平成14(ワ)27182 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成17年3月25日 東京地方裁判所
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判決文本文22,391 文字)

平成17年3月25日判決言渡平成14年(ワ)第27182号損害賠償請求事件判決 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求の趣旨被告は、原告に対し、金1億2039万6683円及びこれに対する平成11年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は、原告が、平成11年4月5日に右大腿骨頸部骨折の治療のため被告が経営する病院において全身麻酔下での手術を受けた際、手術後に容態が急変し、低酸素脳症の後遺症が残ったことにつき、同病院の医師らにラリンゲルマスクをずらした点、急変後の措置が不適切であった点及び糖尿病に対する対応が不十分なまま手術を行った点において過失があるなどとして、被告に対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき、1億2039万6683円及びこれに対する後遺症が生じた日である同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 争いのない事実及び証拠によって容易に認定できる前提事実等(1)ア原告は、昭和26年生まれの女性である(甲C1、4)。 イ被告は、医療法人としてA病院を経営し、広範な医療事業を行っている(争いのない事実)。 ウ B医師及びC医師は、本件当時、被告病院に麻酔医として勤務していたものであり、原告に対する麻酔を担当していた(乙B16、17、証人B、C)。 (2) 平成11年3月29日、原告は、自宅において脚立 師及びC医師は、本件当時、被告病院に麻酔医として勤務していたものであり、原告に対する麻酔を担当していた(乙B16、17、証人B、C)。 (2) 平成11年3月29日、原告は、自宅において脚立から落下して右脚を骨折した。翌日、原告は、被告病院の整形外科を受診したところ、右大腿骨頸部骨折との診断を受け被告病院での手術を受けることを勧められたので、手術を受けることとした(争いのない事実)。 (3) 同年4月5日、被告病院において観血的整復固定術が行われた(以下「本件手術」という。)が、本件手術終了後、全身麻酔が覚める際、原告はショック状態に陥り、その結果、原告は低酸素脳症に陥った(争いのない事実)。 (4) 原告には、運動障害、意識障害、言語障害等の低酸素脳症の後遺症が残り、現在、原告は身体障害者等級第1級の認定を受けている(争いのない事実)。 (5) Dは、原告の妹であり、平成14年12月24日、前橋家庭裁判所において、Dの申立てに基づいて原告について後見が開始され、成年後見人としてDが選任された(甲C1、6)。 2 争点(1) 原告にショックが発生した原因について(2) 被告病院医師らが、ラリンゲルマスクをずらした又は外した過失の有無(3) 被告病院医師らが、ショック状態に陥った原告に対し、適切な措置を怠った過失の有無(4) 原告の血糖コントロールを怠って手術を実施した過失の有無(原告から人証調べ後において主張された争点)(5) 因果関係(判断の必要がなかった)(6) 損害額(判断の必要がなかった) 3 争点についての主張争点についての当事者の主張は、別紙「当事者の主張」のとおりである。なお、別紙「当事者の主張」の記載のうち、争点(4)に関する部 損害額(判断の必要がなかった) 3 争点についての主張争点についての当事者の主張は、別紙「当事者の主張」のとおりである。なお、別紙「当事者の主張」の記載のうち、争点(4)に関する部分以外の部分は、本件第9回弁論準備手続において当事者双方が陳述した争点整理案の各争点に関する記載のとおりであり(ただし争点(3)の原告の主張(3)については、末尾の心臓マッサージに関する主張を原告の準備書面(4)に基づいて補充した。)、争点(4)に関する部分は、本件口頭弁論再開後の当事者双方の主張を要約したものである。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(原告にショックが発生した原因について)及び争点(2)(被告病院医師らが、ラリンゲルマスクをずらした又は外した過失の有無)について(1) 前記第2、1に認定した事実及び別紙診療経過一覧表における当事者間に争いのない事実に加えて、下記の証拠によれば、本件手術当日、原告に異常が生じるまでの診療経過等につき、以下の事実が認められる(以下、時刻のみの記載は、特に断りがない限り、平成11年4月5日を示すものとし、証拠番号に添えた〔〕内の数字は当該証拠中の頁数を示すものとする。)。 ア原告は14時25分に被告病院の手術室に入室し、14時26分に静脈麻酔薬のディプリバン150mgによる全身麻酔の導入が開始し、14時30分に麻酔導入が終了し、笑気4リットル毎分、酸素2リットル毎分、セボフルレンにより麻酔維持がされた。14時58分、原告の右大腿骨頸部骨折に対する本件手術が開始された(乙A2〔58〕、B17)。 イ B医師は前記麻酔導入時から本件手術に関与しており、C医師は麻酔科控え室で待機していた(乙B17、証人B)。 ウ 15時42分に本件手術が終了し、B医師ら被告 、B17)。 イ B医師は前記麻酔導入時から本件手術に関与しており、C医師は麻酔科控え室で待機していた(乙B17、証人B)。 ウ 15時42分に本件手術が終了し、B医師ら被告病院医師らはセボフルレン、笑気を止め、純酸素で管理を行い、布を剥いだり靴を外したりした後、いったんラリンゲルマスクと呼吸回路を外し、牽引手術台の上に仰臥位となっている原告の頭側にB医師が立ち、原告の両側に看護師2名がそれぞれ立ち、5人で原告を仰臥位のまま牽引手術台からストレッチャーに平行移動させた(乙B10ないし15、17、証人B)。 エ 15時50分に被告病院検査技師は、手術室内に置いてあるポータブルのレントゲン撮影機をストレッチャー上の患者の所まで動かして、患者の腰の下にフィルムを乗せてレントゲンを撮影した。B医師は、原告の麻酔状態からの覚醒が遅延していたので、血糖値測定のための採血を行ったところ、血糖値は180mg/dl(以下、単位同じ)であった(乙A2〔59〕、B17、証人B)。 