平成18(行ツ)171 地位確認等請求事件

裁判年月日・裁判所
平成19年12月13日 最高裁判所第一小法廷 判決 棄却 東京高等裁判所 平成17(行コ)117
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判決文本文4,949 文字)

- 1 -主文本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理由 第1上告代理人岡部玲子ほかの上告理由について 上告理由のうち,国家公務員法76条,38条2号が憲法13条,14条1項に違反する旨をいう部分について国家公務員法76条,38条2号は,禁錮以上の刑に処せられた者が国家公務員として公務に従事する場合には,その者の公務に対する国民の信頼が損なわれるのみならず,国の公務一般に対する国民の信頼も損なわれるおそれがあるため,このような者を公務の執行から排除することにより公務に対する国民の信頼を確保することを目的としているものである。国家公務員は,全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならず(憲法15条2項,国家公務員法96条1項),また,その官職の信用を傷つけたり,官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない義務がある(同法99条)など,その地位の特殊性や職務の公共性があることに加え,我が国における刑事訴追制度や刑事裁判制度の実情の下における禁錮以上の刑に処せられたことに対する一般人の感覚などに照らせば,同法76条,38条2号の前記目的には合理性があり,国家公務員を法律上このような制度が設けられていない私企業労働者に比べて不当に差別したものとはいえず,上記各規定は憲法13条,14条1項に違反するものではない。このことは,当裁判所大法廷判決(最高裁昭和31年(あ)第635号同33年3月12日判決・刑集12巻3号501頁,最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日判決・民集18- 2 -巻4号676頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和62年(行ツ)第119号平成元年1月17日第三小法廷判決・裁判集民事156号1頁,最高裁平成10年(行ツ)第164号同12年12月19日第三小法廷判決・裁 頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和62年(行ツ)第119号平成元年1月17日第三小法廷判決・裁判集民事156号1頁,最高裁平成10年(行ツ)第164号同12年12月19日第三小法廷判決・裁判集民事200号233頁参照)。論旨は採用することができない。 その余の上告理由についてその余の上告理由は,違憲をいうが,その実質は事実誤認若しくは単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項又は2項に規定する事由のいずれにも該当しない。 第2上告代理人岡部玲子ほかの上告受理申立て理由について 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。 (1)上告人は,昭和48年4月28日,郵政事務官として採用され,A郵便局集配課勤務を命じられた。 (2)上告人は,上記採用前の同47年9月2日,公務執行妨害罪で現行犯逮捕され,その後,起訴されていたが,同48年12月7日,横浜地方裁判所において,同罪により懲役4月,執行猶予2年間の有罪判決(以下「本件有罪判決」という。)を受け,本件有罪判決は,同月21日の経過により確定した。 (3)上告人は,A郵便局内において,本件有罪判決を受けたことを話さなかった。上告人の任命権者であったA郵便局長は,当時,上告人が本件有罪判決を受けたことを知らず,同郵便局の他の職員も上告人が本件有罪判決を受けたことに気付かなかった。そのため,上告人は,本件有罪判決後も,平成12年11月まで同郵便局に勤務し,郵便集配業務に従事して給与の支給を受けてきた。 なお,本件有罪判決が確定した昭和48年12月22日以降,上告人が国家公務- 3 -員法36条1項に定める競争試験又は選考を経たとの主張立証はない。 (4)関東郵政局は,平成12年9月5日,上告人が昭和45年ころに公務執行妨害罪で逮 12月22日以降,上告人が国家公務- 3 -員法36条1項に定める競争試験又は選考を経たとの主張立証はない。 (4)関東郵政局は,平成12年9月5日,上告人が昭和45年ころに公務執行妨害罪で逮捕されたことがあるとの匿名の電話を受けた。同郵政局は,平成12年10月3日,横浜地方検察庁に照会し,同月10日,同検察庁から本件有罪判決の謄本を入手した。 なお,A郵便局長がそれ以前に上告人が本件有罪判決を受けた事実を知っていたとは認められない。 (5)A郵便局長は,同年11月13日,上告人に対し,国家公務員法76条及び38条2号に該当し昭和48年12月22日に失職した旨の人事異動通知書を交付した。 原審は,上記事実関係等の下において,上告人は国家公務員法76条,38条2号により昭和48年12月22日に失職したとして,日本郵政公社(被上告人郵便事業株式会社がその地位を承継した。)に対する雇用契約上の地位の確認請求及び給与の支払請求をいずれも棄却すべきものとした。 所論は,(1)被上告人郵便事業株式会社において上告人の失職を主張することが信義則に反し権利の濫用に当たる,(2)上告人が失職事由の発生後も勤務していたことをもって新たな雇用関係が形成された旨をいうのである。 しかしながら,前記事実関係等によれば,上告人が失職事由の発生後も長年にわたりA郵便局において郵便集配業務に従事してきたのは,上告人が禁錮以上の刑に処せられたという失職事由の発生を明らかにせず,そのためA郵便局長においてその事実を知ることがなかったからである。上告人は,失職事由発生の事実を隠し通して事実上勤務を継続し,給与の支給を受け続けていたものにすぎず,仮に,上告- 4 -人において定年まで勤務することができるとの期待を抱いたとしても,そのような期待が法的保護に値す の事実を隠し通して事実上勤務を継続し,給与の支給を受け続けていたものにすぎず,仮に,上告- 4 -人において定年まで勤務することができるとの期待を抱いたとしても,そのような期待が法的保護に値するものとはいえない。