28,441 文字
平成14年5月10日平成10年(ワ)第4276号損害賠償請求事件 主文 1 被告は,原告Bに対し,金110万円及び平成10年5月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。2 原告らのその余の請求を棄却する。3 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余は原告らの負担とする。4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。事実及び理由 第1 請求被告は,原告Aに対し金3805万2704円,原告Bに対し金3709万1714円並びに前記各金員に対する平成8年10月12日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。第2 事案の概要 1 本件は,胎児仮死で出生し,約2年6ヶ月後に脳性麻痺を原因とする痙攣重積で死亡した女児の両親が,女児の脳性麻痺ないし死亡は,被告の従業員である担当産婦人科医及び助産婦の診療行為上の過失によるものであり,また,分娩誘発の説明義務を尽くさなかったとして,診療契約の債務不履行に基づく損害賠償を請求した事案である。2 前提事実等(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)(1) 当事者等亡Cは,平成6年4月13日,原告A及び原告Bの子として出生した。Cは,平成8年10月12日に死亡した(甲1)。被告は,被告病院を経営している。D医師及びE助産婦は,被告病院産婦人科に勤務していた。(2) 診療経過の概要① 平成5年8月30日,原告Bは,出産目的で被告病院を受診した。② 平成6年3月16日,原告Bは,切迫早産の診断で,4月1日まで,入院安静加療となった。③ 同年4月12日,分娩誘発のため,原告 ,原告Bは,出産目的で被告病院を受診した。② 平成6年3月16日,原告Bは,切迫早産の診断で,4月1日まで,入院安静加療となった。③ 同年4月12日,分娩誘発のため,原告Bは被告病院に入院した。・同月13日,9時30分より分娩誘発を開始したところ,16時05分ころから,急速遂娩術として,クリステレル圧出を併用した吸引分娩を施行し,16時45分,Cが出生した。 同年4月12日,分娩誘発のため,原告 ,原告Bは,出産目的で被告病院を受診した。② 平成6年3月16日,原告Bは,切迫早産の診断で,4月1日まで,入院安静加療となった。③ 同年4月12日,分娩誘発のため,原告Bは被告病院に入院した。・同月13日,9時30分より分娩誘発を開始したところ,16時05分ころから,急速遂娩術として,クリステレル圧出を併用した吸引分娩を施行し,16時45分,Cが出生した。しかし,同日,Cは,新生児仮死と診断され,訴外F大学付属病院に転送された。⑤ Cは,平成8年10月12日,訴外F大学付属病院で,脳性麻痺を原因とする痙攣重積のため,死亡した(甲1)。3 争点に対する当事者の主張(1) 争点1-分娩誘発適応の有無(原告らの主張)本件分娩は,軽度の浮腫を認めるほかはリスクと呼べるものはなく,逆に子宮口も開大しており,軟産道の熟化を待てば順調に経膣分娩に至る可能性が高かったので,あえて人為的に薬物を使って子宮収縮を起こすという新たなリスクをもたらしてまで分娩誘発を行うだけの必要性がなかったのに,不必要な薬物による分娩誘発を行った過失がある。(被告の主張)本症例は,分娩誘発の医学的適応のうち,「妊婦継続が母胎の危険を招く虞があるもの」に該当すると考えるのが相当である。なぜなら,分娩誘発を決定した平成6年4月6日の時点では重症妊娠中毒症に該当しないとしても,10日間で3500グラムもの妊婦の急激な体重増加を認めたのであるから,これが重症化する可能性が強かったからである。また,原告Bの身長が150㎝と低いにも拘わらず,同日の超音波検査所見で胎児の体重が3000グラムを超えることが予想されたこと,同日の診察所見で子宮口が緩んで 重症化する可能性が強かったからである。また,原告Bの身長が150㎝と低いにも拘わらず,同日の超音波検査所見で胎児の体重が3000グラムを超えることが予想されたこと,同日の診察所見で子宮口が緩んできたこと,同日の子宮底長38cmは,正常値(妊娠38週の場合,30~35㎝)を大幅に上回る異常所見であること,同年3月16日から4月1日まで切迫早産の治療のため入院していたことなどから,難産が予想されたからでもある。(2) 争点2-分娩誘発にあたってのインフォームド・コンセントを怠った過失の有無(原告らの主張)分娩のプロセスとして,帝王切開によるか,経膣分娩によるか,後者によるとして,分娩誘発をするのか,自然陣痛の発来を待つのか,の選択がある。 38週の場合,30~35㎝)を大幅に上回る異常所見であること,同年3月16日から4月1日まで切迫早産の治療のため入院していたことなどから,難産が予想されたからでもある。(2) 争点2-分娩誘発にあたってのインフォームド・コンセントを怠った過失の有無(原告らの主張)分娩のプロセスとして,帝王切開によるか,経膣分娩によるか,後者によるとして,分娩誘発をするのか,自然陣痛の発来を待つのか,の選択がある。そのうちどの方法を選択するかは,医学的に安全な方法によることは当然であるが,妊婦とその家族に対して十分に説明した上で,その了解のもとに分娩方法を選択してゆく必要がある。とりわけ分娩誘発は,本来自然に発来する陣痛を待たずに人為的に分娩を誘発するのであるから,その適応が満たされていることはもちろん,分娩誘発について妊婦自身とその家族に対し,その必要性と方法について,危険性も含めて十分な説明をした上で,妊婦とその家族から同意を得た旨をカルテに記載する必要がある。ところが,本件では,D医師は,原告Bに対し,浮腫があること,頸管が開大し準備が整っていることは説明したが,分娩誘発剤を使用することの危険性については説明していないから,分娩誘発におけるインフォームド・コンセントが欠如している。(被告の主張)平成6年4月6日の外来診察の際,D医師は原告Bに対し,分娩誘発の理由及び内容につき説明を行い,その同意を得ているから,インフォームド・コン が欠如している。(被告の主張)平成6年4月6日の外来診察の際,D医師は原告Bに対し,分娩誘発の理由及び内容につき説明を行い,その同意を得ているから,インフォームド・コンセントは十分に尽くされている。(3) 争点3-アトニンの不必要な増量により,急速遂娩術が必要な事態を招来した過失の有無(なお,本項の年月日は,全て平成6年4月13日である。)(原告らの主張)被告病院は,以下のようなアトニン投与の増量により,胎児の低酸素状態を生じさせ,急速遂娩術が必要な事態を引き起こした。① 11時から11時30分にかけてのアトニン増量について陣痛促進の適応は微弱陣痛に限られているが,本件では,9時30分にアトニンで分娩誘発を開始し,10時には陣痛が開始し,11時の時点では微弱陣痛は認められなかった。しかし,被告病院は,11時にアトニンを35ml/hに,11時20分に40ml/hに,11時30分に45ml/hに増量した結果,11時40分頃から陣痛周期が1分30秒となったのである。 。① 11時から11時30分にかけてのアトニン増量について陣痛促進の適応は微弱陣痛に限られているが,本件では,9時30分にアトニンで分娩誘発を開始し,10時には陣痛が開始し,11時の時点では微弱陣痛は認められなかった。しかし,被告病院は,11時にアトニンを35ml/hに,11時20分に40ml/hに,11時30分に45ml/hに増量した結果,11時40分頃から陣痛周期が1分30秒となったのである。そして,11時20分の時点で,子宮口の開大度は4㎝から5㎝であったが,この場合,微弱陣痛は6分30秒以上であるのに,原告Bはこの数値を満たしていなかったのであるから,この時点でアトニンを増量したのは陣痛促進剤の使用方法における過失である。