昭和23(ツ)4 家屋明渡請求事件

裁判年月日・裁判所
昭和24年6月28日 名古屋高等裁判所 破棄差戻
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【DRY-RUN】主    文      原判決を破毀し、本件を岐阜地方裁判所にさし戻す。          理    由  上告理由は別紙上告理由書に記載の通りで、これに対する当裁判所の判断は次の 通りである。  原

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判決文本文2,455 文字)

主文原判決を破毀し、本件を岐阜地方裁判所にさし戻す。 理由上告理由は別紙上告理由書に記載の通りで、これに対する当裁判所の判断は次の通りである。 原判決の理由の記載によると、原審は被上告人の賃貸借解除の主張を認容するにあたり、原審における第二回の被控訴人本人訊問における供述のみによつて、被上告人は昭和二十二年二月二十五日頃上告人にたいして、昭和二十一年八月からの賃料を二週間内に支拂うべき旨の催告をしたとの事実を認定している。ところで被上告人の右供述を記録についてしらべると、「控訴人(上告人)が右家賃金を支拂わないので昭和二十二年二月二十五日御嵩の裁判所で調停の際私(被上告人)は控訴人に対し調停委員の面前で右滞納家賃金を向う二週間内に支佛うとと、若しその支佛を履行しない場合には本件家屋に対する賃貸借契約を解除する旨を申入れました」というのである。 これによると、被上告人主張の賃料債務履行の催告は、本件当事者双方が本件家屋に関する紛争の調停事件について、調停委員会において調停を受けている際になされたのである。いうまでもたく調停委員会における調停主任や調停委員のいうところは当事者にたいする命令ではなく、その互讓妥協を求める勧告であり、当事者の発言は、それぞれ自らなつとくのできる解決案を発見しようとして試るものであつて、意思表示ないし法律行爲若しくは法律的行爲ではないのである。したがつてこの場合になされる当事者の主張や要求は、これだけをぬき出してそれに法律上の効果を附すべきではなく、当事者自身もかような意思を持つていないのが通例である。だから前記被上告人本人訊問における供述のごとく、世間でしばしば内容証明郵便の方法によつて行われる履行催告ー契約解除権発生の要件として、相当の期間を定めてする履行 意思を持つていないのが通例である。だから前記被上告人本人訊問における供述のごとく、世間でしばしば内容証明郵便の方法によつて行われる履行催告ー契約解除権発生の要件として、相当の期間を定めてする履行の催告が、調停委員会の席上でなされるということは、ずいぶん珍しいととで、われらの生活経験にてらして、例外中の例外に属する。ことに本件においては、甲第五号証(前記調停事件の調停申立書謄本)には紛議の実情として、上告理由第二点の論旨引用の通りの記載があるのみであり、原審における上告人本人訊問の際における供述には、前記「調停の際被上告人から家賃の請求は受けませんでした」とあり、被上告人本人もその第一回訊問の際の供述は、調停委員会において期間を定めて履行の催告をしたようなことには少しもふれず、また被上告人は、原審において昭和二十二年十二月五日口頭弁論終結まで、期間を定めて履行の催告をしたとの主張はしていない。その後口頭弁論再開後第一回(昭和二十三年二月二十五日)の口頭弁論期日において裁判長によつて釈明を求められ、その次の口頭弁論期日(同年三月三十一日)に至つてはじめて被上告代理人から、前記履行催告に関する事実上の主張がなされ、被上告代理人の求めによる被上告人本人訊問が、その次の期日(同年四月二十六日)に行われてここに論旨引用の供述がなされたのであり、上告人代理人は前記三月三十一日の口頭弁論期日において上告人本人訊問の申出をしているのにかかわらず、被上告代理人申出の被上告人本人訊問のみが採用せられているという次第である。 なおその上に原審の確定したところでは、本件家屋の賃料は月十二円であり、被上告人は昭和二十二年二月二十五日に前年八月分からの賃料支拂を催告したが、その催告に定めた二週間内に支拂がなかつたというのであるが、月十二円の七カ月分八十四円は当 本件家屋の賃料は月十二円であり、被上告人は昭和二十二年二月二十五日に前年八月分からの賃料支拂を催告したが、その催告に定めた二週間内に支拂がなかつたというのであるが、月十二円の七カ月分八十四円は当時の一般物價事情からいうと、たいして大金というべきものではなくこれを支拂わなければ賃貸借を解除するぞという強い催告にあつて、当時の住宅ふつていの世情において、支拂をしたかつたというたらば、それは、よくよく、特別の事情があつたと言わねばならない。 <要旨>証人または当事者本人の供述が信用すべきものか否か、すなわち実質的証拠力の有無は、裁判官の自由な心証</要旨>によるべきこと、もちろんであるが、それはどこまでも経験法則の要求にそむかないかぎりでなければならない。そして証人もしくは本人の供述を信用するか否かについて特に経験則に従つているとの理由を示すことは必要でないとされているけれども、それは多くの場合ある証言を信用しても、信用しないでも、経験則に反することのない事情にあるからであつて、ある証言によつて認められる事実の生ずることが、きわめて稀有例外に属する場合に、その反対の証拠も現われている以上は、きわめて稀有例外の事実を肯定する証言は信用すべく、反対の証言は信用すべからす、とするについての説明がなくては、その証拠に対する判断が経験法則に従つていることを知るを得ないのである。 しかるに原審は前段説示のごとき事情の下において右の点について、なんら、設明するところなく、ただ上告人本人の供述によつて認めるというのみである。原判決はその判示によつて事実認定の合理的根拠を理解することができず、結局証拠によらずして事実を認定した違法か、でなければ、理由の説明がない理由不備の違法があるものといわねばならぬ。 よつて本件上告は理由ありと認め、民事訴訟法第四百七條 根拠を理解することができず、結局証拠によらずして事実を認定した違法か、でなければ、理由の説明がない理由不備の違法があるものといわねばならぬ。 よつて本件上告は理由ありと認め、民事訴訟法第四百七條第一項に則り、主文の通り判決する。 (裁判長判事藤江忠二郎判事茶谷勇吉判事白木伸)

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