平成17年2月16日判決言渡平成15年(ワ)第1184号損害賠償請求事件判決 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは、原告Aに対し、連帯して金3103万0360円及びこれに対する平成13年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは、原告B、同C及び同Dに対し、連帯してそれぞれ金988万3453円及びこれらに対する平成13年8月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は、食道癌の治療のために、E大学に入院していた亡Fが、平成13年8月31日に、急性胃潰瘍からの出血多量等によって死亡したことにつき、亡Fの妻ないし子である原告らが、亡Fの担当医であった被告らに対し、①放射線化学療法を実施するに先立って、抗潰瘍薬をあらかじめ投与しておくべきであったのにこれを怠った、②消化管出血を疑って適切に対処すべきであったのにこれを怠ったなどと主張して、不法行為に基づき、損害賠償を請求している事案である。 1 争いのない事実等(1) 当事者等ア(ア) 亡Fは、昭和9年6月1日生まれの男性であり、大学卒業後、G省(当時)へと入省し、平成7年にG事務次官の地位で退官した。退官後、Hの館長に就任し、さらにその後、Iの館長を勤めていた(甲A10、B24、32、原告A、弁論の全趣旨)。 (イ) 原告Aは亡Fの妻である。また、同B、同C及び同Dはいずれも亡Fと原告Aの子である(甲B24)。 イ(ア) 被告らは、平成13年当時、いずれもE大学に勤務する医師であり、亡Fの治療を担当していた。 被告らの中では、被告Jが最も医師としての経験年数が長く、被告Kがこれに続き、被告Lは当時研 (ア) 被告らは、平成13年当時、いずれもE大学に勤務する医師であり、亡Fの治療を担当していた。 被告らの中では、被告Jが最も医師としての経験年数が長く、被告Kがこれに続き、被告Lは当時研修医であった(争いのない事実、被告K)。 (イ) Mは、原告Dの夫であり、平成13年当時はE大学に勤務して、やはり亡Fの治療を担当していた(争いのない事実、甲B24、25、証人M)。 (2) 本件の診療経過は、別紙診療経過一覧表記載のとおりであり、その要旨は以下のとおりである。また、亡Fの本件入院後における血液検査結果は、別紙血液検査結果一覧表記載のとおりであり、食事量、輸液量、尿量等については、別紙水分収支等一覧表のとおりである(なお、別紙診療経過一覧表のうち、診療経過欄中の下線部、原告らの主張欄及び被告らの主張欄記載以外の事実については、当事者間に争いがなく、診療経過欄中の下線部の事実は、当事者間に争いのある事実であるが、本件においては、いずれも当裁判所が証拠欄記載の証拠等により認定したものである。なお原告らの主張欄及び被告らの主張欄記載の内容については、必要に応じて以下で検討する。)。 亡Fは、嚥下困難を訴え、平成13年7月30日、E大学病院内科及び外科を受診し、同年8月10日に入院した。同大学病院において検査したところ、食道癌であると診断され、放射線化学療法を実施して病変を縮小させた後、手術を行うこととなった。亡Fに対しては、同月20日から実際に放射線化学療法が実施された。同月30日までは、一定の貧血傾向、抗癌剤の副作用による食欲不振、嘔気、嘔吐等はあったものの、身体所見の著明な変化はないとみられていた。そして、同月31日、午前4時ころ看護師が見回った際には亡Fは就寝中であり異常は認められなかったが、午前5時15分にベッド 振、嘔気、嘔吐等はあったものの、身体所見の著明な変化はないとみられていた。そして、同月31日、午前4時ころ看護師が見回った際には亡Fは就寝中であり異常は認められなかったが、午前5時15分にベッドを離れ窓際で吐血して倒れているのが発見され、心肺停止状態であった。亡Fに対しては、蘇生措置が施されたが、亡Fは、同日午前7時05分に死亡した。病理解剖によって、直接の死因は、5センチメートル程度の大きさの胃潰瘍からの大量出血であることが明らかになった。 2 争点(1) 抗潰瘍薬の投与を怠った過失の有無(2) 消化管出血等を疑って適切に対処しなかった過失の有無(3) 損害額(判断の必要がなかった争点) 3 争点についての当事者の主張争点についての当事者の主張は、別紙争点整理表記載のとおりである。 第3 当裁判所の判断 1 証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件の診療経過等に関し、以下の事実が認められる。 (1) 亡Fは、昭和55年8月ころから、糖尿病及び胃の治療のため、N病院へ通院しており、同病院からは、胃の薬として、メサフィリン、タガメット、セルベックス、SM散といった薬を処方されていた。なお、タガメットについては、特に胃痛がなく、タガメットの長期の投与は不安であるという理由で、平成8年6月25日をもってセルベックスに変更されていたものである。 昭和58年6月27日には、胃内視鏡検査が実施された。その結果、潰瘍瘢痕等は認められず、胃の萎縮が強いと診断された。 同年11月18日には、入院を勧められているが、亡Fは、G省大学局の要職にあるため入院できないとしてこれを断っているほか、胃の治療のため同病院に入院したことはない。 また、昭和60年ころから、受診せずに薬のみを受け取ることが多くなり、カルテ上「要受診」との記載 にあるため入院できないとしてこれを断っているほか、胃の治療のため同病院に入院したことはない。 また、昭和60年ころから、受診せずに薬のみを受け取ることが多くなり、カルテ上「要受診」との記載が度々見られるようになった。 さらに、平成6年1月20日、上部消化管内視鏡検査が実施された。その結果、食道に異常はなく、胃内にも潰瘍瘢痕等は認められず、萎縮性胃炎であると診断された(甲A1・18頁、10)。 (2) 亡Fは、その頃、E大学附属病院の内科を受診し、糖尿病との診断を受け、ダイエットするよう指導され、平成9年9月には下咽頭部に疼痛感があるとして同病院耳鼻咽喉科を受診していたが、平成13年1月頃からのどにものがつかえるようになり、それが徐々に増強してきたことから、同年7月30日、同病院内科を受診した。このとき血液検査が施行され、赤血球数が414万/μl、ヘモグロビン値が12.8g/dl、ヘマトクリット値が39.8%、BUNが18mg/dl、血清クレアチニンが1.5mg/dlであった(以下単位は省略する。)。 また、亡Fは、これらの際に、自分の父親が胃潰瘍で死亡し、自らも35歳頃に胃潰瘍で保存的治療を受けた経験があることなどを述べていた(甲A1)。 (3) 同年8月2日、内科からの依頼によりO医師によって内視鏡により食道及び胃・十二指腸のファイバー検査並びに食道の生検が施行された。 その結果、亡Fは、食道癌と診断された。また、胃及び十二指腸には病変が認められなかった(甲A1・27頁)。 (4) 亡Fは、同月10日に同病院第2外科を受診し、特別室に入院となり、被告ら3名が担当医師となった。亡Fが持参していたセルベックスに関しては、そのまま内服を継続することとなった。 また、同日以降の入院中の食事については 院第2外科を受診し、特別室に入院となり、被告ら3名が担当医師となった。亡Fが持参していたセルベックスに関しては、そのまま内服を継続することとなった。 また、同日以降の入院中の食事については、日によって程度に差異があるものの、喉につかえて食べにくいことがある旨を訴えている日が多かった(甲A2)。 (5) 被告Jは、同月13日、同病院光学医療診療部に対し、内視鏡により食道及び胃・十二指腸についてのファイバー検査とこれらの部位の生検の実施を申し込み、同日、同部のP医師のほか、被告J及びM医師により、これらの内視鏡検査が実施され、食道粘膜、胃の表面粘膜、胃底腺粘膜等が採取された。その結果、胸部中部食道に長径約7センチメートルの3型食道癌(進行食道癌)であって全周性で深達度はT2(固有筋層まで浸潤)のものと、それに付随する0-Ⅱbの表在型食道癌があると診断された。 なお、この検査の報告書には、胃や十二指腸に関しては格別の記載はない(甲A2、乙B20、被告J)。 (6) 被告Jは、同月14日、亡F及び原告Aに対し、亡Fは進行性食道癌であることを説明し、抗癌剤であるブリプラチンと5-FUの投与と30Gy(グレイ:放射線照射量の単位)ないし40Gyの放射線照射を併用する放射線化学療法を1コース施行して癌を小さくした後、切除手術をするのがよいと勧めたところ、亡Fらはこれに同意した。 同日、亡Fに対して血液検査が実施され、赤血球数が371万、ヘモグロビンが11.6、ヘマトクリットが35.3、BUNが17、血清クレアチニンが1.4であった(甲A2、B32、乙B20)。 (7) 同月20日から亡Fに対して放射線化学療法が実施された。 抗癌剤については、3週間にわたり週5回投与する計画で、1日当たりブリプラチンを15.3 った(甲A2、B32、乙B20)。 (7) 同月20日から亡Fに対して放射線化学療法が実施された。 抗癌剤については、3週間にわたり週5回投与する計画で、1日当たりブリプラチンを15.3ミリグラム、5-FUを512.6ミリグラム投与することとされたが、実際には、当初の1週間の投与が終了した同月24日の時点で経過を観察することとされ、それ以降の投与は実施されなかった。この投与量については、ブリプラチンは体表面積1m2当たり10ミリグラム、5-FUは体表面積1m2当たり335ミリグラムとして算出されたものであり、平成13年当時、E大学第2外科において用いられていた投与法に従ったものであった。 また、放射線照射は、当初1日2.5Gyを3週間にわたり週4回、合計で30Gyを照射するという計画であったが、その後1日当たりの照射量を減らして同月20日から同月24日までの5日間、同月27日、同月28日及び同月30日にそれぞれ1日2Gyずつ照射された。 同月20日夜のバイタルサインは、体温36.2、脈拍60、血圧120/50であり、気分不快はないとのことであった(甲A2、乙B20)。 (8) 同月21日には血液検査が行われ、赤血球数が367万、ヘモグロビンが11.5、ヘマトクリットが35.1、BUNが19、血清クレアチニンが1. 3、CRPが0.1mg/dlであった(以下同様に単位は省略する。)。 同日午後のバイタルサインは、体温36.6、脈拍80、血圧120/70であり、強い倦怠感があるとのことであった。 (9) 同月22日のバイタルサインは、体温36.3ないし36.9、脈拍70で、倦怠感はあるが気分不良はないとのことであった(甲A2)。 (10) 同月23日にも血液検査が行われ、赤血球数が360万、ヘモグロビン のバイタルサインは、体温36.3ないし36.9、脈拍70で、倦怠感はあるが気分不良はないとのことであった(甲A2)。 (10) 同月23日にも血液検査が行われ、赤血球数が360万、ヘモグロビンが11.3、ヘマトクリットが34.4、BUNが18、血清クレアチニンが1. 4、CRPが0.1であった。 同日のバイタルサインは、体温36.7、脈拍68、血圧118/52であり、気分は悪くないが食欲がやや落ちたとのことであった(甲A2)。 (11) 同月24日のバイタルサインは、体温36.6ないし37.2であり、吐気まではないが食欲は明らかに落ちているとのことであった(甲A2)。 (12) 同月25日は、昼食の主食を半分食べたのみで、同日のバイタルサインは、体温36.0ないし36.6、脈拍84ないし88、血圧110/70であり、嘔吐が出現したため、制吐剤が投与された(甲A2)。 (13) 亡Fは、同月26日、朝から胃液を吐いたと訴えるほど持続する吐気と数度にわたる嘔吐により、経口摂取が困難となったため、これまで持参薬として服用していたセルベックスの服用を、同日以降取りやめることとなった。また、嘔吐による水分喪失に対処するため、輸液量が増加された。 