- 1 -平成23年3月23日判決言渡平成21年第16896号損害賠償請求事件判決 主文 1 被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成18年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告が180万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。 事実 及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,2642万2770円及びこれに対する平成18年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨本件は,当初は亡A(以下「A」という。)が,その死亡後はその相続人である原告が,被告が開設し,運営するB大学医学部附属C医院(以下「被告病院」という。)において,被告病院の担当医師ら(以下「被告担当医ら」と総称することもある。)には,Aの右仮声帯の腫脹と嗄声の持続を確認した後は,速やかに生検を実施し,喉頭癌の確定診断をした上で,速やかに放射線治療を開始すべき義務があったにもかかわらず,これを怠った注意義務違反があり,これにより,Aは,喉頭の全摘出をするに至り,喉頭全摘による発声機能喪失の後遺障害を負ったとして,被告に対し,不法行為(使用者責任)又は診療契- 2 -約上の債務不履行に基づき,損害賠償を求めた事案である。 2 前提となる事実(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。証拠等を掲記しない事実は,争いのない事実である。) 不履行に基づき,損害賠償を求めた事案である。 2 前提となる事実(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。証拠等を掲記しない事実は,争いのない事実である。) 当事者ア原告は,A(大正15年2月12日生まれの男性,平成22年2月18日死亡)の妻であり,Aの相続人による同年8月12日の遺産分割協議により,Aの被告に対する不法行為又は診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権を取得した(弁論の全趣旨)。 イ被告は,被告病院を開設し,運営する学校法人である。 診療経過ア AがH病院へ生検等のため入院する前の診療経過Aは,平成14年7月ころ,喉に違和感を覚え,声がかすれるようになったことから,同月24日,D病院(現在の名称はD病院である。以下「D病院」という。)を外来受診し,喉頭の右側が腫れていることから,経過観察をすることとされ,月に1ないし2回程度,D病院を外来受診することになった。しかし,Aの喉頭右側の腫脹が改善しなかったことから,Aは,同年10月ころ,耳鼻咽喉科の専門病院であるE耳鼻咽喉科医院(F院長)を紹介され,同年11月16日,同病院を外来受診した。同日,同医院において,Aの喉頭の右仮声帯を対象とする局所麻酔下生検(喉頭ファイバースコープ検査による生検)が行われ,同月21日,病理組織検査の結果,悪性所見はないことなどが報告された。これを受けて,Aは慢性喉頭炎であると診断された。 Aは,平成15年3月3日から平成16年6月24日までの間,月に1回程度,被告病院耳鼻咽喉科を外来受診し,Aの主治医となったG医師(以下「G医師」という。)による診療を受け,嗄声及び右仮声帯の腫脹が確認されたため,経過観察とされた。 - 3 -Aは,G医師の所属が被告病院からB大学医学部附 受診し,Aの主治医となったG医師(以下「G医師」という。)による診療を受け,嗄声及び右仮声帯の腫脹が確認されたため,経過観察とされた。 - 3 -Aは,G医師の所属が被告病院からB大学医学部附属H病院(以下「H病院」という。)へ変更されたことから,同年7月13日から同月27日までの間,H病院耳鼻咽喉科を外来受診し,G医師による診療を受け,右仮声帯の腫脹について引き続き経過観察を行うこととされた。 Aは,同年8月24日,H病院耳鼻咽喉科を外来受診し,嗄声が増強していたことから,顕微鏡下生検等を行うこととなったが,狭心症の鑑別のために他の医療機関を受診していたことから,その検査結果を待って,顕微鏡下生検等を行うこととされ,同年9月28日の外来受診後,同年10月25日にH病院に入院し,同月27日にラリンゴマイクロ下手術を行う予定とされた。また,医療法人社団Iメディカルセンター(以下「Iメディカルセンター」という。)から,G医師に対し,同月18日,Aを冠攣縮性狭心症,高脂血症と診断したことなどを内容とする診療情報の提供がされた。(甲A1,4,7ないし9,11ないし15,乙A1[4ないし20],2[11ないし21,33],5,6,8,証人J,証人G)イ AがH病院へ生検等のため入院した後の診療経過Aは,平成16年10月25日,H病院に入院し,同月27日,顕微鏡下喉頭腫瘍摘出術,レーザー焼灼術,気管切開術を受けた。また,術中ゲフリール(迅速病理診断)の結果,扁平上皮癌と診断された。 同月29日,病理組織検査の結果,右仮声帯腫瘍について,中分化~低分化の扁平上皮癌であると診断され,その後,喉頭癌の病態としてはT2(喉頭の固定がなく,声門上部の他の亜部位,声門又は声門上部の外側域の粘膜に浸潤する腫瘍)(Ⅱ期)であると診断された。 Aは ~低分化の扁平上皮癌であると診断され,その後,喉頭癌の病態としてはT2(喉頭の固定がなく,声門上部の他の亜部位,声門又は声門上部の外側域の粘膜に浸潤する腫瘍)(Ⅱ期)であると診断された。 Aは,同年11月4日,上部内視鏡検査を受け,同月5日,同検査の結果,食道に中等度~高度の異形成があること,食道粘膜の再生性変化があること,上皮内癌に近い形であることが報告された。 そのため,Aについて,喉頭及び食道に対して放射線治療を行うことが- 4 -予定され,同月16日から平成17年1月7日までの間,喉頭及び食道に対して放射線治療が行われた。その結果,喉頭及び食道の放射線治療は予定どおり終了し,その効果はいずれも治癒に近い状態(寛解状態を含む。)あるいは病変消失(CR)と判定され,Aは,同日,H病院を退院した。 Aは,同月21日から同年8月2日までの間,H病院耳鼻咽喉科に継続的に外来通院したが,局所再発を示唆する所見はみられなかった。(甲A4,15,乙A2[22ないし31,43ないし51],3[1ないし85,108,129ないし143,156,157],8,証人J,証人G)ウ AがK大学病院を受診した後の診療経過Aは,平成17年11月2日,K大学医学部附属病院(以下「K大学病院」という。)を受診し,右頸部リンパ節が触知され,同年12月7日,生検が行われたところ,リンパ節への喉頭癌の転移が確認された。 Aは,平成18年1月17日,L病院(以下「L病院」という。)を受診し,継続的に外来受診した後,同年2月6日,同病院に入院した。Aは,同月8日,右上頸部郭清術,喉頭腫瘍生検を受けたところ,病理組織検査の結果,同月15日,喉頭腫瘍について,崩れた微小な組織片内に扁平上皮癌が疑われる異型細胞の小集団がみられるが,確定診断は困難であり,再生検 右上頸部郭清術,喉頭腫瘍生検を受けたところ,病理組織検査の結果,同月15日,喉頭腫瘍について,崩れた微小な組織片内に扁平上皮癌が疑われる異型細胞の小集団がみられるが,確定診断は困難であり,再生検による再検討が必要であること,リンパ節について,高分化型扁平上皮癌の転移が認められ,喉頭癌の転移として矛盾はないことが報告された。Aは,同日,同病院を退院し,その後,月に1ないし2回程度,同病院を外来受診し,経過観察を受けた。 Aは,同年7月4日,M大学病院(以下「M病院」という。)耳鼻咽喉科を外来受診し,同月6日,同科の喉頭専門外来を受診したところ,右声帯について固定T3(声帯が固定し喉頭に限局するもの及び/又は輪状後部,喉頭蓋前方の組織,舌根の深部のいずれかに浸潤する腫瘍)以上で,初回手術において声門上から声帯にまで及ぶ腫瘍であったことから,レー- 5 -ザー手術の適応はなく,これを行うとすれば,Aの年齢からして,誤嚥が必発であり,声帯も広範囲に焼灼すると声もほとんど残らないため,根治するには喉頭全摘が必要であると診断された。 Aは,同月24日,L病院に入院し,同月26日,喉頭全摘手術を受け,同年8月14日,L病院を退院した。また,術後の病理組織診断の結果,同月19日,低分化扁平上皮癌が境界明瞭な潰瘍性病変を形成して増殖していること,腫瘍浸潤は筋層を超えているが,骨・軟骨組織には及んでいないこと,軽度のリンパ管及び静脈侵襲が認められること,腫瘍組織の周囲には既往の照射によると考えられる線維化がみられ,照射後の再発として矛盾はないこと,切片上,腫瘍は完全切除されていることが報告された。 Aは,上記のとおり喉頭全摘術を受けたために音声機能を喪失したことから,同年11月27日付けで,身体障害者等級3級の身体障害者手帳の交付を受けた。 ,腫瘍は完全切除されていることが報告された。 Aは,上記のとおり喉頭全摘術を受けたために音声機能を喪失したことから,同年11月27日付けで,身体障害者等級3級の身体障害者手帳の交付を受けた。 その後,Aは,平成22年2月18日,喉頭癌により死亡した。(甲A4,10,15,16[2,4,9,10,23,41,47,48,53,54,59],17[5,6,16],甲C4,乙A2[37],証人J,弁論の全趣旨) 3 争点 被告担当医らにおいて,遅くとも平成15年5月29日までの間に,Aの喉頭癌を疑い,速やかに生検・治療を実施すべきであったにもかかわらず,これらを怠った注意義務違反があるか否か 被告担当医らの注意義務違反と結果(Aの喉頭全摘出及びこれによる後遺障害)との間の因果関係の有無 損害の有無及びその額 4 争点についての当事者の主張 争点(被告担当医らにおいて,遅くとも平成15年5月29日までの間- 6 -に,Aの喉頭癌を疑い,速やかに生検・治療を実施すべきであったにもかかわらず,これらを怠った注意義務違反があるか否か)について(原告の主張)ア注意義務の内容被告担当医らは,遅くとも,平成15年5月29日にAの右仮声帯の腫脹と嗄声の持続を確認した後は,速やかに局所麻酔下生検(喉頭ファイバースコープ検査による生検)あるいは全身麻酔下生検(喉頭直達鏡検査による生検)を実施し,喉頭癌の確定診断をした上で,速やかに放射線治療を開始すべき義務を負っていた。 イ注意義務を基礎付ける事実 Aは,平成15年3月3日の被告病院初診時から喉の奥の方がヒリヒリすると訴えており,嗄声と右仮声帯の腫脹が生じていた(甲A2[2ないし4])。その後,同月24日,同年4月3日の各外来受診時にも,Aの右仮声帯の腫脹は 月3日の被告病院初診時から喉の奥の方がヒリヒリすると訴えており,嗄声と右仮声帯の腫脹が生じていた(甲A2[2ないし4])。その後,同月24日,同年4月3日の各外来受診時にも,Aの右仮声帯の腫脹は続いていた(甲A2[3,5])。 Aが同年5月29日に被告病院を受診した際には,右仮声帯の腫脹とともに,嗄声の持続も確認されている。この時,G医師は,カルテに「まだhoarseness(「嗄声」の意味)」と記載するとともに,右仮声帯の腫脹が大きくなってきていることを図で表している(甲A2[8])。 喉頭癌の診療に当たっては,60歳以上の男性患者で2週間以上嗄声が持続している場合は,喉頭癌を疑う必要があるとされている(甲B7[126],甲B8[79])。 間接喉頭鏡検査では,声門上部に隆起性病変がみられた場合,癌を鑑別診断の一つとして考えるべきともいわれている(甲B9[452])。 Aが,平成15年3月3日の初診時には77歳で,喉頭癌の発生頻度が高いとされる高年齢層の男性に含まれることに加えて,喉頭部の痛み- 7 -を訴えており,右仮声帯の腫脹(隆起性病変)と嗄声も生じていたのであるから,被告担当医らは,この時既に喉頭癌を疑うべき状況であった。 さらに,Aの同年5月29日の被告病院受診時には,右仮声帯の腫脹と嗄声の持続が確認され,嗄声は約3か月も続いていたのだから,一層,Aが喉頭癌に罹患していることが疑われる状況となっていた。 ウ注意義務違反の事実被告担当医らは,Aに対して生検を実施せず,喉頭癌に対する適切な治療を行わなかった。 すなわち,平成16年10月27日に,Aに対しレーザーによる腫瘍焼灼手術が行われた際,術中に生検が実施されるまで,被告担当医らは,Aに対し,局所麻酔下生検(喉頭ファイバースコープ検査による生検)も すなわち,平成16年10月27日に,Aに対しレーザーによる腫瘍焼灼手術が行われた際,術中に生検が実施されるまで,被告担当医らは,Aに対し,局所麻酔下生検(喉頭ファイバースコープ検査による生検)も全身麻酔下生検(喉頭直達鏡検査による生検)も実施しなかった。 また,Aに対する放射線治療は,平成16年11月16日に開始されるまで行われなかった。 エ被告の主張に対する反論被告は,G医師がAに対し,再三にわたって生検を勧めたが,Aがそれを拒否したと主張するが,生検を勧められたこともそれを拒否したこともない。もし,生検が勧められ,Aが拒否したのであれば,カルテにはこれに関する何らかの記載があるはずであるが,その痕跡もない。 (被告の主張)ア被告に注意義務違反はないこと G医師は,Aに対し,平成15年3月3日の受診の際から,生検についての説明を行っている。G医師がAに対し,同日に行った説明は,要旨,次のとおりである。 ① 両側の鼻粘膜にも腫脹がみられること,喉の粘膜は全体に少し乾燥傾向にあり慢性咽喉頭炎があるようであること- 8 -② 喉頭では,右仮声帯の前方が腫れて正中方向に突出していること③ 腫れた仮声帯の上面については表面の粘膜はほぼ正常と思われる所見であること④ 仮声帯の腫れによって見えない部分以外は,右声帯は通常の状態のようであること,両側声帯の,開いたり閉じたりする動きには異常がないこと⑤ 前医では外来で生検が行われたとのことであるから,ファイバースコープによる生検が行われたものと考えられるが,腫れている仮声帯の表面はファイバースコープで観察する限りほぼ正常と思われる粘膜で覆われていること⑥ ⑤から,右の仮声帯の腫脹を起こしている原因は,上から見えている仮声帯の粘膜下あるいは仮声帯の下面,つま 声帯の表面はファイバースコープで観察する限りほぼ正常と思われる粘膜で覆われていること⑥ ⑤から,右の仮声帯の腫脹を起こしている原因は,上から見えている仮声帯の粘膜下あるいは仮声帯の下面,つまり声帯に近い部分にあることが予想されること⑦ 前医での組織検査の結果は良性とのことだが,局所麻酔によるファイバースコープでの生検で仮声帯粘膜を摘み取っても,原因となる部分の組織が含まれない可能性が高いと考えられること⑧ ⑦から,現時点では,単なる炎症なのか,腫瘍なのか,癌のような悪いものかどうかという病変の確定ができていないこと⑨ このような場合,一般的には入院の上,全身麻酔をかけて,口から喉の奥に筒状の直達喉頭鏡という器具を入れて,顕微鏡を用いて直接,仮声帯や声帯を拡大して観察する方法を用いること,この方法では,ファイバースコープで真上からしか観察できない喉頭の各部位を詳細に観察することができ,必要な箇所から組織検査の材料を摘出することができること⑩ 入院期間中に病理検査結果が判明するので,その結果を確認した上で,治療法を検討することができること- 9 -⑪ 悪いものである可能性も否定できないので,早い時期に検査を受けていただくのが適切と思うこと⑫ 全身麻酔で行うことから,検査中の痛みや苦しさはないこと,ただし,入院が必要で,その期間は1週間程度であること上記①ないし⑪の説明に対して,Aは,前医での検査が苦しかったので,同様の検査は受けたくない旨を回答した。これに対して,G医師がAに,「お勧めしている検査は全身麻酔をかけての検査なので,眠っている間に済んでしまいますが,入院が必要です。」と説明したところ(上記⑫),Aは「忙しいので1週間も入院できない。少し考えてから決めたい。」と回答した。このため,G医師はAに「 の検査なので,眠っている間に済んでしまいますが,入院が必要です。」と説明したところ(上記⑫),Aは「忙しいので1週間も入院できない。少し考えてから決めたい。」と回答した。このため,G医師はAに「次回診察までに何とか調整ができないか検討してほしい」と説明した。 その後,G医師はAに対し,平成15年3月24日の2度目の診察の際にも生検について勧めたが,Aは,やはり1週間の入院は無理であると回答した。G医師がAに対し,最短3日から4日の入院で,結果の説明については外来で行うことも可能である旨を説明し再度の検討を求めたが,Aはそれも無理であるので暫く経過を診てほしいとの意向であった。 イ原告の主張に対する反論本件において,生検を拒絶したのはA本人の意向に基づくものであり,被告担当医らの説明内容について,不足するところはない。 争点(被告担当医らの注意義務違反と結果(Aの喉頭全摘出及びこれによる後遺障害)との間の因果関係の有無)について(原告の主張)ア被告担当医らの注意義務違反と結果(Aの後遺障害)との間に因果関係があること Aの喉頭癌の分類(病期)は,平成15年5月29日の時点でT1(Ⅰ- 10 -期)であったことaAの初診時における局所病変としては,仮声帯は腫脹していたが,声帯の可動性は保たれており,粘膜にも変化がみられないなど声帯への浸潤はなく,他の亜部位にも異常は認められなかった(甲B4の2[1])。 b また,仮声帯の腫瘍が声帯に浸潤している場合,喉頭断層写真では,喉頭室のへこみが膨らんで,形が壊れるといった所見がみられる。 平成15年3月25日撮影のAの喉頭断層写真のR1.5,R2. 0及びR2.5(甲A5の1ないし6,乙A7の1ないし3)において,患側喉頭室のへこみが保たれていることが れるといった所見がみられる。 平成15年3月25日撮影のAの喉頭断層写真のR1.5,R2. 