平成18(わ)171 殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
平成18年11月17日 鹿児島地方裁判所
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判決文本文23,057 文字)

主文 被告人を無期懲役に処する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成12年5月25日午前10時30分ころ,鹿児島県出水市a町b番地所在のA方において,B(当時18歳)に対し,殺意をもって,出刃包丁(刃体の長さ約17センチメートルのもの。)で,その頸部,左胸部等を多数回突き刺すなどし,よって,そのころ,同所において,同女を左鎖骨下部刺創により失血死させたものである。 (事実認定の補足説明)第1当事者の主張等 弁護人は,被告人が本件の犯人ではなく,被告人は無罪であると主張しており,被告人も,捜査・公判を通じて,被害者が殺害されたとされる平成12年5月25日午前10時30分に近い時刻に,被害者方を訪れ,被害者に会ったことは認めるものの,殺人を犯してはいないと供述している。 検察官は,被告人が犯人であることを示す間接事実として,①被害者方の台所流し台縁から被害者の血液で印象された指紋が採取されているが,この指紋が被告人のものと一致したこと②被害者方縁側にある本棚から発見・押収された本件犯行の凶器である出刃包丁に付着している血痕のDNA型鑑定をしたところ,被害者と同型のDNAと第三者のDNAが混在しており,その第三者のDNA型と被告人のDNA型が一致し,その出現頻度が約1000人に32人であったこと③被害者方の庭に駐車中の軽自動車内から発見・押収されたふきんに付着している血痕から検出したDNAが被告人のDNA型と一致し,その出現頻度が約116兆人に1人であったこと④被告人自身,本件当日の午前中,被害者方に行ったことを認めているが, 被告人が被害者に接触するには,本件犯行時しかあり得ないことを挙げている。 当裁判所は,被告人の犯人性に関する種々の間接事実を総合的に検討すると,被告人が本件殺人の犯人であるこ めているが, 被告人が被害者に接触するには,本件犯行時しかあり得ないことを挙げている。 当裁判所は,被告人の犯人性に関する種々の間接事実を総合的に検討すると,被告人が本件殺人の犯人であることは合理的な疑いを容れる余地なく,これを認めることができると判断した。そこで,以下,その理由を詳述する。 第2前提事実まず,証拠上動かし難い前提事実として,次の事実を認めることができる。 被害者の遺体が発見された経緯,本件犯行現場の状況(1)被害者と交際していたCは,平成12年5月25日(以下「事件当日」という。)午前10時27分から29分にかけて,自宅で,被害者の携帯電話から電話を受けた。その後,Cは,自宅から警察に通報した上,被害者方に駆けつけ,同日午前10時48分ころには,警察官も被害者方に到着した。 当時,被害者方の玄関扉は施錠されていたが,庭に面したアルミサッシガラス戸の1つ(西端のもの)が半開きになっていた。警察官とCが,そのガラス戸から被害者方に入ったところ,台所の流し台近くで,被害者が血を流して倒れているのが発見され,被害者の死亡が確認された。 (2)当時,被害者方台所では,流し台両開き扉の1つが開いていた。その扉の内側には包丁立てがあり,包丁4本を立てられるようになっていたが,そのうち,2箇所には包丁が立てられており,2箇所はあいている状態であった。 (3)被害者方台所の南隣にある6畳居間にはこたつが置かれ,そのこたつの上には,血痕が付着し,被害者の眼鏡及び被害者の携帯電話が置かれていた。 被害者の眼鏡の右レンズは割れ,右側の鼻掛け部位も曲がっており,周囲には割れたレンズの破片が散乱していた。 (4)前記6畳居間の南側には縁側があり,縁側から前記アルミサッシガラス戸を開けると庭に出られる構造になっている。半開きになっ 鼻掛け部位も曲がっており,周囲には割れたレンズの破片が散乱していた。 (4)前記6畳居間の南側には縁側があり,縁側から前記アルミサッシガラス戸を開けると庭に出られる構造になっている。半開きになっていたアルミサ ッシガラス戸の近くに置かれていた本棚の上からは,血の付いた出刃包丁(刃体の長さ約17センチメートルのもの。以下「本件包丁」という。)が発見された。 (5)被害者方の庭には,被害者が普段使用していた軽四輪乗用自動車が駐車されており,同車運転席側窓ガラスが全開の状態であった。同車の助手席シート背もたれの右側には,血の付いたふきん(以下「本件ふきん」という。 )がかけられていた。 被害者の遺体の損傷状況,死因被害者の胸部,背部,頸部等には,鋭利な刃物によって生じたと見られる多数の刺創ないし切創があった。被害者の死因は,大動脈及び左肺を損傷した左鎖骨下部の刺創による失血である。 このほかに,被害者の前頭部左側,前頭部右側,右眼窩部,右頬骨部,鼻部等には,鈍器による打撲,圧迫,擦過等によって生じたと見られる表皮剥脱,皮下出血があった。 第3犯行態様,犯行時刻等の検討 犯行態様について前記第2で認定した被害者の受傷状況や本件犯行現場の状況等を総合すると,被害者は,被害者方6畳居間において,何者かから,顔面に対する何らかの暴行を受けた後,台所付近で,鋭利な刃物で胸部,背部,頸部等を多数回にわたり突き刺されたり,切り付けられたりして,失血死したと認められる。 犯行時刻及び犯行直前の被害者の行動について(1)C証言の要旨Cは,公判廷において,次のとおり証言している。 ア被害者とは,事件当日の午前零時ころから,ドライブをするなどして行動を共にしていたが,同日午前10時15分ころ,被害者方から車で10分くらい,C方から車で2, において,次のとおり証言している。 ア被害者とは,事件当日の午前零時ころから,ドライブをするなどして行動を共にしていたが,同日午前10時15分ころ,被害者方から車で10分くらい,C方から車で2,3分の距離にある愛宕山で別れ,それぞれ自 宅に帰った。 イ自宅に帰って10分くらいしたとき,自宅に電話がかかってきた。電話に出ると,被害者が,小声で,切羽詰まったような緊迫した様子で,「助けて。」と3回ほど繰り返した。「どうしたの。」と問いかけたが,返事はなく,「おとなしくしとけば,何もしないと言っただろうが。」という男の声が聞こえた。その後,被害者の「きゃっ。」という声と,「ううっ。 」という苦しそうな声が聞こえた。 ウ電話の様子から,被害者の身に危険が迫っていると感じ,警察に通報した後,被害者方にも電話をかけたが,被害者方の応答はなかったので,木刀を持って被害者方に駆けつけた。その1,2分後に警察官も被害者方に駆けつけてきた。 (2)被害者の携帯電話の通話記録について捜査報告書等によれば,本件犯行に近接する時間帯の被害者の携帯電話の発信・着信の状況については,次のとおり認められる。 ア発信時刻午前10時27分38秒接続時刻午前10時27分58秒切断時刻午前10時29分35秒発信電話被害者の携帯電話受信電話Cの自宅の固定電話イ発信時刻午前10時36分18秒切断時刻午前10時36分55秒(未接続)発信電話Cの自宅の固定電話受信電話被害者の携帯電話(3)C証言の信用性C証言には,事件から6年以上が経過していることによる記憶の減退が認められるものの,記憶がはっきりしない部分については,覚えていないと率 直に述べるなど,証言態度は誠実で,記憶のとおりに証言していることがうかがえる。また,証言内容は,前記( による記憶の減退が認められるものの,記憶がはっきりしない部分については,覚えていないと率 直に述べるなど,証言態度は誠実で,記憶のとおりに証言していることがうかがえる。また,証言内容は,前記(2)の通話記録ともよく符合していて,不自然・不合理な点はなく,客観的証拠と矛盾するところもない。 C証言のうち,Cと被害者が愛宕山で別れた時間については,Cの具体的な記憶としては,かなり薄れていることがうかがえる。しかし,Cが自宅に着いてから被害者からの電話を受けるまでの時間について,10分前後と述べているところは,具体的な記憶に基づく証言と認められ,若干前後する可能性はあるにしても,その時間が大きく動くことはないと考えられる。被害者から電話がかかってきたのが午前10時27分であることは,客観的資料によって裏付けられているので,ここから逆算すると,Cと被害者が愛宕山で別れた時間は,午前10時15分ころと考えられ,この点でも,C証言は合理性があり,十分信用できる。 また,被害者から電話を受けた際に聞いた内容については,交際相手の最後の肉声を聞いた状況に関する証言であり,Cにとって,非常に衝撃的で忘れられない出来事であったと考えられるから,時間の経過による記憶の減退の影響はさほど受けていないと思料される。証言内容を見ても,実に生々しい迫真的な内容であり,このことからもこの電話の内容に関する証言は十分に信用できると判断される。 (4)C証言を前提とした検討C証言を前提とすると,被害者は,事件当日の午前10時15分ころにCと愛宕山で別れて自宅に向かったと認められる。愛宕山から被害者方までの所要時間については,C証言によると,10分程度ということであり,捜査報告書によっても,10分ないしそれ以上はかかると考えられる。したがって,被害者の帰宅時間は, められる。愛宕山から被害者方までの所要時間については,C証言によると,10分程度ということであり,捜査報告書によっても,10分ないしそれ以上はかかると考えられる。したがって,被害者の帰宅時間は,事件当日の午前10時25分ころと考えられ,愛宕山を出発した時間が若干前後することがあり得ることなどを考慮に入れても,誤差はせいぜい数分の範囲内であると考えられる。 また,被害者がCの自宅に電話をかけたのが,前記のとおり午前10時27分であるところ,このときには犯人が既に被害者方に侵入しており,被害者が犯人と遭遇していたと考えられ,本件犯行は,その通話中である午前10時29分までの間か,その直後に行われたものと認められる。 第4被告人が被害者に会った時間と犯行時刻の近接性及び第三者による犯行の機会の存在の可能性について 被告人は,事件当日,被害者方を訪れ,被害者と会ったことは認めており,後述するとおり,これを裏付ける物証が存在することも考え合わせると,その事実は疑う余地がないと考えられる。 ところで,前記第3で検討したとおり,被害者が事件当日帰宅した時間は,午前10時25分ころ(誤差はせいぜい数分の範囲内)であり,したがって,被害者が帰宅してから犯人と遭遇するまでの時間は,2,3分程度,長くてもせいぜい5分程度であったと認められる。 したがって,被告人が被害者と会ったのもその時間帯に絞られ,必然的に本件犯行の発生時刻と極めて近接することになる。このように,被告人が被害者と会った時間と本件犯行時刻が極めて近接していることは,それ自体として,被告人が犯人であることを強く推認させる事情である。 また,被告人の供述を前提とすると,このような極めて短時間のうちに,被告人が被害者方で被害者と会い,雑談をしたり,アルバムを借りるなどして,被害者方を 人が犯人であることを強く推認させる事情である。 また,被告人の供述を前提とすると,このような極めて短時間のうちに,被告人が被害者方で被害者と会い,雑談をしたり,アルバムを借りるなどして,被害者方を去った後,被告人に認識されない形で,被告人とは別の第三者が本件犯行を行ったということになるが,そのようなことは時間的にいってほとんど不可能に近く,非常に考えにくいといわざるを得ない。したがって,本件においては,被告人以外の第三者による犯行が時間的に見て非常に考えにくいという意味でも,被告人が犯人であることが強く推認されるといえる。 第5本件ふきんの血痕について 本件ふきんの血痕21箇所のうち,19箇所は被害者の血液が付着したもの であり,1箇所は被告人の血液が付着したものであることは,弁護人及び被告人もこれを積極的に争わず,証人Dの証言その他の関係証拠によって優にこれを認めることができる。 本件ふきんが事件前まで被害者方台所にあったことは,被害者の母である証人Eの証言によりこれを認めることができる。被告人も,公判廷において,被害者方台所で,自分の指の出血をふきんのような物でふいたと供述している。 そうすると,本件ふきんは,本件犯行当時,台所に存在していたが,犯人が犯行後に台所からこれを持ち出して被害者使用の軽自動車内に投棄したと考えられる。 前記第4で検討したとおり,被告人は,被害者方にさほど長い時間いたわけではないところ,その間に,特に被害者と争ったわけでもないのに,被告人が出血するような事態が生じるとは通常考えにくいし,その血液が台所にあったふきんに付着するということも,被告人の訪問が平穏なものである限り,やはり考えにくい。被告人の被害者方訪問と極めて近接する時間に発生した被害者殺害と関連性を有すると考えるのが極めて自然で合理 あったふきんに付着するということも,被告人の訪問が平穏なものである限り,やはり考えにくい。被告人の被害者方訪問と極めて近接する時間に発生した被害者殺害と関連性を有すると考えるのが極めて自然で合理的である。 したがって,本件ふきんに被告人の血液が付着していたことは,被告人が犯人であることを強く推認させる事情であると評価できる。 なお,被告人の血液が本件ふきんに付着していた経緯について,被告人の弁解内容が信用できないことについては後記のとおりである。 