主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,その町内に設置した防災放送塔を通じて,毎夕18時に鳴らしているドボルザークの電子音を出してはならない。 第2 事案の概要本件は,被告がその町内に設置した防災放送塔を使用して,毎日午後6時から71秒間,ドボルザーク作曲の「新世界より」第2楽章「家路」の旋律の一部を電子音で放送している(以下「本件放送」という。)ところ,本件放送は,静寂な生活を求める原告の人格権や原告住居の土地建物の所有権(又は賃借権)(以下,これらをまとめて「人格権等」という。)を侵害するものであるとして,原告が,その人格権等に基づく妨害排除請求として,本件放送の差止を求めた事案である。 1 争いのない事実(1) 当事者ア被告は,名古屋市の西に隣接し,庄内川と新川に挟まれた面積3.36平方キロメートル,人口約1万6500人,世帯数約6500の町である。 イ原告は,西枇杷島町内の第一種住宅地域である肩書地に居住し,著述等を業とするものである。 (2) 被告は,平成13年6月,町内に26基の防災放送塔を設置した(以下「本件放送塔」という。)。そのうち,原告の住居の南南西側約220メートルの地点に1基,東側約180メートルの地点に1基が,それぞれ設置された。 (3) 被告は,本件放送塔を使用して,平成13年6月20日以降,毎日,午前7時から「ピンポンポン」という15秒間の電子音を放送し,午後6時から,本件放送をするようになった。 (4) 原告は,上記(3)の放送がされることによって原告の静かな生活が破られると被告に抗議したが,被告は,放送を中止することはできないと回答した。 (5) 被告は,平成13年10月5日,午前7時からの放送を中止したが,午後6時からの本件放送は現在ま 原告の静かな生活が破られると被告に抗議したが,被告は,放送を中止することはできないと回答した。 (5) 被告は,平成13年10月5日,午前7時からの放送を中止したが,午後6時からの本件放送は現在まで続いている。 2 争点本件放送は,原告の人格権等を侵害する違法なものであるか。 (1) 原告の主張ア原告は,本件放送の音によって,読書をしたり,音楽を聴いたり,あるいは,思索をしたりしている時間の静寂を破られ,大変苦痛である。本件放送は,静寂な生活を求める原告の人格権等を妨害するものである。 そして,被告には,そもそも,音を発出する法的根拠はなく,本件放送は違法であるから,原告は,その妨害排除として差止を請求できる。 イまた,本件放送は,無線局免許状の目的や通信事項の範囲を超え目的外使用にあたり,電波法に違反する違法があるから,原告は,その妨害排除を求めることができる。 ウさらに,毎日行われる本件放送は,社会的に必要なことではなく,無駄なことであるから,受忍限度を検討するまでもなく違法であり,原告は,妨害排除として差止を請求できるというべきである。 なお,被告は,本件放送の必要性を主張するが,以下のとおりいずれも理由がない。 (ア) まず,被告は,本件放送は防災無線が正確に作動するかどうか確認するために必要なものであると主張する。 しかし,いざというときに本件放送塔を通じて防災無線が作動するかどうかについてのテストは毎日行う必要性は全くない。NHKの緊急自動受信装置の試験電波は毎月1回であるし,庄内川の河川敷に設置されている国土交通省の高水位警報自動吹鳴装置のテスト放送も年に数度行われるに過ぎないのであって,これらを参考にすると,本件放送も月1回程度で十分であるといえる。 また,仮に,本件の防災無線機器が毎日点検が必要なもの の高水位警報自動吹鳴装置のテスト放送も年に数度行われるに過ぎないのであって,これらを参考にすると,本件放送も月1回程度で十分であるといえる。 また,仮に,本件の防災無線機器が毎日点検が必要なものであるとすれば,そもそもそのような不安な機器を購入した被告の責任である。 さらに,本件の防災無線機器の点検については,音声を出さなくても通電確認をすることは十分に可能であるはずである。 (イ) また,被告は,本件放送が毎日されることにより,住民にとっては,いざというときに本件放送塔を通じて防災情報が得られるという安心感が得られるのであって,毎日の本件放送は必要であると主張する。 確かに,本件放送塔があり,災害の際にはこれを通じて防災に必要な情報が提供されることになっていることは,住民に安心感を与えるものであろう。 しかし,だからといって,本件放送を毎日放送する必要性はない。本件放送塔について,広報誌等を通じて住民に周知させれば,それで住民に安心感を与えることは十分に可能である。 (2) 被告の主張原告の主張はいずれも争う。 