令和3合(わ)62 強盗致傷,公務執行妨害

裁判年月日・裁判所
令和4年6月29日 東京地方裁判所
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判決文本文7,812 文字)

- 1 -令和4年6月29日東京地方裁判所刑事第7部宣告令和3年合第62号、同年刑第1173号強盗致傷、公務執行妨害被告事件 主文 被告人を懲役10か月に処する。 未決勾留日数中、その刑期に満つるまでの分をその刑に算入する。 本件公訴事実中、強盗致傷の点については、被告人は無罪。 理由 【犯罪事実】被告人は、令和3年2月5日午後2時44分頃、埼玉県戸田市ab丁目c番地dZ店駐車場において、軽自動車の運転席に乗車中、被告人に対する強盗致傷罪の逮捕状の発付を受け、指名手配を実施して被告人の追跡捜査をしていた警視庁刑事部捜査第一課勤務の巡査部長甲(当時39歳)から職務質問を受けた際、同巡査部長が同車運転席ドア直近に立っていることを認識しながら、同車を後退させ、さらに、同車を走行させる暴行を加え、もって同巡査部長の職務の執行を妨害した。 【一部無罪の理由】(一部の者の氏名については、別紙呼称一覧表(添付省略)記載のとおりの呼称を用いる。) 1 公訴事実及び争点⑴ 本件強盗致傷事件(以下「本件犯行」という。)は、その4時間余り前に敢行された赤坂路上強盗事件によって強奪された8000万円余りの現金を狙って計画、実行された犯行であり、その公訴事実の要旨は次のとおりである(なお、登場人物は全て男性であり、当時の年齢を補足した。)。 被告人(26歳)は、乙(21歳)、H(19歳)、T(18歳)、丙(20歳)、丁(36歳)及び氏名不詳者らと共謀の上、被害者(赤坂路上強盗事件の共犯者。 19歳。)を襲って現金を強取しようと考え、平成31年1月5日午後4時20分頃から同日午後4時30分頃までの間、埼玉県朝霞市内を走行中の普通乗用自動車- 2 -(エリシオン)内において、同人に対し、その顔面及び て現金を強取しようと考え、平成31年1月5日午後4時20分頃から同日午後4時30分頃までの間、埼玉県朝霞市内を走行中の普通乗用自動車- 2 -(エリシオン)内において、同人に対し、その顔面及び腹部を拳で多数回殴り、その腕をつかんで同車外に同人を引きずり下ろし、四つんばいになった同人の顔面を蹴り上げるなどの暴行を加え、その反抗を抑圧し、同人が所持していた現金約8100万円を奪い、その際、前記一連の暴行により、加療約4週間を要する鼻骨骨折等の傷害を負わせた。 ⑵ 役割等を概観すると、エリシオンに乗車して本件犯行に及んだ実行犯は丙、丁(運転役)、H及びTの4名である。実行犯を本件犯行に勧誘した者は、丙及び丁については乙、H及びTについては戊(不起訴)である。また、犯行当日、乙は指示役からの指示を丙及び丁に伝える役割を担い、H及びTも指示役から指示を受けながら実行した。 (犯行当日の指示系統)指示役 ⇒ 乙 ⇒ (実行犯)丙及び丁指示役 ⇒ ⇒ (実行犯)H及びT争点は、共謀の有無、すなわち、被告人が共犯者らとの間で、本件犯行を共同して行う意思を通じ合っていたかである。 検察官は、主には、乙証言(自分に指示を出していたのは被告人であり、被告人も携帯電話で犯行関与者に指示をしていた旨証言)及びH証言(犯行当日、面識のないAから携帯電話に指示があり、後日会った際、Aが被告人であると分かった旨証言)により、乙及びTへの指示役は被告人であるから共謀が認められると主張し、弁護人は、犯行当日、被告人が乙と終始行動を共にしていたことは前提としながらも、被告人は指示役ではなく共謀はしていないので無罪であると主張する。 本件では、弁護人が指摘するとおり、被告人が指示役であったことを示す有力な客観的な証拠がないため、判断の中核は乙 提としながらも、被告人は指示役ではなく共謀はしていないので無罪であると主張する。 本件では、弁護人が指摘するとおり、被告人が指示役であったことを示す有力な客観的な証拠がないため、判断の中核は乙証言及びH証言が信用できるかどうかである。 2 乙証言について 供述の変遷について- 3 -乙は、次の経過を辿って本件犯行について懲役10年の刑が確定し、受刑中の立場でこの法廷で証言したものである。 ・令和2年12月乙への第1審判決(懲役11年)・令和3年 6月控訴審の公判期日(乙への被告人質問を実施)・令和3年 8月乙への控訴審判決(懲役10年に減軽。その後確定。)