平成25年9月30日判決言渡平成24年(行ケ)第10268号審決取消請求事件口頭弁論終結日平成25年5月27日判決原告ジェネンテク,インコーポレイテッド訴訟代理人弁護士片山英二同服部誠訴訟代理人弁理士小林浩同日野真美被告特許庁長官指定代理人郡山順同今村玲英子同中島庸子同堀内仁子 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 事実及び理由 第1 請求特許庁が訂正2011-390107号事件について平成24年3月16日にした審決を取り消す。 第2 前提となる事実 1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「特定Fcεレセプターのための免疫グロブリン変異体」 とする特許発明につき,特許第3457962号に係る特許権(平成4年8月14日国際出願(以下「本件出願」という。),優先権主張 1991年(平成3年)8月14日,米国;1992年(平成4年 とする特許発明につき,特許第3457962号に係る特許権(平成4年8月14日国際出願(以下「本件出願」という。),優先権主張 1991年(平成3年)8月14日,米国;1992年(平成4年)5月7日,米国(以下,この優先権主張の基礎となる出願を「基礎出願2」という。),平成15年8月1日設定登録。 以下「本件特許」という。)を有している(甲25)。 原告は,平成23年9月7日,訂正審判(訂正2011-390107号事件。 以下「本件訂正審判」という。)を請求し(甲1),同年11月21日付けで訂正拒絶理由通知を受け(甲2),平成24年2月2日,訂正事項を追加する旨の手続補正(以下「本件補正」という。)を行った(甲7)。特許庁は,同年3月16日,本件補正を認めた上で,請求不成立の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は同月26日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲本件訂正審判における訂正前の本件特許に係る特許請求の範囲の請求項15は,以下のとおりである(以下,同請求項記載の発明を「本件発明」という。)(甲25)。 「【請求項15】配列番号8および9にそれぞれ示すヒト化マウス抗体humae1 1 1型のFabH鎖アミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列を含む抗体であって,残基60がアスパラギン酸で置換され,残基61がプロリンで置換され,残基67がイソロイシンで置換されている(抗体中のアミノ酸残基の番号付けはカバットらの番号付けに基づく)ことを特徴とする抗体。」 3 本件訂正審判における訂正事項本件補正後の,本件訂正審判における訂正事項は,以下のとおりであり,いずれも誤記の訂正を目的とするものである(甲1,7)。 要するに,①訂正事項1,2は,配列表の配列番号8に示すアミノ酸配列において,第125番目のLys及び126 正事項は,以下のとおりであり,いずれも誤記の訂正を目的とするものである(甲1,7)。 要するに,①訂正事項1,2は,配列表の配列番号8に示すアミノ酸配列において,第125番目のLys及び126番目のGlyは,誤記により挿入されたものであるからこれを削除し(訂正事項2),削除に伴い配列表における配列の長さに ついて「453アミノ酸」と記載したものを「451アミノ酸」と訂正するものであり(訂正事項1),②訂正事項3は,「アスパラギン酸」は,「アスパラギン」の誤記であるから訂正するとするものである。 (1) 訂正事項1発明の詳細な説明の欄の配列表において,特許公報50頁6行における「453アミノ酸」を「451アミノ酸」に訂正する。 (2) 訂正事項2発明の詳細な説明の欄の配列表の配列番号8に示すアミノ酸配列において,125番目のLys及び126番目のGlyを削除し,特許公報50頁8行~53頁下から4行におけるアミノ酸配列を,訂正明細書86頁1行~89頁4行に記載のとおり訂正する。 (3) 訂正事項3特許請求の範囲の請求項15において,「残基60がアスパラギン酸で置換され,」を「残基60がアスパラギンで置換され,」と訂正する。 併せて,特許公報6頁11欄38行~39行にある「残基60がアスパラギン酸で置換され」を「残基60がアスパラギンで置換され」と訂正する。 4 審決の理由審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりであり,その要旨は以下のとおりである。 (1) 訂正事項2について本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の記載のみからは,かかる配列が誤記であるということができないし,本件出願時の技術常識を参酌しても,本件明細書に接した当業者が,本件明細書記載の配列番号8の配列に疑いを抱き,誤記 明細書」という。)の記載のみからは,かかる配列が誤記であるということができないし,本件出願時の技術常識を参酌しても,本件明細書に接した当業者が,本件明細書記載の配列番号8の配列に疑いを抱き,誤記があると認識するとまではいえない。したがって,訂正事項2は,誤記の訂正を目的とするものではなく,特許請求の範囲の減縮,明瞭でない記載の釈明を目的とするものでないことも明らかであるから,平成6年法律第116号による改正前 の特許法(以下「平成6年改正前特許法」という。)126条1項ただし書各号のいずれにも該当しない。 訂正事項2は,本件明細書及び技術常識を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものとはいえず,「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」したものとはいえないから,同法126条1項の規定に適合せず,さらに,訂正事項2により配列番号8の配列が変化し,実質的に請求項15に係る特許請求の範囲を変更するものとなるから,同法126条2項の規定に適合しない。 (2) 訂正事項1について訂正事項1は,訂正事項2により,本件明細書記載の配列番号8のアミノ酸数が減少することに伴うものであり,訂正事項2は平成6年改正前特許法126条1項,2項のいずれの規定にも適合しないから,訂正事項1も同法126条1項,2項のいずれの規定にも適合しない。 (3) 訂正事項3について本件明細書の記載からは,請求項15における残基60のアスパラギン酸がアスパラギンの誤記であるとまではいえず,訂正事項3は平成6年改正前特許法126条1項ただし書各号のいずれにも該当しない。また,訂正事項3による訂正の結果,請求項15のアミノ酸の種類が全く異なるものとなり,実質上特許請求の範囲を変更するもので 項3は平成6年改正前特許法126条1項ただし書各号のいずれにも該当しない。また,訂正事項3による訂正の結果,請求項15のアミノ酸の種類が全く異なるものとなり,実質上特許請求の範囲を変更するものであるから,同法126条2項の規定にも適合しない。 第3 取消事由に関する当事者の主張 1 原告の主張審決には,訂正事項1及び2の許否に係る判断の誤り(取消事由1),訂正事項3の許否に係る判断の誤り(取消事由2)があり,違法であるから,取り消されるべきである。 (1) 訂正事項1及び2の許否に係る判断の誤り(取消事由1)以下のとおり,配列表の配列番号8に示すアミノ酸配列において,第125番目 のLys及び126番目のGlyは,誤記に基づく挿入であり,本件明細書に接した当業者は,配列番号8中に誤記が存在し,かつ,正しい記載が何であるかを理解することができる。また,訂正事項1及び2による訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものであり,また,実質的に特許請求の範囲を変更するものでもない。 ア(ア) 本件特許の優先日当時,ヒトIgG1が,H鎖(重鎖)とL鎖(軽鎖)を有し,いずれも,N末端から約110個のアミノ酸配列は,抗原特異性に応じて部分的に異なった配列を有する可変部(V領域)であり,それ以外の部分は,各クラスで配列がほぼ一定である定常領域(C領域)であり,さらにそのC領域は,約110個のアミノ酸からなる3つの単位より構成されていることが周知であった。 H鎖についてみれば,N末端より順に,可変領域,第一定常領域(CH1領域),第二定常領域(CH2領域)及び第三定常領域(CH3領域)から構成されている。 可変領域中,抗原分子と直接接触する領域は,超可変領域又は相補性決定部位(CDR)と呼ばれている。 域(CH1領域),第二定常領域(CH2領域)及び第三定常領域(CH3領域)から構成されている。 可変領域中,抗原分子と直接接触する領域は,超可変領域又は相補性決定部位(CDR)と呼ばれている。 (イ) 本件発明は,ぜん息などの疾患の原因であるアレルギー応答を媒介する免疫グロブリン群の一つであるIgEに対する抗体であって,B細胞上に認められるIgE又は体内を遊離して循環しているIgEには結合するが,マスト細胞及び好塩基球に結合しているIgEには結合しないとの特性を有するものであり,マスト細胞や好塩基球を活性化しない抗体に関する発明である。本件明細書の記載によれば,本件発明の抗IgEヒト化マウス抗体は,ヒト免疫グロブリン(レシピエント抗体)のうち,CDRのアミノ酸配列中の残基を,所望の特異性,親和性及び能力を有するマウス抗体(ドナー抗体)のCDR中の残基で置換したものである。 (ウ) 本件明細書には,具体的には,マウスモノクローナル抗体のうち最も好ましい特性を有するMAE11(アイソタイプはIgG1である)を,ヒト化のためのドナー抗体として用いたことが記載されており,レシピエント抗体としては,同じアイソタイプのIgG1が用いられたと考えられる。 (エ) 本件明細書には,VH領域がカバットヒトサブグループIII,VL領域がカバットヒトκサブグループIであるレシピエント抗体を用いたことが記載されている。定常領域については,アミノ酸配列はほぼ一定であるため,上記のような記載はない。しかし,可変領域について,ヒトをはじめとした各種動物の抗体等の配列を記載したカバットらの文献「SequencesofProteinsofImmunologicalInterest」(甲18。以下,「カバットらの文献」という。)に記載のアミノ酸配列 配列を記載したカバットらの文献「SequencesofProteinsofImmunologicalInterest」(甲18。以下,「カバットらの文献」という。)に記載のアミノ酸配列を用いているのであるから,定常領域についても,カバットらの文献に記載のアミノ酸配列が用いられていると理解できる。 カバットらの文献によれば,ヒトIgG1の定常領域であるCH1領域は114番~223番のアミノ酸配列であるが,カバットらの文献には,ヒトIgG1である28EU,29NIE,36HUMANIGG1’CL及び37KOLの4つのヒトIgG1について,アミノ酸配列が記載されている。そして,上記4つのヒトIgG1のアミノ酸配列は,150番のアミノ酸がGluである場合とGlnである場合があること,222番のアミノ酸がLysである場合とArgである場合があることを除いて,全て同一である。したがって,本件明細書に記載のhumae1 1 1型抗体の作成に用いられたレシピエント抗体であるヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列は,カバットらの文献に記載されたCH1領域の114番~149番,151~221番及び223番のアミノ配列と同一であり,150番目のアミノ酸はGlu又はGln,222番目のアミノ酸はLys又はArgであると理解できる。 イ仮に,定常領域について,カバットらの文献に記載のアミノ酸配列が用いられていないとしても,本件明細書に記載のhumae11 1型抗体の作成に用いられたレシピエント抗体であるヒトIgG1のCH1領域におけるアミノ酸の配列は明確である。 ヒト化抗体は,マウス抗体(ドナー抗体)のうち抗原と結合する超可変領域(CDR)以外の部分(定常領域及び可変領域中のフレームワーク領域)をヒトの抗体 (レシピエント抗体)と同じ 確である。 ヒト化抗体は,マウス抗体(ドナー抗体)のうち抗原と結合する超可変領域(CDR)以外の部分(定常領域及び可変領域中のフレームワーク領域)をヒトの抗体 (レシピエント抗体)と同じ配列に置き換えた抗体である。ヒト化の目的は抗体がヒトの体内で異物として認識されないようにするためであるから,ヒト抗体由来のアミノ酸配列は,ヒト抗体の通常のアミノ酸配列と同一のものが使用される。 ヒト化の目的からして,あえて既知の通常の配列とは異なる配列のヒト抗体の定常領域を用いるということは,およそ考えられない。仮に,何らかの理由で既知の通常の配列ではない定常領域を用いるのであれば,その理由が説明されてしかるべきであるが,本件明細書にはそのような記載はない。 本件特許の優先日当時,カバットらの文献は,ヒトIgG1のアミノ酸配列を掲載している文献として当業者に知られていた。カバットらの文献には,発行当時に知られていたヒトIgG1のCH1領域が全て記載されていると理解されていた。 この文献の発行は,1991年(平成3年)10月以前であるから,基礎出願2による優先日である1992年(平成4年)5月7日あるいは本件出願日である平成4年8月14日当時,本件明細書に接した当業者は,レシピエント抗体であるヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列は,カバットらの文献に記載されたCH1領域の114番~149番,151~221番及び223番のアミノ配列と同一であり,150番目のアミノ酸はGlu又はGln,222番目のアミノ酸はLys又はArgであると合理的に理解する。 ウ(ア) ヒト免疫グロブリン(レシピエント抗体)のうち,CDRのアミノ酸配列中の残基を,特異性,親和性及び能力を有するマウス抗体(ドナー抗体)のCDR中の残基で置換するためには,ヒト免疫グロブリン ウ(ア) ヒト免疫グロブリン(レシピエント抗体)のうち,CDRのアミノ酸配列中の残基を,特異性,親和性及び能力を有するマウス抗体(ドナー抗体)のCDR中の残基で置換するためには,ヒト免疫グロブリンの残基とマウス抗体の残基の対応付けを行う必要があるところ,本件明細書では,この対応付けに,そのような対応付けが既になされているカバットらの文献に記載された残基番号(以下「カバットらの残基番号」といい,同文献における残基への番号付けを「カバットらの番号付け」という。)が用いられている。 本件明細書の配列番号8のアミノ酸配列の残基には,カバットらの残基番号ではなく,特許庁における「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作成のための ガイドライン」等と同様に,最初から453番まで通し番号が付けられている。そうすると,当業者であれば,アミノ酸配列の修飾についての本件明細書の記載を理解するために,配列番号8の残基番号とカバットらの残基番号の対比を行う必要が生じる。 (イ) 前記のとおり,本件明細書に記載のhumae11 1型抗体の作成に用いられたレシピエント抗体であるヒトIgG1のCH1領域(アミノ酸配列の114番~223番)のアミノ酸配列は,カバットらの文献に記載されたCH1領域のアミノ酸配列と同じである。そして,得られたhumae11 1型抗体のH鎖のアミノ酸配列のうち,定常領域については,ヒト化に際してドナー抗体の残基と置換されることはない。 また,本件特許の優先日当時,定常領域においても,アミノ酸残基の置換・挿入により,その立体構造が変化し,それによって抗体の機能に悪影響が生じ得ることが理解されていた。 したがって,当業者は,humae11 1型抗体の定常領域であるCH1領域は,カバットらの文献に掲載されたヒトIgG1のアミノ酸配 ,それによって抗体の機能に悪影響が生じ得ることが理解されていた。 したがって,当業者は,humae11 1型抗体の定常領域であるCH1領域は,カバットらの文献に掲載されたヒトIgG1のアミノ酸配列と完全に一致すると考えるはずである。 ところが,配列番号8のうち定常領域であるCH1領域に相当するアミノ酸配列は,通常のヒト抗体のCH1領域の配列に,125番のLys(リシン)及び126番のGly(グリシン)が挿入されており,カバットらの文献に記載されたアミノ酸配列と配列番号8の配列とは齟齬することが認識される。 (ウ) 2つのアミノ酸の付加は,DNA配列についてみれば,6つのヌクレオチドの付加であり,同一部位に6つものヌクレオチドの挿入が自然に起きるとは考えられない。ヒトIgG1の定常領域であるCH1領域中に,Lys,Glyが付加された配列の報告例はない。そこで,本件明細書の配列番号8に接した当業者は,Lys,Glyというアミノ酸が人為的に挿入されたものであるかを確認するために,本件明細書中の他の記載等を参酌する。しかし,本件明細書中には,CH1配 列中にLys,Glyを人為的に挿入したとの記載はない。ヒトIgG1の配列に人為的にアミノ酸を挿入しながら,その旨の記載がないということは想定できない。 また,本件出願日まで見つからなかった特殊なCH1配列を有するヒトIgG1をあえてレシピエント抗体として用いたと理解するのは極めて不自然であり,そのような特殊な配列を用いたにもかかわらず,本件明細書にその点について何ら説明がないのも,不自然である。 (エ) 以上のとおり,本件特許の優先日当時の技術常識に基づいても,ヒトIgG1の定常領域であるCH1配列中に,Lys,Glyという2つのアミノ酸が2個挿入されるバリエーションが天然に存在する 。 (エ) 以上のとおり,本件特許の優先日当時の技術常識に基づいても,ヒトIgG1の定常領域であるCH1配列中に,Lys,Glyという2つのアミノ酸が2個挿入されるバリエーションが天然に存在するとは考えられないこと,調査の結果からも,実際に,そのようなバリエーションは存在しないこと,本件明細書中にはこれが人為的に挿入された等の記載もないこと等の事情を総合するならば,配列表の配列番号8に示すアミノ酸配列において,第125番目のLys及び126番目のGlyは,誤記に基づく挿入であることは明らかである。 そして,本件明細書に接した当業者においても,本件特許の優先日当時の技術常識に照らして,配列番号8のアミノ酸配列に疑いを抱き,125番のLys及び126番のGlyは誤って挿入・記載された誤記であること,そして,配列番号8のアミノ酸配列の全長は451であることを認識すると考えられる。したがって,訂正事項1及び2は,誤記の訂正を目的とするものであるといえる。 エこの点,被告は,カバットらの文献にも,アミノ酸が挿入されている例が記載されているとして,原告の主張は理由がないと主張する。 しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。 すなわち,本件特許の優先日当時,抗体分子の三次元構造は主にアミノ酸配列によって決定されるため,アミノ酸残基の置換・挿入により抗体のアミノ酸配列が変更されれば,抗体が機能するために必要な立体構造が悪影響を受けることが知られており,定常領域におけるアミノ酸残基の置換・挿入について,どのような変異であれば抗体の機能に対する影響が小さく,その機能が維持されるかについては,予 測困難であった。そして,カバットらの文献には,抗体のアミノ酸配列が網羅的に記載されていると理解されていたから,当業者は,カバットらの文献に記載 小さく,その機能が維持されるかについては,予 測困難であった。そして,カバットらの文献には,抗体のアミノ酸配列が網羅的に記載されていると理解されていたから,当業者は,カバットらの文献に記載されていない以上,他の部位にアミノ酸が挿入されている事例がある可能性は極めて低いと理解していた。 仮に,当業者が,カバットらの文献には掲載されていないヒトIgG1のCH1領域の配列であって,既に掲載されている配列にはないアミノ酸残基が挿入されている事例が存在する可能性があると考えたとしても,それは,カバットらの文献の配列の表において,「ギャップ」で示されている部位,すなわち,「アミノ酸残基が挿入されている配列を有する抗体が,他の動物種ではあるにせよ,実際に存在し,機能している」ことが明らかな部位における挿入に限られると考える。カバットらの文献に記載されたヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列で,全長が記載されているものは4つあるが,これらの116番のThr(スレオニン)と117番のLys(リシン)の間(配列番号8の125番と126番のアミノ酸残基の位置に相当)には,ギャップは存在しない。 以上に照らせば,ギャップの存在しない部位にLys,Glyというアミノ酸2残基が挿入された配列番号8に接した当業者は,配列番号8におけるLys,Glyの挿入が,天然に存在するバリエーションや多型であると認識することはなく,誤記であると認識するはずである。 オ前記のとおり,訂正事項1及び2が誤記の訂正を目的とするものであることは明らかであり,本件明細書及び本件特許の優先日当時の技術常識から自明な事項であるから,訂正事項1及び2は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものといえる。同様に,訂正事項1及び2は,実質的に特許請求の範 許の優先日当時の技術常識から自明な事項であるから,訂正事項1及び2は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものといえる。同様に,訂正事項1及び2は,実質的に特許請求の範囲を変更するものではない。 (2) 訂正事項3の許否に係る判断の誤り(取消事由2)以下のとおり,請求項15及び発明の詳細な説明中の「残基60がアスパラギン酸で置換され,」との記載は,「残基60がアスパラギンで置換され,」の誤記で ある。 ア(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には,ヒト化マウス抗体humae11 1型の残基60の置換について,「他の好ましい態様は,配列番号8および9にそれぞれ示すヒト化マウス抗体humae11 1型のFabH鎖アミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列を含む抗体であって,残基60がアスパラギン酸で置換され,残基61がプロリンで置換され,残基67がイソロイシンで置換されていることを特徴とする抗体である。」(特許公報6頁11欄36行~41行)との記載(以下「本件記載部分」という。)があるが,これを除くと,一貫して残基60はアスパラギンで置換されることが記載されており,残基60がアスパラギン酸で置換された例は記載されていない。 本件明細書に記載された具体的実施例の中で,FCEHへの親和性が最も優れている8b型の変異体は,ヒト化マウス抗体humae11 1型のVH領域において,残基60のアラニン(A)がアスパラギン(N)に,残基61のアスパラギン酸(D)がプロリン(P)に,残基67のフェニルアラニン(F)がイソロイシン(I)に置換された変異体である。本件記載部分も,残基60がアスパラギンではなくアスパラギン酸で置換されるとある点を除けば,すべて,最も優れた実施例である8b型の変異体と一致している。 本件明細書 (I)に置換された変異体である。本件記載部分も,残基60がアスパラギンではなくアスパラギン酸で置換されるとある点を除けば,すべて,最も優れた実施例である8b型の変異体と一致している。 本件明細書に接した当業者は,実施例中,最も優れたFCEHへの親和性を有するヒト化マウス抗体humae11変異体は,8b型変異体であると理解する。そして,本件記載部分中のアスパラギン酸についての記載についても疑念を抱き,これを「アスパラギン」と読み替えれば他の記載と符合し,合理的であると考えるはずである。 (イ) 請求項15の記載についても同様に,「アスパラギン酸」を「アスパラギン」と読み替えれば,最も優れた実施例である8b型変異体について特許請求したものとなり,合理的である。 他方,仮に「アスパラギン酸」との記載が正しいとすると,優れた変異体はクレ ームされておらず,実施例にもなく,効果の全く不明な変異体がクレームされている結果となり,著しく不合理である。 イ MAE11変異体において,残基60がアスパラギンで置換されたものが好ましいことは,基礎出願2や本件出願の願書に最初に添付された明細書(甲14)に記載されている。「残基60がアスパラギン酸で置換され」との特許請求の範囲は,平成14年1月23日付けの手続補正により,請求項27として追加された記載であり,同日付けの意見書において,その補正の根拠は表9にあると説明されている。他方,表9には「A60N」との記載しか見当たらない。したがって,仮に誤記でないとした場合には,残基60をアスパラギン酸で置換するとの記載は,願書に添付した明細書の範囲を逸脱する補正に該当することになり,不合理であるから,当業者は,「残基60がアスパラギン酸で置換され」との記載を「残基60がアスパラギンで置換され」の誤記と との記載は,願書に添付した明細書の範囲を逸脱する補正に該当することになり,不合理であるから,当業者は,「残基60がアスパラギン酸で置換され」との記載を「残基60がアスパラギンで置換され」の誤記と理解するのが自然であるといえる。 ウ以上のとおり,本件明細書によれば,請求項15及び本件記載部分中の「残基60がアスパラギン酸で置換され」との記載は「残基60がアスパラギンで置換され」の誤記であると理解される。 また,特許請求の範囲の意味内容を確定する場合には,当該記載の前後の単語・文章,文脈,当該請求項の全体の意味内容との関係で検討すべきであり,本件明細書を参酌すれば,当業者にとって,請求項15における「残基60がアスパラギン酸で置換され」との記載は「残基60がアスパラギンで置換され」の誤記であることが理解できるから,訂正事項3による訂正は,実質上特許請求の範囲を変更するものではない。 2 被告の反論(1) 訂正事項1及び2の許否に係る判断の誤り(取消事由1)に対してア以下のとおり,本件明細書には,配列番号8について,明確かつそれ自体矛盾のない記載がされているから,当該記載は誤記のないものとして,記載のとおり理解されるし,また,本件明細書に接した当業者も,当該記載に誤記があると理解 することはできない。よって,訂正事項1及び2による訂正は,誤記の訂正を目的とするものであるとはいえない。 (ア) 本件明細書には,配列番号8がヒト化マウス抗体humae11 1型のH鎖(重鎖)のアミノ酸配列であることが記載されている。そして,配列番号8のアミノ酸配列と,抗体の構造に関するカバットらの番号付けとを対応させると,配列番号8のアミノ酸番号1~121(カバットらの番号付けで,1~113番)が可変領域(VH領域)に該当し,アミノ酸番号 8のアミノ酸配列と,抗体の構造に関するカバットらの番号付けとを対応させると,配列番号8のアミノ酸番号1~121(カバットらの番号付けで,1~113番)が可変領域(VH領域)に該当し,アミノ酸番号122(カバットらの番号付けで114番)以降がCH1領域を含む定常領域を表す。そして,配列番号8は,上記抗体の定常領域を含む,H鎖のアミノ酸配列を明確に示しており,かつ,CH1領域に位置する125番のLys及び126番のGly(一文字記号ではそれぞれK及びG)が一貫して含まれている。さらに,配列番号8のアミノ酸の数として,上記の125番のLys及び126番のGlyを含むものして,「453」と記載されている。 ヒト化抗体はヒト由来のレシピエント抗体のCDRの残基がドナー抗体のCDRの残基で置換されているものであるが,レシピエント抗体については,本件明細書の実施例4に,「MAE11から残基を選択し,ヒトFab抗体背景中に挿入または置換した(VH領域カバットサブグループIIIおよびVL領域κサブグループⅠ)」ことは記載されているが,そのCH1領域がどのようなアミノ酸配列を有するかについては,何ら記載がない。したがって,実施例4の記載は,配列番号8のアミノ酸配列と矛盾しない。 (イ) カバットらの文献によると,ヒトIgG1抗体である29NIEのCH1領域には,他のヒトIgG1抗体には見られない,カバットらの番号付けで223番のValの挿入が,ヒトIgG1抗体である35SACには,他のヒトIgG1抗体には見られない,カバットらの番号付けで113D番のGlx及び113E番のSerの挿入が見られ,また,ヒトIgG1抗体である37KOLと39LECを比べると,37KOLには39LECに見られない,カバットらの番号付けで2 19番のVal及び220 び113E番のSerの挿入が見られ,また,ヒトIgG1抗体である37KOLと39LECを比べると,37KOLには39LECに見られない,カバットらの番号付けで2 19番のVal及び220番のAspの挿入が見られる。 また,上記のようなCH1領域の両端付近の部分以外にも,例えばマウスIgG1抗体やヒトIgG2抗体のCH1領域の様々な部分に,同様にアミノ酸の挿入が見られる。 このように,抗体の機能に悪影響を与えないアミノ酸の挿入は,ヒトIgG1抗体でも,同様の頻度で起こり得ると考えるべきである。 なお,抗体の機能に悪影響を及ぼさずにアミノ酸残基の置換・挿入ができる部位について,理論的な限定を行うことはできないことから,当業者はそのような部位が「ギャップ」で示されている部位に限られると考えるとはいえない。 イ(ア) 原告は,本件明細書の記載によると,レシピエント抗体のCH1領域のアミノ酸配列は,カバットらの文献に記載されたアミノ酸配列であると理解されると主張するが,以下のとおり,原告の主張は失当である。 抗体のVH領域及びVL領域は,いずれもCH1領域とは別の領域である。また,カバットらの文献は,その当時公知であった,ヒト及びマウス等の動物の抗体について,アミノ酸配列を領域ごとに集め,カバットらの番号付けに基づいてこれらのアミノ酸配列を並べた配列のリストであるが,特定のVH領域及びVL領域のサブグループに基づいて,対応するCH1領域のアミノ酸配列を予測できることを示したものではない。 したがって,本件明細書に,用いられたレシピエント抗体のVH領域はカバットヒトサブグループIII,VL領域はカバットヒトκサブグループIであるとの記載があるとしても,CH1領域等の他の領域で用いられるアミノ酸配列とは無関係であり,上記記載から ト抗体のVH領域はカバットヒトサブグループIII,VL領域はカバットヒトκサブグループIであるとの記載があるとしても,CH1領域等の他の領域で用いられるアミノ酸配列とは無関係であり,上記記載から,レシピエント抗体の定常領域についても,カバットらの文献に記載されているアミノ酸配列が用いられていると理解されるとはいえない。 カバットらの文献は,刊行物に掲載されたアミノ酸配列を集めたものであり,ヒト抗体のアミノ酸配列を網羅的に解析したものではないし,公知のアミノ酸配列をすべて集めたものとも,また同文献に記載されたヒトIgG1のCH1領域 のアミノ酸配列が同領域を代表するものであるとも記載されていない。さらに,ヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列が,カバットらの文献に記載のアミノ酸配列に基づいて一般化できるとも記載されていない。カバットらの文献の著者らは,同文献に未だ掲載されていない未知の抗体が存在することを前提としており,そのような未知の抗体がどの程度存在するかについて,何ら予断は持っていない。 また,カバットらの文献は,アミノ酸配列のリストであり,特定のアミノ酸配列を有する抗体の参照文献は記載されているが,研究者が上記参照文献の抗体を使用しなければならない事情も存在しない。さらに,本件明細書には,レシピエント抗体として用いたヒト抗体を入手した事情については何ら記載がなく,レシピエント抗体がカバットらの文献に記載されたアミノ酸配列とは多少異なる可能性は十分にある。 したがって,カバットらの文献に,4つのIgG1抗体に由来するCH1領域のアミノ酸配列が記載されていたとしても,そのことによって,レシピエント抗体であるヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列がカバットらの文献に記載されたCH1領域のアミノ酸配列と同一であるとはい 領域のアミノ酸配列が記載されていたとしても,そのことによって,レシピエント抗体であるヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列がカバットらの文献に記載されたCH1領域のアミノ酸配列と同一であるとはいえない。 (イ) 原告は,レシピエント抗体のアミノ酸配列は通常の配列であり,本件明細書に接した当業者は,レシピエント抗体であるヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列は,カバットらの文献に記載されたCH1領域のアミノ酸配列と同じであると理解すると主張する。しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。 本件明細書には,レシピエント抗体について,一般的なヒト抗体の配列が用いられた旨の記載はない。 また,カバットらの文献には当時知られていたヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列が全て記載されていると理解されていたとはいえず,同文献に記載された4つのヒトIgG1に由来するCH1領域のアミノ酸配列が同領域を代表するものであるとも,これに基づいてヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列が 一般化できるとも,記載されていない。そのようなことが,本件特許の優先日当時の技術常識に基づいて,当業者に理解されていたともいえない。 本件明細書において,ヒト化抗体について,カバットらの文献記載のアミノ酸配列,あるいは一般的なアミノ酸配列とは異なる配列を用いたことが明記されているのは,VH領域及びVL領域についてのみであるが,これは,VH領域及びVL領域におけるアミノ酸の変異が,抗体の抗原結合能力に影響するためである。これに対し,CH1領域は抗原結合に関与せず,機能的にもVH領域及びVL領域とは異なることから,仮に,使用されたレシピエント抗体のCH1領域のアミノ酸配列が,従来公知のCH1領域のアミノ酸配列と多少相違していたとしても,そのことが明記されないこと にもVH領域及びVL領域とは異なることから,仮に,使用されたレシピエント抗体のCH1領域のアミノ酸配列が,従来公知のCH1領域のアミノ酸配列と多少相違していたとしても,そのことが明記されないことは十分にあり得る。 (ウ) 原告は,当業者は,配列番号8の残基番号とカバットらの残基番号との対応付けを行い,配列番号8のアミノ酸配列は,CH1領域である125番にLysが,126番にGlyが挿入されている点で,カバットらのアミノ酸配列と相違しており,これらの挿入は誤記であると認識すると主張する。しかし,この主張も失当である。 ヒト由来のレシピエント抗体と非ヒト由来のドナー抗体について,カバットらの残基番号を用いた対応付けが行われる理由は,レシピエント抗体のCDR中のアミノ酸残基をドナー抗体のCDR中のアミノ酸残基で置換するのに必要であるからである。他方,抗体のヒト化において,アミノ酸残基の置換等,アミノ酸残基の修飾が行われない定常領域については,このような対応付けをする必要性がない。したがって,当業者が,定常領域について,配列番号8の残基番号とカバットらの残基番号との対応付けを行うとはいえない。 ウまた,訂正事項2は,「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」したものとはいえない。さらに,本件発明に係る特許請求の範囲は,配列番号8を特定事項として含むものであり,訂正事項2により配列が変化すると,実質的に特許請求の範囲を変更するものとなる。よって,訂正事項2は,平 成6年改正前特許法126条1項及び2項の規定に適合せず,したがって,訂正事項1もこれらの規定に適合しない。 (2) 訂正事項3の許否に係る判断の誤り(取消事由2)に対してア本件明細書には,「残基60がアスパラギン酸で置換され」ていることに関し したがって,訂正事項1もこれらの規定に適合しない。 (2) 訂正事項3の許否に係る判断の誤り(取消事由2)に対してア本件明細書には,「残基60がアスパラギン酸で置換され」ていることに関し,明確かつそれ自体矛盾のない記載がなされているから,当該記載は誤記のないものとして,記載のとおり理解すべきである。 イ明細書には様々な実施の態様が記載されるのが通例であり,実施例である8b型変異体と,本件記載部分の「他の好ましい態様」の記載振りが異なるからといって,何ら不自然な点はなく,誤記であるとする根拠となり得ない。 本件明細書では,実施例である表9の8b型については,一つの好ましい態様として言及され,それに続いて,「他の好ましい態様は,・・・(略)・・・残基60がアスパラギン酸で置換され,残基61がプロリンで置換され,残基67がイソロイシンで置換されていることを特徴とする抗体である。」(本件記載部分)との記載がある。仮に,本件記載部分中の「残基60がアスパラギン酸で置換され」が「残基60がアスパラギンで置換され」の誤記であるとするならば,「一つの好ましい態様」と「他の好ましい態様」は,全く同じ内容を繰り返して記載していることとなる。