主文 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人主文同旨 2 被控訴人(1) 本件控訴を棄却する。 (2) 控訴費用は,控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 1 本件事案の概要は,以下のとおり当審における当事者双方の主張を中心に補足するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第二事案の概要」の項に記載のとおりであるからこれを引用する(略称についても,原判決の表示に従う。)。 2 当事者の主張の補足(1) 控訴人の主張の補足ア脳・心臓疾患に関する基金理事長通知脳・心臓疾患についての公務上外認定行政において,基金は,発症した当該脳・心臓疾患が「公務と相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病」に該当するか否かについての一定の判断基準を定め,これを基金理事長通知として発出し,これに照らして実務は運用されている。 上記基金理事長通知は,労災・国労災制度との均衡を考慮し,また常に最新の医学的知見及び経験則を反映したものであり,Aの本件発症後は,平成7年3月31日付けで「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定について」と題する通知(以下「旧基金理事長通知」という。)を,平成13年12月12日付けで同名の通知(以下「新基金理事長通知」という。)を発して2度にわたる改正がされているが,これらの改正は,公務の過重性判断の各種の要素が明確化され,よりきめ細かい認定を行うことを目的とするものである。この改正は旧基金理事長通知の内容を踏まえ,その後に得られた最新の医学的知見及び経験則を加味して発出されたものであり,現時点において脳・心臓疾患の発症と公務との相当因果関係の有無を判断する際に,もっとも客観的 基金理事長通知の内容を踏まえ,その後に得られた最新の医学的知見及び経験則を加味して発出されたものであり,現時点において脳・心臓疾患の発症と公務との相当因果関係の有無を判断する際に,もっとも客観的な基準とされるべきものである。本件においても,Aの公務の負担と本件発症との間の相当因果関係の判断にあたっては,新基金理事長通知によるべきである。 新基金理事長通知において「心・血管疾患及び脳血管疾患が公務上の災害と認められる場合の要件」とは,後記①②のいずれかに該当したことにより,医学経験則上,心・血管疾患及び脳血管疾患の発症の基礎となる高血圧症,血管病変(動脈硬化などをいう。以下同じ。)などの病態を加齢,一般生活によるいわゆる自然的経過を早めて著しく増悪させ,当該疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は身体的負荷(以下「過重負荷」という。)を受けていたことが明らかに認められることが必要であり,かつ過重負荷を受けてから,心・血管疾患及び脳血管疾患の症状が顕在化するまでの時間的間隔が医学的に妥当と認められることが必要である,とされている。 ① 発症前に,職務に関連してその発生状態を時間的,場所的に明確にし得る異常な出来事・突発的事態に遭遇したこと。 ② 発症前に,通常の日常の職務(被災職員が占めていた職に割り当てられた職務であって,正規の勤務時間(「1日当たり平均概ね8時間勤務」内に行う日常の職務をいう。以下同じ。)に比較して特に過重な職務に従事したこと。 そして,新基金理事長通知においては,上記②の過重職務の認定において,短期間にわたる過重負荷のみならず,業務によって著しい過重な負荷が長期間にわたって加わった場合,疲労の蓄積を背景として血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症することがあり得るとの医学的知見を踏まえ, のみならず,業務によって著しい過重な負荷が長期間にわたって加わった場合,疲労の蓄積を背景として血管病変等が自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症することがあり得るとの医学的知見を踏まえ,発症前6か月間を疲労蓄積にかかる業務の過重性を評価する期間とみなされ,業務過重性の評価について,当該労働者が行っていた労働時間と発症の因果関係について,次のような具体的な時間数による基準が示された。 ① 発症前1週間程度から数週間(「2ないし3週間」をいう。)程度にわたるいわゆる不眠・不休又はそれに準ずる特に過重で長時間に及ぶ時間外勤務を行っていた場合② 発症前1か月程度にわたる,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週あたり平均25時間程度以上の連続)を行っていた場合③ 発症前1か月を超える,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均20時間程度以上の連続)を行っていた場合新基金理事長通知と同時に発出され,新基金理事長通知の具体的運用について示した「『心・血管疾患及び脳血管疾患などの職務関連疾患の公務上災害の認定について』の実施及び公務起因性判断のための調査事項について(通知)」(以下「新基金補償課長通知」という。)において,「発症日から起算して1週間単位の連続した期間ごとに,発症前概ね半年間(特別の事情があると認める場合には概ね1年間)にわたって,1週間当たり平均概ね10時間程度以上の時間外勤務が認められない場合には,職務と発症との関連性が弱いが,平均概ね10時間程度を超えて時間外勤務が長くなるほど,職務と発症との関連性が徐々に強まると評価できます。」との解説がなされている。 イ新認定基準に基づくAの勤務状況の検討(ア) 発症前1週間から数週間にわたる勤務状況Aは,発症前1週間は全く 務と発症との関連性が徐々に強まると評価できます。」との解説がなされている。 イ新認定基準に基づくAの勤務状況の検討(ア) 発症前1週間から数週間にわたる勤務状況Aは,発症前1週間は全く時間外勤務を行っていない。発症前3週間に遡って3月29日以降発症前日までの時間外勤務の状況を見ても,最も遅くまで時間外勤務を行った日は4月8日の4時間であり,Aは最も遅く帰宅した日でさえ,午後10時前には職場を後にしている。よって,発症前1週間から数週間程度において,Aが不眠・不休あるいはそれに準ずる特に過重で長時間に及ぶ時間外勤務を行っていた場合に該当しない。 (イ) 発症前1か月程度にわたる勤務状況Aの時間外勤務時間は学事課長回答(乙15の3)によって認定されるべきであるところ,これによれば,発症前5週間におけるAの時間外勤務時間は,多くても9時間,平均5時間強であり,業務との関連性が認められる週平均25時間を大きく下回るほか,業務との関連性が低いとされる週10時間をも下回っている。 (ウ) 発症前6か月程度にわたる勤務状況発症前6か月程度にわたる勤務状況について,業務との関連性が認められる週20時間を超えている週は全くなかった。また,Aの勤務状況を見ると,日・祝日や年休の取得により,全日数の約3分の1は出勤しておらず,Aは家庭に仕事を持ち帰っていなかったことは明らかであるから,十分に休息を確保できていたものと考えられる。 (エ) Aの職務における精神的緊張の有無就学相談において難しい事案は少なかったうえ,Aのみでは判断できかねる場合にも同僚職員や直属の上司に相談した上で解決していた。現に,カナダからの帰国生徒についての相談という前例のないケースについては,Aから係長であるBに相談が なかったうえ,Aのみでは判断できかねる場合にも同僚職員や直属の上司に相談した上で解決していた。現に,カナダからの帰国生徒についての相談という前例のないケースについては,Aから係長であるBに相談がなされており,Bから一定の指示がなされていた。