平成18年7月13日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成16年(ワ)第26969号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成18年5月22日判決原告A原告B原告C原告ら訴訟代理人弁護士松崎勝一田中英雄石井正行被告医療法人社団七仁会同代表者理事長D同訴訟代理人弁護士児玉安司水沼太郎主文 被告は,原告Aに対し金800万円,原告B及び原告Cに対し各金350万円並びにこれらに対する平成17年1月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 訴訟費用は被告の負担とする。 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由 第1請求主文第1項と同旨第2事案の概要本件は,自宅の外階段で転倒したため救急車で被告の開設する病院(被告病院)に搬送されて左大腿骨頚部骨折及び骨盤骨折の疑いとの診断で入院した患者が,数時間後に,意識レベルが低下して声かけに反応しないという状態に陥り,頭部のレントゲン検査及びCT検査を受けた結果,頭蓋骨骨折,硬膜下血腫,脳室内出血が確認されたことから,脳神経外科のある病院に転送されて開頭血腫除去術を受けたものの,意識が戻らないまま19日後に頭部外傷による急性硬膜下血腫が原因で死亡したことにつき,その妻子である原告らが,被告病院の担当医師において,当初診察時に頭部外傷を疑って頭部のレントゲン検査ないしCT検査を実施するなどの注意義務に違反した過失があると主張して,被告に対し,不法行為(使用者責任)に基づいて,死亡による慰謝料及びこれに対する不法行為後の日(訴状送達日の翌日)からの民法所定の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。 前提事実(証拠原因により認定した事実については,かっ いて,死亡による慰謝料及びこれに対する不法行為後の日(訴状送達日の翌日)からの民法所定の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。 前提事実(証拠原因により認定した事実については,かっこ書で当該証拠原因を掲記する。その余の事実は当事者間に争いがない)。 (1)当事者等アEは,昭和3年2月1日生まれの男性であり,後記のとおり平成14年12月9日に74歳で死亡した。 原告AはEの妻,原告B及び原告CはEと原告Aとの間の子であり,原告ら以外にEの相続人はいない(甲C1,弁論の全趣旨。 )イ被告は,東京都大田区内に「F病院」という名称の病院(以下「被告病院」という)を開設している。なお,被告病院に脳神経外科はない。 。 医師であるG(以下「G医師」という)及びH(以下「H医師」とい。 う)は,平成14年9月当時,被告病院(G医師は整形外科,H医師は。 外科)に勤務していた。 (2)Eの転倒事故(甲A2,原告A本人,調査嘱託の結果,弁論の全趣旨)平成14年9月20日(以下,特記しない限り,月日は平成14年の月日であり,時刻は平成14年9月20日の時刻である,Eは,午前11時。)前後ころ,自宅の勝手口から下方の道路に降りるためのコンクリート製の外階段(以下「本件階段」という)で転倒し(以下,この転倒事故を「本件。 転倒事故」という,本件階段の踊り場に座り込んでいたところを,間も。)なく帰宅した原告Aに発見され,午後0時23分に原告Aが救急車を呼んだことにより,間もなく到着した救急車で後記のとおり午後0時51分に被告病院に搬送された。その搬送の際,Eは,救急隊員に対し,外階段で転倒した旨を告げ,主として左大腿部痛を訴えた。 (3)被告病院におけるEに対する診療アEは,救急車で午後0時51分に被告病院に搬送され, 搬送された。その搬送の際,Eは,救急隊員に対し,外階段で転倒した旨を告げ,主として左大腿部痛を訴えた。 (3)被告病院におけるEに対する診療アEは,救急車で午後0時51分に被告病院に搬送され,直ちにG医師による診察を受けた。 その診察では,Eが,自宅の外階段で転倒した旨を告げるとともに,左(),,,手痛及び左股関節痛左大腿部痛を訴えまた左肘及び右手に擦過傷左手に挫創(出血)が認められるなどしたことから,股関節・手指・胸部のレントゲン検査及び骨盤のCT検査等が行われ,その結果,左大腿骨頚部骨折及び骨盤骨折の疑いと診断された(頭部については,レントゲン検査やCT検査は行われなかった。 。)上記診察の結果,午後2時30分ころ,安静及び経過観察を目的として入院となった。 イEは,その後の午後5時ころ,意識レベルが低下して声かけに反応がないという状態に陥ったため,直ちに頭部のレントゲン検査及びCT検査を受け,その結果,頭蓋骨骨折,硬膜下血腫,脳室内出血が確認されたことから,午後6時ころ,脳神経外科のあるI病院に転送された(頭部レント ゲン検査の結果,頭蓋骨骨折が確認されたことについては,乙A3,証人G医師。 。)(,,,(4)I病院におけるEに対する診療甲A3乙A7の1ないし4証人J弁論の全趣旨)I病院では,頭部のレントゲン検査及びCT検査等が行われて,頭蓋骨骨折,脳挫傷,硬膜下血腫が確認され,午後8時過ぎころから緊急手術として開頭血腫除去術が行われた(なお,同病院においてもEの頭部外傷について検索がされたが,骨折部位の頭部表皮に針で突いた程度のピンホール様の傷から血が滲んでいるといった微小な痕跡しか発見されなかった。 。)しかし,Eは,その後,意識が回復しないまま,12月9日に死亡した。 されたが,骨折部位の頭部表皮に針で突いた程度のピンホール様の傷から血が滲んでいるといった微小な痕跡しか発見されなかった。 。)しかし,Eは,その後,意識が回復しないまま,12月9日に死亡した。 (5)Eの死因等Eの死因は頭部外傷による急性硬膜下血腫であり,その頭部外傷は本件転倒事故の際に頭部を打ったことによるものである。 また,上記(3)イ及び(4)のとおり確認された頭蓋骨骨折,脳室内出血,脳挫傷も本件転倒事故の際に頭部を打ったことによって生じたものである弁,(論の全趣旨。 )(6)頭部外傷,硬膜下血腫等についての医学的知見(甲A4の1・2,B1ないし4,乙B1,4,証人G医師)別紙医学的知見のとおり 被告病院におけるEの診療経過についての当事者の主張別紙診療経過一覧表のとおり 原告らの主張(1)入院前における被告病院医師の過失(注意義務違反)及びこれと死亡との因果関係ア入院前において,G医師は,高齢のEが大腿骨頚部骨折及び骨盤骨折を生ずるような強さで外階段で転倒したことを把握したのであるから,問診 等によって頭部外傷の可能性を否定することができた場合は別として,そうでない限りは,頭部外傷の可能性があるものとして,その有無を確認するために頭部のレントゲン検査ないしCT検査を実施すべき診療上の注意義務を負っていたというべきである。 イこの点,被告は,Eが,当時,意識清明で,G医師の問診に対しても,頭や首は打っていないし痛くもないと明確に答えた旨主張する。 しかし,仮にそうであったとしても,頭部外傷の場合には,一見すると意識障害がなさそうに見えても,外傷性健忘(逆行性健忘ないし外傷後健忘)を来している可能性があるから(現に,Eは,本件転倒事故により頭部を頭蓋骨骨折が生じたほどの強さで打っていたことが明らかであ と意識障害がなさそうに見えても,外傷性健忘(逆行性健忘ないし外傷後健忘)を来している可能性があるから(現に,Eは,本件転倒事故により頭部を頭蓋骨骨折が生じたほどの強さで打っていたことが明らかであるから,仮に上記のように答えたとすれば,外傷性健忘が生じていたことになる,問診では,単に頭を打ったかどうかを問うだけでは足りず,受傷。)のその瞬間を思い出せるかどうかを問うてみる必要があるのであり,本件では,具体的にどのような経過,態様で転倒したのかを詳しく問うてみるべきであった。 しかるに,G医師は,そのような具体的な質問をしていない。