平成11(ワ)23764 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成14年9月25日 東京地方裁判所
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判決文本文19,272 文字)

H14.9.25 東京地方裁判所平成11年(ワ)第23764号損害賠償請求事件 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 原告らの請求被告らは,各自,原告らそれぞれに対し,2313万7803円及びこれに対する平成10年8月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要原告らの子が,被告医療法人丙(以下「被告丙」という)の設置する診療所で出生したが,被告東京都の設置する病院に転院し,出生の翌日に死亡した。原告らは,子の呼吸障害に対して,被告丙には転院措置を遅延させた過失があり,被告東京都には人工換気療法を早急に導入しなかった過失があるなどと主張して,債務不履行又は不法行為に基づき,損害賠償を請求した。 1 前提となる事実(証拠を記載したもの以外は争いがない)(1) 当事者被告丙は,住所地に「B産婦人科」という名称で診療所を設置している。 被告東京都は,東京都立八王子小児病院(以下「八王子小児病院」という)を設置している。 Aは,平成10年8月21日,B産婦人科において帝王切開により出生し,同日,八王子小児病院へ転院したが,翌22日,死亡した。原告らは,Aの父母である。 (2) B産婦人科における出生の経過(丙1~3)原告乙は,平成9年12月27日から,B産婦人科において,継続的に妊娠の診察を受けた。担当医師は,D医師であった。 平成10年1月10日には子宮内に胎児心拍動が確認され,1月31日には分娩予定日が8月25日と定められた。 しかし,7月30日の診察以降,児頭が下降しておらず,8月19日の診察でも児頭の下降を認めなかったため,D医師は,児頭骨盤不適合を が確認され,1月31日には分娩予定日が8月25日と定められた。 しかし,7月30日の診察以降,児頭が下降しておらず,8月19日の診察でも児頭の下降を認めなかったため,D医師は,児頭骨盤不適合を疑い,超音波検査とX線検査を行った。その結果,母体は比較的狭骨盤で,児頭の大横径との差が1.1センチメートルしかなく,そのために児頭の下降が不良なものと推測されたので,D医師は,経膣分娩では難産が予想されることを説明して帝王切開を勧めた。 原告らはこの勧めに従って帝王切開を選択し,8月21日(妊娠39週3日),午後2時43分に帝王切開手術が開始されて,午後2時48分,Aが出生した。Aの出生時の体重は3426グラムであった。 (3) 八王子小児病院への転院の経過8月21日午後7時,B産婦人科において,Aが血液混入物を嘔吐しているのが発見され,多呼吸も認められた。そこで,D医師は,八王子小児病院に電話をして,新生児科医師の往診を依頼した。 電話を受けた八王子小児病院新生児科のC医師が,ドクターカーでB産婦人科に到着した。C医師は,Aを診察して,酸素投与が必要な状態であり,八王子小児病院に入院させる必要があると判断した。原告甲が入院の承諾をしたので,Aは直ちに酸素投与を受けながら八王子小児病院へ搬送された。 Aは,午後8時40分,八王子小児病院に到着し,直ちに新生児病棟に収容されて診療を受けた。しかし,Aは,翌8月22日午前9時24分に死亡した。 (4) Aの病理解剖の結果(甲3,乙2,6)平成10年8月22日午後5時46分から,八王子小児病院において,Aの病理解剖が行われた。 その肉眼的病理所見によれば,一方の臍動脈が索条となった単一臍動脈が認められたが,心奇形はなかった。左右両肺はいずれも浮遊せず,圧迫しても空気が出ない肝臓のような状 て,Aの病理解剖が行われた。 その肉眼的病理所見によれば,一方の臍動脈が索条となった単一臍動脈が認められたが,心奇形はなかった。左右両肺はいずれも浮遊せず,圧迫しても空気が出ない肝臓のような状態になっていた。左腎優位に髄質の血腫,皮質の鬱血が認められたが,消化管,気道には出血は認められず,吐血した血液はAのものではないことが確認された。 顕微鏡的病理所見によれば,肺について,硝子膜がかなり完成していることが認められたほか,好中球浸潤が見られ,大量羊水吸引症候群による新生児肺炎が認められて,かなりの羊水を飲んだと考えられた。肺の血管系は正常で肺出血は認められず,肺リンパ管の拡張は認められたが肺鬱血により二次的に生じたものと考えられた。心臓に奇形はなく,肝臓には髄外造血が認められたが病的なものではなく,腎髄質に出血が認められたが死戦期のものと思われ,尿細管壊死は認められず,消化管に出血は認められなかった。 (5) 新生児一過性多呼吸(甲7,8)新生児一過性多呼吸とは,肺液の吸収遅延が主因で起こる呼吸障害であり,間質に貯留した水分が肺胞や細気管支を圧迫し,閉塞性の換気障害を起こすと考えられている。肺液の吸収遅延を生ずる要因には,低蛋白血症,多血症,周生期低酸素症,帝王切開,母体への薬剤投与などが挙げられている。 一過性多呼吸の罹患児は,概してアプガースコアは良好である。多くは生後2,3時間,ときにより早期から多呼吸を呈する。チアノーゼ,陥没呼吸,呻吟などはあってもわずかである。多呼吸の程度は1分間に100ないし150回になることもある。チアノーゼは30ないし40パーセントの酸素投与で早期に消失する傾向にあり,症状の多くは生後24時間すぎから軽快し,多呼吸も3ないし4日で消失する予後良好な経過をとる。