このことに加え,上告人が該当した国家公務員法38条2号の欠格事由を定める規定が,この事由を看過してされた任用を法律上当然に無効とするような公益的な要請に基づく強行規定であることなどにかんがみると,被上告人郵便事業株式会社において上告人の失職を主張することが信義則に反し権利の濫用に当たるものということはできない。また,上告人が失職事由の発生後に競争試験又は選考を経たとの主張立証もなく,上告人が上記のとおり事実上勤務を続けてきたことをもって新たな任用関係ないし雇用関係が形成されたものとみることもできない。以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨はいずれも採用することができない。 よって,判示第2について裁判官泉德治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。 裁判官泉德治の反対意見は,次のとおりである。 上告人のような現業の郵政事務官の勤務関係は,基本的には,公法的規律に服する公法上の関係であるが(最高裁昭和46年(行ツ)第14号同49年7月19日第二小法廷判決・民集28巻5号897頁参照),公法上の関係においても,法の一般原理である信義則,権利濫用禁止の法理が適用されることはいうまでもない。そして,無効の要件を具備した瑕疵ある行政行為であっても,長年にわたり維持・継続されることによって,それを無効とすることが相手方の信頼を裏切り,法律生活の安定を害するとか,社会公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある場合があるところ,それを無効とすることの公益上の必要性が低下し,一方で,相手 それを無効とすることが相手方の信頼を裏切り,法律生活の安定を害するとか,社会公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある場合があるところ,それを無効とすることの公益上の必要性が低下し,一方で,相手方の信頼を保護し,法律生活の安定を図る必要性が著しく増大している場合にあっ- 5 -ては,信義則,権利濫用禁止の法理に照らし,行政庁において当該行政行為の無効を主張することが許されないと解する余地がある(田中二郎「行政法総論」342頁参照)。 これを本件についてみるに,上告人(昭和▲年▲月▲日生まれ)は,本件有罪判決を受けたことにより,国家公務員法38条2号の欠格条項に該当し,同法76条の規定に基づき昭和48年12月22日に郵政事務官の身分を失った。A郵便局長が,欠格条項に該当する上告人の任用をその後も継続した行為は,無効であるといわざるを得ない。しかし,上告人に対する刑の言渡しは,2年間の執行猶予期間の経過により,昭和50年12月22日には効力を失い,上告人は欠格条項に該当しなくなった。A郵便局長は,その後も上告人の任用を継続し,上記の昭和50年12月22日から上告人に対し失職の人事異動通知書が交付された平成12年11月13日までには,約25年が経過し,上告人は,既に50歳に達していた。 上記の約25年という期間は,民法が社会の法律関係の安定を図る等の目的で定める所有権の取得時効20年間,債権又は所有権以外の財産権の消滅時効20年間,損害賠償請求権の除斥期間20年を上回るものである。 国家公務員法76条及び38条2号は,禁錮以上の刑に処せられた者が国家公務員として公務に従事する場合には,その者の公務に対する国民の信頼が損なわれるのみならず,国の公務一般に対する国民の信頼も損なわれるおそれがあるため,このような者を公務の執行から排除すること 国家公務員として公務に従事する場合には,その者の公務に対する国民の信頼が損なわれるのみならず,国の公務一般に対する国民の信頼も損なわれるおそれがあるため,このような者を公務の執行から排除することにより公務に対する信頼を確保することを目的としている(最高裁昭和62年(行ツ)第119号平成元年1月17日第三小法廷判決・裁判集民事156号1頁参照)。しかし,上告人が欠格条項に該当しなくなってから約25年も郵政事務官として勤務を継続したという事実は,上告人- 6 -の公務に対する国民の信頼を回復するに十分なものであり,上告人を公務の執行から排除すべき必要性は消失している。一方,上告人は,本件有罪判決を当局に申告しなかったことで責められる点があったとしても,刑の言渡しの失効後も四半世紀にわたり郵政事務官として無事勤務を続けたことにより,60歳の定年まで勤務することができるものと期待したとしても,無理からぬものがあるというべく,一般に転職の困難な50歳に達した段階で,退職手当の支給もなく,上告人から郵政事務官の身分を奪うことは,上告人の上記期待を裏切り,職業の保持,生計の維持,法律生活の安定の面で過大な不利益を課するものである。以上に加え,上告人の公務執行妨害罪の行為が郵政事務官に任用される前のものであることや,上告人の業務が現業の郵便集配業務であることを考慮すると,信義則,権利濫用禁止の法理に照らし,A郵便局長は,失職の人事異動通知書を交付した平成12年11月13日の時点においては,上告人の任用を継続した行為が無効であって,上告人が郵政事務官の地位を失っているものと取り扱うことは,もはや許されないものと解するのが相当である。 以上と異なる判断の下に上告人の被上告人郵便事業株式会社に対する請求を棄却した原判決には,法令の解釈適用を誤った違 を失っているものと取り扱うことは,もはや許されないものと解するのが相当である。 以上と異なる判断の下に上告人の被上告人郵便事業株式会社に対する請求を棄却した原判決には,法令の解釈適用を誤った違法があるというべく,その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,上記違法をいう論旨は理由があり,原判決のうち上記請求に関する部分は破棄を免れない。そして,上告人の上記請求について更に審理を尽くさせる必要があるから,上記部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。 (裁判長裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官泉德治裁判官才口千晴裁判官涌井紀夫)

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