平成24(行コ)137 休業補償給付不支給処分取消請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
平成25年6月27日 東京高等裁判所
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判決文本文14,915 文字)

- 1 -平成25年6月27日判決言渡平成24年(行コ)第137号休業補償給付不支給処分取消請求控訴事件 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴の趣旨(1) 原判決を取り消す。 (2) 被控訴人の請求を棄却する。 2 控訴の趣旨に対する答弁主文同旨第2 事案の概要1(1) 被控訴人(昭和▲年▲月▲日生まれ)は,少なくとも昭和48年2月から昭和53年3月までの約5年2か月間と,昭和55年4月から昭和61年6月までの約6年3か月間の通算約11年5か月間にわたり,本件会社のA(原判決2頁11行目,12行目参照)において石綿取扱業務に従事していたことがあったところ,平成15年10月17日,原発性肺がん(本件疾病。原判決2頁2行目,19行目参照)に罹患していることが判明し,同月28日,右肺上葉切除の手術を受けた。 そこで,被控訴人は,石綿(主としてクリソタイル)にばく露する本件会社の業務に従事したことにより本件疾病に罹患したと主張して,処分行政庁(木更津労働基準監督署長)に対して,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき,平成15年10月21日から同年11月14日まで長野県B病院に入院したことによる25日間の休業補償給付を請求したところ,処分行政庁は,本件疾病の業務起因性を否定して,平成19年8- 2 -月24日付けで不支給の処分をした(以下「本件処分」という。)。 本件は,被控訴人が,本件疾病は本件会社における業務に起因するものであるにもかかわらず,業務起因性を否定した本件処分は不当なものであると主張して,控訴人に対し,本件処分の取消しを求めた事案である。 (2)ア肺が が,本件疾病は本件会社における業務に起因するものであるにもかかわらず,業務起因性を否定した本件処分は不当なものであると主張して,控訴人に対し,本件処分の取消しを求めた事案である。 (2)ア肺がんは,石綿に特異的な疾患である中皮腫とは異なり,石綿以外にも喫煙等の発症原因となるものが複数存在するところ,肺がんの発症原因が石綿の場合とそれ以外の場合とを医学的に判別することは困難であることから,肺がんの発症についての業務起因性(業務と肺がんの発症との間の相当因果関係の有無)は,疫学的な因果関係論により,「肺がん発症の相対危険度が2倍以上となる石綿ばく露があったときに,肺がんの発症を石綿に起因するものとみなす」とする見解が合理的であるとされ,その場合の累積ばく露量の指標としては,石綿のばく露濃度(空気1ml当たりの石綿繊維数を示す本/ml)とばく露年数(年)との積が25であることを示す「石綿繊維25本/ml×年」がこれに当たるとされている。 イ被控訴人は,①平成18年肺がん認定基準(原判決14頁3行目参照)までは,「石綿ばく露作業への従事期間が10年以上であること」(以下「10年要件」という。)が肺がん発症の相対危険度を2倍以上とする指標とされてきたこと,②石綿小体(原判決3頁19行目以下参照)や石綿繊維などの存在についての医学的所見は,10年要件を充たさない者を救済する場合を除き,石綿にばく露したことを意味するに止まり,累積ばく露量を示すものではないとされてきたこと,③被控訴人の石綿ばく露期間は通算12年(昭和47年7月から昭和53年3月までの5年9か月間と昭和55年4月から昭和61年6月までの6年3か月間)を超えており,肺内にはばく露を裏付ける石綿小体が確認されているほか,喫煙歴や遺伝的な要因はなく,被控訴人には石綿以外に本件疾病 の5年9か月間と昭和55年4月から昭和61年6月までの6年3か月間)を超えており,肺内にはばく露を裏付ける石綿小体が確認されているほか,喫煙歴や遺伝的な要因はなく,被控訴人には石綿以外に本件疾病の原因と考えられる要因がないことから,本件疾病についての業務起因性を肯定すべきであると- 3 -主張するとともに,被控訴人のばく露した石綿の大半はクリソタイルであったから,乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数が5000本に充たないことは業務起因性を否定する理由にはならないとして,これを否定した本件処分には取り消されるべき違法があると主張した。 