- 1 -令和7年4月18日宣告令和6年(う)第279号 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中140日を原判決の刑に算入する。 理由 第1 事案の概要及び控訴趣意 1 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、被告人が、①令和5年9月21日午前3時46分頃から同日午前7時55分頃までの間に、自宅で、妻である被害者(当時35歳)に対し、殺意をもって、何らかの方法で頸部を圧迫し、同人を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害し(原判示第1)、②その頃から同年10月19日までの間、被害者の遺体を自宅に放置し、もって死体を遺棄した(原判示第2)、というものである。 原審において、被告人は、原判示第2の死体遺棄を行ったことは認める一方で、原判示第1の殺人については、自分は被害者を殺害しておらず、被害者の死因は自殺であると主張して、公訴事実を否認した。原審裁判所は、審理及び評議の結果、いずれの犯罪事実も認定し、被告人に懲役16年の有罪判決を言い渡した。 2 弁護人陶山博生の控訴趣意は、事実誤認の主張である。 第2 事実誤認の控訴趣意について 1 論旨は、原判示第1の殺人について、被告人がこれを行ったと認定した原判決には事実の誤認がある、というのである。 2 原判示の説示の要旨(以下、略称は原判決のそれに従う。)(1)法医学者の供述の検討ア法医学者2名(A医師、B医師)は、遺体の状況から、被害者の死因は、絞頸を原因とする頸部圧迫による窒息であると判断した(ただし、首を絞めるのに使用された索状物の種類や扼頸の可能性などについて異なる供述をする部分もあ - 2 -る。)。その場合、被害者が意識を消失 を原因とする頸部圧迫による窒息であると判断した(ただし、首を絞めるのに使用された索状物の種類や扼頸の可能性などについて異なる供述をする部分もあ - 2 -る。)。その場合、被害者が意識を消失した後も索状物が緩まない状態を維持できなければ自殺は考えられないが、遺体にはそのような痕跡が認められなかったため、他殺の可能性が高いという。これに対し、別の法医学者(C医師)は、被害者の死因は、複合的な原因に起因する気道閉塞による窒息であると判断した。その場合、索状物を自身の首に絞め続ける必要はなく、自殺の可能性があるという。 イ C医師は、頭蓋骨内について右錐体部のみにうっ血様の変化が見られたことは、被害者の頭が死亡後、遅くとも2日以内の間に右側に傾いていたことによる血液就下(血液の循環が停止し、重力で死体の低い部分に移動する現象)が原因であるという。これに対し、B医師は、頸部の圧迫により錐体部にうっ血が生じるが、輪状軟骨の骨折の位置が左側であることや左総頸動脈外膜に軽度の出血様の変化があることから、損傷の程度は頸部の左前方が強く、同部に最も力が強く加わっていたと考えられ、そのことから頸部の左側については動脈についても圧迫され、左側についてはうっ血があったとしてもその程度が弱かったために、右錐体部のみにうっ血様の変化が確認できたと考えられるという。被告人は、被害者の遺体を発見した際、被害者の顔は左側が下向きになっており、その後、被害者をマットレス上に仰向けに寝かせたが、それ以降、遺体には触れていない旨を供述する。他方で、約1か月後に被害者の遺体が発見された際、遺体はマットレス上に仰向けの状態で横たわっており、顔は上向きであった。これらを前提にすると、被害者の遺体の頭部が右側に傾くような場面は特に想定されないし、仰向けに寝かされた人間の遺体 発見された際、遺体はマットレス上に仰向けの状態で横たわっており、顔は上向きであった。これらを前提にすると、被害者の遺体の頭部が右側に傾くような場面は特に想定されないし、仰向けに寝かされた人間の遺体の顔が、右側に傾いた後に自然と上向きに移動することは考えにくい。C医師の供述は、このような事実関係と整合しないが、B医師の供述は整合している(以下「説示①」という。)。 ウ C医師は、気道閉塞であれば、頸静脈の閉鎖がなく、溢血点は生じないため、被害者の遺体の頭皮下等に溢血点が確認されなかったという。