0及びR2.5(甲A5の1ないし6,乙A7の1ないし3)において,患側喉頭室のへこみが保たれていることが確認できるから,仮声帯の腫瘍は声帯には浸潤していなかったと思われる(甲B22)。 c したがって,平成15年3月ころ,Aの腫瘍は仮声帯に限局しており,声帯に浸潤していなかったのであるから,喉頭癌の分類としてはT1(声帯運動正常で声門上部の1亜部位に限局する腫瘍)(Ⅰ期)に該当し(甲B22),それから約2か月後の平成15年5月ころも,同じくT1(Ⅰ期)であったと考えられる。 平成15年5月ころに実施すべき治療法は,放射線療法であったことT1の喉頭癌は放射線療法の適応であり(甲B10),発声機能温存のためにも,平成15年5月ころ実施すべき治療法は放射線療法であった。 T1(Ⅰ期)の喉頭癌の予後は,非常に良好であることT1(Ⅰ期)の喉頭癌の予後は非常に良好で,局所再発を生じることはほとんどなく(甲B13,14),放射線治療による局所制御率も70~90%と高い値を示している(甲B9,10)。また,喉頭温存率は84.6~100%であり,高い確率で発声機能の維持が可能である(甲B15,16)。 - 11 - 被告の注意義務違反がなければ,結果が生じなかったことaT2に進行した喉頭癌は局所再発を生じた例が複数報告されており(甲B13,14),放射線療法による局所制御率も50~70%程度で(甲B9,10),T1の場合と比較すると,放射線療法によっては制御できずに再発を生じる可能性が高くなる。また,喉頭温存率も25.9~63%にとどまっている(甲B15,16)。 b したがって,Aの喉頭癌が放射線療法によっても治癒せず再発を生じ 法によっては制御できずに再発を生じる可能性が高くなる。また,喉頭温存率も25.9~63%にとどまっている(甲B15,16)。 b したがって,Aの喉頭癌が放射線療法によっても治癒せず再発を生じたのは,平成15年3月の初診時に既に右仮声帯にT1(Ⅰ期)の扁平上皮癌が存在していたにもかかわらず,平成16年10月27日まで約1年8か月も治療が行われなかったため,治療が開始されたときには病巣は巨大化してT2(Ⅱ期)となっていたことが原因である。 そして,Aは,再発癌の救済治療として,喉頭全摘を余儀なくされたのである。 すなわち,被告担当医らの注意義務違反がなければ,Aに対し,非常に予後の良いT1(Ⅰ期)の段階で放射線治療が実施され,喉頭癌の再発を生ずることなく治癒できたというべきである。 イ被告の主張に対する反論被告は,Aに生じていた嗄声は腫瘍が声帯へ浸潤していることの根拠となる旨主張する。 しかし,嗄声を初めとする音声障害は,声帯に見かけ上の病変がない場合でも起こり得るとされており,統計的データでは,音声障害を持つ者のうち約15%は声帯に見かけ上の病変がなかったと報告されている(甲B8[79]の図1)。 また,腫瘍が仮声帯に限局していて,声帯に及んでいない症例においても,嗄声を生じていたとの報告もある(甲B21)。 さらに,高齢者の場合は,加齢そのものによっても,嗄声を生じること- 12 -があるとされている(甲B18[91],甲B19[40])。 したがって,嗄声は,生検をすべき根拠とはなり得ても,これによって直ちに声帯への浸潤が裏付けられるものではない。 本件では,平成15年3月3日の被告病院初診時にAに嗄声が生じていたとはいえ,Aが当時77歳の高齢者であったことを考えると,加齢による音声障害であった可能性があり,ま が裏付けられるものではない。 本件では,平成15年3月3日の被告病院初診時にAに嗄声が生じていたとはいえ,Aが当時77歳の高齢者であったことを考えると,加齢による音声障害であった可能性があり,また,声帯には何も病変がなかった可能性もある。むしろ,初診時には声帯粘膜に変化がなく,声帯の可動性も保たれていたのであるから(甲B4の2),病変は声帯に及んでいなかったと考えるのが合理的である。 (被告の主張)ア原告主張の注意義務違反の時点の病期について 悪性腫瘍の病期は組織診断によって決定される。本件においては初診時に組織診断を行えていないことから,本来医学的な意味で病期を特定することはできないが,被告病院初診当時におけるAの状態及びその後の経過から検討すると,初診ころの状態については,①慢性咽喉頭炎と声帯への腫瘍の浸潤により嗄声が生じていた可能性,②慢性咽喉頭炎により嗄声が生じていたが同時に声帯の外側への腫瘍の浸潤が存在した可能性,③慢性咽喉頭炎及び仮声帯の腫脹により嗄声が生じており声帯への腫瘍の浸潤がなかった可能性等が推測される。Aの嗄声については初診時以降継続してみられており,その後の経過の中で,病理組織学的に声帯への浸潤が認められている。原告が注意義務として主張する平成15年5月29日までの時期の病期について,T1であったと考えるのが合理的ということはできない。 Aの喉頭断層写真の評価についてAの喉頭断層写真の所見では,両側ともに仮声帯の腫脹と喉頭室の狭窄が認められている。両側とも正常な所見ではなく,患側に明らかな健- 13 -側との相違を認めることができないというのが医学的に正確な評価である。上記喉頭断層写真の所見から声帯への浸潤の有無を判別することはできない。 イ T1とT2の場合の再発率について喉 13 -側との相違を認めることができないというのが医学的に正確な評価である。上記喉頭断層写真の所見から声帯への浸潤の有無を判別することはできない。 イ T1とT2の場合の再発率について喉頭癌については,一般にT1例とT2例では同様のプロトコールで治療が行われるのに対して,T3以上では再発率が有意に変化すると考えて治療のプロトコールが異なる。この点に関連して,放射線治療計画のガイドラインではあるが,同ガイドライン上,局所再発率についてはT1例で70~80%,T2例で60~70%とされている(甲B10[9])。 当時T1であったとしても,局所再発率の相違は10%以下(もしくは変わらない)であり,再発の結果が変わったとはいえない。 ウ原告の主張に対する反論因果関係について,注意義務違反と主張する時点で生検を行っていれば,その後の再発はなかったこと(当時T1であったこと)の立証責任は原告に課されるものであるが,本訴訟における原告の主張は嗄声の原因について「他の原因でもあり得る」という抽象的な可能性を指摘しているにすぎないものである。 争点(損害の有無及びその額)について(原告の主張)ア積極損害 314万0700円被告病院において,適切な時期に喉頭癌に対する治療が行われていれば,リンパ節転移及び喉頭癌の再発を生ずることなく治癒することが可能であった。 したがって,後医におけるリンパ節転移及び喉頭癌の再発に対する治療に要した費用は,本件医療事故と相当因果関係を有する損害に当たる。 治療費・文書料等 254万9980円- 14 -aK大病院(受診期間:平成17年11月2日~平成21年2月4日) 治療費・文書料等 254万9980円- 14 -aK大病院(受診期間:平成17年11月2日~平成21年2月4日)12万9200円bL病院(受診期間:平成18年1月17日~平成19年6月28日)215万2780円c マッサージ,鍼術N鍼灸院鍼術施術費(治療期間:平成18年7月30日~同年8月8日) 20万0000円O整体療術院マッサージ施術費(受診期間:平成20年12月19日~平成21年2月8日) 6万8000円 入院関係費 28万0000円後医における入院期間は,K大病院が平成18年1月19日から同月21日までの3日間,L病院が平成18年2月6日から同月15日まで10日間及び同年7月24日から同年8月14日までの22日間の合計35日間である。 a 入院付添費 22万7500円1日当たりの入院付添費(近親者)を6500円として,35日分の入院付添費は22万7500円となる。 [計算式]6500円/日×35日=22万7500円b 入院雑費 5万2500円入院雑費を1日当たり1500円として,35日分の入院雑費は5万2500円である。 [計算式]1500円/日×35日=5万2500円 通院交通費 31万0720円aK大病院 5万7600円受診期間(平成17年11月2日~平成21年2月4日)の通院回数:24回- 15 -自宅・K大病院間(タクシ 1万0720円aK大病院 5万7600円受診期間(平成17年11月2日~平成21年2月4日)の通院回数:24回- 15 -自宅・K大病院間(タクシー):1200円[計算式](1200円×2)/回×24回=5万7600円bL病院 25万3120円受診期間(平成18年1月17日~平成19年6月28日)の通院回数:28回自宅・千葉駅間(タクシー):1600円千葉駅・東京駅間(電車):620円東京駅・L病院間(タクシー):2300円[計算式](4520円×2)/回×28回=25万3120円イ慰謝料 2088万0000円 入通院慰謝料 98万0000円後医における入通院慰謝料は,98万円とするのが相当である。 後遺症慰謝料 1990万0000円原告は,喉頭全摘により発声機能を失っており,「後遺障害別等級表・労働能力喪失率」別表第2における「言語の機能を廃したもの」として,後遺障害第3級に該当する。 