平成31(う)21 殺人,殺人未遂,傷害

裁判年月日・裁判所
令和元年12月17日 東京高等裁判所 破棄差戻 千葉地方裁判所 平成29(わ)2089
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判決文本文18,938 文字)

- 1 - 令和元年12月17日宣告東京高等裁判所第10刑事部判決平成31年(う)第21号殺人,殺人未遂,傷害被告事件 主文 原判決を破棄する。 本件を千葉地方裁判所に差し戻す。 理由 第1 事案の概要及び本件控訴の趣意について 1 本件は,被告人が,①勤務先である千葉県印西市所在の老人ホーム(以下「本件老人ホーム」という。)の同僚であるA(当時60歳)に睡眠導入剤を密かに摂取させることにより,Aに意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,自 動車を運転して帰宅するAがこれに基づく仮睡状態等に陥り交通事故を惹起してAや事故に巻き込まれた第三者らが死亡することもやむを得ないと考え,平成29年2月5日午後0時頃から同日午後1時頃までの間に,本件老人ホーム事務室において,睡眠導入剤数錠を密かに混入したコーヒーを提供してAに飲ませ,意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせた上,普通乗用自動車を運転し たAがこれに基づく仮睡状態等に陥り同日午後3時40分頃に本件老人ホーム従業員駐車場から約100mの地点の道路において同車を鉄パイプ柵に衝突させる事故を惹起したことなどを知って,その後Aが運転を再開する場合には,その急性薬物中毒の症状が完全に消失しない限り,再び交通事故を惹起してAや事故に巻き込まれた第三者らが死亡するかもしれないことを認識しながら,上記事 務室で休んでいたAに対し,同車が走行可能であることを告げてAを起こして,同車を運転して帰宅するよう仕向けることにより,同日午後5時30分頃,同車を運転し同市内の道路を進行中のAを,その急性薬物中毒に基づく仮睡状態等に陥らせて,同車を対向車線に進出させ,進路前方を対向進行してきたB(当時27歳)運転の普通貨物自動車に上 後5時30分頃,同車を運転し同市内の道路を進行中のAを,その急性薬物中毒に基づく仮睡状態等に陥らせて,同車を対向車線に進出させ,進路前方を対向進行してきたB(当時27歳)運転の普通貨物自動車に上記A運転車両を衝突させ,Aに胸部下行大動脈 完全離断等の傷害を負わせ,よって,千葉県内の病院において同人を同傷害に基 - 2 - づく失血により死亡させるとともに,Bに全治約10日間を要する左胸部打撲の傷害を負わせるにとどまり,殺害するに至らず(原判示第1),②上記①の経緯によりAが死亡した事実を知りながら,同僚であるC(当時69歳)及び夫のD(当時71歳)に睡眠導入剤を密かに摂取させることにより,C及びDに意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,自動車を運転して帰宅するDがこれに基 づく仮睡状態等に陥り交通事故を惹起してD及び同車に同乗するCや事故に巻き込まれた第三者らが死亡することもやむを得ないと考え,同年5月15日午後1時頃から同日午後1時30分頃までの間に,上記事務室において,睡眠導入剤数錠の溶液を密かに混入したお茶を提供してD及びCに飲ませ,意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,その後DがCを乗せて運転を開始する場合に は,その急性薬物中毒の症状が完全に消失しない限り,交通事故を惹起してD,Cや事故に巻き込まれた第三者らが死亡するかもしれないことを認識しながら,上記事務室で寝ていたD及びCに対し帰宅時間である旨を告げて両名を起こして,Dに自動車を運転してCと共に帰宅するよう仕向けることにより,同日午後6時頃,普通乗用自動車を運転し同県佐倉市内の道路を進行中のDを,その急性 薬物中毒に基づく仮睡状態等に陥らせて,同車を対向車線に進出させ,進路前方を対向進行してきたE(当時56歳)運転の普通貨 時頃,普通乗用自動車を運転し同県佐倉市内の道路を進行中のDを,その急性 薬物中毒に基づく仮睡状態等に陥らせて,同車を対向車線に進出させ,進路前方を対向進行してきたE(当時56歳)運転の普通貨物自動車に上記D運転車両を衝突させ,よってDに全治約10日間を要する全身打撲傷等の傷害を,同車助手席に同乗していたCに全治約1か月間を要する両側肋骨骨折の傷害を,Eに加療約3週間を要する頸椎捻挫等の傷害をそれぞれ負わせるにとどまり,殺害するに 至らず(原判示第2),③同僚であるF(当時37歳)に嫌がらせをしようと考え,Fに睡眠導入剤を密かに摂取させることにより,Fの身体に急性薬物中毒等の異常を生じさせようと企て,同年6月8日午後0時頃,上記事務室において,Fが机の上に置いていたお茶に密かに睡眠導入剤の溶液を混入し,その頃から同日午後4時頃までの間に,その情を知らないFにこれを飲ませ,よって,Fに約8時 間にわたる意識障害等を伴う急性薬物中毒の傷害を負わせた(原判示第3)とい - 3 - う事案である。 