主文 1 被告は,原告に対し,1265万円を支払え。 2 被告は,原告に対し,1265万円に対する平成26年2月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は被告の負担とする。 4 この判決の第1項及び第2項は,本判決が被告に送達された日から14日を経過したときは,仮に執行することができる。 ただし,第2項については,被告が,250万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。 事実 及び理由 第1 請求主文第1項及び第2項と同旨。 第2 事案の概要等 1 事案の概要本件は,石綿を含有する保温材の製造作業等に従事していた原告が,同作業 中に石綿粉じんにばく露したことによって肺がん(以下「本件肺がん」という。)を発症したとして,本件肺がんの発症は,被告が労働基準法(昭和47年法律第57号による改正前のもの。以下「旧労基法」という。)に基づく省令制定権限を行使して石綿を含有する製品を取り扱う工場に局所排気装置を設置することを義務付けること等を怠ったことが原因であると主張し,被告に対し,国家 賠償法1条1項に基づき,慰謝料及び弁護士費用の合計1265万円及びこれに対する本件肺がんの診断確定日である平成26年2月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 石綿工場等の労働者及びその遺族等が,本件の原告と同様に,石綿関連疾患の発症について,被告が石綿関連疾患を防止するための規制権限の行使を怠っ たことが違法である旨の主張をして,被告に対して国家賠償法1条1項に基づ く損害賠償を求めた先行訴訟(泉南アスベスト国家賠償請求第2 連疾患を防止するための規制権限の行使を怠っ たことが違法である旨の主張をして,被告に対して国家賠償法1条1項に基づ く損害賠償を求めた先行訴訟(泉南アスベスト国家賠償請求第2陣訴訟,以下「泉南2陣訴訟」という。)において,最高裁判所は,被告が,昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間,石綿製品の製造等を行う工場等における石綿関連疾患防止のために旧労基法に基づく省令制定権限を行使しなかったことについて,国家賠償法1条1項の適用上違法であると判断した(最高 裁平成26年(受)第771号同年10月9日第一小法廷判決・民集68巻8号799頁参照)(以下「平成26年最高裁判決」という。)。これを受けて,被告は,上記期間において石綿製品の製造等を行う工場等で作業し,石綿関連疾患に罹患した労働者又はその遺族に対し,一定の要件(以下「本件和解要件」という。)を満たす場合には,訴訟上の和解手続により損害賠償を行うことを表 明しているところ,原告が本件和解要件を満たしていることは当事者間に争いがない。 2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)⑴ 原告の病歴等 ア原告は,昭和10年8月20日生まれの男性である。 イ原告は,昭和35年4月から昭和36年3月までの間,合資会社大阪パッキング製造所(現商号・日本インシュレーション株式会社,以下「本件会社」という。)に勤務し,石綿を含有する保温材の製造及び取付作業に従事していたところ,同作業中に,石綿粉じんにばく露した。 ウ原告は,平成24年2月に労働安全衛生法67条1項所定の健康管理手帳の交付を受け,それ以降,定期的に石綿関連疾患に関する検査を受診していた。 エ原告は,平成 んにばく露した。 ウ原告は,平成24年2月に労働安全衛生法67条1項所定の健康管理手帳の交付を受け,それ以降,定期的に石綿関連疾患に関する検査を受診していた。 エ原告は,平成26年2月4日,胸部CT検査を受診したところ,胸膜プラークの画像所見が認められ,左肺がんの疑いがあると診断され,平成2 7年2月6日に左肺下葉の切除手術を受けた。その際,切除した肺につい て病理組織検査を実施した結果,原発性肺がん(本件肺がん)であるとの病理学的診断を受けた。(甲2)オ原告は,平成27年5月11日付けで,大阪南労働基準監督署長に対し,本件肺がんについて,労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付を請求した。 