また、同日のバイタルサインは、36.0ないし36.7、脈拍88、血圧132/66であった(甲A2)。 (14) 同月27日に血液検査が行われ、赤血球数が356万、ヘモグロビンが11.1、ヘマトクリットが33.0、BUNが25、血清クレアチニンが1. 3、CRPが0.0であった。 また、同日も嘔吐があり、その嘔吐物について、診療録には、「茶色のもの?」との記載がある。 同日のバイタルサインは、体温36.5ないし37.2、脈拍78ないし90、血圧140/74であった(甲 た、同日も嘔吐があり、その嘔吐物について、診療録には、「茶色のもの?」との記載がある。 同日のバイタルサインは、体温36.5ないし37.2、脈拍78ないし90、血圧140/74であった(甲A2)。 (15) 同月28日には、亡Fの全身状態は若干改善した。食欲がなく食事の経口摂取はほとんど不可能であったが、吐気は自制内であって嘔吐はなかった。 同日のバイタルサインは、体温36.6ないし37.2、脈拍84、血圧144/64であった(甲A2)。 (16) 亡Fは、同月29日、胸焼けを訴えるなど、心窩部に灼熱感があり、また、吐気はあまりないものの、食欲もあまりなく、水分はポカリスエットを少しずつ飲んでいるという状況であった。 同日のバイタルサインは、体温37.6ないし37.8、脈拍108であった(甲A2)。 (17)ア同月30日朝に血液検査が行われ、赤血球数が310万、ヘモグロビンが9.5、ヘマトクリットが28.2、BUNが33、血清クレアチニンが1. 2、CRPが14.9であった(甲A2)。 イ亡Fは、同日朝から午後にかけて、胸が焼ける感じはだいぶ落ち着き、飲水も適宜行っているが、相変わらず食欲はなく、ひりひりするような感じや前胸部が圧迫されるような感じがあると述べていた。 もっとも、同日夕方には、倦怠感は前日より軽減しているとのことであり、テレビを見たり、原告Aと笑いながら話をしたりもしており、被告J及び同Kらが亡Fを診察した際、亡Fが下腹部が少し痛いと述べたため、下血や黒い便が出ないかと確認したところ、亡Fが便が少し黒い気がすると述べた。これに対し、被告Kが病室にあった黒いテレビの縁を指して、こういう黒い便が出たのかと尋ねると、亡Fは、そのような黒い色ではないと否定した(なお、上記のやりとり ろ、亡Fが便が少し黒い気がすると述べた。これに対し、被告Kが病室にあった黒いテレビの縁を指して、こういう黒い便が出たのかと尋ねると、亡Fは、そのような黒い色ではないと否定した(なお、上記のやりとりについては、診療録に記載は残されていないものの、被告J及び同Kは一貫してこのようなやりとりがあった旨陳述(乙B20)ないし供述しており、他方、原告Aは、同日にどのような会話があったのか全く記憶がない旨供述していることに照らし、上記のように認定するのが相当である。)。 同日のバイタルサインは、体温37.2、脈拍104であった。 また、同日には5回ほど下痢があり、亡Fが夜間下痢になることについて不安感を抱いていたため、当直医が下痢止めであるロペミンを経口投与した(甲A2、B32)。 (18) 亡Fは、同月31日午前0時の中心静脈点滴更新時には、寝息を立てて入眠していた。また、同日午前2時の巡回時には、看護師の気配に気付いた様子があった。さらに、同日午前4時の巡回時にも、特段の異常なく入眠していたが、看護師が同日午前5時15分に巡回したところ、亡Fは、ベッドを離れ窓のそばで、窓側を頭にして倒れており、100ミリリットル程度の吐血をして、多量の尿失禁とごく少量の黒色便がみられ、心肺停止状態であった。その後、亡Fには蘇生措置が施されたが、同日午前7時05分に死亡した(甲A2)。 (19) 被告Jは、同年9月1日作成の退院サマリー(甲A1・10ないし11頁)において、亡Fの死因となった急性の胃潰瘍が発生した原因として、放射線化学療法が第一に考えられるとしていた。 また、出血性の胃潰瘍が事前に診断できなかった理由としては、①生前に吐血・下血のエピソードがなかったこと、②前夜(死亡の約8時間前)までは急激な全身状態の変化を認め に考えられるとしていた。 また、出血性の胃潰瘍が事前に診断できなかった理由としては、①生前に吐血・下血のエピソードがなかったこと、②前夜(死亡の約8時間前)までは急激な全身状態の変化を認めなかったこと、③胃潰瘍に特徴的な上腹部の疝痛を訴えていなかったこと、④同年8月13日の上部消化管内視鏡検査においては、胃に潰瘍を認めなかったこと、⑤放射線化学療法実施から10日目と比較的治療初期であったことを挙げていた。 さらに、レトロスペクティブに見て、出血性の胃潰瘍を疑わせる所見としては、①同年8月27日と比較して、同月30日は貧血が進んでいたこと、②同月30日には軽度の腹痛を訴えていたこと、③同月30日にはCRPが14.9と高値になっていたことが挙げられるとしていた。 (20) 亡Fについては、Q医師及びR医師により、死亡日の10時15分から病理解剖が行われ、平成14年1月15日(乙A1によれば、「2001年」とあるが、2002年の明らかな誤記であると認める。)、Q医師及びS医師によって、要旨以下のとおり報告された(乙A1)。 ア食道の主たる病変は、胸部下部食道の進行癌と胸部中部食道の早期癌であった。 イ胃体中部小弯側(胃角部)に径5センチメートル大の潰瘍を認める。中心部において固有筋層が断裂している。また、一部では漿膜弾性線維が断裂しており、明らかな穿孔はないが、フィブリン析出を伴う穿孔直前の変化が見られる。同部周囲には限局性の腹膜炎が認められる。潰瘍周囲では、周囲胃壁の粘膜下層のフィブリン滲出、固有筋層の好中球の浸潤が認められる。 潰瘍底の漿膜下に露出血管があり、出血源と考えられる。胃内には凝血塊を含む血液が約1000ミリリットル貯留しており、十二指腸、空腸、回腸内容物は血性であった。また、結腸、直 が認められる。 潰瘍底の漿膜下に露出血管があり、出血源と考えられる。胃内には凝血塊を含む血液が約1000ミリリットル貯留しており、十二指腸、空腸、回腸内容物は血性であった。また、結腸、直腸内容にも血性内容物が見られた。 ウ潰瘍の口側後壁寄りの辺縁部に径1.0センチメートル大の潰瘍瘢痕が認められた。 エ直接的な死因は、胃に生じた急性潰瘍であった。潰瘍底には筋層の断裂によって内腔側に引き上げられた漿膜下層の動脈が数本露出しており、そこから大量の出血が起こっていた。さらに、潰瘍は漿膜の断裂も引き起こし、穿孔直前の状態にあり、断裂部周囲に限局していたものの、腹膜炎を呈していた。出血と腹膜炎という2つの病態が死に至った原因と考えられる。死亡前に指摘されていたCRP値の上昇は、腹膜炎を反映したものであった。 今回生じた急性潰瘍の口側後壁寄りにUⅠ-Ⅲの潰瘍瘢痕が認められた。この潰瘍瘢痕の近傍に限局して漿膜下層の動脈に内膜の線維性肥厚が見られたことから、潰瘍瘢痕は古いもので、今回の急性潰瘍は新たに生じたものと考えられた。 オ本症例は、年齢に比して粘膜の萎縮が軽度であり、胃体部腺領域が比較的広い範囲に認められたことも潰瘍の急速な増大に関係したと推察する。 (21) 平成13年11月5日、E大学において、本件について検討がされたが、結論としては医療ミスとはいえないと判断された(乙B13)。 2 争点(1)(抗潰瘍薬の投与を怠った過失の有無)について(1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、医学的知見等に関し、以下の事実が認められる。 ア(ア) 胃潰瘍とは、胃腺から分泌される酸性消化液の作用で消化管壁に起こる粘膜下層以下の欠損をいい、急性胃潰瘍と慢性胃潰瘍に分類される(甲B2、15、16)。 (イ が認められる。 ア(ア) 胃潰瘍とは、胃腺から分泌される酸性消化液の作用で消化管壁に起こる粘膜下層以下の欠損をいい、急性胃潰瘍と慢性胃潰瘍に分類される(甲B2、15、16)。 (イ) 慢性潰瘍と急性潰瘍、即ち、消化性潰瘍と急性胃粘膜病変とには、成因論的及び臨床的に本質的差異が存在する。 また、急性潰瘍が慢性潰瘍に移行することはない(乙B8)。 (ウ) 急性胃潰瘍の自覚症状としては、心窩部痛が最も多く、食欲不振、悪心、嘔吐、胸焼け(胸骨下部の背面あるいは心窩部の上部に感じる灼熱感)、吐血、下血等が見られる。高齢者等においては、腹痛等の症状を訴えず、突然の吐下血で発症することもある。 他覚症状としては、腹部の触診所見では、心窩部の圧痛や抵抗を触れる。下記のように合併症として大量出血を起こしている場合には、頻脈、血圧低下、顔面・皮膚の蒼白といった所見を呈する。 合併症としては出血、穿孔、狭窄等があり、小さく浅い粘膜欠損部から動脈破綻によって噴出性の大出血を来す病変もある。 初期治療は、潰瘍の治癒、自覚症状の改善、合併症の予防が目的であり、一般的には酸分泌抑制薬のH2ブロッカーかPPI(プロトンポンプ阻害薬)を処方することが多い。この点は慢性胃潰瘍の場合と同様である。 もっとも、出血を伴っている場合には、内視鏡による止血措置が必要であり、そのため、吐血や下血の症状が見られた患者に対しては、迅速な内視鏡検査の実施が必要である(甲B2ないし4、15ないし21、乙B6、10)。 イ胃炎とは、胃粘膜の炎症性疾患の総称である。経過により急性胃炎と慢性胃炎に分類される。 萎縮性胃炎とは、粘膜の変性を伴う慢性胃炎である(甲B16、20、弁論の全趣旨)。 ウ(ア イ胃炎とは、胃粘膜の炎症性疾患の総称である。経過により急性胃炎と慢性胃炎に分類される。 萎縮性胃炎とは、粘膜の変性を伴う慢性胃炎である(甲B16、20、弁論の全趣旨)。 ウ(ア) セルベックスは、胃粘膜及び胃粘液層中の粘膜修復第一因子である高分子糖タンパク質の合成を促し、粘液中のリン脂質の濃度を高め、粘膜防御能を高めるとされ、慢性胃炎の急性増悪期、急性胃炎及び胃潰瘍に適応があるとされている(被告J、弁論の全趣旨)。 (イ) メサフェリンは、ペプシン抑制機能や粘膜損傷修復作用を有するとされ、胃炎や胃潰瘍に適応があるとされている(証人M、弁論の全趣旨)。 (ウ) SM散は、中和剤であって、消化作用、制酸作用、唾液及び胃液の分泌促進作用、胃腸運動亢進作用を有するとされ、食欲不振、胃部不快感、胃もたれ、嘔気・嘔吐に改善作用があるとされている(証人M、弁論の全趣旨)。 (エ) 上記のセルベックス、メサフェリン及びSM散は、上記のとおり、一応胃潰瘍等に効果があるとされてはいるものの、臨床上、これらの薬が胃潰瘍に著しい効果があるとはされておらず、胃潰瘍の予防目的でこれらの薬を用いることはなく、胃炎の治療のために投与されることが多い(鑑定の結果、被告J)。 エ上記ア(ウ)のとおり、H2ブロッカーやPPI(プロトンポンプ阻害薬)は酸の分泌を抑制する作用を有する薬剤であり、胃潰瘍等の治療に用いられる。 タガメットは、H2ブロッカーの一種である(甲B18、弁論の全趣旨)。 オ(ア) 癌に対する放射線化学療法とは、癌病変に対して放射線を照射するのと並行して抗癌剤を投与し、癌の治療を図る方法である。食道癌は、他の消化器癌に比べると化学療法感受性が良好であるが、単剤での効果には限界があるため、多剤併用 法とは、癌病変に対して放射線を照射するのと並行して抗癌剤を投与し、癌の治療を図る方法である。食道癌は、他の消化器癌に比べると化学療法感受性が良好であるが、単剤での効果には限界があるため、多剤併用化学療法が主流となっており、さらに、放射線療法と化学療法を併用すると、化学療法が有する放射線増感効果により、放射線治療効果が高まるとされる。 食道癌は、局所の腫瘍が早期の段階であるにもかかわらず、リンパ節転移を来す頻度が高いために、全身疾患としての性格が強く、局所療法である放射線療法と全身的治療である化学療法の併用は合理的な治療方法であるとされている(甲B28、乙B20、25ないし27)。 (イ) 放射線化学療法に用いられる抗癌剤としては、フルオロウラシルとシスプラチン(CDDP)の併用が一般的であるとされており、併用することでシスプラチンの投与が少量でも高い治療効果が得られるとの報告がある。