主文 1 被告は,原告に対し,165万円及びこれに対する平成30年2月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担 とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1 請求被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する平成30年2月5日から 支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染している原告が,北海道内において病院を経営する被告の求人に応募し内定を得たものの,その後被告から内定を取り消されたことをめぐり,①この内定取消しは違法である, ②被告が上記病院の保有していた原告に関する医療情報を目的外利用したことはプライバシー侵害に当たると主張して,不法行為に基づき,330万円の損害賠償及びこれに対する不法行為日である平成30年2月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実である(なお,複数頁にわたる書証又は調書のうち認定に用いた主な箇所の頁数を〔 〕で摘示した。以下同じ。)。 ⑴ 原告は,HIVに感染している者である。(弁論の全趣旨) ⑵ 被告は,北海道内において6つの病院,介護老人保健施設等を経営する 社会福祉法人である。(争いがない)⑶ 原告は,平成22年6月,被告の経営する病院(以下「被告病院」という。)を受診した。その際,原告は,問診票にHIV感染の事実を記載した。(甲 る 社会福祉法人である。(争いがない)⑶ 原告は,平成22年6月,被告の経営する病院(以下「被告病院」という。)を受診した。その際,原告は,問診票にHIV感染の事実を記載した。(甲18〔3〕,弁論の全趣旨)⑷ 原告は,平成29年12月,被告病院が行っていた社会福祉士の求人に 応募した。同月25日,被告病院は原告の採用面接(以下「本件面接」という。)を実施した。その際,原告は,面接担当者から,持病の有無を問われ,頸椎症で整形外科に通院していたことは告げたものの,HIVに感染している事実は告げなかった。(争いがない)⑸ 被告病院は,原告を平成30年2月1日付けで社会福祉士として採用す ることを内定し,平成29年12月30日付け採用内定通知書を原告に交付した。(争いがない)⑹ その後,被告病院総務課職員は,原告の同意を得ずに,上記⑶の受診時に作成された原告に関する医療記録を確認したところ,原告がHIVに感染している旨の情報が記載されていたことから,平成30年1月12日, 原告に電話をして,改めて原告の持病について質問をした。その際,原告は,HIVに感染している事実を否定する旨の返答をした。これに対し,上記職員は,原告に対し,HIVに感染していないことを証明する書類があればそれを提出するよう求めた。(弁論の全趣旨)⑺ 原告は,平成30年1月24日,被告病院に対し,主治医が作成した同 月23日付け診断書(以下「本件診断書」という。)を提出した。本件診断書には,病名欄に「HIV感染症」との記載があり,さらに,抗ウイルス薬内服により,ウイルス量は検出感度以下で免疫機能も良好に維持されており,日和見感染症(免疫力の低下によって発症する感染症)や日和見腫瘍(免疫力の低下によって発生する腫瘍)を り,さらに,抗ウイルス薬内服により,ウイルス量は検出感度以下で免疫機能も良好に維持されており,日和見感染症(免疫力の低下によって発症する感染症)や日和見腫瘍(免疫力の低下によって発生する腫瘍)を認めないこと,就労に関し ても問題はなく,業務上で職場での他者への感染の心配はないことが記載 されていた。(甲2,弁論の全趣旨)⑻ 被告病院は,平成30年2月5日,原告に対し,同年1月31日付け採用内定取消通知書を送付して,内定を取り消すとの意思表示をした(以下「本件内定取消し」という。)。同通知書には,「12月25日の面接時の健康状態,服用している薬の有無,1月12日の病気に関する質問に対 して正確な回答をいただけませんでした。つきましては誠に残念ながら,貴殿への内定を取り消させていただきますので,本書面をもってその旨通知いたします。」などと記載されていた。(甲7,弁論の全趣旨) 3 争点⑴ 本件内定取消しの適法性 ⑵ プライバシー侵害による不法行為の成否⑶ 損害額 4 当事者の主張⑴ 争点⑴(本件内定取消しの適法性)について(被告の主張) 本件内定取消しの理由は,原告がHIVに感染しているためではなく,原告が平然と職場にうそをつく人物であることから,信頼関係を築くことが困難であると判断したためである。 