カ大阪南労働基準監督署長は,平成27年9月30日付けで,本件肺がんについて,「石綿にさらされる業務による肺がん」(労働基準法施行規則別表第1の2第7号の8)として業務上の疾病に当たると認め,原告に対して療養補償給付を実施することを決定した(以下「本件支給決定」という。)。 なお,本件支給決定において,本件肺がんの診断確定日は,肺がんの疑い が診断された平成26年2月4日とされた。 ⑵ 本件訴訟の経緯等ア原告は,平成30年7月6日,本件訴訟を提起した。 イ被告は,本件訴訟において,原告が本件和解要件を満たしており,被告が原告に対して元金1265万円(慰謝料1150万円及び弁護士費用1 15万円の合計額)及びこれに対する年5分の割合による遅延損害金を支払う責任があることは認めるが,遅延損害金の起算日は,平成27年9月30日とすべきである旨を陳述した。 ウ原告は,現在まで,原告を石綿粉じんにばく露する作業に従事させていた本件会社から,本件肺がんの発症につい ことは認めるが,遅延損害金の起算日は,平成27年9月30日とすべきである旨を陳述した。 ウ原告は,現在まで,原告を石綿粉じんにばく露する作業に従事させていた本件会社から,本件肺がんの発症について,損害賠償金その他の金員を 受領していない(調査嘱託の結果)。 ⑶ 石綿関連疾患としての石綿肺及び肺がんの特徴石綿肺及び一定の要件を満たす肺がんについては,いずれも,石綿粉じんへのばく露との関係が明らかな疾患(石綿関連疾患)であるとされている(乙6)。 ア石綿肺について 石綿肺は,石綿粉じんを吸入することによって肺に生じる繊維増殖性の変化を主体とする疾病であって,じん肺法(昭和35年法律第30号)において定義される「じん肺」(同法2条1号)の一種であるとされている。 そのため,石綿肺は,労働者災害補償保険法上の療養補償給付等の支給に当たって,じん肺法に規定されたじん肺管理区分に基づいて,業務上の 疾病を認定することとされている(甲4,乙6)。 イ石綿関連疾患としての肺がんについて肺がんは,石綿粉じんへのばく露によってのみ生じる特異的な疾患ではないとされているが,確立された医学的知見として,石綿粉じんへのばく露と肺がんの発症との間には疫学的な因果関係がある(石綿粉じんへの累 積ばく露量が増えるほど,肺がんの発症リスクが高まる)とされている。 もっとも,肺がんの発症の原因には,石綿粉じんへのばく露以外にも様々なものがあるとされているところ,石綿粉じんへのばく露によって発症した肺がんを,画像所見等によって,それ以外の原因によって発症した肺がんと区別することは困難であるとされている。そこで,一般的な医学的知 見として,肺がんを発症した者について,石綿粉じんへの累 た肺がんを,画像所見等によって,それ以外の原因によって発症した肺がんと区別することは困難であるとされている。そこで,一般的な医学的知 見として,肺がんを発症した者について,石綿粉じんへの累積ばく露量が,肺がん発症の相対リスク(ある要因が存在する場合と存在しない場合における疾病の頻度を比で表現したもの。)を2倍に高めるとされている量に達している場合には,当該肺がんの発症を,石綿粉じんへのばく露によるものであるとみなすという見解が確立している。(乙5,乙7) そのため,労働者災害補償保険法上の療養補償給付等の支給に当たって,「石綿にさらされる業務による肺がん」として業務上の疾病に当たるか(肺がんの発症が石綿粉じんへのばく露によるものか)を認定するに当たっては,上記見解に基づき,発症の相対リスクを2倍に高める累積ばく露量に相当する石綿粉じんへのばく露があったものと認められる指標が規定さ れ,その指標に沿って,肺がんが石綿粉じんへのばく露によるものかを認 定することとされている。具体的いずれかの指標を満たす場合に,肺がんが石綿粉じんへのばく露によるものであると認定することとされている。