【DRY-RUN】主 文 本件控訴を棄却する。 当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。 理 由 本件控訴の趣意は末尾に添附した弁護人久保田由五郎名義の控訴趣意
主文本件控訴を棄却する。 当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。 理由本件控訴の趣意は末尾に添附した弁護人久保田由五郎名義の控訴趣意声記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。 論旨第一点について。 <要旨>児童に淫行をさせるという児童福祉法第三十四条第一項第六号違反の行為は、その淫行の回数が多数である</要旨>場合にも、個々の淫行ごとに同条違反の罪が成立するのではなく、その全部を包括してたゞ一個の犯罪が成立するものと解するのが相当である。そこで多数回に亘り児童に淫行させているとき、同条違反の訴因を明示するに当つては、必ずしも個々の淫行の日時、場所等をすべて掲げなければならないものではなく、包括的一罪を構成する淫行の中の一つだけを例示的に挙げることによつても目的を達し得るのといわなければならない。本件起訴状記載の公訴事実によれば「被告人はAと共謀の上昭和二十七年十二月六日頃より昭和二十八年二月中旬頃迄の間前後数回に亘り熱海市B旅館等に於て児童であるC(昭和十一年一月生)をしてD外数名と対価を得て情交せしめ以て児童に淫行させる行為を為したもの」というのであり、B旅館等とかD外数名という字句を用いてはあるが、要するに包括一罪たる児童福祉法第三十四条第一項第六号に違反する行為を起訴したものである以上、この一罪を構成する各個の行為について夫々の目的場所を具体的に記載してなくても、訴因は暗示されているものというべく、原判決が右公訴事実と同一の事実を判示したからといつて、判示事実が不明確で審理不尽であるとはいえない。 ところで論旨は原判決の事実誤認を主張する。よつて按ずるに原判決引用の証拠によれば、Cは昭和十一年一月二十五日生で昭和二十七年十二月から翌二十八年二月 事実が不明確で審理不尽であるとはいえない。 ところで論旨は原判決の事実誤認を主張する。よつて按ずるに原判決引用の証拠によれば、Cは昭和十一年一月二十五日生で昭和二十七年十二月から翌二十八年二月中旬の木件当時満十八年に満たぬ児童であるが正式の届出はなかつたけれど芸妓として旅館等に出入りし客の酒席に出ていたところ、昭和二十七年十二月六日頃B旅館でDと情交したのを初めとして昭和二十八年一月から二月中旬にかけて両三度E旅館、F旅館等でGと、又同年二月中旬頃B旅館に於てHと夫々情交したこと、Cがこのように芸妓として客の酒席に出るに至つたもとはと云えば、被告人は松木市外a温泉に於て芸妓下宿業を営む株式会社Iの取締役であり、同会社の社長は被告人の妻Jであるところ、昭和二十七年十月頃知人Kを介してLから、その養女Cを芸妓見習として出すから十万円借して貰いたいとの申入があつて被告人は妻Jと共にL方を訪ね直接Cにも会い同人の芸妓とならうとする決意を確め、更に同人を被告人方に呼んで十万円は同人が芸妓となつて働き返済する旨の書面まで作成させる等Cが将来芸妓となることに強い希望を持ち、同人が芸妓として働きさえずれば十万円をLに貸しても返済は容易であることを十分見極めた末Cを借用主とし、Lをその保証人として夫々署名させた借用証書を入れさせて十万円をLに貸与したことに初まろており、その後Cを熱海市内にあるI支店に連れ行き、踊三味線など芸妓としての素地を習得させている中、Cから早く芸妓として働き度いとの申出もあつたので同人が満十八歳に満たぬ児童であるため正式に芸妓として届けることができないことを十分認識しながら芸名をCと名づけ、同年十二月四日被告人自身右C及びI支店芸妓MことMを同伴して熱海市内の旅館やN組合に芸妓見習として挨拶をすませ、爾来正式に芸妓としての届 