オ(ア) 15時54分、原告にPVC(心室性期外収縮)、多源性不整脈が出現し、ETCO2(エンドタイダルCO2、終末呼気二酸化炭素分圧)がそれまでの異常がなかった状態から8ないし10mmHgに低下し、B医師は血圧を測定するとともに、バッグ(後記(2)ウ)も軽く押すことができ、原告の胸も上がっており、聴診の音も問題がないことを確認した後、C医師の応援を要請した。原告の血圧は55/30、脈拍は66、SpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)は98であり、B医師は点滴を全開にしてエフェドリンを10mg静脈内投与した(以下、多源性不整脈の出現及びETCO2の低下などの症状を併せて「本件急変」という。)(乙A2〔13〕、〔58~9〕、B1 は98であり、B医師は点滴を全開にしてエフェドリンを10mg静脈内投与した(以下、多源性不整脈の出現及びETCO2の低下などの症状を併せて「本件急変」という。)(乙A2〔13〕、〔58~9〕、B16、証人B、C)。 (イ) 原告は、本件急変は15時50分に生じたと主張し、被告病院の「ICU入室予約受諾票」と題する書面の「ICU入室までの経過」の欄には、「Pm3°42`ope終了約10分後ope台よりストレッチャーに移し、抜管に移る時に急に血圧降下を来たした。」との記載があるところ(甲A1)、当該記載は、牽引手術台からストレッチャーに原告を移した直後に本件急変が生じたことを示すものであると主張する。 そこで、本件急変が生じた時刻について検討するのに、確かに、被告病院の麻酔科記録用紙のチャートには15時50分の欄に②との記載があり欄外に②として引用された部分には「多源性不整脈肺塞栓症か?」と記載され、被告病院の看護記録には、原告の家族に対する説明内容として「PM3:50に不整脈が出てBD↓し上半身血流悪くチアノーゼとなり心臓も止まる寸然」と記載されている(乙A2〔58〕、〔66〕)。 しかし、前記(1)エに認定したとおり、被告病院は原告をストレッチャーに移した後、少なくとも15時50分以降にレントゲン撮影及び血糖値の検査のための採血を行っており、被告病院医師らが原告の急変直後に悠長にもレントゲンの撮影を行い、患者の急変後4分以上も放置していたとは考え難い。さらに、証拠(乙A2〔58~9〕、証人B、C)によれば、前記麻酔科記録用紙のチャートは5分刻みの形式であり欄外には基準となる分単位の表示が付されておらず、同チャートはB医師が治療を行いながら記載したものであるが、周手術期看護記録用 証人B、C)によれば、前記麻酔科記録用紙のチャートは5分刻みの形式であり欄外には基準となる分単位の表示が付されておらず、同チャートはB医師が治療を行いながら記載したものであるが、周手術期看護記録用紙(乙A2〔59〕)には「TIME」として時刻を記載する欄が独立して設けられており、同記録は看護師が時計を見ながら記載したものであることが認められるところ、かかる記録用紙の体裁及び記載者の差異などに鑑みれば、麻酔科記録用紙の記載はそれ自体幅のある記載であって厳密さを欠くものであるのに対し、時刻を特定して記載している周手術期看護記録用紙の記載はより正確な時刻を記録したものとして信用すべきものであるから、後者の記載によって本件急変は15時54分に発生したものと認めるのが相当である。 なお、甲A1号証の記載に関する主張については、そもそも当該記載を原告が主張するように読解し得るか自体に疑問があるため採用できない。また、被告病院医師が本件手術後に原告の家族に対し、15時50分に不整脈が出たと説明している点については、このような説明の際には事態の前後関係を明らかにするために大まかな時刻を告げるのが通常であると考えられるから、この説明内容は上記認定を覆すに足りるものではない。 (2) 証拠によれば、医学的知見として、以下の事実が認められる。 ア気道閉塞、狭窄の症状は、呼吸時のいびき様雑音、喘鳴、呼吸時に鎖骨上、下窩や肋間が陥没すること、吸気時胸部が陥没し、腹部が膨隆し、呼気時にはその逆となるシーソー型の呼吸、閉塞による換気不全のため二次的にもたらされる症状(すなわちチアノーゼ、不穏興奮、発汗、血圧上昇、頻脈または徐脈、不整脈、進行すれば徐脈、血圧下降、心停止)などである(甲B7、9)。 イラリンゲルマス 全のため二次的にもたらされる症状(すなわちチアノーゼ、不穏興奮、発汗、血圧上昇、頻脈または徐脈、不整脈、進行すれば徐脈、血圧下降、心停止)などである(甲B7、9)。 イラリンゲルマスクとは、フェイスマスクと気管内チューブの中間的な機能を有するものとして、気道確保用として開発され、小型のやや縦型のマスク様のクッション部分とそれに接続しているチューブから構成されている。利点として、気管内挿管に比べ、挿入、抜去時の刺激が少なく、循環系の変動が少ない。術後、咽頭痛が少ない、フェイスマスクと異なり、左手でマスクを支える必要がない、使用法が簡単である、仰臥位でも挿入が可能である。欠点として、気管内挿管ほどの確実な気道確保の方法ではない。胃内容があるときは内容逆流の危険性があり禁忌である(甲B5)。 ウラリンゲルマスクと麻酔回路をつなぎ、麻酔機についているバッグを手で押すと、チューブを通じて、酸素や麻酔薬が患者の肺に入っていき肺がふくらむ。患者が自発呼吸をしていれば、患者の呼気がバッグに返りバッグがふくらんだり縮んだりする(乙B23、証人B)。 エ ETCO2は、肺から出た呼気がラリンゲルマスクなどの気管チューブを通じてバッグの中に流れ、そのバッグの中の呼気に含まれたCO2の値を計測するものであり、食道挿管や呼吸回路の完全な外れ、気管チューブの閉塞、人工呼吸器の停止などでは測定ができなくなる(乙B16、22、証人B・〔53〕)。 (3) 原告は、原告の急変の原因が気道閉塞等による呼吸不全によるものであり、気道閉塞の原因としてはラリンゲルマスクのずれなどが考えられるとして、その点を被告の過失として主張する。 しかし、ラリンゲルマスクの装着状況に不適切な点があったことを よるものであり、気道閉塞の原因としてはラリンゲルマスクのずれなどが考えられるとして、その点を被告の過失として主張する。 しかし、ラリンゲルマスクの装着状況に不適切な点があったことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、前記(1)ウないしオで認定したところによると、被告病院の一連の措置に格別不合理な点を見いだすことはできず、B医師ら被告病院の医師は原告の気道の確保及びその確認を適切に行っていたというべきであり、他にこれを覆すに足りる証拠はない。