また,新設校の通学区域設定のための地元説明会においては,Aは書記という立場で参加していたものであり,住民から出された質問や要望に直接回答していたのは課長及び係長であった。 Aは,昭和63年4月に甲市教育委員会学事課に配属され,発症した平成3年4月には学事課で3年の経験を有する業務に精通したベテラン職員であり,自身,自己の職務が適性・能力に合ったものであるとの認識を持っていた。また,平成2年10月に行われた直属の係長の異動及び平成3年4月の学事課長の異動により,Aに過重な負担がかかっていたものではないので,自身及び上司の人事異動によって,急激かつ著しい職務内容の変化を体験したなどの過重な負担がかかっていたという事実は認められない。 ウ Aの本件発症に関する医学的検討本件において,Aの発症と公務との相当因果関係の有無の判断は,医学的専門分野の領域にわたるものであって,専門的医学的知見及び経験則によって判断されるべきであるところ,C,D及びEの3名の医師の意見(乙57ないし59の各1)は,いずれもAの本件発症と公務との因果関係を否定するものであるが,これらは,最新の専門的医学的知見及び経験則に基づいて詳細に検討がなされた結果であり,本件発症が「公務外の災害」であるとの控訴人の認定の妥当性を証するものである。 (2) 被控訴人の主張の補足ア脳・心臓疾患の公務上判断における判断基準のあり方最高裁平成12年7月17日判決は,一般経験則上発症前に従事した業務による 人の認定の妥当性を証するものである。 (2) 被控訴人の主張の補足ア脳・心臓疾患の公務上判断における判断基準のあり方最高裁平成12年7月17日判決は,一般経験則上発症前に従事した業務による負荷が基礎疾患をその自然経過を超えて増悪させ脳・心臓疾患を発症させたと認められれば,相当因果関係を認めるという立場であると解することができる。すなわち,医学経験則上業務による負荷が基礎疾患をその自然経過を急激に著しく超えて増悪させて脳・心臓疾患を発症させなければ相当因果関係を認めないという立場には立たないことを示していると解される。 イ職業性ストレスについて旧労働省が平成12年3月にまとめた「労働の場におけるストレス及びその健康影響に関する研究報告書」においても,ストレス要因として,仕事の要求度,仕事のコントロール,職場の人間関係(上司,同僚の支援度),仕事の不安定さ,仕事上の出来事,長時間労働などや,その他の物理的・化学的・人間工学的有害因子があり,これらは,直接,あるいは疾病の危険因子への影響を介して休業や治療を要するような疾病の発生,増悪,経過の遷延,再発に関与しているとし,職業性ストレスと関連の深い健康障害例の中に,虚血性心疾患,脳血管疾患等を挙げている。このように,国内の大規模な疫学的調査によってまとめられた旧労働省の報告においても,脳・心臓疾患が職業性ストレスとの関連性の深い疾患であることが認められている。 ウストレス評価の視点(カラセックモデル)について職業性ストレスと健康に対する影響の関係は,カラセックが提唱したカラセックモデルが代表的なモデルとして理解されている。このモデルは,職務上のストレッサーを労働時間などの「仕事の要求度」と職務遂行の裁量を示す「仕事の裁量度」,そして,上司や部下からのサポートを示す「支援度」 デルが代表的なモデルとして理解されている。このモデルは,職務上のストレッサーを労働時間などの「仕事の要求度」と職務遂行の裁量を示す「仕事の裁量度」,そして,上司や部下からのサポートを示す「支援度」の3つのベクトルで職務上のストレスを評価する。具体的には,仕事の量が多く(仕事の要求度が高い),職務遂行の裁量が少なく(仕事の裁量度が低い),しかも,上司や同僚などからの援助が少ない(支援度が低い)場合に,脳・心臓疾患の発症のリスクが増大すると理解されている。上記旧労働省の「労働の場におけるストレス及びその健康影響に関する研究報告書」においても,職業性ストレスの健康への影響を評価する視点として上記3つの視点が重要とされている。 エ行政の認定指針について脳・心臓血管疾患などの職務関連疾患の公務災害上の認定について行政が設けている認定要件ないし認定指針は,そもそも何らの法的拘束力を有するものでないことは明らかであり,本件における公務上外の判断においても,あくまで地公災法の解釈はいかにあるべきかという法解釈の観点からの判断がなされるべきである。 オ行政の認定基準の問題点上記最高裁判決判示のとおり,被災労働者の発症前に従事していた業務による精神的,肉体的負荷の要因が「血管病変などの自然経過を超えて増悪させたと認められる場合」には,脳・心臓疾患などはその発症と業務との相当因果関係があると判断し,業務に起因する疾病と認定するのが相当であって,「血管病変などの自然経過を超えて急激に著しく増悪させたと認められる場合」にだけ限定する新認定基準は狭すぎる。 また,新認定基準は,認定要件について旧認定基準の枠組みに固執し,新たに追加したのは,「発症前の長時間(発症前概ね6か月間)にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす業務(日常業務に比較して特 また,新認定基準は,認定要件について旧認定基準の枠組みに固執し,新たに追加したのは,「発症前の長時間(発症前概ね6か月間)にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす業務(日常業務に比較して特に過重な身体的,精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務)に就労したことにより業務による明らかな過重負荷を受け発症した脳・心臓疾患について『業務上』疾病として取り扱う」とするにとどめている。しかし,上記最高裁判決が示したとおり,脳・心臓疾患の発症についての認定要件として相当因果関係が認められるためには,業務要因と業務外要因と競合する場合に業務要因が業務外要因と比較して相対的に有力である必要はないのであり,また,業務が血管病変などの自然経過を急激に著しく増悪させて発症させたと認められることも必要ではなく,被災者の従事した業務による精神的,肉体的負荷が血管病変などを「自然経過を超えて増悪させた場合」には業務と発症との相当因果関係が肯定されるべきである。 また,新認定基準は,過重負荷を認めうる長時間業務を,「発症前1か月間に概ね100時間又は2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合」の業務に限定し,この上限基準以下の長時間労働や,およそ「1か月当たり概ね45時間を超える時間外労働が認められない場合」の業務は,過重負荷の認められない業務と考えている点でも問題である。この基準には,医学的根拠も合理的根拠も存しない。すなわち,この目安時間の根拠は,睡眠時間が短ければ短いほど人間にとって有害だという医学的知見に基づき,1日5時間以下の睡眠をとっている人の労働時間はこの位だという考え方であるが,睡眠時間と労働時間は異なるものであり,労働による過重負荷の問題を単純に睡眠時間に置き換えることはでき 学的知見に基づき,1日5時間以下の睡眠をとっている人の労働時間はこの位だという考え方であるが,睡眠時間と労働時間は異なるものであり,労働による過重負荷の問題を単純に睡眠時間に置き換えることはできず,非科学的で,不合理といわざるを得ず,労働時間は1つの目安にすぎず,精神的な面なども含めて総合的に判断しなければならない。 このように新認定基準は種々の問題を有しており,これをそのまま脳・心臓疾患の業務上外認定の判断基準として用いることは妥当ではない。 カ本件発症の業務起因性についてAの業務内容は,新設校の通学区域設定,既設校の校区調整業務,指定学校変更事務に関する資料整理作業,通学区域の一覧表作成作業,就学相談(指定学校変更の相談,区域外就学協議に関する相談,就学申請の相談),新入学事務(入学通知発送事務など)など極めて多岐にわたっている。