平成29(ワ)552 国家賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
令和4年9月16日 水戸地方裁判所
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判決文本文28,968 文字)

令和4年9月16日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成29年(ワ)第552号国家賠償請求事件口頭弁論の終結の日令和4年3月18日判決 主文 1 被告は、原告に対し、165万円及びこれに対する平成26年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、これを20分し、その17を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。 4 この判決は、1項に限り、本判決が被告に送達された日から14日を経過したときは、仮に執行することができる。ただし、被告が165万円の担保を供するときは、その仮執行を免れることができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、1000万円及びこれに対する平成26年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要A(以下「A」という。)は、カメルーン共和国(以下「カメルーン」という。)国籍の男性であり、平成25年11月6日から法務省入国者収容所東日本入国管 理センター(以下「東日本入管センター」という。)に収容されていたが、平成26年3月30日、東日本入管センターから病院に救急搬送され、同日、死亡が確認された。 本件は、Aの母である原告が、東日本入管センターを設置していた被告に対し、被告の公務員であった東日本入管センターの職員らは、平成26年3月29日に Aの容態が急変した時点でAを救急搬送するべき義務があったのに、これを怠り、 Aを救急搬送しなかったことにより、Aを死亡させたなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、損害金4734万4227円(Aの逸失利益304万0206円及び死亡慰謝料3000万円、原告固有 Aを救急搬送しなかったことにより、Aを死亡させたなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、損害金4734万4227円(Aの逸失利益304万0206円及び死亡慰謝料3000万円、原告固有の慰謝料1000万円、弁護士費用430万4020円の合計。なお、その合計額は、正しくは4734万4226円である。)の一部である1000万円及びこれに対する不法行為の日(Aが 死亡した日)である同月30日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 前提事実(当事者間に争いがないか、括弧内に掲げた証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1) 当事者等(甲1、甲24)Aは、1970年(昭和45年)6月に生まれ、死亡当時43歳であった、カメルーン国籍の男性である。原告は、Aの母である。 東日本入管センターは、茨城県牛久市に所在し、被告の設置する旧法務省入国管理局(現出入国在留管理庁)の施設等機関であって、主として出入国管理 及び難民認定法の規定に違反して退去強制対象者となった外国人を収容する施設であり、その職員である入国警備官は、被告の公務員であった。 (2) Aの入国及びこれに対する入国管理局の対処等(甲2、乙1)Aは、平成25年10月5日、成田国際空港に到着し、旧東京入国管理局(現東京出入国在留管理局)成田空港支局(以下「成田空港支局」という。)の入国 審査官に対して上陸の申請をしたが、上陸のための条件に適合していないものとして同支局特別審理官に引き渡され、口頭審理の結果、上陸のための条件に適合していないと認定され、これに服したことから、本邦からの退去を命じられた。 しかし、Aは、本邦から退去しなか いないものとして同支局特別審理官に引き渡され、口頭審理の結果、上陸のための条件に適合していないと認定され、これに服したことから、本邦からの退去を命じられた。 しかし、Aは、本邦から退去しなかったため、同月6日、同支局主任審査官 の発付した収容令書により、同支局収容場に収容された。 その後、Aは、同月18日、退去命令を受けたのに遅滞なく本邦から退去しない者として、同支局入国審査官から退去強制対象者に当たるとの認定を受け、同月23日、同支局特別審査官から上記認定に誤りがないとの判定を受け、同年11月25日、法務大臣から上記判定に対する異議の申出につき理由がないとの裁決を受けて、同支局主任審査官から退去強制令書の発付を受けた。 また、Aは、同年10月16日、法務大臣に対し、難民である旨の認定を申請したが、同年11月15日、難民の認定をしないとの処分を受け、同月26日、これにつき異議の申立てをしていた。 (3) Aの収容状況(甲2、乙1)Aは、前記(2)のとおり、平成25年10月6日、成田空港支局主任審査官の 発付した収容令書により同支局収容場に収容された後、同年11月6日、収容依頼により東日本入管センターに移されて同所に収容され、同月25日、成田空港支局主任審査官が退去強制令書を発付したことから、移収に切り替えられ、以後も引き続き東日本入管センターに収容されていた。 (4) 平成25年10月6日から平成26年3月26日までのAの健康状態・診療 経過・服薬状況等(甲2ないし甲4、甲7ないし甲9)ア Aは、平成25年10月6日、成田空港支局収容場に収容された際、その健康状態について、健康状態に関する質問書に対する記載をして提出することにより、体調について全身がだるい、罹患している病名につき糖尿 Aは、平成25年10月6日、成田空港支局収容場に収容された際、その健康状態について、健康状態に関する質問書に対する記載をして提出することにより、体調について全身がだるい、罹患している病名につき糖尿病、通院歴について糖尿病につき2年前と回答した。また、Aは、この際、カメル ーンにて処方された、糖尿病に処方される薬(GLUCOPHAGE850mg)と尿路感染症に処方される薬(CO-TRIMOXAZOLE)を所持しており、収容後、これらの薬を服用していた。 イ Aは、平成25年11月6日に東日本入管センターに移り収容された後、入所時検診等を受け、さらに、上記尿路感染症に処方される薬(CO-TR IMOXAZOLE)が抗HIV薬であることが判明したことから、同年1 2月5日、採血をされて血液検査を受け、検査の結果、HIV陽性反応であることが確認された。 ウ Aは、平成26年1月9日、服用していた糖尿病薬(GLUCOPHAGE850mg)がなくなることから、東日本入管センター診療室(以下単に「診療室」という。)の医師より、糖尿病薬としてメデットとトラゼンタの処 方を受け、同月12日から服用するよう指示された。 また、Aは、同年2月17日、東日本入管センターの職員に対し、抗HIV薬として前記アのとおり服用していた尿路感染症に処方される薬(CO-TRIMOXAZOLE)が欲しいとの旨申し出たが、入国警備官から、抗HIV薬はカメルーンから送付してもらうようにとの指導を受け、これに従 った。 エ Aは、平成26年2月24日、体調不良を訴え、血糖値の測定結果がグルコース140mg/dl(基準値は70ないし109mg/dl)であったことを踏まえ、入国警備官から、安静にするようにとの指導を受けた。 また、Aは、同月2 日、体調不良を訴え、血糖値の測定結果がグルコース140mg/dl(基準値は70ないし109mg/dl)であったことを踏まえ、入国警備官から、安静にするようにとの指導を受けた。 また、Aは、同月27日、深刻な胸痛がある、1週間ほど前から胸が痛く 息をすると苦しいなどと訴えて、診療室の医師の診察を受け、血圧146/76、脈拍105、体温36.6℃であり、脈が早かったことから、胸痛に対して処方される頓服薬(ソラナックス)を処方された。さらに、Aは、同年3月2日、症状が改善しないので上記頓服薬の服用を継続したいとの旨申し出、診療室の医師は、上記投薬の継続を指示した。 オ Aは、平成26年3月2日限り、その所持していた抗HIV薬(CO-TRIMOXAZOLE)の全部を服用して消費した。 