令和5(ワ)363 国家賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
令和6年5月24日 横浜地方裁判所
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判決文本文19,315 文字)

主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告らに対し、それぞれ50万円及びこれに対する令和2年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は、令和2年2月5日、神奈川県逗子市所在のマンションの敷地斜面の崩落により、同斜面直下の道路を通行中であったA(当時18歳)が死亡した事故 (以下「本件事故」という。)に関し、Aの親族である原告らが、①被告は当該斜面を急傾斜地崩壊危険区域に指定して災害防止上必要な措置をとるべき義務に違反した、②被告による当該斜面の基礎調査は適切に行われておらず、危険探知義務、危険情報提供義務に違反した、③被告は本件斜面の異常を知らせる報告を受けたにもかかわらず現場を確認しておらず、危険情報の収集義務、防災情報提 供義務に違反したなどと主張して、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき、原告B及び原告Cが相続したAの死亡に係る損害賠償金及び原告らの近親者固有の慰謝料のうちそれぞれ50万円及びこれに対する本件事故の日(同日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがないか、後掲証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実)⑴ 当事者等ア原告Bは、Aの養父である。(甲1)イ原告Cは、Aの母である。(甲1) ウ原告Dは、Aの妹である。(甲1) エ被告は、神奈川県において住民の安全、健康及び福祉を保持し、都市基盤整備、急傾斜地事業及び防災等の事務を処理する地方公共団体である。 ⑵ 本件事故の概要令和2年2月5日午前7時 エ被告は、神奈川県において住民の安全、健康及び福祉を保持し、都市基盤整備、急傾斜地事業及び防災等の事務を処理する地方公共団体である。 ⑵ 本件事故の概要令和2年2月5日午前7時58分頃、神奈川県逗子市(所在地省略)所在のマンション「E」(以下「本件マンション」という。)の敷地(以下「本件敷地」 という。)のうち、東北東向きの斜面(以下「本件斜面」という。)が崩落し、本件斜面地直下の道路を通行中であったAが、崩落した土砂に巻き込まれて死亡した。(甲2)⑶ 本件斜面についてア本件マンションは、平成15年に建築され、平成16年7月に完成した。 (甲2、5)イ本件斜面は、海生の段丘状地形で三浦層群池子層の凝灰質砂岩を基盤とする泥岩と砂岩の互層で構成される、東北東向きの日当たりの悪い急傾斜面である。本件斜面は、その直下の道路から本件マンション1階地面まで約15. 9メートルの高さがあり、道路から約8.2メートルの高さまでは石積擁壁 で覆われていた。同擁壁の上部には、落石防護柵が設置されていた。(甲7、乙10)ウ国土技術政策総合研究所(以下「国総研」という。)は、崩落した斜面の状況を確認し緊急的な対応等について技術的助言を行ってほしい旨の被告の要請を受け、本件事故から2日後である令和2年2月7日、本件事故につい て現地調査を実施した。(甲7)エ上記調査を実施した国総研土砂災害研究部土砂災害研究室の室長及び研究官の所見は、以下のとおりである。(甲7)本件事故は東北東向きの日当たりの悪い急傾斜面において、放射冷却及び強い季節風が相まって風化が促進され、崩落に至ったものである。土層深(厚) が周辺の標準よりやや小さく、マンションの日影に当たり植生が貧弱であっ たため、 急傾斜面において、放射冷却及び強い季節風が相まって風化が促進され、崩落に至ったものである。土層深(厚) が周辺の標準よりやや小さく、マンションの日影に当たり植生が貧弱であっ たため、風化防止作用が不十分であった。崩落は水による流動・崩壊ではなく、乾湿、低温等による風化を主因としたものであって、直前の微小地震はバックグラウンド振動(ノイズ)から見て主たる誘因ではない。崩落を引き起こす風化を早めた原因としては、直前1か月の降雨、放射冷却を含む地表面での低温、凍結、強風の複合的な作用と考えられるが、局地的な風化促進 作用があった可能性は否定できない。 オ平成15年に本件マンションが建築されてから本件事故発生までの間、本件斜面において崩落の発生は確認されていない。(乙22の1・2、弁論の全趣旨)カ本件斜面は、平成23年11月22日に土砂災害警戒区域(土砂災害警戒 区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(以下「土砂災害防止法」という。)7条1項)に指定され、令和3年3月19日に土砂災害特別警戒区域(同法9条1項)に指定された。 2 争点及び争点に関する当事者の主張⑴ 被告の義務違反の有無 ア本件斜面を急傾斜地崩壊危険区域に指定して崩壊防止工事を施行するなどの適切な措置を講じる義務の有無及びその違反の有無(争点1)(原告らの主張)行政権限の不行使であっても、その不行使が、その権限を公務員に授権した法の趣旨に反するに至る事情があったために他人に損害を加えた場合に は、その権限を行使する義務を怠ったものとして違法となり、国又は公共団体は、その損害を賠償する責に任ずるものと解するべきである。 本件斜面は、道路からマンション1階地面部分までの高さが15.9メートル、擁壁部分の高さ る義務を怠ったものとして違法となり、国又は公共団体は、その損害を賠償する責に任ずるものと解するべきである。 