令和3年3月25日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成30年(ワ)第31675号損害賠償本訴請求事件(第1事件)令和元年(ワ)第14803号損害賠償反訴請求事件(第2事件本訴)令和元年(ワ)第24107号損害賠償反訴請求事件(第2事件反訴)口頭弁論終結日令和2年12月22日 判決 第1事件原告兼第2事件本訴原告(第2事件反訴被告)株式会社ビーシージェー(以下「原告」という。) 同訴訟代理人弁護士金谷達成 第2事件被告 A(以下「被告A」という。) 第2事件本訴被告(第2事件反訴原告)千代田紡織株式会社(以下「被告会社」といい,被告Aと併せて「被告ら」という。) 同訴訟代理人弁護士上田裕同井原淳 主文 1 原告の被告Aに対する請求を棄却する。 2(1) 原告の被告会社に対する請求を棄却する。 (2) 被告会社の反訴請求を棄却する。 3 訴訟費用は,第1事件並びに第2事件本訴及び同反訴を通じてこれを20分し,その1を被告会社の負担とし,その余を原告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求 1 第1事件 被告Aは,原告に対し,金3413万3000円及びこれに対する平成30年11月23日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 2 第2事件本訴被告会社は,原告に対し,金2958万3000円及びこれに対する令和元年6月18日から支払済みまで年6分 年11月23日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 2 第2事件本訴被告会社は,原告に対し,金2958万3000円及びこれに対する令和元年6月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 3 第2事件反訴原告は,被告会社に対し,金303万7009円及びこれに対する平成30年3月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件のうち,第1事件は,原告が,①その元代表取締役であった被告Aが, 転職先の被告会社において営業秘密の使用又は開示行為(不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項7号に規定する行為)をしたことによって,原告が従前の取引先との取引関係を喪失した旨,及び②被告Aが,原告の取締役としての任務懈怠行為をした旨を主張して,被告Aに対し,①については,不競法4条に基づき,また②については会社法423条1項に基づき,取引先喪 失による逸失利益2958万3000円及び被告Aが退社の意思を示した平成29年8月1日から同年11月22日までの役員報酬相当額455万円の合計3413万3000円の損害賠償金並びにこれに対する平成30年11月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで,商事法定利率年6分の割合(平成29年法律第45号による改正前の商法によるもの。以下同じ。)による遅延 損害金の支払を求めた事案である(上記第1の1)。 また,第2事件本訴は,原告が,被告Aがその転職先の被告会社において営業秘密の使用又は開示行為(不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項7号に規定する行為)をしたことによって,原告が従前の取引先との取引関係を喪失した旨を主張して,被告会社に対し,不競法4条,民法719条に基づき,取引 正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項7号に規定する行為)をしたことによって,原告が従前の取引先との取引関係を喪失した旨を主張して,被告会社に対し,不競法4条,民法719条に基づき,取引先喪失による逸失利益2958万3000円の損害賠償及びこれに 対する令和元年6月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで,商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(上記第1の2)。 