これに対して,控訴人は,肺がん発症の相対危険度が2倍以上になる累積ばく露量の指標である「石綿繊維25本/ml×年」に当たる医学的所見としては,①石綿肺(第1型以上),②乾燥肺重量1g当たりの石綿小体5000本以上,③気管支肺胞洗浄液(BALF)1ml中の石綿小体5本以上,④乾燥肺重量1g当たりの石綿繊維200万本以上(5μm超)又は500万本以上(1μm以上)のいずれかがある場合と解するのが相当であること,業種・職種によりばく露の濃度を判別することが困難な我が国において,単に10年要件を充たすということだけで肺がんの業務起因性を肯定するのは不相当であること,被控訴人が石綿にばく露する作業に従事したのは11年5か月間であるが,作業によるばく露自体は全体的に低濃度であったこと,乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数は最大1230本であり,肺がん発症の相対危険度が2倍となる指標である5000本の約4分の1にすぎないこと,石綿繊維は5μm超が12万本,1μm超が54万本に止まることなどから,被控訴人の場合は,平成19年肺がん認定基準(原判決15頁10行目参照)が定める認定要件を充たさず,業務起因性が否定されると主 石綿繊維は5μm超が12万本,1μm超が54万本に止まることなどから,被控訴人の場合は,平成19年肺がん認定基準(原判決15頁10行目参照)が定める認定要件を充たさず,業務起因性が否定されると主張して,被控訴人の本訴請求を争った。 (3) 原審は,肺がん発症の相対危険度を2倍以上に高める程度の累積ばく露の有無を判断するに当たり,10年要件に加えて,肺内の石綿小体の数量が「乾燥肺重量1g当たり5000本以上」との基準を充たすことが業務起因性を肯定するための重要な指標であるとする平成19年肺がん認定基準に合理性は認められず,肺組織内に職業上の石綿ばく露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維が認められるとの医学的所見があれば,肺がんを業- 4 -務上の疾病と認めるのが相当であるとした上で,本件においては,①10年要件を充たすこと,②乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数は,職業上のばく露の可能性が低い一般人の1000本よりは明らかに高いレベルである1230本であり,職業上のばく露の可能性が高い石綿小体が肺組織内に残存すると認められること,③喫煙歴が本件疾病の発症原因とは認められないこと,④親族内にがんにより死亡した者は祖母以外にはおらず,遺伝的な要因が肺がんの発症に寄与した可能性も認められないことなどを総合して,肺がん発症についての業務起因性を肯定し,被控訴人の本訴請求を認容したので,控訴人が,これを不服として控訴し,本件疾病には業務起因性がなく,本件処分は正当なものであると主張して,原判決の取消と被控訴人の本訴請求の棄却を求めた。 2 「前提事実」,「争点」及び「争点に対する当事者の主張」は,次項において,「当審における控訴人の補充主張」を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の2「前提事実」(原判決2頁7行目以下) 「前提事実」,「争点」及び「争点に対する当事者の主張」は,次項において,「当審における控訴人の補充主張」を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の2「前提事実」(原判決2頁7行目以下)ないし4「争点に対する当事者の主張」(原判決17頁16行目以下)に摘示するとおりであるから,これを引用するところ,本件における主たる争点は,「本件疾病の発症が業務上の事由に起因するか否か(業務起因性の有無)」であり,特に,「平成19年肺がん認定基準所定の認定要件の合理性」が争われた(なお,この争点に関する原審における被控訴人の主張は,原判決17頁17行目以下のとおりであり,また,控訴人の主張は,原判決24頁8行目以下のとおりである。 ただし,原判決13頁18行目及び14頁20行目の各「胸膜肥厚班」を「胸膜肥厚斑」に,23頁12行目の「発症52歳」を「発症した52歳」にそれぞれ改める。)。 