事件番号 事件名出入国管理及び難民認定法違反,死体遺棄,殺人(認定罪名は傷害致死)被告事件宣告日平成29年9月11日宣告裁判所東京地方裁判所刑事第16部 主文 被告人を懲役10年に処する。 未決勾留日数中270日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)第1 被告人は,平成28年6月22日,東京都荒川区ab 丁目c 番d 号Aマンションe 号室の当時の被告人方において,妻であるB(当時34歳)との間で,Bの金遣いを巡って口論となった。Bは,被告人に対し,罵声を浴びせながら,頬を2回平手打ちし,ハイヒールを投げつけ,Bの口を塞ごうとした被告人の手を噛もうとするなどした。そこで,被告人は,Bを黙らせようと考え,Bに布団(平成29年押第59号符号1)をかぶせたが,なおも罵声をあげ,手で叩こうとするなどして抵抗を続けるBからさらなる暴行を加えられる危険を感じ,Bを黙らせるとともに自己の身体を防衛するため,防衛の程度を超え,布団の上からその口付近を手で強く押さえたところ,Bが布団の下で身動きしたことで,意図せずに,その鼻口部付近や頸部を手で圧迫するなどの暴行を加えた。その結果,Bを死因不詳により死亡させた。 第2 被告人は,同日,第1記載の当時の被告人方において,Bの死体をキャリーバッグに詰め,これを東京都品川区fg 丁目h 番付近まで運搬した上,同所付近のC運河内に投棄し,もって死体を遺棄した。 第3 被告人は,D国の国籍を有する外国人であり,平成26年12月26日,同国政府発行の旅券を所持し,高松市所在のE空港に上陸して本邦に入った者で あるが,在留期間は平成27年12月26日までであったのに,同日までに在留期間の更新又は 年12月26日,同国政府発行の旅券を所持し,高松市所在のE空港に上陸して本邦に入った者で あるが,在留期間は平成27年12月26日までであったのに,同日までに在留期間の更新又は在留資格の変更の申請を行わず,在留期間の更新又は変更を受けないで本邦から出国せず,平成28年7月6日まで東京都内などに居住し,もって在留期間を経過して不法に本邦に残留した。 (殺人罪の公訴事実に関する事実認定の補足説明)第1 争点など本件の主位的訴因に係る公訴事実は,「被告人は,平成28年6月22日頃,東京都荒川区ab 丁目c 番d 号Aマンションe 号室当時の被告人方において,B(当時34歳)に対し,殺意をもって,その頸部を圧迫し,よって,同人を頸部圧迫による窒息により殺害したものである。」というものであり,予備的訴因に係る公訴事実は,「被告人は,平成28年6月22日頃,東京都荒川区ab 丁目c 番d 号Aマンションe 号室当時の被告人方において,B(当時34歳)に対し,殺意をもって,布団の上から,その頸部を圧迫し,又は鼻口部を閉塞し,あるいはその双方を行うなどの暴行を加え,よって,同人を死因不詳により殺害したものである。」というものである。 本件の争点は,①犯行の態様と死因,②殺意の有無である。 犯行の態様及び死因について,予備的訴因の限度で認定し,殺意を認定しなかった理由について,説明する。 第2 被害者の死因について 1 F医師は,Bの死因は,頸部圧迫による窒息死である蓋然性が高いが,鼻口部閉塞による窒息が競合した可能性もあるという。その主な根拠として,甲状軟骨右上角部が骨折しており,その周囲には,骨折がない左上角部周囲とは明らかに色調の違う出血による変色があるから,生前に骨折を生じたこと,顔面に強いうっ血があ もあるという。その主な根拠として,甲状軟骨右上角部が骨折しており,その周囲には,骨折がない左上角部周囲とは明らかに色調の違う出血による変色があるから,生前に骨折を生じたこと,顔面に強いうっ血があり,頭蓋骨及び口腔粘膜のうっ血も頸部圧迫と矛盾しないことなどを指摘する。 他方,G医師は,Bの死因は,不詳であるとし,頸部圧迫による窒息死の可 能性のほか,鼻口部閉塞による窒息死の可能性,頸部圧迫に伴う不整脈により死亡した可能性も否定できないという。その主な根拠として,骨折した甲状軟骨右上角部周囲の変色が,生前の出血によるものか,死後の血色素浸潤によるものか区別できないことに加え,30代女性の甲状軟骨は比較的柔らかいため,頸部圧迫により甲状軟骨右上角部の骨折が生じるためには極めて強い外力が加わったと考えられるにもかかわらず,頸部外表及び筋肉内に損傷が確認できないこと(疑問点①),うっ血部分とそうでない部分の境界線が頸部ではなく顔面上に生じていること(疑問点②)につき,疑問があると指摘する。 