平成8(行ウ)2 遺族補償給付等不支給処分取消請求

裁判年月日・裁判所
平成14年1月22日 青森地方裁判所
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判決文本文27,230 文字)

主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告が原告に対し平成3年3月29日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付の不支給処分を取り消す。 第2 事案の概要本件は,橋梁建設工事現場の所長として勤務し,工事完了後自宅に帰省する途中立ち寄ったサウナにおいて急性心不全により死亡した甲野太郎(以下「太郎」という。)の配偶者である原告が,被告に対し,太郎の死亡につき労働者災害補償保険法に基づき遺族補償給付の支給を請求したところ,被告が,太郎の死亡が業務上の事由によるものとは認められないとして,これを支給しない旨の処分をしたので,原告が,被告の不支給処分が違法であるとして,その取消しを求める事案である。 1 前提事実(乙1,争いのない事実)(1)当事者等原告は,昭和59年12月29日に死亡した太郎(昭和8年6月11日生)の配偶者で,同人の死亡当時その収入によって生計を維持していた者である。 (2)太郎の死亡までの事実経過太郎は,乙河工事株式会社(以下「訴外会社」という。)に在職し,原告住所地の自宅に居住していたが,日本国有鉄道盛岡工事局長が同社に発注し昭和58年11月から昭和59年12月までの間青森市長島地内において施工された「青操構内青森中央大橋けた架設一」及び「青操構内青森中央大橋けた架設二」の工事(いずれも橋梁の橋けたの架設工事である。以下両工事を合わせて「本件工事」という。)のために,青森市内に単身赴任し,施工期間中現場事務所の所長として勤務していた。 本件工事は,本体工事の大部分が昭和59年12月上旬までに終了し,その後追加された補修工事も同月25日までに終了し,翌26日の竣工検査によって完了した。太郎は,同月28日までに現場事務所の解体や挨拶回り等の残務を終え,翌 大部分が昭和59年12月上旬までに終了し,その後追加された補修工事も同月25日までに終了し,翌26日の竣工検査によって完了した。太郎は,同月28日までに現場事務所の解体や挨拶回り等の残務を終え,翌29日に青森駅から列車で帰途につこうとしたが,同日午後1時すぎに立ち寄った青森駅前のサウナの脱衣所において死亡した。死体検案書(乙1)には,死亡日時は同日午後1時44分頃推定,直接の死因は急性心不全と記載されている。 (3)手続経過原告は,平成元年12月22日,被告に対し,太郎の死亡につき労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付の支給を請求したが,被告は,太郎の死亡が業務上の事由によるものとは認められないとして,平成3年3月29日付けでこれを支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。原告は,本件処分を不服として,同年5月28日に青森労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが,平成5年3月31日に棄却され,さらに同年4月23日に労働保険審査会に再審査請求をしたが,平成8年3月27日に棄却された。 原告は,平成8年6月7日,本件処分の取消しを求める本件訴えを提起した。 2 争点及び当事者の主張本件の争点は,太郎の死亡が業務に起因するかどうかであり,具体的には,同人が昭和59年12月29日(以下,同年中の事実については月日のみで表示するほか,同年12月中の事実については日付のみを表示することもある。)に発症し,その死亡原因となった急性心不全と太郎の従事していた本件工事における業務との間の相当因果関係の有無である。 (原告の主張)(1)太郎の健康状態太郎は,12月初旬から胸部痛を訴えており,この時期に何らかの狭心症を発症していた可能性がある。そして,太郎は,同月15日ころからは冷たい空気を吸い込むと胸痛を感じるようになっており,冷気吸入 状態太郎は,12月初旬から胸部痛を訴えており,この時期に何らかの狭心症を発症していた可能性がある。そして,太郎は,同月15日ころからは冷たい空気を吸い込むと胸痛を感じるようになっており,冷気吸入による血管収縮を契機とする虚血状態の招来として安定狭心症を発症していたということができる。また,太郎は同月25日から26日にかけて胸の苦しさを訴えているが,既に胸部痛を何度も繰り返していて,しかも安静狭心症であることからすれば,この時期には不安定狭心症の状態にあったものであり,これが心外性条件を伴わず発症していることを考えると,この時期には入院の上適切な治療が直ちに施されなければならない状態であったといえる。さらに,太郎は同月27日早朝には急性心筋梗塞を発症し,緊急入院の上厳格な身体管理がされるべき状態に至っていた。 (2)太郎の精神的・肉体的な過重負荷太郎は,従前から高血圧症であったが,次のような一定期間継続した業務上の精神的・肉体的に過重な負荷によって12月中旬ころから胸痛や呼吸困難等を訴えるようになり,同月27日早朝には救急車で青森県立中央病院に搬送されるなど病状が急激に悪化し,その中で冠不全状態が自然的経過を超えて狭心症へと増悪し,ついに心筋梗塞で死亡するに至ったものである。したがって,太郎の急性心不全と業務との間には相当因果関係がある。 これに対し,被告は,太郎の死亡が自然的経過によるものであると主張するが,高血圧症状による欠勤や休業がない太郎の勤務状況からみて,そのように解することはできない。 ア職務内容及び就労状況太郎は,本件工事の現場事務所長という,各種業者の中心となる現場の総括責任者の地位にあり,その業務は,主として部下を指揮監督し,安全,品質,予算の管理を行うほか,地元住民とのトラブル処理や融和の役割,各種官庁との折衝も 場事務所長という,各種業者の中心となる現場の総括責任者の地位にあり,その業務は,主として部下を指揮監督し,安全,品質,予算の管理を行うほか,地元住民とのトラブル処理や融和の役割,各種官庁との折衝も含んでいた。特に,工事開始当初には,リベット打ちの騒音による近隣住民とのトラブルが紛糾し,テレビ受信状態,ゴミ焼却に伴う悪臭問題についても太郎が前面に出て対応に追われた。 そして,太郎は,訴外会社でも相当大きなプロジェクトの責任者として大きな精神的・肉体的負担を負っており,とりわけ,学歴その他の経歴等において同僚職員より劣っていたため,そのようなプロジェクトを任されて,より一層の責任を感じていた。 また,12月28日までの業務による太郎の精神的・肉体的負担は常軌を逸するもので,日中の作業現場に立ち会いながら深夜作業にも立ち会うのを常としていたほか,休日出勤もしており,死亡直前の太郎の業務は,到底日常業務の範囲内にあるものとはいえない。 イ気象状況及び除雪作業12月の青森地方の豪雪と寒波は未曾有のもので,除雪作業をした後でなければ日常業務ができなくなり,太郎は,毎朝先頭に立って除雪作業に従事した。降雪は12月15日から本格化し,17日以外は連日降り続けたので,太郎は15日から28日までの間,1日を除き毎日厳寒の戸外で除雪作業に従事した。 除雪作業は,雪の重量で身体に相当の負荷がかかる極めて疲労の激しい労働であり,殊に,極寒の中での作業は太郎を極度に疲労させた。そして,当時の太郎の健康状態に照らせば,低温下で屋外を中心にした業務は,太郎には絶対に避けるべきものであった。 また,太郎は,暖をとりながらも,低温の屋外との行き来を繰り返し,12月28日には各方面への挨拶回りをしていたもので,急激な温度変化は血圧変動や血管収縮につながり,また,戸外での きものであった。 また,太郎は,暖をとりながらも,低温の屋外との行き来を繰り返し,12月28日には各方面への挨拶回りをしていたもので,急激な温度変化は血圧変動や血管収縮につながり,また,戸外での作業は血圧の上昇を招いた。 