さらに,Aは発症直前の時期に選挙事務(休日労働)にも従事している。特に,就学相談は精神的に見ても負担の度合いが極めて大きいと評価されるべきである。Aが従事した就学相談の多くは,許可できない事案であり,Aの裁量幅はほとんど存在しなかった。とりわけ,甲市の場合,許可基準が他の自治体に比べて厳しいものであったため,Aも不許可の理由の説明に相当苦労したことが窺われ,このことから受けるAの職業性ストレスは相当に強度なものであったといえる。 脳動脈瘤破裂に至る機序において,血行力学的負荷,とりわけその最大変動要素である血圧の変化の役割が大きい。そして,血圧の日内変動と臓器障害の関係に関する知見は,夜間の血圧の動向の重要性と,夜間の血圧の動向に及ぼす睡眠の影響の重要性を指摘している。すなわち,睡眠は夜間の血圧低下の最も重要な要因であり,夜間の血圧の低下は脳動脈瘤壁に対する血行力学的負荷を低下させ の血圧の動向の重要性と,夜間の血圧の動向に及ぼす睡眠の影響の重要性を指摘している。すなわち,睡眠は夜間の血圧低下の最も重要な要因であり,夜間の血圧の低下は脳動脈瘤壁に対する血行力学的負荷を低下させ,その修復過程が働く余地を大きくし,動脈瘤の破裂を防御する役割を果たすことになる。Aの本件発症についていうと,上記恒常的な長時間労働と遅い帰宅時間に伴う質量ともに充分ではない睡眠,市民との直接的な対応などの公務に伴う精神的緊張・ストレスによって,Aの脳動脈瘤壁にかかる血行力学的負荷は夜も昼も低下することなく脳動脈瘤壁の脆弱化を進行させ,破裂に至らせたと考えられる。 第3 当裁判所の判断 1 Aの死亡原因甲市教育委員会学校教育部学事課に勤務していたAが,平成3年4月18日,午前3時ころ嘔吐し,意識が朦朧とし,救急車でG脳神経外科に搬送され,くも膜下出血を発症している旨診断され,同日午前8時ころF大学病院に転院し,入院治療を受けたが,同年5月2日午後4時45分に死亡したことは当事者間に争いのないところ,当裁判所も,Aの本件発症は,嚢状脳動脈瘤の破裂が原因であると認めるのが相当であると判断するが,その理由は,原判決の説示と同一(68頁4行目冒頭から69頁6行目末尾まで)であるからこれを引用する。 したがって,Aは,脳動脈瘤という基礎疾患を有したものであるから,同動脈瘤の破裂がAの従事していた公務に起因するものか否か,即ち,発症前に従事した職務による過重な精神的,身体的負荷が,Aの基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ,本件発症に至ったものか否かが本件で検討されるべき問題である(最高裁平成12年7月17日判決・裁集民198号461頁,判例時報1723号132頁参照)。以下順次検討する。 2 脳動脈瘤破裂の発生原因及び発生機序証拠(甲4の3,甲 検討されるべき問題である(最高裁平成12年7月17日判決・裁集民198号461頁,判例時報1723号132頁参照)。以下順次検討する。 2 脳動脈瘤破裂の発生原因及び発生機序証拠(甲4の3,甲27,28,33,35,37,42,43及び46,乙19の1ないし4,乙20の1・2,乙21の1ないし5,乙22ないし28,乙29の1ないし3,乙30ないし48,乙57の1・3・4,乙58及び59の各1,原審証人H,同I,当審証人E,同J)によれば,以下の事実が認められる。 (1) 脳動脈瘤発生の機序について脳動脈瘤の発生,成長,破裂の機序は,現在でも十分に解明されていないが,欠陥壁の脆弱な部分(内弾性板,中膜などの欠損又は断裂)を有する脳動脈分岐部に,絶えず血圧や血行力学的な負荷,渦流などが作用して脳動脈瘤が発生し成長するというのが,現段階における広く受け入れられた医学的知見である。脳動脈瘤の発生は,多くの因子・事象が関与する多因子現象であり,個々の因子は誰にでも起こりうるものであるが,すべての人に脳動脈瘤が発生するわけではなく,人口の4ないし5パーセントにしか発生しない。これは,原因となる因子のすべてないし主要なもののいくつかが1か所に重なって起こり,同部位で血管壁の抗張力の減弱が限界値を超えるという条件が充たされないと脳動脈瘤は発生しないからである。 ヒトの脳動脈瘤の発生は,断片的な所見の蓄積によるものとならざる得ないが,血行力学的な負荷による血管の脆弱化が最も有力である。ここでいう血行力学的な負荷とは,脳動脈のある部分により激しく血流が衝突する現象を意味している。高血圧は,この負荷を加重すると考えられているが,臨床的に高血圧のないヒトにも脳動脈瘤は発生するのであり,その際には,血行力学的な負荷をもたらす脳動脈の形態学的変異が最も重要 る現象を意味している。高血圧は,この負荷を加重すると考えられているが,臨床的に高血圧のないヒトにも脳動脈瘤は発生するのであり,その際には,血行力学的な負荷をもたらす脳動脈の形態学的変異が最も重要な要因になる。これらの血行力学的な不均衡は,精神的緊張などの負荷により直接もたらされるものとは考えられない。 (2) 脳動脈瘤の破裂の機序脳動脈瘤の成長のスピードについては明確な研究データはないが,MRIで未破裂脳動脈瘤を時間的経過を追って観察したところでは,数年の観察期間ではほとんど大きさに変化が見られないことが多く,脳動脈瘤が成長するには相当な時間的経過が必要である。脳動脈瘤破裂が発症に至るまでには15ないし20年,あるいは30年の期間が必要であるとする報告もある。原因は何であれ2,3年程度の短期間で脳動脈瘤が増大し,破裂に至ることはあり得ない。 脳動脈瘤が破裂に至る機序は,瘤が増大して血管壁が薄くなり遂に破裂に至るという単純なものではなく,破裂した脳動脈瘤の破裂部位を病理学的に検索すると,壁には類線維素変性という変化が認められる。同時に壁内に入り込んだ血漿に含まれる酵素の作用により,膠原線維など血管壁を支えている組織の融解が起こっている。こうした病理学的プロセスを経て,壁が融解し弱くなって,ある時点で破裂するものであり,血圧が正常,あるいは低くても壁の融解が進めば破裂してしまうが,血圧の上昇による血管壁に対する影響が脳動脈瘤破裂の原因となる可能性はある。 3 行政上の認定基準(1) 地方公務員災害補償制度における公務上外の認定基準については,基金理事長通達「公務上の災害の認定基準について」(昭和48年11月26日地基補第539号・最終改正昭和61年1月27日地基補第8号。以下「基金理事長通達」という。)が定められている。基金理事 は,基金理事長通達「公務上の災害の認定基準について」(昭和48年11月26日地基補第539号・最終改正昭和61年1月27日地基補第8号。以下「基金理事長通達」という。)が定められている。基金理事長通達は,公務上の疾病の認定に当たって労災制度とも均衡を図る目的から,労働基準法75条2項に基づく同法施行規則別表第1の2(同規則35条関係)と同様の内容を定めている(乙8)。労働基準法施行規則別表第1の2は,「業務上の疾病」の範囲を規定しており,同表には業務上の疾病として,①業務上の負傷に起因する疾病(同表1号),②特定の有害因子による疾病(職業性例示疾病),③その他業務に起因することの明らかな疾病(包括疾病)の3種が規定されている。③の包括疾病は,①及び②の類型に属さないが,これに準じた性格を有する疾病を包摂するものであり,本件事案のような脳疾患は,包括疾病として取り扱われている。 (2) 証拠(甲45,乙11の1・2,乙12の1・2,乙13,乙60の1ないし3,乙61の1・2,乙62)及び弁論の全趣旨によれば,次のように認められる。 ア脳・心臓疾患についての公務上外の行政上の認定について,基金は,発症した当該脳・心臓疾患が基金理事長通達の「公務と相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病」(包括疾病)に該当するか否かについての一定の判断基準を定め,これを基金理事長通知として発出し,これに照らして運用されてきた。