なかには人工呼吸管理を必要とす チアノーゼは30ないし40パーセントの酸素投与で早期に消失する傾向にあり,症状の多くは生後24時間すぎから軽快し,多呼吸も3ないし4日で消失する予後良好な経過をとる。なかには人工呼吸管理を必要とする症例や,さらには呼吸障害が悪化して気胸や新生児持続性肺高血圧症などを合併する例もある。 (6) 胎児循環残遺症(甲7,8)胎児循環残遺症とは,出生後も胎児期における肺高血圧状態が持続することにより,右室系へ還流した静脈血が肺循環へ流入せず,卵円孔あるいは動脈管を経由して酸素化されることなく体循環へ流入し(右左シャント),重症の低酸素症となる病態の総称である。高度なチアノーゼを中心とする呼吸障害が持続する状態であり,新生児の呼吸・循環器系におけるきわめて重要な疾患である。その本態が肺高血圧にあることから,新生児遷延性肺高血圧症と称されることが多い。 これは,原発性遷延性肺高血圧症と続発性遷延性肺高血圧症に分類することができる。前者は基礎疾患が認められない場合であり,実際の臨床症例は限られている。後者は何らかの基礎疾患に合併するものであり,大多数の症例がこれに該当する。その基礎疾患には,胎便吸引症候群,敗血症,呼吸窮迫症候群,先天性横隔膜ヘルニアなどがしばしば認められる。一般的には正期産児,過期産児,あるいは正期産に近い早期産児(在胎34週以上)に多く見られるが,それ以前の早期産児や超早期産といわれる在胎28週未満児でも発症しうる。 (7) 持続陽圧呼吸法(乙17,18)持続陽圧呼吸法(CPAP)とは,新生児に対する人工換気療法の1つであり,呼吸障害のある児で見られることがある呻吟(児が呼気時に声帯を狭めて肺胞が虚脱するのを防ぎ,機能的残気量を増やそうとする自己防衛反応)を臨床的に応用し,自発呼吸に持続的に陽圧を負荷する方法である。 呼吸障害のある児で見られることがある呻吟(児が呼気時に声帯を狭めて肺胞が虚脱するのを防ぎ,機能的残気量を増やそうとする自己防衛反応)を臨床的に応用し,自発呼吸に持続的に陽圧を負荷する方法である。 これを行うことによって,動脈血酸素化の改善,機能的残気量の増加,無呼吸発作の減少などが期待できる。しかし,炭酸ガスを低下させる効果は期待できない。CPAPの施行法には,鼻呼吸を利用した経鼻CPAPと,気管内挿管による気管内CPAPがある。 (8) 高頻度振動換気法(乙14の2,18)高頻度振動換気法(HFO)とは,通常の人工換気法で管理困難な症例に対して,生理的な換気回数を著しく超えた換気回数で人工換気を行う方法である。肺を膨らませた状態で,振動によって換気を行うものであり,その1回換気量は死腔量(2.2ml/kg)より小さい。 このきわめて小さい1回換気量で換気が可能であることが利点であり,人工換気による肺損傷を少なくすることができる。炭酸ガスの排出については,HFOはきわめて有効である。 2 争点(1) 被告丙に転院措置を遅延させた過失があるか。 (原告らの主張)Aは,出生直後から顔色が異様に白く,泣き声も咽喉をごろごろ鳴らせていた。 このような状況においては,被告丙は,Aに対して必要十分な経過観察を行い,呼吸障害の悪化を発見して,その時点で小児科医への転院措置をとるべき義務があった。 しかし,医師による検診は一切行われず,看護婦による観察も不十分であった(被告丙は看護婦の数も不足していた)。そのため,Aの吐血前に生じていた呼吸障害を発見するのが遅れ,もって小児科医への転院措置を遅延させた。 (被告丙の主張)Aは,出生した直後から啼泣も良好で,顔色も正常であった。また,被告丙に看護婦の数が不足していたことはなく(当時,看護 を発見するのが遅れ,もって小児科医への転院措置を遅延させた。 (被告丙の主張)Aは,出生した直後から啼泣も良好で,顔色も正常であった。また,被告丙に看護婦の数が不足していたことはなく(当時,看護婦と助産婦は合計19名いた),担当医師と看護婦は,十分な人数で継続的にAの経過観察を行っていた。Aには,吐血が発見される前には呼吸の異常は見られなかったし,Aの吐血も看護婦によって直ちに発見された。 そして,看護婦から吐血の報告を受けた担当医師は,速やかに診察処置をしたうえ,八王子小児病院へ往診を依頼しているのであるから,被告丙の処置に過失はない。 (2) 平成10年8月22日午前0時の時点で,八王子小児病院のC医師が動脈血を採取して血液分析をせず,人工換気療法(CPAP又はHFO)を早急に導入しなかったことに過失があるか。 (原告らの主張)Aの容態は,酸素化改善の措置を講じたにもかかわらず,8月22日午前0時ころになっても酸素化の改善が見られなかった。 したがって,八王子小児病院のC医師は,Aが重度の一過性多呼吸ないし胎児循環残遺症に罹患している可能性を認識し,Aの状態把握のために,直ちに動脈血を採取して血液分析をすべきであった。そうすれば,動脈血酸素分圧(PaO2)の値が従来の数値を下回り,あるいは許容範囲である50mmHgを下回っていることが判明して,Aの体内に酸素が取り込みきれていない状態であることや,上記の疾病に罹患している可能性があることが明確化され,午前0時の段階で,人工換気療法(CPAP又はHFO)を早急に導入して酸素化を改善することができた。 C医師には,午前0時の時点で動脈血の採取を行い,酸素化が改善されていない状態を把握したうえで,人工換気療法を早急に導入すべき義務があったのに,これを怠った過失がある。 なお,動脈血を とができた。 C医師には,午前0時の時点で動脈血の採取を行い,酸素化が改善されていない状態を把握したうえで,人工換気療法を早急に導入すべき義務があったのに,これを怠った過失がある。 