すなわち,被告病院は医療機関であり,従業員の医療記録に秘匿情報がある場合には,潜在的に内部拡散の危険があるため,コンプライアンス上 の問題として,拡散防止のための措置を講じなければならず,その前提として原告に質問して事実を確認しなければならない。 また,被告病院は,患者との接触がある医療機関であり,職員が認知症患者等からの暴力により出血を伴う傷を負う事件は稀ではないことか ならず,その前提として原告に質問して事実を確認しなければならない。 また,被告病院は,患者との接触がある医療機関であり,職員が認知症患者等からの暴力により出血を伴う傷を負う事件は稀ではないことから,感染の危険性が極めて高い場所であるといえる。そのため,原告のHIV 感染が事実なのであれば,被告としては,感染の可能性を可能な限り0% に近付けなくてはならず,あらかじめ感染を防止するための対策を行わなければならない。 以上のとおり,従業員の一人がHIVに感染しているという情報は被告にとって極めて重要な事実であり,原告がHIV感染の事実を申告しないことの必要性,許容性は認められない。それにもかかわらず,原告は,平 成29年12月25日の本件面接の際にうそをつき,さらに平成30年1月12日に被告病院総務課職員から問合せを受けた際にもうそをついた。 このように,原告が職場にうそをつく人物であることから,被告は,原告と信頼関係を築くことが困難であると判断し,本件内定取消しを行ったのであって,本件内定取消しには合理的理由と社会的相当性があり,適法で ある。 (原告の主張)ア一度使用者が採用内定を行った場合には,客観的に合理的な理由が存在し,社会通念上相当として是認することができる場合でない限り,採用内定は取り消すことができない。採用内定取消事由が認められる場合 とは,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であって,これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解される。被告は,原告が病気に関する質問に対して正確に回答しなかったことを理由に本件内 定取消しを行ったが,本 観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解される。被告は,原告が病気に関する質問に対して正確に回答しなかったことを理由に本件内 定取消しを行ったが,本件では,以下のとおり,採用内定取消事由があったとはいえない。 採用内定当時に知り得た事実とはいえないこと原告がHIV感染者であるという事実は,被告病院が保管する原告の医療記録に記載されていたにすぎず,当該事実は労務管理や採用目 的等の他目的に利用してはいけない事実である以上,採用内定当時, 被告病院が知ることができず,また,知ることが期待できないような事実である。 被告の主張する取消事実が客観的に合理的に認められ社会通念上相当として是認することができるものに該当しないことa 不告知の必要性 HIV感染者であるとの事実は,他人に知られたくない,いわゆるセンシティブ情報であって,特に配慮を要する極めて秘匿性,要保護性の高い個人情報である。HIV感染者であるという事実を採用に当たって調査すること自体禁止されており,事業者がHIV感染者であるか否かに関する情報を労働者から取得すること自体認め られていないことからすれば,上記事実は,本件面接においても原告が秘匿する必要性の高い事実であった。 b 不告知の許容性HIVは日常の職場生活においては感染しないし,HIV感染者であること自体は労働安全衛生法68条所定の就業禁止事由に該当 しない。特に,原告は無症候の感染者にすぎず,抗ウイルス薬の内服によりウイルス量は検出感度以下になっており,業務を通じて他者へ感染する可能性は皆無であったことを考慮すると,HIV感染者であることが被告の業務に支障を与える可能性は皆無であった。 c まとめ 以上 量は検出感度以下になっており,業務を通じて他者へ感染する可能性は皆無であったことを考慮すると,HIV感染者であることが被告の業務に支障を与える可能性は皆無であった。 c まとめ 以上によれば,原告には,HIVに感染しているとの事実を告知すべき義務がなく,また当該事実は,採用判断において考慮してはならない事情であって,このことについて原告が被告に告知せず,あるいは虚偽の告知をしたからといって,採用過程における重要事実の不告知又は不実告知に該当するものではない。 したがって,本件内定取消しに客観的に合理的な理由は存在せず, 社会通念上相当として是認できる余地はない。 イ被告の主張は,以下のとおり,いずれも理由がない。 内部拡散防止についてそもそも医療記録は秘匿性の高いプライバシー情報が多数記載されているから,原告の疾病に限らず医療記録に記載された情報は全 て病院内外において拡散しないよう防止すべきものである。 