平成22(わ)2160 殺人,現住建造物等放火被告事件

裁判年月日・裁判所
平成24年3月15日 大阪地方裁判所
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判決文本文52,060 文字)

- 1 - 主文 被告人は無罪。 理由 第1 本件公訴事実本件公訴事実の要旨は,被告人は,(1) 平成14年4月14日午後3時30分頃から同日午後9時40分頃までの間に,大阪市a区b丁目c番d号所在の本件マンション306号室(以下,単に「306号室」ということがある。)のA方において,その妻B(当時28歳)に対し,殺意をもって,同所にあったナイロン製ひもでその頸部を絞め付けるなどし,よって,そのころ,同所において,同女を頸部圧迫により窒息死させて殺害し,(2) 上記(1)記載の日時場所において,A及びB夫婦の長男であるC(当時1歳)に対し,殺意をもって,同所浴室の浴槽内の水中にその身体を溺没させるなどし,よって,そのころ,同所において,同児を溺死させて殺害し,(3) 本件マンションに放火しようと考え,同日午後9時40分頃,306号室6畳間において,同所にあった新聞紙及び衣類等にライターで火をつけ,その火を同室の壁面及び天井等に燃え移らせ,よって,Aらが現に住居として使用する本件マンションのうち306号室の壁面及び天井等を焼損し,もって,本件マンションを焼損した,というものである(以下,これを「本件事件」ということがある。)。 第2 争点及び審理経過 1 争点被告人は,Aが子供の頃にその実母Dと婚姻し,養父(昭和56年11月養子縁組)としてAを育て,かつては,同居するDと共に,A家族との交流があったが,Aの借金問題,女性問題等をきっかけに,A家族との関係は悪化し(Aは一方的に平成13年10月30日付け協議離縁の届出をしている。),A家族が平成14年2月末(以下,月日のみ記載しているものは,平成14年の出来事である。)に本件マンションに転居した際には,その住所を知らされていなかった。本件公訴事実となって の届出をしている。),A家族が平成14年2月末(以下,月日のみ記載しているものは,平成14年の出来事である。)に本件マンションに転居した際には,その住所を知らされていなかった。本件公訴事実となっている事件は,Aの留守中に発生したもので,火災の消火活動に際してBとCの遺体が発見されたことから- 2 -発覚した。 上記公訴事実につき,検察官は,その指摘する多くの間接事実を総合すれば被告人の犯人性は優に認定できる旨主張するのに対し,被告人は,本件事件当日まで事件現場である本件マンションにA家族が住んでいたことを知らず,本件事件当日及びそれ以前を含めて,その敷地内にも立ち入ったことはないと主張し,弁護人は被告人が犯人であることを争っている。争点は,被告人の犯人性である。 2 被告人に対する裁判の推移(1) 平成17年8月3日に言い渡された差戻し前第1審判決は,本件マンションの道路側にある階段の1階から2階に至る踊り場の灰皿(以下「本件灰皿」という。)内から,本件事件の翌日にたばこの吸い殻72本が採取され,その中に被告人が好んで吸っていた銘柄(ラークスーパーライト)の吸い殻が1本(以下「本件吸い殻」という。)あり,これに付着していた唾液中の細胞のDNA型が,被告人の血液中のそれと一致していることなどから,被告人が,本件事件当日に本件マンションに赴いた事実を認定できるとし,その他の証拠上認定できる被告人の犯人性を推認させる幾つかの間接事実が,相互に関連し合ってその信用性を補強し合い,推認力を高めており,結局,被告人が本件犯行を犯したことについて合理的な疑いをいれない程度に証明がなされているとして,ほぼ上記公訴事実と同じ事実を認定し,被告人を無期懲役に処した。 平成18年12月15日に言い渡された控訴審判決は,被告人の控訴趣意のうち,事実誤 的な疑いをいれない程度に証明がなされているとして,ほぼ上記公訴事実と同じ事実を認定し,被告人を無期懲役に処した。 平成18年12月15日に言い渡された控訴審判決は,被告人の控訴趣意のうち,事実誤認の主張については差戻し前第1審判決の判断がおおむね正当であるとした上,同判決が認定した罪となるべき事実を前提に,検察官が主張する量刑不当の控訴趣意に理由があるとして,同判決を破棄し,被告人を死刑に処した。 (2) 以上に対し,平成22年4月27日に言い渡された上告審判決は,差戻し前第1審判決及び控訴審判決は,被告人の犯人性推認の間接事実に関して十分な審理を尽くさず,その結果事実を誤認した疑いがあるとして,これらを破棄し,更に審理を尽くさせるために大阪地方裁判所に差し戻した。その理由の要旨は,以下のとおりである。 ア状況証拠によって事実認定すべき場合は,状況証拠によって認められる間接事実- 3 -中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。 イ差戻し前第1審判決による間接事実からの推認は,被告人が,本件事件当日に本件マンションに赴いたという事実を最も大きな根拠とする。その事実が認定できるとする理由の中心は,本件吸い殻に付着していた唾液中の細胞のDNA型が,被告人の血液中のそれと一致した事実からの推認である。この点について,被告人は,差戻し前第1審当時から本件吸い殻が,携帯灰皿を経由してBによって捨てられた可能性があると反論し,控訴趣意においても同様の主張をしていたところ,原判決は,本件吸い殻の形状等からその可能性はないとした。しかし,その形状等から本件吸い殻が携帯灰皿を経由して捨てられた可能性を否定することはできな し,控訴趣意においても同様の主張をしていたところ,原判決は,本件吸い殻の形状等からその可能性はないとした。しかし,その形状等から本件吸い殻が携帯灰皿を経由して捨てられた可能性を否定することはできないし,本件吸い殻は,本件事件翌日に撮影された写真において既に茶色っぽく変色していることがうかがわれ,この変色は,本件吸い殻が捨てられた時期が本件事件当日よりもかなり以前の事であった可能性を示すものとさえいえる。この問題点について,原判決の説明は採用できず,本件吸い殻が携帯灰皿を経由して捨てられた可能性を否定する原審の判断は不合理であり(差戻し前第1審判決が上記可能性を排斥する理由も採用できない。),DNA型の一致からの推認について,差戻し前第1審及び原審において,審理が尽くされているとは言い難い。 そうすると,その他の間接事実の評価如何にかかわらず,被告人が本件事件当日に本件マンションに赴いたという事実は認定できない。 ウ仮に,被告人が,本件事件当日に本件マンションに赴いた事実が認められたとしても,差戻し前第1審判決で認定された他の間接事実を加えることによって,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明できない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が存在するとまでいえるかどうかにも疑問がある。 エ本件事案の重大性からすれば,上記観点に立った上で,差戻し前第1審が有罪認定に用いなかったものを含め,他の間接事実についても更に検察官の立証を許し,これらを総合的に検討することが必要である。 - 4 -(3) 当審での審理の概略ア当裁判所は,上告審判決が指摘した点を踏まえた審理を進めるため,本件を期日間整理手続に付した。 イ検察官は,証明予定事実記載書面において,本件は,被害者に近しい関係にある者による犯行であり,その中 裁判所は,上告審判決が指摘した点を踏まえた審理を進めるため,本件を期日間整理手続に付した。 イ検察官は,証明予定事実記載書面において,本件は,被害者に近しい関係にある者による犯行であり,その中で犯行の機会が認められるのは被告人のみであること,被告人は,本件事件当日,本件マンションに赴き,306号室に立ち入ったこと,そのことを被告人が合理的な理由なく殊更に否認していることといった事実の他,被告人が犯人であることを示す複数の間接事実を指摘した上,このように複数の間接事実が重なり合うこと自体,被告人が犯人でないとするならば合理的に説明できない事実であると主張し,本件吸い殻の変色の原因や被告人が306号室に立ち入ったことを推認させる事実などに関して,新たな証拠の取調べを請求した。 ウ当裁判所は,上告審判決がDNA型の一致からの推認について十分な審理が尽くされていないと指摘したことや本件の証拠構造に鑑み,本件吸い殻の変色の原因,本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性の有無,及び被告人が本件事件当日に306号室に立ち入ったことを推認させる事実に関して証拠調べを行った(なお,検察官請求証拠の一部を却下したが,その理由は適宜後述する。)。 (4)証拠の紛失アところで,上告審判決は,DNA型の一致からの推認について審理が尽くされているとはいい難いとする事情の一つとして,本件灰皿に存在したたばこの吸い殻の中には,Bが吸っていたたばこと同一の銘柄(マルボロライト〔金色文字〕)のもの4個が存在し,これらの吸い殻に付着する唾液等からBのDNA型に一致するものが検出されれば,Bが携帯灰皿の中身を本件灰皿内に捨てた可能性が極めて高くなるのに,この点について鑑定等を行ったような証拠が存在しないことを指摘していた。 イしかし,当審における最初の打 するものが検出されれば,Bが携帯灰皿の中身を本件灰皿内に捨てた可能性が極めて高くなるのに,この点について鑑定等を行ったような証拠が存在しないことを指摘していた。 イしかし,当審における最初の打合せ期日(平成22年7月13日)において,上記たばこの吸い殻は,差戻し前第1審当時において既に紛失していたことが検察官によって明らかにされた。本件灰皿内から採取されたたばこの吸い殻を含めた現場資料等は,- 5 -当時捜査本部が設置されていた大阪府a警察署内において保管されており,平成14年12月18日から検証調書添付の採取資料一覧表との照合作業が行われていたところ,同月22日には存在が確認されていた上記吸い殻の入った段ボール箱1箱が,同月25日午前11時頃には無くなっていることが判明し,その後捜索が行われたものの,前記段ボール箱は未発見のままである,というのが捜査官による紛失の経緯についての説明であり,当審公判における証拠調べの結果によっても,それに副う事実が認められる。 ウしたがって,上告審判決の指摘にもかかわらず,本件灰皿内に存在したたばこの吸い殻に付着する唾液等に含まれる細胞のDNA型等の鑑定は,これを実施することができなかった。 第3 当裁判所の判断当裁判所は,被告人が,本件事件当日,306号室に立ち入ったとの事実は認定できず,本件マンションへ赴いたとの事実についても,本件吸い殻が携帯灰皿を経由してBによって捨てられたものである可能性が高いとさえいえることからすると,合理的な疑いを差し挟む余地のない事実として認定することは著しく困難であると判断した。そして,検察官が主張するその他の間接事実は,被告人の犯人性を推認させるものとして強力な証明力を有するということはできず,状況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でな であると判断した。そして,検察官が主張するその他の間接事実は,被告人の犯人性を推認させるものとして強力な証明力を有するということはできず,状況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれているといえるかについても疑問が残ると判断した。 以下,検察官の主張に即し,結論に至る過程を説明する。 第4 被告人が本件事件当日に306号室内へ立ち入ったとの事実について検察官は,①306号室に入ったことがないと述べている被告人が,本件事件当日における306号室内の様子を知っていたこと,②被告人が本件事件当日に履いていた靴内から,306号室で飼われていた犬の毛とその細胞のDNA型が一致する犬の毛が採取されたこと等4つの事実関係を指摘し,被告人が本件事件当日に306号室内に立ち入ったと主張する。 - 6 - 1 被告人が本件事件当日における306号室内の様子を知っていたことについて検察官は,本件事件当日から2か月余り後の平成14年6月16日の取調べの際に被告人が作成した306号室内の図面(以下「本件現場室内図」という。)の記載内容や,306号室内の家具の配置等についての被告人とのやり取りに関するA供述などからすると,306号室に入ったことがないと述べている被告人が,306号室内の家具の配置等を知っていたという事実が認められ,このことは被告人が306号室内に立ち入った事実を推認させると同時に,被告人が犯人でないとすれば,合理的に説明できず,あるいは説明することが著しく困難な事実である旨主張する。 (1)関係証拠によれば,以下の事実が認められる。 ア 306号室内の間取り等306号室は,別紙1「見取図」【省略】のとおり,台所 ,あるいは説明することが著しく困難な事実である旨主張する。 (1)関係証拠によれば,以下の事実が認められる。 ア 306号室内の間取り等306号室は,別紙1「見取図」【省略】のとおり,台所のある板の間(以下「ダイニングキッチン」という。),6畳間,4.5畳間,浴室,便所によって構成され,ダイニングキッチン北西角部分は玄関土間となっており,鉄製の玄関ドアを介して同室北側に東西に延びる通路に繋がっている。浴室及び便所はダイニングキッチンの西側に配置されている。ダイニングキッチンの南側は,6畳間(東側)と4.5畳間(西側)が東西に並んでおり,それらの二つの部屋が南側のベランダに面していた。 イ本件事件後の306号室内の状況別紙1「見取図」記載のとおり,本件事件直後,306号室内のダイニングキッチンと6畳間の境の6畳間側には,横の長さ160㎝,縦の長さ70㎝,背もたれの高さ80㎝のソファー(以下「本件ソファー」という。)が座面を南側に向けた状態で東西方向に置かれており,その南側には座卓が置かれていた。 ウ Aが仕事に出掛ける際の306号室内の状況本件事件当日の朝,Aが仕事に出掛ける際,本件ソファーは,306号室のダイニングキッチンに,その南端が6畳間北西角にかかる状態で,座面をダイニングキッチン北東隅に置かれたテレビに向ける形で南北方向に置かれ,座卓は,本件ソファーとテレビとの間に置かれていた。 - 7 -エ 306号室内の様子に関するAと被告人とのやり取り及び本件現場室内図が作成されるまでの経緯306号室内の様子に関するAと被告人とのやり取りについては,Aと被告人の供述に食い違いがある。しかし,概ね以下の事実は認定できる。 (ア) Aは,Bらの葬式のあった日である4月17日から,被告人方で,被告人及びDと同居するよう 告人とのやり取りについては,Aと被告人の供述に食い違いがある。しかし,概ね以下の事実は認定できる。 (ア) Aは,Bらの葬式のあった日である4月17日から,被告人方で,被告人及びDと同居するようになった。 (イ) 被告人は,同日以降間もない時期に,Aから306号室の間取り等の簡単な説明を受けた。 (ウ) 被告人は,5月4日,第1回目のポリグラフ検査を受けた際,Aから伝え聞いた話の内容として,「位置はよく分からないが,その位置にソファがあったはずだ」と説明しながら,別紙2「質問票⑴の提示図」【省略】のとおり,ソファーの位置として図面の中央やや左寄りにやや縦長の楕円形を記載した。 (エ) 被告人は,ポリグラフ検査後,Aとの間で306号室内の家具の配置等に関して会話を交わした。その際,Aは,被告人の顔色を見る思いもあって,ソファーは横向き(東西方向)に置いていたことや6畳間や4.5畳間のカーテンの色は茶色かベージュだったことなど,自己の認識とは異なる事実を伝えた。 (オ) 被告人は,5月8日,捜査官に対し,Aや勤務先の同僚から伝え聞いた話や新聞報道から知ることになったという306号室内の様子やBらが死亡していた状況を説明する中で,Aから「Bは整理ダンスの上に五月人形のかぶとを飾るようなことを言っていたが,飾っていたかどうか分からない。」と聞かされていたので,「かぶとについては当然飾っているものと思っていた」ため,ポリグラフ検査のときには,「木目調の整理ダンスの上に飾っていると説明した」などと述べた。 (カ) 被告人は,6月16日,捜査官から306号室内の様子を書くよう提案されたことを受けて,ポリグラフ検査を受けた日の前後頃,Aから聞かされたり,生前Bと電話で会話した際に聞かされたりしたことから知ったり推測した306号室内の様子として本 6号室内の様子を書くよう提案されたことを受けて,ポリグラフ検査を受けた日の前後頃,Aから聞かされたり,生前Bと電話で会話した際に聞かされたりしたことから知ったり推測した306号室内の様子として本件現場室内図を作成した。本件現場室内図の内容は,別紙3【省略】のとおりで- 8 -ある。 オなお,被告人は,本件事件後,306号室に立ち入ったことはない。 (2)ア検察官は,本件現場室内図のソファー①の位置は,本件事件発生直後に本件ソファーが置かれていた位置と符合しており,このような記載ができるのは,本件事件当日に306号室に入った者以外に考えられないと主張する。 (ア) この点,確かに,本件ソファーが本件事件当日に移動していたことは,Aも知らなかった事実であるから,被告人がその移動先と符合する位置にソファー①を記載している事実は,被告人が,本件事件当日,306号室内に入ったと推認する方向に考慮してよい事実に見える。 (イ) しかし,本件事件後,被告人がポリグラフ検査を受けるまでの間に,Bがベランダ近くの居間で首にひもが巻き付けられた状態で死亡していたことや,ひもの一部がたんすの上部に残っていたことなどが報道されており,Aは,ポリグラフ検査後の被告人に対し,本件ソファーを横向き(東西方向)に置いていたことや,Bがソファーにしがみついて死んでいたことを話している。上記報道やAの説明を総合すると,ソファーはたんすが置いてある畳の部屋に横向き(東西方向)にして置いてあったと推測してもおかしくない。 また,本件現場室内図の6畳間を示す場所には「畳の部屋(布団万年床状態で3人川の字で寝ていた)」との記載がある。被告人が,Aの説明を受けて,本件ソファーは畳の部屋と台所を区切るものとして置かれていたと推測したとしても不自然ではない。ソファー①の上 屋(布団万年床状態で3人川の字で寝ていた)」との記載がある。被告人が,Aの説明を受けて,本件ソファーは畳の部屋と台所を区切るものとして置かれていたと推測したとしても不自然ではない。ソファー①の上部に「背中側?」とわざわざ「?」を記載しているのは,ソファーをそのようなものと理解したことの表れとみることができる。 被告人が本件現場室内図にソファー①を記載したのは,被告人が6月16日の取調べの際に述べていたように事前に得ていた情報やポリグラフ検査後にAから受けた説明を手掛かりに,ソファーの位置を推測したからだとみる余地は十分にある。 (ウ) 検察官は,Aの説明内容等からすれば,ソファーはダイニングキッチンに置かれていたと理解するはずであり,6畳間に置かれていたと勘違いすることなどあり得- 9 -ないなどと主張する。 しかし,Aは,特に図面等を用いることなく説明していたというのであり,被告人がAの説明を勘違いする状況があったことはA自身が認めるところである。被告人が勘違いすることなどあり得ないとはいえない。 加えて,Aは,ポリグラフ検査後の被告人に306号室内の様子を説明する際,いくつかうそをついていることがうかがわれる。うそを作出する過程で頭に思い描いた内容と実際にした説明の内容との間で混乱が生じ,記憶に変容が生じることはありうることである。したがって,Aの証言態度が真摯であるとか,捜査段階から一貫しているからといって,その供述内容をそのまま事実として認定することは危険である。また,Aが9年以上も前のことになる被告人に対する説明内容の詳細を記憶しているかどうかは疑わしい。実際,Aは,Bがソファーにしがみついて死んでいたとうその説明をしたことを記憶していないし,カーテンの色が茶色系かベージュだとうその説明をしたことで,4.5畳間のカーテ しているかどうかは疑わしい。実際,Aは,Bがソファーにしがみついて死んでいたとうその説明をしたことを記憶していないし,カーテンの色が茶色系かベージュだとうその説明をしたことで,4.5畳間のカーテンの色についての記憶がすり替わってしまっていることがうかがわれる。 (エ) 以上によれば,本件現場室内図にソファー①の記載があるからといって,被告人が本件事件当日に306号室内に立ち入ったと推認することはできない。 イまた,検察官は,本件現場室内図のソファー②,冷蔵庫,トイレ,洗面,風呂,靴箱等の記載が,本件事件当日の朝までの306号室の状況と符合しているのは,被告人が本件事件当日に306号室内に入り,その状況を目にしたからだと主張する。 (ア) しかし,前記のとおり,Aは,本件事件の3日後である4月17日から,被告人方において被告人及びDと同居するようになっていたところ,関係証拠によれば,本件事件の翌日から2週間後までには,Bが306号室のベランダ近くの居間でその首に細いひもが二重に巻かれた状態で死亡していたことや,Cは服をきたまま玄関脇の風呂場の浴槽の水に浮かんでいるところを発見されたこと,部屋の鍵も無くなっていたことなどが報道されていたことが認められる。被告人,A及びDが,本件マンションにおけるAらの生活状況を話題にし,犯人像や殺害方法などを話し合う過程で,306号室- 10 -内の間取りや家具等の配置を話題にしていたとみても不自然ではない状況が認められる。 こうした状況を踏まえれば,本件事件当日に被告人が306号室内に立ち入っていなかったとしても,本件現場室内図を作成することは十分可能である。 (イ) 例えば,ソファー②の位置についてみると,台所南東角にはテレビが置かれており,本件事件当日の朝まではテレビとソファーの間に座卓が置か としても,本件現場室内図を作成することは十分可能である。 (イ) 例えば,ソファー②の位置についてみると,台所南東角にはテレビが置かれており,本件事件当日の朝まではテレビとソファーの間に座卓が置かれていたのであるから,Aらの家族はソファーに座ってテレビを見ていた様子がうかがえる。Aが本件マンションでの生活状況を話題にする中で,テレビや座卓の位置を口に出すことはありうることであるから,そうした話を手掛かりに,被告人が,ソファーに座ってテレビを見る位置としてソファー②の位置を推測したとみても不自然ではない。この点,被告人は,ソファー②の位置を特定した理由として,当時Aが説明した家具の配置から推測した旨述べるが,この被告人の供述は,上記状況に副うものであり,虚偽であるとして排斥することは困難である。冷蔵庫の位置についても,本件マンションにおけるAらの生活状況を話し合う中で,その位置が話題にのぼったとみる方がよほど自然であり,冷蔵庫の位置をAから聞いたという被告人の供述は排斥できない。検察官が主張するように,物色を装う偽装工作を行ったために冷蔵庫が印象に残っていたというのであれば,同じように偽装のために扉が開けられていたとされる電子レンジや台所の扉の位置が書き込まれていないことを説明する必要がある。 (ウ) また,トイレ,洗面,風呂,靴箱の位置及び鍵の置き場所についても上記で指摘したところと同様である。Cが発見されたのは風呂場であるし,Aらの飼い犬はトイレ内から発見されている。Bの首にひもが巻き付いていたことや306号室の部屋の鍵が見付かっていないことも報道されていたのである。Aと被告人らとの間で,上記状況に関連した場所としてトイレ,洗面,風呂の場所,犬のリードや鍵及びその置き場所が話題になっていたとみても不自然ではない。Aが「手洗い場」とし とも報道されていたのである。Aと被告人らとの間で,上記状況に関連した場所としてトイレ,洗面,風呂の場所,犬のリードや鍵及びその置き場所が話題になっていたとみても不自然ではない。Aが「手洗い場」として説明したとしても,これを聞いた被告人が「洗面」の趣旨として理解し,記憶したとしても不思議ではない。Aは,そのような話題を被告人の前でしたことを否定するが,その供述内容は,上記状況とは整合的でない。 - 11 -(エ) なお,検察官は,本件現場室内図に「靴箱か何か」と記載されていることを指摘して,被告人が306号室に入ったことの証左であると主張する。しかし,関係証拠によれば,306号室内の靴箱は,靴が入れられた状況を見れば,靴箱といって全くおかしくない形状である。306号室に立ち入って靴箱を見た者が「靴箱か何か」と記載する方が不自然である。この靴箱は実際には3段ボックスと2段ボックスを縦に並べたものである。被告人が「靴箱か何か」と記載したのは,Aからそのような説明を受けたからだとみる方がよほど自然である。 ウさらに,検察官は,本件現場室内図に被告人が推測したものとして記載したカーテンの色が,306号室の6畳間と4.5畳間に吊られていたカーテンの色と同じであるのは,被告人が,本件事件当日,306号室に入ってカーテンを見たからだと主張する。 (ア) しかし,この点について,被告人は,捜査段階からAらの前住居で見たカーテンと同じものを使用しているのだと推測してカーテンの色は青色だと思っていたと述べている。どの部屋に吊られていたものかはさておくとして,Aらの前住居では実際に青色のカーテンが吊られていたのであるから,被告人の上記推測は特段不自然ではなく,その供述は排斥しがたい。 (イ) また,検察官は,被告人が「(ブルー)と思っていた」とあえて Aらの前住居では実際に青色のカーテンが吊られていたのであるから,被告人の上記推測は特段不自然ではなく,その供述は排斥しがたい。 (イ) また,検察官は,被告人が「(ブルー)と思っていた」とあえて記載したことが不自然であるかのような主張をするが,前記のとおり,本件現場室内図は,被告人が,A及び捜査機関から犯人ではないかと疑われる中で作成されたものである。本件現場室内図に,Aから聞いたカーテンの色のみでなく,それまでの被告人の推測を記載した理由も,捜査官やAから,カーテンが青色であると特定できたことに不審の目を向けられていたからだということで十分説明がつく。本件現場室内図のカーテンの色に関する記載内容は,被告人が本件事件当日に306号室に立ち入っていなかったとしても記載することのできるものである。 エその他,検察官は,五月人形に関する被告人の供述がポリグラフ検査時とその後とでは変遷しているとして,この変遷はポリグラフ検査時に,実際に五月人形の兜が出- 12 -されていた事実を認識していたことを表明してしまったことから,これを糊塗するためにうそを重ねた結果であるとの趣旨の主張をするが,言葉尻をとらえて憶測に憶測を重ねたものとしかいえないものであって,到底採用できないし,換気扇の位置についても,関係証拠(当審甲66)によれば,本件マンションの廊下側からその位置を特定できないとまでは言えないから,外側から換気扇があるのを見てその位置を特定できたという内容の被告人の弁解は排斥できない。 (3)小括結局,306号室内の様子に関する被告人の認識は,それまでのマスコミの報道内容やA及び生前のBから伝え聞いた内容,それらを踏まえた被告人の推測などによって生じたものとみる余地が大いにあるのであって,本件現場室内図の記載内容などから,被告人が30 それまでのマスコミの報道内容やA及び生前のBから伝え聞いた内容,それらを踏まえた被告人の推測などによって生じたものとみる余地が大いにあるのであって,本件現場室内図の記載内容などから,被告人が306号室内に立ち入ったとの事実を推認することは到底できない。306号室内の様子に関する被告人の認識が,306号室の状況と符合することは,被告人が犯人でなくても容易に説明することが可能な事実というべきである。 そもそも,本件現場室内図は,当然のことながら,被告人自身が現認したものではなく,Aから伝え聞いたことやそれから推測したものとして作成されたものであり,その作成当時の被告人は現に捜査官から本件の犯人として疑われており,そのことを被告人自身十分に意識していたのであるから,被告人が犯人であっても,そうでないとしても,自分が犯人と疑われるような記載,すなわち,犯人であって初めて知り得る事柄は記載しないように努めるのが通常であることからすると,本件現場室内図に犯人でなければ知り得ないと考えられる記載がなされていたとしても,その記載がなされた理由については多義的な解釈が可能となる性格を有するものであり,このことは,被告人が当時ポリグラフ検査を受け,その際306号室内の様子,家具の位置について質問されていることを踏まえても変わらない。従って,本件現場室内図の記載を根拠にして被告人が306号室に立ち入ったことを立証しようとすることには基本的に無理があるといえる。 この点についての検察官の主張は採用できない。 2 第2に,検察官は,306号室への立入りを推認させる事柄として,被告人が,- 13 -本件事件当日にBと会うことによって初めて知り得る事実を,それと知った上で行動していたものと認められる事実関係があることを挙げ,その事実として,①被告人が,本件事 柄として,被告人が,- 13 -本件事件当日にBと会うことによって初めて知り得る事実を,それと知った上で行動していたものと認められる事実関係があることを挙げ,その事実として,①被告人が,本件事件の2日後の4月16日頃,Aらの前住居の管理会社代表者Eに連絡を取り,Aの滞納家賃の支払期限という,Bから聞かなければ知り得ないはずの家賃の滞納があることを前提に,その支払期限の延長を申し入れていること,②被告人が,本件事件の4日後である4月18日以降に,Aのためにケントスーパーライトロング(これは,本件事件の4日前の4月10日にAとBが相談してそれまで吸っていたマルボロライトから,より値段の安いケントスーパーライトに変えたものであり,Aはこの事実を被告人に伝えていない。)を買ってきたことを指摘する。 (1) しかし,滞納家賃の点についてみると,上記滞納家賃の支払期限(本件事件の翌日である平成14年4月15日頃である。)は,家賃の保証人となっていた被告人が,Eと交渉して設定し,もしそれまでにAらから支払がないのであれば,自分が代わりに支払うと約束していたという経緯がある上,本件事件の翌日(4月15日)の夜には仮通夜が営まれ,その中でAと被告人らの間で被害者らの葬式の段取りや費用の話が話題に出ているのである。