2 本件控訴の趣意は,要するに,⑴上記①の殺人及び殺人未遂並びに上記②の各殺人未遂の実行行為性をいずれも認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,⑵上記①の各被害者及び上記②の各被害者に対する殺意をいずれも認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令 適用の誤り及び事実誤認がある,⑶上記全事実について,被告人は心神耗弱であるのに,完全責任能力が認められることを前提に判断している原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,⑷仮に上記①及び②について殺人罪及び各殺人未遂罪が成立し,上記全事実について被告人に完全責任能力が認められるとしても,被告人を懲役24年に処した原 判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,⑷仮に上記①及び②について殺人罪及び各殺人未遂罪が成立し,上記全事実について被告人に完全責任能力が認められるとしても,被告人を懲役24年に処した原判決の量刑は重すぎて不当で あるというのである。 第2 原判示第1の殺人及び殺人未遂並びに原判示第2の各殺人未遂の実行行為性に関する法令適用の誤りの論旨について 1 原判決の要旨⑴原判示第1及び同第2の各事実について,原判決は,要旨,以下のとおり説 示して,殺人及び殺人未遂の実行行為性を認めた。 ⑵ 原判示第1の殺人及び殺人未遂については,被告人は,自動車で帰宅するAに睡眠導入剤を混入した飲料を飲ませ,その二,三時間後にはAが不可解な言動をし,仮睡状態に陥り,近くで脱輪させる物損事故を起こしたこと,Aが事故現場や事務室で意識がはっきりせず,寝たり起きたりの状態にあることを目 の当たりにしたにもかかわらず,睡眠導入剤の投与から五,六時間しか経たないうちに,うつ伏せになって安静でいるAを,そのまま休ませるとか,代わりの者に運転させるとかいう代替手段を採らず,車が走行可能である旨を告げて起こし,車で帰宅するよう送り出した。上記の行為は,後刻車を運転することが予定されている者に対し,睡眠導入剤を密かに一般的な服用量以上に摂取さ せ,効果が生じていることが明らかな状態で,あえてその者を起こして車を運 - 4 - 転するように仕向けたといえ,その因果として,その者が自身では認識していない睡眠導入剤の影響により,意識混濁や仮睡状態に陥り,原因に思い当たらないまま運転を継続することで,周囲の状況を適切に把握しそれに的確に対処して運転操作をすることが困難となり,その者や巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含め,あら や仮睡状態に陥り,原因に思い当たらないまま運転を継続することで,周囲の状況を適切に把握しそれに的確に対処して運転操作をすることが困難となり,その者や巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含め,あらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高い行為といえる から,殺人罪の実行行為に該当する。 ⑶ 原判示第2の各殺人未遂については,被告人は,Cを車に乗せて帰宅する予定であったDに密かに睡眠導入剤を混入した飲料を併せてCにも飲ませ,約1時間後にはDが眠気を催し仮睡状態に陥り,その後もDとCがともに意識がはっきりせずうつらうつらした状態であるのを目の当たりにしたのに,投与後四, 五時間しか経たないうちに,そのような状態で寝ているDとCに,代替手段を採らず,あえて起こし,車で帰宅するよう送り出した。上記の行為は,後刻車を運転することが予定されている者らに対し,睡眠導入剤を密かに,一般的な服用量をやや上回る可能性がある形で摂取させ,効果が生じている状況の下で,あえてその者らが同乗して車を運転するように仕向けたものといえ,その者ら が睡眠導入剤の影響により周囲の状況を適切に把握し,それに的確に対処して運転操作をすることが困難となり,その者らのみならず巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含めあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高い行為といえるから,殺人罪の実行行為に該当する。 2 当裁判所の判断 以上の原判決の認定については,いずれも,論理則,経験則等に照らして不合理なところはなく,実行行為性の判断も含め,当裁判所も概ね是認することができる。以下,所論を踏まえ補足して説明する。 所論は,①摂取させた睡眠導入剤の量は致死量に至らず,これを摂取させた行為は人を死亡させる危険はない,②睡眠導入剤を摂取させた時点で,その効果が きる。以下,所論を踏まえ補足して説明する。 所論は,①摂取させた睡眠導入剤の量は致死量に至らず,これを摂取させた行為は人を死亡させる危険はない,②睡眠導入剤を摂取させた時点で,その効果が 継続している最中に自動車を運転するよう仕向ける計画であった証拠はなく,睡 - 5 - 眠導入剤を摂取させてから,最終的に自動車を運転するように仕向けるまでの間に,誰かが帰宅させずに宿直設備等で寝かせた方がよいのではないかと述べる可能性は残されていた,③本件は,被害者の行為を利用した間接正犯類型であり,とりわけB及びEに対する殺人未遂は間接正犯であるところ,道具とされた被害者による自動車の運転について,意思の抑圧はできておらず,被害者が事故を起 こすかは極めて不確実であって,実行行為の認定の仕方として誤っているなどと主張する。 しかし,①のうち原判示第1の殺人及び殺人未遂については,後記のとおり,被告人は,Aを起こして運転を促した時点で,同人に対する未必の殺意を有していたと認定するにとどめるのが相当であるから,睡眠導入剤を摂取させた行為は, 殺人及び殺人未遂の実行行為そのものではなく,実行行為に至る前提となる行為とみるべきであって,所論は前提を欠く。原判示第2の各殺人未遂については,原判決は,睡眠導入剤を摂取させたことのみをもって殺人の実行行為と認めたわけではないので,所論は失当である。