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平成10(ワ)25812 損害賠償請求

裁判所

平成14年1月16日 東京地方裁判所

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28,868 文字

口頭弁論終結日・平成13年10月3日 主文 1 被告は,原告乙に対し400万円,原告丙及び原告丁に対しそれぞれ200万円と,これらに対する平成10年11月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。2 訴訟費用は被告の負担とする。事実及び理由 第1 原告らの請求主文と同旨(附帯請求の起算日は,訴状送達の日の翌日)第2 事案の概要前原告である甲(本件訴訟中に死亡)は,被告が設置する病院で結腸の切除手術を受けたが,術後の入院中に,ビタミンB1を補給しないで高カロリー輸液の投与を受け,ウェルニッケ脳症に罹患した。本件は,甲の相続人で訴訟を承継した原告らが,甲は高カロリー輸液の投与によってウェルニッケ脳症に罹患し,それにより記憶障害等の後遺症が残ったと主張して,被告に対し,診療契約の債務不履行に基づき,損害賠償として慰謝料を請求した事案である。1 前提となる事実(証拠を記載したもの以外は争いがない)(1) 当事者等前原告である甲(大正4年9月1日生)は,本件訴訟中の平成11年10月22日に死亡した(死亡当時84歳)。原告乙は甲の妻であり,原告丙と原告丁は甲の子である。原告らは甲の相続人であり,本件訴訟を承継した。被告は,東京都港区に,a病院(以下「被告病院」という)を設置している。A医師とB医師は,消化器外科を専門分野とする外科医であり,甲が被告病院に入院していた当時,被告病院に勤務して,甲の診療に当たっていた。(2) 投与された輸液等甲に投与された高カロリー輸液製剤は,ピーエヌツイン1号(1本あたり1000ミリリットル,ブドウ糖120グラム,560キロカロリー)と,ピーエヌツイン2号(1本あたり1100ミリリットル,ブドウ糖180グラム,840キロカロリー)である。甲に対しては,その後 00ミリリットル,ブドウ糖120グラム,560キロカロリー)と,ピーエヌツイン2号(1本あたり1100ミリリットル,ブドウ糖180グラム,840キロカロリー)である。 輸液製剤は,ピーエヌツイン1号(1本あたり1000ミリリットル,ブドウ糖120グラム,560キロカロリー)と,ピーエヌツイン2号(1本あたり1100ミリリットル,ブドウ糖180グラム,840キロカロリー)である。甲に対しては,その後 00ミリリットル,ブドウ糖120グラム,560キロカロリー)と,ピーエヌツイン2号(1本あたり1100ミリリットル,ブドウ糖180グラム,840キロカロリー)である。甲に対しては,その後,ビタミンB1を含む複合ビタミンB剤であるシーパラ(1アンプルあたり2ミリリットル,塩酸チアミン10ミリグラム)が投与された。(3) 診療経過等(アからオまでは,平成8年)ア甲は,平成8年6月ころから,腹部の膨満や腹痛を訴えるようになり,8月20日から,被告病院のA医師が出向いて診療を行っていた横浜市鶴見区所在のb病院で受診し,検査を受けたところ,上行結腸癌の疑いがあるとの診断を受け,A医師から,被告病院に入院して結腸部分切除の外科手術を受けるよう勧められた。そこで,甲は,9月4日,外科手術を含む適切な治療を受けるため,診療契約を締結して,被告病院に入院した(当時81歳)。イ甲は,被告病院に入院後,9月11日に予定されていた上行結腸切除手術に向けて,腹部CT検査,大腸内視鏡検査などの術前検査を受けていたが,9月9日,大腸内視鏡検査の施行中にS状結腸に穿孔が生じたため,同日,急きょ,S状結腸穿孔部の切除に併せて上行結腸切除手術が行われた(以下「本件手術」という)。ウ本件手術後,B医師らは,甲に対し,9月17日までは食事を止めて,その間は点滴により,糖質を加えた電解質製剤であるポタコールとヴィーンDを投与し,18日から食事の経口摂取を開始した(流動食,19日からは三分粥)。しかし,甲には食欲がなく経口摂取が少量で,下痢も頻回となったため,B医師らは,甲に対し,食事を止めて,9月22日から26日まで,高カロリー輸液であるピーエヌツインを投与した(22日から25日まではピーエヌツイン1号を毎日1本,2 少量で,下痢も頻回となったため,B医師らは,甲に対し,食事を止めて,9月22日から26日まで,高カロリー輸液であるピーエヌツインを投与した(22日から25日まではピーエヌツイン1号を毎日1本,26日はピーエヌツイン2号を1本)。この期間中,下痢が治まったため,25日と26日には食事の経口摂取も行われた(流動食)。 あるピーエヌツインを投与した(22日から25日まではピーエヌツイン1号を毎日1本,2 少量で,下痢も頻回となったため,B医師らは,甲に対し,食事を止めて,9月22日から26日まで,高カロリー輸液であるピーエヌツインを投与した(22日から25日まではピーエヌツイン1号を毎日1本,26日はピーエヌツイン2号を1本)。この期間中,下痢が治まったため,25日と26日には食事の経口摂取も行われた(流動食)。9月27日からはピーエヌツインの投与が中止され,食事の経口摂取が行われた(三分粥,29日は常食)。しかし,9月30日,腸閉塞症状が出現したので,B医師らは,再度食事を止め,10月1日まで点滴によりポタコールと電解質製剤であるソリタT3を投与した後,10月2日から10日まで,再びピーエヌツインの輸液を施行した(2日と3日はピーエヌツイン1号を毎日1本,4日から10日まではピーエヌツイン2号を毎日1本)。この期間中,腸閉塞症状が改善されたので,4日からは食事の経口摂取も行われた(流動食,6日からは常食。5日は摂取せず)。以上のように,甲に対し,合計14日間にわたり高カロリー輸液であるピーエヌツインが投与されたが,この輸液の施行中には,ビタミンB1が補給されることはなかった。エ甲は,本件手術後,消化機能は順調に回復していったが,10月19日ころから,めまい,複視(眼症状),歩行障害(運動失調)の症状が生じて,そのころ,ウェルニッケ脳症が発症した。10月22日ころからは傾眠傾向が生じ,10月23日前後までには,発語が少なくなる,反応が鈍くなる,仮面様表情となるという意識障害を呈するようになって,甲には,このころまでに,複視,歩行障害,意識障害というウェルニッケ脳症の3主徴が発症した(乙1,証人B医師,C医師,D医師。本件手術後,甲にウェルニッケ脳症が発症したこと自体は争いがない)。オ ころまでに,複視,歩行障害,意識障害というウェルニッケ脳症の3主徴が発症した(乙1,証人B医師,C医師,D医師。本件手術後,甲にウェルニッケ脳症が発症したこと自体は争いがない)。オ 10月28日,甲が被告病院の眼科で診察を受け,頭部MRI検査により脳の画像診断を受けたところ,延髄から中脳にかけての背側部,乳頭体,第三脳室周囲と視床内側部において,左右ほぼ対称に高信号強度を示す病巣が見られ,脳障害が指摘された。 複視,歩行障害,意識障害というウェルニッケ脳症の3主徴が発症した(乙1,証人B医師,C医師,D医師。本件手術後,甲にウェルニッケ脳症が発症したこと自体は争いがない)。オ 10月28日,甲が被告病院の眼科で診察を受け,頭部MRI検査により脳の画像診断を受けたところ,延髄から中脳にかけての背側部,乳頭体,第三脳室周囲と視床内側部において,左右ほぼ対称に高信号強度を示す病巣が見られ,脳障害が指摘された。そこで,B医師らは,ウェルニッケ脳症の可能性を疑い,ビタミンB1の欠乏を考慮して,10月29日から11月17日まで,甲に対し,食事の経口摂取と並行して,毎日,シーパラ3アンプルから4アンプルを投与した。甲が11月25日に再度MRI検査による脳の画像診断を受けたところ,10月28日に見られた病巣は,ほぼ消失していた。甲は,12月1日,被告病院を退院した。カ甲は,被告病院を退院後,記憶障害等を訴えて,平成9年3月18日,横浜市鶴見区所在のc病院で精神科を受診したところ,記憶障害の症状があり老年性痴呆であるとの診断を受け,脳循環代謝改善剤であるサーミオンを処方された。甲は,その後,同年3月25日,4月8日,5月6日,6月3日の4回にわたりc病院を受診し,それぞれサーミオンと脳血管障害性精神症状改善剤であるエレンを処方された。