ウ補修工事によるストレス11月下旬ころ行われた事前検査の結果,橋梁に吊り下げた検査路の下の金網を固定するボルトが列車の振動により緩む危険があることが施主から指摘され,ボルトに樹脂ボンドを塗るという補修工事を指示されたため,訴外会社は,12月19日から25日までの間補修工事を実施した。 太郎は,責任感が非常に強く仕事に対するプライドも高かったため,予想外の補修工事を指示され,次のような点において責任者として強いストレスを受けた。 ① 本件工事が最終段階を迎え,工事が平穏裡に終了すると思っていた矢先の11月末ころに命じられた予想外の作業であったこと② 補修の必要性について国鉄と議論を重ねたこと③ 補修工事は,下が線路となっている高架上での作業でありながら,足場を用いず検査路に腹這いになって行う,危険かつ困難な作業であったこと④ 作業対象となるボルトの数が約3000本と多量であったこと⑤ 補修工事は,本来であればとび職に任せるべき作業であったものの,とび職が作業を終了し既に引き上げた後であったため,高所作業に不慣れな専門外の作業員に作業を行わせたこと⑥ 作業開始後に,材料不足による作業中断が生じたこと⑦ 12月26日の竣工検査までに終了させる必要がある緊張した状況下で,作業が短期間の突貫工事で行われたこと⑧ 降雪と厳寒の中での作業であったこと(3)安静加療の機会喪失本件の業務起因性に関しては,死亡前の業務の質的量的な強弱大小ではなく,直ちに安静を保ち診察治療を受ける必要があるにもかかわらず,引き続き業務に従事せざ の作業であったこと(3)安静加療の機会喪失本件の業務起因性に関しては,死亡前の業務の質的量的な強弱大小ではなく,直ちに安静を保ち診察治療を受ける必要があるにもかかわらず,引き続き業務に従事せざるを得なかったか否かという判断基準が妥当する。 しかして,太郎は,12月中旬ころには安定狭心症を,そして遅くとも26日までには不安定狭心症を発症していたにもかかわらず,直ちに安静を保つことなく引き続き業務に従事せざるをえなかったことにより心筋梗塞を発症して死亡するに至ったものであり,業務に内在する危険が現実化したことにより死亡したということができる。すなわち,まず,太郎は補修工事の期間中は竣工検査を目前に控え補修工事の進捗状況が現場監督として気がかりであったため安静加療の機会を持てなかった。そして,太郎は,遅くとも同月26日ころには通常どおりの就労が病状の一層の増悪を招来するおそれがある状態にあったというべきであるにもかかわらず,25日は,同僚の勧めにもかかわらず,翌日に竣工検査を控えていることや年末までに現場を撤収すべき責務から病院に行かず事務作業や挨拶回り,打合せ等の業務に従事した。さらに,翌26日は,内科医から狭心症の診断を受けながら,竣工検査に立ち会った上,夕方から設けられた国鉄関係者との打上げに出席し,深夜まで飲食した。これら2日間の業務は,いずれも現場の最高責任者としての任務であり,部下がいずれも技術担当社員であったため太郎以外への代替性を欠いたことから,太郎は医師の診察を勧められてもこれを拒否し,あるいは医師の診断結果をあえて無視して予定どおりの任務をこなしたものである。27日も,太郎は,心筋梗塞を発症していたにもかかわらず,診察の後挨拶回りや事務作業を行い,解体後の現場事務所跡に居続けるという業務に従事し,安静加療の機会を逸した どおりの任務をこなしたものである。27日も,太郎は,心筋梗塞を発症していたにもかかわらず,診察の後挨拶回りや事務作業を行い,解体後の現場事務所跡に居続けるという業務に従事し,安静加療の機会を逸した。翌28日にも体調不良のまま通常どおり出勤して除雪作業に従事し,挨拶回りをした上,午後からは現場事務所の解体,後片付け等の確認のため午後7時ころまで現場に居残った。そして,29日に定宿から退去を求められ休養できなかったのも,単身赴任が原因となっている。 以上のように,12月25日以降,太郎の冠動脈の状態は悪化の一途を辿っており,遅くとも26日までには業務を一切止めるとともに入院及び安静治療を要する状態であったにもかかわらず,現場には他に総務的任務に就く者がおらず,同月28日までに全業務を完了させるべき至上命令を戴いていた責任者の立場にあった太郎は,いかなる業務も回避することができなかったため,治療の機会を逸して29日に死亡するに至ったものであるから,太郎の死亡と業務との間には相当因果関係がある。 (被告の主張)(1)太郎の健康状態について太郎は,昭和45年ころから高血圧症を発症し,適切な治療を施さないまま長期間にわたりこれを放置していた上,喫煙,糖尿病,高脂血症,飲酒といった心筋梗塞の危険因子も重複して有していたため,死亡時までの14年余の間に,冠動脈硬化等の血管病変が徐々に進行していったものである。そして,このような血管病変の自然的経過による増悪の結果,昭和59年12月には狭心症の明確な症状が現れ,同月26日には安静型の不安定狭心症を発症しており,また,27日には,既に心筋梗塞症の急性期か,少なくとも重症の不安定狭心症の発作中又は発作直後の状態に至っており,これ以後は心筋梗塞の急性期の合併症(不整脈,心不全等)がいつ発症してもおかしくな ,また,27日には,既に心筋梗塞症の急性期か,少なくとも重症の不安定狭心症の発作中又は発作直後の状態に至っており,これ以後は心筋梗塞の急性期の合併症(不整脈,心不全等)がいつ発症してもおかしくない状態にあった。そして,ついには心筋梗塞を来し,同月29日に急性心不全を発症して死亡するに至ったと認めるのが医学的に相当である。 そして,業務起因性については,医師が,医学経験上太郎の死因となった急性心不全が業務に起因するものとは考えられないとの意見を述べている。 (2)太郎の精神的・肉体的な過重負荷について原告が主張する,太郎に対する業務上の精神的・肉体的負荷は,次のとおり,太郎の死亡に業務起因性を認め得る程度までの過重なものとはいえない。 ア職務内容及び就労状況太郎の急性心不全発症前1か月のうち,12月18日までの20日間の勤務状況は,現場に出勤した日数が17日,本社への業務連絡(ただし,実態は単身赴任して現場作業に従事する従業員のための帰宅日)が1日,休日が2日であり,1日当たりの平均実労働時間は8時間50分程度で,この間に急性心不全を発症させる有力な原因として評価し得る業務はなく過重な業務が継続していたとはいえないし,業務中に異常な出来事も発生していない。そして19日から10日間の勤務状況は,就業日数は9日,休日はなく休養日が1日で,就業日の実労働時間は8時間ないし10時間30分,平均では8時間30分程度であり,この間にも急性心不全を発症させる有力な原因として評価し得る業務はなく過重な業務が継続していたとはいえないし,業務による異常な出来事も発生していない。発症直前についてみても,26日は竣工検査と懇親会に参加してはいるが,これらは心身に特に負担となるようなものではないし,翌27日は終日定宿で安静にしていて,発症前日である28日も, 発生していない。発症直前についてみても,26日は竣工検査と懇親会に参加してはいるが,これらは心身に特に負担となるようなものではないし,翌27日は終日定宿で安静にしていて,発症前日である28日も,勤務時間は8時間,業務は除雪作業,工事関係機関等への挨拶回り,現場事務所の解体や後片付け等の立会いという日常業務の範囲内で,解体作業には直接従事しておらず,特に過重な業務に就労していたものではない。また,急性心不全発症当日である29日は,業務に就労しておらず,直接の負荷も業務による異常な出来事もない。 イ気象状況及び除雪作業12月21日以降の降雪により,現場事務所では22日ころから28日ころまで朝に除雪作業を行うこととなり,太郎もこれを手伝ったが,同人の関与程度は明らかではない上,作業時間は4人交替で10分ないし15分程度で,内容も車道を確保する程度であったし,その間の1日の積雪量は19センチメートルから51センチメートル程度であり,除雪作業はさほどの重労働とはいえず,現に太郎が作業中又は作業後に体の不調を訴えたこともない。 