主文 原判決を破棄する。被告人を懲役八月に処する。この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。原審及び当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。理由 本件各控訴の趣意は、検察官伊藤栄樹及び弁護人宮本正美作成の各控訴趣意書に記載してあるとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は弁護人宮本正美作成の答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対して当裁判所はつぎのとおり判断する。弁護人の控訴趣意第一点について。論旨は要するに、原判決は、判示第一において、被告人が先行車両の動静を注視し、同車後方で一時停止して右先行車両の発進をまつて進行する等自車進路の安全を期して運転すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠つたため、急制動の措置をとるに至り、その衝撃によつて被害者Aに原判示の傷害を負わせた旨認定しているが、被告人は、先行車両が突然右折の合図を出して停車したため、やむを得ず急制動の措置をとらざるを得なくなつたものであつて、原判決は右の点についての審理を十分尽しておらず、理由不備の違法があるというのである。しかし記録を精査して検討すると、原判決挙示の証拠によれば、原判示の右認定を十分肯認することができる。すなわち、右証拠ことに原審証人A、同Bの各供述、司法巡査及び検察官作成の各実況見分調書並びに被告人の検察官に対する各供述調書を総合すると、被告人はタクシーの運転手であるが、原判示の日時に、原判示の場所で、女客四名をタクシーに乗せ、時速約一五キロメートルで進行していたところ、約一〇メートル前方を先行中の普通貨物自動車が進路前方の交差点の手前で右折のため停止したのを認めた。ところが、同所は道路の幅員が片側約五メートルで、かつ当時 約一五キロメートルで進行していたところ、約一〇メートル前方を先行中の普通貨物自動車が進路前方の交差点の手前で右折のため停止したのを認めた。 が、原判示の日時に、原判示の場所で、女客四名をタクシーに乗せ、時速約一五キロメートルで進行していたところ、約一〇メートル前方を先行中の普通貨物自動車が進路前方の交差点の手前で右折のため停止したのを認めた。ところが、同所は道路の幅員が片側約五メートルで、かつ当時 約一五キロメートルで進行していたところ、約一〇メートル前方を先行中の普通貨物自動車が進路前方の交差点の手前で右折のため停止したのを認めた。ところが、同所は道路の幅員が片側約五メートルで、かつ当時道路左側に駐車している車両があつたため、右先行車両と駐車車両との間を自車が通り抜けるのが困難なほど狭くなつていたのに、被告人は容易にその間を通過できるものと軽信して前記速度のまま進行し、先行車両の後方約三メートルまで接近してその左側方を通過しようとしたため、前記先行車両に衝突する危険を生じ、急激にハンドルを左に転把するとともに急制動の措置をとつたけれども、その衝撃が急激であつたため、自車の助手席に乗つていた客のAの額をフロントガラスの上に取りつけてあつた無線予約用プラスチツク器具に打ち当てさせ、その結果加療約六か月半を要する頚椎捻挫等の傷害を負わせたことが認められる。前掲証拠のほか原審で取調べたすべての関係証拠を検討しても、右認定を覆えすに足りない。そこで右に認定した事実に徴すれば、被告人に原判示のような過失の存することは明らかであつて、所論にかんがみさらに記録を精査しても、原判決に所論のような審理不尽及び理由不備の違法があるとは認められない。それで論旨は、理由がない。弁護人の控訴趣意第二点について。論旨は要するに、原判決は判示第二において、被告人が道路交通法七二条一項前段所定のいわゆる救護義務を尽さなかつた旨認定しているが、同法条は、路上において自動車の外部で発生した人身事故等の交通事故を主な対象とする規定であるから、本件のように車内で生じた軽微な事故にまで適用すべきではないと解される。そこで、原判決には、前記法条の解釈適用を誤つた違法があるというのである。しかしながら、車両等の運転者が、いわゆる人身事故を発生させたときは、直ちに 軽微な事故にまで適用すべきではないと解される。そこで、原判決には、前記法条の解釈適用を誤つた違法があるというのである。しかしながら、車両等の運転者が、いわゆる人身事故を発生させたときは、直ちに車両の運転を停止し、十分に被害者の受傷の有無、程度を確かめ、全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き、少くとも被害者に速やかに医師の診療を受けさせる等の措置を講ずべきであつて、運転者自身の判断で、負傷は軽微であるから救護の必要はないとして右の措置をとらないことは許されないものと解せられる(昭和四五年四月一〇日第二小法廷判決、刑集二四巻四号一三二ページ参照)。 の受傷の有無、程度を確かめ、全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き、少くとも被害者に速やかに医師の診療を受けさせる等の措置を講ずべきであつて、運転者自身の判断で、負傷は軽微であるから救護の必要はないとして右の措置をとらないことは許されないものと解せられる(昭和四五年四月一〇日第二小法廷判決、刑集二四巻四号一三二ページ参照)。