第6本件包丁に付着していた血痕について 当事者の主張検察官は,本件包丁が本件犯行に用いられた凶器であるとした上で,本件包丁の血痕12箇所のうち,11箇所からは被害者と同じDNA型が検出され,残る1箇所からは,複数人のDNAの混在が認められたが,被害者のDNAのほかに,他の1人のDNAが混在したとした場合,そのDNA型が被告人のものと一致すると主張している。 これに対し,弁護人は,本件包丁が本件犯行に用いられた凶器であることに疑問を呈するとともに,DNA型の一致に関する検察官の主張を争うので,以下,この点につき検討する。 本件包丁に付着していた血痕のDNA型の鑑定について(1)鹿児島県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員で,本件包丁に付着した血痕のDNA型の鑑定を実施したFは,公判廷において,DNA型の鑑定の経過及び結果について,次のとおり証言している。 アFは,平成13年5月11日,出水警察署長からの鑑定検査申請を受け,本件包丁に付着していた血痕のDNA型鑑定を実施した。この鑑定に当たっては,技術吏員のDに補助者として従事させた。 まず,本件包丁の血痕付着部位12箇所からDNAを抽出し,当時警察で実施されていた8種類のDNA型の鑑定を実施した。 イ血痕12箇所のうち,11箇所 っては,技術吏員のDに補助者として従事させた。 まず,本件包丁の血痕付着部位12箇所からDNAを抽出し,当時警察で実施されていた8種類のDNA型の鑑定を実施した。 イ血痕12箇所のうち,11箇所(うち10箇所は刃の部分,1箇所は柄の刃に近い部分)については,検査した8種類のDNA型(MCT118型,HLADQα型,TH01型,LDLR型,GYPA型,HBGG型,D7S8型,GC型)のすべてが被害者のDNA型と一致した。 これに対し,1箇所(柄の部分)については,MCT118型以外のDNA型が被害者のDNA型と一致したが,MCT118型については,16型,18型,24型,28型が検出され,複数人のDNAが混在していると認められた。被害者のDNAのMCT118型は16-24型であることから,被害者のDNAと第三者1人のDNAが混在していたとすると,その第三者のMCT118型は18-28型となる。 ウ日本人におけるMCT118型の18-28型の出現頻度は,およそ1000人に32人である。 (2)鑑定結果の信用性についてアDNA型鑑定は,細胞内にあるDNAを構成している塩基の配列が個体 により多型性を有していることから,これを分類することで,個人識別をしようとする方法であり,その科学的原理は理論的正確性を有していると認められる。そして,DNA型鑑定が,①その技術を習得した者により,②科学的に信頼される方法で行われたことが認められれば,その信用性を肯定することができる。 イそこで,まず,①の点についてみるに,本件包丁に付着した血痕のDNA型鑑定を実施したのは,Fと補助者のDである。このうち,Fは,昭和63年に鹿児島県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員として採用され,法医科において血液鑑定等の鑑定に従事し,平成7年に6か月にわたって 鑑定を実施したのは,Fと補助者のDである。このうち,Fは,昭和63年に鹿児島県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員として採用され,法医科において血液鑑定等の鑑定に従事し,平成7年に6か月にわたってDNA型鑑定に関する研修を受けた後,平成8年以降の約10年間で,約1100件ものDNA型鑑定を実施してきたものであり,本件の鑑定当時においても,相当多数のDNA型鑑定の実施経験を有していたものと認められる。 また,Dは,平成7年に同科学捜査研究所技術吏員として採用され,法医科において血液鑑定等の鑑定に従事し,平成13年にDNA型鑑定に関する研修を受けてDNA型鑑定員として認定を受けたものである。Dは,その認定以前にも,補助者としてDNA型鑑定に従事しており,本件の鑑定当時においても,補助者としてではあるが,相当数のDNA型鑑定の実施経験を有していたものと認められる。本件の鑑定は,Fの指導,監督の下に実施されており,型判定に当たっては,F自身も,チャートや写真を見てその正確性を確認したと認められる。 以上からすれば,本件のDNA型鑑定は,その技術を習得した適格者によって実施されたものと認められる。 ウ次に,②の点についてみるに,Fの証言等によれば,本件のDNA型鑑定は,当時,科学捜査研究所において行われていた一般的な方法を用いて行われたものと認められ,特に,資料の混同,汚損等に対する必要な注意 が払われており,科学的に信頼される方法によって実施されたと認められる。 エこれに対し,弁護人は,本件包丁が超低温冷凍庫の中ではなく,常温で保管されていたばかりでなく,事件当日の平成12年5月25日から同年6月6日まで血液型鑑定に付された後,出水警察署に返還され,平成13年5月11日になって本件のDNA型鑑定に付されており,その間に他の資料等と たばかりでなく,事件当日の平成12年5月25日から同年6月6日まで血液型鑑定に付された後,出水警察署に返還され,平成13年5月11日になって本件のDNA型鑑定に付されており,その間に他の資料等との接触等による資料汚染の可能性を排除できない以上,鑑定の信用性を否定すべきであるとしている。 確かに,本件包丁は,本件のDNA型鑑定までの約1年間,超低温冷凍庫の中ではなく,常温で保管されていたものである。しかし,Fは,血痕が既に乾燥した状態であれば,常温であっても保管状態に問題はないと証言しており,常温保管による鑑定への影響は否定できる。また,本件包丁は,一般的な凶器等の証拠物同様,他の資料とは別にビニール袋に入れられて保管されていたものであり,血液型鑑定の実施中や出水警察署における保管中,あるいは移動中に異物が混入する可能性も考えにくい。 オまた,弁護人は,MCT118型にだけ複数人のDNAの混在が認められて,他の7種類(HLADQα型等)からは被害者と同型のDNAしか検出されなかったことについて,疑問を呈し,MCT118型の検査の過程で,異物が混入した可能性があると主張する。 この点について,Fは,公判廷において,DNA型の検出方法は,型によってそれぞれ異なっているので,資料の質,量によって,ある型からは検出されても,他の型からは検出されないということはよくある,本件で,MCT118型だけから複数人のDNAが検出されて,他の型では被害者と同型のDNAしか検出されなかったのは,DNAの量が少なかったことが原因と考えられると説明し,異物混入の可能性を否定する。 