3 当審における控訴人の補充主張(1) 肺がん認定基準の認定要件の合理性についてア肺がん発症の相対危険度が2倍以上になるような石綿ばく露が認められ- 5 -る場合に業務起因性を肯定するという観点からすると,肺がんの発症と業務上の石綿ばく露との間の業務起因性が肯定されるためには,平成19年肺がん認定基準のように,10年要件に加えて,乾燥肺重量1g当たり5000本以上の石綿小体数の存在が認められることを要求することがヘルシンキ基準(原判決5頁末行,30頁9行目以下参照)に照らしても合理的であり,10年要件のほかには,単に肺組織内に職業上の石綿ばく露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維の存在が認められるという医学的所見があれば,肺がんを業務上の疾病と認めるとする原判決が設定した基準は相当なものとはいえない。 イヘルシンキ基準は,高濃度の 高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維の存在が認められるという医学的所見があれば,肺がんを業務上の疾病と認めるとする原判決が設定した基準は相当なものとはいえない。 イヘルシンキ基準は,高濃度のばく露を伴う石綿の取扱作業(石綿製品製造,石綿散布,石綿製品による断熱工事,古い建築物の解体工事)については1年間,中等度のばく露を伴う石綿の取扱作業(建築や造船)については5ないし10年間の従事があったときに肺がん発症の危険度が2倍以上になるとし,また,極めて高濃度の石綿ばく露の環境においては1年未満であっても肺がん発症の危険度が2倍以上になるとしており,さらに,諸外国の補償の対象となる肺がんの認定基準においても石綿のばく露濃度を考慮しているのであり,業務起因性の判断についてはばく露濃度を重視するのが一般的な取扱いであるから,これと無関係におよそどのような内容の作業であっても10年間以上従事していれば業務起因性を肯定するという考え方は採用されていない。 そして,10年要件を充たす場合には,職業上のばく露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維の存在が認められることは当然のことであるから,原判決が設定した基準による場合には,結局,10年要件だけで業務起因性の有無を判断するのと同じことになり,これは具体的な作業内容におけるばく露濃度を全く考慮せずに,どのような内容の作業であっても10年間以上従事していれば,肺がん発症の相対危険度が2倍以- 6 -上になるとみなす結果となってしまい,ヘルシンキ基準や諸外国の認定基準の考え方とも明らかに相違する不当なものである。 ウところで,我が国においては,業種別・職業別の石綿ばく露の濃度が明らかにはなっておらず,同じ業種・職種であっても作業の内容や頻度によってばく露の濃度には差があり,業種・ する不当なものである。 ウところで,我が国においては,業種別・職業別の石綿ばく露の濃度が明らかにはなっておらず,同じ業種・職種であっても作業の内容や頻度によってばく露の濃度には差があり,業種・職種によりその程度を高濃度又は中等度と評価することは困難であるから,石綿の取扱作業に従事した期間だけを指標とするのではなく,胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)等についての医学的所見も踏まえて業務起因性の有無を判断することが必要である。そして,平成18年肺がん認定基準及び平成19年肺がん認定基準も業務起因性を肯定するための要件としてこの両者を挙げているのであり,また,厚生労働省の平成24年3月29日付け基発0329第2号「石綿による疾病の認定基準について」(以下「平成24年通達」といい,このうち,肺がんに関する部分を「平成24年肺がん認定基準」という。乙26,27)においても,石綿糸,石綿布等の石綿紡織製品の製造工程における作業など3つの作業に5年間以上従事した者に限り肺がん発症の相対危険度を2倍以上として,それ以外の者については,「石綿繊維25本/ml×年」以上の累積ばく露量に相当する医学的所見の有無を検討することとしている。 そして,「石綿繊維25本/ml×年」以上の累積ばく露量に相当する医学的所見として,ヘルシンキ基準では,「肺がん発症の危険度が2倍になるのは,乾燥肺重量1g当たりのアンフィボル繊維が5μm以上は200万本分,1μm以上は500万本分貯留する場合であり,この場合の肺内の繊維濃度は,乾燥肺重量1g当たり5000本から1万5000本の石綿小体に相当する」旨の見解が示されており,乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数を5000本ないし1万5000本としていることに照らすと,肺がん発症の危険度を2倍以上に高める最低限度のレベルとして石綿 