感染防止について社会福祉士という職務の性質上,創傷からの血液感染は一般的に想定できるものではない。加えて,被告は感染防止策として出血時の措置に関するルール作りや職員研修を想定しているようであるが, これは,HIVに感染している職員の有無にかかわらず,院内感染防止策として,およそ医療機関において当然に行わなければならないものであり,原告がHIVに感染していることによって,被告に特別に求められる感染防止策はおよそ観念できない。 ウしたがって,本件内定取消しは違法である。 ⑵ 争点⑵(プライバシー侵害による不法行為の成否)について(原告の主張)ア HIV感染に関する医療情報は,前述のとおり,極めて秘匿性,要保護性の高い個人情報である。そのような情報を,客観的 ⑵ 争点⑵(プライバシー侵害による不法行為の成否)について(原告の主張)ア HIV感染に関する医療情報は,前述のとおり,極めて秘匿性,要保護性の高い個人情報である。そのような情報を,客観的かつ合理的な理由もないのに本人の同意を得ないまま使用した場合には,プライバシー 侵害の不法行為が成立する。 イ被告は,被告病院が保管する原告の医療記録にあるHIV感染に関する医療情報を,本来の目的である健康管理や診療の範囲を超えて,被告の採用活動の資料として利用した。すなわち,被告は,原告の健康管理や診療に必要な範囲を超えて,被告病院が保管する原告の医療記録を基 に,原告に対して事実確認を行った上,本件内定取消しを行ったのであ って,上記医療情報を原告の採用活動に利用した(以下「本件利用」という。)。これは,個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。)16条1項が禁止する個人情報の目的外利用に当たる。 被告は,採用に際して原告の健康状態を知る必要があったのであれば,健康診断を新たに実施するか,原告の同意を得て過去の医療情報を利用 することができたのに,それらをしないまま,たまたま被告病院に原告の医療記録があったことを奇貨として漫然と本件利用を行ったものであり,これに客観的かつ合理的な理由は存在しない。 ウしたがって,被告による本件利用は,原告のプライバシー権を侵害する違法な行為であって,不法行為が成立する。 (被告の主張)ア被告は,原告の採用時検診を行う医師に提出するために原告の医療記録を引き出したにすぎない。そして,原告がHIVに感染している事実を把握した以上は,使用者として情報拡散防止策及び感染防止策を講じるために,原告に聴取して事実を確認する必要があった。このように, 引き出したにすぎない。そして,原告がHIVに感染している事実を把握した以上は,使用者として情報拡散防止策及び感染防止策を講じるために,原告に聴取して事実を確認する必要があった。このように, 原告がHIV感染者であるという事実を被告病院の使用者が知ることとなったのは,やむを得ない事情によるものであり,その点について原告に質問をしたことにも,正当な理由があった。 イまた,被告はHIV感染の事実を外部に漏えいしてはおらず,あくまでも原告本人に確認したにすぎない。 ウさらに,被告は,原告が平然とうそをついたことを理由に本件内定取消しを行ったのであって,採用の可否の判断のために原告の医療情報を利用したわけではない。 エしたがって,本件利用は,原告の医療情報をみだりに使用したものではないからプライバシー侵害行為には当たらず,逆に情報拡散防止策及 び感染防止策を講じるための必要な行為であるから,不法行為は成立し ない。 ⑶ 争点⑶(損害額)について(原告の主張)ア慰謝料原告は,本件内定取消しにより,就労の機会を奪われただけではなく, 医療機関を運営する社会福祉法人である被告が,HIV,エイズに対する根強い偏見,差別意識を有しており,こうした偏見,差別意識に基づいて本件内定取消しを強行したことによって,人格を否定されたような強い精神的苦痛を感じた。また,HIV感染者という,最も他人に知られたくない高度の個人情報を,同意なく採用判断に利用されたことにつ いての精神的苦痛も極めて大きい。これらの苦痛を慰謝するに足りる金額は,300万円を下らない。 イ弁護士費用被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,30万円を下らない。 (被告の主張)否認する。 第3 痛を慰謝するに足りる金額は,300万円を下らない。 イ弁護士費用被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,30万円を下らない。 (被告の主張)否認する。