平成31(わ)284 窃盗

裁判年月日・裁判所
令和2年2月17日 名古屋地方裁判所
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判決文本文5,472 文字)

主 文被告人を懲役1年に処する。 この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予し,その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理 由(罪となるべき事実)被告人は,平成31年2月7日午前11時13分頃,名古屋市a区bc丁目d番e号f7階株式会社A「B店」において,同社名古屋事務所エリアマネージャーC管理の食料品24点(販売価格合計2592円)を窃取したものである。 (法令の適用)被告人の判示所為は,刑法235条に該当するところ,所定刑中懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役1年に処し,なお,被告人は平成27年9月1日名古屋地方裁判所で窃盗罪により懲役1年に処せらせ5年間保護観察付きでその刑の執行を猶予され,本件はその猶予の期間内に犯したものであるが(本件時,保護観察は仮解除されていた。),情状に特に酌量すべきものがあるから,同法25条2項を適用してこの裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予し,同法25条の2第1項後段によりその猶予の期間中被告人を保護観察に付し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。 (責任能力についての判断) 1 弁護人の主張被告人は,本件当時,神経性過食症,窃盗症,解離性障害にり患しており,これらの疾病により,事理弁識能力及び行動制御能力がほぼ喪失 した状態にあったのではないかという合理的疑いが残るから心神喪失又は心神耗弱の状態にあった。 2 当裁判所が認定した事実⑴ 被告人の本件犯行時の言動等被告人は,平成31年2月7日,名古屋市a区所在の歯科医院で治療を受けた帰り,同日午前11時7分頃,判示の店舗(以下「本件店舗」という。)に入り,陳列棚から菓 ⑴ 被告人の本件犯行時の言動等被告人は,平成31年2月7日,名古屋市a区所在の歯科医院で治療を受けた帰り,同日午前11時7分頃,判示の店舗(以下「本件店舗」という。)に入り,陳列棚から菓子パン18点,串団子2点,おにぎり2点,カップラーメン2点を取って買い物かごに入れ,陳列棚横の通路において,かごの中に広げた状態で入れたレジ袋(被告人が持参したもの)の中に,これらの商品を移し入れた。 被告人は,本件店舗の出入口に向かって歩きながら,後ろを気にするように一,二回振り返った後,買い物かご置き場にかごを置き,菓子パン等24点入りのレジ袋を持ち,同日午前11時13分頃,商品の代金を支払わないまま本件店舗を出た。 被告人は,本件店舗の傍にあるエレベーターの前に歩いていき,エレベーターのボタンを押した後,近づいてきた警備員から「万引きGメンだけど。お金払ってないよね。」などと声をかけられると,無言のまま後ずさりをした。被告人は,警備員に背中側に回り込まれ,携帯していたショルダーバッグのひもを掴まれると,警備員に体を押し付けるようにして抵抗したが,警備員に本件店舗の事務所に連れて行かれ,その後,現行犯人逮捕された。 ⑵ 前科等被告人は,いずれも窃盗罪(万引き)により,平成13年に起訴猶予となり,平成20年7月に罰金20万円,平成26年2月に懲役1年,3年間執行猶予,平成27年9月に懲役1年,5年間保護観察付き執行猶予(平成30年10月仮解除,平成31年3月仮解除取消し) にそれぞれ処せられた。 ⑶ 病歴等被告人は,平成27年の万引きの事件で起訴された後,初めて精神科病院を受診し,摂食障害,窃盗症(疑い)との診断を受け,弁護人の依頼を受けて被告人の精神鑑定をした医師からは,以上に加え,解離性障害(疑い)との診断 27年の万引きの事件で起訴された後,初めて精神科病院を受診し,摂食障害,窃盗症(疑い)との診断を受け,弁護人の依頼を受けて被告人の精神鑑定をした医師からは,以上に加え,解離性障害(疑い)との診断も受けた。被告人は,平成27年2月から10月頃までの間,D病院に入院して治療を受け,退院後も,平成31年1月までの間,毎月1回,同病院に通院してカウンセリング治療などを受けた。 