② 13時30分のアトニン増量(45→50ml/h)についてこの時点では子宮口開大度は4㎝から6㎝で,陣痛周期は1分30秒と至適速度(4分から5分)をはるかに超えていたのに,子宮口がなかなか開かず,児頭がステーション0から-1と下がらずに分娩は進行していないから,この場合,有効陣痛の有無を診断し,陣痛が は1分30秒と至適速度(4分から5分)をはるかに超えていたのに,子宮口がなかなか開かず,児頭がステーション0から-1と下がらずに分娩は進行していないから,この場合,有効陣痛の有無を診断し,陣痛が弱くて分娩が進行しないという診断がついて初めてアトニンの増量が肯定される。しかし,本件では,モニター上は有効陣痛と判定できる等,少なくとも陣痛が弱くて分娩が進行しないという診断はつかないのであるから,アトニンを増量すべきではないのに,45ml/hから,逆に50ml/hに増量した。③ 14時50分に試験分娩を中止しなかったことについて14時25分ころには,過強陣痛が発来している一方,分娩自体は,陣痛発来後4時間25分の間,児頭位置はステーション±0で停止した状態で,胎児仮死を警戒すべき軽度変動一過性除脈が陣痛の都度出現しているのであるから,直ちに陣痛促進剤の投与を中止し,14時50分の内診時には,児頭の下降が停止している原因が何であるかを診断し,試験分娩の中止を検討すべきであった。④ 15時30分に試験分娩を中止せず,同時32分にアトニンを増量(45→50ml/h)したことについてこのときのアトニン増量により,原告Bの子宮収縮で胎児への血流量低下を招いて,胎児の低酸素状態を生じさせた。 一過性除脈が陣痛の都度出現しているのであるから,直ちに陣痛促進剤の投与を中止し,14時50分の内診時には,児頭の下降が停止している原因が何であるかを診断し,試験分娩の中止を検討すべきであった。④ 15時30分に試験分娩を中止せず,同時32分にアトニンを増量(45→50ml/h)したことについてこのときのアトニン増量により,原告Bの子宮収縮で胎児への血流量低下を招いて,胎児の低酸素状態を生じさせた。そのために,15時35分からは酸素を4リットル,さらに1分と経たない後に6リットルに増量し,16時には酸素を8リットルに増量した。本件では,14時25分ころから胎児にとってストレスの強いことを示すモニターが継続し,15時27分の子宮口開大後も児頭が下降せず,児頭の最大周囲径が骨盤入口よりも上部の位置にあるままで分娩が進行せずに遷延していたところ,このように有 とってストレスの強いことを示すモニターが継続し,15時27分の子宮口開大後も児頭が下降せず,児頭の最大周囲径が骨盤入口よりも上部の位置にあるままで分娩が進行せずに遷延していたところ,このように有効な陣痛があり,子宮口が全開大になっても児頭が下がらないことには原因があるはずであり,まして,児頭骨盤不均衡が合理的に疑われてしかるべきであるから,もはや経膣分娩が可能とは言い切れず,15時30分のD医師の内診時には,試験分娩を打ち切るべきであった。(被告の主張)① 11時から11時30分にかけてのアトニン増量についてこの間にアトニンを増量した理由は,一時的に陣痛間隔が短くなっていたものの,妊婦に陣痛の自覚が乏しく,有効陣痛が発来していなかったからである。したがって,E助産婦は上記時間帯において,有効陣痛がないため分娩が進行していないと判断してアトニンを増量したものであり,増量の必要性は十分にあったというべきである。② 13時30分のアトニン増量についてアトニンを増量するのに毎回必ず医師の診察が必要であるとは言えない。本件では,経験豊富なE助産婦が,原告Bは腹緊はあるが陣痛を我慢できる状態であって,まだ有効陣痛ではないと判断して増量したのであるから,その処置は適切である。また,本症例では過強陣痛は発来しておらず,14時台の波形から胎児仮死またはこれを警戒すべきと診断することはできない。③ 14時50分に試験分娩を中止しなかったことについて本症例では,過強陣痛は発来しておらず,また,14時台の波形から胎児仮死または胎児仮死を警戒すべきと診断することはできないから,14時50分の時点で陣痛促進剤の投与を中止して,試験分 して増量したのであるから,その処置は適切である。また,本症例では過強陣痛は発来しておらず,14時台の波形から胎児仮死またはこれを警戒すべきと診断することはできない。③ 14時50分に試験分娩を中止しなかったことについて本症例では,過強陣痛は発来しておらず,また,14時台の波形から胎児仮死または胎児仮死を警戒すべきと診断することはできないから,14時50分の時点で陣痛促進剤の投与を中止して,試験分 本症例では,過強陣痛は発来しておらず,また,14時台の波形から胎児仮死または胎児仮死を警戒すべきと診断することはできないから,14時50分の時点で陣痛促進剤の投与を中止して,試験分娩の中止を検討すべきとは言えない。④ 15時30分に試験分娩を中止せず,同時32分にアトニンを増量したことについて15時30分のD医師の内診所見により,児頭の下降が悪いと判断し,分娩を進行させるためにアトニンを増量したものであり,その処置は適切である。D医師は,子宮口全開大に伴い,ステーション±0よりもさらに児頭の位置が下降しているから,経膣分娩が可能であると判断したのであり,15時30分の内診後に試験分娩を打ち切るべき理由はない。(4) 争点4-急速遂娩術として帝王切開を選択しなかった過失の有無(原告らの主張)① 主張の概要本件では,15時32分以降,遅発性除脈が頻繁に発生し,15時57分以降は持続性の除脈が診られ,16時に母体への酸素投与量を毎分6リットルから8リットルに増量しても改善が見られないから,胎児仮死と診断でき,急速遂娩術の適応であった。したがって,15時30分の段階で試験分娩を継続する以上は,帝王切開の手配をし,遅くとも16時には帝王切開の決断をして,アトニン投与を中止して胎児のストレスを減らした上,緊急帝王切開術を施行すべきであった。ところが,本件では,16時の時点で胎児仮死との診断がそもそもなされておらず,それに対する治療も行われていない。それどころか,逆に16時5分から16時45分までの間,40分間にわたってクリステレル圧出と吸引分娩術による乱暴なストレスを加え続けた。なされておらず,それに対する治療も行われていない。それどころか,逆に16時5分から16時45分までの間,40分間にわたってクリステレル圧出と吸引分娩術による乱暴なストレスを加え続けた。② 吸引分娩術について吸引分娩術施行前には,必ず内診を行い,子宮口開大度,児頭下降度,先進部,回旋状態等から,吸引分娩の条件を満たしているかを確認する必要があるのに,本件においては,そもそも16時以降吸引分娩を施行するまでに内診所見が存在しない。 療も行われていない。それどころか,逆に16時5分から16時45分までの間,40分間にわたってクリステレル圧出と吸引分娩術による乱暴なストレスを加え続けた。② 吸引分娩術について吸引分娩術施行前には,必ず内診を行い,子宮口開大度,児頭下降度,先進部,回旋状態等から,吸引分娩の条件を満たしているかを確認する必要があるのに,本件においては,そもそも16時以降吸引分娩を施行するまでに内診所見が存在しない。しかも,吸引分娩を行うには,児頭先進部が少なくとも骨盤濶部まで下降していることが必要であるのに,本件での内診所見では,児頭位置がステーション±0であるから,明らかにこの要件を満たしていなかった。また,全牽引時間は15分以内,最大でも30分を超えてはならないし,2回から3回の牽引で児頭が下降しないときには,吸引分娩に固執してはならないが,本件では7回から8回もの吸引を行っており,これは明らかに吸引分娩術の用法違反である。③ クリステレル圧出術について胎児仮死状態で,35分間にわたって吸引とクリステレル圧出を併用することは,結果として本来は安静にしてやるべき胎児に対して過度の負荷を加えることになり悪影響である。(被告の主張)① 緊急帝王切開を選択しなかった点について16時の時点では既に子宮口は全開大しており,それに伴って児頭下降度も座骨棘間腺を超え,ステーション+1ないし+2になっていたのであるから,その時点で吸引分娩を選択した点について誤りはない。仮に16時の時点で緊急帝王切開を選択していたとしても,決定後娩出までに最低でも1時間を要するから,本件の娩出時刻(16時45分)よりも早期に娩出させるのは困難で 分娩を選択した点について誤りはない。仮に16時の時点で緊急帝王切開を選択していたとしても,決定後娩出までに最低でも1時間を要するから,本件の娩出時刻(16時45分)よりも早期に娩出させるのは困難であり,本件で帝王切開を選択するのは適切ではない。