DNA型鑑定の手順としては,まず,資料からDNAの抽出,精製を行 い,これをMCT118型,HLADQα型,TH01型,PM検査の4種類に分けてそれぞれPCR増幅した上で,型判定 を否定する。 DNA型鑑定の手順としては,まず,資料からDNAの抽出,精製を行 い,これをMCT118型,HLADQα型,TH01型,PM検査の4種類に分けてそれぞれPCR増幅した上で,型判定を行うことになる。このように,DNA精製後は,4種類で別々に鑑定が進行し,用いられる試薬やキット,型判定の方法等も異なる。したがって,複数人のDNAが混在していたとしても,一方が少量である場合においては,そのDNAがある型では検出されたり,検出されなかったりすることが十分にあり得ると考えられる。弁護人は,MCT118型においては判定する部位の塩基配列が,他の型に比べて長く,PCR増幅の効率が悪いのであるから,MCT118型で検出されて,他で検出されないというのは不自然である旨指摘する。しかしながら,少量の資料から型判定が可能かどうかは,単にPCR増幅の効率だけで決まるものではなく,F証言によっても,MCT118型が他の型に比べて感度が低いとは認められない。 よって,弁護人の主張は当たらないというべきである。 カしたがって,Fの前記DNA型鑑定については,信用性を肯定できる。 本件包丁が本件犯行に用いられた凶器であることについて前記2の鑑定結果によれば,本件包丁(11箇所,うち10箇所は刃の部分)に被害者の血液が付着していたことが認められる。 この事実に加え,本件包丁が本件犯行直後の実況見分時に被害者方縁側の本棚の上から発見されたこと,その本棚の位置が,犯人の逃走経路と考えられる縁側の半開きになっていたアルミサッシガラス戸のすぐそばであること,証人Eの証言によれば,本件包丁は,事件当日の朝まで,被害者方台所の流し台両開き扉の内側の包丁立てに収納されていたものであると認められること,前記実況見分時に,その流し台両開き扉が開いたままになっていた Eの証言によれば,本件包丁は,事件当日の朝まで,被害者方台所の流し台両開き扉の内側の包丁立てに収納されていたものであると認められること,前記実況見分時に,その流し台両開き扉が開いたままになっていたこと,被害者の遺体の刺切創の状況からも,本件包丁を本件犯行に用いられた凶器と見て特に矛盾はないこと,被害者方から他に本件犯行に用いられたような形跡のある刃物は発見されていないことなどにかんがみれば,本件犯行に用いられた凶器は 本件包丁であると認められる。 被告人の犯人性について前記2の鑑定結果によれば,本件包丁の柄の部分からは,被害者のDNAとともに,被害者以外の第三者のDNAも検出されている。本件包丁が本件犯行に用いられた凶器であることから,その第三者が本件の犯人であることが強く推認される。 その第三者が1人であるとした場合,第三者のMCT118型は18-28型となり,その出現頻度はおよそ1000人に32人となる。なお,その第三者が2人以上であることも,純理論的にはあり得るが,その場合には,第三者は,全員が,16型,18型,24型,28型以外の型を持たず,かつ,18型及び28型を必ず1人は持っていなければならないことになる。 被告人のMCT118型は18-28型であり,被告人がその第三者であるとしても,DNA型の点で特に矛盾はしない。このことは,被告人の犯人性を決定付けるほどの事情ではないが,被告人の犯人性を肯定する方向に働く1つの間接事実と評価できる。 第7台所流し台の指掌紋について 当事者の主張検察官は,被害者方台所流し台から,血液によって印象された指紋及び掌紋が発見されているが,この指紋は被告人のものと同一であると主張している。 これに対し,弁護人及び被告人は,この指紋が被告人のものであることを強く争っている。 指掌 液によって印象された指紋及び掌紋が発見されているが,この指紋は被告人のものと同一であると主張している。 これに対し,弁護人及び被告人は,この指紋が被告人のものであることを強く争っている。 指掌紋の発見・採取状況関係証拠(証人Gの証言等)によれば,次の事実が認められる。 (1)本件犯行直後に実施された実況見分の際,被害者方台所流し台の上部に血液によって印象された指紋があることが発見された(以下「本件血液指紋」という。)。また,その指紋と近接する流し台の上部から前面にかけての 場所に,血液によって印象された掌紋があることが発見された(以下「本件血液掌紋」という。)。 (2)前記実況見分の際,鑑識活動に従事していた警察官Gは,この指紋と掌紋を,1枚のパップシート(粘着性のある長方形のシートで,一辺の長さがおよそ18センチメートル及び9.5センチメートルのもの)で同時に採取した。 本件血液指紋の対照鑑定の経過について関係証拠(証人Hの証言等)によれば,本件血液指紋等の対照鑑定の経過について,次の事実が認められる。 (1)指紋主任鑑定官Hは,平成12年5月28日付けで出水警察署長から本件血液指紋及び本件血液掌紋の送付を受けた。 このうち,本件血液指紋は,母指以外の左手の指紋と推定されたが,指種は特定できなかった。本件血液指紋は,指紋分類上は渦状紋と判断されたが,隆線がプツプツと切れたような状態で印象されたり,指紋の隆線の間に血液様のものが散見されたりしており,不鮮明であった。Hは,本件血液指紋から,5点を特徴点として特定し,さらに,特徴点と明確には判断できないが,特徴点ではないかと推測した7箇所を指摘した。そして,まず,本件血液指紋を,被害者の家族や友人等の関係者の指紋と照合したが,一致するものは確認できなかった。次いで,警察 点と明確には判断できないが,特徴点ではないかと推測した7箇所を指摘した。そして,まず,本件血液指紋を,被害者の家族や友人等の関係者の指紋と照合したが,一致するものは確認できなかった。次いで,警察庁等で管理する指紋自動識別システムにより類似指紋の抽出をし(なお,その当時,被告人の指紋は登録されていたが,類似指紋としては抽出されなかった。),本件血液指紋と対照したが,一致するものは確認できなかった。さらに,容疑者として浮上した者(ただし,被告人の指紋は含まれていなかった。)の指紋との対照する指し名照会も実施したが,これによっても本件血液指紋と一致するものは確認できなかった。 なお,本件血液掌紋については,特徴点を指摘することができず,他の掌紋との対照は不能と判断された。 (2)平成18年5月,DNA型鑑定により被告人が容疑者として浮上したことを受け,Hは,被告人の指紋と本件血液指紋との照合を行った。その結果,Hは,本件血液指紋と被告人の左手環指の指紋につき,当初の鑑定で指摘した特徴点5個を含む12個の特徴点が一致するとして,本件血液指紋を被告人のものと判定した。 Hの鑑定結果について(1)Hは,公判廷において,本件血液指紋を被告人のものと判断した理由について,次のとおり説明している。 