平成11(行ウ)16 裁決取消等請求事件

裁判年月日・裁判所
平成11年11月12日 東京地方裁判所 警察関係
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判決文本文25,057 文字)

主文 一被告法務大臣が平成一○年一二月二四日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法四九条一項に基づく原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。 二被告東京入国管理局主任審査官が平成一一年一月一八日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。 三訴訟費用は被告らの負担とする。 事実及び理由 第一請求主文第一項及び第二項と同旨第二事案の概要本件は、バングラデシュ人民共和国(以下「バングラデシュ」という。)の国籍を有する外国人である原告が、在留期間を過ぎて本邦に不法に残留したとして、出入国管理及び難民認定法二四条四号ロに該当する旨の東京入国管理局(以下「東京入管」という。)の入国審査官の認定と、右の認定が誤りがない旨の東京入管特別審理官の判定を受けたことから、被告法務大臣に対し、異議の申出をしたが、異議の申出に理由がない旨の裁決を受け、被告東京入管主任審査官から退去強制令書が発付されたため、被告法務大臣のした右裁決及び被告東京入管主任審査官のした右退去強制令書発付がいずれも違法であるとして、それらの取消しを求めるものである。 一争いのない事実 1 原告は、昭和三八年(一九六三年)○月○日、バングラデシュで出生したバングラデシュ国籍を有する外国人である。 2 原告の入国及びその後の在留状況(一) 原告は、昭和六三年四月三〇日、東京国際空港(以下「羽田空港」という。)に到着し、外国人入国記録の「日本滞在予定期間」及び「渡航目的」欄にそれぞれ「FOR 7DAYS(七日)」、「FORTOUR(旅行のため)」と記載して上陸申請をし、右同日、東京入管羽田空港出張所入国審査官から、在留資格を平成元年法律第七九号による改正前の出入国管理及び難民認定法(以下、改正前のものを「旧入管法」といい、改 行のため)」と記載して上陸申請をし、右同日、東京入管羽田空港出張所入国審査官から、在留資格を平成元年法律第七九号による改正前の出入国管理及び難民認定法(以下、改正前のものを「旧入管法」といい、改正後のものを「入管法」という。)四条一項四号所定のもの及び在留期間を一五日とする上陸許可を受け、本邦に上陸した。 (二) 原告は、その後、在留期間更新許可申請又は在留資格変更許可申請をすることなく、右上陸許可の在留期限である昭和六三年五月一五日を超えて本邦に不法に残留した。 (三) 原告は、昭和六三年七月から埼玉県新座市所在のヤマダ商会で稼働し、その後、千葉県松戸市所在のJ物流センター、千葉県船橋市所在の船橋車体、日本建鉄、栃木県足利市所在のタクマ工業、栗田工業と順次職場を変えて稼働し、また、東京都、千葉県内等で日雇作業員などをして、後に述べる平成一〇年八月二三日の群馬県太田警察署員による逮捕までの約一〇年一月にわたり引き続いて本邦において就労した。 (四) 原告は、昭和六三年一一月から稼働していた千葉県松戸市所在のJ物流センターにおいて同じく勤務していた日本人であるaと知り合った。 (五) 原告は、平成一〇年八月二三日、自動車を運転中に警察官の職務質問を受け、入管法違反容疑により群馬県太田警察署員に逮捕され、同年九月二日、入管法違反(不法残留)事件により前橋地方裁判所太田支部に起訴され、同年一○月二七日、前橋地方裁判所太田支部において、入管法違反(不法残留)により懲役二年、執行猶予三年とする判決の宣告を受け、右判決は、同年一一月一一日確定した。 (六) aは、平成一○年九月一六日、船橋市長に対し、原告との婚姻届を提出した。同届出は、受理伺とされ、同年一一月二五日ころ、受理が決定し、右届出の日付で受理された。 3 退去強制令書発付処分に至る経緯につ aは、平成一○年九月一六日、船橋市長に対し、原告との婚姻届を提出した。同届出は、受理伺とされ、同年一一月二五日ころ、受理が決定し、右届出の日付で受理された。 3 退去強制令書発付処分に至る経緯について(一) 東京入管入国警備官は、原告について、平成一〇年八月二五日、同日付けの前橋地方検察庁太田支部からの通報に基づき、入管法二四条四号ロ該当容疑者として違反調査に着手した。そして、同入国警備官は、違反調査を行った結果、原告が入管法二四条四号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、同年一〇月二六日、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同月二七日、太田拘置支所において右収容令書を執行し、右同日、原告を東京入管収容場に収容した。 東京入管入国警備官は、同月二八日、原告を入管法二四条四号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。 (二) 東京入管入国審査官は、平成一〇年一二月二日、審査の結果、原告が入管法二四条四号ロに該当する旨の認定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、口頭審理を請求した。 (三) 東京入管特別審理官は、平成一〇年一二月九日、原告代理人の山口弁護士及びaの立会いのもと、原告について口頭審理を行い、右同日、入国審査官の前記認定に誤りのない旨を判定し、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、被告法務大臣に異議の申出をした。 (四) 東京入管主任審査官は、平成一〇年一二月一四日、aからの申請に基づき、仮放免保証金を一〇〇万円、千葉県船橋市βを指定住居として、原告の仮放免を許可した。 (五) 被告法務大臣は、平成一○年一二月二四日、原告の異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、本件裁決の通知を受けた東京入管主任審査官は、平成一一年一月一八日、原告に本件裁決を告知するとともに は、平成一○年一二月二四日、原告の異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、本件裁決の通知を受けた東京入管主任審査官は、平成一一年一月一八日、原告に本件裁決を告知するとともに、退去強制令書(以下「本件退令」という。)を発付した(以下、これを「本件退令発付処分」という。)。そこで、東京入管入国警備官は、右同日、これを執行し、原告を東京入管収容場に収容した。 (六) 東京入管入国警備官は、平成一一年二月三日、原告の身柄を入国者収容所東日本入国管理センター(以下「東日本センター」という。)に移収し、原告は、現在も同所に収容されている。 二争点及びこれに対する当事者の主張本件裁決の取消しを求める請求の争点は、被告法務大臣が原告に対し入管法五〇条一項に基づく在留特別許可(以下「在留特別許可」という。)を与えなかった本件裁決が違法であるか否かである。 また、本件退令発付処分は、本件裁決が違法であれば、当然にその違法性を承継し違法となる関係にあるところ、本件退令発付処分の取消しを求める請求における争点も、本件裁決が違法であるか否かである。 右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。 (原告の主張) 1 本件裁決の違法性(一)(1) 原告のような在留期間を徒過したまま日本に滞在するいわゆる超過滞在者が、日本人、永住者との婚姻を理由に在留特別許可を申請した場合、①婚姻の真正、②配偶者との同居、③素行の善良の要件が満たされる限り、「日本人の配偶者等」の在留資格で在留特別許可がされるのが通例であり、その旨を定める内部基準も存在する。 (2) 本件についてこれをみると次のとおりである。 原告は、平成一○年八月二三日、群馬県内で入管法違反容疑で逮捕され、同年一○月二七日に前橋地方裁判所太田支部において執行猶予付きの有罪判決を受 。 (2) 本件についてこれをみると次のとおりである。 原告は、平成一○年八月二三日、群馬県内で入管法違反容疑で逮捕され、同年一○月二七日に前橋地方裁判所太田支部において執行猶予付きの有罪判決を受け、東京入管収容場に身柄を拘束されたが、この間、原告とaは、同年九月一六日婚姻届を船橋市役所に提出し、受理された。 その後、原告は、同年一二月一四日に保証金一〇〇万円を納付し、東京入管より仮放免され、千葉県船橋市βにおいて、aとの同居を開始した。 原告とaは、昭和六三年末ころから親しく交際を始め、平成三年から七年以上にわたる内縁関係を経て平成一〇年九月一六日に法律上も夫婦になった。婚姻届の提出こそ原告が逮捕された後になってしまったものの、従前の交際、内縁生活の経緯、原告らが平成一〇年初頭より婚姻に必要な書類を原告の母国であるバングラデシュから取り寄せていること、aが原告との同居を開始するために、原告が逮捕される一○日ほど前に当時勤務していた病院に、退職の意思を告げていること等に照らし、原告とaの婚姻が愛情に基づく真摯なものであることは疑いようがない。 したがって、原告夫婦の婚姻の真実性、過去の生活実態に照らし、原告には在留特別許可が認められてしかるべきであった。東京入管の担当者も、在留特別許可が与えられることを見込んだ上、平成一〇年一二月一四日、原告に対し仮放免を許可したものである。 (3) しかるに、被告法務大臣は、行政先例に反し、原告に在留特別許可を認めなかったものであり、本件裁決は違法である。 また、法務省は、入管法五条一項四号について、「刑に処せられた」とは、刑の確定があれば足り、刑の執行を受けたか否か、刑の執行を終えているか否かは問わず、執行猶予中の者、執行猶予期間を無事経過した者も含まれると解釈している。 そうすると、仮に本件退 に処せられた」とは、刑の確定があれば足り、刑の執行を受けたか否か、刑の執行を終えているか否かは問わず、執行猶予中の者、執行猶予期間を無事経過した者も含まれると解釈している。 そうすると、仮に本件退令に基づき、原告の国外への送還が執行されると、右の解釈、運用に従う限り、原告は永久に日本に戻ってくることができなくなってしまい、原告夫婦の生活は完全に破綻してしまうことになる。したがって、この点からも、本件裁決は違法であるといわざるを得ない。 (二) 仮に、被告法務大臣の本件裁決が、裁量性のある処分であるとしても、①判断の前提となる具体的事実が正確に把握されていなければならず、事実の認識に誤りがあったり、あるいは事実の認識自体が欠けている場合は、裁決は違法になること、②裁量的処分は、当該事件の諸事情を総合して考慮の上、専門的に高度な判断を行って、その判断に基づいてなされるべきであり、したがって、当該具体的事件の具体的諸事実を参酌しないままに行われた処分は、違法の評価を受けること、③裁量性のある処分であっても、過去の行政処分例や内部基準等に従い、行政の平等を損なわないようにしなければならず、行政の平等性を損なう恣意的な判断に基づく処分が違法と評価されることは自明である。 ところが、本件裁決は、原告の置かれている境遇、状況に関する具体的事情を何ら把握することなく行われ、かつ、本件は、内部基準や従来の行政実務からすれば、当然に許可がなされてしかるべき事例であるにもかかわらずこれをしなかったものであり、違憲・違法であるといわざるを得ない。 (三) さらに、本件裁決は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)一七条等にも違反するものである。 (1) B規約一七条は、「1 何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若 件裁決は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)一七条等にも違反するものである。 (1) B規約一七条は、「1 何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」「2 すべての者は、1の干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する。」と定め、また、同二三条は、「1 家族は、社会の自然かつ基礎的単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」「2 婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は、認められる。」と定めている。 (2) 条約法に関するウイーン条約(以下「条約法条約」という。)は、国際条約の解釈に関して発展してきた国際慣習法を公式に集大成したものである。昭和五五年一月二七日に発効(日本については昭和五六年八月-日発効)しており、遡及効をもたないため、それ以前に発効したB規約には形式的には適用がないが、条約法条約の内容は、それ以前からの国際慣習法を規定しているので、国際慣習法としてB規約にも適用されるべきであるところ、条約法条約三一条一項は、「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。」と規定し、同三二条は、文言があいまいであったり、条文が自己矛盾を犯しているかのように思える場合は、解釈の補助として附属資料を用いることができる旨規定している。そして、B規約についての附属資料となり得るものには、①B規約の準備作業段階の記録、②B規約の判断的意見を持つ規約人権委員会の出版物(B規約の個々の条文を解釈するガイドラインとなる「一般的意見」、個々の条約国による特定の条約違反に関する「意見」等)、③同種の他の条約(ヨーロッパ人権条約)とその判例法等が 規約人権委員会の出版物(B規約の個々の条文を解釈するガイドラインとなる「一般的意見」、個々の条約国による特定の条約違反に関する「意見」等)、③同種の他の条約(ヨーロッパ人権条約)とその判例法等がある。 (3) 右によりB規約の公定的解釈と認められる規約人権委員会の一般的意見のうち、昭和六三年三月二三日にB規約一七条の「恣意的」な干渉の文言について採択された一般的意見の要旨は、次のとおりである。 ア法によって認められていない場合の干渉は、不法である。 この場合、法自体がB規約の規定、目標及び目的に合致していなければならない。 イ法に基づいてなされた干渉であっても、B規約の規定、目標及び目的に合致しないものは、「恣意的」な干渉とされる。干渉は、どのようなことがあろうと特定の状況の中で合理的でなければならない。そして、規約に合致する干渉でさえも、関連法規により、そのような干渉が許される条件を正確かつ詳細に明記しなければならない。また、許される干渉を実施する場合の決定は、法で定められた機関が事案ごとにしなければならない。 (4) B規約は、ヨーロッパ人権条約により成立した国際慣習法を確認し、その規定を全世界に拡大して適用すべく創設されたものである。