なお,原判示第1及び第2の殺人及び殺人未遂のいずれにおいても,本件のように睡眠導入剤の影響下にあって寝ている者 を起こしてもうろうとした状態の者に自動車を運転して帰宅するように促した場合,促された本人は正常な判断ができない状態であって,そのまま運転を開始する蓋然性が高く,そのまま運転を開始した場合,交通事故を起こし,その結果として 態の者に自動車を運転して帰宅するように促した場合,促された本人は正常な判断ができない状態であって,そのまま運転を開始する蓋然性が高く,そのまま運転を開始した場合,交通事故を起こし,その結果として運転者,同乗者や事故に巻き込まれた第三者が死亡する危険性も一定程度認められる。そうすると,原判示第1及び第2の殺人及び殺人未遂のいずれにお いても,被告人は,被害者をして,被害者自身,同乗者及び事故に巻き込まれた相手方を死亡させる現実的危険性が認められる行為を行わせたものであって,殺人及び殺人未遂の実行行為に当たると認められる。②のうち原判示第1の殺人及び殺人未遂については,上記のとおり,所論は前提を欠く。原判示第2の殺人未遂については,被告人は,Dが自動車を運転して帰宅すると分かった上で睡眠導 入剤を摂取させたのであるから,一定の計画性はあったと認められる。③につい - 6 - ては,睡眠導入剤の影響下にある運転者が第三者を死亡させる交通事故を起こすことが確実でないとしても,運転者は,自ら睡眠導入剤を摂取したことを知らず,運転中に仮睡状態に陥る可能性が高いことを知らないまま自動車を運転するように,すなわち,居眠り運転をするように仕向けられており,この点において,被告人は,睡眠導入剤を摂取させた者を,居眠り運転をして事故を引き起こす道 具として利用したと評価することができ,そのような居眠り運転に死亡事故を引き起こす現実的危険性が一定程度認められる以上,殺人及び殺人未遂の実行行為性に欠けるところはないというべきである。 したがって,原判示第1の殺人及び殺人未遂並びに原判示第2の各殺人未遂について,いずれも実行行為性を認めた原判決の判断は結論において是認すること ができる。所論はいずれも採用できない。 第3 原判示 て,原判示第1の殺人及び殺人未遂並びに原判示第2の各殺人未遂について,いずれも実行行為性を認めた原判決の判断は結論において是認すること ができる。所論はいずれも採用できない。 第3 原判示第1及び第2の各事実に係る未必の殺意に関する法令適用の誤り及び事実誤認の論旨について 1 原判決の要旨⑴ 原判示第1及び同第2の各事実について,原判決は,要旨,以下のとおり説 示した上,未必の殺意をいずれも認めた。 ⑵ 原判示第1の殺人及び殺人未遂については,被告人は,実行行為性を基礎づける事実関係の主要な部分の認識に欠けるところがなく,Aの物損事故の発生やその後の事故現場や事務室におけるAの様子を目の当たりにして,Aが意識障害等を生じ,物損事故を起こし,その後もその意識障害等が解消しない状態 であることを十分認識していた。被告人は,そのような状態で運転すれば,死亡事故を含むあらゆる事故を引き起こす危険性が現実的にも高まったことを認識しつつ,あえてAが車を運転して帰宅するよう仕向けることで,危険の現実化に向けた行為に及んでいるので,被告人には,遅くともAを本件老人ホームから送り出した時点で,死亡事故を含む交通事故を引き起こすかもしれない が,それでもやむを得ないという未必の殺意があったと認められる。そして, - 7 - 後に車を運転することが確実に予定されている者に睡眠導入剤を密かに摂取させることは,その因果として,死亡事故を含むあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高い行為である上,嫌がらせなら物損事故で目的を達しているはずなのに,被告人はあえてAを起こして送り出しており,その後,同様の原判示第2の行為に及んでいるから,Aの死亡が,被告人にとって予想外のもので あったとは考えにくい。そうすると,被告人 ているはずなのに,被告人はあえてAを起こして送り出しており,その後,同様の原判示第2の行為に及んでいるから,Aの死亡が,被告人にとって予想外のもので あったとは考えにくい。そうすると,被告人は,睡眠導入剤を摂取させた時点から,未必の殺意があったと認められる。 ⑶ 原判示第2の各殺人未遂については,被告人は,原判示第1の犯行の結果から,睡眠導入剤の影響による意識障害等が生じている状況で車を運転すれば,その本人又は巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含むあらゆる態様の事 故を引き起こす危険性があることを現実のものとして認識していた。被告人は,殺人の実行行為性を基礎付ける事実関係のうち主要な部分の認識に欠けるところがないだけでなく,Dらに意識障害等が生じていることを十分に認識していた。そのような認識の下で,D及びCに,睡眠導入剤を摂取させ,帰宅するように仕向けたから,睡眠導入剤を摂取させた時点から未必の殺意があった。 ⑷ なお,被告人がAやDらに睡眠導入剤を摂取させた後,同人らにその影響によるものと認められる眠気,仮睡状態,意識障害の症状が生じていたことは明らかで,被告人もその異常な言動や様子の主たる部分は十分認識しており,准看護師として長年のキャリアを有する被告人が,AやDらの異常な言動や様子を自ら摂取させた睡眠導入剤の影響によるものと認識していなかったとは考 え難い。また,被告人は,Aが被告人を本件老人ホームから排除しようとしていると感じるなどして同人に対する反感を募らせ,Aに同調するなどしたCに対する不満を感じ,その夫であるDの態度が失礼であると考えていたことは,確定的殺意を抱くには根拠としてやや薄弱であるが,未必の殺意と矛盾するものではない。 