3 被告人の精神症状について⑴ E医師の診断についてE医師は,弁護人の依頼を受けて作成した精神鑑定書及び当公判廷において,被告人は,本件犯行当時,神経性過食症,窃盗症,解離性障害にり患していたと述べる。また,これらの精神障害が本件犯行に与えた影響につき,概ね次のように述べる。 被告人については,神経性過食症が万引き行動の程度と連動していると考えられるところ,本件当時は神経性過食症の症状が重度であり,これにより,万引き衝動が亢進していた可能性がある。加えて,被告人は,犯行3日前に過食嘔吐を繰り返していたことを母親に知られたことや,犯行当日に持ち歩かないと約束していたビニール袋がかばんに入っているのを発見したことなどが大きなストレッサーとなって,本件店舗に滞在している間の記憶が部分的に欠損し(解離性健忘),記憶がある部分については「ふわふわした」状況(離人感)になっており,そのような時点においては,自身の行為の意味や違法性について十分に理解・検討できず,行動の制御もしにくくなっていた可能性がある。したがって,本件犯行当時の被告人の精神状態は,神経性過食 症,窃盗症及び解離性障害の影響を大きく受けていた。 E医師は,経験豊富な精神科医であり,本件の書証等のほか,合計15時間程度にも及ぶ複数回の被告人との面談や,質問紙検査等を基に意見を述べており,鑑 ,窃盗症及び解離性障害の影響を大きく受けていた。 E医師は,経験豊富な精神科医であり,本件の書証等のほか,合計15時間程度にも及ぶ複数回の被告人との面談や,質問紙検査等を基に意見を述べており,鑑定の基礎とした前提条件に問題はなく(なお,被告人の犯行時の記憶の有無に関し,当事者間に争いがあるところ,被告人は,犯行直後警備員に対し犯行を自認していたとはいえ,被告人の症状や供述状況等に鑑み,少なくとも被告人がその鑑定時に犯行状況について明確かつ連続した記憶があった(鑑定でうそをついた)と認めるには足らず,被告人のいうように断片的かつ曖昧な記憶しかないことを前提とした点に誤りはない。),E医師の供述は,専門的知見に基づく概ね合理的なものであって,特に信用性に欠けるところはない。 ⑵ F医師の診断についてこれに対し,F医師は,起訴前に簡易精神鑑定を実施し,精神鑑定書及び当公判廷において,被告人は,犯行当時,摂食障害及び窃盗症にり患していた可能性があるものの,レジからは見えない別の棚に移動し,かごの中でレジ袋に商品を移すという巧妙な手口で本件犯行に及んでいることからして,「自我」や「理性」という高次の抑制機能が働いた形跡があり,抑制機能の障害は存在していないなどと述べる。 F医師は,経験豊富な精神科医であるが,そもそも簡易鑑定の性質上鑑定資料が少ないこと等からその信用性に限界がある上,従前の診断名に従って本件当時の診断を導いたり,犯行時の記憶など前提事実を誤認して独自に評価して考察を加えたりしている点があり,F医師作成の鑑定の信用性には多大の疑問がある。したがって,F医師の考察は採用し得ない。 ⑶ 以上によると,被告人の責任能力を判断するにあたっては,基本的 に,E医師の診断を尊重して判断するのが相当である。 4 当裁 の疑問がある。したがって,F医師の考察は採用し得ない。 ⑶ 以上によると,被告人の責任能力を判断するにあたっては,基本的 に,E医師の診断を尊重して判断するのが相当である。 4 当裁判所の判断E医師の診断を前提に,神経性過食症,窃盗症及び解離性障害が本件当時の被告人の事理弁識能力及び行動制御能力に与えた影響について検討する。 被告人は,犯行当時約6万円もの現金を所持し,逮捕等のリスクがあることを理解していながら,食料品24点(販売価格2592円)を大胆な手口で万引きしているところ,このような大きなリスクを冒す行動をとることは,通常人の感覚からして常軌を逸しており,理解し難い。 被告人が本件犯行に及んだ経緯や動機形成の過程には,神経性過食症及び窃盗症により衝動性が高まった状態にあったことが大きく影響していたことが明らかである。 もっとも,被告人は,種々ある商品のなかから食料品のみ24点を選んで万引きしたのであり,万引きの衝動をそれなりにコントロールできていたといえる。