主文 1 原告●●●●(原告番号57-①)、原告●●●●●(原告番号57-③)及び原告●●●●●(原告番号79-①)の被告らに対する訴えをいずれも却下する。 2 原告●●●(原告番号25-①)及び原告●●●●●(原告番号25-②)の被告東電に対する訴えをいずれも却下する。 3 被告東電は、別紙3認容額等一覧表「認容額」欄に金額の記載がある原告らに対し、同欄記載の各金員及びこれに対する平成23年3月11日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 3項の原告らの被告東電に対するその余の請求及び1ないし3項の原告を除く原告らの被告東電に対する請求をいずれも棄却する。 5 1項の原告らを除く原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。 6 訴訟費用は、全事件を通じ、原告らに生じた費用の2分の1と被告東電に生じた費用については、その10分の1を被告東電の負担とし、その余を原告らの負担とし、原告らに生じた費用の2分の1と被告国に生じた費用については原告らの負担とする。 7 この判決は、3項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告東電が同項の原告らに対し別紙3認容額等一覧表「担保額」欄記載の各金員の担保を供するときは、当該原告らとの関係において、その執行を免れることができる。 事実及び理由 第1章当事者の求めた裁判 第1 原告らの請求被告らは、各原告に対し、連帯して2200万円及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 被告国の答弁 1 本案前の答弁 原告●●●●(原告番号57-①)、原告●●●●●(原告番号57-③)及び原告 ●●●●●(原告番号79-①)の被告国に対する請求をいずれも却下する 被告国の答弁 1 本案前の答弁 原告●●●●(原告番号57-①)、原告●●●●●(原告番号57-③)及び原告 ●●●●●(原告番号79-①)の被告国に対する請求をいずれも却下する。 (理由)被告東電の主張を援用する。 2 本案における答弁原告らの請求を棄却する。 第3 被告東電の答弁 1 本案前の答弁原告●●●●(原告番号57-①)、原告●●●●●(原告番号57-③)、原告●●●●●(原告番号79-①)、原告●●●(原告番号25-①)及び原告●●●●●(原告番号25-②)の被告東電に対する請求をいずれも却下する。 (理由)原告●●●●(原告番号57-①)、原告●●●●●(原告番号57-③)及び原告●●●●●(原告番号79-①)(以下、「本件二重起訴原告らA」という。)は、本件訴訟提起日(平成27年10月8日)に先立つ平成26年2月10日ころ又は同年9月10日ころ、被告東電及び被告国に対し、本件事故によって平穏生活権が侵害され て精神的苦痛を被ったとして、既払額を上回る損害として一人当たり月額5万円の慰謝料等の支払等を求める訴訟を福島地方裁判所に提起したところ(同裁判所平成26年(ワ)第14号、同第165号原状回復等請求事件)、控訴審である仙台高等裁判所が令和2年9月30日に言い渡した原告らの請求を一部認容する判決(平成29年(ネ)第373号、令和2年(ネ)第56号、同第62号)が、令和4年3月2日に 確定した。 原告●●●(原告番号25-①)及び原告●●●●●(原告番号25-②)(以下「本件二重起訴原告らB」という。)は、本件訴訟提起日(平成27年10月8日)に先立つ平成26年12月19日、被告東電に対し、本件事故に起因し長期の避難生活を強いられ、また「小高に生きる」こ (以下「本件二重起訴原告らB」という。)は、本件訴訟提起日(平成27年10月8日)に先立つ平成26年12月19日、被告東電に対し、本件事故に起因し長期の避難生活を強いられ、また「小高に生きる」ことを喪失し、精神的苦痛を被ったとして、既払 額を上回る損害の賠償として1665万円(請求減縮後の金額)の慰謝料等の支払い を求める訴訟を東京地方裁判所に提起したところ(同裁判所平成26年(ワ)第33633号損害賠償請求事件)、控訴審である東京高等裁判所が令和2年3月17日に言い渡した原告らの請求を一部認容する判決(東京高等裁判所平成30年(ネ)第235号)が令和4年3月7日に確定した。 上記前訴と本件訴訟の訴訟物は同一であり、本件二重起訴原告らA及びBの本件訴 訟の訴えは却下されるべきである。 2 本案における答弁原告らの請求を棄却する。 