平成14(ワ)15729 一橋出版賃金請求

裁判年月日・裁判所
平成15年4月21日 東京地方裁判所
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判決文本文11,951 文字)

主文 1 被告は,原告に対し,382万0413円及びこれに対する平成14年7月25日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 この判決は,第1項について,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 原告の請求主文と同旨第2 事案の概要本件は,被告を退職した従業員である原告が,被告に対し,賃金の減額の効力を争い,賃金(基本給,割増賃金),一時金及び退職金の差額分の支払を求めた事案である。 1 前提事実(証拠を掲げないものは,争いがない。)(1) 被告は,教科書の出版販売等を業とする会社である。 (2) 原告(昭和17年5月15日生)は,昭和44年9月29日,被告に入社し,平成14年5月15日,被告を定年退職した。原告は,日本出版労働組合連合会傘下の一橋出版労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。 (3) 被告の従来の就業規則には,次の定めがあった(甲1)。 ア従業員の定年は58歳の誕生日とする(9条)。 イ賃金体系は,基準内賃金(基本給,家族手当,管理職手当),基準外賃金(時間外勤務手当,通勤手当)とする(24条)。 ウ賃金は,毎月20日に締め切り,当月25日に支払う(25条,26条)。 エ基本給は,本人の能力・技能等を基礎とし,年齢,経験,職務責任の度合いなどを考慮して定める(27条)。 オ従業員が退職したときは,別に定める退職金規定に基づき退職金を支給する(37条)。 (4) 被告の退職金規定には,次の定めがある(甲2)。 ア退職金は,退職時の基本給に,勤続年数に応じた別紙1の支給率を乗じた金額とする(4条)。 イ勤続年数は,雇入れの日から退職の日までを暦日計算する。勤続年数に1年未満の端数を生じたときは,月単位で計算し,1か月未満の端数は1か月に切 数に応じた別紙1の支給率を乗じた金額とする(4条)。 イ勤続年数は,雇入れの日から退職の日までを暦日計算する。勤続年数に1年未満の端数を生じたときは,月単位で計算し,1か月未満の端数は1か月に切り上げる(9条)。 (5) 平成6年の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年齢者雇用安定法」という。)の改正に基づき,平成10年4月1日から,60歳以上定年制が義務化された。被告は,その後,従業員の定年を60歳に変更し,平成14年7月17日,新宿労働基準監督署長にその旨を届け出た(乙1)。 (6) 被告は,平成9年2月,組合に対し,58歳に達した従業員の基本給を57歳時の70パーセントとすることを提案したが,組合はこれに強く反対した。ある従業員が平成11年3月に58歳になったため,被告は,この従業員の基本給を57歳時の70パーセントに減額した。 (7) 原告は,平成12年5月15日,58歳になった。その直前の原告の基本給は50万0731円であったが,被告は,前記(6)の方針に基づき,原告の同月15日以降の基本給を従前の70パーセントである35万0512円とした。 (8) 組合が賃金の減額に強く反対した結果,被告は,平成12年12月26日,58歳に達した従業員の基本給を57歳時の85パーセントにする方針へと変更した。被告は,これに伴い,平成13年1月分以降の原告の基本給を42万5622円とした。また,被告は,平成12年5月分から同年12月分までの原告の基本給については,57歳時の85パーセントとして再計算し,不足分として79万6295円を支払った。 (9) 被告は,労使間の賃金交渉の結果,原告の基本給を,平成13年4月分から43万5252円,平成14年4月分から44万3832円に増額した。 (10) 被告は,原告の退職後,退職金1985万8 。 (9) 被告は,労使間の賃金交渉の結果,原告の基本給を,平成13年4月分から43万5252円,平成14年4月分から44万3832円に増額した。 (10) 被告は,原告の退職後,退職金1985万8543円を支払った。 2 争点(1) 賃金減額の効力(被告の主張)ア使用者は,本来,労働基準法等の法律に違反しない限り,雇用条件を決定する権利を有する。もっとも,多数の労働者を雇用する使用者は,労働条件を公平,統一的に設定し,効率的に事業を運営する観点から,就業規則を作成するのが通常であり,その場合,使用者の雇用条件決定権は就業規則の内容として現れる。