なお,動脈血を採取するための動脈ラインの確保をC医師1人で行うことができない場合には,ヘルプの医師を呼ぶべきであったのに,C医師はそのような措置をとらなかったのであり,この点においても過失がある。 (被告東京都の主張)8月22日午前0時におけるAの血液酸素飽和度(SPO2)は90パーセント弱であり,呼吸管理目標をわずかに下回っていたにすぎない。その前後のSPO2値は横ばいか増加しているのであり,午前0時にPaO2を測定したとしても,その値が従来の数値を下回っていることが判明したとはいえない。むしろ,午前0時と午前1時10分のSPO2の値,午前1時10分の静脈血炭酸ガス分圧(PCO2)と血液のpHの値や,午前1時10分には末梢循環の改善が見られたことからすれば,午前0時から午前2時30分ころまでのAの容態は悪化の一途をたどっていたとはいえない。 C医師は,前日の往診時から酸素飽和度モニターを貼付し,午後9時20分に動脈血ガス検査を行い,PaO2が許容範囲内であることを把握した後,酸素化と炭酸ガス排出の状態把握を継続的に行っていたのであり,酸素化が改善傾向にあるともいえる児に対して,それ以上に,痛みや合併症の危険を伴う動脈血採取による血液ガス検査を頻回に行う必要はなかった。C医師は,Aが一過性多呼吸はもとより胎児循環残遺症に罹患している可能性も認識したうえで,出生前後の情報,往診時や入院時の診察と検査結果から新生児一過性多呼吸,大量羊水吸引症候群と診断して治療を進めたのであって,午前0時の時点においては適切な診断であった。 そして,午前0時の時点では,SP 後の情報,往診時や入院時の診察と検査結果から新生児一過性多呼吸,大量羊水吸引症候群と診断して治療を進めたのであって,午前0時の時点においては適切な診断であった。 そして,午前0時の時点では,SPO2が90パーセント弱と前日午後10時よりやや下がったものの,その他の状態に変化はなく,自発呼吸もあったから,人工換気療法を行う必要性はなかった。C医師は,保育器内の酸素濃度を上げることで酸素化の改善を図っており,その効果もあったといえるから,人工換気療法を行わなかったことに過失はない。 なお,臍動脈ライン確保は仮に行うとしてもC医師1人で行うことができたので,他の医師を呼ぶ必要はなかった。末梢動脈ライン確保は他の医師の介助を要するが,C医師は,末梢動脈ライン確保が必要になった午前5時30分ころに介助を要請し,必要に応じた適切な対応をしたのであり,この点においても過失はない。 (3) 平成10年8月22日午前2時30分の段階で,C医師がHFOを行わなかったことに過失があるか。 (原告らの主張)Aは,8月22日午前0時の時点で酸素化の改善が見られず,かつ,多呼吸状態であった。午前1時39分の時点では血液のpH値が7.298まで下がって,アシドーシス状態に陥る寸前になり,午前2時30分から45分ころまでの間には,SPO2が80ないし70パーセントと極度に悪化し,多呼吸状態も呼吸数が毎分130回と悪化していた。 このように体内の酸性値を表すpH値が下がり,あるいは保育器内の酸素濃度を上げてもSPO2が95パーセント以上に改善されないような場合には,C医師は,Aが重度の一過性多呼吸ないし胎児循環残遺症に罹患している可能性を認識し,直ちに強力な人工換気療法であるHFOを行うべきであり,本件においては,少なくとも午前2時30分の段階でHFOを行うべきで ,Aが重度の一過性多呼吸ないし胎児循環残遺症に罹患している可能性を認識し,直ちに強力な人工換気療法であるHFOを行うべきであり,本件においては,少なくとも午前2時30分の段階でHFOを行うべきであった。 しかし,C医師はAを単なる重症でない一過性多呼吸と診断し,その症状を楽観視していたため,午前3時10分ころ,HFOより弱い措置である気管内CPAPによる人工換気療法を開始し,午前5時10分になってようやくHFOを行ったにすぎない。以上の点において,C医師のとった処置には過失がある。 (被告東京都の主張)8月22日午前1時10分ころ(午前1時39分は,検査伝票上に記載された時刻である),Aがアシドーシス状態に陥る寸前であったということはない。また,新生児の酸素分圧は年長児や成人よりも低値であり,呼吸管理の目標値もSPO2では91パーセント以上が許容範囲であって,95パーセント以上に改善されない場合にHFOを行うべきであるとはいえない。 HFOは非生理的であって,閉塞性肺疾患には適応がないなどの欠点もあり,人工換気療法としてHFOが主流になっているとの事実はない。 C医師がAの症状を楽観視していたことはなく,前医からの情報,往診時や入院時の診察と検査結果などを総合して新生児一過性多呼吸,大量羊水吸引症候群を疑ったうえで,まずAの血液ガス分析の結果を観察しながら酸素療法を行い,午前1時20分には,このままAの病態が改善されなければ,自発呼吸があることと炭酸ガスが排出されていることを考慮してCPAPを行うという方針を決めた。一般にCPAPを行っても症状が改善されない場合にHFOが行われるが,この時点では,Aには閉塞性肺疾患を生じさせる危険性のある母体血の吸入や,肺出血の可能性を予測させる吐血の症状があったこと,炭酸ガスの過剰排出による脳血 も症状が改善されない場合にHFOが行われるが,この時点では,Aには閉塞性肺疾患を生じさせる危険性のある母体血の吸入や,肺出血の可能性を予測させる吐血の症状があったこと,炭酸ガスの過剰排出による脳血流低下の合併症の危険があったことから,HFOは適応がなかった。 