そのような具体的な質問をしていれば,Eが本件転倒事故の具体的な経過,態様を明確には覚えていないことが判明したはずであり(現に,Eは,原告Aに発見された時,どこからどのように落ちたのか分からないと答えていたのである,したがってまた,外傷性健忘ないし頭部外傷の可能性がある。)ことが分かったはずである。 ウ以上のとおりで,G医師は,頭部のレントゲン検査ないしCT検査を実施すべきであった。しかるに,前記前提事実(3)アのとおり,これらは実施されなかった。 エ因果関係頭部のレントゲン検査ないしCT検査が実施されていれば,頭部外傷の 存在が判明し直ちに脳神経外科のある病院に転送されて適切な治療開,,(頭血腫除去術等)を受けることにより,死亡することはなかった。 (2)入院後における被告病院医師らの過失(注意義務違反)及びこれと死亡との因果関係ア入院後において,被告病院の医師や看護師は,Eにつき,頭部外傷の可能性も念頭に置いて,その経過を注意深く観察し,頭部外傷による症状の徴候が見られたら,直ちに頭部のレントゲン検査ないしCT検査を実施すべきであった。 しかして,Eは,午後2時30分ころ,ぼーっ の可能性も念頭に置いて,その経過を注意深く観察し,頭部外傷による症状の徴候が見られたら,直ちに頭部のレントゲン検査ないしCT検査を実施すべきであった。 しかして,Eは,午後2時30分ころ,ぼーっとした様子で,気持ちが悪いと原告Aに訴え,また,午後3時ころ,原告Bの夫であるJらが見舞いに訪れたのに対し挨拶をするでもなくただ顔をじっと見つめるといっ,,た不自然な状態で,気持ちが悪いと訴えたのであり,これらは,頭部外傷による症状である。 しかるに,被告病院の医師や看護師は,上記のような頭部外傷による症状の徴候を看過して,午後5時過ぎまで頭部のレントゲン検査ないしCT検査を実施しなかった。 イ因果関係上記のような頭部外傷による症状を観察することにより,直ちに頭部のレントゲン検査ないしCT検査が実施されていれば,午後5時よりも早い時点で,頭部外傷の存在が判明し,直ちに脳神経外科のある病院に転送されて,適切な治療(開頭血腫除去術等)を受けることにより,死亡することはなかった。 (3)損害アEに生じた損害(慰謝料)Eは,老齢とはいえ,健康で,自ら不動産賃貸の管理業務を行っていたのであり,その予想外の死亡により多大な精神的苦痛を受けた。これに対 する慰謝料は,1000万円を下らない。 上記損害の賠償請求権につき,法定相続分に従って,原告Aが500万円を,原告B及び原告Cが各250万円をそれぞれ相続により取得した。 イ原告ら固有の損害(慰謝料)原告らは,それぞれ夫ないし父を失って,多大な精神的苦痛を受けた。 これに対する慰謝料は,原告Aにつき300万円,原告B及び原告Cにつき各100万円を下らない。 被告の主張(1)問診についてG医師は,Eに対し,頭や首,背中を打っていないか,意識がなくなったことはないか,麻痺・しびれ等の症 300万円,原告B及び原告Cにつき各100万円を下らない。 被告の主張(1)問診についてG医師は,Eに対し,頭や首,背中を打っていないか,意識がなくなったことはないか,麻痺・しびれ等の症状はないかなどと,複数回にわたって確認した。これに対し,Eは,頭や首,背中は打っておらず痛くもない,痛い,。 のは左足の付け根である意識もなくなったことはないなどと明確に答えた(2)検査についてア外表検査H医師が,頭部に傷がないことを確認した。 イ神経症状の確認G医師は,頭部外傷及び脊髄あるいは脊椎(頸椎,胸椎,腰椎等)の損傷を念頭に置いて,四肢の運動や感覚を確認したが,異常はなかった。 ウ頭部のレントゲン検査及びCT検査についてレントゲン検査及びCT検査は,患者の放射線への被曝をもたらすものであり,適応がなく不必要な場合には行うことができない。 頭部のレントゲン検査及びCT検査を実施するためには,患者本人の主訴や臨床所見からして頭部外傷があると認められ,又はこれが疑われることが必要である。すなわち,問診や臨床所見によって,頭部外傷の存在が,,。 