被告の就業規則は,本人の能力・技能等を基礎として,年齢,経験,職務責任の度合いなどを考慮して基本給を定めると規定しているから,被告の雇用条件決定権は,具体的には就業規則に基づき,抽象的にはその背後にある契約自由の原則に由来する。 イ高年齢者雇用安定法の改正法の施行により,定年が58歳から60歳に延長されたとしても,それによって当然に58歳以降も同額の賃金を支払う旨の就業規則が定められたということはできない。被告における従来の定年は58歳であったから,原告は,平成10年4月の定年延長以前は,58歳以降の賃金について期待権すら有していなかった。したがって,原告の58歳以降の基本給を57歳時の85パーセントとしたことは,従業員の既得権ないし期待権を一方的に奪う就業規則の不利益変更とは異なるから,本件を就業規則の不利益変更と同じ枠組みで判断すべきではない。原告の58歳以降の賃金は,契約自由の原則に基づく一般的な雇用条件決定権により新たに規定されたものというべきである。 ウ一般的に,従業員は,58歳前後になると,若年時よりも労働能力が低下し,子供の独立により養育費等の生活費が減少する。このような観点 的な雇用条件決定権により新たに規定されたものというべきである。 ウ一般的に,従業員は,58歳前後になると,若年時よりも労働能力が低下し,子供の独立により養育費等の生活費が減少する。このような観点から,被告が原告の58歳以降の基本給を57歳時の85パーセントとしたことには合理性がある。 さらに,原告には,合理性を裏付ける次の個別事情があった。 (ア) 原告の担当する編集作業は,年度版書籍の改訂に伴う作業と新刊に伴う作業であったが,一般に,前者よりも後者の方が作業量が多い。ところが,原告が新刊編集を担当した書籍数は,平成10年ころまでは,年間平均7~8冊であったが,平成11年には4冊,平成12年以降は2冊に減少した。 (イ) 原告の現在の扶養家族は妻1人である。原告には2人の子供がいるが,いずれも平成7年に学校を卒業し,就職したので,原告に支給される家族手当は,平成7年5月以降,月額8500円に減少した。 (原告の主張)ア雇用契約は継続的契約であるから,特段の意思表示がない限り,期間を延長する場合には契約内容も従前どおり引き継ぐと考えるのが合理的である。 57歳時と58歳以降を比較して,原告の労働の質・量とも変わらないから,同一労働同一賃金の原則にしたがい,賃金額も同一とするのが当事者間の合理的意思解釈にかなう。 労働者は,労働契約上,定年時まで一定の賃金を受ける権利を有する。原告と被告との間の契約は,期間の定めのない雇用契約である。58歳定年制のもとにおいても,58歳到達時を終期とする有期雇用契約が成立していたわけではない。したがって,58歳以降の賃金を減額する労使間の合意,労働協約,就業規則の変更(それが有効であることが当然の前提である。)が存在しない以上,原告はこれまでの雇用契約に基づき57歳時の賃金と同額の賃金請求権を有すると考 以降の賃金を減額する労使間の合意,労働協約,就業規則の変更(それが有効であることが当然の前提である。)が存在しない以上,原告はこれまでの雇用契約に基づき57歳時の賃金と同額の賃金請求権を有すると考えるのが合理的である。一般に,次年度の賃金の合意が成立しない場合には前年度の賃金で労働契約が成立すると解されるが,この理は本件においても同様である。 イ労働者は,労働契約上,定年時まで一定の賃金を受ける権利を有するから,仮に就業規則を変更して定年を延長した後,賃金減額に関する就業規則の変更が有効に成立しない場合,新定年まで従前の賃金を受ける権利がいわば既得権として発生する。このことは,高年齢者雇用安定法により定年が延長された場合も同様であり,賃金減額について就業規則の変更がない場合,新定年まで従前の賃金を受ける権利が既得権として発生する。被告による基本給の85パーセントへの減額変更は,就業規則に基づかない労働条件の不利益変更にほかならない。 ウ平成6年の高年齢者雇用安定法の改正は,高年齢者のうち60歳未満と60歳以上の世代を区別し,60歳未満の世代は正規雇用を前提に自らの賃金ですべての生活費をまかなうことを前提としている。改正法は,60歳から64歳までの世代については,賃金減少に対する立法的手当てをしているのに対し,60歳未満の世代については,賃金減少に対する立法上の手当てをしていない。これは,旧定年時の雇用条件が定年延長後もそのまま労働契約の内容となり,従前の賃金が維持されることを前提としているからである。 エ定年延長に伴い58歳から60歳までの間の労働条件が問題になる場合,労働条件の労使対等決定の原則(労基法2条1項)に基づき,労使の団体交渉によって決めるべきである。