2 争点(1) 被告病院での治療行為と甲に生じた脳障害との因果関係(原告らの主張)ア甲は,被告病院において,ビタミンB1を補給しないで高カロリー輸液を投与されたため,ウェルニッケ脳症に罹患し,被告病院を退院した後も,その後遺症として記憶障害等の脳障害が残った。すなわち,甲に生じた脳障害は,老年性痴呆による症状ではなく,ウェルニッケ脳症によるものであり,被告病院 ウェルニッケ脳症に罹患し,被告病院を退院した後も,その後遺症として記憶障害等の脳障害が残った。すなわち,甲に生じた脳障害は,老年性痴呆による症状ではなく,ウェルニッケ脳症によるものであり,被告病院での治療行為から生じたものである。イ甲は,被告病院で高カロリー輸液の投与を受けて,平成8年10月18日ころに意識障害が出現するまでは,意識は清明かつ正常であり,日常生活に何ら支障をきたすような慢性的知能低下はなく,まして,老年性痴呆の症状を呈していたことはない。また,入院前に脳動脈硬化症の診断がされたこともなく,健忘症状があったということもない。 ではなく,ウェルニッケ脳症によるものであり,被告病院での治療行為から生じたものである。イ甲は,被告病院で高カロリー輸液の投与を受けて,平成8年10月18日ころに意識障害が出現するまでは,意識は清明かつ正常であり,日常生活に何ら支障をきたすような慢性的知能低下はなく,まして,老年性痴呆の症状を呈していたことはない。また,入院前に脳動脈硬化症の診断がされたこともなく,健忘症状があったということもない。甲が被告病院を退院後,c病院で老年性痴呆という診断を受けたのは,担当医師が,甲がウェルニッケ脳症に罹患したことを知らず,あるいは,原因について何らの検討もなく,症状のみから判断した結果にすぎない。ウ高カロリー輸液の投与からウェルニッケ脳症の発症までの期間は,発症まで5日間という症例も報告されているように個人差があり,また,食事の経口摂取が行われていても,それが少量ではビタミンB1の補給が十分にはできないから,甲のウェルニッケ脳症の発現が非医原性であるということはできない。エ平成8年11月25日に行われた脳のMRI検査の結果には変化があったが,ウェルニッケ脳症の症状は脳の機能的な障害によって発生するものであり,それはMRI検査からは判断することができないので,その変化が必ずしもウェルニッケ脳症の治癒を意味するものではない。そのころ甲の症状が大きく改善したこともないから,甲のウェルニッケ脳症が10月29日からのビタミンB1の投与によって治癒したということはできない。(被告の主張)ア甲に生じた脳障害は,ウェルニッケ脳症による後遺症ではなく,老年性痴呆によるものであ ウェルニッケ脳症が10月29日からのビタミンB1の投与によって治癒したということはできない。(被告の主張)ア甲に生じた脳障害は,ウェルニッケ脳症による後遺症ではなく,老年性痴呆によるものである。イ甲には,被告病院に入院する前から,めまい,集中力の低下,意欲の減退等の老年性痴呆の前駆症状があり,健忘症状や時間的な見当識障害も出現していた。これは,単なる加齢による生理的な老化を超えるものであり,既に老年性痴呆に罹患していて,その前駆期,初期ないし中期に相当する症状が現れていたものである。被告病院を退院後,甲は,平成9年3月18日に受診したc病院でも老年性痴呆と診断され,そのころ,相貌失認,短期記憶の障害,空間的な見当識障害,喚語障害,概念比較障害など,ウェルニッケ・コルサコフ症候群の本態である健忘を超えた全般的な痴呆の様相を呈していた。 は,単なる加齢による生理的な老化を超えるものであり,既に老年性痴呆に罹患していて,その前駆期,初期ないし中期に相当する症状が現れていたものである。被告病院を退院後,甲は,平成9年3月18日に受診したc病院でも老年性痴呆と診断され,そのころ,相貌失認,短期記憶の障害,空間的な見当識障害,喚語障害,概念比較障害など,ウェルニッケ・コルサコフ症候群の本態である健忘を超えた全般的な痴呆の様相を呈していた。甲には進行性の脳萎縮が生じていたこと,コルサコフ症候群に特徴的な作話が出現していないことも,退院後の甲の症状が老年性痴呆であることを示している。一般に,高齢の患者が入院や手術等の生活環境の変化で生じるストレスから適応障害を起こし,老年性の痴呆を助長するようなことは,臨床上しばしば経験されるところである。甲についても,被告病院に入院する前に生じていた脳動脈硬化症等の疾患が,入院生活等によるストレスが誘因となって老年性痴呆症状を進展させたものと理解すべきである。ウ甲は,被告病院に入院中,ウェルニッケ脳症に罹患したが,ウェルニッケ脳症は,相当期間にわたるビタミンB1不足によって起こる疾患と考えられる。甲に高カロリー輸液を投与した期間は合計14日間と短期間であり,そのうち8日間は食事も経口摂取しているのであるから,甲のウェルニッケ脳症は,非医原性のものというべきであり,被告の治療行 考えられる。甲に高カロリー輸液を投与した期間は合計14日間と短期間であり,そのうち8日間は食事も経口摂取しているのであるから,甲のウェルニッケ脳症は,非医原性のものというべきであり,被告の治療行為とは関係がない。エ平成8年10月29日からビタミンB1を投与したことにより,11月25日のMRI検査では,甲に見られたウェルニッケ脳症に特徴的な脳所見が消失し,そのころまでには,臨床的にも意識状態は改善し,複視や歩行障害も改善したから,甲が罹患したウェルニッケ脳症は,このビタミンB1の投与によって治癒したものである。(2) 甲に対しビタミンB1を補給せずに高カロリー輸液を投与したことについての過失(原告らの主張)ア本件当時,甲に投与された高カロリー輸液であるピーエヌツインを製造した製薬会社は,その添付文書(能書)において,「ビタミンB1の経口摂取が不能又は不十分な場合,患者の糖代謝を円滑に行うため,ビタミンB1を補給すること」,「高カロリー輸液療法施行中にビタミンB1欠乏により重篤なアシドーシスが起こることがあるので,適切な量のビタミンB1の投与を考慮すること」等の警告情報を提供していたのであるから,被告病院の医師らは,これに従うべきであった。 であるピーエヌツインを製造した製薬会社は,その添付文書(能書)において,「ビタミンB1の経口摂取が不能又は不十分な場合,患者の糖代謝を円滑に行うため,ビタミンB1を補給すること」,「高カロリー輸液療法施行中にビタミンB1欠乏により重篤なアシドーシスが起こることがあるので,適切な量のビタミンB1の投与を考慮すること」等の警告情報を提供していたのであるから,被告病院の医師らは,これに従うべきであった。また,本件当時,ビタミンB1を併用せずに高カロリー輸液を投与する場合には,ウェルニッケ脳症が発現するおそれがあり,ビタミンB1の摂取,投与によってこれを予防できることは,外科学の医学生向け教科書,高カロリー輸液のマニュアル,高カロリー輸液施行時のウェルニッケ脳症に関する医学文献等において広く報告されていた。厚生省も,平成3年と平成6年に,高カロリー輸液療法を行う場合には適切な量のビタミンB1の投与と施行中の注意深い観察が重要であることを,医薬品副作用情報により 医学文献等において広く報告されていた。厚生省も,平成3年と平成6年に,高カロリー輸液療法を行う場合には適切な量のビタミンB1の投与と施行中の注意深い観察が重要であることを,医薬品副作用情報により注意喚起していた。被告病院の医師らは,このことを十分認識していたか,あるいは認識すべきであった。イ甲は,本件手術後,食事の経口摂取が可能となった後も食欲がなくて,わずかな量しか摂取できず,ビタミンB1の摂取が十分ではない状態であったから,被告病院の医師らは,甲に対して高カロリー輸液を投与する場合には,ビタミンB1を併せて投与し,甲にウェルニッケ脳症が発症しないように万全の注意を払う義務があったのに,これを怠り,甲にウェルニッケ脳症が発症した後の平成8年10月29日まで,ビタミンB1を投与しなかった。したがって,被告病院の医師らが甲に対し,高カロリー輸液の投与開始時からビタミンB1を投与しなかったことには,過失がある。ウまた,平成8年10月18日に甲に吐き気,めまい,頭痛というウェルニッケ脳症の症状が現れた際,直ちに診断的治療としてビタミンB1の静脈内投与を大量に行っていれば,症状の悪化を防止して改善を図ることができたにもかかわらず,被告病院の医師らは,10月29日にビタミンB1の投与を開始するまで,何らの診断も治療も行わなかった。 