これによる原告の精神的苦痛を金銭的に評価するとすれば,1990万円は下らない。 ウ弁護士費用本件医療事故と因果関係のある弁護士費用として,上記ア及びイの合計額2402万0700円の1割である240万2070円を被告に負担させることが相当である。 エ合計額 2642万2770円オ一部請求額 2642万2770円原告が受けた損害額の一部として,現時点で金額が確定している合計額2642万2770円を請求する。 - 16 -(被告の主張)争う。 2642万2770円原告が受けた損害額の一部として,現時点で金額が確定している合計額2642万2770円を請求する。 - 16 -(被告の主張)争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実前記前提となる事実のほか,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。)。 AがH病院へ生検等のため入院する前の診療経過Aは,平成14年7月ころ,喉に違和感を覚え,声がかすれるようになったことから,同月24日,D病院を外来受診し,喉頭の右側が腫れていることから,経過観察をすることとされ,月に1ないし2回程度,D病院を外来受診することになった。しかし,Aの喉頭右側の腫脹が改善しなかったことから,Aは,同年10月ころ,耳鼻咽喉科の専門病院であるE耳鼻咽喉科医院を紹介され,同年11月16日,同病院を外来受診した。同日,同医院において,Aの喉頭の右仮声帯を対象とする局所麻酔下生検(喉頭ファイバースコープ検査による生検)が行われ,同月21日,病理組織検査の結果,重層扁平上皮下の線維結合織には膠原線維のやや不規則な走行が認められるが,腫瘍性病変は明らかでなく,炎症細胞浸潤は乏しく,上皮にも著変がないとして,悪性所見はないことが報告され,これを受けて,Aは慢性喉頭炎であると診断された。 Aは,平成15年3月3日,被告病院耳鼻咽喉科を外来受診し,Aの主治医となったG医師に対し,平成14年10月ころから嗄声があること,喉の奥の方がヒリヒリし,トローチを服用していることなどを伝えた。Aは,喉頭ファイバー検査を受け,鼻中隔湾曲症,肥厚性鼻炎,慢性咽喉頭炎,右仮声帯腫脹が確認されたが,右仮声帯の腫脹の表面は円滑で肉芽様の所見はみ リヒリし,トローチを服用していることなどを伝えた。Aは,喉頭ファイバー検査を受け,鼻中隔湾曲症,肥厚性鼻炎,慢性咽喉頭炎,右仮声帯腫脹が確認されたが,右仮声帯の腫脹の表面は円滑で肉芽様の所見はみられなかった。そして,これらの症状等について診療及び精査をすることと- 17 -され,ムコダイン(粘液修復薬)錠(250mg)6錠を1日3回服用として21日分,フルナーゼ(アレルギー性鼻炎治療薬)点鼻液(2.04g4ml)3本が処方された。Aは,平成15年3月24日にも,同科を外来受診し,喉頭ファイバー検査を受けたところ,著変はなく,同様の薬剤の処方を受け,同月25日の受診時には,喉頭断層写真(乙A7の1ないし5)が撮影された。 Aは,同年4月3日,被告病院耳鼻咽喉科を外来受診し,G医師に対し,嗄声の症状が変わらない旨を伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,著変はなく,喉頭の表面は正常粘膜であり,喉頭断層写真の所見から,右仮声帯腫脹がみられるが,リンパ節の腫脹等の所見はみられなかった。また,Aは,G医師に対し,発声は良好であると伝え,ムコダイン錠(250mg)6錠を1日3回服用として28日分,フルナーゼ点鼻液(2.04g4ml)4本が処方された。Aは,同年5月1日,同科(補聴器外来)を受診し,補聴器について相談するとともに,G医師の診察を受けたところ,著変はみられず,同様の薬剤の処方を受けた。 Aは,同月29日,被告病院耳鼻咽喉科を外来受診し,G医師に対し,まだ嗄声があることを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,著変はみられず,同様の薬剤が処方された。Aは,同年7月3日にも,同科を外来受診し,G医師に対し,発声が改善したことを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,右仮声帯の腫脹がみられたが,その他の所見については著変はみられず が処方された。Aは,同年7月3日にも,同科を外来受診し,G医師に対し,発声が改善したことを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,右仮声帯の腫脹がみられたが,その他の所見については著変はみられず,フルナーゼ点鼻液(2.04g4ml)4本が処方された。 Aは,同年8月14日,被告病院耳鼻咽喉科を外来受診し,G医師に対し,朝に嗄声があったが,それ以外の時間帯においては以前の状態に近づいたこと,痛みはなく,発声は良好であることを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,確認できる範囲の声帯の可動性は良好であり,右仮声帯に赤みがあるものの,表面は滑らかであり,腫脹についても若干の改善がみられた。 - 18 -Aは,同年9月1日,同科(補聴器外来)を受診し,標準純音聴音力検査を受けたところ,聴力低下は進行しておらず,情況に応じて補聴器を使用することとなった。Aは,同年10月9日,同科を外来受診し,G医師に対し,起床時に喉がヒリヒリすることを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,右仮声帯の所見に著変はなく,ムコダイン錠(250mg)6錠を1日3回服用として14日分,フルナーゼ点鼻液(2.04g4ml)4本が処方された。 Aは,同年11月6日,被告病院耳鼻咽喉科(補聴器外来)を受診し,補聴器について相談するとともに,G医師の診察を受け,喉頭ファイバー検査を受けたところ,今までの所見と異なり,腫脹している右仮声帯の裏面(声帯側)に,正中側輪郭から正中へ僅かに突出した肉芽様の所見が認められた。 そのため,次回の診療時にファイバー下生検を行う予定となり,ムコダイン錠(250mg)6錠を1日3回服用として21日分,フルナーゼ点鼻液(2. 04g4ml)4本が処方された。Aは,同年12月11日,同科を外来受診し,G医師に対し,喉の違和感が減少したことを伝え イン錠(250mg)6錠を1日3回服用として21日分,フルナーゼ点鼻液(2. 04g4ml)4本が処方された。Aは,同年12月11日,同科を外来受診し,G医師に対し,喉の違和感が減少したことを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,右仮声帯に,前回の診療時にみられた肉芽様の所見がみられず,可視できる範囲の仮声帯の粘膜表面が正常と思われる部分のみに退縮しており,局所麻酔によって喉頭ファイバー下の生検で正診を得られる確率がかなり低くなったと判断されたため,予定されていた生検は行われなかった。その際,AがG医師に対し,E耳鼻咽喉科医院の検査結果では足りないのかと尋ねるということがあり,G医師は,喉頭ファイバースコープでは仮声帯の腫脹はあるものの,粘膜表面は正常と思われる状況であるため,同箇所について生検を実施しても,病変本体の診断には繋がらない可能性があるから,予定されていた生検を行わないこととする旨を伝えた。また,同日,Aに,ムコダイン錠(250mg)6錠を1日3回服用として28日分,フルナーゼ点鼻液(2.04g4ml)4本が処方された。 - 19 -Aは,同月25日,被告病院耳鼻咽喉科(補聴器外来)を受診し,補聴器について相談し,平成16年1月22日,同科を外来受診し,G医師に対し,嗄声があることを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,右仮声帯に赤みがみられたが,肉芽様の所見はみられず,ムコダイン錠(250mg)6錠を1日3回服用として28日分,フルナーゼ点鼻液(2.04g4ml)4本,ダーゼン(消炎酵素薬)錠(10mg)3錠を1日3回服用として14日分が処方された。Aは,同年2月26日,同科を外来受診し,G医師に対し,嗄声があることを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,前回の診療時と同様に右仮声帯に赤みがみられたほかには著 用として14日分が処方された。Aは,同年2月26日,同科を外来受診し,G医師に対し,嗄声があることを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,前回の診療時と同様に右仮声帯に赤みがみられたほかには著変はなく,同様の薬剤の処方を受けた。G医師は,同年3月8日,Aからの求めにより,Aが両側感音難聴である旨の診断書を発行した。