さらに,第2事件反訴は,被告会社が,原告との間で下請工事契約を締結し,これを完成させたにもかかわらず,原告が代金を支払わない旨を主張して,原 告に対し,上記下請工事契約に基づく未払請負代金303万7009円及びこれに対する最終の請求日の翌日から支払済みまで,商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(上記第1の3)。 1 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。なお,枝番号の記載を省略したものは,枝番号を含む(以下同様)。) (1) 当事者ア原告は,熱絶縁工事の請負,電気工事の設計及び施工等を業とする株式会社である。 イ被告Aは,遅くとも平成22年頃から同29年11月22日まで,原告の代表取締役を務め,その業務を統括していた。その後,被告Aは,平成 29年12月1日から,被告会社の防災部に所属し,同社の業務を行っている。 ウ被告会社は,普通倉庫業,熱絶縁工事の施工及び請負等を業とする株式会社である。 (2) 被告Aの退任及び本件見積ソフト等の持ち出し ア原告においては,防災工事の見積もりに係る業務に用いられる「防災工 事統合管理システム」(以下「本件見積ソフト等」という。)を社内のコンピュータにおいて ソフト等の持ち出し ア原告においては,防災工事の見積もりに係る業務に用いられる「防災工 事統合管理システム」(以下「本件見積ソフト等」という。)を社内のコンピュータにおいて,共有していた。 イ被告Aは,平成29年7月頃,原告の代表者を退任する旨の意思を表明し,同年11月22日に退任したところ,退任前に,原告のパソコンから本件見積ソフト等を構成するファイルをUSBメモリにコピーして,これ を社外に持ち出した。 (3) 本件各工事の実施等ア原告は,別紙「工事一覧」記載の各工事(以下「本件各工事」という。)を,「発注元」欄記載の各発注元から受注していた。本件各工事は,いずれも,原告の代表者であった被告Aのほか,原告の従業員であった職人ら3 名(以下「原告元従業員ら3名」という。)が担当している現場であった。 イ被告A及び原告元従業員ら3名は,被告会社への転職の前後を通じて本件各工事を実施し,平成29年12月までに本件工事を完成させ,原告及び各発注元に引き渡した。 ウ被告Aの退任後,原告は,重要な取引先であった訴外海光電業株式会社 (以下「海光電業」という。)から新たな工事の受注を得ることがなくなる一方で,被告会社が海光電業から受注を得るようになった。(弁論の全趣旨) 2 争点(1) 被告らによる営業秘密の使用又は開示行為の有無(争点1)(2) 被告Aの任務懈怠の有無(争点2) (3) 原告の損害(争点3)(4) 原告と被告会社との間の下請工事契約の有無及びその内容(争点4)(5) 相当な請負代金額(争点5) 3 争点に関する当事者の主張(1) 争点1(被告らによる営業秘密の使用又は開示行為の有無) の下請工事契約の有無及びその内容(争点4)(5) 相当な請負代金額(争点5) 3 争点に関する当事者の主張(1) 争点1(被告らによる営業秘密の使用又は開示行為の有無) [原告の主張] ア被告Aは,原告の代表取締役在任中に,次のイのとおり,不競法2条1項7号所定の「営業秘密」に該当する本件見積ソフト等をUSBメモリに保存する方法で社外に持ち出して,これを利用して,原告の取引先に対し,以後は原告との取引を行わないよう働きかけたり,現に原告が取引先から受注している工事等を被告会社に施工させたりするなどの行為を行った ものであり,被告Aのこれらの行為は,原告に対する図利加害目的に基づく行為である。 イ次に照らせば,本件見積ソフト等は,不競法2条1項7号所定の「営業秘密」に当たるものである。 すなわち,まず,本件見積ソフト等は,顧客に対する見積書を作成でき, かつその情報を蓄積できるものであって,有用性が極めて高いものであり,また非公知のものであった。また,本件見積ソフト等は,原告において,システム管理に精通した元従業員が中心となって外部業者に委託して製作させた完全にオリジナルのものであり,社外の人間がこれを利用することは不可能であり,さらに原告は,本件見積ソフト等を秘密として扱い, 社外にこれを開示する行為等を厳格に禁止していたから,本件見積ソフト等は,秘密管理性の要件も充足するものであった。 