また、Aは、同月9日、糖尿病薬(メデット、トラゼンタ)の服用を継続したいとの旨申し出、診療室の医師は、上記投薬の継続を指示した。 カ Aは、平成26年3月15日、両足がひどく痛み、何かにつかまらないと 歩けないとの旨申し出、血圧測定をした入国警備官から、頓服薬(ソラナッ クス)を服用するよう説明された。また、Aは、同月16日、両足の痛みを訴えて診療を求める旨申し出、同月19日、血糖値がグルコース199mg/dl(基準値は70ないし109mg/dl)と測定された。 キ Aは、カメルーンから取り寄せて送付された抗HIV薬であるBACTRIN(ST合剤)とZIDOLAM(抗ウィルス剤)について、診療室の医 師から服用の許可を受けた。 (5) 平成26年3月27日から同月30日までのAの状態等(甲2、甲4、甲12ないし17(以下、特に断らない限り、枝番を含む。)、甲25)ア 3月27日(ア) Aは、午前11時27分、ふらつ (5) 平成26年3月27日から同月30日までのAの状態等(甲2、甲4、甲12ないし17(以下、特に断らない限り、枝番を含む。)、甲25)ア 3月27日(ア) Aは、午前11時27分、ふらつき、脱力、胸痛があることや、気分が 悪くて立つことができないとの旨訴え、入国警備官による血圧測定で血圧158/103、脈拍112と測定されて、午前11時54分、休養室に移され、監視カメラによる24時間体制の動静監視を開始された。 (イ) Aは、午後1時29分、診察室の医師の診察を受け、血圧87/53、脈拍93、グルコース(血糖値)219mg/dlと測定され、採血を受け た。同医師は、Aについて、血液検査の結果によっては外部の病院への紹介が必要と診断し、また、処方されていた糖尿病薬のうちメデットの服用を中止とし、疼痛時に服用するべき胃薬(レバミピド)と炎症薬(鎮痛薬)(カンファタニン)を処方して疼痛時に服用するよう指示し、入国警備官に対して休養室での容態観察と毎日2回の体温・血圧測定及び毎週1回の 体重測定を指示した。 イ 3月28日(ア) Aは、休養室において、ほとんどの時間をベッドで寝て過ごし、食事をしたりトイレに行ったりするときには、車いすを使用した。 午前9時20分に測定された血圧は109/63、脈拍は113、体温 は36.5℃であり、午後4時55分に測定された血圧は127/70、 脈拍は110、体温は36.6℃であった。 (イ) また、前記ア(イ)のとおりAから採られた血液につき、検査の委託を受けた検査業者が検査をし、ナトリウムが133mEq/L(基準値は137ないし147mEq/L)、カリウムが5.6Eq/L(基準値は3.5ないし5.0Eq/L)、カルシウムが11.6mg/dL(基準値は8 検査業者が検査をし、ナトリウムが133mEq/L(基準値は137ないし147mEq/L)、カリウムが5.6Eq/L(基準値は3.5ないし5.0Eq/L)、カルシウムが11.6mg/dL(基準値は8. 4ないし10.4mg/dL)、グルコース(血糖値)が182mg/dL(基準値は70ないし109mg/dL)との結果であったことが判明した。なお、この結果が東日本入管センターの職員等に対してAの死亡が確認される前までに報告されたことはなかった。 ウ 3月29日 (ア) Aは、午前2時11分、胸の痛みと不眠を訴えて、午前2時15分、血圧測定を受け、その後、看守責任者及び副看守責任者により車いすからベッドに移されて、就寝した。 (イ) 午前8時48分に測定された血圧は128/85、脈拍は116、体温は36.7℃であった。 (ウ) Aは、午前11時11分、床で寝ていることが確認され、職員らによりベッドに戻された。 (エ) Aは、午後6時06分から午後6時07分頃及び午後6時53分から午後6時54分頃、「要件あり」(判決注・「用件あり」の誤記と考えられる。)と記載されたボードを掲げて、職員に対応を求めた。 (オ) Aは、午後7時12分頃、ベッドの上で体を反転させた。 (カ) Aは、午後7時14分、ベッドから床に落ち、入国警備官によりベッドの上に戻されて、寝かされた。 (キ) Aは、午後7時35分、またベッドから床に落ちた。 (ク) Aは、午後7時46分、車いすに乗って、うめき声を出していた。 (ケ) Aは、午後7時58分、車いすから床に落ちた。午後8時00分頃以降、 入国警備官が休養室の床に毛布を敷きマットレスを搬入して床に寝床を作り、Aは、以後、床の上に寝ており、横に転がることがあった。 後7時58分、車いすから床に落ちた。午後8時00分頃以降、 入国警備官が休養室の床に毛布を敷きマットレスを搬入して床に寝床を作り、Aは、以後、床の上に寝ており、横に転がることがあった。 (コ) 午後10時21分に測定された血圧は88/50、脈拍は79であった。 入国警備官は、午後10時26分、休養室の消灯をした。 エ 3月30日 (ア) Aは、午前0時35分から午前2時30分までの間、上着等を脱いでハーフパンツ1枚のみを着た状態で、休養室の床の上に寝て、横を向いたり、転げ回ったりしていた。 (イ) Aは、午前3時25分から午前7時02分までの間、ハーフパンツ1枚のみを着て、休養室の床の上に仰向けの状態であった。 (ウ) 入国警備官は、午前6時56分、休養室の点灯をし、Aの様子を見た後、看守責任者である他の入国警備官とともに休養室に入室して、Aが心肺停止の状態にあることを確認した。そして、入国警備官は、午前7時04分、救急車の出動を要請し、午前7時06分から、Aの体にAEDを装着して、心臓マッサージ等の蘇生措置を開始した。 午前7時19分、救急隊員が東日本入管センターに到着し、Aは、午前7時32分、東日本入管センターから搬出され、午前7時47分、B病院に搬送され、救命措置を受けた。なお、午前7時52分に採血されたAの血液検査の測定値は、血糖値がグルコース601mg/dL、HbA1c(ヘモグロビンA1c。糖尿病の基準値の一つ。)が6.6%(正常値は5. 9%以下)、カリウムが8.6mEq/lであった。 (6) Aの死亡確認Aは、平成26年3月30日午前8時07分、上記搬送先病院の医師により、死亡が確認された。 (7) 司法解剖の結果(乙2、乙8、乙13) Aの死体については、 (6) Aの死亡確認Aは、平成26年3月30日午前8時07分、上記搬送先病院の医師により、死亡が確認された。 (7) 司法解剖の結果(乙2、乙8、乙13) Aの死体については、平成26年4月3日、司法解剖(鑑定人による死体の 解剖)がされ、その結果、Aは病死したと考えられるが、諸臓器の肉眼的検索では明らかに死因となるような病変は確認できず、形態変化に乏しい疾患、例えば不整脈、冠状動脈攣縮による虚血性心疾患、代謝性疾患等が死因となった可能性が考えられ、1週間ほど前から体調不良が続いていたこと、剖検時の尿検査で尿糖が5+と強陽性であったことなどを考慮すると糖尿病性昏睡で死 亡した可能性が考えられる一方で、肺が高度水腫状を呈していることからは心疾患による急死も考えられ、具体的な病名については特定できないとされた。 (8) 医学的知見(甲42、甲43、乙5、乙6)ア不整脈「不整脈」とは、心臓のリズム(調律)の異常をいう。心臓は1分間に6 0ないし70拍で規則的に収縮しているが、これに反したものが広く「不整脈」といわれる。 イ虚血性心疾患・狭心症・冠攣縮性狭心症「虚血性心疾患」とは、冠状動脈(冠動脈)(左右2本ともに上行大動脈の始部から分枝し、心筋層に枝分かれする、心臓の栄養動脈)が動脈硬化等の 原因で狭くなったり閉塞したりして心筋に血液が行かなくなること(心筋虚血)により起こる疾患をいう。 虚血性心疾患は、狭心症と心筋梗塞に大別され、このうち「狭心症」とは、心筋が一過性の虚血状態に陥る結果生じる胸痛発作を主な特徴とする症候群をいい、これによる疼痛は心臓痛とも呼ばれる。さらに、狭心症は、冠動 脈に有意狭窄があり、労作(判決注・身体を動かすこと)などで一過性に心筋酸素 に陥る結果生じる胸痛発作を主な特徴とする症候群をいい、これによる疼痛は心臓痛とも呼ばれる。さらに、狭心症は、冠動 脈に有意狭窄があり、労作(判決注・身体を動かすこと)などで一過性に心筋酸素需要が増大し、そのとき冠血流量を十分に増加させられずに生ずる労作性狭心症と、労作とは無関係に生ずる安静時狭心症に大別され、安静時狭心症のうち、冠動脈が積極的に異常収縮(攣縮)して、狭窄部位から末梢が相対的な虚血状態となり発作するものを「冠攣縮性狭心症」という。 