2 当裁判所の判断 - 8 - ⑴ その夫であるDの態度が失礼であると考えていたことは,確定的殺意を抱くには根拠としてやや薄弱であるが,未必の殺意と矛盾するものではない。 2 当裁判所の判断 - 8 - ⑴ 以上の原判決の認定のうち,原判示第1の事実につきAに対する未必の殺意を認めた点,並びに,原判示第2の事実につきD及びCに対する未必の殺意を認めた点については,説示に相当でない部分があるものの,その判断を含め,いずれも結論において相当なものとして,是認することができるが,原判示第1の事実につきBに対する未必の殺意を認めた点,及び,原判示第2の事実に つきEに対する未必の殺意を認めた点については,論理則,経験則等に照らして不合理であって,その判断を含め,是認することができない。 以下,その理由を説明する。 ⑵ 原判示第1及び第2の各事実は,いずれも,運転者に睡眠導入剤を摂取させた上で,睡眠導入剤の影響の下にある人に自動車を運転するよう仕向け,交通 事故を起こさせて,運転者,同乗者及び事故の相手方を死亡させようとする点で共通している。このような行為においては,自動車の運転を仕向けた後にも,運転者が再び寝込んでしまうほか,他の者が運転者に対して運転しないように止めるなどして,自動車の運転をしなかったり,その運転を開始した後も気分が悪くなって運転を止めたりする可能性がある上,運転を継続して実際に交通 事故を起こしたとしても,交通事故の程度や規模は様々であるから,運転者,同乗者又は事故の相手方は,傷害を負ったとしても死亡するに至らなかったり,そもそも傷害を負わなかったりする可能性も相当程度ある。したがって,このような行為は,前記のとおり,運転者自身,その同乗者,及び交通事故の相手方を死亡させる現実的危険性が相当程度あり,実行行為性は認 そもそも傷害を負わなかったりする可能性も相当程度ある。したがって,このような行為は,前記のとおり,運転者自身,その同乗者,及び交通事故の相手方を死亡させる現実的危険性が相当程度あり,実行行為性は認められるとして も,例えば,鋭利な刃物で人体の枢要部を刺すとか,両手で頸部を絞めるといった,人が死ぬ危険性が高い行為とは異なり,結果が傷害や物損事故等にとどまる可能性もかなりあり,死亡の危険性が高いとまではいえない。そして,このような人が死亡する危険が高いとはいえない行為について,殺意が認められるためには,行為者が,実行行為による人の死亡の危険性を単に認識しただけ では,人が死亡してもやむを得ないと認容したということはできず,実行行為 - 9 - の結果としてその人が死亡することを行為者が期待するなど,意思的要素を含む諸事情に基づいて,行為者が,その人が死亡してもやむを得ないと認容したことを要すると解すべきである。 この点について,原判決は,原判示第1の事実においても,同第2の事実においても,運転者や同乗者と事故の相手方の区別をせずに,被告人が,A又は D及びCに睡眠導入剤を摂取させたことによって,意識障害等を生じさせ,そのような状態で運転すれば,あらゆる事故を引き起こす危険性が現実的にも高まったことを認識しつつ,あえてAやDが車を運転して帰宅するよう仕向けることで,危険の現実化に向けた行為に及んでいるから,未必の殺意が認められる旨説示している。これは,本来人の死亡の結果が生じる危険性が高い行為に ついて用いられるべき,専ら行為者の認識を基準とする判断枠組みを,死亡の結果が生じる危険性が高いとはいえない行為について用いるとともに,これと整合性を保つため,認識の対象となる行為についても,「その者や巻き込まれた第 ,専ら行為者の認識を基準とする判断枠組みを,死亡の結果が生じる危険性が高いとはいえない行為について用いるとともに,これと整合性を保つため,認識の対象となる行為についても,「その者や巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含めあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高い行為」と規定して,上記の危険性の程度を引き下げている。しかし,この ような殺意の認定手法を採ると,例えば,アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させた場合等,本来傷害,暴行,又は器物損壊の故意が認められるにとどまる事例を,対向車の運転者や歩行者等不特定の者に対する殺意が認められるものとして取り込む結果となり,殺意の意義を希釈することになりかねず,妥当でないというべきである。 また,原判決の上記説示が,運転者や同乗者と事故の相手方の区別をしていないのは,行為の危険性についての被告人の認識のみを基準として未必の殺意の有無を判断したことに由来するものと考えられる。しかしながら,本件においては,後記のとおり,実行行為の直接の相手方である運転者や同乗者と事故に巻き込まれた第三者とでは,死亡の危険性の程度に違いがあり,これを受け て被告人の認識も異なることから,被告人の殺意を認定する上で必要とされる - 10 - 意思的要素にも差異が生じると考えられるところ,これらの点を捨象して,原判決のように,あらゆる態様の事故を引き起こす危険性の認識の有無のみに基づいて一律に未必の殺意の有無を判断するのは,相当でないというべきである。 被害者の置かれたそれぞれの状況に応じて,実行行為の結果としてその人が死亡する危険性の程度の認識や,その結果を被告人が期待していたことなどとい った意思的要素等の諸事情に基づいて,被告人がその死亡の結果を認容して れぞれの状況に応じて,実行行為の結果としてその人が死亡する危険性の程度の認識や,その結果を被告人が期待していたことなどとい った意思的要素等の諸事情に基づいて,被告人がその死亡の結果を認容していたかを検討する必要がある。 ⑶ そこで,上記⑵の観点から,原判示第1の事実について,各被害者に対する未必の殺意が認められるかどうかを検討する。 ア Aに対する未必の殺意について 上記事案においては,被告人は物損事故の現場をその目で見ているところ,原審証拠(甲177)によれば,Aが物損事故を起こした自動車左前部のナンバープレート及びバンパーに,道路脇の柵として設置されていた直径数cmの鉄パイプが正面からエンジンルームに突き刺さっており,状況によっては車内にまで達する危険性がある状態であったことが認められ,Aが危険を 回避した形跡がないことは明らかである。その上,Aが物損事故後も立ったまま寝ているような,もうろう状態であったことを被告人が見ていることを考え併せれば,事故の態様によってはA自身が死亡する事故になりかねない状態であったことは容易に見て取れたはずである。被告人は,既に自分がAに睡眠導入剤を摂取させたことにより,上記のような結果を招いたことを認 識していたのであるから,Aに対し更に運転を促す行為は同人の死亡につながりかねないのであって,同人が死亡するのを避けるためには,当面は同人に運転させないで,同人の意識の回復を待つ必要があると考えられるところ,このような状況下であるにもかかわらず,あえてAを起こして自動車の運転を促したということは,被告人が,更なる結果の発生,すなわちAが死亡す る可能性のある事故を起こすことを期待していたことを推認させるという - 11 - べきである。したがって,被告人は, したということは,被告人が,更なる結果の発生,すなわちAが死亡す る可能性のある事故を起こすことを期待していたことを推認させるという - 11 - べきである。したがって,被告人は,遅くともAを起こして運転を促した時点では,同人の死亡という結果の発生の危険性を認識していたにとどまらず,これを認容していたと認められる。 この点について,原判決は,被告人がAに睡眠導入剤を摂取させた時点で,同人に対する殺意があったと認定している。上記の時点の後,被告人が物損 事故を起こしたAに運転を促すまでの間に,同人に対して更に悪感情を募らせるような出来事が生じていないことに照らすと,上記の時点で被告人がAに対して未必の殺意を有していたという可能性もないとはいえない。しかしながら,物損事故の状態やAがもうろう状態にあったのを見て,被告人が,Aの死亡を現実的なものとして期待するに至った可能性も十分考えられ,睡 眠導入剤を摂取させた時点では,被告人がAの死亡する危険性の認識に加えて,死亡を期待する意思的要素も有していたとはいい難いから,遅くとも同人を起こして運転を促した時点で,同人に対する未必の殺意を有していたと認定するにとどめるのが相当である。原判決は,物損事故の発生やその後の事故現場や事務室におけるAの様子についての被告人の認識を基にAに対 する未必の殺意を認定したものと理解することもできるから,結論において是認することができる。 所論は,①原判決は,Aに睡眠導入剤を摂取させた時点で実行の着手があるとしているのであるから,この時点において殺意がなければならないが,この時点において,被告人が,Aに自動車を運転するように仕向ける一連の 計画をもっていたと認めるに足りる証拠はなく,原判決は,物損事故を起こしてもなお満 時点において殺意がなければならないが,この時点において,被告人が,Aに自動車を運転するように仕向ける一連の 計画をもっていたと認めるに足りる証拠はなく,原判決は,物損事故を起こしてもなお満足せず,自動車を運転するように仕向けた事実をもって殺意を認定したが,物損事故で満足しないから殺意があるというのは飛躍がある,②原判決は,判示第2の事実の存在を,同第1の事実における殺意を認めた根拠の一つとしたが,このような事後に発生した類似事実の存在を,それよ りも前の事件における殺意の根拠とするのは,被告人の悪性格を介した推認 - 12 - 過程であり,違法である,③本件のような被害者の行為を利用した間接正犯類型の事案においては,殺人に対する意欲や計画性の有無等の事情から殺意を認定すべきであって,「人が死亡する危険の高い行為をそのような行為と分かって行った」との定式は適さない,④もし薬の影響のある人に自動車を運転するよう仕向けた行為によって,その人が事故を起こした相手方に対す る殺意まで認定すると,飲酒や薬物の影響下での自動車事故事件の大部分が殺人事件となってしまい,殺意概念が著しく拡大することになり,Bに対する殺意の認定は,より一層殺意の認定方法の誤りであるなどと主張する。 確かに,①については,原判決が,被告人が,Aに睡眠導入剤を摂取させた時点で同人に対する未必の殺意を認定したことが相当でないことは,前記 のとおりである。しかし,遅くとも,その後物損事故を起こした同人に被告人が自動車を運転するよう促した時点では,未必の殺意を有していたと認められることは,前記のとおりであって,所論の指摘は当たらない。また,物損事故に満足しなかったという点については,Aが物損事故を起こしたというだけでなく,被告人がその事故現場等を 意を有していたと認められることは,前記のとおりであって,所論の指摘は当たらない。また,物損事故に満足しなかったという点については,Aが物損事故を起こしたというだけでなく,被告人がその事故現場等を見たにもかかわらず,Aに運転す るよう仕向けたことから,被告人は,Aが死亡することを期待していたと認められるから,所論の指摘は当たらない。