一方的な労働条件の不利益変更の当否は,確立した労働条件不利益変更の法 間の労働条件が問題になる場合,労働条件の労使対等決定の原則(労基法2条1項)に基づき,労使の団体交渉によって決めるべきである。一方的な労働条件の不利益変更の当否は,確立した労働条件不利益変更の法理によって決めるべきである。被告は就業規則の変更すら実施していないから,本件では,就業規則による労働条件の不利益変更の効力について論じるまでもない。使用者が雇用条件決定権に基づいて新たに労働条件を決定することができるという考え方は,法律の基本原則に反する。 オ被告が原告に支払うべき賃金(基本給,割増賃金),一時金及び退職金と実際の支払額との差額は,別紙2のとおりであり,既払金を控除した残金は,382万0413円である。よって,原告は,被告に対し,労働契約に基づき,382万0413円及びこれに対する弁済期の経過後である平成14年7月25日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (2) 労働協約の成否(被告の主張)被告は,平成12年12月26日,組合との間で,組合員の58歳以降の賃金を57歳時の85パーセントにする労働協約を締結した。原告は,組合の組合員であるから,この労働協約の拘束力を受ける。 (原告の主張)組合は,58歳以降の賃金を57歳時の85パーセントとすることを承諾した事実はない。組合は,被告に対し,60歳までの賃金減額の撤回を求めており,被告が従前の70パーセントから85パーセントに増額是正することに異議はなく,受け入れたが,これで満足していたわけではなく,あくまでも100パーセント支給を求めることを表明していた。 第3 争点に対する判断 1 事実関係証拠(甲9,乙4,証人A,原告本人及び後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (1) 被告は,昭和4 支給を求めることを表明していた。 第3 争点に対する判断 1 事実関係証拠(甲9,乙4,証人A,原告本人及び後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (1) 被告は,昭和48年以降,58歳定年制を採用していた。被告は,昭和55年ころから,組合との間で60歳定年制の導入について協議を行い,定年を延長する前提として55歳以降の賃金を減額することなど給与体系の変更を提案したが,組合は一貫してこれを拒否した。被告は,当時,58歳で定年退職した従業員について,57歳時の70~80パーセントの賃金で嘱託として雇用することがあった。 (2) 平成6年,高年齢者雇用安定法の改正に伴い,平成10年4月から60歳以上定年制が義務化されることとなった。被告は,平成6年3月から,改めて組合との間で60歳定年制の導入に向けて協議した。被告は,そのためには賃金体系を変更する必要があるとして,55歳以降の賃金を順次減額すること,51歳時以降の昇給幅を小さくすること,55歳以降の賃金を増減しないことなどを提案したが,組合は労働条件の低下を伴わない定年の延長を主張し,被告の提案を拒否した。 (3) 被告は,平成9年2月,組合に対し,58歳に達した従業員については,従前の取扱いにならい,基本給を57歳時の70パーセントにすることを提案したが,組合はこれに強く反対した。ある組合員が平成11年3月に58歳になったため,被告は,同人の基本給を57歳時の70パーセントとした。 (4) 原告は,平成12年5月15日,58歳になった。被告は,58歳に達した従業員の基本給を57歳時の70パーセントにするという方針に基づき,原告の同月15日以降の基本給を57歳時の70パーセントとした。組合は,賃金の減額に強く反対し,その後も被告との間で協議を続けた。 (5) 被告 給を57歳時の70パーセントにするという方針に基づき,原告の同月15日以降の基本給を57歳時の70パーセントとした。組合は,賃金の減額に強く反対し,その後も被告との間で協議を続けた。 (5) 被告は,平成12年12月8日,原告を含む58歳以上の組合員3名に対し,57歳時の基本給の70パーセントを基礎に算定した一時金を支給した。組合は,同月11日,被告に対し,この措置への抗議を申し入れた(乙9)。 (6) 被告は,平成12年12月18日の団体交渉において,「58歳に達した従業員の基本給を57歳時の70パーセントとしていたが,組合の要求を受け,85パーセントに変更する。該当者ごとに58歳到達時からの差額を,賞与,時間外手当等を含めて再計算し,支払う。」と述べた。組合は,同月21日の団体交渉において,「平成13年3月に最初の該当者が現行の定年に達するという当面の緊急性と,高齢化社会に向かう中でさらによい制度の確立を求めるステップとすることをふまえて,被告の回答を受け入れる。」