Aは,同月25日,同科を外来受診し,G医師に対し,嗄声が軽減したことを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,著変はなく,ムコダイン錠(250mg)6錠,ダーゼン錠(10mg)3錠を1日3回服用として各28日分,フルナーゼ点鼻液(2.04g4ml)4本が処方された。Aは,同年4月22日,同科を外来受診し,G医師に対し,嗄声が増強したことを伝え,同年5月20日も同科を外来受診し,G医師に対し,嗄声があることを伝え,それぞれ喉頭ファイバー検査を受け,同様の薬剤の処方を受けた。Aは,同年6月24日,同科を外来受診し,喉頭ファイバー検査を受けたところ,右仮声帯に肉芽様の腫脹がみられ,ムコダイン錠(250mg)6錠,ダーゼン錠(10mg)3錠,メチコバール(ビタミン製剤)錠(500μg)3錠を1日3回服用として各28日分,フルナーゼ点鼻液(2.04g4ml)4本が処方された。 Aは,G医師の所属が被告病院からH病院へ変更されたことから,同年7月13日,H病院耳鼻咽喉科を外来受診し,G医師に対し,嗄声があることを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,右仮声帯に再び肉芽様の所見がみられたことから,右仮声帯腫瘍を精査するために頸部単純CT検査を予- 20 -約し,ムコダイン錠(250mg)6錠,ダーゼン錠(10mg)3錠,メチコバール錠(500μg)3錠を1日3回服用として各28日分,フルナーゼ点鼻液(2.04g4ml)3本が処 査を予- 20 -約し,ムコダイン錠(250mg)6錠,ダーゼン錠(10mg)3錠,メチコバール錠(500μg)3錠を1日3回服用として各28日分,フルナーゼ点鼻液(2.04g4ml)3本が処方された。Aは,同月16日,H病院において,頸部単純CT検査を受けたところ,右声帯からやや頭側で軽度の腫大が認められるが,腫瘤そのものの境界は不明瞭であること,小さな両側深頸リンパ節が描出されるものの,有意なリンパ節腫大はないことが報告され,右声門部腫瘤があると診断された。Aは,同月27日,同科を外来受診し,G医師に対し,嗄声に著変がなく,A自身の判断により漢方治療を行っていたもののその効果がないことを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,右仮声帯に肉芽様腫瘍がみられた。また,上記CT検査の結果,頸部リンパ節に腫脹はみられず,喉頭腫瘍について軟骨の破壊はみられなかった。そして,ムコダイン錠(250mg)6錠,ダーゼン錠(10mg)3錠,メチコバール錠(500μg)3錠を1日3回服用として各28日分,フルナーゼ点鼻液(2.04g4ml)2本が処方された。また,Aは,同年8月23日,Iメディカルセンターを外来受診し,食道及び胃の内視鏡検査を受けたところ,慢性胃炎,食道ポリープがあると診断された。 Aは,同月24日,H病院耳鼻咽喉科を外来受診し,G医師に対し,声のかすれが強くなり,声が出しにくくなったため喉の手術をしてほしい旨を伝えたところ,G医師は,喉頭ファイバー検査を実施した上,Aに嗄声が継続していること,右仮声帯の腫脹が増大していること,右仮声帯に肉芽様腫瘍がみられること,声の出方が悪くなっていることなどから,顕微鏡下生検を行うこととしたが,Aが狭心症の鑑別のために他院を受診していたことから,その検査結果を待って,顕微鏡下生検を実施する に肉芽様腫瘍がみられること,声の出方が悪くなっていることなどから,顕微鏡下生検を行うこととしたが,Aが狭心症の鑑別のために他院を受診していたことから,その検査結果を待って,顕微鏡下生検を実施することとされ,同様の薬剤の処方がされた。Aは,同年9月28日,同科を外来受診し,G医師に対し,嗄声が増強したことを伝え,同年10月25日にH病院に入院し,同月27日にラリンゴマイクロ下手術を行う予定とされ,同様の薬剤の処方を受けた。 - 21 -同月18日,被告病院において,Aについてのカンファレンスが行われ,右仮声帯腫瘍の病理確認のために術中ゲフリールに加え,レーザーを用意し,入院後のゲフリールを予約することとなり,同月19日,Aに対し,術前検査,喉頭ファイバー検査が行われた。また,Iメディカルセンターから,G医師に対し,同月18日,Aを冠攣縮性狭心症,高脂血症と診断したことなどを内容とする診療情報の提供がされた。(甲A1,4,甲A5の1ないし6,甲A7ないし9,11ないし15,乙A1[4ないし20],2[11ないし21,33,63,64],5,6,乙A7の1ないし5,乙A8,証人J,証人G)なお,原告は,Aは,被告病院耳鼻咽喉科において,平成15年3月3日に,喉頭ファイバー検査を受けておらず,同月24日,同年5月29日,8月14日,平成16年1月22日に喉頭ファイバー検査がされたことについては不知である旨主張し,Aの供述(甲A4,7,9)にはこれに沿うないし沿うかにみえる部分がある。 しかし,上記の各日付の被告病院耳鼻咽喉科の外来カルテ(乙A1[4,5,10,11,16])には,喉頭ファイバー検査の結果によるものと認められるAの喉頭の所見が記載されており,G医師も,上記の各日付の診療の際には,喉頭ファイバー検査の結果,Aの喉頭の所見 1[4,5,10,11,16])には,喉頭ファイバー検査の結果によるものと認められるAの喉頭の所見が記載されており,G医師も,上記の各日付の診療の際には,喉頭ファイバー検査の結果,Aの喉頭の所見をカルテに記載した旨供述しているところである(乙A8[1])。 これらの事情からすれば,上記のいずれの日においても,Aに対して喉頭ファイバー検査が行われたと認めるのが相当である。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 AがH病院へ生検等のため入院した後の診療経過Aは,平成16年10月25日,H病院に入院し,同月27日,顕微鏡下喉頭腫瘍摘出術,レーザー焼灼術,気管切開術を受けた。Aの腫瘍は易出血性であり,その基部は右仮声帯(声帯側)に太く存在していた。顕微鏡によ- 22 -る所見では,前交連にも腫瘍が及んでいる様子であり,止血しながら,前交連,右声帯からも検体を採取し,レーザーにより広範囲の焼灼が行われた。 また,術中ゲフリールの結果,右仮声帯腫瘍について,異型扁平上皮が線維化を伴い間質に浸潤する主として中分化型の扁平上皮癌の所見であると報告された。 同月29日,病理組織検査の結果,右声帯後連合について,粘膜上皮は再生性,部分的に軽度の異型性が認められること,間質は線維性,少数のリンパ球浸潤,毛細血管の増生が認められること,右声帯連合について,異型細胞が粘膜上皮のほぼ全層を置換し,間質に圧排性に僅かに増殖する中分化~低分化の扁平上皮癌の所見であること,右仮声帯について,ほぼ同じ扁平上皮癌の所見で,線維化を伴い浸潤していること,腫瘍本体について,ほぼ同じ扁平上皮癌の所見で,核異型や核分裂像がやや目立ち,一部で小壊死を伴っていることが報告され,Aの右仮声帯腫瘍は,中分化~低分化の扁平上皮癌であると診断され,その後,喉頭 ,腫瘍本体について,ほぼ同じ扁平上皮癌の所見で,核異型や核分裂像がやや目立ち,一部で小壊死を伴っていることが報告され,Aの右仮声帯腫瘍は,中分化~低分化の扁平上皮癌であると診断され,その後,喉頭癌の病態としてはT2(Ⅱ期)であると診断された。 Aは,同年11月4日,上部内視鏡検査を受け,同月5日,同検査の結果,食道に中等度~高度の異形成があること,食道粘膜の再生性変化があること,上皮内癌に近い形であることが報告された。 そのため,Aについて,喉頭及び食道に対して放射線治療を行うことが予定され,同月16日から平成17年1月7日までの間,喉頭及び食道に対して放射線治療が行われた。その結果,喉頭及び食道の放射線治療は予定どおり終了し,その効果はいずれも治癒に近い状態(病変消失)(CR)と判定され,Aは,同日,H病院を退院した。 Aは,同月21日,H病院耳鼻咽喉科を外来受診し,頸部CT検査を受けたところ,平成16年10月29日の前回頸部CT検査の結果と比較して,気管切開が閉鎖され皮下気腫の消退が認められること,喉頭の状態に著変は- 23 -認められないこと,有意なリンパ節腫大の出現はないこと,後縦字靱帯の著明な肥厚が認められ,脊柱管の狭窄が認められるが,前回の検査と著変はないことが報告され,喉頭腫瘍,放射線治療後後縦字靱帯骨化症と診断された。 Aは,平成17年1月25日,同科を外来受診し,G医師に対し,乾性咳があることを伝え,喉頭ファイバー検査を受けたところ,右仮声帯に少しびらん様の所見がみられたが,腫脹はみられなかった。その後,Aは,同年8月2日までの間,月1ないし2回程度,H病院耳鼻咽喉科に外来通院したが,局所再発を示唆する客観的な所見はみられなかった。(甲A4,15,乙A2[22ないし31,43ないし51,65,67],3[1な 2日までの間,月1ないし2回程度,H病院耳鼻咽喉科に外来通院したが,局所再発を示唆する客観的な所見はみられなかった。