(甲4,乙6,乙7) 特定の石綿肺所見があること 胸膜プラーク所見があり,かつ,石綿ばく露作業の従事期間が10年 以上であること 広範囲の胸膜プラーク所見があり,かつ,石綿ばく露作業の従事期間が1年以上であること 一定以上の石綿小体又は石綿繊維の所見があり,かつ,石綿ばく露作業の従事期間が1年以上であること びまん性胸膜肥厚に併発する肺がんであること 特定の作業(石綿紡績製品製造作業,石綿セメント製品製造作業及び石綿吹付作業)に従事し,その従事期間が原則として5年以上 であること びまん性胸膜肥厚に併発する肺がんであること 特定の作業(石綿紡績製品製造作業,石綿セメント製品製造作業及び石綿吹付作業)に従事し,その従事期間が原則として5年以上であること⑷ じん肺管理区分制度と損害賠償請求権の除斥期間及び消滅時効との関係 アじん肺管理区分制度の概要じん肺法は,じん肺に関し,適正な予防及び健康管理その他必要な措置を講ずること等を目的とし(同法1条),粉じんを吸入するおそれがある作業に従事し,又は,従事していた労働者等を,所定の健康診断の結果に基づいて管理1~4に区分して(ただし,管理1は,健康診断の結果,じん 肺の所見が認められなかった者が該当する区分であり,じん肺の所見が認められた者は,その病状が軽い順に,管理2,3,4に区分される。),各区分に応じた健康管理に関する措置を行うこと等を規定している(4条2項,20条の3,21条)。管理2以上のじん肺管理区分については,都道府県労働局長が,事業者から提出された健康診断の結果等の資料を基礎と して,地方じん肺診察医の診断又は審査により,じん肺管理区分を決定す ることとされている(12条,13条2項)。 イ損害賠償請求権の除斥期間及び消滅時効 除斥期間についてじん肺にり患したことを理由とする損害賠償請求権の除斥期間については,不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから 相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきであるところ,じん肺は,粉じんへの暴露が終わった後,相当長期間経過後に発症することも少なくないこと等から,じん肺被害を理由とする損害賠償請求権については,その損害発生の時 の起算点となると解すべきであるところ,じん肺は,粉じんへの暴露が終わった後,相当長期間経過後に発症することも少なくないこと等から,じん肺被害を理由とする損害賠償請求権については,その損害発生の時が除斥期間の起算点となると解され ている(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁参照)(以下「平成16年最高裁①判決」という。)。 消滅時効についてじん肺に罹患したことを理由とする損害賠償請求権の消滅時効につい ては,じん肺の病変の特質に鑑みると,管理2~4の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害には質的に異なるものがあるといわざるを得ないため,重い決定に相当する病状に基づく損害は,当該重い決定を受けた時に発生し,その時からその損害賠償請求権を行使することが法律上可能となるものというべきであるから,じん肺管理区分についての 最終の行政上の決定を受けた時から進行すると解されている(最高裁平成元年(オ)第1667号同6年2月22日第三小法廷判決・民集48巻2号441頁参照(以下「平成6年最高裁判決」という。)。 また,じん肺によって死亡した場合には,その損害は,管理2~4に相当する病状に基づく各損害とは質的に異なるものと解されるから,死 亡の時から損害賠償請求権の消滅時効が進行すると解されている(最高 裁平成13年(受)第1759号同16年4月27日第三小法廷判決・裁判集民事214号119頁参照)(以下「平成16年最高裁②判決」という。)。 ⑸ 平成26年最高裁判決を踏まえた被告の和解方針等ア泉南2陣訴訟は,平成26年最高裁判決によって,その原判決(大阪高 等裁判所平成24年(ネ)第1796号同25年12月25日判決 ⑸ 平成26年最高裁判決を踏まえた被告の和解方針等ア泉南2陣訴訟は,平成26年最高裁判決によって,その原判決(大阪高 等裁判所平成24年(ネ)第1796号同25年12月25日判決・民集68巻8号900頁(以下「平成25年大阪高裁判決」という。)が確定することとなったが,平成25年大阪高裁判決のうち,各原告に生じた損害に関する判断の要旨は,次のとおりであった。 損害額については,いわゆる包括一律請求による慰謝料の請求を許容 した上で,各原告の具体的な慰謝料額については,次のとおり,じん肺管理区分又は傷病名等に応じて類型化した金額を認めた。 