2 F医師及びG医師は,いずれも経験豊富な法医学の専門家であり,公正さや能力に疑いはない。G医師は,Bの死体解剖を執刀し,各種検査や解剖時の所見を基にして,十分な検討を経た上で判断している。他方,F医師も,検視時及び解剖時に撮影された十分な質と量の写真を基に判断している。両名の判断過程に,問題はみられない。 ただし,Bの死体は腐敗がかなり進んでおり,所見を取ることが難しく,特に生前の出血と,死後に生じる血色素浸潤の区別が困難な状態にあったことから,所見やその解釈に差を生じていると考えられる。そうすると,裁判所としては,いずれか一方の見解のみが信用できると軽々しく判断することはできない。 したがって,両医師による医学的見解を十分に尊重 ら,所見やその解釈に差を生じていると考えられる。そうすると,裁判所としては,いずれか一方の見解のみが信用できると軽々しく判断することはできない。 したがって,両医師による医学的見解を十分に尊重しつつ,以下,検討する。 3 F医師及びG医師は,Bの甲状軟骨右上角部が骨折していること,その骨折部周辺に変色があること,顔面に強いうっ血があること,頸部の外表及び皮下の筋肉内に損傷がないことについて共通して述べているから,これらの所見については確実なものとして認められる。両医師の意見が決定的に異なる点は,甲状軟骨右上角部の骨折が生前に生じたと結論付けられるのか,死後に生じた可能性が残るのかにある。 この点について,被告人は,Bの死後,その死体を持ち上げてキャリーバッ グに詰める際,約15~20cmの高さからBの頭を落下させ,首のあたりがキャリーバッグの縁に当たったこと,その後,キャリーバッグにBの頭を入れた際,右手を首に置いて回転させたことを供述した。 しかし,これらの行為により甲状軟骨右上角部が骨折したのであれば,頸部外表や筋肉内等に何らかの痕跡が残っているはずであるが,そのような痕跡は一切存在していない。したがって,いずれの行為によっても,甲状軟骨右上角部が骨折する程度の極めて強い外力が頸部に加わった疑いはない。そもそも,被告人の供述は,死体の向きなどに照らし不自然な点があるし,キャリーバッグに押し込んだ状況もあいまいであって,信用性に乏しいものである。 その他,証拠上,Bの死後に,甲状軟骨右上角部の骨折が生じたことを窺わせる事情はない。 4 また,F医師は,G医師の疑問点①について,幅広で柔らかく表面がざらざらしていない物で頸部を圧迫すれば,外表及び筋肉内に損傷が生じないこともあること,疑問点②について,幅広 せる事情はない。 4 また,F医師は,G医師の疑問点①について,幅広で柔らかく表面がざらざらしていない物で頸部を圧迫すれば,外表及び筋肉内に損傷が生じないこともあること,疑問点②について,幅広のもので頸部全体を圧迫すれば,頸部にうっ血が生じないこともありうること,うっ血の濃い所は目立つが,明瞭な境界(色の変化)があるわけではないとした上,Bに生じたうっ血の境界は首と下あごの境目付近であることなどを指摘しており,G医師の疑問に対して一応の医学的説明がなされている。よって,G医師の見解を前提としても,Bの甲状軟骨右上角部が生前に骨折したこと,ひいてはBの死因が頸部圧迫による窒息死の蓋然性が高いことは否定されないということができる。 5 以上によれば,Bの死因は,頸部圧迫による窒息死の蓋然性が高いが,鼻口部閉塞が競合した可能性や,頸部圧迫に伴う不整脈によって死亡した可能性も残る。したがって,死因不詳と認定した。 第3 犯行の態様について 1 被告人は,概ね次のとおり供述した。 犯行当日,Bが高価な指輪などを買いに行くと言い始めた。自分のお金を使 うように言い返した。すると,Bは被告人に罵声を浴びせながら,被告人が持っていた通帳を取り上げようとし,その際,被告人の頬を2回平手打ちし,さらにハイヒールを投げつけてきた。Bの口を手で塞ごうとしたところ,噛みつかれそうになった。そこで,黙らせようと考え,Bに布団をかぶせたところ,二人とも転倒し,被告人がBの腰の辺りに馬乗りの状態となった。Bが罵声をあげ続け,左手で叩こうとしてきたので,その手を被告人の太ももの下に入れて挟み,頭に布団をかけ直し,布団の上から両手を重ねてBの口を押さえた。 Bが抵抗して頭を左右に揺らしたため,被告人の左右の手が離れ,片手は口,もう一方の手は たので,その手を被告人の太ももの下に入れて挟み,頭に布団をかけ直し,布団の上から両手を重ねてBの口を押さえた。 Bが抵抗して頭を左右に揺らしたため,被告人の左右の手が離れ,片手は口,もう一方の手は頭を押さえる状態となった。