令和2(わ)667 傷害致死被告事件

裁判年月日・裁判所
令和3年2月19日 札幌地方裁判所
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判決文本文4,620 文字)

- 1 - 主 文 被告人を懲役7年に処する。 未決勾留日数中90日をその刑に算入する。 理 由 (罪となるべき事実) 5 被告人は,酒に酔って帰宅した内縁の夫であるA(当時41歳)の言動やその顔 に落書きがあったこと等に腹を立て,令和2年8月30日午前1時18分頃,北海 道a郡b町c町d番地のe当時の被告人方玄関内において,Aに対し,点火したガ スバーナーの炎を顔に向けてあえて近づける暴行を加えてその髪の毛等に着火させ, よって,同人の着衣等に燃え広がらせて全身熱傷等の傷害を負わせ,同日午前5時 10 51分頃,札幌市f区g条h丁目所在のB病院において,同人を前記傷害に基づく 熱傷性ショックにより死亡させたものである。 (法令の適用) 罰 条 刑法205条 未決勾留日数の算入 刑法21条 15 訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書 (量刑の理由) 1 本件は傷害致死の事案であり,被害者が亡くなるという取り返しのつかない誠 に重大な結果が生じている。 2⑴ 本件の量刑事情として,犯行態様の危険性及び被告人のその認識の程度,犯 20 行動機について,当事者双方の主張に争いがある。 検察官は,被告人が被害者の着衣等に灯油が付着している可能性があること を認識しながら,ガスバーナーの炎を被害者の顔面の至近距離に近づけるとい う危険性の高い行為をした点や,被害者の様子を見て腹を立てたという短絡的 で身勝手な動機によるものである点を重視すべきである,と主張する。 25 他方で,弁護人は,被告人は,酒に酔って帰宅した被害者と口論になり,玄 - 2 - 関で被害者に馬乗りになられて顔面を殴られたりする中で,たまたま目につい たガスバーナーをとっさに手に取り,被害者 他方で,弁護人は,被告人は,酒に酔って帰宅した被害者と口論になり,玄 - 2 - 関で被害者に馬乗りになられて顔面を殴られたりする中で,たまたま目につい たガスバーナーをとっさに手に取り,被害者を驚かせようと思い,台所でガス バーナーに着火して玄関に戻り,玄関ホールの居間の入口付近で,三和土にい た被害者の頭の上あたりでガスバーナーの火を左右に動かしたところ,予期せ ず被害者の髪の毛に着火してしまったものであり,その行為の危険性は必ずし 5 も傷害致死の事案の中で高いとはいえないこと,被告人には傷害の故意もなく, 被害者の着衣等に灯油が付着している可能性も認識しておらず,被害者に着火 するというのは予想外であったことを考慮すべきである,旨主張する。 ア この点,本件の目撃者であるCは,概要,以下のとおり供述する。すな わち,被害者をタクシーで被告人方まで送り届け,玄関先等で代金の支払 10 を受けるのを待っていたところ,室内で主に女性が男性に暴言を吐くよう な感じで男女が口論をする声が聞こえた,被害者が玄関に背を向けてこれ に被告人が向き合う形で,被告人が被害者の胸元をつかみ,被害者がそれ を払うようにして揉み合いながら玄関に出てきた,その後,玄関の三和土 に被害者が座り込むと,座り込んだ被害者の後ろに液体が流れて三和土に 15 広がっており,よく見てみると灯油のポリタンクが倒れていて,その液体 が灯油であることが分かった,玄関にいた被告人との間で,被害者が「D」 からタクシーに乗車し,代金が4150円である旨のやり取りをした,被 告人が室内にいったん戻り,再び玄関に出てくると,手には火の点いたガ スバーナーを持っていた,その際には被害者は三和土の上で中腰で立って 20 いる状態であった,その後,被告人がガスバーナーを持った腕を被害者の 顔付近に向けて伸ば 玄関に出てくると,手には火の点いたガ スバーナーを持っていた,その際には被害者は三和土の上で中腰で立って 20 いる状態であった,その後,被告人がガスバーナーを持った腕を被害者の 顔付近に向けて伸ばして近づけたところ,被害者の髪の毛に火がつき,全 身に燃え広がった,というものである。 このCの供述の信用性を検討するに,まず,Cは,飲酒等をしていない 第三者としてその場に居合わせたものであり,被告人と被害者が揉み合っ 25 て玄関内に出てきた場面,灯油がこぼれていることに気付いた場面,被告 - 3 - 人がガスバーナーを持ってきて被害者に向ける場面といった印象的な状況 は特に注視していたものである。また,揉み合いにおいて被告人が被害者 に優勢な状況であったという点は,ドライブレコーダーに女性の怒号の方 が目立って録音されていることと整合的である。そして,玄関の三和土に 座り込んだ被害者の後ろに灯油がこぼれていたという点は,被害者が負っ 5 た火傷の状況と整合的であり,その際に,被告人が玄関内にいたという点 は,ドライブレコーダーに「灯油まいてる」という被害者の発言,「タク シーどこから」という被告人の発言,「Dからです」,「4150円です」 というCの発言が連続して記録されていることと整合的である。さらに, 被告人が被害者の顔に向けてガスバーナーの火を近づけたという点は,ド 10 ライブレコーダーの撮影範囲やこれに記録された炎の動き等と整合的であ る。 