石綿小体に相当する」旨の見解が示されており,乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数を5000本ないし1万5000本としていることに照らすと,肺がん発症の危険度を2倍以上に高める最低限度のレベルとして石綿- 7 -小体数を5000本とする平成19年肺がん認定基準は,石綿にばく露した者を救済するとの方針に沿う内容となっており,これに基づく本件処分も相当なものと解するべきである(なお,平成18年肺がん認定基準における「肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められること」との要件は,乾燥肺測定方式及び肺組織切片測定方式の両方を想定したものであり,後者の方式によって石綿小体が1本でも認められれば比較的高濃度のばく露があったことを意味し,前者の方式に換算すると1万本ないし2万本もの石綿小体が存在することになるから,少なくとも5000本を下回ることはないと考えられていたのである。したがって,平成24年通達によって廃止されたものの,平成18年肺がん認定基準も石綿小体の数量についての要件を前提としていたのであり,平成19年肺がん認定基準は,その趣旨をより明確化するとともに,厳密には乾燥肺測定方式によって乾燥肺重量1g当たりの石綿小体が5000本以上は認められない場合においても,それと同水準のばく露を受けた者の救済範囲を拡大しようとするものであって,原判決が指摘するように平成18年肺がん認定基準以上に業務起因性が肯定される場合を絞り込もうとするものではなかった。)。なお,平成24年肺がん認定基準においては,乾燥肺重量1g当たりの石綿小体が5000本以上認められるという医学的所見が得られた場合には,石綿ばく露作業への従事期間が1年間以上あれば足りるとしており,10年間の従事を要件とはしていない。 エ以上は,ばく露した石綿の種類がクリソタイルの場合であっても同様 学的所見が得られた場合には,石綿ばく露作業への従事期間が1年間以上あれば足りるとしており,10年間の従事を要件とはしていない。 エ以上は,ばく露した石綿の種類がクリソタイルの場合であっても同様に考えるべきである。すなわち,クリソタイルによる肺がん発症の危険性は,他の種類の石綿,特に角閃石系のものと比較すると10分の1以下という低いものであるから,肺内のクリソタイルのクリアランス(消失)の程度がばく露から40年で2分の1ないし5分の1に減少するという調査結果を踏まえても,肺内に角閃石系の石綿以上の繊維数が認められなければ,- 8 -肺がん発症の相対危険度が2倍以上となるばく露量には至っていないと考えることには合理性がある。 これに関して,ヘルシンキ基準は,前記ウのとおり,アンフィボル繊維に言及するだけで,クリソタイルについては特に取り上げておらず,「クリソタイル繊維は,クリアランス速度が速いために,アンフィボル繊維と同程度には肺組織内に蓄積されない。ゆえに,肺内繊維分析よりも職歴(繊維数×ばく露年数)の聴取が,クリソタイルによる肺がんの危険度の良い指標となる。」としている。これは,石綿のばく露量と肺がん発症の相対危険度との間に「量-反応関係」が存するため,指標として用いるに足りる職歴(単に従事歴のみが把握できるのではなく,詳細な職歴に関する聴取や従事した業務によるデータから石綿の累積ばく露量を推定することができるもの)によるばく露量があらかじめ明らかになっていることが当然の前提となっている。 他方,ヘルシンキ基準も,石綿小体の数量については石綿の種類による区別をしておらず,肺がん発症の相対危険度が2倍以上となる判断基準として,クリソタイルによる石綿小体又は石綿繊維の数量が機能しないとしているわけではない。そして,我が国 量については石綿の種類による区別をしておらず,肺がん発症の相対危険度が2倍以上となる判断基準として,クリソタイルによる石綿小体又は石綿繊維の数量が機能しないとしているわけではない。そして,我が国においては,石綿取扱作業によるばく露量についてのデータが存在しないため,ヘルシンキ基準の上記前提が欠けており,職歴の聴取よりも肺内繊維の分析の方が相対的に重視されることになる。したがって,クリソタイルによる発がん性の低さを考慮した上で,累積ばく露量についての「石綿繊維25本/ml×年」以上との指標を充足する医学的所見の一つとして,乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数を,「5000本から1万5000本」のうちの最低限度である5000本の要件を充たす場合との具体的な基準を設けたことは,医学的にも合理的なものであり,ヘルシンキ基準の趣旨に反するものでもない。 (2) 被控訴人の医学的所見について- 9 -被控訴人については,胸膜プラークの所見はなく,肺組織切片測定方式でも石綿小体又は石綿繊維が認められず,乾燥肺重量1g当たりの石綿繊維数は5μmを超えるものが12万本,1μmを超えるものが54万本であり,また,石綿小体数も1230本に止まり,平成18年肺がん認定基準に照らしても,肺がん発症の相対危険度が2倍以上となるような医学的所見はなかったのである。そして,平成19年肺がん認定基準の乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数5000本との要件を充たしていない場合におけるこれと同水準のばく露の可能性についても,石綿小体数は職業ばく露の可能性が低い一般人のレベルよりも少し多い程度の1230本に止まり,また,石綿繊維数も基準には遠く及ばないものであった。 (3) 被控訴人の職歴,作業内容等について被控訴人が石綿取扱業務に従事したと主張する約11年5 よりも少し多い程度の1230本に止まり,また,石綿繊維数も基準には遠く及ばないものであった。 (3) 被控訴人の職歴,作業内容等について被控訴人が石綿取扱業務に従事したと主張する約11年5か月間のうち石綿のばく露を伴う作業は,①アルミ引き石綿服の着用による溶鋼注入作業(3か月間毎日1.5時間),②石綿布の除去,清掃作業(最初の3か月間は週1回,その後6か月間は2日に1回,最後の1年間は月15回,いずれも1回30分間)にすぎない。そうすると,被控訴人が石綿にばく露したのは,合計約2年間という短期間のうちの1回当たり約30分間の作業にすぎない上,毎日これに携わっていたわけでもないのである。また,A内の作業環境は,石綿ばく露(環境ばく露)が仮にあったとしても,その濃度は低いものであった。 なお,被控訴人が作業中に着用していたとする耐熱服は,表面がアルミコーティングされておらず,裏地も付いていない毛布のような厚い素材のジャケット型のもので,Cと呼ばれていたというのであるから,D製のCを原材料とする非アスベスト製であり,クリソタイル製ではなかった。したがって,石綿ばく露の最大の要因が石綿製の耐熱服の着用による直接ばく露であるとする被控訴人の主張には何らの根拠がなかったことになる。 - 10 -(4) 以上によれば,被控訴人が10年以上にわたり石綿の取扱作業に従事していたとしても,累積ばく露量は,肺がん発症の相対危険度が2倍以上となるレベルには達しておらず,本件疾病が業務に起因するものではないことは明らかである。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も,当審における当事者双方の主張立証を踏まえても,被控訴人の肺がんの発症は,本件会社における業務に起因するものであると認めるのが相当であるから,この業務起因性を否定した本件処分の取 1 当裁判所も,当審における当事者双方の主張立証を踏まえても,被控訴人の肺がんの発症は,本件会社における業務に起因するものであると認めるのが相当であるから,この業務起因性を否定した本件処分の取消を求める被控訴人の本訴請求には理由があるものと判断する。その理由は,次項以下において,当審における当事者双方の主張立証を踏まえた判断を補充的に付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第3の1及び2(原判決29頁19行目以下)において認定判断するとおりであるから,これを引用する。 2 労働者の疾病が業務上のものと認められるためには,両者の間に相当因果関係の存在を必要とし,労災保険制度が危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすると,疾病の結果は業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが相当因果関係の存在を肯定する上で必要となることは,原判決(29頁20行目以下)も説示するとおりである。そして,石綿ばく露量と肺がんの発症率との間には,累積ばく露量が増えれば発症率も上がるという直線的な「量-反応関係」があることを前提とし,疫学的な因果関係論の観点から,「肺がん発症の相対危険度が2倍以上となる石綿ばく露があったときには,肺がんの発症を石綿に起因するものとみなす」とする見解が合理的であるとされており,厚生労働省の定める従前の肺がん認定基準もこのような見解を前提にするものと解するのが相当である。 