管理2で合併症がない場合1100万円管理2で合併症ある場合1400万円管理3で合併症がない場合1600万円管理3で合併症がある場合1900万円管理4,肺がん,中皮腫,びまん性胸膜肥厚の場合2300万円石綿症(管理2・3で合併症なし)による死亡の場合2400万円石綿症(管理2・3で合併症あり又は管理4),肺がん,中皮腫,びまん性胸膜肥厚による死亡の場合2600万円除斥期間の起算日については,じん肺の罹患を理由とする損害賠償請求権に関する平成16年最高裁①判決を引用した上で,石綿関連疾患は,肺がん等のじん肺ではない疾患も含め,長い潜伏期間を経て発症する点 ではじん肺と同様であるとして,石綿関連疾患においては,重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患によって死亡した時に損害が発生するから,それらの時点を除斥期間の起算点とすべき旨を判示した。 遅延損害金の起算日については,じん肺の罹患を理由とする損害賠償請求権に関する平成6年最高裁判決及び平成16年最高裁②判決を引用した上で,最も重い行政上の すべき旨を判示した。 遅延損害金の起算日については,じん肺の罹患を理由とする損害賠償請求権に関する平成6年最高裁判決及び平成16年最高裁②判決を引用した上で,最も重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患により死亡した時と解するのが相当である旨を判示した。ただし,具体的な認定に当たって,石綿関連疾患としての肺がんに罹患したことが認められた 1名の原告については,結論として,肺がんの診断確定日をもって遅延損害金の起算日とした。 イ被告は,泉南2陣訴訟の平成26年最高裁判決を受けて,泉南2陣訴訟の原告ら以外の者についても,泉南2陣訴訟の原告らと同様の状況にあると認められる者については,平成26年最高裁判決によって確定した平成 25年大阪高裁判決に沿った内容で,訴訟上の和解をすることを表明している。具体的には,の要件(本件和解要件)を満たす者について,平成25年大阪高裁判決で認容された慰謝料額のうち国の責任割合である2分の1に相当する金額に,弁護士費用及び遅延損害金を付加した金額を和解金として訴訟上の和解をすることを表明している。(甲1,乙1) 昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間に,局所排気装置を設置すべき石綿工場内において,石綿粉じんにばく露する作業に従事したこと その結果,石綿による一定の健康被害を被ったこと 提訴の時期が損害賠償請求権の期間内であること ウ被告は,現在まで,上記イの方針で,全国各地において,本件和解要件を満たす者との間で訴訟上の和解をしているが,付加すべき遅延損害金の起算日については,最も重い行政上の決定を受けた日又は石綿関連疾患により死亡した日として取り扱っている。 3 争点及びこれに対す を満たす者との間で訴訟上の和解をしているが,付加すべき遅延損害金の起算日については,最も重い行政上の決定を受けた日又は石綿関連疾患により死亡した日として取り扱っている。 3 争点及びこれに対する当事者の主張 本件の争点は,被告の原告に対する損害賠償債務に係る遅延損害金の起算日 である。 (原告の主張)遅延損害金の起算日は,本件肺がんの診断確定日である平成26年2月4日とすべきである。 すなわち,損害賠償債務は,損害の発生と同時に,なんらの催告を要するこ となく遅滞に陥るものと解されるところ,原告において損害が発生した時は,本件肺がんの診断確定日であるから,同日をもって遅延損害金の起算日とすべきである。 (被告の主張)遅延損害金の起算日は,本件支給決定がされた平成27年9月30日とすべ きである。 すなわち,損害賠償債務が,損害の発生と同時に,なんらの催告を要することなく遅滞に陥ることから,損害の発生日をもって遅延損害金の起算日とすべきであることは争うものではないが,本件における損害の発生日は,本件支給決定がされた日とすべきである。具体的な理由は,以下のとおりである。 ⑴ 一般に,石綿関連疾患による損害の発生日は,原則として最も重い行政上の決定を受けた日であると解されること平成25年大阪高裁判決は,すべての石綿関連疾患による損害の発生時期について,じん肺に関する平成6年最高裁判決,平成16年最高裁①判決及び平成16年最高裁②判決を引用した上で,最も重い行政上の決定を受けた 時又は石綿関連疾患により死亡した時と解するのが相当である旨を判示したものである。 