第2章事案の概要第1 原告らの請求 原告らは、平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震(本件地震)当時、福島県南相馬市小高区を生活の本拠地としていたと主張する者又はその承継人である。 原告ら(損害賠償請求権を承継した原告については被承継人を指すことがある。以下、同じ。)は、前同日、被告東電が設置し運営する福島第一原子力発電所(本件発電所)で発生した事故(本件事故)により、避難生活を強いられ、地域コミュニティを 喪失し、「ふるさと」を奪われた等と主張して、被告東電に対し、原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)3条1項、民法709条及び719条に基づき、被告国に対し、国家賠償法(国賠法)1条1項、4条及び民法719条に基づき、地域コミュニティ喪失慰謝料2000万円と弁護士費用200万円の合計2200万円及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで民法(平 家賠償法(国賠法)1条1項、4条及び民法719条に基づき、地域コミュニティ喪失慰謝料2000万円と弁護士費用200万円の合計2200万円及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改 正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。 第2 前提事実(証拠により認めた事実はその証拠を掲記した(枝番のある証拠につき、全ての枝番を含むときには、枝番の記載を省略する。以下同じ。)。年の記載がない日付は平成2 3年のものである。) 1 南相馬市小高区南相馬市小高区は、福島県の東端部、相馬郡の最南端部に位置する。 南相馬市は、平成18年1月1日、相馬郡鹿島町、相馬郡小高町及び原町市の3市町が合併して発足した市である。 小高区は、本件発電所の北から北西方向の約10kmから20kmの地域に位置し、 本件事故後、3月12日午後6時25分に避難指示対象区域となり、4月22日に全域が警戒区域に設定されて原則として立ち入りが禁止された。その後、平成24年4月16日零時をもって警戒区域の設定が解除され、避難指示解除準備区域又は居住制限区域又は帰還困難区域に指定され、居住制限区域と避難指示解除準備区域は平成28年7月12日をもって解除された(丙C77)。原告らの居住地の避難指示区域は、 世帯番号23、40、52、140及び177の原告らが居住制限区域であり、その他の世帯番号の原告らは避難指示解除準備区域である。 2 本件地震の発生とその規模3月11日午後2時46分、本件地震が発生した。 本件地震の震源は牡鹿半島の東南東約130km付近、震源域は岩手県沖南部から 茨城県沖までに及び、その長さは約400km以上、幅は約200km 3月11日午後2時46分、本件地震が発生した。 本件地震の震源は牡鹿半島の東南東約130km付近、震源域は岩手県沖南部から 茨城県沖までに及び、その長さは約400km以上、幅は約200kmで、最大のすべり量は50m以上であり、複数の震源域がそれぞれ連動して発生したと推定される。 宮城県栗原市で最大震度7、宮城県、福島県、茨城県及び栃木県の4県37市町村で震度6強を観測した。また、東北地方から関東地方北部の太平洋側を中心に非常に高い津波が観測され、東北地方太平洋沿岸では、津波が海岸から数km内陸にまで侵入 し、広域に浸水被害を発生させた。本件地震の規模は、我が国の観測史上最大となるマグニチュード9.0、津波マグニチュード9.1であった。(以下、本件地震に伴う津波を「本件津波」という。甲B12(特に記載がなければ本文編を指す。以下同じ。)の15、16頁、乙B464の4頁)。 南相馬市では最大震度6弱を観測し、気象庁から大津波警報が発せられ、午後3時 35分頃南相馬市沿岸に津波が到達した。南相馬市に最も近い相馬港の観測点では9. 3m以上の最大波を観測し、津波による被害面積は、小高区10.5km2、鹿島区15.8km2、原町区13.4km2、全体で40.8km2、市域の約10%である。南相馬市における津波による直接死は636人であった。 地震調査研究推進本部(推進本部)地震調査委員会は、3月11日、本件地震の震源域は、岩手県沖から茨城県沖までの広範囲にわたっていると考えられ、地震調査委 員会では、宮城県沖・その東の三陸沖南部海溝寄りから南の茨城県沖まで個別の領域については地震動や津波について評価していたが、これらすべての領域が連動して発生する地震については想定外であったと発表した(乙B18)。 