また,同月下旬は月末にかけて気温が徐々に低下し,降雪量も増加したものの,急激な気象変化があったわけではないし,太郎としても,寒冷な気候に備えた衣類等を着用していた上,適宜暖をとることも可能であったから,寒冷な気象が直接太郎の発病に強く関与しているとはいえない。そもそも,寒冷と冠動脈疾患発症との関連については,未だ確立した医学的知見は得られていない。 ウ補修工事によるストレス補修工事のための発注者との打合せや材料の手配,工事の具体的指揮は主として部下によって行われ,太郎は日に1,2回,約30分をかけて工事現場を巡回していたにすぎず,そのほかは書類整理等に従事していた。そして,補修工事は,高所での作業ではあったが転落の危 体的指揮は主として部下によって行われ,太郎は日に1,2回,約30分をかけて工事現場を巡回していたにすぎず,そのほかは書類整理等に従事していた。そして,補修工事は,高所での作業ではあったが転落の危険はなく,その原因も発注者の設計ミスにあり,作業完了期限は厳格なものでなく実際にも竣工検査の前には完了しているから,太郎が補修工事によって強いストレスを受け,急性心不全に至るような過重な精神的負担を負ったとは考えられない。 (3)安静加療の機会喪失について補修工事は,手直しをやったとの実績をつくればいいだけの内容で,期日に追われたものではなかったし,太郎が受診したA病院やB内科医院は,いずれも現場事務所から徒歩で数分の距離にあったから,太郎は,補修工事の期間中である12月19日ないし25日の間に安静加療の機会を持つことが十分可能であった。 そして,25,26日ころの業務の客観的状況は,既に本体工事が終了して,現場の点検,書類や荷物のとりまとめ,請求書の支払,挨拶回りといった残務整理が残っていたにすぎず,現に,太郎は,26日には竣工検査が予定されていながらその準備の合間にB内科医院を受診しており,27日にも,救急車で県立中央病院に搬送され,診断の結果1日休養をとっている。さらに,28日は,挨拶回りを行うのみであり,病状を説明して理解を得ればこれを欠かすことは可能であったし,挨拶回りが午前中で終了している以上,同日午後には医療機関で受診することもできた。また,最後に行われた現場事務所の解体作業にも,太郎が直接立ち会う必要はなかった。 以上によれば,死亡前に太郎が従事した業務の客観的状況は,太郎の基礎病態を自然的経過を超えて著しく増悪させるような精神的・身体的負荷を有するものではなかったし,その内容や必要性,緊急性,他者との代替性において,太郎に業務 太郎が従事した業務の客観的状況は,太郎の基礎病態を自然的経過を超えて著しく増悪させるような精神的・身体的負荷を有するものではなかったし,その内容や必要性,緊急性,他者との代替性において,太郎に業務遂行を余儀なくさせ,治療の機会を奪うようなものであったともいえない。したがって,安静加療の機会喪失を理由として太郎の死亡に業務起因性を認めることはできない。 第3 争点に対する判断 1 事実認定証拠(甲1ないし3,10ないし15,17,23ないし26,乙1,3の1ないし7,4の1ないし3,5の1ないし4,6の1ないし4,10の1ないし3,11,13の1ないし11,14ないし30,31の1ないし7,32,34の2,36,37,39の9ないし18,41ないし44,47ないし50,52ないし56,60,61,64,証人C,同D,同E)及び弁論の全趣旨並びに前記前提事実を総合すると,以下の事実が認められる。 (1)太郎の生活歴等太郎は,昭和35年に株式会社乙河橋梁製作所に入社し,昭和41年12月ころに同社の関連会社である訴外会社に転属になり,主に東北地方の工事現場で現場監督の業務に就いていた。太郎が工事現場に単身赴任するようになったのは昭和42,43年ころからのことで,原告住所地の自宅には1か月に1,2回程度帰るという生活を送っていた。太郎の嗜好は,肉や野菜は嫌いで魚を好んで食べ,酒も好きで,日本酒を専ら冷やで飲んでおり,1,2合程度の晩酌を嗜んでいたほか,宴会等の機会にはそれ以上の量を飲んでいた。また,1日10本から20本程度たばこを喫煙していた。 (2)青森における太郎の生活状況太郎は,本件工事のために,昭和58年の春先から青森市内に赴任し,現場事務所長の職務に就いており,訴外会社から派遣された部下3名とともにF館という市内の賄い付き旅館兼下 )青森における太郎の生活状況太郎は,本件工事のために,昭和58年の春先から青森市内に赴任し,現場事務所長の職務に就いており,訴外会社から派遣された部下3名とともにF館という市内の賄い付き旅館兼下宿屋に宿泊し,朝食を一緒に食べ,朝7時半ころ皆で現場に行き,昼は仕出し弁当を食べ,夕方も一緒に車で帰って来るという生活を送っており,1か月に1,2回自宅に帰っていた。F館の部屋割りは1人1部屋で,冬季は,個室に暖房は入っていたものの余り暖かくなく,しかも夜11時ころには止まってしまうため,朝は非常に寒かった。 訴外会社から派遣されていた社員は,太郎のほか,主任技術者のC,G及びHであったが,11月15日ころGが異動となり,Iと交代した。 本件工事の現場では,所定労働時間は午前8時から午後4時までの8時間で,そのうち正午から午後1時までが所定休憩時間であり,実労働時間は7時間であった。 また,日曜日及び祝祭日は休日となっており,実際にも日曜日は必ず現場は休みとなっていた。 本件工事における太郎の業務は,周辺住民対策,国鉄の青森工事区との大まかな調整,労災防止等の現場の安全管理,請求書の処理等の内部的事務処理であって,現場事務所から外出する時間も比較的長かったが,現場に関しては,施工は主任技術者のCやGに任せて,自らは安全上のパトロールを1日2回30分ずつ程度するほか,施工の状況を事後的に確認する程度であった。 (3)太郎の就労状況等本件工事は,12月上旬までに本体工事の大部分が終了し,後片付けが残っているだけという最終段階に達しており,このころ以降は業務内容に余裕が出て,残業もほとんどなく,後記の補修工事が追加されなければ下請業者であるJが現場から引き上げた同月19日ころには現場を引き上げて竣工検査のときに出張して立ち会えばよい状態であり,同月中に に余裕が出て,残業もほとんどなく,後記の補修工事が追加されなければ下請業者であるJが現場から引き上げた同月19日ころには現場を引き上げて竣工検査のときに出張して立ち会えばよい状態であり,同月中における太郎の業務量及び業務内容は,いずれも厳しいものではなく,通常のものであった。 死亡前1か月半ころ以降の時期における太郎の就労状況等は,次のとおりである。 ア 11月16日(金曜日)~11月30日(金曜日)(15日間)太郎は,同月16日及び17日風邪を理由に年次休暇を取得し,両日及び同月19日の3日間,青森市中央のB内科医院に通院した。太郎が発熱,咽頭痛,手足の倦怠感を訴えたのに対し,医師は,咽頭炎及び急性気管支炎との診断を下し投薬や注射を施したが,血圧測定の結果(144/90)や,体温(36度7分)及び胸部X線写真については異常を認めなかった。 同月20日は,太郎は午前中通常どおり現場事務所で勤務した後,午後は同月22日から3日間東京で予定されていた研修会に出席するための移動に充て,21日は年次休暇をとった。そして,研修会終了後の25日の日曜日,夜行列車で青森に戻り,翌日以降は通常どおり勤務した。 この間,太郎の現場事務所での勤務日数は6.5日,年次休暇及び休日が5日,東京での研修会参加が3日で,現場事務所での残業時間は延べ16.5時間(1日平均約2.5時間)であった。 太郎は,11月終わりころ,現場事務所の階段を下りて外に行こうとしたところ,突然胸が苦しくなって動けなくなったことがあった。 イ 12月1日(土曜日)~12月15日(土曜日)(15日間)太郎は,同月1日に通常どおり現場事務所で勤務した後,夕方に帰省して同日夜から翌2日の日曜日にかけて自宅で過ごし,同日の夜行列車で青森に戻った。