たしかに,平成25年大阪高裁判決において,石綿関連疾患としての肺がんに罹患したこ い行政上の決定を受けた 時又は石綿関連疾患により死亡した時と解するのが相当である旨を判示したものである。 たしかに,平成25年大阪高裁判決において,石綿関連疾患としての肺がんに罹患したことが認められた1名の原告については,結論として,肺がんの診断確定日をもって遅延損害金の起算日とされている。しかし,当該結論 については,平成25年大阪高裁判決の審理手続において,当該原告が最も 重い行政上の決定を受けた日が証拠上明らかでなかったことから,例外的に診断確定日を遅延損害金の起算日としたものであると説明することが可能であるから,あえて石綿関連疾患としての肺がんについてのみ,他の石綿関連疾患とは異なり,診断確定日をもって遅延損害金の起算日とすべき旨を判示したものであるということはできない。このことは,石綿関連疾患としての びまん性胸膜肥厚も,石綿関連疾患としての肺がんと同様,石綿粉じんへのばく露によってのみ生じる特異的な疾患ではないとされているにもかかわらず,平成25年大阪高裁判決において,石綿関連疾患としてのびまん性胸膜肥厚を発症した原告の遅延損害金の起算日が,診断確定日ではなく,石綿肺と同様に,最も重い行政上の決定を受けた日とされていることからも明らか である。 よって,肺がんも含めた石綿関連疾患全般について,その損害の発生日は,最も重い行政上の決定を受けた日又は石綿関連疾患により死亡した日であると解するのが相当である。 ⑵ 石綿関連疾患としての肺がんによる損害の発生日についても,じん肺であ る石綿肺と別異に解すべき理由はないことたしかに,石綿関連疾患としての肺がんは,じん肺法上のじん肺管理区分制度に基づく管理区分の認定等が予定されていないという点で,じん肺である る石綿肺と別異に解すべき理由はないことたしかに,石綿関連疾患としての肺がんは,じん肺法上のじん肺管理区分制度に基づく管理区分の認定等が予定されていないという点で,じん肺である石綿肺とは異なる。 しかし,石綿関連疾患としての肺がんは,長い潜伏期間を経た後に発症し, その損害が発生するという点では,じん肺である石綿肺と同様である。 また,石綿関連疾患としての肺がんは,行政上の決定がなければ損害の発生を認定し得ないという点でも,じん肺である石綿肺と同様である。すなわち,前提事実⑶イのとおり,肺がんは,その発症の診断のみによって直ちに「石綿にさらされる業務による肺がん」として業務上の疾病と認定されるの ではなく,上記認定を受けるためには,石綿粉じんへの累積ばく露量に関す る指標を満たす必要があるところ,上記指標には,その該当性を判断するに当たって,石綿ばく露作業の従事期間等,医師による肺がんの診断とは直接関係しないものもあるから,必ずしも医師による肺がんの診断のみによって満たされる指標であるとはいえない。このように,石綿関連疾患としての肺がんは,労働基準監督署長による療養補償給付金等の支給決定等の行政上の 決定がなければ損害の発生を認定し得ないのであり,この点で,じん肺である石綿肺が,業務上の疾病の認定を受けるためには都道府県労働局長による管理区分の認定を受けなければならないのと同様なのである。 たしかに,肺がんの発症自体は,行政上の決定とは関係なく,医師による診断結果等によっても認めることができるから,その点をとらえれば,行政 上の決定がなければ損害の発生を認定し得ないとまではいえないとも考えられる。しかし,じん肺である石綿肺であっても,その発症を認識する端緒は,医師による診 できるから,その点をとらえれば,行政 上の決定がなければ損害の発生を認定し得ないとまではいえないとも考えられる。しかし,じん肺である石綿肺であっても,その発症を認識する端緒は,医師による診断であることも多く,行政上の決定に先立って,医師による診断結果等によってその発症を認めることが必ずしも不可能であるとはいえない。そうであるにもかかわらず,じん肺としての石綿肺については,あえて 行政上の決定である管理区分認定を基準として損害の発生を認定するという仕組みが採用されている。これと同様に,石綿関連疾患としての肺がんについても,肺がんの発症自体が行政上の決定に先立って認定し得るにもかかわらず,あえて行政上の決定を基準として損害の発生を認定するという仕組みを採用しているのであるから,行政上の決定がなければ損害の発生を認定し 得ない仕組みを採用していると考えるべきである。 