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,HIVに関する知見として,以下 の事実が認められる。 ⑴ HIVについてア HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は,免疫の仕組みの中心であるヘルパーTリンパ球(CD4細胞)という白血球等に感染し,免疫力を低下させるウイルスである。HIVに感染し,免疫力が低下すると,本来な ら自分の力で抑えることのできる病気を発症するようになる。このうち 代表的な23の疾患を発症するとエイズ(後天性免疫不全症候群)発症と診断され,最悪の場合,死に至ることもある。しかしながら,近年の抗HIV療法の進歩によって,エイズを発症する前に適切な治療を受ければ,感染前と変わらない日常生活を送ることができるようになっており,9割以上のHIV感染者は良好な健康状態を保っているといわれて いる。(甲9,10,16)イ HIVの感染経路としては,主に,性行為による感染,血液を介しての感染,母子感染の3つがある。血液を介しての感染は,HIVが存在する血液の輸血や注射器具の共用等によって発生する。HIVの感染力は弱く,性行為以外の日常生活で感染することはまずなく,性行為であ っても感染率は1%程度,針刺し事故であっても感染率は0.3%程度といわれている。また,できるだけ早期に抗HIV薬の内服を開始することで,高率に他者への感染を防止できることが明らかになっている。 (甲9,10,15,16)⑵ 職場におけるエイズ問題に関するガイドライン アガイドラインの策定 の内服を開始することで,高率に他者への感染を防止できることが明らかになっている。 (甲9,10,15,16)⑵ 職場におけるエイズ問題に関するガイドライン アガイドラインの策定労働省労働基準局長及び労働省職業安定局長は,平成7年2月20日,「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」(以下「本件ガイドライン」という。)を策定した。本件ガイドラインは,エイズの予防を図るため,また,感染者である労働者が誤解や偏見により職場において 不当な扱いを受けることがないよう,事業者が職場におけるエイズ問題に関する方針を作成して取り組むことが望ましいという観点から,上記方針を作成する上で参考とすべき基本的考え方を示したものである。本件ガイドラインには,次の記載がある。(甲5)職場におけるエイズ対策の基本的考え方 a 職場におけるHIV感染の有無を調べる検査(以下「HIV検査」 という。)は,労働衛生管理上の必要性に乏しく,また,エイズに対する理解が一般には未だ不十分である現状を踏まえると職場に不安を招くおそれのあることから,事業者は労働者に対してHIV検査を行わないこと。 b 事業者は,労働者の採用選考を行うに当たって,HIV検査を行 わないこと。 c 事業者は,HIV感染の有無に関する労働者の健康情報については,その秘密の保持を徹底すること。 d 事業者は職場において,HIVに感染していても健康状態が良好である労働者については,その処遇において他の健康な労働者と同 様に扱うこと。 eHIVに感染していることそれ自体によって,労働安全衛生法第68条の病者の就業禁止に該当することはないこと。 fHIVに感染していることそれ自体は解雇の理由とならないこと。 上記についての解 HIVに感染していることそれ自体によって,労働安全衛生法第68条の病者の就業禁止に該当することはないこと。 fHIVに感染していることそれ自体は解雇の理由とならないこと。 上記についての解説 aaについて職場におけるHIV検査の実施については,次のような問題点がある。まず,日常の職場生活ではHIVに感染することはないことから,業務上のHIV感染の危険性のない職場においてHIV検査を実施する労働衛生管理上の理由に乏しいことである。また,社会 一般のHIV及びエイズに対する理解が未だ不十分であり,職場におけるHIV検査の結果,職場に不安を招くといった問題が懸念されることである。さらに,HIV感染の有無に関するプライバシー保護について,特別の配慮を要することがあげられる。このため,本人の同意のないHIV検査を行った場合にはプライバシーの侵害 となり,また,本人の同意を得てHIV検査を行う場合であっても, 真に自発的な同意を得られるかの問題がある。このようなことから,事業者は職場において労働者に対するHIV検査を行わないことが望ましい。 bbについて本人の仕事に対する適性,能力に基づく採用選考を推進するとい う観点から,採用選考を目的とした健康状態の検査は,応募者の能力と適性を判断する上で合理的かつ客観的にその必要性が認められる範囲内に限定して行われるべきものである。