加えて、前記(1)オで認定したところによれば、ラリンゲルマスクに接続されたバッグを押すと、原告の胸は上がっており呼吸音にも問題がなかったのであって、気道閉塞を疑わせる陥没呼吸やシーソー型呼吸の存在をうかがわせる証拠はなく、15時54分の時点で原告のETCO2を測定できたことが認められることなどからすれば、原告の気道に異常があったと認めることはできない。このことは、原告自ら、本件口頭弁論終結後に、糖尿病に由来する心停止が起き、これを原因として急変が起きたものであると主張するとともに、急変の原因は糖尿病であり、急変の原因は気道にはないと指摘するE医師の意見書(甲B15の1〔3〕)を提出するに至っていることからも裏付けられるところである。 以上によれば、B医師らが誤ってラリンゲルマスクをずらし、そのことによって原告の気道が閉塞し、本件急変が生じたと認めることはできない。 なお、F医師の意見書は、本件における呼吸循環不全の原因として可能性を考えると、具体的な状況としてはラリンゲルマスクのずれなどによる気道閉塞がもっとも考えやすいと指摘しているが(甲B13〔6〕)、推測の域を出るものではなく、同医師も証人尋問において、不十分な資料に基づき麻酔科の専門医が関与したか否かも ゲルマスクのずれなどによる気道閉塞がもっとも考えやすいと指摘しているが(甲B13〔6〕)、推測の域を出るものではなく、同医師も証人尋問において、不十分な資料に基づき麻酔科の専門医が関与したか否かも確認できないまま、現象の説明しやすさから考えたものであり、推論にすぎないのであって、C医師の証言内容を加味すると、その推論の確度にも変動が生ずることとC医師の証言内容には共感し得る点が多いと述べ、同証言の信用性を支持するに至っていることからすると、同意見書から原告の主張を認めることはできない。 (4) したがって、これらの点に関する原告の主張は採用できない。 2 争点(3)(被告病院医師らが、ショック状態に陥った原告に対し、適切な措置を怠った過失の有無)について(1) 前記第2、1に認定した事実及び別紙診療経過一覧表における当事者間に争いのない事実に加えて、証拠(乙A2、B16、17、証人B、C)によれば、C医師が手術室に到着してから原告がICUに転出するまでの診療経過及び被告病院の措置として、以下の事実が認められる。 ア B医師がエフェドリンを投与して間もなくC医師が手術室に到着したが、16時00分、原告の血圧は52/30、SpO2は89に低下し、そのころC医師の指示により、原告に対し、エフェドリン10mgが静脈内投与された(以下の薬剤の投与その他治療行為は、全てC医師の指示による)。その後、16時05分に血圧は72/32、SpO298とやや回復したが、16時10分には脈拍が40になりETCO2は依然8mmHgのままであり硫酸アトロピン1アンプルが投与され、16時15分には瞳孔やや散大となり、硫酸アトロピン2アンプル、ボスミン(10倍希釈)が投与されたが、血圧は75/53で脈拍が30になり、再度ボスミン1アンプルが 硫酸アトロピン1アンプルが投与され、16時15分には瞳孔やや散大となり、硫酸アトロピン2アンプル、ボスミン(10倍希釈)が投与されたが、血圧は75/53で脈拍が30になり、再度ボスミン1アンプルが投与された(乙A2〔58~9〕、B16、証人C)。 イ前記アの薬剤投与によっても血圧が回復せず、16時20分に原告に高度の徐脈、血圧低下が生じ、心停止寸前に陥ったので、C医師は心臓マッサージを開始した。16時25分に原告に完全房室ブロックが生じ、16時25分にラリンゲルマスクから気管内挿管に変更され、17時5分に原告の心拍が再開した(乙A2〔58~9〕、B16、証人C)。 ウ 17時5分に心拍が再開してから18時50分に手術室を退室するまでは、原告の収縮期血圧は100以上を維持している(乙A2〔60〕)。 エ 18時50分に原告は手術室を退室し、19時20分にICUに入室した(乙A2〔60〕、〔92〕)。 (2) 下記の証拠によれば、以下の事実が認められる。 ア全身麻酔中の低血圧には種々の原因があるが、麻酔薬の投与を中止し、純酸素による適正換気を行いながら、原因の究明と原因除去を行う。血圧下降が起こったからといってただちに昇圧薬を投与すべきではないが、迷走神経反射によるものにはアトロピン投与、末梢血管の緊張や心筋収縮力をある程度高めたほうがよい場合には、少量のエフェドリン静注か、ドパミンやドブタミンの点滴静注を行う。麻酔中の徐脈は低酸素症、迷走神経反射の警告であり、低酸素症の原因究明と改善処置を行い、迷走神経反射にはアトロピン0.3~0.8mg静注を行う(甲B5)。 イ心室性期外収縮(多源性)は致死的不整脈へ移行する危険性が高く、原因の除去に努めながら、各種の抗不整脈薬を選択して 迷走神経反射にはアトロピン0.3~0.8mg静注を行う(甲B5)。 イ心室性期外収縮(多源性)は致死的不整脈へ移行する危険性が高く、原因の除去に努めながら、各種の抗不整脈薬を選択して投与する。心室細動、心停止が生じた場合には心マッサージを行う。心停止に至っておらず血圧もある段階では心臓マッサージを行うべきではない(甲B7、8、乙B16、17、証人C、B)。 ウ気道確保の方法として、気道が確保されていれば、ラリンゲルマスクと気管内挿管のいずれでも問題はないが、心臓マッサージを行っている状態では固定されていないラリンゲルマスクは不向きである(甲B13、乙B16、証人C、F)。 (3) 上記認定の諸事実を基に、被告病院の措置の適否について検討するのに、原告は16時20分以前までは投与された薬剤に反応し血圧や脈拍が回復するきざしがないとはいえなかったと認められ、そのような状況下では、心停止に至らず血圧もある段階で心臓マッサージを開始する必要はないというべきであるから、16時20分に至って心臓マッサージが開始されたことに問題はないというべきである。 これに対し、F医師の意見書は、15時50分及び55分の酸素飽和度の記載がなく、この時点で気管内挿管と十分な陽圧換気を行うべきであること、16時5分から16時20分までの血圧や循環動態によっては、16時20分以前に心臓マッサージをする必要があることを指摘している(甲B13〔7〕)。しかし、F医師は、証人尋問において、上記意見書は手術記録並びに麻酔記録などの記載内容のみから推論したものであって、C医師の証言及び陳述書に接した後では、この点についてもC医師に同感できる点が多いと供述し、同医師の証言を支持するとともに、これを前提とする限り、被告病院による気管内挿管 みから推論したものであって、C医師の証言及び陳述書に接した後では、この点についてもC医師に同感できる点が多いと供述し、同医師の証言を支持するとともに、これを前提とする限り、被告病院による気管内挿管及び心臓マッサージの実施が遅きに失したとの指摘を撤回せざるを得ないとする趣旨の証言をしているものと認められる。 