そして、ヨーロッパ人権条約八条は、一項で、すべての者は、その私的及びその家族生活、住居及び通信の尊重を受ける権利を有する旨、二項で、この権利の行使については、国の安全、公共の安全若しくは国の経済的福利のため、また、無秩序若しくは犯罪の防止のため、健康若しくは道徳の保護のため、または他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる公の機関による干渉もあってはならない旨定めているが、B規約一七条は、ヨーロッパ人権条約八条によって確認され、成立した国際慣習法を追認し拡充したもので ため民主的社会において必要なもの以外のいかなる公の機関による干渉もあってはならない旨定めているが、B規約一七条は、ヨーロッパ人権条約八条によって確認され、成立した国際慣習法を追認し拡充したものである。右のヨーロッパ人権条約八条に関し形成された判例法は、次のとおりである。 ア d対英国事件インド人であるd夫婦は、短期滞在目的で一九七四年に英国に入国したが、その後不法残留し、一九七五年、一九七七年に二子をもうけた。その子らは、連合王国及び植民地市民の地位を取得している。 その後、d夫婦が定住許可申請のために、英国当局に出頭したところ、一九七七年一二月、英国政府により退去強制の決定がなされた。 それに対し、d夫婦、その子ども、両親より、退去強制の取消しを求める申立てがヨーロッパ人権委員会になされ、同委員会は、かかる申立人夫婦、両親、子の三家族のレベルにかかわることに注目して、-九七九年五月、その申立てを許容する旨の決定を行った。 イ e対ベルギー事件二歳のときに家族と共にモロッコからベルギーに移住して合法的に在留していたeは、少年時に強盗などを繰り返し、一九八二年に加重窃盗等二二の犯罪により懲役二六月の実刑となり、服役後の一九八四年に退去強制処分に付された。ヨーロッパ人権裁判所は、eの家族がベルギーに合法的に滞在していること、生活の基盤がベルギーにありモロッコにはないことなどから、その退去強制処分をヨーロッパ人権条約違反とした。 ウ f事件オランダ在住のモロッコ人男性fは、オランダ人女性との婚姻後二年たらずで離婚したが、その直後に長女レベッカが誕生し、fが在留許可の更新を求めた。更新は認められず、fは退去強制となったが、ヨーロッパ人権委員会は、fとレべッカの家族生活が侵害されたとして、オランダの処分をヨーロッパ人権条約八条違反とし カが誕生し、fが在留許可の更新を求めた。更新は認められず、fは退去強制となったが、ヨーロッパ人権委員会は、fとレべッカの家族生活が侵害されたとして、オランダの処分をヨーロッパ人権条約八条違反とした。 しかして、条約法条約三二条により確認された国際慣習法は、右判例を、B規約の解釈として採用すべきことをB規約の締約国の義務として課しているものと解される。 (5) 本件裁決は、有罪判決を受けた事実のみをもって、退去強制事由に該当する結果を招来するとするものであり、到底合理的といえず、また、被告法務大臣は、原告が日本人女性と婚姻している事実、原告夫婦の生活やその状況、及び原告のような事案に対し従来であれば在留特別許可が認められていたことなどの諸事情を考慮せず、単に有罪判決の存在のみをもって本件裁決をしており、被告法務大臣のした本件裁決は、本件の特定の状況を考慮した合理性のあるものとはいえず、B規約一七条の禁止する「恣意的な干渉」に該当し、違法である。 2 被告法務大臣の裁量権について(一) 被告らは、あたかも外国人の入国及び滞在の許否についての国家の裁量が、すなわち、被告法務大臣の裁量であるかのような主張をしているが、国家イコール被告法務大臣ではないので、被告らの主張は、その前提において誤っている。 すなわち、国際慣習法上の原則として、右裁量を有するのは立法権であって、行政権ではない。行政は、立法権が裁量に基づいて定めた法律に従わなければならないので、国家の自由裁量から直ちに被告法務大臣の自由裁量を導き出す解釈は誤っている。 現に、入管法九条一項は、外国人が上陸条件(入管法七条一項)に適合する場合には、上陸許可の証印をしなければならないと定め、外国人の入国に関する入国審査官の裁量を否定し、上陸許可を羈束行為と定めている。 したがって、在留特 外国人が上陸条件(入管法七条一項)に適合する場合には、上陸許可の証印をしなければならないと定め、外国人の入国に関する入国審査官の裁量を否定し、上陸許可を羈束行為と定めている。 したがって、在留特別許可の許否が被告法務大臣の自由裁量に属するとの被告らの主張は、その前提を誤っている。 (二) これから日本に上陸しようとする外国人の大多数は、日本に生活の根拠はなく、また、日本にその家族もいない。そのような外国人に対しても、入管法は被告法務大臣の自由裁量を否定しているのであるから、日本に生活の本拠があり、妻が日本に住む日本人である場合については、なおさらのこと被告法務大臣の自由裁量が否定されるべきである。 (被告らの主張) 1 外国人の在留の権利について憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもないと解すべきであって、入管法もかかる基本的な考え方を当然の前提としている。 2 被告法務大臣の在留特別許可の性質について(一) 入管法五〇条一項に基づく被告法務大臣の在留特別許可の許否は、被告法務大臣の広範な自由裁量に属するものである。 すなわち、外国人の入国及び滞在の許否は、当該国家が自由に決し得るものであり、条約等特別の取決めがない限り、国家は外国人の入国又は在留を許可する義務を負うものではないというのが、国際慣習法上の原則である。 (二) 我が国の入管法も、かかる原則を前提として定められており、入管法五〇条による在留特別許可の許否も被告法務大臣の自由裁量に属するものである。 加えて、在留特別許可の判断を行うに当たっては、当該外国人の在留状況等の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外 告法務大臣の自由裁量に属するものである。 加えて、在留特別許可の判断を行うに当たっては、当該外国人の在留状況等の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情が総合的に考慮されるものであることから、同許可に係る裁量の範囲は極めて広範にわたることとなる。 しかも、在留特別許可は、退去強制事由に該当することが明らかで当然に本邦からの退去を強制されるべき者に対し、特に在留を認める処分であって、他の一般の行政処分と異なり、恩恵的措置としての性格を帯有していることに留意する必要がある。 (三) ところで、最高裁昭和五三年一○月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁は、出入国管理令二一条三項に基づく在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由の有無の判断について、「裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するに当たっては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてなされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である」と判示しているが、右法理は、入管法五〇条一項三号に基づく在留特別許可の付与に関する被告法務大臣の裁量権の行使についても当然に当てはまるばかりか、在留期間更新における裁量権以上に在留特別許可に係る裁量権は以下のとおり広範であるという特色に注意すべきである。 