平成14(わ)880 殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
平成15年5月15日 神戸地方裁判所
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判決文本文4,351 文字)

主文 被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中180日をその刑に算入する。 この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。 理由 (犯行に至る経緯)被告人は,昭和47年6月9日妻Aと婚姻し,長女B及び本件の被害者である長男V(昭和63年7月21日生)の2子をもうけた。この間,被告人は,平成6年12月ころまで兵庫県C市役所で公務員として働いていたが退職し,その後数度の転職を経て,本件犯行当時は,新聞販売店で会社員として勤務していた。 Vは,当初何ら問題なく成長しているようであったが,二,三歳ころから言語表現の成長の遅れが目立ち,同人が小学校に入学すると,同級生らとうまくコミュニケーションをとることができないなど,自閉症の症状が現れ,その状態は徐々に悪化した。そして,Vは,小学校5年生のとき,公園で他人の視線を感じたことをきっかけとして,気が狂ったように走り回り,叫び,暴れるというパニック症状になり,その後,特定の言語表現等に対して過敏に反応して,しばしばパニック症状を起こすようになった。被告人らは,Vを各種の医療機関や施設に連れていき,診察やカウンセリングを受けさせるなどしたが,同人の症状には改善はみられず,平成13年4月,Vは兵庫県立D養護学校に入学したが,当初からほとんど通学せず,自宅で昼間に寝て夜はずっと起きてゲームなどをするといった昼夜逆転の生活を送るようになったばかりか,毎日のようにパニック症状を起こすようになった。Vは成長するにつれて力が強くなり,同人がパニック症状を起こすと,徐々に被告人らの手に負えなくなり,その上,同年12月18日,長女Bが不慮の交通事故により負傷し,意識不明の寝たきりで回復の見込みすらた 成長するにつれて力が強くなり,同人がパニック症状を起こすと,徐々に被告人らの手に負えなくなり,その上,同年12月18日,長女Bが不慮の交通事故により負傷し,意識不明の寝たきりで回復の見込みすらたたない状態となり,このころからVの症状は更に悪化し,被告人らの苦悩は一層募り,被告人は慢性的な睡眠不足になるなど疲労の度合いを強めた。 そこで,被告人らは,神戸市こども家庭センターの紹介で,平成14年1月30日から,Vを神戸市北区にある精神病院のE病院に入院させたが,入院後一,二か月ほどして,Vからしきりに退院したいと懇願されたため,結局,同年4月30日に退院させた。Vは,E病院を退院後,しばらくパニック症状を起こすこともなく,被告人らは平穏な生活を送ることができたが,同年6月ころになると,Vは再び昼夜逆転の生活に戻り,昼夜の別なく被告人の勤務先である新聞販売店等に頻繁に電話をかけたり,パニック症状を起こすようになった。なお,同病院において,Vは,高機能自閉症と認められたが,高機能自閉症は知的障害がないため,かえって問題行動に発展しやすく,また,その対処法の研究は,通常の自閉症と比べ遅れた状況にある。 同年7月に入ると,Vの症状はますます悪化し,被告人の知人や勤務先等に,昼夜の別なく頻繁に電話をかけ,連日連夜パニック症状に陥っては,暴れ,物を投げつけて壊し,ベッドを持ち上げて床にたたきつけたりするようになり,Vのパニックは,1日に多くて6回,1回当たり10分ないし30分間にも及ぶことがあった。 このころ,被告人は,妻に手首を切った痕跡があることに気づき,妻が自殺を図ったと知って,大きな衝撃を受けた。 被告人は,本件犯行当日である同年7月24日朝,度重なるVのパニック症状等による睡眠不足と心身の疲弊から会社を欠勤することにして,自 ことに気づき,妻が自殺を図ったと知って,大きな衝撃を受けた。 被告人は,本件犯行当日である同年7月24日朝,度重なるVのパニック症状等による睡眠不足と心身の疲弊から会社を欠勤することにして,自宅でしばらくまどろんだ後,ふと被告人方2階にあるVの部屋に向かい,就寝中のVの顔を見たところ,パニック症状を起こしているときの表情とはうってかわって安らかなVの寝顔を目にし,同人の症状が改善する見込みは乏しく,また,V自身,パニック症状が収まると,被告人に「苦しい。生まれてこなければよかった。」などとパニック時の苦痛を訴えることがあるのを思い起こし,これ以上Vがパニック症状を起こすなどして苦しむ姿を見たくない,Vをその苦しみから解放してやりたいなどと考えて同人の殺害を決意するとともに,自らも死のうと考え,その場にあったVのテレビゲーム機スーパーファミコンのコントローラのビニール製コードを本体から取り外して手に取った。 (犯罪事実)被告人は,高機能自閉症の障害のある長男V(当時14歳)の将来を悲観するなどして,同人を殺害した上で,自らも自殺しようと決意し,平成14年7月24日正午ころ,神戸市北区D町a番地のbにある自宅2階のVの居室内において,その場にあったテレビゲーム機スーパーファミコンのコントローラのビニール製コード(平成14年押第140号の1)を睡眠中のVの頸部に巻き付けて両手で絞め付けるなどし,よって,そのころ,その場所で,Vを窒息させて殺害した。 (証拠の標目)省略(法令の適用)被告人の判示所為は刑法199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中180日をその刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間 刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中180日をその刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予することとする。 (量刑の理由) 1 事案の概要本件は,高機能自閉症の障害を有し,しばしばパニック症状を起こすなどしていた長男V(被害者)の将来を悲観するなどした被告人が,被害者を殺害した上で自殺しようと考えて,被害者の首を絞めて窒息死させたという殺人の事案である。 2 量刑上考慮した事情(1) 不利な事情被告人は,高機能自閉症の障害を有する被害者の将来等を悲観し,同人を殺害した上で自殺しようと考えて,就寝中で無抵抗の被害者を殺害したものであるが,その犯行動機は,被害者の人格を無視した身勝手で独善的なものといわざるを得ず,相応の非難は免れない。 そして,被告人は,被害者の頸部に,ゲーム機のコントローラのビニール製コードを巻き付けた上,確実に殺害するために,強くかつ執拗に締め付けており,その殺意は強固であり,犯行態様もよくない。 被害者は,現代の医学水準では完全な治療,回復が見込めない高機能自閉症の障害を有していたとはいえ,これからの人生においてなお,幾多の可能性を有していた当時14歳の少年であって,その生命は何よりも尊いものであることはいうまでもない。そうしたところ,被害者は,これまで強く信頼していた父親である被告人から,安らかな睡眠中に,突然,全く抵抗するいとまもなく首を絞められて絶命し,わずか14年間という短い人生をこのような無惨な形で終えざるを得なくなったもので,このような被害者の心中を察すると,哀れで不びんであり,本件の結果はまことに重大である。 このような事 し,わずか14年間という短い人生をこのような無惨な形で終えざるを得なくなったもので,このような被害者の心中を察すると,哀れで不びんであり,本件の結果はまことに重大である。 このような事情に照らすと,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。 (2) 有利な事情しかしながら,他方,(犯行に至る経緯)の項で判示したとおり,被告人は,被害者の高機能自閉症が悪化する過程において,高機能自閉症の障害を有する者に対する社会的認知度及び治療・療養施設等の公的支援体制がいずれもかなり不十分である中で,長年にわたり被害者の障害と正面から向き合い,被告人になし得る限りの監護,養育をしてきたと評価できる。そして,被告人は,被害者が毎日のようにパニック症状を起こし,その状態が目に見えて悪化しているとき,長女が交通事故で意識不明の状態になったり,妻が自殺を図っていたことを知るなどしたことから,ますますその苦悩の度合いを強め,本件は,極度に追いつめられた当時の精神状況下,発作的に被害者を苦しみから解放したいなどと考えて犯したものであると認められ,本件犯行に至る経緯,過程には同情できる点が多い。 そして,被告人は,本件犯行直後,残される家族,関係者に対する感謝,謝罪の念を遺書にしたためた上,自殺を図ったが,幸いにも早期に発見されたため一命を取り留めており,被告人自身,本件犯行の結果の重大性について十分に認識してその責任を自覚し,捜査段階から一貫して事実関係をすべて認め,誠実な供述態度からも,その反省の情が顕著に認められる。 その上,被告人の妻は,被害者に生きていてほしかったと子供を失った心情を述べる一方で,被告人を責める気持ちはなく,一日も早く被告人に帰ってきてもらいたいと寛大な処分を求めているなど,遺族感情は厳し その上,被告人の妻は,被害者に生きていてほしかったと子供を失った心情を述べる一方で,被告人を責める気持ちはなく,一日も早く被告人に帰ってきてもらいたいと寛大な処分を求めているなど,遺族感情は厳しいものではないことに加え,被告人の実弟,長女の元婚約者,元同僚らが中心となり,被告人の友人,知人をはじめ,自閉症協会等の障害者団体関係者,医療関係者など合計約2万名から,被告人の寛大な処分を求める嘆願書を集めたというのであるから,被告人の関係者はもとより,広く社会的にも,被告人に対しては同情の声がかなり強いことがうかがわれる。 加えて,被告人は,本件犯行に至るまで,会社員等として誠実に勤務して被害者を含めた4人家族の生活を支え,健全な社会生活を送ってきたこと,元雇主が被告人を再度雇用すると証言していること,これまでに前科・前歴が一切ないことなど,被告人にとって有利な事情も数多く認められる。 3 結論そこで,以上諸般の事情を総合して考慮すると,被告人を主文の懲役刑に処し,その刑事責任を明確にした上で,被害者の供養の日々を送らせるとともに,社会内での更生の機会を与えるためにも,その刑の執行を猶予するのが相当である。 (求刑・懲役6年)平成15年5月15日神戸地方裁判所第4刑事部裁判長裁判官笹野明義裁判官浦島高広裁判官谷口吉伸

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