本件斜面は、道路からマンション1階地面部分までの高さが15.9メートル、擁壁部分の高さが8.2メートル、角度80度、擁壁上端部からマンション1階地面部分までの崖部分の高さが7.7メートル、角度60度とな っている。本件斜面直下には、逗子市道が通り、本件斜面上部にはマンショ ンが存在している。 そうすると、本件斜面は、傾斜角が30度以上、高さ10メートル以上の傾斜地で、崩壊により人家密集地区で多数の家屋の倒壊等著しい被害のおそれがあるものとして、急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(以下「急傾斜地法」という。)3条の急傾斜地崩壊危険区域の指定基準を満たす し、また、被害のおそれのある家屋に関し移転適地がなく、事業費が至大であって地元が負担することが著しく困難な場合に当たるから、同法12条の急傾斜地崩壊防止工事の選択基準をも満たすものといえる。 そして、本件斜面は、国総研の担当者が目視で確認するだけで、脆く崩落の危険があることを看破できる状態であったから、被告において本件斜面の 崩落の危険について予見可能であったといえる。そうすると、被告が本件斜面を放置することは著しく不合理であるといえ、被告は本件斜面を急傾斜地崩壊危険区域に指定し、急傾斜地崩壊防止工事を実施すべき義務を負っていたものといえる。 そうであるにもかかわらず、被告は上記義務を怠ったから、国家賠償法1 条1項に基づく責任を負う。 (被告の主張)急傾斜地法3条において、急傾斜地崩壊危険区域を指定する際の要件の一つとして「この法律の目的を達成するために必要があると認めるとき」という抽象的・概括的な概念が用いられていること、「崩壊す 主張)急傾斜地法3条において、急傾斜地崩壊危険区域を指定する際の要件の一つとして「この法律の目的を達成するために必要があると認めるとき」という抽象的・概括的な概念が用いられていること、「崩壊するおそれのある急 傾斜地で、その崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるもの」など「おそれ」の有無の判断において行政庁の専門的・技術的判断が要求されていること、同条は都道府県知事が急傾斜地崩壊危険区域を指定することが「できる」旨規定していること、ある土地を急傾斜地崩壊危険区域に指定し私権の制限を課すべきか否かの判断において行政庁の専門 的・技術的判断が要求されていることに鑑みれば、ある土地について急傾斜 地崩壊危険区域の指定要件に該当するか否かの判断及び実際に指定するか否かの判断について、同法は都道府県知事の裁量を認めている。 したがって、急傾斜地法3条に基づく急傾斜地崩壊危険区域の指定権限の行使又は不行使は県知事の裁量行為であって、急傾斜地崩壊危険区域指定の作為義務は存しない。 そして、本件斜面については、傾斜度が30度以上で急傾斜地法2条1項にいう「急傾斜地」に該当し、高さも5メートルを超えることなどから昭和44年8月25日建設省河川局長通達の指定基準は満たすものの、急傾斜地法12条1項が急傾斜地崩壊工事について「制限行為に伴う急傾斜地の崩壊を防止するために必要な工事以外の工事」と定めていることから、被告は崖 の半分以上が石積擁壁で補強された人工斜面である本件斜面に対しては急傾斜地崩壊工事を実施できないこと、本件斜面は過去に崩落が発生したとの報告もなく、周辺に学校や高齢者福祉施設等の要配慮者利用施設が存するわけでもないこと、その崩落発生時点においてその所有者からの署名及び捺印のある要 施できないこと、本件斜面は過去に崩落が発生したとの報告もなく、周辺に学校や高齢者福祉施設等の要配慮者利用施設が存するわけでもないこと、その崩落発生時点においてその所有者からの署名及び捺印のある要望書の提出はなかったことといった事情から急傾斜地崩壊危険区 域の指定を行わなかったものであり、急傾斜地法の目的や趣旨に照らしても不合理なものとはいえない。 したがって、被告には急傾斜地法上の義務違反はない。 イ危険探知義務及び危険情報提供義務の有無及びその違反の有無(争点2)(原告らの主張) 土砂災害防止法によれば、都道府県は、国土交通大臣が定める基本指針に基づき、おおむね5年ごとに、基礎調査を実施し、その結果を関係のある市町村の長に通知するとともに、公表しなければならない(4条1項、2項)。危険箇所の情報を一般に提供する義務は、適切な基礎調査を前提としており、被告は、危険箇所探知義務を負っているといえる。 被告代表者知事は、被告の長として、土砂災害防止法7条に基づき、急 傾斜地の崩壊等によって市民の生命や身体に危険が生じるおそれがある区域について、土砂災害警戒区域(イエローゾーン)に指定する事務を処理しなければならない。また、被告代表者知事は、被告の長として、土砂災害防止法9条に基づき、土砂災害警戒区域のうち、急傾斜地の崩落等が発生した場合には建築物に損壊が生じ住民等の生命・身体に著しい危害が 生じるおそれがあると認められる土地の区域で、一定の開発行為の制限及び建築物の構造の規制をすべき土地の区域を土砂災害特別警戒区域(レッドゾーン)に指定する事務を処理しなければならない。 被告から委託を受けた調査会社は、本件事故の約3か月前である令和元年11月11日、本件斜面を含む一帯について、土砂災害特別警 特別警戒区域(レッドゾーン)に指定する事務を処理しなければならない。 被告から委託を受けた調査会社は、本件事故の約3か月前である令和元年11月11日、本件斜面を含む一帯について、土砂災害特別警戒区域に 指定するか否かにかかる調査を行った。