すなわち、入管法五〇条一項の被 臣の裁量権の行使についても当然に当てはまるばかりか、在留期間更新における裁量権以上に在留特別許可に係る裁量権は以下のとおり広範であるという特色に注意すべきである。 すなわち、入管法五〇条一項の被告法務大臣の在留特別許可に係る裁量権の範囲については、右の在留期間の更新許可の場合と比較すると、在留期間の更新は、適法に在留している外国人を対象として行われるものであり、また、それらの者からの申請権も認められているのに対し、在留特別許可の許否は、入管法二四条各号所定の退去強制事由に該当する容疑者を対象として判断されるものであって、それらの者には、在留特別許可の申請権も認められていない。 また、法文上も在留期間の更新について定めた入管法二一条三項では、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるとき」に許可することができるとされているのに対し、入管法五〇条一項三号では、「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」に許可することができると規定されている。 このように、在留特別許可の許否の判断においては、在留期間の更新の場合に比し、対象となる外国人保護の要請が強いとはいえず、また、その許可のための要件も一段と厳しいものとされていることが明らかである。 (四) したがって、被告法務大臣の在留特別許可についての裁量権の範囲は、在留期間の更新の場合の裁量権よりもさらに格段に広範なものというべきであり、反面において、裁判所の審査の及ぶ範囲は、極めて狭いものとなるのであって、右裁量権の行使がその範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法であるとの評価を行うためには、在留期間の更新に関する前掲最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決の示した基準よりもさらに厳格な基準によるべきであり、結局、被告法務大臣がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてそれ 価を行うためには、在留期間の更新に関する前掲最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決の示した基準よりもさらに厳格な基準によるべきであり、結局、被告法務大臣がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてそれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを要するものと解するのが相当である。 (五) 原告は、在留特別許可の許否については内部基準が設けられ、入管実務は、右内部基準に基づき類型的に処理されているかのように主張する。 しかしながら、前述したとおり、在留特別許可は、諸般の事情を総合的に考慮した上で個別に決定されるべき恩恵的措置であって、法務大臣の広範な自由裁量に属するものであり、特定の事情を有する者について在留特別許可を与える場合が多いということがあったとしても、個別の事情のいかんにより、結論は当然異なり得るものである。仮に事務手続に関し内部基準が存在するとしても、被告法務大臣の広範な自由裁量に基づき在留特別許可の許否の判断がされていることに変わりはないものである。 この点、入管実務においては、日本人等の配偶者がいるなどの特定の事情において類似する案件を分類し、類似の先例などと比較しながら判断するという事務手続も採られているところではある。しかし、あらゆる事情が全く同一の案件は存在しないため、それら類似する案件として分類された案件についても、個別の事情のいかんによっては結論が異なることがあるのであり、個別の事情の総合的な判断を行うことなく、特定の事情のみに着目して機械的に結論を決定するというような意味での類型的処理を行っているものではない。 3 本件裁決及び本件退令発付処分の適法性について(一) 本件においては、右のような観点に立ち、以下に述べる事情を勘案するならば、原告に対する本件裁決については、およそ被告法務大臣の裁量権の逸脱又は 3 本件裁決及び本件退令発付処分の適法性について(一) 本件においては、右のような観点に立ち、以下に述べる事情を勘案するならば、原告に対する本件裁決については、およそ被告法務大臣の裁量権の逸脱又は濫用を認める余地はなく、本件裁決及び本件退令発付処分は適法になされたものであり、原告の請求は失当であることが明らかである。 (1) 原告は、昭和六三年四月三〇日に本邦入国後、間もなく不法就労を開始し、平成一○年八月二三日に群馬県太田警察署員に逮捕されるまでの一〇年以上の長期間にわたり不法就労、不法残留を継続していたものであること、原告は、外国人登録法三条一項に基づく申請についても、同法が定める期間内に行わず、新規登録申請をしたのは平成九年八月八日になってからであること、原告は、無免許で自動車の運転をしていることが認められ、在留状況が極めて不良である。 (2) 原告は、aと婚姻しているが、右婚姻の届出は原告が逮捕され、起訴された後である平成一○年九月一六日に至って初めてなされたにすぎないものである上、婚姻の届出をした経緯について、原告自身、勾留中に弁護士に相談し、「入管で手続きをして、在留特別許可を受ければ、日本で引き続き生活できる。それには結婚していた方が許可を受けやすいので、早く届け出た方が良い、とアドバイスを受けたので」と供述しているように、婚姻の届出自体、逮捕されたことをきっかけに、在留特別許可を受けるには結婚していた方がよいとのアドバイスに基づき届け出られたものであって、在留特別許可を受ける目的のために婚姻を届け出たことがうかがわれること、原告とaは、平成二年一二月から平成四年一一月まで同棲していたことが認められるものの、それ以後は長年にわたり別居していることが認められ、以上の事実を勘案すると原告が逮捕される以前において、原告とaとの とaは、平成二年一二月から平成四年一一月まで同棲していたことが認められるものの、それ以後は長年にわたり別居していることが認められ、以上の事実を勘案すると原告が逮捕される以前において、原告とaとの間の婚姻意思が互いに成熟していたと認めることはできず、両者の間に夫婦としての実体が十分に成立していたとまでは認められない。 (3) 原告は、稼働能力を有する健康な成年男子であり、本国に両親及び七人の兄弟姉が在住しており本国で生活することは十分可能と認められる。 (4) 外国人配偶者の本国で婚姻生活を送っている日本人も多く、aがバングラデシュに赴いて原告と婚姻生活を送ることも十分可能である。 (二) そこで、被告法務大臣は、右(一)に述べた諸般の事情を総合的に考慮した上で、原告について特別に在留を許可すべき事情があるとは認められないと判断し、本件裁決をなしたものである。したがって、被告法務大臣が、本件裁決に当たり、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認め得るような特別の事情がないことはもとより、その判断が全く事実の基礎を欠き、社会通念に照らして著しく妥当性を欠くなどといえないことは明らかであって、本件裁決における被告法務大臣の判断について、裁量権の逸脱又は濫用はなく、本件裁決は適法である。 