なお、5-FUとはフルオロウラシルの、ブリプラチンとはシスプラチンの、それぞれ商品名である。 投与量としては、ブリプラチンを体表面積1平方メートル当たり60ないし100ミリグラムで1日投与、5-FUを体表面積1平方メートル当たり800ないし1000ミリグラムで4ないし5日間連続投与を持続静注で行うとの報告がある。 副作用としては、食欲不振、嘔気、嘔吐、肝障害、腎障害、骨髄抑制等がある。また、ブリプラチンについては、BUN上昇の副作用が14.3パーセントに見られるとの報告があり、腎機能障害を引き起こしやすいともいわれる。また、5-FUは下痢を起こしやすいともいわれている。 他方、消化管出血の副作用は1パーセント未満であり、現れた場合には症状に応じて適切な処置を行うべきであるとされる(甲B28、乙B5、20、 、5-FUは下痢を起こしやすいともいわれている。 他方、消化管出血の副作用は1パーセント未満であり、現れた場合には症状に応じて適切な処置を行うべきであるとされる(甲B28、乙B5、20、25、26、30、31)。 (ウ) 5-FUの本件当時の能書(乙B2)には、「慎重投与」として、消化管潰瘍又は出血のある患者が挙げられている。また、主な副作用として、食欲不振(15.2パーセント)、下痢・軟便(12.3パーセント)、全身倦怠感(8.9パーセント)、悪心・嘔吐(8.2パーセント)、白血球減少(7.9パーセント)、口内炎(6.7パーセント)、色素沈着(4.8パーセント)、脱毛(3.8パーセント)が挙げられており、さらに主な副作用には挙げられていないものの、「重大な副作用」として、(2)に「出血性腸炎、虚血性腸炎、壊死性腸炎等の重篤な腸炎があらわれることがある」、(8)に「消化管潰瘍」との記載がある(なお、この「消化管潰瘍」の記載は、平成7年3月、副作用自発報告を基に追記され、各医療機関に対して伝達されたものである。)。この「消化管潰瘍」とは、消化管全体を指すが、大腸の潰瘍の場合には、上記(2)の腸炎に該当することが多いため、上記「消化管潰瘍」との記載は、主に食道、胃及び十二指腸であると考えてよい。 5-FUの通常量を経静脈的に投与したことによる胃潰瘍の発現については、承認時(昭和42年7月)及びその後の昭和45年2月までの調査では報告がなかったが、平成16年3月31日まで拡げてみれば、胃潰瘍として副作用報告がされた事例は6例あるとされる。 なお、抗癌剤の注入方法としては、肝動脈から直接高濃度の抗癌剤を注入する肝動注療法という方法もある。これは、右大腿動脈を穿刺してカテーテルを肝動脈まで挿入し、薬剤を は6例あるとされる。 なお、抗癌剤の注入方法としては、肝動脈から直接高濃度の抗癌剤を注入する肝動注療法という方法もある。これは、右大腿動脈を穿刺してカテーテルを肝動脈まで挿入し、薬剤を注入する方法である。肝動脈からは右胃動脈や右大網動脈が分枝しているため、薬剤がこれらの血管を通って胃や十二指腸に流入し、潰瘍を作ってしまうことがあり、このことは、5-FUの能書においても特記され、投与時の注意事項とされている(甲B44、乙B2、16、17、T株式会社に対する調査嘱託の結果、鑑定の結果)。 カ胃の組織において、噴門部は食道より胃に入った幅2cmほどの円形の比較的狭い部分で、これに穹窿部が続いている。噴門部の腺は噴門腺と呼ばれる。 噴門腺は、胃噴門の近傍の狭い範囲の粘膜に分布する。幽門前庭部は胃の肛門側約3分の1を占める領域で、幽門腺と呼ばれる粘液腺を含む。噴門腺領域と幽門腺領域の間に胃底腺と呼ばれる胃固有の腺が広く分布する。胃底腺は、胃底部及び胃体部に広く分布する(乙B32ないし34)。 (2)ア前記(1)オ(ウ)において認定したとおり、5-FUの副作用として、能書には「消化管潰瘍」という項目が挙げられており、かつ、この「消化管」は食道、胃及び十二指腸を指すとされていることからすれば、5-FUを投与した場合に、胃潰瘍が発生する可能性自体は皆無とはいえないと認められる。被告らは5-FUの能書に記載されている「消化管潰瘍」とは下部消化管の潰瘍を指すものであると主張し、被告Jはこれに沿う陳述(乙B20)ないし供述をするが、能書の記載が上部消化管を含むものであることは、鑑定人が述べているところであり(鑑定人U・1頁、同V・3頁)、被告らの上記主張等は採用の限りではない。 イもっとも、前記(1)オ(ウ)において認定したとお が上部消化管を含むものであることは、鑑定人が述べているところであり(鑑定人U・1頁、同V・3頁)、被告らの上記主張等は採用の限りではない。 イもっとも、前記(1)オ(ウ)において認定したとおり、5-FUの副作用として消化管潰瘍が発生するおそれがあるのは主に肝動注療法によって高濃度の抗癌剤が直接消化管に到達する場合であり、5-FUの通常量を経静脈的に投与した場合に胃潰瘍が発生したとして報告されている例は、30年以上の期間にわたってみてもわずか6例であること、3名の鑑定人が一致して5-FUの副作用として胃潰瘍が発生した経験はないとしていること(鑑定人U・2頁、同V・4頁、同W・5頁)からすれば、本件のように5-FUの通常量を経静脈的に投与した場合胃潰瘍が発生する可能性は、抽象的には存在するものの、極めて稀であるというべきである。 ウ以上によれば、本件のように5-FUの通常量を経静脈的に投与した場合、胃潰瘍が発生する可能性は非常に低いと考えられるから、鑑定人が一致して述べているように(各鑑定意見の要旨参照)、一般的に、5-FUの通常量を経静脈的に投与する場合に、抗潰瘍薬を予防的に投与しておかなければならないとは認められない。なお、証人M自身、放射線化学療法を行う際に抗潰瘍薬を共に投与することが一般的ではないことは認めているところであり(証人M・32頁)、また、前記(1)オ(イ)において認定したとおり、消化管出血の副作用は確率的に低く、症状が現れた段階で適宜処置すべきである旨を述べる文献も存在しているところである。 エ原告らが援用する各文献については、以下において判示するとおり、いずれも5-FUとブリプラチンを併用投与する際に抗潰瘍薬を予防投与する義務があるとする論拠となるものではない。 (ア) 甲B22には、「 用する各文献については、以下において判示するとおり、いずれも5-FUとブリプラチンを併用投与する際に抗潰瘍薬を予防投与する義務があるとする論拠となるものではない。 (ア) 甲B22には、「化学療法中の急性胃粘膜病変の発生を未然に防止するために、予防的にヒスタミンH2受容体拮抗薬の投与を考慮する必要がある」との記載があるが、そもそも、どのような薬物を用いた化学療法を指しているかの明示はなく、その前において「ステロイド薬による消化性潰瘍はしばしばみられる薬物有害反応の一つである」、「抗癌剤の肝動脈内注入療法中に、しばしば胃十二指腸潰瘍や急性胃粘膜病変からの出血に遭遇することがある」と記載されているように、主にステロイド薬を用いた場合や肝動注療法の場合を念頭に置いていると解され、さらに、「近年CDDPを中心とした他剤併用の全身投与により発生したと思われる胃粘膜病変の報告が散見されるようになった」との記載はあるが、その具体的な事例の紹介等はないから、ここから本件のように5-FUとブリプラチンを併用した場合に抗潰瘍薬を予防的に投与すべきであるということはできない。 (イ) 甲B23には、「それが不可能であれば抗潰瘍薬による予防が必要である」との記載があるが、これはその前において「ストレスは精神的ストレス以上に身体的ストレスが潰瘍の発生、再発に関係する」、「NSAIDs(注・非ステロイド性抗炎症薬)も潰瘍の発生、再発の主要原因である」と記載され、これらの要因を避け得る手段を採ることが不可能なときを想定して上記記載がされているのであるから、専ら身体的なストレスやNSAIDsが潰瘍を発生させやすいので注意すべきことを指摘した文献にすぎないと解される。 (ウ) 甲B33には、「副作用は必ずしも大量投与例に出現するとは限らない」との ら身体的なストレスやNSAIDsが潰瘍を発生させやすいので注意すべきことを指摘した文献にすぎないと解される。 (ウ) 甲B33には、「副作用は必ずしも大量投与例に出現するとは限らない」との記載があるが、この症例は、抗癌剤起因性の胃腸炎により、下痢が軽快せず全身衰弱して死亡に至ったものであり、胃潰瘍の発生について報告した文献ではなく、抗潰瘍薬を予防的に投与すべきとするものでもない。 (エ) 甲B34には、「MTX、5-FUおよびCDDPを含むregimenでは、胃粘膜病変の発生を警戒する必要があるように思われる」との記載があるが、実際に紹介されている例は、それぞれが胃潰瘍の原因となり得るステロイド剤やNSAIDsも併用投与されていた事例であり、さらに、抗潰瘍薬を予防的に投与すべきであるとするものでもない。 (オ) 甲B35には、シスプラチンを主とした抗癌剤と放射線の併用療法中に重篤な胃十二指腸潰瘍を来した2つの症例が紹介されており、「癌化学療法中には、急性の消化性潰瘍の発生を未然に防止するため、抗潰瘍剤の予防投与が必要と考えられる」との記載があるが、これらの症例においては、潰瘍の発生原因となるNSAIDsである(前記(イ)参照)indometacin、Loxoprofensodium、diclofenacsodiumといった薬剤が併用投与されており(被告J、弁論の全趣旨)、胃潰瘍の原因を5-FUやシスプラチンに求めることが妥当であるかには疑問が残るものであるし、症例の1つはこれらの薬剤を動注療法で投与している点も本件とは異なっている。 以上のとおり、原告らが援用する各文献を検討しても、放射線化学療法を実施するに当たって5-FUとブリプラチンを併用投与する際に、抗潰瘍薬を予防的に投与すべきであると認めるこ 異なっている。 以上のとおり、原告らが援用する各文献を検討しても、放射線化学療法を実施するに当たって5-FUとブリプラチンを併用投与する際に、抗潰瘍薬を予防的に投与すべきであると認めることはできない。 (3) 原告らは、亡Fには胃潰瘍の既往歴があったから、通常の患者よりも胃潰瘍になりやすかったのであり、その点を考慮して抗潰瘍薬を投与すべきであったと主張する。 アこの点、前記1(2)において認定したとおり、亡Fは、自分が胃潰瘍を患っていたという認識があったところではあるが、他方前記1(1)において認定したとおり、N病院においては、2度にわたり胃内視鏡検査が実施されたものの、潰瘍や潰瘍瘢痕は発見されず、慢性胃炎である萎縮性胃炎であると診断されていたことからすれば、亡Fに胃潰瘍の既往歴があったと認めることは困難であり、さらに、亡Fは、かなりの長期にわたってN病院へは受診せず、薬のみを受け取っているにとどまっていたこと、亡Fが従前服用していた薬は、メサフェリン、セルベックス、SM散及びタガメットであったところ、前記(1)ウにおいて認定したとおり、メサフェリン、セルベックス及びSM散は、能書上胃潰瘍に効果があるとされてはいるが、臨床上胃潰瘍に著名な効果があるとはされておらず、主に胃炎の治療薬として用いられており、タガメットはH2ブロッカーであり胃潰瘍に効果がある薬ではあるが、前記1(1)において認定したとおり平成8年6月25日以降特に投与されておらず、真に必要性のある投薬であったかという点には疑問があり、N病院における治療が胃潰瘍に対する治療であったと断定する根拠は乏しいこと、亡Fは、病院から入院を勧められても多忙を理由にこれを断り、長期間にわたって自ら受診することもしないで薬のみ受け取るなど、深刻な自覚症状が見られていた 対する治療であったと断定する根拠は乏しいこと、亡Fは、病院から入院を勧められても多忙を理由にこれを断り、長期間にわたって自ら受診することもしないで薬のみ受け取るなど、深刻な自覚症状が見られていたとは考えにくいこと、妻である原告Aは、胃潰瘍と胃炎の差異について認識を持っていないこと(原告A・7頁)なども加味して考えれば、結局、亡Fについては、N病院通院時において、慢性胃炎の患者であったことは認められるが、胃潰瘍の治療のために通院していたと認めることはできない。 