酸素療法や気管内CPAPにより,午前4時にはSPO2が92パーセントと正常値まで改善されたが,その後は改善効果が見られず,午前5時ころには肺の状況悪化が認められたため,C医師は,午前5時10分,HFOを選択してこれを行った。 このように,C医師はAの呼吸管理の目標を設定し,病態変化に適切に対応した処置を行っており,午前2時30分の段階でHFOを行わなかったことについて過失はない。 (4) 平成10年8月22日午前3時10分ころ,C医師が検査のため肺のレントゲン撮影をしなかったことに過失があるか。 (原告らの主張)8月22日午前0時以降のAの状態から判断して,C医師は,午前3時10分に気管内挿管をした際,Aの肺の状態を検査するためレントゲンを撮るべきであった。 なお,C医師がAの治療などのため1人ではレントゲンを撮って検査することができなかったのであれば,ヘルプを呼んでこれを行うべきであった。 しかし,C医師はそのような処置をとらなかったため,Aの状態悪化の発見がさらに遅れたのであり,過失がある。 (被告東京都の主張)8月22日午前3時10分の気管内挿管は経験豊富なC医師が喉頭を直視して行っていること,新生児の経口挿管においては明確な挿入長の基準が示されていることから,レントゲン撮影の必要はなかった。それよりも気管内挿管後に最優先されるべき処置は,人工換気療法による呼吸管理状態を正確かつ継続的にモニタリングし,吐血のような出血関与の有無を判断するための動脈ラインの確保であった。 必要はなかった。それよりも気管内挿管後に最優先されるべき処置は,人工換気療法による呼吸管理状態を正確かつ継続的にモニタリングし,吐血のような出血関与の有無を判断するための動脈ラインの確保であった。なお,動脈ライン確保の手技とレントゲン撮影を同時に行うことは,医師の人数にかかわらず物理的に不可能である。 したがって,C医師が午前3時10分ころ肺のレントゲン撮影をしなかったことに過失はない。 (5) 損害(原告らの主張)原告らは,次の合計4627万5605円の損害賠償請求権を,Aからの相続により2分の1ずつ取得した(各2313万7803円)。 ア治療関係費 13万9160円内訳は,B産婦人科43万3840円,八王子小児病院5320円,保険により戻った金額-30万円イ死亡による逸失利益 2113万6445円男子労働者の平均年収額559万9800円から生活費として5割を控除し,18歳から67歳までのライプニッツ係数7.549を乗じた額ウ慰謝料 2000万円エ葬儀費用 100万円オ弁護士費用 400万円第3 争点に対する判断 1 Aの出生後の診療経過について証拠(乙2,3,8,10,19,丙1~3,6,証人C,被告丙代表者)によれば,Aの出生後の診療経過について,以下の事実が認められる。 (1) B産婦人科における診療経過ア Aは,平成10年8月21日午後2時48分に帝王切開により出生し,すぐに啼泣した。出生1分後のアプガースコアは9点(一部四肢にチアノーゼがあり1点減点),臍帯動脈血のpHは7.366,全身色良好であり,胎便や排尿は認められなかった。出生したAは,手術室に隣接した新生児室に移された。帝王切開手術は同日午後3時21分に終了し,原告乙は,午後3時35分に手術室から病室に帰室した。 イ午 好であり,胎便や排尿は認められなかった。出生したAは,手術室に隣接した新生児室に移された。帝王切開手術は同日午後3時21分に終了し,原告乙は,午後3時35分に手術室から病室に帰室した。 イ午後7時,E看護婦により,Aが血液混入物を嘔吐しているのが発見された。この時,Aの顔にはチアノーゼが出現し,過呼吸の状態であった(短息呼吸で,呼吸数が毎分112回)。E看護婦が吸引を施行してチアノーゼは軽快したが,吸引された物が鮮紅色の血液であったので,看護婦は当直医であったD医師にこのことを報告した。午後7時10分にD医師が吸引をしたところ,量は少ないが鮮血が吸引され,多呼吸があった。聴診も行ったが,肺のラッセル音や心雑音はなかった。 ウ D医師は,Aに多呼吸を認め,肺出血も疑われたので,午後7時20分に八王子小児病院に電話をし,新生児科医師の往診を依頼した。電話を受けた八王子小児病院新生児科のC医師は,午後7時25分,ドクターカーで出発し,午後8時ころ,B産婦人科に到着した。 C医師は,Aを診察して多呼吸の持続を認めたが,陥没呼吸や呻吟は認められなかった。胃管チューブをAの胃内に挿入したところ,茶褐色の凝血塊の混入物が吸引されたが,新鮮血の混入は見られなかった。血液酸素飽和度(SPO2)を測定したところ90パーセント強とやや低く,酸素投与が必要な状態であったため,C医師は,Aを八王子小児病院に入院させる必要があると判断した。原告甲が入院の承諾をしたので,C医師は,Aを直ちに搬送用保育器に収容し,保育器内の酸素濃度を30パーセントにして酸素投与をするとともに,SPO2値,心拍数,呼吸数を確認しながら,八王子小児病院へ搬送した。 (2) 八王子小児病院における診療経過ア Aは,8月21日午後8時40分,八王子小児病院に到着し,直ちに新生 をするとともに,SPO2値,心拍数,呼吸数を確認しながら,八王子小児病院へ搬送した。 (2) 八王子小児病院における診療経過ア Aは,8月21日午後8時40分,八王子小児病院に到着し,直ちに新生児病棟に入院した。最初の身長や体重などの計測時に,Aは古い血液が混入した液体を中等量嘔吐し,胃管チューブで吸引すると血性の分泌物(古い血液と羊水)が約15ミリリットル吸引された。入院時のAの心拍数は毎分120ないし130回,呼吸数は多呼吸の状態であり,皮膚の色はやや蒼白で,足は冷たかった。Aは保育器内に収容され,30パーセントの酸素濃度で酸素投与がされた。 