また,被告人が,一旦かごの中に入れた商品を,かごの中で,持参したレジ袋に移し替えたり,退店する際に後ろを気にするように一,二度振り返ったりし,店舗を出たところで警備員に声をかけられると,無言で後ずさりするなどしたことによれば,被告人は,人の目につく場所で商品をレジ袋に移し替えるなど稚拙な点はあるものの,犯行が発覚すれば捕まる可能性があること,すなわち自身の行為の意味及びその違法性を理解した上で,犯行が発覚しそうであれば犯行を中止しようとの意識のもと,被告人なりに,周囲の状況に応じて,犯行が発覚しないよう注意を払いつつ行動していたといえる。 この点,E医師は,被告人の記憶が部分的に欠損し,あるいは「ふわふわした」状況にあった時点においては,被告人は,自 に,周囲の状況に応じて,犯行が発覚しないよう注意を払いつつ行動していたといえる。 この点,E医師は,被告人の記憶が部分的に欠損し,あるいは「ふわふわした」状況にあった時点においては,被告人は,自身の行為の意味やその違法性について十分に理解し,検討できていなかった可能性があ ると指摘する。しかし,被告人が上記のように概ね合理的行動をとっていることを踏まえると,そのような可能性があるとしても本件犯行への影響は限定的であり,責任能力の判断を左右するものではないと認められる。 以上によれば,被告人は,犯行に至る経緯や動機の形成過程において,窃盗症及び神経性過食症の影響を強く受けていたものの,自身の行為の意味及びその違法性を理解するとともに,神経性過食症や窃盗症からくる衝動をそれなりにコントロールして行動しており,事理弁識能力及び行動制御能力が喪失し又は著しく減退していたとは認められない。よって,被告人は,本件当時,完全責任能力を有していたと認められる。 (量刑の理由)本件は,100円ショップにおける食料品24点の万引きの事案である。 被告人は,平成26年2月に窃盗罪により懲役1年,3年間執行猶予,平成27年9月に窃盗罪により懲役1年,5年間保護観察付き執行猶予の各判決を受け,二度にわたり社会内更生の機会を与えられながら,二度目の執行猶予期間中に本件犯行に及んだものであって,この種事犯の規範意識の鈍麻は著しく,犯情は悪いから,検察官が実刑を求めるのは当然のことと考えられる。 しかしながら,本件の被害額が多くはない上,被害弁償をしていることや,被告人が,前回の裁判以降,入通院して精神的な問題について専門的治療を受けるとともに,買い物袋を持たず,一人で買い物に行かない旨を家族と約束するなどして再犯防止に取り組み,保護観察付き いることや,被告人が,前回の裁判以降,入通院して精神的な問題について専門的治療を受けるとともに,買い物袋を持たず,一人で買い物に行かない旨を家族と約束するなどして再犯防止に取り組み,保護観察付き執行猶予の判決言い渡しから約3年で保護観察が仮解除されるまでになっていたことに照らせば,本件が二度目の執行猶予期間中の犯行であるとはいえ,法律上はもとより量刑上も再度の執行猶予を言い渡す余地がないとまではいえない。 そこで,本件について情状に特に酌量すべきものがあるかどうかについてみると,まず,前述したとおり,被告人は,本件犯行当時,神経性過食症,窃盗症等にり患しており,本件に至る経緯や動機の形成過程においてその影響を大きく受けていたものと認められるから,かかる事情を考慮すると,被告人に対する責任非難の程度は相当程度減じられるものといえる。 これに加えて,被告人は,本件での保釈後,改めて入院して専門的治療を受け,退院後は窃盗症患者を専門的に扱う法人が管理する寮に入所し,両親や社会福祉士等の支援の下,治療を継続しており,普通の暮らしができるようになりたいとの切実な思いから,治療を継続する決意を表明している。このように被告人の治療環境が整い,治療意欲も高まっている現状においては,その治療を継続することにより,万引きの原因であった精神的問題が解決され,再犯防止につながることが十分に期待できる。 以上によれば,本件は,刑罰よりも治療を優先することが許される事案であって,情状に特に酌量すべきものがあると認められるから,被告人に対しては,主文の懲役刑を定めた上,今一度,保護観察の下でその刑の執行を猶予して,社会内での治療と更生の機会を与えるのが相当である。 (求刑懲役1年6月)(参与判事補白鳥葵)令和2年2月17日名 懲役刑を定めた上,今一度,保護観察の下でその刑の執行を猶予して,社会内での治療と更生の機会を与えるのが相当である。 (求刑懲役1年6月)(参与判事補白鳥葵)令和2年2月17日名古屋地方裁判所刑事第1部裁判官山田耕司

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