② 吸引分娩術について吸引分娩時の児頭位置については,D医師はカルテには記載していないものの,ステーション+1か+2であったと診断している。また,ステーション±0の状態で吸引カップを装着することは物理的に困難であるが,本件ではスムーズに装着できており,さらに,14時25分に子宮口6㎝開大の段階でステーション±0となっていたが,その後約1時間後の15時30分の時点で子宮口全開大となるなど,分娩が進行していたのであるから,児頭先進部の位置もそれに伴いステーション+1か+2に下降していたと考えるのが医学的に妥当な見解と言うべきである。 いる。また,ステーション±0の状態で吸引カップを装着することは物理的に困難であるが,本件ではスムーズに装着できており,さらに,14時25分に子宮口6㎝開大の段階でステーション±0となっていたが,その後約1時間後の15時30分の時点で子宮口全開大となるなど,分娩が進行していたのであるから,児頭先進部の位置もそれに伴いステーション+1か+2に下降していたと考えるのが医学的に妥当な見解と言うべきである。したがって,本件では吸引分娩の要約を満たしている。吸引分娩において何回まで牽引が可能であるとか,滑脱の許容範囲は何回までかという点についての指針はないとされている。本件での吸引分娩の回数は,2回位の滑脱を含め,7から8回であるから,回数について特に問題はない。35分の吸引時間についても,原告が主張する最大30分としても,この基準を大きく逸脱するものではないから,用法違反は存在しない。(5) 争点5-因果関係の有無(原告らの主張)① Cは,平成6年4月13日,被告病院で仮死状態で出生し,同日,訴外F大学付属病院に入院したが,平成8年10月12日,脳性麻痺を原因とする痙攣重積により同病院で死亡した。ここで,小児の痙攣性疾患のうち,新生児並びに乳幼児前半では,分娩障害による低 学付属病院に入院したが,平成8年10月12日,脳性麻痺を原因とする痙攣重積により同病院で死亡した。ここで,小児の痙攣性疾患のうち,新生児並びに乳幼児前半では,分娩障害による低酸素性脳障害や出血性脳障害等により痙攣が生じることが多いところ,本件は新生児仮死であり,痙攣重積の原因は脳性麻痺であるから,分娩障害による低酸素性虚血性脳症であった可能性が極めて強い。そして,本件では,胎児が高位のまま下降しない状態で,有効陣痛があるにも拘わらず,アトニンを不用意に増量してゆき,児頭下降不良の原因を診断して試験分娩を打ち切るべきタイミングを逸した結果,胎児仮死という急速遂娩術が必要な事態に胎児を追い込み,仮死状態のため予備能力を失っていた胎児に対し,無理な吸引とクリステレル圧出を長時間行ったことが原因で,新生児に重篤な脳障害を負わせた。② 被告は肩甲難産を主張するが,15時27分の子宮口全開大後も,15時30分には児頭のステーション±0,下降ほとんど不良のままであったにも拘わらず,16時5分から吸引とクリステレル圧出を繰り返した結果,16時40分から44分の間にやっと排臨,発露を迎え,16時45分に娩出している。 備能力を失っていた胎児に対し,無理な吸引とクリステレル圧出を長時間行ったことが原因で,新生児に重篤な脳障害を負わせた。② 被告は肩甲難産を主張するが,15時27分の子宮口全開大後も,15時30分には児頭のステーション±0,下降ほとんど不良のままであったにも拘わらず,16時5分から吸引とクリステレル圧出を繰り返した結果,16時40分から44分の間にやっと排臨,発露を迎え,16時45分に娩出している。発露から1分間で娩出して肩甲難産というのは常識外である。(被告の主張)① 米国産婦人科学会(ACOG)は,脳神経障害の原因が分娩時に存在したかどうかを推定する根拠として,(ア)深刻な代謝性アシドーシスを示す血液ガス値(PH>7.0)が存在すること,(イ)生後5分間以上にわたりアプガールスコアが0から3点であること,(ウ)新生児期にけいれん・昏睡・筋緊張低下などの神経学的後遺症を残すこと,(エ)同時にいくつかの臓器(心血管系・消化器系・造血機能・腎機能など)に障害を りアプガールスコアが0から3点であること,(ウ)新生児期にけいれん・昏睡・筋緊張低下などの神経学的後遺症を残すこと,(エ)同時にいくつかの臓器(心血管系・消化器系・造血機能・腎機能など)に障害をみること,の4項目すべてを満たすことが条件とされており,かなり重篤な仮死の存在がない限り,脳性麻痺との因果関係は認めないとの立場を採っている。本件では,生後アプガールスコアは1分後3点,5分後4点であるから,(イ)の基準には合致せず,また,仮に本件で同時にいくつかの臓器に障害があったとすれば,2年6か月もの間生存することは不可能であるから(エ)の基準を満たさないことは明らかである。したがって,ACOGの4つの条件のうち,(イ)及び(エ)については明らかに存在しないから,児の脳障害の原因となるような重篤な仮死の存在はなかったというべきであり,被告病院における分娩監理及びその処置と,児の脳障害あるいは死亡との間にはいずれも因果関係は存在しない。② 被告は,児に重篤な脳障害を与えた原因は,肩甲難産であると考える。本件では,児の体重は3000グラムと巨大児ではなく,分娩前に肩甲難産を予知・予見することは困難であるから,児に重篤な脳障害が発生した点につき,被告に責任はない。(6) 争点6-損害(原告らの主張)① Cの損害(ア) 治療費60万3780円(イ) 入院雑費12万1800円(計算式 1400円×87日)(ウ) 付き添い看護費52万2000円(計算式 6000円×87日)(エ) 逸失利益3993万9155円平成8年度女子 3000グラムと巨大児ではなく,分娩前に肩甲難産を予知・予見することは困難であるから,児に重篤な脳障害が発生した点につき,被告に責任はない。(6) 争点6-損害(原告らの主張)① Cの損害(ア) 治療費60万3780円(イ) 入院雑費12万1800円(計算式 1400円×87日)(ウ) 付き添い看護費52万2000円(計算式 6000円×87日)(エ) 逸失利益3993万9155円平成8年度女子 ) 付き添い看護費52万2000円(計算式 6000円×87日)(エ) 逸失利益3993万9155円平成8年度女子労働者平均年収から,生活費として3割を控除し,さらに中間利息を控除した就労可能年齢までの逸失利益(計算式 335万1500円×0.7×17.024)(オ) 慰謝料2000万円② 原告Bの損害(ア) 治療費1万7973円(イ) 入院雑費8400円 (計算式 1400円×6日)(ウ) 入院慰謝料10万円(エ) 慰謝料300万円③ 原告Aの損害(ア) 葬祭費100万円(イ) 慰謝料300万円・弁護士費用68万1309円⑤ 原告らは,各2分の1の割合で,Cの損害賠償請求権を相続した。(被告の主張)争う。第3 当裁判所の判断 1 分娩経過について,前提事実,証拠(甲1,乙1ないし6,12,18,19,E助産婦,D医師,鑑定の結果,鑑定人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。(1) 原告Bは,平成5年8月30日,被告病院で初診を受け,その後定期的にD医師の検診を受けていた。原告Bは初産婦である。(2) 平成6年3月2日(妊娠33週0日)の検診で,子宮口1指開大,展退度30%と観察されたため,D医師は切迫早産の徴候と診断し,ウテメリン(切迫早産治療薬)を処方して,自宅安静を勧めた。しかし,同月16日(妊娠35週0日)の検診でも,子宮口が2.0~ 0%と観察されたため,D医師は切迫早産の徴候と診断し,ウテメリン(切迫早産治療薬)を処方して,自宅安静を勧めた。しかし,同月16日(妊娠35週0日)の検診でも,子宮口が2.0~2.5㎝に開大し,展退度が50~60%と進展していたことから,D医師は切迫早産と診断し,原告Bは,同日より4月1日まで,被告病院に入院して,ウテメリンの持続点滴加療を受けた。(3) 平成6年4月6日(妊娠38週0日)の検診で,下腿の妊娠浮腫が認められ,軽度の妊娠中毒症であった。 ウテメリン(切迫早産治療薬)を処方して,自宅安静を勧めた。しかし,同月16日(妊娠35週0日)の検診でも,子宮口が2.0~2.5㎝に開大し,展退度が50~60%と進展していたことから,D医師は切迫早産と診断し,原告Bは,同日より4月1日まで,被告病院に入院して,ウテメリンの持続点滴加療を受けた。