高カロリー輸液の投与開始時からビタミンB1を投与しなかったことには,過失がある。ウまた,平成8年10月18日に甲に吐き気,めまい,頭痛というウェルニッケ脳症の症状が現れた際,直ちに診断的治療としてビタミンB1の静脈内投与を大量に行っていれば,症状の悪化を防止して改善を図ることができたにもかかわらず,被告病院の医師らは,10月29日にビタミンB1の投与を開始するまで,何らの診断も治療も行わなかった。したがって,被告病院の医師らが甲に対し,少なくとも10月18日からビタミンB1を投与しなかったことには,早期診断,早期治療義務を怠った過失がある。(被告の主張)ア高カロリー輸液療法とは,上大静脈にカテーテルを留置して,高濃度のブドウ糖,アミノ酸,電解質などの混合液を輸液する方法であり,1日につき体重1キログラムあたり35キロカロリーを投与する場合をいうものとされ,通常,ピーエヌ 上大静脈にカテーテルを留置して,高濃度のブドウ糖,アミノ酸,電解質などの混合液を輸液する方法であり,1日につき体重1キログラムあたり35キロカロリーを投与する場合をいうものとされ,通常,ピーエヌツイン1号,2号ともに,1日あたり2本が使用される。甲に投与された輸液は,1日あたりピーエヌツイン1号又は2号が1本のみであり,1日の投与総カロリーは最大でも840キロカロリーで,甲の体重1キログラムあたりに換算しても21キロカロリーである。これは末梢血管から行う通常の輸液に相当するものであり,高カロリー輸液療法に該当するものではない。高カロリー輸液を投与する場合に,必ずビタミンB1も投与すべきであるとする情報が,厚生省の医薬品副作用情報等により発せられるに至ったのは平成9年であり,本件当時はそのような情報はなかった。イ被告病院の医師らは,「高カロリー輸液療法施行中にビタミンB1欠乏により重篤なアシドーシスが起こることがあるので,投与中は観察を十分に行い,症状が現れた場合には適切な量のビタミンB1を投与するなど適切な処置を行うべきである」等の本件当時における厚生省からの情報等を十分に認識したうえで,甲に対する高カロリー輸液の投与と経過観察を行った。すなわち,本件において甲に投与された高カロリー輸液は,カロリー数ないし量的にも,あくまで経口摂取の補完としてされたものにすぎず,投与された期間は合計14日間と比較的短期間であって,その期間中8日間は並行して食事の経口摂取もされていたし,また,甲は病院食以外の食物を持ち込んで補食もしていた。 の本件当時における厚生省からの情報等を十分に認識したうえで,甲に対する高カロリー輸液の投与と経過観察を行った。すなわち,本件において甲に投与された高カロリー輸液は,カロリー数ないし量的にも,あくまで経口摂取の補完としてされたものにすぎず,投与された期間は合計14日間と比較的短期間であって,その期間中8日間は並行して食事の経口摂取もされていたし,また,甲は病院食以外の食物を持ち込んで補食もしていた。医師らは,甲の経口摂取の状況やビタミンB1摂取の状況を見ながら輸液の投与を調整していたのであり,ビタミンB1の補給に気を配らなかったものではない。また,医師らは,甲に生じた精神 いた。医師らは,甲の経口摂取の状況やビタミンB1摂取の状況を見ながら輸液の投与を調整していたのであり,ビタミンB1の補給に気を配らなかったものではない。また,医師らは,甲に生じた精神障害等の症状については,適切に検査を行い,ウェルニッケ脳症の疑いが生じた平成8年10月29日からは,ビタミンB1の投与をするなど適切な処置をとっていた。したがって,被告病院の医師らが甲に対し,高カロリー輸液の投与開始時からビタミンB1を投与せず,経過観察を行っていたことをもって,過失があったということはできない。(3) 損害(原告らの主張)甲は,高齢ではあっても,それまで歩行困難なところはなく,意識も清明であったが,ウェルニッケ脳症に罹患したことにより,記憶喪失と記憶の蓄積ができない前健忘症の状態,知能低下,歩行失調が後遺症として残り,日常生活に介護を要する状態となった。甲は,自己の人生のあかしともいえる記憶を失い,趣味や旅行などによって有意義に余生を送る機会を喪失させられたのであり,これによって被った精神的苦痛を慰謝するのに相当な額は,少なくとも800万円である。第3 争点に対する判断 1 甲の症状に関する事実経過前提となる事実に証拠(甲5,6,9,10,92,93,乙1,3,4,6,25,26,28,証人B医師,原告丁本人)を総合すると,以下の事実が認められる。(1) 甲は,横浜市鶴見区所在のd診療所で,平成3年4月3日,本態性高血圧症の診断を受けた。平成6年12月27日には,頭痛,動悸を主訴に受診し,平成7年7月6日には,「今日は頭がモヤモヤする」と訴えて受診した。甲は,平成8年3月18日,午前中のめまい,ふらふら感を訴えて受診したが,c診療所では,神経的には問題ないものと診断した。 ,28,証人B医師,原告丁本人)を総合すると,以下の事実が認められる。(1) 甲は,横浜市鶴見区所在のd診療所で,平成3年4月3日,本態性高血圧症の診断を受けた。平成6年12月27日には,頭痛,動悸を主訴に受診し,平成7年7月6日には,「今日は頭がモヤモヤする」と訴えて受診した。甲は,平成8年3月18日,午前中のめまい,ふらふら感を訴えて受診したが,c診療所では,神経的には問題ないものと診断した。翌19日にも,甲は「少しフラフラす 日は頭がモヤモヤする」と訴えて受診した。甲は,平成8年3月18日,午前中のめまい,ふらふら感を訴えて受診したが,c診療所では,神経的には問題ないものと診断した。翌19日にも,甲は「少しフラフラする」と訴えて受診し,d診療所では,脳動脈硬化症を疑って,脳循環改善薬であるカラナロール錠を処方した。甲は,引き続き,4月9日,4月24日,5月9日にd診療所で受診して,それぞれカラナロール錠を処方され,6月3日には,めまいを訴えて受診し,カラナロール錠の処方を受けた。甲は,その後も,6月27日,7月18日,8月20日にd診療所で受診して,それぞれカラナロール錠の処方を受けた。被告病院に入院するまでに,甲はd診療所で,以上のとおり頭痛やめまい,ふらふら感を訴えて受診し,継続的にカラナロール錠の処方を受けていたが,d診療所が甲について,健忘症状や見当識障害が見られるという診断をしたことはなかった。(2) 被告病院に入院するまでの約6か月の間に,甲は,たびたび書道教室や老人のための教養講座に通い,運転免許の更新を行い,妻のデパートでの買物にも同行していた。また,甲は,孫の大学の卒業式に出席するため独りで電車に乗って大学へ行ったり,旧友らと再会するため兵庫県明石市までの旅行をしたこともあった。甲は,被告病院に入院するまでは,毎日,自分の生活や体調等について日記を付けていた。この日記には,起床時刻,天気,気温,その日の行動とその時刻,病院への通院の事実,病院で計測した血圧の数値,その日の体調や気持などが細かく記載されている。この時期の日記には,現実と異なることが記載されることはなかった。(3) 甲が入院した平成8年9月4日から11月17日までの被告病院における病院食からのエネルギーとビタミンB1の摂取状況は,別紙「被告病院における甲 実と異なることが記載されることはなかった。 には,起床時刻,天気,気温,その日の行動とその時刻,病院への通院の事実,病院で計測した血圧の数値,その日の体調や気持などが細かく記載されている。この時期の日記には,現実と異なることが記載されることはなかった。(3) 甲が入院した平成8年9月4日から11月17日までの被告病院における病院食からのエネルギーとビタミンB1の摂取状況は,別紙「被告病院における甲 実と異なることが記載されることはなかった。(3) 甲が入院した平成8年9月4日から11月17日までの被告病院における病院食からのエネルギーとビタミンB1の摂取状況は,別紙「被告病院における甲の病院食摂取状況一覧表」記載のとおりである(ただし,この一覧表の数値は経口時における数値であって,実際に体内に吸収された数値ではない)。また,この時期に甲に対して投与された輸液の熱量は,同表記載のとおりである(ピーエヌツインの輸液施行時には,並行して,1日につきポタコール1本100キロカロリーが投与された)。(4) 甲には,被告病院入院後,平成8年10月19日ころに複視や歩行障害等の症状が現れるまでは,健忘症状や見当識障害など,老年性痴呆を疑わせるような症状は現れていなかった。