平成15刑(わ)2317 業務上横領,電気通信事業法違反被告事件

裁判年月日・裁判所
平成16年5月7日 東京地方裁判所
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判決文本文7,347 文字)

平成15年刑(わ)第2317号,特(わ)第7260号,第7802号業務上横領,電気通信事業法違反被告事件判決 主文 被告人を懲役3年に処する。 この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,東京都新宿区内に本店を置き,消費者金融業等を目的とする株式会社A(代表取締役B)に渉外部課長代理,総務部法務課長,法務部課長(平成12年6月から平成13年6月まで),管財開発部課長代理等として勤務し,同社の渉外業務等に従事していた者であるが,第1 同社代表取締役会長兼社長のB,「C探偵局」の経営者のD,同人の従業員のE及び「F探偵事務所」の経営者のGと共謀の上, 1 平成12年12月14日ころから平成13年2月24日ころまでの間,同都世田谷区内に所在のH方付近において,電気通信事業者であるI株式会社が設置した加入電話用の電気通信回線設備に取り付けた盗聴用の発信機及び上記建物の外壁脇に設置した自動録音装置付き受信機を用いて,H方に架設された加入電話が使用された際,上記発信機から発信された電波を上記受信機により受信して自動的に録音できるようにした上,Hが上記加入電話を使用して他人と通話した内容を盗聴して録音し,もって,電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密を侵し, 2 平成13年1月23日ころから同年2月14日ころまでの間,同都港区内に所在のJビル(現在はKビル)5階の株式会社L(代表取締役M)の事務所付近において,電気通信事業者であるI株式会社が設置した加入電話用の電気通信回線設備に取り付けた盗聴用の発信機及び同設備内に設置した自動録音装置付き受信機を用いて,上記 社L(代表取締役M)の事務所付近において,電気通信事業者であるI株式会社が設置した加入電話用の電気通信回線設備に取り付けた盗聴用の発信機及び同設備内に設置した自動録音装置付き受信機を用いて,上記事務所に架設された加入電話が使用された際,上記発信機から発信された電波を上記受信機により受信して自動的に録音できるようにした上,Mらが上記加入電話を使用して他人と通話した内容を盗聴して録音し,もって,電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密を侵し,第2 株式会社Aの機器及び用紙を使用して同社及びその関連会社の禀議書を複写した書面,株式会社Aの顧客情報を印字した書面(以下「顧客台帳」という。)並びに株式会社Nが管理する資金需要者の信用情報を印字した書面(以下「情報センター照会履歴」という。)について,いずれも株式会社Aのために業務上預かり保管中,平成14年9月21日付けで同社を解雇された後もこれらを同社に返却せず,同年10月上旬ころ,同都中野区内に所在のO事務所において,ほしいままに,自己の用途に使用する目的で,そのうちの禀議書を複写した書面24通,顧客台帳7枚及び情報センター照会履歴60枚をOに引き渡して横領したものである。 (弁護人の主張に対する判断等) 1 弁護人は,判示第2の事実につき,次のような理由により,被告人は無罪である旨主張する。すなわち,①業務上横領の対象物とされるものは,いずれもすべてコピーで,経済的には無価値であって,財産的損害が存在しない上,被害者とされる株式会社Aや同社代表取締役のBにとっての主観的な価値は,同社が行っていた違法な業務を社会的に隠蔽したいという不法なものであり,法が守るべき正当な価値を有しないので,財物としての保護法益が存在せず,②被告人は,同社の違法業務の実態をマスコミを通じて告発する方法を相談するため な業務を社会的に隠蔽したいという不法なものであり,法が守るべき正当な価値を有しないので,財物としての保護法益が存在せず,②被告人は,同社の違法業務の実態をマスコミを通じて告発する方法を相談するために,自らの保管する同社の内部資料をOに見せたところ,同人の詐言により,不本意ながら,これらを同人に預ける結果になったのであり,同人がそれらをどのように利用したのかについては全く関知しておらず,そもそも社会的な告発を意図していたのであるから,不法領得の意思がなかったのであり,③被告人が同社の内部資料をOに引き渡したのは,私欲によるものではなく,日本最大の消費者金融企業である同社が長年行ってきた違法業務を社会的に明らかにするという公益を図る目的で行ったものであるから,内部告発者制度の必要性を求める世論が高まっている今日の情勢に照らせば,被告人の行為は,刑法35条の正当行為に該当し,違法性が阻却される。