ところが本件においては、証拠によれば、被告人は、前記認定のような経過で被害者Aが額に約四センチメートル大の傷を負つて血がにじんでいたことを認識していながら、被害を軽微なものと速断して「けがが大きくなれば、会社に電話して下さい。」といつて、自己所属の会社名、電話番号、姓名を記載した紙片を被害者に渡しただけで、直ちに車両の運転を停止して十分に被害の程度を確かめたうえ速やかに医師の診療を受けさせる等の措置を講じなかつたことが認められる。そして証拠によれば、被告人が被害者に対して医師の診療を受けることを促した事実はなく、他方被害者が被告人に対して医師の診療を受けることを拒絶した等の事実も認められない。所論は、本件は車内で生じた軽微な事故であるから前記法条を適用すべきでない旨主張するけれども、車内において発生した負傷事故であつても、右法条の適用がないとはいえず、同法条が、路上において自動車の外部で発生した人身事故等の交通事故を主な対象とした規定であるというのは独自の見解であつて採用できない。また、被告人が被害者に対し前記のよ 法条の適用がないとはいえず、同法条が、路上において自動車の外部で発生した人身事故等の交通事故を主な対象とした規定であるというのは独自の見解であつて採用できない。また、被告人が被害者に対し前記のようなメモを渡したことで右法条所定の義務を尽したものともいえない。そうだとすると、被告人は道路交通法の前記法条の定める義務に違反したものであつて、原判決に所論のような違法はないといわなければならない。それで論旨は、理由がない。弁護人の控訴趣意第三点について。論旨は、原判決の量刑不当を主張するものであるが、本件についての当裁判所の量刑上の判断は、後記の破棄自判の所で示すので、所論に対する判断は省略する。検察官の控訴趣意について。論旨は要するに、原判決が本件公訴事実中、起訴状第二の二記載の報告義務違反の点について被告人に無罪を言い渡したのは、法令の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。 訴趣意第三点について。論旨は、原判決の量刑不当を主張するものであるが、本件についての当裁判所の量刑上の判断は、後記の破棄自判の所で示すので、所論に対する判断は省略する。検察官の控訴趣意について。論旨は要するに、原判決が本件公訴事実中、起訴状第二の二記載の報告義務違反の点について被告人に無罪を言い渡したのは、法令の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。そこで記録を調査すると、原判決は、「被告人は、昭和四七年一二月六日午後二時ころ、東京都渋谷区ab丁目c番d号付近道路において、普通乗用自動車を運転中、自車の同乗者Aに傷害を負わせる交通事故を起したのに、その事故発生の日時、場所等法律の定める事項を、直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである。」との公訴事実につき、証拠上右の事実を認めることができるとしながら、被告人は本件事故について、所定の事項を警察官に報告する義務がなかつたとして、その理由をつぎのとおり判示する。すなわち、交通事故の態様に照らし、迅速な交通警察関与の必要性を必ずしも一律には肯認しえない態様の事故の場合には、法形式上は報告義務を負担するもののようであるけれども、解釈上報告義務の発生しない場合があるものと解せられる。交通秩序の早 な交通警察関与の必要性を必ずしも一律には肯認しえない態様の事故の場合には、法形式上は報告義務を負担するもののようであるけれども、解釈上報告義務の発生しない場合があるものと解せられる。交通秩序の早期回復、被害者救護の必要性等の観点から、外形的にみて交通警察関与の必要性を合理的に承認しうるような交通事故ではなく、抽象的にも具体的にも、もはや迅速な交通警察官関与の必要性がないと明らかに判断されうる態様の事故は、それが車両の走行の過程で生じた事故であつても、必ずしも道路交通法七二条一項後段に定める報告義務を生じさせるものとは解されない。そして、本件においては、純然たる車内事故であり、その態様につき交通警察の関与を必要とするような交通秩序の混乱を認めることはできず、被害者救護の観点からしても、さらに交通警察の関与を必要とするような態様を伴つていないことも明白である。従つて、このような本件事故についてまで、直ちに警察官に報告すべく刑罰を以て被告人に強制することは、同条の立法趣旨に照らしても相当でないから、本件公訴事実は罪にならないとして被告人に対し無罪を言渡したのである。 であり、その態様につき交通警察の関与を必要とするような交通秩序の混乱を認めることはできず、被害者救護の観点からしても、さらに交通警察の関与を必要とするような態様を伴つていないことも明白である。従つて、このような本件事故についてまで、直ちに警察官に報告すべく刑罰を以て被告人に強制することは、同条の立法趣旨に照らしても相当でないから、本件公訴事実は罪にならないとして被告人に対し無罪を言渡したのである。