この場合においても,検査内容と必要性について,あらかじめ周知されるべきであり,応募者が知らない間に検査が実施されることはあってはならない。ま た,HIV感染の有無それ自体は,応募者の能力及び適性とは一般的には無関係であることから,採用選考を目的としたHIV検査は原則として実施されるべきではない。 ccにつ ってはならない。ま た,HIV感染の有無それ自体は,応募者の能力及び適性とは一般的には無関係であることから,採用選考を目的としたHIV検査は原則として実施されるべきではない。 ccについて労働者からの申出があった等の事情により,事業者が労働者のH IV感染の有無に関する情報を把握している場合には,事業者はその秘密保持を徹底しなければならない。 ddについてHIV感染それ自体によって仕事への適性が損なわれることはないことから,感染者がHIV感染自体によって不利益な処遇を受け ることがあってはならない。 eeについてHIV感染それ自体は,日常の職場生活では感染しないことから,就業を禁止すべき伝染性の疾病とはいえず,事業者は,労働者がHIVに感染していることをもって直ちに就業を禁止することはでき ない。 ffについてHIV感染それ自体によって仕事への適性は損なわれないことから,HIV感染それ自体は解雇の理由とはならない。 注記本件ガイドラインは,労働者が通常の勤務において業務上HIVを 含む血液等に接触する危険性が高い医療機関等の職場は想定していない。 イ一部改正厚生労働省労働基準局長及び厚生労働省職業安定局長は,平成22年4月30日,本件ガイドラインを一部改正した。これは,本件ガイドラ もかかわらず,同機関等においては本件ガイドラインを踏まえた対応が削除し,同機関等においては感染の防止について別途配慮が必要であるところ,その院内感染対策等については「医療機関における院内感染対 策マニュアル作成のための手引き(案)」等が作成されていることから,これらを参考にして対応することが望ましい旨の説明を加えたものである。(甲6)⑶ 医療 ては「医療機関における院内感染対 策マニュアル作成のための手引き(案)」等が作成されていることから,これらを参考にして対応することが望ましい旨の説明を加えたものである。(甲6)⑶ 医療機関における院内感染対策マニュアル作成のための手引き(案)平成28年2月1日に公表された「医療機関における院内感染対策マニ ュアル作成のための手引き(案)[更新版]ver.6.02 」(以下「本件手引き」という。)は,医療機関において院内感染対策マニュアルを作成する際の参考とするために作成されたガイドラインである。本件手引きは,種々の感染症に共通する院内感染対策を取りまとめたものであり,標準予防策,感染経路別予防策,職業感染対策等の対策が記載されている。(甲 17) ⑷ 労働者の健康情報の保護に関する検討会報告書厚生労働省に設置された「労働者の健康情報の保護に関する検討会」は,平成16年9月6日,報告書(以下「本件報告書」という。)を取りまとめた。本件報告書には,HIV感染症等の慢性的経過をたどる感染症の感染状況に関する情報については,事業者が就業上の配慮を行う必要性がな い場合が多いので,職業上の特別の要求がある場合を除いて,原則として収集すべきではないと考えられること,HIV感染に関する情報は感染者に対する社会的偏見と差別の契機となるおそれがあり,極めて秘密性の高い情報に属するものであり,本人の同意があってもHIV検査は行わないことが望ましいことが記載されている。(甲8) ⑸ HIV感染者に関する調査結果特定非営利活動法人ぷれいす東京が平成27年11月に発行した資料には,HIV感染者を対象とした以下の調査結果が記載されている。(甲9)① 職場の同僚,上司,人事担当者など,職場のいずれ 査結果特定非営利活動法人ぷれいす東京が平成27年11月に発行した資料には,HIV感染者を対象とした以下の調査結果が記載されている。(甲9)① 職場の同僚,上司,人事担当者など,職場のいずれか1人にでもHIV感染の事実を知らせている者は21%であった。 ② 69%の者が「職場で勝手に病名を知られる不安を感じる」と回答し,43%の者が「HIVに対する同僚や雇用者の無理解や偏見を感じる」と回答した。 2 争点⑴(本件内定取消しの適法性)について⑴ HIV感染事実を告知すべき義務の有無について ア前記前提事実⑸,⑻のとおり,被告は,原告を被告病院の社会福祉士として採用することを内定していたにもかかわらず,これを一方的に取り消したものである(本件内定取消し)。被告は,その理由として,①原告が,平成29年12月25日の本件面接の際に,持病の有無を問われたにもかかわらず,HIV感染の事実を告げなかったこと,②原告が, 平成30年1月12日,被告病院総務課職員から持病について質問をさ れた際に,HIV感染の事実を否定する旨の返答をしたこと(以下,上記①及び②を併せて「本件不告知等」という。)