ウ心不全 「心不全」とは、心臓(主に左心)の機能障害による体内各臓器と四肢末梢の灌流障害に起因する息切れを主徴とし、動悸、倦怠感、運動耐容能の低下などを来たす症候群をいう。その基礎疾患としては、心筋梗塞や狭心症等の虚血性心疾患、高血圧、弁膜症、心筋・心膜疾患、先天性心疾患、不整脈などすべての心臓の病気が含まれる。 エ低拍出量症候群「低拍出量症候群」とは、心拍出量の低下により、臓器や末梢血管の血流が減少し、低血圧、乏尿、四肢の冷感などの末梢循環不全を呈する一連の症候群をいう。その原因としては、急性心筋梗塞、急性心筋炎、不整脈などによる急激な心筋機能などの障害(急性心不全)、長期にわたる慢性心疾患の ポンプ機能の低下(慢性心不全)、心臓手術による侵襲などがある。 オ高カリウム血症「高カリウム血症」とは、血漿中のカリウム濃度が正常上限(5.4mEq/L)を超えて上昇した病態をいう。その症状としては、筋・神経系の興奮異常が主であり、意識障害のほか、筋力低下、脱力がしばしば認められる。 また、心筋の異常として不整脈、伝達障害、心停止などが認められる。 カ代謝性アシドーシス・乳酸アシドーシス「代謝性アシドーシス」とは、代謝性 か、筋力低下、脱力がしばしば認められる。 また、心筋の異常として不整脈、伝達障害、心停止などが認められる。 カ代謝性アシドーシス・乳酸アシドーシス「代謝性アシドーシス」とは、代謝性変化に伴い、血漿重炭酸濃度の減少を来たし、これによって血液のpHが低下する方向に変化する病的過程をいい、呼吸は深く、しかも促迫するほか、意識障害、ときに昏睡を認め脱水症 状や腹痛を伴うこともある。また、心室の機能低下を有し、末梢血管抵抗の低下、血圧下降、肺浮腫などの所見を有するとされている。 また、「乳酸アシドーシス」とは、組織における乳酸の産生過剰の結果、乳酸が蓄積し代謝性アシドーシスを来たした病態であり、成因として、心停止、ショック、ビグアナイド系経口血糖降下薬投与、糖尿病あるいは肝硬変など がある。治療としては、大量の重炭酸ナトリウム投与、血液透析あるいはメ チレンブルー投与などが行われるが、致死率が約50%と高く、早急な対応が求められる病態である。さらに、意識障害を伴っている場合はより緊急度が高いとされる。 キ急性腎不全「急性腎不全」とは、種々の原因で急激な腎機能の低下を来たす症候群を いう。 ク肺水腫「肺水腫」とは、肺うっ血の強い左心不全、毛細血管の透過性の異常に亢進した腎不全、強力な刺激物の吸入のときなどに起きる、血清が血管外に漏出し、組織間液が増加し、さらに肺胞内へと漏出した状態をいう。 ケ糖尿病性昏睡「糖尿病性昏睡」とは、糖尿病患者の陥る昏睡をいう。 2 争点原告は、東日本入管センターの職員らは、Aの状態に照らせば、平成26年3月29日午後6時06分から遅くとも同日午後7時46分までの間に救急車の 出動を要請してAを救急搬送するべき注意義務があっ 原告は、東日本入管センターの職員らは、Aの状態に照らせば、平成26年3月29日午後6時06分から遅くとも同日午後7時46分までの間に救急車の 出動を要請してAを救急搬送するべき注意義務があったのに、これを怠り、この間に救急車の出動を要請しなかったことによって、①主位的には、Aを上記注意義務違反により死亡させたと主張するとともに、②予備的に、Aが死亡の時点で生存していた相当程度の可能性を侵害したと主張し、③さらに予備的に、Aの適切な検査・治療等の医療行為を受ける期待権を侵害したと主張し、被告は、これ らをいずれも争った。 本件の主要な争点は、次のとおりである。 (1) 平成26年3月29日午後6時06分から同日午後7時46分までの間に、東日本入管センターの職員らにAの救急搬送を開始するべき注意義務があったか。 (2) Aは冠攣縮性狭心症により死亡したか。 (3) Aは東日本入管センターの職員らの注意義務違反によって死亡したか。 (4) 東日本入管センターの職員らの注意義務違反がなければAが死亡した当時生存していた相当程度の可能性があったか。 (5) Aが東日本入管センターの職員らの注意義務違反によって適切な検査・治療等の医療行為を受ける利益を侵害されたか。 (6) A及び原告の損害 3 争点に対する当事者の主張(1) 平成26年3月29日午後6時06分から同日午後7時46分までの間に、東日本入管センターの職員らにAの救急搬送を開始するべき注意義務があったか。 (原告の主張)ア東日本入管センターのような入国者収容所において、その職員らは、被収容者である外国人の身体の自由を奪うことに伴い、被収容者が自由に外部の医療機関の診療を受けられないことの反面として、社会一般の医療水準に照 入管センターのような入国者収容所において、その職員らは、被収容者である外国人の身体の自由を奪うことに伴い、被収容者が自由に外部の医療機関の診療を受けられないことの反面として、社会一般の医療水準に照らし、適切な医療上の措置を受ける機会を提供することをはじめ、被収容者 が生命及び身体の健康を保持するために必要な措置を講じるべき注意義務を負う。すなわち、東日本入管センターの職員らは、被収容者である外国人に対し、疾病にり患した場合には必要な医師の診察を受けさせるなどの適切な措置を講じ、その生命及び身体の健康を保持するべき注意義務を負っていたものである。 イ本件において、Aは、平成26年3月27日午前11時54分、体調不良により休養室に移され、同日午後1時29分の時点で、投薬が変更され、医師から容態観察が指示され、採取された血液検査の結果次第で更なる治療が必要な状況にあった。 そして、同月29日、Aは、午後6時06分及び午後6時53分の2回に わたって、職員に対して用件がある旨訴え、午後7時04分には、職員がベ ッドに寝かせようとした際に絶叫し、ベッドに寝られず床にはいつくばってうめきながら転がり、午後7時12分には、苦しみもがきながら「アイムダイイング」(判決注・「私は死にそうだ」の意味。)と声を発し、午後7時14分には、ベッドから落ちて「アイムダイイング」と声を発し、午後7時35分には、「アイムダイイング」「マイハートエイク」(判決注・「私は胸が痛い」 の意味。)と言って強い胸痛を訴え、午後8時00分頃以降は、ベッドで寝ていることができず、東日本入管センターの職員らにより床の上に寝かされ、床の上で、苦しみながら転がり続けており、この間、「アイムダイイング」などと繰り返し叫んでいた。 ウ上 頃以降は、ベッドで寝ていることができず、東日本入管センターの職員らにより床の上に寝かされ、床の上で、苦しみながら転がり続けており、この間、「アイムダイイング」などと繰り返し叫んでいた。 ウ上記のとおり、平成26年3月29日午後6時06分以降、Aは尋常な状 態ではなく、直ちに救急搬送がされるべき状況にあったことは明らかであるから、東日本入管センターの職員らは、同時刻から遅くとも同日午後7時46分頃までの間に、Aの救急搬送を開始するべき注意義務があった。しかし、東日本入管センターの職員らは、これを怠り、Aについて、同月30日午前7時04分に至るまで救急車の出動を要請しなかったものであり、同職員ら には、上記注意義務を怠った過失がある。 (被告の主張)ア Aは、平成26年3月29日午後6時06分以降、午後6時13分頃から午後6時34頃までの間、食事をして、主食8割、副食5割程度を食べ、同日午後6時38分頃には、自力で車いすを動かしていた。また、Aが同日午 後7時40分に絶叫したのは、東日本入管センターの職員らがAの体を持ち上げた際の痛みからと考えられる。Aが、同日午後7時14分に大声を発したのは、職員らを呼ぶためであり、この際、Aは職員らに対して応対をしていて、意識障害はなかった。Aは、同日午後7時34分の前後には比較的落ち着いた様子で職員らの言葉に耳を傾けており、強い胸痛を訴えたことはな く、同日午後8時00分頃以降は、落ち着き、強い痛みを訴えることもなか った。この間、Aに意識障害、けいれん、呼吸障害等の症状は見受けられなかった。 東日本入管センターの職員らは、この間、Aに対し、監視カメラによる監視をしながら、複数回にわたって水を飲ませたり、ベッドに寝かせたり、声を掛けたりして、その体 等の症状は見受けられなかった。 東日本入管センターの職員らは、この間、Aに対し、監視カメラによる監視をしながら、複数回にわたって水を飲ませたり、ベッドに寝かせたり、声を掛けたりして、その体調に配慮しつつ処遇を行っていた。 イ以上からすれば、東日本入管センターの職員らに平成26年3月29日午後6時06分ないし同日午後7時46分までの間においてAにつき救急車の出動を要請するべき注意義務があったものとは認められず、東日本入管センターの職員らに注意義務違反があったものとはいえない。