(3) 平成6年4月6日(妊娠38週0日)の検診で,下腿の妊娠浮腫が認められ,軽度の妊娠中毒症であった。D医師は,原告Bの体重増加(3月16日は56.7kg,同月27日は55.5kg,4月6日は59.0kg)からすれば,妊娠中毒症が重症化する可能性があること,頸管開大気味(子宮口3.0~3.5㎝開大)で,分娩準備状態とみてよいこと,原告Bの身長が150㎝くらいで,胎児の推定体重が3034~3130gであったこと,といった判断から,原告Bに分娩誘発を勧め,4月12日に入院することが決まった。この際,D医師は,原告Bに対して,妊娠浮腫があること,頸管開大気味で,分娩状態が整っていることを説明して,分娩誘発を勧めたが,分娩誘発剤を使用することの危険性については説明していない。(4) 原告Bは,分娩誘発のため,同年4月12日に被告病院に入院した。(5) 同年4月13日(妊娠39週0日)の分娩経過(以下,時間の記載は24時間表記による。)① 9時のD医師の内診では,子宮口4.0cm開大,児頭先進部はステーション-2より上であった。② 9時30分から分娩誘発が開始され,E助産婦は,20ml/hの速度で陣痛促進剤アトニンの点滴を始めた。③ 10時の時点で陣痛開始となったが,E助産婦は有効陣痛が来ていな ② 9時30分から分娩誘発が開始され,E助産婦は,20ml/hの速度で陣痛促進剤アトニンの点滴を始めた。③ 10時の時点で陣痛開始となったが,E助産婦は有効陣痛が来ていないと判断し,アトニンを30ml/hに増量し,さらに同様の判断で,10時30分に35ml/hに増量した。10時45分には,陣痛間歇1~2分と早くなり,陣痛発作40~50秒ととなってきたので,E助産婦はアトニンを30ml/hに減量した。④ 11時に,E助産婦は有効陣痛が来ていないと判断し,アトニンを再度35ml/hに増量した。この時,原告Bは殆ど緊満なく,歩行を勧められ,喫煙所まで歩くなどした。⑤ 11時20分のE助産婦の内診では,子宮口開大度は4~5㎝,児頭先進部はステーション±0であった。 量した。10時45分には,陣痛間歇1~2分と早くなり,陣痛発作40~50秒ととなってきたので,E助産婦はアトニンを30ml/hに減量した。④ 11時に,E助産婦は有効陣痛が来ていないと判断し,アトニンを再度35ml/hに増量した。この時,原告Bは殆ど緊満なく,歩行を勧められ,喫煙所まで歩くなどした。⑤ 11時20分のE助産婦の内診では,子宮口開大度は4~5㎝,児頭先進部はステーション±0であった。E助産婦は,人工破膜を考えたが,緊満が遠のきぎみであったため,陣痛間歇が規則的になってからにすることとし,11時20分にアトニンを40ml/h,同時30分に45ml/hにそれぞれ増量した。⑥ 13時10分に,E助産婦が内診したところ,子宮口開大度は4㎝で発作時に6㎝になる状態であり,児頭先進部はステーション±0~-1であった。E助産婦から分娩経過について報告を受けたD医師は,午前中は有効陣痛がなかなか来なかったことから,陣痛促進効果をねらって,人工破膜を指示し,これが実施された。⑦ 13時30分の時点で,E助産婦は,分娩促進のため,アトニンを50ml/hに増量した。この時の陣痛間歇は1分30秒,発作は30~40秒(陣痛周期2分程度)であった。⑧ 13時45分に,E助産婦がD医師に分娩経過を報告したところ,D医師は,分娩進行がうまくいっていないとの認識から,状態を見ながらアト 発作は30~40秒(陣痛周期2分程度)であった。⑧ 13時45分に,E助産婦がD医師に分娩経過を報告したところ,D医師は,分娩進行がうまくいっていないとの認識から,状態を見ながらアトニンを60ml/hまで増量してもいいこと,子宮頸管の弛緩作用を期待して,ブスコパンの注射をすることを指示した。これを受けて,E助産婦は,13時47分にブスコパンを注射した。⑨ 14時25分に,原告Bは,急に痛みが強くなったと泣いていた。E助産婦が内診したところ,子宮口開大度は6㎝,児頭位置は±0であった。⑩ 14時50分にD医師が内診したところ,子宮口開大度7㎝,児頭位置はステーション±0くらいであった。同時刻に,E助産婦は,14時25分くらいから,原告Bが,痛みが強くなったと不安がっていたこと,有効陣痛があると判断したことから,アトニンを45ml/hに減量した。14時55分に,D医師の指示で,E助産婦はブスコパンを注射した。 。E助産婦が内診したところ,子宮口開大度は6㎝,児頭位置は±0であった。⑩ 14時50分にD医師が内診したところ,子宮口開大度7㎝,児頭位置はステーション±0くらいであった。同時刻に,E助産婦は,14時25分くらいから,原告Bが,痛みが強くなったと不安がっていたこと,有効陣痛があると判断したことから,アトニンを45ml/hに減量した。14時55分に,D医師の指示で,E助産婦はブスコパンを注射した。⑪ 15時10分にE助産婦が内診したところ,子宮口9㎝開大となっていたので,原告Bを分娩室へ入室させた。15時27分には,子宮口全開大となるが,児頭位置は依然±0付近であり,早発一過性徐脈が陣痛の度に認められた。⑫ 15時30分に,外来診療を終えたD医師が内診した。努責をかけると少しずつ児頭が下降するが,努責が終わると,元の所近くに戻るといった感じで,胎児の下降は不良であった。⑬ 15時32分に,E助産婦は,子宮収縮を少し強くすることによって,努責と腹圧をかけることをねらって,アトニンを50ml/hに増量した。その直後から,胎児心拍数が毎分90を切る遅発性徐脈が発生した。E助産婦は,15時35分 くすることによって,努責と腹圧をかけることをねらって,アトニンを50ml/hに増量した。その直後から,胎児心拍数が毎分90を切る遅発性徐脈が発生した。E助産婦は,15時35分に酸素4リットルの投与を開始し,同時37分には6リットルに増量した。その結果,15時40分以降は改善がみられた。しかし,15時57分以降は持続性の徐脈が認められ,酸素投与を8リットルに増量した。⑭ E助産婦の報告を受けたD医師は,16時に,吸引分娩の施行を決めた。⑮ 16時5分に,D医師は,会陰左側切開したうえで,吸引分娩を施行した。吸引分娩には,約35分間を要し,その間,吸飲カップを7~8回牽引,そのうち2~3回を滑脱した。同時に,E助産婦はクリステレル圧出を5~6回施行した。また,吸引分娩及びクリステレル圧出と併用して,16時20分にアトニンを55ml/hに増量,同時25分に60ml/hに増量した。⑯ 原告Bは,16時40分から排臨し,44分に発露した。16時45分に,C(体重3125グラム)を分娩したが,自発呼吸が見られなかった。出生後のアプガールスコアは,1分後3点,5分後4点,10分後5点である。Cは,同日,新生児仮死の病名で,F大学付属病院に転送された。 した。また,吸引分娩及びクリステレル圧出と併用して,16時20分にアトニンを55ml/hに増量,同時25分に60ml/hに増量した。⑯ 原告Bは,16時40分から排臨し,44分に発露した。16時45分に,C(体重3125グラム)を分娩したが,自発呼吸が見られなかった。出生後のアプガールスコアは,1分後3点,5分後4点,10分後5点である。Cは,同日,新生児仮死の病名で,F大学付属病院に転送された。(6) Cは,平成8年10月12日,脳性麻痺を原因とする痙攣重積のため,F大学付属病院で死亡した。2 争点1-分娩誘発適応の有無-について(1) 甲5によれば,分娩誘発の適応と要約に関し,以下の知見が認められる。(なお,甲5では,陣痛誘発という用語が使われているが,分娩誘発と同義である。)① 分娩誘発の適応には,産科的・医学的適応と よれば,分娩誘発の適応と要約に関し,以下の知見が認められる。(なお,甲5では,陣痛誘発という用語が使われているが,分娩誘発と同義である。)① 分娩誘発の適応には,産科的・医学的適応と,社会的適応との2種類の問題がある。前者は,妊娠の継続が児あるいは母体の危険を招くおそれがある場合である。これに対し,後者は,社会的・個人的な理由から,人為的に分娩日を決めて誘発を行う場合である。② 産科的・医学的適応としては,胎児側の適応と母体側の適応との2種類が問題となる。