4 B規約違反の主張について(一) B規約の裁判規範性はさておくとしても、B規約一七条は、自由権的基本権である人格権の一つとされるいわゆるプライバシー等の権利の保障を規定したものであり、「恣意的に若しくは不法に干渉され」「不法に攻撃されない」とは、「法による適正な手続によることなく」との意味に解されている。また、B規約二三条は、家族生活を営み、あるいは婚姻する権利等が自由権的権利として国家等による侵害から保護されることを規定したものと解される 法による適正な手続によることなく」との意味に解されている。また、B規約二三条は、家族生活を営み、あるいは婚姻する権利等が自由権的権利として国家等による侵害から保護されることを規定したものと解されるが、かかる保護ないし保障は、我が国で合法的に在留していることを当然の前提としている。 そして、移動、居住、出国帰国の自由を保障したB規約一二条においても、すべての出入国が自由であるべきものとはしておらず、自国民及び外国人の出国(同条二項)と自国民の帰国の自由(同条四項)を保障したにとどまり、また、B規約一三条は、「合法的にこの規約の締約国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放することができる。」旨規定している。 これらの規定からも明らかなとおり、国際慣習法上、外国人の入国の許否は、当該国家が自由に決し得るものであり、憲法上も、外国人は我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き本邦に在留する権利を保障されているものでもないし、仮に外国人に家族生活を営む権利が認められるとしても、それは当該外国人が我が国に合法的に在留している限りにおいて認められるにすぎないのである。 したがって、入管法に則ってなされた本件裁決によって原告のかかる権利自由を侵害するものということはできない。 (二) また、右に述べたとおり、B規約一三条が、在留外国人に対し、法律に基づいて退去強制手続をとることを容認していることからすれば、B規約一七条及び二三条はその文言からして外国人の在留の権利について特に定めたものとは認められず、右条項を根拠に、外国人が家族生活を営むために本邦に在留する権利が保障され、法律に基づく退去強制の手続によっても退去を強制されることがないとする解釈は本末転倒である。 に定めたものとは認められず、右条項を根拠に、外国人が家族生活を営むために本邦に在留する権利が保障され、法律に基づく退去強制の手続によっても退去を強制されることがないとする解釈は本末転倒である。 さらに、仮に、本件裁決が原告と日本人配偶者の結合に対する干渉に該当するとしても、それが法令に基づくものであって、「恣意的」若しくは「不法」なものとはいえないことは、前記3に述べたところから明らかである。 (三) そして、B規約を解釈する権限は各締約国にあり、規約人権委員会の一般的意見等は、B規約の有権解釈を示すものでも、法的拘束力を有する解釈を示すものでもないし、ましてやヨーロッパ人権裁判所の判断は、B規約の有権解釈を示すものでも、我が国において法的拘束力を有するものでもないのである。 第三当裁判所の判断一本件裁決に違法があるかどうかについて 1 入管法五〇条によれば、被告法務大臣は、入管法四九条に基づく異議の申出について裁決をするに当たって、容疑者に退去強制事由が認められ、異議の申出が理由がないと認める場合でも、当該容疑者が「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」に該当するときは、その者の在留を特別に許可することができる旨定められているところ、被告法務大臣は、右在留特別許可を付与するか否かを決するに当たっては、当該外国人の個人的な事情のみならず、国内事情、国際情勢、外交政策等の諸般の事情を総合考慮の上、その自由な裁量により、在留特別許可を与えるか否かを決することができるものである(最高裁昭和三四年(オ)第三二号同年一一月一〇日第三小法廷判決・民集一三巻一二号一四九三頁参照)。そして、在留特別許可の許否にかかる被告法務大臣の裁量権の性質にかんがみると、被告法務大臣が退去強制事由に該当する外国人に対し在留特別許可を与えなかったことが 決・民集一三巻一二号一四九三頁参照)。そして、在留特別許可の許否にかかる被告法務大臣の裁量権の性質にかんがみると、被告法務大臣が退去強制事由に該当する外国人に対し在留特別許可を与えなかったことが、被告法務大臣の裁量権の範囲を超え又はその濫用があったとして違法となるのは、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限られるというべきである。したがって、裁判所は、被告法務大臣が在留特別許可を与えなかったことの適否を審理、判断するに当たっては、在留特別許可を与えないとの判断が被告法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重大な事実に誤認があること等により、右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、被告法務大臣が在留特別許可を与えなかったことが、その裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法であるとすることができるものと解するのが相当である。 2 原告は、原告とaの婚姻が愛情に基づく真摯なものであり、このような原告の婚姻の真実性、過去の生活実態に照らし、原告には在留特別許可が認められるべきであり、被告法務大臣が右の事情を全く考慮せず、原告に対し在留特別許可を与えなかったのは、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たる旨主張するので、この点につき判断するに、前記第二の一の事実に証拠(甲一ないし六、七の1ないし13、八ないし一二、一四ないし一六、五九、乙一ないし一一、一二の1ないし9、一三ないし一七、証人a)及び弁論の全趣旨を併せれば、以下の事実が認められる。 (一) 原告は、昭和三八年○月○日 ないし13、八ないし一二、一四ないし一六、五九、乙一ないし一一、一二の1ないし9、一三ないし一七、証人a)及び弁論の全趣旨を併せれば、以下の事実が認められる。 (一) 原告は、昭和三八年○月○日に、バングラデシュで出生したバングラデシュ国籍を有する外国人である。 原告は、バングラデシュにおいて、一六歳の時に学校を中退し、兄の経営する洋服屋で店員として働いたあと、フジタ工業がイラクで道路をつくるために作業員を募集していたので、これに応募し昭和六〇年八月にイラクへ赴いた。原告は、イラクで一緒に仕事をしていた日本人から日本の話を聞いて興味を持ち、日本に行くことにした。 (二) 原告は、昭和六三年四月三〇日、羽田空港に到着し、外国人入国記録の「日本滞在予定期間」及び「渡航目的」欄にそれぞれ「FOR 7DAYS(七日)」、「FORTOUR(旅行のため)」と記載して上陸申請をし、右同日、東京入管羽田空港出張所入国審査官から、在留資格を旧入管法四条一項四号所定のもの、在留期間を一五日とする上陸許可を受け、本邦に上陸した。 原告は、その後、在留期間更新許可申請又は在留資格変更許可申請をすることなく、右上陸許可の在留期限である昭和六三年五月一五日を超えて本邦に不法に残留した。 (三) 原告は、昭和六三年七月から、埼玉県新座市所在のヤマダ商会で稼働し始めたが、一週間ほどで解雇され、同年一一月から、千葉県松戸市所在のJ物流センターで稼働することになった。 そのころ、aは、J物流センターでパートとして商品整理の仕事をしており、同じ職場に来た原告と知り合った。 