ア指紋には,万人不同,終生不変という性質がある。1本の指には,100から150個程度の特徴点があるといわれているが,日本の警察における鑑定では,2つの指紋が同一であると鑑定するためには,12個の特徴点が一致すると指摘できなければならないとされている。一致する特徴点が12個以上ある別人の指紋がこれまで一切確認されていないという経験則と,統計学的手法による分析の結果,別人の指紋の特徴点が12個以上一致する確率は1000億分の1以下とされているこ 一致する特徴点が12個以上ある別人の指紋がこれまで一切確認されていないという経験則と,統計学的手法による分析の結果,別人の指紋の特徴点が12個以上一致する確率は1000億分の1以下とされていることから,12個の特徴点が一致すれば,同一の指紋と判定できる。 イ本件血液指紋と被告人の左手環指の指紋とは,12個の特徴点が一致しており,同一であると判定できる(なお,Hが指摘した12個の特徴点については,別紙参照(添付省略))。 (2)鑑定結果の信用性アHが証言する前記(1)アは,いわゆる特徴点指摘法(12点説)の一般的な説明であり,これ自体に特に疑義はない。 イところで,本件血液指紋は,全体的に不鮮明であって,隆線の写りが不明瞭な箇所や,血がにじんだり,途切れたりして,隆線の流れが把握しにくい箇所が少なくない。本来100個以上あるとされる特徴点についても,被告人の指紋との対照前に,明確に特徴点と指摘できたのは5箇所にすぎ ない。しかも,そのうち,2箇所(番号5,6)は,当初,終止点と判断していたものを,被告人の指紋との対照時に接合点であると判断するに至ったもの,1箇所(番号12)は,当初,分岐点と判断していたものを,被告人の指紋との対照時に開始点であると判断するに至ったものである。 このように,特徴点の評価が変わったのも,本件血液指紋が不鮮明で,隆線の流れを把握することが困難であったことによるものである。また,H証言によれば,当初,特徴点ではないかと推測した箇所と,被告人の指紋との対照で新たに指摘した特徴点7箇所(番号1から4まで,7,10,11)とは,一致していないとのことである。新たに指摘された箇所については,そもそも,特徴点と認められるのかについても吟味を要する。 このように,本件血液指紋は,不鮮明であることから,被告人の指 0,11)とは,一致していないとのことである。新たに指摘された箇所については,そもそも,特徴点と認められるのかについても吟味を要する。 このように,本件血液指紋は,不鮮明であることから,被告人の指紋との同一性を判定するに当たっては,特に慎重に検討する必要があるというべきである。 ウそこで,順に特徴点についてみる。 (ア)特徴点の一致が認められるものまず,本件血液指紋の番号8,9については,いずれも,当初から,接合点であると指摘されており,その前後の隆線の流れも比較的明瞭で,接合点であることは間違いないと見られ,被告人の指紋の特徴点と一致する。 次に,本件血液指紋の番号2は,当初,特徴点として指摘されていなかった箇所ではあるが,本件血液指紋の写真をよく観察すると,分岐点であることが認識でき,被告人の指紋の特徴点と一致する。 本件血液指紋の番号7も,当初,特徴点として指摘されていなかった箇所であるが,本件血液指紋の写真をよく観察すると,接合点であることが認識でき,被告人の指紋の特徴点と一致する。なお,弁護人は,本件血液指紋の番号7について,接合点を見いだすことができないと指摘 する。確かに,接合点そのものの印象状況は明瞭ではないが,下方から左右2本の隆線が合流し,1本の隆線が上方に伸びている様子は,写真で十分に確認できる。 さらに,本件血液指紋の番号10は,当初,特徴点として指摘されていなかった箇所であるが,本件血液指紋の写真をよく観察すると,その箇所で隆線が終わっているように見られ,終止点であることが認識でき,被告人の指紋の特徴点と一致する。 以上の5点については,本件血液指紋と被告人の指紋との特徴点の一致が認められる。 (イ)特徴点の相対的な位置関係は一致するが,本件血液指紋の特徴点の種類が特定困難なもの他方,被告人の指 致する。 以上の5点については,本件血液指紋と被告人の指紋との特徴点の一致が認められる。 (イ)特徴点の相対的な位置関係は一致するが,本件血液指紋の特徴点の種類が特定困難なもの他方,被告人の指紋の番号5,6は,いずれも接合点である。これに対し,本件血液指紋の番号5,6は,当初は,いずれも終止点として指摘されていた箇所であり,終止点のようにも見えるが,接合点と見ても,特に矛盾はない。また,これらの特徴点の相対的な位置関係は,本件血液指紋と被告人の指紋とでほぼ一致する。 被告人の指紋の番号12は開始点と認められる。これに対し,本件血液指紋では,当初,分岐点として指摘されていた箇所であり,分岐点のようにも見えるが,隆線がつながっているのかどうかが明瞭ではなく,開始点と見ても,特に矛盾はない。この特徴点の相対的な位置関係は,本件血液指紋と被告人の指紋とでほぼ一致する。 (ウ)本件血液指紋について特徴点と認めることが困難なもの被告人の指紋の番号1,3は,指紋中央部の上下方向の短い隆線の両端となっている。これに対し,本件血液指紋の該当箇所は,当初,特徴点として指摘されておらず,血液の細かい粒が上下方向に断片的に印象されているが,これが隆線によって印象されたものであるとしても,隆 線の流れが明確ではなく,そもそも,特徴点と認めてよいのか,疑問が残る。 被告人の指紋の番号4は,分岐点となっている。これに対し,本件血液指紋の該当部分は,当初,特徴点として指摘されておらず,番号4の右下に血液の固まりがあることから,隆線の流れが明確ではない。したがって,この箇所も,特徴点と認めてよいのか,疑問が残る。 被告人の指紋の番号11は,分岐点となっている。これに対し,本件血液指紋の該当部分は,当初,特徴点として指摘されておらず,写真をよく観察しても,か ,この箇所も,特徴点と認めてよいのか,疑問が残る。 被告人の指紋の番号11は,分岐点となっている。これに対し,本件血液指紋の該当部分は,当初,特徴点として指摘されておらず,写真をよく観察しても,かなり不鮮明なため,この箇所も,特徴点と認めてよいか,疑問が残る。 エ以上のとおりであり,本件血液指紋と被告人の指紋は,これを別人のものと認めるべき決定的な相違点は見当たらず,5個の特徴点が位置及び種類において一致し,かつ,3個の特徴点の相対的位置関係が一致していることから,両者が同一である相当の蓋然性は認められる。しかしながら,Hが特徴点として指摘した他の4箇所については,これを特徴点と認めることには疑問が残るため,12個の特徴点すべてが一致するとするH鑑定はにわかに採用し難く,本件血液指紋を被告人のものと断定することはできない。 