そうすると、F医師の意見書によって上記判断を左右することはできず、結局、被告病院においては、本件急変に対する対応として段階的に必要かつ相当な処置等がなされているというべきであり、その他本件全証拠によっても、被告病院の措置に格別不適切な点を見いだすことはできない。 (4) したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。 3 争点(4)(原告の血糖コントロールを怠って手術を実施した過失の有無)について(1) 証拠(乙A2、B24)によれば、原告の糖尿病に関する被告病院の対応等について、以下の事実が認められる(以下の月日はいずれも平成11年のものとする)。 ア 3月30日に、被告病院は翌日の手術も考えたが、原告に高血糖を認めたので翌日糖負荷試験を行うこととした(乙A2〔5〕、〔62〕)。 イ 4月1日に被告病院整形外科のG医師は、原告に対し、糖尿病がありおそらく治療の必要があり、4月5日手術予定だが血糖をコントロールできなければ延期することもあること、糖尿病の分だけ、手術、麻酔の危険性は健康な人より高くなることを説明した(乙A2〔2〕、〔11〕、〔63〕)。 ウ 4月2日にインスリンの投与(ヒューマリンRを各食毎に4u)を開始し、麻酔科のH医師は内科に対し、血糖コントロールについて内科の返事の内容を麻酔科に伝えるよう依頼した(乙A2〔9〕、〔57〕)。 エ 4月3 の投与(ヒューマリンRを各食毎に4u)を開始し、麻酔科のH医師は内科に対し、血糖コントロールについて内科の返事の内容を麻酔科に伝えるよう依頼した(乙A2〔9〕、〔57〕)。 エ 4月3日に被告病院内科のI医師は、血糖コントロールが不十分であるとして、インスリンの投与をヒューマリンRを朝8u、昼8u、夜6uに指示変更し(乙A2〔8〕、〔64〕)、4月4日には、ヒューマリンRを10uに増量するよう指示した(乙A2〔65〕)。 オ 4月5日の血糖値検査の結果は、朝は222であり、ヒューマリンR5u×2を施行したところ、12時は245、手術前は213であった(乙A2〔65〕)。 (2) 下記の証拠によれば、医学的知見として、以下の事実が認められる。 ア糖尿病は、全身的疾患であり多臓器にさまざまな合併症をもたらす。軽症の糖尿病でも動脈硬化と自律神経障害が存在するために、外科手術を受ける際には術中術後の血圧変動、徐脈さらには無痛性の心筋虚血や心筋梗塞を発症する可能性が高く、それらの発生を防止するには、あらかじめ血糖値をコントロールしておく必要がある(甲B16の1)。 イ外科手術前に血糖値をどの程度にコントロールすべきかについては、最近では合併症予防のために厳格なコントロールが必要であるとする文献が現れている。すなわち、脳外科や心臓血管外科手術など脳虚血を招来する可能性の高い手術においては、術中の血糖値はより低めの100~150mg/dlに維持することが望ましいとするもの(甲B16の1、平成15年発行の文献)、血糖値は低血糖をきたさなければ、低いほどよく、具体的には80~150mg/dlの血糖値が望ましいとするもの(甲B16の2、平成14年発行の文献)、手術当日朝血糖が150~250mg/dlであれば 、血糖値は低血糖をきたさなければ、低いほどよく、具体的には80~150mg/dlの血糖値が望ましいとするもの(甲B16の2、平成14年発行の文献)、手術当日朝血糖が150~250mg/dlであれば、5g/hrのブドウ糖負荷を行い、250mg/dl以上であれば、速効型インスリンの使用あるいは増加を行うとするもの(甲B16の3、平成14年発行の文献)などがある。 ウもっとも、麻酔科の基本的教科書である「臨床麻酔学全集(下巻)(平成14年発行)」には、術中の痛み刺激、ショックなどでストレスホルモンが上昇し、高血糖になることがあるので、術中頻回に血糖値、血液ガス、尿糖値、尿ケトン体を測定し、正常か高め(250mg/dl以下)の血糖値を維持できるように速効型、超速効型インスリンをワンショットで数単位ずつ慎重に投与するとする記載がある(乙B25)。 エ E医師の意見書は、原告の障害発生は気道がふさがれたことが原因ではなく、糖尿病に基づく高血糖に原因する心臓障害であり、糖尿病である原告に対して、安全な手術を行うには、例えば、血糖値を150mg/dlになるまで下げる治療を行う必要があると指摘する(甲B14の2)。 (3) 以上を前提として、被告病院の医師が血糖コントロールを十分に行わずに本件手術を実施した過失があるかについて検討する。 ア前記(2)に認定した文献の記載内容を総合すれば、手術前の血糖値については最近の文献の中には150mg/dl以下を保つのが理想的であるなどとかなり厳格な管理を求めるものもあるが、麻酔学の基本的教科書においては250mg/dl以下に維持すべき旨を記載するにとどまっており、前記(1)オに認定したとおり、本件手術当日の血糖値がいずれも250mg/dl以下であったことからすると、そのよう 基本的教科書においては250mg/dl以下に維持すべき旨を記載するにとどまっており、前記(1)オに認定したとおり、本件手術当日の血糖値がいずれも250mg/dl以下であったことからすると、そのような状態で本件手術を行ったことが、一般的な医学的知見に反するものとは認め難い。 さらに、最近の厳格な管理を要求する文献中にも、急速な血糖値の低下は別個の合併症を引き起こす危険があり、予定手術であっても手術日までに目標レベルまで血糖をコントロールするのは困難であるとの指摘や(甲B16の2)、手術当日の血糖値が250mg/dlを越えていた場合に手術を実施するための対応策についての指摘があるなど(甲B16の3)、手術当日の血糖値が150mg/dlを超えていても予定手術を行うことがあることを前提とした記載がある。そうすると、これらの文献も血糖値が150mg/dlを超えない状態で手術をすることが望ましいという趣旨にとどまるものとも考えられる。加えて、本件手術は骨折の手術であって全身状態に及ぼす影響も少ないこと(乙B24)、及び本件手術は44分間で終了していること(前記1(1)ア、ウ)からすれば、術前から低血糖を維持すべき差し迫った必要性があるとはいえないし、前記(1)オに認定したとおり、被告病院は手術当日朝の血糖値を確認した後、ヒューマリンR5u×2を施行して血糖値のコントロールを図っているところ、これは前記(2)イの文献の指摘に沿う措置であるものと認められる。 