主文 原判決を破棄する。 本件を東京高等裁判所に差し戻す。 理由 上告代理人山森克史、同鯉沼希朱、同藤本欣伸の上告理由第一点ないし第三点について一本件訴訟は、被上告会社が本件建物を占有する上告人(被上告会社の代表者Dの妻)に対し所有権に基づきその明渡しを求め、上告人がこれを権利の濫用に当たるなどと主張して争うものであるが、原審の確定した事実関係の大要は次のとおりである。 1 被上告会社は、シルバ・マインド・コントロールと称する潜在能力開発法の教授、普及活動を目的として昭和五〇年一一月八日に資本金三〇〇万円で設立された会社であるが、経営及び管理のすべてを代表取締役であるDが行っている。Dはアメリカ合衆国の国籍を有する者であるところ、被上告会社設立のための資金は、いずれもアメリカ合衆国に在住するDの母、兄E、妹Fが株式払込金として各一〇〇万円を出資し、各二〇〇〇株の株主となった。また、右三名は、被上告会社に対する貸付金の形で各二〇〇万円を出捐した。その後、Dの母が死亡し、その権利をE及びFが相続した結果、E及びFが各三〇〇〇株の株主となった。被上告会社の役員としては、D以外に、取締役としてE、F、G、Hが、監査役としてIがそれぞれ就任しており、従業員としては、昭和六三年ころ以降、事務員一名がいる。被上告会社において株主総会及び取締役会が定期的に開催されることはなく、Dが渡米した際、Eらの意向を確認することがあるのみである。 2 被上告会社は、潜在能力開発法に関する本の販売と指導者からの手数料を主な収入源としているが、最近は赤字経営の状態が継続している。 - 1 - 3 被上告会社は、Jから、昭和五九年四月二六日、本件土地をその上に建物を建築して転売する目的で買い受け、同年五月九日 料を主な収入源としているが、最近は赤字経営の状態が継続している。 - 1 - 3 被上告会社は、Jから、昭和五九年四月二六日、本件土地をその上に建物を建築して転売する目的で買い受け、同年五月九日、同月八日売買を原因とする所有権移転登記を経由した上、K株式会社との間で請負契約を締結して本件土地上に本件建物を建築し、同年九月二五日、本件建物の引渡しを受け、同年一二月一七日、所有権保存登記を経由した。本件土地建物には、株式会社L銀行を根抵当権者とし、被上告会社を債務者とする極度額四〇〇〇万円及び極度額九〇〇万円の各根抵当権が設定され、その旨の登記がされている。被上告会社は、同年一〇月ころ、Kに委託して本件土地建物の売却を図った。 4 Dと上告人は、昭和四四年一一月一四日に婚姻し、同四六年一〇月三日に長女Mが生まれた。 5 Dと上告人との夫婦関係は昭和五九年当時悪化しており、Dは、同年一〇月二四日、東京家庭裁判所に離婚の調停を申し立てたが、同年一二月、上告人と協議した結果、Mに対する教育上の配慮から当面離婚を見合わせることとし、右調停の申立てを取り下げた。そして、Dは、上告人及びMとともに本件建物に居住することにし、被上告会社は、本件土地建物を売却することを取りやめ、同月下旬ころ、Dとの間で本件建物を賃料月額一五万円で賃貸する旨の契約を締結し、Dは、上告人及びMとともに本件建物に入居し、昭和六〇年一月以降、被上告会社に対して右賃料を支払ってきた。 6 その後、Dと上告人との夫婦関係は更に冷却し、Dは、昭和六三年一〇月一〇日、上告人及びMを本件建物に残したまま別居し、同月一八日、被上告会社との間で、本件賃貸借契約を同年一一月三〇日をもって解除し、本件建物を明け渡す旨の合意をした。 7 被上告会社は、上告人から本件建物の明渡しを受けた場合 物に残したまま別居し、同月一八日、被上告会社との間で、本件賃貸借契約を同年一一月三〇日をもって解除し、本件建物を明け渡す旨の合意をした。 7 被上告会社は、上告人から本件建物の明渡しを受けた場合には、月額一五万円よりも高い賃料で他に賃貸することを意図している。 - 2 -二原審は、右事実関係の下において、以下のとおり判示し、被上告会社の本件建物明渡請求を認容すべき旨判断した。すなわち、(1) 被上告会社においては会社の財産とD個人の財産とは明確に区別されているから、被上告会社は会社としての社会的実体を有するものであって、その法人格が形骸にすぎないということはできず、被上告会社は本件建物の所有者である。