さらに、本件事故の直前である令和2年1月20日、被告から委託を受けた業者が現地の再調査を行った。 しかし、上記各調査当時、既に本件斜面は被覆が必要なほどに風化しており、現地を見ればそのような状態であることを探知することが可能であったにもかかわらず、被告の委託により行われた上記各調査においては、 本件斜面の崩落の危険を探知することができなかった。また、被告は、本件敷地の所有者や管理者、直下の市道を管理する逗子市に対し、本件斜面の危険情報を提供することができなかった。これは、被告が、法が求める水準の基礎調査を怠っていたことを示すものである。 したがって、被告は法が求める水準の基礎調査を行わず、それにより危 険情報探知義務及び危険情報提供義務に違反したといえる。 (被告の主張)危険箇所の情報を住民に提供するに当たり、都道府県知事は基礎調査を実施し、その結果について公表するとともに、土砂災害警戒区域を指定する。その後、市町村長がハザードマップを作成し、市民への配布等必要な 措置を講じることになっている。基礎調査は、国の方針に基づいて調査を 行うものであって、被告には危険箇所を探知する義務はない。 本件斜面の土砂災害特別警戒区域指定に向けた基礎調査は、令和元年5月に株式会社間瀬コンサルタント(以下「間瀬コンサルタント」という。)と契約し、令和2年12月に業務が完了した。当該業務は、基本指針に基づき被告が作成した基礎調査マニュアル等に準拠して行われた。過去の土 株式会社間瀬コンサルタント(以下「間瀬コンサルタント」という。)と契約し、令和2年12月に業務が完了した。当該業務は、基本指針に基づき被告が作成した基礎調査マニュアル等に準拠して行われた。過去の土 砂災害に関する調査として、災害発生日時等、崩壊の規模、災害発生状況、人的被害の状況、降雨など過去の災害実態を整理したが、該当はなかった。 本件斜面に関わる現地写真は、令和2年1月10日に崖下市道から撮影したもの、同月20日に崖上から撮影したものがあるが、いずれも風化の状況は確認できない。被告による基礎調査時点では、地表面の状態は把握で きても、風化の進行は把握できず、必ず被覆を要する状態かどうかも判断できるものではなかった。 以上によれば、被告による基礎調査は、いずれも基本指針に沿った適正なものであり、本件斜面に対する基礎調査は土砂災害防止法の求める水準を満たしていたものであるから、被告には土砂災害防止法上の義務違反は ない。 ウ危険情報収集義務及び防災情報提供義務の有無及びその違反の有無(争点3)(原告らの主張)平時及び有事の際の行政機関による防災に関する情報提供について、災害 対策基本法49条の9や86条の7、51条、51条の2、56条、60条、61条などの規定や、土砂災害防止法8条、27条の規定が設けられていることからすると、被告代表者知事は、災害を予測、予報し又は災害に関する情報を迅速に伝達するため必要な組織を整備するとともに、災害に関する情報の収集及び伝達に努めなければならないとされている。また、消防組織法 38条により、被告代表者知事には消防に関する事項について市町村に対し 勧告、指導又は助言を行う権限が与えられている。 本件事故前日である令和2年2月4日、本件マンションの管理組合 法 38条により、被告代表者知事には消防に関する事項について市町村に対し 勧告、指導又は助言を行う権限が与えられている。 本件事故前日である令和2年2月4日、本件マンションの管理組合から管理業務を委託されていた管理会社の従業員Fは、本件敷地に亀裂を発見した旨の報告を受けて神奈川県横須賀土木事務所(以下「県土木事務所」という。)の担当者に連絡をした。同日、当該担当者の依頼を受けて、本件斜面の調査 を担当した下請業者である間瀬コンサルタントの担当者から従業員Fに対し連絡があり、本件斜面の調査は同年1月に実施済みであり、再調査の予定はない旨告げられた。従業員Fは、「気になるところがあるため、見に来てもらいたいのだが」と申し入れたが、再調査は行わない旨告げられた。 本件事故前日、本件斜面には崩落の前兆現象であるクラックが存在してお り、現場を確認していれば容易に崩落を予見し、本件事故による被害を防止することができたものであるところ、本件斜面が土砂災害特別警戒区域への指定替えが検討され調査されている斜面であることを知っていた県土木事務所の職員は、上記本件斜面の異常を知らせる現場担当者からの発報に対し、具体的な発問もせずに委託業者に対応を丸投げし、現場を確認しなかった。 かかる被告の対応は、危険情報の収集義務及び防災情報提供義務に違反するものといえる。 (被告の主張)本件事故の前日である令和2年2月4日時点では、管理会社から被告に対し、本件斜面の亀裂の存在については伝えられておらず、従業員Fが県土木 事務所に架電した同日時点では、従業員Fには崩落がすぐに起こるとの認識はなかった上、従業員Fによる問合せは本件斜面の調査日程を確認する趣旨のものであって、「気になるところがある」といった趣旨のやり取りは行わ 架電した同日時点では、従業員Fには崩落がすぐに起こるとの認識はなかった上、従業員Fによる問合せは本件斜面の調査日程を確認する趣旨のものであって、「気になるところがある」といった趣旨のやり取りは行われなかった。同日には降雨はなく、土砂災害警戒情報の発表もされていなかった。 以上によれば、同日時点で、亀裂の存在に触れることもなく行われた本件 斜面の調査日程を確認する趣旨の電話から、被告が本件斜面の異常を探知し、本件斜面下の道路管理者である逗子市に情報提供したり、現地確認等を行ったりすることは不可能であり、同日時点における本件斜面の崩落にかかる予見可能性もない。 したがって、被告は原告らが主張する防災情報提供義務を負っていたとは いえない。 ⑵ 損害(争点4)(原告らの主張)ア Aの損害 1億1793万4027円治療費 2050円 死体検案料 2万円火葬料 6万円納骨関連費用 6万4000円葬儀法要関係費用 430万4543円死亡慰謝料 2800万円 逸失利益 8548万3434円イ相続Aの相続人は、母である原告C、養父である原告B及び実父であるGであり、相続分は各3分の1であるところ、同人は、原告Cに対し、Aの相続にかかる相続分の全部を譲渡したから、Aの損害にかかる損害賠償請求権のう ち、原告Cがその3分の2相当額である7862万2684円、原告Bがその余の3931万1342円について、それぞれ相続した。 ウ原告Bの損害 4651万1342円慰謝料 300万円上記イの相続分 3931万1342円 弁護士費用 420万円 エ原告Cの損害 8978万2684円慰謝料 300万円上記イの相続分 7862万 謝料 300万円上記イの相続分 3931万1342円 弁護士費用 420万円 エ原告Cの損害 8978万2684円慰謝料 300万円上記イの相続分 7862万2684円弁護士費用 816万円オ原告Dの損害 110万円 慰謝料 100万円 弁護士費用 10万円(被告の主張)争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実等前記前提事実、関係法令の規定のほか、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。 ⑴ 崖崩れ災害の発生要因国内で昭和47年から平成30年までに発生した崖崩れ2万8712件の うち、降雨によるものは約90%、地震によるものは約4%、融雪によるものは約1%、要因が不明なものは約5%であった。(乙1)⑵ 本件事故発生日頃の本件斜面付近の気象状況ア逗子市では令和2年1月28日から29日にかけて連続雨量34ミリメートルの降雨があり、大雨注意報が発表されたが、それ以降はまとまった降 雨は観測されていなかった。(甲7)イ本件事故日の朝のアメダス(a)の日照時間の率は100%であった。(甲7)ウ本件事故当日には土砂災害警戒情報は発表されていなかった。 ⑶ 急傾斜地法上の急傾斜地崩壊危険区域の指定基準に関する規定 ア 「急傾斜地」とは、傾斜度が30度以上である土地をいう(2条1項)。 イ都道府県知事は、この法律の目的を達成するために必要があると認めるときは、関係市町村長の意見をきいて、崩壊するおそれのある急傾斜地で、その崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるもの及びこれに隣接する土地のうち、7条1項各号に掲げる行為が行われることを制限する必要がある土地の区域を急傾 それのある急傾斜地で、その崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるもの及びこれに隣接する土地のうち、7条1項各号に掲げる行為が行われることを制限する必要がある土地の区域を急傾斜地崩壊危険区域として指定する ことができる(3条1項)。 ウ急傾斜地崩壊危険区域の指定は、この法律の目的を達成するために必要な最小限度のものでなければならない(同条2項)。 ⑷ 昭和44年8月25日付け建設省河川局長通達における急傾斜地崩壊危険区域指定基準の記載(乙8・59頁) 急傾斜地法3条の規定による指定は、次の各号に該当するものについて行うものとする。 ア急傾斜地の高さが5メートル以上のものイ急傾斜地の崩壊により危害が生ずるおそれのある人家が5戸以上あるもの、又は5戸未満であっても、官公署、学校、病院、旅館等に危害が生ずる おそれのあるものなお、指定にあたっては、急傾斜地崩壊防止工事(都道府県営工事)を施行したもの、施行中のもの、もしくは施行するもの、災害を受けたもの、危険度の高いもの又は急傾斜地の崩壊により危害が生ずるおそれのある人家戸数の多いもの等について考慮の上、緊要なものから順次、すみやかに指定すること とされたい。 ⑸ 被告における急傾斜地崩壊危険区域指定の手続ア急傾斜地法上は、土地所有者による急傾斜地崩壊危険区域指定にかかる要望書の提出は同区域指定の要件とはされていないが、被告における運用では、指定する急傾斜地崩壊危険区域内の全ての土地所有者の署名及び捺印のあ る区域指定に係る要望書の受領を同区域指定の要件の一つとしている。(乙 7・第2章31頁)イ本件事故発生時において、本件敷地の所有者からの署名及び捺印のある要望書の提出はなく、周辺住民からの急 指定に係る要望書の受領を同区域指定の要件の一つとしている。(乙 7・第2章31頁)イ本件事故発生時において、本件敷地の所有者からの署名及び捺印のある要望書の提出はなく、周辺住民からの急傾斜地崩壊対策工事の施行の要望もなかった。 ⑹ 基礎調査に関する基本指針の定め(乙2・4頁) 土砂災害防止法3条1項に基づき国土交通大臣が定める基本指針において、土砂災害が発生するおそれがある土地に関する調査として行うべきものとして、以下の事項が定められている。 ア土砂災害が発生するおそれがある箇所の抽出地形図、航空写真等を用いて概略的に調査を行い、必要に応じ現地確認を 行うことにより、その位置の把握及び予想される土砂災害の発生原因の特定を行う。 イ地形、地質、降水、植生等の状況に関する調査急傾斜地の崩壊等が発生するおそれがある土地の区域の高さ、傾斜度、流域面積等の地形のほか、地質、降水、植生等の状況に関する調査を行う。 ウ土砂災害防止施設等の設置状況に関する調査土砂災害を防止する効果がある施設の設置状況に関する調査を行う。当該施設の土砂災害を防止する効果については、関係機関・部局の協力の下、適正な評価を行う。 