基金理事長通知は,Aの発症後,平成7年3月31日地基補第47号「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定について」の通知(旧基金理事長通知),及び平成13年12月12日地基補第239号「心・血管疾患及び脳血管疾患等の職務関連疾患の公務上災害の認定について」の通知(新基金理事長通知)と2度にわたる改正がなさ 」の通知(旧基金理事長通知),及び平成13年12月12日地基補第239号「心・血管疾患及び脳血管疾患等の職務関連疾患の公務上災害の認定について」の通知(新基金理事長通知)と2度にわたる改正がなされている。 イ労働省(現厚生労働省)は,最高裁判所による2件の脳血管疾患(いずれも脳動脈瘤破裂の発症の事案)に関する事件についての判決(前記1に記載の判決〔横浜南労基署長事件〕のほか,最高裁同日判決・労働判例786号14頁〔西宮労基署長事件〕)を踏まえ,平成12年11月,労災制度において的確な業務上外の判断を行うための認定基準の見直しを目的として,医学専門家に法律学者を加えたメンバーで構成する「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会」(以下「専門検討会」という。)を設置した。専門検討会は,検討を重ねた結果,平成13年11月16日,「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書(甲45,以下「専門検討会報告書」という。)を提出した。厚生労働省は,上記報告を受け,平成13年12月12日,脳・心臓疾患にかかる新たな認定基準(基発第1063号「脳血管疾患及び虚血性心疾患など〔負傷に起因するものを除く。〕の認定基準について」,以下「新労災認定基準」という。)を発出した。人事院においても,複数の医学の専門家からなる「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定指針に関する専門家会議」を設置し検討を行った結果,国家公務員災害補償制度における脳・心疾患の公務上外認定の新たな指針を定めた。 同様に,地方公務員災害補償制度においても,平成13年4月に医学専門家で構成する「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定基準に関する研究・検討会議」を設置し,①認定対象疾病の見直し,②過重負荷を評価するための期間に関する医学的検討 月に医学専門家で構成する「心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定基準に関する研究・検討会議」を設置し,①認定対象疾病の見直し,②過重負荷を評価するための期間に関する医学的検討,③異常な出来事などの遭遇と発症との医学的関連,④時間外勤務を含めた疲労蓄積などを生じる職務と評価要因に関する医学的検討などについて研究・検討し,医学専門家の最新の知見を得るとともに,労災制度及び国公災制度における検討内容も踏まえたうえで,認定基準としての旧基金理事長通知を改定し,新基金理事長通知を発した。 新基金理事長通知において「心・血管疾患及び脳血管疾患が公務上の災害と認められる場合の要件」とは,後記①②のいずれかに該当したことにより,医学経験則上,心・血管疾患及び脳血管疾患の発症の基礎となる高血圧症,血管病変(動脈硬化などをいう。以下同じ。)などの病態を加齢,一般生活によるいわゆる自然的経過を早めて著しく増悪させ,当該疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的負荷(以下「過重負荷」という。)を受けていたことが明らかに認められることが必要であり,かつ過重負荷を受けてから,心・血管疾患及び脳血管疾患の症状が顕在化するまでの時間的間隔が医学的に妥当と認められることが必要である,とされている。 ① 発症前に,職務に関連してその発生状態を時間的,場所的に明確にし得る異常な出来事・突発的事態に遭遇したこと。 ② 発症前に,通常の日常の職務(被災職員が占めていた職に割り当てられた職務であって,正規の勤務時間「1日当たり平均概ね8時間勤務」内に行う日常の職務をいう。)に比較して特に過重な職務に従事したこと。 そして,新基金理事長通知においては,②の過重職務の認定において,短期間にわたる過重負荷のみならず,業務によって著しい過重な負荷が長期間 常の職務をいう。)に比較して特に過重な職務に従事したこと。 そして,新基金理事長通知においては,②の過重職務の認定において,短期間にわたる過重負荷のみならず,業務によって著しい過重な負荷が長期間にわたって加わった場合,疲労の蓄積を背景として血管病変が自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症することがあり得るとの医学的知見を踏まえ,発症前6か月間を疲労蓄積にかかる業務の過重性を評価する期間とみなされた。 また,過重負荷の評価について,「長時間労働に着目してみた場合,現在までの研究によって示されている1日4ないし6時間程度の睡眠が確保できない状態が継続していたかどうかという視点で検討することが妥当」であるという専門検討会報告書の内容を受け,新基金理事長通知において,当該労働者が行っていた労働時間と発症の因果関係について次のように具体的な時間数による基準が示された。 ① 発症前1週間程度から数週間(「2ないし3週間」をいう。)程度にわたるいわゆる不眠・不休又はそれに準ずる特に過重で長時間に及ぶ時間外勤務を行っていた場合② 発症前1か月程度にわたる,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週あたり平均25時間程度以上の連続)を行っていた場合③ 発症前1か月を超える,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均20時間程度以上の連続)を行っていた場合また,専門検討会報告書において,「発症前1か月ないし6か月間にわたって,1か月当たり概ね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症の関連性が弱く,1か月当たり概ね45時間を超えて時間外労働が長くなるほど,業務と発症の関連性が徐々に強まると判断される。」と,最新の医学的知見に基づく発症と時間外労働時間との関係が報告されており,新労災認定 弱く,1か月当たり概ね45時間を超えて時間外労働が長くなるほど,業務と発症の関連性が徐々に強まると判断される。」と,最新の医学的知見に基づく発症と時間外労働時間との関係が報告されており,新労災認定基準においても同様の文言が採用されている。地方公務員災害補償制度においては,新基金理事長通知と同時に発出され,新基金理事長通知の具体的運用について示した「『心・血管疾患及び脳血管疾患等の職務関連疾患の公務上災害の認定について』の実施及び公務起因性判断のための調査事項について」の基金補償課長通知(平成13年12月12日地基補第240号,新基金補償課長通知)において,「発症日から起算して1週間単位の連続した期間ごとに,発症前概ね半年間(特別の事情があると認める場合には概ね1年間)にわたって,1週間当たり平均概ね10時間程度以上の時間外勤務が認められない場合には,職務と発症との関連性が弱いが,平均概ね10時間程度を超えて時間外勤務が長くなるほど,職務と発症との関連性が徐々に強まると評価できます。」との解説がなされている。 ウ以上のように専門検討会報告書や新基金理事長通知及び新基金補償課長通知は,脳動脈瘤破裂という脳血管疾患に関する業務起因性に関する判決が契機となって,専門家による現時点における医学的知見に基づく検討を経て過重な業務と脳・心臓血管疾患の発症との従前の認定基準が見直されたものであるから,これらの新たな行政上の認定基準は,本件においてAの本件発症が公務に起因するものか否かを判断する際にも,重要な一要素として考慮するのが相当と解せられる。 