イしたがって、被告病院に血糖コントロールを十分に行わずに本件手術を実施した過失があるとは認められず、この点についての原告の主張は前提を欠くといわざるを得ないが、4月5日17時25分に実施された心エコーの結果に異常がなかったこと(診療経過一覧表、乙A2〔60〕)、及び4月6 があるとは認められず、この点についての原告の主張は前提を欠くといわざるを得ないが、4月5日17時25分に実施された心エコーの結果に異常がなかったこと(診療経過一覧表、乙A2〔60〕)、及び4月6日撮影の肺血流シンチグラムで右下葉(肺底区)の血流欠損が発見されたこと(診療経過一覧表、乙A2〔54〕、乙A3、B16、18)からすれば、原告の急変の原因が心筋梗塞である可能性は低く、他に心筋梗塞が発症した認めるに足りる的確な証拠もないから、いずれにしても、この点に関する原告の主張は理由がない。 4 なお付言するに、原告は本訴口頭弁論終結後に、平成17年1月24日付け原告準備書面(7)と題する書面を提出し、GOT、LDH及びCPKの検査数値からして、4月5日の時点で原告は心筋梗塞を発症したとし、原告に対しアスピリン投与、PTCA、CABGを行うべきであったと主張する。 しかしながら、原告側の意見医二名ともかかる見解については一切触れていないし(甲B13ないし15の1、証人F)、上記主張を裏付けるものとして提出された甲B第20号証の記載する心筋梗塞発症の場合の上記各検査項目の異常値の出現時間とその順序に照らすと、上記検査数値から原告に心筋梗塞が発症していたと認められるか否かにも疑問があり、上記主張は前提を欠くものといわざるを得ず、口頭弁論を再度再開する必要性はないものと思料した次第である。 5 以上によれば、比較的安全とされていた手術から予期しえない転帰が起こったことに対する原告の無念さは理解し得るものの、被告病院の治療に原告が主張する過失があったとは認められないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は、理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地 があったとは認められないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は、理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官藤山雅行 裁判官大須賀綾子 裁判官筈井卓矢(別紙) 当事者の主張 1 原告にショックが発生した原因について(原告の主張)(1) 原告の状態(ショックの発生時期、発生経過等)平成11年4月5日15時42分(以下、断りのない限り、時刻のみの表示は、平成11年4月5日の時刻を示しているものとする)に顔面蒼白(乙A2〔59〕)、15時50分に血圧低下(60/26)と多源性不整脈が発生した(乙A2〔58〕の「②」の表示)。15時50分に不整脈が出て血圧低下し、上半身血流悪くチアノーゼとなり、心臓も止まる寸前(乙A2〔66〕)であった。以上から、15時43分ころから遅くとも15時50分ころにはショックに陥ったものである。 (2) 原告にショックが発生した原因とその根拠手術後、原告の体を手術台からストレッチャーに移す際等に、ラリンゲルマスクがずれたか外れたかの状態に陥って人工呼吸による酸素が原告の体に十分に入らなくなって、低酸素状態に陥ってショッ 拠手術後、原告の体を手術台からストレッチャーに移す際等に、ラリンゲルマスクがずれたか外れたかの状態に陥って人工呼吸による酸素が原告の体に十分に入らなくなって、低酸素状態に陥ってショック状態に陥った。 又は、ラリンゲルマスクのずれ等呼吸器回路を含む気道にいたる器具による気道閉塞並びに換気不全、あるいは無気肺による肺におけるガス交換-血流不均衡による低酸素血症、あるいはこれら低酸素症に続く循環不全を原因として急性の呼吸循環不全に陥ってショック状態に陥った(甲B13)。 (3) 肺塞栓とは考えられない根拠原告が、肺塞栓でショックを生じたとすると、原告は重篤な肺塞栓症だったことになるが、にもかかわらず血行動態、心エコー所見、血液ガス所見が血栓溶解療法なしに1時間で(17時15分までに)正常に近く回復することは考え難い。被告の主張する、肺動脈に詰まった大きな塞栓がある瞬間動いて肺動脈の血流が再開したという事実は認め難い。CT所見、深部静脈造影においても血栓が認められていない。 被告は、肺塞栓が原因である根拠として、平成11年4月6日に施行した肺血流シンチグラム(乙A3)を挙げるが、肺塞栓ではなく、横隔膜が上がることによって、このような写真になることもある。レントゲンによれば、4月16日には正常になっているのに、同月20日にはまた左右が逆になっており、上記の可能性が強いことが裏付けられる。また、シンチグラムの時に、真横の写真も撮る必要があったのに撮っていない。肺の血管は9個あり、この血管が詰まることが肺塞栓であるが、本件のように右側以外は詰まらず、右側の下全部だけに血流欠損像が現れるというのは普通考えられないということである。 同月5日16時50分、同日16時51分のレントゲン撮影によると であるが、本件のように右側以外は詰まらず、右側の下全部だけに血流欠損像が現れるというのは普通考えられないということである。 同月5日16時50分、同日16時51分のレントゲン撮影によると、肺塞栓が起こっていたとは考えられない。その時には既にショック状態に陥っているのであるから、もし肺塞栓が発生していたとすると同月6日のレントゲン撮影と同じような状態になっているはずである。しかるに、同月5日16時50分、同日16時51分のレントゲンでは、同月6日及びそれ以降のレントゲンのように右肺には異常はない。同日には9時14分にレントゲン撮影を行っており、そのレントゲンによれば同月5日のレントゲンとは右側が違っている。すなわち、もし肺塞栓が発生していたとすると、同月5日には右肺に異常がないのに、同月6日には右肺に異常があることになり説明がつかない。ところで、乙A3号証のシンチグラムは同月6日15時34分に行われており、同じ時刻に行われたレントゲンと対応している。すなわち、同月6日のシンチグラムも肺塞栓が原因でこのようになったのではなく、既に主張したとおり、ショック状態に陥った後に横隔膜が上がることによって乙A3号証のようになったものと考えられる。横隔膜が上がったと考えれば、同月5日には右肺に異常がないのに、同月6日には右肺に異常があることの説明がつくのである。 (被告の主張)(1) 原告の状態原告の手術は、平成11年4月5日15時42分に終了したが、原告に急変が生じたのは15時54分ころであり、PVC(心室性期外収縮)、血圧低下(55/30)、脈拍66、ETCO2低下(8~10mmHg)等になりショックが発生した。 手術後、原告を牽引手術台からストレッチャーに移動させ、そこで15時50分ころに手術部位のレントゲン 5/30)、脈拍66、ETCO2低下(8~10mmHg)等になりショックが発生した。 手術後、原告を牽引手術台からストレッチャーに移動させ、そこで15時50分ころに手術部位のレントゲン撮影を行い、また、麻酔科医のB医師が原告を看視し、その覚醒が悪いことから同時刻ころに血糖値チェックを行うなどしていたが、15時54分ころ、突然上記状態に陥ったものである。 なお、ショックになる前の原告に顔面蒼白、対光反射(-)、覚醒状態が悪いことを認めたが、血圧やSpO2に異常はなく、対光反射(-)は麻酔から覚醒していないことを意味し、この時点でショックを起こしていたとするのは間違っている。 また、麻酔記録の15時50分に異常の記載があるようにみえるが、これは麻酔記録が5分単位で記録されるようになっているからで、その異常記載は15時54分のショック時のものである。 (2) 原告にショックが発生した原因とその根拠原告のショックは肺塞栓症が原因である。その診断は同年4月6日施行の肺シンチグラムより確定され、原告の右肺下部に血流欠損像が認められた。そして、原告の急変が突然であったこと、ETCO2が突然低下したこと、急変時のSpO2は98と正常であったこと、原告の脳や心臓に異常がなかったこと、同年5月19日の肺シンチグラムでは、右肺下部の血流欠損が改善されていることなどから、その塞栓因子が血栓か脂肪かは不明であるが、肺塞栓症がショックの原因というべきであり、それ以外に原告の急変を説明することはできない。 なお、原告は、重篤な肺塞栓症だったものが、血栓溶解療法なしに1時間で血行動態等が正常近く回復することは考え難いとするが、心マッサージにより、肺動脈本管の塞栓を末梢に動かしたことで、肺酸素化能及び循環動 、原告は、重篤な肺塞栓症だったものが、血栓溶解療法なしに1時間で血行動態等が正常近く回復することは考え難いとするが、心マッサージにより、肺動脈本管の塞栓を末梢に動かしたことで、肺酸素化能及び循環動態が劇的に改善されたというべきである。また、もともと、原告の肺の実質、組織には異常がなく、血流が戻れば速やかに状態が回復するのに何ら不思議はない。 原告が主張するように、換気不全が原因であったとすれば、16時25分に気管挿管に変更した後、速やかに状態は正常化するはずだが、心臓マッサージをしても心拍は容易に再開せず、心拍が再開したのは17時05分であり、これはその原因が換気不全でないことを示している。 また、原告は同年4月5日16時50分頃撮影のレントゲン写真と同月6日9時14分に撮影したレントゲン写真の比較から肺塞栓症を否定するが、本件のような急性の塞栓症は通常のレントゲン写真に写らない。同月6日のレントゲン写真に写っているのは呼吸によって挙上した横隔膜である。 2 被告病院医師らが、ラリンゲルマスクをずらした又は外した過失の有無(原告の主張)(1) 原告を手術台からストレッチャーに移す際に被告病院医師らが実施すべき方法全身麻酔による手術の後、体位変換をするときにはできるだけ沢山の人手で急激に行わず、静かに行わなければならない。 (2) 被告病院医師らが、上記方法を実施せずマスクをずらしたこと被告病院医師らは、原告を手術台からストレッチャーに移す際に、沢山の人手で静かに行うことをしなかったために、ラリンゲルマスクがずれたか外れたかした。 (3) 結論被告病院医師らには、ラリンゲルマスクをずらした又は外した過失がある。 (被告の主張)(1) 被告病院医師らが実際に原告を手術 リンゲルマスクがずれたか外れたかした。 (3) 結論被告病院医師らには、ラリンゲルマスクをずらした又は外した過失がある。 (被告の主張)(1) 被告病院医師らが実際に原告を手術台からストレッチャーに移した方法牽引手術台にストレッチャーを横付けし、移動で原告のラリンゲルマスクに不必要な外力が加わるのを防ぐため、ラリンゲルマスクと麻酔器を繋ぐチューブ(回路)をいったん外した。そして、麻酔科医のB医師が原告の頭側にいてその頭部と頚部をしっかり保持し、原告の左右両側にそれぞれ2名の看護師が配置され(さらに足下に一人の看護師が配置された可能性がある)、B医師の指揮の下、全員で原告の身体を持ち上げながらストレッチャーに平行移動させた。移動が終わると、ラリンゲルマスクと麻酔器の回路を再び繋いだ。 (2) ラリンゲルマスクがずれなかったとする根拠B医師は、移動後、ラリンゲルマスクと麻酔器の回路を再び繋ぐ際に気道が正常に確保されているかどうかのチェックをしている。原告の急変後、麻酔科医のC医師らが手術室に直ちに駆けつけ原告の胸部を聴診したが、ラリンゲルマスクによる呼吸は正常に行われていた。 また、呼吸の異常は、ストレッチャー上の原告の胸の動きを見れば一目瞭然であり、原告の急変を目の当たりし、何が起きたのかと観察する手術執刀の整形外科医2名、麻酔科医3名(その内2名は急変後に駆けつけた2名)、看護師5名以上がラリンゲルマスクのずれや外れを見落とすことはあり得ない。さらに、急変後、ETCO2の値は低下したが測定できていた。これは、呼吸サイクルが正常であったことを意味している。仮に、ラリンゲルマスクに異常があれば、ETCO2のモニター上の波形が異常となったり、呼吸終末が認識できず測定不能に陥ったと考え ていた。これは、呼吸サイクルが正常であったことを意味している。仮に、ラリンゲルマスクに異常があれば、ETCO2のモニター上の波形が異常となったり、呼吸終末が認識できず測定不能に陥ったと考えられるが、そうした経過はなかった。また、ラリンゲルマスクが原因であれば、16時25分に気管挿管に変更した後速やかに状態は正常化するはずだが、心臓マッサージをしても心拍は容易に再開せず、心拍が再開したのは17時05分であった。これはその原因が換気不全でないことを示している。 (3) 結論原告のラリンゲルマスクによる呼吸は正常に行われ、ラリンゲルマスクのずれや外れが原告のショックの原因ではない。 3 被告病院医師らが、ショック状態に陥った原告に対し、適切な措置を怠った過失の有無(原告の主張)(1) ショック状態に陥ったこと及びその後の原告の容態平成11年4月5日の原告の容態は、以下のとおりである。 