当業者であれば,「一つの好ましい態様」と「他の好ましい態様」として,同じ内容が繰り返されているとは解釈せず,かえって本件記載部分に記載のとおり,残基60はアスパラギン酸であると理解する方が自然である。 さらに,仮に誤記があるとしても,実施例である8b型変異体の「アスパラギン」の記載が誤っているのか,「他の好ましい態様」における「アスパラギン酸」の記載が誤っているのか,本件明細書の記載事項からは判断できない。 ウ請求項15に,最も優れた実施例である8b型変異体が記載されていないとしても,以下のとおり, い態様」における「アスパラギン酸」の記載が誤っているのか,本件明細書の記載事項からは判断できない。 ウ請求項15に,最も優れた実施例である8b型変異体が記載されていないとしても,以下のとおり,その点は誤記の根拠とはならない。 特許請求の範囲にいかなる発明を記載するかは,出願人に委ねられているのであり,効果が優れているか否かにかかわらず,実施例を特許請求の範囲に記載しなく とも,不自然ではない。また,特許請求の範囲の請求項14には,既に8b型変異体が記載されている。さらに,本件明細書中には,「他の好ましい態様」として,残基60をアスパラギン酸で置換することが記載されているのであるから,このような置換も効果があると解するのが自然であり,これを請求項15として記載したとしても,不自然ではない。 エ以上のとおり,訂正事項3による訂正は,誤記の訂正を目的とするものであるとはいえない。 さらに,特許請求の範囲の請求項15において「残基60がアスパラギン酸で置換され」という記載は,それ自体はきわめて明瞭であり,本件明細書中の他の項の記載等を参酌しなければ理解し得ない性質のものではなく,また,本件明細書からは,アスパラギン酸とアスパラギンのどちらが正しい記載か不明であって,当業者であれば,それが誤記であることに気付いて「アスパラギン」の趣旨に理解するのが当然であるとはいえない。したがって,訂正事項3は,実質上特許請求の範囲を変更するものである。 第4 当裁判所の判断当裁判所は,訂正事項1及び2による訂正は,平成6年改正前特許法126条1項,2項に反するものではないと判断するが,訂正事項3による訂正は,同条同項に反するものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 1 認定事実(1) 特許請求の範囲及び発明の詳細な説明欄 項,2項に反するものではないと判断するが,訂正事項3による訂正は,同条同項に反するものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 1 認定事実(1) 特許請求の範囲及び発明の詳細な説明欄の記載本件明細書には,以下の記載があり,表9の一部は別紙表9のとおりである(甲25)。 「【請求項14】ヒト化マウス抗体humae11 1型,2型,3型,4型,5型,6型,7型,7a型,8型,8a型,8b型または9型のFabH鎖およびL鎖配列を含む抗体であって,その際,該humae11 1型は配列番号8および9にそれぞれ示すH鎖アミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列を有し,該humae11 2型~ 9型は該humae11 1型が有するH鎖アミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列に対してさらに以下の修飾を有することを特徴とする抗体:(a)humae11 2型についてはVL中にL4MおよびM33L;(b)humae11 3型についてはVL中にE55GおよびG57E;(c)humae11 4型についてはVH中に137V;(d)humae11 5型についてはVH中にV24A;(e)humae11 6型についてはVH中にF78L;(f)humae11 7型についてはVL中にL4M,R24K,E55G,およびG57E,およびVH中にV24A,I37V,T57S,A60N,D61P,V63L,G65NおよびF78L;(g)humae11 7a型についてはVL中にL4M,R24K,E55GおよびG57E,およびVH中にV24A,I37V,T57S,A60N,D61P,V63LおよびG65N;(h)humae11 8型についてはVH中にA60NおよびD61P;(i)humae11 8a型についてはVH中にA60N,D61P,V63L S,A60N,D61P,V63LおよびG65N;(h)humae11 8型についてはVH中にA60NおよびD61P;(i)humae11 8a型についてはVH中にA60N,D61P,V63LおよびF67I;(j)humae11 8b型についてはVH中にA60N,D61PおよびF67I;(k)humae11 9型についてはVL中にA13V,V19A,V58I,L78VおよびV104L,およびVH中にV48M,A49G,A60N,V63L,F67I,I69V,M82LおよびL82cA(上記定義において抗体中のアミノ酸残基の番号付けはカバットらの番号付けに基づくものである)。」(特許公報2頁3欄35行~4欄13行(以下,当該箇所が記載された特許公報の頁等のみで特定する。))「【発明の詳細な説明】発明の背景 この発明は,アミノ酸配列変異体抗IgE抗体およびIgE配列を含有するポリペプチドに関し,とりわけIgEアンタゴニストおよびFcεR ⅠおよびFcεR IIに対して識別結合が可能なポリペプチドに関する。」(3頁6欄10行~15行)「ヒト化抗体とは,非ヒト免疫グロブリンに由来する配列を最小しか含まない免疫グロブリン,免疫グロブリン鎖またはそのフラグメント(Fv,Fab,Fab',F(ab')2または抗体の他の抗原結合配列など)である。大部分においてヒト化抗体はヒト免疫グロブリン(レシピエント抗体)であり,レシピエントの相補性決定部位(CDR)からの残基が所望の特異性,親和性および能力を有するマウス,ラットやウサギなどの非ヒト種(ドナー抗体)のCDRからの残基で置換されているものである。」(3頁6欄48行~4頁7欄7行)「本明細書に用いる免疫グロブリン残基番号はカバット(Kabat)ら(Sequen ウサギなどの非ヒト種(ドナー抗体)のCDRからの残基で置換されているものである。」(3頁6欄48行~4頁7欄7行)「本明細書に用いる免疫グロブリン残基番号はカバット(Kabat)ら(SequencesofProteinsofImmunologicalInterest(国立衛生研究所(NationalInstitutesofHealth),ベセスダ,メリーランド州,1987))のものであることに注意すべきである。」(4頁7欄47行~8欄1行)「一つの好ましい態様は,ヒト化マウス抗体humae11 1型,2型,3型,4型,5型,6型,7型,7a型,8型,8a型,8b型または9型のFabH鎖およびL鎖配列を含む抗体であって,その際,該humae11 1型は配列番号8および9にそれぞれ示すH鎖アミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列を有し,該humae 11 2型~9型は,下記表9に示すように,該humae11 1型が有するH鎖アミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列に対してさらに以下の修飾を有することを特徴とする抗体である:(略)(h)humae11 8型についてはVH中にA60NおよびD61P;(i)humae11 8a型についてはVH中にA60N,D61P,V63LおよびF67I; (j)humae11 8b型についてはVH中にA60N,D61PおよびF67I;(略)(上記定義において抗体中のアミノ酸残基の番号付けはカバットらの番号付けに基づくものである。)他の好ましい態様は,配列番号8および9にそれぞれ示すヒト化マウス抗体humae11 1型のFabH鎖アミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列を含む抗体であって,残基60がアスパラギン酸で置換され,残基61がプロリンで置換され,残基67がイソロイシン すヒト化マウス抗体humae11 1型のFabH鎖アミノ酸配列およびL鎖アミノ酸配列を含む抗体であって,残基60がアスパラギン酸で置換され,残基61がプロリンで置換され,残基67がイソロイシンで置換されていることを特徴とする抗体である。」(6頁11欄6行~41行)「図3は,humae11 1型のH鎖およびL鎖配列(SEQ.ID.8および9)を示す。」(6頁12欄30行~31行)「変異体抗huIgE抗体まずFCELには結合することができるがFCEHには結合することのできない一群のマウスモノクローナル抗体を得ることにより,変異体抗huIgE抗体を製造した。そのような8つのマウスモノクローナル抗体(MAE10,MAE11,MAE12,MAE13,MAE14,MAE15,MAE16,およびMAE17と称する)を,ヒトIgEまたはhuIgEの残基315-547からなるポリペプチドでマウスを免疫し抗IgE活性についてスクリーニングすることを含む通常の方法により得た。」(19頁37欄1行~38欄4行)「IgE-一価に加え,他の態様において,最大の比率のヒト配列を含有するように(必要なまたは所望の活性の保持と同程度に)抗体を修飾する,すなわち,キメラに変換すなわちヒト化する。