(甲A4,15,乙A2[22ないし31,43ないし51,65,67],3[1ないし85,108,129ないし143],8,証人J,証人G) AがK大学病院を受診した後の診療経過Aは,平成17年11月2日,K大学病院を受診したところ,右頸部リンパ節が触知され,同年12月7日には増大傾向にあり,生検の結果,リンパ節への喉頭癌の転移が確認された。 Aは,平成18年1月17日,L病院を受診し,継続的に外来受診した後,同年2月6日,同病院に入院した。Aは,同月8日,右上頸部郭清術,喉頭腫瘍生検を受けたところ,病理組織検査の結果,同月15日,喉頭腫瘍について,上皮下の線維増生と炎症細胞浸潤を伴った喉頭粘膜で,崩れた微少な組織片内に扁平上皮癌が疑われる異型細胞の小集団がみられるが,確定診断は困難であり,再生検による再検討が必要であること,リンパ節について,高分化型扁平上皮癌の転移が認められ,喉頭癌の転移として矛盾はないことが報告された。Aは,同日,同病院を退院し,その後,月に1ないし2回程度,同病院を外来受診し,経過観察を受けた。 Aは,同年7月4日,M病院耳鼻咽喉科を外来受診し,同月6日,同科の喉頭専門外来を受診したところ,右声帯について固定T3以上で,初回手術において声門上から声帯にまで及ぶ腫瘍であったことから,レーザー手術の- 24 -適応はなく,これを行うとすれば,Aの年齢からして,誤嚥が必発であり,声帯も広範囲に焼灼すると声もほとんど残らないため,根治するには喉頭全摘が必要であると診断された。 Aは,同月24日,L病院に入院し,同月26日,喉頭全摘手術を受け,同年8月14日,L病院を退院した。また,術後の病 すると声もほとんど残らないため,根治するには喉頭全摘が必要であると診断された。 Aは,同月24日,L病院に入院し,同月26日,喉頭全摘手術を受け,同年8月14日,L病院を退院した。また,術後の病理組織診断の結果,同月19日,低分化扁平上皮癌が境界明瞭な潰瘍性病変を形成して増殖していること,腫瘍浸潤は筋層を超えているが,骨・軟骨組織には及んでいないこと,軽度のリンパ管及び静脈侵襲が認められること,腫瘍組織の周囲には既往の照射によると考えられる線維化がみられ,照射後の再発として矛盾はないこと,切片上,腫瘍は完全切除されていることが報告された。 Aは,上記のとおり喉頭全摘術を受けたために音声機能を喪失したことから,同年11月27日付けで,身体障害者等級3級の身体障害者手帳の交付を受けた。 その後,Aは,平成22年2月18日,喉頭癌により死亡した。(甲A4,10,15,16[4,9,10,23,41,47,48,53,54,59],17[5,6,16],甲C4,乙A2[37],証人J,弁論の全趣旨) 2 医学的知見証拠及び弁論の全趣旨によれば,喉頭癌に関する医学的知見は,以下のとおりであると認められる(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。)。 喉頭癌は,60~80歳代の高年齢層に多くみられ,上顎癌より高齢層に集中し,性差については圧倒的に男性に多いとされる。 喉頭癌は,部位により,声門上癌,声門癌,声門下癌に分類される。声門上部は,①舌骨上喉頭蓋,②披裂喉頭蓋ヒダ,喉頭面,③披裂,④舌骨下喉頭蓋,⑤仮声帯に細分化され,各部位を亜部位といい,本件のように仮声帯に生じた- 25 -癌は,声門上癌に分類される。 声門上癌の初発症状は咽喉頭部の異常感が最も多く,潰瘍を生ずると嚥下痛を,声帯に ⑤仮声帯に細分化され,各部位を亜部位といい,本件のように仮声帯に生じた- 25 -癌は,声門上癌に分類される。 声門上癌の初発症状は咽喉頭部の異常感が最も多く,潰瘍を生ずると嚥下痛を,声帯に浸潤すると嗄声を,腫瘍が大きくなると喘鳴,呼吸困難を来すとされる。また,喉頭癌であるか否かの診断は,間接喉頭鏡検査で容易であるが,確定するためには組織検査が必要であるとされている。 喉頭癌のTNM分類について,声門上癌は,原発腫瘍(T)の分類(他の部位への浸潤の程度による分類)において,T1とは,声帯運動正常で声門上部の1亜部位に限局する腫瘍,T2とは,喉頭の固定がなく,声門上部の他の亜部位,声門又は声門上部の外側域(例えば,舌根粘膜,喉頭蓋谷,梨状陥凹の内側壁など)の粘膜に浸潤する腫瘍,T3とは,声帯が固定し喉頭に限局するもの及び/又は輪状後部,喉頭蓋前方の組織,舌根の深部のいずれかに浸潤する腫瘍,T4とは,甲状軟骨を破って浸潤する腫瘍及び/又は頸部軟骨組織,甲状腺及び/又は食道に進展する腫瘍であるとされ,所属リンパ節(N)の分類(所属リンパ節への転移の有無及びその大きさ等による分類)において,N0とは所属リンパ節の転移なしとされ,遠隔転移(M)の分類(遠隔転移の有無による分類)において,M0とは遠隔転移なしとされている。その病期診断は,TMN分類の組合せにより分類され,T1N0M0がⅠ期,T2N0M0がⅡ期とされ,Ⅰ,Ⅱ期の喉頭癌は,放射線治療の適応とされている。これに対し,T3,T4の声門上癌は,手術療法が基本であり,N0の症例でも,潜在的頸部リンパ節転移の頻度が高いため,選択的頸部郭清術が必要であり,声門上癌は正中を越えて浸潤する症例も多く,このような症例では両側の郭清を必要とするが,治療のもう一つの選択肢として放射線療法と化学療法 部リンパ節転移の頻度が高いため,選択的頸部郭清術が必要であり,声門上癌は正中を越えて浸潤する症例も多く,このような症例では両側の郭清を必要とするが,治療のもう一つの選択肢として放射線療法と化学療法の併用が行われる。(甲B5,6,7[125],8ないし12,20,乙A8[8],乙B2) 3 争点(被告担当医らにおいて,遅くとも平成15年5月29日までの間に,Aの喉頭癌を疑い,速やかに生検・治療を実施すべきであったにもかかわらず,- 26 -これらを怠った注意義務違反があるか否か)について原告は,被告担当医らは,遅くとも,平成15年5月29日にAの右仮声帯の腫脹と嗄声の持続を確認した後は,速やかに局所麻酔下生検あるいは全身麻酔下生検を実施し,喉頭癌の確定診断をした上で,速やかに放射線治療を開始すべき義務を負っていたにもかかわらず,これを怠った注意義務違反がある旨主張するとともに,Aの被告病院における主治医であるG医師がAに対して生検を勧めたことはない旨主張し,証拠(甲A4,7ないし9,15,証人J[3ないし6,12])にはこれに沿う部分がある。 他方,被告は,Aの当時の症状等からすると,平成15年3月3日の初診時から,Aの右仮声帯腫瘍は腫瘍性病変(喉頭癌)である可能性が否定できず,医学的にはその鑑別診断のために生検を行う必要があったことを前提としつつ,被告病院のG医師は,Aに対し,同年3月3日の受診の際から生検の必要がある旨の説明をしていたのであり,それにもかかわらず生検を実施しなかったのは,これを拒絶したA自身の意向に基づくものであるから,被告担当医らに注意義務違反はない旨主張し,証拠(甲B2の2,甲B3の2,甲B4の2,乙A8,証人G)にはこれに沿う部分がある(G医師は,3月3日の診察の際には,Aに対し,右仮声帯腫脹につい から,被告担当医らに注意義務違反はない旨主張し,証拠(甲B2の2,甲B3の2,甲B4の2,乙A8,証人G)にはこれに沿う部分がある(G医師は,3月3日の診察の際には,Aに対し,右仮声帯腫脹について生検の必要がある旨説明したにもかかわらず,Aが「前医での検査は苦しかったので,同様の検査は受けたくない」旨を回答したことから,「お勧めしている検査は全身麻酔をかけての検査なので,眠っている間に済んでしまいますが,入院が必要です。」と説明したところ,「忙しいので1週間も入院できない。少し考えてから決めたい。」との回答であったため,「次回の診察までに何とか調整ができないか検討してほしい」と話して,当日の診察を終了し,また,3月24日の診察の際にも,生検を勧めたが,「1週間の入院は無理である」との回答であったため,最短3日から4日の入院で,結果の説明については外来で行うことも可能である旨を説明し再度の検討を求めたが,Aはそれも無理であるので暫く経過を診てほしいとの- 27 -意向を示したため,やむを得ず,所見上の変化が現れたら生検を行うとの約束を得て,当日の診察を終了した旨供述する(乙A8[6,7],証人G[2,16ないし22,32,33,39ないし42,46,47])。)。 そこで検討するに,G医師は,平成15年3月3日から同年5月29日までの間では,同年3月3日と同月24日に,Aに対して生検の説明をした旨証言するが(証人G[39,40]),両日の被告病院の外来カルテ(乙A1[4,5])には,同年3月3日の診察の際にAに対し前医(E耳鼻咽喉科医院)のレントゲンなどを持参するよう依頼した旨の記載はあるものの(なお,Aがこれらを被告病院耳鼻咽喉科に持参したこと,G医師がAに対し再度これらを持参するように依頼したことを認めるに足りる証拠はない。) レントゲンなどを持参するよう依頼した旨の記載はあるものの(なお,Aがこれらを被告病院耳鼻咽喉科に持参したこと,G医師がAに対し再度これらを持参するように依頼したことを認めるに足りる証拠はない。),これに加えて,例えば,「生検について説明」,「生検拒否」,「所見上の変化があれば生検を」等,生検に関する何らかの記載をすることは容易であるにもかかわらず,G医師がAに対して説明したとする,右仮声帯腫脹についての生検の必要性等に関する記載や,AにおいてG医師が勧めた生検に同意しなかったこと等に関する記載はおろか,G医師によって生検に関する説明が行われたこと,Aが生検を拒否したことを窺わせる記載は全くされていないのであって,G医師がAに対し,被告が主張するような生検についての説明等をしたことを裏付ける客観的な証拠はない。