主文 1 本件各控訴をいずれも棄却する。 2 控訴費用は、控訴人らの負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、控訴人Wに対し、500万円及びこれに対する令和5年1月13日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 3 被控訴人は、控訴人Xに対し、250万円及びこれに対する令和5年1月13日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 4 被控訴人は、控訴人Yに対し、250万円及びこれに対する令和5年1月13日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要(略称は、本判決で定義するもののほか、原判決のものを用いる。) 1 本件は、東京拘置所に未決拘禁者として収容されていたZ(本件患者)の相続人である控訴人らが、本件患者が進行胃癌で死亡したことにつき、東京拘置所の職員である医師には、治療義務違反、転医義務違反、説明義務違反の各注意義務違反があったなどと主張して、被控訴人に対し、国家賠償法1条1項に基づいて、慰謝料及び弁護士費用の合計額の一部(控訴人Wについて7700万円の一部である500万円、控訴人Xについて4950万円の一部である250万円、控訴人Yについて4950万円の一部である250万円)並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である令和5年1月13日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 原判決は、東京拘置所の職員である医師に控訴人らが主張する各注意義務違反は認められないとして、控訴人らの請求をいずれも棄却した。 控訴人らは、原判決を不服としてそれぞれ控訴した。 事案である。 原判決は、東京拘置所の職員である医師に控訴人らが主張する各注意義務違反は認められないとして、控訴人らの請求をいずれも棄却した。 控訴人らは、原判決を不服としてそれぞれ控訴した。 2 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」2から4までに記載のとおりであるから、これを引用する。 ⑴ 原判決5頁22行目の「所見であるため、」を「所見であり、貧血は、致死的な経過をたどることもある内科的緊急疾患であるから、」と改め、同6頁3行目の末尾に「特に高齢者の貧血は、消化管の癌腫を筆頭とする何らかの基礎疾患に続発するものが多いため、軽度の貧血であったとしてもその原因を追及することは臨床上重要であり、血色素量が高齢者用に基準値を下げたHb11~11.5g/dlを下回るのであれば精査治療すべき疾患があると考えられる場合に該当し、鑑別診断及びその結果に応じた治療を要するものであり、少なくとも貧血との診断そのもののための問診を行って、便の性状などを確認するとともに、貧血の進行の有無を把握するため、遅くとも同月内の再度の血液検査や前医への問合せを行う必要がある。」を加える。 ⑵ 原判決6頁4行目の「イ 」の次に「胃痛(心窩部痛)はタール便(黒色便)と並んで上部消化管出血の典型症状であるところ、」を加える。 ⑶ 原判決10頁6行目の「東京拘置所の医師は、本件患者及び本件刑事事件の弁護人に対して、」を「転医先や転医の時期、その取消しは患者の強い関心事であり、治療の方針の一環として説明義務の対象に含まれるから、身柄拘束されている刑事被告人という特殊性を考慮するとしても、東京拘置所の医師は、本件患者及び本件刑事事件の弁護人に対して、転医が決まってい あり、治療の方針の一環として説明義務の対象に含まれるから、身柄拘束されている刑事被告人という特殊性を考慮するとしても、東京拘置所の医師は、本件患者及び本件刑事事件の弁護人に対して、転医が決まっていることやおおよその転医の時期を説明する義務があったというべきであるところ、」と改める。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も、控訴人らの各請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」1から5までに記載のとおりであるからこれを引用する。 ⑴ 原判決14頁13行目から同頁14行目にかけての「数か月程度ですぐに進行することはなく、」から同頁15行目の末尾までを「数か月程度ですぐに進行することはない。また、日本胃癌学会は、胃がん治療ガイドライン2023年度版において、進行した癌であっても、3か月程度までの待機時間であれば、手術後の治り具合には影響しないことが分かっているとの見解を示している。」と改める。 ⑵ 原判決15頁12行目の「乙A9」の前に「前提事実⑵ア、」を加える。 ⑶ 原判決16頁5行目の「確認した」の次に「(なお、本件患者は、同月9日、同月10日、同月14日、同月15日、同月21日、同月23日、同月25日ないし同月27日に自らの便が黒色便であることを知覚していたが、これを同日まで東京拘置所の医師や看護師に申告した形跡は見当たらない(甲A4の17頁、甲C25、弁論の全趣旨)。)」を加え、同行目の「同日」を「同月28日」と改める。 ⑷ 原判決18頁19行目の冒頭から同19頁3行目の末尾までを次のとおり改める。 「サ東京拘置所と本件外部病院は、同年10月28日、本件患者を同年11月9日に受診させることで調 ⑷ 原判決18頁19行目の冒頭から同19頁3行目の末尾までを次のとおり改める。 「サ東京拘置所と本件外部病院は、同年10月28日、本件患者を同年11月9日に受診させることで調整したが、本件刑事事件の弁護人の申請に基づいてされた勾留執行停止決定を踏まえ、東京地方検察庁の検察官が、同年10月29日に、同年11月5日午後2時から同月20日午後3時までの間、本件患者を釈放するよう指揮する釈放指揮書を送付したため、上記受診の予定を取り消した。 本件患者は、同年10月30日、東京拘置所の医師に対し、勾留執行停止により同年11月6日から横浜市民病院に入院する旨伝えた。その際、本件患者は、東京拘置所の医師に対し、胃癌が見つかってすぐに治療のできる病院を探し始めたこと、横浜市民病院への入院は検査入院で治療するかは分からない旨を話した。これに対し、東京拘置所の医師は、このような話は本来 する話ではない旨を前置きした上で、同年10月16日に順天堂医院で診療を受けると聞いて一度本件外部病院で取れた予約をキャンセルしていること、今回も執行停止と同じ時期に本件外部病院に2回目の予約を取っているが、2回目のキャンセルをしたら本件外部病院では治療できなくなるであろうことを説明した。これに対して、本件患者は、「今まで説明してくれなかった。」と述べて不満を示したものの、結局、同年11月4日、東京拘置所における診療情報及び紹介状の交付を願い出たため、東京拘置所長は、同月5日、本件患者に対し、診療情報提供書を交付し、同日、本件患者は、勾留執行停止により出所した。(乙A3、8、16、C2)」⑸ 原判決19頁26行目の「東京拘置所の医師は、」の次に「本件患者からの健康上の申出に基づく診療としてではなく、本件患者が東京拘置所に移 執行停止により出所した。(乙A3、8、16、C2)」⑸ 原判決19頁26行目の「東京拘置所の医師は、」の次に「本件患者からの健康上の申出に基づく診療としてではなく、本件患者が東京拘置所に移送されてきたことから健康診断を行い、同人が高血圧、糖尿病、高脂血症、排尿障害及びドライアイを患っていることを把握したことを踏まえて、胸腹部レントゲン撮影、血液検査及び心電図検査を実施することにしたものであり、」を加え、同20頁4行目の「被告協力医ら」を「被控訴人の協力医ら」と改める(以下、引用部分につき同じ。)。 ⑹ 原判決20頁12行目の「東京拘置所内の」から同頁15行目の「踏まえたものであること、」を削り、同頁16行目の「貧血としては軽度であること、」を「上記の境界値をわずかに下回るにすぎないものであること、」と、同頁20行目の「原告ら協力医」を「控訴人らの協力医」(以下、引用部分につき同じ。)とそれぞれ改め、同21頁1行目の「認め難い」の次に「(なお、令和2年12月付けの厚生労働省作成に係る「令和元年国民健康・栄養調査報告」(甲B5の参考資料①・129頁)によると、65~74歳男性(貧血治療のための薬の使用者除外)の血色素量10.0~10.9g/dlの該当者は0.6パーセントであることが認められるが、そうであるからといって本件患者の血色素量10.9g/dlが直ちに異常値であるとはい えないと解される。)」を、同頁5行目の「医学的知見がなく」の次に「(血色素量が境界値をわずかに下回ったにすぎない場合であっても、前医に問い合わせをすることや貧血の鑑別診断を行うことが医療上一般的に行われていることを認めるに足りる証拠もない。)」