【DRY-RUN】主 文 被告は原告に対し、金二七九万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年四月三日 から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。 訴訟費用は被告の負担とする。 この判決は仮に執行すること
主文被告は原告に対し、金二七九万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年四月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。 訴訟費用は被告の負担とする。 この判決は仮に執行することができる。 事実第一当事者の求める裁判一原告主文同旨。 二被告原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 第二当事者の主張一請求原因1 原告は昭和三〇年一二月七日A(以下、Aと略称する。)と婚姻したが、Aは昭和三五年頃職員として被告に雇用され、同五〇年四月一九日死亡により退職した。 2 被告の退職金支給内規(以下、内規と略称する。)に基づき計算すると、Aの退職金は二七九万六〇〇〇円になるところ、同内規第二条によれば、職員本人が死亡した場合は退職金は配偶者に支給されるものとされている。 3 よつて、原告は被告に対し、右退職金二七九万六〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年四月三日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。 二請求原因に対する認否請求原因1の事実は認める。 同2のうち、内規に基づき計算したAの退職金の額が二七九万六〇〇〇円になることは認めるが、その余の事実は争う。同内規第二条は、「本人死亡の場合には、労働基準法施行規則第四二条から第四五条までの規定を準用する。」と規定しているだけである。 本件においては、Aの退職金の受給権者は、原告ではなく、Aの死亡当時の内縁の妻B(以下、Bと略称する。)と解すべきである。けだし、内規で準用している労働基準法施行規則(以下、規則と略称する。)第四二条ないし第四五条所定の遺族の範囲と支給順位は、災害補償の一である遺族補償の支給に関するものであつて、民法相続編のそれとは本質的に異なり、死亡労 る労働基準法施行規則(以下、規則と略称する。)第四二条ないし第四五条所定の遺族の範囲と支給順位は、災害補償の一である遺族補償の支給に関するものであつて、民法相続編のそれとは本質的に異なり、死亡労働者と最も親密な関係にある者を優先させようとする意図からくるものであることは疑う余地がないところ、原告は長期間Aと別居し両者間には夫婦生活の実体がなかつたのに対し、BはAの内縁の妻としてAの死亡当時同人と同居しその収入により生活を現実に維持していた者であるからである。 三抗弁1 仮に、原告がAの退職金の受給権者であるとしても、被告は、Aの内縁の妻Bが真正の受給権者であると信じ、同女に対し、昭和五〇年四月三〇日及び同年七月一八日に、A名義の普通預金口座に振り込むという方法で退職金を支払つたものであり、かつ、Bを真正の受給権者であると信ずるにつき過失はなかつたから、民法第四七八条により被告の債務は消滅した。 すなわち、Aは、被告に雇用されるに際し、独身者と称し、かつ、その主張に沿う栃木県下都賀郡壬生町長作成の昭和三五年一〇月二一日付戸籍抄本を提出し、爾後も身分関係に変更があつた旨の届出はしなかつた。従つて、被告としては、Aと婚姻していた原告の存在を知る由もなく、Aと同棲中の内縁の妻Bに支払つたもので、被告が原告の存在を知つたのは、右支払後の昭和五〇年九月一七日である。 2 仮に、右の主張に理由がないとしても、原告の本件請求は著しく信義に反し許されないものである。 すなわち、Aは前述のように被告に対し原告の存在を秘し続けていたものであるが、原告も、Aと婚姻後長女Cまでもうけたのに、長期間Aと別居し、Aから原告及び長女の生活費の送付さえない状態のまま、Aに対し同居を求める等の妻として当然なすべき積極的努力を怠り、また、被告に対し昭和五〇年九月一七 婚姻後長女Cまでもうけたのに、長期間Aと別居し、Aから原告及び長女の生活費の送付さえない状態のまま、Aに対し同居を求める等の妻として当然なすべき積極的努力を怠り、また、被告に対し昭和五〇年九月一七日に至るまで原告の存在を知らせないでいた。しかるに、原告はAが死亡するや突如退職金の支払いを求めてきたものであり、かかる行為は著しく信義に反するものといわねばならないのである。 