エ過去の土砂災害に関する調査 上記アで把握した箇所及びその周辺で過去に発生した土砂災害に関して、その際の降雨量、急傾斜地の崩壊等の状況、被害の状況、土石等が到達し、又は堆積した範囲等について、過去の土砂災害の痕跡、土砂災害に関係のある地名等も参考にしつつ、調査を行う。 オ土砂災害が発生するおそれがある土地の区域の把握 以上の調査結果を踏まえ、急傾斜地の崩壊等が発生した場合に住民等の生 命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域の範囲を土砂災害警戒区 るおそれがある土地の区域の把握 以上の調査結果を踏まえ、急傾斜地の崩壊等が発生した場合に住民等の生 命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域の範囲を土砂災害警戒区域などにおける土砂災害防止対策の推進に関する法律施行令第2条に規定する基準に基づき把握する。 ⑺ 被告が実施した本件斜面にかかる基礎調査についてア土砂災害警戒区域指定のための基礎調査(乙9) 被告は、平成21年9月から平成23年3月にかけて土砂災害警戒区域指定のための基礎調査を実施した。 本件斜面にかかる上記調査においては、過去の土砂災害に関する調査として、災害発生の有無・日時、急傾斜地の崩壊等の自然現象の種類、気象名、降水量、被災状況など災害発生の状況が整理されたが、本件斜面につ いては該当がなかった。そのほか、土砂災害防止施設などの設置状況や地形地質状況、土地利用の状況、急傾斜地の植生状況等の調査も実施された。 また、平成22年6月11日には、土砂災害警戒区域の左端と右端を記録するため、崖下の市道から本件斜面の写真が撮影された。 被告は、平成23年11月22日、本件斜面を土砂災害警戒区域に指定 した。 イ土砂災害特別警戒区域指定のための基礎調査(乙10)被告は、間瀬コンサルタントに委託して、令和元年5月から令和2年12月にかけて土砂災害特別警戒区域指定のための基礎調査を実施した。 本件斜面にかかる上記調査においては、過去の土砂災害に関する調査と して、前記アと同様、災害発生日時等、崩壊の規模、災害発生状況、人的被害の状況、降雨量等が整理されたが、本件斜面については該当がなかった。そのほか、地形状況、地質状況、対策施設等状況、想定される崩壊土量・幅及び深さの調査も実施された。また、令和 災害発生状況、人的被害の状況、降雨量等が整理されたが、本件斜面については該当がなかった。そのほか、地形状況、地質状況、対策施設等状況、想定される崩壊土量・幅及び深さの調査も実施された。また、令和2年1月10日及び同月20日に、区域の範囲を記録するため、崖下の市道上及び崖上から本件斜 面の写真が撮影された。 被告は、令和3年3月19日、本件斜面を土砂災害特別警戒区域に指定した。 ウ上記各調査は、いずれも基本指針に基づき被告が作成した基礎調査マニュアル等に準拠して行われた。(乙9、10)エ上記各調査時において、本件斜面はいずれも樹木等の植生に覆われていた。 (乙9、10)⑻ 被告による土砂災害の危険性及び防災工事に関する周知ア被告は、平成23年11月の土砂災害警戒区域の指定に先立ち、同年5月に住民向けの説明会を開催し、土砂災害警戒区域指定予定箇所を着色した地図を配布するなどした。(乙17、18) イ被告は、平成23年11月22日に本件斜面を土砂災害警戒区域に指定し、その旨は、逗子市の土砂災害等ハザードマップにより周知されていた。(乙20)ウ被告は、そのホームページや上記ハザードマップにより、急傾斜地崩壊防止工事について、住民からの要望を受けて急傾斜地崩壊危険区域に指定され た区域の中で、工事実施基準を満たす場合に県が施行するものであることを周知していた。(乙19、20)⑼ 本件事故前日(令和2年2月4日)のやり取りア本件マンションの管理会社の従業員であるHは、午前10時頃、本件斜面の上に位置する平地部分に立ち入った際、地面に亀裂が入っていることに気 が付いた。従業員Hは、当該亀裂の写真を撮影し、同じく本件マンションの管理会社の従業員である従業員Fに報告した。(甲 斜面の上に位置する平地部分に立ち入った際、地面に亀裂が入っていることに気 が付いた。従業員Hは、当該亀裂の写真を撮影し、同じく本件マンションの管理会社の従業員である従業員Fに報告した。(甲20、乙22の1・2)イ従業員Hは、本件斜面を専門家に確認してもらった上で、当該亀裂の危険性について判断してもらいたいと考え、同年1月に本件斜面について県土木事務所による基礎調査が行われた際、調査の担当者が再度調査に来ると言っ ていたと記憶していたため、従業員Fに対し、県土木事務所に連絡するよう 依頼した。従業員Fは、その時点において、今日明日に崩落事故が起こるかもしれないとは全く思っていなかった。(甲19、20、乙22の1・2)ウ県土木事務所の職員であるIは、午前10時30分頃、従業員Fから、「マンションの管理人から急傾斜の調査に入ると口頭で聞いたので、本社(従業員F)としても調査について知りたいので日程か調査に入る業者を教えてほ しい」旨の問合せの電話を受けた。これに対し、Iは、問合せについて担当者に伝える旨回答した。(甲10)エ担当者である県土木事務所の職員のJは、基礎調査の委託業者である間瀬コンサルタントの担当者に対し、本件斜面についていつ調査を行ったのか、本件斜面の調査は完了しているのかについて確認したところ、間瀬コンサル タントの担当者は、調査は令和元年11月11日に完了している旨回答した。 (甲10)オ Jが、午前11時30分頃、従業員Fに架電して上記エの内容を伝えたところ、従業員Fは、間瀬コンサルタントが令和2年1月に再調査に来て、その時にもう一度来ると言っていた旨伝えた。