Aの借金問題もあってAが被告人を避けるようになっていたという当時の状況も併せると,葬式の段取りなどを話し合う過程で,Aの費用負担能力に話題が及んだとみても不自然ではない。Aが,その翌朝(4月16日)に債務整理を依頼していた弁護士に電話を架けているという事実も,上記のような話題が出たことをうかがわせるものである。 そうすると,被告人が本件事件の2日後に滞納家賃の支払期限の延長を申し込んでいるという事実は,被告人が上記話合いの中でAから滞納家 いう事実も,上記のような話題が出たことをうかがわせるものである。 そうすると,被告人が本件事件の2日後に滞納家賃の支払期限の延長を申し込んでいるという事実は,被告人が上記話合いの中でAから滞納家賃を支払っていないことを聞き及んだからだとみるほうが自然である。検察官が主張するように,この事実から被告人が本件事件当日Bから家賃未払いの事実を聞いたと推認することはできない。 (2) 次に,Aが吸うたばこの銘柄を知っていたことについてみる。本件事件の翌日(仮通夜),翌々日(通夜)とAは被告人と行動を共にし,その後は被告人方で同居するようになり,その間,Aは,1日1箱くらいのペースでたばこを吸っていたことが- 14 -認められる。被告人と共にコンビニエンスストアに入り買い物をしている状況もうかがえる。こうした状況からすると,被告人がAの吸うたばこの銘柄を知っていたのは,本件事件後,Aが被告人の前でケントスーパーライトロングを吸い,あるいはその銘柄のたばこを購入したことがあったからだとみる余地が十分にある。 この点,検察官は,Aの証言に基づいて,被告人がAにケントスーパーライトロングを買ってくる以前に,Aが被告人の前でその銘柄のたばこを吸ったことはないと主張する。しかし,そもそも,Aの記憶は,被告人がAにたばこを買ってきた時期も正確に特定できない曖昧なものである。また,Aは,差戻し前第1審において,本件事件以降に吸ったたばこの銘柄について事細かに証言しているが,特段の理由があって意識的に記憶していたという事情があるのであればともかく,頻繁にたばこを吸っていたAが,いつどのような銘柄のたばこを吸ったのかを事細かに記憶しているとは到底思えない。Aが被告人に対する疑念を抱いたのは,被告人からたばこを渡された時点であり,しかもその疑念を抱いた理由も っていたAが,いつどのような銘柄のたばこを吸ったのかを事細かに記憶しているとは到底思えない。Aが被告人に対する疑念を抱いたのは,被告人からたばこを渡された時点であり,しかもその疑念を抱いた理由も,たばこの銘柄を変えたことを被告人には伝えていなかったはずだというものであって,その時点までに吸っていたたばこの銘柄を全て想起した上でそのような疑念を抱いたというものではない。さらに,A自身もよくよく考えてみると不審に思ったと供述しているのである。Aは当時,被告人が犯人でないかと疑っていたというのであるから,本件事件以降に吸ったたばこの銘柄についても,自分の思う結論に副うような形で記憶を想起し,捜査機関に供述することで,その記憶を固定化していったとみる余地も十分にある。Aの供述をそのまま信用することはできない。 (3) 以上のように,検察官が指摘する事情は,いずれもBに会っていなくても被告人が知ることができたといえるものであり,本件事件当日にBと会っていなければ知りえない事実を被告人が知っていたとの評価につながるものではない。 したがって,これらの事情は,被告人が本件事件当日に306号室に入ったとの事実を推認させるものではない。 3 第3に,検察官は,被告人が本件事件当日に履いていた靴内に,306号室で飼われていた犬の毛とその細胞のDNA型が一致する犬の毛が付着していたことを,被告- 15 -人が306号室に立ち入った事実を推認させるものとして主張する。 (1) 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。 ア被告人は,平成14年5月2日,本件事件当日に履いていた靴(黒色運動靴)を任意提出し,同月5日,その靴の写真撮影が行われた。 イ本件事件の再捜査に従事していた警察官Fは,平成22年5月10日,本件事件の現場資料が入れられた 本件事件当日に履いていた靴(黒色運動靴)を任意提出し,同月5日,その靴の写真撮影が行われた。 イ本件事件の再捜査に従事していた警察官Fは,平成22年5月10日,本件事件の現場資料が入れられた段ボール箱約100箱の中身を確認し,「鑑定資料」と記載のある段ボール箱から,「○○【※被告人の名前】くつ底獣毛」と記載がある茶色封筒を発見した。その茶色封筒の中には,「左靴底内」との記載のあるチャック付きビニール袋があり,その中には白色の毛様のもの1本がセロテープで留められた紙1枚と「左靴底内」と記載があり毛様のものが付着したアセテート紙1枚が入っていた。 ウ Fは,平成22年6月25日,Gに対し,上記紙に留められた白色の毛様のもの1本及び上記アセテート紙1枚に付着していた獣毛様のもの2本のほか,当時306号室内にあった犬の服から採取した獣毛様のもの等を鑑定資料として,そのDNA型鑑定等による異同識別の鑑定を嘱託した。 エ Gは,前記鑑定資料について,犬のミトコンドリアDNAのtRNA遺伝子とDループ領域の配列解析によりDNA型の分析を行ったところ,上記犬の服から採取した獣毛様のもの2本と,アセテート紙に付着していた獣毛様のもの1本(以下「本件獣毛様のもの」という。)の型が,Cf04型で一致した。Gが行った調査結果によると,Cf04型の出現頻度は8.7パーセントである。 (2) 以上の事実は当審で取り調べた関係証拠から認定できるところ,検察官は,平成14年当時大阪府警察本部刑事部鑑識課に所属していたHの証言内容によれば,上記アセテート紙1枚に付着していた獣毛様のものは,任意提出された被告人の左足靴の中敷き部分から採取されたものだと主張する。 しかし,採取経過については客観的な資料に乏しい。この点,Hは,左靴底内を目視で確認して白い毛1本 していた獣毛様のものは,任意提出された被告人の左足靴の中敷き部分から採取されたものだと主張する。 しかし,採取経過については客観的な資料に乏しい。この点,Hは,左靴底内を目視で確認して白い毛1本をピンセットで採取した後,アセテート紙で靴の中敷き部分の微物を採取したと証言するが,白い毛を採取する時の状況やアセテート紙で微物を採取す- 16 -る状況を撮影した写真等は存在しておらず,その際採取された毛様の物が,靴のどの部分にどのような状態にあったのかを裏付ける客観的な証拠は全くない。Hは,実際に微物採取を行ってから8年以上も経過した後にその時の状況を記憶喚起しているのであり,日頃から鑑識業務に従事していることも踏まえると,年月の経過に伴う記憶の減退や記憶の混同の可能性は否定できない。その上,Hは,微物採取の際,靴の写真撮影を行ったと述べ,その具体的な状況を証言するが,その写真は残っていないのであり,写真が廃棄されたかどうかが明らかになっていないことからすると,他の鑑識事例と混同している可能性も否定できない。毛様のもの採取時の状況に関するHの証言内容をそのまま信用することはできない。 (3) また,検察官は,Gが行った鑑定の結果は正確なものであり,被告人の靴内から採取された本件獣毛様のものの細胞のDNA型と306号室内で飼われていた犬の毛のそれが一致した事実は,被告人が306号室に立ち入った際にそこにあった犬の毛が付着し,それが靴内に残ったことを強くうかがわせると主張する。 アしかし,Gが行ったのはミトコンドリアDNA型鑑定である。G自身が証言するように,ミトコンドリアは母性遺伝をし,母方が同じであれば突然変異がない限り,ミトコンドリアDNA型は一致するというのであるから,本件鑑定で用いられたミトコンドリアDNA型の解析で個体識別する するように,ミトコンドリアは母性遺伝をし,母方が同じであれば突然変異がない限り,ミトコンドリアDNA型は一致するというのであるから,本件鑑定で用いられたミトコンドリアDNA型の解析で個体識別することは著しく困難といわざるを得ない。鑑定結果も,その結論部分は,本件獣毛様のものと,306号室内にあった犬の服から採取された獣毛が,同一個体由来であることを除外(否定)できないというにとどまるものである。 しかも,Gは,上記DNA型(Cf04)の出現頻度は8.7パーセントであるとするが,これはGが血縁関係の認められない犬999個体(雑種を含め68犬種)を調査して得た105種類のミトコンドリアDNA型塩基配列の中での出現頻度にすぎないものである。Gが述べるように,このデータベースは十数年前から構築し始めたもので,今なおデータを収集中のものである。実際,本件鑑定においても,他の鑑定資料から既知の型とは異なる新規な型が発見されている。さらに,Gは,データベースを外部に公表して- 17 -いるわけではなく,他のデータベースが存在するかも定かではない。結局,Gのデータベースが客観性を有し,その出現頻度が正確であるかどうかについては疑問が残るといわざるを得ない。そもそも母方が同じである犬を含めると,上記の出現頻度自体より大きな数値となることは明らかである。 結局,上記鑑定結果から,本件獣毛様のものが306号室内で飼われていた犬の毛に由来するものと認定することは著しく困難というほかない。 イさらに,関係証拠によれば,306号室で飼われていた犬は,2月中旬頃から3月初旬頃まで,被告人の弟I方に預けられていたこと,本件事件の翌日である4月15日に被告人が上記I方を訪れ,Aの事情聴取が終了するのを待っていたことなどの事実が認められる。そうすると,仮に本件獣 月初旬頃まで,被告人の弟I方に預けられていたこと,本件事件の翌日である4月15日に被告人が上記I方を訪れ,Aの事情聴取が終了するのを待っていたことなどの事実が認められる。そうすると,仮に本件獣毛様のものが,本件事件当日に被告人が履いていた靴内から採取されたものであり,それが306号室で飼われていた犬の毛に由来するものであると認定できたとしても,その犬の毛は,I方で付着したとみる余地は十分にある。本件獣毛様のものは,極めて微細なものであるから,それがI方で約2か月間残留し,被告人の足のみならず,着衣や携帯品等に付着し,これらを介するなどして被告人が本件事件当日に履いていた靴内に入った可能性を排除できないことから,被告人が,任意提出した靴とは異なる靴でI方を訪れたというような事情があったとしてもこの結論は変わらない。 また,被告人の靴が任意提出されてから微物採取に出されるまでの保管状況は全く明らかになっておらず,コンタミネーションの可能性はないと断言できる状況でもない。 そうすると,被告人が306号室に立ち入らなくても,被告人の靴内に306号室で飼われていた犬の毛が付着する機会は十分にあったといえる。 (4) 小括以上のとおり,本件獣毛様のものが被告人の靴内から採取されたという事実すら明らかでない上,鑑定結果を基に本件獣毛様のものがAの飼い犬に由来するということもできない。また,本件獣毛様のものは306号室以外の場所で被告人の靴内に付着した可能性もある。 - 18 -以上のことからすると,本件獣毛様のものを根拠に被告人が306号室へ立ち入ったと推認することは,およそできないといわざるを得ない。 4 検察官は,被告人が,3月上旬頃,Aらの前住居の管理会社従業員から転居先住所として,本件マンションの所在地,名称,室番号を聞いてい ち入ったと推認することは,およそできないといわざるを得ない。 4 検察官は,被告人が,3月上旬頃,Aらの前住居の管理会社従業員から転居先住所として,本件マンションの所在地,名称,室番号を聞いていたと主張する。しかし,関係証拠によれば,被告人は,3月14日にBから転居先を聞き出そうとしていたことが認められ,そうすると同日時点において,被告人はBらの転居先を知らなかったものと推認できるのであり,検察官が主張するように被告人が3月上旬頃,同会社従業員から連絡があった際,Aの転居先を聞いたと思う旨供述しているからといって,被告人がAらの転居先を知っていたものと推認することはできない。また,被告人の認識を推認させるものとして検察官が指摘する諸事情を総合しても,被告人がAらの住居を知っていたとしてもおかしくない状況,あるいはEやAの友人であるJに電話をして問い合わせることによって知り得る状況があったといえるにとどまり,知っていたと断定できるものではない(被告人がこれら関係者に連絡をしてAの住所を聞いたことを認めるに足る証拠はない。)。そして,これらの状況にあることは,被告人が本件マンションに赴き,306号室に立ち入ったことを積極的に推認させるものではなく,他に306号室内への立入りを推認させる事実があるときに,その信用性を補強する程度の証明力を有するにとどまるというべきである。 5 まとめ以上検討してきたとおり,被告人が本件事件当日の306号室の様子を知っていたと思わせる行動をとったのは,Aの説明を勘違いしたり,Aからの話や報道の情報を基に306号室の様子を推測していたからであるとみる余地が多分にあり,本件現場室内図の記載などから,被告人が,本件事件当日,306号室に立ち入ったという事実を推認することはできない。 また,家賃の滞納があった 室の様子を推測していたからであるとみる余地が多分にあり,本件現場室内図の記載などから,被告人が,本件事件当日,306号室に立ち入ったという事実を推認することはできない。 また,家賃の滞納があったことやAが吸うたばこの銘柄を変えていたことは,いずれも本件事件当日にBに会っていなくても被告人が知り,あるいは推測することができたといえるものであり,被告人が本件事件当日にBと会っていなければ知りえない事情を- 19 -知っていたとの評価につながるものとは到底いえず,被告人が本件事件当日に306号室に立ち入ったとの事実を推認させるものではない。 さらに,本件獣毛様のものを根拠に被告人が306号室へ立ち入ったと推認することはおよそできない。 加えて,被告人が,本件事件当時,Aらが本件マンションで暮らしていることを知っていたと断定できるものはなく,被告人が本件マンションを知っていた可能性がある,あるいは問い合わせることによって知ることができる状況にあったという事実のみから,被告人が306号室に立ち入ったと推認できるものでもない。 結局,検察官が主張する個々の間接事実を総合しても,被告人が,本件事件当日,306号室に立ち入ったとの事実は認定できない。 第5 被告人が,本件事件当日,本件マンションへ赴いたとの事実について検察官は,被告人が本件事件当日に本件吸い殻を本件灰皿に投棄したことなど4つの事実から,被告人が本件事件当日に本件マンションに赴いたという事実を認定でき,それにもかかわらず,被告人が本件マンションに赴いたことを否定している事実は,被告人が犯人でないとするならば合理的に説明できず,あるいは説明することが困難な事実であると主張する。 1 被告人が本件吸い殻を本件灰皿に投棄したことについて本件吸い殻に付着していた唾液中の細胞のDNA 犯人でないとするならば合理的に説明できず,あるいは説明することが困難な事実であると主張する。 1 被告人が本件吸い殻を本件灰皿に投棄したことについて本件吸い殻に付着していた唾液中の細胞のDNA型が,被告人の血液中のそれのDNA型と一致していることは証拠上明らかである。