後者の場合,前期破水で子宮内感染を招くおそれがある場合の外,重症妊娠中毒症,高度の羊水過多症,部分性常位胎盤早期剥離をはじめ,妊娠の継続が母体の危険を招くおそれがある場合等に適応が認められる。③ 分娩誘発実施の要約とは,分娩そのものが順調に経過し,しかも母児ともに健全に分娩が終了する見込みのことである。この要約は,産科的・医学的適応の場合と社会的適応とで別異に判断する必要がある。すなわち,前者の場合,胎児を体外に出すことが,児及び母体にとって最も望ましいと判断された場合であるから,分娩状態が必ずしも十分に備わっていないことがありうる。これに対し,後者の場合,社会的・個人的な理由から分娩誘発を行うものである以上,分娩誘発実施の要約が満たされる必要がある。(2) 本件では,原告らは分娩誘発の適応がないことを主張し,被告は,産科的・医学的適応に該当すると反論している。そこで,本件が,産科的・医学的適応に該当するかについて検討すると,前記認定事実のとおり,分娩誘発を決定した平成6年4月6日の検診では,下腿に妊娠浮腫があるのみで,軽度の妊娠中毒症と判断されるところ,産科的・医学的適応は重症の妊娠中毒症の場合であるから,本件ではこれを満たさず,そ がある。(2) 本件では,原告らは分娩誘発の適応がないことを主張し,被告は,産科的・医学的適応に該当すると反論している。そこで,本件が,産科的・医学的適応に該当するかについて検討すると,前記認定事実のとおり,分娩誘発を決定した平成6年4月6日の検診では,下腿に妊娠浮腫があるのみで,軽度の妊娠中毒症と判断されるところ,産科的・医学的適応は重症の妊娠中毒症の場合であるから,本件ではこれを満たさず,そ り,分娩誘発を決定した平成6年4月6日の検診では,下腿に妊娠浮腫があるのみで,軽度の妊娠中毒症と判断されるところ,産科的・医学的適応は重症の妊娠中毒症の場合であるから,本件ではこれを満たさず,その他同適応を満たす事実は認められない。この点,被告は,原告Bの体重が,10日間(3月27日~4月6日)で,3500gもの体重増加を示す異常所見であったから,重症の妊娠中毒症となる可能性が高かったと主張する。しかし,証拠(乙20及び鑑定人の証言)によれば,体重増加が異常値であることまでは認められても,これが高い確率で妊娠中毒症を重症化させるとする証拠はなく,かえって,鑑定人の証言によれば,体重増加による潜在性の浮腫は認められるが,それだけで妊娠中毒症が重症化するという医学的知見は存在しないことが認められるのであるから,被告の主張は採用できない。また,被告は,原告Bの身長が150㎝と低いにも拘わらず,胎児の体重が3000gを超えると予想されたこと,子宮口が緩んできたこと,3月16日から4月1日まで切迫早産の治療のため入院したことから,難産になることが十分に予想できたので,妊娠継続が母体の危険を招くおそれがあり,産科的・医学的適応を満たすと主張するが,被告は,難産の程度とそれが母体に与える影響の程度とについて何ら立証せず,その他本件記録を精査してもこれを認めるに足りる証拠はないから,被告の主張は採用できない。さらに,被告は,子宮底長が38.0㎝と正常値(30~35㎝)を大幅に上回る異常であったことを,妊婦継続が母体の危険を招くおそれがある根拠として主張するが,それが異常値であることは認められても(乙20,21),妊娠継続が母体の危険を招き,産科的・医学的適応を満たすと認めるに足りる証拠はなく,被告の が母体の危険を招くおそれがある根拠として主張するが,それが異常値であることは認められても(乙20,21),妊娠継続が母体の危険を招き,産科的・医学的適応を満たすと認めるに足りる証拠はなく,被告の主張は採用できない。 険を招くおそれがある根拠として主張するが,それが異常値であることは認められても(乙20,21),妊娠継続が母体の危険を招き,産科的・医学的適応を満たすと認めるに足りる証拠はなく,被告の が母体の危険を招くおそれがある根拠として主張するが,それが異常値であることは認められても(乙20,21),妊娠継続が母体の危険を招き,産科的・医学的適応を満たすと認めるに足りる証拠はなく,被告の主張は採用できない。(3) なお,社会的適応については,前記認定事実のとおり,本件は,D医師が,原告Bに対して,妊娠浮腫があること,頸管開大気味で,分娩状態が整っていることを説明して,分娩誘発を勧めた事例であり,原告Bの社会的・個人的理由から分娩誘発を行ったものでないから,社会的適応がないことは明らかである。2 争点2-分娩誘発にあたってのインフォームド・コンセントを怠った過失の有無-について(1) 分娩誘発は,陣痛が自然に発来する前に子宮収縮を人為的に起こすもので,母体及び児に及ぼす影響は大きいものであるから,医師が医学的専門的見地から,母体または児あるいは両者において,そのまま妊娠を継続した場合のリスクや分娩誘発を行った場合のリスクを判断して行うものであるが,そのように母体及び児に及ぼす影響が大きいものであることから,一般に,医師は,患者の自己決定の一助となるべく,母体及び胎児の状況,分娩誘発の必要性,その内容,危険性等を,正しく患者に説明する義務があるというべきである。もっとも,具体的な説明内容,程度,方法等は,当該具体的事案において,産科的・医学的適応か社会的適応かに応じて,分娩誘発の必要性,緊急性,説明による患者の心理的負担の有無等の諸事情を考慮して医師が行うべきものであるから,その意味で医師に一定の裁量があるといえる。(2) そこで本件について検討すると,前記認定事実のとおり,D医師は,原告Bに対して,妊娠浮腫があること,頸管開大気味で,分娩状態が整っていることを説明して,産科的・医 量があるといえる。(2) そこで本件について検討すると,前記認定事実のとおり,D医師は,原告Bに対して,妊娠浮腫があること,頸管開大気味で,分娩状態が整っていることを説明して,産科的・医学的適応があるものとして分娩誘発を勧めたのであるが,争点1に対する判断で認定したとおり,本件では,そもそも産科的・医学的適応があるとは認められないのであるから,D医師は,原告Bに,分娩誘発の適応につき正確でない情報を与えたうえ,その危険性も説明していない。 て検討すると,前記認定事実のとおり,D医師は,原告Bに対して,妊娠浮腫があること,頸管開大気味で,分娩状態が整っていることを説明して,産科的・医学的適応があるものとして分娩誘発を勧めたのであるが,争点1に対する判断で認定したとおり,本件では,そもそも産科的・医学的適応があるとは認められないのであるから,D医師は,原告Bに,分娩誘発の適応につき正確でない情報を与えたうえ,その危険性も説明していない。そうすると,医師に一定の裁量があることを考慮しても,患者である原告の自己決定の一助となるべき説明としては十分に尽くされたものとは認められない。3 争点3-アトニンの不必要な増量により,急速遂娩術が必要な事態を招来した過失の有無-について(1) 証拠(甲5,6,鑑定の結果,鑑定人)によれば,以下の知見が認められる。① オキシトシン(下垂体後葉ホルモン系の子宮収縮剤で,アトニンもこの一種である。)による分娩誘発においては,過剰投与によって生じる子宮トーヌスの増強や過強陣痛に至らないようチェックする必要がある。なぜなら,これにより胎児仮死(羊水混濁,胎児徐脈の出現)やさらには胎児死亡,子宮破裂等の合併症を引き起こす危険性があるからである。② オキシトシンの感受性は妊婦の条件によりかなり差が見られ,同量でも殆ど陣痛の起こらない症例から,過強陣痛になる症例もある。したがって,分娩が進行していないときは,有効陣痛の有無によって対処が分かれ,有効陣痛がない場合は,オキシトシン増量により分娩を促進することとなるが,有効陣痛があるのに分娩が進行しない場合は,胎児心拍数に注意をして,分娩進行を待つこととなる。(2) 11時から11時30分のアトニン増量について 量により分娩を促進することとなるが,有効陣痛があるのに分娩が進行しない場合は,胎児心拍数に注意をして,分娩進行を待つこととなる。(2) 11時から11時30分のアトニン増量について前記認定事実及び証拠(乙1,7,鑑定の結果,鑑定人)によれば,11時ころの時点で,陣痛間歇3分,陣痛発作30~40秒であったこと,11時20分(子宮口開大度4~5㎝)のアトニン増量後に,一時期,陣痛間歇1分30秒,陣痛発作35秒となっているところが見られ,11時42分ころからも,一時期,陣痛間歇1分30秒となっているところがあるが,それは一時期のことであり,その後は平均して陣痛間歇2分程度,陣痛発作30~40秒であったことが認められる。 