東日本入管センターの職員らは、この間、Aの状況に応じた適切な対処をしていたものであ る。 (2) Aは冠攣縮性狭心症により死亡したか。 (原告の主張)ア Aは、虚血性心疾患(冠攣縮性狭心症)・心不全・不整脈が関与した急性心不全により死亡したものである。 イ Aには、平成26年2月20日ないし同月27日頃から胸痛を訴えるという冠攣縮性狭心症の病態があり、同年3月27日からは、気分不快の症状と血圧の変動が認められた。そして、Aは、同月29日、冠攣縮性狭心症により十分に心筋に血液が供給されない状態となり、心収縮が低下して、低拍出量症候群で不穏状態となった後、急性の心不全となり、死亡するに至ったも のである。 Aの剖検において心臓に器質的変化が認められないことのみで冠攣縮性狭心症でないと断定はできず、むしろ、可逆的変化である冠攣縮性狭心症が考えられる。Aは以前から抗HIV薬を常用していたものであり、突然にこれによる副作用が出現したということは考えにくい。 (被告の主張) ア Aの死因は医学的に確定できず、Aが冠攣縮性狭心症に基づく心不全により死亡したとの事実は高度の蓋然性をもって立証されていない。 イ いうことは考えにくい。 (被告の主張) ア Aの死因は医学的に確定できず、Aが冠攣縮性狭心症に基づく心不全により死亡したとの事実は高度の蓋然性をもって立証されていない。 イ Aの死因については、医師により、例えば不整脈・冠状動脈攣縮による虚血性心疾患、代謝性疾患などが考えられ、あるいは、高カリウム血症による急性不整脈死・急性腎不全・急性肺水腫・糖尿病性高浸透圧性昏睡、又は、 冠攣縮性狭心症による虚血性心疾患・急性不整脈死のいずれかと推定されるものとされている。 そして、冠攣縮が継続して低拍出量症候群となった場合、相応の心臓の筋肉が壊死するにもかかわらず、剖検においてAの心臓に心筋壊疽や冠動脈の炎症性変化等の器質的変化は認められておらず、Aが冠攣縮性狭心症による 低拍出量症候群となったことと剖検の結果は整合しない。他方で、Aについては、抗HIV薬の服用の中断及び再開による副作用や、代謝に影響する乳酸アシドーシス等の合併症により、代謝性疾患によって死亡した可能性が考えられる。 (3) Aは東日本入管センターの職員らの注意義務違反により死亡したか。 (原告の主張)ア Aは、遅くとも平成26年3月29日午後7時46分までに救急搬送が開始されていれば、搬送先の病院において適切な検査や治療等の医療行為を受けて、冠攣縮性狭心症により死亡することなく、救命されていた。しかし、東日本入管センターの職員らは、上記同時刻までの間にAの救急搬送を開始 するべき注意義務を怠り、その翌日である同月30日午前7時06分に至るまで救急車の出動を要請しなかったことにより、Aを冠攣縮性狭心症により死亡させたものである。 イ Aは、平成29年3月29日午後7時04分の時点で低拍出量症候群の状況となり、これが遷延 6分に至るまで救急車の出動を要請しなかったことにより、Aを冠攣縮性狭心症により死亡させたものである。 イ Aは、平成29年3月29日午後7時04分の時点で低拍出量症候群の状況となり、これが遷延することで末梢循環不全の状況に進んだと考えられる。 このような状況になると、体内に乳酸アシドーシスの蓄積が生じ、著しい代 謝性アシドーシスを来たす病態に至るものであり、その致死率は約50%と高いとされている。低拍出量症候群の状況になった段階で医療機関に搬送されれば、血液ガスからpHを測定して乳酸アシドーシスの把握が可能となり、低拍出量症候群に対してはカテコラミン(強心薬)を点滴で使用し、さらにこれで対応できない進行した状況であれば体外循環という生体の循環動態 を補助する機器(体外循環装置)を使用し、悪い状態からの離脱を図り、加えて原因と目される冠攣縮性狭心症に対しても血管拡張の薬を使用して対処するという集中治療により全身状態の改善が図れれば、Aは救命された。 Aは、同日午後8時30分の時点で、ベッドにつかまって立とうとするも立てず、意識障害を伴っている状況にあり、同日午後8時35分以降は、体 を動かしたくても思い通りにならなくなり、体動や発語も減った状況にあった。乳酸アシドーシスに加えて意識障害が生じるような場合はかなり救命が難しいと考えられることから、Aは、同日午後8時35分頃までに医療機関に搬送されて集中治療下に置かれれば、救命された。 したがって、東日本入管センターにおいて救急車の出動を要請してから医 療機関に到着するまで時間として40分ないし50分を要することから、Aは、遅くとも同日午後7時46分までに救急車の出動が要請されていれば、同日午後8時35分頃から医療機関での措置等を受けて救命され、 療機関に到着するまで時間として40分ないし50分を要することから、Aは、遅くとも同日午後7時46分までに救急車の出動が要請されていれば、同日午後8時35分頃から医療機関での措置等を受けて救命され、死亡の結果を回避できた。 (被告の主張) ア Aの死因は確定的に認定することができないものであり、Aが冠攣縮性狭心症により死亡したことを前提とする原告の主張は理由がない。 イまた、仮にAが冠攣縮性狭心症により低拍出量症候群となり心不全で死亡するに至ったとすれば、平成29年3月27日までに虚血性心疾患を発症していた可能性があってその時点で医療機関での診察を受けていたとしても 救命されていたとは限らず、また、同月29日午後6時05分から同日午後 7時46分までの間に救急搬送を開始されていたとしても、その症状の原因が不明であることから、応急措置をするしかなく、原因特定のための各種の検査をしていたのでは時間的に間に合わず、救命することはできなかった。 (4) 東日本入管センターの職員らの注意義務違反がなければ、Aが死亡した当時生存していた相当程度の可能性があったか。 (原告の主張)仮にAが平成26年3月29日午後7時46分までに救急搬送を開始されていれば死亡の結果を回避できたものと認められないとしても、Aは、上記同時刻頃までに救急車の出動を要請していれば、同日午後8時35分頃までに医療機関に搬送されて前記(3)(原告の主張)イの検査や措置等の医療行為を受 けて、その死亡した時点においてなお死亡の結果を回避できた相当程度の可能性があった。 (被告の主張)ア Aについては、平成26年3月29日午後6時06分から同日午後7時46分までの間に救急搬送が開始されたとしても、その死亡した当時生存して い 当程度の可能性があった。 (被告の主張)ア Aについては、平成26年3月29日午後6時06分から同日午後7時46分までの間に救急搬送が開始されたとしても、その死亡した当時生存して いた相当程度の可能性があったとは認められない。 イ Aについては、上記相当程度の可能性の前提となる、通常の医師であれば患者に対して実際に行ったであろう医療水準にかなった具体的な医療行為、救命可能性の有無及び程度の前提となる具体的事実がいずれも高度の蓋然性をもって立証されていない。 Aが医療機関に搬送された後、体外循環装置を使用されることは、通常の医師であれば患者に対して実際に行ったであろう医療水準にかなった具体的な医療行為であるといえない。また、死亡の原疾患を特定することができないAについて、その救命率を具体的に認定することはできない。 (5) Aが適切な検査・治療等の医療行為を受ける利益を侵害されたか。 (原告の主張) 仮にAが平成26年3月29日午後7時46分までに救急搬送を開始されていれば死亡の結果を回避できたものと認められず、また、その死亡した時点でなお生存していた相当程度の可能性が認められないとしても、東日本入管センターの職員らは、その注意義務を怠ったことにより、Aの適切な時期に救急搬送されて病院において適切な検査や治療等の医療行為を受ける期待権を侵 害したものである。 (被告の主張)適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、医師の患者に対する当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ、東日本入 管センターの職員らは医師ではない。また、東日本入管センターの職員らのAに対する措置に何ら不 医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ、東日本入 管センターの職員らは医師ではない。