弁護人は,以上のような趣旨の主張をしている。 2 そこで,検討すると,関係各証拠によれば,次のような事実が認められる。すなわち,(1) 被告人は,平成14年9月下旬ころ,約5000万円の借金があり,株式会社Aから退職金が支給されないことが分かったことから,被告人が業務上預かり保管していた同社に関する内部資料を金に換えて,借金の返済に充てようと考えるに至ったこと(2) 被告人は,そのころ,ジャーナリストのHに対し,「私には借金が約5000万円あるので,私の持っているAの内部資料を少なくともそれ以上の金額の金に換えたい」旨を伝え,ブローカー等の仕事もしているOを紹介されたこと,被告人は,Oに会い,「私が持っているAの内部資料には,Aと右翼や暴力団に関するもの,Hの自宅等の盗聴テープ,Aが調査会社を通じて支店長にする社員の犯歴調査を行っている しているOを紹介されたこと,被告人は,Oに会い,「私が持っているAの内部資料には,Aと右翼や暴力団に関するもの,Hの自宅等の盗聴テープ,Aが調査会社を通じて支店長にする社員の犯歴調査を行っていることが明らかになるものなどがある」旨を説明したが,Oから,「見せてもらわなければ,分からないよ」などと言われたこと(3) 被告人は,同年10月上旬ころ,Oに対し,被告人の保管する株式会社Aの内部資料を見せたところ,Oから,「これで幾ら欲しいの」などと尋ねられたこと,そこで,被告人は,Oに対し,「私には借金が約5000万円あるので,その借金が返せる金額が欲しいです。もちろん,それより金額が多ければ多いほどいいです」などと答えたところ,Oは,「マスコミに売ったところで,1000万円にもならないだろう。これを5000万円で買ってくれる人は,株を扱う人くらいしかいないだろう。もし他に5000万円で買ってくれる人がいたら,探してやろう」などと言ったこと(4) 被告人は,Oから,「その資料は,置いていけ」などと言われたことから,判示第2の禀議書を複写した書面24通,顧客台帳7枚及び情報センター照会履歴60枚(以下「本件各書面」という。)を株式会社Aに関する他の内部資料とともにOに引き渡して預けたまま帰ったことなどの事実が認められる。 3 以上の各事実を前提に,まず,本件各書面の財物性の有無について検討すると,そもそも財物というためには,所有権等の財産権の目的となり得るものであればよく,金銭的又は経済的な価値の有無は問わないと解されているところ,本件各書面は,その性質に鑑みれば,金銭的又は経済的に無価値であるということはできず,また,刑法上の保護に値する所有権の目的となり得るものであることも明らかであるから,業務上横領罪の対象である「他人の物 書面は,その性質に鑑みれば,金銭的又は経済的に無価値であるということはできず,また,刑法上の保護に値する所有権の目的となり得るものであることも明らかであるから,業務上横領罪の対象である「他人の物」に該当することは多言を要しないというべきである。 さらに,前記2認定の各事実を総合すれば,被告人は,約5000万円に上る多額の借金を抱え,株式会社Aから退職金も支給されなかったことから,その借金を返済する資金を得るために,被告人が保管していた同社の内部資料を是非とも金に換えたいとの強い意図を有しており,そのために,Oの求めに応じて,本件各書面を含む同社の内部資料をOに引き渡したことが明らかである。してみると,被告人に不法領得の意思があったことは,十分に認めることができる。 そして,被告人がOに引き渡したものの中には,株式会社Aの違法行為とは全く関係のない顧客の個人情報等に関する書面も多数含まれていることをも合わせ考えると,仮に,被告人において,同社の違法行為を社会的に明らかにしようという思いもないわけではなかったとしても,その手段は社会的な相当性を有するものではなく,また,その目的も専ら自己の借金返済のための多額の資金を得ることにあったということができるのであるから,被告人が本件各書面をOに引き渡した行為が,刑法35条の正当行為には該当せず,違法性を阻却しないことは明らかである。 