ア被告のような地方公共団体は,地方自治法上,住民の生命財産を守るための事務を行うことができることは当然であり,本件放送は,この事務の一環として行われるものであって,被告に音を出す法的根拠がないとする原告の主張は誤りである。 イ本件放送は,無線局免許状に記載された目的である「防災行政用」及び通信事項である「防災行政事務に関する事項」に該当するものであって,電波法違反であるとの原告の主張も失当である。 ウ以下のとおり,本件放送には必要性があり,かつ,原告の人格権等を受忍限度を超えて侵害する具体的な危険はないから,本件放送の差止は認められるべきでない。 (ア) 本件放送の必要性a 災害対策基本法では,市町村は災害か 放送には必要性があり,かつ,原告の人格権等を受忍限度を超えて侵害する具体的な危険はないから,本件放送の差止は認められるべきでない。 (ア) 本件放送の必要性a 災害対策基本法では,市町村は災害から住民の生命と財産を守る対策を講じることになっている。突然の災害時などの緊急時に,住民へ情報を提供することは極めて重要な責務であり,そのための重要な柱の一つが本件の防災無線である。 b この防災無線機器は,災害時などの緊急時に放送することが予定されているのであるから,その性格上,いざというときに予定どおり機能しないと意味をなさない。しかし,機械システムである以上は,システムを構成する機器について,雷・風雪等の天災地変,鳥類等による被害及び経年変化による調整ずれや部品の劣化などによって,システムの質が低下する場合が考えられる。 したがって,防災無線機器の良好な状態を維持・確認するためには,毎日放送をして,機器の点検・運用管理をすることが必要である。 c また,いざというときに,防災無線が有効に機能するためには,その存在を住民に周知徹底されていることが不可欠であり,そのためには,本件放送を毎日実施することは,極めて重要なことである。そして,そうすることで,住民としても万一の場合でも,情報を伝達してもらえるという安心を感じることができる。 d そもそも,公共の福祉の上で,いかなる施策が必要かについては,原則として,地方自治体において検討すべきことである。そして,上記のとおり,本件放送は公共目的及び公共的な利益のために実施され,その必要性も十分認められる。 (イ) 受忍限度を超えないことa 本件放送は,一般に,人が活動している時間帯である午後6時に,戸外から聞こえる1分余りのごく短時間,クラシック音楽が放送されるだけのものであって,これによって (イ) 受忍限度を超えないことa 本件放送は,一般に,人が活動している時間帯である午後6時に,戸外から聞こえる1分余りのごく短時間,クラシック音楽が放送されるだけのものであって,これによって,原告の人格権等が,社会通念上,受忍限度を超えて侵害される具体的な危険が存するとは,到底言い得ない。実際に,原告以外に,本件放送に苦情を申し立てている住民はいない。 なお,他にも,本件放送と同じような定時放送をしている自治体もあり,同じ西春日井郡の新川町,西春町,豊山町においても,それぞれチャイムや音楽をほぼ毎日放送している。 b 原告の住居地は,第1種住居地域であるが,近隣商業地域に接しており,駐車場を隔てた南側には,狭いながらも比較的交通量の多い道路が通っているために,交通騒音は常時発生している。 ところで,環境基本法における「環境基準」は,維持されることが望ましいとされる基準であるが,原告の住居地のような地域における昼間(午前6時から午後10時)の基準値は,55デシベル以下となっている。また,騒音規制法における市町村長による「要請限度」では,原告の住居地のような地区における自動車騒音について昼間(午前6時から午後10時)の基準値は65デシベルとなっている(なお,これらの「環境基準」や「要請限度」は,いずれも強制力を伴うものではない。)。 原告の住居地の南側駐車場における本件放送時の騒音は,60デシベルかそれ以下であり,「環境基準」前後の値であり,また,「要請限度」を十分満たしているのであって,この程度であれば,およそ問題とするほどの音量であるとはいえないことは明らかである。 なお,本件の防災無線が災害などの緊急時の広報活動を目的とするものである以上,ある程度の音量は必要であり,かつ,あまりに低い音量の場合,窓が閉まっているときに あるとはいえないことは明らかである。 なお,本件の防災無線が災害などの緊急時の広報活動を目的とするものである以上,ある程度の音量は必要であり,かつ,あまりに低い音量の場合,窓が閉まっているときにはほとんど聞こえなくなってしまって,その目的を達成できないことになるので,少なくとも本件放送程度の音量は必要なものである。 