令和6(わ)37 殺人、過失運転致傷、道路交通法違反

裁判年月日・裁判所
令和7年10月30日 長野地方裁判所
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判決文本文11,984 文字)

令和7年10月30日宣告令和6年(わ)第37号、同第40号 主文 被告人を懲役12年に処する。 未決勾留日数中420日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、第1 令和5年12月10日午前4時9分頃、普通貨物自動車を運転し、長野県佐久市(住所省略)先道路を同市A方面から同市B方面に向かい進行するに当たり、同 所は道路標識によりその最高速度が40キロメートル毎時と指定されていた上、当時は早朝で暗く、前方の見通しが十分でなかったのであるから、同最高速度を遵守するはもとより、前照灯を上向きにするか、あえて前照灯を下向きにして進行する場合には、その照射範囲に応じて適宜速度を調節するとともに、前方左右を注視し、進路の安全を確認しながら進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを 怠り、前照灯を下向きにしたまま、前方左右を注視せず、その安全を十分確認しないまま漫然時速約72キロメートルで進行した過失により、折から進路前方を右方から左方に向かい横断歩行中のC(当時85歳)を前方約25.8メートルの地点に認め、急制動及び左転把の措置を講じたが間に合わず、同人に自車右前部等を衝突させるなどして同人を路上に転倒させ、よって、同人に全治不詳の多発性外傷の 傷害を負わせ、第2 前記日時場所において、前記車両を運転中、前記のとおり、Cに傷害を負わせる交通事故を起こし、もって自己の運転に起因して人に傷害を負わせたのに、直ちに車両の運転を停止して同人を救護する等必要な措置を講じず、かつ、その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を、直ちに最寄りの警察署の警察官に報告せ ず、 第3 前記日時場所において、前記車両を運転中、前記のとおり、Cに多 要な措置を講じず、かつ、その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を、直ちに最寄りの警察署の警察官に報告せ ず、 第3 前記日時場所において、前記車両を運転中、前記のとおり、Cに多発性外傷の傷害を負わせる交通事故を起こしたものであるが、同人は頭部に出血があり、声掛けにも反応せず、ぐったりした様子で意識がないなど、医師による適切な治療を受けさせずに放置すれば死亡するに至る可能性があることを認識しながら、自身がその事故を起こしたことの発覚を免れようと、医師による適切な治療を受けさせない ままCが死亡するに至ったとしてもやむを得ないという認識の下、同人に医師による適切な治療を受けさせるための措置を講じることに特に困難な事情はなかったのに、同日午前4時11分頃から同日午前4時22分頃までの間に、前記の状態のCを同車の後部座席に運び入れ、第三者による発見・救護が困難な状況に置くなどして、これらにより、Cに対して救護に向けた措置を早急に講じるべき義務が生じ たにもかかわらず、これを講じることなく、同所を同車で出発し、同人を同市(住所省略)所在の被告人方駐車場まで連行し、同日午前4時55分頃から同日午前5時2分頃までの間に、同駐車場において、意識を失った状態のCを別の自動車の荷室に乗せ換え、同車を運転して、同人に対して救護に向けた措置を講じないまま、同人を同県小県郡(住所省略)付近道路まで連行し、同日午前5時45分頃から同 日午前6時22分頃までの間に、同人を同車内から降ろして、意識を失った状態の同人を同所脇の国有林内に放置して同所から立ち去り、よって、同月11日午前0時前後頃から同日午前8時29分頃までの間に、同所において、同人を多発性外傷及び低体温症により死亡させて殺害した。 (事実認定の補足説明) して同所から立ち去り、よって、同月11日午前0時前後頃から同日午前8時29分頃までの間に、同所において、同人を多発性外傷及び低体温症により死亡させて殺害した。 (事実認定の補足説明) 1 争点本件の争点は、第3の被告人の行為について殺人罪が成立するかどうかである。 2 前提となる事実関係(1) 被告人の行動等被告人は、仕事先から業務用の車(キャラバン)を運転して帰宅する途中、令和5 年12月10日午前4時9分頃(以下、時刻の記載は特記のない限り同日のそれを指 す。)、佐久市(住所省略)先道路において第1の人身事故を起こし、同車で現場を離れて、第2の救護義務違反、報告義務違反の犯行に及んだ。 被告人はほどなく事故現場に戻り、午前4時11分頃から午前4時13分頃までの間、頭部に出血があり、声掛けにも反応せず、ぐったりした様子で意識のない被害者を同車後部座席に乗せ、自宅(同市(住所省略)。事故現場からの実走距離約3.2 キロメートル)に向かい、午前4時17分頃到着した。被告人は、被害者をキャラバンの後部座席に乗せたまま、自宅の別の車(エスクァイア)に乗り換え、午前4時21分頃自宅を出発し、付近のコンビニエンスストアに立ち寄って2リットルの水を購入し、午前4時28分頃から午前4時39分頃まで、事故現場の血痕をその水で洗い流したり、ほうきでガラス片を集めて回収したりした。午前4時42分頃にも同じコ ンビニエンスストアで2リットルの水を購入し、午前4時45分頃から午前4時50分頃にかけて、更に事故現場で血痕を洗い流した上、午前4時55分頃自宅に戻った。 被告人は、午前5時2分頃までに、自宅で被害者をキャラバンからエスクァイアの荷室に乗せ換えた上、同車で自宅を出発し、事故現場を経由して県道44号線をD を洗い流した上、午前4時55分頃自宅に戻った。 被告人は、午前5時2分頃までに、自宅で被害者をキャラバンからエスクァイアの荷室に乗せ換えた上、同車で自宅を出発し、事故現場を経由して県道44号線をD方面に西進し、途中、午前5時16分頃から午前5時17分頃までの間Eに立ち寄った が、県道に引き返して西進を続け、国道142号線に入って更に南西に進行し、途中で細い脇道に入って小県郡(住所省略)付近道路に至り、午前5時45分頃から午前6時22分頃の間に、同道路のガードレールの向こう側にある急斜面の山林に被害者を放置して立ち去った(被告人宅からこの遺棄現場までの実走距離約39.8キロメートル)。被告人は、車で遺棄現場を離れて自宅に向かい、事故現場付近に戻ると、 周辺でUターンを繰り返すなどして幾度も事故現場を通り過ぎた後、午前7時14分頃帰宅した。 被告人は、午前7時38分頃にもエスクァイアで自宅を出発し、事故現場を通過して、ほどなく帰宅した。その頃、単独事故で車が損傷したとして応急措置を同僚に依頼し、午前8時4分頃キャラバンで自宅を出発して、同僚に補修をしてもらった。被 告人の逮捕後、被告人宅では、被告人が事故現場で回収したガラス片、その際に使っ たちりとり等のほか、被害者の着衣や所持品が土のう袋に収められた状態で発見された。 なお、事故現場のすぐ近くには浅間総合病院があったほか、七、八キロメートルの範囲に総合病院が3か所あり、中には、夜間早朝でも重症患者に対応しているものもあった。周辺の消防署には救急車が問題なく配備されていた。 (2) 被告人のスマートフォンの検索状況等被告人は、午前4時28分頃にスマートフォンで「ひき逃げはばれない」というキーワードで検索したのを皮切りに、「遺体遺棄は見つからない」「 。 (2) 被告人のスマートフォンの検索状況等被告人は、午前4時28分頃にスマートフォンで「ひき逃げはばれない」というキーワードで検索したのを皮切りに、「遺体遺棄は見つからない」「人を殺して隠す方法」「E飛び降り」「遺体遺棄山」「長野県佐久市防犯カメラ設置場所」「完全犯罪成功例」「佐久市事故速報」「ひき逃げいつ捕まる」といったキーワードで何回も検 索をし、また、「絶対にバレない死体遺棄方法ってあるの?」「殺人は、絶対にバレて捕まりますか?」