- 1 -平成29年2月22日宣告平成28年(わ)第369号,第444号覚せい剤取締法違反,関税法違反,麻薬及び向精神薬取締法違反被告事件判決 主文 被告人を懲役9年及び罰金350万円に処する。 未決勾留日数中170日をその懲役刑に算入する。 その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。 押収してある覚せい剤透明結晶4袋(略),コカイン及びフェナセチンを含有する白色粉末1袋(略)及びチャック付きビニール袋入り麻薬(通称ケタミン)を含有する結晶粉末1袋(略)を没収する。 被告人から金14万3500円を追徴する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,第1 氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,みだりに,平成28年(2016年)5月14日(現地時間),中華人民共和国香港特別行政区所在の香港国際空港において,覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶約1001.8グラム(略)を隠し入れたスーツケース1個を機内預託手荷物として新千歳空港行きの航空機に積み込ませて搭乗し,同日,北海道千歳市美々所在の新千歳空港において,同空港作業員に,前記スーツケースを同空港に到着した同航空機から機外に搬出させて日本国内に持ち込み,もって覚せい剤を本邦に輸入するとともに,同日,同空港内の函館税関千歳税関支署入国旅具検査場において,前記覚せい剤を前記スーツケース内に隠し持ったまま,その事実 - 2 -を申告せずに同検査場を通過しようとし,もって関税法上の輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入しようとしたが,同支署税関職員に発見されたため,こ ス内に隠し持ったまま,その事実 - 2 -を申告せずに同検査場を通過しようとし,もって関税法上の輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入しようとしたが,同支署税関職員に発見されたため,これを遂げることができず,第2 みだりに,同日,同検査場検査室において,麻薬であるコカインを含有する粉末約0.092グラム(略)及び麻薬である2-(2-クロロフェニル)-2-(メチルアミノ)シクロヘキサノン(別名ケタミン)を含有する粉末約0. 083グラム(略)を所持した。 (証拠の標目)略(争点に対する判断) 1 本件の争点は,被告人に覚せい剤密輸入の罪について故意が認められるか,すなわち,被告人が運搬した荷物(以下「本件荷物」という。)が覚せい剤を含む違法薬物であることを認識していたかどうかである。 2 関係各証拠により認められる本件荷物に係る事実関係によれば,以下のとおり,被告人が本件荷物について覚せい剤を含む違法薬物である可能性を認識していたことを推認させる事実が複数存在し,他方,これに対する弁護人の主張及び被告人の弁解は,いずれもこれを妨げるものではない。 被告人は,フェイスブック上の求人広告(以下「本件広告」という。)を見て仕事を申し込んでいるが,本件広告には,仕事の具体的な内容の記載がなく,連絡先として「甲」なる人物の通信アプリケーション「WhatsApp」(以下「WhatsApp」という。)における電話番号の記載があるだけで雇用主の正式名称や所在地等の具体的な情報の記載もないなど,真っ当な仕事であれば当然記載されるはずの情報が記載されていない。また,わずか1週間で最高2万ないし50万香港ドル(約28万7000円ないし約717万5000円)という高額の報酬が支払われるというのも不自然であるし,説明文の冒頭にはあえて 報が記載されていない。また,わずか1週間で最高2万ないし50万香港ドル(約28万7000円ないし約717万5000円)という高額の報酬が支払われるというのも不自然であるし,説明文の冒頭にはあえて合法であることを強調する記載もある。こ - 3 -のような本件広告の内容からは,真っ当な仕事の求人でないことがうかがわれる。 そして,被告人は,本件広告を見て,甲にWhatsAppを通じて連絡を取り,「偽装結婚以外他ありますか?」,「すぐにお金入る仕事が欲しい」,「偽装結婚はやりました。信用情報は良くない,負債あり」とのメッセージを送っているが,広告主が合法な仕事を募集していると考えていたのであれば,自分に違法行為の経験があることを伝えることは常識的に考えてあり得ず,被告人が,本件広告が違法な仕事の求人であると認識してこれに申し込んだことが推認できる。 イその後,被告人は,甲から「あなたの条件なら他もっとあるけど,DDでも問題ない?」と尋ねられると,「DDはなんですか?」と聞き返し,甲が「黄,賭・・・の次は何なのかわかるでしょう。」「分かったら返事しなくてもいい。問題ありますか?」と返答すると,「問題ないって言うのはDDをやるかやらないかって言うことですか?まあ,金額によりますね。」と述べている。このやり取りからは,「DD」が,甲が被告人に依頼しようとしている仕事の内容を意味していることが明らかである。そして,中華人民共和国では,「風俗,賭博,違法薬物」を意味する「黄,賭,毒」という漢字3文字の組合せが代表的な禁止事項を示す言葉として防犯標語等で使用されており,テレビや新聞,インターネット等でも引用され,一般的に広く知られている言葉であることが認められる(略)。