C医師が診察したところ,Aには持続性の多呼吸と一過性の呻吟が認められたが,陥没呼吸はなく,呼吸音は弱い正状肺胞音であった。泣き声は正常で,活動性は少し減弱し,足背には浮腫があった。入院当時,Aに無呼吸発作は存在しなかった。頭部と心臓の超音波検査も実施されたが,いずれの検査結果にも問題はなく,C医師は,入院時のAの症状を新生児一過性多呼吸,大量羊水吸引症候群と診断し,その後も30パーセントの酸素濃度での酸素投与を維持した。 イ 8月22日午前0時,Aの多呼吸が増強し,SPO2が90パーセント弱,呼吸数が毎分100回以上,経皮酸素分圧(TcPO2)が50mmHg弱,経皮炭酸ガス分圧(TcPCO2)が50mmHg弱であったので,午前0時10分,C医師は,保育器内の酸素濃度を30パーセントから40パーセントに上昇させた。 ウ午前1時10分ころ,C医師がAから採取した静脈血の血液ガス分析を行ったところ,pHは7.298,静脈血酸素分圧(PO2)は33.5mmHg,静脈血炭酸ガス分圧(PCO2)は45.3mmHgであった。SPO2も90パーセントで,足は少し温かくなって循環の改善も見られた。そこで, Hは7.298,静脈血酸素分圧(PO2)は33.5mmHg,静脈血炭酸ガス分圧(PCO2)は45.3mmHgであった。SPO2も90パーセントで,足は少し温かくなって循環の改善も見られた。そこで,C医師は,午前1時20分,保育器内の酸素濃度を40パーセントから45パーセントに上昇させて様子を見ることとし,これで改善が見られない場合には,気管内CPAPによる人工換気を行うという方針を決め,そのことを看護婦にも伝えた。その後,看護婦が胃管チューブにより吸引したところ,コーヒー残渣様のものが吸引された。 エ午前2時30分,看護婦からC医師に対し,AのSPO2低下を伝える院内ポケットベルでの呼出しがあった。そのころ,SPO2は80パーセント台から70パーセント台に低迷し,TcPCO2も54ないし56mmHgにやや上昇していた。 そこで,C医師は,方針どおり気管内CPAPを行うこととし,午前3時10分,Aの喉頭を直視して気管内チューブを挿管したうえ,吸入酸素濃度100パーセントでCPAPによる人工換気療法を開始した。午前4時ころには,AのSPO2は92パーセントに回復し,午前5時10分までの間,SPO2は92ないし94パーセント,心拍数は毎分140回で推移していた。 午前4時ころから,C医師は,人工呼吸管理には頻回の血液ガスサンプリングが必要であり,また,病状の変化にAの出血が関与している可能性が否定しきれない状況においては血圧連続モニタリングと動脈血検査による評価が必須であると考えて,臍動脈ラインの確保を試みたが,結果として確保することはできなかった。 オ午前5時10分,C医師は,吸入酸素濃度が100パーセントを要していて,肺鬱血があった場合には悪影響を及ぼすこと,自ら用手人工換気をして行った気管吸引では肺が重く,少量であり鮮血ではないが血 。 オ午前5時10分,C医師は,吸入酸素濃度が100パーセントを要していて,肺鬱血があった場合には悪影響を及ぼすこと,自ら用手人工換気をして行った気管吸引では肺が重く,少量であり鮮血ではないが血性の吸引物を認めて,先天異常としての肺静脈血環流障害による肺鬱血も否定できなかったことから,平均気道内圧を高め,酸素化の改善と肺鬱血の進行阻止を試みる目的で,HFOによる人工換気療法に切り替えた。 カ C医師は,肺鬱血を想定した場合には動脈血の酸素分圧,炭酸ガス分圧の厳重な管理が要求されるので,新生児科のF医師に介助を要請して,午前6時ころからAの末梢動脈ラインの確保を試みたが,なかなか確保できなかった。このころのAの呼吸数は,毎分102回であった。午前6時30分ころ,血液ガス分析を行ったところ,pHは7.272,PO2は42.9mmHg,PCO2は44.2mmHgであった。SPO2は,午前7時には90パーセント弱となった。 午前7時30分,Aを保育器からオープンクベースへ移床し,この時,Aの胸部レントゲン撮影をした。Aは,このころから状態が急速に悪化し,午前7時45分には著しい徐脈となったので,C医師らはAに対して心肺蘇生を開始したが,反応はなかった。このころ,胸部レントゲンが現像されてきたが,両肺は真っ白で,十分には空気が入っていない状態であった。午前8時15分,Aの全身は蒼白となり,午前9時24分,C医師はAの死亡を確認した。 2 Aの病態と死亡原因について前記の前提となる事実と,前記1で認定した診療経過,鑑定の結果を総合すると,Aの病態と死亡原因については,次のように考えられる。 (1) Aは肺の含気量が極端に少ない状況で死亡していることから,その死亡原因は換気不全,すなわち呼吸不全による低酸素血症と高炭酸ガス血症であると断定する と死亡原因については,次のように考えられる。 (1) Aは肺の含気量が極端に少ない状況で死亡していることから,その死亡原因は換気不全,すなわち呼吸不全による低酸素血症と高炭酸ガス血症であると断定することができる。 この呼吸不全の原因としては,大量羊水吸引症候群と新生児一過性多呼吸のため出生後早期から出現した呼吸障害に,肺炎と肺鬱血が合併し,さらに肺硝子膜症も合併したことが考えられる。大量羊水吸引症候群と一過性多呼吸だけであれば,本件のように急速に呼吸障害が進行し,呼吸不全に陥るとは考えにくいから,肺炎,肺鬱血,肺硝子膜症の3つの合併症が,呼吸障害の進行と死亡に至る換気不全に強く関与したと考えられる。 (2) 合併症である肺炎は,大量羊水吸引症候群によるものと考えられる。羊水の肺内への吸引だけでは通常は重篤な呼吸障害は起こさないから,すでに細菌感染を起こしていた羊水を出生前又は出生時に肺内に吸引し,出生後のある時期から急速に肺炎が進行し,同時に呼吸障害も進行したと推測することができる。 