などといった質問のサイトや、佐久市のライブカメラのサイト、佐久警察署管内の人身事故発生状況に関するサイト、佐久市関連の新着ニュースをまとめたサイトに多数回アクセスするなど、その日の夜までにこうした検索等を幾度となく繰り返した。 (3) 被害者の状況等被害者は、本件事故により多発性外傷(頭蓋骨骨折、頭蓋内損傷、左第3ないし第7肋骨骨折、第6、第7頸椎椎間板離開等)を負った。同月11日午前8時29分頃、警察官が、遺棄現場のガードレールから下方約7.6メートルの位置にあった被害者の遺体を発見して佐久警察署に搬送し、同日午前11時45分頃から同日午後5時2 5分頃にかけて検視が、翌12日午後に司法解剖がそれぞれ実施された。 3 F医師の供述について(1) 概要本件では、被告人が被害者を山中に放置して立ち去った時点でなお被害者が生存していたかどうかが争われており、これに関連して、被害者の死亡推定時刻や死因が問 題とされている。この点、司法解剖を実施したF医師は次のように供述している。 検視の際に確認された死後硬直、死斑と角膜混濁の状況が、いずれも、被害者の遺体が死後半日以内のものであることを示していることから、死亡推定時刻は同月11日午 F医師は次のように供述している。 検視の際に確認された死後硬直、死斑と角膜混濁の状況が、いずれも、被害者の遺体が死後半日以内のものであることを示していることから、死亡推定時刻は同月11日午前0時以降と推定され、被害者は山中に放置された後十七、八時間程度は生存していたと考えられる。死因については、遺棄現場が当時低体温症を発症するのに十分な寒冷環境であったこと、遺体には凍死の3つの特徴的所見(心臓内血液の左右色調 差、肺臓が乾燥感を呈し乏血状であったこと、腸腰筋内の出血)が確認されたこと、本件事故により生じた多発性外傷は即死又は短時間での死亡につながるような重症度ではなく、即死等につながる他の死因がなかったことから、低体温症が死亡に大きく関与した直接の死因と考えるのが自然である。もっとも、低体温症を発症した要因には多発性外傷により寒冷な環境から逃れられなかったことがあったと考えられ、ま た、多発性外傷はそれ自体放置すれば死因となり得るもので、これが低体温症と並んで死亡に関与した可能性も完全には否定できないため、その死因は多発性外傷及び低体温症であったと考えることができる。 (2) F医師の供述等に関する検討F医師は、司法解剖の経験が実に豊富で、法医指導医の資格をも有する法医学者で ある上、寒冷地で発見された遺体の解剖実績も多い。F医師は、被害者の遺体の司法解剖に先立って、警察官から大まかな事件の概要の説明を受けつつも、あくまで自ら行った解剖等の過程で実際に確認した所見や検視時の画像等をもとに、中立的な立場から判断を示していると十分認められる。死亡推定時刻、死因については、複数の所見を手掛かりにして見解を導いているなど、判断の手法も堅実で説得的なものといえ る。F医師は、その判断過程に飛躍や欠落はなく、反 していると十分認められる。死亡推定時刻、死因については、複数の所見を手掛かりにして見解を導いているなど、判断の手法も堅実で説得的なものといえ る。F医師は、その判断過程に飛躍や欠落はなく、反対尋問等で示された疑問等のいずれについても、整然と合理的な説明をしている(なお、被害者の遺体の検視は、経験豊富な警察官が検視官と共同して行ったものといい、その結果は十分信用できる。)。 F医師の供述は高い信頼性を備えていると認められ、被害者の死亡推定時刻は同月11日午前0時前後頃以降と、死因は多発性外傷及び低体温症とそれぞれ認定するこ とができる。弁護人はこれらを争っているが、F医師の供述を誤解し、あるいは根拠 なくこれに疑問を呈する主張ばかりであり、採用の余地はない。 4 殺人罪の成否に関する検討(1) 被害者の生死と救命可能性等について被害者の死亡推定時刻を前提とすると、被告人が事故現場で被害者を車に乗せた時点はもとより、山中に放置して立ち去った時点で、被害者がすでに死亡していたとい う疑いは残らない。