を挙げている。これに対し,原告は,そもそも原告にはHIV感染の事実を告知すべき義務がないなどと反論している。 そこでまず,原告が被告に対してHIV感染の事実を告知すべき義務 があったといえるか否かについて検討する。 イ近年,HIVに関する医学的知見が進展し,治療方法が確立されてきているものの,現在でもなおHIV感染者に対する社会的偏見や差別が根強く残っていることは,公知の事実である(甲11にも,HIV感染者に対する差別や偏見をうかがわせるエピソードが紹介されている。)。 また,HIV感染者に対す 感染者に対する社会的偏見や差別が根強く残っていることは,公知の事実である(甲11にも,HIV感染者に対する差別や偏見をうかがわせるエピソードが紹介されている。)。 また,HIV感染者に対する調査結果によれば,HIV感染者の8割近くは職場にHIV感染の事実を伏せたまま働いており,また,半数近くの者が同僚や雇用者の無理解や偏見を感じると回答していることが認められる(認定事実⑸)。このことからすれば,本件報告書にも明言されているように(認定事実⑷),HIVに感染しているという情報は,極 めて秘密性が高く,その取扱いには極めて慎重な配慮が必要であるというべきである。本件ガイドラインが労働者の採用選考に当たってHIV検査を行わないこととし,HIV感染の有無に関する労働者の健康情報についての秘密保持の徹底を定め(認定事実⑵ア,本件報告書もHIV感染に関する情報は職業上の特別の要求がある場合を除いて 原則として収集すべきではないとしているのも(認定事実⑷),HIV感染情報の有する上記の特性を踏まえたものであると解される。 一方,HIVは,性行為を除く日常生活によっては感染せず(性行為による感染率も1%程度と極めて低いものである。),血液を介しての感染についても,HIVが存在する血液の輸血や注射器具の共用など, 極めて例外的な状況でのみ感染が想定されるものである(認定事実⑴ イ)。これを踏まえ,本件ガイドラインにおいても,HIV感染それ自体によって仕事への適性は損なわれないことから,HIV感染それ自体は解雇の理由とはならず,HIV感染者が感染自体によって不利益な処遇を受けることがあってはならない旨が明記されているところであり,こうした指針は,労働者が通常の勤務において業務上HIVを含む血液 等に接触す はならず,HIV感染者が感染自体によって不利益な処遇を受けることがあってはならない旨が明記されているところであり,こうした指針は,労働者が通常の勤務において業務上HIVを含む血液 等に接触する危険性が高い医療機関等の職場においても妥当するものとされている(認定事実⑵)。 そして,原告についてみても,前記前提事実⑺によれば,原告のHIVは抗ウイルス薬により検出感度以下となっており,免疫機能も良好に維持されていると認められるのであって,主治医も,就労に問題はなく, 職場での他者への感染の心配はないとの所見を示している。加えて,被告病院においては,原告が社会福祉士として稼働することが予定されていたところ(前提事実⑷,⑸),社会福祉士は患者等に対して相談援助を行う事務職であるから,そもそも原告が被告病院における通常の勤務において業務上血液等に接触する危険性すら乏しいことは明らかである。 現に,原告は,現在は,自らがHIV感染者であることを上司等に告げた上で,精神科病院において精神保健福祉士として稼働しているのである(甲18〔5〕,原告本人〔9〕)。そうすると,原告が被告病院で稼働することにより他者へHIVが感染する危険性は,無視できるほど小さいものであったというべきである。 以上の事情を総合考慮すると,原告が被告に対しHIV感染の事実を告げる義務があったということはできない。 ⑵ 本件不告知等についてア上記⑴イのとおり,原告が被告に対しHIV感染の事実を告げる義務はなかったのであるから,原告が本件面接において持病の有無を問われ た際に上記事実を告げなかったとしても,これをもって内定を取り消す ことは許されないというべきである。 イまた,上記⑴イのとおり,HIVに感染しているという情報 病の有無を問われ た際に上記事実を告げなかったとしても,これをもって内定を取り消す ことは許されないというべきである。 イまた,上記⑴イのとおり,HIVに感染しているという情報は,極めて秘密性が高く,その取扱いには極めて慎重な配慮が必要であるのに対し,HIV感染者の就労による他者への感染の危険性は,ほぼ皆無といってよい。