甲は,歩行障害が生じてからは自力では歩けず,車いすが必要な状況になり,自力での坐位の保持すら困難な状況となったが,11月6日にはベッドサイドにつかまりながら立位の練習を始め,翌7日には歩行器を使用しての歩行練習を開始した。11月17日ころからは,甲は,介助を受けながら歩行する練習を始めたが,11月26日ころもまだ歩行にふらつきがあり,介助がないと歩行できない状況であった。甲は,10月25日ころから仮面様の表情を呈し,ほとんど発語がなくなって,問いかけに対する反応も,意味を理解しているのかが不明なほど明確でなくなり,10月27日には意味の不明な発語をしたり,呻き声を発するようになった。10月29日には問いかけに対して反応が出てくるようになり,11月3日には,「息子はどこに行った」,「ありがとう」などの発語をするようになって,話す単語も長くなり,意思の確認は可能になったが,11月9日ころに至っても自発語は乏しかった。11月11日,甲は何か頭の中 「息子はどこに行った」,「ありがとう」などの発語をするようになって,話す単語も長くなり,意思の確認は可能になったが,11月9日ころに至っても自発語は乏しかった。 に対して反応が出てくるようになり,11月3日には,「息子はどこに行った」,「ありがとう」などの発語をするようになって,話す単語も長くなり,意思の確認は可能になったが,11月9日ころに至っても自発語は乏しかった。11月11日,甲は何か頭の中 「息子はどこに行った」,「ありがとう」などの発語をするようになって,話す単語も長くなり,意思の確認は可能になったが,11月9日ころに至っても自発語は乏しかった。11月11日,甲は何か頭の中が変であったと訴え,話しかけると「にへにへ」という感じで笑うなど,痴呆様の症状が現れるようになった。翌12日からは大便の失禁をするようになり,時々意味不明な発語もあった。11月15日には家人が甲の名前を書いて示しても,甲は困惑した様子を見せるだけで字が書けず,16日には,甲は時々「どこ行くの」,「ここどこ」という意味不明な質問をしたり,看護婦に対して「隣の息子さんかい」という質問をし,また,ナースコールがあって看護婦が訪室したのに対し「呼んだかい」と言ったり,現在いる場所を聞かれても答えられないということもあった。11月17日朝には,甲は隣のベッドで寝ていたがその訳を聞いてもはっきり答えられず,また,夜には,ナースコールを押して家に帰ると言い出した。18日には,甲は,子の名前や自分の名前が出てこなくなり,25日には,看護婦の言うことが分かったり分からなかったりという様子を見せた。26日には,甲の会話は以前よりはスムーズになってきていたが,27日も痴呆様の症状は持続しており,ナースコールを何回も押して「押してみたの」と言っていたり,28日には,電動ベッドを作動させるいたずらをすることもあった。29日からは,被告病院を退院する日まで,甲は数時間ごとに失禁を繰り返していた。甲に生じた眼症状については,11月1日ころは,まだ視線が合わない状況であったが,11月5日ころには,視線が合うようになり,改善が見られた。甲は,12月1日に被告病院を退院するころになっても,記憶が十分にできず,歩行状態も跛行していて不自由な状態にあり,発語も乏しい状況で ,11月5日ころには,視線が合うようになり,改善が見られた。甲は,12月1日に被告病院を退院するころになっても,記憶が十分にできず,歩行状態も跛行していて不自由な状態にあり,発語も乏しい状況であった。(5) 甲は,被告病院に入院した平成8年9月4日からも,引き続き日記を付けていた。 に被告病院を退院するころになっても,記憶が十分にできず,歩行状態も跛行していて不自由な状態にあり,発語も乏しい状況で ,11月5日ころには,視線が合うようになり,改善が見られた。甲は,12月1日に被告病院を退院するころになっても,記憶が十分にできず,歩行状態も跛行していて不自由な状態にあり,発語も乏しい状況であった。(5) 甲は,被告病院に入院した平成8年9月4日からも,引き続き日記を付けていた。甲は,入院した日のことを9月3日の欄から書き始めていたが,9月6日の欄を書く際に,「どうしたことか日次が1日狂った」と記載して,日付が1日ずれていることに気がついている。日記には,本件手術が施行された9月9日まで,1日の生活の様子や面会者等についての記載がされている。手術後,甲は,9月29日から日記を付けることを再開し,1日の生活の様子,面会者やその面会時間,食べ物の差し入れ,食べ物についての願望,天気などについて詳細な記載をしていたが,10月16日以後は記載がされなくなった。(6) 被告病院から退院後,甲は自宅に戻った。退院後の甲は,発語に乏しく,何にも興味を示さなくなり,無表情で,新たな記憶ができない状況であり,他人の家にいるかのように態度は整然としていた。1か月が経過するころには,甲は日常生活にも慣れ,家事も手伝うようになった。甲は,家族に勧められて,平成9年2月3日から,再び日記を書き始めた。日記の2月5日の欄には「この2,3日すっかり頭が悪くなって,記憶など殆ど出来なくなった。唯,話をするだけだ」との記載がされ,2月22日の欄には「◇の方も人の状態がすっかり変ったようだ。いや,まわりが変ったのではなく自分が気くるいして居るようだ。夕方になり自宅に帰る気になって家内に漏らすと,家内はびっくりしたように自分はこちらに居るような話をする。よく見ればここは自分の家に真ちがいない。随分とぼけたものだと驚いた」との記載がされてい うだ。夕方になり自宅に帰る気になって家内に漏らすと,家内はびっくりしたように自分はこちらに居るような話をする。よく見ればここは自分の家に真ちがいない。随分とぼけたものだと驚いた」との記載がされている。このころ,甲は時々,仕事に行かなければなどと口にして,家族が説明すると正気に戻るということもあった。(7) 甲は,被告病院退院後,平成9年5月ころまで,被告病院のA医師が出向いて診療を行っている日に合わせて,b病院で5回受診した。 なって家内に漏らすと,家内はびっくりしたように自分はこちらに居るような話をする。よく見ればここは自分の家に真ちがいない。随分とぼけたものだと驚いた」との記載がされている。このころ,甲は時々,仕事に行かなければなどと口にして,家族が説明すると正気に戻るということもあった。(7) 甲は,被告病院退院後,平成9年5月ころまで,被告病院のA医師が出向いて診療を行っている日に合わせて,b病院で5回受診した。その際,甲は毎回,A医師に対し,新たな記憶ができないこと,歩行に障害があることを訴えた。(8) 平成9年3月18日早朝,甲が家族の寝ている間に独りで外出し,近所の人に保護されるということがあったので,同日,甲は,妻と次女に付き添われ,A医師からもらった紹介状を持参してc病院へ行き,精神科のE医師の診察を受けた。品物を見せられて名前を答える検査に対し,甲は,時計,はさみ,くし等の言葉は比較的スムーズに出たものの,栓抜きについては喚語に困難を生じ,当日の朝食内容の質問に対しては,まったく事実と異なることを答えていた。スズメとトンボの似ているところ,違うところを尋ねられると,似ているところは空を飛べること,違うところは大きさとスピードが違うことと答えたが,ほかに,暗いところがだめなのと,昼間飛べるものとが違うとも答えていた。3月25日に受診した際には,付き添った妻が,E医師に対し,甲は朝は他人行儀で,夜になると「帰ります」と言ったりすること,何の脈絡もなく,かつて役員をしていたころの話を始めること,妻に対して「どこのお姐さん」と言うこともあることを説明した。4月8日の受診では,甲は,当日の日付は答えられた。付き添った妻と次女は,E医師に対し,甲の反応が少々早くなり,変なことを言うのも少なくなって 「どこのお姐さん」と言うこともあることを説明した。4月8日の受診では,甲は,当日の日付は答えられた。付き添った妻と次女は,E医師に対し,甲の反応が少々早くなり,変なことを言うのも少なくなってきたが,足取りがおぼつかなくなっていると説明した。5月6日の受診の際には,次女が,記憶については相変わらず良好な状態といえないが,むしろ歩行がふらつき気味であり,口数が少なく,情意が鈍麻していると説明した。甲は,6月3日にもc病院で受診したが,その後は,E医師から紹介を受けた横浜市鶴見区所在のeクリニックの神経内科に一本化して,受診するようになった。 