その後は,9日の日曜日に現場事務所に出勤したのを含め 太郎は,同月1日に通常どおり現場事務所で勤務した後,夕方に帰省して同日夜から翌2日の日曜日にかけて自宅で過ごし,同日の夜行列車で青森に戻った。その後は,9日の日曜日に現場事務所に出勤したのを含め,15日まで連日現場で勤務した。 この間,太郎の現場事務所での勤務日数は14日,休日は1日で,現場事務所での残業時間は延べ24.5時間(1日平均1時間45分)であった。 ウ 12月16日(日曜日)~12月20日(木曜日)(5日間)太郎は,通常どおり,日曜日である同月16日に勤務を休み,翌17日以降は現場事務所で勤務した。この間の残業時間は延べ8.5時間(1日平均約2時間8分)であった。 この間,19日から,後記の補修工事の作業が開始された。 エ 12月21日(金曜日)太郎は,通常どおり出勤し,2時間残業をして午後6時まで勤務した後,下請業者である株式会社K組の専務ら2名と飲みに行き,翌日午前零時半ころまで居酒屋,スナック及び寿司屋の3軒で飲食をした。 オ 12月22日(土曜日)及び23日(日曜日)太郎は,部下のCと1週間交替で帰省することとしており,この週末は太郎が帰省する順番で,太郎は,書類上は,22日の土曜日の勤務を本社業務連絡(訴外会社の社内で,長期出張者の帰省のための移動日を勤務扱いとし,かつ交通費を支給するための名目上の勤務態様)に充て,翌23日の日曜日も出勤しなかったものとして処理したが,もともと太郎は本社業務連絡の間も実際には青森市内で過ごしていることが多かった上,この両日は補修工事が継続して実施されていたため,帰省することなく両日とも現場事務所に出勤した。 このころ,現場事務所では,補修工事の作業を下請けの労働者にさせていたため,補修工事の段取りをCが行っていた以外特に仕事はなかった。このため,現場事務所では,太郎を含めて作業は 場事務所に出勤した。 このころ,現場事務所では,補修工事の作業を下請けの労働者にさせていたため,補修工事の段取りをCが行っていた以外特に仕事はなかった。このため,現場事務所では,太郎を含めて作業はほとんど行っておらず,太郎は役所へ行ったり現場事務所内で工事現場の閉鎖に伴う書類の整理や片づけ等の残務整理をしていた。 カ 12月24日(月曜日)太郎は通常どおり出勤し,1時間残業して午後5時に勤務を終えた。 キ 12月25日(火曜日)この日,太郎は,朝食時に胸が苦しいと訴え,Cから病院に行くよう勧められたが,その後異常がなかったので,この日は病院に行かずに通常どおり出勤し,現場点検,書類や荷物等の取りまとめ,請求の支払,工事区との打合せ,付近への挨拶回り等の仕事を行い,1時間残業して午後5時に勤務を終えた。 ク 12月26日(水曜日)太郎は,「朝起きて冷たい空気に当たると胸が苦しい」と言ってB内科医院で受診し,4,5日前から30秒ほど持続する胸痛と呼吸困難が出現するようになったと訴えたが,胸部レントゲン,心電図及び血圧には異常所見はなく,狭心症と診断され,3日分の投薬を受けた上,医師から苦しいときにまた受診するよう指示されたほか,青森県立中央病院への紹介状を受け取った。 この日は竣工検査が予定されており,午前9時ころから書類の検査が開始されたが,その後の現場検査は,雪のためほとんど検査をするところがないような状態でせいぜい1時間位で終わり,戻ってからの講評も含めて午後3時ころにはすべて終了し,特段の問題点の指摘もなかった。 太郎は,この日の夜工事区の担当者を交えた打上げの席に2次会まで参加し,小料理屋及びスナックで午前零時を過ぎるまで飲食した。 ケ 12月27日(木曜日)太郎は,早朝に胸痛を訴えて苦しがり,午前6時55分救急車で青森市大字造道の 当者を交えた打上げの席に2次会まで参加し,小料理屋及びスナックで午前零時を過ぎるまで飲食した。 ケ 12月27日(木曜日)太郎は,早朝に胸痛を訴えて苦しがり,午前6時55分救急車で青森市大字造道の青森県立中央病院に搬送された。太郎は,医師に対し,半月前から冷たい空気を吸い込むと胸痛がある,当日朝も同様の症状が現れた,受診時には症状はほとんど消失した,暖かい空気に触れていると正常である等と説明した。医師が診察したところでは,正面から撮影した胸部X線写真及び心電図上では異常は認められなかったが,血圧は160/120と高いため,高血圧症及び冠不全と診断し,2日分の降圧剤等を処方するとともに,冷たい空気を吸い込まないためにマスク等を使用すること及び工事終了後に帰省したら精密検査を受けることを指導し,太郎を帰宅させた。診療を終えた太郎に対しCが「工事も終わったし,もう帰った方が良い。」と述べて帰省するよう促したところ,太郎は,翌日が国鉄の御用納めであり挨拶回りをしてから帰ると答えたが,この日は部下の勧めもあり1日F館で休養をとった。 コ 12月28日(金曜日)太郎は通常どおり出勤し,現場事務所解体のため作業員2名及び部下らが行った除雪作業に加わって多少作業をした。除雪作業は,急ぐ理由もなかったため休憩をとりながら1時間ほどで終了した。 その後,太郎は,官庁が御用納めであるため,午前中はC,Iとともに車で工事区及び青森県道路公社へ挨拶回りに行ったほか,現場事務所で書類の整理等を行い,午後は,主にヒーターを入れた自動車内で暖をとったり焚き火に当たったりしながらリース業者が行う現場事務所の解体作業に午後7時ころまで立ち会った。除雪作業や官庁への挨拶回りなどの際には,太郎は,医師の指示に従いマスクを着用していた。この日,部下のI及びHは青森を引き上げ, らリース業者が行う現場事務所の解体作業に午後7時ころまで立ち会った。除雪作業や官庁への挨拶回りなどの際には,太郎は,医師の指示に従いマスクを着用していた。この日,部下のI及びHは青森を引き上げ,翌日帰途につく予定の太郎及びCが残ったが,太郎は,寒いのでホテルに泊まると言って,F館には宿泊しなかった。 サ 12月29日(土曜日)この日,太郎は,社用車で埼玉県までの帰途につく予定であり,午前9時すぎころに荷物整理のため宿泊先のホテルからF館に戻り,そこの主人を銀行及び病院へ車で送って独りでF館に戻った後,青森を出発しようとしたが,折から胸の苦しさを覚えたため,午前10時ころ,F館の前にあるL食堂に現れ,倒れ込むようにして胸を押さえながら寒気がするので風呂を貸してくれと訴えた。これに対し,食堂の主人らは,救急車を呼ぼうかと勧めたのを太郎が断ったことから,太郎に風呂を使わせることにし,その苦しそうな様子から太郎が下着姿で15分ほど入浴するのを見守った。 太郎は,風呂から出た後,F館の主人らから,L食堂の風呂を借りたことを強く非難され早く宿から立ち退くように求められ,午前11時ころ現場から戻ってきたCの勧めもあって,予定を変更して列車で帰宅することにし,社用車の回送をK組に託してタクシーで青森駅に向かった。 太郎は,昼ころK組に電話をかけて社用車の回送を引き受けてもらったことに礼を述べた後,午後1時8分ころ青森駅前にある「サウナM」に入店したが,その直後に脱衣所で倒れているところを発見され,午後1時17分ころには通報により救急車が到着し,救急隊員が心肺蘇生術を施しながら医師の到着を待った。そして,午後1時38分ころに青森市古川の開業医であるN医師が到着したが,午後1時44分ころ太郎の死亡が確認された。 (4)気象状況及び除雪作業青森市では, 肺蘇生術を施しながら医師の到着を待った。そして,午後1時38分ころに青森市古川の開業医であるN医師が到着したが,午後1時44分ころ太郎の死亡が確認された。 (4)気象状況及び除雪作業青森市では,12月半ば以降月末にかけて気温が低下するとともに降雪も増え,30日には12月としては当時史上2番目となる積雪128センチメートルを記録するという,12月としては異例の気候であった(降雪及び気温の詳細な状況は,別表1,2のとおりである。)。