しかし、溢血点は、遺体の解剖当時に確認されなかっただけにすぎず、被害者が死亡した当時に溢血点があったことを否定するものではない。A、B各医師は、溢血点については死後変 - 3 -化によって確認できなかったというが、遺体が死後約1か月間放置され、全身が高度に腐敗していることを踏まえると、遺体の頭皮下等に溢血点が確認されなかったことが、A、B各医師の供述と矛盾するとはいえず、同医師らの供述の信用性を低下させるものではない(以下「説示②」という。)。 エ被害者が死亡した当時、被告人の右手が骨折していたことを前提としても、本件事件後1週間の被告人の右手の使用状況や1週間後に病院に行っていることを踏まえると、A、B各医師が供述するように、何らかの索状物を使用することは十分に可能であったといえる。 オ C医師は、自己の鑑定結果は被告人の供述に依拠しているというが、被告人の供述は、被害者の遺体の右錐体部のうっ血に関する所見と整合的に理解することが困難である上、他の証拠と矛盾する部分もある。したがって、C医師の供述は、A、B各医師の供述を弾劾するには至らず、信用できるA、B各医師の供述から、被害者は被告人によって殺害されたことが強く推認される。 ある上、他の証拠と矛盾する部分もある。したがって、C医師の供述は、A、B各医師の供述を弾劾するには至らず、信用できるA、B各医師の供述から、被害者は被告人によって殺害されたことが強く推認される。 (2)法医学の観点以外の検討ア被害者が自殺したのであれば、被告人が被害者の死亡の兆候を確認したり、救命措置や即時の通報といった行動に出たりしていないことは不自然である(以下「説示③」という。)。 イ被告人は、本件事件当日午後1時39分頃、自己のスマートフォンで「刑事事件弁護士」と検索しているが、自殺したと思われるような形で死亡している被害者を発見したのだとすれば、それを事件であると認識するのは不自然である(以下「説示④」という。)。 ウ被告人は、被害者に対してうっ憤があり、本件事件当時、被告人のうそが原因でマンションの購入がうまく進まず、被害者からの電話の呼出しに応じて被告人が帰宅したことを契機に、被告人と被害者との間で口論になり、突発的に被害者への殺意が生じたと考えることも可能である(以下「説示⑤」という。)。 エ被告人は、被害者が自殺したのは、直前に被告人と口論になり、被告人から - 4 -被害者の副業歴を被害者の当時の勤務先に告げると言われたことが原因である旨を主張するが、こうした事情のみで被害者が自殺をするのは唐突であり、疑問が残る(以下「説示⑥」という。)。 (3)被告人供述の検討ア被告人は、被害者の首元にはビニール袋が落ちていた旨を供述するが、ビニール袋は発見されておらず、裏付けを欠く(以下「説示⑦」という。)。 イ被害者の遺体の頸部に幅約1cmの索痕様の皮膚変色があったことから、法医学者3名は、首を絞めるのに使用された索状物の幅は約1cmであったと判断している。他方で、被告人が供述するビニ いう。)。 イ被害者の遺体の頸部に幅約1cmの索痕様の皮膚変色があったことから、法医学者3名は、首を絞めるのに使用された索状物の幅は約1cmであったと判断している。他方で、被告人が供述するビニール袋のサイズは、縦幅約50.5cm、横幅約28.5cmというものであるところ、被害者が自殺するにしても、その経過は突発的で冷静さを欠いているだろうことからすると、そうしたビニール袋を1cmの幅に折りたたむなどすることは困難であると考えられるから、被告人の供述は、そうした被害者の遺体の状況と整合的でない(以下「説示⑧」という。)。 ウ被告人は、被害者の遺体を発見した際に顔面が蒼白であった旨を供述しているが、死因が絞頸を原因とする頸部圧迫による窒息である場合、死亡直後の被害者の顔はうっ血により赤紫色であった可能性が高いという法医学的知見と矛盾している(以下「説示⑨」という。)。 (4)結論信用できるA、B各医師の供述から、被害者は被告人によって殺害されたことが強く推認され、この推認に整合する事実が認められる一方、この推認を妨げる事情はないから、被害者は被告人によって殺害されたと認められる。 