Jは、間瀬コンサルタントの担 当者から聞いた話と、従業員Fの話の内容に相違があったことから、調査日程について間 タントが令和2年1月に再調査に来て、その時にもう一度来ると言っていた旨伝えた。Jは、間瀬コンサルタントの担 当者から聞いた話と、従業員Fの話の内容に相違があったことから、調査日程について間瀬コンサルタントに再確認する旨伝え、間瀬コンサルタントの担当者から従業員Fに対して直接電話してもよいか確認し、従業員Fの了承を得た。(甲10、19)カ間瀬コンサルタントの担当者は、午後4時頃、従業員Fに架電し、同年1 月20日の写真撮影をもって本件斜面の調査は終了している旨回答した。これに対し、従業員Fは、もし調査が終わっていなくてもう一度調査する機会があれば見てほしいところがある旨伝えたが、何を見るかについて具体的な話はせず、亀裂の存在については伝えなかった。間瀬コンサルタントの担当者は、従業員Fに対し、調査の結果次第で再度立入調査を行う可能性がある ため、その際は改めて調査日を連絡する旨伝え、従業員Fは了解した旨回答 した。(甲10、19)キ間瀬コンサルタントの担当者は、午後5時25分頃、Jに対し、従業員Fとの間の上記やり取りの内容を報告するメールを送信した。(甲10) 2 争点1(急傾斜地崩壊危険区域に指定して崩壊防止工事を施行するなどの適切な措置を講じる義務の有無及びその違反の有無) ⑴ 国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となる(最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4 号1032頁、最高裁令和3年5月17日第一小法廷判決・民集75 り被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となる(最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4 号1032頁、最高裁令和3年5月17日第一小法廷判決・民集75巻5号1359頁等参照)。 ⑵ 急傾斜地法は、急傾斜地の崩壊による災害から国民の生命を保護するため、急傾斜地の崩壊を防止するために必要な措置を講じ、もって民生の安定と国土の保全とに資することを目的とし(1条)、都道府県知事に急傾斜地崩壊危険 区域を指定する権限を付与しているところ(3条1項)、同項が規定する要件や同項の文言からすれば、同項は都道府県知事に急傾斜地崩壊危険区域の指定権限の行使について一定の裁量を与えているものと解されるから、本件斜面の崩壊の具体的危険が切迫して被告代表者知事がこれを予見し得たかなど、本件斜面に係る具体的事情の下において、被告代表者知事が本件斜面について急傾 斜地崩壊危険区域の指定権限を行使しなかったことが許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものと認められるかどうかを検討する。 ア本件斜面は、東北東向きの日当たりの悪い急傾斜面において、放射冷却及び強い季節風が相まって風化が促進され、崩落に至ったものであり、本件事故は乾湿、低温等による風化を主因として生じたものであるとする国総研の 現地調査に基づく所見があるところ(前提事実⑶エ)、風化を要因とする崖 崩れは国内で発生した崖崩れのうち5%にも満たないものである(認定事実⑴)。そして風化による崖崩れは、降雨や地震、融雪による崖崩れと異なり、その誘因となる現象が容易に認識できるものではなく、斜面の風化の度合いを調べるためには現地において目視以上に詳細な調査をすることが必要であると考えられるところ、本件斜面を含む本件敷地を管理し、本件斜面 の誘因となる現象が容易に認識できるものではなく、斜面の風化の度合いを調べるためには現地において目視以上に詳細な調査をすることが必要であると考えられるところ、本件斜面を含む本件敷地を管理し、本件斜面の状 況をよく知っているはずの本件マンションの管理会社のほか、本件マンションの住民や付近を通行する近隣住民等から被告に対して本件斜面の異常を知らせる連絡はなく(本件事故前日の従業員Fからの連絡が本件斜面の異常を知らせるものでなかったことは、認定事実⑼のとおりである。)、本件斜面において2回にわたり基礎調査が実施されたものの異常は見つからなかっ たことなどからすれば、本件事故発生の具体的な危険が切迫していたとしても被告代表者知事においてこれを予見することができたと認めるに足りる証拠はない。 原告らは、本件斜面は国総研の担当者が目視で確認するだけで脆く崩落の危険がある状態であることが看破できる状態であったなどと主張する。しか し、国総研の所見は、本件事故が現実に発生した後に、被告からの要請を受け、緊急的な対応等について技術的助言を行うに当たり、崩落後の本件斜面を現地踏査した上、本件斜面の地層、本件事故前の気象や地震のデータ、本件事故後の簡易動的コーン貫入試験の結果なども踏まえて、本件事故の主たる誘因として風化を挙げたものであって(甲7)、本件事故前における被告 代表者知事の予見可能性を示すものとはいえない。 イまた、仮に被告が本件斜面を急傾斜地崩壊危険区域に指定したとしても、崖崩れの発生を防止するためには、さらに本件斜面に対し急傾斜地崩壊防止工事を施行するなどの措置を講ずる必要があるところ、急傾斜地崩壊防止工事は、急傾斜地崩壊危険区域内の急傾斜地の崩壊を防止するための工事であ って(急傾斜地法2条3項)、都道府 急傾斜地崩壊防止工事を施行するなどの措置を講ずる必要があるところ、急傾斜地崩壊防止工事は、急傾斜地崩壊危険区域内の急傾斜地の崩壊を防止するための工事であ って(急傾斜地法2条3項)、都道府県は、急傾斜地崩壊防止工事のうち、同 法7条1項各号の制限行為に伴う急傾斜地の崩壊を防止するために必要な工事以外の工事で、当該急傾斜地の所有者、管理者若しくは占有者(以下「所有者等」という。)