本件吸い殻が本件灰皿内にあったという事実は,第三者による投棄の可能性が否定されるのであれば,被告人が本件マンションに赴いたことを推認させる事実といえる。 しかし,被告人は,本件吸い殻について,差戻し前第1審当時から,自分がB夫婦に対し,自らが使用していた携帯灰皿を渡したことがあり,Bがその携帯灰皿の中に入っていた本件吸い殻を本件灰皿内に捨てた可能性がある旨の反論をしていた。 上告審判決は,前記(第2の2(2))のとおり,本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性を否定する原審及び差戻し前第1審の判断は不合理であり,本件吸い- 20 -殻の変色の原因を合理的に説明する根拠は記録上見当たらないことなど,DNA型の一致からの推認について審理が尽くされているとはいえないと指摘した。 当審では,上告審判決の指摘を受け,本件吸い殻の変色の原因や本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性の有無について証拠調べを行った。 (1) 本件吸い殻の変色について上告審判決は,本件吸い殻の変色について,「水に濡れるなどの状況がなければ短期間でこのような変色は生じないと考えられるところ」,採取時に本件灰皿内が濡れていた様子はないようであるから,「この変色は,本件吸い殻が捨てられた時期が本件事件当日よりもかなり以前の事であった可能性を示すものとさえいえるところである」とし,被告人が本件事件当日に本件吸い殻を捨てたとすれば,そのときから採取までの間に水に濡れる可能性があったかどうかの検 件当日よりもかなり以前の事であった可能性を示すものとさえいえるところである」とし,被告人が本件事件当日に本件吸い殻を捨てたとすれば,そのときから採取までの間に水に濡れる可能性があったかどうかの検討が必要であると指摘した。 検察官は,本件吸い殻が,採取されるまでの間に水に濡れる可能性があったかどうかについては何ら立証を行わなかったが,本件吸い殻の着色は,上告審判決が指摘するほど濃いものではなく,着色の理由については様々な説明が可能であり,短時間で着色することもありうるのであるから,上告審判決の指摘は相当ではなく,本件吸い殻は本件事件当日に投棄された吸い殻と認められると主張する。 ア本件吸い殻の変色の程度について(ア) 関係証拠【検証調書〔差戻し前第1審甲5号証〕添付の写真(以下「採取時の写真」ということがある。),当審甲11号証〔前記写真を拡大複製したもの〕,差戻し前第1審甲252号証添付写真(以下「唾液鑑定時の写真」ということがある。)及び当審甲12号証】によれば,本件吸い殻は,本件事件の翌日に採取された当時から既に茶色っぽく変色しており,その変色は吸い口部分のみならず吸い口とは反対の吸い残された先端部分までのほぼ全体に及んでいること,また,その変色の度合いは,採取時の写真において,他のたばこの吸い殻(特に本件吸い殻の上下あるいは左側にあるたばこの吸い殻)と比較すると,一見して明らかな程度のものであることが認められる(なお,ラークスーパーライトのフィルター部分が,他のたばこのフィルター部分と比- 21 -較して,当初から茶色っぽいことをうかがわせる証拠はない。)。また,本件吸い殻の変色の程度は,唾液鑑定時の写真とそれから9年以上を経た現時点(当審平成22年押第65号の69)とで顕著な変化はないように見える(印刷されたLARK とをうかがわせる証拠はない。)。また,本件吸い殻の変色の程度は,唾液鑑定時の写真とそれから9年以上を経た現時点(当審平成22年押第65号の69)とで顕著な変化はないように見える(印刷されたLARKの黒色文字は現時点の方が薄くなっている。)。 (イ) この点,検察官は,唾液鑑定時の写真は,色や濃度に補正がかけられおり,実際よりも着色が濃く見え,また,採取時の写真と唾液鑑定時の写真を比較すると,本件吸い殻の変色の度合いは,採取された時よりもその1か月半後の唾液鑑定時の方が着色の度合いが進展しているように見えると主張する。 しかし,当審甲12号証や甲13号証によれば,色や濃度に補正を加えていない写真によっても本件吸い殻に変色が生じていることは明らかに見てとれるし,そもそも,採取時の写真と唾液鑑定時の写真とでは,その撮影場所も,撮影距離も,背景も明らかに異なっており(前者は本件吸い殻採取現場付近のコンクリート床上にブルーシートを敷き,その上に他のたばこの吸い殻等本件灰皿内の在中物多数を一緒に並べて撮影したものであるし,後者はおそらく室内で接写台を用いグレーと思われる台板上に本件吸い殻のみを置いて撮影されている。),それ故おそらくは主光源も異なっていると思われる。 このように,そもそも撮影条件が異なっている以上,採取時の写真と唾液鑑定時の写真との比較だけで,本件吸い殻の変色の度合いが進展したとはいえない。 前記のとおり,採取時の写真によれば,その上下あるいは左側のたばこの吸い殻との比較において,本件吸い殻に変色があることは一目瞭然であり,これによると,本件吸い殻の変色の程度は当初から大きかったというべきである。 上記検察官の主張は採用できない。 イ本件吸い殻の変色の原因について(ア) 上告審判決以後,大阪府警察本部内で,本件吸い殻の変色の 件吸い殻の変色の程度は当初から大きかったというべきである。 上記検察官の主張は採用できない。 イ本件吸い殻の変色の原因について(ア) 上告審判決以後,大阪府警察本部内で,本件吸い殻の変色の原因を究明するプロジェクトチームが編成され,そのチーム内での協議の結果,①7通りの条件によるたばこの吸い殻の変色実験(以下「7通りの変色実験」という。当審甲20),②警察官51名が喫煙したたばこの吸い殻の変色実験(以下「警察官51名による変色実験」- 22 -という。当審甲18),③自動喫煙器によるたばこフィルターの変色実験(以下「自動喫煙器による変色実験」という。当審甲17)などが行われた。 上記各実験の概略及び結果の要旨は以下のとおりである。 a 7通りの変色実験(当審甲20)は,ラークスーパーライトと形状等が似ているたばこ(マイルドセブンエクストラライト)7本を使用して,いずれも途中まで喫煙したたばこを金属製灰皿の上に置き,①フィルターの巻紙(アセテートフィルター。以下同じ。)部分に唾液を多めにつけて立ち消えにする,②立ち消えにしてフィルター部分に水をかける,③立ち消えにしてフィルター部分にコーヒーをかける,④立ち消え前にフィルター部分に水をかける,⑤立ち消え前にフィルター部分にコーヒーをかける,⑥刻みの部分を水で濡らした他のたばこの吸い殻の上に,立ち消えにした吸い殻のフィルター部分を置く,⑦乾いた他のたばこの吸い殻の上に,立ち消えにしてフィルター部を水で濡らした吸い殻を置く,という各条件により約12時間放置して,フィルター部分の変色の程度を明らかにするものである。 約12時間放置後,①から⑦までの実験により生じたたばこの吸い殻のフィルター部分はいずれも乾いており,コーヒーをかけたもの(③及び⑤)は,コーヒーが浸潤した部分のフィルタ 明らかにするものである。 約12時間放置後,①から⑦までの実験により生じたたばこの吸い殻のフィルター部分はいずれも乾いており,コーヒーをかけたもの(③及び⑤)は,コーヒーが浸潤した部分のフィルター表面が「茶色く」変色した。また,唾液を多めにつけたもの(①)は唾液が浸潤した部分のフィルター表面が,水をかけたもの(②及び④)はフィルター表面の刻み部分の端付近の一部分が,いずれも「薄茶色」に変色した。水で濡らした他のたばこに置いたもの(⑥)は,接触部分を中心に,水分が浸潤した部分のフィルター表面が「茶色く」変色した。乾いた他のたばこの吸い殻の上に置いたもの(⑦)は,下になっていた刻み部分の端に近いフィルター表面の一部分が「薄茶色」に変色した。 b 警察官51名による変色実験(当審甲18)は,警察官51名が,①日頃の吸い方,②フィルター部を深く口にくわえ唾液を多めにつける吸い方,というそれぞれの方法で喫煙したたばこ(マイルドセブンエクストラライト)の吸い殻を,本件灰皿と同型のスタンド型灰皿内に投棄し,自然乾燥するまで放置した場合に,①,②のたばこの吸い殻が変色するかどうかを明らかにする実験である。 - 23 -喫煙から約4時間経過後にそれぞれの吸い殻をブルーシート上に並べて全体の写真撮影を行ったところ,①の方法では4本が薄茶色に,②の方法では30本が薄茶色又は濃い茶色に変色した。 なお,通常のたばこの吸い方の詳細や,たばこにつけた唾液の量の詳細などは明らかでない。 c 自動喫煙器によるたばこフィルターの変色実験(当審甲17)は,自動喫煙器を用いて,A1:普通の状態でたばこ(マイルドセブンエクストラライト。以下同じ。)を吸引する,A2:チップペーパー(巻紙に包まれたたばこの刻み部分とフィルター部分の双方を巻いている紙)へ水を塗布してたばこ て,A1:普通の状態でたばこ(マイルドセブンエクストラライト。以下同じ。)を吸引する,A2:チップペーパー(巻紙に包まれたたばこの刻み部分とフィルター部分の双方を巻いている紙)へ水を塗布してたばこを吸引する,A3:チップペーパー及びアセテートフィルターに水を塗布してたばこを吸引するという3種類の実験条件で,B1:標準シガレットホルダーを使用して開孔部を覆わない,B2:特殊シガレットホルダーを使用して開孔部を覆うという2種類の方法によりそれぞれ実験を行い,チップペーパーのフィルター部分の変色の状況を明らかにする実験である。なお,塗布した水は蒸留水を用い,その量はいずれも25μマイクロリットルである。 実験の結果,開孔部を覆わない状態(B1)で吸引を行った場合は,全ての条件でフィルター部分に変色は生じず,開孔部を覆う状態(B2)で喫煙した場合は,全ての条件でフィルター部分が黄色く変色した。 (イ) 上記各実験の内容は,科学者,専門家,あるいは科学捜査研究所の技官に助言等を求めた上で決められたものではなく,科学的知見に基づく実験内容とは言い難い。 また,警察官51名による変色実験(当審甲18)や7通りの変色実験(当審甲20)は,たばこにつけた唾液やコーヒー等の水分量が明確でなく,再現が困難であることなどの問題点がある。さらに,実験の結果を撮影した写真と,本件吸い殻を撮影した写真(特に唾液鑑定時の写真)とでは,それぞれ撮影距離や背景の明るさなどの撮影条件が異なっている。 したがって,これらの実験の結果やその際撮影された写真等を根拠にして,本件吸い殻の変色の原因について確定的なことをいうことはできない。 - 24 -しかし,上記実験の結果及び関係証拠によれば,一応以下の諸点を指摘できる。 a 7通りの条件によるたばこの吸い殻の変色実験(当 殻の変色の原因について確定的なことをいうことはできない。 - 24 -しかし,上記実験の結果及び関係証拠によれば,一応以下の諸点を指摘できる。 a 7通りの条件によるたばこの吸い殻の変色実験(当審甲20)のうち,コーヒーをかけたフィルター(③及び⑤)及び水で濡らした他のたばこの吸い殻に置いたもののフィルター(⑥)の各表面のコーヒーないし水が浸潤した部分は,一見して明らかな程度に茶色く変色しており,その変色の濃さ・程度は,実験当時(当審甲20添付写真)及び現時点のいずれにおいても,本件吸い殻(唾液鑑定時の写真及び現時点)のそれと似ている。一方,唾液や水をかけたフィルター(①,②及び④)に見られる変色は,前記のとおり「薄茶色」と表現されるものであり,実験当時の写真からは一見して明らかな程度に濃く変色しているとまではいえず,現時点においても,本件吸い殻のそれと比べると,それほど濃くない。 b 警察官51名による変色実験(当審甲18),自動喫煙器による変色実験(当審甲17)のうち開孔部を覆う方法によるもの及び7通りの変色実験(当審甲20)のうち,唾液を多めにつけたもの(①),水をかけたもの(②及び④),乾いた他のたばこの吸い殻の上に置いたもの(⑦)で使用したたばこの吸い殻の変色は,実験当時よりも現時点の方がいずれも濃くなっている。また,自動喫煙器による変色実験のうち開孔部を覆わない方法により吸引したたばこのフィルター部には,当初は変色が見られなかったが,現時点においては薄茶色く変色している。 警察官51名による変色実験(当審甲18)で変色が生じたとされるたばこの吸い殻は,現時点においては一見して明らかな程度に変色しており,本件吸い殻の変色の程度と似ている。 c 以上のことからすると,たばこの吸い殻をコーヒーに浸す,あるいは刻みの部分が水 されるたばこの吸い殻は,現時点においては一見して明らかな程度に変色しており,本件吸い殻の変色の程度と似ている。 c 以上のことからすると,たばこの吸い殻をコーヒーに浸す,あるいは刻みの部分が水で濡れたたばこに接触するという状況があれば,短期間でも本件吸い殻と同程度に変色するといえそうである。他方,水で濡らしたり,唾液を多めにつけただけでは,短期間では本件吸い殻と同程度に変色しないようである。また,唾液や水をフィルターに付けると茶色く変色することがあり,その変色の程度は時間的経過によって進展する場合が多いといえる。 - 25 -(ウ) 検察官は,警察官51名による変色実験(当審甲18),自動喫煙器による変色実験(当審甲17)の結果など,当審で取調べられた関係証拠によれば,水に濡れたり時間が経過しなくても,一般的な喫煙行為によりたばこの吸い殻が変色することは明らかであり,本件吸い殻の変色は時間的経過を示すものとはいえないと主張する。 a しかし,警察官51名による喫煙実験は,たばこの吸い殻に変色が生じるかどうか自体を明確にするために行われた実験である上,つけた唾液の量やたばこのくわえ方など喫煙方法の詳細は不明であり,本件吸い殻の変色の程度やその原因を科学的見地から明らかにする内容ではない。 実験の結果,唾液を多めにつけて喫煙した場合は,たばこの吸い殻51本中30本に薄茶色あるいは茶色く変色がみられたとされるが,そのたばこの吸い殻全体を写した写真によると,その変色の程度は,本件吸い殻採取時の写真とは異なり,いずれも変色が生じていない他のたばこの吸い殻と比較して一目瞭然といえる程度に濃いものではない。 もちろん,上記実験は,本件吸い殻の変色の程度や状態との比較を意識して行われたものではなく,その意味で,本件吸い殻の変色の原因を解明するもの の吸い殻と比較して一目瞭然といえる程度に濃いものではない。 もちろん,上記実験は,本件吸い殻の変色の程度や状態との比較を意識して行われたものではなく,その意味で,本件吸い殻の変色の原因を解明するものとしては甚だ不十分な実験であり,上記写真自体も,喫煙実験から4時間余りが経過した時点で撮影されたものであり,本件吸い殻が採取された直後に撮影された写真とは撮影条件が異なっているのであるから,写真の内容のみでこのように断定できるものではない。 b また,自動喫煙器による変色実験の結果,開孔部を覆う状態での吸引方法の場合には,たばこの吸い殻に変色が生じたとされているが,もともとたばこの開孔部は,たばこの煙を希釈するために設けられたものであり,それを覆った状態で喫煙を行うということ自体特殊な喫煙方法である。実験の間中,チップペーパー表面がたばこの煙にさらされ続けることになることなど,実際に人が喫煙する場合と明らかに異なる条件下での結果という問題点も指摘できる(なお,本件吸い殻が,上記のような特殊な方法・条件下で喫煙されたものであるかについては何ら立証がなされていない。)