3 原判決の認定には、首肯できない説示部分もあるものの、論理則、経験則等に照らしておおむね不合理なところはなく、その結論については、当裁判所も支持することができる。以下、所論を踏まえて補足する。 (1)「法医学者の供述の検討」に関する所論についてア説示①について - 5 -(ア)所論は、右錐体部のうっ血様変化の原因を血液就下とするC医師の供述の信用性を判断する際に、血液就下の時間的経過等のメカニズムを検討せず、被告人が被害者の遺体を発見した際の被害者の顔の向きに関する被告人供述の理解を誤った結果、遺体の姿勢等を誤って認定し、それに基づ 信用性を判断する際に、血液就下の時間的経過等のメカニズムを検討せず、被告人が被害者の遺体を発見した際の被害者の顔の向きに関する被告人供述の理解を誤った結果、遺体の姿勢等を誤って認定し、それに基づいて血液就下の可能性を否定してC医師の供述の信用性を排斥するという誤った判断をしている、という。 確かに所論が指摘するとおり、被告人は、原審の被告人質問において、被害者の遺体を発見した際、被害者の顔の左側が下向きになっていたとは明確に供述していない(C医師の証人尋問の際、裁判長が同医師のプレゼン資料中の写真、すなわち、被告人の指示説明に基づいて作成された写真撮影報告書中の写真[原審弁7の写真79等]を示しながら、「被告人が人形を使って再現した被害者の遺体の発見状況は、写真上被害者の顔の左側を下にしているようにも見受けられる」旨の質問をしていることからすると、こうした写真を根拠にして、あるいは、検察官が被告人に「あなたが再現したような体勢だったってことで、間違いないですか」と質問したのに対し、被告人が「はい」と答えたこと[原審被告人質問44頁]などを根拠としたものと推察されるが、被告人は、原審の被告人質問において、当該写真はビニール袋が被害者の遺体の胸元にあったことを再現した人形であると供述している一方で[同27頁]、被害者の顔の向きについては供述していないし、そもそも顔の左側と右側のいずれが下であったかは記憶に残りやすい事柄であるとも思われないから、被告人の供述から被害者の顔の向きまで認定するのは無理がある。)。したがって、死亡直後の被害者の顔の向きを理由にC医師の供述の信用性を否定したのは誤りである。なお、そもそも、被告人が被害者を殺害したのか、それとも被害者が自殺したのかが争点となっている事案で、被告人が被害者殺害を否認しているのに、被 を理由にC医師の供述の信用性を否定したのは誤りである。なお、そもそも、被告人が被害者を殺害したのか、それとも被害者が自殺したのかが争点となっている事案で、被告人が被害者殺害を否認しているのに、被告人供述の信用性を検討することもなく、「被告人が、被害者と口論した後、風呂場に一旦退避し、戻ってきたところで被害者の遺体を発見した」際の状況という、被告人が被害者を殺害していないことを前提とする被告人供述から被害者の顔の向きを認定した上で、この事実を死因に関する法医学者の見解の当否の指標に用 - 6 -いること自体不合理である。 他方で、法医学的な見地から血液就下の可能性が抽象的にはあるから被害者が自殺した可能性があるというのも、論理の飛躍がある。結局のところ、A、B各医師らの供述のみを根拠に自殺の可能性を否定しきれるものではないが、C医師の供述によってもB医師らの供述の信用性は弾劾されないとする原判決の結論は(イ)のとおり正当であり、所論を踏まえても原判決の認定は左右されない。 (イ)所論は、被害者の遺体のうっ血様変化が右錐体部に見られて左錐体部には見られなかった原因について、C医師の供述等を根拠に、左総頸動脈に輪状軟骨の骨折を起こす程の強い圧迫が加えられたことを理由とするB医師の供述は、法医学的・解剖学的知見に反する誤ったものである、という。 この点、C医師は、法医学を専門としながらも、死因等について犯罪学的な見地からも検討している。しかし、そのような手法は本来裁判所(裁判員と裁判官)がその職責において行うべきものであって、法医学の専門家に求めるべきものではない(その意味で、原審裁判所が、犯罪学的な見地からの検討に関するC医師の証言を漫然と許容し続けたのには疑問がある。)。