四抗弁に対する認否抗弁1のうち、被告がBを真正の退職金受給権者と信じて同女に対し被告主張の日にその主張の方法で退職金を支払つたことは認めるが、無過失であつたことは否認し、その余の事実は争う。 同2のうち、原告とAとが長女Cをもうけたことは認めるが、その余の事実は争う。 第三証拠(省略) 理由一請求原因1の事実及び同2のうち、内規に基づき計算したAの退職金の額が二七九万六〇〇〇円になることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三号証によれば、内規第二条には、「前条による退職金は、本人に支給する。本人死亡の場合には、労働基準法施行規則第四二条から第四五条までの規定を準用する。」と規定されていることが認められる。 ところで、右の争いのない事実に成立に争いのない甲第一号証、証人Dの証言により真正に成立したものと認められる乙第四、第九号証、証人Dの証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。 1 Aは、原告と昭和二八年四月頃から栃木県内で同棲し、同三〇年一二月七日婚姻の届出をして、同三二年二月八日には長女Cをもうけるに至つたが、同年秋頃結核に罹り、同三五年九月頃まで入院を余儀なくされた。ところが、Aは、同九月頃退院しながら、体の様子を見ると称して、原告の許には戻らず同県内の自己の実家に落ち着き、その後同年一 に至つたが、同年秋頃結核に罹り、同三五年九月頃まで入院を余儀なくされた。ところが、Aは、同九月頃退院しながら、体の様子を見ると称して、原告の許には戻らず同県内の自己の実家に落ち着き、その後同年一〇月頃被告に就職し、また、その頃右実家を出て東京都新宿区<以下略>でBとの同棲生活を始め(その後埼玉県久喜市に移転)、その生活はA死亡の時まで続いた。(以上の事実のうち、Aと原告とが長女Cをもうけたことは当事者間に争いがない。)2 原告は、Aが上京した事実を聞いたのち、Aの両親にその所在を尋ねたが知らされなかつた。しかし、原告は幼子を抱えていたため直ちに捜しに行くことはできず、昭和三六年一〇月頃になつて上京して捜したが、Aの居住先を突き止めることはできなかつた。また、原告は、Aが被告に勤務していたことはAの死亡後初めて知つた。 他方、Aは原告に対し、昭和三六年頃人を介して離婚の申出をし、また翌三七年頃離婚の調停の申立てをし、その後も昭和四五年頃までに二、三度離婚の申出をしたが、原告が拒否し続けたため離婚に至らなかつた。 二そこで、以上の事実関係の下において、Aの退職金の受給権者が原告であるかBであるかについて判断する。 内規第二条において規則第四二条ないし第四五条の規定を準用していることは前記認定のとおりであるところ、規則第四二条第一項は、「遺族補償を受けるべき者は、労働者の配偶者(婚姻の届出をしなくとも事実上婚姻と同様の関係にある者を含む。以下同じ。)とする。」と規定し、内縁の妻であつても遺族補償を受けうることを明らかにしているが、法律上の妻と内縁の妻がある場合にいずれが受給権者となるかについては触れていない。 そこで、同条項(従つて内規第二条)の解釈につき考えるに、規則第四二条第一項の括弧書部分は、婚姻の届出こそしていないが社会的事 内縁の妻がある場合にいずれが受給権者となるかについては触れていない。 そこで、同条項(従つて内規第二条)の解釈につき考えるに、規則第四二条第一項の括弧書部分は、婚姻の届出こそしていないが社会的事実としての夫婦共同生活体をなしている関係(内縁関係)にある一方の者に遺族補償の受給権がないとするのはその実体に照らし不合理であるとの立場を明らかにしたものであつて、他に法律上の配偶者のいない通常の場合を予定しているものと解せられるから、本件のように苟も法律上の妻がいるときは、これがすでに死亡労働者と事実上の離婚をしているという特段の事由がある場合を除いては、内縁の妻には受給権がないと考えるのが相当である。そして、原告とAとは一五年弱も別居し、両者間には夫婦共同生活の実体が存在しなくなつていたものではあるが、原告はあくまでAの帰宅を望んでいて、その所在を捜したこともあり、Aからの離婚の申出に対してもはつきりと拒否していたのであつて、離婚の合意はなされていないことが明らかであるから、両者が事実上の離婚をしていたと解する余地はない。 