この点,G医師は,同月3日に,外来カルテにAに対して生検の説明をしたことなどを記載しなかった理由について,Aの診察は初診であったことから,通常の診察よりも時間がかかり,Aの診察終了後に診察すべき患者が多数いて,クレームが出ていたため,記録を残す時間がなく,外来診察が終わった後も病棟へ戻り時間がとれなかったために記載できなかった旨証言するところであり(証人G[41,42]),同月24日に,外来カルテに生検の説明を記載しなかった理由についても,この日のAの診察は初診ではなかったにもかかわらず,同様であるとのみ証言するにとどまる(証人G[42])。 また,G医師は,同月3日には,Aに対し,手元にあったメモ用紙に喉頭の断- 28 -面図を書いて生検の必要性を説明したとも証言する一方で,診察の過程で作成されたこのメモをどうしたかについては記憶がないとのみ証言するところ(証人G[46,47]),同日の被告病院の外来カルテ(乙A1[4,5] て生検の必要性を説明したとも証言する一方で,診察の過程で作成されたこのメモをどうしたかについては記憶がないとのみ証言するところ(証人G[46,47]),同日の被告病院の外来カルテ(乙A1[4,5])には,このようなメモは綴じられていないことからすると,Aに対し喉頭の断面図を示して右仮声帯腫脹について生検の必要性を説明したというG医師の証言を直ちに採用することはできない。 そして,G医師は,同日,Aに対し,①両側の鼻粘膜にも腫脹がみられること,喉の粘膜は全体に少し乾燥傾向にあり慢性咽喉頭炎があるようであること,②喉頭では右仮声帯の前方が腫れて正中方向に突出していること,③腫れた仮声帯の上面については表面の粘膜はほぼ正常と思われる所見であること,④仮声帯の腫れによって見えない部分以外は,右声帯は通常の状態のようであること,両側声帯の開いたり閉じたりする動きには異常がないこと,⑤前医では外来で生検が行われたとのことであるからファイバースコープによる生検が行われたものと考えられるが,腫れている仮声帯の表面はファイバースコープで観察する限りほぼ正常と思われる粘膜で覆われていること,⑥右の仮声帯の腫脹を起こしている原因は,上から見えている仮声帯の粘膜下あるいは仮声帯の下面,つまり声帯に近い部分にあることが予想されること,⑦前医での組織検査の結果は良性とのことだが,局所麻酔によるファイバースコープでの生検で仮声帯粘膜をつかみ取っても,原因となる部分の組織が含まれない可能性が高いと考えられること,⑧現時点では,単なる炎症なのか,腫瘍なのか,更に癌のような悪いものかどうかという病変の確定ができていないこと,⑨このような場合,一般的には入院の上,全身麻酔をかけて,口から喉の奥に筒状の直達喉頭鏡という器具を入れて,顕微鏡を用いて直接,仮声帯や声帯を拡大 悪いものかどうかという病変の確定ができていないこと,⑨このような場合,一般的には入院の上,全身麻酔をかけて,口から喉の奥に筒状の直達喉頭鏡という器具を入れて,顕微鏡を用いて直接,仮声帯や声帯を拡大して観察する方法を用いること,この方法では,ファイバースコープで真上からしか観察できない喉頭の各部位を詳細に観察することができ,必要な箇所から組織検査の材料を摘出することができること,⑩入院期間中に病理検査結果が判明す- 29 -るので,その結果を確認した上で治療法を検討することができること,⑪悪いものである可能性も否定できないので,早い時期に検査を受けていただくのが適切と思うこと,⑫全身麻酔で行うことから,検査中の痛みや苦しさはないこと,ただし,入院が必要で,その期間は1週間程度であることについて説明した旨供述する(乙A8[6,7])。しかし,G医師は,その証人尋問において,陳述書(乙A8)を見ないで記憶に基づいた証言を求められたところ,癌という言葉を用いず,悪いものである可能性もないわけではないのでという前提で,仮声帯に腫脹があるが,その表面の粘膜は正常で平滑であり,この状態でファイバースコープによって生検を行っても,正常な粘膜組織が摘除されるにすぎないので,全身麻酔をかけさせていただいて喉頭展開という手技を行った上で,仮声帯の表面あるいは裏側,患側の声帯の状態を観察させていただきたいという説明をした旨証言するにとどまっており(証人G[40]),このことからも,G医師がAに対し上記のような詳細な説明をしたとは,にわかに信用し難いところがあるといわざるを得ない。 さらに,G医師は,その証人尋問において,Aの平成16年8月24日の外来受診時に入院,手術の予定を立てることになった理由について,当初は,Aの右仮声帯の腫脹が増大しているとの所 いわざるを得ない。 さらに,G医師は,その証人尋問において,Aの平成16年8月24日の外来受診時に入院,手術の予定を立てることになった理由について,当初は,Aの右仮声帯の腫脹が増大しているとの所見を基にG医師の判断により手術を予定した旨証言していたにもかかわらず(証人G[26]),後には,Aが声が出なくなったために,同日の診察の際には,当初からG医師に対し,右仮声帯の腫脹について手術を希望すると伝えたことから,Aの病状等をも考えて,検査を兼ねて手術を行うことになった旨証言するに至っており(証人G[45,46]),このような供述の変遷について合理的な理由があることは窺われない。 これらの事情からすると,Aが平成15年3月3日及び同月24日に被告病院耳鼻咽喉科を受診した際に,G医師からAに対し,上記①ないし⑫のとおり,右仮声帯腫脹についての生検の必要性等を説明したものの,A自身がその意向- 30 -により生検を拒絶した旨のG医師の供述(乙A8,証人G)は,にわかに採用することができない。 加えて,G医師は,上記のとおり,癌という言葉を用いず,悪いものである可能性もないわけではないという前提で右仮声帯腫脹についての生検の必要性等について説明した旨証言するが(証人G[40]),当時,G医師において,Aの症状からすると生命に危険のあるT2の喉頭癌である可能性があり,喉頭癌の鑑別診断のためには生検の必要性があると認識していたことからすれば(証人G[38,39]),患者であるA本人ないしその家族に対し,生命に危険があることを説明した上で生検の必要性を説明すべきであり,仮にG医師が証言するような内容の説明が行われたとしても,その説明はなお不十分であったといわざるを得ない。これに対し,G医師は,「悪いもの」という言葉から悪性病変の可能性がある を説明すべきであり,仮にG医師が証言するような内容の説明が行われたとしても,その説明はなお不十分であったといわざるを得ない。これに対し,G医師は,「悪いもの」という言葉から悪性病変の可能性があることは容易に想起可能であると証言するが(証人G[41]),「悪いもの」という言葉は多義的であって,必ずしも生命に危険を及ぼす癌のような疾病を意味するわけではなく,実際,Aには,顕微鏡下喉頭腫瘍摘出術等を受けた後も,生命に危険を及ぼす疾病に罹患している可能性があるとの病識が欠如していたことからすれば(乙A3[67ないし69]),「悪いもの」である可能性もないわけではないという説明のみでは,Aが,喉頭癌の可能性があり,右仮声帯腫脹について生検をすべき緊急性・必要性があると判断することは困難であったというべきであり,Aに対する生検の必要性についての説明として十分とはいえないから,この点からも,被告の上記主張は採用することができない。 そして,Aの被告病院における主治医であったG医師以外の被告担当医らがAに対し,右仮声帯腫脹について生検の必要があることなどを説明したと認めるに足りる証拠はない。 以上のとおりであり,被告担当医らには,遅くとも,平成15年5月29日にAの右仮声帯の腫脹と嗄声の持続を確認した後は,速やかに局所麻酔下生検- 31 -あるいは全身麻酔下生検を実施し,喉頭癌の確定診断をした上で,速やかに放射線治療を開始すべき義務を怠った注意義務違反があるというべきである。 なお,被告は,Aについて,将来の癌化の可能性の説明を受けているにもかかわらず,放射線治療に対する否定的な言動がみられたこと(乙A3[68]),他の医療機関において急性心筋梗塞と診断された後も約10年にわたって医療的なフォローアップを受けず,具体的な狭心症の症状が出た後も ず,放射線治療に対する否定的な言動がみられたこと(乙A3[68]),他の医療機関において急性心筋梗塞と診断された後も約10年にわたって医療的なフォローアップを受けず,具体的な狭心症の症状が出た後も内服薬がないのに医療機関の診療を受けなかったこと(乙A2[16])などから,Aの疾病に対する特異な理解を推測させる経過がみられるとして,医療従事者が治療(検査)の必要性を説明すれば,患者はこれに従って医療行為を受けるはずといった,合理的な患者像をAに当てはめて,本件の事実認定を行うことは許されないと指摘するが,被告の指摘する事実は,上記認定判断を覆すには足りないというべきである。 