イまた、前記1(3)、(5)において認定したとおり、本件入院以後2度にわたって内視鏡検査が行われているものの、1度目の検査では、胃及び十二指腸には病変はないと記載されており、2度目の検査でも、胃について特段の記載は認められていないから、このことも、亡Fを胃潰瘍の患者と扱うことを否定する事情であるといえる。 この点について、原告らは、これらの検査は食道癌に焦点を当てており、胃についてはいい加減に見ただけであると主張し、証人Mはこれに沿う陳述(甲B25)ないし証言をするところ、前記1(5)において認定したとおり、2度目の検査においては、検体臓器は食道及び胃であるとされ、このように定型的とも思われる検査においては光学医療診療部の医師は、それぞれが類型的な検査手順を確立しているのが通常と認められ(鑑定人W・20頁)、同部の医師であるP医師が検体の1つである胃を十分に見なかったとは考え難いし、現に、この検査においては、胃の表面粘膜や胃底腺粘膜が採取されており、このことからも胃も通常の方法によって検査されたと推認できる。すなわち、前記(1)カにおいて認定したとおり、胃底腺は、噴門部という食道より胃に入った幅2センチメートル程度の円形の比較的狭い部分と、幽門前庭部という胃の肛 の方法によって検査されたと推認できる。すなわち、前記(1)カにおいて認定したとおり、胃底腺は、噴門部という食道より胃に入った幅2センチメートル程度の円形の比較的狭い部分と、幽門前庭部という胃の肛門側約3分の1を占める領域との間に広く分布する胃固有の腺であるから、上記検査において胃底腺粘膜が採取されていることからすれば、少なくとも胃内について、ある程度の観察は行われたものと推察される。さらに、前記1(5)において認定したとおり、亡Fの胃の状態が心配であったとする証人M自身、この検査には立ち会っていることからして、この検査で胃の観察がずさんであったと認める根拠は乏しいというべきである。なお、2度目の検査において、検体採取部位の図が食道を中心に書かれているのは原告らの指摘するとおりであり(甲A2・79頁)、仮に被告Jが供述するように胃を示すつもりでこのような記載をしたとすれば、いささか粗雑な記載であるとの誹りを免れないが、しかし、内視鏡による観察は組織の採取部位に限られるものではないから、そのことから直ちに胃の観察自体をしていないと認めることはできない。したがって、2度目の検査において、胃に潰瘍等の異常は認められていなかったものと推認される。 原告らは、甲B56によると胃を観察する時間が2分26秒しかないと指摘し、このことは胃の観察をしていないことを示す事実であると主張するところ、この観察時間の推測が正確であるか否かはなお不明であるが、胃の観察時間が短かった可能性はある。しかしながら、それが直ちに胃内の観察をしていないことにはならないことは上記において判示したとおりである。 これに、1度目の検査においても内科のO医師が胃及び十二指腸に異常はないと診断していることを併せ考えれば、本件入院時において、亡Fに胃潰瘍が存在して とは上記において判示したとおりである。 これに、1度目の検査においても内科のO医師が胃及び十二指腸に異常はないと診断していることを併せ考えれば、本件入院時において、亡Fに胃潰瘍が存在している、あるいは存在していたと判断すべき根拠はなかったものと認められる。 ウしたがって、亡Fに胃潰瘍が存在していたことや胃潰瘍の既往歴があったことを前提として、抗潰瘍薬の投与が義務であるとする原告らの主張は、前提を欠き採用することができない。 エまた、前記1(13)において認定したとおり、亡Fは、平成13年8月26日以降セルベックスの服用を中止しているが、前記(1)ウ(エ)において認定したとおり、セルベックスは胃潰瘍に対する投薬としては臨床上あまり効果があるとはされていないものであるから、上記の服用中止によって抗潰瘍薬の投与義務が生じるあるいは高まるということもできない。鑑定人らがセルベックスの投与中止が潰瘍発生のリスクを理論的に高めるとしている(鑑定人W・32頁、同U・35頁、同V・37頁)のは、抽象的な可能性の議論にすぎず、本件における抗潰瘍薬の投与義務の有無を左右するものではない。 オ証人Mは、亡Fの輸液に抗潰瘍薬が当然入っていると認識していた旨陳述(甲B25)ないし証言するが、輸液の指示をM自身が出していたこともあり(甲A2・144頁、151頁、証人M)、輸液の内容を確認することが容易に可能であったという事実に照らすと、上記陳述ないし証言は不可解であり、M自身、本件診療当時に抗潰瘍薬の投与が必須であるという意識を有していたか否かには疑問が残るものである。 カなお、前記1(20)ウにおいて認定したとおり、亡Fには、直接の死因となった潰瘍の口側後壁寄りの辺縁部に径1.0センチメートル大の潰瘍瘢痕が存在していたこ 否かには疑問が残るものである。 カなお、前記1(20)ウにおいて認定したとおり、亡Fには、直接の死因となった潰瘍の口側後壁寄りの辺縁部に径1.0センチメートル大の潰瘍瘢痕が存在していたことが死後の病理解剖によって明らかになったところであるが、この潰瘍がいつどのように発生したのかということについては、全く明らかではないものの、入院以前のものと考えるが、活動性の潰瘍と異なり、瘢痕化した潰瘍については、内視鏡によって明らかになるとは限らない(鑑定人W・27頁、同U・29頁)のであるから、少なくとも、この潰瘍瘢痕が本件入院以後2度の内視鏡検査において発見されなかったことについては、やむを得ないものと考えられ、このことが当該検査結果の正確性を左右するものではない。また、この潰瘍瘢痕と亡Fの死因となった胃潰瘍とは別個のものであったから、上記の潰瘍瘢痕の存在が、亡Fの死亡に影響したものと認めることも困難である。 キさらに、甲B2には「胃潰瘍は家族発症する」との記載もあるが、これが遺伝的要因を指すか否かは明らかでないし、仮に亡Fの父親が胃潰瘍を患っていたことから亡Fが胃潰瘍になりやすい体質であるとしても、現に胃潰瘍が存在せず、その既往歴も明らかでない状況下では、抗潰瘍薬を投与すべきものとの医学的知見は見当たらない。 クしたがって、亡Fについては、そもそも治療の必要がある胃潰瘍の既往歴のある患者といえたか否かについて疑問があり、また、本件入院当時に胃潰瘍が存在したものとも認められず、少なくとも被告らにおいて亡Fを胃潰瘍の患者ないし治療の必要がある胃潰瘍の既往歴のある患者として扱うべき根拠はなかったものと考えられるから、亡Fに対し、放射線化学療法を実施するに当たって特に抗潰瘍薬を投与すべきであったということもできない。 (4) 必要がある胃潰瘍の既往歴のある患者として扱うべき根拠はなかったものと考えられるから、亡Fに対し、放射線化学療法を実施するに当たって特に抗潰瘍薬を投与すべきであったということもできない。 (4) なお、前記において判示したとおり、5-FUの通常量を経静脈的に投与することによって胃潰瘍が発生する可能性は極めて低いこと、亡Fに胃潰瘍の既往歴があったとは認め難いこと、本件入院時にも胃潰瘍の存在は確かめられていないこと、亡Fの他の臓器(腸など)には潰瘍が確認されていないこと(前記1(20)参照)などの事実に照らせば、本件において亡Fの直接の死因となった胃潰瘍が、主に5-FUの投与によって生じたものと認めることもできない。前記1(19)において認定したとおり、被告Jは当初は胃潰瘍の原因を放射線化学療法に求めていたが、被告Jが供述するように、その仮説を裏付ける論拠は乏しいものといわなければならない。さらに、セルベックスの胃潰瘍に対する治療効果は懐疑的であることに照らせば、セルベックスの服用中止が上記胃潰瘍の発生を助長したと認めることもできない。 (5) 以上のとおり、本件のような放射線化学療法を実施する際に、一般的に抗潰瘍薬を投与すべきであるとはいえず、また、亡Fの従前の診療経過を考慮しても、抗潰瘍薬を投与すべき特段の事情が存在するものとは認められないから、抗潰瘍薬をあらかじめ投与しなかった被告らの措置に過失は認められず、争点(1)にかかる原告らの主張は採用できない。 3 争点(2)(消化管出血等を疑って適切に対処しなかった過失の有無)について(1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、医学的知見等に関し、以下の事実が認められる。 ア血液検査の各項目については以下のとおりである。 (ア) ヘモグロビン(血色素)は、赤血球中の酸素 (1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、医学的知見等に関し、以下の事実が認められる。 ア血液検査の各項目については以下のとおりである。 (ア) ヘモグロビン(血色素)は、赤血球中の酸素を運ぶ蛋白質であり、ヘモグロビン濃度の低下は、貧血の指標となる。一般的に、男性では13.0以下の値を示すと、貧血であるといわれる。 慢性的な貧血の場合には、ヘモグロビンの値が7.0以下となることを目安として輸血を考慮するが、それ未満であっても輸血を必要としない場合もある(甲B5、乙B11、20、弁論の全趣旨)。 (イ) ヘマトクリットは、血液中に占める赤血球の割合をいい、男性の場合基準値は39ないし52程度であるとされる。 出血をした場合、赤血球と血漿が同比率で失われるため、失血後2ないし3時間程度経過しないと、ヘマトクリット値の変化は現れにくい。 ヘマトクリット値1パーセントの低下は成人では約100ミリリットルの出血量と考えられる(甲B12、52、53)。 (ウ) 赤血球数は、一定容積の血液中に含まれる赤血球の数を意味し、1μl(1立方ミリリットルと同値)当たりの値で表すのが一般である。男性の場合、基準値は440万ないし560万程度であり、この値が低い場合には、貧血の状態であって、出血等の原因が存在している可能性がある(甲B12、弁論の全趣旨)。 (エ) BUNとは血清尿素窒素を指す。 尿素は、肝臓でアンモニアから合成されてできるタンパク質の最終代謝物質で、腎臓から尿中に排泄される。尿素は、生体内でのタンパク・アミノ酸代謝を反映する。また、腎糸球濾過率を反映するため、腎機能の指標としても測定される。 尿素窒素は、尿素中の含有する窒素量を測定したもので、分子量の比か 素は、生体内でのタンパク・アミノ酸代謝を反映する。また、腎糸球濾過率を反映するため、腎機能の指標としても測定される。 尿素窒素は、尿素中の含有する窒素量を測定したもので、分子量の比から、28分の60、即ち、約2.14を窒素量に乗ずることによって、尿素量を算出することができる。 基準値は、概ね6ないし21程度とされている。尿素窒素は、摂取タンパク量、合成尿素及び尿中への排泄の3因子により大きく変動する。数値上昇の要因としては、腎前性因子(脱水、心不全、出血)による再吸収率の亢進や、高タンパク食、消化管出血、組織の異化亢進等により増加する(甲B6ないし8、10ないし13、乙B4の2)。 (オ) クレアチニンとは、筋肉内でエネルギーとして使用された後のクレアチンとクレアチンリン酸で合成される最終物質であり、血液中に放出されたクレアチニンは、腎臓の糸球体で濾過され、尿細管で再吸収されずに尿中に排泄されることから、糸球体濾過機能(腎機能)を反映する指標となる。血清クレアチニンの基準値は0.6ないし1.3程度とされる。 上記のように、BUNも血清クレアチニンも腎機能の指標として測定されるところ、血清クレアチニンはBUNと比較して、タンパク異化の影響を受けにくいため、BUNと血清クレアチニンの比を計算することにより、値の上昇が腎機能の低下によるものか、腎以外の因子によるものかを鑑別する手掛かりが得られる。即ち、腎機能が低下すると両者の値が上昇するため、比にはあまり影響がないのに対し、腎以外の因子が関与すると、BUNは上昇するが、血清クレアチニンはあまり上昇しないため、比の値が増大することになる。 一般に、BUNと血清クレアチニンの比は、10程度が標準とされ、これを上回る場合には、腎外性因子の影響 は上昇するが、血清クレアチニンはあまり上昇しないため、比の値が増大することになる。 