又は当該急傾斜地の崩壊により被害を受けるおそれのある者が施行することが困難又は不適当と認められるものを施行するものとされている(12条1項)。そして、急傾斜地崩壊危険区域内の土地の所有者 等に対しては、当該区域内の急傾斜地の崩壊が生じないよう努めなければならないとし(9条1項)、急傾斜地崩壊危険区域内における急傾斜地の崩壊による災害を防止するために必要があると認める場合においては、当該区域内の土地の所有者等に対し、急傾斜地崩壊防止工事の施行その他の必要な措置をとることを勧告することができることとしている(同条3項)。これら の規定によれば、急傾斜地法は、制限行為に伴って必要となった工事については責任の所在が明らかであるので、その責任ある者に工事を行わせるものとし、それ以外の急傾斜地崩壊防止工事(自然崖に対する工事)についても第一次的には所有者等が工事を施行すべきであるが、当該急傾斜地の所有者等が施行することが困難又は不適当なものについては、都道府県が工事を実 施することとしているものと解される。 本件斜面を含む本件敷地は私有地であり、被告は本件敷地の所有者等のいずれにも当たらない。そして、本件斜面は、その直下の道路から本件マンション1階地面まで約15.9メートルの高さがあり、そのうち道路から約8. 2メートルの高さまでは石積擁 被告は本件敷地の所有者等のいずれにも当たらない。そして、本件斜面は、その直下の道路から本件マンション1階地面まで約15.9メートルの高さがあり、そのうち道路から約8. 2メートルの高さまでは石積擁壁で覆われていたから(前提事実⑶イ)、本 件斜面はその半分以上が人工斜面であるといえ、残部についても本件マンション建築時の地質調査の対象とされていた(甲6)のであるから、被告が行う急傾斜地崩壊防止工事の対象であったと直ちにはいえない。 加えて、被告が本件斜面を急傾斜地崩壊危険区域に指定したとしても、急傾斜地の崩壊による災害を防止するため急傾斜地崩壊防止工事を施行する 必要があるのであれば、本件敷地の所有者等が自ら施行すべき立場にあると ころ、本件敷地の所有者等である本件マンションの住民らは、本件斜面が土砂災害警戒区域に指定され、その旨が周知されていたにもかかわらず、被告に対して急傾斜地崩壊防止工事の施行を要望していなかったこと(認定事実⑸イ、⑻ア、イ)なども踏まえると、被告が本件斜面につき急傾斜地崩壊危険区域に指定していれば急傾斜地崩壊防止工事が施行され、本件事故の発生 を防止することができていたとは認められない。 ウそして、原告らの主張を前提とすれば、本件マンションの住民らは、本件事故後、自ら補強工事を施行したものであるところ、かかる事実によれば、本件事故前に本件マンションの住民らにおいて本件斜面の補強工事を施行することが困難であったとはうかがわれず、これを認めるに足りる証拠はな い。 そうすると、本件マンションの住民らが自ら本件事故の発生を防止することが困難であり、被告に権限の行使を期待せざるを得ない事情があったとはいえない。 エ以上によれば、急傾斜地法の趣旨、目的や、急傾斜地崩壊危険区域を指 ションの住民らが自ら本件事故の発生を防止することが困難であり、被告に権限の行使を期待せざるを得ない事情があったとはいえない。 エ以上によれば、急傾斜地法の趣旨、目的や、急傾斜地崩壊危険区域を指定 する権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、被告が本件斜面を急傾斜地崩壊危険区域に指定せず、急傾斜地崩壊防止工事を施行しなかったことが、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものとはいえず、国家賠償法1条1項の適用上違法となるとは認められない。 3 争点2(危険探知義務及び危険情報提供義務の有無及びその違反の有無) 原告らは、被告が基本指針に基づき、土砂災害警戒区域及び土砂災害特別警戒区域の指定等のために基礎調査を実施すべきものとされているところ(土砂災害防止法4条1項)、被告が実施した基礎調査においては本件斜面の崩落の危険を探知することができなかったことから、上記基礎調査は法が求める水準を満たしておらず、危険情報探知義務及び危険情報提供義務に違反したと主張する。 土砂災害防止法によれば、基礎調査は急傾斜地の崩壊等のおそれがある土地に 関する地形、地質、降水等の状況及び土砂災害の発生のおそれがある土地の利用の状況その他の事項に関して行うものとされているところ(4条1項)、基本指針においては、調査を行うべき事項がより具体的に規定されている(認定事実⑹)。 本件斜面にかかる土砂災害警戒区域の指定に向けた調査においては、過去の土砂災害に関する調査が行われたが、本件斜面については該当がなかった(認定事 実⑺ア)。土砂災害防止施設などの設置状況や土地利用の状況、急傾斜地の植生状況等についても調査が実施された(同⑺ア)。また、本件斜面にかかる土砂災害特別警戒区域の指定に向けた調査においても、上記 実⑺ア)。土砂災害防止施設などの設置状況や土地利用の状況、急傾斜地の植生状況等についても調査が実施された(同⑺ア)。また、本件斜面にかかる土砂災害特別警戒区域の指定に向けた調査においても、上記と同様に過去の土砂災害に関する調査が行われたが、本件斜面については該当がなく、そのほか、地形状況、地質状況、対策施設等状況、想定される崩壊土量・幅及び深さの調査も実施 された(認定事実⑺イ)。 