応が少々早くなり,変なことを言うのも少なくなってきたが,足取りがおぼつかなくなっていると説明した。5月6日の受診の際には,次女が,記憶については相変わらず良好な状態といえないが,むしろ歩行がふらつき気味であり,口数が少なく,情意が鈍麻していると説明した。甲は,6月3日にもc病院で受診したが,その後は,E医師から紹介を受けた横浜市鶴見区所在のeクリニックの神経内科に一本化して,受診するようになった。(9) 平成9年5月10日以降,死亡する平成11年10月22日までの間,甲はeクリニックに継続して通院し,あるいは,家族が病状の報告をして,その期間中,失調性の歩行障害(ふらつき),記憶障害(物忘れがひどい)や,住所や孫の名前が分からないことを訴えていた。平成9年5月の受診初期のころには,甲には構音障害も現れていた。eクリニックでは,平成9年5月21日,平成10年2月2日,平成11年7月26日の3回,甲の頭部MRI検査を実施して,いずれの回も脳萎縮との診断をした。eクリニックでは,また,平成9年7月10日に甲の脳波検査を実施し,脳波に異常があって,ウェルニッケ脳症とは矛盾しないとの診断をした。2 ウェルニッケ脳症とビタミンB1前提となる事実に証拠(甲15,19,20,32,37,39,40,41,42,45,47,48,50,53,69,71,72,81,82,89の5,乙18,19,22,証人C医師,D医師)を総合すると,以下の事実が認められる。(1) ウェルニッケ脳症とは,ビタミンB1(チアミン)欠乏により生じる最も重要な中枢神経障害である。ビタミンB1欠乏の要 9,22,証人C医師,D医師)を総合すると,以下の事実が認められる。(1) ウェルニッケ脳症とは,ビタミンB1(チアミン)欠乏により生じる最も重要な中枢神経障害である。ビタミンB1欠乏の要因としては,摂取不足をきたす慢性アルコール中毒,慢性消化器疾患,悪性疾患,重症感染症,妊娠悪阻,高カロリー輸液等が挙げられる。これらの状況においては,一般に全身状態が不良で低栄養状態に陥りやすく,持続性嘔吐に伴い絶対的なビタミンB1の摂取不足になり,ブドウ糖を中心とする炭水化物負荷によりビタミンB1の過剰消費をきたすため,それがビタミンB1欠乏の原因になると考えられている。特に,ビタミンB1は糖代謝,アミノ酸代謝に関与し,高カロリー輸液など糖質投与量が多い場合にはその必要量が増加するため,ビタミンB1の欠乏が生じやすい。 これらの状況においては,一般に全身状態が不良で低栄養状態に陥りやすく,持続性嘔吐に伴い絶対的なビタミンB1の摂取不足になり,ブドウ糖を中心とする炭水化物負荷によりビタミンB1の過剰消費をきたすため,それがビタミンB1欠乏の原因になると考えられている。特に,ビタミンB1は糖代謝,アミノ酸代謝に関与し,高カロリー輸液など糖質投与量が多い場合にはその必要量が増加するため,ビタミンB1の欠乏が生じやすい。ビタミンB1の低下をもたらすものはすべて,ウェルニッケ脳症を起こしうると考えられている。(2) ウェルニッケ脳症は,定型的には眼球運動障害,運動失調,意識障害の3主徴が急激に発症するが,これらの3主徴は常にすべてが見られるとは限らず,発症も突然のものから数日にわたって進行するものまで様々である。眼球運動障害は最も重要な徴候であり,水平性ないし垂直性眼振,共同注視障害,複視を伴う外転筋麻痺が生じる。運動失調は,歩行障害が主であり,重症のものは起立が不能となり,軽症例では継ぎ足歩行で初めて認められるものもある。意識障害は,無欲様で,集中力に欠け,周囲に無関心という症状で現れてくる。自発語は少なく,問いかけに対して応答しないか,答えかけても途中で眠り込んでしまうというように,傾眠がちであることが多い。また,時間や空間に対する見当識が失われることもある。そして,ウェルニッケ脳症の80パーセントが,ウェルニッケ・コルサコフ症候 かけても途中で眠り込んでしまうというように,傾眠がちであることが多い。また,時間や空間に対する見当識が失われることもある。そして,ウェルニッケ脳症の80パーセントが,ウェルニッケ・コルサコフ症候群に移行する。ウェルニッケ・コルサコフ症候群に移行すると,症状として,見当識障害,健忘症状,しばしば短期記憶の障害やそれに伴う作話,自発性の低下が見られるようになるが,作話は常に認められるとは限らない。また,それ以外に認識能力の低下,概念形成の低下,構音障害が見られることもある。ウェルニッケ・コルサコフ症候群は,早期に診断し治療すれば,それだけ予後はよく,ビタミンB1投与により,投与後数時間から数日で改善効果が現れる。しかし,記憶力障害は,いったん完成すると完全に治癒するのは5分の1以下である。そして,ビタミンB1を投与して意識障害が改善すると,記憶力障害がかえって顕著になることがある。 らない。また,それ以外に認識能力の低下,概念形成の低下,構音障害が見られることもある。ウェルニッケ・コルサコフ症候群は,早期に診断し治療すれば,それだけ予後はよく,ビタミンB1投与により,投与後数時間から数日で改善効果が現れる。しかし,記憶力障害は,いったん完成すると完全に治癒するのは5分の1以下である。そして,ビタミンB1を投与して意識障害が改善すると,記憶力障害がかえって顕著になることがある。ウェルニッケ・コルサコフ症候群に罹患した患者については,改訂長谷川式簡易知能評価スケールにおいて20点未満の低成績(痴呆)が見られる場合もある。(3) 本件当時に適用されていたピーエヌツインの添付文書(能書)には,「使用上の注意」の中で,「一般的注意」として「高カロリー輸液療法施行中にビタミンB1欠乏により重篤なアシドーシスが起こることがあるので,適切な量のビタミンB1の投与を考慮すること」との記載がされ,「適用上の注意」として,投与時には「ビタミンB1の経口摂取が不能又は不十分な場合,患者の糖代謝を円滑に行うため,ビタミンB1を補給すること」との記載がされていた。(4) ビタミンB1は,エネルギー代謝や糖代謝に関与する補酵素として役割を果たす。ビタミンは生体に必要不可欠なものであるが,生体内では合成されないので,体外からの摂取が必要である。また,体外か 。(4) ビタミンB1は,エネルギー代謝や糖代謝に関与する補酵素として役割を果たす。ビタミンは生体に必要不可欠なものであるが,生体内では合成されないので,体外からの摂取が必要である。また,体外から摂取したとしても,常時尿中に排泄されて,体内には蓄積されない。ビタミンB1の体内貯蔵量は25ないし30ミリグラムであり,まったく摂取されない場合には18日間で枯渇する。さらに,栄養管理中の患者にビタミンをまったく投与しないと,症例によっては開始後7日目ころからビタミン欠乏症状が生じることもある。ビタミンB1の所要量(経口摂取の場合の計算方法であり,通常の栄養管理の場合にはこの数字が用いられる)は,1日あたり1ないし2ミリグラム,又は1000キロカロリーごとに0.4ミリグラムか0.5ミリグラムであるといわれている。ヒトが生命を維持するために必要なカロリー数は,1日に約1000キロカロリーであり,その日に摂取されたカロリー数がこれに満たない場合にも体内に備蓄された糖質,脂肪,タンパク質を分解して不足分を補う。 量(経口摂取の場合の計算方法であり,通常の栄養管理の場合にはこの数字が用いられる)は,1日あたり1ないし2ミリグラム,又は1000キロカロリーごとに0.4ミリグラムか0.5ミリグラムであるといわれている。ヒトが生命を維持するために必要なカロリー数は,1日に約1000キロカロリーであり,その日に摂取されたカロリー数がこれに満たない場合にも体内に備蓄された糖質,脂肪,タンパク質を分解して不足分を補う。このような糖質の分解の際にも,ビタミンB1を必要とするから,1日に最低限,約1000キロカロリーを消費するためのビタミンB1が補給されている必要がある。特に高齢者については,単位摂取カロリーあたりのビタミンB1必要量は増加するといわれている。(5) 高カロリー輸液の施行が発生原因になったと推定されるウェルニッケ脳症の報告例について,輸液の開始からウェルニッケ脳症の発症までの期間をみると,2日間から8か月間までと様々であるが,その相当数は1か月以内に発症しており,2週間以内の発症の事例も少なくない。3 争点(1)(被告病院での治療行為と甲に生じた脳障害との因果関係)について(1) 前提となる事実と以上に認定した事実によれば,ウェ 内に発症しており,2週間以内の発症の事例も少なくない。