一般に、BUNと血清クレアチニンの比は、10程度が標準とされ、これを上回る場合には、腎外性因子の影響であると考えられ、異常な高値を示す場合には、消化管出血等が疑われる。消化管出血が疑われるのはBUNとクレアチニンの比が30を超えるような例であるとする文献もある(甲B6ないし8、10ないし13、乙B4の2、7)。 (カ) CRP(C反応性タンパク)は、炎症や組織の崩壊により、血液中に早期(3ないし6時間以内)で増加するタンパク質で、疾病が快方に向かえば速やかに(24時間以内に)消失することから、炎症の有無と程度を知ることができる。 基準値は0.5以下であり、高値の原因としては、リウマチ熱、慢性関節リウマチ、細菌性感染症、心筋梗塞、悪性腫瘍、悪性リンパ腫、新生児感染症等がある(甲B12、乙B4の1、鑑定人W)。 イ(ア) 消化管潰瘍によって、消化管出血が引き起こされることがある。消化管出血は、消化管粘膜の器質性変化に基づく出血で、患者の生命に直接影響のある極めて重要な症状の一つである。 消化管出血症例における緊急内視鏡は、主に吐・下血をきたした患者が適応となる。吐血や下血のように肉眼的に確認できる出血は時にショックを来すような大出血を示すことがまれではないからである。急激かつ大量の出血では致命的になり得るため、迅速かつ適切な対応が必要である(甲B45ないし47、53、54、乙B28)。 (イ) 吐血、下血をきたした患者の症状としては様々なものがあるが、最も重要なものはショックに伴う症状である。身体所見として蒼白、虚脱、冷汗、脈拍触知不能、呼吸不全等の症状はそれらの英語の頭文字から5P症状と呼ばれ、ショ した患者の症状としては様々なものがあるが、最も重要なものはショックに伴う症状である。身体所見として蒼白、虚脱、冷汗、脈拍触知不能、呼吸不全等の症状はそれらの英語の頭文字から5P症状と呼ばれ、ショックの典型的症状である。 出血性ショックの重症度については、①無症状:出血量は750ミリリットル以下、血圧(収縮期。以下同じ。)は正常、脈拍数100以下、尿量はやや減少し、症状は無症状、不安、皮膚冷感、②軽症:出血量は750ないし1500ミリリットル、血圧は80ないし90、脈拍数は100ないし120、尿量は減少、症状は四肢冷感、冷汗、口渇、蒼白、③中等症:出血量は1500ないし2500ミリリットル、血圧は60ないし80、脈拍数は120以下、尿量は乏尿、症状は不穏、意識混濁、チアノーゼ、④重症:出血量は2500ミリリットル以上、血圧は60以下、脈拍数は触知不可、尿量は無尿、症状は昏睡、虚脱、下顎呼吸、と分類されるのが一般である。 また、出血量と全身状態の関係について、成人では15分間に500ミリリットルまでの出血ではほとんど症状がなく、1000ミリリットルの出血では有効循環血液量の減少から交感神経緊張亢進状態となり、頻脈、吐気、嘔吐、発汗、口渇、めまい、脱力感、失神がみられ、2000ミリリットルの出血では危篤状態になるとする文献もある(甲B46ないし48、52ないし54、乙B18、19、28)。 (ウ) 吐血には新鮮血の吐血とコーヒー残渣様の吐血があり、下血には新鮮血の下血とタール様の黒色便の排出をみる場合とがある。 上部消化管からの急激な出血は吐血として出現し、緩徐な出血は黒色のタール様便として出現する。出血後すぐに吐血した場合は鮮血として認められ、胃内に停滞する時間が長ければ胃液の作用により血液中のヘ 上部消化管からの急激な出血は吐血として出現し、緩徐な出血は黒色のタール様便として出現する。出血後すぐに吐血した場合は鮮血として認められ、胃内に停滞する時間が長ければ胃液の作用により血液中のヘモグロビンはヘマチンに変化するためコーヒー残渣様と表現される茶褐色調の吐物として認められる。 吐血のない場合でも上部消化管からの中ないし大量出血ではタール便が観察される。タール便は、一般には、出血部位が上部(食道、胃、十二指腸)の場合、胃酸、消化液、腸内細菌の作用を受け便が黒褐色となるものである。タール便となるのは上部消化管からの出血量が50ミリリットルを超えたときで、多くは100ないし200ミリリットル以上の出血と考えられる。 タール便は「のりの佃煮様の便」、「墨のような便」あるいは「コールタールのような便」と表現されることもある、べとべとした黒色便である(甲B45ないし49、51ないし54、乙B28、鑑定人W・96頁、同V・97頁)。 (エ) タール便や吐血症例では、上部内視鏡検査、新鮮血の下血では下部内視鏡検査を行う。上部消化管出血の場合には、内視鏡検査は出血源の確定に有用であるばかりでなく、治療手技を引き続き施行できるというすぐれた特徴を兼ね備えているので必須の検査である(甲B3、16、18、45ないし47、51、53、54)。 (2)ア亡Fは、別紙診療経過一覧表及び検査結果一覧表記載のとおり、平成13年8月30日以前の時点において、抗癌剤の副作用と思われる嘔気、嘔吐、食欲不振等が見られており、併せて脱水気味の症状も呈しており、また、赤血球数、ヘマトクリット及びヘモグロビンの値については、初診時と同月27日を比較すると、赤血球が56万、ヘマトクリットが6.8、ヘモグロビンが1.7低下するなど、やや貧 の症状も呈しており、また、赤血球数、ヘマトクリット及びヘモグロビンの値については、初診時と同月27日を比較すると、赤血球が56万、ヘマトクリットが6.8、ヘモグロビンが1.7低下するなど、やや貧血傾向が見られており、さらにBUNが7上昇していたものの、前記1(7)ないし(16)において認定したとおり、この段階においては、吐血や下血はなく、高度の血圧上昇、頻脈、顔面蒼白、意識障害等も認められておらず、通常の日常会話も十分可能な状態であったのであるから、この段階で消化管からの大量の出血を予測することは困難であって、食道癌からの少量の出血の影響も考えられること(鑑定人V・15頁)からすれば、血液検査結果にも特段の異常を見出すことはできず、このことは3名の鑑定人も一致して認めるところである(鑑定人W・54頁、同U・55、69頁、同V・56頁)。 原告らは、同月27日の茶色様の嘔吐物について、出血を示唆するものである旨主張するが、この嘔吐物が血性のものであるとする具体的根拠自体存在せず、また、仮に血液が含まれたものであったとしても、上記のとおり、食道癌からの少量の出血である可能性もあり(鑑定人V・50頁)、少なくとも、上記の嘔吐物が本件における亡Fの直接の死因となった胃潰瘍からの出血と何らかの関係のあるものであるとは考え難い。 イ(ア) 上記アにおける判断に、まず、同月30日朝の血液検査結果を加味してその時点における亡Fの身体状態を検討すると、前記1(17)アにおいて認定したとおり、同日の血液検査結果の値は、赤血球数が310万、ヘモグロビンが9. 5、ヘマトクリットが28.2、BUNが33、血清クレアチニンが1.2、CRPが14.9であった。赤血球数、ヘモグロビン及びヘマトクリットについては、前記(1)ア(ア)、(イ)、(ウ)にお ンが9. 5、ヘマトクリットが28.2、BUNが33、血清クレアチニンが1.2、CRPが14.9であった。赤血球数、ヘモグロビン及びヘマトクリットについては、前記(1)ア(ア)、(イ)、(ウ)において認定した基準値に照らし、これを相当程度下回っており、更なる貧血傾向の進行がうかがわれるところである。 また、BUNが更に上昇しており、他方血清クレアチニンはそれほど変化がなかったから(前回比-0.1)、前記(1)ア(オ)において認定したように、腎機能の悪化よりは、腎外性因子の影響が疑われ、これと上記の貧血傾向の進行を併せ考えると、体内における出血の可能性が示唆されるということができる。 もっとも、それまで亡Fの全身状態に明らかな異変が見られないこと、前記(1)ア(ア)において認定したとおり、慢性の貧血の場合、輸血が考慮されるのはヘモグロビン値7.0以下が目安であるところ、亡Fの場合には9.5あったこと、吐血・下血等が見られていなかったこと、前記(1)ア(オ)において認定したとおり、消化管出血が疑われるのはBUNとクレアチニンの比が30を超えるような症例であるとする文献があるところ、亡Fの場合にはその比は27.5にとどまっていたことからすれば、出血はそれほど多量ではないと考えられ、鑑定人Vも示唆するように(同V・15頁)、食道癌からの出血によるものと考えても、矛盾はしないものと認められる。 原告らは、食道癌で吐血・下血を呈することは少ないから、上記出血を食道癌からの出血と想定することは誤りであると主張するが、その論拠とする甲B50は、「食道癌全体でも吐・下血の症状は少なく…吐血の頻度は5%であると報告している」と記載されていることからも分かるように、食道癌において、いわば動脈性の出血が起こり、吐血や下血を呈す する甲B50は、「食道癌全体でも吐・下血の症状は少なく…吐血の頻度は5%であると報告している」と記載されていることからも分かるように、食道癌において、いわば動脈性の出血が起こり、吐血や下血を呈する確率が低いことを述べているものであり、食道癌からの少量の出血の可能性について同列に論ずるものではない。 また、CRPについては、前回(同月27日)の検査に比べ、相当の高値を示していると認めることができ、体内において、何らかの炎症が発生していた蓋然性が高いものと推認されるものの、その原因は不明であり、仮に胃潰瘍から腹膜炎に至り当該数値の上昇を招いたのだとすると、亡Fが別段腹部の強い痛みに関する訴えをしていないこと(前記1(14)ないし(17)、診療経過一覧表)と整合せず、少なくとも同月30日の時点において、この数値から直ちに消化管からの出血を疑うことは困難である(鑑定人W・70ないし72頁、同U・74頁、同V・76頁)。 (イ) さらに、同月30日夕方における亡Fの身体所見も併せて検討する。 まずこのとき、前記1(17)イにおいて認定したとおり、亡Fは、便が少し黒いと述べたが、テレビの縁のような黒い色ではないと述べており、その色調のみからしても、この時点までに同人がタール便を排出していたとは認め難い。その上、前記(1)イ(ウ)において認定したとおり、いわゆるタール便は、その性状においても通常の下痢とは異なり、海苔の佃煮のような、墨のような、あるいはコールタールのようなべっとりとした便であり、同人は同日中に5回も下痢をしながら、その性状の異常について何ら訴えていないことからしても、このときに問題となった便が典型的なタール便であると認めることはできない。したがって、この時点でタール便の排出はないものと被告らが判断した ら、その性状の異常について何ら訴えていないことからしても、このときに問題となった便が典型的なタール便であると認めることはできない。したがって、この時点でタール便の排出はないものと被告らが判断したことに誤りはない。 また、前記1(17)において認定したとおり、亡Fは、食欲こそなかったものの、飲水は適宜行い、倦怠感も前日よりは軽減してテレビを見たり話をしたりしているところ、吐血が認められないことはもちろん、腹部の圧痛や心窩部痛等を訴えることもなく、前日までと比較して、緊急の変化を思わせるような所見は認められていない。 ウなお、亡Fの直接の死因となった大量出血については、前記1(18)において認定したとおり、同月31日4時における看護師の見回りの時点では就寝中であって何らの異常も感知できなかったにもかかわらず、5時15分の時点で、ベッドから離れて窓側に吐血して倒れていたという経過に照らせば、同月31日4時ころかそれ以降に発症したものと推認される。 もっとも、その出血を招くに至った胃潰瘍それ自体の発生時期については、前記1(5)、2(3)イにおいて認定説示したとおり、同月2日及び13日の内視鏡検査の時点では胃潰瘍が発見されていないから、それ以降であると推測はされるものの、正確な時期は不明であるというほかはない(なお、原告らは、特に同月13日の内視鏡検査の内容が信用し難いものであることを前提として、より早期に胃潰瘍の発症を疑うべき旨主張するが、同検査の内容が信用し得るものであることについては、既に説示したとおりであり、原告らの同主張もその前提を欠くというほかない。)