なお、被告は、原告とAとは長期間別居していて、両者間には夫婦生活の実体がなかつたのに対し、BはAの内縁の妻としてAの死亡当時同人と同居しその収入により生活を現実に維持していたから、Bが受給権者である旨主張し、Aの死亡当時、原告・A間に夫婦共同生活の実体が存在しなくなつていたこと、BがAの内縁の妻としてAと同居し、従つてこれと生計を一にしていたことは前記認定のとおりであるから、Bに同情すべき面が全くないとはいえないが、規則上、配偶者たる遺族補償受給権者については労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していたことないしこれと生計を一にしていたことが受給の要件とされていないのみならず、原告にしてみれば、自らの意思によら 偶者たる遺族補償受給権者については労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していたことないしこれと生計を一にしていたことが受給の要件とされていないのみならず、原告にしてみれば、自らの意思によらずに、しかも納得できる説明もなされず長期間の別居を余儀なくされ、その間当然受けるべき協力、扶助も得られなかつたのであり、Bは原告の存在を知つていたにせよ知らなかつたにせよかかる不自然な状態の維持に荷担していた訳であるから、原告を排除してBが受給権者となるためには、少なくとも原告とAとの間で、夫婦共同生活の実体の不存在という事実のほかに離婚の合意があつたことを要するものと考えるのが相当というべきである。 従つて、本件においては、受給権者は原告と考えるべきである。 三そこで次に、抗弁1について判断する。 同抗弁中、被告がBを真正の退職金受給権者と信じて同女に対し昭和五〇年四月三〇日及び同年七月一八日にA名義の普通預金口座に振り込むという方法で退職金を支払つたことは当事者間に争いがない。 そして、前掲の甲第一号証、乙第四、第九号証、D証言に成立に争いのない乙第二号証、D証言により真正に成立したものと認められる乙第五、第六号証及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。 1 Aは、昭和三五年一一月、被告に就職したものであるところ、昭和三五年一〇月二四日頃、栃木県下都賀郡壬生町長作成の昭和三五年一〇月二一日付戸籍抄本(旧戸籍法〔大正三年法律第二六号〕の下における様式によるもの)並びにA作成の自己紹介書及び誓約書と身元引受人E、同Fら作成の身元引受書(いずれも昭和三五年一〇月二四日付)を被告に提出したが、右戸籍抄本には、その本籍欄には本籍が、事項欄にはAの出生及び家督相続に関する事項が各記載され、また、戸主欄にはG、その出生年月日欄には昭和三 いずれも昭和三五年一〇月二四日付)を被告に提出したが、右戸籍抄本には、その本籍欄には本籍が、事項欄にはAの出生及び家督相続に関する事項が各記載され、また、戸主欄にはG、その出生年月日欄には昭和三年一一月二日、その父欄には亡E、同母欄にはF、父母との続柄欄には長男と各記載されているが、その他には、事項欄の家督相続に関する記載の末尾以下余白になる印、前戸主欄、族称欄及び前戸主との続柄欄にいずれもなる印が押捺されているほか何ら記載されていない。また、自己紹介書には、本人の氏名としてGと記載され、その家族(同居者)の欄にはH(二五年)との記載がある。なお、別にAとの続柄及び職業を明示した身元引受書を提出したFとEについては右自己紹介書の保証人欄中に本人(A)との続柄及び職業が明確に記載されているのに、同書中、当時看護婦をしていたHことBの本人(A)との続柄欄及び職業欄には何らの記載がない。更に、誓約書及び身元引受書にある本人の氏名欄にもGと記載されている。 なお、戸籍抄本に記載されている事項は、Gとの記載がAの誤りであり、Aの出生地の地番の記載の一部に脱漏があるほかには、事実と異なるものはない。 2 Aは、右のようにGという名で被告に就職したが、就職から約二年経つたのち、被告に対し、爾後「A」として取り扱つてほしい旨申し出、それ以後は「A」で通した。 3 Aは、就職した当初から被告に対し妻がいる旨(但し、Bのこと)述べていたが、その氏名についてはHないしIと言つていた。 そこで考えるに、Aは妻帯者として被告に就職したものであるところ、同人作成の自己紹介書には家族(同居者)としてHのみが記載されていることからすれば、婚姻した男女の婚姻前の姓が同一であることは、皆無ではないが一般的には稀なことであるから、同記載からは、一般人がHなるものをAの 己紹介書には家族(同居者)としてHのみが記載されていることからすれば、婚姻した男女の婚姻前の姓が同一であることは、皆無ではないが一般的には稀なことであるから、同記載からは、一般人がHなるものをAの法律上の妻と誤解する余地がありえようが、しかし、HがAの法律上の妻であるとすれば、同女の本人(A)との続柄欄をことさら空白にしておくことは不自然であるし、また、Aが自己紹介書を作成した日及び就職した日に極めて近い日に作成された戸籍抄本に同女との婚姻の事実が記載されていないこと(すなわち、Aが同抄本の請求に際し婚姻に関する事項の謄写を要求しなかつたこと)も自然なものとはいい難い。 