乙証言の概要は、犯行前日に被告人からバイクを利用して金を持ち逃げする仕事があると誘われ、丙及び丁に話を持ち掛け了承を得た、犯行当日の午前中から被告人とやり取りをしてその指示を丁に携帯電話で伝えるなどし、遅くとも昼頃までに板橋区内にあるQ(バイク屋)で被告人と合流し、被告人から、当初の計画が変わって強盗になった旨を指示され、これを丙及び丁に携帯電話で伝え、被告人も目の前で飛ばしの携帯電話等を使って電話の相手に強盗になったからやってくれなどと指示していたというものである。 しかし、乙は、自身の第1審判決までは、自分の指示役は「己」一人であると供述し、被告人の名前は出していなかったほか、犯行当日は自宅にいたなどと供述していたことから、乙証言は重要部分を大きく変遷させたものである。 しかも、乙は、自身の控訴審を控えた令和3年4月頃から供述を変え、控訴審における被告人質問においても被告人による指示を供述したと証言するが、その思いとして、ちゃんと(控訴審の)裁判でしゃべっているということで少しでも裁判官の印象が良くなるかなという部分が少なからずあり、 おける被告人質問においても被告人による指示を供述したと証言するが、その思いとして、ちゃんと(控訴審の)裁判でしゃべっているということで少しでも裁判官の印象が良くなるかなという部分が少なからずあり、(刑が)軽くなりたいという気持ちは当時ありましたとも証言している(実際、控訴審判決においては、被害者との示談成立に加えて、隠していた被告人の関与を供述したことも減軽理由とされたことがうかがわれる。)。 そのため、乙には、自分の刑を軽くするために虚偽の供述をしてでも被告人を引っ張り込む危険があるのは弁護人の指摘するとおりである。 変遷の理由についてそこで、乙が供述を変えた理由が重要となるが、この点について乙は次のとおり- 4 -証言する。すなわち、①仲が良かった被告人をかばいたいという気持ちがあった、②被告人は暴力団構成員と聞いていたので、被告人の名前を出すと自分の家族に報復があるかもしれないという気持ちもあったが、被告人が令和3年3月頃に逮捕されたので、被告人のことをかばっていてもしょうがないと思うとともに、被告人からの報復のリスクが減ったとも思った、③控訴審判決の直前に被害者との間で示談が成立し、その中で知っている事実は全部話すと約束した。 しかし、①逮捕されたからといって、起訴されるとは限らず、現に乙は戊が逮捕されながらも不起訴で終わったと聞いていたというのである。しかも、乙は、自身の供述が被告人の起訴・不起訴を決める上で非常に重要な証拠となることは分かっていたはずである。それにもかかわらず、逮捕されたからかばっていても仕方がないと考えて被告人の関与を供述するようになったというのは合理的ではない。また、②被告人の逮捕によって報復のリスクが減ったとする点についても、被告人の関係者から報復される可能性はあるし、そもそも、乙は いと考えて被告人の関与を供述するようになったというのは合理的ではない。また、②被告人の逮捕によって報復のリスクが減ったとする点についても、被告人の関係者から報復される可能性はあるし、そもそも、乙は、己についても暴力団関係者であると認識し、己が逮捕されていないことを分かっていたというのである。乙が真実被告人からの報復をおそれていたのであれば、己からの報復も同じようにおそれておかしくないのに、自身の第1審判決までは指示役が己であると供述していたのである。この点、乙は、己は自分の家族のことを知らないから大丈夫だと考えていた旨証言するが、乙は、被告人と己は仲が良いとも証言しており、そうだとすると己が被告人から乙の家族のことを聞き出す可能性も十分想起できたはずである。③被害者との示談については、成立したのが令和3年8月の控訴審判決の直前というのであるから、その前の令和3年4月頃に供述を変えた理由にはならない。 小括以上からすると、乙証言には虚偽供述の危険がある上に、供述を変遷した理由も合理的とはいえないことから、乙証言だけではその信用性を肯定することはできない。 3 H証言について- 5 -そこで、検察官が主張するように、H証言により乙証言の信用性が補強されるのか検討する。 ⑴ H証言の概要等H証言の概要は、犯行前日に戊から、ものを運ぶ仕事に誘われて了承すると、それ以降は、主には、戊から上の人間と説明されたAから携帯電話で指示等を受けた、Aとは会ったことはないが声が高くて物腰が柔らかい人であり、犯行当日も、予定が変わって被害者をぶっ飛ばして現金を強奪することになったことや、被害者が動けなくなるまで暴行を加えていいことなどの指示を受けた、Aと電話で話をしている途中で電話に出たBから、被害者がでかいかもしれないなどと言われた ぶっ飛ばして現金を強奪することになったことや、被害者が動けなくなるまで暴行を加えていいことなどの指示を受けた、Aと電話で話をしている途中で電話に出たBから、被害者がでかいかもしれないなどと言われたこともあった、Bにも会ったことはないが、声が低く無愛想な人であった、本件犯行から1週間以内に、戊から、「(これから会う人は)うちらに仕事を振ってきてくれた人だよ。