<要旨>しかしながら、道路交通法七二条一項後段所定の報告義務は、同条所定の交通事故があつたときは、個人の</要旨>生命、身体及び財産の保護、公安の維持等の職責を有する警察官にすみやかに前記法条所定の各事項を知らせ、負傷者の救護及び交通秩序の回復等について、当該事故に対する適切妥当な措置を講ずる必要性の有無等を、その責任において判断させ、前記職責上とるべき万全の措置を検討、実施させるためにあると解されるから、警察官に右の判断の機会を与えないことになるような原判決の解釈は、同法条の趣旨にそぐわないもので、適当でないといわざるを得ない。すなわち、本件事故についてみると、車内において めにあると解されるから、警察官に右の判断の機会を与えないことになるような原判決の解釈は、同法条の趣旨にそぐわないもので、適当でないといわざるを得ない。すなわち、本件事故についてみると、車内において発生した負傷事故であり、その負傷の程度も一見軽微なように見えたのであるけれども、実際は、加療約六か月半を要する頸椎捻挫等の傷害を伴つた事故であつて決して軽微な事故とはいえなかつたものであり、警察官の責任において負傷者の救護等について何らかの措置を講じる必要の有無について判断させる必要性のある事案であつたのである。以上の説示によつて明らかなとおり、被告人は本件事故につき前記法条による報告義務があつたものと解するのが相当である。したがつて、原判決が本件を罪にならないものとして被告人に対し無罪の言渡をしたのは、所論のとおり、法令の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。それで論旨は、理由がある。そして、原判決が無罪とした報告義務違反の点は、原判決が有罪とした各事実とともに併合罪として一個の刑により処断されるべき関係にあるから、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を全部破棄することとし、同法四〇〇条但書により、当裁判所においてさらにつぎのとおり判決する。 、法令の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。それで論旨は、理由がある。そして、原判決が無罪とした報告義務違反の点は、原判決が有罪とした各事実とともに併合罪として一個の刑により処断されるべき関係にあるから、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を全部破棄することとし、同法四〇〇条但書により、当裁判所においてさらにつぎのとおり判決する。(罪となるべき事実)原判決が罪となるべき事実として認定した事実のほか、「第三、右第一記載の日時に、同記載の場所において、自己の運転する自動車の交通による事故のため、右Aに傷害を負わせたのに、その事故発生の日時・場所等法令の定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである。」を付加する。(証拠の標目)(省略)(法令の適用)被告人の原判示所為中、第一は、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同 にもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである。」を付加する。(証拠の標目)(省略)(法令の適用)被告人の原判示所為中、第一は、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同第二は、道路交通法七二条一項前段、一一七条に、当裁判所の認定した前記第三の所為は、同法七二条一項後段、一一九条一項一〇号にそれぞれ該当するので、所定刑中、右第一につき禁錮刑を、第二及び第三につきいずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い前記第二の罪の刑に法定の加重をし、その刑期の範囲内で処断すべきこととなるが、情状について検討すると、被告人は職業運転手でありながら、前記のような過失により乗客に負傷させたのに、(所論のように被害者の座席での坐り方が悪かつたことが負傷の一因であるというような事情は証拠上何ら認められない。)救護及び報告の義務を怠つたもので被告人の前科歴等を併せ考えると、その刑責は軽視することはできない。しかし他方、被告人は被害者に対して自己の会社名や姓名などを記載したメモを手渡していること、被害者と示談を遂げていること等被告人に有利な事情を斟酌すると、被告人を懲役八月に処したうえ、刑法二五条一項により、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予するのが相当である。そこで、原審及び当審における訴訟費用につき、刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。 その刑責は軽視することはできない。しかし他方、被告人は被害者に対して自己の会社名や姓名などを記載したメモを手渡していること、被害者と示談を遂げていること等被告人に有利な事情を斟酌すると、被告人を懲役八月に処したうえ、刑法二五条一項により、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予するのが相当である。そこで、原審及び当審における訴訟費用につき、刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官浦辺衛裁判官環直彌裁判官内匠和彦)
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