果,鑑定人)によれば,11時ころの時点で,陣痛間歇3分,陣痛発作30~40秒であったこと,11時20分(子宮口開大度4~5㎝)のアトニン増量後に,一時期,陣痛間歇1分30秒,陣痛発作35秒となっているところが見られ,11時42分ころからも,一時期,陣痛間歇1分30秒となっているところがあるが,それは一時期のことであり,その後は平均して陣痛間歇2分程度,陣痛発作30~40秒であったことが認められる。そして,証拠(甲5,鑑定の結果,鑑定人)によれば,子宮口開大度4~6㎝の陣痛周期は,平均して3分であるところ,本件では,11時20分の子宮口開大度が4~5㎝で,アトニン増量後も平均的に陣痛間歇2分程度,陣痛発作30~40秒であったというのであるから,アトニン増量によって,過強陣痛等に至らしめた事実は認められない。(3) 13時30分のアトニン増量について① 原告らは,陣痛促進の適応は微弱陣痛に限られ,本件では微弱陣痛でなかったから,アトニン使用に過失があると主張する。しかし,社団法人日本母性保護医協会が平成2年1月にまとめた「産婦人科医療事故防止のために」と題する報告書(甲5。以下「医療事故報告書」という。)によれば,微弱陣痛は,陣痛発作の頻度,持続,強さのうち,一つ以上が減弱するものと定義され,陣痛促進は,この微弱陣痛への対応として用いられる手技であること,分娩誘発(陣痛誘発)と陣痛促進とで,別個の適応と要約が同報告書で記載されていること,同報告書で ,一つ以上が減弱するものと定義され,陣痛促進は,この微弱陣痛への対応として用いられる手技であること,分娩誘発(陣痛誘発)と陣痛促進とで,別個の適応と要約が同報告書で記載されていること,同報告書でも「陣痛促進法は,薬剤による陣痛誘発に準じて行う。」と記載されていることが認められ,また,同協会が平成4年3月に作成した,分娩誘発法に関する研修ノート(甲6。以下「研修ノート」という。)には,分娩誘発の適応は,微弱陣痛に限られるとする記載は一切ないことが認められる。そうであるならば,分娩誘発(陣痛誘発)と陣痛促進とは,目的を異にする別個の手技であるとみるべきであって,本件は,分娩誘発の事例であるから,これと異なる陣痛促進の適応を問題とする原告の主張は採用できない。② そして,13時30分のアトニン増量により,過強陣痛等の合併症を引き起こした事実は認められない。 修ノート」という。)には,分娩誘発の適応は,微弱陣痛に限られるとする記載は一切ないことが認められる。そうであるならば,分娩誘発(陣痛誘発)と陣痛促進とは,目的を異にする別個の手技であるとみるべきであって,本件は,分娩誘発の事例であるから,これと異なる陣痛促進の適応を問題とする原告の主張は採用できない。② そして,13時30分のアトニン増量により,過強陣痛等の合併症を引き起こした事実は認められない。すなわち,前記認定事実及び鑑定の結果によれば,13時30分以降も,陣痛間歇1分30秒,発作は30~40秒,胎児基準心拍数は毎分140と徐々に上昇しているが,正常範囲内であることが認められる反面,逆に過強陣痛等の合併症を引き起こしたと認めるに足る証拠はない。本件では,原告らは,オキシトシンの至適速度をはるかに超えていたと主張する。たしかに医療事故報告書(甲5)には,分娩第2期は陣痛周期が2~3分毎になったときを至適速度とするという記載があるが,他方で,研修ノート(甲6)にはこのような記載がなく,ただ分娩監視装置の胎児心拍数図と陣痛の状態により至適速度を決定すると記載されているのみであるから,甲5記載の至適速度の基準が,臨床現場における医療水準であるかが疑問であるうえ,そもそも本件では,過強陣痛等の合併症を引き起こしたとは認められない以上 適速度を決定すると記載されているのみであるから,甲5記載の至適速度の基準が,臨床現場における医療水準であるかが疑問であるうえ,そもそも本件では,過強陣痛等の合併症を引き起こしたとは認められない以上,原告らの主張は採用できない。(4) 14時50分に試験分娩を中止しなかったことについて① 原告は,14時25分ころから過強陣痛が発生していたと主張する。この点,証拠(甲5,乙13)によれば,過強陣痛とは,子宮収縮の上昇,陣痛周期の短縮及び陣痛持続時間の延長と定義され,(ア)子宮口開大度4~6㎝のとき,子宮内圧は70mmHg以上,陣痛周期は1分30秒以内,陣痛持続時間(外側法)は子宮口開大度4~8㎝で2分以上にあたる時,(イ)子宮口開大度7~8㎝のとき,子宮内圧は80mmHg以上,陣痛周期は1分以内,陣痛持続時間(外側法)は子宮口開大度4~8㎝で2分以上にあたる時が,過強陣痛に該当するとされること,もっとも,過強陣痛を診断する場合に重要なことは,ただ1回の以上に強い子宮収縮にのみ注目して判断すべきものではなく,陣痛が異常であるか否かの判定には分娩進行状況と陣痛パターンをにらみながら判断すべき問題であり,分娩の経過をふまえて臨床的に判断することが肝要であること,の知見が認められる。 期は1分以内,陣痛持続時間(外側法)は子宮口開大度4~8㎝で2分以上にあたる時が,過強陣痛に該当するとされること,もっとも,過強陣痛を診断する場合に重要なことは,ただ1回の以上に強い子宮収縮にのみ注目して判断すべきものではなく,陣痛が異常であるか否かの判定には分娩進行状況と陣痛パターンをにらみながら判断すべき問題であり,分娩の経過をふまえて臨床的に判断することが肝要であること,の知見が認められる。本件では,前記認定事実及び証拠(甲7の2)によれば,(ア)14時25分に子宮口開大度は6㎝であったところ,14時26分ころに陣痛周期が1度,1分30秒以内となっているが,その後14時48分ころまでの間に過強陣痛の陣痛周期とされる1分30秒以内の陣痛周期は特段見あたらないこと,(イ)14時50分に子宮口開大度は7㎝であったところ,14時48分ころから14時50分ころまでの間に,一時,陣痛周期に不規則な動きが見ら 周期とされる1分30秒以内の陣痛周期は特段見あたらないこと,(イ)14時50分に子宮口開大度は7㎝であったところ,14時48分ころから14時50分ころまでの間に,一時,陣痛周期に不規則な動きが見られるが,14時50分にアトニンを減量した以降は,過強陣痛の陣痛周期とされる1分以内の陣痛周期は見あたらないこと,の各事実が認められる。なお,鑑定書では,14時25分に陣痛周期はほぼ1分間に1回となるとの記載があるが,陣痛図(甲7の2)に照らし,採用できない。したがって,以上の事実を前記知見に照らすと,過強陣痛が発生したものとは認められない。② 原告らは,14時台ころから,胎児仮死を警戒すべき軽度変動一過性徐脈が陣痛の都度出現しているから,試験分娩を中止すべきと主張する。しかし,証拠(甲8)によれば,変動一過性徐脈は,臍帯圧迫により胎児への循環血流量が減少することによって生じること,胎児仮死の場合にも出現するが,他方で,正常分娩の第1期後半から第2期にかけても出現するものであることの知見が認められる。そして,証拠(鑑定の結果,鑑定人)によれば,14時25分ころから,陣痛時に早発又は変動一過性徐脈が診られるが,胎児の最小心拍数は毎分120以上であり,異常所見とはいえないから,胎児仮死を疑うべき合理的理由はなく,したがって,試験分娩を中止しなければならない必然性があるものとは認められない。 場合にも出現するが,他方で,正常分娩の第1期後半から第2期にかけても出現するものであることの知見が認められる。そして,証拠(鑑定の結果,鑑定人)によれば,14時25分ころから,陣痛時に早発又は変動一過性徐脈が診られるが,胎児の最小心拍数は毎分120以上であり,異常所見とはいえないから,胎児仮死を疑うべき合理的理由はなく,したがって,試験分娩を中止しなければならない必然性があるものとは認められない。(4) 15時30分に試験分娩を中止せず,同時32分にアトニンを増量したことについて① 前記認定事実のとおり,15時27分に子宮口は全開大となるが,児頭位置は依然±0付近であり,早発一過性徐脈が見られ,15時30分のD医師の内診では,努責をかけると少しずつ児頭が下降する ① 前記認定事実のとおり,15時27分に子宮口は全開大となるが,児頭位置は依然±0付近であり,早発一過性徐脈が見られ,15時30分のD医師の内診では,努責をかけると少しずつ児頭が下降するが,努責が終わると,元の所近くに戻るといった感じであった。