その状態のまま,Bに対して,これからはお互い干渉せずに生活しようなどと,しばらくの間,語りかけていた。 押さえていた時間は,はっきりしないが,十数分間だと思う。布団を外すと,Bが死んでいた。 2 被告人供述の信用性について,検討する。 まず,布団をかぶせたという点は,幅広で柔らかく表面がざらざらしていない物で頸部を圧迫すれば,甲状軟骨右上角部の骨折が生じても,頸部の外表などに痕跡が残らないというF医師の供述とよく合っている。そして,Bとの口論をきっかけにして,布団をかぶせてBの口などを押さえたという一連の経過は,その流れや理由が自然であるし,現場の状況等の客観的な証拠とも概ね合っている。 この点に関する被告人の供述は,基本的に信用することができる。 3 したがって,被告人が供述するような経緯や犯行時の状況を認定することができる。 ただし,甲状軟骨右上角部を骨折するには極めて強い外力が必要であり,頭部及び顔面にうっ血が生じるには頸静脈を二,三分以上(頸部圧迫や鼻口部閉塞により窒息死するには5分程度),継続して圧迫する必要がある。そうすると,被告人の供述とは一部異なり,客観的には,被告人が,布団の上からBの鼻口 部付近と頸部を手で押さえ,少なくとも頸部を二,三分以上継続して圧迫するなどの暴行を加えたことが認められる。 第4 殺意について 1 頸部圧迫の認識について警察官は,成人女性の平均的な体の大きさを模した人形に,犯行現場から押収した布団(通常の状態で厚さは6~7㎝,圧縮した状態で厚さ3 認められる。 第4 殺意について 1 頸部圧迫の認識について警察官は,成人女性の平均的な体の大きさを模した人形に,犯行現場から押収した布団(通常の状態で厚さは6~7㎝,圧縮した状態で厚さ3~5㎜)を平たくかぶせ,布団の上から口付近及び頸部付近を圧迫してその区別がつくか否かの実況見分をした。その結果,頸部と口付近の形状は異なっており,その感触等から容易に区別がついたという。 そうすると,被告人においても,圧迫している部分が口であるのか頸部であるのか認識できたようにも思われる。 しかしながら,Bは布団の下で身動きしていたから,布団がよじれたり重なったりした可能性がある。この点,警察官の実況見分は,被告人の立会いなしで行われたものであり,犯行時の布団の具体的な状態や,Bの体格・体勢等を正確に再現したものではない。また,人形の顔を横向きにして計測すると,首と頬の高低差は2.5㎝程度にとどまる。したがって,布団の状態のほか,Bの動きや顔の向きによっては,口と頸部の形状の差を認識しづらい状況にあったことを否定できない。また,被告人が当初Bを黙らせようとして布団をかぶせて口付近を押さえたという経緯に加え,その間,Bが生きていることを前提に,将来に向けた話をしていたというのであるから,被告人において,終始,口付近だけを押さえていると思い込んでいたことも十分あり得る。 以上によれば,被告人が布団の上からBの頸部を圧迫した際に,その圧迫部位が頸部であることを明確に認識していたと認めるには,なお疑問が残る。 2 動機及び経緯被告人は,平成26年12月に来日後,Bが別の男性と交際していることや金遣いが荒いことに関して不満を有しており,本件当日は,Bの金遣いを巡っ て口論になり本件犯行に至ったと認められる。しかし,計画的な犯行 月に来日後,Bが別の男性と交際していることや金遣いが荒いことに関して不満を有しており,本件当日は,Bの金遣いを巡っ て口論になり本件犯行に至ったと認められる。しかし,計画的な犯行であることを示す十分な証拠はない。また,被告人が,本件以前にBに対する不満を原因として,Bに対し,何らかの暴行を加えたような事実も認められない。この程度の不満や経緯があったとしても,それが,とっさに殺意を生じさせるような動機になり得るかについてはなお疑問が残る。そもそも,布団をかぶせた上で頸部を圧迫するという態様自体,通常の殺害方法としては異質なものであり,殺意があったことを否定する方向の事情とも考えられる。 3 犯行後の被告人の行動被告人が,Bの死亡後,119番通報していないこと,B名義の預金口座から現金を引き出したこと,キャリーバッグに死体を詰めて運河に遺棄したことが認められる。しかし,殺意がなかったとしても,このような行動をとることが不自然とはいえないから,これらの事情から殺意を推認することもできない。 4 結論以上によれば,被告人が,本件犯行の際,自らの行為について,人の死ぬ危険性が高い行為であることを認識した上,あえて行ったこと,すなわち殺意があったと認定するには,常識に照らし疑問が残る。 