,本件の約1か月前から,十数回にわたり,被害者を待ち伏せて殺害の機会をうかがい,さらには被害者の勤務先まで押しかけた。また,被告人は,本件前日から当日にかけて,凶器等を準備し,被害者の出勤時間を狙って被害者を待ち伏せ,殺害を実行した。このように,被告人は,周到に準備を遂げ,被害者を確実に殺害できる機会をうかがった上で,被害者の殺害に及んだもので,本件は計画的な犯行である。 (3)被告人は,被害者の顔面を殴打し,鋭利で殺傷能力の高い折りたたみナイフで,被害者の首や胸付近を突き刺し,逃げようとする被害者を追いかけ,身を守ろうとする被害者の顔面,首,腕などを何度も突き刺し,止めに入った被害者の母親の顔面や頚部等に切りつけ,さらに,玄関前まで逃げていた被害者の首付近を数回刺し,被害者の身体の枢要部を中心に合計29か所もの創傷を負わせ,死亡させたものである。犯行態様は凶暴,執拗かつ残忍なもので,極めて悪質であり,被害者に対する強固な殺意がみてとれる。 (4)被告人の行為により,被害者の尊い命が奪われ,被害者の母親も重傷を負っており,結果は余りにも重大である。被害者は,家族や友人を大切にする心優しい女性であり,何らの落ち度もないのに,理不尽にも,突然,自宅前で被告人の執拗な攻撃を受け,23歳の若さで生命を絶たれたものであり,その肉体的苦痛,恐怖心,無念さは察するに余りある。また,慈しみ育ててきた愛娘を目の前で惨殺され,自らも重傷を負 も,突然,自宅前で被告人の執拗な攻撃を受け,23歳の若さで生命を絶たれたものであり,その肉体的苦痛,恐怖心,無念さは察するに余りある。また,慈しみ育ててきた愛娘を目の前で惨殺され,自らも重傷を負った被害者の母親の悲しみ,苦しみは筆舌に尽くし難く,被害者の父親も,宝物のような存在であった被害者を失った悲しみに打ちひしがれており,遺族が峻烈な処罰感情を述べるのも至極当然である。被害者の家族に対しては,特段の慰謝の措置は講じられていない。 - 16 -(5)以上によれば,被告人の刑事責任は重大である。 他方,前記のとおり,被告人は本件各犯行当時,統合失調症に罹患しており,その影響で心神耗弱の状態にあったこと,犯行直後に自首したこと,犯行を認めて反省の言葉を述べていること,被告人に前科はなく,犯行時22歳と若年であること,被告人の両親が当公判廷に出廷して今後の監督について述べていることなど,量刑上被告人のために酌むべき事情も認められる。 以上の諸般の事情,特に本件動機及び犯行態様の悪質性,結果の重大性にかんがみれば,被告人のために酌むべき事情を最大限に考慮したとしても,殺人罪について有期懲役刑を選択した場合の処断刑の上限である懲役15年に処するのが相当と判断した次第である。 (求刑懲役25年,折りたたみナイフ1本の没収)平成21年10月8日函館地方裁判所刑事部裁判長裁判官柴山智裁判官大畠崇史裁判官板橋愛子

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