態度に失礼がないようにね。」と言われ、Qに着くと、戊から、その場にいた男性2名について××君(被告人)と△△君(乙)だよと言われた、その際、被告人からは、「この間ありがとね。結構やってくれたみたいだね。どんなやつだった。」というように笑いながら聞かれたので、「弱そうなやつでしたよ。」と答えた、声等の特徴から被告人がAであり、乙は声等の特徴に加えて本件犯行を結構知っていたことからBだと分かった、というものである。 このH証言については、被告人の関与をいうところについては供述の変遷はない上に、供述経過に不自然なところはなく、Hの上位に指示役がいるのは明らかであるため、Hがあえて嘘をついてまで指示役として被告人の名前を出す必要もない。 思い込みの危険についてアもっとも、Hが証言するところのA及びBの声の特徴は高いか低いかという程度のものであり、なおかつ、直接会って話をしているのではなく、音質が変わり得る電話を通じて聞き取った声である上に、声を聞いた時間も長くはない。実際に法廷で聞いた被告人及び乙の声の特徴は、H証言と齟齬はしないものの、二人ともさしたる特徴のある声ではない。ましてや、Hが被告人及び乙に会ったのは犯- 6 -行当日から1週間以内というある程度時間が過ぎた後である。当裁判所においても、この法廷において1週間程前に長い時間聞いたはずの被告人や乙の声を思い出 てや、Hが被告人及び乙に会ったのは犯- 6 -行当日から1週間以内というある程度時間が過ぎた後である。当裁判所においても、この法廷において1週間程前に長い時間聞いたはずの被告人や乙の声を思い出すのは困難であるところ、声や態度についてその程度の特徴しか捉えていなかったHが、後日被告人や乙に会った際に、それが犯行当日に聞いたAやBの声であると特定することは、経験的に非常に難しいといわざるを得ない(同じ場面を証言していると考えられるTに至っては、その場面は犯行当日から1か月も後のことであったというのであるから、1か月後に聞いた声で特定するのは一層困難である。)。 イもちろん、Hも、声や態度の特徴だけで被告人や乙であると特定したのではなく、戊から、これから会う人が仕事を振ってくれた人だと言われたことも特定の根拠になっていると考えられる。 しかし、Hとしては、A及びBの二人組が本件犯行に関与しているのは分かっており、仕事を振ってくれた人であると紹介されて会ったのも二人であったことから、その二人がA及びBと思い込みやすい状況にあるのは弁護人が指摘するとおりである。 また、その際の会話内容も特定の根拠になっていると考えられ、被告人からは、Hらがその仕事を存分に実行したことを前提に感謝され、被害者の様子も聞かれたというのであり、乙は本件犯行のことを結構知っていたというのであるから、Hとしては、AやBが被告人や乙であると考えるのはごく自然である。 しかし、これらの発言は、Aが被告人、Bが乙でなければあり得ない発言とは必ずしもいえない。 すなわち、まず被告人の関係からみると、本件犯行への関与を否定する被告人の公判供述は、己と乙が互いの電話番号を知っているとしながら、犯行当日に己と乙がやり取りをするのに被告人の携帯電話を利用していたという ち、まず被告人の関係からみると、本件犯行への関与を否定する被告人の公判供述は、己と乙が互いの電話番号を知っているとしながら、犯行当日に己と乙がやり取りをするのに被告人の携帯電話を利用していたという相当不合理な内容であって、犯行当日の出来事という重要部分について信用することができない。もっとも、被告人も、犯行前日に己から、闇賭博の現金を保管している場所での金庫荒らしをする人はいないかという電話を受けたが関心がなかったので、金に困ってい- 7 -た乙や興味を持ちそうな戊にその話を振ったと述べており、本件犯行につながる発端部分で関係があったことは認めている。しかも、犯行当日も、断続的に上位者から指示を受けてこれを丙や丁に伝えていた乙と終始行動を共にしていたことも認めているので、被告人が本件犯行に何らかの関与をしていた疑いは強い。そうだとすると、被告人が実行犯のHらに感謝の言葉を述べたとしてもおかしなことではない。 また、仕事を振ってきてくれた人としてHらに被告人を紹介した戊の話にもつながることである。あるいは、被告人が、本件犯行の後に、乙から首尾よく成功した本件犯行のことを聞いて、仲の良かった乙の懐が潤ったことを知り、実行犯のHらに対する感謝の気持ちや興味から、そのような発言をした可能性も考えられる。 