また、F医師の供述によれば、本件事故が原因で被害者が負った多発性外傷は、即死や短時間での死亡につながるような重度のものではなく、実際に、被害者は山中に放置された後も十七、八時間にわたって生存していたと認められるのであって、被告人が事故現場で被害者を車に乗せてから山中に放置して立ち去るまでの間、救護に向けた行動をとっていれば、医療的措置により被害者を救命することは 十分可能であったと認められる(なお、周辺の病院等の位置関係からして、搬送等に時間を要するあまり救命がかなわないという可能性もなかった。)。 (2) 殺人罪の実行行為性について被告人が自身の運転により被害者に傷害を負わせた以上、法令上、被害者に対す 関係からして、搬送等に時間を要するあまり救命がかなわないという可能性もなかった。)。 (2) 殺人罪の実行行為性について被告人が自身の運転により被害者に傷害を負わせた以上、法令上、被害者に対する救護義務を負っていたことは明らかである。その上で、被告人は、相当な速度で走行 させていた車を、過失とはいえ、高齢の被害者に激しく衝突させて重傷を負わせたものであり、その時間帯が早朝で、事故現場は人や車の行き来が少なかったと認められること、動揺していたにせよ、スマートフォンで119番通報をして救急車を呼び、又は周辺の医療機関に被害者を搬送することなど救護に向けた行動をとることは難なく可能であったこと、さらに、事故現場で被害者を車に運び入れるという、第三者 の手によって被害者が発見・救護される可能性を著しく減少させ、自身がその生殺与奪の権を握るような行為に出たことにも照らすと、被告人は、そのようにして被害者をいわば自身の事実上の支配の下に置き続ける限りは、積極的に救護に向けた行動をとるべき法的な義務を負っていたと評価することができる。 しかも、被告人は、被害者を運び入れた車を運転して家人が不在の自宅に戻り、被 害者を別の車に乗せ換え、その車を運転して相応の時間山中に向かって長距離を移動 しており、そうした行動も、被害者が第三者によって発見・救護されることを一層困難にするとともに、救護措置がとられないまま時間が経過することにより、重傷を負った被害者の容態が悪化するなどして死亡するに至る危険性を漸増させる行為であった(F医師が、被害者の負った多発性外傷は放置すれば死因となり得るものであったと供述しているのは、前記のとおりである。)。その挙げ句に被告人は、気温が低く、 人や車の行き来が非常に少ない山中で、立入りがかなり危険な の負った多発性外傷は放置すれば死因となり得るものであったと供述しているのは、前記のとおりである。)。その挙げ句に被告人は、気温が低く、 人や車の行き来が非常に少ない山中で、立入りがかなり危険な急斜面に被害者を放置して立ち去ったのであり、その行為は、やはり被害者が発見・救護される可能性を事実上失わせるとともに、気温の低さも相まって、重傷を負った被害者の容態を悪化させたり、転落等のおそれを生じさせたりして、被害者が死亡するに至る現実的危険性を増大させる行為であったと認められる(なお、被告人が被害者を山中に放置して立 ち去るまでの間、被害者が救命可能な状態にあり、かつ、被告人において救護に向けた行動を容易にとり得たことに特に変わりはなかったといえる。)。 以上によると、こうした被告人の一連の行為は、被害者の生命に対する危険性、悪質性の点において、一定の作為により他者を殺害し又は死亡するに至らしめる行為と同視すべきものであり、殺人罪の実行行為に当たるというべきである。 (3) 殺人罪の故意についてア被害者の生存と救命可能性に関する認識について本件事故後の被害者は、身体の枢要部が大きく損傷するなど、一見して死亡したとか救命の可能性はもはやないものと判断する以外にないような状態にはなかったものである。しかも、被害者は、客観的には事故から約20時間以上、山中に放置され てから十七、八時間といった長時間にわたり生存していたものであり、事故後山中に放置されるまでの間の時間帯に被害者の様子を目にするなどした者が、その時点で早くも救命可能性がないとか、ましてや、死亡しているものと思い込み、大きく誤解してしまうほどに絶望的な状態を呈していたわけではなかったと認められる。