そうすると,そもそも事業者が採用に当たって応募者に無断 でHIV検査をすることはもちろんのこと,応募者に対しHIV感染の有無を確認することですら,HIV抗体検査陰性証明が必要な外国での勤務が予定されているなど特段の事情のない限り,許されないというべきである。 本件では,上記特段の事情は認められないのであって,被告病院が原 告にHIV感染の有無を確認することは,本来許されないものであった。 そうだとすると,原告が平成30年1月12日に被告病院総務課職員から持病について質問された際にHIV感染の事実を否定したとしても,それは自らの身を守るためにやむを得ず虚偽の発言に及んだものとみるべきであって,今もなおHIV感染者に対する差別や偏見が解消されて いない我が国の社会状況をも併せ考慮すると,これをもって原告を非難することはできない。 ⑶ 被告の主張についてアこれに対し,被告は,被告病院が医療機関であることから,①従業員の医療記録に秘匿情報がある場合には拡散防止のための措置を講じる必 要がある,②認知症患者等からの暴力により職員が出血を伴う傷を負う事件は稀ではなく,高度の感染防止対策をとる必要があるから,原告に対し,HIV感染の事実を確認する必要があったと主張する。 イしかしながら,上記①については,医療記録に記載された情報は,基本的にその全てについて拡散防止のための措置を とる必要があるから,原告に対し,HIV感染の事実を確認する必要があったと主張する。 イしかしながら,上記①については,医療記録に記載された情報は,基本的にその全てについて拡散防止のための措置を講じる必要があるとい うべきであるから,HIV感染の事実についてのみ例外的扱いを許容す る合理的根拠は乏しいといわざるを得ない。 ウまた,上記②については,確かに,本件ガイドラインにおいても,通常の勤務において業務上血液等に接触する危険性が高い医療機関においては,別途配慮が必要であるとされているところである(認定事実⑵イ)。 しかしながら,前記⑴イのとおり,HIV感染の事実は取扱いに極めて慎重な配慮を要する情報であるから,そのような医療機関においても,HIV感染の有無に関する無差別的な情報の取得が許容されるものではない。そして,医療機関においては,血液を介した感染の予防対策を取るべき病原体はHIVに限られないのであるから,被告病院においても HIVを含めた感染一般に対する対策を講じる必要があり,かつ,それで足りるというべきである。現に,医療機関の参考のために作成された本件手引きにおいても,HIV感染について他の感染症とは異なる特別な対応をすべきことが提唱されているわけではなく,「職業感染対策」として,B型肝炎,C型肝炎等の感染症と並んでHIV感染対策に特化 した記述がわずかに存するのみである(甲17〔21,22〕)。そうすると,医療機関といえども,殊更従業員のHIV感染の有無を確認する必要はないばかりか,そのような確認を行うことは,前記特段の事情のない限り,許されないというべきである。 ましてや,原告は,社会福祉士として稼働することが予定されていた のであって,医師や看護師と比較すれば血液を介 ような確認を行うことは,前記特段の事情のない限り,許されないというべきである。 ましてや,原告は,社会福祉士として稼働することが予定されていた のであって,医師や看護師と比較すれば血液を介して他者にHIVが感染する危険性は圧倒的に低いと考えられるし,原告が患者等から暴力を受けたとしても,原告が大量出血しその血液が周囲の者の創傷等を通じて体内に偶然に入り込むなどといった極めて例外的な場合でもない限り,これが原因で他者にHIVが感染することは想定し難いというべきであ る。 エしたがって,上記①及び②の主張はいずれも失当である。そして,被告病院に前記特段の事情があったとは認められないから,被告病院が医療機関であることをもって,原告に対しHIV感染の有無を確認することが正当化されるものではない。 ⑷ まとめ 以上によれば,原告が本件不告知等に及んだことは事実ではあるものの,これをもって,本件内定取消しについて,客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合に当たるということはできない。したがって,本件内定取消しは,違法であって,原告に対する不法行為を構成するというべきである。 3 争点⑵(プライバシー侵害による不法行為の成否)について前記前提事実⑹,⑻のとおり,被告病院は,総務課職員が保管されていた原告の医療記録を確認したところ,原告がHIVに感染しているとの情報が記載されていたことから,原告に対し,HIV感染の有無を確認する趣旨の質問を行った上で,本件内定取消しを行ったものである。このように,被告 病院は,本来原告の診療など健康管理に必要な範囲で用いることが想定されていた原告の医療情報について,その範囲を超えて採用活動に利用したものである(本件利用) ったものである。