第3 争点に対する判断 1 前記争いのない事実,証拠(甲11~13,乙1~3,6,7の1・2,8,9,10の1・2,12,13,16~19,20の1・2,21,22,29~33,34の1~27,35の1~3,証人A,同B)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (1) 平成12年9月の東海地方における記録的な豪雨(いわゆる東海豪雨)のため,新川左岸堤防が決壊し,その結果,被告の住民は,浸水等の多大な被害を被った。その際,被告は,避難勧告の伝達方法として消防車による広報等を実施したが住民に十分伝達されなかった。また,復旧時の情報の伝達については,チラシを配付する方法を採ったが,これも十分な効果がなかった。 これを契機として,被告は,防災計画の見直しをし,被告の住民の防災無線が必要とのアンケート結果をも踏まえて,平成13年6月,災害に関する重要情報を住民にいち早く伝達する手段の一つとして,本件放送塔による防災無線を整備した。被告は,町内に26基の本件放送塔を設置し,そのうち,原告の住居の南南西側約220メートルの地点に1基,東側約180メートルの地点に1基の本件放送塔がそれぞれ設置された。 (2) 上記防災無線は,被告の町役場に親局装置を設置し,そこから無線電波を送り,それを本件放送塔に設置されている屋外拡声装置で受信して,拡声器により音を発するという構造になっている。 本件放送塔は地上10メートル以上の柱で, 町役場に親局装置を設置し,そこから無線電波を送り,それを本件放送塔に設置されている屋外拡声装置で受信して,拡声器により音を発するという構造になっている。 本件放送塔は地上10メートル以上の柱で,その先端には4つほどの拡声器が取り付けられている。 (3) 被告は,上記の防災無線装置を使用して,平成13年6月20日以降,現在に至るまで,毎日午後6時から71秒間,ドボルザークの「新世界より」の第2楽章「家路」の旋律を,電子音で放送している(本件放送)。本件放送の放送時間及び曲目は,被告に隣接する新川町におけるものと同じである。 (4) 本件放送を行う目的の一つは,アンサーバック機能(親局装置からの監視制御信号に対し,屋外拡声装置から,その信号が受診できたことを示すアンサーバックデータを返信する機能)により,本件放送塔の屋外拡声装置に親局装置からの無線電波が届いているかを点検することである。 なお,このアンサーバック機能による点検は,音を鳴らさずに行うことも可能であるが,それだけでは,無線電波が屋外拡声装置に届いていることの確認ができるのみであり,親局装置から送信した音が本件放送塔の拡声器で正常に放送されることを確認することはできない。 被告は,本件放送として本件放送塔から音を出すことにより,故障した際には,住民からの通報で故障が発見されることを期待している。 (5) また,本件放送を行う目的として,本件放送により防災無線があることを住民に周知させ,住民に安心感を与えるという目的もある。 (6) 平成14年1月15日及び同年5月22日に,原告住居地付近の屋外における本件放送時の騒音及び本件放送がない場合の騒音を測定したところ,本件放送時の騒音は53デシベルから63デシベルであり,本件放送がない場合の騒音は,車両の騒音がないときは40デシベル, の屋外における本件放送時の騒音及び本件放送がない場合の騒音を測定したところ,本件放送時の騒音は53デシベルから63デシベルであり,本件放送がない場合の騒音は,車両の騒音がないときは40デシベル,車両通過時は60デシベルであった。 (7) 愛知県内で被告と同じ防災行政無線(同報系)の整備がなされている43市町村のうち39市町村では,毎日1回ないし5回の定時放送がなされている。 2 以上を前提に,原告の請求の可否を判断する。 (1) 原告の人格権等に基づく本件放送の差止が認められるかどうかは,本件放送の必要性,態様,侵害される原告の利益などを総合的に考慮して,本件放送による騒音の程度が,原告が社会生活を送る上で受忍するのが相当といえる限度を超え違法といえるか否かによって決すべきである。 なお,原告は,被告には,そもそも,音を発出する法的根拠はなく,本件放送は違法であるから,その差止を認めるべきであると主張するが,被告のような地方公共団体が住民の防災のための行政事務を行うことができ,そのための音を出すことができることは当然であるから,原告の上記主張は独自の見解であって,採用できないことが明らかである。 また,原告は,本件放送が電波法違反であり違法であると主張するが,被告に対する無線局免許状(乙34の1~27)によると,無線局の目的が防災行政用,通信事項が防災行政事務に関する事項とされているところ,後記のとおり,本件放送が災害時に住民の生命財産を守るという目的のためになされているものであるといえることから,本件放送を行うことは上記無線局免許状の目的及び通信事項に含まれるというべきであり,原告の上記主張も採用できない。 