4 争点(被告担当医らの注意義務違反と結果(Aの喉頭全摘出及びこれによる後遺障害)との間の因果関係の有無)について前記3で認定した被告担当医ら(被告病院のG医師)の注意義務違反とAの喉頭全摘出及びこれによる後遺障害との間の因果関係について検討する。 Aは,G医師から,右仮声帯腫脹について生検の必要性について説明を受け,生検を受けるよう指示されていた場合には,その指示に従って生検を受けていたと供述していたこと(甲A4,7,9)のほか,Aは,H病院入院後の平成16年11月13日の時点において,生検よりも副作用の大きい放射線治療について,癌であれば放射線治療を受けるが,癌になるかもしれない状態であっても,医師の説得により受けるかもしれないなどと述べていたところ(乙A3[71]),その後,前記1のとおり,同月16日から平成17年1月7日まで,実際に喉頭及び食道に対して放射線治療を受けていることに照らすと,G医師がAに対し,遅くとも前記3の注意義務違反が認められる平成15年5月29日までに癌の可能性があり,生命に危険が及ぶ場合があることを説明し- 32 -た上で 線治療を受けていることに照らすと,G医師がAに対し,遅くとも前記3の注意義務違反が認められる平成15年5月29日までに癌の可能性があり,生命に危険が及ぶ場合があることを説明し- 32 -た上でAの右仮声帯腫脹について生検の必要性があることを十分に説明していれば,Aはこれに近接した時期に,右仮声帯腫脹について生検を受けていたものと認めるのが相当である。 そして,この時期のAの喉頭癌(声門上癌)の病期について検討するに,原告は,平成15年5月29日の時点でAの喉頭癌の病期はT1(Ⅰ期)であったと主張し,P医師(以下「P医師」という。)の意見書(甲B22)にはこれに沿う部分もある。 しかし,P医師は,声帯の可動性が保たれており,声帯粘膜に変化がみられなかったことから,腫瘍は声帯に及んでいなかったと考えられると供述するところ(甲B22),前記1,2のとおり,声門上癌は声帯に浸潤すると嗄声を来すとされており,Aには持続する嗄声がみられていたのであって,P医師がこれをどのように評価しているのか明らかでない。また,G医師は,Aの声帯粘膜について,仮声帯の腫れにより見えない部分があったため,同部の声帯粘膜の状態は不明であると供述するとともに,肉眼的に声帯粘膜の表面に変化がなくても浸潤の可能性を除外することはできず,声帯の可動性が保たれていれば声帯への浸潤がないとはいえない旨供述している(乙A8[8])。 さらに,P医師は,平成15年3月25日撮影の喉頭断層写真(乙A7の1ないし5)から,仮声帯の腫脹により喉頭室は狭くなっているものの明確に判別できるため,仮声帯腫瘍は喉頭室を超えて声帯までは及んでいないと考えられる旨供述するが(甲B22),G医師は,上記喉頭断層写真の所見は,両側とも正常な所見ではなく,患側に明らかな健側との相違を認めることは ため,仮声帯腫瘍は喉頭室を超えて声帯までは及んでいないと考えられる旨供述するが(甲B22),G医師は,上記喉頭断層写真の所見は,両側とも正常な所見ではなく,患側に明らかな健側との相違を認めることはできず,声帯への浸潤の有無を判別することはできない旨供述するとともに(乙A8[9]),Aの喉頭癌は上皮性腫瘍であり,上皮性腫瘍の場合には,仮に仮声帯の腫瘍が喉頭室に浸潤したとしても,それが隆起性病変を形成するような事態に至っていない状況であれば,喉頭断層写真は正常に記録されるのであり,喉頭室がつぶれるような所見の前に浸潤は始まっている旨証言するところであ- 33 -る(証人G[7,8])。 これらの事情からすれば,P医師の意見書は,にわかに採用することができない。そして,平成15年5月29日ころ,前記1のとおり,Aの嗄声は長期間にわたり持続し,A自身もその当時,声のかすれや喉の痛みはますます悪化していたと供述していること,その後,Aは喉頭癌(声門上癌)と診断されていることに照らせば(甲A4[2]),この嗄声が加齢によるものであるとは考えられず,喉頭癌(声門上癌)は声帯に浸潤していた可能性を否定することができないから,平成15年5月29日の時点でAの喉頭癌(声門上癌)の病期はT1(Ⅰ期)であったと認めることはできず,当時のAの喉頭癌(声門上癌)の病期はT2(Ⅱ期)であった可能性を否定することができない。 そうすると,Aの喉頭癌(声門上癌)の上記病期は,前記1のとおり,実際に放射線治療が行われた際の喉頭癌(声門上癌)の病期であるT2(Ⅱ期)と同じというべきことになる。 そして,喉頭癌(声門上癌)の病期が異なる場合の予後(5年喉頭温存率,5年局所制限率)の違いに言及した医学文献は提出されているものの(甲B9,10,13ないし15,甲B1 じというべきことになる。 そして,喉頭癌(声門上癌)の病期が異なる場合の予後(5年喉頭温存率,5年局所制限率)の違いに言及した医学文献は提出されているものの(甲B9,10,13ないし15,甲B16の1,2,乙B2),同一の病期であるT2(Ⅱ期)における予後の違いに言及した医学文献は提出されていない。また,G医師は,平成15年5月ころから,放射線治療が開始された平成16年11月ころまでの間に,仮声帯の突出度が増したという意味で癌の進行はあった可能性がある旨証言する一方で(証人G[42,43]),早期に治療を開始する方が治療効果は良いとはいえるものの,癌の病期が同じであれば両時点において治療内容は変わらず,治療効果も大きくは変わらない旨証言するところである(証人G[53,54])。 これらの事情からすれば,前記3の注意義務違反が認められる平成15年5月29日に近接した時期に右仮声帯腫脹について生検を受け,喉頭癌(声門上癌)の確定診断をし,速やかに放射線治療を開始したとしても,Aの喉頭癌(声- 34 -門上癌)の再発・転移を避け,喉頭全摘出を回避することができたことについて高度の蓋然性があり,あるいは相当程度の可能性があったとは認めることができない。 5 争点(損害の有無及びその額)について前記4のとおり,前記3の注意義務違反がなかったとしても,Aの喉頭癌(声門上癌)の再発・転移を避け,喉頭全摘出を回避することができたことについて高度の蓋然性があり,あるいは相当程度の可能性があったとは認められないが,前記3の注意義務違反により,Aは,適切にその病状及び生検に関する情報を提供され,これに基づいて生検を受けるか否かを真摯に選択・判断する権利(いわゆる自己決定権)を侵害されたというべきであり,前記3の注意義務違反とAの自己決定権侵害 切にその病状及び生検に関する情報を提供され,これに基づいて生検を受けるか否かを真摯に選択・判断する権利(いわゆる自己決定権)を侵害されたというべきであり,前記3の注意義務違反とAの自己決定権侵害との間には因果関係があると認められるから,Aは被告に対し,これによって被った精神的損害の賠償(慰謝料)を求めることができる。なお,原告の本訴請求は,このような請求を包含するものと解される。 そこで,上記慰謝料額について検討するに,本件事案の性質・内容,被告病院における診療の経過,被告担当医らの注意義務違反の内容と態様のほか,Aに対するその病状及び生検の必要性の説明は生命の危険に関わるものであり,Aは前記3の注意義務違反によって,より早期に喉頭癌(声門上癌)について診断・治療を受ける機会を奪われたこと,Aは被告病院における主治医としてG医師を信頼していたにもかかわらず,前記3の注意義務違反はその信頼を裏切るものであったこと,被告は,Aによる説明会の開催の求めに応じないなど,被告病院における診療経過等について,必ずしもAの納得が得られるような説明・報告を行っていないこと(甲B2ないし4(いずれも枝番を含む。))など,本件訴訟に顕れた諸事情を考慮すると,上記慰謝料は200万円と認めるのが相当である。 また,A及び原告が弁護士である訴訟代理人らに本件訴訟の提起・追行を委任したことは当裁判所に明らかであるところ,弁護士費用相当分の損害につい- 35 -ては,本件事案の性質・内容,訴訟の経過,認容額等に照らし,20万円と認めるのが相当である。 6 結論よって,原告の請求は,主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部 裁判長裁判官 よって,原告の請求は,主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 主文 東京地方裁判所民事第34部 裁判長裁判官村田渉 裁判官成田晋司 裁判官平野望
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