をそれぞれ加え、同行目及び同頁7行目の各「協力医」をいずれも「控訴人らの協力医」と改め、同頁6行目 することや貧血の鑑別診断を行うことが医療上一般的に行われていることを認めるに足りる証拠もない。)」をそれぞれ加え、同行目及び同頁7行目の各「協力医」をいずれも「控訴人らの協力医」と改め、同頁6行目の末尾に次のとおり加える。 「さらに、高齢者の貧血は、消化管の癌腫を筆頭とする何らかの基礎疾患に続発するものが多いため、軽度の貧血であったとしてもその原因を追及することは臨床上重要であるとの記載のある医学文献もあるところ(甲B13・41頁)、東京拘置所の医師が3か月後に再度の血液検査を実施することにしていたこと(認定事実⑶イ)を踏まえれば、東京拘置所の医師が本件患者の軽度の貧血の原因を追及していなかったということはできない。加えて、貧血は、急速に進行した場合には、致死的な経過をたどることもあり、内科的緊急疾患であるとの指摘についても(甲B11・318頁)、東京拘置所の医師が令和2年7月10日の時点で本件患者の貧血が急速に進行していることを認識できる状況であったとは認められない以上、その時点で、控訴人らが主張する前医への問合せや貧血の鑑別診断を直ちに行う義務や、短期間内の再度の血液検査を行うべき義務があったと認めることはできない。」⑺ 原判決21頁14行目の「同時点で」を「同日時点で」と改め、同22頁8行目の「事情にはなるものの、」の次に「このような症状が認められることから当然に、」を、同頁10行目の「医学的知見はなく」の次に「(控訴人らが提出する医学的文献によっても、胃痛に加え黒色便や貧血などがあり上部消化管出血が疑われるときは早めに上部消化管内視鏡検査を行うことが求められることは認められるが(甲B16・222頁)、令和2年9月4日の時点では、東京拘置所の医師はもとより、本件患者の自覚症状としても、貧血の悪化に伴うふら 早めに上部消化管内視鏡検査を行うことが求められることは認められるが(甲B16・222頁)、令和2年9月4日の時点では、東京拘置所の医師はもとより、本件患者の自覚症状としても、貧血の悪化に伴うふらつきや黒色便は認められていなかったことからして も、同日時点で直ちに上部消化管内視鏡検査を含む画像検査を行う義務が東京拘置所の医師にあったとは認め難い。)」をそれぞれ加える。 ⑻ 原判決22頁18行目から同頁19行目にかけての「血液検査に対して、」を「血液検査の結果に対して、」と改め、同23頁20行目の「BUN/クレアチニン比30以上とされていること」の次に「(認定事実⑴イ)」を、同頁22行目の「濃厚赤血球輸血はさけるべきとされていること」の次に「(認定事実⑴イ)」をそれぞれ加え、同24頁6行目から同頁7行目にかけての「本件患者については、黒色便は確認されておらず、」を「本件患者は黒色便の症状を東京拘置所の医師や看護師に申告していなかったから、東京拘置所の医師はそれを認識しておらず、」と改め、同頁12行目から同頁13行目にかけての「認められない」の次に「(この点、東京拘置所の医師が、同月25日時点において、本件患者に対し、黒色便、下血又は吐血の有無を確認すれば、少なくとも黒色便の症状があることを確認できた可能性は否定できないが、本件患者は便秘の訴えをしていたことから、黒色便の症状があれば自ら申告しないはずはないと判断したとしてもやむを得ない上、胃に関する明らかな不調の訴えはなく、BUN/クレアチニン比の数値に照らし上部消化管出血を疑わせる症状があるとは認められなかったことからすると、上記内視鏡検査をすべき義務があったとは認められない旨の上記判断を左右するとはいえない。)」を加える。 ⑼ 原判決24頁16行目の「東京拘置所の医 せる症状があるとは認められなかったことからすると、上記内視鏡検査をすべき義務があったとは認められない旨の上記判断を左右するとはいえない。)」を加える。 ⑼ 原判決24頁16行目の「東京拘置所の医師は、」の次に「本件患者に対し、」を、同頁24行目から同頁25行目にかけての「異なるとされている」の次に「(認定事実⑴ア、イ)」をそれぞれ加える。 ⑽ 原判決25頁13行目の「上記によれば、」を削り、同頁18行目の「開始したところ、」を「開始したものであるところ(認定事実⑶オ)」と改める。 ⑾ 原判決26頁22行目、同27頁2行目、同頁8行目から同頁9行目にか けて及び同頁22行目から同頁23行目にかけての各「医療機関に」の次にいずれも「本件患者を」を加え、同頁2行目の「必要があった意見」を「必要があったとの意見」と、同頁18行目の「同日時点で」から同頁19行目の末尾までを「同日時点で直ちに転医させなかったことについて義務違反があったとまでは認められない。」と、同頁24行目の「前記認定事実」を「前記認定事実⑶キ」と、同頁26行目の「前記認定事実」を「前記認定事実⑴ウ」と、同28頁6行目の「同日」を「同月7日」と、同頁7行目の「対応を取るべき義務」を「対応を取らなかったことについて義務違反」とそれぞれ改める。 ⑿ 原判決28頁15行目の冒頭から同29頁10行目の末尾までを次のとおり改める。 「⑴ 控訴人らは、東京拘置所の医師は、本件患者及び本件刑事事件の弁護人に対して、令和2年10月14日に診療日を調整したという本件外部病院につき、転医先や転医時期等の転医に関する説明を一切していないから、説明義務違反があると主張する。 ⑵ そこで検討するに、前記認定事実⑶クによれば、東京拘置所の医師は、同月7 外部病院につき、転医先や転医時期等の転医に関する説明を一切していないから、説明義務違反があると主張する。 ⑵ そこで検討するに、前記認定事実⑶クによれば、東京拘置所の医師は、同月7日、本件患者に対し、同月1日に実施した上部消化管内視鏡検査で確認された幽門部横にあった大きな潰瘍がおそらく癌であり、治療が必要な状態であること、現在外部病院に相談中であることなどの説明をしているところ、かかる説明は、本件患者が自身の病状や東京拘置所の医療施設では行うことのできない治療のために外部病院で治療を受けることになることを理解するのに必要な説明であると認められる。そして、転医先や転医時期等は本件患者の強い関心事ではあるが、このような事項は本件患者に対する医療行為の内容とは直接関連しないものである上、押送中の身柄奪取等のおそれを考慮すると、東京拘置所の医師に本件外部病院の具体的な名称やその転医の時期を説明すべき義務があるとまでは認めること はできない。したがって、東京拘置所の医師に説明義務違反があったとは認めることができない。 ⑶ なお、胃癌を告知されて専門医による治療を希望する本件患者にとって、転医先やその時期、あるいはその取消しは強い関心事であるから、本件患者が身柄拘束されている刑事被告人であるという特殊性を考慮するとしても、転医が決まっていることやおおよその転医の時期を説明してほしいとの心情は理解できるものである。この点、本件患者が、東京拘置所の医師に対し、胃癌が見つかってすぐに治療のできる病院を探し始めたことなどを述べていたことや、東京拘置所の医師による二度にわたって本件外部病院への予約をキャンセルすることになるとの説明に「今まで説明してくれなかった。」と述べて不満を示したことからすると(認定事実⑶サ)、 述べていたことや、東京拘置所の医師による二度にわたって本件外部病院への予約をキャンセルすることになるとの説明に「今まで説明してくれなかった。」と述べて不満を示したことからすると(認定事実⑶サ)、本件患者は、東京拘置所が相談している外部病院において、専門医による胃癌の治療を標準的な期間内に受けることができることを理解していなかったことがうかがわれる。そして、本件患者は刑事収容施設につき専門的知識のある者ではなく、東京拘置所の医師が押送中の身柄奪取等のおそれを考慮して転医先や転医の時期を具体的に説明することを控えることに想像力が及ばず、上記のような理解となったとしても無理からぬところがある。本件においては、順天堂医院及び横浜市民病院での検査・治療のための勾留執行停止と本件外部病院の予約のキャンセルが繰り返されるという事態が生じているが、今後はこのような事態を防ぐための対応を検討することが望まれる。」 2 結論以上より、控訴人らの各請求はいずれも理由がないから棄却すべきものであるところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件各控訴は理由がないからこれらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第5民事部 裁判長裁判官木納敏和 裁判官真辺朋子 裁判官森剛
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