ウ本件見積ソフト等の「営業秘密」該当性は,本件見積ソフト等が容易には外部に持ち出せない仕組みとなっており,また,多額の費用をかけて特注したものであることからも裏付けられる。 [被告らの主張]原告の上記主張は争う。 ア被告Aが,本件見積ソ ち出せない仕組みとなっており,また,多額の費用をかけて特注したものであることからも裏付けられる。 [被告らの主張]原告の上記主張は争う。 ア被告Aが,本件見積ソフト等をUSBメモリに保存して社外に持ち出したことは認めるが,それは,原告に在職中に受注した工事のうち,既に完工した工事の精算書を,退職後に見積書という表題で海光電業に送付する ためにしたものであるにすぎない。被告Aは,本件見積ソフト等を用いて 新規の受注に関わるような見積書を他社に作成・送付したことはなく,原告に対する図利加害目的は存しない。 イ本件見積ソフト等は,あくまで見積ソフトであり,工事方法に係る施工前の見込みを記録したものにすぎず,現実に行った施工方法,最終的な施工価格,利益率といった情報は,本件見積ソフト等だけでは分からない。 そして,過去の工事の情報は,基本的に工事手配書により確認していたのであって,本件見積ソフト等が防災工事の受注等に有用なものであるとはいえない。また,原告が本件見積ソフト等を秘密として扱い,社外に開示する行為等を厳格に禁止していた事実はなく,本件見積ソフト等は秘密管理性の要件を充足するものではない。さらに,本件見積ソフト等は,原告 から依頼を受けた元従業員の友人において,市販ソフトを利用して組み上げたものであり,完全なオーダーメイドではなく,模倣も容易なものである。 (2) 争点2(被告Aの任務懈怠の有無)[原告の主張] 被告Aは,原告の代表取締役在任中であるにもかかわらず,①原告の費用で,転職先である被告会社を頻繁に訪問して転職準備をし,②転職予定先であった被告会社の関係者を原告の資金で接待し,③海光電業等の原告の重要取引先の関係者を原告の 中であるにもかかわらず,①原告の費用で,転職先である被告会社を頻繁に訪問して転職準備をし,②転職予定先であった被告会社の関係者を原告の資金で接待し,③海光電業等の原告の重要取引先の関係者を原告の資金で接待し,④海光電業を初めとする原告の取引先に,原告と取引をしないよう働きかけ,⑤被告会社が建設業許可を取得で きるように準備するなどの行為をなしたものである。これらからすれば,被告Aにおいては,原告の代表取締役としての任務懈怠があったというべきである。 [被告Aの主張]原告の上記主張は争う。被告Aに原告の代表取締役としての任務懈怠があ ったとは認められない。すなわち,被告Aは,原告の代表取締役を退任する 意思を表明した後も,原告の代表者として,原告の取引先に赴いたり,メール等により連絡をとっていたものであり,被告会社への転職準備をしたり,原告の得意先に対し,以後,原告と取引をしないよう働きかけるなどの行為に及んだりした事実はない。また,被告Aは,原告の代表取締役を退任した後に,被告会社の建設業許可に必要な手続を行ったものである。 (3) 争点3(原告の損害)[原告の主張]原告の被った損害の額は,次のア,イの合計3413万3000円である。 ア被告らの不正競争行為による損害被告らの不正競争行為により,原告は,海光電業との間の新規取引がな くなった。その逸失利益は,過去2期における同社との取引による原告の利益を参考にすると,2958万3000円となる。 イ被告Aの任務懈怠による損害被告Aの任務懈怠行為により,原告は,当該任務懈怠の生じた期間につき,被告Aに支払った報酬相当額の損害を被った。その金額は455万円 となる。 イ被告Aの任務懈怠による損害被告Aの任務懈怠行為により,原告は,当該任務懈怠の生じた期間につき,被告Aに支払った報酬相当額の損害を被った。その金額は455万円 となる。 [被告らの主張]原告の上記主張は争う。 (4) 争点4(原告と被告会社との間の下請工事契約の有無及びその内容)[被告会社の主張] 原告と被告会社は,原告が受注していた本件各工事について,受注元から引き続き被告A及び原告元従業員3名に担当してもらいたい旨の要請があったことから,原告を元請,被告会社を下請とする下請工事契約を締結した。 これは,被告Aが,原告の100%株主である訴外B(以下「B」という。)の了承をとる形で実質的に合意に至ったものであるが,下請工事代金までの 合意はなされていなかった。 