以上のとおり,石綿関連疾患としての肺がんによる損害の発生日について,じん肺である石綿肺と別異に解すべき理由はないから,その損害の発生日は,最も重い行政上の決定を受けた日又は石綿関連疾患により死亡した日であると解するのが相当である。 ⑶ 被告の方針に沿って和解をしてきた者との関係で公平性を欠くこと 被告は,平成26年最高裁判決によって確定した平成25年大阪高裁判決に沿った内容で訴訟上の和解をすることを表明し,現在まで,全国各地において,本件和解要件を満たす多数の者との間で訴訟上の和解を成立させているところ,当該和解において,遅延損害金の起算日については,傷病名にかかわらず,最も重い行政上の決定を受けた日又は石綿関連疾患により死亡し た日として取り扱っており,この取扱いは,これまで広く受け入れられてきたところである 延損害金の起算日については,傷病名にかかわらず,最も重い行政上の決定を受けた日又は石綿関連疾患により死亡し た日として取り扱っており,この取扱いは,これまで広く受け入れられてきたところである。 したがって,原告についてのみ,診断確定日を起算日とする遅延損害金を支払うことは,これまで和解を成立させてきた者との間で公平性を欠き,不適切である。 (原告の反論)被告は,石綿関連疾患としての肺がんによる損害の発生日を,じん肺である石綿肺による損害の発生日と同様に解すべきであると主張するが,石綿関連疾患としての肺がんによる損害の発生日は,じん肺である石綿肺による損害の発生日とは別異に解すべきであるから,被告の主張は失当である。具体的な理由 は,以下のとおりである。 ⑴ じん肺である石綿肺による損害の発生日に関する考え方は,一般的な損害賠償請求に係る損害の発生日に関する考え方の例外と位置づけられること一般に,被害者が不法行為に基づく損害の発生を知った以上,その損害と牽連一体をなす損害であって当時においてその発生を予見することが可能で あったものについては,すべて被害者においてその認識があったものとして,民法724条所定の時効は前記損害の発生を知った時から進行を始めるものと解されている(昭和40年(オ)第1232号同42年7月18日第三小法廷判決・民集21巻6号1559頁参照)。 たとえば,事故に伴う人身障害による損害としての治療費は,通院期間中, その支払に伴って順次発生するものであるが,裁判実務上,その損害賠償債 務の除斥期間,消滅時効又は遅延損害金の起算点等を認定するに当たっては,当該事故の時に一回的に損害が発生したものと擬制して取り扱われるのが一般的である。 実務上,その損害賠償債 務の除斥期間,消滅時効又は遅延損害金の起算点等を認定するに当たっては,当該事故の時に一回的に損害が発生したものと擬制して取り扱われるのが一般的である。 これに対し,たしかに,じん肺に関する損害の発生時期について判断された平成16年最高裁①判決等の裁判例は,じん肺の発症による損害について, 加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する点をその特徴の一つとして挙げているため,じん肺と同様に,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する類型の損害賠償全般について,広く,その損害の発生時期が原則として行政上の決定がされた時である旨を判示しているようにも考えられる。 しかし,上記のとおり,不法行為による損害賠償全般に関する一般的な考え方によれば,じん肺に関して判断がされた平成16年最高裁①判決等の裁判例は,じん肺についてはその病状の進展に伴って質の異なる損害が順次発生していくという,まさにじん肺という疾病の特性を考慮した,極めて例外的な判断がされたものであると考えるべきであり,その射程が及ぶ範囲は狭 く解すべきである。 ⑵ 石綿関連疾患としての肺がんについては,じん肺である石綿肺とは異なり,上記⑴の例外的な考え方を採用すべき根拠を欠くことこの点,被告は,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生するという点では,石綿関連疾患としての肺がんは,石綿肺であるじ ん肺と同様の特質を有しているから,損害の発生時期についても同様に考えることができる旨を主張する。 