4 Aの勤務状況等証拠(甲4の1ないし3,甲5,6,甲7及び8の各1・2,甲9ないし11,甲13ないし20,甲22,24及び25,甲39ないし41,乙14の1ないし6,乙15の1ないし3,乙16 の勤務状況等証拠(甲4の1ないし3,甲5,6,甲7及び8の各1・2,甲9ないし11,甲13ないし20,甲22,24及び25,甲39ないし41,乙14の1ないし6,乙15の1ないし3,乙16の1・2,乙17の1ないし7・9・10,乙18の1ないし8,乙19の3,乙54及び55,原審証人B,同K,同L,原審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) Aの職場及び職務分担ア Aは,昭和50年8月1日に甲市に事務吏員として採用され,その後,乙区役所,丙区役所,丁区役所で勤務した後,昭和63年4月23日から甲市教育委員会学校教育部学事課で勤務するようになった。 イ平成2年4月当時,学事課には,庶務係,学事第1係,学事第2係があり,学事第1係には,係長のV,係員のA及びKの他に,嘱託職員1名,臨時職員2名が配置されていた。Aの同僚のKは,昭和58年4月に甲市に採用され,平成元年4月22日から学事第1係に勤務していたが,Aより経験が少なかった。 平成2年10月1日,Aの直属の上司にあたる学事第1係の係長がVからBに交替した。Vはベテランであり,それまで同人のペースで仕事が行われていたが,Bは,以前に戌区の市民課管理係長として区役所で対応が可能な就学相談業務などに関与したことがあったものの,本庁の教育委員会で勤務したのはその時が初めてであった。そのため,上記係長交替当初は,Aが仕事に一番精通していたことから,自分のペースで仕事をできるようになった反面,負担も多くなった。また,Bは,新たに従事した係長の業務に積極的に取り組んでいたものの,仕事の引継ぎが終わり係長として全体を把握できたのは平成3年2月ころであった。そのような中で,Aが,臨時職員などへの具体的な指示を出す場合もあった。 ウ学事第1係において 的に取り組んでいたものの,仕事の引継ぎが終わり係長として全体を把握できたのは平成3年2月ころであった。そのような中で,Aが,臨時職員などへの具体的な指示を出す場合もあった。 ウ学事第1係において担当する職務のうち,職務分担表上は,Aが,新設校の通学区域の設定,既設校の校区調整及び指定学校変更の職務を,Kが,就学事務(新入学,就学申請など),適正就学の指導(校区外通学者への勧告など)及び特殊教育奨励費の職務を担当することになっていたものの,実際には,年間を通じてAとKが互いに補助をしており,また,就学相談業務についても同様であった。 (2) Aの担当職務内容ア新設校の通学区域の設定及び既設校の校区調整業務上記のとおり,Aは,新設校の通学区域の設定,既設校の校区調整及び指定学校変更の職務を担当していた。新設校の通学区域設定の業務は,30学級を超える学校を分離して,新設校を設置する際に,新たな通学区域を設定するのに必要な諸準備を行う業務である。新設校の通学区域の設定は,年度が始まった後,教育委員会で協議され,開校準備委員会の設置後,地元の内諾が得られれば,開校前年の11月ころ諮問機関である通学区域審議会に諮問し,12月ころに出る答申結果を踏まえて,翌年の1月ころ教育委員会を開催して決定し,同案件を3月の議会で議決するという手順で行われるところ,Aは,新設校を設置する際には,通常地元説明用の通学区域分離案の原案作成のための協議に学事課の担当係員として参加し,原案を作成した上,地元説明会や開校準備委員会の会合に出席していた。この原案の作成自体は,例年作成する資料の数値を調整するもので,特に負担になるものではなかった。地元説明会については,概ね午後7時ころから始められ,大体2時間ほどで終わっていたが,地元説明会では,専ら学事課長や係長が説明 例年作成する資料の数値を調整するもので,特に負担になるものではなかった。地元説明会については,概ね午後7時ころから始められ,大体2時間ほどで終わっていたが,地元説明会では,専ら学事課長や係長が説明を行い,Aは,書記としてその会合の内容を記録する作業をしており,それ自体は,特に精神的に負担になるものではなかったが,地元説明会で反対の要望が出ても,教育委員会が提案した原案を修正することは原則としてなかったため,原案を作成した担当者として,会合の中で反対意見や質問などが出ることに対する多少の気苦労はあった。 平成2年度(平成2年4月から同3年3月まで)においては,6月ころ,M中学校の校区調整の業務があり,地元の一部に反対もある中,Aは,その地元説明会に参加した。また,同年度における新設校の通学区域設定は,甲市戌区所在のN小学校とO中学校の2校であり,これらの新設業務は,同年7月ころから準備に入った。N小学校は,母体校がP小学校であったが,同小学校が昭和62年に設置された学校で設置後間がなかったため,P小学校周辺に住む児童の保護者から,再び転校を余儀なくされることに強い反対があって意見調整が難航していた。N小学校の地元説明会は,同年9月20日から12月12日まで7回にわたり実施されたが,学事課長や係長が説明役として,Aが書記として出席した。N小学校は,最終的には調整が整い開校を進めることができた。また,O中学校の地元説明会は,同年8月22日から10月30日まで4回にわたり実施され,Aも書記として出席した。 O中学校の通学区域に関しては地元からの反対はなかったが,通学路の拡幅について地元から要請があり,それに対処することが必要となった。このような状況の下,平成2年度の新設校の通学区域設定に関する学事第1係の業務は,概ね平成2年12月末までに終 なかったが,通学路の拡幅について地元から要請があり,それに対処することが必要となった。このような状況の下,平成2年度の新設校の通学区域設定に関する学事第1係の業務は,概ね平成2年12月末までに終了した。 Aは,上記新設校の通学区域設定業務と並行して,既設校の校区調整業務(隣接する既設校の境付近の住民からの要望に基づき,それがやむを得ない事由と認められれば,校区調整を行う業務)を担当した。 イ指定学校変更事務に伴う資料整理業務甲市には,昭和60年以前に通学区域を分離する際,母体校及び新設校の何れにも通学することができる自由区とされた区域があり,その自由区は,昭和61年に廃止されたが,その後も経過措置がとられていた校区が20か所あったため,この経過措置の実施面で混乱があった。Aは,平成3年1月ころ,B係長からその資料を再整理して一覧表を作成する作業を指示され,同年2月中に原案となる資料を整理して同係長に提出し,さらに,不十分な点につき再度指示を受け,同年3月ころ一覧表(B4判用紙3,4枚)を完成させた。この作業は,経過措置の終期をいつの時点にするかの判断を伴うものであり,また,自由区設定当時の過去の資料を探し出して行わなければならず,かなりの手間を要するものであった。 ウ通学区域の一覧表作成作業Aは,平成3年1月ころ,B係長から通学区域の一覧表作成作業(住居表示の変更などに伴う通学区域の書替えが整理されていない部分の再整理を行う作業)を指示され,これを同年2月中に終わらせた。 エ新入学事務新入学事務には,小・中学校入学予定者名簿(学齢簿)の編製,住民異動に伴う名簿の追加・消除・訂正などの整理を行う事務及び入学予定者の保護者に対し入学通知書を発送・交付する事務がある。 Aは,平成2年12月ころ通学区域関係の業務が大方終了 (学齢簿)の編製,住民異動に伴う名簿の追加・消除・訂正などの整理を行う事務及び入学予定者の保護者に対し入学通知書を発送・交付する事務がある。 Aは,平成2年12月ころ通学区域関係の業務が大方終了したので,平成3年1月ころからKとともに新入学事務に従事した。