②についても,原判決が判示第1の事実における故意の認定に同第2の事実による推認を用いている点は必ずしも適切とはいい難いが,本件においては,原判示第2の事実を基に推認しなくても,Aに対する未必の殺意が認められることは,前記のとおりであ る。③については,既に述べたとおりである。④については,本件における睡眠導入剤は,直接脳の受容体に作用して催眠状態を引き起こすというものであるので,眠気を払うための努力をしようがしまいが,薬が効けば意識を失ってしまうという性質があり(Jの原審証言),必ずしも飲酒運転の場合と危険性を同様に論じることはできない。睡眠導入剤の影響下にある人に自 動車を運転させる行為に殺意が認められるためには,前記のとおり,単に人 - 13 - を死亡させる危険性について認識するだけでは足りないと解すべきであって,これを上記の認識で足りるとする原判決の説示が適切でないことは,前記のとおりである。Bに対する殺意の認定については,次に検討する。 Aに対する未必の殺意についての所論は,結論において採用できない。 イ Bに対する未必の殺意について 被告人が,前記物損事故の現場や同所におけるAの様子を見たことにより,同人がこのような状態のまま自動車の運転を行うと,同人が居眠り運転の事故を起こして死亡する危険性があることを現実に認識したにもかかわらず,重ねて同人が自動車を運転す おけるAの様子を見たことにより,同人がこのような状態のまま自動車の運転を行うと,同人が居眠り運転の事故を起こして死亡する危険性があることを現実に認識したにもかかわらず,重ねて同人が自動車を運転するように促した行為から,被告人がAの死亡を期待していたと認められることは,前記のとおりである。しかし,Aは鉄パ イプ柵に自動車を衝突させる事故を起こしたのであって,対向車と衝突したわけではないから,被告人が,Aが第三者の運転する自動車に自らの自動車を衝突させて,その第三者が死亡する危険性まで具体的に想起し得たとは考え難い。また,被告人は,睡眠導入剤を摂取させられたAが,薬理作用のためにもうろう状態になり,立ったまま寝ているような状態であったことを実 際に見ているところ,前記のような事故現場の状況からしても,Aが自己を防御することができない状態であることは被告人にとっても明らかであったと認められる。これに対し,交通事故の相手方は,居眠り運転をしているAの車両が自車の車線上にはみ出してきても,これを避けて自らの命を守ろうとする行動を採ることが一応可能であって,その死亡の可能性はAと比較 しても低かったとみるべきであり,Aが上記の状態で自動車を運転したからといって,被告人が,事故の結果としてその相手方が死亡することまで必ずしも想起し得るとはいえない。加えて,被告人が本件実行行為に至った動機は,必ずしもその詳細は明らかでないが,Aに対する何らかの悪感情以外には考えられないところ,被告人が,Aが引き起こす交通事故の相手方の死亡 を期待する理由は全くない。そうすると,実行行為の結果としてAの運転に - 14 - よる事故のためにその相手方が死亡することについては,もともとその可能性が低く,被告人がそれを想起し難いことに加 する理由は全くない。そうすると,実行行為の結果としてAの運転に - 14 - よる事故のためにその相手方が死亡することについては,もともとその可能性が低く,被告人がそれを想起し難いことに加えて,被告人には前記の意思的要素も認められないというべきである。したがって,被告人が,Aが起こす交通事故の相手方が死亡してもやむを得ないと認容したと認めるには合理的疑いが残るというべきである。 そうすると,原判決の判断には,Bに対する殺人未遂罪の成立を認めた点において,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわざるを得ない。 ⑷ さらに,前記⑵の観点から,原判示第2の事実について,各被害者に対して未必の殺意が認められるかどうかを検討する。 ア D及びCに対する未必の殺意について原判示第2の犯行においては,同第1の犯行によって,現にAが物損事故を起こしただけではなく,その後に自動車を運転して衝突事故を起こして死亡しており,被告人は,睡眠導入剤を摂取させた者が死亡する事故を起こすということを目の当たりにしている。そうすると,前記のとおり,行為の危 険性としては,運転者や同乗者が死亡する事故に至る可能性が高いとまではいえないとしても,自らが睡眠導入剤を被害者に摂取させ,その影響下にある被害者に自動車を運転して帰宅させることがいかなる結果をもたらすのかを目の当たりにしているのであるから,その死亡の危険性を現実のものとして理解したといえる。それにもかかわらず,被告人は,D及びCに密かに 睡眠導入剤を摂取させ,もうろう状態にある同人らに「帰る時間だよ」などと声を掛けていることからすれば,単に自らの行為が死亡事故をもたらす危険性を認識していたにとどまらず,更なる結果の発生,すなわち,運転者であるDが,同人の ろう状態にある同人らに「帰る時間だよ」などと声を掛けていることからすれば,単に自らの行為が死亡事故をもたらす危険性を認識していたにとどまらず,更なる結果の発生,すなわち,運転者であるDが,同人の運転を止めるなどして自らの生命を守ることができない同乗者のCともども,死亡する交通事故を起こすことを積極的に期待していた とみることができる。したがって,被告人は,D及びCが死亡する交通事故 - 15 - をDらが引き起こすことについては,危険性の認識に加えて死亡の期待等の意思的要素も有していたと認められる。そうすると,被告人がD及びCに睡眠導入剤を摂取させた時点で,Dらに対する未必の殺意を有していたと認めた原判決は,結論において是認することができる。 