4 したがって,判示第2の事実につき,被告人が無罪である旨の弁護人の主張は,理由がない。 (法令の適用)罰条判示第1の1及び2の各所為いずれも包括して刑法60条,平成13年法律第62号(電気通信事業法等の一部を改正する法律)附則4条により同法による改正前の電気通信事業法104条1項判示第2の所為 いずれも包括して刑法60条,平成13年法律第62号(電気通信事業法等の一部を改正する法律)附則4条により同法による改正前の電気通信事業法104条1項判示第2の所為刑法253条刑種の選択判示第1の1及び2の各罪につきいずれも懲役刑併合罪加重刑法45条前段,47条本文,10条,47条ただし書(最も重い判示第2の罪の刑に法定の加重)刑の執行猶予刑法25条1項(量刑の理由) 1 本件は,株式会社Aの課長であった被告人が,同社代表取締役及び探偵事務所の経営者ら3名と共謀の上,同社に批判的な記事を書くなどしたジャーナリスト2名の自宅又は事務所に盗聴器を設置し,その加入電話の通話内容を盗聴して録音し,電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密を侵したという電気通信事業法違反(判示第1),同社のために業務上預かり保管中の同社等の禀議書を複写した書面24通,同社の顧客情報を印字した顧客台帳7枚及び資金需要者の信用情報を印字した情報センター照会履歴60枚を横領したという業務上横領の事案である。 2 まず,判示第1の各犯行について見ると,Hは,平成12年10月30日発売の「別冊宝島Real#004」において,「ネットバブルの真相。詐欺師,政商,街金融! ネットバブルを演出した知られざる裏人脈」との見出しで,株式会社Aがネットバブルを利用して巧みに自社株の株価操作をしているという同社を批判する内容の記事を発表するなどしていた。株式会社Aの代表取締役のBは,同年11月ころに同社の株価が急激に下落したことから,その原因がHの記事にあり,同社を快く思わない黒幕的人物が同社の株価を下落させるためにHに記事を執筆させたものと考え,同人の背後関係を探るために,被告人に対し,H方の電話の盗聴を指示した。一方,Mは,Bの長男が経 事にあり,同社を快く思わない黒幕的人物が同社の株価を下落させるためにHに記事を執筆させたものと考え,同人の背後関係を探るために,被告人に対し,H方の電話の盗聴を指示した。一方,Mは,Bの長男が経営する香港の現地法人が,株取引で巨額の損失を出したという情報を得て,平成13年1月上旬に香港に赴いて取材活動を行った。Bは,Mの取材活動を知り,同様に,黒幕的な人物が株式会社Aを攻撃するためにMに取材活動をさせていると考え,同人の背後関係を探るために,被告人に対し,Mが代表取締役を務める株式会社Lの事務所の電話の盗聴を指示した。被告人は,これらの指示を受けて,「C探偵局」の経営者のDに電話の盗聴を依頼し,同人の指示を受けた同人の従業員のE及び「F探偵事務所」の経営者のGが,H方付近と株式会社Lの事務所付近にそれぞれ盗聴用の発信機等を取り付けるなどして,判示第1の各犯行に及んだものである。 このように,被告人らは,高性能な盗聴機器を取り付けるなどの巧妙な手口によって,H方については2か月間余り,株式会社Lの事務所については20日間余りという長期間にわたってそれぞれ盗聴行為を行ったものであり,上記各犯行は,H及びMのみならず,通話を盗聴されたすべての者のプライバシーを著しく侵害する悪質な犯罪というほかない。しかも,大手の消費者金融会社の代表取締役らが,自社に批判的な言論や取材活動を行うジャーナリストらに対し,その背後関係を探るという身勝手な目的のために,安易にこのような違法行為に及んだことは,社会に大きな衝撃を与えるものであり,厳しい非難を受けるのは当然である。そして,被告人は,Dから盗聴して録音したカセットテープを順次受け取り,Bに対し,その内容に関するメモを作成して報告したり,直接カセットテープを聞かせたりした上,同人の決裁を得て, は当然である。そして,被告人は,Dから盗聴して録音したカセットテープを順次受け取り,Bに対し,その内容に関するメモを作成して報告したり,直接カセットテープを聞かせたりした上,同人の決裁を得て,Dに1日当たり20万円の多額の報酬を支払うなどしているのであって,Bの指示によるものとはいえ,上記各犯行において,重要かつ不可欠な行為を行っているのであり,その果たした役割は重大である。