指紋と掌紋が同一機会に同一人により印象されたものかどうかについて検察官は,本件血液掌紋の血液のDNA型が被害者のものと一致したこと及び本件血液掌紋と本件血液指紋が同一機会に同一人によって印象されたことから,本件血液指紋が被害者の血液によって印象されたものであると主張している。そして,検察官は,本件血液指紋と本件血液掌紋が同一機会に同一人によって印象されたとする根拠として,①指紋の指先方向が掌紋と逆方向を向いていること,②本件血液掌紋と本件血液指紋が人の手の大きさと同程度の1辺約18センチメートルのパップシート1枚に収まる間隔に印象されていること, ③人血で印象されていることを挙げる。 しかしながら,本件血液指紋と本件血液掌紋の間隔その他の位置関係は,証拠上明確ではなく,被告人の指掌紋と整合するかどうかも,証拠上不明であり,検察官の指摘する根拠のみで,同一機会に同一人によって印象されたと断定することは困難 本件血液掌紋の間隔その他の位置関係は,証拠上明確ではなく,被告人の指掌紋と整合するかどうかも,証拠上不明であり,検察官の指摘する根拠のみで,同一機会に同一人によって印象されたと断定することは困難である。 以上のとおりであり,被害者方台所から発見された指掌紋については,被告人の犯人性を積極的に肯定する間接事実と評価することはできない。しかし,被告人以外の第三者の犯行をうかがわせるようなものではなく,被告人の犯人性を認めるに妨げとなるものではない。 第8被告人の弁解の検討 被告人の弁解の要旨被告人は,公判廷において,被害者との関係や事件当日被害者方を訪れた理由及び訪問時の状況等について,次のとおり供述している。 (1)被害者とは平成10年の秋ころ知り合い,性的関係を結んだ。その後も,事件当日までに3回ほど会っており,被害者方に行ったこともあった。 (2)事件当日被害者方を訪れたのは,被害者の卒業アルバムを借りるためであった。卒業アルバムの写真を見て電話をかけるなど,ナンパの手段として,アルバムを使うつもりであった。被害者には,電話で卒業アルバムを貸してほしいと話し,貸してもらうことになっていた。 (3)事件の前日,仕事で鹿児島に荷物を下ろしに行ったが,その帰りに,出水市を通るので,被害者方に寄ってアルバムを借りに行こうと思った。ただ,被害者とは連絡が取れず,事件当日に行くということは,被害者に伝えていなかったので,被害者方が見える場所まで行って,被害者を待つことにした。 (4)すると,間もなく,自動車が被害者方の庭に入るのが見えたので,被害者が帰宅したと思い,被害者方の庭から室内をうかがったところ,被害者がいるのが見えた。そこで,窓ガラスをたたいて合図をし,気付いた被害者が 縁側の戸を開けてくれたので,アルバムを借りにき ,被害者が帰宅したと思い,被害者方の庭から室内をうかがったところ,被害者がいるのが見えた。そこで,窓ガラスをたたいて合図をし,気付いた被害者が 縁側の戸を開けてくれたので,アルバムを借りにきたことを告げて,家の中に入った。家に入るときに,左側の壁に手をついてちくっとした。部屋に入った後,左手の中指か薬指から出血しているのに気が付き,靴下で血をふいた。 (5)被害者が家の中を行ったり来たりした後,テーブルかこたつのある部屋で,2人で座って話をした。自分はペットボトルのお茶を飲みながら話をしていたところ,被害者が「コップが要るね。」と言って立ち上がり,台所の方に向かった。自分も,「コップは要らんよ。」などと言いながら,被害者の後を付いていった。そのとき,性的なことができたらいいなと思い,そのきっかけ作りのような感じで,お尻を触ったが,被害者にやんわりと断られた。なお,被害者のお尻を触ろうとしたとき,被害者の服に血が付くかもしれないと思い,その辺りにあったふきんか何かで血をぬぐった。 その後,また元の部屋に戻り,少し話をした後,アルバムを借りて,すぐに被害者方を後にした。被害者方には少なくとも5分間はいたはずである。 (6)事件当日か翌日に事件のことを知り,アルバムを持っていれば自分が犯人と疑われるのではないかと思って,すぐにアルバムを捨てた。 信用性の検討被告人の弁解は,次のような理由から到底信用できない。 (1)時間的整合性を欠くこと既に検討したとおり,被害者が事件当日帰宅した時間は,午前10時25分ころ(誤差はせいぜい数分の範囲内)であり,被害者が帰宅してから犯人と遭遇するまでの時間は,2,3分程度,長くてもせいぜい5分程度であったと認められる。 被告人の供述を前提とすると,被告人が,帰宅後の被害者と会って別れた後,被 内)であり,被害者が帰宅してから犯人と遭遇するまでの時間は,2,3分程度,長くてもせいぜい5分程度であったと認められる。 被告人の供述を前提とすると,被告人が,帰宅後の被害者と会って別れた後,被告人に認識されない形で,別の犯人が被害者と接触し,殺害したことになる。しかし,被告人が被害者方にいたという時間は,被告人自身,少な くとも5分はあったというのであり,被告人の供述内容に照らしてみても,5分以内とは考え難いところ,被害者が帰宅してから犯人と遭遇するまでの時間が極めて短いことから,被告人の供述するような事実経過は,時間的に見ておよそ考えられない。 したがって,被告人の弁解は,この点において極めて不合理である。 (2)アルバムを借りたとの点について被告人は,捜査段階においては,借りたアルバムについて,被害者が事件直前の3月に卒業した女子校の卒業アルバムであることは間違いないと断定的に述べていた。ところが,実際には,被害者の高校の卒業アルバムは,被害者方から持ち出されておらず,被告人の逮捕後に被害者方から発見されていることは,そのアルバムの現物及びこれが警察に提出された経緯に関する証人Eの証言によって明らかである。 被告人は,被害者の高校の卒業アルバムが被害者方から発見されたことを知るや,公判段階になって,被害者が高校を卒業した直後の時期だったので,高校の卒業アルバムだと思い込んでいたにすぎないと供述を変遷させている。 しかし,これは,極めて不自然な供述の変遷であり,被告人の弁解全体の信用性を大きく損なうものというべきである。 弁護人は,この点について,証人Eの証言によると,被害者の妹の中学校の卒業アルバムがなくなっているというのであるから,被告人が被害者から受け取ったのは,その妹の卒業アルバムと考えられる旨主張する。 被害者の妹の の点について,証人Eの証言によると,被害者の妹の中学校の卒業アルバムがなくなっているというのであるから,被告人が被害者から受け取ったのは,その妹の卒業アルバムと考えられる旨主張する。 被害者の妹のアルバムがなくなった理由は定かでないが,仮に,被告人が持ち帰ったアルバムが被害者の妹の物だとしても,被害者が妹の卒業アルバムを被告人に渡したとはおよそ考えられない。