3 争点(1)(被告病院での治療行為と甲に生じた脳障害との因果関係)について(1) 前提となる事実と以上に認定した事実によれば,ウェルニッケ脳症はビタミンB1の欠乏により生じる中枢神経障害であり,高カロリー輸液など糖質投与量が多い場合にはその必要量が増加するため,ビタミンB1の欠乏が生じやすいところ,本件手術日である平成8年9月9日から高カロリー輸液を投与した最後の日である10月10日までの32日間のうち,9月9日から17日まで,9月22日から24日まで,9月30日から10月3日までと,10月5日の計17日間は,ビタミンB1の病院食による経口摂取は皆無であり,そのほかの日についても,ビタミンB1の所要量を満足している日は,1000キロカロリーあたり0.4ミリグラムという数値を採ったとして,わずか1日にすぎず,甲は,慢性的にビタミンB1の欠乏状態にあったということができる。ビタミンB1は体内貯蔵量が25ないし30ミリグラムであり,まったく摂取されなければ18日間で枯渇するのであるが,前記の32日間のうち,高カロリー輸液を投与した日は計14日間であり,B医師らは甲に対し,その間はビタミンB1を補給しなかった。 いる日は,1000キロカロリーあたり0.4ミリグラムという数値を採ったとして,わずか1日にすぎず,甲は,慢性的にビタミンB1の欠乏状態にあったということができる。ビタミンB1は体内貯蔵量が25ないし30ミリグラムであり,まったく摂取されなければ18日間で枯渇するのであるが,前記の32日間のうち,高カロリー輸液を投与した日は計14日間であり,B医師らは甲に対し,その間はビタミンB1を補給しなかった。高カロリー輸液の投与終了から9日後の10月19日ころ,甲にウェルニッケ脳症が発症したが,この9日間のうち,病院食によるビタミンB1の経口摂取によってその所要量を満足している日は2日だけであり,ビタミンB1の経口摂取が皆無の日も1日ある。そして,高カロリー輸液の施行期間が2週間程度であっても,それによってウェルニッケ脳症が発症する事例も少なくないというのであるから,これらの事実を総合すると,甲に発症したウェルニッケ脳症は,B医師らが甲に対し,ビタミンB1を補給す 2週間程度であっても,それによってウェルニッケ脳症が発症する事例も少なくないというのであるから,これらの事実を総合すると,甲に発症したウェルニッケ脳症は,B医師らが甲に対し,ビタミンB1を補給することなく高カロリー輸液を投与したことによって生じたものと認めることができる。被告病院での治療行為と甲のウェルニッケ脳症の発症との間には,因果関係がある。(2) 前提となる事実と前記の認定事実によれば,ウェルニッケ脳症においては眼球運動障害,運動失調(特に歩行障害),意識障害(傾眠傾向,時間と空間に対する見当識障害)が3主徴であり,その80パーセントがウェルニッケ・コルサコフ症候群に移行し,その症状として,見当識障害,健忘症状,短期記憶の障害,自発性の低下,構音障害,認識能力の低下,概念形成の低下等が見られるところ,甲にも,ウェルニッケ脳症の発症のころから,複視などの眼症状や歩行障害が現れるようになり,平成8年10月23日前後には傾眠傾向,自発性低下,発語の減少等の意識障害が現れて,ふらつき等の失調性の歩行障害や自発語の乏しさは甲が死亡するまで持続していた。11月16日には,甲は自分のいる場所も分からず,空間に対する見当識障害が生じて,少なくとも翌年3月ころまではその症状が続いている。甲の記憶障害については,被告病院を退院するころにも短期記憶の保持が十分でない状況にあったが,退院後も短期記憶に障害が残り(甲もそれを自覚していた),物忘れが激しいという記憶障害は甲が死亡するまで続いていたのであり,eクリニックでの平成9年5月の受診初期には構音障害も見られ,7月の脳波検査では,ウェルニッケ脳症と矛盾しないとの診断がされている。 じて,少なくとも翌年3月ころまではその症状が続いている。甲の記憶障害については,被告病院を退院するころにも短期記憶の保持が十分でない状況にあったが,退院後も短期記憶に障害が残り(甲もそれを自覚していた),物忘れが激しいという記憶障害は甲が死亡するまで続いていたのであり,eクリニックでの平成9年5月の受診初期には構音障害も見られ,7月の脳波検査では,ウェルニッケ脳症と矛盾しないとの診断がされている。そして,ウェルニッケ・コルサコフ症候群の症状の1つである記憶力障害は,ビタミンB1投与による 期には構音障害も見られ,7月の脳波検査では,ウェルニッケ脳症と矛盾しないとの診断がされている。そして,ウェルニッケ・コルサコフ症候群の症状の1つである記憶力障害は,ビタミンB1投与による治療をしても,いったん完成すると完全に治癒するのは5分の1以下と確率が低いというのであるから,これらの事実を総合すると,甲に生じた脳障害は,ウェルニッケ脳症によるものと認めるのが合理的である。したがって,被告病院での治療行為と甲に生じた脳障害との間には,因果関係があると認めることができる。(3) これに対して,被告は,甲は被告病院入院前から既に老年性痴呆に罹患していたと主張する。証拠(甲8,乙5,24,証人C医師,D医師)によれば,老年性痴呆は次のようなものであると認められる。すなわち,老年性痴呆は,速度が遅いものの進行性であり,老年性痴呆で死亡に至るまでの全経過は数年であることが多い。老年性痴呆は一般に全経過を3期の病期に分けて説明される。初期(Ⅰ期)には健忘症状等の記憶障害,判断力の低下,軽度な全般性痴呆症状,感情や意欲面の障害を主とする人格変化が見られる。中期(Ⅱ期)には記憶障害が顕著となり,見当識障害,失認(認識障害),失行(行為障害),失語などの高次機能障害が出現し,神経症状も顕在化する。末期(Ⅲ期)には高度の人格崩壊状態に至る。老年性痴呆は,心理的負担や環境の変化により病状が大きく進むこともある。しかし,甲が入院前から既に老年性痴呆に罹患していたものと認めるべき証拠はない。むしろ,前記の認定事実によれば,甲は,d診療所で,平成6年ころから時々,頭痛や頭のもやもや感を訴えて受診し,平成8年3月ころからは,めまい,ふらふら感を訴えて受診していたが,神経的には問題がないものと診断され,d診療所が甲について健忘 崩壊状態に至る。老年性痴呆は,心理的負担や環境の変化により病状が大きく進むこともある。しかし,甲が入院前から既に老年性痴呆に罹患していたものと認めるべき証拠はない。むしろ,前記の認定事実によれば,甲は,d診療所で,平成6年ころから時々,頭痛や頭のもやもや感を訴えて受診し,平成8年3月ころからは,めまい,ふらふら感を訴えて受診していたが,神経的には問題がないものと診断され,d診療所が甲について健忘 診療所で,平成6年ころから時々,頭痛や頭のもやもや感を訴えて受診し,平成8年3月ころからは,めまい,ふらふら感を訴えて受診していたが,神経的には問題がないものと診断され,d診療所が甲について健忘症状や見当識障害が見られるという診断をしたことはなかった。甲は,本件手術前まで毎日日記を付けており,その日の経験に基づくことを詳細に記載していたのであって,これは健常者でなければ期待できない作業ということができるし,入院までの6か月間には,書道教室や教養講座に通い,運転免許を更新し,旅行に行くなど,単純な日常生活を超えるようなことも行っていた。入院後,高カロリー輸液を投与するまでの間も,被告病院の医師らが甲について,健忘症状や見当識障害など老年性痴呆を疑わせるような症状を認めることはなかったのである。もっとも,甲は入院後の日記において,入院した日のことを9月3日の欄から書き始めているが,入院後の日記はそれまでとは別の手帳に記載するようになったものであり,9月3日以前の欄は空白であったから(甲6),誤って1日ずらして書き始めることがあっても不自然ではなく,3日後には日付がずれていることに自ら気づいているのであるから,このことをもって,甲に時間に関する見当識障害が生じていたものと認めることはできない。(4) また,被告は,甲に発症したウェルニッケ脳症はビタミンB1の投与により治癒したと主張する。前提となる事実のとおり,頭部MRI検査による脳の画像診断では,平成8年10月28日に見られた脳の病巣は,ビタミンB1投与後の11月25日にはほぼ消失している。しかし,前記の認定事実によれば,甲に発症した歩行障害や記憶障害は被告病院からの退院前後を通して持続しており,自発語が不十分な状態は退院後も持続しているのであって,証拠(証人C医師,D 失している。