また,この種の犯行は,模倣性や伝播性も高いものであることに鑑みると,一般予防の観点も考慮する必要がある。 3 次に,判示第2の犯行について見ると,被告人は,平成8年ころ,株式会社Aを退職した自己の前任者から身の保全を考えておくようにと言われたこともあって,それ以降,自己の保身のためと備忘録的資料として,自らがBの指示で取り扱った反社会的な業務やその他の業務に関する内部資料等をコピーして自宅に持ち帰るなどしていた。一方,被告人は,いわゆるバカラ賭博に入れ込むようになって借金を重ね,平成12年末には,Bに約1000万円の借金を立替払いしてもらったにもかかわらず,その後も,バカラ賭博を継続して借金を繰り返し,平成14年夏ころには約5000万円の借金を負うに至った。そこで,被告人は,自主退職して退職金で借金を支払うしかないと考えるようになったが,無断欠勤を続けたことなどのため,同年9月21日付けで株式会社Aを懲戒解雇された。被告人は,多額の借金を抱え,退職金も支給されなかったことから,その借金を返済する資金を得るために,被告人が業務上預かり保管していた株式会社Aの内部資料を金に換えることを企て,判示第2の犯行に及んだものである。 このように,被告人は,自らギャンブルに耽って借金を重ねるという無軌道な生活を送った末に,専ら自己の借金返済のための多額の金銭を得る目的で 換えることを企て,判示第2の犯行に及んだものである。 このように,被告人は,自らギャンブルに耽って借金を重ねるという無軌道な生活を送った末に,専ら自己の借金返済のための多額の金銭を得る目的で上記犯行に及んでいるのであって,動機に酌むべき事情は見当たらない。しかも,被告人は,本件各書面をブローカー等の仕事もしているOに引き渡して横領しているのであって,その結果,本件各書面は,株式会社Aに対する恐喝未遂事件に利用されることに発展しているのである。業務上横領の対象となった本件各書面は,多数に上っている上,顧客の氏名,借入実績,信用情報等の秘密性の高い多くの個人情報を含むものであり,被告人の上記犯行は,株式会社Aの社会的な信用を損なうにとどまらず,多数の顧客のプライバシーをも侵害する極めて重大かつ悪質な犯行といわざるを得ない。個人情報の保護の重要性が強調される今日,利欲目的で何らためらうことなく重要な個人情報を漏洩させた被告人の行為は,厳しく咎められなければならない。 4 したがって,以上の諸点に照らすと,本件の犯情は悪く,被告人の負うべき刑事責任は重いものがある。 5 しかしながら,他方,被告人のために酌むべき事情も存在する。すなわち,被告人は,本件各犯行について,捜査段階及び公判段階を通じて事実関係を素直に認め,反省の態度を示している。判示第1の各犯行の首謀者は,株式会社Aの代表取締役であるBであって,被告人は,その部下として,従属的な立場にあったことは否めないところである。そして,被告人は,判示第1の各犯行について,それ自体は既に捜査機関に発覚していたとしても,自ら積極的にその詳細を取調官に供述し,その事案の解明に協力するとともに,共犯者であるBらの公訴提起にも貢献している。被告人は,判示第2の犯行により,利益を得るには至っていな に発覚していたとしても,自ら積極的にその詳細を取調官に供述し,その事案の解明に協力するとともに,共犯者であるBらの公訴提起にも貢献している。被告人は,判示第2の犯行により,利益を得るには至っていない上,被告人の意図は別として,結果的には,株式会社Aの内部において行われていた違法行為の解明に繋がった面があることは,否定できない。盗聴の被害者であるHが,被告人に寛大な処分を希望する旨の嘆願書を提出している。被告人は,前科がなく,本件各犯行によって,かなりの期間の身柄拘束を受けるとともに,社会的な制裁も受けている。その他,弁護人が指摘するような被告人のために有利に斟酌することができる事情も認められる。 6 そこで,以上のような被告人のために有利な事情も斟酌すると,本件各犯行はいずれも悪質なものではあるけれども,被告人に対しては,前示のとおり刑を量定した上,実刑に処するのではなく,その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した次第である。 (公判出席検察官中島行博,求刑懲役4年)平成16年5月7日東京地方裁判所刑事第3部裁判官服部悟

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