3 本件発電 陸沖南部海溝寄りから南の茨城県沖まで個別の領域については地震動や津波について評価していたが、これらすべての領域が連動して発生する地震については想定外であったと発表した(乙B18)。 3 本件発電所本件発電所は、福島県双葉郡大熊町及び同郡双葉町に位置し、敷地東側は太平洋に 面する。沸騰水型原子炉(BWR)の設置について、昭和41年(1号機)から昭和47年(6号機)までの間に許可を得て、昭和46年3月(1号機)から昭和54年10月(6号機)までの間に、順次営業運転を開始した。 本件地震発生当時、1号機ないし3号機は定格出力運転中であり、4号機ないし6号機は定期検査中であった(丙B1の11、13、84頁)。 4 本件事故の発生本件地震に際し、本件発電所が位置する大熊町及び双葉町において観測された最高震度は6強であり、震度5弱以下の余震が多数回観測された。 本件地震に伴う津波は、第一波が3月11日午後3時27分頃、第2波が同日午後3時35分頃、その後も断続的に本件発電所に到達し、敷地の海に面した東側及び南 東側の全方向から大量の海水が敷地に浸入し、海側エリア及び主要建屋設置エリアはほぼ全域が浸水した。1号機から4号機の主要建屋設置エリアの敷地高は海抜(小名浜港工事基準面(O.P.)からの高さ。以下同じ。)+10mであるところ、浸水高は海抜+約11.5mから+約15.5m、浸水深(地表面からの浸水の高さ)は約1.5mから約5.5mである(甲B12の19頁、92ないし95頁、同資料編2 0頁、丙B15のスライド36ないし43頁)。 本件地震後、本件発電所では、施設の安全を確保する仕組みのうち「止める」機能は達成されたが、多くの電源関連設備が機能を喪失したことなどにより「冷やす」機能が損なわれ 6ないし43頁)。 本件地震後、本件発電所では、施設の安全を確保する仕組みのうち「止める」機能は達成されたが、多くの電源関連設備が機能を喪失したことなどにより「冷やす」機能が損なわれ、原子炉内に蓄積される放射性物質を「閉じ込める」機能を喪失した。 運転中であった1号機から3号機は、本件地震後、注水機能を喪失して炉心損傷に至り、炉心損傷に伴い、燃料被覆管内の放射性物質が原子炉圧力容器内に漏れ出すとと もに、燃料被覆管(ジルコニウム)と水蒸気の反応で水素が発生した。この放射性物質と水素が蒸気とともに逃し安全弁等を経て格納容器へ放出され、格納容器の内圧を上昇させるため、各号機とも格納容器の減圧(ベント)操作が試みられた。また、3月12日午後3時36分に1号機の原子炉建屋が、同月14日午前11時1分に3号機の原子炉建屋がそれぞれ爆発により損傷した。その結果、空気中に放射性物質が放 出された(甲B12の19頁、丙B1の1の269ないし278頁)。 5 政府による事故初期における避難措置3月11日午後7時3分、政府は、原子力災害対策特別措置法(原災法)15条2項の規定する原子力緊急事態宣言を発出するとともに、内閣総理大臣を本部長とする原子力災害対策本部(原災本部)を設置した。 原災本部は、3月11日午後9時23分、福島県知事及び関係自治体に対し、本件発電所から半径3km圏内の居住者等に対して避難のための立退きを行うこと、半径10km圏内の居住者等に対して屋内退避を行うことを指示した(丙C2)。その後、1号機における原子炉格納容器圧力の異常上昇、1号機及び2号機におけるベントが実施できていないことなどから、原災本部は、翌12日午前5時44分、福島県知事 及び関係自治体に対し、本件発電所から半径10km圏内の 炉格納容器圧力の異常上昇、1号機及び2号機におけるベントが実施できていないことなどから、原災本部は、翌12日午前5時44分、福島県知事 及び関係自治体に対し、本件発電所から半径10km圏内の居住者等に対して避難のための立退きを行うことを指示した。 3月12日午後3時36分に1号機の原子炉建屋で爆発が発生し、同日午後6時25分、原災本部は、福島県知事及び関係自治体に対し、本件発電所から半径20km圏内の居住者等に対して避難のための立退きを行うことを指示した(丙C4)。 3月14日午前11時1分に3号機の爆発、同月15日午前6時頃に4号機方向か ら衝撃音の発生、同日午前9時38分の同原子炉建屋3階北西付近での火災発生といった事態が連続的に発生した後、原災本部は、同日午前11時、福島県知事及び関係自治体に対し、本件発電所から半径20km以上30km圏内の住民は外出せず、自宅など屋内に待機することを指示した(甲B12の264ないし266頁、丙C5)。 