。のみならず,上記実験も,本件吸い殻の変色の程度や状態との比較を意識して行われた実験ではない。 本件吸い殻の変色の原因を解明するものとして不十分な実験であることは,警察官51- 26 -名による変色実験と同様である。 c 結局,上記各実験の結果は,本件吸い殻の変色の原因を解明するものとはいえず,本件吸い殻の変色は時間的経過を示すものとはいえないとの検察官の主張は採用できない。 d ところで,上記実験で変色が生じたと指摘されたたばこの吸い殻は,いずれも実験当初より現時点の方が変色の程度が濃くなっている。その中には,変色が生じていないたばこと比較すると,一見して明らかな程度に変色してい ,上記実験で変色が生じたと指摘されたたばこの吸い殻は,いずれも実験当初より現時点の方が変色の程度が濃くなっている。その中には,変色が生じていないたばこと比較すると,一見して明らかな程度に変色しているものがある。関係証拠によれば,この変色の程度の変化は,時の経過に伴って,たばこの吸い殻に付着した煙成分が酸化するなどしたことによって生じたと考えることができる。前述のとおり,本件吸い殻は,採取された直後において既に,他のたばこの吸い殻と比較すると一目瞭然といえる程度に変色が生じており,上告審判決は,この変色は本件吸い殻が捨てられた時期が本件事件当日よりもかなり以前の事であった可能性を示すものといえると指摘しているのである。上記実験後のたばこの吸い殻の変色の程度の変化は,上告審判決の指摘を裏付けているともいえる。 (エ) 次に検察官は,被告人がコーヒーを飲みながらたばこを吸うことがあったことやその吸ったたばこの吸い殻のフィルター部分には唾液が多めに付着していたことを指摘し,コーヒー等の有色成分やたばこの吸い殻に付いた水分(唾液)に本件灰皿内の壁面・底面や他のたばこの吸い殻のタール成分が付着することにより,たばこの吸い殻に変色が生じたとしても不自然でないと主張する。 a しかし,本件吸い殻の全体に唾液が付着していることを認める証拠はない。かえって,関係証拠によれば,本件吸い殻の唾液鑑定の際に切り取られた吸着試験の対照部位からは,唾液が検出されなかったことがうかがわれるのであり,本件吸い殻全体に唾液がついていたとみることはできない。また,被告人が,フィルター部分全体を覆うようにして,たばこを口にくわえて吸っていたことをうかがわせる証拠はなく,また,コーヒーを飲みながらたばこを吸うことがあったとしても,フィルター部分の表面全体にコーヒーが付くとは ター部分全体を覆うようにして,たばこを口にくわえて吸っていたことをうかがわせる証拠はなく,また,コーヒーを飲みながらたばこを吸うことがあったとしても,フィルター部分の表面全体にコーヒーが付くとはいえない。本件吸い殻は,そのほぼ全体が茶色っぽく変色している- 27 -から,変色の原因を,本件吸い殻に付着した唾液等に他のタール成分が付いたとみることは困難である。 b また,コーヒー等の有色成分の付着による変色の可能性についてみると,7通りの変色実験からは,たばこの吸い殻をコーヒーに浸すという状況があれば,短期間でも本件吸い殻と同程度に変色するといえそうである。しかし,コーヒーを飲みながらたばこを吸っただけで,フィルター部分がコーヒーに浸されたと同じような状況になるかについては明らかになっておらず,本件吸い殻がコーヒーに浸される状況があったかどうかについては何ら立証がされていない。また,そもそも,本件吸い殻からコーヒー等の有色成分が検出されるかどうかについては何ら立証がなされていないのである。 c さらに,他のたばこの吸い殻や本件灰皿壁面等に接触したことによる変色の可能性についてみると,確かに,7通りの変色実験からは,刻みの部分が水で濡れたたばこに接触することで,短期間でも本件吸い殻と同程度に変色するといえそうである。しかし,変色は接触した部分を中心として水分が浸潤した範囲にとどまる。関係証拠によれば,本件灰皿内には他のゴミもあり,その壁面や底面はさびなどで平らではないことが明らかであり,仮に本件吸い殻が,他のたばこの吸い殻や灰皿の壁面等に接触していたとしても,接触部分は一部分にとどまるとみる方が自然であるから,本件吸い殻のほぼ全体が変色していることを合理的に説明できるか疑問がある。 ウ小括以上検討してきたとおり,本件吸い殻の変色 ていたとしても,接触部分は一部分にとどまるとみる方が自然であるから,本件吸い殻のほぼ全体が変色していることを合理的に説明できるか疑問がある。 ウ小括以上検討してきたとおり,本件吸い殻の変色は,採取された当初から,他のたばこの吸い殻と比較すると一見して明らかな程度に濃いものであると認められる。 また,本件吸い殻についての検察官の主張は,結局のところ,本件吸い殻の変色の程度や状態を考慮せずに一般的にたばこの吸い殻が短期間のうちに変色することがあるということを示すにすぎないものであるか,具体的な根拠に基づかずに変色の可能性を示すにすぎないものであって,本件吸い殻の変色の程度や状態を踏まえた上で,その原因を説明するものではない。 むしろ,当審における証拠調べの結果(当裁判所が領置した実験に供されたたばこの- 28 -吸い殻のその後の変色状況を含む。)は,本件吸い殻の捨てられた時期が,本件事件当日よりもかなり以前の事であった可能性があることを裏付けているといえる。 (2) 本件吸い殻が携帯灰皿を経由して本件灰皿に投棄された可能性についてア被告人は,Bと最後に会った2月19日から20日にかけて,青と白のツートーンの携帯灰皿(以下「ツートーン携帯灰皿」という。)をBと一緒に使った可能性や,当時使用していた白色ビニール製携帯灰皿をBに渡した可能性があると具体的に指摘して,本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性があることを主張する。 (ア) 関係証拠によれば,本件事件後,306号室ダイニングキッチンの台所部分の電子レンジや炊飯器が置かれていた3段ラック最上段から,使い捨てガスライター14個とともに,ツートーン携帯灰皿が発見されている。このツートーン携帯灰皿は,平成11年の6月か7月頃,被告人夫婦,A及びBが岡山に行った際,DがBに いた3段ラック最上段から,使い捨てガスライター14個とともに,ツートーン携帯灰皿が発見されている。このツートーン携帯灰皿は,平成11年の6月か7月頃,被告人夫婦,A及びBが岡山に行った際,DがBに渡し,Bがそのまま持ち帰ったものである。また,306号室6畳間からは,Bの吸っていたたばこの銘柄であるマルボロライトの吸い殻が入ったCABIN(キャビン)のロゴが表示された黒色金属製携帯灰皿も発見されている。さらに,Aによれば,Bはスノーボードをする際に携帯灰皿を使用していたとのことである。 こうした状況に照らせば,Bが携帯灰皿を使う習慣があったとまではいえないにしても,携帯灰皿を使用していたことは明らかである。特に,ツートーン携帯灰皿は,Bに渡された経緯や306号室から発見された状況に鑑みると,Bにより普段から使用されていたとみてもおかしくはない。Aは,Bがツートーン携帯灰皿を使用しているのを見たことがないと述べるが,上記状況とは整合的でない。 (イ) また,本件灰皿は,本件事件当日以前から長期間清掃されたことがなく,その内容物には相当古いものも含まれていることがうかがわれる。加えて,本件灰皿内からは,Bが吸っていたたばこの銘柄と同一のものが4個採取されている。前記(第2の2(4))のとおり,証拠の紛失があったことから,採取された上記たばこの吸い殻の鑑定を実施することは不可能となり,これらからBのDNA型に一致するものが検出されるかどうかは分からなくなってしまった。しかし,本件灰皿は,本件マンションの道- 29 -路側にある階段の1階から2階に至る踊り場に置かれており,この場所は,自転車で出掛けるのでなければ,Bの外出帰宅経路の途中に位置するとみることができる。上記たばこの吸い殻が,Bにより投棄された可能性があることは否定できない。 な る踊り場に置かれており,この場所は,自転車で出掛けるのでなければ,Bの外出帰宅経路の途中に位置するとみることができる。上記たばこの吸い殻が,Bにより投棄された可能性があることは否定できない。 なお,Kは,平成14年当時マルボロライトを吸っていて,本件マンションの友人宅を訪れた際などに,たばこの吸い殻を本件灰皿に投棄したことがあると述べる。しかし,Kは友人宅がどの階にあったのかを覚えていない。また,本件灰皿の形状を実際とは異なる形状のものとして記憶している。8年以上前の事柄について正確に記憶しているか疑わしい。最初に記憶を喚起された際に,警察官から,「本件灰皿内にたばこの吸い殻を捨てたことがあるか」と質問を受けたというのであるから,この質問により,他のスタンド灰皿に投棄した際の記憶と混同が生じた可能性もある。Kの供述態度は真摯であるが,その供述内容を簡単に信用することはできない。また,本件灰皿内から採取されたマルボロライトの吸い殻は4個ある。仮にKがマルボロライトの吸い殻を本件灰皿に投棄したことがあったと認定できたとしても,前記のとおり,証拠の紛失によりマルボロライトの吸い殻4個のDNA鑑定を実施できない以上,これら4個をKが投棄したものと特定することはできず,結局,上記可能性は否定されないこととなる。 (ウ) さらに,関係証拠によれば,被告人は,常時携帯灰皿を持ち歩き,その灰皿をD及びBが共同して使用したことがあったこと,Bが時としてその共同使用していた携帯灰皿を持ち帰ったことがあったこと,被告人は,2月19日,被告人との連絡を絶ったAらを探すために立ち寄った不動産屋(ライフホーム)で偶然B及びCと遭遇し,被告人の運転する車で被告人方に立ち寄り,Aを警察署に出頭させるなどした後,20日の明け方に至るまで,ホテルの一室等でBとともにAの すために立ち寄った不動産屋(ライフホーム)で偶然B及びCと遭遇し,被告人の運転する車で被告人方に立ち寄り,Aを警察署に出頭させるなどした後,20日の明け方に至るまで,ホテルの一室等でBとともにAの今後の生活設計等について話合いをした事実が認められる。 (エ) 以上のように,Bが携帯灰皿を使用していた状況があること,本件灰皿内に本件吸い殻とともにBが吸った可能性のあるたばこの吸い殻があったこと,2月19日から20日にかけて被告人とBはある程度の時間を一緒に過ごしていることなどの事実は,被告人の反論と整合的な事実といえるものである。 - 30 -イ(ア) 以上に対し,検察官は,携帯灰皿内のたばこの吸い殻は,自宅で捨てればよく,あえて外の灰皿に投棄しなければならない理由はないと主張する。 しかし,外出中に携帯灰皿内がたばこの吸い殻等で一杯になったことに気付いたという状況でもあれば,中身を家まで持ち帰るのではなく,途中で目に付いた灰皿に投棄するということは一般人の行動として通常ありうることであって,特異な行動とはいえないであろう。Bには吸い殻を台所の流し内に捨てる習慣があったとしても,このような状況においてもなお,Bは携帯灰皿内のたばこの吸い殻を目に付いた灰皿に投棄することはないと断言できる証拠関係にはない。 (イ) また,検察官は,ツートーン携帯灰皿を介した投棄の可能性について,①Bは2月19日から20日頃ホテル暮らしをしており,およそツートーン色携帯灰皿を持ち出していたとは考えられない,②仮にBがツートーン色携帯灰皿を持ち出すことがあったとしても,2月20日に携帯灰皿に捨てられたたばこの吸い殻を,3月2日(Bが本件マンションへ引っ越しした日)までの間捨てずにそのままにしておくことは考えがたいと主張する。 しかし,①の点についてみると ても,2月20日に携帯灰皿に捨てられたたばこの吸い殻を,3月2日(Bが本件マンションへ引っ越しした日)までの間捨てずにそのままにしておくことは考えがたいと主張する。 しかし,①の点についてみると,前記のとおり,ツートーン携帯灰皿は,平成11年頃DからBに渡され,本件事件後,306号室ダイニングキッチンの台所部分の3段ラックの最上段から使い捨てライター14個とともに発見されたものである。Bがツートーン携帯灰皿を持ち出し,ホテル暮らしをしているときも身近な所に置き,使用していたとみても不自然ではない。ホテル暮らしをしていても,外出の際に携帯灰皿を持ち出し,使用することはありうる。また,②の点についてみると,携帯灰皿を持ち出したとしても必ず使うとは限らないし,Aによれば,Bがたばこを吸うペースは3日に1箱というもので,頻繁なものではない。そして,6畳間から発見されたCABINのロゴ入り携帯灰皿には,Bの吸っていたマルボロライトの吸い殻と共にDが吸っていたたばこの銘柄であるショートホープライトの吸い殻が入っていた。DがBに会ったのは2月20日が最後であり,以後2人は会っていない。このショートホープライトの吸い殻が,Dの吸ったものと断定できないが,その可能性も否定しきれないことからすると,少な- 31 -くとも,検察官が主張するようにはいえないであろう。10日程度の間であれば同じたばこの吸い殻が携帯灰皿内に残っていたとみても,不自然・不合理とまではいえない。 (ウ) 第3に,検察官は,被告人がBに対し白色ビニール製携帯灰皿を渡した可能性について,①そもそも2月19日は被告人が携帯灰皿を持ち出す状況ではなかった,また,②白色ビニール製携帯灰皿はBに渡されてはおらず被告人方にあったと主張する。 しかし,当時の被告人方には複数の携帯灰皿が置いてあり もそも2月19日は被告人が携帯灰皿を持ち出す状況ではなかった,また,②白色ビニール製携帯灰皿はBに渡されてはおらず被告人方にあったと主張する。 しかし,当時の被告人方には複数の携帯灰皿が置いてあり,Dは,被告人に対し,クリスマスのプレゼントとして携帯灰皿を贈ったことがある。また,Dによれば,被告人はたばこの吸い殻をポイ捨てするようなことはしなかったようである。これらのことからすると,被告人が携帯灰皿をよく使用していたとの主張を排斥することは困難である。 検察官が指摘するところを踏まえても,被告人が2月19日に携帯灰皿を持ち出すことはなかったとか,それを使用しなかったと断定することはできない。 また,白色ビニール製携帯灰皿についてのA及びDの証言はいずれも曖昧なものである。それほど特徴的とはいえない携帯灰皿が何時どこにあったかということは,印象的な事柄とはいえない。時の経過に伴う記憶の減退・変容の可能性もある。A及びDの供述に基づいて確実な事をいうことはできない。さらに,携帯灰皿が高価なものではなく,失いやすいものであることからすると,白色ビニール製携帯灰皿が,本件事件直後に306号室から発見されなかったからといって,被告人がBに渡した可能性が否定されるものではない。 (エ) 第4に,検察官は,本件吸い殻がほぼフィルター部分しか残っていないことやチャコールフィルター先端部が焦げ付いた状態になっていること,また,フィルター表面に灰が付着しておらず,折れ曲がってもいないと指摘して,本件吸い殻の形状は携帯灰皿に入れられていたものではないと主張する。 しかし,たばこの吸い差しをそのままの状態で置いておくと,本件吸い殻のような状態になることは,当審で取り調べた関係証拠から明らかである。