判明し又はこれが疑われるのでなければその検査を行ってはならない しかして,Eには,以下のとおり,頭部外傷を疑わせる事情がなく,頭部のレントゲン検査及びCT検査の適応はなかった。 ①意識状態Eは,上記(1)のとおりG医師の問診に対して具体的な回答をしているし,それ以前の救急搬送時にも,救急隊により意識清明と判断されて脳神経外科のない被告病院へ搬送されたのであって,意識障害はなかった。 ②外傷についてEの頭部の外傷や出血については,被告病院到着前に救急隊が確認したはずであるし,上記アのとおり,H医師も調べた。それでも外傷が見つからなかったのは,I病院で発見された外傷は針でつつい 外傷についてEの頭部の外傷や出血については,被告病院到着前に救急隊が確認したはずであるし,上記アのとおり,H医師も調べた。それでも外傷が見つからなかったのは,I病院で発見された外傷は針でつついたようなごく小さなものであったからである。 ③バイタルサインEが被告病院に到着した際,被告病院では血圧,脈拍等のいわゆるバイタルサインを確認したが,大腿骨頚部骨折ないし骨盤骨折によって説明可能な所見のほか,特に異常はなかった。 ④主訴上記(1)のとおり,Eは,意識清明な状態で「頭や首,背中は打っ,ていないし痛くもない。痛いのは左足の付け根だ」と明確に述べてい。 た。 (3)入院後の経過観察についてG医師ないし看護師は,午後2時30分の入院後,以下のとおり頻回に訪室してEの状態を観察,把握しており,午後5時まで,意識状態・バイタルサインの変化,麻痺,頻回の嘔吐などの症状はなかった。 ①午後2時45分疼痛の訴えによりボルタレン投与②午後3時ころボルタレン投与後の状態確認 ③(この間)オムツ替え④午後4時ころG医師回診⑤(同じころ)プリンペラン投与⑥午後4時50分疼痛の訴えによりボルタレン投与⑦午後5時意識状態の急激な変化(4)以上のとおり,G医師は,Eにつき,初診時において,救急隊からの報告内容及び問診の結果のほか,神経症状や身体的所見を確認して,頭部外傷のおそれはなく,それゆえ頭部のレントゲン検査等も必要ないと判断したのであって,なすべき診療を尽くしたものであり,何ら注意義務違反とされる点はない。また,入院後も,意識状態が急変するまでには,意識状態,全身,,状態に変化はなくG医師らも頻回に経過観察を実施していたのであるから入院後の対応に関しても注意義務違反を問われる余地はない。 第3当裁判 入院後も,意識状態が急変するまでには,意識状態,全身,,状態に変化はなくG医師らも頻回に経過観察を実施していたのであるから入院後の対応に関しても注意義務違反を問われる余地はない。 第3当裁判所の判断 被告病院医師の過失について(1)過失判断の前提となる具体的注意義務の内容等前記前提事実によれば,高齢(74歳)のEは,自宅の外階段で転倒し,そのために少なくとも大腿骨頚部及び骨盤の各骨折を生じた疑いが強かったといえるところ,このような事実関係(以下「本件事実関係」という,。)すなわち,高齢者が大腿骨頚部及び骨盤の各骨折を生ずるような強さないし態様で自宅の外階段で転倒したという事実関係の下では,一般的には,その転倒の際に頭部をも打った可能性があるといえる。 ところで別紙医学的知見によれば特に高齢者が頭部に衝撃を受けた頭,,(部外傷が生じた)場合,頭蓋内血腫(硬膜下血腫等)等を生じやすく,頭蓋内血腫が生じてこれが増大すると死をもたらす危険があることから,これをできる限り早期に発見して,速やかに緊急開頭術により血腫を除去する必要があるといえる。そして,証拠(甲A4の1・2,B1,乙B4,証人G医 師)によれば,その発見のためには,頭部CT検査が有用であるが,まず頭部レントゲン検査を行い,その結果,頭蓋骨骨折が認められる場合に,頭部外傷が生じているものとして頭部CT検査を行うという方法もあることが認められる。 