ここで,証拠(甲8)によれば,早発一過性徐脈は必ずしも胎児の状態の悪化とはいえず,むしろ,かなりの正常分娩の症例では,分娩第2期近くになると出現してくるものであること,また,児頭が骨盤入口上,あるいは,その付近の上部にある遷延分娩で,早発一過性徐脈が出現するようになれば,児頭骨盤不適合を疑う必要があること,の知見が認められる。そして,乙9によれば,遷延分娩とは,分娩開始後,初産婦においては30時間,経産婦においては15時間を経過しても児の娩出に至らないものであると定義されるところ,本件では,陣痛開始(10時)から15時30分までの間,経過時間は5時間30分であるから,遷延分娩にあたるとはいえず,児頭骨盤不適合を疑うべき早発一過性徐脈とは認められない。また,鑑定の結果によれば,本件の早発一過性徐脈が胎児の状態悪化を示すものとは判断できず,母児に危険が切迫したとの兆候,もしくは危険が強く予測されるものは認められない。したがって,15時30分の段階で試験分娩を中止すべき注意義務があるものとは認められない。② 次に,前記認定事実のとおり,子宮口開大後も胎児の位置は進行しているとはいえない中で,15時32分に,E助産婦は,子宮収縮を少し強くすることによって,努責と腹圧をかけることをねらって,アトニンを50ml/hに増量しているから,D医師やE助産婦らは,有効陣痛が発現していないという判断のもとでアトニンを増量していること て,15時30分の段階で試験分娩を中止すべき注意義務があるものとは認められない。② 次に,前記認定事実のとおり,子宮口開大後も胎児の位置は進行しているとはいえない中で,15時32分に,E助産婦は,子宮収縮を少し強くすることによって,努責と腹圧をかけることをねらって,アトニンを50ml/hに増量しているから,D医師やE助産婦らは,有効陣痛が発現していないという判断のもとでアトニンを増量していること を少し強くすることによって,努責と腹圧をかけることをねらって,アトニンを50ml/hに増量しているから,D医師やE助産婦らは,有効陣痛が発現していないという判断のもとでアトニンを増量していることが認められるところ,証拠(鑑定の結果,鑑定人)によれば,証拠上,有効陣痛があったか否かについては確定した判断は下せないこと,有効陣痛がなければ,アトニンを増量することはありうることが認められるから,本件のアトニン増量そのものが,医師の裁量を超えて注意義務違反に至ると認めるに足る証拠がない。③ もっとも,本件では,アトニン増量直後から,胎児心拍数が毎分90を切る遅発性徐脈が発生し,15時35分に酸素4リットル,同時37分には6リットルに増量して対応した結果,15時40分以降は改善がみられたものの,15時57分以降は持続性の徐脈が認められ,酸素投与を8リットルに増量している。この点につき,証拠(甲9,鑑定の結果)によれば,遅発一過性徐脈は胎児が低酸素状態になっていることであり,これが頻繁に観察されるならば,子宮収縮剤の投与を減量又は中止すべきであるとの知見が認められる。したがって,D医師やE助産婦は,アトニン増量後に遅発一過性徐脈が出現してから,アトニンの投与を減量又は中止すべき注意義務があるところ,これを怠った過失がある。4 争点4-緊急帝王切開を選択しなかった過失の有無-について(1) 証拠(甲9,鑑定の結果)によれば,以下の知見が認められる。① 急速遂娩術とは,分娩経過中に,母体または胎児に危険が生じ,自然の分娩の進行を待って児を娩出させるのでは遅すぎるため,直ちに胎児を娩出させる方法であり,これには,吸引分娩,鉗子分娩,帝王切開がある。② 吸引分娩の適 母体または胎児に危険が生じ,自然の分娩の進行を待って児を娩出させるのでは遅すぎるため,直ちに胎児を娩出させる方法であり,これには,吸引分娩,鉗子分娩,帝王切開がある。 見が認められる。① 急速遂娩術とは,分娩経過中に,母体または胎児に危険が生じ,自然の分娩の進行を待って児を娩出させるのでは遅すぎるため,直ちに胎児を娩出させる方法であり,これには,吸引分娩,鉗子分娩,帝王切開がある。② 吸引分娩の適 母体または胎児に危険が生じ,自然の分娩の進行を待って児を娩出させるのでは遅すぎるため,直ちに胎児を娩出させる方法であり,これには,吸引分娩,鉗子分娩,帝王切開がある。② 吸引分娩の適応は,胎児仮死,分娩第2期における分娩遷延,母体合併症のため分娩第2期を短縮させたい時,等である。③ 吸引分娩の要約は,原則として子宮口が全開大していること,破水していること,経膣分娩が可能であること,児が生存していること,母体の膀胱・直腸が空虚なこと,児頭が低在ないし出口部にあること,著しい反屈位でないこと,等である。④ 吸引分娩の禁忌は,未熟児,反屈位・横位その他の位置異常,分娩第1期,児頭が中在以上高いとき,児に凝固線溶系上など出血傾向にあるとき,児が巨駆症で肩甲難産が予想されるとき,既に産瘤が大きいとき,等である。⑤ 吸引分娩は,陣痛による自然進行の補助的操作として行い,必要ならば陣痛促進剤の投与や胎児圧出法の併用を行う。吸引分娩に併用される胎児圧出法として,クリステレル圧出法が広く併用されている。もっとも,クリステレル圧出は,母体腹壁を通じて物理的に圧力を加えるため,胎児-胎盤循環の悪化,先進部に負荷がかかる等の理由で,併用すべきでないという見解もある。(2)① 本件では,前記認定事実のとおり,15時57分以降は持続性の徐脈が見られ,酸素投与量を6リットルから8リットルに増量しても改善が見られないところ,鑑定の結果によれば,これは胎児仮死と診断されるので,吸引分娩の適応を満たす。② 次に,吸引分娩の要約について,原告らは,児頭が低在ないし出口部になかったので,要約を満たさないことを主張する。この点,社団法人日本母性保護産婦人科学会が平成 。② 次に,吸引分娩の要約について,原告らは,児頭が低在ないし出口部になかったので,要約を満たさないことを主張する。この点,社団法人日本母性保護産婦人科学会が平成10年3月にまとめた急速遂娩術に関する研修ノート(甲9)によれば,児頭の下降度を表現するのに,ステーション方式の外に,高在・中在・低在・出口部と表現する方式があること,前者は,坐骨棘間線を基準にして,先進部までの距離を表記するのに対し,後者は,児頭先進部の高さによるのではなく,骨盤内における児頭の最大周囲径の位置を,外診,内診所見から総合して表現するものであること,両表現方式の関係については,一般的にステーション方式で,+1より上方が高在,+2が中在,+3より下方が低在に相当すると考えてよいが,骨盤の深さ,形に個人差があり,同じステーションでも嵌入の度合いが異なって,ステーションによる高さの表現のみでは産道内での児頭下降の程度が正確に記載できないこと,の知見が認められる。 盤内における児頭の最大周囲径の位置を,外診,内診所見から総合して表現するものであること,両表現方式の関係については,一般的にステーション方式で,+1より上方が高在,+2が中在,+3より下方が低在に相当すると考えてよいが,骨盤の深さ,形に個人差があり,同じステーションでも嵌入の度合いが異なって,ステーションによる高さの表現のみでは産道内での児頭下降の程度が正確に記載できないこと,の知見が認められる。また,乙9によれば,ステーション+1以下では吸引分娩が適用されるとの記述もあり,鑑定人も,ステーション+1ないし+2以下を,低在ないし出口部と理解してよいと証言している。したがって,以上を総合すれば,本件証拠上は,吸引分娩の要約である低在ないし出口部という表現と,ステーション表記との関係を固定的に解することはできないと言わざるを得ない。本件では,診療録上(乙3),児頭位置が最後に確認できる記載は,15時27分ないし30分であり,それも努責にて少しずつ下降するもほとんど不良との記載であって,ステーション±0より低位であったか否かはこれからは判然としない。しかし,証拠(甲9,鑑定の結果)によれば,諸説あるも,吸引時間は10~30分以内が望ましいとされている とんど不良との記載であって,ステーション±0より低位であったか否かはこれからは判然としない。