外出先でたばこを吸っている途中に話に夢中になったり,携帯電話で しかし,たばこの吸い差しをそのままの状態で置いておくと,本件吸い殻のような状態になることは,当審で取り調べた関係証拠から明らかである。外出先でたばこを吸っている途中に話に夢中になったり,携帯電話でメールを打つなどして,たばこの吸い差しをそのままの状態で置くということは通常あり得ることである。検察官は,当審甲2- 32 -9号証によれば喫煙中のたばこの表面は高温になり,フィルター部が溶融して自然鎮火するまで口にくわえたり,手に持ったりすることは不自然かつ困難と主張するが,当審甲29号証によれば,最高温度75度を計測したのは,実験に供したたばこの刻みがほぼ燃え尽きる第4箇所において,その燃焼部位からわずか約6ミリメートルの位置であって,たばこの刻みの燃焼部位との関係からみて,常識的に考えてそのような位置でたばこを持ったり,口にくわえたりすることなどおよそあり得ないといえるものである。 その他の測定値は31度ないし58度にすぎない。そもそも検察官の主張によると,通常の吸い方では,たばこの刻みが無くなるまで吸うことができなくなってしまうことになり,その主張自体において不合理というほかない。本件吸い殻のフィルター表面に灰が付着していないという点も,そもそも携帯灰皿に入れられたたばこの吸い殻に必ず灰が付着するとはいえないし,仮に灰が付着したとしても,投棄されてから採取されるまでの間に,付着した灰が落ちる可能性もある。携帯灰皿を経由したものでないことを示すものとは到底いえず,その根拠にはならない。 ウ結局,本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性があるという被告人の主張は,検察官の主張立証を踏まえても排斥できないというべきである。 (3) 1(被告人が本件吸い殻を本件灰皿に投棄したことについて)のまとめ以上検討してきたとおり,本件吸い殻の るという被告人の主張は,検察官の主張立証を踏まえても排斥できないというべきである。 (3) 1(被告人が本件吸い殻を本件灰皿に投棄したことについて)のまとめ以上検討してきたとおり,本件吸い殻の変色は,他のたばこの吸い殻と比較すると一見して明らかな程度に濃いものであると認められる。その変色の原因は明確にならなかったが,当審における証拠調べの結果は,本件吸い殻が捨てられた時期が,本件事件当日よりもかなり以前の事であった可能性があることを裏付け,これを示唆するものといえる。 また,被告人は,本件吸い殻について,Bにより投棄された可能性があると反論していたところ,その反論と整合的な事実が認められる一方,検察官の主張は,それ自体本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性は低いというにとどまり,その可能性を完全に否定するものではない。本件吸い殻の変色は,本件吸い殻が捨てられた時期が本件事件当日よりもかなり以前の事であった可能性を裏付けこれを示唆するものといえ- 33 -ることを併せると,本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性は,むしろ高まったともいえる。そして,上告審判決が「これらの吸い殻に付着する唾液等からBのDNA型に一致するものが検出されれば,Bが携帯灰皿の中身を本件灰皿内に捨てたことがあった可能性が極めて高くなる。」と指摘して,そのDNA鑑定を実施すべきことを示唆したマルボロライト(金色文字)の吸い殻4個は,こともあろうに捜査機関の不手際によって本件灰皿内の他の吸い殻と共に,既に差戻し前第1審当時から紛失してしまっており,鑑定を実施しようにもそのすべがないことが当審に至って初めて明らかになったのである。 結局,検察官の主張を踏まえ,本件の全証拠関係をつぶさに検討しても,本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性を完 実施しようにもそのすべがないことが当審に至って初めて明らかになったのである。 結局,検察官の主張を踏まえ,本件の全証拠関係をつぶさに検討しても,本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性を完全に否定することは困難であって,本件吸い殻が本件灰皿内にあったという事実から,被告人が本件吸い殻を本件灰皿に投棄したという事実を推認することは著しく困難というほかない。 (4) なお,検察官は,Lの供述により,Bが日頃携帯灰皿を使用する習慣がなかったことを立証しようとしたが,検察官及び弁護人の証拠調べ請求に際しての各意見を踏まえると,Lは,Bと常に一緒に行動している訳ではなく,そもそもBが喫煙しているところを1度しか見ていないようである。AやDに加えて証拠調べを行う必要性に乏しい。 また,証人Mにより携帯灰皿の構造等を立証しようとするが,検察官の意見書をみても,携帯灰皿の構造等と携帯灰皿を介して投棄された可能性との関連性は明らかでない。 さらに,検察官は,甲30号証により火のついたたばこをスタンド灰皿内に投棄すると,フィルター部分まで燃え尽きることを立証しようとするが,当然あり得ることであるから,取り立てて証拠調べをする必要性はない。また,期日間整理手続における検察官及び弁護人双方の主張を前提にして検討すると,本件灰皿に投棄された後に巻紙の経年劣化以外の理由で本件吸い殻に変色が生じた可能性を否定できない状況にあり,この経年劣化以外の理由による変色の可能性如何がこの問題の中心的争点となることが明らかであったので,検察官の立証趣旨によると,本件吸い殻の変色の原因が巻紙の経年劣化に- 34 -よるものでないことを立証するための甲41,42は取調べる必要がないと判断した。 それぞれの証拠調べ請求を却下したのは,以上のような考慮に基づいてのものである。 の原因が巻紙の経年劣化に- 34 -よるものでないことを立証するための甲41,42は取調べる必要がないと判断した。 それぞれの証拠調べ請求を却下したのは,以上のような考慮に基づいてのものである。 2 その他の間接事実について関係証拠によれば,①本件事件当日午後3時40分頃から午後8時頃までの間,被告人が当時使用していた自動車と同種・同色の自動車が,本件マンションから北方約100mの地点に駐車されていたこと,②被告人自身,捜査段階において,本件事件当日に自己の運転する自動車を同地点に駐車したことを認めていたこと,③本件事件当日午後3時過ぎないし午後3時半頃までの間に,本件マンションから北北東約80mに位置するバッティングセンターにおいて,被告人によく似た人物が目撃されたこと,④被告人は,本件事件当日はAないしA宅を探してa区内ないしその周辺に自動車で赴いたことを自認していることが認められる。 しかし,これらを総合的に評価しても,上告審判決が説示するとおり,被告人が本件事件当日に本件マンションに赴いたとしてもおかしくない状況があるといえるにとどまり,被告人が本件事件当日に本件マンションに赴いたことを推認することはできない。 そして,前記のとおり,当審において実施した証拠調べの結果を併せてみても,結局,本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性を否定できず,かえって,その可能性が高いとさえいえることからすると,本件吸い殻が本件灰皿から採取された事実を併せてみても,被告人が,本件事件当日,本件マンションに赴いたという事実を推認することはできないというべきである。 3 乙14号証について(1) なお,被告人が本件事件当日に本件マンションに赴いたことについては,これを認める内容が記載された被告人の8月17日付警察官調書(差戻し前第1 ないというべきである。 3 乙14号証について(1) なお,被告人が本件事件当日に本件マンションに赴いたことについては,これを認める内容が記載された被告人の8月17日付警察官調書(差戻し前第1審乙14号証)が作成されている。乙14号証の任意性につき,差戻し前第1審判決はこれを肯定し,控訴審判決はこれを否定した。上告審判決には,乙14号証の任意性及び信用性につき再検討が必要だという趣旨の意見及び反対意見もあり,検察官は,当審において,乙14号証の任意性に関して新たな証拠の取調べを請求した。 - 35 -しかし,次のとおり,乙14号証に独立の証拠価値を認めることは困難である。 (2)ア被告人は,本件事件の2日後から,本件事件当日の行動やA及びBらとの関係について警察官から事情聴取を受け,本件事件当日にAないしA宅を探してa区内ないしその周辺に自動車で赴き,本件マンションから北方約100mの地点に自己の運転する自動車を駐車したことは認めていたものの,乙14号証が作成されるまでは,本件マンションに赴いたことを否定していた(当然のことながら,本件事件の犯人であることも否定していた。)。 被告人に対する2回目のポリグラフ検査が行われた7月6日以降,被告人に対する事情聴取は行われていなかったところ,7月23日,本件吸い殻に付着していた唾液中の細胞のDNA型が,被告人の血液のそれと一致したという鑑定結果が出たこともあって,捜査官は,8月17日,被告人方の捜索差押えを実施するとともに,被告人を被疑者としてa警察署に任意同行して取調べを行うことになり,乙14号証はその取調べの中で作成された。 イそして,8月17日の取調べは,被告人を取調べた警察官N自身が作成した捜査報告書(差戻し前第1審甲326号証)及び同人の証言によっても,3人の警察官(取 14号証はその取調べの中で作成された。 イそして,8月17日の取調べは,被告人を取調べた警察官N自身が作成した捜査報告書(差戻し前第1審甲326号証)及び同人の証言によっても,3人の警察官(取調べ担当N警察官,同O警察官,筆記担当P警察官)により,午前8時15分頃から午後10時40分頃までの14時間以上にわたって実施されたものであり,その間トイレ休憩の外には30分ずつの休憩を2回取ったにとどまり,午後8時40分頃まで,被告人が拒んだからにせよ,被告人は飲まず食わずの状態で取調べを受けていたというのであり,その取調べの冒頭,犯行を否認する被告人に対し,警察官は,「君がやったと,俺は確信している。今日は・・・どうして二人を殺したのか,つまり動機を聞く日や。」と告げるなどして取調べを始め,その後も犯行を否認し本件マンションに立ち入ったことも頑なに否定する被告人に対し,被告人が犯人であると決めつけ,これを前提に繰り返し誘導尋問を行い,B及びCの死亡後の開眼写真を示しながら追及し,その過程で「マンションの中から被告人のDNAに合うものが出ている。」と告げ,「動かせない事実や。中に入ったんや。」と被告人が本件マンションに立ち入ったと決めつけた- 36 -尋問を繰り返すなど,強制的要素が極めて強いものであったことが認められる。 同日午後8時40分頃以降,被告人の取調べに関与し,取調官として乙14号証を作成した警察官Qは,休憩後の午後9時10分頃(前記N警察官作成の報告書)に再開された取調べの際,被告人が「入ったかもしれない」と供述し始めたことから乙14号証を作成したと証言するが,それまで12時間にもわたる追及にもかかわらず,頑強に本件マンションへの立ち入りを否定していた理由や,その供述を変遷させて立入りを認めるに至った理由,更に306号室へ立 号証を作成したと証言するが,それまで12時間にもわたる追及にもかかわらず,頑強に本件マンションへの立ち入りを否定していた理由や,その供述を変遷させて立入りを認めるに至った理由,更に306号室へ立ち入ったかどうかについて等通常であれば当然なされるはずの質問すらしていないというのであって,その作成経緯に関する証言内容は不自然というほかない。 ウそして,乙14号証の内容自体,「本年4月14日は,Aの事が色々心配で午前中もe方向等をさがし,午後2時ころ,自宅マンションを出て,Aをさがしに行っています。そして,時間ははっきり覚えていませんが,午後5時前ころに,A夫婦の姿がないか,さがすために本件マンションに入っていると思います。このマンションは4階建てで道路からマンション敷地内に入り,すぐの所にある入口を入って階段を上っています」という供述を含む,わずか3頁足らずの極めて簡単なものである。被告人が,本件事件当日に本件マンションに立ち入ったことを認める部分以外は,それまでの捜査で明らかになっていることばかりであり,本件マンションへの立入りを認める部分についても,上記のとおりであって,秘密の暴露に当たるような,その供述の信用性を担保するものは一切ない。 (3) 以上のような,8月17日の取調べまでの経緯,その日の取調状況,乙14号証の作成経緯・内容などに照らせば,乙14号証の作成経緯に関する被告人供述の信用性如何,従ってその任意性の如何にかかわらず,乙14号証の内容のうち,本件事件当日に本件マンションに立ち入ったことを認める供述部分の信用性は極めて乏しく,これが信用できるかどうかは,結局は本件吸い殻が本件灰皿から採取されたという事実から被告人が本件マンションに立ち入ったと推認できるかどうかにかかっているとさえいえる。そのような推認ができない しく,これが信用できるかどうかは,結局は本件吸い殻が本件灰皿から採取されたという事実から被告人が本件マンションに立ち入ったと推認できるかどうかにかかっているとさえいえる。そのような推認ができないのであれば,前記のような経緯で本件吸い殻から被告- 37 -人のDNAが検出されたことを前提に被告人を追及した結果得られた本件マンションへの立入りを認める供述の信用性に疑問が生じるのは理の当然であって,乙14号証に独立の証拠価値を認め,これによって被告人が本件マンションに立ち入ったとの事実を認定することは到底できないというべきである。 (4) 当裁判所は,以上のような考慮から,検察官の乙14号証の任意性立証に関する新たな証拠は,証拠調べの必要がないと判断していずれも却下した。 4 第5(被告人が,本件事件当日,本件マンションへ赴いたとの事実について)のまとめ被告人のDNAが付着した本件吸い殻が本件灰皿内にあったという事実は,本件吸い殻が第三者によって本件灰皿に投棄された可能性が否定される限り,被告人が本件マンションに立ち入った事実を証明するものである。しかし,本件吸い殻が本件事件当日よりかなり以前に投棄された可能性があることなど,本件吸い殻がBにより本件灰皿に投棄された可能性が高いといえる状況があり,本件吸い殻が本件灰皿内にあったという事実から,被告人が本件マンションに赴いたと推認することは困難であるといわざるを得ない。そして,本件マンションに赴いたことに関するその他の間接事実は,いくら総合的に評価してみても,被告人が本件事件当日に本件マンションに赴いたとしてもおかしくない状況があるといえるにとどまるものである。結局,これらをいくら総合してみても,被告人が本件事件当日に本件マンションに赴いたとの事実は推認(認定)できない。 また,いずれの に赴いたとしてもおかしくない状況があるといえるにとどまるものである。結局,これらをいくら総合してみても,被告人が本件事件当日に本件マンションに赴いたとの事実は推認(認定)できない。 