このため,訴外会社の現場事務所でも,前日夕方からの降雪量が30センチに達した同月22日から,公道と現場事務所の間に幅3メートル,長さ20メートルないし30メートル位の通路を確保し,自動車置き場を作るための除雪作業を連日行ったが,そのころには現場での仕事もなくなっていたため,特別に朝早く除雪を行う必要はなく,朝8時半ころから作業を行い雪の多い日でも1時間程度で終了していた。除雪作業は,雪の多い日には朝以外にも昼ころ及び夕方に行うことがあったが,朝以外の作業は帰りに自動車が出られる部分を確保すれば足りた。作業は,当初は雪を近くに寄せる程度であったが,除雪した雪が溜まってくるようになると,近くの小川まで運搬して捨てるようになった。 この除雪作業は現場事務所の全員で行われ,太郎も前年から青森にいたこともあり率先して参加したが,手押し式の雪かき用道具であるスノーダンプが2台しかなかったため,各人とも休憩を挟みながら交替で10分ないし15分ずつ作業をしていた。作業に当たっては,太郎を含む全員が訴外会社から支給されていた防寒用の長靴,軍手,革手袋,ゴム手袋や防寒着を着用していた。 (5)補修工事国鉄の青森工事区は,11月20日すぎに行われた事前検査の際,そのころ別の場所でナットが落ちて列車に当たるという事故が起きた関係で,橋 ,軍手,革手袋,ゴム手袋や防寒着を着用していた。 (5)補修工事国鉄の青森工事区は,11月20日すぎに行われた事前検査の際,そのころ別の場所でナットが落ちて列車に当たるという事故が起きた関係で,橋梁下部に設置された検査路及びその下部に取り付けられた落下物防止用の金網に使用されていたナットの緩み止めの方法について太郎に相談を持ちかけた。これに対し,現場事務所では,当時まだナットに緩み止めを施すことは一般的ではなく,国鉄の設計上も緩み止めをするようにはなっていなかったため,緩み止めがなくても施工としては問題はなく,施工業者である訴外会社の責任ではないとは考えながらも,何かいい方法はないかと検討を加えたが,本来の方法であるワッシャー又はボルトを入れ替える作業を行うためには足場が必要な箇所もあるにもかかわらず既に足場は撤去されており,再び足場を組むにも手間が掛かることから,基本的には不可能な作業であると判断し,工事区からの依頼を数回にわたり断った。ところが,工事区から,作業内容をボルトの上にボンドを塗りつけるものとした上,工事区が設計変更をして新たに工事を発注し代金も別に支払うという形態を採ることとし,また,工事区から可能な範囲を可能な限度で作業すれば足りる旨の話があったことから,現場事務所としても,依頼された補修工事を引き受けることになった。この間,工事区と現場事務所との間では打合せが2,3回実施されたが,現場事務所側は主としてCが担当者となっており,太郎は,当初に工事区長から直接相談を受けたほか,打合せに1回程度関与しただけであった。 12月13日には,工事区から補修工事について文書による正式な指示があり,現場事務所でもCが急遽資材や人夫の手配を行い,これらの手配や具体的な打合せが整った同月19日から作業が開始された。現場事務所では,高所 日には,工事区から補修工事について文書による正式な指示があり,現場事務所でもCが急遽資材や人夫の手配を行い,これらの手配や具体的な打合せが整った同月19日から作業が開始された。現場事務所では,高所での作業を専門とする下請けのとび職人を既に帰してしまっていたことから,現場の作業を地元のK組の土工3,4人に行わせることとし,訴外会社の社員は,材料の手配と一部現場の作業を行ったほかは,土工に高所作業をさせる関係で現場の監督に当たった。現場事務所側では,補修工事について,橋梁の本体工事とは別発注の追加工事であったため同月26日に予定されていた竣工検査に間に合わなくても格別問題はなく,作業が長引くと翌年に再び来て作業をしなければならないといった程度の認識であり,突貫工事で完璧に期限内に完了すべき仕事であるとの認識はなく,年内に作業を終えるために作業員を増員するなどの対策は特に講じなかった。 12月19日から開始された作業は,途中材料が不足して東京から取り寄せたこともあって1,2日間中断したが,22日からは休むことなく作業を行い,実質的に5日程度の作業期間を経て25日に終了した。この間,現場に照明がなかったため,作業は周囲が暗くなる4時ころに打ち切られ,残業はなかった。また,訴外会社のC,I及びHは,現場での工事指揮に当たったほか,実際の作業も一部手伝うなどしたが,太郎は,現場事務所で書類の整理や支払等の雑務を行っていた関係で陣頭に立つことはなく,朝晩の2回,1回30分程度かけて現場を見回っただけであった。 ところで,補修工事は,検査路や金網に使用されたおよそ6000本のボルトのうち手が届かない箇所を除いた半数程度にボンドを塗り付けて緩む可能性をなくすという作業内容で,対象となるボルトのうち8割程度は検査路から容易に手が届く範囲にあり直接ボンドを よそ6000本のボルトのうち手が届かない箇所を除いた半数程度にボンドを塗り付けて緩む可能性をなくすという作業内容で,対象となるボルトのうち8割程度は検査路から容易に手が届く範囲にあり直接ボンドを塗布することが可能であったが,残りの約2割については,格子状の検査路の鉄製床面の下方約16センチメートルの位置に設置された金網に取り付けられていて,床面の格子の形状が9.5センチメートルと2.5センチメートルの長方形となっており,手を差し入れることができないことから,先端にボンドを付けた棒を差し込んでボンドを塗布する作業となった。検査路は,橋脚又は橋桁に沿って取り付けられた幅75センチメートルの通路で,地上からの高さは5,6メートルあったが,橋脚及び橋桁との間隔は4センチメートルでかつ反対側には高さ90センチの手すりが設置されているため,作業中における落下の危険性はなく,また橋桁の下部に設置されているため,降雪の直接の影響はない場所であった。また,中央大橋が国鉄東北本線等を跨ぐ陸橋であることから,検査路には下方に電車の架線が横切っている箇所があり,2万2000ボルトの電圧で送電が行われていたが,検査路と架線との距離は最も短い箇所でも83センチメートル,金網からでも67センチメートルの距離があり,2万2000ボルトの高電圧架線における接近限界距離である20センチメートルより47センチメートル離れていて,作業中の感電の危険はなかった。もっとも,訴外会社では,架線の直上部分については,物を落下させる危険性のほか感電のことも一応念頭において,下請けの土工にはやらせず,CやI等社員自らが作業を行った。 (6)狭心症,心筋梗塞等に関する医学的知見ア定義等心筋梗塞は,心筋への血液の供給が急激に減少することにより心筋の壊死を生ずるもので,臨床的には激烈な やらせず,CやI等社員自らが作業を行った。 (6)狭心症,心筋梗塞等に関する医学的知見ア定義等心筋梗塞は,心筋への血液の供給が急激に減少することにより心筋の壊死を生ずるもので,臨床的には激烈な胸痛が通常1時間以上,多くは数時間以上持続し,急性期の予後は重篤で,発症早期に突然死をもたらすことが問題の疾患である。 狭心症は,心筋が一過性の虚血に陥ったために生ずる特有な胸部・その隣接部の不快感を主症状とする臨床症候群で,発作の発生機序,発現状況,重症度などから種々の分類がされているが,一般的には,発作の誘因の観点からは労作狭心症と安静狭心症に,経過(時期)の観点からは安定狭心症と不安定狭心症に分類されている。 イ不安定狭心症不安定狭心症は,心筋梗塞への移行や突然死の危険性が高い病態を包括する概念として医学上一括して論じられることが多く,また心筋梗塞の主要な前駆病態の一つとされているものの,その病像は単一ではなく,多彩な病態を含むものとされている。このため,臨床上心筋梗塞症に移行しやすい狭心症としての不安定狭心症を症候論的に選別するための分類ないし定義が重要とされており,これまでに,AHA分類,ISFC/WHO分類(1979)等が用いられてきたが,最近では,重症度を細かく分類したBraunwald分類が汎用されているほか,狭心症の重症度を評価する手法としては,労作狭心症を引き起こす活動の強度により重症度を分けたCCS(CanadianCardiovascularSociety)分類(CCSC)が広く用いられている。