しかし,前記の認定事実によれば,甲に発症した歩行障害や記憶障害は被告病院からの退院前後を通して持続しており,自発語が不十分な状態は退院後も持続しているのであって,証拠(証人C医師,D医師)によれば,MRIの検査結果では改善しても症状が改善しない場合もあることが認められるから,これらによれば,甲に発症したウェルニッケ脳症が治癒したものと認めることはできない。 あって,証拠(証人C医師,D 失している。しかし,前記の認定事実によれば,甲に発症した歩行障害や記憶障害は被告病院からの退院前後を通して持続しており,自発語が不十分な状態は退院後も持続しているのであって,証拠(証人C医師,D医師)によれば,MRIの検査結果では改善しても症状が改善しない場合もあることが認められるから,これらによれば,甲に発症したウェルニッケ脳症が治癒したものと認めることはできない。(5) さらに,被告は,被告病院退院後の甲の症状は老年性痴呆であるとも主張する。しかし,甲に生じていた歩行障害,記憶障害(特に短期記憶の障害)や,空間に対する見当識障害は,老年性痴呆だけではなく,ウェルニッケ脳症やウェルニッケ・コルサコフ症候群にも当てはまる症状であり,これらの甲の症状は,ウェルニッケ脳症に罹患してからおおむね1か月半以内に発症している。前記のとおり,老年性痴呆は進行性ではあるが,その進行速度は遅く,甲が入院前から既に老年性痴呆に罹患していたとは認められないのであるから,入院による環境変化という作用が甲に働いたと仮定しても,これらの症状の発症はあまりに急激であり,老年性痴呆と考えることには無理がある。D医師の意見(乙5,24,証人D医師)は,甲に発症した脳障害等の症状は老年性痴呆である可能性が高いというものであるが,本件手術前から甲が既に老年性痴呆に罹患していたことを前提とするものであるから,採用することはできない。また,前提となる事実のとおり,甲は平成9年3月18日にc病院で老年性痴呆であるとの診断を受けた。c病院のE医師は,平成11年1月26日にも同様の診断をし,その理由を,記憶障害,見当識障害などが認められ,長谷川式簡易知能評価スケールでは14点の痴呆状態にあって,ウェルニッケ脳症の可能性も推測できたが,改善傾向が見られたことも総合し も同様の診断をし,その理由を,記憶障害,見当識障害などが認められ,長谷川式簡易知能評価スケールでは14点の痴呆状態にあって,ウェルニッケ脳症の可能性も推測できたが,改善傾向が見られたことも総合して老年性痴呆と診断したと説明している(乙4)。しかし,前記のとおり,ウェルニッケ脳症が治癒したわけではないから,改善傾向をもってウェルニッケ脳症を否定することはできないし,E医師から老年性痴呆の患者として甲を紹介されたeクリニックでは(乙4),平成9年7月10日に脳波検査を実施して,ウェルニッケ脳症とは矛盾しないとの診断をしているのであるから,E医師の診断をもって,甲の退院後の甲の症状が老年性痴呆によるものと認めることはできない。 る(乙4)。しかし,前記のとおり,ウェルニッケ脳症が治癒したわけではないから,改善傾向をもってウェルニッケ脳症を否定することはできないし,E医師から老年性痴呆の患者として甲を紹介されたeクリニックでは(乙4),平成9年7月10日に脳波検査を実施して,ウェルニッケ脳症とは矛盾しないとの診断をしているのであるから,E医師の診断をもって,甲の退院後の甲の症状が老年性痴呆によるものと認めることはできない。なお,前記認定のとおり,平成9年5月21日以降,甲はeクリニックで脳萎縮との診断を受けているが,これも,甲の脳障害がウェルニッケ脳症によるものであるとの判断を覆すものではない。作話も,ウェルニッケ・コルサコフ症候群に必ず出現するものではない。4 争点(2)(甲に対しビタミンB1を補給せずに高カロリー輸液を投与したことについての過失)について(1) 医薬品の添付文書(能書)の記載事項は,その医薬品の副作用等の危険性について最も高度な情報を持っている製造業者又は輸入販売業者が,投与を受ける患者の安全を確保するために,これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから,医師が医薬品を使用するにあたって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず,それによって投与を受けた患者に医療事故が発生した場合には,注意事項に従わなかったことについて特に合理的な理由がない限り,診療契約上,医師の過失が推定されるというべきである。(2) 前記の認定事実によれば,ピーエヌツインの添付文書には,使用上の注 合には,注意事項に従わなかったことについて特に合理的な理由がない限り,診療契約上,医師の過失が推定されるというべきである。(2) 前記の認定事実によれば,ピーエヌツインの添付文書には,使用上の注意事項の記載の中に,一般的注意として「高カロリー輸液療法施行中にビタミンB1欠乏により重篤なアシドーシスが起こることがあるので,適切な量のビタミンB1の投与を考慮すること」との記載がされ,適用上の注意として,投与時には「ビタミンB1の経口摂取が不能又は不十分な場合,患者の糖代謝を円滑に行うため,ビタミンB1を補給すること」との記載がされていたのであり,また,医学的知見として,ビタミンB1の低下をもたらすものはすべて,ウェルニッケ脳症を起こしうるというのである。したがって,これらの注意事項の記載は,ピーエヌツインを使用した高カロリー輸液の施行によってビタミンB1の欠乏が生じるので,ウェルニッケ脳症を含めて,ビタミンB1の欠乏に起因する疾患の発症を防止するために,ビタミンB1の経口摂取ができないか,又は十分でない場合にはビタミンB1を補給すべきであることを,添付文書によって指示していたものというべきである。 べて,ウェルニッケ脳症を起こしうるというのである。したがって,これらの注意事項の記載は,ピーエヌツインを使用した高カロリー輸液の施行によってビタミンB1の欠乏が生じるので,ウェルニッケ脳症を含めて,ビタミンB1の欠乏に起因する疾患の発症を防止するために,ビタミンB1の経口摂取ができないか,又は十分でない場合にはビタミンB1を補給すべきであることを,添付文書によって指示していたものというべきである。そして,前記のとおり,本件手術日である平成8年9月9日からピーエヌツインを投与した最終日である10月10日までの32日間のうち,甲が1日のビタミンB1所要量(0.4ミリグラム)に足りるビタミンB1を病院食の経口摂取によって実現した日はわずか1日にすぎず,反対に,そのうち17日間は病院食によるビタミンB1の経口摂取は皆無であったから,被告病院の医師らは,この高カロリー輸液の投与時,甲のビタミンB1の経口摂取が不十分なことを認識することができた。したがって,被告病院の医師らには,甲に対して高カロリー輸液を投与する際には,添付 院の医師らは,この高カロリー輸液の投与時,甲のビタミンB1の経口摂取が不十分なことを認識することができた。したがって,被告病院の医師らには,甲に対して高カロリー輸液を投与する際には,添付文書に記載された使用上の注意事項の指示するところに従って,適切な量のビタミンB1を補給すべき注意義務があったというべきであるにもかかわらず,B医師らはこれに従わず,前記のとおり,輸液の施行中ビタミンB1の補給をまったくしなかったのであるから,この点において診療契約上の過失がある。(3) これに対して,被告は,添付文書にいう高カロリー輸液療法とは,1日につき体重1キログラムあたり35キロカロリーを投与する場合を指すものであり,甲に対するピーエヌツインの投与は高カロリー輸液療法に該当しないと主張する。しかし,証拠によっても,ビタミンB1を補給すべきかどうかを区別する基準として「高カロリー輸液療法」という用語を使用し,投与カロリー量によってその用語の定義をしているものはなく,ピーエヌツインなどの高カロリー輸液を使用する治療法の中に,患者のビタミンB1の経口摂取の状況にかかわらず,ビタミンB1の並行投与の必要のないものが存在することを認めるものもない。添付文書の注意事項の記載は,ピーエヌツインを使用するときは,その投与によってビタミンB1の欠乏に起因する疾患が発症することのないよう,経口摂取の状況に応じてビタミンB1を補給すべきことを指示しているものと理解すべきである。 