また、東日本入管センターの職員らのAに対する措置に何ら不適切な点はなく、職員らに著しく不適切な行為があったとはいえない。 (6) A及び原告の損害(原告の主張) ア逸失利益 304万0206円カメルーンにおける平均年収は36万7212円であり、Aは死亡当時43歳でありその就労可能年数は67歳までの24年であったこと、生活費控除率は40%が相当であることから、次の計算式のとおり。 (計算式) 36万7212円×(100%-40%)×13.7986(24年に相当するライプニッツ係数)=304万0206円(小数点以下切り捨て)イ慰謝料 3000万円Aは、「アイムダイイング」と何度も叫びながら7時間余りものたうち回っていたのに、東日本入管センターの職員から何らの処置も施されなかった ことにより、死亡するまで苦しみ、無念の死を遂げたものであり、Aが死亡 したこと、又は死亡した当時生存していた相当程度の可能性を侵害されたこと、又は適切な検査・治療等の医療行為を受ける利益を侵害されたことによって被った精神的苦痛は極めて大きかった。 ウ原告固有の慰謝料 1000万円原告は、Aから前記ア及びイの損害賠償請求権を相続したほか、東日本入 管センターの職員らの行為により、遠い異国の地で最愛の息子を失ったことによって多大な精神的苦痛を被った。 エ弁護士費用 430万4020円前記アないしウの合計4304万0206円の により、遠い異国の地で最愛の息子を失ったことによって多大な精神的苦痛を被った。 エ弁護士費用 430万4020円前記アないしウの合計4304万0206円の1割に相当する金額。 オ一部請求 原告は、本件訴訟において、前記アないしエの損害金合計4734万4226円の一部として1000万円を請求する。 (被告の主張)いずれも否認又は争う。 なお、Aの慰謝料額の算定に当たっては、Aが国籍を有していたカメルーン の賃金・物価・生活水準等の経済的事情が考慮されるべきである。 第3 争点に対する判断 1 認定事実前提事実のほか、証拠(後記のもののほか、甲2、甲4、甲15、甲16、甲25、乙26、乙27)及び弁論の全趣旨によれば、平成26年3月29日のA の状態等について、次の事実が認められる。 (1) Aは、午後6時09分、休養室に来た東日本入管センターの職員により車いすに移され、車いすに座って、用意された夕食(チキンカレー、福神漬け、フルーツ)の乗ったトレイを膝の上に乗せ、午後6時13分頃から午後6時34分頃までの間に、主食の8割、副食の5割程度を食べた(このことは、Aに対 する剖検の結果、Aの死体の胃内に米飯粒、タマネギ様片、鶏卵様片等が遺留 しており、カレー臭が確認されたこと(乙2、乙8、乙13)からも推認される。)が、その余は残した。午後6時34分ないし午後6時36分頃、Aは自分で車いすを操作して休養室内を移動し、午後6時58分頃までに、入国警備官の補助を受けて薬を服用した。 (2) Aは、午後7時04分頃、職員らがAを車いすからベッドの上に移動させて 寝かせようとした際、大声をあげて、車いすから落ちて、床に這い、うめき声をあげたり 官の補助を受けて薬を服用した。 (2) Aは、午後7時04分頃、職員らがAを車いすからベッドの上に移動させて 寝かせようとした際、大声をあげて、車いすから落ちて、床に這い、うめき声をあげたり、床の上で転がったりした。C病院循環器内科医長であるD医師(以下「D」又は「D医師」という。)及びE医療センター循環器内科長であるF医師(以下「F」又は「F医師」という。)の各証言によれば、これは、Aに低拍出量症候群の症状が現れたものである(証人D、証人F)。 (3) Aは、午後7時11分頃から、ベッドの上でうめき声をあげ、転がるなどし、「アイムダイイング」と複数回声を発した。さらに、午後7時14分、ベッドから床に落ちて、「アイムダイイング」と複数回声を発し、職員らによりベッドの上に戻された後も、職員らが休養室内に居る場において大声をあげ続けた。 (4) Aは、午後7時31分、大声を出し、午後7時35分、休養室に来た職員に 対し、「アイムダイイング」「マイハートエイク」などと言った。 (5) Aは、午後7時46分、車いすに座って、うめき声をあげ、午後7時58分、車いすから床に落ちた。その後、Aは、床に寝て、「アイムダイイング」などと大声をあげたり、床の上で転がったりしていた。 (6) Aは、午後8時35分頃、テーブルに掴まって立ち上がったり、車いすに乗 ったりすることができず、体を動かしたくても思い通りにならない状態にあり、この時点で治療を開始しても救命できるか相当不確実な状態にまでその容態が悪化していた(証人D、証人F)。 (7) 搬送先であるB病院で平成26年3月30日午前7時52分に採血されたAの血液の血液ガス分析で、pHの値が6.568(基準値7.380-7. 460)であったなど、Aは、容態が悪化して死亡 7) 搬送先であるB病院で平成26年3月30日午前7時52分に採血されたAの血液の血液ガス分析で、pHの値が6.568(基準値7.380-7. 460)であったなど、Aは、容態が悪化して死亡に至る中で、乳酸アシドー シスの状態にあった(甲17の2、証人D、証人F)。 2 争点(1)(平成26年3月29日午後6時06分から同日午後7時46分までの間に、東日本入管センターの職員らにAの救急搬送を開始するべき注意義務があったか。)(1) 前提事実(3)のとおり、Aは、平成26年3月29日当時、成田空港支局主 任審査官が発付した退去強制令書に基づき、直ちに本邦外に送還することができないものとして、法令の定め(出入国管理及び難民認定法52条5項)により東日本入管センターに収容され、その意思にかかわらず居住を東日本入管センター内に限定されて移動の自由を制限されていたことにより、自由に入国者収容所外の医師による診療等を受けることができない立場にあった。したがっ て、その反面として、被告の上記公権力の行使に当たる公務員であった東日本入管センターの職員らには、その職務を行うについて、被収容者であったAに対し、その生命・身体の安全や健康を保持するために社会一般の医療水準に照らして適切な医療上の措置を取るべき注意義務があったというべきである。 (2)ア次に、前提事実(5)ウ及び認定事実のとおり、Aは、平成26年3月29日 午後6時13分頃から午後6時34分頃までの間に夕食を食べ、午後6時58分頃までに薬を服用したものの、午後7時04分頃以降、低拍出量症候群の症状により、うめき声をあげたり転がったりして、苦しげな様子を見せ、「アイムダイイング」、すなわち死にそうであると複数回声をあげて、その自覚症状が尋常なものではない 時04分頃以降、低拍出量症候群の症状により、うめき声をあげたり転がったりして、苦しげな様子を見せ、「アイムダイイング」、すなわち死にそうであると複数回声をあげて、その自覚症状が尋常なものではない旨訴え続け、さらには、午後7時35分、休 養室に来た職員らに対して、直接、「アイムダイイング」と言って上記の旨訴えるとともに、「マイハートエイク」、すなわち胸が痛いと、その胸部に痛みがある旨、具体的な症状を訴え、午後7時46分まで、状態は変わらず、うめき声や大声をあげるなどしていた。そして、東日本入管センターの職員らは、このようなAの状況や訴えを、休養室内の監視カメラによる観察及びA の直接の発言を聞いたことより認識していたことが明らかである。 このように、Aの同日午後7時04分頃から午後7時35分頃までの間の上記の状態は、30分以上にわたって苦しんでうめき声や大声をあげたり転がったりしていたという尋常ではない外形的な状態及びこれが継続していた時間、命にかかわると自覚されるような苦しみや痛みを訴えていたというその愁訴の深刻度、特にそれが心臓というその不調が生命の維持を危うくさ せる臓器のある胸の痛みを訴えるものであったというその危険性に、前提事実(4)及び(5)のとおり、Aはその約1か月前である同年2月24日の時点で胸痛が1週間ほど継続していることを訴えて医師から胸痛に対して処方される頓服薬を処方され、同年3月2日には医師からその処方を継続され、同年3月27日から気分の不調を訴えて休養室に移され医師から容態観察を 指示され、血液検査の結果によっては外部の医療機関への紹介が必要であるとされている状態にあり、同月29日午後2時11分には既に胸の痛みを訴えていたことを併せて考慮すれば、社会通念に照らし、救急車 指示され、血液検査の結果によっては外部の医療機関への紹介が必要であるとされている状態にあり、同月29日午後2時11分には既に胸の痛みを訴えていたことを併せて考慮すれば、社会通念に照らし、救急車の出動を要請してできるだけ速やかに医師の措置を受けさせるべきと判断してしかるべきものであったというべきである。