しかし,石綿関連疾患としての肺がんは,じん肺である石綿肺とは異なり,管理区分制度等が存在するわけではないから,質的に異なる損害が順次発生していく 同様に考えることができる旨を主張する。 しかし,石綿関連疾患としての肺がんは,じん肺である石綿肺とは異なり,管理区分制度等が存在するわけではないから,質的に異なる損害が順次発生していくというじん肺に特有の特質は有していない。この点,平成25年大 阪高裁判決において,損害の発生時期が,「最も重い」行政上の決定を受けた 時という文言を用いて判示されているのは,まさに,じん肺法上の管理区分制度によって順次管理区分の認定がされていることを前提としているからである。したがって,じん肺法上のじん肺管理区分制度を前提としない肺がんについても,最も重い行政上の決定を損害の発生時期とするのは無理がある解釈である。 また,被告は,石綿関連疾患としての肺がんは,じん肺法上の管理区分制度の対象とはなっていないものの,行政上の決定がなければ損害の発生を認定し得ないという点で,じん肺である石綿肺と同様であると主張する。 しかし,肺がんによる損害は,発症時において状態として客観的に存在しているのであって,行政上の決定によってしか損害を認定できないというこ とはない。この点,被告は,当該肺がんが,石綿粉じんへのばく露によるものであるかは,石綿ばく露作業の従事期間等,医師の診断とは直接関係ない事項に関する調査を経た上で,行政上の決定によらなければ認定し得ないと主張する。しかし,当該肺がんが,石綿粉じんへのばく露によるものであるかは,労働者災害補償保険法上の療養補償給付等の支給に当たって,業務上 の疾病であるかを判断するために調査すべき事項にすぎず,当該肺がんによる損害がいつ発生したかとは無関係である。 以上のとおり,石綿関連疾患としての肺がんについては,じん肺である石綿肺とは異なり,上記⑴の例外 断するために調査すべき事項にすぎず,当該肺がんによる損害がいつ発生したかとは無関係である。 以上のとおり,石綿関連疾患としての肺がんについては,じん肺である石綿肺とは異なり,上記⑴の例外的な考え方を採用すべき根拠を欠くから,一般的な損害賠償に係る損害の発生時期に関する考え方に沿って検討されるべ きである。そして,本件肺がんによる損害の発生日は,本件肺がんが発症したと認められる日,すなわち,本件肺がんの診断確定日というべきである。 第3 当裁判所の判断 1 争点に対する判断当裁判所は,被告の原告に対する損害賠償債務に係る遅延損害金の起算日に ついて,本件肺がんの診断確定日である平成26年2月4日であると判断する。 その理由は,以下のとおりである。 ⑴ 不法行為による損害賠償債務は,損害の発生と同時に,なんらの催告を要することなく遅滞に陥るものと解されるところ(最高裁昭和34年(オ)第117号同37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照),原告が主張する損害は,本件肺がんの発症であって,その発生日は,他 に証拠がない以上,診断確定日である平成26年2月4日であると解するのが相当であるからである。 ⑵ 被告は,平成25年大阪高裁判決を根拠にして,石綿関連疾患(肺がんを含む。)による損害の発生時期は,最も重い行政上の決定を受けた日又は死亡日であると主張する(被告の主張⑴)。 しかしながら,平成25年大阪高裁判決は,除斥期間の起算日については,一般論として肺がんについても,最も重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患によって死亡した時と判示していると解釈できるものの,結論として,最も重い行政上の決定を受けた日を採用せず,診断確定日を採用しているものであるから も,最も重い行政上の決定を受けた時又は石綿関連疾患によって死亡した時と判示していると解釈できるものの,結論として,最も重い行政上の決定を受けた日を採用せず,診断確定日を採用しているものであるから,必ずしも被告の主張を根拠付けるものとはいえない。こ の点,被告は,平成25年大阪高裁判決は,重い行政上の決定を受けた日が証拠上明らかではなかったことから診断確定日を採用したものであると主張するが,平成25年大阪高裁判決にはその旨の説明はないので,直ちに採用できない。 