次に乙の関係については、乙は丙及び丁の上位者として本件犯行に関与したのであるから、本件犯行のことを結構知っているのは当然である。 このようにHが被告人や乙から聞いた発言は、被告人や乙がAやBであると考えるのが自然ではあるから、Hがそのように思い込むのは当然ともいえるが、これらの発言は、Aが被告人、Bが乙でなければあり得ない発言ではない。 ウこのほか、H証言には、Aと電話で話をしている途中でBがその電話に出たというものがあり、これを前提に のは当然ともいえるが、これらの発言は、Aが被告人、Bが乙でなければあり得ない発言ではない。 ウこのほか、H証言には、Aと電話で話をしている途中でBがその電話に出たというものがあり、これを前提にするとAとBは一緒の場所にいたことになる。 そのため、Bが乙であると特定できれば、HのいうAは当時行動を共にしていた被告人しかいないことになるが、これまでみたとおりBが乙であると特定できるだけの証拠がない。むしろ、乙が、被害者をエリシオンに乗車させ現金を強奪するまでの間に、被告人から、あるいは己からも言われたかもしれないが、今どのような感じなのか運転手に確認してくれと言われたので、丁に電話をして現状を確認したと証言し、これと同じような時間帯において、Hも、Bから今どこら辺を走っていますかと電話で尋ねられたと証言しているところ、H証言のとおりBが乙であれば、自らの指示系統下にあって運転をしている丁に現状を聞くのが適当であり、必要があればまた丁に電話をすればいいのに、わざわざHに現状を確認するというおかしなことをしており、このことはBが乙ではない可能性をそれなりに示している。 - 8 -また、乙等の携帯電話の発着信状況をつぶさにみても、指示役が乙と一緒の場所にいたほうが、乙としては丙らにその指示をスムーズに伝えやすいと思われる場面もあるが、一緒にいなければ説明がつかないといえるほどの発着信状況ではない。 小括以上のとおり、Hがあえて虚偽の供述をしているとは考えられず、HがいうとおりA及びBが被告人及び乙である可能性もある一方で、Hがそのように思い込んで証言している可能性もそれなりにあることになる。そうなると、疑わしきは被告人の利益にとの原則に照らして、A及びBが被告人及び乙であるとするH証言を信用することはできない。 4 結論そ い込んで証言している可能性もそれなりにあることになる。そうなると、疑わしきは被告人の利益にとの原則に照らして、A及びBが被告人及び乙であるとするH証言を信用することはできない。 4 結論そして、H証言が信用できない以上、これによって乙証言の信用性が補強されることはなく、このほかに乙証言の信用性を肯定できるだけの補強証拠は見当たらない。 したがって、被告人が乙らに本件犯行を指示するなどしていたと認定することはできず、被告人が本件犯行を共犯者らと共謀したと認めるに足りる証拠はない。 以上より、本件公訴事実中、強盗致傷の点については、被告人に共謀共同正犯が成立することの証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により、被告人に対し無罪の言渡しをする。 【量刑の理由】本件公務執行妨害は、車の運転席ドアのすぐそばに警察官が立っているにもかかわらず凶器となる車を走行させたという危険な態様である。そして、何よりも、被告人は、平成26年2月に詐欺罪により懲役2年の実刑に処せられ、反省や更生の機会を与えられたにもかかわらず、その刑の執行終了から約5年2か月後に本件公務執行妨害に及んだのであるから、非難の度合いは高い。そうすると、実刑をもって臨むべきである。 他方で、被告人が罪を認めて反省の言葉を述べ、解体業を営み保護司の指導を受- 9 -けている弟が出廷し、今後被告人と同居して一緒に仕事をしながら監督する旨約束しており、更生環境が以前よりは改善されていることなどの事情も認められる。 そこで、これらの事情も考慮して、主文のとおり量刑した。 検察官赤羽史子、同伊東義修、同𠮷間慎一郎、同吉田光、弁護人山村行弘(主任)、同鈴木優吾各公判出席(検察官の求刑:懲役15年)令和4年6月29日東京地方裁判所刑事第7部 裁判長裁判 検察官赤羽史子、同伊東義修、同𠮷間慎一郎、同吉田光 弁護人山村行弘(主任)、同鈴木優吾各公判出席(検察官の求刑:懲役15年) 令和4年6月29日東京地方裁判所刑事第7部 裁判長 裁判官浅香竜太 裁判官内山裕史 裁判官北原直樹

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