すなわち、東日本入管センターの職員ら において、遅くとも、Aが30分以上にわたり苦しげな様子を見せて死にそうであると訴え続けており、さらに、胸部の痛みを直接訴えた、同日午後7時35分頃の時点において、Aについて、その命にかかわるような重篤な病状にある可能性があるものとして、救急搬送を要請し、Aを医療機関に救急搬送するべき注意義務があったものと認められる。 イこの点、Aが平成26年3月29日午後6時34頃まで食事をしていたことは、その後のAの状況が上記のとおり尋常ならざるものであったことに照らせば、Aにつき救急搬送を要請しなかったとしてももっともであったというべき事情とはいえない。また、認定事実(4)のとおり、Aは東日本入管センターの職員らに休養室に来た後も「アイムダイイング」と声を発していたこ とからして、Aが休養室で大声を出していたのが単に職員らを呼ぶためであ ったとは容易に認められない。さらに、認定事実(4)のとおり、Aが胸部という生命にかかわる疾患のおそれのある部位の痛みを訴えていた以上、その当時、Aに意識障害、けいれん、呼吸障害等の症状は見受けられなかったとしても(ただし、意識障害については、判別が困難であったことがうかがわれるが、乳酸アシドーシスによる不穏状態ないし朦朧状態があったものと認め られる(甲43)。)、Aにつき救急搬送を要請する必要がないと判断したことが妥当であったとはいえ 難であったことがうかがわれるが、乳酸アシドーシスによる不穏状態ないし朦朧状態があったものと認め られる(甲43)。)、Aにつき救急搬送を要請する必要がないと判断したことが妥当であったとはいえない。F医師の意見を聴取した法務事務官作成の報告書(以下「F医師の意見報告書」という。)(乙20)及び証言中には、Aの上記同日午後6時05分頃以降の状況につき、これを見て救急搬送を必要とする程度の緊急性があると判断することができたかについては、これが 低拍出量症候群の典型的な症状であって、それが分かっている医療従事者であれば当然に救急搬送するべき状態にあることが分かるが、それを体験したことがない人は驚いて混乱してしまうのが通常であろうから、判断が難しかったであろうとの記載部分及び証言部分(以下、報告書及び意見書中の記載部分と証言中の証言部分とを併せて「証言等」という。)があるが、Aが既に 体調不良を訴えて休養室で24時間体制の動静監視がされていたことや、上記に説示のとおりそれまでのAの様子と明らかに異なるものであったことなどに照らせば、適切な処置が分からず、見ていて驚くような状態であったという以上、なおさら、東日本入管センターの職員らにおいて緊急性がないなどと安易な判断をするのではなく、医師の診察を受けさせるために、Aを 救急搬送させ、医療機関の措置等を受けさせてしかるべきと解されるのであって、これによっても、東日本入管センターの職員らがAにつき救急搬送を要請しなかったことがやむを得なかったとはいえない。この点、証拠(甲39)及び弁論の全趣旨によれば、消防庁が平成26年3月に発行した「緊急度判定プロトコルVer.1救急受診ガイド(家庭自己判断)」では、「意識 がおかしい(大人)」の項目において、「突然おかしくなった」 弁論の全趣旨によれば、消防庁が平成26年3月に発行した「緊急度判定プロトコルVer.1救急受診ガイド(家庭自己判断)」では、「意識 がおかしい(大人)」の項目において、「突然おかしくなった」「あばれたり、 いつもと違う行動をする」などの場合、「胸が痛い(大人・こども)」の項目において、「胸が締め付けられる感じがある。または、胸が押される感じがある。または、胸がもやもやする感じがある。または、胸が裂けるような痛みがある」「安静にしても胸が痛い」「心臓の病気をしたことがある。または、いつもの発作とは違う」などの場合、いずれも緊急度が高く、直ちに受診が 必要であり、今すぐ救急車等で病院に受診するよう呼び掛けていることが認められることに照らせば、通常人においても、上記Aの状況等を見て救急搬送が必要であると判断することが困難であったとはいえない。 (3) 以上の次第で、東日本入管センターの職員らは、Aについて、遅くとも平成26年3月29日午後7時35分頃の時点で、救急搬送を要請し、医療機関に 救急搬送するべき注意義務があったのに、これを怠り、その翌日である同月30日午前7時04分にAが心肺停止の状態で発見されるまで救急搬送を要請しなかった過失があったものと認められる。したがって、被告は、国家賠償法1条1項に基づき、被告の公権力の行使に当たる公務員である上記職員らがその職務を行うについて上記過失によって違法にAに加えた損害について、これ を賠償する責任を負う。 3 争点(2)(Aは冠攣縮性狭心症により死亡したか。)(1) 前提事実(7)のとおり、Aについては、その死体の司法解剖の結果、死因となった具体的病名は特定できず、不整脈、冠状動脈攣縮による虚血性心疾患、代謝性疾患等が考えられ、糖尿病性昏睡で死亡した可能 1) 前提事実(7)のとおり、Aについては、その死体の司法解剖の結果、死因となった具体的病名は特定できず、不整脈、冠状動脈攣縮による虚血性心疾患、代謝性疾患等が考えられ、糖尿病性昏睡で死亡した可能性も考えられる一方で 心疾患による急死も考えられると鑑定された。 (2)アこの点について、D医師の意見書(甲42)中には、Aは、平成26年2月27日の時点で胸痛を訴えていて冠攣縮性狭心症の病態があったと思われ、同年3月27日からは気分不快の症状と血圧の変動が認められて低拍出量症候群の状態が考えられ、同月29日にはおそらく虚血性心疾患(冠攣縮 性狭心症)から十分に心筋に血流が供給されない状態となり心収縮が低下し、 これにより低拍出量症候群となり、その後急性の心不全常態となって体の恒常性が維持できない状態となり、死亡に至ったと考えられ、その死因としては、虚血性心疾患(冠攣縮性狭心症)・心不全・不整脈の関与の可能性が高いとの記載部分があり、D医師の証言中にも、これに沿う証言部分がある。 イしかしながら、D医師の証言中には、Aの死因が冠攣縮性狭心症ではなか った可能性は排除できないと思われ、この点を明確に断定することは難しいとの証言部分がある。また、F医師の意見報告書(乙20、乙22)及び証言中には、冠攣縮が継続して低拍出量症候群になったのであれば、相応の心臓の筋肉が壊死するが、Aの死体の剖検によれば心筋壊疽や冠動脈に炎症性変化が認められないため、冠攣縮を介した病態は否定的であるし、冠攣縮性 狭心症から心不全となって死亡する場合は、突然死(何らかの症状が出現して1時間以内に脳死に至ること)であることが一般的であると考えられ、長期間にわたり胸痛を訴え、冠攣縮が長時間継続してかつ心筋に壊死を認めずに、冠攣縮性狭心症 する場合は、突然死(何らかの症状が出現して1時間以内に脳死に至ること)であることが一般的であると考えられ、長期間にわたり胸痛を訴え、冠攣縮が長時間継続してかつ心筋に壊死を認めずに、冠攣縮性狭心症により死亡するに至ったということは考え難く、ほとんどないと思われることから、Aの死因を冠攣縮性狭心症から心不全となった ことと想定することは否定的であるとの証言等があり、この点、D医師の証言中にも、心筋壊死が生じないような冠攣縮性狭心症の症例は少ないとの証言部分がある(具体的には、D医師がそのような症例の患者を一度だけ経験したことがあるというものである。)。 ウさらに、F医師の意見報告書(乙20)中には、Aの死因について、断定 はできないものの、抗HIV薬の服用の中断及び再開による副作用や、代謝に影響する乳酸アシドーシスなどの合併により、代謝性疾患によって死亡した可能性が考えられるとの記載部分があり、F医師の証言中には、これに沿う証言部分があるほか、Aが訴えた胸痛の症状も、薬剤による乳酸アシドーシスによるものとしてもあり得るものとして説明がつくとの証言部分があ る。これについて、D医師の意見書(甲45)中にも、Aの死因が薬による 代謝障害である可能性は、考えにくいものの、ゼロではないとの記載部分があり、D医師の証言中にも、その可能性は低いあるいはそれほど高くないとしつつも、これを全く否定する証言部分はない。 (3) 以上によれば、Aについては、冠攣縮性狭心症により死亡した可能性は認められるものの、その旨断定することまではできず、薬の副作用等による代謝性 疾患により死亡した可能性も相応に認められるものというべきである。