原告と被告会社との間で下請工事契約が締結された事実は,①被告AがBに対して,未完成の工事は被告Aの方で対処する旨の申出をし,Bが特段の異議を述べなかったこと,②その後に,被告Aと原告代表者が海光電業に赴き,被告Aが原告を退職した後においても,三社(被告会社,原告,海光電業)で協力してやっていく旨を確認したこと,③現に被告会社において,本 件各工事を完成させたことからも裏付けられる。 [原告の主張]被告会社の上記主張は争う。原告と被告会社との間で,本件各工事に係る下請工事契約が成立した事実はない。 (5) 争点5(相当な請負代金額) [被告会社の主張]被告会社は,本件各工事を完成させ,原告及び各発注元に引き渡しているところ,相当な請負代金額は,本件各工事に要した実費を参考にすると,合計303万7009円となる。 [原告の主張] 被告会社は,本件各工事を完成させ,原告及び各発注元に引き渡しているところ,相当な請負代金額は,本件各工事に要した実費を参考にすると,合計303万7009円となる。 [原告の主張] 被告会社の上記主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実前記第2の1の前提事実並びに各掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (1) 本件見積ソフト等についてア原告においては,平成15年から平成29年10月末までの間,防災工事につき,本件見積ソフト等を利用して業務を行っていた。本件見積ソフト等は,被告Aが,原告の元従業員の友人に依頼し,同人が市販のソフトを利用して作成したものであった。本件見積ソフト等は,被告Aが以前に 在籍し,原告との間で元請としての立場で取引のあった会社においても使 用されており,これには,同社による見積もりに係る情報も蓄積されていた。(甲48,乙4,被告A本人)イ本件見積ソフト等は,新規顧客等に対する見積りを作成する場合などに使用されるほか,工事番号,得意先名(取引先),又は受渡場所(工事場所)を入力すること等により,過去の見積りに係るデータ(どのような工法の 工事につき幾らの見積額としたか等)を検索できるものとなっていた。(甲19ないし26,甲48,乙4)ウ本件見積ソフト等は,原告の社内のコンピュータにおいて共有され,社外の人物の利用やアクセスは不可能な状態で管理されていたが,他方,原告の代表者のみならず,その従業員であれば,このシステムを利用して見 積書を作成し,また,過去の実績(取引先や見積額等)を検索することができた。また,原告の従業員数は,20人に満たない数であったところ,原告の従業 その従業員であれば,このシステムを利用して見 積書を作成し,また,過去の実績(取引先や見積額等)を検索することができた。また,原告の従業員数は,20人に満たない数であったところ,原告の従業員であれば,いずれの者においても,原告の受注先の名称等の情報は把握していた。(乙4,弁論の全趣旨)(2) 被告Aの代表取締役退任の表明以降の行動 ア被告Aは,遅くとも平成29年7月7日,Bに対し,原告の代表者を退任する旨の意思を表明し,同年11月22日に退任した。(乙4)。 イ被告Aは,上記退任前に,原告のパソコンから本件見積ソフト等をコピーして社外に持ち出した。その後,被告Aは,本件見積ソフト等を利用して,退任前に原告において受注した工事のうち,すでに完成した工事の精 算書を海光電業に送付した。(乙4,被告A本人)ウ被告Aは,平成29年8月から11月にかけて,被告会社のほか,海光電業の事務所や工事現場を複数回訪問した。また,同期間中に被告Aが送信したメールのうち,7割ないし9割程度が,被告会社や海光電業に対するものであった。(弁論の全趣旨) (3) 本件各工事をめぐる事実経過 ア原告は,平成29年11月頃までに,それぞれ,本件各工事について,別紙「工事一覧」の「発注元」欄記載の各発注元から受注し,これに基づいて,その後,本件各工事に着手した。原告において,本件各工事を担当していたのは,被告A及び原告元従業員ら3名であった。 イ被告Aは,平成29年7月,Bに対し,原告の代表者を退任する意思を 表明したが,その後,Bに対し,本件各工事に関し,その具体的詳細の説明はしないまま,総括的に,未完成の工事については,自らの原告代表者退任までの間に対処する旨を申し 告の代表者を退任する意思を 表明したが,その後,Bに対し,本件各工事に関し,その具体的詳細の説明はしないまま,総括的に,未完成の工事については,自らの原告代表者退任までの間に対処する旨を申し出ていた。