原告らは、本件事故直後に行われた国総研による現地調査の結果、本件斜面について「土層深(厚)が周辺の基準よりやや小さく、植生が貧弱であったため、風化防止作用が不十分」とされ、「崩落した斜面と同様の風化促進が想定される箇所について、点検等の対応を図ることが必要」「崩落部分については、斜面に残 存する土砂を除去し、風化防止のため、被覆することが必要」とされたこと、かかる調査は国総研の職員が目視を中心に行ったことから、本件斜面は本件事故以前の基礎調査時において既に風化による被覆が必要な状態であって、同時点においてそのような状態であることを探知できなかった以上、被告の基礎調査は法の求める水準を満たさないものであったと主張するが、前記のとおり、国総研によ る調査は、本件事故を受けて崩落した斜面の状況を確認し緊急的な対応等について助言を行ってほしい旨の被告からの要請を受けて実施されたものであり(前提事実⑶ウ)、国総研の職員が確認したのは崩落後の崩落面が露出した斜面(甲7・5頁)であって、崩落前の基礎調査時の植生に覆われた斜面(認定事実⑺エ)とは目視により確認できる範囲が大きく異なっていたといえる。そうすると、国総 研の調査時に目視により風化の状況を確認できたとしても、そのことをもって基 礎調査時においても同様に容易に風化の状況を確認 り確認できる範囲が大きく異なっていたといえる。そうすると、国総 研の調査時に目視により風化の状況を確認できたとしても、そのことをもって基 礎調査時においても同様に容易に風化の状況を確認することができたとはいえない。これに加え、前記の基礎調査の実施内容からすれば、被告による基礎調査が法の求める水準を満たさないものであったと認めるに足りる証拠はない。 したがって、争点2に関する原告らの主張は採用できない。 4 争点3(危険情報収集義務及び防災情報提供義務の有無及びその違反の有無) 原告らは、本件事故前日、本件斜面が土砂災害特別警戒区域への指定替えが検討され調査されていることを知っていた被告の職員が、現場管理者である従業員Fから本件斜面の異常を知らせる連絡を受けたにもかかわらず、具体的な発問もせずに委託業者である間瀬コンサルタントに対応を丸投げし、現場を確認しなかったことが危険情報収集義務違反及び防災情報提供義務違反に当たると主張す る。 しかし、原告らの上記主張は、従業員Fが県土木事務所又は間瀬コンサルタントに対し本件斜面の異常を知らせたことを前提とするものであるところ、前記認定事実⑼によれば、本件事故前日の従業員Fによる県土木事務所及び間瀬コンサルタントへの連絡は、間瀬コンサルタントが再調査に来ると言っていたとの記憶 があった従業員Hによる提案を契機として、本件斜面の再調査の日程を確認することを目的としてされたものであり、従業員Fが県土木事務所又は間瀬コンサルタントに対して伝えた内容は「県土木事務所による調査が終わっていなくて再調査が来るのであれば見てもらいたいところがある」というものであったと認められる。別件訴訟における従業員Fの供述(甲19)によっても、間瀬コンサルタ ントに対し「気に 調査が終わっていなくて再調査が来るのであれば見てもらいたいところがある」というものであったと認められる。別件訴訟における従業員Fの供述(甲19)によっても、間瀬コンサルタ ントに対し「気になるところがあるので見に来てもらいたい」といった発言がされたかは不明確であって、そのような発言がされたことを認めるに足りる証拠はない。 そして、国内の崖崩れの約90%が降雨を要因として発生したものであるところ(認定事実⑴)、本件斜面のある逗子市においては、本件事故発生の数日前に大 雨注意報が出されるほどの降雨があったものの、それ以降はまとまった降雨はな かったこと(認定事実⑵ア)、それまで本件斜面において崩落は確認されていなかったこと(前提事実⑶オ)などの事実によれば、本件事故前日には本件斜面について崖崩れの発生の危険が切迫していることを疑わせる具体的な事情はなかったものといえる。そのような状況下において、亀裂の存在に触れることなくされた再調査の日程に関する問合せを受けたとしても、かかる問合せの内容それ自 体は必ずしも本件斜面に異常が存することを前提とするものではない上、亀裂のように一般的によく知られた斜面の崩壊の前兆現象があるのであれば、それをまず伝えるのが通常と考えられるところ、問合せをした従業員Fは、亀裂が本件事故のような崩落事故に繋がるものであるとは全く思っておらず、その亀裂の存在について全く伝えていないから(認定事実⑼イ、カ)、当該問合せを受けた者にお いて本件斜面の異常を認識することはできず、さらに詳しく本件斜面の状態について積極的に聞き出さなかったことが不合理とはいえないし、本件事故の発生を具体的に予見することができたとはいえない。 そして、被告においては、平成23年11月22日には本件斜面を土砂 の状態について積極的に聞き出さなかったことが不合理とはいえないし、本件事故の発生を具体的に予見することができたとはいえない。 そして、被告においては、平成23年11月22日には本件斜面を土砂災害警戒区域に指定して公表しており、ハザードマップ等による危険周知も行われてい た(認定事実⑻ア、イ)。 そうすると、被告において危険情報収集義務があったとしてもその違反は認められず、防災情報提供義務違反も認められない。 5 以上によれば、被告にいずれの義務違反も認められないから、争点4につき判断するまでもなく、原告らの請求には理由がない。 第4 結論よって、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。 横浜地方裁判所第8民事部 裁判長裁判官中山雅之 裁判官井黒初音 裁判官平田晃史は、転補のため、署名押印することができない。 裁判長裁判官中山雅之

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