そうすると,Cが被告人や被害者に配慮して目をそらしている場面があ ったとしても,印象的な出来事といえるCの上記供述内容は十分信用でき る。 15 イ 他方で,被告人は,弁護人の上記主張のとおりの供述をするところ,被害 者から玄関内で暴行を受けたという点は,ドライブレコーダーにはそのよう な状況をうかがわ 記供述内容は十分信用でき る。 15 イ 他方で,被告人は,弁護人の上記主張のとおりの供述をするところ,被害 者から玄関内で暴行を受けたという点は,ドライブレコーダーにはそのよう な状況をうかがわせる音声は記録されておらず,この状況にそぐわない。被 告人の述べる態様で被害者が被告人に馬乗りになるなどしたのであれば,被 告人の着衣等にも灯油が付着していた可能性が高いといえるが,それをうか 20 がわせる事情もない。被告人はそれでも三和土にこぼれた灯油には全く気付 かなかったなどと述べており,供述内容には矛盾がある。また,ガスバーナ ーの着火状況に関する実験結果によれば,被告人の供述する被害者との位置 関係やガスバーナーの動かし方で被害者に着火するとは考え難く,ドライブ レコーダーの撮影範囲からして,これに炎の動きが記録されることにはなら 25 ないと考えられ,その供述は客観的な証拠との整合性を欠いている。このよ - 4 - うに,被告人の供述は,その重要部分が客観的な証拠と整合しておらず,信 用することができない。 そうすると,信用できるC供述やドライブレコーダー等の客観証拠によ れば,被告人は,酒に酔って帰宅した被害者の言動やその顔に落書きがあ ったこと等に腹を立て,被害者から「灯油まいてる」,「傷害だよ」, 5 「やれよ,お前」などと言われてあおられたこともあり,被害者に多少の 火傷を負わせても構わないと思い,その顔にガスバーナーの火をあえて近 づけたと推認することができる。そして,被告人の述べるような暴行を被 害者が被告人に加えた事実はなかったものと認められる。 また,灯油は広く三和土に流れ出たものである上,玄関ポーチの階段下 10 付近から見ていたCがそのことに気付いたのであるから,玄関ホールにい た被告人も気付くのが自然であること,その際,被 れる。 また,灯油は広く三和土に流れ出たものである上,玄関ポーチの階段下 10 付近から見ていたCがそのことに気付いたのであるから,玄関ホールにい た被告人も気付くのが自然であること,その際,被告人が,被害者から 「灯油まいてる」などと約30秒間に3回も告げられ,「やれよ」などと 言う被害者とのやり取りを経た後に,ガスバーナーに点火して玄関に戻っ ていることからすると,被告人は,少なくとも,三和土に灯油が流れてお 15 り,そこに座っていた被害者の着衣等に灯油が付着していてもおかしくな い状況にあることを認識しながら,本件犯行に及んだものと推認される。 ⑷ 以上を前提に検討すると,ガスバーナーの火を人の顔に向けて近づけるとい う行為は,それ自体が重傷を負わせる危険性の高い行為である上,被告人は, 着衣等に灯油が付着している可能性を認識している状況で多少の火傷をさせる 20 ことも構わないとしてこのような行為に及んだのである。こうした行為の危険 性の高さや被告人の認識の程度に着目すると,本件は,内縁を含む配偶者を被 害者とする凶器等を用いた単独犯行の傷害致死事案の中でも重い事案であると いえる。 もっとも,被告人がかねてより一方的に被害者に暴力を振るっていたわけで 25 はなく,被告人と被害者は従前から飲酒をしては大きなけんかを繰り返す関係 - 5 - にあったこと,本件時も被害者が「やれよ,お前」等と被告人をあおるような 発言をしていること等も踏まえると,検察官が指摘するように,日常的・一方 的な暴力等により被害者が亡くなった事案とも異なる。 そうすると,本件について,先に述べた類型の傷害致死の事案の中で最も重 い事案と位置付けることはできない。 5 3 次に,弁護人の指摘する事情を見るに,事後に救助活動をしている点は,その 余の言動も併せ考慮する 本件について,先に述べた類型の傷害致死の事案の中で最も重 い事案と位置付けることはできない。 5 3 次に,弁護人の指摘する事情を見るに,事後に救助活動をしている点は,その 余の言動も併せ考慮すると,被告人のために酌むべき事情として重く見ることは できない。また,被告人は,これまでにも自らの飲酒の問題を改善する機会が 多々ありながら,酒に酔って本件のような重大な事件を引き起こすに至っている が,被告人の供述内容等からは,自らの犯した罪と真摯に向き合っているとはい 10 い難く,断酒に向けて具体的にどのような取組をしていくのかも明らかにされて いない。そして,母親が被告人のきょうだいとともにその更生に向けた支援を約 束してはいるものの,被告人が年齢相応に自立した生活を送っていく具体的な見 通しが示されているわけではない。このように,弁護人の指摘する事情は,被告 人のために大きく酌むことはできない。 15 4 そうすると,被告人に対しては,前記の位置付けの中で重い刑をもって臨むの が相当といえるので,検察官の求刑どおり,主文の刑を科することとした。 (求刑-懲役7年) 令和3年2月19日 札幌地方裁判所刑事第2部 20 裁判長裁判官 中川 正隆 裁判官 牛島 武人 裁判官 田中 大地

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