しかも、C医師は、被告人の供述は基本的に信用するというスタ 求めるべきものではない(その意味で、原審裁判所が、犯罪学的な見地からの検討に関するC医師の証言を漫然と許容し続けたのには疑問がある。)。しかも、C医師は、被告人の供述は基本的に信用するというスタンスのもと、被害者の死亡直後の様子に関しては被告人供述に全面的に依拠して検討しているが、被告人供述の信用性判断も裁判所がその職責において行うものであるから、C医師による考察は、鑑定資料及び方法の適切性、公平性を著しく欠いたもので、結局のところ、被告人が供述するような経過で被害者が自殺したと考えても、その遺体の解剖結果を医学的に矛盾なく説明できる場合があると指摘しているに過ぎない。しかし、原判決も説示するとおり、被害者の遺体付近にビニール袋が存在したという被告人供述は、裏付けを欠くものであって、直ちに信用できるものではないから、その供述を前提に自殺の可能性を検討しても事実を解明する助けにはならない。C医師の供述を額面どおりに受け取ることはできず、他殺の可能性が高いとする点でA医師の供述と符合するB医師の供述の(被害者の死因は絞頸を原因とする頸部圧迫による窒息であると判断するに至っ - 7 -た)根幹部分の信用性を弾劾するものではない。 イ説示②について所論は、A医師による被害者の解剖時の内景所見によれば、頸部の左右胸鎖乳突筋及び左総頸動脈外膜に軽度の出血様の変化があったとされているのに、絞殺であれば通常存在しているはずの頭皮下や側頭筋の溢血、絞頸によるリンパ節内の出血や舌筋の出血が確認できなかったことについて、C医師の供述等を根拠に、A、B各医師は、被害者の遺体の腐敗による死後変化を理由として溢血点があった可能性のみを肯定し、溢血点がなかった可能性を無視するものであって、矛盾かつ安直にすぎる、という。 しかし、C医師の供述を額面ど 各医師は、被害者の遺体の腐敗による死後変化を理由として溢血点があった可能性のみを肯定し、溢血点がなかった可能性を無視するものであって、矛盾かつ安直にすぎる、という。 しかし、C医師の供述を額面どおりに受け取ることができないのは既に述べたとおりであり、他方で、溢血点やうっ血について、本当になかった可能性は否定できないものの、軽度なものであれば、死後変化によって見えなくなっていると考えるのが自然である旨のA医師らの説明は、十分に納得できるものである。所論が指摘する点は、A、B各医師の供述の根幹部分の信用性を低下させるものではない。 ウその他の所論を踏まえて検討しても、A、B各医師の供述の根幹部分の信用性は揺るがず、同医師らの供述から、被害者の死因は自殺ではなく、他殺によるものであることが強く推認される。 (2)「法医学の観点以外の検討」に関する所論についてア説示③及び説示④について所論は、説示③について、被告人が被害者の自殺を警察等に通報した場合、長男が母親の自殺の数日後に何事もなかったかのように運動会に参加することができると思うことの方が異常であり、その通報の時期を逸したために、運動会の終了後に被害者の自殺を警察等に通報することができなかったとしても致し方がない対応である、説示④について、被害者の自殺が民事事件ではなくて刑事事件として扱われるであろうことは誰もが容易に想像することができるのであり、被害者の自殺を警察等に通報して事情聴取を受ける際に弁護士の付き添いが必要になるかもしれない - 8 -と考えて検索したものと思われる、という。 しかし、説示④については、そもそも被告人は、原審の被告人質問において、「刑事事件弁護士」と検索した意図は自分でも分からないと答えており(原審被告人質問50頁)、所論のように弁解し る、という。 しかし、説示④については、そもそも被告人は、原審の被告人質問において、「刑事事件弁護士」と検索した意図は自分でも分からないと答えており(原審被告人質問50頁)、所論のように弁解していたわけではないし、検索意図を説明できないということ自体不自然である。本件のような状況及びタイミングで「刑事事件弁護士」と検索したのは、常識的に考えれば、自分が被害者を殺害した犯人であると疑われる状況にあり、弁護士による援助が必要になると考えて調べたと考えるのが最も素直な受け止め方である。