肺鬱血については,Aに先天性の心奇形はなかったが,大量羊水吸引症候群の新生児には胎児期に仮死状態が発生していたことが疑われるから,子宮内での心筋虚血による左心室機能の低下が肺鬱血の原因であった可能性が高いと考えられる。 肺硝子膜症については,呼吸障害の進行による二次的な変化として,肺胞内の肺サーファクタントが欠乏したことが原因として考えられる。 3 争点(1)(被告丙が転院措置を遅延させた過失)について原告らは,Aは出生直後から顔色が異様に白く,泣き声も咽喉をごろごろ鳴らせていたと主張する。 しかし,前記1の認定事実によれば,Aの出生1分後のアプガースコアは一部四肢にチアノーゼがあったことにより1点を減点されたのみの9点であり,全身色も良好であっ 喉をごろごろ鳴らせていたと主張する。 しかし,前記1の認定事実によれば,Aの出生1分後のアプガースコアは一部四肢にチアノーゼがあったことにより1点を減点されたのみの9点であり,全身色も良好であったのであるから,出生時に特に異常があったものとは認められない。また,当日の午後7時に血液混入物を嘔吐しているのを発見されるまでの間において,Aの顔色が異様に白く,泣き声も咽喉をごろごろ鳴らせていたという事実を認めるに足りる的確な証拠はない。 したがって,被告丙にAの転院措置を遅延させた過失があるとの原告らの主張は前提を欠き,採用することはできない。 4 争点(2)(平成10年8月22日午前0時の時点で,八王子小児病院のC医師が動脈血を採取して血液分析をせず,人工換気療法を早急に導入しなかったことについての過失)について(1) 前記の前提となる事実のほか,証拠(甲7,乙11,13,14の2,17,18,鑑定)によれば,以下の事実が認められる。 ア呼吸障害のある新生児の管理では,まず酸素化を第一に,全身状態の改善と安定化を図ることが優先される。児は保育器に収容し,よく観察できるようにして,同時に保温を図る。心拍呼吸モニター,パルスオキシメータ,可能なら経皮酸素/炭酸ガス分圧モニターを装着し,必要であれば直ちに酸素投与を開始する。鼻腔や咽頭の吸引を行って軽く分泌物を除き,一時禁乳として点滴を開始する。落ち着いたところで,血液ガス分析を筆頭に必要最小限の各種検査を行い,全身状態の把握と鑑別診断を行う。検査結果をもとに呼吸管理方法を再検討し,さらに原因療法を行う。できる限り操作は少なくし,安静を保ちながら経過を追い,治療効果を評価しながら診断を確定する。新生児の呼吸障害の治療には,原則として処置は必要最小限にとどめることも重要である。 酸素化, を行う。できる限り操作は少なくし,安静を保ちながら経過を追い,治療効果を評価しながら診断を確定する。新生児の呼吸障害の治療には,原則として処置は必要最小限にとどめることも重要である。 酸素化,換気能のモニタリングは厳密には動脈血採取による血液ガス分析によらなければならないが,穿刺採血では啼泣の影響で信頼度に問題があり,経時的測定には動脈ラインの確保が必要である。実際的には,パルスオキシメータにより経皮的に血液酸素飽和度を測定し,可能なら経皮酸素/炭酸ガス分圧モニターを併用して非観血的に経時的モニタリングを行い,適時血液ガス分析を行って,両者の差を確認する。動脈を穿刺して動脈血を採取することは新生児医療の処置のなかでは比較的難易度が高い手技であり,動脈の穿刺は決して安全な手技ではない。動脈ラインの留置も同様に安全とはいえない。 イ酸素投与による新生児の呼吸管理にあたっては,動脈血酸素分圧(PaO2)は50ないし70又は80mmHgに,血液酸素飽和度(SPO2)では急性期には90ないし98パーセント,回復期には85ないし97パーセントに,動脈血炭酸ガス分圧(PaCO2)は35ないし60mmHgに,血液のpH値は7.25以上に保つことを目標とする。 ウ呼吸障害のある新生児に対する人工換気療法については,PaO2を50mmHg以上に保つために吸入酸素濃度を40ないし60パーセント以上必要とする場合や,呼吸性アシドーシスの場合( pHが7.25未満,PaCO2が60ないし70mmHg以上),重篤な無呼吸発作が頻発する場合には,CPAPを含めて人工換気療法の適応となる。自発呼吸が十分にある場合には,経鼻CPAPや吸気時のみガスが流れるデマンド型CPAPでの呼吸管理も可能である。一般的には気管内挿管を行い,人工呼吸器を用いた機械的人工換気を行 気療法の適応となる。自発呼吸が十分にある場合には,経鼻CPAPや吸気時のみガスが流れるデマンド型CPAPでの呼吸管理も可能である。一般的には気管内挿管を行い,人工呼吸器を用いた機械的人工換気を行う。 PaO2を50mmHg以上に保つために吸入酸素濃度を50ないし60パーセント以上必要とする場合には経鼻CPAP又は気管内CPAPを選択し,無呼吸,PaO2が50mmHg以下あるいはPaCO2が70mmHg以上の場合には機械的人工換気療法を選択するとの考え方もある。 エ CPAPの適応基準としては,①PaO2を50mmHg以上に保つのに40ないし60パーセント以上の吸入酸素濃度を要する場合,②呻吟,陥没呼吸,チアノーゼ,多呼吸又は無呼吸などの臨床症状や,胸部レントゲン像から明らかに呼吸障害と診断された場合,③頻回の無呼吸発作(20秒以上の呼吸休止又は毎分80回以下の徐脈を伴う無呼吸)がある場合,④レスピレータからの離脱,抜管後の無気肺を防止する場合などが挙げられている。 