ピーエヌツインなどの高カロリー輸液を使用する治療法の中に,患者のビタミンB1の経口摂取の状況にかかわらず,ビタミンB1の並行投与の必要のないものが存在することを認めるものもない。添付文書の注意事項の記載は,ピーエヌツインを使用するときは,その投与によってビタミンB1の欠乏に起因する疾患が発症することのないよう,経口摂取の状況に応じてビタミンB1を補給すべきことを指示しているものと理解すべきである。(4) この点について,厚生省薬務局発行の医薬品副作用情報には,次のような記載がされている。ア平成5年11月発行の医薬品副作用情報123号には,高カロリー輸液用製剤にはビタミンはまったく配合されていないから,高カロリー輸液療法を行う際には患者の状態に応じて,ビタミン等の投与 いる。ア平成5年11月発行の医薬品副作用情報123号には,高カロリー輸液用製剤にはビタミンはまったく配合されていないから,高カロリー輸液療法を行う際には患者の状態に応じて,ビタミン等の投与量を調整する必要があること,アシドーシスを起こした場合には,直ちに高カロリー輸液を中止して,その治療に努め,無効の場合にはビタミンB1の投与を行うべきことが記載されている(乙14)。イ平成6年10月発行の医薬品副作用情報128号には,高カロリー輸液用製剤にはビタミンは配合されていないから,高カロリー輸液療法を施行する際には患者の状態に応じて,ビタミン等の投与量を調整する必要があることのほか,具体的注意点として,ビタミンB1がまったく投与されずにアシドーシスが発現している症例が多いとしたうえで,高カロリー輸液療法の施行にあたっては適切な量のビタミンB1の投与を行うべきこと,施行中は患者の状態の変化を注意深く観察し,アシドーシスが起こった場合には直ちに投与を中止して,ビタミンB1の急速投与を行うべきことが記載されている(甲87,乙15)。これらの情報は,高カロリー輸液を投与する際に,どのような場合でも必ずビタミンB1を補給すべきであるというものではないが,アシドーシスに限定した情報とみるべきでもない。高カロリー輸液用製剤にはビタミンが配合されていないことについて改めて注意を喚起したうえで,高カロリー輸液を投与する際には患者の状態に応じて,ビタミンB1を補給する必要があることを指摘するものというべきである。(5) 被告は,甲が病院食以外の食物も補食していたから,その経口摂取の状況も見ながら輸液の投与を調整していたと主張する。 あるというものではないが,アシドーシスに限定した情報とみるべきでもない。高カロリー輸液用製剤にはビタミンが配合されていないことについて改めて注意を喚起したうえで,高カロリー輸液を投与する際には患者の状態に応じて,ビタミンB1を補給する必要があることを指摘するものというべきである。(5) 被告は,甲が病院食以外の食物も補食していたから,その経口摂取の状況も見ながら輸液の投与を調整していたと主張する。しかし,証拠(甲6,乙1)によれば,本件手術日である平成8年9月9日から最後に高カロリー輸液を投与し 食物も補食していたから,その経口摂取の状況も見ながら輸液の投与を調整していたと主張する。しかし,証拠(甲6,乙1)によれば,本件手術日である平成8年9月9日から最後に高カロリー輸液を投与した10月10日までの期間で見ると,甲が病院食以外に経口摂取したことが認められるのは,9月24日のあめ玉4個,9月28日の手製ののり巻き1,2個,かんぴょう巻き15個,9月29日のぶどう,かんぴょう巻き5個,10月9日の焼き栗3個,10月10日の差し入れの巻き寿司など4個である。病院食以外の食物を摂取したのは,日数にしてわずか5日であり,その量も多いものではないから,これらの摂取をもって,病院食で十分に経口摂取できなかったビタミンB1を補っていたとは評価できない。そして,ほかには,被告病院の医師らが甲に対し,高カロリー輸液を投与する際にビタミンB1を補給しなかったことについて,特に合理的な理由があったと認めるべき証拠はない。5 争点(3)(損害)について甲は,81歳という高齢ではあったが,被告病院へ入院するまでは,明確な意思を持って充実した日々を送っていたことが,その日記の記載から十分にうかがうことができる(甲5)。ところが,被告病院での配慮を欠いた治療行為によってウェルニッケ脳症を発症し,それにより記憶障害,歩行障害,自発性の低下等の後遺症が残存した。以後,本件訴訟中に84歳で死亡するに至るまで,人生の締めくくりともいうべき余生において,人間らしい質を伴った生活を送ることができなくなったのであり,甲が多大な精神的苦痛を被ったことは明らかである。このような甲の精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては,800万円を認めるのが相当である。したがって,甲の死亡により,妻である原告乙が400万円,子である原告丙と原告丁がそれぞれ200万円 症が残存した。以後,本件訴訟中に84歳で死亡するに至るまで,人生の締めくくりともいうべき余生において,人間らしい質を伴った生活を送ることができなくなったのであり,甲が多大な精神的苦痛を被ったことは明らかである。このような甲の精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては,800万円を認めるのが相当である。したがって,甲の死亡により,妻である原告乙が400万円,子である原告丙と原告丁がそれぞれ200万円 このような甲の精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては、800万円を認めるのが相当である。したがって、甲の死亡により、妻である原告乙が400万円、子である原告丙と原告丁がそれぞれ200万円の慰謝料請求権を相続した。第4 結論 以上によれば、原告らの請求は理由がある。なお、仮執行の宣言は、必要がないので付さないこととする。東京地方裁判所民事第35部 裁判長裁判官片山良広 裁判官福島政幸 裁判官岡田紀彦 (別紙)被告病院における甲の病院食摂取状況一覧表 エネルギー ビタミンB1 日付 給与量 摂取量 摂取割 給与量 摂取量 摂取割 輸液 熱量(キロ㌍) (キロ㌍) 合(%) (ミリ㌘) (ミリ㌘) 合(%) (キロ㌍) 9月4日 0.34 0.34 ------ 5日 0.18 0.18 ------ 6日 0.51 0.51 ------ 7日 0.51 0.51 ------ 8日 0.51 0.51 ------ 9日 ------------------------ ------ 10日 ------------------------ ------ 11日 ------------------------ 10日 11日 12日 13日 14日 15日 16日 17日 18日 0.340.26 19日 0.740.08 20日 1087 0.710.12 21日 0.570.33 22日 23日 24日 25日 0.340.05 26日 0.510.03 27日 0.670.31 28日 0.670.21 -------- 10日 11日 12日 13日 14日 15日 16日 17日 18日 0.340.26 19日 0.740.08 20日 1087 0.710.12 21日 0.570.33 22日 23日 24日 25日 0.340.05 26日 0.510.03 27日 0.670.31 28日 0.670.21 29日 1799 0.960.41 27日 0.670.31 28日 0.670.21 29日1799 0.960.41 30日------------------------ 10月1日------------------------ 2日------------------------ 3日------------------------ 4日 0.340.04 5日 0.51 6日1184 0.690.04 7日2154 1.290.08 8日2104 1.390.36 9日2017 1.580.14 10日2336 0.980.06 11日 1.300.28 12日1574 1.30 13日1663 1.120.09 14日1551 0.870.28 15日1665 0.970.57

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