と述べた。被告と組合は,平成12年12月26日の団体交渉において,交渉結果を記載した別紙3の確認書を取り交わすとともに,同月18日と同月21日の団体交渉における労使双方の発言内容を記載した別紙4の「議事録確認」と題する書面を取り交わした(甲27,乙6)。 (7) 組合は,平成13年4月3日,被告に対し,「58歳以降賃金15%カット強行実施に対する抗議と申し入れ」と題する書面を提出し,原告を含む組合員3名に対する賃金の15パーセント減額の撤回及び同人らに対する差額の支払を求めた。 組合は,同年7月11日,被告に対し,「58歳以降の賃金カット撤回を求める要求書」と題する書面を提出し,組合員の58歳時以降の賃金の15パーセント減額の撤回を求めた。 組合は,平成14年4月24日 組合は,同年7月11日,被告に対し,「58歳以降の賃金カット撤回を求める要求書」と題する書面を提出し,組合員の58歳時以降の賃金の15パーセント減額の撤回を求めた。 組合は,平成14年4月24日,被告に対し,「58歳以降の賃金カット撤回を求める要求書」を提出し,組合員の58歳時以降の賃金の15パーセント減額の撤回を求めた。 (甲28ないし30,32)(8) 原告は,平成12年12月28日及び平成13年5月30日,被告に対し,自らに対する賃金の15パーセント減額に納得できないとして,その撤回を文書で申し入れた(甲33,34)。 2 賃金減額の効力(争点(1))について(1) 被告は,契約自由の原則や就業規則に基づく雇用条件決定権を根拠に,原告の58歳時以降の基本給を57歳時の85パーセントにしたと主張する。 一般に,雇用契約は継続的契約であるうえ,賃金は最も重要な労働条件としての契約要素であるから,使用者は,契約期間中において,労働者との間の個別の合意や,就業規則または労働協約によることなく,一方的に労働者の賃金を減額することはできない。高年齢者雇用安定法は,継続雇用制度等による高年齢者の安定した雇用の確保の推進,高年齢者等の雇用の促進,定年退職者その他の高年齢者に対する就業の機会の確保等の措置を総合的に講じ,もって高年齢者等の職業の安定その他福祉の増進を図るとともに,経済及び社会の発展に寄与することを目的としており(1条),60歳を下回る定年を定めることができないことを定めるが(4条),従前の定年から60歳までの間における賃金その他の雇用条件をどのようにするかについては,明文の規定を設けておらず,労使の交渉に委ねる趣旨と解される。そうすると,同法の改正法の施行後における旧定年時から60歳までの間の労働者の雇用条件は,特段の事情がな 件をどのようにするかについては,明文の規定を設けておらず,労使の交渉に委ねる趣旨と解される。そうすると,同法の改正法の施行後における旧定年時から60歳までの間の労働者の雇用条件は,特段の事情がない限り,旧定年時の直前の雇用条件が継続し,労働者は,使用者に対し,旧定年に達する直前の月の賃金と同額の賃金請求権を有すると認めるのが相当である。 そうすると,被告は,原告の同意を得ることなく,一方的に原告の58歳時以降の賃金を減額することはできず,このような減額措置は無効というべきである。 (2) 被告の就業規則27条は,「基本給は,本人の能力・技能等を基礎とし,年齢,経験,職務責任の度合いなどを考慮して定める。」と定めるのみであり,賃金の減額については何ら言及していない。被告が従業員の同意を得ずに賃金を減額することは,一種の不利益変更であるから,そのための具体的要件を規定する必要があるというべきである。同条は,賃金の減額について何ら明確な定めを設けていないから,これを賃金減額の根拠規定とすることはできない。 (3) 被告は,従前の定年は58歳であったから,原告は平成10年4月に定年が延長される以前は58歳以降の賃金について期待権すら有していなかった,58歳時以降の賃金を減額することは,原告の期待権や既得権を奪うものではないと主張する。 確かに,被告における従前の定年は58歳であり,定年退職した者を再雇用する際の賃金は,57歳時の70~80パーセントであった。しかし,原告と被告との間の雇用契約は,期間の定めのない雇用契約であるところ,定年の延長に伴い58歳時に終了することなく60歳まで継続した。58歳でいったん定年退職した者を再雇用する場合と,58歳以降も雇用関係が継続する場合を同列に扱うことは相当でないから,再雇用の際に前記の慣行があったこ 歳時に終了することなく60歳まで継続した。58歳でいったん定年退職した者を再雇用する場合と,58歳以降も雇用関係が継続する場合を同列に扱うことは相当でないから,再雇用の際に前記の慣行があったことは,原告の賃金を減額する根拠とすることはできない。 (4) 平成6年の高年齢者雇用安定法の改正により,それまでの60歳以上定年の努力義務が義務化されることとなったが,定年の引上げには,労使協議や賃金制度の見直し等が必要となることから,企業における人事管理上の都合に配慮し,施行時期が平成10年4月とされた。被告は,同法の改正法の施行前は,58歳定年制のもとで,これを前提とする人事制度や賃金制度を採用していたから,定年を60歳に延長すると,比較的賃金水準の高い高年齢者をより長期間雇用しなければならず,人件費の負担が増大する。そのため,被告は,平成6年以降,高年齢者雇用安定法の施行を視野に入れ,組合との間で協議を行い,複数の提案をしたが,組合は,これを受け入れず,労使間の合意は成立しなかった。賃金その他の労働条件をどのようにするかは,労働者と使用者が対等の立場において決定すべきであり(労基法2条),高年齢者雇用安定法は,それぞれの企業の置かれている状況の中で,労使の協議を通じて比較的金額の高い高年齢者の賃金を減額することを排除するものではないと解される(本件口頭弁論終結後に提出された証拠(乙11ないし13)によれば,法案審議が行われた平成6年6月3日の衆議院労働委員会において,厚生労働省職業安定局長は,「賃金の問題については,またいろいろな合理的な枠の中で常に賃金が上がっていくわけではない,場合によっては仕事の内容が変わるに従って下がるということも,労使の話し合いの中であり得ることだろうと思っております。」と答弁したことが認められる)。しかし,人 で常に賃金が上がっていくわけではない,場合によっては仕事の内容が変わるに従って下がるということも,労使の話し合いの中であり得ることだろうと思っております。」と答弁したことが認められる)。しかし,人件費の負担が増大したり(もっとも,被告は,経営状態の悪化などの高度の経営上の必要性を58歳時以降の賃金の減額の理由として説明したことはない(証人A)。),組合が長期間の団体交渉を経てもなお被告の提案を受け入れなかったからといって,原告との間の個別の合意や,就業規則または労働協約によらずに原告の賃金を一方的に減額することはできないというべきである。 (5) したがって,雇用条件決定権に基づき原告の賃金を一方的に減額することができるという被告の主張は採用することができない。 3 労働協約の成否(争点(2))について(1) 「確認書」の冒頭には,「被告は・・・下記のように回答し,労働組合は・・・下記のとおり受け入れた。」との記載があり,末尾には「(組合が)・・・この会社回答を受け入れる。」との記載がある。これをそのまま読めば,被告と組合が原告を含む3名の組合員の58歳時から60歳時までの基本給を57歳時の85パーセントとすることに合意したと理解できないではない。これを前提とすると,「確認書」の末尾の「高齢社会に向かうなかでさらによい制度の確立を求めていくステップとすることをふまえて」という文言は,今後58歳に達するその他の組合員の賃金の取扱いを念頭に置いたものと解することができる。 (2) しかし,「確認書」には,被告の回答内容を年内に実施することの他には,具体的な合意事項が明記されておらず,被告の回答及びこれに対する組合の対応が並列的に記載されているにすぎず,賃金額についての合意が成立した体裁とはなっていない。また,被告と組合は,「確認書」の趣旨や 具体的な合意事項が明記されておらず,被告の回答及びこれに対する組合の対応が並列的に記載されているにすぎず,賃金額についての合意が成立した体裁とはなっていない。また,被告と組合は,「確認書」の趣旨や団体交渉における双方の発言内容を明確化するため,「確認書」の作成と同じ日に「議事録確認」を作成しており,その中には,組合の発言として,「・・・会社回答をひきとる。」,「・・・85%ではなく,カットなし100%は今後も求めていく」と記載されており,このような文言からは,原告ら3名の組合員の賃金を85パーセントとすることを最終的に了解したとは言い難い。 原告は,組合の執行委員として労使間の交渉に関与していたが,確認書作成の2日後に被告に対し,15パーセントカットの撤回を求める文書を提出し,その後も同様の文書を提出しており,原告が15パーセントの減額を納得していなかったのは明らかである。組合は,確認書を取り交わした後も,一貫して原告を含む既に58歳に達した組合員に対する賃金の15パーセント減額の撤回を求めて行動しており,原告代理人から意見書の提出を受けたうえで,被告に対し,訴訟提起を検討していると通告していた(甲28)。このような経過からすると,組合が原告ら3名の組合員を15パーセント減額の撤回要求の対象から除外し,今後58歳に達する他の組合員と異なる取扱いをすることを容認していたとはみるのは困難である。 