。 (3)ア以上によれば、亡Fについて、まず、平成13年8月30日以前の時点においては、血液検査結果は貧血傾向を思わせるものであったものの、それは放 の同主張もその前提を欠くというほかない。)。 (3)ア以上によれば、亡Fについて、まず、平成13年8月30日以前の時点においては、血液検査結果は貧血傾向を思わせるものであったものの、それは放射線化学療法を実施していることに鑑みれば、なお予測される範囲内における変動であり、これに身体所見上やや脱水の傾向があり、食欲がなく、食物の経口摂取があまりされていなかったことなどを加味しても、なお、日常の受け答えは通常に行うことができ、吐血や下血は見られず(同月27日の嘔吐物が吐血を示唆するものと考えられないのは上記において判示したとおりである。)、心窩部痛や腹部の圧痛等の訴えもなかったことを総合考慮すれば、この時点において、緊急に内視鏡検査や血液検査を実施すべき必要性は何ら認められない。 イまた、上記の情報にさらに同月30日朝の血液検査及び同日の亡Fの身体所見等の情報を併せて検討しても、赤血球数、ヘモグロビン及びヘマトクリットについては、貧血傾向の進行は窺われるものの、緊急の輸血を必要とするような数値ではなく、放射線化学療法実施中の変化としては、通常予測し得る範囲内であり、BUNについても、確かに上昇はしているものの、大幅な上昇とまではいうことができず、血清クレアチニンにそれほど変化がなくBUNの上昇について腎外性因子の影響が疑われることを考慮しても、これが体内における大量の出血を示唆するないし予見させる要素であるということはできない。 さらに、CRP値については、確かに大幅な上昇を示しており、体内における何らかの変化の存在が疑われる要素ではあるものの、その原因としては、前記(1)ア(カ)において認定したとおり、様々なものが考えられるのであり、鑑定人が指摘するように(鑑定人W・70ないし72頁、同U・74頁)、肺炎、感染症、 る要素ではあるものの、その原因としては、前記(1)ア(カ)において認定したとおり、様々なものが考えられるのであり、鑑定人が指摘するように(鑑定人W・70ないし72頁、同U・74頁)、肺炎、感染症、中心静脈カテーテルからの敗血症等の原因が考えられ、この値の変化から、体内での出血を直ちに疑うことは困難であったといわなければならない。 そのほか、胸焼けや灼熱感については食道癌に対する放射線化学療法実施中であることを考慮すれば、その影響と考えても不自然ではないこと、前記1(17)イにおいて認定したとおり、亡Fにおいては、脈拍が104まで上昇するなどやや頻脈傾向が見られ、体温も37度台に上るなど若干上昇傾向にはあったものの、前記(1)イ(イ)において認定したような吐血や下血、血圧低下、冷感、口渇、蒼白、虚脱、冷感、呼吸不全、意識障害等といったショック症状を窺わせる症状は何ら見られず、尿量についても蓄尿が不十分であるために不明な点はあるが少なくとも明白な減少は見られておらず(別紙水分収支等一覧表参照)、かえって体調が少し改善したとの言があり、家族とも談笑可能であったという身体所見の情報を総合すれば、平成13年8月30日夕方ないし夜の段階において、大量の出血があり得ることを予見して緊急内視鏡検査ないし緊急血液検査を実施することは、困難であったというほかはない。 原告らは、亡Fの場合、脈拍数と収縮期血圧の比によって得られるショック指数が正常値である0.5を上回っており、プレショック状態にあったという趣旨の主張をするが、そもそもこのような指数が臨床の現場で用いられているか否かにも疑問があり(鑑定人W・88頁、同U・90頁、同V・95頁)、さらに、これを参考にするとしても、最終的には実際に観察した身体所見等を含めた総合判断にならざるを が臨床の現場で用いられているか否かにも疑問があり(鑑定人W・88頁、同U・90頁、同V・95頁)、さらに、これを参考にするとしても、最終的には実際に観察した身体所見等を含めた総合判断にならざるを得ないと考えられるところ、そのような観点からすると亡Fに緊急の処置の必要性を窺わせるまでの事情が認められていなかったことも、3名の鑑定人が一致して認めるところである。 ウ確かに、本件においては、同月27日から同月30日にかけて貧血傾向が一層進行しており、体内からの出血も疑われるところではあるが、その出血量については、被告Jが試算するように(乙B20・26頁)、多くとも3日間で約500ミリリットル程度であると推測されるところ(前記(1)ア(イ)のとおり、ヘマトクリット値から判断すると、これを下回る試算も得られる。)、後記(5)において認定するように、同月30日夕方の時点では未だタール便は認められておらず、かつ、前記(1)イ(ウ)において認定したとおり、タール便となるためには多くの場合100ないし200ミリリットル以上のまとまった出血が必要であることを併せ考えると、同月30日夕方ないし夜の時点においては、亡Fの体内における出血は、緩徐なものにとどまっており、未だ緊急内視鏡を要する出血(1時間当たり100ミリリットル以上)があったものとは考えられない。 (4) 原告らが引用する各文献は、消化管出血に対する緊急内視鏡検査の必要性、有用性を説くものであり、その記載自体は妥当なものであると考えられるが、たとえば、「主に吐・下血をきたした患者が適応となる」(甲B45)、「吐血やタール便を示す例は第一に上部消化管出血が疑われるため、上部消化管の緊急内視鏡検査が行われる」(甲B46)などとあるように、これらの文献も、その意味するところは、吐血や下血と (甲B45)、「吐血やタール便を示す例は第一に上部消化管出血が疑われるため、上部消化管の緊急内視鏡検査が行われる」(甲B46)などとあるように、これらの文献も、その意味するところは、吐血や下血といった消化管からの出血を強く示唆する症状が発現した場合には、速やかに緊急内視鏡検査を実施すべきであるというものであり、それ以上に、吐血や下血といった症状が見られない場合にも直ちに内視鏡検査を行うべきという趣旨のものと解することはできない(その他甲B47ないし49、52も吐血や下血を来した患者に対する処置について論じている文献であり、その趣旨は上記と同様であると解される。乙B9、10も同旨を述べる。)。 (5)アなお、同月30日に便の性状に関する前記1(17)イのやりとりが行われた点について、前記1(18)において認定したとおり、亡Fの死亡時に少量の黒色便が見られたこと及び解剖の結果直腸や結腸にも血性内容物が見られたことからすると、仮に亡Fの死亡前に排便があったとすれば、それがタール便といえるものであった可能性もないとは断言できず、これと患者から黒い便が出た旨の申告があった場合には次の便を取っておくように指示すべきであるとの見解(鑑定人W・84頁)を併せ考えれば、上記のやりとりの際に、被告らが次の便を取っておくように指示をしておけば、それがタール便であることが判明し、緊急内視鏡検査ないし血液検査が実施された可能性も全くないわけではない(なお、原告Aは同月28日の段階で既に亡Fの便が黒っぽかった旨供述しているが、その前後の時期に関する原告Aの記憶は曖昧であることに加え、具体的な便の性状も明らかではなく、さらに、原告A自身そのことを直接看護師等に確認しておらず、異常と感じられるほどの変化ではなかったことが窺われることなどの事情を勘案すれば、同日 昧であることに加え、具体的な便の性状も明らかではなく、さらに、原告A自身そのことを直接看護師等に確認しておらず、異常と感じられるほどの変化ではなかったことが窺われることなどの事情を勘案すれば、同日の時点でタール便あるいはそれに近い便が出ていたとは認められない。)。 しかしながら、前記1(17)イにおいて認定したとおり同日は下痢が5回あったものの、その時期について診療録に明確な記載はないから(甲A2・42頁には、「22°50’ 下痢5回/5°-あり」との記載があるが、これは24時制に拠ったと思われる記載であり、原告ら主張のように、この記載から午後5時から5度の下痢があったと断言するのは困難であると思われる。)、上記のやりとりの後で排便があったかどうかは必ずしも明らかではなく、また、仮にあったとしても、前記のとおり、タール便と通常の下痢便とは性状が全く異なるにもかかわらず、亡Fが便の性状に異常を感じて看護師等に連絡した形跡も窺われないことからすると、それがタール便であったと考えるのは困難である。原告らは、亡Fは同月25日からほとんど食事を摂っていないから、黒い便はタール便であると主張するが、たとえ絶食状態でも排便はあるのであって、食事の摂取がないことから黒っぽい便がタール便であるということはできない。 これに前記(2)ウにおいて判示したとおり、亡Fの直接の死因となった大量出血が発生したのは、亡Fが就寝してしばらくの時間が経過した同月31日4時以降であると推測されることをも考慮すれば、同月30日の夕方の段階で、被告らが亡Fに対し、次の便を取っておくように指示しなかったことを不法行為を構成する過失とみることもできないというべきである。 イさらに、原告らは、亡Fについては直腸診を行うべきであったのであり、これを行ってい 次の便を取っておくように指示しなかったことを不法行為を構成する過失とみることもできないというべきである。 イさらに、原告らは、亡Fについては直腸診を行うべきであったのであり、これを行っていれば、亡Fにタール便が出ていたことが判明したと主張するが、被告らにおいてタール便は出ていないものと考えたこと自体に誤りがないことは既に説示したとおりであるから、そのような状況下で直腸診を行うべき注意義務があったとは認められない。原告ら引用の甲B52は、患者に下血が見られる場合、下血を来す疾患が直腸膨大部から肛門にかけて多いため、肛門病変の有無、腫瘍・ポリープの有無、出血の性状や程度を知る目的で直腸診が有用である趣旨をいうものと解されるから、下血等が認められていない本件においては、あえて直腸診を行うべき義務があったものということはできない。鑑定人Wの意見も、「あるいは、もう本当に例えば痔かどうか分からない場合には、直腸指診といって自分でゴム手袋をつけて患者様の肛門を触診することもあります」(鑑定人W・84頁)としているものであり、その前後の意見を併せて理解すれば、実際に患者と接した結果等を総合考慮して判断することが当然の前提となっており、前記1(17)イにおいて認定したように、日常の会話も普通に可能で、心窩部痛や腹部の強い痛みなどを訴えてはいなかった亡Fの場合にも直腸診が必須であるという趣旨をいうものと解することはできない。 (6) その他、原告らが、輸液によるカロリーやナトリウムの補給の不足、輸液量自体の不足があり、これが亡Fの身体状態を悪化させたと主張するところについて検討しても、確かに亡Fが脱水傾向にあったことは推察されるものの(鑑定の結果)、亡Fが蓄尿にも協力していないため尿量の正確な計測ができなかったからその程度は不明であり、また と主張するところについて検討しても、確かに亡Fが脱水傾向にあったことは推察されるものの(鑑定の結果)、亡Fが蓄尿にも協力していないため尿量の正確な計測ができなかったからその程度は不明であり、また、これまで認定説示したように、亡Fの身体所見等自体はそれほど悪くなかったことなどに照らしても、実際に行われた輸液の措置に過失を認めることまではできない。さらに、仮に輸液がより適切に行われていたとしても、亡Fの急激な胃潰瘍の進行を防止し得たか否かや現に大量出血が生じた際に救命が可能であったか否かは不明といわざるを得ず、結局原告らの上記主張は採用し得ない。 (7) 以上のとおり、検査結果や身体所見等を総合判断すれば、亡Fに対し、平成13年8月30日夕方あるいは夜の時点で、直ちに緊急内視鏡検査ないし血液検査を実施すべきであったということはできず、また、その他の措置をとるべきであったということもできないから、争点(2)にかかる原告らの主張も採用できない。 