平成2年度の新入学事務については,平成2年12月に約3万1000人分の入学予定者名簿3部及び入学通知書を電算により作成する作業を行った後,同名簿を各学校,区役所に送付し,平成3年1月以降,追加名簿の差し込みや名簿の修正を行った上で,同月25日,入学通知書を発送した。その後の異動についても名簿を修正し,各学校へ電話連絡するなどの作業が同年4月9日まで断続的に行われた。 オ就学相談業務(ア) 就学相談業務とは,児童生徒の保護者が,本来指定校とされた学校以外の学校への通学希望を申請してくる場合や,児童生徒の住民登録地以外の市町村の学校への就学希望を申請してくる場合などに,その保護者の相談に応じ,その申請が許可の条件を満たしているか否かを審査する業務であり,その中には,指定学校変更(通学区域に基づいて指定された学校を,保護者からの申請により,相当理由の有無を判断して許可すること),区域外就学(住民登録地の市町村が設置する学校以外の学校に就学すること),就学申請(家庭の特別な事情により住民登録の異動が困難な状況にある場合に,保護者に就学義務を履行させ児童生徒に就学の機会を与える必要から,居住地の学校への就学を承諾するため,あるいは,義務教育期間中の児童生徒の親権者たる保護者が家庭の特別な事情により就学の義務を履行できなくなった場合に保護者変更を承諾するためになされる所定の申請手続)の3種類があった。そのうち,指定学校変更については,要領が設けられており,簡易なものは補助執行により区役所で 就学の義務を履行できなくなった場合に保護者変更を承諾するためになされる所定の申請手続)の3種類があった。そのうち,指定学校変更については,要領が設けられており,簡易なものは補助執行により区役所で許可されるが,内容に問題があったり,区役所に権限がなかったりした場合などに学事課で相談を受けていた。 (イ) 就学相談業務には,一般に,相談者に対して来庁面接により行うものと電話により行うものがあり,電話相談の場合,簡単なもので2,3分,難しいもので30分位であり,来庁相談の場合,2,30分を要するものが多かったが,中には2時間くらいかかるものもあった。また,就学相談の中には,本庁の教育委員会だけで受け付けているものと,区役所で許可できなかったものについて相談に訪れるものがあり,区役所で許可できなかった事例の場合,学事課でも許可できる事由に当たらないものが多いため,保護者に対する説明や説得に時間を要することが多く,また,職員と保護者との話だけで済む場合もあれば,学校や指導課との協議が必要なものもあり,加えて,就学相談の対応に際しては,職員の発言が甲市の意見と受け取られるため,間違いがないように配慮する必要があった。 さらに,許可のできない事案には,相談者に対してより懇切丁寧に説明が行われており,許可ができず相談者がなかなか納得しない場合でも,職員の方から電話を切ったり,席を立ったりはせずに,根気よく説明や説得をして断っていた。時には,トラブルが発生し,相談者から大声で「上司に言うぞ。」「議員に言うぞ。」「辞めさせてやる。」などと罵倒されることもあったが,その場合にも,職員の方では言い返さずに聞いているという姿勢をとっていた。 当時の許可基準は,各市町村によって,必ずしも一定しておらず,他の市町村が甲市への通学を認めても,甲市では許可ができない ,その場合にも,職員の方では言い返さずに聞いているという姿勢をとっていた。 当時の許可基準は,各市町村によって,必ずしも一定しておらず,他の市町村が甲市への通学を認めても,甲市では許可ができないという厳しい事例も少なからず存在し,そのため,平成3年3月ころ,許可基準の見直しについて,学事第1係内部において検討されたことがあった。 (ウ) このような状況の下,学事第1係では,就学相談業務は,Aが通学区域の設定作業を担当して以後,主としてKが担当し,優先的に業務を行っていたが,Aや嘱託職員らも相談業務に従事しており,相談を受ける職員について特段の取り決めはなく,手の空いた者が相談を受けていた。また,就学相談業務は,回答が異なることによるトラブルを避けるなどのため,1つの相談に対して,原則として同じ1人の職員が対応していた。 就学相談業務は,例年入学通知書を発送する1月下旬以降に増え始め,保護者の転勤や新学年の開始などの前である3月末前後に最も忙しくなり,担当の職員が正規の勤務時間はずっと相談の応対に追われるという状況となっていた。平成3年1月以降も概ね同様な状況であり,A及びKが平成3年1月から同年4月まで(但し,Aについては同月18日まで)の間に担当した就学相談のうち,変更の許可をできると判断されて決裁を受けた件数は,以下のとおりであるが,許可のできない相談件数が,上記決裁件数の2,3倍は存在した。 (Kの就学相談件数)指定校変更区域外就学就学申請平成3年1月 2件 5件 24件2月 9件 4件 30件3月 6件 24件 21件4月 5件 15件 48件(Aの就学相談件数)平成3年1月 1件 4件 6件2月 4件 30件3月 6件 24件 21件4月 5件 15件 48件(Aの就学相談件数)平成3年1月 1件 4件 6件2月 3件 6件 9件3月 9件 12件 5件4月 1件 3件 13件そのような中の同年3,4月,BとKは,学校でのいじめ問題を巡って指定学校変更について,大声をあげて相談にくる保護者の対応に追われており,他の相談に対するAらの負担が若干増えていた。また,Aは,同年4月4日,カナダからの帰国子女の就学に関する相談を受けたが,学事課として前例のない初めての事例であったため,上司のB係長に相談してその指示を受けながら,調査の上,同就学相談には制度上多くの問題点がある旨の報告書を数日後に提出していたが,甲市としての結論が出なかった。そのうちに上記相談者からの相談も途切れたが,Aは,就学を受入れるのであれば,新学期の開始に間に合うように配慮する必要があって苦慮していた。 (3) Aの時間外勤務ア平成2年当時,甲市役所本庁の各部局中でも,民生局と教育委員会は非常に残業の多い職場であった。そのような中で,学事課は,年間を通してみるとそれほど残業が多い課ではなかったものの,学事課の職員は,仕事を処理するため,所定の勤務時間後も午後7時ころまで職場に残っていることが多く,それ以上に残業することも少なくなかった。 イ Aの当時の正規の勤務時間は,月曜日から金曜日までが午前8時45分から午後5時15分まで又は午前9時から午後5時30分まで,4週6休制の対象とならない土曜日が午前9時から午後0時30分まで又は午前9時30分から午後1時までであった。 ウ Aは,区役所勤務のときは定時に帰宅することが多かったが 9時から午後5時30分まで,4週6休制の対象とならない土曜日が午前9時から午後0時30分まで又は午前9時30分から午後1時までであった。 ウ Aは,区役所勤務のときは定時に帰宅することが多かったが,本庁の教育委員会勤務となった後は,以前と比較して残業して帰ることが多くなった。 Aの時間外勤務に関する証拠としては,勤務命令簿(乙15の1),学事課長の平成6年2月24日付け職員課長宛てのAの勤務状況などについての回答(学事課長回答,乙15の3),Aが自主的につけていた手帳メモ(甲10)が提出されており,それぞれ記載内容が異なっている。そこで,これらの資料のいずれが正確な実態に近いものかが問題となるが,平成2年当時は,時間外勤務手当の予算配分の仕組みが,年度当初の4月に一旦仮配分され,6月初旬に予算が正式に配分され,1月末に追加配分するというものであったため,勤務命令簿上,12月までの時間外勤務時間を本人申請より少なくして減額調整し,不足分を1月から3月に上乗せするような措置を採っていたことが認められ(乙55),このような措置が採られていたことに照らすと,実体と合致したAの時間外勤務時間を把握するための算定の資料として,勤務命令簿に依拠するのは相当でない。