また,別紙医学的知見によれば,外傷性頭蓋内血腫については,受傷当時意識が明瞭でありながら(意識清明期,30分ないし数時間経ってから次)第に意識障害が現れ,進行性に増悪することがあり,特に高齢者の場合,脳の萎縮のために血腫や脳浮腫が高度になるまで意識障害等の症状が現れないことがあるといえるし,頭部外傷の場合,一見 経ってから次)第に意識障害が現れ,進行性に増悪することがあり,特に高齢者の場合,脳の萎縮のために血腫や脳浮腫が高度になるまで意識障害等の症状が現れないことがあるといえるし,頭部外傷の場合,一見すると意識障害がなさそうに見えても,外傷性健忘を来していて受傷時の記憶がないことがあり,外傷性健忘の存在は頭部打撲がそれなりに強かったことを示すものであることから,一見すると意識障害がないと思われる場合であっても,頭部打撲がないということには必ずしもならず,それゆえ一定の頭部外傷の可能性を示唆する受傷状況が想定できる限りは,受傷の瞬間の様子を尋ねてみることも重要であるといえる。 しかして,前記前提事実によれば,G医師は,本件でEが被告病院に入院した午後2時30分までの時点(以下「本件当初診察時」という)におい。 て,本件事実関係を把握していたといえる。 以上の事実関係及び医学的知見を前提とすれば,G医師は,Eにつき,本件当初診察時において,外傷性健忘のことも念頭に置いて,本件転倒事故の経過,態様等(本件階段の形状,転倒ないし転落の経過及びその原因等)を具体的に質問するなどした上,外傷性健忘が疑われるなどして頭部外傷の疑いが残る場合には,その有無を確認するために頭部のレントゲン検査ないしCT検査を行うべき診療上の注意義務を負っていたといえる。 (2)しかして,前記前提事実に証拠(乙A2,5,6,証人G医師のほか,),。 各項に掲げるもの及び弁論の全趣旨を併せると以下の事実が認められる ア被告病院におけるEの診療経過は,別紙診療経過一覧表の「被告の主張する診療経過」欄(ただし,下線部は措く)記載のとおりである。 。 イEは,救急隊員との間で,ごく通常に会話をすることができ,救急隊員に対し,自宅の外階段で転倒したことや左大腿部痛があるこ 告の主張する診療経過」欄(ただし,下線部は措く)記載のとおりである。 。 イEは,救急隊員との間で,ごく通常に会話をすることができ,救急隊員に対し,自宅の外階段で転倒したことや左大腿部痛があることを告げたのであり,救急隊員としては,Eの意識は清明であると判断した(甲A2,原告A本人,調査嘱託の結果。 )ウG医師は,救急車でEが搬送されてきた際,救急隊員から上記イのような点について報告を受けるとともに,Eに対して問診をした。 その問診に対し,Eは,ごく通常に会話をすることができ,自宅の外階段で転倒した(落ちた)ことや左股関節が痛いことを告げるとともに,頭や首などを打っていないかとの質問に対しては,頭や首などは打っていないし痛くもないと明確に答えた。なお,その後のレントゲン検査及びCT検査の際にも,Eは,G医師から頭や首などは痛くないかと質問されたのに対し,痛くないと答えた。 そこで,G医師は,Eにつき,意識障害はなく,意識清明であって,本件転倒事故によって頭部を打った可能性はないと判断し,それ以上に,本件転倒事故の経過,態様等(本件階段の形状,階段からの転落の経過,原因等)を具体的に質問することはせず,専ら股関節付近,手指及び胸部の異常の検索を主眼に同部位のみについてレントゲン検査及び骨盤CT検査等を実施するに留め,頭部についてはレントゲン検査やCT検査は実施しなかった。 (3)前記前提事実及び上記(2)の事実(以下「前提事実等」という)によれ。 ば,G医師は,救急隊からの報告や問診時におけるEの受け答えの状況あるいはバイタルサインに特段の異常がなかったこと,Eが頭は打っていないし痛くもない旨述べたことなどから,その問診結果が外傷性健忘に起因する可能性があるか否かについて特段留意しないまま,頭部外傷の可能性はないも のと判 段の異常がなかったこと,Eが頭は打っていないし痛くもない旨述べたことなどから,その問診結果が外傷性健忘に起因する可能性があるか否かについて特段留意しないまま,頭部外傷の可能性はないも のと判断し,検索の対象を骨盤あるいは股関節部と特定して同部位に対するレントゲン検査等を実施するに留め,事故態様についての具体的な事情聴取はせず,また,頭部についてレントゲン検査やCT検査を行わなかったことが認められる。 