しかし,証拠(甲9,鑑定の結果)によれば,諸説あるも,吸引時間は10~30分以内が望ましいとされていることが認められるところ,前記認定事実のとおり,本件分娩吸引の所要時間は35分間であって,必ずしも望ましい吸引時間を大幅に超過したともいえないから,児頭位置に関する吸引分娩の要約を満たしていなかったとするには疑いがあり,その他,原告らの主張を認めるに足る証拠はない。③ なお,鑑定の結果によれば,本件では,その余の吸引分娩の要約を満たすか,あるいは大きな問題がないことが認められる。④ よって,本件では吸引分娩の適応を満たし,要約を満たしていなかったと認めるに足る証拠もないから,吸引分娩の選択が禁忌とは認められず,したがって,帝王切開を選択すべきであったとする注意義務は認められない。(3) また,原告らは,クリステレル圧出を本件のような胎児仮死の事例で併用すべきではないと主張する。この点,証拠(甲9,鑑定人)によれば,クリステレル圧出は胎児仮死の場合は危険であること,しかし,胎児仮死に対してクリステレル圧出を併用することによって,分娩時間が著しく短縮できるとすれば,一時的に圧迫をした虚血よりも,早く娩出した方が胎児にとっていい影響があることもあるという知見が認められる。 ない。(3) また,原告らは,クリステレル圧出を本件のような胎児仮死の事例で併用すべきではないと主張する。この点,証拠(甲9,鑑定人)によれば,クリステレル圧出は胎児仮死の場合は危険であること,しかし,胎児仮死に対してクリステレル圧出を併用することによって,分娩時間が著しく短縮できるとすれば,一時的に圧迫をした虚血よりも,早く娩出した方が胎児にとっていい影響があることもあるという知見が認められる。したがって,吸引分娩の際にクリステレル圧出を併用しようとする医師は,胎児仮死の有無を調査し,胎児仮死であれば,胎児に与える負荷という危険性と,早期娩出による利益とを総合考慮したうえで,クリステレル圧出を併用するか否かを判断すべき注意義務があるというべきである。本件では,鑑定の結果によれば,16時には胎児仮死と診断でき,吸 早期娩出による利益とを総合考慮したうえで,クリステレル圧出を併用するか否かを判断すべき注意義務があるというべきである。本件では,鑑定の結果によれば,16時には胎児仮死と診断でき,吸引分娩中に胎児仮死の兆候である遅発性徐脈を含め徐脈が続いているが,D医師の証言によれば,D医師は分娩直前まで胎児仮死とは判断していなかったことが認められる。そうであるならば,D医師は,胎児仮死の有無について調査を尽くさず,吸引分娩の際に漫然とクリステレル圧出を併用したのであって,前記注意義務に違反したと認められる。すなわち,本件において,胎児仮死と判断した結果としてクリステレル圧出併用を選択した場合に医師としての裁量の範囲内であったか否かはともかく,D医師はその判断を欠いているのであるから,この点に注意義務違反が認められるのである。5 争点5-因果関係の有無-について(1) 鑑定の結果によれば,以下の知見が認められる。① 新生児脳神経障害の症例は,分娩時の一時的な低酸素・虚血状態が原因であるものと,これとは関係なく,子宮内で既に脳神経障害が発生している症例とがある。② 米国産婦人科学会(ACOG)は,脳神経障害の原因が分娩時に存在したかどうかを推定しうる状況の根拠として,下記4要件を掲げ,4要件すべてが満たされる必要があるとしている。(ア) 深刻な代謝性アシドーシスを示す血液ガス値(PH<7.0)の存在(イ) 生後5分間以上にわたり,アプガールスコアが0~3点であること(ウ) 新生児期に,痙攣・昏睡・筋緊張低下等の神経学的後遺症を残すこと(エ) 同時に幾つかの臓器(心血管系・消化器系・造血機能・肺機能・腎機能)に障害をみること(MOFの存在)(2) の根拠として,下記4要件を掲げ,4要件すべてが満たされる必要があるとしている。(ア) 深刻な代謝性アシドーシスを示す血液ガス値(PH<7.0)の存在(イ) 生後5分間以上にわたり,アプガールスコアが0~3点であること(ウ) 新生児期に,痙攣・昏睡・筋緊張低下等の神経学的後遺症を残すこと(エ) 同時に幾つかの臓器(心血管系・消化器系・造血機能・肺機能・腎機能)に障害をみること(MOFの存在)(2) 新生児期に,痙攣・昏睡・筋緊張低下等の神経学的後遺症を残すこと(エ) 同時に幾つかの臓器(心血管系・消化器系・造血機能・肺機能・腎機能)に障害をみること(MOFの存在)(2) 本件では,Cは,脳性麻痺を原因とする痙攣重積で,出生後約2年6ヶ月後に死亡しているので,前記米国産婦人科学会の基準を検討する。前記認定事実のとおり,Cの出生後のアプガールスコアは,1分後3点,5分後4点,10分後5点であるが,これは,前記基準の(イ)を満たさない。また,前記基準の(ア)及び(ウ)については,本件証拠上では不明である。さらに,前記基準の(エ)についても,Cが2年6ヶ月生存していることに照らせば,MOFが存在したと認めることはできない。したがって,本件では,D医師及びE助産婦に,15時32分のアトニン増量後の遅発性徐脈の発生後に,アトニンを減量又は中止しなかった注意義務違反及び胎児仮死について調査を尽くさずに漫然と吸引分娩時にクリステレル圧出を併用した注意義務違反とが認められるものの,Cの脳性麻痺との間の因果関係の存在については,これを認めるに足りない。また,Cの脳性麻痺との間に因果関係が認められない以上,D医師やE助産婦が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば,Cがその死亡の時点においてなお生存していたであろうとすることもできない。なお,争点2で認定した説明義務違反が,脳性麻痺や死亡と相当因果関係がないのは明らかである。(3) また,被告は,Cの脳障害は肩甲難産であった旨主張するが,発露が16時44分で,16時45分に出生であるから,肩甲難産であると認めるに足りる証拠がない。6 争点6-損害-について ) また,被告は,Cの脳障害は肩甲難産であった旨主張するが,発露が16時44分で,16時45分に出生であるから,肩甲難産であると認めるに足りる証拠がない。6 争点6-損害-について本件では,争点2で判断したとおり,D医師は,分娩誘発の産科的・医学的適応がないにも拘わらず,これがあるものとして,分娩誘発の危険性についても説明していないのであるから,説明義務を尽くしたとは認められず,これにより,原告Bをして,分娩誘発を選択するか否かの自己決定権を侵害したというべきであり,本件に現れた一切の事情を考慮すれば,原告Bに対する慰謝料として100万円を認めるのが相当である。 害-について本件では,争点2で判断したとおり,D医師は,分娩誘発の産科的・医学的適応がないにも拘わらず,これがあるものとして,分娩誘発の危険性についても説明していないのであるから,説明義務を尽くしたとは認められず,これにより,原告Bをして,分娩誘発を選択するか否かの自己決定権を侵害したというべきであり,本件に現れた一切の事情を考慮すれば,原告Bに対する慰謝料として100万円を認めるのが相当である。また,被告に負担させるべき弁護士費用は,原告Bに対し10万円が相当である。なお,遅延損害金の起算点について,原告はC死亡の日である平成8年10月12日を主張している。しかし,本件は診療契約の債務不履行を主張するものであるから,被告の損害賠償債務は期限の定めのない債務であり,証拠上原告Bが履行の請求をしたことが明らかな訴状送達の日である平成10年5月20日に遅滞に陥ったと認められるから,遅延損害金の起算点は,その翌日である同月21日というべきである。7 結論以上の次第であるから,原告らの請求は,診療契約の債務不履行に基づく損害賠償として,原告Bに対し,金110万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成10年5月21日から支払済まで民法所定年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。大阪地方裁判所第16民事部裁判長裁判官山田知司 由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。大阪地方裁判所第16民事部裁判長裁判官山田知司裁判官安藤範樹裁判官本村暁宏
▼ クリックして全文を表示