さらに、被告人は、交通事故による重傷被害者の生死の判 くも救命可能性がないとか、ましてや、死亡しているものと思い込み、大きく誤解してしまうほどに絶望的な状態を呈していたわけではなかったと認められる。さらに、被告人は、交通事故による重傷被害者の生死の判断、救命可能性の有無を判定できる ような経験や知見を全く持ち合わせてはおらず、山中に放置するまでの間、心音や脈 等を確認するなど自分なりに被害者の容態を判断しようとすらしなかったというのであるから、その生死や救命可能性の有無は、到底明確には判断できない状況にあったと認められる(なお、山中に放置された時点で、被害者がなお自発呼吸を続けていたことは明らかであるところ、被害者を車に運び入れ、車から運び出して放置するなど幾度かその身体に間近に接して移動させるなどした被告人が、呼吸をしている様子 に気付かないとは考え難いともいえる。)。 ところで、被告人は、スマートフォンの検索等の履歴のほか、事故現場に残された本件事故の痕跡をかなり徹底した形で消し去ろうとし、実際に、被害者の存在が露見することのないよう車で運び去って山中に放置して立ち去ったことからも明らかなように、事故後間もない段階から、事故の発覚を免れようという相当強い意図をもっ て一貫してそのための行動に出ていたものと認められる。人身事故を起こした者にとって、被害者の生死や救命可能性の存否は最大の関心事であるはずなのに、被告人がそれらを確認しようとした形跡すらないのは、もっぱら被害者の存在を隠蔽し、事故の発覚を防ぐことを企図するあまり、被害者の生死等にはおよそ関心がなかったことを強く指し示している(このことは、被告人が、スマートフォンの検索等に当たり、 被害者がなお生存していることが明らかな当初の段階から、「遺体」「死体」など被害者がすでに死亡したかのような言葉遣いを用い し示している(このことは、被告人が、スマートフォンの検索等に当たり、 被害者がなお生存していることが明らかな当初の段階から、「遺体」「死体」など被害者がすでに死亡したかのような言葉遣いを用いていることにも表れている。弁護人は、こうした検索等の内容をもって、被告人の認識において、被害者はすでに死亡した、救命可能性はないと考えていたことと整合すると指摘するが、事実関係の全体を踏まえない評価であり、当たらないといわざるを得ない。)。 こうしてみると、被告人においては、被害者を山中に放置して立ち去るまでの間、被害者が生存している可能性も死亡している可能性も否定しようがなかったはずであり、そうである以上、生存を確信していたわけではないにせよ、少なくとも、生存している可能性も視野に入っており、未必的ながらもこれを認識するところであったと認められる。救命可能性についても、その存否はいずれの可能性も否定しようがな い状況下で、これがなお残っている可能性も視野に入っており、やはり未必的にせよ 認識するところであったと認められる。被告人は、被害者がなお生存しており、救命可能性があることについて、少なくとも未必的な認識を有していたと認められる。 イ被害者の状態に関する被告人の公判供述について被告人は、公判廷で、本件事故後に被害者の様子を確認した時点で、被害者はすでに死亡している、もう助けることはできないと思ったと供述している。しかし、被告 人が述べるその時点の被害者は、声掛けに反応せず、頭や顔から血が垂れ、ぐったりして全く動かず、意識がなかったというものであり、それをもって、すでに死亡した、あるいは、もはや救命可能性がないなどとすぐに思い込むというのは、常識的には信じ難い。被害者の生死等は、人身事故を起こした自身の責任に 、意識がなかったというものであり、それをもって、すでに死亡した、あるいは、もはや救命可能性がないなどとすぐに思い込むというのは、常識的には信じ難い。被害者の生死等は、人身事故を起こした自身の責任に関わる最大の関心事であったはずであることに照らしても、直ちに死亡したなどと思い込むことは考え難い というべきである。