そうすると,被告人が「黄,賭」に続く言葉が「違法薬物」を意味する「 犯標語等で使用されており,テレビや新聞,インターネット等でも引用され,一般的に広く知られている言葉であることが認められる(略)。そうすると,被告人が「黄,賭」に続く言葉が「違法薬物」を意味する「毒」であることを知っていた可能性は高い。仮に被告人がこれを知らなかったとすれば,通常は更に仕事の内容について質問を重ねるはずであるが,そのようなこともなく,「金額によりますね」と答えていることからすれば,この時点で,報酬の金額が仕事に見合うものかを判断できるほどに,「DD」の意味,すなわち仕事の内容を理解していたことが推認される。 - 4 -ウまた,被告人が引き受けた仕事(以下「本件仕事」という。)は,2万香港ドル(約28万7000円)の報酬と引換えに,スーツケースの中に依頼主が入れた本件荷物を香港から日本に持ち込み,入国後に依頼主から指示される人物に引き渡すというもので,航空運賃や宿泊費等の経費は全て依頼主側の負担とされていたから,本件荷物がそれだけの費用に見合う価値のある物で,かつ,依頼主が自身で運搬したり宅配業者等に運搬を依頼したりすることに支障があるものであることが容易に認識できる。さらに,依頼主からはスーツケース内の余計なところを触らないよう指示されており,本件荷物はスーツケースの中に隠して運搬する必要があることも明らかである。甲からは,被告人に問題が発生した場合には被告人の家族に50万香港ドルもの金額が支払われるという申出もあり,本件荷物の運搬にそれだけの高いリスクが伴うことが示唆されている。さらに,甲と被告人のWhatsAppでのやり取りの記録を削除することや,東京で飛行機を降りることはリスクが高いため,北海道で飛行機を降りて電車で東京に行くことを指示されたり,日曜日に渡航した方が人が多いから安全であると勧め sAppでのやり取りの記録を削除することや,東京で飛行機を降りることはリスクが高いため,北海道で飛行機を降りて電車で東京に行くことを指示されたり,日曜日に渡航した方が人が多いから安全であると勧められたりしているが,これらはいずれも発覚や摘発を避けるためのものと考えるのが合理的である。 このような本件仕事の内容や依頼主からの指示内容からすれば,被告人は本件荷物が何らかの「違法な物」であると認識していたと推認され,「違法な物」の中から覚せい剤を含む違法薬物を除外すべき事情は何もないから,本件荷物が覚せい剤を含む違法薬物である可能性も認識していたと推認することができる。 エ加えて,被告人は,依頼主が本件荷物をスーツケースの中に入れたことを知っていたにもかかわらず,入国時の検査において包装された覚せい剤が発見された際に,その覚せい剤について「誰かが入れたとは思わない」,「スーツケースを作った人が入れたと思う」などと虚偽の弁解を述べ,逮 - 5 -捕後においても,当初は覚せい剤が入っていたことに心当たりがないなどと供述していた。もし違法な物だと思っていなかったとすれば本件仕事の依頼を受けたことを隠す必要はないのであるから,このことも,被告人が本件荷物が違法な物である可能性を認識していたことを裏付けている。 これに対し,弁護人は,①本件広告には,仕事の内容が薬物絡みであることの記載はないし,香港の常識に照らして不審な広告といえるかは立証されていない上,被告人は,甲に対し,「偽装結婚以外他ありますか?」と違法な仕事でないことを確認している,②新聞やインターネット等の情報量をもって被告人が「黄,賭,毒」の標語を知っていたとすることはできないし,被告人は,当時借金の返済を迫られ精神的に追い込まれた状況にあったことから,「DD」が何 る,②新聞やインターネット等の情報量をもって被告人が「黄,賭,毒」の標語を知っていたとすることはできないし,被告人は,当時借金の返済を迫られ精神的に追い込まれた状況にあったことから,「DD」が何であるか確かめる余裕がなかった,③2万香港ドルの報酬は違法薬物の運搬を疑わせるほど高額ではなく,被告人は,本件仕事が重大犯罪であることを認識していなかったから,依頼主側の指示に反してやり取りの記録を削除せず,日曜日ではなく土曜日に渡航した,などと主張する。 しかしながら,①については,本件広告は,仕事内容について具体的な情報の記載がないことなど,その説明文自体から真っ当な仕事でないことがうかがわれるのであって,このことは香港でも異なるものとは思われない。また,違法な仕事でないことを確認するのであれば,通常はどのような仕事なのかを質問すると考えられるところ,「偽装結婚以外他ありますか?」と違法な仕事を前提とした聞き方をしているのは不自然である。 ②については,被告人が「黄,賭,毒」という言葉を知らなかったとしても,被告人と甲とのやり取りの状況からして,被告人が仕事の内容を理解していたことが推認されることは前述したとおりである。その後のやり取りをみても,被告人が仕事の内容を理解していない様子はみられない。被告人が精神的に追い込まれた状況にあったことは,違法な仕事だと理解していても報酬を得るために仕事を引き受けることを選択する動機にもなり得るから, - 6 -上記推認を妨げるものではない。 