また,被告人は,アルバムを借りる際に,被害者にはその目的を告げていたとも供述するが,そもそも,被害者が,性的動機で接触する女性を物色するのに使うという被告人の意図を告げられていたとすれば,容易にアルバムの貸与に応じるとは考え難いと ころ,被害者は,格別の抵抗も示さず,かつ,何の見返りもなしに,被告人に卒業アルバムを貸すことに承諾したというのであるから,この点でも不自然といわざるを得ない。貸したアルバムが被害者自身の物でなく,妹の卒業アルバムであるとすると,なおさら不可解である。 したがって,アルバムに関する被告人の弁解は,著しく不自然・不合理で,到底信用できない。 (3)本件ふきんに付着していた血液について被告人は,被害者方で受傷した理由について,庭から縁側に入る際に,壁に手をつき,何かが刺さって出血したと供述している。 しかしながら,被告人は,手をついたとする場所やどの指を受傷したのかを明確に述べておらず,受傷状況についての説明が極めてあいまいである上,被告人が手をついたとする外壁は金属製であり,何かが手に刺さるような場所とは考えられない。 また,自分の血を他人の家のふきんでふいたという点も,常識では考えられない行動であり,極めて不自然である。この点,被告人は,被害者のお尻を触ろうとしたときに,被害者の服に血が付かないようにするために,ふきんのような物で血をふいたと説明する いう点も,常識では考えられない行動であり,極めて不自然である。この点,被告人は,被害者のお尻を触ろうとしたときに,被害者の服に血が付かないようにするために,ふきんのような物で血をふいたと説明する。しかし,被害者の服に血液が付着することを避ける配慮をしながら,その辺りにあったふきんのような物で,それが何であるのかも十分確認せずにふいたという点も,一貫性を欠き,不自然である。なお,血をふいてぬぐえるような新しい傷口だったのであれば,たとえ,血をぬぐったとしても,触れた服に血液が付くことを避けられるというものでもないと考えられる。 したがって,本件ふきんに付着していた血液に関する被告人の弁解もまた信用できない。 (4)全体的な不自然さ,不合理さについて被告人の弁解は,全体的に見て,客観的裏付けに乏しいのみならず,被害 者と知り合った経緯や被害者との関係について述べるところも,容易に受け入れ難いような内容であり,被害者の氏名を正確に記憶していないなど,不自然・不合理な点が多々見られる。また,被告人の弁解は,全般的にはあいまいであるが,詳細に過ぎると見られる部分もあり,記憶に基づく自然な供述とは認め難い。 以上のとおりであって,被告人の弁解は到底信用できない。 第9弁護人のその他の主張について 弁護人は,被害者方縁側で発見された足跡が犯人のものである可能性が高いが,被告人は,卒業アルバムを借りにきたのであって,被害者方に土足で上がることはあり得ないから,被告人以外の第三者が犯人である可能性が高いと主張する。 しかしながら,既に検討したとおり,卒業アルバムを借りにきたという被告人の弁解がそもそも信用できず,この弁解を前提とする弁護人の前記主張もまた採用できない。 また,弁護人は,被告人が本件ふきんに自分の血液が付着していることを知 ,卒業アルバムを借りにきたという被告人の弁解がそもそも信用できず,この弁解を前提とする弁護人の前記主張もまた採用できない。 また,弁護人は,被告人が本件ふきんに自分の血液が付着していることを知りながら,あえて本件ふきんを被害者が使用する自動車内に投げ捨てて,現場に放置するはずがないと主張する。 しかしながら,本件ふきんに付着していた被告人の血液は微量とみられ,この付着の経緯につき被告人が弁解する内容が措信し難いことは前示のとおりであり,そうすると,被告人が本件ふきんに自分の血液が付着したことに気付かずに,本件ふきんを現場に放置したということも,十分に考えられる。逆に,被告人が被害者の血液の付着した本件ふきんを所持したまま逃走すれば,現場に駆けつけた警察官から職務質問を受けるなどして,たちまち殺人犯人と疑われるリスクを負うことになるのであるから,そのような事態に陥ることをおそれ,本件ふきんを現場に放置して逃走したとしても,格別不自然ではない。 したがって,弁護人の前記主張は当たらないというべきである。 他に,弁護人の主張,被告人の供述を精査しても,被告人を本件の犯人と認めるに妨げとなるような事情は存しない。 第㨯犯人性に関する間接事実の総合的検討 既に検討したとおり,被告人が事件当日被害者と会った時間と本件犯行時刻が極めて近接していること,被害者が帰宅した時間から見て,被告人とは別の第三者が本件犯行を行うことが時間的にいってほとんど不可能に近く,非常に考えにくいこと,本件ふきんに被告人の血液が付着していたことなどの間接事実からは,被告人が犯人であることが非常に強く推認される。 また,本件包丁の柄の血液付着部位から,被害者のDNAとともに,被害者以外の第三者のDNAも検出されており,被告人のDNA型(MCT118型)がその ,被告人が犯人であることが非常に強く推認される。 また,本件包丁の柄の血液付着部位から,被害者のDNAとともに,被害者以外の第三者のDNAも検出されており,被告人のDNA型(MCT118型)がその第三者のものであるとしても矛盾がないという点も,被告人の犯人性を肯定する方向に働く1つの間接事実と評価できる。 さらに,本件血液指紋が被告人のものであるとは断定できないが,これを別人のものと認めるべき決定的な相違点は見当たらず,被告人の犯人性を認めるに障害となるものではない。 他に,被告人を犯人と認めるに妨げとなるような事情も存しない。 したがって,被告人が本件殺人の犯人であることは合理的な疑いを容れる余地なく,これを認めることができる。弁護人の主張は理由がない。 (確定裁判) 事実 平成16年11月4日福岡地方裁判所宣告強制わいせつ,強姦の各罪,懲役7年,平成17年10月7日確定 証拠 前科調書(量刑の理由) 本件は,被告人が,被害者を出刃包丁で突き刺すなどして失血死させた殺人の 事案である。 まず,本件犯行の態様についてみるに,被告人は,被害者方6畳居間において,被害者の顔面を強打する何らかの暴行を加えた後,台所から持ち出した出刃包丁で,被害者の胸部,背部,頸部等を,多数回にわたって,突き刺したり,切り付けたりしたものである。このような出刃包丁による攻撃で被害者が負った刺切創は,主要なものだけで,胸部及び背部に8箇所,頸部に6箇所もあり,このうち,5箇所は,単独でも致命傷となり得る重篤なもので,右頸部から肺にまで至る深さ約15.4センチメートルのものを含め,いずれも深さ10センチメートル以上に及んでいる。また,被告人は,被害者の右頸部から顔面にかけての部位を,出刃包丁で何度も繰り返し切り付けており,その傷跡は誠に痛ましい 4センチメートルのものを含め,いずれも深さ10センチメートル以上に及んでいる。