両方の場合において,機能的な効果は,マウスまたは他のドナー抗体の抗IgE結合能をヒト背景中に導入してできるだけ非免疫原性にすることである。キメラの作製および抗体のヒト化のための一般的な方法が知られている(上記のように)。最小量の非ヒト抗体配列をレシピエントのヒト抗体 中に置換する。一般に,非ヒト残基をレシピエントのヒト抗体のVH,VL,VH-VL境界またはフレームワーク中に置換する。」(20頁40欄18~29行)「MAE11抗体が有する特性は治療用に使用 中に置換する。一般に,非ヒト残基をレシピエントのヒト抗体のVH,VL,VH-VL境界またはフレームワーク中に置換する。」(20頁40欄18~29行)「MAE11抗体が有する特性は治療用に使用するのに好ましかった。(略)レシピエント抗体はカバットヒトκ(L)サブグループIおよびヒトサブグループIII H鎖であったが,他のいずれのヒト抗体も好適に用いることができる。」(20頁40欄44行~21頁41欄3行)「位置VH-60は,アスパラギンで置換するのが最も好ましいが,グルタミン,ヒスチジン,リシン,アルギニンまたは該抗体の特性が改良される他のいずれかの残基による置換もまたこの発明の範囲に包含される。 位置VH-61は,プロリンで置換するのが最も好ましいが,グリシン,アラリン,バリン,ロイシン,イソロイシンまたは該抗体の特性が改良される他のいずれかの残基もまた適している。」(21頁41欄37行~44行)「実施例4ヒト化MAE11の調製MAE11から残基を選択し,ヒトFab抗体背景中に挿入または置換した(VH領域カバットサブグループIIIおよびVL領域κサブグループI)。第一の型,humae11v1または1型を表8に記載する。」(35頁70欄28行~33行)「1型の親和性をアッセイしたところ,ドナー抗体MAE11の親和性に比べて約100倍低いことが分かった(図4aおよび4b参照)。それゆえ,表9に示すように,1型の配列においてさらに修飾を行った。」(37頁73欄下から16行~下から13行)「表9および図4aおよび4bから明らかなように,変異体8(L鎖中(判決注:「H鎖中」の誤記と解される。)の部位60及び61において変異体1のヒト残基がMAE11の対応物で置換されている)が実質的に増大した親和性を示した。 変異体8a かなように,変異体8(L鎖中(判決注:「H鎖中」の誤記と解される。)の部位60及び61において変異体1のヒト残基がMAE11の対応物で置換されている)が実質的に増大した親和性を示した。 変異体8aおよび8b(1または2のマウス残基がヒト残基を置換している)において親和性のさらなる増大が認められる。」(39頁77欄下から7行~下から2 行)特許公報50頁から53頁にかけて,配列番号8として,冒頭に「配列の長さ:453アミノ酸」と記載された上で,3文字表記により合計453のアミノ酸配列が記載され,その下に,1から453まで5毎に番号が付されている。なお,125番から128番までのアミノ酸配列は「LysGlyLysGly」である。 特許公報63頁に記載された図3は,「ヒト化MaE11 1型(完全IgG)」という表題が付され,「H鎖」として合計453のアミノ酸配列が1文字表記により記載されている。その125番から128番までのアミノ酸配列は「KGKG」であり,上記の配列番号8の125番から128番までのアミノ酸配列と同じである。 (2) カバットらの文献カバットらの文献は,カバットらが収集した,免疫グロブリンのシグナル領域,可変領域及び定常領域のアミノ酸配列を領域ごとに一覧化したものである。甲18は,1991年(平成3年)に発行されたカバットらの文献の第5版であり,発行時までに公表されたデータが収集され,一覧化されている。カバットらの文献では,各免疫グロブリンのアミノ酸配列を,同じ領域の同じアミノ酸配列ができるだけ並ぶように位置合わせを行い,ギャップを挿入することにより,対応するアミノ酸残基に共通の番号を付す方法による整理がされている。(甲18,30,乙2)カバットらの番号付けでは,H鎖の可変領域(VH領域 うに位置合わせを行い,ギャップを挿入することにより,対応するアミノ酸残基に共通の番号を付す方法による整理がされている。(甲18,30,乙2)カバットらの番号付けでは,H鎖の可変領域(VH領域)のアミノ酸配列には0から113の番号が,CH1領域のアミノ酸配列には113Aから223Cの番号が付されている。カバットらの文献(第5版)によると,同文献が発行された当時,ヒトIgG1のうち,H鎖のCH1領域の全長についてアミノ酸配列が解明されているのは,28EU,29NIE,36HUMANIGG1’CL,37KOLの4つ(以下「抗体EU等」という。)であった。また,35SAC, 38MCG,39LEC,40DOSについては,CH1領域の一部(アミノ酸配列が10未満)だけが解明されていた。上記の全長が解明されている4つの抗体EU等では,114番から223番(ただし150番及び222番を除く。)についてのアミノ酸配列が一致しており,150番についてはGlu又はGlnのいずれかであり,また222番についてはArg又はLysのいずれかであった。 (甲18,乙2) 2 訂正事項1及び2の許否に係る判断の誤り(取消事由1)について(1) 「配列表の配列番号8に示すアミノ酸配列において,125番のLys及び126番のGlyは,誤記に基づく挿入と認定できるか否か」についてア(ア) 本件明細書の記載によると,本件発明は,抗IgE抗体であるヒト化マウス抗体humae11 1型にさらに修飾を加えた抗体に関する発明であり,ヒト化マウス抗体humae11 1型のH鎖のアミノ酸配列が配列番号8で特定されている。本件発明におけるヒト化マウス抗体は,ヒト化マウス抗体humae11 1型のH鎖のアミノ酸残基60,61及び67を所定のアミノ酸残基に置換した抗体 型のH鎖のアミノ酸配列が配列番号8で特定されている。本件発明におけるヒト化マウス抗体は,ヒト化マウス抗体humae11 1型のH鎖のアミノ酸残基60,61及び67を所定のアミノ酸残基に置換した抗体である。この置換されるアミノ酸残基の番号(60,61及び67)は,カバットらの番号付けに基づくものであることが,特許請求の範囲に記載されている。 (イ) 抗体は,H鎖(重鎖)とL鎖(軽鎖)から構成されており,それぞれ可変領域(V領域)と定常領域(C領域)から成る。可変領域の中の超可変領域(相補性決定部位,CDR)は抗原結合部位を形成し,抗原特異性に応じて配列が異なっている。これに対し,定常領域は,抗原との結合には関与しない。ヒトIgG1抗体では,H鎖は,N末端から約110のアミノ酸からなる可変領域と,それぞれ約110のアミノ酸からなるCH1,CH2及びCH3の定常領域からなる。(甲17,28)ヒト化抗体は,ヒト免疫グロブリン(レシピエント抗体)のCDRからの残基が所望の特異性,親和性及び能力を有するマウス等の非ヒト種(ドナー抗体)のCDRからの残基で置換される。ヒト化抗体がヒトの体内で抗原として認識されない ためには,非ヒト抗体からの残基での置換は最小限とするのが望ましい。また,本件明細書には,定常領域について何らかの置換,挿入等を行った旨の記載はない。 そうすると,配列番号8に示された,ヒト化マウス抗体humae11 1型のH鎖のアミノ酸配列は,マウス抗体(ドナー抗体)からの残基で置換されているのは,抗原分子と結合するCDRに限られ,抗原分子との結合に関与しない定常領域については,ヒト免疫グロブリン由来のものであると認定するのが合理的である。 (甲27,29)(ウ) ヒト化マウス抗体humae11 1型はマウスモノクローナ 抗原分子との結合に関与しない定常領域については,ヒト免疫グロブリン由来のものであると認定するのが合理的である。 (甲27,29)(ウ) ヒト化マウス抗体humae11 1型はマウスモノクローナル抗体MAE11に由来するものであり,本件明細書の表5「マウス抗HuIgEmab特性の概要」(26頁)によると,MAE11型のアイソタイプはIgG1である。そして,MAE11をヒト化する場合,マウス抗体と同じタイプのレシピエント抗体を使用するのが普通であり,本件発明では,レシピエント抗体としてヒトのIgG1を使用したと認められる。 イ(ア) 前記のとおり,本件発明は,ヒト化マウス抗体humae11 1型のH鎖のアミノ酸配列のうち,カバットらの番号付けで番号60,61及び67のアミノ酸残基を所定のアミノ酸残基に置換したものであり,配列番号8で示されたアミノ酸配列のうち,カバットらの番号付けで番号60,61及び67のアミノ酸残基を置換することとなる。配列番号8のアミノ酸配列に付された番号はカバットらの番号付けとは異なるため,カバットらの番号付けで番号60,61及び67が配列番号8のどの残基に該当するのかを確認するには,配列番号8のアミノ酸配列にカバットらの番号付けを対応させる必要が生じ,本件明細書に接した当業者は,配列番号8のアミノ酸配列に,ヒトIgG1のH鎖のカバットらの番号付けを対応させる。 前記のとおり,カバットらの文献によると,ヒトIgG1の抗体EU等は,CH1領域の114番から223番(ただし150番及び222番を除く。)についてのアミノ酸配列が同一であり,配列番号8のアミノ酸配列と,カバットらの 文献に記載されたヒトIgG1のH鎖の番号付けとを対比すると,配列番号8のCH1領域のアミノ酸配列は,125番にLys,126番 酸配列が同一であり,配列番号8のアミノ酸配列と,カバットらの 文献に記載されたヒトIgG1のH鎖の番号付けとを対比すると,配列番号8のCH1領域のアミノ酸配列は,125番にLys,126番にGlyが挿入されている点,すなわち,カバットらの番号付けで117番のLys,118番Glyの後に,さらに「Lys,Gly」が挿入されている点で,カバットらの文献に記載されたCH1領域のアミノ酸配列と齟齬することが理解できる。 (イ) この点,被告は,アミノ酸残基の修飾が行われない定常領域については,カバットらの残基番号との対比をする必要はないから,定常領域については,配列番号8の残基番号とカバットらの残基番号の対比が当然行われるわけではない旨主張する。 しかし,カバットらの文献には,ヒトIgG1のH鎖の可変領域及び定常領域のアミノ酸配列が通し番号で番号付けされて記載されていること,特許請求の範囲にも「(抗体中のアミノ酸残基の番号付けはカバットらの番号付けに基づく)」と特記されていることに照らすならば,本件明細書に接した当業者は,カバットらの文献から,ヒトIgG1のH鎖のアミノ酸配列のデータを,可変領域及び定常領域の両方を含めて取得し,修飾が行われる部位がどこであるかにかかわらず,配列番号8のアミノ酸配列とヒトIgG1のH鎖のアミノ酸配列全体とを対比するものと解される。 ウそこで,カバットらの文献との対比結果等を考慮するなど総合的な観点から,配列番号8の125番のLys及び126番のGlyの記載が誤記によるものといえるかどうかについて検討する。 (ア) 本件明細書に接した当業者は,配列番号8のCH1領域のアミノ酸配列が125番にLys,126番にGlyが挿入されている点でカバットらの文献におけるヒトIgG1の配列と異なった記載がさ 。 (ア) 本件明細書に接した当業者は,配列番号8のCH1領域のアミノ酸配列が125番にLys,126番にGlyが挿入されている点でカバットらの文献におけるヒトIgG1の配列と異なった記載がされているのは,誤記によるものであると認識すると認められる。その理由は,以下のとおりである。 カバットらの文献は,当業者にとって,抗体のアミノ酸配列に関する不可欠な情報を提供する基礎的資料であった(甲27,30)。そして,カバットらの文献は, 同文献が発行されるまでに収集された抗体のアミノ酸配列の情報が全て掲載されているものであり,1991年(平成3年)にその第5版が発行されていることから(甲18,乙2),本件出願時である平成4年8月当時,当業者は,それまでに判明した抗体のアミノ酸配列は,基本的には,カバットらの文献に記載されていると認識していたと認められる。 抗体のヒト化は,ヒトに投与した場合の抗原性を低減するために行われるものであり,背景となるヒト抗体は一般的な配列のものを使用するのが望ましいと考えられること,及び,本件明細書には,レシピエント抗体として特別な抗体を使用した旨は何ら記載がされていないことからすると,レシピエント抗体として使用されたのは,一般的な抗体(本件発明では一般的なヒトIgG1)であると理解できる。 そして,前記のとおり,カバットらの文献によると,CH1領域全長についてアミノ酸配列が判明しているヒトIgG1である抗体EU等のCH1領域は,カバットらの番号付けで114番から223番(ただし150番及び222番を除く。)のアミノ酸配列が一致しており,150番はGlu又はGln,222番はArg又はLysのいずれかであって,高い同一性を保持していることに照らすならば,当業者は,これが一般的なヒトIgG1のCH1領域の配 ミノ酸配列が一致しており,150番はGlu又はGln,222番はArg又はLysのいずれかであって,高い同一性を保持していることに照らすならば,当業者は,これが一般的なヒトIgG1のCH1領域の配列であると理解し,本件発明で使用されたレシピエント抗体であるヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列も,これと同じであると認識すると認められる。そして,前記のとおり,抗原分子との結合に関与しない定常領域については,ヒト免疫グロブリン由来のものであると認められることから,当業者は,ヒト化マウス抗体humae 11 1型のCH1領域のアミノ酸配列も,カバットらの文献に記載された上記のCH1領域の配列と同じであると理解するものと認められる。 上記のような事実を踏まえて,本件明細書の配列番号8のCH1領域を見ると,125番にLys,126番にGlyが挿入されている点でカバットらの文献におけるヒトIgG1の配列と齟齬しているのであるから,本件明細書に接した当業者は,配列番号8の125番のLys,126番のGlyは誤って挿入記載さ れたものであると合理的に理解するものと認められる。 (イ) この点について,被告は,①本件明細書の配列番号8はH鎖のアミノ酸配列を明確に示していること,②カバットらの文献には,当時知られていたヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列の全てが記載されていると理解されていたとはいえず,同文献に記載された4つのヒトIgG1に由来するCH1領域のアミノ酸配列が同領域を代表するものである等の記載もないこと,カバットらの文献は,未知の抗体が存在することが前提となっていること,③カバットらの文献には,他の抗体にはないアミノ酸の挿入が見られる抗体の例も記載されていること,④CH1領域は抗原結合には関与しないことから,使用されたレシピエント 在することが前提となっていること,③カバットらの文献には,他の抗体にはないアミノ酸の挿入が見られる抗体の例も記載されていること,④CH1領域は抗原結合には関与しないことから,使用されたレシピエント抗体のCH1領域のアミノ酸配列が公知のものと多少相違していたとしても,そのことが明記されないことはあり得ることなどから,配列番号8のCH1領域とカバットらの文献に記載されたヒトIgG1のCH1領域とに相違があるとしても,当業者が,その相違点を直ちに誤記と認識するとはいえないと主張する。 しかし,被告の主張は,以下のとおり採用できない。 すなわち,本件発明に係る特許請求の範囲には,「(抗体中のアミノ酸残基の番号付けはカバットらの番号付けに基づく)」と記載され,また,本件明細書においても,免疫グロブリン残基番号は,可変領域,定常領域を含め,カバットらの番号付けに基づいて記載されており,レシピエント抗体の可変領域がVH領域カバットサブグループIII及びVL領域κサブグループIであるとの記載があることから,本件明細書に接した当業者は,通常,本件明細書において,本件発明はカバットらの文献を基礎として説明されていると認識し,これを理解するためにカバットらの文献を参照し,対比すると解される。 確かに,カバットらの文献は,同文献が発行されるまでに公表されたアミノ酸配列のデータが収集されたものであるから,同文献に掲載されていない未知の抗体の存在する余地があり得ないではない。しかし,本件出願がされたのがカバットらの文献の第5版が発行された平成3年の翌年である平成4年8月であることからする と,カバットらの文献の第5版が発行された後本件出願までの間に,当業者の理解において,新たに抗体ないしアミノ酸配列が発見されたと想定することは考え難く,当業者は,本件 月であることからする と,カバットらの文献の第5版が発行された後本件出願までの間に,当業者の理解において,新たに抗体ないしアミノ酸配列が発見されたと想定することは考え難く,当業者は,本件出願時において公知となっているヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列は,カバットらの文献に記載されていると認識すると認められる。また,カバットらの文献には,H鎖のCH1領域の全長についてアミノ酸配列が解明されているヒトIgG1として抗体EU等しか記載されていないが,前記のとおり,これらは高い同一性を有することに照らすならば,当業者は,この配列が,ヒトIgG1のCH1領域のアミノ酸配列を代表する配列であると認識するものと解される。もとより,本件明細書には,本件発明に用いられたレシピエント抗体がカバットらの文献に記載された抗体のバリエーションであるとの記載はない。 また,確かに,CH1領域は抗原結合には関与しない。しかし,定常領域であっても,アミノ酸残基の置換,挿入によって,その立体構造が変化し,抗体の機能に影響を与える可能性があることに照らすならば(甲32),仮に,定常領域において,使用されたレシピエント抗体のアミノ酸配列が公知のものと相違していた場合に,定常領域であるとの理由により,その点の説明が省略されるとは考えにくい。 さらに,確かに,カバットらの文献には,他の抗体にはないアミノ酸の挿入が見られる抗体の例が記載されていることを考慮すると,公知のアミノ酸配列にアミノ酸の挿入された未知の抗体が存在する余地は否定できない。しかし,本件発明はカバットらの文献を基礎として説明されたものであることからすると,カバットらの文献に記載されていない抗体を使用したにもかかわらず,あえて本件明細書にその点に関する説明記載を省略したものと解することは困難である。 文献を基礎として説明されたものであることからすると,カバットらの文献に記載されていない抗体を使用したにもかかわらず,あえて本件明細書にその点に関する説明記載を省略したものと解することは困難である。 