所論は,①睡眠導入剤を飲ませた時点で,その影響下で自動車を運転して 帰宅させるように仕向ける意図,計画まで立証される必要があるところ,そのように認定できる証拠はない,②Aが交通事故で死亡した事実を踏まえても,それはたまたまそのような交通事故が起きたというにとどまり,睡眠導入剤の影響下で運転をした場合に,かなりの蓋然性をもって人が死亡することまで意味するものではない,③本件のような被害者の行為を利用した間接 正犯類型の事案では,殺人に対する意欲や計画性の有無等の事情から殺意を認定すべきであって,「人が死亡する危険の高い行為をそのような行為と分かって行った」との定式は適さない,④もし薬の影響のある人に自動車を運転するよう仕向けた行為によって,その人が事故を起こした相手方に対する殺意まで認定すると,飲酒や薬物の影響下での自動車事故事件の大部分が殺 人事件となってしまい,殺意の概念が著しく拡大する,などと主張する。 しかし,①については,被告人は,DがCを乗せて自動車 殺意まで認定すると,飲酒や薬物の影響下での自動車事故事件の大部分が殺 人事件となってしまい,殺意の概念が著しく拡大する,などと主張する。 しかし,①については,被告人は,DがCを乗せて自動車を運転して帰宅するであろうと分かって,Dに睡眠導入剤を摂取させているのであるから,睡眠導入剤を摂取させた時点で,同人に睡眠導入剤の影響下で自動車の運転をするように仕向ける意図であったと認めることができるのは,前記のとお りである。本件において,Dらに対する未必の殺意を認定するために,必ずしも所論がいうような意図,計画があることの立証が必要であるとは解されない。②については,Aが死亡する事故を起こしたからといって,睡眠導入剤を摂取させ,その影響下にある者に自動車の運転を促す行為の客観的な危険性自体は変わらないが,現実に死亡事故が起きたことを近い時期に知った 上で,同様の行為に及んだことは,被告人がD及びCが死亡する事故を期待 - 16 - していたことを推認させるに足りる事情であって,前記の意思的要素を備えているというべきである。③及び④については,既に述べたとおりである。 D及びCに対する未必の殺意についての所論は,結論において採用できない。 イ Eに対する未必の殺意について 原判示第1の犯行においてAは死亡したが,事故の相手方であるBは全治約10日間を要する左胸部打撲にとどまっていることや,原審証拠上,被告人は,Bが死亡しなかったことは知っていたと認められるが,同人が上記傷害を負ったことについてどのような認識を有していたかは必ずしも明らかでないことからすれば,被告人は,睡眠導入剤を摂取させた者が自動車を運 転したとしても,交通事故の相手方まで死亡する可能性が高いと思っていたとは考え難い。また,睡眠導入剤 たかは必ずしも明らかでないことからすれば,被告人は,睡眠導入剤を摂取させた者が自動車を運 転したとしても,交通事故の相手方まで死亡する可能性が高いと思っていたとは考え難い。また,睡眠導入剤を摂取させられたAやD及びCが,薬理作用のためにもうろう状態になっていることを被告人は見ているところ,Dらが自己を防御することができない状態であることは被告人にとっても明らかであったと認められるのに対し,前記のとおり,交通事故の相手方は,居 眠り運転をしているDらの車両を避けて自らの命を守ろうとする行動を採ることが一応可能であって,Dが自動車を運転したからといって事故の結果としてその相手方が死亡することまで当然に想起し得るともいえない。原判示第1の事実において相手方が上記傷害にとどまっているのであれば,なおさらである。加えて,被告人が,原判示第2の実行行為に至った動機として は,C及びその配偶者であるDに対する悪感情以外に考えられないところ,被告人が事故の相手方の死亡を期待する理由は全くない。そうすると,実行行為の結果としてDの運転による事故のために事故の相手方が死亡することについては,その可能性が低く,被告人がそれを想起し難いことに加えて,被告人は前記の意思的要素を備えていたとも認められない。したがって,被 告人が,Dが起こす交通事故の相手方が死亡してもやむを得ないと認容した - 17 - と認めるには合理的疑いが残るというべきである。 そうすると,原判決の判断には,Eに対する殺人未遂罪の成立を認めた点において,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわざるを得ない。 第4 責任能力に関する事実誤認の論旨について 1 原審において,被告人が完全責任能力であったことは当事者間に争いがなく,原判 響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわざるを得ない。 第4 責任能力に関する事実誤認の論旨について 1 原審において,被告人が完全責任能力であったことは当事者間に争いがなく,原判決は,責任能力について特段の判断を示すことなく,被告人が完全責任能力であることを前提に判決したが,被告人が完全責任能力であったという判断については,当裁判所も是認することができる。 すなわち,原審証拠によれば,被告人は,A,C,D及びFが自動車で通勤 していることを知りながら,昼休みのころに飲み物に密かに一定量の睡眠導入剤を混入させ,A,C及びDに対しては,睡眠導入剤の効果のために寝ているAらをあえて起こして車を運転して帰宅するように促していることが認められ,被告人の行動は,Aらが交通事故を起こすように仕向けるという点では一貫している。被告人は,原判示第2の犯行までは,人に見られないように飲み物に 睡眠導入剤を混入していたと推測され,自己の行っていることが見つかったら責められることを理解していたものと解される。