3(1) 控訴人は,肺がんの業務起因性を肯定するためには,10年要件に加えて,乾燥肺重量1g当たり5000本以上の石綿小体の存在が認められることな- 11 -どの一定の医学的所見があることを要し,単に肺組織内に職業上の石綿ばく露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維の存在が認められるというだけ の石綿小体の存在が認められることな- 11 -どの一定の医学的所見があることを要し,単に肺組織内に職業上の石綿ばく露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維の存在が認められるというだけでは足りないと主張するので検討する。 (2) まず,肺がんの業務起因性についての認定基準に係る基本的な事実関係は,原判決の「事実及び理由」中の第2の2(4)(4頁16行目から16頁9行目まで)及び第3の1(2)(30頁8行目から35頁10行目まで)に摘示するとおりであるところ,これによれば,平成18年肺がん認定基準では,石綿ばく露作業への従事期間が10年間以上あること(10年要件)のほかは,①「胸膜プラークが認められること」又は②「肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められること」のいずれかの医学的所見の存在を要件としていたのに対して,平成19年肺がん認定基準は,10年要件のほかに,上記の医学的所見②に関して,「乾燥肺重量1g当たり5000本以上の石綿小体の存在が認められる」とする数量的な要件と,これを下回る場合には,「乾燥肺重量1g当たり5000本以上」と同じ水準のばく露があったものと認められるか否かという観点から,作業内容,頻度,ばく露形態,石綿の種類,肺組織の採取部位等を勘案して,これを総合的に判断することを要するとしているのであり,さらに,石綿小体数が基準より明らかに少ない場合には本省に照会するとしているから,この平成19年肺がん認定基準は,10年要件に加えて,単なる医学的な所見の存在では足りず,石綿小体について乾燥肺重量1g当たり5000本以上とする一定の数量的な基準を備えた医学的所見が認められることを原則的な要件としたものと解するのが相当である(なお,この要件を充たさない場合にも,個別事案に応じて具体的な事実関係に基づき総合判断する とする一定の数量的な基準を備えた医学的所見が認められることを原則的な要件としたものと解するのが相当である(なお,この要件を充たさない場合にも,個別事案に応じて具体的な事実関係に基づき総合判断する余地が残されているものと解されるから,一概に業務起因性が肯定される場合を限定する基準を設定したとまでは決め付けることができないものの,業務起因性の有無を判断するための原則的な要件が上記のとおり変更されたことは明らかというべきである。)。 - 12 -(3) しかし,10年要件に加えて,乾燥肺重量1g当たり5000本以上の石綿小体の存在が認められることを原則的な要件とすることについては,原判決(37頁9行目以下)も指摘するような疑問があるというべきであり,認定基準の運用において個別事案に応じた柔軟な対応の余地が残されてはいるものの,平成19年肺がん認定基準の合理性には問題があると判断するのが相当である。控訴人は,「平成18年肺がん認定基準においても石綿小体の数量的な要件は既に採用されていたのであり,平成19年肺がん認定基準は,この趣旨をより明確化するとともに,石綿ばく露を受けた者の救済範囲を拡大するものである。」と主張し,当審においても,これに沿う証拠(乙31,32等)を提出しているのであるが,平成18年検討報告書(甲A6。原判決8頁23行目以下)や平成18年肺がん認定基準(原判決14頁5行目以下)で既に示されていた見解とは内容的に異なるものといわざるを得ず,控訴人の主張を採用することはできないと判断するのが相当である。 (4) したがって,肺がんと石綿取扱作業との業務起因性の有無については,原判決(41頁4行目以下)も説示するとおり,10年要件に加えて,肺組織内に職業上の石綿ばく露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維の存在が と石綿取扱作業との業務起因性の有無については,原判決(41頁4行目以下)も説示するとおり,10年要件に加えて,肺組織内に職業上の石綿ばく露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維の存在が認められる医学的所見がある場合には,特段の事情がない限り業務起因性を肯定するとするのが相当である。 