しかし、だからといつて、内縁の妻と考えるとすれば、姓が同一であることが問題といえるし、また、内縁だからといつて本人との続柄欄をことさら空白にしておくことは一般的とはいいえないから、このように考えることにも疑問が残る。 そうだとすれば、被告は、退職金を支払うに当たつては、HないしIことBが本当に配偶者であるのか、そうだとしても他に法律上の配偶者がいるのではないか、そのような者がいるとすれば真の受給権者はいずれになるのかという点につき慎重に検討すべく、少なくともBに対しAの戸籍謄本の提出を求めるべきであつたのに、このような措置すらとらずに安易にBを受給権者と信じて同女に支払つたものであつて、被告には同女を受給権者と信じたことにつき過失があつたものといわざるをえない(なお、Aは就職から約二年経つたのち、被告に対し、爾後「G」ではなく「A」として取り扱つてほしい旨申し出たのであるが、被告は、Aが正式に名を変更したのか、あるいはいずれかが通称名なのか等、「G」という名と「A」という名の関係如何につきAに何ら確かめようとしていない。Aの右のような申出は一般的なものとはいえないの 被告は、Aが正式に名を変更したのか、あるいはいずれかが通称名なのか等、「G」という名と「A」という名の関係如何につきAに何ら確かめようとしていない。Aの右のような申出は一般的なものとはいえないのであるから、被告が、この点を問い質し、場合によつては改めて戸籍抄本の提出を求め、本名が従前から「A」であつたことを確認すれば、従来Gと偽つていた事情にまで言及することになり容易にAと原告との関係を明らかにすることができたであろう。)。 なお、証人Dは、本件戸籍抄本の事項欄の記載の末尾には「以下余白」とあり、「以下省略」のような記載を省略したことを示す文言がないから、同抄本を見て、Aには婚姻の事実がないものと考えても無理はない旨証言している。 確かに、戸籍抄本においても、記載の省略された事項のある欄にはその旨を記載して、もともと原本に記載のない部分と区別する取扱いがなされれば便宜ではあろうが、戸籍実務が地域を問わず確実にそのようになされている旨の証拠はないのみならず、以上余白なる文言は、それ自体としては、その書類(本件では戸籍抄本)において当該欄にはその文言以降に何ら記載がないことを示す(従つて、かかる文言は、その書類の交付後における不正記入を防止する効果を有する。)ものに過ぎない(この理は空欄なる文言についても同様で、ただ後者は当該欄に何ら記載がない場合を示すものである。)と解される。従つて、右のような文言は、当該欄に記載の省略された事項が存しないことを示すものではないから、事項欄の記載の末尾に以下余白なる文言があることをもつて、婚姻の事実がないと判断することが無理からぬことということはできない。 以上の次第であるから、被告の原告に対する債務が消滅したということはできない。 よつて、抗弁1は理由がない。 四更に抗弁2について判断する。 断することが無理からぬことということはできない。 以上の次第であるから、被告の原告に対する債務が消滅したということはできない。 よつて、抗弁1は理由がない。 四更に抗弁2について判断する。 被告主張の事実関係を前提にしても、そのような事実のみをもつて原告の本件請求が信義に反するものといえるかは極めて疑問であるのみならず、前記認定のように、Aは被告に対し原告の存在を秘し続けたものではあるが、原告がAとの別居生活を余儀なくされたことについては原告にはことさら責められるべき点はなく、また、十全とはいえないまでも原告なりに正常な夫婦生活への復帰のための努力をしているし、更に、原告はAが被告に勤務していたことは同人の死亡後に知つたのであるから、原告が被告に対し初めて退職金の請求をしたのが、被告がBにこれを支払つたのちの昭和五〇年九月一〇日頃である(前掲D証言)としても、原告のかかる請求が信義に反すると解する余地はない。 よつて抗弁2も理由がない。 五そうすれば、被告は原告に対しAの退職金を支払う義務があるところ、前掲乙第三号証によれば、退職金は退職後一月以内に支給されることになつているから、退職金二七九万六〇〇〇円及びこれに対する支払期日後である昭和五一年四月三日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の本件請求は理由がある。よつて、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官石井宏治)
▼ クリックして全文を表示