なお,原判示第3の犯行において,Fの飲み物に睡眠導入剤を混入させた際には,被告人は,他の職員が見ているにもかかわらず気にしていないが,それまで何度も睡眠導入剤を飲み物に混入させてきたのに,自己の行為が咎められることがなかったことから,気 にしなくなったとも考えられ,責任能力に疑いを生じさせるものほどの奇異な行動には当たらない。また,原審記録をみても,被告人は,本件各犯行当時,妄想や幻聴等が生じたということもなく,他に,精神障害をうかがわせるような言動もみられない。被告人の本件各犯行は,睡眠導入剤を飲み物に溶かして被害者に飲ませ帰宅を促すというものであり,行為それ自体が特段に凶暴なも のであるなどといった事情はな をうかがわせるような言動もみられない。被告人の本件各犯行は,睡眠導入剤を飲み物に溶かして被害者に飲ませ帰宅を促すというものであり,行為それ自体が特段に凶暴なも のであるなどといった事情はなく,平素の人格との異質性も認められない。被 - 18 - 告人の本件各犯行の動機は必ずしも明らかでないものの,被告人は睡眠導入剤を摂取させたA,C,D及びFに対して,それぞれ何らかの悪感情を抱いており,A,C及びDに対して未必の殺意をもつことがおよそ不自然であるとはいえない。 2 所論は,①被告人は,軽度精神遅滞,うつ病,不眠障害及び睡眠薬使用障害 に罹患していた,②本件の動機は明らかになっておらず,了解不能である,③被告人は,自身が服用するために睡眠導入剤を持っていたのであって,睡眠導入剤を使用したことは計画性を基礎づけるものとはならない,④被告人は,睡眠導入剤を混入する際,頭がぼーっとして何も考えられなくなると述べており,睡眠導入剤を服用させることによる結果を想像しながら行為に及ぶことができ なかったのであるから,自身の行動の意味や違法性の認識が十分でなかった可能性がある,⑤被告人は,ごく普通の女性であったことがうかがわれるから,人格に対する犯行の異質性が認められる,⑥犯行前後の行動に関しては,他人が目撃したことを意に介していないなど,合目的性があるとはいえず,自己防御・危険回避行動を行っていたとは評価できないなどとして,被告人の責任能 力については,正式鑑定が必要であって,少なくとも心神耗弱であると主張する。 しかし,①については,訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実に基づかない主張であり,不適法である。この点を措くとしても,原審記録をみる限り,仮に被告人がそのような精神障害に罹患してい ,①については,訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実に基づかない主張であり,不適法である。この点を措くとしても,原審記録をみる限り,仮に被告人がそのような精神障害に罹患していたとして も,責任能力に影響を及ぼすようなものはうかがえない。②については,確かに,被告人による本件各犯行の動機は必ずしも明らかでないものの,被告人は,前記のとおり殺人及び殺人未遂の被害者であるA,C及びDに対しては,悪感情を抱いていたことが認められ,動機がおよそ了解不能であるとはいえない。 ③については,もともと自分自身が服用するために睡眠導入剤を所持しこれを 常用していたとしても,被告人は,自動車を運転して帰宅する被害者に対して, - 19 - 密かにその睡眠導入剤を摂取させているのであるから,計画性もその限度では認められる。④についても,訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現れている事実に基づかない主張であり,不適法である。この点を措くとしても,原審記録によれば,被告人が,睡眠導入剤を被害者に摂取させることによる結果を想像できなかったとはいえない。⑤については,人格異質性をうかが わせる事情が見当たらないことは,前記のとおりである。⑥については,確かに,被告人は,他の職員がいる中で睡眠導入剤をお茶等に入れており,自己防御的ではないともみられるが,前記のとおり,それまでは他の者に疑われなかったので大丈夫だと思うようになったとも考えられ,この事実をもって,被告人が完全責任能力であることに疑いを抱かせる事情であるとはいえない。 したがって,被告人に完全責任能力を認めた原判決の判断に誤りはない。所論はいずれも採用できない。 第5 結語以上のとおり,原判示各事実のうち,原判示第1の事実につきBに対する未 ない。 したがって,被告人に完全責任能力を認めた原判決の判断に誤りはない。所論はいずれも採用できない。 第5 結語以上のとおり,原判示各事実のうち,原判示第1の事実につきBに対する未必の殺意が,原判示第2の事実につきEに対する未必の殺意が,いずれも認められ ないにもかかわらず,これらを認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるから,論旨は上記の限度で理由があり,量刑不当の控訴趣意について検討するまでもなく,原判決は破棄を免れない。 そうすると,第一審において,B及びEに対する各傷害罪の成否(検察官としては,危険運転致傷罪の間接正犯を予備的訴因として設定することも考えられる。) について,裁判員の参加する合議体により審理を尽くした上で,認定した事実に基づいて量刑判断を行うのが相当である。 よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条本文により,本件を原裁判所である千葉地方裁判所に差し戻すこととして,主文のとおり判決する。 令和元年12月17日 - 20 - 東京高等裁判所第10刑事部 裁判長裁判官朝山芳史 裁判官伊藤敏孝 裁判官平出喜一

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