また,被告人は,被害者の右頸部から顔面にかけての部位を,出刃包丁で何度も繰り返し切り付けており,その傷跡は誠に痛ましい限りである。 このように,被告人は,被害者を出刃包丁で力を込めてめった刺しにするなどしたのであり,強固な殺害意図を有していたことは明らかであって,極めて執拗で,冷酷かつ残忍な犯行である。 本件犯行の動機については,被告人が犯行を否認しているため,その詳細を明らかにすることはできず,本件犯行当時,被告人と被害者が初対面であったのか,既に何らかの関係を有していたのかも,定かではない。しかし,もともと接点のない被告人と被害者を結び付ける要因としては,被告人が自己の性的欲求を充足させるために被害者に接近したという説明が最も合理的であるといえる。被告人は,被害者方を訪問したのはアルバムを借りるためであったが,そのついでに性的な行為をしたいとの考えも持っていたと供述しており,被告人が,事件当日,自己の性的欲求を充足させることを意図して被害者に接近したことが推察される。 これに対して,被害者が被告人の意のままにならず,交際相手に電話をして助けを求めるなどしたことから,被告人は,「おとなしくしとけば,何もしないと言っただろうが。」などと言って,本件犯行に及んだと考えられる。本件犯行が被害者の帰宅直後の極めて短時間のうちに行われていることにもかんがみると,極めて短絡的な動機に基づく犯行であると見られ,動機・経緯に酌量すべき事情は およそ見出せない。 本件犯行の結果は誠に重大である。被害者は,平成12年の春に高校を卒業したばかりで,家族や恋人,友人らと穏やかな日々を過ごしていたところ,突然,前記のような残忍な方法で殺害されたのであり,その肉体的,精神的苦痛は計り に重大である。被害者は,平成12年の春に高校を卒業したばかりで,家族や恋人,友人らと穏やかな日々を過ごしていたところ,突然,前記のような残忍な方法で殺害されたのであり,その肉体的,精神的苦痛は計り知れず,18歳の若さで,一瞬にして,将来の夢も希望もすべて奪われた無念さは察するに余りあるところである。また,被害者の遺族らに与えた精神的打撃も甚大である。本件では,事件発生から約6年もの間,犯人が逮捕されなかったが,遺族らは,そのために長い間心の平穏が得られず,多大な精神的苦痛を受けたのであり,このことも到底見過すことはできない。遺族らは,被告人の不合理な弁解に接したことで,被告人に対する怒りと憎悪を一層強くしており,その処罰感情は峻烈で,一様に極刑を希望しているが,これも至極当然というべきである。 被告人は,平成元年に強姦,強盗,強制わいせつ,強制わいせつ未遂,傷害,恐喝の各罪で懲役8年に,平成2年に傷害罪で懲役5月にそれぞれ処せられ,相当長期の服役を経験したにもかかわらず,これに懲りるどころか,前刑出所からわずか3年足らずで,より重大な本件殺人に及んだのであって,被告人の遵法精神は甚だしく欠如しているというほかない。また,被告人は,本件犯行後に犯した強制わいせつ,強姦の各罪で懲役7年に処せられているところ,これら一連の犯罪歴に照らすと,被告人には,女性を対象にした犯罪,とりわけ性犯罪に及ぶ傾向が極めて顕著である。本件は,性犯罪そのものではないが,前述したとおり,被告人が自己の性的欲求を充足させることを意図して被害者に接触したところ,被害者が被告人の意のままにならなかったことが発端になったと推察される。したがって,本件犯行を被告人がこれまで犯してきた性犯罪等の女性を対象とした犯罪と全く異質なものと見るのは適切ではなく,女性の人格を蹂躙して 人の意のままにならなかったことが発端になったと推察される。したがって,本件犯行を被告人がこれまで犯してきた性犯罪等の女性を対象とした犯罪と全く異質なものと見るのは適切ではなく,女性の人格を蹂躙してはばからない被告人の人格態度の発露と捉えるべきであり,被告人の犯罪傾向は非常に根深いというべきである。 被告人は,捜査・公判を通じて,不合理な弁解に終始しており,被害者の遺族 の被害感情に接しても,「私にしてみたら,犯人に対するそういった思いだというふうに受け取ってますから。」と述べるにとどまり,遺族に対する謝罪の言葉がないばかりか,被害者の冥福を祈る言葉すらないのであって,反省の情は微塵もうかがえない。このような被告人には,自己の犯罪に向き合おうという姿勢が全く欠如しており,前述した被告人の犯罪傾向も加味すると,被告人の更生は極めて困難で,このまま何の内省もないままに社会復帰を許せば,再び女性を対象にした重大犯罪に及ぶことが強く危惧される。 本件は,鹿児島県と熊本県の県境に近い海辺の静かな街で,突然,18歳の女性が惨殺されるというショッキングな事件であり,報道でも大きく取り上げられたことから,地域住民はもちろん,広く社会に不安と衝撃を与えたのであり,本件犯行の社会的影響も看過できない。 以上からすれば,被告人の刑事責任は極めて重大である。 他方で,本件犯行が計画的なものであるとは考え難く,衝動的,偶発的犯行と見る余地があることなど,被告人の刑事責任を軽くする方向に働く事情もある。 なお,被告人には,本件と刑法45条後段の併合罪の関係にある罪で懲役7年に処せられた確定裁判があるので,これが量刑に与える影響について検討する。 この点,もともと併合罪の関係にある複数の罪が別々に審理されることになる場合,併合審理される場合と比較して,量刑上著 懲役7年に処せられた確定裁判があるので,これが量刑に与える影響について検討する。 この点,もともと併合罪の関係にある複数の罪が別々に審理されることになる場合,併合審理される場合と比較して,量刑上著しく不均衡な結果になるのは相当でない。ところで,本件で仮に無期懲役刑が確定すると,刑法51条1項ただし書により,前記確定裁判の刑の執行が停止されることから,併合審理の結果,1個の無期懲役刑が確定する場合と比較して,科刑上被告人に著しく不利益な結果とはならない。他方,本件で仮に有期懲役刑が確定すると,刑法51条2項,平成16年法律第156号による改正前の刑法14条により,執行可能な刑期は本件と確定裁判とを合わせると最長20年,本件で執行可能な刑期は最長13年となる。 以上の諸事情を総合考慮した結果,被告人を無期懲役に処し,その生涯をかけ て,被害者の冥福を祈らせつつ,その罪を償わせるのが相当であると判断した。 よって,主文のとおり判決する。 (検察官樋口正行,同緒方広樹,国選弁護人大脇通孝(主任),同中園貞宏各出席)(求刑無期懲役)平成18年11月17日鹿児島地方裁判所刑事部裁判長裁判官谷敏行裁判官渡部市郎裁判官藪崇司

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