さらに,最近では,1994年に発表された米国のNHLBI(NationalHeart,LungandBloodInstitute)によるガイドラインが,心筋梗塞に移行する確率が高い不安定狭心症を判別し治療方針を決定す に発表された米国のNHLBI(NationalHeart,LungandBloodInstitute)によるガイドラインが,心筋梗塞に移行する確率が高い不安定狭心症を判別し治療方針を決定するための定義として実用的ないしは臨床上応用しやすいと評価されている。この定義では,①1週間以内に発症した安静狭心症,②新規発症(2か月以内)狭心症で,CCSCのⅢ群,Ⅳ群に相当する狭心症(CCSCⅢ群:日常の身体活動が著しく制限され,普通の状態で1~2ブロックの平地歩行又は1回以上の普通の階段上昇で狭心症発作が起こる。CCSCⅣ群:いかなる身体活動でも狭心症が起こる。安静時にも起こる。),③少なくともCCSCⅢ群,Ⅳ群に増悪した狭心症,④異型狭心症,⑤非Q波心筋梗塞,⑥心筋梗塞後狭心症(24時間以内),の6類型のいずれかに該当するものが不安定狭心症とされている。また,文献によっては,過去2か月以内に発症したCCSCⅢ群以上の重症狭心症や以前からの狭心症が増悪し過去2か月以内にCCSCⅢ群以上に重症化したものを,入院加療が必要な不安定狭心症とするものもある。また,NHLBIのガイドラインでは,不安定狭心症における心筋梗塞や心臓死発症の短期リスク別分類を示した上で,中等度以上のリスク群では原則的には入院管理を行うことを勧めており,中等度リスク群としては,夜間狭心症,新規発症狭心症(2週間以内に発症したCCSCのⅢ群以上のもの)等を挙げている。 ウ発生要因不安定狭心症,急性心筋梗塞,心臓突然死の多くは共通の一連の機序により起こる冠状動脈血栓症により発症すると考えられることから,近年では,これらを一括して急性冠症候群(Acutecoronarysyndrome)として論じられるようになってきている。そして,急性冠症候群を含む虚血性心疾患は,冠疾 ると考えられることから,近年では,これらを一括して急性冠症候群(Acutecoronarysyndrome)として論じられるようになってきている。そして,急性冠症候群を含む虚血性心疾患は,冠疾患危険因子の積み重ねから冠動脈硬化症を来たし,狭心症を発症し,不安定狭心症,切迫梗塞から心筋梗塞症となる特有の一連の臨床経過を辿ることが知られており,冠動脈硬化症の末期症状として発病するものであるが,急性冠症候群の発症の要因としては,冠動脈硬化による血管内腔狭窄という器質的変化のみではなく,これとともに,冠動脈内膜に形成され内腔狭窄をもたらすプラーク(粥腫)と呼ばれる肥厚性の病変が突然に破裂することを契機として形成される血栓が,血流遮断をもたらす原因として重要と考えられている。このほか,冠動脈の攣縮も,プラーク破裂の原因なのか冠動脈血管の狭窄を直接に引き起こす血流遮断の第2の原因なのかは別として,急性冠症候群を発症させる血流遮断の機序の一つであるとされている。 このように,急性冠症候群の発症因子は,冠動脈硬化の進展因子として作用する冠疾患危険因子と冠動脈を急速に閉塞し血流を遮断する血栓形成や冠動脈攣縮に関与する誘因とに分けられるが,このうち,血栓形成に関与するプラーク破裂を引き起こす直接的な引き金(トリガー)は,狭窄部の血行動態の変化,交感神経の活性亢進,血圧の急激な変化,狭窄部のズリ応力の増加,動脈攣縮など様々な要因が関連すると指摘されているが,未だ不明な点も多く,今後の更なる解析が必要といわれている。 また,冠疾患危険因子は,主要なものとしては高コレステロール血症,喫煙及び高血圧が挙げられ,その他にも,境界型又は糖尿病型の耐糖能異常,加齢(45歳以上),肥満,遺伝・素因等が挙げられるが,これに対し,過労(慢性の蓄積疲労)が動脈硬化の発症に レステロール血症,喫煙及び高血圧が挙げられ,その他にも,境界型又は糖尿病型の耐糖能異常,加齢(45歳以上),肥満,遺伝・素因等が挙げられるが,これに対し,過労(慢性の蓄積疲労)が動脈硬化の発症にどの程度関与し得るかはまだ不分明であるとされており,世界保健機構(WHO)のガイドラインでは,心血管疾患の危険因子のうちリスク層別化に利用するものとして,血圧のレベル,年齢(男性の場合55歳以上),喫煙,総コレステロール値(6.5mmol/L),糖尿病,心血管疾患若年発症の家族歴を挙げている。さらに,このガイドラインでは,高血圧症患者の将来の心血管疾患発症リスクの層別化の手掛かりとして,正常血圧の範囲を収縮期140未満かつ拡張期90未満とし,これを上回る場合を高血圧と定めた上,さらに軽症,中等症,重症及び収縮期高血圧に分類している。 (7)太郎の高血圧症の状況太郎が定期健康診断等の機会に医療機関において測定した血圧値,これに対する医療機関の所見,当該血圧値のWHOガイドライン上での分類は,別表3のとおりである。 2 太郎の健康状態の推移上記1における認定事実のほか,証拠(甲4,乙8の2,9,46,51,59,64)を総合すると,太郎の死亡までの冠動脈疾患の推移としては,次のように認めることができる。すなわち,太郎においては,冠疾患の危険因子として,少なくとも15年にわたる高血圧の既往歴及び喫煙という主要な2因子のほか,加齢(死亡時51歳)の要素も加わって,冠動脈硬化症による血管内腔狭窄が進行していたものであり,WHOのガイドライン上でも,降圧剤を服用しない限り高血圧が概ね重症で長年推移し,喫煙という1個の危険因子を併有していることから,予後にかかわるリスクの層別化上は,昭和45年以降は超高リスクの該当者であった。そして,太郎は,昭和59年1 しない限り高血圧が概ね重症で長年推移し,喫煙という1個の危険因子を併有していることから,予後にかかわるリスクの層別化上は,昭和45年以降は超高リスクの該当者であった。そして,太郎は,昭和59年11月終わりころには労作狭心症(冠動脈に器質的狭窄が存在するため,心筋が労作に伴う酸素需要の増加時に一過性の虚血に陥って生ずる狭心症)の状態になり,その後12月中旬から22日ころの時期以降は連日安静狭心症の発作を起こすようになり,そのころまでにCCSC分類のⅣ群に増悪した狭心症としてNHLBIの定義における不安定狭心症の状態に至り,27日早朝就寝中に非Q波心筋梗塞症の発作を起こした後,29日には急性心筋梗塞を発症して死亡するに至ったものである。 なお,太郎における耐糖能異常の存否については,その存在をうかがわせる証拠として,乙第3号証の1,3ないし5,第4号証の2,第59号証及び証人Eの証言があるものの,同証人自身が境界型糖尿病と断定するにはデータが不足している旨述べていることのほか,以前はグリコヘモグロビンACの測定値の信頼性が一般に低かったことを指摘する甲第9号証の記載内容及び証人Dの証言も併せ考慮すると,太郎が境界型糖尿病であったとの事実を認めることはできないというべきである。 3 業務起因性の判断原告は,太郎の以上のような病状悪化が,補修工事の実施と除雪作業を中心とする太郎が従事した業務による精神的・肉体的負荷が加えられたために生じた旨,あるいは業務が原因で太郎が安静加療の機会を逸した旨主張するので,以上で認定した太郎の健康状態の推移,業務の内容及び就労状況等を前提に検討する。 (1)労働者災害補償保険法7条1項1号の業務災害に関する遺族補償給付の要件である災害補償の事由は「労働者が業務上死亡した場合」であるが(労働基準法79条),これ 容及び就労状況等を前提に検討する。 (1)労働者災害補償保険法7条1項1号の業務災害に関する遺族補償給付の要件である災害補償の事由は「労働者が業務上死亡した場合」であるが(労働基準法79条),これは労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい,この負傷又は疾病と業務との間には相当因果関係があることが必要であり,その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならないと解される(最高裁判所昭和51年11月12日第2小法廷判決・裁判集民事119号189頁)。