(2) 被上告会社とDとが別の法人格である以上、上告人の主張するDと上告人との婚姻生活に関する事実をもって本訴明渡請求が権利の濫用に当たる事由とすることはできず、また、Dに上告人に対する嫌がらせ的な意図があることは認めるに足りないから、本訴明渡請求が権利の濫用に当たるという上告人の主張は理由がない。 三しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 被上告会社の本訴明渡請求が権利の濫用に当たるか否かは、被上告会社の法人格が形骸にすぎないか否かによって直ちに決せられるものではなく、本件建物の明渡しが実現されることによって被上告会社の受ける利益と上告人の被る不利益等の客観的事情のほか、本件建物の明渡しを求める被上告会社の意図とこれを拒む上告人の意図等の主観的事情をも考慮して決すべきものである。そして、上告人の主張するDと上告人との婚姻生活に関する事実は、大要、(1) Dは、上告人と共に本件建物に居住して婚姻生活を営んでいたのに、夫婦関係が険悪になって上告人とMを残したまま本件建物から出た後は、上告 の主張するDと上告人との婚姻生活に関する事実は、大要、(1) Dは、上告人と共に本件建物に居住して婚姻生活を営んでいたのに、夫婦関係が険悪になって上告人とMを残したまま本件建物から出た後は、上告人に対して生活費を交付せず、そのため上告人とMは生活に窮し、やむを得ず他からの援助を受けながら本件建物において生活している、しかも、(2) 上告人の申立てにより、東京家庭裁判所は、平成二年七月三〇日、Dに対して、「上告人に対し、婚姻費用分担金として審判確定後直ちに四九五万六〇〇〇円を、平成二年八月以降離婚又は別居解消に至るまで毎月末日限り二三万六〇〇〇円を、いずれも送金して支払え。」との審判をし、Dの抗告- 3 -に対して、東京高等裁判所は、同年一〇月三〇日、抗告を棄却し、右審判は確定したのであるが、その後もDはこれに従っていない、というものである。そうすると、Dが被上告会社の代表者としてその経営及び管理のすべてを行っているという本件においては、これらの上告人主張の事実は、本件建物の明渡しが実現されることによって上告人の被る不利益の具体的事実の一部として意味がある上、Dが本件建物から出た八日後に賃貸人である被上告会社の代表者と賃借人の立場を兼ねて賃貸借契約を合意解除した事実と相まって、本件建物の明渡しを求める被上告会社の意図ないし動機を推認させる事情の一部として意味がある。結局、上告人の主張するDと上告人との婚姻生活に関する事実は、被上告会社の本訴明渡請求が権利の濫用に当たるかどうかを判断するについて考慮すべき重要な事実というべきである。 右の事実をもって本訴明渡請求が権利の濫用に当たる事由とすることはできないとして、これを審理判断の対象とすることなく、本訴明渡請求が権利の濫用に当たらないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があ をもって本訴明渡請求が権利の濫用に当たる事由とすることはできないとして、これを審理判断の対象とすることなく、本訴明渡請求が権利の濫用に当たらないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、ひいては審理不尽、理由不備の違法をおかしたものというべきであり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。 なお、記録によれば、上告人は、右権利濫用の主張に先立つものとして、本件合意解除が信義則に反する旨をも主張しているというべきところ、原審は、右主張に対する明示の判断をしていない。仮に、前記二の(2)の判断が実質的にはこの点の判断を兼ねているとしても、上告人の主張するDと上告人との婚姻生活に関する前記の事実は信義則違反を根拠づける具体的事実としての意味をも有するから、これを審理判断の対象とすることなく、本件合意解除が信義則に反しないものということはできない。 四論旨は以上の趣旨をいうものとして理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、右に判示した点について更- 4 -に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官尾崎行信裁判官可部恒雄裁判官大野正男裁判官千種秀夫- 5 - 夫
▼ クリックして全文を表示