したがって、Aが冠攣縮性狭心症により死亡したとの事実は、これを認めるに足りない。 4 争 はできず、薬の副作用等による代謝性 疾患により死亡した可能性も相応に認められるものというべきである。したがって、Aが冠攣縮性狭心症により死亡したとの事実は、これを認めるに足りない。 4 争点(3)(Aは東日本入管センターの職員らの注意義務違反によって死亡したか。) (1) 前記3に説示のとおり、Aが冠攣縮性狭心症により死亡したものとは認めるに足りない。したがって、Aか冠攣縮性狭心症により死亡したことを前提として、Aにつき平成26年3月29日午後7時35分頃までに救急搬送が開始されていれば救命が可能であったとの原告の主張は、その前提を欠くものといわざるを得ない。この点について、D医師の意見書(甲42、甲43)中には、 虚血性心疾患(冠攣縮性狭心症)の確定診断には入院の上でカテーテルの検査を行う必要があるが、胸痛があるときに心電図変化を捉えることができればより診断に近づくし、有症状時に硝酸薬を使用し症状の改善を診ることができれば虚血性心疾患の存在は濃厚となり、診断確定がされれば、カルシウムブロッカーを内服することで状態を安定化させることができ、十分救命可能であった と考えられるとの記載部分があるが、このような検査や治療により冠攣縮性狭心症と診断され、救命できていた可能性はあるものの、飽くまで可能性の指摘に止まるというべきである。 (2)アまた、D医師の意見書(甲45)中には、Aの死因が冠攣縮性狭心症であったとしても代謝性疾患であったとしても、医療機関に搬送された後、すぐ に血液検査及び心電図をとって病因を探ることとなり、検査に要する時間は およそ60分以内と考えられ、代謝性疾患が疑われれば、直ちに全身状態の改善のための救命措置を行うことになり、血液ガスからのpH測定(これは10分程度あれば こととなり、検査に要する時間は およそ60分以内と考えられ、代謝性疾患が疑われれば、直ちに全身状態の改善のための救命措置を行うことになり、血液ガスからのpH測定(これは10分程度あれば判明する。)により乳酸アシドーシスの把握とそれを是正する治療(投薬や血液透析であり、これは乳酸アシドーシスの原因が不明であっても可能である。)を開始することが可能となるし、低拍出量症候群に 対しては、強心剤の点滴、これで対応ができない進行した状況であれば体外循環機器を使用して悪い状態からの離脱を図ることとなり、冠攣縮性狭心症に対しては血液拡張の薬を使用して対処することになり、これらの集中治療により全身状態の改善が図れる可能性があったとの記載部分があり、D医師の証言中には、Aが医療機関に搬送されれば、バイタルチェックの結果を踏 まえて、点滴ラインを取り、薬の投与に備えたり、血圧が低ければ昇圧薬の投与など血圧を上げる治療をしたり、酸素濃度が低ければ酸素吸入をしたりするなど、検査と並行して救命処置としての初期治療が可能であったとの証言部分がある。 イしかしながら、認定事実のとおり、平成26年3月29日午後7時04分 以降、Aの容態は急速に悪化しており、同日午後8時35分頃には既に救命が困難な状態に陥っていたものであるが、その原因は、Aに乳酸アシドーシスが進行しており、それが不可逆的な状態にまで進行すると救命が困難となることによるものである(証人D、証人F)。そうすると、Aの救命には、まず乳酸アシドーシスに対する治療を可能な限り早期に開始することが肝要 であり、救命のためには遅くとも同日午後8時35分頃までには医療機関での治療が開始されなくてはならない。 本件において、仮に同日午後7時35分頃に救急搬送を要請していた場合、 することが肝要 であり、救命のためには遅くとも同日午後8時35分頃までには医療機関での治療が開始されなくてはならない。 本件において、仮に同日午後7時35分頃に救急搬送を要請していた場合、前提事実(5)エ(ウ)のとおり、翌日の救急搬送時には要請からB病院に搬送されるまでに43分間を要したことを踏まえると、救急搬送に40分ないし5 0分間程度を要することが見込まれ、そこから血液ガス検査でのpH値によ り乳酸アシドーシスが判明するまでに更に10分程度を要するため(証人D、証人F)、早ければ平成26年3月29日午後8時25分頃ないし午後8時35分頃に乳酸アシドーシスに対する治療を開始することができることになる(なお、原告は、遅くとも同日午後7時46分までに救急搬送を開始するべきであったと主張するが、それでは同日午後8時35分頃までの治療開 始に間に合わない可能性が高い。)。 もっとも、以上の想定は飽くまで救急搬送の要請から病院搬送後の検査や治療の開始までが滞りなく進んだ場合のものであり、本件において、午後8時35分頃までに上記治療を開始することが確実にできたといえるほどに時間的な余裕があった訳ではない。また、いずれにせよ治療開始可能な時点 で既に救命困難な時点に近接していたことになるから、その段階でもAの容態は相当に悪化していたはずであり、D医師の意見書(甲42、43)中には、Aについて救命の可能性がどの段階まであったかについては、明確な回答が難しい、同日午後8時35分の状況で医療施設にいて救命できたかどうかは不明であり、集中的治療下におかれることで救命できたかもしれないが、 飽くまで推測であるとの記載部分があり、証言中にも、同日午後7時46分頃の状況は意識障害があるものといえ、この時点において救 不明であり、集中的治療下におかれることで救命できたかもしれないが、 飽くまで推測であるとの記載部分があり、証言中にも、同日午後7時46分頃の状況は意識障害があるものといえ、この時点において救命できた可能性に関しては何とも言えない、Aを早い段階で医療機関に搬送することが望ましいなどとの証言部分があること、乳酸アシドーシスの救命率は約50%に止まり、F医師の証言中にも、同日午後8時30分頃に侵襲的な処置である 体外循環機器、人口呼吸管理や血液透析が可能になっていれば(ただし、同日午後7時30分頃には病院に搬送されて検査や治療が開始されていることが前提である。)、4割ないし5割程度の救命可能性があるとの証言部分があるが、本件においてこの時点でAに対して体外循環器機器等の侵襲的な処置が現実に可能であったとは認めるに足りないこと(体外循環機器等を使用 することができるか否かは、夜間の実施の可否を含め、医療機関毎に異なる ことを踏まえると(証人D、証人F)、B病院の夜間の医療体制を前提としてこれを実施することが可能であったか否かは明らかでない。)、Aに発症していた乳酸アシドーシスや低拍出量症候群の原因が不明であり、D医師の証言等によっても、Aが医療機関に搬送後、その原因の具体的な特定の可否やそれに要する時間、ひいてはこれに対応する各措置により救命できた具体的な 可能性がどの程度あったのか必ずしも明らかではないことなどからすると、たとえ同日午後8時35分頃までに治療を開始できていたとしても、Aを救命することができたかは相当に不確実であったというほかない。 ウ以上によれば、Aの死因が冠攣縮性狭心症以外に代謝性疾患であった可能性等を踏まえても、Aについて、東日本入管センターの職員らが平成26年 3月29日午後 に不確実であったというほかない。 ウ以上によれば、Aの死因が冠攣縮性狭心症以外に代謝性疾患であった可能性等を踏まえても、Aについて、東日本入管センターの職員らが平成26年 3月29日午後7時35頃までに救急搬送を開始していれば死亡しなかったとの事実は認めるに足りない。 (3) 以上の次第で、Aについて、東日本入管センターの職員らの前記注意義務違反がなければ救命され死亡しなかったとの事実は認めるに足りない。すなわち、Aの死亡との間には相当因果関係が認められず、Aが東日本入管センターの職 員らの上記注意義務違反により死亡したものであったとは認められない。 5 争点(4)(東日本入管センターの職員らの注意義務違反がなければAが死亡した当時生存していた相当程度の可能性があったか。)(1) 前記4に説示のとおり、たとえ平成26年3月29日午後7時35分頃に救急搬送が開始されていたとしても、Aを相当な確実さをもって救命できたとい うことはできない。しかしながら、前記4に説示したところに加え、F医師の意見報告書(乙20、乙22)中には、Aの症状の原因が不明であっても応急処置あるいは対処療法を行うことは可能であったことを前提する記載部分があり、F医師の証言中にも、医療機関に搬送後、バイタルサインを見て、血圧や心拍数や酸素の状態を見て、これを改善するという処置を行うこととなると の証言部分がある。