本件は、急性胃潰瘍からの出血が非常に急速に起こったことが主たる原因となって、突然死に至ったという事案であり、大変不幸な転帰を辿った症例であって、原告らの無念の想いは理解し得るところではあるが、鑑定人も指摘するように、このような急激な転帰を辿る症例は稀であると考えられるところであり(鑑定人W・79頁、同U・80頁)、こういった事態が具体的に予見可能であったとは認め難い。そして、上記において判示したとおり、大学病院における診療として、亡Fを証人Mらとともに担当していた被告ら3名の行為それ自体については、不法行為を構成する過失を認めることができないといわざるを得ない。 4 以上の次第で、被告らに過失があったとする原告らの主張はすべて理由がないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの 不法行為を構成する過失を認めることができないといわざるを得ない。 4 以上の次第で、被告らに過失があったとする原告らの主張はすべて理由がないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官藤山雅行裁判官金光秀明裁判官熊代雅音・別紙診療経過一覧表記載(省略)別紙血液検査結果一覧(省略)別紙水分収支等一覧表(省略)・別紙平成15年(ワ)第1184号損害賠償請求事件争点整理表 1 抗潰瘍薬の投与を怠った過失の有無(原告らの主張)(1)亡Fには胃潰瘍の既往があり、抗潰瘍薬を服用していたから、胃潰瘍になりやすい状態にあったこと亡Fは30歳代後半(昭和48年ころ)から胃潰瘍に罹患し、昭和55年から食道癌の治療のためにE病院に入院する直前まで、胃潰瘍及び胃炎の治療のため、N病院に外来通院していた。N病院からは継続して抗潰瘍薬を処方されて服用し続け、本件入院の時点でもセルベックス、メサフィリン及びSM散の3つの薬を服用していた。即ち、亡Fは、健康な通常人と比較して、胃潰瘍を発症しやすく、また胃潰瘍が悪化しやすい傾向を持っていた。 (2)5-FUの副作用として、消化管潰瘍が発生したと考えられること被告らが亡Fに投与した抗癌剤の5-FU(フルオロウラシル)には、消化管潰瘍を引き起こすという副作用があり、そのことは、5-FUの添付文書の「重大な副作用」の欄に明記されている。したがって、平成13年8月20日から同月24日まで投与された5-FUが、亡Fの胃潰瘍 化管潰瘍を引き起こすという副作用があり、そのことは、5-FUの添付文書の「重大な副作用」の欄に明記されている。したがって、平成13年8月20日から同月24日まで投与された5-FUが、亡Fの胃潰瘍を引き起こした可能性が高い。 なお、被告らは、5-FUを肝動注療法として使用する場合にしか急性胃潰瘍が発症することはないかのように主張しているが、5-FUの通常量を点滴静注した場合にも消化管潰瘍は起こり得るから、被告主張は失当である。 また、被告は、上記の5-FUの投与が急性胃潰瘍の原因であるとしたら、投与終了後の同月25日以降、急性胃潰瘍が発生し、増悪したが、又は発生していた急性胃潰瘍がさらに増悪したことになるが、このようなことは通常考えられないとも主張するが、亡Fの抗がん剤の副作用と考えられる嘔気及び嘔吐が、むしろその投与が終了した後になって顕著に認められていることからも分かるように、抗がん剤の副作用は投与を終了すればすぐに解消に向かうというような単純なものとは限らないのである。 (3)入院及び放射線化学療法によるストレスも潰瘍の発生に影響した可能性があること一般に、入院治療を受けることそれ自体及び入院して放射線化学療法を受けることは、身体的にも心理的にも大きなストレスであり、ストレスは胃潰瘍の発症要因であると共に増悪要因でもある。したがって、これらのストレスが亡Fの胃潰瘍を発生させたか少なくとも増悪させた可能性がある。 (4)亡Fに5-FUを投与する際、平成13年8月26日以降も抗潰瘍薬を投与するべきであったのにこれを怠ったことFについては、上記(1)ないし(3)の理由から、胃潰瘍の発症及び増悪が予想されるから、担当医である被告らは、それを防止するため、平成13年8月26日以降も引き続き抗潰瘍薬を投与して、胃潰瘍の発症・増悪化を防 は、上記(1)ないし(3)の理由から、胃潰瘍の発症及び増悪が予想されるから、担当医である被告らは、それを防止するため、平成13年8月26日以降も引き続き抗潰瘍薬を投与して、胃潰瘍の発症・増悪化を防止すべきであった。ところが、被告らは、同月10日から同月25日までは亡Fが持参したセルベックスの投与を行なったものの、それ以降は抗潰瘍薬の投与をしなかった。この抗潰瘍薬の不投与は、被告らの注意義務違反である。 (5)急性胃潰瘍と慢性胃潰瘍について被告らは、原告らが慢性胃潰瘍と急性胃潰瘍を混同しているとし、慢性胃潰瘍と急性胃潰瘍は全く異なる病態であると主張している。 確かに、この両者について、単に同一の疾患の慢性型と急性型であるというような単純な捉え方をすることはできない。 しかし、この両者はともに、胃粘膜の欠損を生じている点では同じであり、慢性胃潰瘍と急性胃潰瘍が併存することもあり得る。どちらでも、場合によっては出血や穿孔を生じることがあり、出血した場合には、吐血や下血が見られる。また、内視鏡検査で出血の診断と止血操作が行える点も共通である。 さらに、薬物療法として胃酸の分泌を抑制するガスター等いわゆるH2ブロッカーの投与は、急性、慢性いずれの潰瘍に対しても行われる。亡Fが長期間服用していたセルベックスは、胃粘膜の防御機能を高めるから、急性胃潰瘍の治療薬でもある。 加えて、原因に関しても、非ステロイド性消炎鎮痛剤や、身体的、心理的ストレス、ヘリコバクター・ピロリ菌は、慢性胃潰瘍でも急性胃潰瘍でも発生及び増悪の要因となり得る。 このように考えれば、臨床の場において、胃潰瘍による出血を疑う場合、慢性胃潰瘍か急性胃潰瘍かを区別して考える意味はない。 したがって、被告が主張するように、慢性胃潰瘍と急性胃潰瘍とが全く このように考えれば、臨床の場において、胃潰瘍による出血を疑う場合、慢性胃潰瘍か急性胃潰瘍かを区別して考える意味はない。 したがって、被告が主張するように、慢性胃潰瘍と急性胃潰瘍とが全く別個の病態であるとするのは、言い過ぎである。 (被告らの主張)(1)亡Fは、臨床上慢性胃潰瘍と診断すべき患者ではなく、少なくとも被告らはそのような患者とは認識できなかったことア過去の診療経過からしても、慢性胃潰瘍で服薬を続けていた患者とはいえないことN病院における2回の内視鏡検査では、急性胃潰瘍、慢性胃潰瘍、潰瘍瘢痕、いずれも発見されておらず、同病院の診療録にも胃潰瘍(急性と慢性を含む)を裏付ける検査結果はない。 イ E病院での2回の内視鏡検査によって胃潰瘍(急性と慢性を含む)がないことが確認されたことE病院において行った2回の内視鏡検査の結果では、急性胃潰瘍、慢性胃潰瘍、潰瘍瘢痕のいずれも発見されなかった。このことから、亡Fが慢性胃潰瘍を繰り返し発症する体質ではなかったことは明らかである。 ウ病理解剖の結果病理解剖の結果見つかった1センチメートル大の潰瘍瘢痕は、潰瘍瘢痕としては非常に小さいことから、亡Fが慢性胃潰瘍を繰り返していたとはいえない。 また、内視鏡検査で発見できず、病理解剖でしか発見できない潰瘍瘢痕をもって、臨床上慢性胃潰瘍の患者ということはできない。 エ亡Fの薬の服薬状況亡Fは確かに胃腸薬を服用していたかもしれないが、FはN病院から多数回にわたり受診するよう連絡を受けながらも受診していなかったことがうかがわれるから、慢性胃潰瘍の患者であったとはいえない。 (2)慢性胃潰瘍の急性増悪が起きた可能性はないこと病理解剖の結果見つかった1センチメートル大の潰瘍瘢痕は、亡Fが していなかったことがうかがわれるから、慢性胃潰瘍の患者であったとはいえない。 (2)慢性胃潰瘍の急性増悪が起きた可能性はないこと病理解剖の結果見つかった1センチメートル大の潰瘍瘢痕は、亡Fが死亡した時点でも潰瘍瘢痕のままであり、増悪も出血もなかった。他方、亡Fを死に至らせた胃潰瘍は潰瘍瘢痕を全く伴わない新しい急性胃潰瘍であった。したがって、原告の主張する「慢性胃潰瘍の急性増悪が起きた可能性」はない。 (3)亡Fに投与した5-FUの副作用で急性胃潰瘍が発生したとは考えられないことア 5-FUの投与方法と投与量5-FUの投与で消化管潰瘍が現れるのは、肝動注療法の場合と過剰投与の場合であるところ、亡Fへの投与方法は、経静脈投与であり、肝動注療法ではない。また、亡Fへの投与量は、5-FU能書や厚生省の指定研究における投与量に比べても少ない。したがって、急性胃潰瘍の原因が5-FUだったとはいえないし、仮にそうだとしてもそれを予測することは不可能である。 イ 5-FUの能書の記載亡Fは、5-FU能書記載の「慎重投与」における「消化管潰瘍又は出血のある患者」には該当しなかった。また、急性胃潰瘍も慢性胃潰瘍も5-FU能書では、まれな副作用である。したがって、5-FUの副作用により急性胃潰瘍が起きたとは考えられず、また、仮に起きたとしてもその予測は不可能である。 ウ 5-FUの投与期間もし、平成13年8月21日から同月24日まで投与された5-FUが急性胃潰瘍の原因であるするならば、投与終了後の同月25日以降急性胃潰瘍が発生し増悪したか又は同日より前に既に発生していた急性胃潰瘍がさらに増悪して、同月31日に大量出血による死亡をもたらしたことになる。しかし、抗癌剤の副作用は、投与終了後においては、遷延することはあっても増悪す したか又は同日より前に既に発生していた急性胃潰瘍がさらに増悪して、同月31日に大量出血による死亡をもたらしたことになる。しかし、抗癌剤の副作用は、投与終了後においては、遷延することはあっても増悪することはないので、上記のような事態はあり得ない。 エ 5-FU能書記載の「消化管潰瘍」の意味5-FUの能書の副作用には「消化管潰瘍…が現れることがある」との記載があるが、この「消化管潰瘍」は主に大腸もしくは小腸の潰瘍を指している。 (4)亡Fの身体所見等からは、急性胃潰瘍を疑うことができず、5-FUの投与の際、抗潰瘍薬の投与が必要であるとは考えられなかったこと亡Fには、心窩部痛や、吐血、下血、黒色便等、急性胃潰瘍の症状は見られず、血圧や脈拍等の循環動態や全身状態も安定していたので、急性胃潰瘍を疑うことは不可能であり、抗胃潰瘍薬の投与が必要と考えることはできない。 さらに、5-FUを投与する際、抗潰瘍薬を併用することを定めた抗癌剤投与方法はないし、E病院でも行われていない。従って、5-FU投与の際、抗潰瘍薬も投与すべきであったとはいえない。 (5)入院及び放射線化学療法によるストレスがあったとしても被告らには認識できなかったこと及びストレスの原因を被告らのみに帰することはできないこと亡Fの言動や入院環境、治療状況からして、亡Fが入院や治療によりストレスを感じたとは考えられず、仮に感じたとしても、それは被告らに関わりのない事情か、Fの特殊な体質によるものであるから、その予見は不可能である。 また、治療行為には被告ら以外のE病院の医師(内科の医師や放射線科の医師)、看護師等E病院全体の医療体制が関与しているから、ストレスがあったとしてもその原因を被告らのみに帰することはできない。 (6)慢性胃潰瘍と急性胃潰瘍は厳密に区 院の医師(内科の医師や放射線科の医師)、看護師等E病院全体の医療体制が関与しているから、ストレスがあったとしてもその原因を被告らのみに帰することはできない。 (6)慢性胃潰瘍と急性胃潰瘍は厳密に区別されるべきものであり、かつ、慢性胃潰瘍から急性胃潰瘍への移行はないこと急性胃潰瘍と慢性胃潰瘍は全く異なる病態である。急性胃潰瘍の発生に関しては、慢性胃潰瘍の既往歴や、慢性胃潰瘍の特徴である家族性、遺伝性は関係がない。また、急性胃潰瘍は治癒すれば再発もない。従って、原告らが主張する「胃潰瘍になりやすい状態」が「急性胃潰瘍を繰り返し発症する体質や家系」を意味するのであればそのような状態はあり得ない。また、「慢性胃潰瘍を繰り返し発症する体質や家系」を意味するのであれば、Fの死因である急性胃潰瘍とは全く関係がない。 