また,HFOを含む機械的人工換気の適応基準としては,①頻回の無呼吸発作,徐脈を伴うチアノーゼがある場合,②吸引,バギングを繰り返してもPaCO2が60mmHg以上の場合,③気管内CPAPで吸入酸素濃度を100パーセント,圧を5cmH2OとしてもPaO2が50mmHg以下の場合,④PaCO2が60ないし65mmHg以上で,pHが7.25以下の場合などが挙げられている。 オ HFOは,基本的に振動の伝播が不良と考えられる閉塞性肺疾患,特に胎便吸引症候群以外はすべて適応となる。すなわち,気道に閉塞性病変を伴わないエアブロック症候群,呼吸窮迫症候群などで有効であるが,閉塞性病変を伴うものでは無効である。従来の換気療法である間欠的陽圧換気と比較して肺損傷が少なく,換気条件の厳し ち,気道に閉塞性病変を伴わないエアブロック症候群,呼吸窮迫症候群などで有効であるが,閉塞性病変を伴うものでは無効である。従来の換気療法である間欠的陽圧換気と比較して肺損傷が少なく,換気条件の厳しい児や超低出生体重児などでもより肺損傷の少ない人工換気が可能である。しかし,HFOの人工換気の原理が振動による特殊な換気療法であるため,ある種の疾患では機能せず,十分に換気能力を発揮できるとは限らない。また,HFOが間欠的陽圧換気より換気効率が優れているとの根拠も存在しない。特に低出生体重児と比較して体格が大きな成熟児では,HFOの機械のパワーに限界があるため,十分に換気能力を維持できるとは限らない。 カ新生児一過性多呼吸については,従来から汎用されている重症度分類が存在しない。一過性多呼吸はほとんどが軽症で経過するが,このような軽症例に対し,さらに呼吸障害が強く,強度のチアノーゼを呈し,胎児循環残遺症を示す症例のあることが報告されており,病態的に見て,軽症一過性多呼吸と重症一過性多呼吸の2つに分けるべきであるとの主張がある。また,一過性多呼吸の重症度を2群に分類して,正常なPaO2を得るために必要な吸入酸素濃度が60パーセント以上の症例をシビアタイプの一過性多呼吸と呼ぶ見解もある。 (2) 以下,前記の前提となる事実と,前記1と4(1)の認定事実を基礎とし,鑑定の結果にも照らして判断する。 8月22日午前0時の時点のAの病態については,帝王切開で出生した後に軽度の呼吸障害の出現を認めたこと,八王子小児病院で撮影された胸部レントゲン像で肺野全体に含気量の低下が見られ,肺液の吸収遅延の所見と考えて矛盾がないことなどから,新生児一過性多呼吸に罹患していた疑いが認められる。ただし,Aに対する当時の吸入酸素濃度は30パーセントであり,また,TcPO2 量の低下が見られ,肺液の吸収遅延の所見と考えて矛盾がないことなどから,新生児一過性多呼吸に罹患していた疑いが認められる。ただし,Aに対する当時の吸入酸素濃度は30パーセントであり,また,TcPO2が50mmHg弱,SpO2が90パーセント弱であって,PaO2は50mmHg前後であったと推測されるから,一過性多呼吸の重症度を2群に分類する見解によってもシビアタイプの一過性多呼吸には該当せず,重度の一過性多呼吸ということはできない。 また,胎児循環残遺症については,入院時の心臓超音波検査でも卵円孔又は動脈管を通る多量の右左シャントなどの異常は認められなかったこと,午前0時の時点での吸入酸素濃度は30パーセントで,SpO2が90パーセント弱,TcPO2が50mmHg弱であり,重度のチアノーゼを認めていないことなどから考えて,これに罹患していた疑いは認められない。 (3) 原告らは,午前0時ころになっても酸素化の改善が見られなかったのであるから,C医師はAが重度の一過性多呼吸ないし胎児循環残遺症に罹患している可能性を認識し,Aの状態把握のために直ちに動脈血を採取して血液分析をすべきであったと主張する。 しかし,この時点になっても酸素化の状態に大きな変化が見られなかったのは,一過性多呼吸の状態が改善するためには過剰な水分が吸収される過程が通常必要なため,酸素投与を開始しても直ちに酸素化が改善して多呼吸の症状が消失することがないからであると考えられる。酸素化の改善が見られないから重度の一過性多呼吸を疑うべきであるとはいえないし,胎児循環残遺症についてもその疑いは否定される。また,酸素化や換気能のモニタリングは厳密には動脈血採取による血液ガス分析によらなければならないが,新生児の呼吸障害に対する処置は原則として必要最小限にとどめることが重要であり の疑いは否定される。また,酸素化や換気能のモニタリングは厳密には動脈血採取による血液ガス分析によらなければならないが,新生児の呼吸障害に対する処置は原則として必要最小限にとどめることが重要であり,動脈血の採取のための手技は難易度が高く安全ではないことから,呼吸障害のある新生児に対しては,実際には非観血的な方法による経時的モニタリングが行われている。 これらの点を考慮すると,Aは入院後の経過も短く,酸素化の状態にも大きな変化が見られない時点にあったのであるから,担当医師が動脈血を採取して血液ガス分析をすることなく,非侵襲的にSpO2値やTcPO2,TcPCO2の値を継続的に観察する方法をとったことは,新生児の呼吸障害に対する治療として裁量の範囲内であったということができる。したがって,原告らの主張を採用することはできない。 (4) 原告らは,また,C医師は午前0時の時点で人工換気療法(CPAP又はHFO)を早急に導入すべき義務があったと主張する。 人工換気療法の適応基準はいつの時点でも不変で絶対的なものというのではなく,相対的な基準と認識すべきであるが,新生児学的にみて絶対適応がある場合には,当然その適応に従うべきであって,担当医師の裁量が入る余地はない。したがって,人工換気療法の導入が新生児学的にみて絶対適応にある状況の下において,これを導入しなかった場合には,担当医師に過失があるものと評価すべきである。 