aは、原告と知り合ったころ、東京都新宿区西早稲田にあるシャプラニールというバングラデシュの人々を支援するNGO(非政府組織)に所属しており、一言だけであるが「こんにちは」という意味のベンガル語を aは、原告と知り合ったころ、東京都新宿区西早稲田にあるシャプラニールというバングラデシュの人々を支援するNGO(非政府組織)に所属しており、一言だけであるが「こんにちは」という意味のベンガル語を知っていたので、仕事中に、原告に対して、「アッサーラワライコム(こんにちは)」とベンガル語で話しかけた。原告も、「アッサーラワライコム」と答え、aにベンガル語が堪能なのかと尋ねたが、aは、実はそれ以外は知らないと笑いながら答えた。そのころ、aは、bと婚姻しており、二人の子供がいたが、その日のうちに、原告とaは友人になった。 原告は、短期のアルバイトであったので、J物流センターを二か月ほどでやめた。原告は、千葉県船橋市に甥が住んでいたことから、その甥と一緒に住むことにして、その甥の紹介で平成元年二月ころから、同市α所在の船橋車体で溶接工として稼働し始めた。 平成元年二月ころ、aは、原告を、千葉県松戸市内のaの家に招待し、bと当時一七歳と一三歳になる二人の息子とともに原告を歓待した。それから、原告は、a及びその家族と親しくつき合うようになり、同年五月ころには、aの家族と原告とで那須へ一泊旅行に行った。 原告は、aと家族ぐるみでつき合っていたが、平成元年の九月ころ、原告の具合が悪くなった際に、aが原告を看病したことから、原告とaは二人きりでつき合いをするようになった。なお、aは、同年八月ころ、原告から、原告がオーバーステイ状態であることを聞いた。 同年一二月ころ、aが原告の家へ行ったときに、原告がaに恋人としてつき合ってほしいと告白したが、aは、当時bと婚姻していたことや原告より年がずっと上であることから友人としてならばつき合えるが、恋人として交際するのは難しいと答えた。しかし、原告は、その後もあきらめずにaを口説き続け、aは、原告の素朴 時bと婚姻していたことや原告より年がずっと上であることから友人としてならばつき合えるが、恋人として交際するのは難しいと答えた。しかし、原告は、その後もあきらめずにaを口説き続け、aは、原告の素朴で素直なところにひかれ、次第に原告のことを単なる友人から恋人として意識するようになった。そして、平成二年二月ころには、bと子供がaを残してスキー旅行に出かけた際に、aは、原告の家に泊まった。 その約三か月後である同年五月一日に、aは、bと協議離婚しその旨を届け出た。離婚の原因は、主に子供の教育方針の違いにあったが、原告との交際も離婚原因の一つにあった。 (四) 原告は、仕事がきつかったことと体を悪くしたことから、一年位たった平成二年二月ころ、船橋車体での仕事を辞め、しばらくは仕事をせず、静養していた。その後、原告は仕事を探そうとしたが、なかなか定職が見つからず、東京、千葉等で日雇の作業員として稼働した。 aは、bと離婚後、しばらくはひとりで生活をしていたが、平成二年一二月ころから、原告とaは、千葉市花見川区γ所在のアパートで同居するようになった。同居を始めた当時から原告はaと結婚したいと言っていたが、当時原告が定職に就いておらず、生活が安定していなかったこともあり、二人の生活が安定してからでもいいと考えて、両名は、婚姻届を提出しなかった。 原告は、平成三年九月ころから、再び、船橋車体に戻って稼働した。 (五) 平成四年一一月ころ、原告の弟であるcが、原告を頼って来日し、原告とaが暮らすγのアパートに同居するようになり、原告らが船橋市δ(最寄り駅はα駅)に転居してからも同居を続けた。 しかし、cは、日本語が話せない上に、慣れない生活にストレスがたまり、ノイローゼ気味になってしまった。 平成四年の暮れころ、cは、船橋市内にある日本建鉄に仕事が )に転居してからも同居を続けた。 しかし、cは、日本語が話せない上に、慣れない生活にストレスがたまり、ノイローゼ気味になってしまった。 平成四年の暮れころ、cは、船橋市内にある日本建鉄に仕事が見つかり、会社の寮に住み込みで働くことになったが、原告は、ノイローゼ気味のcを放っておくことができないとして、cと一緒に日本建鉄に入って仕事をすると言い出した。aは、原告の考えが、cを放っておくことができずcと一緒に日本建鉄の寮に入るということであったので、cのことが落ち着けば、自分とのことはまた別に考えられるのではないかと思い、原告と同居ができないことを我慢することにした。結局、原告は、cと共に日本建鉄の寮で生活することになり、原告とaの同居は解消された。 原告とaは、同居を解消した後も、週末には、原告がaのところへ泊まりに行ったり、休日には二人でよく出かけた。 その後、原告とcは、日本建鉄から解雇され、平成八年ころから、栃木県足利市所在のタクマ工業所というところで働くようになった。原告が足利市に移ってからは、原告とaは、月に二、三回くらいの割合で週末に会っていた。 (六) 平成八年暮れころ、cは、不法残留者として東京入管当局に拘束され、退去強制令書の発付を受けて、強制送還された。しかし、cが拘束されたことで原告も仕事を辞めてしまい、経済的に不安であったこと、aは看護助手の仕事をしており、その仕事を続けたかったが、足利には看護助手の求人がなかったことから、原告とaはすぐには同居するに至らなかった。 aは、平成九年夏ころから、船橋市役所へ電話をかけたり、実際に船橋市役所へ出向いたりして、原告との婚姻の届出をするにはどのような手続が必要かを問い合わせるなどした。 平成一○年一月か二月ころ、原告は、栃木県足利市所在の栗田工業で稼働し始めた。 たり、実際に船橋市役所へ出向いたりして、原告との婚姻の届出をするにはどのような手続が必要かを問い合わせるなどした。 平成一○年一月か二月ころ、原告は、栃木県足利市所在の栗田工業で稼働し始めた。 原告に安定した仕事が見つかったことから、原告とaは、婚姻届出をして同居するための準備を始めた。aは、同年三月、原告とaの結婚に必要な宣誓口供書、出生登録認証抄本及び素行証明書をバングラデシュから取り寄せた。なお、右のうち、宣誓口供書及び素行証明書は、同月一八日付けで、出生登録認証抄本は、同月一九日付けでそれぞれバングラデシュにおいて発行されている。このようにして婚姻届のための書類が整ったことから、aは、同年八月に足利市の原告のもとへ行く準備を始め、同月二〇日には当時勤めていた船橋市内の病院に仕事を辞める旨の申出をした。 (七) 原告は、平成一○年八月二三日に、群馬県太田市内で車を運転中に警察官の職務質問を受け、入管法違反容疑により群馬県太田警察署員に逮捕された。aは、同月二四日に、原告が逮捕されたことを太田警察署からの連絡で知り、直ちに、原告に会いに太田警察署に行った。 原告は、同年九月二日、入管法違反(不法残留)事件により前橋地方裁判所太田支部に起訴され、同年一〇月二七日、同支部において、入管法違反(不法残留)により懲役二年、執行猶予三年とする判決の宣告を受け、右判決は、同年一一月一一日確定した。aは、原告の裁判において、証人として原告との交際の経過等について証言をした。 aは、右起訴後、右判決前の間の同年九月一六日、船橋市長に対し、原告との婚姻届を提出した。同届出は、受理伺とされ、同年一一月二五日ころ、受理が決定し、右届出の日付で受理された。 (八) 東京入管入国警備官は、原告について、平成一○年八月二五日、同日付けの前橋地方検察庁 姻届を提出した。同届出は、受理伺とされ、同年一一月二五日ころ、受理が決定し、右届出の日付で受理された。 (八) 東京入管入国警備官は、原告について、平成一○年八月二五日、同日付けの前橋地方検察庁太田支部からの通報に基づき、入管法二四条四号ロ該当容疑者として違反調査に着手した。同入国警備官は、違反調査を行った結果、原告が入管法二四条四号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、同年一〇月二六日、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同月二七日、太田拘置支所において右収容令書を執行し、右同日、原告を東京入管収容場に収容した。東京入管入国警備官は、同月二八日、原告を入管法二四条四号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。 原告が東京入管収容場に収容されている間、aは、週に一、二回の割合で原告に面会に行った。 東京入管入国審査官は、同年一二月二日、審査の結果、原告が入管法二四条四号ロに該当する旨の認定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、口頭審理を請求した。 東京入管特別審理官は、同月九日、原告代理人の山口弁護士及びa立会いのもと、原告について口頭審理を行い、右同日、入国審査官の前記認定に誤りのない旨の判定をし、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、被告法務大臣に異議の申出をした。 東京入管主任審査官は、同月一四日、aからの申請に基づき、仮放免保証金を一〇〇万円、千葉県船橋市βを指定住居として、原告の仮放免を許可した。 (九) 原告が仮放免されてから、原告とaは、船橋市β所在のaの住所において生活を始めた。 平成一一年になってしばらくたったころ、原告は、船橋市所在のタケダ製作所に溶接工として採用された。 しかし、被告法務大臣は、平成一〇年一二月二四日、原告の異議の申出は理由がない旨の裁決( めた。 平成一一年になってしばらくたったころ、原告は、船橋市所在のタケダ製作所に溶接工として採用された。 しかし、被告法務大臣は、平成一〇年一二月二四日、原告の異議の申出は理由がない旨の裁決(本件裁決)をし、本件裁決の通知を受けた東京入管主任審査官は、平成一一年一月一八日、仮放免の際に出頭するように指定された期日に出頭した原告に対して、本件裁決を告知するとともに、退去強制令書(本件退令)を発付した。そこで、東京入管入国警備官は、右同日、これを執行し、原告を東京入管収容場に収容した。 東京入管入国警備官は、同年二月三日、原告の身柄を東日本センターに移収したが、aは、週に一回の割合で原告のいる東日本センターに面会に行っている。 3(一)(1) 右に認定したとおり、原告とaは昭和六三年一一月ころ知り合い、初めはaの家族ぐるみのつき合いであったが、平成元年九月ころには、二人だけでつき合うようになったこと、原告とaが知り合った際にはaはbと婚姻関係にあったが、原告とaとの交際も一因となってaとbは平成二年五月一日に離婚したこと、平成二年一二月ころから、原告とaは近く婚姻する意思を持って一緒に暮らすようになったこと、その後、原告とaは同居を解消したが、その理由は、原告の弟であるcがノイローゼ気味であり、原告がcの面倒をみなければならなくなったからであること、原告とaは同居を解消した後も、原告がaのところへ泊まりに行ったり、休日には二人で出かけたりして交際を継続していたこと、aが、平成九年夏ころから船橋市役所へ電話をかけたり、実際に同市役所へ出向いたりして、原告との婚姻の届出の手続を問い合わせ、さらに、平成一○年三月には、原告との婚姻に必要な宣誓口供書、出生登録認証抄本及び素行証明書をバングラデシュから取り寄せたこと、同年八月に、aは、足利市に て、原告との婚姻の届出の手続を問い合わせ、さらに、平成一○年三月には、原告との婚姻に必要な宣誓口供書、出生登録認証抄本及び素行証明書をバングラデシュから取り寄せたこと、同年八月に、aは、足利市にいる原告と同居するために、当時勤めていた船橋市内の病院に仕事を辞める旨の申出をしたこと、原告が同年一二月一四日に仮放免された後、原告とaは、aの住所において生活を始めたことなどからすると、原告とaは、婚姻意思が成熟していないのに強制送還されるのを回避する目的をもってあえて婚姻の届出をしたものということはできず、両名は、九年以上の交際を通して互いに愛情をはぐくみ、真に婚姻する意思をもって婚姻の届出をしたものと認めるのが相当である。そして、婚姻の届出後、原告が仮放免されていた一時期を除き、原告の収容が継続しているため同居できない状態にあるが、両名は、それ以前において、前記認定の事情から婚姻手続をとることがなかったものの、婚姻の意思を持ちながら同居を始め約二年近く同居生活をし、原告がその弟の面倒をみるためやむなく別居状態になってからも、一か月に二、三回程度会うなどして親しく交際を続け、既に事実上の婚姻関係にあるとみ得る状態に至っていたものであり、原告が収容中も、aにおいては週に一回の割合で面会に行くなどして夫婦関係にあるものとして精神的な支えになろうと努力し、ひたすら原告に在留特別許可がおりて、我が国おいて真摯に夫婦関係を築いて行こうとする姿勢がうかがわれるのであって、両名の婚姻関係は真意に基づく実体の備わった関係であると評価するのが相当である。 (2) この点、被告らは、原告は、aと婚姻しているが、右婚姻の届出は原告が逮捕され、起訴された後である平成一○年九月一六日に至って初めてなされたにすぎないものである上、婚姻の届出自体、逮捕されたことをきっ この点、被告らは、原告は、aと婚姻しているが、右婚姻の届出は原告が逮捕され、起訴された後である平成一○年九月一六日に至って初めてなされたにすぎないものである上、婚姻の届出自体、逮捕されたことをきっかけに、在留特別許可を受けるには結婚していた方がよいとの弁護士からのアドバイスに基づき届け出られたものであって、在留特別許可を受ける目的のために婚姻の届出をしたことがうかがわれること、原告とaは、平成二年一二月から平成四年一一月まで同棲していたことが認められるものの、それ以後は長年にわたり別居していることが認められ、以上の事実を勘案すると原告が逮捕される以前において、原告とaとの間の婚姻意思が互いに成熟していたと認めることはできず、両者の間に夫婦としての実体が十分に成立していたとまで認められないと主張する。 しかし、右2に認定したとおり、aは、平成九年夏ころから、市役所へ電話をかけたり、実際に市役所へ出向いたりして、原告との婚姻の届出をするにはどのような手続が必要かを問い合わせるなどしていること、原告が平成一〇年一月か二月ころに足利市所在の栗田工業で稼働し始め、原告に安定した仕事が見つかったことから、原告とaは婚姻届を出すための準備を始め、同年三月には、婚姻に必要な宣誓口供書、出生登録認証抄本及び素行証明書をバングラデシュから取り寄せていること、aは、同年八月に、原告のいる足利市へ行くため、当時努めていた船橋市内の病院に仕事を辞める旨の申出をしているのであって、原告とaが、原告の逮捕をきっかけに急いで婚姻届出をしたかどうかはともかく、原告とaは、右逮捕以前において遅かれ早かれ婚姻届出をする状況にあったものである。 また、確かに、原告とaは、平成二年一二月から平成四年一一月まで同棲したあと、別居している。しかし、同居をしていない場合にはすべて 捕以前において遅かれ早かれ婚姻届出をする状況にあったものである。 また、確かに、原告とaは、平成二年一二月から平成四年一一月まで同棲したあと、別居している。