従って,傷害致死罪が成立するにとどまると判断した。 (過剰防衛の成否について)第1 当事者の主張弁護人は,Bの被告人に対する攻撃により,被告人の生命や身体に対する危険が差し迫った緊急状態にあったから,過剰防衛が成立すると主張する。 これに対し,検察官は,そもそもBの被告人に対する攻撃はなかったこと,仮に攻撃があったとしても生命や身体に対する危険が差し迫った緊急状態にはなかったこと,被告人がBの頸部等を 成立すると主張する。 これに対し,検察官は,そもそもBの被告人に対する攻撃はなかったこと,仮に攻撃があったとしても生命や身体に対する危険が差し迫った緊急状態にはなかったこと,被告人がBの頸部等を圧迫した際には既にBの攻撃は終了し,緊急状態になかったことを理由に,過剰防衛に当たらないと主張する。 第2 認定できる事実 既に検討したとおり,次のような事実が認められる。 Bは,被告人に対し,罵声を浴びせながら,頬を2回平手打ちし,ハイヒールを投げつけ,被告人の手に噛みつこうとした。被告人が布団をかぶせて馬乗りになった後も,Bは,罵声をあげ続け,左手で被告人を叩こうとしたため,被告人は,Bの左手を自分の太ももで挟んだ。被告人が布団の上から両手でBの口付近を押さえたところ,Bが頭を左右に揺らしたため,被告人は,意図せず,その鼻口部付近を押さえ,頸部を少なくとも二,三分以上,継続して極めて強い力で圧迫した。 第3 緊急状態にあったことBが被告人に加えた暴行の内容に加え,被告人が布団をかぶせて馬乗りになった後も,Bが罵声をあげ,被告人を叩こうとするなど暴行を継続する意思を示していたことからすれば,被告人がBの鼻口部付近や頸部を圧迫した時点においても,被告人がBの体を押さえていなければ,Bが被告人に対してなお攻撃を続ける危険があったと認められる。そうすると,被告人が男性であり,女性であるBに馬乗りになっていたことなどを考慮しても,被告人の身体に対する危険が差し迫った緊急状態になかったとはいえないから,このような緊急状態にあったと認められる。 第4 防衛の程度を超えたこと被告人は,少なくとも二,三分以上継続して,極めて強い力でBの頸部等を圧迫しており,Bの攻撃内容やその程度などに照らすと,防衛の程度を 態にあったと認められる。 第4 防衛の程度を超えたこと被告人は,少なくとも二,三分以上継続して,極めて強い力でBの頸部等を圧迫しており,Bの攻撃内容やその程度などに照らすと,防衛の程度を超えているというべきである。なお,被告人の認識を前提にしてみても,布団の上から極めて強い力で口付近を継続的に圧迫する行為は,人を窒息死させる可能性のある危険な行為である。被告人は,このような過剰性を基礎づける事実を認識していたと認められる。 第5 結論以上によれば,被告人の行為については,過剰防衛が成立する。ただし,傷 害致死罪の法定刑を減軽したり,刑を免除するほどの事情とはいえない。そこで,量刑の一事情として考慮することとする。 (量刑の理由)傷害致死の態様は,強い力で,数分間継続して,鼻口部付近や頸部を圧迫したのであり,被告人の認識を前提にしても,危険なものである。被害者が受けた苦痛や,二人の子供を残して死亡した無念の思いは,容易に推察される。被害者の言動にも問題はあったが,命を奪われるような強い暴行を受けるべき落ち度はない。そして,被害者の攻撃による危険性は高いものではなかったから,過剰防衛にあたることを考慮しても,被告人の責任を大きく軽減させるものではない。 死体遺棄について,被告人は,死体のほか石の塊やレンガをキャリーバッグに詰めた上,運河に投棄したのであり,傷害致死及び不法残留の発覚を免れ,責任を回避しようとした強固な意思に基づく卑劣な犯行である。 ただし,不法残留の期間は,半年余りと比較的短期である。 このような犯行に関する事情によると,本件は,死体遺棄を伴っている点で,傷害致死の同種事案(単独犯,凶器なし,被害者が配偶者等)の中では,重い部類に属する。 その他,被告人なりに罪を悔いている このような犯行に関する事情によると,本件は,死体遺棄を伴っている点で,傷害致死の同種事案(単独犯,凶器なし,被害者が配偶者等)の中では,重い部類に属する。 その他,被告人なりに罪を悔いていること,被害者の母親に対して130万円を渡したことなどの事情も考慮して,被告人を主文の刑に処することとした。 (求刑:懲役18年)平成29年9月19日東京地方裁判所刑事第16部 裁判長裁判官島田一 裁判官島田環 裁判官丹野由莉
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