学事課長回答と手帳メモの記載内容は,ほぼ同内容であり,Aの時間外勤務時間の実数を算定するにあたって検討されるべき資料であるというべきであるが(手帳メモからすると,Aは几帳面な性格であったことが認められる。),手帳メモに記載された時間は,必ずしも,勤務時間のみを記載したものではないことも認められること(例えば,平成3年1月24日欄に「~19:00~24:00」との記載があるが,同欄には,さらに,「18:00.中央区へ.2/8~〔2月8日からの意と解される。〕の旅行の打合せ」との記載もあり こと(例えば,平成3年1月24日欄に「~19:00~24:00」との記載があるが,同欄には,さらに,「18:00.中央区へ.2/8~〔2月8日からの意と解される。〕の旅行の打合せ」との記載もあり,同記載に照らすと,上記1月24日欄の時間の記載は勤務時間を記載したものではないと認めるのが相当である。),及び当時市役所では時間外勤務手当を各期の予算配分に従って支給できるよう調整するため学事課庶務係長が課員本人の申請に基づき記録した所謂非公式の時間外勤務命令簿があり,上記学事課長回答はこの非公式の時間外勤務命令簿に基づくものでその正確性は高いと考えられること,などの事情に照らして考えると,本件においてAの時間外勤務時間がどの程度であったかを把握するには,学事課長回答に依拠して算定するのが相当と認められる。 学事課長回答によれば,平成3年1月1日から4月18日までのAの時間外勤務時間は原判決添付別紙四の「時間外勤務時間」欄の「学事課長回答」の項に記載のとおりであり,Aは,同年1月には33時間,2月には24時間,3月には13時間30分,4月には13時間(休日の選挙事務従事を除く)の時間外勤務を行ったと認めることができる。 被控訴人は,Aが午後7時45分以前の時間外勤務時間は申請していないので,同人の時間外勤務時間を算定するに際しては,上記時間に1日最低2時間を加えて算定すべきであると主張する。しかしながら,被控訴人主張の算定方法では,手帳メモの記載とも合わなくなってしまうことに照らすと,上記主張を容易に採用することはできない。また,原審証人Kは,学事課職員は,午後7時ころまでは時間外勤務時間とは考えていなかったと証言しているものの,他方において,午後6時から同6時30分ころにはそれぞれ帰っていたとも証言しており,この証言に照らすと,A ,学事課職員は,午後7時ころまでは時間外勤務時間とは考えていなかったと証言しているものの,他方において,午後6時から同6時30分ころにはそれぞれ帰っていたとも証言しており,この証言に照らすと,Aが毎日最低2時間の時間外勤務申請外のいわゆるサービス残業をしていたと認めることはできない。 また,それ以前の平成2年9月から12月までのAの時間外勤務の状況は,学事課の資料(乙15の1)によれば,9月が33時間45分,10月が51時間15分,11月が22時間5分,12月が10時間45分である。 (4) Aの休暇の状況Aは,平成3年1月1日から4月18日までの間,原判決別紙四「出勤日(○)」欄における「×」印の記載のとおり,休暇をとっており,後記のとおり,平成3年4月6日及び7日に統一地方選挙の手伝いのために出勤した以外は休日勤務はしていない。また,仕事を家に持ち帰ることもなかった。 (5) 昼の休憩時間の状況Aは,来庁する相談者への対応などのため,昼の休憩時間も職場に待機する状況にあり,昼食は弁当を持参しており,Kも同様であった。そして,実際に昼休みに相談業務が行われることもあったが,その場合,別の時間帯に休憩をとることは困難であり,また,忙しい3月ころの時期には,職員の中には対応に追われて昼食をとれない者もいた。 (6) 本件発症直前のAの勤務状況ア Aは,平成3年4月1日(月)から同月5日(金)まで毎日出勤し,その期間の時間外勤務時間は合計6時間30分であった。また,同月4日には,上記認定のとおり,前例のない帰国子女の就学相談を受けて苦慮していた。 イ Aは,学事第1係での本来の業務の他に,統一地方選挙があったため,同月6日(土)には,投票所の設営などの選挙事務を行った。その際は,時間外勤務にまでは及ばなかったが,同月7日(日)の していた。 イ Aは,学事第1係での本来の業務の他に,統一地方選挙があったため,同月6日(土)には,投票所の設営などの選挙事務を行った。その際は,時間外勤務にまでは及ばなかったが,同月7日(日)の投票日には,午前5時半に起床して担当の投票所に車で出勤し,選挙事務に従事した。その従事事務は,庶務的作業一般であり,Aは,開票事務終了後,同日午後11時半ころ帰宅した。上記選挙事務については,過去10回程度の経験があり,当日特段のトラブルもなかったが,拘束時間は16時間30分に及んだ。 ウ Aは,同月8日(月)から学事第1係で通常どおり勤務を行い,同月12日(金)まで休むことなく出勤した。同月8日,9日には,新入学を控えてその事務の処理のために合計6時間30分間の残業を行った。 エ同月10日以降,Aは,残業をしていない。同月12日の勤務終了後の午後6時から,学事課職員などで構成される親睦会のボーリング大会に参加し,午後9時ころ帰宅した。 オ Aは,同月13日(土)午前5時30分ころ起床し,以前の職場の同僚らとゴルフに出かけた。同日は雨でゴルフを取り止める話も出たが,Aがいつになく強く誘ったため,ゴルフを実行することになった(当日の甲地方の気温15・6度ないし21度)。そして,Aにはゴルフ中特に疲れた様子は見られなかったものの,Aは,帰宅後の夕食時に,「寒気がする。風邪をひいたごたうある。」と言って,自宅にあった風邪薬を服用した。翌同月14日(日)には,午前10時ころ起床し,風邪薬を服用し,いつもするゴルフの打ちっ放しにも行かず自宅で休養した。 Aは,同月15日(月),勤務終了後学事課長の送別会が学事課職員により行われたので参加し,午後9時ころ帰宅した。同月16日(火)は,体調不良により休暇をとった。同月17日(水)は,勤務終了後,学事第2係 ,同月15日(月),勤務終了後学事課長の送別会が学事課職員により行われたので参加し,午後9時ころ帰宅した。同月16日(火)は,体調不良により休暇をとった。同月17日(水)は,勤務終了後,学事第2係長の送別会が学事課職員により行われたので参加し,午後9時ころ帰宅した。 (7) Aの本件発症前日及び当日の状況本件発症前日の同月18日(木)は,新学期や入学式が終了しており,学事課として忙しい時期が過ぎていたが,Aは,来庁者から見えずらい位置にあるワープロの置いてある席に座り,疲れた様子で座っていたことがあった。そして,体調が悪いこともあって残業をせずに,午後7時ころ帰宅し,夕食をとって入浴してくつろいだ後,午後11時ころ就寝した。 上記就寝後の同月19日午前3時ころ(当時の甲地方の気温10・5度),Aの容態が悪化し,被控訴人は,Aの「オーイ,オーイ」との声で起き,嘔吐して意識が朦朧としているAを認め,救急車を呼んだ。Aは,自宅近くのG脳神経外科に搬送され,同病院でのCT検査の結果,くも膜下出血を発症(本件発症)している旨診断され,その後F大学病院に転送され入院後死亡した。 (8) Aの健康状態,嗜好及び性格などア健康状態平成2年11月13日に行われた甲市職員の一般定期健康診断結果では,Aは,肥満度について-24パーセントの痩せ形であると診断された以外,胸部レントゲン検査,血圧など循環器の検査,尿検査のいずれも異常が認められていない。また,昭和62年度から平成元年度に行われた健康診断でも,肥満度が痩せ形である以外異常が認められておらず,そのうち血圧については,昭和62年度が最大112,最小64,昭和63年度が最大108,最小62,平成元年度が最大124,最小70,平成2年度が最大108,最小70と正常である。因みに,本件発症後F のうち血圧については,昭和62年度が最大112,最小64,昭和63年度が最大108,最小62,平成元年度が最大124,最小70,平成2年度が最大108,最小70と正常である。因みに,本件発症後F大学病院に入院した際の血圧は最大125,最小60であった。 