被害者が自殺をしたというのが事実であれば、直ちに警察等に通報して事実をありのままに述べればよく、放置すれば、疑いがより濃くなるというのは、誰の目にも明らかである。また、いくら被告人と被害者との関係が悪化していたとしても、被告人が供述するような経緯で被害者を発見したのであれば、救命等のために救急車等を呼ぶのが自然な振る舞いであろう。そうであるのに、被告人が直ちに警察等に通報しなかったということは、特段の事情がない限り、被害者を殺害したことが露見するのを避けるためであったと誰しもが思い至る。この点、被告人は、警察等に通報しなかった理由について、朝、子らを起こして保育園と小学校に送り届ける時間になったので、それが終わってから通報しようと思っていたが、2日間寝ていなかったので、少しぐらいなら通報が遅れてもいいかなという発想になってしまった、さらに、その週に長男の保育園の最後の運動会があり、どうしても参加させてあげたいと思ったが、通報すると運動会に参加できなくなってしまうんじゃないかと思って、もう数日なら警察の人も許してくれるかなと思って、通報が少しずつ遅れていってしまった、などと説明しているが、思いがけずも配偶者の自殺を目の当たりにした者の行動としては甚だ不可解 んじゃないかと思って、もう数日なら警察の人も許してくれるかなと思って、通報が少しずつ遅れていってしまった、などと説明しているが、思いがけずも配偶者の自殺を目の当たりにした者の行動としては甚だ不可解であって、その供述は信用性に乏しい。 イ説示⑤について所論は、原判決の犯行動機に関する説示は、被告人と被害者との間の口論の内容や状況が殺害を決意させるようなものであったか否かの検討を無視した安易かつ唐 - 9 -突な結論ありきの判断である、という。 しかし、関係証拠によれば、被告人と被害者は、本件の4日前に、妻と共にギャラリーに赴いて互いに資金を出し合って4790万円の新築分譲マンションを購入しようとしていたが、被告人が約定の期日である令和5年9月15日までに手付金の470万円を振り込まなかった上、かねて被告人から被害者に5000万円を超える投資信託を有していると告げていたのに、この話がうそであり、手付金を工面できないことが被害者に発覚したという経緯もあって、被告人は、本件事件当日、亡くなる直前の被害者から相応に厳しい口調で責め立てられたものと推測される。 そうすると、原判決が説示するとおり、そうした経緯の中で、被告人が被害者に対して殺意を抱くに至ったという可能性は、十分に考えられるところである(しかも、被告人の供述によれば、その真偽はともかく、被害者から日常的にDVのような仕打ちを受けてきて、反抗できない無気力状態になっており、本件事件当日の口論の際も、被害者から、お前は何のために生きているんだ、500万円も親から借りられないのか、という趣旨のことを言われた、というのである。そうした経緯があるのであれば、なおさら殺意を抱くような状況になってもおかしくないといえる。)。 ウ説示⑥について所論は、就職後、外面の評判や信用を何 いう趣旨のことを言われた、というのである。そうした経緯があるのであれば、なおさら殺意を抱くような状況になってもおかしくないといえる。)。 ウ説示⑥について所論は、就職後、外面の評判や信用を何よりも重視して生きてきた被害者にとって、副業歴が当時の勤務先や世間一般に知られることは生きるのも耐えがたい苦痛であったと考えられるから、自殺に及んだなどと考えるのが自然かつ合理的である、という。 しかし、原判決が説示するとおり、こうした経緯から突発的に自殺を図ったというのは、あまりにも唐突である。しかも、その真偽はともかく、被告人と被害者との間の関係性が、被告人の供述するとおり、被害者の方が支配的な立場にあったというのであれば、まず第一に、被告人に対して勤務先への告知を止めさせるような行動を取るほうが自然かつ合理的であって、そのように試みることもなく、被害者が自殺を図ったとは考え難い。 - 10 -所論は、被害者の腕にはリストカットによって生じた可能性のある痕があり、被害者は興奮すると自分の感情をコントロールすることができないヒステリー性格であると認められるから、本件事件当時、ヒステリーを起こして激しい興奮状態に陥り、自殺の決意があることを被告人に示すことにより、副業歴の勤務先への告知をやめさせようとして自殺のまね事をしたが、ビニール袋で自分の首をあまりにも強く締めすぎたため、想定外の自絞に至った可能性もあり得ないではない、ともいうが、憶測の域を出るものではなく、合理的な疑いとはいえない。 (3)「被告人供述の検討」に関する所論についてア説示⑦について所論は、被告人が本件事件後に発見したビニール袋を隠匿・処分する合理的理由は存在しないから、間違ってごみとして捨てたために覚えていない可能性がある、という。 しかし、既に ア説示⑦について所論は、被告人が本件事件後に発見したビニール袋を隠匿・処分する合理的理由は存在しないから、間違ってごみとして捨てたために覚えていない可能性がある、という。 しかし、既に述べたとおり、被告人が、本件事件当日、自己のスマートフォンで「刑事事件弁護士」と検索していることからすると、この時、被告人は、自分が被害者を殺害した犯人であると疑われる状況にあることを認識していたことが推認される。そのような状況にあった被告人が、身の潔白を証明する決定的な証拠となり得るビニール袋を間違ってごみとして捨てるなどというのは、およそ考え難く、捨てたことを覚えていないというのも、著しく不自然である。被害者の遺体付近にビニール袋が存在したという被告人供述は、裏付けを欠くものであって、信用性に乏しい。 イ説示⑧について所論は、ビニール袋の両端を強く引っ張ることにより、ビニール袋の縦幅の中心部に圧力が集中するため、その中心部の幅が1cm程度であったとしても不自然ではない、という。 この点に関し、原判決は、「被害者が自殺するにしても、その経過は突発的で冷静さを欠いているだろうことからすると、ビニール袋を1cmの幅に折りたたむな - 11 -どすることは困難であると考えられる」旨の説示をしているだけで、ビニール袋を折りたたまずに頸を絞めて自殺できるかを検討していない。しかし、既に述べたとおり、被害者の遺体付近にビニール袋が存在したという被告人供述は、そもそも信用できないのであるから、所論指摘の点は、前提を欠くというほかなく、原判決の結論を左右するものではない。 ウ説示⑨について所論は、法医学的知識を有しない被告人がわざわざ被害者の顔面が蒼白であったといううそを述べる理由はない、という。 しかし、被害者の遺体発見状況 結論を左右するものではない。 ウ説示⑨について所論は、法医学的知識を有しない被告人がわざわざ被害者の顔面が蒼白であったといううそを述べる理由はない、という。 しかし、被害者の遺体発見状況に関する被告人供述の裏付けとなり得る証拠はないのであって、実際の体験に基づかないで適当に述べたことが、結果として、法医学的知見から見て遺体の状況と相いれなかったとも考えられる。 (4)まとめ以上のとおり、A、B各医師の供述から、被害者は自殺によって亡くなったのではなく、何者かによって頸部を圧迫されて殺害されたものと強く推認される。加えて、原判決が「法医学の観点以外の検討」として説示しているところの事実関係について、原判決は被告人が被害者を殺害したという推認に整合的という評価にとどめているものの、この事実関係は、被告人が被害者に対して加害行為に及んで死亡させたことを相当に強く推認させるものであって、これらの事実に、犯行の現場の状況からして、被告人のほかには加害行為に及ぶ者が存在しないことを併せると、被告人が被害者を殺害したことが合理的疑いなく推認できるというべきである。 その他の所論を踏まえて検討しても、被告人が原判示第1の殺人を行ったと認定した原判決の判断に誤りはない。 4 以上のとおり、事実誤認の論旨に理由はない。 第3 結論よって、刑訴法396条、刑法21条により、主文のとおり判決する。 令和7年4月23日 - 12 -福岡高等裁判所第2刑事部 裁判長裁判官松藤和博 裁判官杉原崇夫は退官のため、裁判官志田健太郎は転補のため、署名押印することができない。 裁判長裁判官松藤和博 判官杉原崇夫は退官のため、裁判官志田健太郎は転補のため、署名押印することができない。 裁判長裁判官松藤和博
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