しかも、被告人は、その時点で、被害者から、普通の呼吸音やいびきとは全く違っていたというものの、「空気を吸い込むようなゴーゴーという音」が不規則に聞こえた旨をも述べている。そうであれば、まずは生存している可能性を想起したはずであり、その意味でも、すでに死亡していると思ったという供述は不自然である。そもそも、被害者の状態をどのように認識していたかに関する被告人の公 判供述には、分からないと述べるところが少なくない上、当時、被害者が生きていたか死亡していたかは明確に理解していなかった、当時の認識はあいまいであった旨をも述べ、生存している可能性を未必的に認識していたかのような供述もするなど、不安定な面がみられる。 以上によれば、本件事故後に、被害者はすでに死亡している、もう助けることはで きないと思ったとする被告人の公判供述は信用できない。 ウ一連の行為の危険性等に関する認識について(ア) 被告人は、本件事故を起こして高齢の被害者に重傷を負わせたことなどから、積極的に被害者の救護に向けた行動をとる義務があることを当然認識していたものと認められる。そして、言うまでもなく119番通報等は容易にとり得る手段であり、 その頃、当時の妻が事故現場近くの総合病院で夜勤中であったというのであるから、 被告人にとって、救護に向けた行動を思い立ち、そうした行動に出ることは何ら困難なことではなかったはずである。 その の頃、当時の妻が事故現場近くの総合病院で夜勤中であったというのであるから、 被告人にとって、救護に向けた行動を思い立ち、そうした行動に出ることは何ら困難なことではなかったはずである。 その上で、重傷を負った被害者を自身の車に運び入れ、その車で山中に向かって長距離移動をするという行為が、被害者が第三者によって発見・救護される可能性を著しく減少させ、その生命や身体の安全が自身の行動一つに依存する状況を作り出すこ とを意味するのは明らかである。また、気温が低く、人や車の行き来が非常に少ない山中の急斜面に被害者を放置して立ち去れば、発見・救護される可能性が事実上失われ、気温の低さも相まって容態が悪化したり、転落等のおそれが生じたりするなどして被害者が死亡するに至る現実的危険性が増大することも、十分認識し得るところであったと認められる。被告人は、もっぱら被害者の存在を隠蔽し、本件事故の発覚を 防ぐことを企図するあまり、被害者の生死等におよそ関心をもたず、救護に向けた行動を一切とらなかったのであり、そのような被告人にあっては、被害者がなお生存していた場合には、こうした自身の一連の行為が、被害者が死亡するに至る現実的危険性を生じさせ、これを増大させることとなることを十分理解し、その認識に欠けるところはなかったと認められる。 以上から、被告人は、少なくとも、自身の一連の行為により被害者が死亡するに至るかもしれないが、本件事故の発覚を防ぐためには、そのこともやむを得ないという認識でいたものと認定することができる。 (イ) ところで、被告人が、被害者の救護に向けた行動をとれば、本件事故が発覚することはほぼ必至であるところ、前記のとおり、被告人は、事故後間もない当初の段 階から、その発覚を免れようという相当強い意図の下そのた 告人が、被害者の救護に向けた行動をとれば、本件事故が発覚することはほぼ必至であるところ、前記のとおり、被告人は、事故後間もない当初の段 階から、その発覚を免れようという相当強い意図の下そのために一貫した行動をとっていたことからすると、その頃すでに、重傷を負った被害者の救護に向けた行動をとることなくその存在を隠蔽しようという考えでいた、つまりは、被害者が死亡に至る現実的危険性を生じさせる前記のような一連の行為に及ぶ意図でいたものと十分推認できる。このように、被告人が事故後間もない段階から、事故の発覚を免れたい一 心で行動していたことに照らせば、例えば、その当初の段階では、被害者を救護しよ うかどうか逡巡するなどして、死亡に至らしめる認識はなかったものの、その後被害者を車に乗せた状態で運転を続けるうち、死亡させるに至るかもしれないが救護はせずに被害者の存在を隠蔽しようとはじめて考えるようになったといった疑いは残らないといえる。 