(証人B,被告A本人)ウ被告Aは,平成29年11月13日に,Bとともに,本件各工事のうち多くの工事の発注元である海光電業の事務所を訪ね,同社の担当部署の部 長及び担当者であった訴外C(以下「C」という。)と面談した。当該面談において,被告A,B及びCは,被告Aが原告の代表者を退任した後も,3者が協力して,工事を完成させることを確認した。 (乙3,乙4,証人C,被告A本人)エ原告元従業員ら3名は,被告Aの原告代表者からの退任を前提に,平成 29年11月1日から被告会社に転職した。他方,被告Aは,同月22日に原告代表者を退任し,同年12月1日から被告会社で稼働を開始した。 (弁論の全趣旨)オ被告A及び原告元従業員ら3名は,本件各工事の受注元(海光電業を含む。)から,従前の担当者に引き続き担当してほしいとの意向を受けて,被 告会社に移籍する前後を通じて,原告受注に係る本件各工事の担当を続け,被告会社に移籍したすぐ後である平成29年12月までには,本件各工事を完成させて,各発注元に引き渡した。(乙4,被告A本人) 2 争点1(被告らによる営業秘密の使用又は開示行為の有無)について(1) 本件見積ソフト等の「営業秘密」該当性について アまず,原告の主張に係る本件見積ソフト等が,不競法所定の「営業秘密」 に該当するか否かが問題となるところ,同「営業秘密」に該当するためには,本件見積ソフト等について,①秘密として管理されていること(秘密管理性),②事業活動に有用な ,不競法所定の「営業秘密」 に該当するか否かが問題となるところ,同「営業秘密」に該当するためには,本件見積ソフト等について,①秘密として管理されていること(秘密管理性),②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性),及び③公然と知られていないものであること(非公知性)の各要件を満たす必要があるものというべきである(同法2条6項)。 これを本件についてみるに,前記1(1)のとおり,本件見積ソフト等は,市販のソフトを利用して作成され,これに原告の取引先や見積額等の情報が入力されたものであるが,それ以外に他社の取引先や見積額等の情報も入力されていたものである。また,本件見積ソフト等は,社外の者が利用することはできなかったが,原告の社内のコンピュータにおいて共有され, 原告の代表者のみならず,原告の従業員であれば,特段の制限を受けることなく,本件見積ソフト等を利用して見積書を作成し,あるいは過去の見積もりに係る情報を検索することができた。すなわち,原告の従業員であればだれでも,その業務を遂行する過程で,本件見積ソフト等に自由にアクセスすることができる状態であったものである。他方で,本件各証拠を みても,原告において,本件見積ソフト等やこれに蓄積された取引先や見積額等の情報について,社外秘としてその持出しを厳禁しそのことを従業員に周知していたなどの事情を具体的に認めるに足りる客観的証拠は見当たらない。 これらによれば,本件見積ソフト等については,アクセスが制限されて いた程度は緩かったといわざるを得ず,アクセスした者が秘密として客観的に認識できた状態であったとも直ちには言い難いものであり,原告において,秘密として管理していることを認識できるだけの措置が講じられていたとは認め難いとい ざるを得ず,アクセスした者が秘密として客観的に認識できた状態であったとも直ちには言い難いものであり,原告において,秘密として管理していることを認識できるだけの措置が講じられていたとは認め難いというほかないものである。したがって,本件見積ソフト等については,少なくとも上記①の秘密管理性の要件を欠くものといわ ざるを得ない。 イこれに対し,原告は,本件見積ソフト等は,容易には外部に持ち出せない仕組みとなっていたこと,本件見積ソフト等は,多額の費用をかけて特注したものであることなどを指摘して,本件見積ソフト等が「営業秘密」に当たる旨を主張する。 しかしながら,本件見積ソフト等について,秘密管理性を肯定できるほ どの,その外部持出しを阻害する客観的仕組みを具体的に認めるに足りる証拠はない。