このように,被告 病院は,本来原告の診療など健康管理に必要な範囲で用いることが想定されていた原告の医療情報について,その範囲を超えて採用活動に利用したものである(本件利用)。本件利用については,原告の同意を得たものではないし(前提事実⑹参照),個人情報保護法16条3項各号所定の除外事由も認められない。被告は,原告がHIVに感染しているという情報の拡散を防止 し,感染防止策を講じる必要があったなどと主張するが,こうした主張に理由がないのは,前記2⑶に述べたとおりである。そして,ほかに本件利用について合理的な理由があったと認めるべき事情は,何ら見当たらない。 そうすると,本件利用は,個人情報である原告の医療情報の目的外利用として個人情報保護法16条1項に違反する違法行為であるというべきである。 そして,本件利用により,本来原告の診察や治療に携わる者のみが知ること のできた原告の医療情報が,採用担当者等にも正当な理由なく拡散されたのであるから,これにより原告のプライバシーが侵害されたものであって,本件利用は原告に対する不法行為を構成するというべきである。 4 争点⑶(損害額)について⑴ 慰謝料 原告は,故郷で家族と暮らしながら社会福祉士として稼働することを夢見て被告病院の求人に応募し,内定を得たものの,本件内定取消しにより,その夢を絶たれたものである(前提事実⑷,⑸,⑻,甲18〔2,4〕,原告本人〔4〕)。被告が本件内定取消しの理由として挙げるところは,原告が採用過程でHIV感染の事実を告げなかったこと(本件不告知等) にあるというのであるが,これが内定を取り消す正当な理由になるものでないことは前記2のとおりであって,原告は極めて理不尽な理由で内定を取り消されたものとい を告げなかったこと(本件不告知等) にあるというのであるが,これが内定を取り消す正当な理由になるものでないことは前記2のとおりであって,原告は極めて理不尽な理由で内定を取り消されたものといわざるを得ない。原告は,被告病院への就職がかなわなかったため,故郷での就職をあきらめざるを得ず,転居等により少なからぬ経済的負担を強いられたものと認められる(甲18〔5〕,原告本 人〔8,9〕)。原告は,本件内定取消しまでは,親しい友人等を除いて,HIV感染の事実を秘匿しながら生活してきたというのであり(甲18〔3〕,原告本人〔3〕),その数少ない例外が,過去に受診歴があった被告病院であった。ところが,被告病院は,本来診療等の目的に限って使用すべき原告の医療情報をたまたま保有していたことから,その目的に反 してこれを採用活動に流用し,本件内定取消しに及んだものである。原告は,内定を得た後,被告病院からHIV感染の疑いについて質問された際の心情について,「差別的な扱いを受けるんじゃないかという恐怖感がありました。」と述べており(原告本人〔6〕),原告が,思いもよらぬ質問を受けて,真実を告げるべきか否か葛藤したことは想像に難くない。そ して,被告病院は,原告が就労に問題がない旨の本件診断書を提出したに もかかわらず(前提事実⑺),原告の内定を取り消したものである。被告病院の一連の行為は,患者に寄り添うべき医療機関の使命を忘れ,HIV感染者に対する差別や偏見を助長しかねないものであって,医療機関に対する信頼を裏切るものといわざるを得ない。原告が「一番病気のことを知っているはずの医療機関からそのようなことを受けたことに対して,がく 然としました。」(原告本人〔10,11〕),「私の人権を被告の病院に殺されました。」 るを得ない。原告が「一番病気のことを知っているはずの医療機関からそのようなことを受けたことに対して,がく 然としました。」(原告本人〔10,11〕),「私の人権を被告の病院に殺されました。」(原告本人〔10〕)と訴えるように,原告の精神的苦痛は甚大であったと認めるのが相当である。 以上によれば,本件内定取消し及び本件利用によって原告に生じた精神的苦痛を慰謝する額としては,150万円をもって相当と認める。 ⑵ 弁護士費用被告の不法行為(本件内定取消し,本件利用)と相当因果関係のある弁護士費用としては,15万円をもって相当と認める。 5 結論以上の次第であって,原告の請求は165万円及び不法行為の日ないし不 法行為後の日である平成30年2月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 よって,主文のとおり判決する。 札幌地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官武藤貴明 裁判官亀井佑樹 裁判官亀井直子
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