しかし,午前0時の時点では,Aに対する吸入酸素濃度は30パーセントであり,PaO2は50mmHg前後であったと推測されるから,この数値からはCPAPを絶対適応とする基準には達していない。また,Aには持続性の多呼吸と一過性の呻吟はあったが,午前0時ころにおいても無呼吸や陥没呼吸があったとは認められず,重度の一過性多呼吸や胎 の数値からはCPAPを絶対適応とする基準には達していない。また,Aには持続性の多呼吸と一過性の呻吟はあったが,午前0時ころにおいても無呼吸や陥没呼吸があったとは認められず,重度の一過性多呼吸や胎児循環残遺症の疑いは否定されることを考慮すると,午前0時ころのAの容態がCPAPの絶対適応の状況にあったとは認めることができない。 HFOについても,Aの呼吸障害の程度は機械的な人工換気療法を絶対適応とする基準に達していなかったと考えられる。また,HFOは閉塞性病変を伴うものでは無効であるところ,Aは入院時から古い血液混入物を嘔吐し,血性分泌物を吸引されていたのであり,閉塞性肺疾患を生ずる母体血の吸入や肺出血も予測されたというべきであるから,そのような状況でHFOが効果を発揮するかには疑問もあることを考慮すると,当時,AがHFOの絶対適応の状況にあったとは認めることができない。 したがって,午前0時の時点で人工換気療法を早急に導入すべき義務があったという原告らの主張も,採用することはできない。 5 争点(3)(平成10年8月22日午前2時30分の段階で,C医師がHFOを行わなかったことについての過失)について原告らは,C医師はAが重度の一過性多呼吸ないし胎児循環残遺症に罹患している可能性を認識し,少なくとも午前2時30分の段階でHFOを行うべきであったと主張する。 午前2時30分の段階では,吸入酸素濃度が45パーセントとすでに高濃度になっていたにもかかわらず,SPO2は80パーセント台から70パーセント台に低迷し,TcPCO2は54ないし56mmHgとやや上昇していたのであるから,Aの容態は,重度の一過性多呼吸(シビアタイプ)の状態にあったものということができる。 したがって,Aに対しては,さらに高濃度の酸素が確実に投与される必要があ mmHgとやや上昇していたのであるから,Aの容態は,重度の一過性多呼吸(シビアタイプ)の状態にあったものということができる。 したがって,Aに対しては,さらに高濃度の酸素が確実に投与される必要があり,気管内挿管が不可欠であった。それと同時に,酸素化をさらに改善させる方法として,酸素化の効率を良くする人工換気療法を導入する必要もあった。しかし,AのTcPCO2の値は54ないし56mmHgであって,間欠的陽圧換気又はHFOが絶対的に必要な高炭酸ガス血症の状況にはなく,自発呼吸も十分に認められていたから,人工換気療法としてCPAPを選択することも可能であったというべきである。午前2時30分の段階で,AがHFOの絶対適応の状況にあったとは認めることができない。 なお,このころAが胎児循環残遺症に罹患していた疑いを否定することはできないが,積極的に疑うべき所見も認められないから,担当医師がその診断をするために心臓超音波検査を行うことよりも,他の治療や処置の実施を優先させたことが,裁量を逸脱したものとはいえない。 したがって,午前2時30分の段階でHFOの選択をしなかったことをもって過失があるということはできず,原告らの主張を採用することはできない。 6 争点(4)(平成10年8月22日午前3時10分ころ,C医師が検査のため肺のレントゲン撮影をしなかったことについての過失)について原告らは,午前3時10分に気管内挿管をした際,C医師はAの肺の状態を検査するためレントゲン撮影をすべきであったのに,これをしなかったためAの状態悪化の発見がさらに遅れたと主張する。 C医師はAのSpO2の値が低迷していたので,午前3時10分,気管内チューブを挿管のうえ吸入酸素濃度100パーセントでCPAPによる人工換気療法を開始し,その後SpO2は92パーセント程度で経 る。 C医師はAのSpO2の値が低迷していたので,午前3時10分,気管内チューブを挿管のうえ吸入酸素濃度100パーセントでCPAPによる人工換気療法を開始し,その後SpO2は92パーセント程度で経過している。 新生児の呼吸管理を実施する場合の胸部レントゲン撮影は,呼吸障害の原因の検索,状態変化の把握,気管内挿管チューブの位置の確認,気胸などの合併症の確認などの多くの情報をもたらすものであり,呼吸障害の鑑別にあたってもっとも重要な検査であるということができる。 しかし,人工換気療法による呼吸管理の状態を正確かつ継続的にモニタリングするためには,まず動脈ラインを確保することが必要である。Aに対する気管内挿管はC医師が喉頭を直視して行っていたから,その位置確認のためにレントゲン撮影をする必要はなく,また,この人工換気療法による酸素化の改善が認められていたのであるから,呼吸障害の原因の検索や状態変化の把握のためにレントゲン撮影を最優先させるべき状況にはなかった。 したがって,午前3時10分ころ肺のレントゲン撮影をせず,動脈ラインの確保を優先させたことが,裁量を逸脱したものとはいえない。この点に関する原告らの主張は,採用することができない。 第4 結論以上のとおり,原告らが主張する過失はいずれも認めることができないから,原告らの請求は,争点(5)の損害について判断するまでもなく理由がない。 東京地方裁判所民事第35部裁判長裁判官片山良広裁判官大垣貴靖裁判官岡田紀彦 靖裁判官 岡田紀彦

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