また,いずれの事実も,被告人が犯人でないとしても説明が可能な事実ばかりであり,これらの事実を総合してみても,被告人が犯人でないとすれば合理的に説明できない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が存在するということは困難である。 第6 以上までで検討してきたとおり,被告人が本件事件当日に306号室に立ち入ったとの事実は勿論,本件マンションに赴いたとの事実についても認定することはできない。 そして,検察官が主張するその他の間接事実は,いずれも差戻し前第1審で立証が尽- 38 -くされてきた事実である上,被告人の犯人性を推認させるものとして強力なものとはいえず,306号室への立入り,あるいは少なくとも本件マンションに赴いたという事実が認められて初めて犯人性を推認させる事実として意味を持つものばかりである。 結局,それらの間接事実をいくら総合してみたところで,被告人が犯人であると推認することはできないというべきであるが,以下,検察官の所論に鑑み,それぞれの間接事実について検討を加える。 1 被告人が本件犯行の犯人像に合致するという点について(1) 関係証拠によれば,本件マンションは部外者が簡単に各室の玄関までたどりつくことのできる構造であり,犯人が宅配便業者や居住者が警戒を解き易い身分の者(電力・ガス会社の社員,水道局等の職員)を装えば,Bが強い警戒心をもって扉の開閉に気を配っていたとしても,玄関ドアの施錠を外すことは十分あり得る。Bが玄関ドアの施錠を外して犯人を306号室に招き入れたという事実が仮に認められるとしても,その事実だけでは,本 心をもって扉の開閉に気を配っていたとしても,玄関ドアの施錠を外すことは十分あり得る。Bが玄関ドアの施錠を外して犯人を306号室に招き入れたという事実が仮に認められるとしても,その事実だけでは,本件の犯人がBと近しい関係にある者であると断定することはできない。 (2) また,関係証拠によれば,306号室の鍵置き場に残されていた鍵は,車の鍵や物置の鍵といえる形状のものばかりである。他方,306号室の鍵は居宅の鍵といえる形状のものであることが明らかであり,Aによれば,Bが使っていた306号室の鍵には,他の家の鍵と共にキーホルダーが付けられていたというのである。こうした状況に照らせば,被害者と近しい関係にない者であっても,鍵の形状やキーホルダーを頼りに306号室のかぎを識別することは容易である。犯人が306号室の鍵をその他の鍵と区別して持ち出すことができたからといって,被害者と近しい関係にない者が犯人である可能性が否定されることにはならない。 (3) さらに,本件殺害行為が日曜日の午後4時ないし午後6時頃という夕食前の通常家族がそろっている時間帯に行われたものであり,しかも犯人は,室内の状況からBに夫がいていずれ帰宅することは容易に想像できるのに,306号室からの出火が確認された午後9時45分頃近くまで長時間306号室内にとどまっていることといった- 39 -事情は,被告人が自宅カレンダーにしていた書き込みにより,被告人がAの定休日は水曜日であり,仕事を終えて帰宅する時刻は午後10時か11時頃だと知っていたと認められることからすると,被告人が犯人であるとすれば合理的に説明できる事情であるともいえるが,かといって,第三者がBを付け狙い,被害者らの生活状況を把握した上で犯行に及んだ可能性も否定できないことからすると,犯人は被害者と近しい関係に であるとすれば合理的に説明できる事情であるともいえるが,かといって,第三者がBを付け狙い,被害者らの生活状況を把握した上で犯行に及んだ可能性も否定できないことからすると,犯人は被害者と近しい関係にある者と断定できるほどの事情ではない。被告人が犯人だとすると,Aと鉢合わせになる可能性が高まる時刻近くまで306号室内にとどまるのかといった疑問を提起することもできる。 (4) 関係証拠によれば,本件事件直後,Bはパンティだけを着けた状態であったものの,性的犯罪の被害を受けたことをうかがわせる形跡はないこと,犬のリード付き胴輪の端が6畳間のたんすにはさまれていたこと,6畳間の整理ダンスの引き出しなどが開けられているものの,クレジットカード,キャッシュカード,貴金属類は306号室に残っていたことなどが認められ,これらは,それぞれ,性的犯罪,自殺,財物目当ての物色を装ったものとみることができる状況である。仮にこれらが偽装工作であるとして,そのような工作がなされた理由としては,確かに検察官が主張するように,捜査機関をして犯人が被害者と無関係な第三者であると誤認させようとしたからだとみる余地はある。しかし,電子レンジの扉や冷蔵庫の扉など,およそ金品が入っているはずのない場所の扉も開いていたことや,上記のように,相互に矛盾する内容の偽装工作がなされていることからすると,犯人は相当狼狽していたことがうかがえる。そうすると,例えば,強姦目的で306号室に侵入した犯人が,Bから抵抗を受けて予想外に殺害することになったことから,捜査機関に犯人像を絞らせないため,物盗りを装う偽装工作をしたものの,狼狽していたため,このように矛盾する不完全なものになってしまった,あるいはこの逆の想定も可能であって,そのように狼狽した犯人が,最終的には本件マンションに放火して徹底 を装う偽装工作をしたものの,狼狽していたため,このように矛盾する不完全なものになってしまった,あるいはこの逆の想定も可能であって,そのように狼狽した犯人が,最終的には本件マンションに放火して徹底的な罪証隠滅を図ったとみる余地がないとはいえない。いずれにしても,上記のような偽装工作がなされているからといって,検察官が主張するように,その偽装工作の存在自体が,犯人が被害者と無関係の第三者ではないことを強く推- 40 -認させるなどとはいえない。 (5) そして,幼いCまで殺害していることも,仮に被告人が犯人であれば,Cから犯人であると特定されることを恐れて殺害したとみても不自然ではないが,通り魔が,抵抗するBのただならぬ気配を察して泣き叫ぶCを黙らせるために殺害したという見方も十分可能であり,通り魔による殺人の可能性を排除するものではない。少なくとも,幼いCまで殺害しているという事実から直ちに,犯人が被害者らと近しい関係にある者だと推認することには論理の飛躍がある。 (6) 以上のように,本件が被害者らと近しい関係にある者による犯行であるとする検察官主張の根拠となる事実関係は,被害者らと近しい関係にある者が犯人であっても矛盾しないか,犯人であるとすると合理的に説明できるという程度の事情にとどまるというべきであり,他方で,通り魔による犯行である可能性を排除するものではなく,被告人が犯人でなくても,やはり合理的に説明することができる事実関係ばかりである。 (7) 結局,第三者による犯行の可能性は否定できず,被害者らと近しい関係にある者による犯行であるとは断定できない。そうすると,仮に被害者らと近しい関係にある者の中で本件事件当時のアリバイがなく犯行を行ない得たのは被告人だけであるといえたとしても,この事実だけでは被告人が犯人である可能性が あるとは断定できない。そうすると,仮に被害者らと近しい関係にある者の中で本件事件当時のアリバイがなく犯行を行ない得たのは被告人だけであるといえたとしても,この事実だけでは被告人が犯人である可能性があるといえるにとどまり,被告人が犯人であることを推認させる事実とまではいえないし,被告人が犯人でないとすれば合理的に説明することが極めて困難な事実ともいえない。 (8) なお,当裁判所は,第三者による犯行の可能性がないことに関する検察官の証拠調べ請求を,いずれも却下した。理由は以下のとおりである。 検察官は,本件事件発生後の捜査状況や,被告人を犯人と特定した経緯等をRの供述により立証しようとした。しかし,検察官の証拠意見によると,Rは本件事件の捜査を指揮した警察官であり,R自身が捜査を行ったわけではない。したがって,Rの供述により個々の捜査やその経緯が適切であったかどうかが明らかになるわけではない。R供述により明らかになるのは,通り魔による犯行の可能性を考慮して捜査を行ったが,直接犯人に結び付く情報は得られなかったということにとどまるものであり,通り魔によ- 41 -る犯行の可能性を否定するものではない。そのような捜査経緯については,差戻し前第1審における証人Sの証言により立証が尽くされているというべきである。 また,被告人がAの勤務日や帰宅時間を認識していたことは,既述のとおり,関係証拠により推認できるのであり,被告人の認識がどのようなものであったかをAやDの供述により立証する必要性は低い。 さらに,Jに本件事件当日のアリバイがあるかどうかは重大な争点ではなく,証人Jの取調べに加えてT(甲9号証)を取り調べる必要性は乏しい。 以上のような考慮から,証人R(及び当審甲1号証),当審甲2号証(証人Aの甲2号証に関する尋問事項),当審甲112 な争点ではなく,証人Jの取調べに加えてT(甲9号証)を取り調べる必要性は乏しい。 以上のような考慮から,証人R(及び当審甲1号証),当審甲2号証(証人Aの甲2号証に関する尋問事項),当審甲112号証(当審甲2号証の添付資料),当審甲7号証(証人Dの甲7号証に関する尋問事項)及び証人T(当審甲9号証)の各証拠調べ請求を却下した。 2 次に,被告人の当日の行動についての説明についてみると,確かに,被告人は,当日の行動について,客観的裏付けを欠き,曖昧で漠然ともいえる供述をし,供述内容にも変遷がみられる。 しかし,被告人によれば,本件事件当日の午後は,Aらと再会するため,長時間にわたり考え事をしながらよく知らない地域を車で探し回っていたというのであるし,その途中で立ち寄ったという建物も,当時A宅として抱いていた抽象的なイメージに合致するという程度の印象しかなく,いずれも本件事件当日に初めて訪れた場所だというのである。この供述を前提にすれば,どのような場所を訪れたのか確定できず,供述内容が曖昧で漠然なものになったとしても不自然ではないといえる。確かに,特にあてもなく長時間にわたりよく知らない地域を探し回るというのは,容易に得心しにくい行動といえるが,かといって,そのような行動に出ることはおよそありえないと断言できるものでもない。 検察官が主張する捜査段階から公判にかけての供述内容の変遷は,上記被告人の弁解を前提にする限り,そもそも変遷とは評価できないものや,供述の重要部分とはいえない部分についての変遷との説明が可能であり,また,犯人として追及されている者の立- 42 -場からすると,犯人とされないように自己に有利と思われる内容を,意識的あるいは無意識的に,虚実を織り交ぜるなどして供述することはありうることであるから,被告人の供述内容に ている者の立- 42 -場からすると,犯人とされないように自己に有利と思われる内容を,意識的あるいは無意識的に,虚実を織り交ぜるなどして供述することはありうることであるから,被告人の供述内容に虚偽があるからといって,そのことをとらえて犯人性を推認させるものと即断することはできない。すなわち,仮に本件犯行時間帯前後の行動に関する被告人の供述に虚偽があったとしても,虚偽を述べる理由は様々なことが想定できるのであり,例えば,本件事件当日における犯行時刻頃の行動を明確にすることにより,自己に不利益な事実を自認することにつながり,犯人とされてしまうことをおそれて虚偽を述べるということも考えられる。本件は極刑も想定される重大事犯である上,被告人は一人でA宅を探していたというのであり,当日のアリバイを裏付けるものはなく,被告人とAやBらとの間には,検察官が主張するような本件犯行の動機となりうるような背景事情もうかがわれるのである。犯人でなかったとしても犯人とされることにつながるような情報を隠すことは十分考えられる。もちろん,検察官が主張するように,被告人が虚偽を述べる理由は,自己にとって都合の悪い行動を隠すためだとみることは十分可能であるが,かといって,被告人にとって都合の悪い行動を,306号室内への立入りや本件マンションに赴いたことだと断定することはできない。 要するに,本件事件当日の行動に関する被告人の供述は,不自然さや不合理さを指摘できるにとどまり,虚偽であると断定できるものではないし,仮に犯行時間帯前後における行動についての供述に虚偽があったとしても,虚偽を述べたこと自体をとらえて,被告人が本件事件当日に306号室に立ち入ったことや本件マンションに赴いたことを直接推認することはできない。結局,被告人が,本件事件当日の行動について,曖昧で ても,虚偽を述べたこと自体をとらえて,被告人が本件事件当日に306号室に立ち入ったことや本件マンションに赴いたことを直接推認することはできない。結局,被告人が,本件事件当日の行動について,曖昧で不自然かつ不合理な供述をしているという事実は,他の証拠関係から本件マンションに赴いたことや306号室に立ち入ったことを認定できない以上,被告人の犯人性を推認させるものとしては間接的なものにとどまるといわざるを得ない。 3 被告人が犯行時刻頃に携帯電話の電源を切っていたという点については,そもそも被告人が本件事件当日に携帯電話の電源を切っていたことが,なぜ被告人が犯人であることと整合する事実なのか,納得できる説明はされていない。 - 43 -この点,検察官は,被告人がA方を訪問すること自体を秘密にしておきたかったとすれば,携帯電話の電源を切って連絡を遮断する行動に出るのは自然であると主張する。 しかし,被告人がA方を訪問したことは,後日Bを通じてDに知らされる可能性が考えられる。被告人が携帯電話の電源を切っていても,それだけではA方への訪問を秘密にすることはできない。A方の訪問を秘密にするためという理由は説得的であるとは思えない。 また,検察官は,BとCの死亡推定時刻が本件事件当日の午後4時から午後6時頃の間と推定できること,被告人は遅くともDが発信したメールが受信されなかった午後5時15分頃から,このメールが受信された午後11時過ぎ頃までの間,自らD宛てにメールを発信し(午後5時52分),電話を架けた(午後10時過ぎ)時を除き,携帯電話の電源を切っていたと認められると指摘して,殺害後の偽装工作をするに当たって外部との連絡を遮断するために携帯電話の電源を切ったと考えられると主張する。しかし,偽装工作をするに当たって,なぜ外部との連絡を遮断する必 いたと認められると指摘して,殺害後の偽装工作をするに当たって外部との連絡を遮断するために携帯電話の電源を切ったと考えられると主張する。しかし,偽装工作をするに当たって,なぜ外部との連絡を遮断する必要があるのかその理由は明確でない。着信音が出ないようにする必要があることを意味するのであれば,マナーモードにしておけばよいだけであるし,偽装工作に専念するため,着信すること自体の煩わしさを避けたかったというのであれば,前記のとおり,被告人が午後5時52分頃に自己の携帯電話からDの携帯電話に「ごめん迎えにいけません」との表題で,「また連絡しますね。」との内容のメールを送信していることをどのように説明するのかも明らかではない。 結局,検察官の主張は,被告人が犯人であることを前提とした上での推測に基づくものでしかなく,被告人が犯行時刻頃に携帯電話の電源を切っていた事実は,被告人が犯人であることと整合する事実とまではいえず,犯人性を積極的に推認させるものと位置付けることはできない。 