さらに,原告は,本件放送には必要性がないので,受忍限度を検討するまでもなく,人格権等に基づく妨害排除として本件放送の差止 及び通信事項に含まれるというべきであり,原告の上記主張も採用できない。 さらに,原告は,本件放送には必要性がないので,受忍限度を検討するまでもなく,人格権等に基づく妨害排除として本件放送の差止を請求できるとすべきであると主張するが,差止請求が認められるためには,本件放送の必要性等を総合的に考慮して,本件放送による騒音の程度が受忍限度を超えて違法であるといえることが必要であることは,上記説示のとおりであるから原告の上記主張は採用できないというべきである。 (2) そこで,上記説示に従い,本件放送が受忍限度を超えて違法であるといえるかどうかについて検討する。 ア前記認定事実のとおり,本件の防災無線設備は,災害が発生した際,避難勧告の発令等,災害対策に必要な情報を住民に伝達する重要な手段であるところ,災害はいつ起こるか予測することができないものであるので,防災無線は,住民の生命財産を守るため,常に使用できる状態にあることが強く求められているものであるということができる。 他方,雷,風雪などの気象条件や機械の劣化など,本件の無線設備に不具合が生じる原因は様々なものが考えられ,これにいつ不具合が生じるかは予測ができないものであって,本件の無線設備が正常に作動するかどうかを毎日点検することにも必要性を認めることができる。 そして,前記認定事実のとおり,音を出さないアンサーバック機能による点検では,電波が屋外拡声装置に届いていることの確認しかできず,実際に拡声器から正常な音が出るかどうかについては確認することができないのであって,被告町内に点在する26基もの本件放送塔の拡声器を点検する方法として,実際に音を鳴らすことで,住民からの情報によって故障を発見しようとする方法をとることも合理的であり,そのためには本件放送を行うことが必要であるとい 26基もの本件放送塔の拡声器を点検する方法として,実際に音を鳴らすことで,住民からの情報によって故障を発見しようとする方法をとることも合理的であり,そのためには本件放送を行うことが必要であるということができる。 イまた,本件放送を毎日行うことにより,住民に対し,本件放送塔の存在を周知させ,安心感を与えるとともに,災害時に本件放送塔による放送に注意を向けさせ,適切に避難勧告等の情報が伝達されるようにするということも必要なものということができ,住民に本件放送塔の存在を周知させるという本件放送の目的にも合理性がある。 ウこのように,本件放送は,無線設備の点検をするとともに,住民への周知をすることで,災害時に住民の生命財産を守るという目的のためになされているものであるといえ,本件放送を行うことには必要性があると認められる。 なお,原告は,無線機器の定期点検は月1回程度で十分であり,毎日行われる本件放送は必要性がないと主張するが,前記のとおり,防災無線は,いつ起きるか分からない災害時に常に正常に作動することが求められている上に,不具合が生じる原因も様々であるのであって,毎日,正常に作動するかを点検することに必要性がないとはいえない。 エところで,前記認定事実のとおり,本件放送は,毎日午後6時から71秒間,ドボルザーク作曲の「新世界より」の第2楽章「家路」の旋律を,電子音で放送するというものであるところ,その放送時間帯は,一般的に人が活動をしている時間帯であり,深夜や早朝に比べ,住民の生活に影響が少ない時間帯であるということができるし,本件放送の内容も,広く親しまれている穏やかなクラッシック音楽であり,一般的には,耳障りな曲ではなく,その放送時間も71秒間程度にすぎない。 また,前記認定事実のとおり,原告住居地付近の屋外における本件放送 容も,広く親しまれている穏やかなクラッシック音楽であり,一般的には,耳障りな曲ではなく,その放送時間も71秒間程度にすぎない。 また,前記認定事実のとおり,原告住居地付近の屋外における本件放送の音量は,最大でも63デシベル程度であり,原告の住居内においては,より小さな音となると考えられる。 オ原告は,本件放送の音によって,読書をしたり,音楽を聴いたり,あるいは思索をしたりしている時間の静寂を破られ,大変苦痛であると主張するが,以上のような本件放送の必要性に鑑み,上記の本件放送の時間帯,曲目,放送時間,音量等の諸事情を総合考慮すると,本件放送による騒音は,原告が社会生活を送る上で受忍すべき限度を超えていると認めることはできない。 3 よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第7部裁判長裁判官筏津順子裁判官武藤真紀子裁判官舟橋伸行
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