15時42分‥‥手術終了、仰臥位へ、顔面蒼白あり15時50分‥‥覚醒状態悪い、レフロチェック行う、レフロ180、対光反射(-)、血圧60/26(15時45分には血圧90/60である)、多源性不整脈15時54分‥‥血圧55/30、ETCO28~10、脈拍66、SpO298、顔面蒼白16時00分‥‥血圧52/30、SpO289、縮瞳16時05分‥‥血圧72/32、SpO29816時10分‥‥脈拍40、SpO2816時15分‥‥血圧75/53、対光反射(-)、瞳孔やや散大16時20分‥‥高度の徐脈、血圧低下(心マッサージ開始)以上のとおり、原告は、16時20分には心肺停止かそれに非常に近い状態に陥った。 16時23分 )、瞳孔やや散大16時20分‥‥高度の徐脈、血圧低下(心マッサージ開始)以上のとおり、原告は、16時20分には心肺停止かそれに非常に近い状態に陥った。 16時23分‥‥完全房室ブロック出現16時25分‥‥静脈触れずラインとれず、顔面血流悪い(気管内挿管行う)16時57分‥‥対光反射(-)17時05分‥‥(心マッサージ終了)17時15分‥‥SpO2100、瞳孔散大、対光反射(-)以上によれば、原告のショック後、30分程して心停止かそれに非常に近い状態となって心マッサージを開始し、その5分後気管内挿管を行ったが、酸素状態が正常になったのは17時15分ころであって循環維持と換気が大幅に遅れてしまい、低酸素状態が続き、植物状態に陥ってしまったものである。 (2) 被告病院医師らが取るべきであった措置原告がショックに陥った時点で、直ちにラリンゲルマスクのエアウェイがずれたり外れたりしていないかの検査を行い、血圧検査、血液ガス分析、レントゲン検査、血液検査を行い、同時に治療(酸素投与、人工呼吸、気管内挿管、心マッサージ、昇圧剤投与等)を行うべきであった。 (3) 被告病院医師らが上記措置を怠ったことラリンゲルマスクのエアウェイがずれたり外れたりしていないかの検査を行っていない。血圧検査は、15時45分ころから15時50分まで行っていない。血液ガス分析は一度も行っていない。レントゲン検査も16時50分で、極めて遅いものである。血液検査は17時15分まで行っていない。 エフェドリンの投与を行ったのは15時58分、硫酸アトロピンを行ったのは16時10分、ボスミンの投与を行ったのは16時15分であり、明らかに遅いものである。ラ 時15分まで行っていない。 エフェドリンの投与を行ったのは15時58分、硫酸アトロピンを行ったのは16時10分、ボスミンの投与を行ったのは16時15分であり、明らかに遅いものである。ラリンゲルマスクから気管内挿管に変更したのも16時25分である。結局、ショック状態に陥った15時43分ころから15時58分まで、被告病院の医師等はショック状態に対する検査、治療をほとんど行っておらず、その後も、前述したとおり、適切な検査、治療を行っていないのである。 16時10分には脈拍が低下して40になっており、同じく16時15分には脈拍は30となっていて、どちらも十分に高度の徐脈である。従って、16時20分になって心臓マッサージを始めるのでは遅きに失するのであって、高度の徐脈になった最初の時点である、16時10分には遅くとも心臓マッサージを始めるべきであった。 (4) 結論被告病院医師らには、ショック状態に陥った原告に対し、適切な処置を怠った過失がある。 (被告の主張)(1) ショック状態に陥った後の原告の容態ショック後、原告の自発呼吸は減弱し、消失した。また、血圧は16時に52/30、16時15分に75/32、16時32分に49/35、16時57分に61/36という状態であり、脈拍は16時10分に40、16時20分に高度の除脈を示し、ETCO2は16時10分、16時30分いずれも mmHgであるなど換気、循環状態は不良であり、こうした状態の中17時05分ころに突然、心拍が再開した。 (2) 被告病院医師が実際に行った措置の内容手術室で麻酔を担当したB医師は、ショックが起きた15時54分直後ころにエフェドリンを投与し、麻酔科医のC医師らの応援を求めた。C医師らは、ラリンゲルマ 告病院医師が実際に行った措置の内容手術室で麻酔を担当したB医師は、ショックが起きた15時54分直後ころにエフェドリンを投与し、麻酔科医のC医師らの応援を求めた。C医師らは、ラリンゲルマスクによる呼吸が正常に行われていることを確認したが、原告の自発呼吸は減弱、消失したので、ラリンゲルマスクで気道を確保しながら人工呼吸を開始した。血圧や循環不良については、再びエフェドリンを投与し、硫酸アトロピン、ボスミンを投与した。原告は、こうした薬剤に反応し、血圧、脈拍が回復する傾向を示してはまた低下する状態を繰り返したため、16時20分に心臓マッサージを開始した。16時25分には気道確保をラリンゲルマスクから気管挿管に変更した。そして、心臓マッサージを続ける一方で、ボスミン、キシロカイン、メイロン等の薬剤を投与した。また、原告の状態を把握するために16時51分にはレントゲン撮影をし、17時ころには血液検査及び血液ガス分析を行い、心拍再開後の17時22分には心臓エコー検査、17時50分、18時30分ころには血液ガス検査を実施した。そして、原告の容態に小康を得た後の19時20分にICUに移した。 (3) 被告病院医師が行った上記措置が適切であったこと及びその根拠ラリンゲルマスクに異常はなく、気道は確保されており、人工呼吸は支障なく行われていた。ETCO2は8mmHgと低かったが測定されており、これは呼気と吸気のサイクルが正常に繰り返され、換気が行われていたことを示している。また、急変直後にエフェドリンを投与し、硫酸アトロピン、ボスミンを投与したが、原告はこれらの薬剤に反応し、血圧、脈拍が回復する傾向を示していた。16時20分に心臓マッサージに踏み切ったが、これは、同時刻ころまで原告が上記薬剤に反応し、その回復が期待できる状 ミンを投与したが、原告はこれらの薬剤に反応し、血圧、脈拍が回復する傾向を示していた。16時20分に心臓マッサージに踏み切ったが、これは、同時刻ころまで原告が上記薬剤に反応し、その回復が期待できる状況が続いたものの、徐々に反応が悪くなったからであり、心臓マッサージの合併症(骨折等)の危険を考えれば、同時刻に心臓マッサージを開始した点に問題はない(基本的に心臓が動いていて、血圧もある段階では、心臓マッサージは行わない)。16時25分にラリンゲルマスクから気管内挿管に変更したが、これは、ラリンゲルマスクは高い陽圧換気を行うのに適さず、心臓マッサージには不向きと判断したからであって、ラリンゲルマスクに異常があったからではない。すなわち、16時25分まで気管内挿管を行わなかったのは、それまでラリンゲルマスクが気道確保に機能していたこと、ただ、16時20分に心臓マッサージを開始し、同手技にラリンゲルマスクは不向きであると判断し、16時25分から気道確保の方法を気管内挿管に切り替えたものである。