そして,本件においては,原判決(41頁18行目以下)も説示するとおり,①被控訴人は,石綿取扱作業に少なくとも通算して11年5か月間以上従事していること,②被控訴人には,一般人よりは明らかに高い(職業ばく露の可能性が強く疑われる)レベルである乾燥肺重量1g当たり1230本ないし1770本の石綿小体の存在が右肺上葉部の病理検査で判明していること,③本件疾病に寄与した可能性のある喫煙歴や遺伝的要因は被控訴人に認められないこと,④本件会社における業務以外に,被控訴人が一般人より多く石綿にばく露する機会があったことを認めるに足りる証拠はないこと,- 13 -⑤本件疾病は原発性のものであったことなどを総合考慮すると,被控訴人については業務起因性を肯定するのが相当である。 (5) 業務起因性に関する補充判断ア控訴人は,本件会社における被控訴人のばく露は,その濃度が低いものであったと主張するのであるが,そもそも被控訴人が勤務していた当時の本件会社の作業環境について確たる測定結果が残されているわけではなく,また,我が国では,業種別,職業別のばく露の程度も明らかにはされておらず,同じ業種・職種であっても作業内容やその頻度によってばく露の程度には差があるとされているのであり,原判決(42頁初行以下)も指摘するとおりの理由により,控訴人の上記主張は採用することができない。 イ被控訴人は,Aの工場内に立ち入る際に着用していた耐熱服がクリソタイル製であった るのであり,原判決(42頁初行以下)も指摘するとおりの理由により,控訴人の上記主張は採用することができない。 イ被控訴人は,Aの工場内に立ち入る際に着用していた耐熱服がクリソタイル製であったため,直接石綿のばく露を受けており,これが本件疾病の主たる原因の一つとなった旨主張し,原審における被控訴人本人尋問においてもこれに沿う供述をしている(被控訴人作成の陳述書である甲B29,30にも同趣旨の記載がある。)。しかしながら,証拠(甲B19,21,乙19,20,33ないし37,原審における被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると,被控訴人が着用していた耐熱服は,表面がアルミコーティングされておらず,裏地も付いていない毛布のような厚い素材でできたジャケット型のCと呼ばれるD製のビニロン合成繊維を原材料とする製品であったものと推認されるのであり,石綿を含有してはいなかった可能性が高いものと認められる。したがって,被控訴人が着用していた耐熱服による直接ばく露があったとは認められず,この点に関する被控訴人の主張は採用することができない。そして,本件における主要な争点に関する主張に疑念がある以上,被控訴人のその他の主張立証についても疑問が生じることは否定できないところであるが,本件における業務起因性の有無に- 14 -関するその余の事実関係については,原判決(41頁18行目以下)も証拠に基づき認定判断しているとおりであり,これらの事実だけでも業務起因性を肯定することができることは前述したとおりである。したがって,被控訴人が作業中に着用していた耐熱服がクリソタイル製のものではなかったことは,本件疾病は業務起因性があるとの判断を左右するものではないというべきである。 ウ被控訴人の医学的所見について(ア) 控訴人は,乾燥肺重量1g当たり500 リソタイル製のものではなかったことは,本件疾病は業務起因性があるとの判断を左右するものではないというべきである。 ウ被控訴人の医学的所見について(ア) 控訴人は,乾燥肺重量1g当たり5000本以上の石綿小体数の存在が認められるという医学的所見を要件とすることは,肺がん発症の相対危険度が2倍以上となる場合の指標を示したヘルシンキ基準(甲A9)にも合致するのであり,このことはクリソタイルについても異なるものではないと主張する。 しかしながら,ヘルシンキ基準は,クリソタイルについて,「肺内繊維分析よりも職歴(繊維数×ばく露年数)の聴取がクリソタイルによる肺癌の危険度の良い指標となる」とする(原判決7頁11行目以下)など,「石綿繊維及び石綿小体の分析」を「職歴」の補足的データと位置付けた上で,明確な職業性ばく露歴がある場合には,石綿繊維及び石綿小体数の基準を充たすことを必ずしも要しないとし,クリソタイルの長期ばく露をその例として挙げているところである。そして,乾燥肺重量1g当たり5000本ないし1万5000本の石綿小体数の存在が認められるとの医学的所見についても,「必ずしもクリソタイルによる肺がん発症の危険度の良い指標となるものではない」としている。 