そして,この相当因果関係の有無は,経験則,科学知識に照らし,その傷病が当該業務に内在又は通常随伴する危険の現実化したものと評することができるか否かによって決するべきである。 ところで,虚血性心疾患の一類型である急性冠症候群は,その発症因子としては前記認定のとおり動脈硬化による器質的変化をもたらす冠疾患危険因子と冠動脈閉塞に関する誘因とに分けられるところ,業務に起因する過重負荷によって急性冠症候群が発症した場合でも,これらの因子がすべて業務の過重負荷に基づくことは希であり,むしろ,動脈硬化等による血管病変等の基礎的病態が業務と無関係に発症因子として存する中で競合する発症因子の一部において業務上の過重負荷が原因となっているのが通常であると考えられる。そこで,そのような基礎的病態を有する労働者において業務負荷の過重性が発症因子の一部として急性冠症候群の発症に寄与した場合に,これを業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価するためには,当該業務負荷が過重なものであって,その過重性がもたらした発症因子がこれと無関係な他の発症因子及び基礎的病態に比べて相対的に有力な原因として作用し,死亡の結果を招いたものと認められることを要するというべきである。 (2)以上を って,その過重性がもたらした発症因子がこれと無関係な他の発症因子及び基礎的病態に比べて相対的に有力な原因として作用し,死亡の結果を招いたものと認められることを要するというべきである。 (2)以上を踏まえて,まず,業務の過重性を根拠とする原告の主張について検討することとする。ここで,太郎の基礎的病態である冠動脈硬化症を基礎とする虚血性心疾患は,前記のとおり時間の経過とともに悪化して急性冠症候群を経て死亡に至るという経緯を辿っていることから,以下の検討も,この増悪の段階ごとに行うこととする。 アまず,前記2のとおり,太郎の冠動脈疾患は,12月中旬から22日ころまでの時期以降は連日安静狭心症の発作を起こすようなCCSC分類のⅣ群に増悪した不安定狭心症の状態に至っており,このような重篤な狭心症は,近時発表され治療方針決定のために実用的とされるNHLBIのガイドラインによれば新規発症狭心症として原則的に入院管理を要する状況にあったといえる。また,他方では,前記認定によれば,太郎が12月中旬以降に従事した業務は,補修工事及び除雪作業を含め,それ自体としては太郎の狭心症がこのように重篤でない場合にまで勤務の軽減を要するほどに過重なものであったとは認め難い。そうすると,太郎の重篤な病態と比較したときに,同人の従事した業務が,なおこれを上回って相対的に有力な原因として,同月27日の非Q波心筋梗塞の発症及びこれに続く同月29日の急性心筋梗塞の発症に作用したと評価することはできないというべきである。 これに対し,証人Dは,その証言及び意見書(甲4)において,豪雪の中での就労が太郎の不安定狭心症に対して過重労働として作用し,自然的経過を超えて急激に著しく増悪させたものと判断することが医学経験則上妥当と考えるとの見解を述べている。しかしながら,この見解は,入院 での就労が太郎の不安定狭心症に対して過重労働として作用し,自然的経過を超えて急激に著しく増悪させたものと判断することが医学経験則上妥当と考えるとの見解を述べている。しかしながら,この見解は,入院加療を要する程の不安定狭心症を発症していた太郎にとって当該就労が過重であったことを指摘するにとどまるところ,業務の過重性の判断は,重い基礎疾患を有している当該労働者を基準とするのではなく,基礎疾患を有するものの勤務の軽減を要せずに通常の勤務に就くことが期待されている者を基準として行うべきものであって,当該見解はこれと異なる前提に立つものであるから,上記判断を左右するものとはいえない。 したがって,太郎が12月中旬ないし22日ころまでの間に不安定狭心症を発症した以降に従事した業務については,同人の死亡との間に相当因果関係を認めることはできない。 イ次に,12月中旬ないし22日の時期に発症した太郎の重篤な不安定狭心症は,11月終わりころに生じた労作狭心症の状態が悪化したものであり,太郎はこれが原因で非Q波心筋梗塞及び急性心筋梗塞を経て死亡するに至っている。そこで,このように太郎の狭心症が不安定化する過程において同人の従事した業務の過重性が急性冠症候群の発症因子の一つである冠動脈閉塞の誘因をもたらしたものであって,他の不安定狭心症の発症因子に比べて相対的に有力な原因として不安定狭心症の発症に作用したとすれば,太郎の死亡と当該業務の過重性との間に相当因果関係を認めることができるから,以下,11月終わりころから12月22日までの太郎の就労状況について検討する。 (ア)まず,補修工事について検討するに,前記認定したところによれば,この点に関しては,①本体工事がほぼ完成して残務整理の段階にあったところに生じた追加工事であったこと,②訴外会社としては実施に消 (ア)まず,補修工事について検討するに,前記認定したところによれば,この点に関しては,①本体工事がほぼ完成して残務整理の段階にあったところに生じた追加工事であったこと,②訴外会社としては実施に消極的であったにもかかわらず国鉄工事区の強い要請により実施を余儀なくされたものであること,③補修工事が竣工検査までに終了しない場合には翌年再び現場に来て作業をする必要があったこと,といった事情がうかがわれ,これらの事情からすれば,補修工事の実施が訴外会社の現場事務所長であった太郎にとって一定の心理的負担となったことは否定できない。しかしながら,他方,前記認定によれば,①補修工事が必要となったことは訴外会社の責任ではなかったこと,②事前の打合せは主として部下のCが窓口となり,太郎は当初工事区から相談を受けたほかは事前の打合せに1回程度関与しただけであったこと,③訴外会社側では,補修工事は形だけの実績をつくれば足り,竣工検査に間に合わせるために突貫工事をする必要はないと理解されていたこと,④補修工事の作業自体は,作業員の身体的危険を伴うものではなかったこと,等の事情も認められ,これらを併せ考慮すると,補修工事による太郎の心理的負担がその労作狭心症を自然的経過を超えて不安定狭心症にまで増悪させるに足りる過重な精神的負荷として働いたと認めることは困難である。 そして,ほかに補修工事に起因する太郎の精神的負荷が不安定狭心症の発症の引き金となる冠動脈閉塞に関わる様々な要因として作用したとの事実を認めるに足りる確たる証拠もないから,結局,補修工事に関する業務と太郎の不安定狭心症発症との間に相当因果関係を認めることはできない。 (イ)次に,除雪作業等について検討するに,前記認定によれば,現場事務所で除雪作業を行うようになったのは12月22日以降のことであるから, 安定狭心症発症との間に相当因果関係を認めることはできない。 (イ)次に,除雪作業等について検討するに,前記認定によれば,現場事務所で除雪作業を行うようになったのは12月22日以降のことであるから,太郎の狭心症がCCSC分類のⅣ群にまで増悪したこととの関係では,これに影響した可能性のある除雪作業は,12月22日に行われたものに限られるということができる。しかして,前記認定したところによれば,除雪作業は,朝8時半ころから作業を行い雪の多い日でも1時間程度で終了しており,この作業は現場事務所の全員で行われ,休憩を挟みながら交替で10分ないし15分ずつ作業をしていたというものであるから,太郎が従事した除雪作業による身体的負荷がその労作狭心症を自然的経過を超えて不安定狭心症にまで増悪させるに足りるほどの過重な負荷として作用したとまでは認めることができない。 