また、治療効果を判定し、急変の原因を探るために観血的動脈血圧モニターの設置や血液ガス分析、血液検査、血圧測定、レントゲン検査、心臓エコー検査等を行った。 (4) 結論被告病院は、原告がショック状態に陥った後も、必要な治療や検査を時機を得て迅速かつ適正に行ったというべきであり、被告の処置や対応に落ち度はない。 4 原告の血糖コントロールを怠って手術を実施した過失の有無(原告の主張)(1) 本件においては、原告が糖尿病であることが判明し、手術前に血糖コントロールがされていた。しかし、本件手術当日の朝の血糖値は222mg/dl、12時は245mg/dl、手術室に送る前は213mg/dlであり、血糖コントロールは不十分であった 判明し、手術前に血糖コントロールがされていた。しかし、本件手術当日の朝の血糖値は222mg/dl、12時は245mg/dl、手術室に送る前は213mg/dlであり、血糖コントロールは不十分であった。 (2) 被告病院の医師は、本件手術に際してインシュリンの不足が起きないように適切にインシュリンを投与すべきであったのにこれを怠った。あるいは、本件手術は予定手術であったのだから、血糖コントロールが十分に行われるまで手術を延期すべきであったのに延期しなかった。 (3) 被告病院が(2)を怠り、手術中ないし手術後にインシュリンの不足により、糖尿病に由来する心停止が起こったものである。 なお、平成11年5月19日の検査結果や骨折手術の内容からして肺塞栓が起きたとは考え難く、急変前に顔面蒼白であったこと、心筋がボスミンに反応するまでに時間を要したこと、PVCの発症から第1に疑われる疾患は心筋梗塞であることからすると、原告は急変時に心筋梗塞を起こしていたと考えるべきである。 (被告の主張)(1) 糖尿病については、原告本人は病識をもっておらず、被告病院に入院後の血液検査で補足、診断されたものである。被告病院は、原告に糖尿病があることを十分認識し、整形外科、内科、麻酔科の各医師が連携しながら手術に臨んでいる。実際、原告の血糖値はコントロールされ、糖尿病の麻酔管理で指標とされる250mg/dl以下(乙B25)に抑えられ、手術直後の血糖値(通常は高く推移する)は180mg/dlを示していた。 (2) 原告は、急変の生じた原因を心筋梗塞によるものであるとするが、以下のとおり、この見解は医学的理由を欠く。 ア原告については、手術開始から手術室を出るまでモニターが付され、そこで心電図をモニターしていたが、心筋梗塞を疑うよう によるものであるとするが、以下のとおり、この見解は医学的理由を欠く。 ア原告については、手術開始から手術室を出るまでモニターが付され、そこで心電図をモニターしていたが、心筋梗塞を疑うような異常波形(ST変化)は認められなかった。 イ蘇生直後に実施した心臓エコー検査で、心筋の動きは正常であった。 ウ急変時に多源性不整脈を認めたが、心筋梗塞に由来した多源性不整脈ならば難治性を示すと考えられるにもかかわらず、何の治療をすることもなく一過性に直ちに消失した。 エ心拍再開後の循環の回復は順調で、心臓機能障害を想定すべき事情はなく、むしろ心臓の状態は心筋のダメージを感じさせないものであった。 オ重症な心筋梗塞では肺うっ血像が必発と考えられるにもかかわらず、蘇生中に撮影したレントゲンは正常であった。 5 因果関係(原告の主張)(1) 被告病院医師らにラリンゲルマスクをずらした又は外した過失がなかったならば、人工呼吸による酸素が原告の体に十分入っていたはずであるから、原告が低酸素状態に陥ってショック状態になることはなかった。 (2) 被告病院医師らが、ショック状態に陥った原告に対し、適切な処置を怠った過失がなかったならば、適切に検査、治療を行ってショック状態であることを直ちに発見し、直ちに循環維持と換気が十分に行われたはずであるから、低酸素状態が継続することがなく、植物状態になることもなかった。 (被告の主張)原告のショックは肺塞栓症によるもので、それは肺動脈本管をほとんど閉塞するぐらいの重篤なものであったといえる。この場合、肺血流の阻害により呼吸状態が悪化し(低酸素状態となる)、循環機能等全身に重大な打撃を与え、塞栓の程度により救命が不可能となるか、救命できても重篤な障害が残る場合が多い。被 あったといえる。この場合、肺血流の阻害により呼吸状態が悪化し(低酸素状態となる)、循環機能等全身に重大な打撃を与え、塞栓の程度により救命が不可能となるか、救命できても重篤な障害が残る場合が多い。被告病院は、治療の方針として血圧及び脈拍の回復を第一とし、急変直後のエフェドリンの投与や硫酸アトロピン、ボスミン等を投与し、16時20分から心マッサージを開始するなどの措置を講じ、17時05分に心拍の再開を得たが、これは、一連の治療が奏功し、ついには塞栓因子を動かして肺血流を劇的に改善させたことによる。原告の救命は、被告病院のこうした迅速かつ適正な治療によるが、他方、塞栓による低酸素状態が継続したことで原告に後遺症が残った。すなわち、原告の後遺症は肺塞栓症によるもので、原告主張の各過失によるものではない。 また、ショック後の救命措置は迅速かつ適正であり、原告を救命し得たのはこうした被告病院の尽力によるものである。被告には、原告主張にかかる過失はなく、よって、その後遺症との間に因果関係は存しない。 6 損害額(原告の主張)(1) 積極損害ア治療関係費(ア) 治療費 3、265、300円(イ) 器具薬品代等 366、210円(ウ) 症状固定後の治療費 23、750円イ付添看護費(ア) 入院付添費 2、951、000円(イ) 通院付添費 184、800円ウ介護料(平成12年6月退院後から平均余命まで1日7000円)41、8 184、800円ウ介護料(平成12年6月退院後から平均余命まで1日7000円)41、835、570円エ入院雑費 682、500円オ付添人のための通院交通費 279、260円カ装具・器具購入費 2、359、540円(2) 消極損害(原告は、本件手術当時48歳)後遺症逸失利益 26、103、600円(本件手術当時の原告の月収は18万円であり、67歳まで19年のライプニッツ係数は12.085ゆえ、180、000×12×12.085)(3) 慰謝料本人分傷害慰謝料 3、400、000円後遺症慰謝料 28、000、000円(4) 弁護士費用 10、945、153円(5) 合計 120、396、683円(被告の主張)争う。 ※診療経過一覧表は省略。

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