しかし、同居をしていない場合にはすべて夫婦としての実体が認められないということはできず、例えば、転勤に伴い、子供の就学の関係などの理由により、夫婦の一方が単身で赴任し、その結果夫婦が別居するに至る場合や、夫婦の一方が病気で入院している場合など、別居に合理的な理由が認められれば、同居の事実がないとしても、婚姻意思が存在しないとか、夫婦としての実体が成立していないなどということはできない。原告とaが別居した理由は、原告の弟のcがノイローゼ気味であり、原告がcの面倒をみなければならなくなったことによるものであり、別居後も原告がaのところへ泊まりに行ったり、休日には二人で出かけたりしたりして、両名は交際を継続していたというのであるから、右別居には合理性がある。また、cがバングラデシュに強制送還された後、直ちに同居を始めなかったのは、cが東京入管当局に拘束されたことで原告も仕事を辞めてしまい、経済的に不安であったこと、aは看護助手の仕事をしており、その仕事を続けたかったが、原告の住む足利市には看護助手の求人がなかったことなどによるものであり、この点に関してもそれなりの合理性が認められ、前述したように、aは、平成一〇年になって、原告に安定した仕事が見つかった後には、婚姻届出をし同居をするための準備を着々と進めていたのである。 してみると、被告ら主張のような事情があることをもって、原告とaとの間の婚姻が実体を欠くとか、婚姻意思の成熟性が認められないということはできず、被告らの右主張は採用することができない。 (二)(1) ところで、婚姻は、夫婦が同等の権利を有することを基本とし、相互の協力に 姻が実体を欠くとか、婚姻意思の成熟性が認められないということはできず、被告らの右主張は採用することができない。 (二)(1) ところで、婚姻は、夫婦が同等の権利を有することを基本とし、相互の協力により維持されなければならないものであり(憲法二四条参照)、我が国の国民が外国人と婚姻した場合においては、国家としても、当該外国人の在留状況、国内事情、国際情勢等に照らして当該外国人の在留を認めるのを相当としない事情がある場合は格別、そうでない限り、両名が夫婦として互いに同居、協力、扶助の義務を履行し、円満な関係を築くことができるようにその在留関係等について一定の配慮をすべきものと考えられ、B規約二三条も「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」、「婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は、認められる。」と規定し、その趣旨を明らかにしているところである。そして、入管法が「日本人の配偶者」を在留資格として掲げているのもその配慮の一つの現れであるとみることができる。 被告法務大臣は、在留特別許可を与えるか否かについて前記一記載のとおり広範な裁量権を有するものであるが、日本人と婚姻し、夫婦の実体を形成している外国人について右の裁量権を行使するに当たっては、両名の夫婦関係の維持、継続を保護するという、右に述べた見地から十分な配慮を行うことが要請されているものというべきである。 (2) 被告らは、原告が本国であるバングラデシュで生活することは、その家族関係等からみて十分可能であり、また、aも同国に赴いて原告と婚姻生活を送ることも十分可能であるとし、原告が我が国に在留すべき特別の事情はないかのように主張する。 しかしながら、aは、既に五四歳という年齢に達しており、また、格別の資産が 同国に赴いて原告と婚姻生活を送ることも十分可能であるとし、原告が我が国に在留すべき特別の事情はないかのように主張する。 しかしながら、aは、既に五四歳という年齢に達しており、また、格別の資産があるわけではなく、自らも看護助手等の仕事をして生活していかなければならない経済状況にあるのであり、老後には何かと頼りにすべき前夫との間の子供とも別れて、親族の誰もいない外国のバングラデシュで生活を送ることは相当な困難を伴うものと考えられるし、また、我が国とバングラデシュとでは、経済事情のみならず、生活習慣等も相当異なることを考慮すれば、aと原告の婚姻が真意に基づくものであれば、原告の母国であるバングラデシュで夫婦生活を送ればよいかのようにいう被告らの主張は、原告及びaが我が国で築いた具体的な人間関係、国籍を異にする男女が円満な夫婦生活を送る上での実際上の困難、各国の経済・生活の実情を考慮しない議論であって、たやすく採用することができない。 (3) また、原告は、結果的に一○年以上にわたり我が国に不法残留し不法に就労していたものであり、右行為は、我が国の出入国管理の秩序を乱すものであって強く非難されるべきであるが、就労行為自体及びその他の生活状況に関していえば、原告は、その間まじめに就労し、入管法違反(不法残留)のほかには、犯罪行為を犯した事実は認められず、我が国にて平穏に生活していたものと評価できるのであって、在留特別許可を付与すべきかどうかの判断に当たって、不法残留の点のみを過大に評価し過ぎるのは適当でないというべきである。 他に、原告の在留状況、国内事情、国際情勢等に照らして原告の在留を認めるのを相当としない事情があることをうかがわせる証拠はない。 (4) 前記(一)で認定した事実関係及び右(1)ないし(3)に説示したところによれば、被告 国内事情、国際情勢等に照らして原告の在留を認めるのを相当としない事情があることをうかがわせる証拠はない。 (4) 前記(一)で認定した事実関係及び右(1)ないし(3)に説示したところによれば、被告法務大臣がした本件裁決は、原告とaの婚姻意思ないし婚姻関係の実体についての評価が明白に合理性を欠き、また、入管法違反(不法残留)の不良性を強調し過ぎるあまり、右(1)記載のとおりの配慮がなされるべき両名の真意に基づく婚姻関係について実質的に保護を与えないという、条理及びB規約二三条の趣旨に照らしても好ましくない結果を招来するものであって、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものといわなければならない。 4 以上のとおり、被告法務大臣が原告に対し在留特別許可を付与しなかったことについては、その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があるといわざるを得ず、したがって、本件裁決は取り消されるべきである。 二本件退令発付処分について退去強制手続において、被告法務大臣は、入管法四九条一項の異議の申出に対し、異議の申出が理由があるかどうかを裁決して、その結果を主任審査官に通知しなければならず(入管法四九条三項)、主任審査官は、被告法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、速やかに退去強制令書を発付しなければならない(同条五項)ところ、右一で説示したとおり、本件裁決は違法であるから、本件裁決に基づく本件退令発付処分もまた違法なものというべきであって、本件退令発付処分は取り消されるべきである。 第四結論よって、原告の本件請求はいずれも理由があるから、これらを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第三部裁判長裁判官青 も理由があるから、これらを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第三部裁判長裁判官青柳馨裁判官谷口豊裁判官加藤聡

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