このように高血圧,不整脈,糖尿病などの既往歴は見当らず,Aは,同僚や上司に腰痛や風邪を訴えたことがあったものの,健康であり,人間ドッグ受診歴もなかった。 イ家族歴Aの家族については,母は昭和42年に胆石を原因として死亡したが,その他の父,姉,兄,妹の家族については,平成5年8月現在,健在であり,同家族らに脳血管疾患や虚血性心疾患は認められていない。 ウ嗜好Aは,1日20本程度の喫煙をし,1日2,3杯程度のコーヒーを飲む習慣があったが,殆ど酒を飲めない体質であったため,自宅で飲酒することはなく,付き合い程度に職場の飲み会には参加していたものの,2次会まで行くことは少なかった。 エその他Aは,学事課へは電車通勤をしており,自宅から最寄り駅まで徒歩で10ないし15分ほどであったものの,当初自転車を利用していたが,平成2年の途中より,被控訴人に頼んで自動車で最寄り駅まで送り迎えしてもらうようになり,さらに平成3年初めころより,疲れから朝通勤電車が来るまで車中でシートを倒して休んでいるようになった。また,Aは,被控訴人に対し,学事課に配属された後,仕事のことを考えてなかなか寝付けないといった愚痴をこぼし,平成2年秋ころには職場を変わりたいなどと述べていたが,しかし,B係長には,仕事にやりがいを感じていると話していた。もっとも,本件発症日の数日前に,同係長に対し,背中が眠れないほど痛い旨述べていたことがあった。この頃Aに会った元の職場の同僚らも,Aが非常に疲れているように 事にやりがいを感じていると話していた。もっとも,本件発症日の数日前に,同係長に対し,背中が眠れないほど痛い旨述べていたことがあった。この頃Aに会った元の職場の同僚らも,Aが非常に疲れているように見受けられた。しかし,これらの健康状況に関し,医師の診断を受けるなどの措置をとった形跡はない。 5 公務起因性の有無(1) 行政認定基準からみた検討ア前記4に認定の事実に照らして判断すると,Aは,日頃健康状態について問題を訴えたことはなく(妻である被控訴人に不眠を訴えたこともあったようであるが,妻に対する愚痴の域を出ておらず,医師に相談した形跡も認められない。),昭和63年4月に学事課に配置されて以降,職務にも慣れ,課長や係長を補佐するベテラン職員として職務に精励してきたということができる。平成2年12月までの職務の繁忙度は,Aのようなベテラン職員に通有的なものと評価すべき範囲のものであり,同年齢,同程度の経験の地方公務員と比較しても,また,A本人にとっても過重なものということはできない。 イ平成3年1月以降3月31日までのAの業務には,指定学校変更事務に伴う資料整理業務,通学区域の一覧表作成作業,新入学事務といった事務の他に,就学相談業務が加わり,特に,1月下旬から4月上旬まで,就学相談が集中し,正規の勤務時間は,相談者との電話対応及び面接に忙殺されたことが認められるが,それでも,Aの時間外勤務は,1月は33時間,2月は24時間,3月は13時間30分,4月は18日までで選挙事務のための休日出勤も含めて29時間30分であり,仕事を家に持ち帰ることもなく,3月31日まで,休日出勤をしたこともなかった。上記の医学的知見,特に,専門検討会報告書によれば,1か月45時間以内の時間外勤務による負荷は,脳血管疾患をもたらす血圧の上昇などと関連性が こともなく,3月31日まで,休日出勤をしたこともなかった。上記の医学的知見,特に,専門検討会報告書によれば,1か月45時間以内の時間外勤務による負荷は,脳血管疾患をもたらす血圧の上昇などと関連性が低いと認められるところ,Aの上記時間外勤務はいずれも1か月45時間を超えず,また,新基金理事長通知及び新基金補償課長通知で示された基準に照らしても,Aの発症前1ないし3週間,1か月及び6か月といういずれの期間でみても,その時間外勤務が上記各通知で示されている脳血管疾患等と過重業務との因果関係を判断する目安としている時間外勤務時間をかなり下回っていることが明らかである。 (2) 医師の意見ア証拠(甲28,原審証人H)によれば,H医師(Q大学公衆衛生学教室講師)は,脳動脈瘤破裂の発症例は50ないし60歳代が普通と考えられ,Aの本件発症時の年齢が38歳であることから,業務上のストレスが加わって脳動脈瘤の拡大を促進したものとの意見を述べる。確かに,前記3で認定したAの担当業務の中でも,就学相談は対面業務であって,精神的ストレスの多い分野の業務である上,学事課において対応していたものは,区役所において許可されなかった,判断の困難なものであり,かつ,その多くは許可できないものであったが,子供を思う保護者の心情から,相談者の一部が時に大きな声を出したり,不穏当な発言をしたりすることがあり,Aは,市役所の職員として,それに耐えなければならなかったこと,1人の相談者に1人の係員が対応していたため,当該相談を他の職員と替わることができない原則があったことが認められ,上記業務から受ける精神的緊張は大きかったと推認することができる。 しかし,証拠(乙21の1,乙58及び59の各1)によれば,日本人の脳動脈破裂の好発年齢は40歳代及び50歳代が最も多いものの,30歳 記業務から受ける精神的緊張は大きかったと推認することができる。 しかし,証拠(乙21の1,乙58及び59の各1)によれば,日本人の脳動脈破裂の好発年齢は40歳代及び50歳代が最も多いものの,30歳代の占める割合も約16パーセントで,Aが発症した38歳という年齢も決して希なものではないことが認められる。したがって,Aの発症年齢を主たる根拠として,本件発症が精神的ストレスを原因とするものとのH医師の意見は採用し難い。 イ証拠(甲46,47,当審証人J)によれば,J医師(R整形外科病院)は,Aの本件発症前4か月間の時間外勤務時間が,それ以前の8か月間の勤務時間に比べ2倍以上となっており,そのために血圧の上昇をもたらし,かつ,睡眠による脳動脈瘤壁の修復機序が働らかず,本件発症に至ったものとの意見を述べる。しかし,J医師の意見は,本件発症前にAに血圧の上昇があったことを前提とするものであるところ,これを裏付ける的確な証拠はなく,同医師の意見も採用し難い。 ウ証拠(乙57ないし59の各1,当審証人E)によれば,C医師(S総合病院長),D医師(T医学研究所長)及びE医師(U大学教授)は,いずれもAの業務と本件発症との相当因果関係を否定しているところ,その理由として,同医師らは,①精神的ストレスや蓄積疲労自体が,脳動脈瘤の進展,破裂に影響を与えるとの信頼すべき研究例は未だないこと,②ストレスや蓄積疲労が脳動脈瘤の破裂に影響するのは,血圧上昇を介してと考えられるが,Aの血圧が高くなっていたことを示す資料はなく,むしろ,健診の結果などからすると血圧の上昇はなかったと考えられることを指摘しており,同医師らの指摘は,専門家の立場からの意見として合理性を持ったものと解せられる。 (3) 以上(1)(2)に判示の事情を総合して判断すると,本件発症がAの公務による たと考えられることを指摘しており,同医師らの指摘は,専門家の立場からの意見として合理性を持ったものと解せられる。 (3) 以上(1)(2)に判示の事情を総合して判断すると,本件発症がAの公務による過重な精神的,身体的負荷が,基礎疾患である脳動脈瘤をその自然の経過を超えて憎悪させたことによりその破裂という発症を招いたものと認めるに足りる証拠はないといわざるを得ないから,その間の相当因果関係の存在を肯定することはできず,Aの本件発症による死亡は,公務上の原因によるものということはできない。 第4 結論以上の次第で,被控訴人の請求は理由がないので,これと異なる原判決を取り消し,被控訴人の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。 福岡高等裁判所第五民事部裁判長裁判官湯地紘一郎裁判官岩木宰裁判官坂田千絵
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