以上を総合すれば,本件明細書に接した当業者は,本件発明に用いられたレシピエント抗体のCH1領域のアミノ酸配列も,これを使用したヒト化マウス抗体humae11 1型のCH1領域のアミノ酸配列も,カバットらの文献に記載された抗体EU等のアミノ酸配列と同じであると認識すると認められ,この点の被告の主張は採用できない。 (2) 小括そうすると,本件明細書に接した当業者は,配列番号8のアミノ酸配列にカバットらの番号付けを対応させ,配列番号8のアミノ酸配列が,125番にLys,126番にGlyが挿入されている点で,カバットらの文献におけるヒトIgG1の配列と齟齬があると認識し,この2つのアミノ酸は誤って挿入されたものであり,これらの挿入のない配列が正しい配列であると認識すると認められる。したがって,訂正事項2は,誤記の訂正を目的としたものと認められる。 そして,配列番号8のアミノ酸配列から125番のLys,126番のGlyを削除したアミノ酸配列は,当業者において,Lys,Glyの挿入のない配列が正しい配列であると認識すると認められる以上,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲を超えるものとはいえないと解して差し支えない。また,配列番号8のアミノ酸配列は請求項15における発明の構成の一部であるが,訂正事項2による訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。 上記訂正事項2に係る削除に伴って,配列表における配列の長さについて「453」と記載したものを「451」とする訂正も,同様に,誤記の訂正を目的 質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。 上記訂正事項2に係る削除に伴って,配列表における配列の長さについて「453」と記載したものを「451」とする訂正も,同様に,誤記の訂正を目的としたものと認められ,明細書又は図面に記載した事項の範囲を超えるものとはいえず,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものでもない。 よって,これらの点に関する審決の判断には誤りがある。 3 訂正事項3の許否に係る判断の誤り(取消事由2)について(1) 「『アスパラギン酸』は『アスパラギン』の誤記と認定できるか否か」について原告は,「残基60がアスパラギン酸で置換され」を「残基60がアスパラギンで置換され」とする訂正につき,「アスパラギン酸」が誤記である根拠として,以下のとおり主張する。しかし,以下のとおり,原告の主張は,採用の限りでない。 アまず,原告は,本件明細書中には,2か所を除いて,一貫して残基60はアスパラギンで置換されることが記載されていると主張する。 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,請求項15では「残基60がアスパラギン酸で置換され,残基61がプロリンで置換され,残基67がイソロイシンで置換されている」と記載されており,発明の詳細な説明中の本件記載部分においても,「他の好ましい態様」として「残基60がアスパラギン酸で置換され,残基61がプロリンで置換され,残基67がイソロイシンで置換されている」と記載されている。また,「請求項15の記載」と「本件記載部分」とは,3か所のアミノ酸置換の内容において,相矛盾する点は存在せず,技術常識を前提としても,不自然,不合理な点はない。 したがって,本件明細書中の他の記載部分では,残基60の置換が一貫してアスパラギンであること ミノ酸置換の内容において,相矛盾する点は存在せず,技術常識を前提としても,不自然,不合理な点はない。 したがって,本件明細書中の他の記載部分では,残基60の置換が一貫してアスパラギンであることを理由として,上記2か所の「アスパラギン酸」が「アスパラギン」の誤記であると認定することはできない。 イ次に,原告は,「発明の詳細な説明」では,残基60がアスパラギンで置換された変異体8bが抗原への親和性において最も優れている実施例として記載されており,最も優れた変異体8bについて特許請求するのが自然であるから,請求項15は8b型変異体を特許請求したものとして合理的に理解できると主張する。 しかし,この点の原告の主張も,理由がない。 すなわち,前記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,「一つの好ましい態様」としてヒト化マウス抗体humae11 8b型のFabH鎖及びL鎖配列を含む抗体が挙げられており,humae11 8b型はhumae11 1型が有するH鎖アミノ酸配列のVHにA60N,D61P及びF67Iの修飾を有すること,すなわちVHのうちカバットらの番号付けで60番の残基をアスパラギンに,61番の残基をプロリンに,67番の残基をイソロイシンに置換したものであることが記載されている(6頁11欄6行~35行)。そして,これに続けて,「他の好ましい態様」として,ヒト化マウス抗体humae11 1型の残基60がアスパラギン酸により,残基61がプロリンにより,残基67がイソロイシンにより,それぞれ置換された抗体が記載されている(6頁11欄36行~41行。本件記載部分)。また, VHの60番は,アスパラギンで置換するのが最も好ましいが,他の残基で置換することも可能である旨の記載もある(21頁41欄37行~40行)。 以上によ 行~41行。本件記載部分)。また, VHの60番は,アスパラギンで置換するのが最も好ましいが,他の残基で置換することも可能である旨の記載もある(21頁41欄37行~40行)。 以上によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,最も優れた実施例であるヒト化マウス抗体humae11 1型の変異体8bが,「一つの好ましい態様」の一つとして挙げられており,それに続けて,変異体8bとは異なる,残基60をアスパラギン酸に置換した抗体が,「他の好ましい態様」として記載されていると合理的に理解することができる。仮に,「他の好ましい態様」の記載のうち,「残基60がアスパラギン酸で置換され」が「残基60がアスパラギンで置換され」の誤りであるとすると,「他の好ましい態様」として記載されている抗体は,「一つの好ましい態様」に記載された変異体8bと同一となり,そのように解することは不合理であるといえる。 また,請求項14の(j)は,humae11 1型が有するH鎖アミノ酸配列のVHにA60N,D61P及びF67Iの修飾を有するヒト化マウス抗体humae118b型を,発明の対象となる抗体として定めている。一方,本件発明に係る請求項15の記載内容は前記第2,2のとおりである。したがって,最も優れた実施例であるヒト化マウス抗体humae11 1型の変異体8bは,請求項14における抗体として特許請求されており,請求項15は,発明の詳細な説明で「他の好ましい態様」として記載されている「残基60がアスパラギン酸で置換され」た抗体について特許請求したものと解され,このように解することに不合理な点はない。仮に,請求項15における「残基60がアスパラギン酸で置換され」が「残基60がアスパラギンで置換され」の誤りであるとすると,請求項15は請求項14において特許請 ように解することに不合理な点はない。仮に,請求項15における「残基60がアスパラギン酸で置換され」が「残基60がアスパラギンで置換され」の誤りであるとすると,請求項15は請求項14において特許請求した変異体8bを重複して特許請求することになり,不自然である。 もっとも,本件明細書には,humae11 1型のH鎖アミノ酸配列の残基60をアスパラギン酸で置換した実施例は記載されていないが,実施例の記載がない点が,前記の認定を左右するものとはいえない。 ウさらに,原告は,請求項15における「残基60がアスパラギン酸で置換さ れ」との構成は,国際出願の際の明細書には存在せず,平成14年1月23日付けの手続補正により追加されたものであるが,同日付けの意見書では,その補正の根拠は表9にあると説明され,表9には「A60N」との記載しか存在していないことを,「アスパラギン酸」との記載が誤記である理由として主張する。 しかし,「アスパラギン酸」との記載の補正の経緯から直ちに,同記載が誤記であると認定することは到底できない。 (2) 小括以上のとおり,請求項15及び本件記載部分中の「残基60がアスパラギン酸で置換され」が「残基60がアスパラギンで置換され」の誤記であると認定することはできない。また,当業者が,技術常識に照らして,これを誤記と認識するとは認められないことから,訂正事項3に係る訂正により,請求項15に係るアミノ酸は技術的に異なるアミノ酸となり,さらに,この訂正は,実質的に請求項15に係る特許請求の範囲を変更するものとなる。 よって,訂正事項3が許されないとした審決の判断に誤りはない。 4 結論以上のとおり,訂正事項3に関する審決の判断に誤りはないから,審決が取り消されるべきであるとする原告の主張は理由がないこ よって,訂正事項3が許されないとした審決の判断に誤りはない。 4 結論以上のとおり,訂正事項3に関する審決の判断に誤りはないから,審決が取り消されるべきであるとする原告の主張は理由がないことになる。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第1部 裁判長裁判官飯村敏明 裁判官八木貴美子 裁判官小田真治 別紙
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