ところで,前提事実等によれば,事後的客観的にみる限り,Eは,本件転倒事故により頭部を頭蓋骨骨折が生じたほどの強さで打っていたことが明らかであるにもかかわらず,G医師による問診時に頭は打っていないなどと明確に答えたというのであるから,その時点で外傷性健忘を来していたことが優に認められるのであり,同医師が上記の事故態様等についての詳細な問診を実施していれば,Eが本件転倒事故の具体的な経過,態様等を明確には覚えていないことが判明した蓋然性が高く,したがってまた,Eが外傷性健忘に陥っており,頭部外傷の疑いが残ることを容易に認識することができ(こ,(,),,,の点 証拠 甲A2原告A本人によればEは原告Aに発見された時どこからどのように落ちたのか分からないと答えていたことが認められる,頭部のレントゲン検査ないしCT検査が実施されることになったで。)あろうことが認められる。 そうすると,G医師には上記(1)に措定した診療上の注意義務の違反があるといわなければならない。 (4)これに対し,被告は,本件当初診察時において,Eは,特に意識障害はなく,しかも,G医師による問診に対し,頭や首は打っていないし痛くもないと明確に答えたとの事実関係を前提にすれば,それ以上に問診を行う必要はないかのように主張し,他にEに頭部外傷がある に意識障害はなく,しかも,G医師による問診に対し,頭や首は打っていないし痛くもないと明確に答えたとの事実関係を前提にすれば,それ以上に問診を行う必要はないかのように主張し,他にEに頭部外傷があることを疑わせる事情はなかったから,同医師は注意義務を尽くしたといえる旨主張する。 しかしながら,前記のとおり,頭部外傷の場合には,一見すると意識障害がなさそうに見えても,外傷性健忘(逆行性健忘ないし外傷後健忘)を来している可能性があるというのであるし,Eについても,少なくとも本件事実 関係の下で負傷し,救急搬送されて来てもいるのであるから,頭を打っていないとか痛くないという問診結果等から頭部を打っていないと判断することは必ずしも相当でない場合があるといえるのであって,そうであれば,担当のG医師としては,外傷性健忘の状態にないことを問診により確認する必要,,,があり所要の問診を実施していれば外傷性健忘の所見を得ることができ頭部外傷の疑いを抱いてレントゲン検査等は行われていたといえるから,被告主張の診療内容をもって担当医師の注意義務が尽くされていたとは解されない。よって,被告の上記主張は採用できない。 また,被告は,頭部のレントゲン検査ないしCT検査につき,放射線被曝を招くので,頭部外傷を疑わせる事情がない限り,これを安易に行うべきではない旨主張するが,そもそも,本件では,本来なすべき問診を尽くしていれば頭部外傷を疑わせる事情(外傷性健忘)を把握することができたのであるし,前記のとおり,本件事実関係の下では一般的に頭部外傷の可能性があるというべきところ,頭部外傷という疾患には死をもたらす重大な危険性があることを考えると,ここで放射線被曝のことを考慮して検査を控えるというのは相当でない。 上記注意義務違反と死亡との因果関係について前 きところ,頭部外傷という疾患には死をもたらす重大な危険性があることを考えると,ここで放射線被曝のことを考慮して検査を控えるというのは相当でない。 上記注意義務違反と死亡との因果関係について前記前提事実によると,本件当初診察時において,頭部CT検査が行われていれば,頭蓋骨骨折,硬膜下血腫,脳室内出血が確認されたといえるし,頭部レントゲン検査が行われただけでも,頭蓋骨骨折が確認されて,頭部CT検査の必要性が判明したということができ,そうであれば,直ちに脳神経外科のある他の病院に転送されたといえる。 そして,前提事実等に別紙医学的知見,甲A第4号証の1・2及び弁論の全趣旨を併せると,Eは,上記のとおり転送されていれば,特に意識障害が生じていないうちに開頭血腫除去術が行われることにより救命された蓋然性が高いと認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。 