また,多額の費用をかけたことによって,当然に,秘密管理性が肯定されるわけではなく,これが肯定されるためには,そのような費用投下がされているものにつき秘密として管理していることを認識できるだけの措置が講じられていたことが認められる必要があるところ,上記 説示のとおり,かかる事実は認め難いというほかないものである。 以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。 (2) 以上によれば,原告が主張する,不競法2条1項7号所定の,被告らによる営業秘密の使用開示行為は認められないというべきである。なお,前記1(2)イのとおり,被告Aは,原告の代表取締役を退任して,被告会社で稼働す るようになった後に,原告での残務を処理する上で本件見積ソフト等を使用したことはあるが,それ以外にこれを使用した形跡が見当たらないことからすれば,被告Aによる本件見積ソフト等の持ち出し行為について,図利加害目的があっ 原告での残務を処理する上で本件見積ソフト等を使用したことはあるが,それ以外にこれを使用した形跡が見当たらないことからすれば,被告Aによる本件見積ソフト等の持ち出し行為について,図利加害目的があったものとも認められず,この点からしても,不競法2条1項7号所定の,被告らによる営業秘密の使用開示行為は認められないものである。 3 争点2(被告Aの任務懈怠の有無)について(1) 原告は,被告Aが原告の代表取締役としての任務を懈怠したと主張し,その具体的内容として,被告Aが原告の代表取締役在任中に,①原告の費用で,転職先である被告会社を頻繁に訪問して転職準備をしたこと,②転職予定先であった被告会社を原告の費用で接待したこと,③原告の重要取引先を原告 の費用で接待したこと,④原告の取引先に,原告との取引をしないよう働き かけたこと,⑤被告会社が建設業許可を取得できるように準備したことを主張する。 (2) しかしながら,①については,被告会社は原告の取引先であったのであるから,原告代表者であった被告Aが被告会社を訪問したからといって,直ちに転職準備をしていたものと推認することはできず,他に被告Aによる転職 準備の事実を認めるに足りる証拠はない。また,②,③についても,任務懈怠に当たるような接待に係る具体的事実を客観的に認めるに足りる証拠はない。さらに,④についても,前記1(3)エのとおり,原告が海光電業から受注していた工事は,被告A及び原告元従業員ら3名が,海光電業の意向を受けて,引き続き本件各工事の担当を続けて完成させたものであることが認めら れ,被告Aが原告受注の工事を奪って行った工事とはみられない。また,証拠(乙3,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,原告が海光電業から受注を得られなくなったのは, させたものであることが認めら れ,被告Aが原告受注の工事を奪って行った工事とはみられない。また,証拠(乙3,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,原告が海光電業から受注を得られなくなったのは,被告Aの所為とは関係がない他の原因があったこと(海光電業の担当者において,原告が工事を完成させずに放棄したものと認識するような状況があり,それが原因となってその後原告が海光電業の受注 を得られなくなったこと)がうかがわれる。そうすると,原告が海光電業からの発注を得られなくなったからといって,その原因として被告Aにおいて,④原告の取引先に対し,原告との取引をしないよう働きかけた事実があることを推認することは困難である。加えて,⑤の事実についても,原告は被告A名義の平成29年10月13日付け「実務経験証明書」(甲37)を提出す るが,その一方で,被告A名義の平成29年12月1日付け「実務経験証明書」(乙1)も作成されていることからすれば,上記の「実務経験証明書」(甲37)の作成のみをもって当然に,被告Aにおいて,原告代表者の任務違背行為に当たるような,被告会社が建設業許可を取得できるようにする準備行為をしていたものと認めることは困難であり,他にこれを認めるに足りる証 拠もない。 そして,上記①ないし⑤のほかに,被告Aの任務懈怠を基礎付けるような事実関係を具体的に認めるに足りる客観的証拠は見当たらない。したがって,被告Aに原告の代表取締役としての任務懈怠行為は認められないというべきである。 (3) これに対し,原告は,上記のとおり,被告Aにおいて原告の代表取締役と しての任務懈怠があった旨を主張し,原告代表者及び原告の100%株主であるBは,これに沿う陳述・供述をする(甲48,49,証人B,原告代表者 は,上記のとおり,被告Aにおいて原告の代表取締役と しての任務懈怠があった旨を主張し,原告代表者及び原告の100%株主であるBは,これに沿う陳述・供述をする(甲48,49,証人B,原告代表者)。 しかしながら,原告代表者及びBの陳述・供述の内容についてそれぞれ検討しても,その内容は,いずれも客観的な裏付けが乏しく,自らの憶測を述 べたものにとどまっているといわざるを得ないものであって,上記陳述・供述によって,被告Aの任務懈怠を基礎付けるような事実関係を具体的に認めるには足りない。 そうすると,上記陳述・供述を採用して原告の上記主張を採用することはできない。 4 争点3(原告・被告会社間の下請工事契約の成否及びその内容)について(1) 前記1(3)の事実経過に照らせば,本件各工事は,いずれも原告において受注し,被告A及び原告元従業員ら3名が被告会社に移籍する以前又は移籍して間もない時期において,工事に着手されたものであり,上記移籍時期と工事完成時期とが近接していることに照らしても,被告A及び原告元従業員ら 3名が本件各工事の担当を続けたのは,飽くまで原告の100%株主であるBの了承の下,各受注元の意向に基づき,原告における業務を完遂する一環として担当したものにすぎないと評価すべきであって,被告会社の従業員等として,原告の下請の立場で行ったものではないとみるのが相当である。 これらによれば,被告会社と原告との間で,下請工事契約が締結されてい たということはできず,これを認めるに足りる証拠はない。 (2) これに対し,被告会社は,①被告AがBに対して,未完成の工事は被告Aの方で対処する旨の申出をし,Bが特段の異議を述べなかったこと,②その後に,被告Aと原告代表者が海光電業に赴き,被告 (2) これに対し,被告会社は,①被告AがBに対して,未完成の工事は被告Aの方で対処する旨の申出をし,Bが特段の異議を述べなかったこと,②その後に,被告Aと原告代表者が海光電業に赴き,被告Aが原告を退職した後においても,三社で協力してやっていく旨を確認したこと,③現に被告会社において,本件各工事を完成させたことなどを主張して,原告と被告会社間と の間において,請負代金を相当額とする下請工事契約が成立した旨を主張する。 しかしながら,①については,被告Aが,原告の下請として,被告会社の従業員等としての立場で本件各工事を行うことを述べ,Bがこれを了承したとみることのできる具体的事情を基礎付ける証拠はなく,むしろ,被告Aが, 原告の受注した工事として,これを完成させるまで原告の担当者として関与することを述べ,Bがこれを了承したにすぎないとみられるものである。また,②についても,被告会社について言及されていたとしても,取引関係者の間でなされた儀礼的なあいさつの域を出ないものであって,これをもって直ちに,原告と被告会社との間の下請工事契約の成立を推認することはでき ない。さらに,③については,被告A及び原告元従業員ら3名が,被告会社に移籍した後も引き続き本件各工事を担当して完成させたとしても,上記説示に照らせば,これをもって,被告会社が原告の下請として,両者の合意に基づき本件各工事を完成させたと評価できるものとはいい難い。 (3) したがって,原告と被告会社との間に,被告会社の主張に係る下請工事契 約が成立したとは認められない。 5 結論以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告の被告らに対する不競法に基づく損害賠償請求,原告の被告Aに対する取締役としての任務懈怠に基づく損害賠償請 主文 原告の被告らに対する不競法に基づく損害賠償請求,原告の被告Aに対する取締役としての任務懈怠に基づく損害賠償請求は,いずれも理由がなく(第1事件,第2事件本訴),他方,被告会社の原告に対する下請工事契約に基づく請負代金支払請求も,理由がない(第2事件反訴)。よって,原告の被告らに対する各請求及び被告会社の反訴請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官田中孝一 裁判官横山真通 裁判官奥俊彦 (別紙工事一覧省略)
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