さらに,平成18年検討報告書(甲A6)も,「肺内の石綿繊維数」又は「石綿ばく露作業の従事期間」のいずれかを充たすことが相対危険度2倍以上のばく露があったことを示す基準としている(原判決31頁24行目以下)ほか,「石綿小体は,角閃石族石綿(クロシドライト,- 15 -アモサイト)については,ばく露の良い指標であるが,一方,クリソタイル(白石綿)は,角閃石族石綿と比べ,石綿小体が形成されにくいなどの性質をもっており,実際のばく露量とずれを生じる可能性がある」としているところ ついては,ばく露の良い指標であるが,一方,クリソタイル(白石綿)は,角閃石族石綿と比べ,石綿小体が形成されにくいなどの性質をもっており,実際のばく露量とずれを生じる可能性がある」としているところである。 そして,クリソタイルは,石綿小体を形成しにくく,石綿小体の芯としてクリソタイルが確認されることは稀であり,ほとんどの場合は角閃石系石綿であるから,クリソタイルによるばく露の場合に肺内の石綿小体濃度からばく露量を推定することは困難とする見解もある(甲A1,B46,乙6の3)。また,控訴人がその主張の根拠としているクリソタイルの肺がん発症の危険度についても,角閃石系石綿の10分の1以下であるとする医学的知見(乙26)に対して,両者には統計的にみて有意な差異がないとする報告もある(甲A43の2)。 以上のとおり,肺がん認定基準における石綿小体数の要件がクリソタイルの長期ばく露の場合においても妥当するとする控訴人の主張は,これと必ずしも整合しないと解される反対趣旨の見解や報告もあるのであるから,一定の基準数量を超える石綿小体が認められるとの医学的所見の存在を要件とすることが直ちに医学的根拠を欠くとまでは断定できないものの,この要件を充足しない場合においても,クリソタイルの長期ばく露の場合においては,作業の内容,期間などの個別具体的な事情も慎重に考慮した上で業務起因性の有無を判断することが必要である。そして,被控訴人がばく露した石綿は主としてクリソタイルであったにもかかわらず,病理検査の結果により確認された石綿小体数が一般人よりも明らかに高い(職業ばく露の可能性が強く疑われる)レベルであったことは,本件疾病と被控訴人が従事した石綿取扱作業との間の相当因果関係を肯定する積極事情として考慮する必要がある。 (イ) 被控訴人について に高い(職業ばく露の可能性が強く疑われる)レベルであったことは,本件疾病と被控訴人が従事した石綿取扱作業との間の相当因果関係を肯定する積極事情として考慮する必要がある。 (イ) 被控訴人について,一般人よりは明らかに高い(職業ばく露の可能- 16 -性が強く疑われる)レベルである乾燥肺重量1g当たり1230本ないし1770本の石綿小体数の存在が病理検査で判明した部位は右肺上葉であるところ,平成18年検討報告書(甲A6)では,「石綿繊維は,下肺野により多く集積する傾向が認められるので,石綿小体,石綿繊維を計測するに当たっては,ばく露した石綿の種類,肺組織採取部位等について考慮する必要があり,測定方法の標準化を行うことが望まれる」とされており,また,原審証人Eも,「個人差があるものの,上肺野の石綿繊維の集積は,下肺野の半分程度に止まる」旨を供述しているのであり,被控訴人の下肺部については,上記の病理検査の結果を超える石綿小体が存在する可能性も否定できないところである。 そうすると,被控訴人の本件疾病が右肺上葉に発症した原発性の肺がんであり(原判決2頁19行目以下参照),F大学の病理検査(2回目)では,上肺部から乾燥肺重量1g当たり1770本の石綿小体が計測されている(原判決42頁17行目以下)のであるから,下肺部においてはさらに高い石綿小体数が計測される可能性も否定できないことは,本件疾病と被控訴人が従事した石綿取扱作業との間の相当因果関係を肯定する積極事情として考慮する必要があるというべきである。 エ当事者双方の当審における主張立証を踏まえた業務起因性に関する補充的な判断は以上のとおりであり,本件においては,本件疾病の業務起因性を肯定するのが相当である。 第4 結論以上によれば,本件処分には取り消されるべき違法があり 証を踏まえた業務起因性に関する補充的な判断は以上のとおりであり,本件においては,本件疾病の業務起因性を肯定するのが相当である。 第4 結論以上によれば,本件処分には取り消されるべき違法があり,被控訴人の本訴請求には理由があるから,これを認容すべきところ,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 - 17 -東京高等裁判所第16民事部 裁判長裁判官奥田隆文 裁判官片山憲一 裁判官清藤健一

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