したがって,G医師の使用者である被告は,不法行為(使用者責任)に基づいて,Eの死亡によって生じた損害を賠償すべき責任を負う。 損害について(1)Eに生じた損害(慰謝料)本件で死亡したことによるEの精神的苦痛に対する慰謝料は,諸般の事情を考慮すると,1000万円を下らない。 上記損害の賠償請求権につき,法定相続分に従って,原告Aが500万円を,原告B及び原告Cが各250万円をそれぞれ相続により取得したものといえる。 (2)原告ら固有の損害(慰謝料)それぞれ夫ないし父を失ったことによる原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は,諸般の事情を考慮すると,原告Aにつき300万円,原告B及び原告Cにつき各100万円を下らない。 以上のとおりであって,原告らの請求は全部理由があるといえるから,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を,仮執行の宣言について同法259条1項を つき各100万円を下らない。 以上のとおりであって,原告らの請求は全部理由があるといえるから,これを認容することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第14部貝阿彌誠裁判長裁判官片野正樹裁判官西田祥平裁判官 (別紙)医学的知見 頭部外傷と外傷性頭蓋内血腫頭部外傷とは,頭部に外力が作用したために生ずるすべての損傷をいう。 外傷性頭蓋内血腫とは,頭部外傷に起因した頭蓋内(頭蓋骨内)の出血及び血腫のすべてをいい,発生部位(硬膜外,硬膜下,脳実質内及びくも膜下(又は脳室内)によって分類される。 )外傷性頭蓋内血腫のうち,硬膜外,硬膜下及び脳実質内の出血は,血腫(硬膜外血腫,硬膜下血腫,脳内血腫)を形成して周囲を圧迫する。このときに出血巣を放置すると,血腫が次第に拡大して脳を圧迫して脳ヘルニアを起こし,やがて脳幹の循環不全をきたし死をもたらすため,血腫が増大して脳ヘルニアを起こす前に,的確な診断の上,すみやかに緊急の開頭術によって血腫を除去して止血する必要がある。 頭部外傷・頭蓋内血腫と意識状態(1)頭部外傷の急性期において,意識障害の程度は,外傷による脳損傷の程度を示す指標であるといわれており,意識障害の有無,程度,時間的推移の観察が重要である。 頭蓋内血腫においても,重度意識障害は予後の不良因子であり,意識障害の程度が軽いほど救命率は高くなるとされている。例えば,JCS(意識障害の評価法の一種。ジャパン・コーマ・スケール)でⅠ(覚醒している)の状態であれば手術予後は偶発的事故がなければ極めてよく,Ⅱ(刺激で覚醒する)のレベルになると14%の手術死亡が出,Ⅲ(刺激で覚醒しない)のレベルになると, ・コーマ・スケール)でⅠ(覚醒している)の状態であれば手術予後は偶発的事故がなければ極めてよく,Ⅱ(刺激で覚醒する)のレベルになると14%の手術死亡が出,Ⅲ(刺激で覚醒しない)のレベルになると,Ⅲ-1,2の患者の過半数及びⅢ-3(痛み刺激に全く反応せず)の患者の全数が死亡したとの報告がある。 (2)頭蓋内血腫では,受傷当時意識が明瞭でありながら(意識清明期,3)0分ないし数時間経ってから次第に意識障害が現れ,進行性に増悪することがある。特に高齢者の場合,脳の萎縮のため,血腫や脳浮腫が高度になるま で意識障害等の症状が現れないことがある。 (3)頭部外傷の場合,意識障害がない場合でも,受傷時の記憶がない場合がある(外傷性健忘。受傷前と受傷後の記憶欠落があり,前者を逆行性健忘,後者を外傷後健忘という。外傷性健忘の存在は,頭部打撲がそれなりに。)強かったことを示す。 ,,,そこで頭部外傷の場合一見意識障害がないと思われる場合であっても受傷の瞬間の様子を聞いてみることが重要である。 高齢者は,脳の萎縮のため,頭部に衝撃を受けた場合,頭蓋内血腫(特に硬膜下血腫)や脳挫傷を生じやすい。
▼ クリックして全文を表示