さらに,③については,2万香港ドルは被告人の供述によっても香港における平均月収にほぼ匹敵するものであり,違法でない物を日本に運ぶだけのために,郵便や貨物運送等の通常の輸送手段をとらず,そのような高額の報酬を支払って人を雇って運搬させることは,経済的にみ 香港における平均月収にほぼ匹敵するものであり,違法でない物を日本に運ぶだけのために,郵便や貨物運送等の通常の輸送手段をとらず,そのような高額の報酬を支払って人を雇って運搬させることは,経済的にみても不合理であるし,常識的にみて考え難い。また,被告人が甲とのやり取りを削除しなかったのは,以前に偽装結婚を引き受けながら報酬を受け取れなかった被告人にとって,今回は報酬を確実に得るために残しておくことが必要であったとも考えられるし,被告人が日曜日ではなく土曜日に渡航したのも,乙と名乗る共犯者に対するメッセージの内容からすれば,被告人が債務の返済を急いでいたことや火曜日以降に既に予定が入っていたためであって,いずれも被告人が本件仕事を重大犯罪と認識していなかったことの根拠とはならない。 その他の弁護人の主張を検討しても,前記各推認を妨げる事情はない。 被告人は,①本件広告の内容を見て合法な仕事を募集していると信用した,②甲が述べた「DD」や「黄,賭・・・」の意味は理解していなかった,③本件仕事の報酬である2万香港ドルは,合法な仕事としても高いものではない,④北海道で入国することが安全であるとの指示は,東京よりも北海道の方が治安が良いという意味だと理解していた,⑤本件仕事が重大犯罪だと認識していなかったため,甲とのやり取りの記録を削除せず,日曜日に渡航することを勧められたのに土曜日に渡航したと述べ,本件荷物が違法な物だとは思っていなかったと弁解する。 しかしながら,①②③⑤については,既に述べたとおりであるし,④については,やり取りの内容からすると東京の治安を問題にしている様子はうかがわれないし,そもそも最終的に東京まで本件荷物を運ぶよう指示されているのであるから,東京の治安を心配して北海道に入国することは無意味であって,治安 容からすると東京の治安を問題にしている様子はうかがわれないし,そもそも最終的に東京まで本件荷物を運ぶよう指示されているのであるから,東京の治安を心配して北海道に入国することは無意味であって,治安の問題から東京での入国を避けるよう指示されたものとは考えら - 7 -れない。 以上のとおり,被告人の弁解は信用できない。 3 以上の検討によれば,被告人は,少なくとも本件荷物が覚せい剤を含む違法薬物かもしれないという認識を持っていたと認められるから,覚せい剤を輸入することにつき故意を有していたことが認められる。 (法令の適用)罰 条判示第1の行為覚せい剤取締法違反の点刑法60条,覚せい剤取締法41条2項,1項関税法違反の点刑法60条,関税法109条3項,1項,69条の11第1項1号判示第2の行為麻薬及び向精神薬取締法66条1項科刑上一罪の処理判示第1の罪刑法54条1項前段,10条(重い覚せい剤取締法違反の罪の刑(ただし,罰金の多額は,重い関税法違反の刑のそれによる)で処断)刑種の選択判示第1の罪有期懲役刑及び罰金刑併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)未決勾留日数の算入刑法21条(懲役刑に算入)労役場留置刑法18条没収覚せい剤について覚せい剤取締法41条の8第1項本文,関税法118条1項本文 - 8 -麻薬について麻薬及び向精神薬取締法69条の3第1項本文追徴国際的な協力 覚せい剤取締法41条の8第1項本文,関税法118条1項本文 - 8 -麻薬について麻薬及び向精神薬取締法69条の3第1項本文追徴国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律13条1項前段,11条1項1号訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由)量刑上重視される覚せい剤の密輸入の事案についてみると,覚せい剤の量は,この種の事案としては特に多いものではないが,これが日本国内に拡散した場合に社会に及ぼす害悪の大きさを考えると,決して軽視できるものではない。借金の取立てに追われていたとはいえ,違法薬物の密輸入である可能性を認識しながら,報酬目当てで自ら進んで運び屋となった経緯に同情の余地はない。 次に麻薬の所持についてみると,所持量は少ないものの,被告人は長年にわたり麻薬を使用しており常習性が認められる。 これらの事情を考えると,本件は,運び屋として覚せい剤を営利目的で密輸した事案の中で,特に重い部類に属するとまではいえないが,軽いものということもできない。 そして,被告人には違法な行為に安易に手を出す傾向が認められるし,また,覚せい剤の密輸入について不合理な弁解を述べるなど十分に反省しているとはいえない。他方で,更生の支えとなる母親がいることなどの事情も認められる。 これらの事情をも考慮すると,主文のとおりの刑がふさわしい。 (検察官仲戸川武人笠原達矢各出席,国選弁護人中原猛(主任) 林順敬各出席)(求刑懲役11年及び罰金400万円,覚せい剤及び麻薬没収,追徴14万3500円)平成29年2月22日 - 9 -札幌 国選弁護人中原猛(主任) 林順敬各出席)(求刑懲役11年及び罰金400万円,覚せい剤及び麻薬没収,追徴14万3500円)平成29年2月22日 札幌地方裁判所刑事第1部 裁判長裁判官田㞍克已 裁判官薄井真由子 裁判官中川大夢
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