この点、被告人は、公判廷で、被害者を車に乗せて自宅を出発した際はパニックに なって自殺しようと考えていたが、途中で自殺の考えはなくなった、一方で、被害者を連れて自宅に戻ることはできない、もう後戻りはできないと思って、人を隠せる場所を探し、たまたまたどり着いた場所で被害者を置き去りにした旨を供述している。 しかし、当初パニックになって自殺を考えていたというのは、被告人が、本件事故後間もない頃から、スマートフォンの検索等を含め、事故の隠蔽という自己保身の行動 に終始していたことと相容れないし、自殺を翻意した状況等に関する供述も不自然かつあいまいで、信用し難い。加えて、被告人の公判供述は、スマートフォンで検索等を繰り返した内容、意図のほか、途中でEに立ち寄ったこと、被害者を山中に放置した後自宅 意した状況等に関する供述も不自然かつあいまいで、信用し難い。加えて、被告人の公判供述は、スマートフォンで検索等を繰り返した内容、意図のほか、途中でEに立ち寄ったこと、被害者を山中に放置した後自宅に帰る途中で事故現場を幾度も通過したことなど、相当印象に残るであろう事柄を覚えていない、記憶にないとしているのも、不可解である。時々の意図や思惑 に関する被告人の公判供述は、不自然、あいまいな部分が目立ち、信用できない。 エ小括以上より、被告人は、事故現場で被害者を車に運び入れてから山中に放置して立ち去るまでの間、未必的なものにとどまるものの、殺人罪の故意があったと認定することができる。 5 結論以上から、第3の被告人の行為には殺人罪が成立すると判断した。 (量刑の理由)被告人は、交通事故を起こして被害者に重傷を負わせた以上、その救護に当たる義務があったのに、事故の発覚を免れようとする一心で、被害者を車に乗せて長距離を 移動し、人里離れた山奥に放置して立ち去った。深刻な傷害を負った高齢の被害者に 対し、自己本位の考えから、第三者によって発見・救護される可能性を奪い、ひいては、その生命、身体の安全が被告人自身の行動一つにかかっているという状況をあえて作り出しながら、全く救護に当たることがなかったばかりか、救いの手が差し伸べられることはないであろう山中に移動して放置して立ち去ったものであり、卑劣、残酷な行為である。もとより計画性はなく、強固で確定的な殺意に基づく行為ではなか ったことは、情状評価に当たって考慮する必要があるが、交通事故の隠蔽のために躊躇なく被害者の生命等を重大な危険にさらした点は、厳しい非難に値する。 被害者は、事故により重傷を負わされたばかりか、被告人の身勝手極まりない行動 って考慮する必要があるが、交通事故の隠蔽のために躊躇なく被害者の生命等を重大な危険にさらした点は、厳しい非難に値する。 被害者は、事故により重傷を負わされたばかりか、被告人の身勝手極まりない行動が原因で、本来救われたはずの命を奪われたものであり、その無念さを思うと、深い同情を禁じ得ない。被害者の妻と長男は、悲痛な心情とともに厳しい処罰感情を示し ている。 以上によれば、被告人の刑事責任は重大である。具体的な量刑については、これら主要な情状評価を前提に、凶器等がないことや殺意の程度等において本件と共通・類似する殺人事案の判断例を参考にしつつ、一貫して救護措置をとらなかったという不作為を主な要素とする一連の行為が殺人罪を構成するという本件の特徴にも留意し てこれを検討することとし、その他の情状として、被害弁償がされておらず、具体的な見込みがあるとも考え難いこと、一方で、被告人が謝罪し、一生かけて償っていくとして反省の態度を示していること、前科がないことなどを考慮し、主文の刑を定めた。 (求刑-懲役15年) 令和7年11月10日長野地方裁判所刑事部 裁判長裁判官坂田正史 裁判官坂井唯弥 裁判官木村ゆりな

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