もっとも,この点につき,原告は,太郎が12月15日以降連日除雪作業に従事した旨主張するのであるが,同日から同月21日までの間の降雪状況(別表1)に照らすと,同日までに除雪作業が行われた可能性があるのはせいぜい当日朝までに相当量の降雪があった同月16日又は翌17日(同月16日は日曜日であるので,同日朝までに降った雪の除雪作業は翌日に行われたとも考えられる。)のみであって,それ以外の日の降雪は,自動車のための通路及び駐車場所確保のために除雪作業を要するほどの量とはいえず,これらの日に除雪作業が実施されたとの事実を認めるべき証拠はない。そして,太郎が同月16日又は翌17日に除雪作業に従事したとしても,これをもって上記判断を左右するものとはいえない。 また,原告は,太郎が暖をとれる屋内と低温の屋外との行き来を繰り返し,これによる急激な温度変化が血圧変動や血管収縮につながったなどと主張するけれども,太 をもって上記判断を左右するものとはいえない。 また,原告は,太郎が暖をとれる屋内と低温の屋外との行き来を繰り返し,これによる急激な温度変化が血圧変動や血管収縮につながったなどと主張するけれども,太郎は,既に青森において一冬経験しているのであるから,厳冬期には防寒のため相応の衣類等を着用していたものと考えられ,現に除雪作業の際には,訴外会社から支給されていた防寒着等を着用していたことは前記認定のとおりである。加えて,12月に入ってからは,降雪の時節を迎え,しかも既に本体工事の大部分が終了していたこともあって,太郎は専ら現場事務所で書類の整理等の業務に従事し,補修工事の現場の見回りや除雪作業等の仕事にも関わったが,長時間寒気に曝されるような業務に従事するようなことはなかった上,現場事務所長という役職からして,その頻度はともかく,太郎が屋内と屋外を行き来したことは想像に難くないけれども,これが原因で血圧が急激に変化するなどして急性冠症候群の発症要因となるようなプラーク破裂を引き起こしたことを認めるに足りる証拠はない。 さらに,証拠(甲22,証人D,同E)に照らすと,冷気の吸入といった寒冷曝露により冠動脈の攣縮を来し,これが要因となって狭心症を発症する可能性がないとまではにわかに断定できないけれども,当然のことながら冷気の吸入は屋外業務に限ったことではなく,前記認定によれば,補修工事の現場の見回りや除雪作業に要する時間はせいぜい長くて1時間程度であり,しかも断続的に行われたものではなかったこと,その他当時の日中の気温(別表2)等を考慮すると,太郎がこれらの仕事に従事した際に冷気を吸入したことによって不安定狭心症を発症したとまでは認めることができない。 以上によれば,結局,太郎の狭心症が不安定狭心症にまで増悪したことと現場事務所で実施された除雪作 の仕事に従事した際に冷気を吸入したことによって不安定狭心症を発症したとまでは認めることができない。 以上によれば,結局,太郎の狭心症が不安定狭心症にまで増悪したことと現場事務所で実施された除雪作業や温度変化,気象状況等との間の因果関係は,これを認めるに至らない。 (ウ)このほか,11月終わりころから12月22日ころまでの間の太郎の就労状況全般についてみても,前記認定によれば,業務内容としては補修工事に関する打合せを除けば本体工事が終了して残務整理や後片付けが残っているのみの状態であって,1日当たりの残業時間は2時間前後であり,週末の過ごし方は,12月9日の日曜日に休日出勤をしたほかは,同月1日の土曜日は通常勤務後に帰省して翌2日の日曜日夕方まで自宅で過ごした後夜行列車で青森に戻り,同月16日の日曜日は通常どおり休勤したというものである。このような太郎の就労状況を総合したところでは,この間の業務に起因する精神的・身体的負荷は,補修工事や除雪作業による負荷を併せ考えても特に過重とはいえず,既に発症していた労作狭心症をCCSC分類のⅣ群に属する不安定狭心症にまで増悪させるに足りる有力な原因として作用したと評価することは困難というべきである。 また,11月終わりころ以前に太郎が従事した業務が,時間的間隔をおいて12月中旬以降の同人の狭心症の不安定化に影響を及ぼしたと認めるべき証拠もない。 (エ)以上のとおり,太郎の重篤な不安定狭心症の発症と同人が従事した業務との間に相当因果関係を認めることはできない。 ウ以上のほか,11月終わりころに太郎が労作狭心症を発症するようになったことについても,それ以前に同人の従事した業務がこれに影響したとの事実を認めるに足りる証拠はない。 エ以上アないしウで検討したところによれば,太郎の従事した業務が過重な精神的 発症するようになったことについても,それ以前に同人の従事した業務がこれに影響したとの事実を認めるに足りる証拠はない。 エ以上アないしウで検討したところによれば,太郎の従事した業務が過重な精神的・身体的負荷として同人の冠動脈疾患を増悪させる相対的に有力な原因として作用したとは認められず,この点に関する原告の主張は理由がない。 (3)すすんで,太郎が本件工事の業務に従事したことが原因で安静加療の機会を喪失したとの原告の主張について検討する。 ある業務に従事することが一般に許容され得ないほどに重症の基礎的病態を有している労働者については,既に直ちに当該業務を回避して,安静を保ちあるいは然るべき治療を受ける必要がある状況にあるといえるから,それにもかかわらず業務の客観的状況が原因で労働者がなおも引き続き業務に従事することを余儀なくされ,その結果病状が悪化して死亡するに至ったときには,特段の事情がない限り,安静加療の機会を逸した点を捉えて,業務に内在又は通常随伴する危険が現実化したものと評価することができるというべきである。 そこで,これを本件についてみると,前記1で認定した事実経過,殊に本件工事の進捗状況,補修工事の内容及びこれに対する太郎の関与度合い,胸痛を訴えた太郎に対する部下の対応等に照らすと,本件工事における太郎の業務の客観的状況は,遅くとも本体工事の大部分が終了していた12月上旬以降においては,太郎の安静加療を妨げてまで同人に就労を強いるまでのものではなかったというべきである。 そして,太郎が死亡前に安静加療の機会を持ちながらこれを実行しなかったのは,主として同人が受診して狭心症ないし冠不全と診断した医療機関から投薬等の処方を受けたものの安静休養あるいは入院加療を促すような指示がなく,太郎自身その病状の重篤性や入院加療等の必要性に対す たのは,主として同人が受診して狭心症ないし冠不全と診断した医療機関から投薬等の処方を受けたものの安静休養あるいは入院加療を促すような指示がなく,太郎自身その病状の重篤性や入院加療等の必要性に対する認識を欠いたため自ら積極的に病休を申し出なかったことや目前の12月29日には現場事務所の撤収までをすべて見届けて現場を引き上げ帰宅する予定にしていたことによるものであると推察される。 なお,乙第20号証中には,太郎がその日まで現場に残った理由について,Cが運転免許取りたてで,12月28日は車が1台しかなく,Cが帰るまで太郎も帰るわけに行かなかったためであると説明する部分があるが,前記認定のとおりその前日にCが太郎に帰省を勧めていること,仮に太郎が不在の場合でも自動車はCが慎重に運転する方法のほか運転代行業者に回送を依頼したり,現場事務所に残しておいて翌29日にK組に関東まで回送を依頼する方法をとることも十分可能であったこと等を考えると,上記のような支障をもって,太郎に安静加療の機会を持つことを妨げたと評価するに足りる状況と認めることはできない。 以上によれば,本件工事における太郎の業務に,安静加療の機会を奪ってまで同人に就労を余儀なくさせたと評価するだけの状況があったとは認めるに足りないから,原告の主張は理由がない。 4 結論以上検討したところによれば,本件処分に原告が主張するような違法はないというべきであるから,原告の請求は理由がなく棄却を免れない。 裁判長裁判官山  﨑 勉裁判官畠山新裁判官宮  﨑 謙 裁判官 畠山新 裁判官 宮崎謙

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