また,被告は,平成25年大阪高裁判決においては,石綿肺のみならず, びまん性胸膜肥厚についても,最も重い行政上の決定を受けた日を損害の発生日とされていることを根拠にして,本件における原告の肺がんについても診断確定日ではなく本件支給決定がなされた日を採用すべきと主張する。 しかしながら,平成25年大阪高裁判決は,びまん性胸膜肥厚について判断したものであるから,直ちに,本件の原告の肺がんについて被告の主張を 支持する根拠となるものではない。 被告は,平成25年大阪高裁判決が引用した平成6年最高裁判決を根拠にして,じん肺も肺がんも,行政上の決定がなければ損害の発生を認定し得ないと主張する。 しかしながら,平成6年最高裁判決は,じん肺につき,管理2,管理3,管理4の各行政上の決定に相当する病状に基づく各損害について判断したも のであって,肺がんについて判断したものとは解されないので,主張は採用できない。 また,平成16年最高裁①判決及び同②判決は,いずれも,本件の争点について判断したものではない。 被告は,肺がんも,じん肺である石綿肺と同様,長い潜伏期を経た後に発 症し,その損害が発生すること,じん肺である石綿肺が,管理区分の認 ,いずれも,本件の争点について判断したものではない。 被告は,肺がんも,じん肺である石綿肺と同様,長い潜伏期を経た後に発 症し,その損害が発生すること,じん肺である石綿肺が,管理区分の認定を受けなければならないのと同様に,肺がんも業務上の疾病と認定されるためには,労働基準監督署長による行政上の決定を要するなどの主張をする(被告の主張⑵)。 しかしながら,損害の発生の有無に関し一般論として,長い潜伏期を経た 後に発症するという性格のみから,直ちに損害の発生認定について,行政上の決定を要するとまでは解されない上,管理区分の認定は,症状の程度を行政の立場から認定しているものと解され,業務上の疾病の認定と性格が一致しているとは解されないので,じん肺である石綿肺と肺がんを同様に扱わなければならない理由としては乏しい。 被告は,じん肺である石綿肺であっても,その発症を認識する端緒は,医師による診断であることも多く,行政上の決定に先立って,医師による診断結果等によってその発症を認めることが必ずしも不可能であるとはいえないにも関わらず,あえて,じん肺としての石綿肺については,行政上の決定である管理区分認定を基準として損害の発生を認定するという仕組みを採用し たのであるから,肺がんについても,医師による診断結果によって発症を認 めることが可能であったとしても,行政上の決定がなければ損害の発生を認定し得ない仕組みを採用したと考えるべきであると主張する。 しかしながら,被告の主張する仕組みの根拠は,平成6年最高裁判決であるところ,同判決によっても肺がんについてまで主張の仕組みを拡大して採用したと解することができないことは既に述べたとおりである。また,肺が んの発症をもってしても損害の発生を認定し得な 判決であるところ,同判決によっても肺がんについてまで主張の仕組みを拡大して採用したと解することができないことは既に述べたとおりである。また,肺が んの発症をもってしても損害の発生を認定し得ないとする理由は見当たらない。 ⑷ 被告は,原告についてのみ診断確定日を起算日とする遅延損害金を支払うことは,これまでに被告の和解方針に沿って和解を成立させてきた者との間で公平性を欠き,不適切である旨を主張する(被告の主張⑶)。 しかしながら,被告の和解方針によって原告の権利が制限される理由はないから,被告の主張は当たらない。 ⑸ よって,被告の主張はいずれも採用することができない。 2 結論以上のとおり,本件肺がんの発症について,被告が原告に対して1265万 円及びこれに対する遅延損害金の起算日から年5分の割合による遅延損害金を支払う責任があることについては,当事者間に争いがないところ,遅延損害金の起算日は,平成26年2月4日と認めるのが相当である。 よって,原告の請求は全部理由があるから,これを認容することとして,主文のとおり判決する。なお,主文第3項についての仮執行宣言の申立てについ ては,その必要がないものと認めこれを却下することとし,主文第1項についての仮執行免脱宣言については,相当でないからこれを付さないこととする。 広島地方裁判所民事第3部 裁判長裁判官小西 洋 裁判官大川潤子 裁判官友部一慶 裁判官大川潤子 裁判官友部一慶
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