けることができないことを十分認識しながら芸名をCと名づけ、同年十二月四日被告人自身右C及びI支店芸妓MことMを同伴して熱海市内の旅館やN組合に芸妓見習として挨拶をすませ、爾来正式に芸妓としての届をしないで事実上芸妓として働かせていたこと、その結果CはN組合からも芸妓としての取扱を受け旅館の宴席に臨んでいたのはもちろんの事で同月六日には前記のようにB旅館の泊り客Dとの情交関係があり客から支払われた金もCからI支店会計役たる前記MことMに渡されていたものであるが、同月十三日頃松木市警察署がCの養父Lを児童福祉法違反の嫌疑で逮捕するや、被告人等の指示によりCは急いで松木市に帰り、一時芸妓として客席に出るのをさし控えていたけれど、Lが釈放されて後は昭和二十八年一月二日から再び熱海市に赴き前と同様客席に出るし、二月中旬頃までの間前記のようにG、H等と情交を結ぶに至つたが、その都度得た金はいずれもMに渡していたこと、被告人は株式会社Iの取締役として、社長たる妻Jと交替でO支店に赴き、同所会計の前記Mより支店の収支状況について報告を受けるし帳簿類をも検討するはもとより、Cの稼ぎ高は前記情交による対価に至るまで一切をMから入手していたので、十八歳未満の児童であるCが芸妓として客席に侍るばかりか客との情交関係もあることを熟知していたことを認められ、彼此綜合すれば、被告人は芸妓下宿業の名の下に芸妓置屋業を営む株式会社Iの経営の枢機に参画しており、Cが十八歳未満の少女であることを知りつゝ、Lに十万円を借しておけばCが将来芸妓として収益を挙げるに至るべく、更に進んでは客との情交をも厭わず、I支店経営が一層容易となることを期待し前記十万円を貸与したものであり、Cが被告人の期待に背かず自発的に芸妓となることを申出たのを利用し同人を芸妓見習として客席に出し客と情 では客との情交をも厭わず、I支店経営が一層容易となることを期待し前記十万円を貸与したものであり、Cが被告人の期待に背かず自発的に芸妓となることを申出たのを利用し同人を芸妓見習として客席に出し客と情交を結ぶに至つたのも、すべて被告人の画策どおり事が進展したものに外ならないのであり、仮にCがいかに芸妓たることを熱望していたからとて被告人が積極的にその手段を講じなければ芸妓として旅館に出入りすることも出きなかつたものであり、従つてCが芸妓となり客と情交したこと自体がCの意思に反したものとはいえなくても被告人が児童たるCに淫行をさせる行為を為したものと断じなければならない。 Cが肉体的に発育もよく、その経歴上早熟で性的知識が絶無でなかつたとしても右認定を覆えすことはできないのである。又芸妓が一個の職業たる所以は客席に侍し芸事を提供することにより座興を添え酒間を斡旋するに在り、決して客の性慾の対象として取扱われているわけではないが、現実に於ては芸妓が客に売淫行為を為す忌むべき風習の存することは否定し難いところであると共に、Cが芸妓として客席に出るに至つた事情が前記のとおりであるから、芸妓置屋業を営む株式会社Iの取締役たる被告人がCの売淫行為に全然関知しないものとすることはできい。原審証人J、M、Pの証言中所論の引用する如く原判示と矛盾する部分は原審の採用しなかつたものと認められ所論は結局原審の適法な証拠の取捨を論難するに過ぎない。 原判決が叙上と同一趣旨の判示を為し被告人の所為を児童福祉法違反に問擬したのは正当で、記録を精査しても原審の右認定が事実の誤認に出たものなることを疑わしめる点はない。論旨はそれ故その理由がない。 (その他の判決理由は省略する。)(裁判長判事近藤隆蔵判事尾後貫荘太郎判事山岸薫一) 出たものなることを疑わしめる点はない。論旨はそれ故その理由がない。 (その他の判決理由は省略する。)(裁判長判事近藤隆蔵判事尾後貫荘太郎判事山岸薫一)
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