4 犯行動機の点は,仮に,検察官が主張するとおり,被告人に,Bとの間のやり取りや同女のささいな言動など,何らかの事情をきっかけとして,Bに対して怒りを爆発させてもおかしくない状況があったとしても,その状況自体は何ら被告人の犯人性を推- 44 -認させるものではなく,被告人が本件事件当日にBと会ってやり取りをしたことなどが推認できて初めて犯人性を推認させる間接事実の一つとなるものにすぎないものといえる。本件マンションに赴いたという事実すら認定できない本件証拠関係のもとでは,上記の状況があるからといって,検察官が主張するように,これを被告人が犯人であることに整合する事実とまではいえない。 5(1) 検察官が不自然であると指摘する被告人の各行動についてみる。本件事件当日の の状況があるからといって,検察官が主張するように,これを被告人が犯人であることに整合する事実とまではいえない。 5(1) 検察官が不自然であると指摘する被告人の各行動についてみる。本件事件当日の夜,被告人方マンションの駐車場に着いてから約15分間帰宅しなかった点については,マンション駐車場に着いてから帰宅するまでに多少の時間が掛かることは通常でもありうることであるから,約15分間帰宅しなかったことをとらえて特に不自然などということはできないし,その間,被告人が何をしていたかについては全く明らかになっていないから,犯人であれば整合する事実ということはできない。また,事件の連絡を受けてから約7時間以上にわたってDに連絡しなかったという点については,被告人は,Dにどのように告げるか迷っていたと供述しており,この供述は,被告人とDらとの関係に照らせば特に不自然といえるものではない。さらに,被告人自身がa警察署に問い合わせなかった点についても,I方でAの事情聴取が終了するのを待ち,a警察署へはIが連絡を取り,その場で待つよう指示を受けていたという事情があることからすると,不自然であるとまではいえない。遺体を引き取るよう警察署から連絡が入った際,被告人はBの実家と電話中であったのであり,遺体の引き取りに同行することを被告人が拒んだというような事情は認められない。検察官が不自然だと指摘する被告人の各行動は,経緯や背景事情を踏まえると,不自然とまで評価できるものではなく,被告人を犯人とすると整合する事情とまではいえない。 (2) 犯行の痕跡とされる点についてみる。被告人の左上腕部のあざやデニムシャツの絞りじわについてのDの証言は,差戻し前第1審判決が指摘するとおり,その供述経緯に照らすと相当に不自然である上,その内容自体,合理的に説明することが困難で みる。被告人の左上腕部のあざやデニムシャツの絞りじわについてのDの証言は,差戻し前第1審判決が指摘するとおり,その供述経緯に照らすと相当に不自然である上,その内容自体,合理的に説明することが困難で不自然といえる証言もしているのであり,上記各証言の信用性には疑いを差し挟む余地が十分にある。仮に上記証言が信用できるものであったとしても,関係証拠上,犯人の- 45 -腕にあざが残り,あるいは,犯人の肘から下の部分が濡れるような犯行状況だったと断定することはできない上,Dがあざや絞りじわを見たのが本件事件の数日後であることからすると,上記あざやデニムシャツの絞りじわが犯行の痕跡に直ちに結び付くものといえるかは疑問がある。指の切り傷についても,犯人が指にけがを負う状況だったのかについては何ともいうことができないし,職場でけがをしたという被告人の供述を排斥できるものでもない。 結局,犯行の痕跡があったという検察官の主張も,そのように断定できるものではない以上,被告人が犯人であることと整合する事実とはいえない。 (3) 検察官が,犯人ならではの心理の現れとして指摘する被告人の言動については,いずれもせいぜい被告人が犯人だとすると,そのように解する余地もあるといえる程度のものにすぎず,被告人が犯人でないとしても十分説明が可能なものばかりであって,到底犯人性に結び付く事情といえるものではない。すなわち,被告人によれば,本件事件当日は,Aらと再会するため,長時間にわたり考え事をしながらよく知らない地域を車で探し回り,自分の行動を裏付けるものは何もないと思っていたというのであるから,そのような状況にある被告人が,EにA方住所を聞いていないことを念押ししたり,Dや職場の上司ら周囲の者にアリバイがないことなどを強調したとしてもおかしくはないし,もともと曖昧 たというのであるから,そのような状況にある被告人が,EにA方住所を聞いていないことを念押ししたり,Dや職場の上司ら周囲の者にアリバイがないことなどを強調したとしてもおかしくはないし,もともと曖昧な記憶に基づくものであるから,上司に対する説明が二転三転したとしても不自然ではないという見方も可能である。また,被告人は,当初は警察官の事情聴取等に協力的に応じていたものの,警察官から嫌疑を深められ,その対応に不満を訴えていたというのであるから,犯人でなかったとしても,そのような不満から捜査に非協力的な態度を示すことはありうることであるし,法要の席でのBの両親に対する言動についても,Bの両親からAの責任を追及するかのような言動を受けてなされたものであるから,被告人がA及びBとの関係で知っていることを全て説明したにすぎないとみることも可能であろう。本件事件後は浴槽につからなくなったことも,単に面倒だったという被告人の主張を排斥できるものではない。結局,検察官が指摘する事情は,いずれも,犯人ならではの心理の現れと断定できるようなものではなく,これらを被告- 46 -人が犯人であるとすると整合する事情ということは到底できない。 (4) Dが被告人を犯人と確信して家出をしたという点についてみる。仮に,Dが被告人を犯人と確信する過程で聞知した事実が,全く犯人性を推認させるものではなかったり,その程度の低いものばかりである場合は,Dの属性をいかに強調したとしても,Dが犯人と確信したという事実は,被告人の犯人性に結び付くものではないであろう。 犯人と確信したという事実が意味を持つのは,その確信に至る過程や根拠が,一般人に対しても納得のいくものであったり,説得力があるような場合であり,そのような場合でなければ,犯人と確信したこと自体は,犯人性を推認させるもので 実が意味を持つのは,その確信に至る過程や根拠が,一般人に対しても納得のいくものであったり,説得力があるような場合であり,そのような場合でなければ,犯人と確信したこと自体は,犯人性を推認させるものではないというべきである。そして,犯人と確信するに至る過程や根拠が説得力を持つ場合というのは,犯人と確信するに至る過程で聞知した諸々の事実が,そもそも虚偽や誤解に基づくものでなく,犯人性を推認させる程度の高いものであり,これらの事実を総合して推認した過程が説得的である場合にほかならない。結局,犯人性を推認させる間接事実として意味を有するのは,あくまで個々の間接事実であり,Dが犯人として確信したという事実自体は,被告人の犯人性に結び付くものではないというべきである。なお,Dは5月中旬頃,警察官から,被告人が犯人である旨告げられた上,自首するよう被告人を説得して欲しい旨申し向けられ,警察はよほど調べたのだと思ったと証言しているのであり,被告人が犯人であるとのDの確信は,警察官からの強い誘導の影響を受けて形成されたことがうかがえるのである。 以上によれば,Dが被告人を犯人と確信し家を出た事実は,被告人が犯人であることと整合する事実ということはできない。 (5) なお,検察官は,当審において,Dの供述等により,Dが腕のあざやデニムシャツの絞りじわの存在を捜査官に伝えた経緯,被告人を犯人と確信した経緯,被告人が必ずしもCをかわいがっていなかったことなどを立証しようとしたが,それらの事項は,既述のとおり,犯人性を推認させる間接事実としては相当に間接的なものにとどまり,また差戻し前第1審において十分に尋問がなされている。当審において,改めてこれらの事項に関し証拠調べをする必要は乏しいことから,上記事項に関する検察官の証- 47 -拠調べ請求をいずれも却下 り,また差戻し前第1審において十分に尋問がなされている。当審において,改めてこれらの事項に関し証拠調べをする必要は乏しいことから,上記事項に関する検察官の証- 47 -拠調べ請求をいずれも却下したものである。 6 最後にポリグラフ検査の結果についてみる。 (1) 被告人に対して実施されたポリグラフ検査は,差戻し前第1審判決が指摘するように,①警察署の取調室で検査が行われ,特に外界からの影響を遮断する工夫が施されていなかったこと,②裁決項目が二つ存在する質問もあること,③検査結果に関する資料としては鑑定書及びチャートしか残されておらず,検査官の記憶にも曖昧な部分が多いことから,鑑定内容の正確な検証が不可能であることといった問題がある。 (2) また,被告人は,ポリグラフ検査が実施される5月4日までの間に,新聞報道やAから聞いた話を基に犯人像を推測するなどしており,「Bの遺体の頭の方向」,「Bの遺体に対する行為」,「現場での行為」という各質問に関連するものとして,Aの話や報道内容からBの遺体の頭の方向を推測していたこと,Aから,現場の床には衣類等が散乱していたこと,Bが部屋の模様替えをしていたこと,部屋の中にある何かが動かされていたことなどを聞いたと供述している。 ポリグラフ検査では,実際に体験をしていなくても,知識や推測に基づいて反応が出ることがあり,そのどちらであるかの見極めはできないというのであるから,被告人の上記供述内容を前提にすると,被告人が犯人でなくても,「東向き」,「衣類を敷く」,「家具を移動する」といった検察官が指摘する質問の裁決項目に,顕著な特異反応が出ることは十分ありうるというべきである。また,被告人は上記認識内容を検査官にも伝えた旨供述しており,検査官とのやり取りに関する被告人の供述を前提とすると,ポリグラフ検 裁決項目に,顕著な特異反応が出ることは十分ありうるというべきである。また,被告人は上記認識内容を検査官にも伝えた旨供述しており,検査官とのやり取りに関する被告人の供述を前提とすると,ポリグラフ検査の各質問が適切なものであったかについても疑問が残るというべきである。 なお,上記ポリグラフ検査を実施したU検査官は,上記各質問に関し,被告人から特異反応を生じさせる要因となり得るような内観報告はなかった旨証言する。しかし,U検査官は被告人とのやり取りをほとんど記憶していない上,内観報告は,U検査官が重要だと判断するものだけを記載する方針であったこともあって,鑑定書の記載やU検査官の証言のみでは,検査の際に具体的にどのような内観報告が被告人からなされたのか全く明らかでない。被告人の上記供述内容は具体的かつ詳細であって,被告人がAから現- 48 -場の様子をある程度聞いていたことはU検査官の証言からもうかがわれることからすると,被告人の供述内容を虚偽であるとして排斥することはできない。 (3) さらに,Bの遺体を発見した消防署救助隊員によれば,Bの遺体には布団かタオルのようなものがかぶせられていたというのである。Bの遺体に対する行為という質問に対する回答として,「布団をかける」という項目に何ら反応を示していないのは,被告人が犯人であることとは整合しない事実ともいいうる。 (4) 以上のとおり,上記ポリグラフ検査は,多くの問題を含んでいる上,ポリグラフ検査の際に被告人が認識していたことや推測していたことを踏まえると,被告人が犯人でなかったとしても,検察官が指摘する質問の裁決項目に顕著な特異反応が出ることはありうるというべきである。また,被告人が犯人であることとは矛盾するともいいうる検査結果も出ている。ポリグラフ検査の結果をもって,被告人が犯人である 指摘する質問の裁決項目に顕著な特異反応が出ることはありうるというべきである。また,被告人が犯人であることとは矛盾するともいいうる検査結果も出ている。ポリグラフ検査の結果をもって,被告人が犯人であることと整合する事実ということはできない。 第7 結論以上検討してきたとおり,被告人が,本件事件当日,本件マンションに赴き,306号室内に立ち入ったとの事実はいずれも認定できない。また,本件が被害者らと近しい関係にある者による犯行であるとは断定できない。被告人の当日の行動についての説明は,不審を抱かせるものといえても,虚偽であると断定できるわけではないし,仮に虚偽であるといえたとしても,そのことから本件マンションに赴いたことや306号室に立ち入ったことを推認できるものではない。犯行動機に関しては,あくまでも犯行動機となりうる背景事情が存在するという程度にとどまる。その他の間接事実は,被告人が犯人であるとするならば検察官が主張するような説明や評価ができるといいうるにとどまるものであり,いずれも被告人の犯人性を積極的に推認させる事実ではなく,それらの事実のみで被告人を有罪と認定することは著しく困難である。 そして,本件証拠関係から認められる間接事実は,いずれも被告人が犯人でなくても説明可能な事実であり,被告人と被害者らとの間に一定の関係があることからすると,そのような事実が複数認められたとしても不自然ではない。そうすると,状況証拠によ- 49 -って認められる間接事実の中に,被告人が犯人でないとすれば合理的に説明できない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が存在するといえるかどうかには疑問が残るというほかない。 したがって,被告人に対する本件公訴事実については,結局,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により めて困難である)事実関係が存在するといえるかどうかには疑問が残るというほかない。 したがって,被告人に対する本件公訴事実については,結局,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 (求刑:死刑)なお,証拠の紛失に関して付言する。 上告審判決が,そのDNA鑑定の必要性を示唆したたばこの吸い殻が差戻し前第1審当時において既に失われていた事実が当審において初めて明らかとなったことは既に説示したとおりである。弁護人の指摘を待つまでもなく,この事実が差戻し前第1審当時に明らかになっておれば,上告審判決の内容はもとより,上告審を含め差戻し前の審理の帰趨自体が別のものとなっていた可能性も否定されない。このような事態が繰り返されてはならないことは改めて指摘するまでもない。 また,当審における証拠調べの結果からすると,本件証拠紛失が明らかとなって以降の,その紛失経緯を究明するための活動は,遺憾ながら不十分なものに止まったといわざるを得ない。その原因を究明することは,再発防止を図る出発点である。DNA鑑定等の科学捜査の重要性を踏まえると,その前提となる物証の適切な保存管理は今後の捜査の最重要課題といって過言でない。今一度,本件証拠紛失の経緯を再検討し,個人の責任を追及するのではなく,組織のありようや物的施設のありようをも含めた総合的観点から再発防止策が採られることを切に希望する。 平成24年3月19日大阪地方裁判所第15刑事部 裁判長裁判官水島和男 - 50 -裁判官和田将紀 裁判官長峰志織 裁判官 和田将紀 裁判官 長峰志織

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