この点については、D医師の意見書(甲45)中にも、応 急処置、原因究明のための検査、治療は並行して行われるべきものであり、そのこと自体は可能なはずであるとの記載部分がある。 以上によれば、Aについて、遅くとも同日午後7時35分頃に救急搬送の要請が開始されて病院に搬送されていれば、その症状の原因や病気を特定するため そのこと自体は可能なはずであるとの記載部分がある。 以上によれば、Aについて、遅くとも同日午後7時35分頃に救急搬送の要請が開始されて病院に搬送されていれば、その症状の原因や病気を特定するための検査を行うことと並行して、その症状に対する応急処置を行うことは可能 であったことが認められ、Aは、その死亡した時点において、なお生存していた相当程度の可能性があったものと推認される。この点、普通に呼吸をしている状態で搬送された場合にAに係る救命の可能性は常に0%ということはない、同日午後8時30分頃に侵襲的な処置が可能であれば、救命可能性が4割ないし5割程度ある(ただし、本件では、同時点でAに対して侵襲的な処置が 可能であったとは認められないため、当然に救命可能性はそれよりも低くなると考えられるが、それは搬送時に侵襲的な処置を要するほどに病状が進行していた場合に救命が困難であることを意味するものと解され、そこまで進行していなかった場合の救命可能性を否定するものではない。)とのF医師の証言部分からも明らかというべきである。 (2) なお、本件において、Aの死因を医学的に特定することはできないが、相当程度の可能性があったことの立証においても、一点の疑義も許されない自然科学的証明が求められるのではなく、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性を確信しうることで足りるというべきであり、上記に説示のとおり、原因を特定できない場合にも、乳酸アシドーシスや低拍出量症候群といった病態にあっ たAに対し、通常の医師が救命のために行う医療水準にかなった医療行為を特定することは可能であり、検査や治療によりその原因が特定できた可能性も含め、その場合の救命可能性の有無を検討することはできるから、それだけで相当程度の可能性が具体的に認定できない なった医療行為を特定することは可能であり、検査や治療によりその原因が特定できた可能性も含め、その場合の救命可能性の有無を検討することはできるから、それだけで相当程度の可能性が具体的に認定できないとは解されない。むしろ、本件において、Aの救命は容易ではなかったことがうかがわれるにせよ、救命できたか否 かは治療開始のタイミングとAの病状の進行度次第であったといえるのであ って、この点、原因を特定できないことから直ちに救命可能性が否定されることをうかがわせる事情は認められない。 (3) 以上の次第で、Aについて、東日本入管センターの職員らの前記注意義務違反がなければ、医療機関により応急措置あるいは対処療法を受けられたことにより、救命できたとは認められないものの、その死亡した時点においてなお生 存していた相当程度の可能性はあったものと認められる。すなわち、Aは、東日本入管センターの職員らの上記注意義務違反により、死亡した時点で生存していた相当程度の可能性を侵害されたものと認められる。 6 争点(5)(Aが東日本入管センターの職員らの注意義務違反によって適切な検査・治療等の医療行為を受ける利益を侵害されたか。) 前記5に説示のとおり、東日本入管センターの職員らには、前記注意義務違反により、Aにその死亡した当時生存していた相当程度の可能性があったのにその時点でAを死亡させた不法行為が認められ、被告はこれによってAに生じた損害を賠償するべき義務を負うものと認められるから、これに加えて争点(5)に対する判断は要しない。 7 争点(6)(A及び原告の損害)(1) 逸失利益前記4に説示のとおり、東日本入管センターの職員らの注意義務違反とAの死亡との間には相当因果関係が認められないから、東日本入管セン 7 争点(6)(A及び原告の損害)(1) 逸失利益前記4に説示のとおり、東日本入管センターの職員らの注意義務違反とAの死亡との間には相当因果関係が認められないから、東日本入管センターの職員らの注意義務違反によってAがその死亡による逸失利益相当額の損害を被っ たものとは認められない。 (2) 慰謝料前提事実(5)及び認定事実(1)のとおり、Aは、その死亡する3日前の平成27年3月27日から、体調不良により東日本入管センターの休養室に移され、死亡した日の前日である同月29日、職員らに対し、既に午前2時11分頃に は胸の痛み等を訴え、午後6時06分頃から繰り返し体調不良への対応を求め、 午後7時12分頃からは、「アイムダイイング」と繰り返し叫んで、死にそうであると訴え、胸痛など、命に係わる切迫した状況も申告していたにもかかわらず、その翌日である同月30日午前7時04分まで職員らが救急搬送を要請しなかったことにより、同時刻の時点で既に心肺停止の状態であり、病院に搬入されて同日午前8時07分には死亡を確認されるに至ったものである。このよ うな東日本入管センターの職員らの注意義務違反の程度は、決して軽いものとはいえない。 そして、以上に説示したところに、前記4及び5に説示したところによれば、Aを救命できる可能性は高いとはいえない状況であったことが認められること、Aは本邦に到着した翌日から東京入国管理局の収容場及び入国者収容所に 収容されていて、本邦で通常の生活を送っていたことはなかったこと、Aが国籍を有していたカメルーンの経済状況等を総合考慮すれば、東日本入管センターの職員らが同年3月29日午後7時35分頃に救急搬送の要請をしなかった注意義務違反によりAが死亡した当時に生存していた相当 国籍を有していたカメルーンの経済状況等を総合考慮すれば、東日本入管センターの職員らが同年3月29日午後7時35分頃に救急搬送の要請をしなかった注意義務違反によりAが死亡した当時に生存していた相当程度の可能性が侵害されたことによる慰謝料としては、150万円が相当である。 (3) 原告固有の慰謝料前提事実(1)のとおり、原告は、Aの母であることから、Aの被告に対する前記(2)の慰謝料請求権を相続したものと認められる。しかし、前記4に説示のとおり、東日本入管センターの職員らの注意義務違反とAの死亡との間には相当因果関係が認められず、Aは東日本入管センターの職員らの不法行為により 生命を侵害された者に当たらない。したがって、その母である原告が被告に対して民法711条の定める固有の慰謝料請求権を有するものとは認められない。 (4) 弁護士費用弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の提起及びその追行をその訴訟代理 人弁護士らに委任したことが認められ、これに要する弁護士費用のうち前記 (2)の慰謝料150万円の1割に相当する15万円は、東日本入管センターの職員らのAに対する不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。 第4 結論よって、原告の請求は、被告に対し、国家賠償法1条1項に基づき損害金165万円(Aから相続した慰謝料150万円と弁護士費用15万円の合計。)及び これに対する不法行為の日(Aが死亡した日)である平成26年3月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限りにおいてこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条、61条を、仮執行の宣言につき同法259条1項及び3項 る限度で理由があるからその限りにおいてこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条、61条を、仮執行の宣言につき同法259条1項及び3項をそれぞれ適用して、主文のとお り判決する水戸地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官阿部雅彦 裁判官原彰一 裁判官小林遼平は転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官阿部雅彦

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