他方で,このような組合の行動に対して,被告が原告との間の賃金の問題は解決済みであるとの態度を表明した事情は見いだせない。被告の労務担当者として組合との間で交渉に当たったA証人は,議事録確認書の「カットなし100%は今後も求めていく」との記載は,原告の分ではなく制度として今後求める趣旨であると理解していたと供述する一方で,組合が85パーセントで合 間で交渉に当たったA証人は,議事録確認書の「カットなし100%は今後も求めていく」との記載は,原告の分ではなく制度として今後求める趣旨であると理解していたと供述する一方で,組合が85パーセントで合意して残り15パーセントを放棄したかどうかはわからないとあいまいな供述をする。 このように,「確認書」の作成に至る労使間の交渉経過や,その後の原告や組合の行動経過,被告の対応に照らすと,「確認書」によっては,被告と組合が原告ら3名の組合員の58歳以降の賃金を57歳時の85パーセントとする合意が成立した事実を認めることができず,その他に,被告主張の合意の成立を認めるに足りる証拠はない。 4 原告に支払うべき差額賃金(1) 基本給ア証拠(甲10ないし26)及び弁論の全趣旨によれば,被告が原告に支払った平成12年5月分から平成14年5月分までの基本給と割増賃金は,別紙5の「減額後の基本給による支給額」欄記載のとおりであることが認められる。 イ原告が58歳になる直前の基本給は50万0731円であったから,被告が原告に支払うべき平成12年5月分以降の基本給は50万0731円である。 ウ被告は,原告の平成13年4月分の基本給を9630円増額し,43万5252円とした。したがって,被告が原告に支払うべき同月分以降の基本給は,51万0361円である。 (計算式)500,731+9,630=510,361エ被告は,原告の平成14年4月分の基本給を8580円増額し,44万3832円とした。したがって,被告が原告に支払うべき同月分の基本給は,51万8941円である。 (計算式)510,361+8,580=518,941オ被告が原告に支払うべき平成14年5月分の基本給は,42万7363円である。 (計算式)365,509×518,941/443,832=4 。 (計算式)510,361+8,580=518,941オ被告が原告に支払うべき平成14年5月分の基本給は,42万7363円である。 (計算式)365,509×518,941/443,832=427,363(2) 割増賃金原告に支払うべき割増賃金は,次の計算式により算定され,その金額は別紙5の「原告に支給すべき賃金額」欄記載のとおりである。 (計算式)減額後の基本給に基づく割増賃金÷減額後の基本給×原告に支払うべき基本給=支払うべき割増賃金(3) 一時金弁論の全趣旨によれば,被告が原告に支払った平成12年冬季一時金,平成13年夏季・冬季一時金,平成14年夏季一時金は,別紙5の「減額後の基本給による一時金」欄記載のとおりであること,一時金の金額は基本給に一定の支給率を乗じる方法で計算されることが認められる。 原告に支払うべき一時金は,次の計算式により算定され,その金額は別紙5の「原告に支給すべき一時金」欄記載のとおりである。 ア平成12年冬季一時金(計算式)減額後の基本給による一時金÷0.7イ平成13年夏季一時金から平成14年夏季一時金まで(計算式)減額後の基本給による一時金÷0.85(4) 退職金原告は,昭和44年9月29日,被告に入社し,平成14年5月15日,被告を退職した。1か月未満の端数は1か月に切り上げられるから,原告の退職金算定の基礎となる勤続年数は32年8か月であり,これに対応する支給率は40.0である。 (計算式)39.0+(40.5-39.0)×8/12=40.0したがって,原告に支払うべき退職金は2075万7640円である。 (計算式)518,941×40.0=20,757,640(5) 合計額別紙5のとおり,月例賃金(基本給,割増賃金)の差額は269万3122円(うち269万3121円を請 5万7640円である。 (計算式)518,941×40.0=20,757,640(5) 合計額別紙5のとおり,月例賃金(基本給,割増賃金)の差額は269万3122円(うち269万3121円を請求),一時金の差額は104万2518円(うち102万4490円を請求),退職金の差額は89万9097円であるから,支払済みの79万6295円を控除した残金は383万8442円(うち382万0413円を請求)である。 5 結論以上によれば,原告の請求は,理由があるから認容し,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第11部裁判官龍見昇

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