6 南相馬市による一時避難の要請 南相馬市は、3月16日、情報が錯綜する中、ガソリンや救援物資が市内へ流通しなくなり、避難所の食事にも事欠く事態に陥っている状況を受け、全市民に対して市外への避難を促し、同月18日から20日にかけてバスを手配し、県外への集団避難を実施したが、屋内退避区域の指定が解除された4月22日、避難していた住民に対し、自宅での生活が可能な者の帰宅を許容する旨の見解を示した(甲C18の8頁)。 7 政府による長期的な避難措置⑴ 警戒区域の設定本件発電所から半径20km圏内について、原災本部は、4月21日午前11時、同月22日午前0時に同圏内を警戒区域に設定する指示を発出した。これにより、20km圏内への一時立入りは、空間線量率が 本件発電所から半径20km圏内について、原災本部は、4月21日午前11時、同月22日午前0時に同圏内を警戒区域に設定する指示を発出した。これにより、20km圏内への一時立入りは、空間線量率が200μSv/時以下であること、滞在 を5時間とすることを条件として認められた(甲B12の275、276頁)。 ⑵ 計画的避難区域及び緊急時避難準備区域の設定4月22日までに、原災本部は、国際放射線防護委員会(ICRP)が定めた緊急時被ばく状況における放射線量の基準値である年20~100mSvのうち、最下限の20mSvを指標とすることとし、本件発電所から半径20km以遠の周辺地域に おいて、事故発生から1年の期間内に積算線量が20mSvに達するおそれのある区域を計画的避難区域とすること、半径20kmないし30kmの屋内退避区域で計画的避難区域に該当しない区域を緊急時避難準備区域として、常に緊急時に屋内退避や避難が可能な準備をすることとし、同日、原災法20条3項に基づき、計画的避難区域と緊急時避難準備区域を指定し、あわせて本件発電所から半径20kmないし30 km圏内に指示していた屋内退避の指示を解除した。 計画的避難区域について、原則としておおむね1か月間程度の間に順次該当区域外への避難のための立退きを行うこと、緊急時避難準備区域について、常に緊急時に避難のための立退きまたは屋内への退避が可能な準備を行うことなどが指示された(甲B12の271ないし273頁)。 ⑶ 緊急時避難準備区域の解除 9月30日、原災本部は、原子炉施設の安全性確保、空間線量率の低下、公的サービス・インフラ等の復旧が整うことの3条件が満たされたと判断し、モニタリング及び除染を適切に行うこと等の留意点を示したうえで、緊急時避難準備区域解 、原子炉施設の安全性確保、空間線量率の低下、公的サービス・インフラ等の復旧が整うことの3条件が満たされたと判断し、モニタリング及び除染を適切に行うこと等の留意点を示したうえで、緊急時避難準備区域解除の指示及び公示を行った(甲B12の284、285頁)。 ⑷ 新たな避難区域の設定 原災本部は、12月16日、本件発電所について、原子炉は安定状態を達成し、発電所の事故そのものは収束に至ったと判断し(後記10⑵)、同月26日、警戒区域及び避難指示区域を見直し、年間積算線量が20mSv以下となることが確実であると確認された地域を「避難指示解除準備区域」、年間積算線量が20mSvを超えるおそれがあり、住民の被ばく線量を低減する観点から引き続き避難を求める地域を「居 住制限区域」にそれぞれ設定し、さらに、居住制限区域のうち放射性物質による汚染が極めて高く、避難指示を解除するまでに長期間を要する区域を「帰還困難区域」に設定することとした。 この対応方針に基づき、平成24年3月30日、原災本部は、南相馬市について、同年4月16日午前零時をもって警戒区域を解除し、市内の避難指示区域を、帰還困 難区域、居住制限区域及び避難指示解除準備区域に設定した(甲B52(特に記載がなければ本文編を指す。以下同じ。)の228ないし244頁)。 ⑸ 小高区の避難措置小高区は、4月21日に全域が警戒区域に指定されていたところ、平成24年4月16日、以下のとおり避難指示区域が設定された。各区域に記載した世帯数、人口数 は、平成23年3月11日時点の住民登録世帯人口である(丙C23、丙E9)。 【帰還困難区域】1世帯2人金谷の字小畑、字ドウケ、字出戸間、字野中【居住制限区域】127世帯532人神山の字鯖沢、字蛇クキ、 の住民登録世帯人口である(丙C23、丙E9)。 