急性胃潰瘍の原因として慢性胃潰瘍を挙げる文献はなく、慢性胃潰瘍から急性胃潰瘍への移行はあり得ない。 2 消化管出血等を疑って適切に対処しなかった過失の有無(原告らの主張)(1)血液検査の結果(赤血球、ヘモグロビン、ヘマトクリット、BUN(尿素窒素)及びCRP)から消化管出血(急性胃潰瘍)を疑うべきであったこと一般に、赤血球、ヘモグロビン及びヘマトクリットの値が減少するのは、出血傾向を示すところ、亡Fの場合、平成13年8月27日の検査結果と同月30日の検査結果を比較すれば、赤血球が356万から310万へ、ヘモグロビンが11.1から9.5へ、ヘマトクリットが33.0から28.2へといずれも大きな減少を示しており、この間に体内で相当量の出血が起きていることが容易に推認できた。 またBUN(尿素窒素)の値の上昇は消化管出血の一つの徴候であるが、同月27日から30日にかけて、その値が25から33と急に上昇しており、この点からも 量の出血が起きていることが容易に推認できた。 またBUN(尿素窒素)の値の上昇は消化管出血の一つの徴候であるが、同月27日から30日にかけて、その値が25から33と急に上昇しており、この点からも消化管出血を疑うべきである。なお、同月30日にはCRPの値も14.9まで急に上昇しているが、これも消化管出血を疑う一つの参考となる。 (2)平成13年8月27日以降の亡Fの身体所見等からは消化管出血が強く疑われること①平成13年8月27日に亡Fが嘔吐した際、茶色様の嘔吐物(血液が混じっていたためと考えられる)が認められていたこと、②同月29日から翌30日にかけて、亡Fは、胸焼け即ち心窩部の灼熱感(これは胃潰瘍の症候の一つである。)を看護師に訴えていたこと、③同月30日の回診の際に、亡F本人が便が黒い(これは消化管出血の症候である。)と医師に述べていることなどを総合すれば、同月27日から同月30日にかけて、胃潰瘍からの出血を含む消化管出血が起きていることが強く疑われる状況にあった。 (3)亡Fの胃潰瘍からの出血は、平成13年8月27日には既に発生していたと考えられること前記(2)の状況からして、胃潰瘍からの出血は、既に平成13年8月27日には始まっていたと推認できる。 (4)平成13年8月30日の時点で、亡Fについて、胃潰瘍による出血を疑い、胃内視鏡による出血部位の検索及び止血の措置をとるべきであったこと一般に、消化管出血が疑われる場合には、緊急の内視鏡検査を実施して出血部位を特定し、同時に止血処置を行なうのが、医師としての常識的な対応であり、また、大出血の前にこうした処置をとることによって、大量出血による危険な事態を回避することは十分に可能である。 そこで、前記1(1)ないし(4)の事実(胃潰瘍の既往歴、5-FUの投与、入院治療に また、大出血の前にこうした処置をとることによって、大量出血による危険な事態を回避することは十分に可能である。 そこで、前記1(1)ないし(4)の事実(胃潰瘍の既往歴、5-FUの投与、入院治療によるストレス及び抗潰瘍薬の不投与)からすれば、亡Fについては、消化管出血が起きることが容易に想定されることに加え、上記(1)ないし(3)のとおり、現実に消化管出血が起きていると疑うべき状況もあったのであるから、被告ら担当医は、遅くとも平成13年8月30日の時点で胃潰瘍を含む上部消化管からの出血を疑い、緊急に内視鏡検査を施行して胃潰瘍の出血部位を特定し、さらに、胃内視鏡による止血措置を講じるべきであった。それにもかかわらず、被告らがこれらを怠ったことは注意義務違反に当たるものである。 したがって、その結果として、同月31日4時ころから5時15分ころまでの間に起きた胃潰瘍からの大量出血による出血性ショックで亡Fを死亡に至らせたことにつき、被告らは不法行為責任を負うべきである。 なお、被告らは、上記(1)ないし(3)について、当時は食道癌からの出血であると考えており、なおかつ、その判断は合理的であったとしているが、亡Fの食道癌の状態からして、血液検査データに反映されるほどの量の出血が急に起こるとは考え難く、仮に、食道癌からの出血を考慮することに理由があったとしても、より重要な消化管出血を否定しないまま放置することが許される訳ではないから、被告らの主張は失当である。 (5)血液検査の必要性一般に、体内で出血が起こると、赤血球、ヘモグロビン、ヘマトクリットの低下という形で数値に表れるところ、亡Fでは、前記のとおり、これらの数値の低下が見られていた。 特に、平成13年8月27日から同月30日の間の低下幅は大きく、同日の血液検査が朝方に行われ トの低下という形で数値に表れるところ、亡Fでは、前記のとおり、これらの数値の低下が見られていた。 特に、平成13年8月27日から同月30日の間の低下幅は大きく、同日の血液検査が朝方に行われたことを勘案すると、同日夕方の時点では最終の血液検査時点からかなりの時間が経過しており、被告らは、同日夕方から夜間にかけての時点において、出血状態を評価するため、再度血液検査を実施すべきであった。もしこのような血液検査が実施されていれば、その検査結果からさらなる出血の進行が判明し、適切な処置が採られていたものである。 (6)直腸診の必要性についてまた、亡Fは便が黒い気がすると訴えていたところ、このような場合、診療を担当する医師は、直腸診によって自ら便の性状を確認すべきである。直腸診は、消化管出血の診察上、必須の検査であり、これによって容易に出血の性状や程度を知ることができる。 本件においても、直腸診を行っていれば、亡Fにタール便がみられていたことが明らかになったと考えられる。 (7)その他、輸液によるカロリー、ナトリウム、水分の補給も不十分であり、これによって亡Fの身体状態は悪化し、出血が起きたとき救命することができなかった。 (被告らの主張)(1)血液検査の結果からは急性胃潰瘍による出血を疑うことができないことア赤血球、ヘモグロビン及びヘマトクリットの値平成13年8月27日から同月30日にかけて、ヘモグロビンとヘマトクリットの数値は低下しているが、この間の出血量は、緊急措置を要する量ではない。仮に、出血量が増大していたとしても、同月27日から同月30日の間に、急性胃潰瘍や大量出血を疑わせる身体所見はなかった。上記の期間の出血は、抗癌剤投与及び放射線治療による食道癌の崩壊による出血としか考えられず、上記検査値から しても、同月27日から同月30日の間に、急性胃潰瘍や大量出血を疑わせる身体所見はなかった。上記の期間の出血は、抗癌剤投与及び放射線治療による食道癌の崩壊による出血としか考えられず、上記検査値から急性胃潰瘍を疑うことは、不可能である。 イ BUN及びCRPの値同月27日から同30日にかけてのBUN値の上昇は軽度なものであり、緊急性を要する状態ではなく、観察が必要な状態に過ぎない。また、BUN値の上昇は、ブリプラチンの投与によるものと考えるのが自然である。 炎症を伴う消化管出血により、CRP値が上昇することは臨床的には極めてまれであり、胃潰瘍の診断において、CRP値を測定する医者はいない。CRP値の上昇は原因不明であったが、被告らが亡Fの腹部所見をとった際、亡Fに何ら圧痛は認められなかった。 従って、BUN値及びCRP値から急性胃潰瘍を疑うことも不可能である。 ウ被告らは、個別の検査値だけではなく、放射線化学療法の経過と亡Fの全身状態を見て診療をしていたこと診療は、個別の検査値ではなく、治療経過と患者の全身状態を見て行うものであり、実際、被告らもそのように診療をしていた。そして、治療経過や亡Fの全身状態からすれば、急性胃潰瘍を疑うことは不可能であった。 (2)平成13年8月27日以降の亡Fの身体所見からも急性胃潰瘍による出血を疑うことは困難であること①平成13年8月27日の茶色様の嘔吐物は、放射線化学療法による食道癌からの出血あるいは胆汁・胃液が混じったものと考えるのが合理的であり、胃からの出血と考えることはできず、②同日以降も、Fには、心窩部痛や黒色便、吐下血等、急性胃潰瘍に特徴的な症状はなかった。 したがって、これらの身体所見からも、急性胃潰瘍による出血を疑うことは困難であった。 (3)亡Fの死因と ②同日以降も、Fには、心窩部痛や黒色便、吐下血等、急性胃潰瘍に特徴的な症状はなかった。 したがって、これらの身体所見からも、急性胃潰瘍による出血を疑うことは困難であった。 (3)亡Fの死因となった大量の消化管出血は平成13年8月31日4時から5時15分までの間に発生したと考えられること平成13年8月31日4時の時点で亡Fが何らの症状も訴えず安眠していることが確認され、同日5時15分に亡Fが倒れているのが発見されたことからすれば、大量出血は、同日4時から5時15分の間に発生したと考えられる。 (4)平成13年8月30日の時点で、亡Fについて、急性胃潰瘍を疑い、内視鏡による出血部位の検索及び止血の措置をとるべき義務はなかったこと平成13年8月30日の回診でも、亡Fの心窩部と腹部に何らの圧痛もなく、黒色便の症状はなかった(診療記録上も黒色便についての記載はない)。また、その他にも急性胃潰瘍や大量出血を疑わせる身体所見や臨床所見はなく、循環動態や全身状態は安定していたので、総合的に考えると、急性胃潰瘍の発生を疑って緊急処置を講ずる状態ではなかった。 (5)直腸診の必要性について直腸診については、タール便が強く疑われるときには施行することを考慮しても良いが、必須というわけではなく、また、亡Fの場合には、緊急性の窺われない身体所見や、検査に伴う肉体的・精神的な負担をも考慮すれば、直腸診をすべきであったとはいえない。さらに、このようにして被告らが便の色を確認しても、タール便がみられたものともいえない。 3 損害額(原告らの主張)(1)逸失利益亡Fは、平成7年にG事務次官を退職し、Hの館長に就任した後、Iの館長となっており、本件事故発生の前年である平成12年においては、年間2112万3161円の収入を得ていた(なお、 (1)逸失利益亡Fは、平成7年にG事務次官を退職し、Hの館長に就任した後、Iの館長となっており、本件事故発生の前年である平成12年においては、年間2112万3161円の収入を得ていた(なお、Iの館長としての定年は72歳である。)。 亡Fの食道癌は、表在型と呼ばれる比較的進行度の低いタイプであり、本件事故の時点ですぐに死亡するような状態ではなかったが、手術療法が行われた食道癌の5年生存率が40パーセント前後といわれていることを考慮して、本件事故から将来に向かっての2年分についての逸失利益を請求する。 2112万3161円×(1-0.4)(生活費控除)×1.8594(ライプニッツ係数)=2356万5843円(2)慰謝料2800万円(3)小計上記(1)及び(2)を法定相続分に従って相続した結果、原告Aは、2578万2922円、その余の原告らはそれぞれ859万4307円の債権を相続した。 (3)葬儀費用120万円これは、原告Aの損害となる。 (4)弁護士費用原告らは、本件訴訟の遂行を原告ら代理人に依頼し、その報酬を請求金額の15パーセントと定めた。 その金額は、原告Aにつき404万7438円、その余の原告らにつき、それぞれ128万9146円である。 (5)合計以上合計すると、原告Aにつき3103万0360円、その余の原告らにつきそれぞれ988万3453円となる。 (被告らの主張)不知ないし争う。 なお、原告らは、5年生存率が40パーセントであることを考慮してライプニッツ方式に基づき死亡から将来に向かって2年分を逸失利益として請求しているが、2年間生存したと仮定しても、そもそも亡Fの場合、放射線化学療法による治療や入院を相当期間継続しなければならなかったのであるから、2年間にわたって 将来に向かって2年分を逸失利益として請求しているが、2年間生存したと仮定しても、そもそも亡Fの場合、放射線化学療法による治療や入院を相当期間継続しなければならなかったのであるから、2年間にわたって当時の職務を続け、収入を得られたとは考え難い。
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