【帰還困難区域】1世帯2人金谷の字小畑、字ドウケ、字出戸間、字野中【居住制限区域】127世帯532人神山の字鯖沢、字蛇クキ、字松ヶ沢大田和の字白根、字中ノ内、字南川原、字中里 川房の全部金谷の字西田、字柳廹、字神田、字南釘野、字北釘野、字下釘野、字西、字南、字北、字上、字鼠内、字向田、字東川原、字西内大富の字蛇バミ【避難指示解除準備区域】3664世帯1万2308人 上記を除く全区域 8 本件事故による放射性物質の拡散⑴ 総放出量の推計経済産業省原子力安全・保安院は、本件発電所の1号機ないし3号機から大気中に放出された放射性物質の総量の推計値を、4月12日と6月6日にそれぞれ公表して いたが、総放出量の推計の前提となる事故の進展に関する仮定を2号機及び3号機について変更し、平成24年2月1日、ヨウ素131が15万テラベクレル、セシウム137が0.82万テラベクレルであり、ヨウ素換算値にすると48万テラベクレルであると公表した。 原子力安全委員会は、本件発電所から大気中に放出された放射性物質の総量の推計 値として、4月12日、ヨウ素131が15万テラベクレル、セシウム137が1. 2万テラベクレル(これらをヨウ素換算値にすると63万テラベクレルとなる。)であることを公表し、8月24日、再解析の結果として、ヨウ素131が13万テラベクレル、セシウム137が1.1万テラベクレル(これらをヨウ素換算値にすると57万テラベクレルとなる。)であることを公表した。 被告東電は、平成24年5月24日、平成23年3月12日から同月31日までの 間に大気中に放出された放射性物質の総量をヨウ素換算値で約90万 レルとなる。)であることを公表した。 被告東電は、平成24年5月24日、平成23年3月12日から同月31日までの 間に大気中に放出された放射性物質の総量をヨウ素換算値で約90万テラベクレルと推計した(甲B12の345、346頁、甲B52の274、275頁)。 ⑵ 国際原子力・放射線事象評価尺度国際原子力・放射線事象評価尺度(INES)とは、国際原子力機関(IAEA)及び経済協力開発機構の原子力機関が原子力施設等の個々の事故・トラブルの安全上 の意味を簡明に表現する指標である。INESの暫定評価を行うべき者と指定されている保安院原子力防災課原子力事故故障対策・防災広報室長(事故故障対策室長)は、4月12日、IAEAに対し、本件事故を最も深刻な「レベル7(深刻な事故)」と評価したことを報告した(甲B12の346ないし349頁、甲B52の274、275頁)。 ⑶ SPEEDⅠと避難指示緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDⅠ)は、原子力事故発生時、緊急時対策支援システム(ERSS)から伝送される放出源情報を前提に、周辺環境における放射線量率等を予測することができる装置であるが、SPEEDⅠ計算の前提となるERSSからの放出源情報の伝送が不能となり、SPEEDⅠは機 能しなかった。その場合のSPEEDⅠの活用方法が検討されておらず、いずれの機関も避難の実施に役立てられなかった(甲B12の257、278頁、甲B52概要編8、9頁)。 9 南相馬市における避難状況概括南相馬市は、3月12日午後6時25分の本件発電所から半径20kmの避難指示 を受け、これに含まれることとなった市の南部から市の中部に位置する原町地区への避難を実施した。その後、3月15日午前11時の本件発 月12日午後6時25分の本件発電所から半径20kmの避難指示 を受け、これに含まれることとなった市の南部から市の中部に位置する原町地区への避難を実施した。その後、3月15日午前11時の本件発電所から半径20kmないし30km圏内の屋内退避指示を受け、原町地区も屋内退避圏内に入ったことから避難を検討し、3月15日以降、希望者に対して市外への避難誘導を実施した。市外に避難するために、多くの市民は飯舘・川俣方面に避難し、結果的には放射性物質が飛 散した方向と重なることとなったが、SPEEDⅠ計算結果の公表がなかったこと等 から、多くの南相馬市民はそれを知らないまま避難した。 4月22日、屋内退避指示が解除され、計画的避難区域又は緊急時避難準備区域に指定された後、緊急時避難準備区域には徐々に戻る住民もいた。 11月2日当時、8728名が福島県内に避難、1万4401名が福島県外に避難し、平成24年5月25日当時、南相馬市では、警戒区域の1万3300人、計画的 避難区域の10人、緊急時避難準備区域の1万6000人が避難していた(甲B12の280頁、甲B52の242頁)。 10 放射性物質放出抑制⑴ 冷却機能の確保本件事故発生後、原子炉が運転中であった1号機ないし3号機の原子炉の冷却が緊 急の課題であるとともに、1号機ないし6号機の使用済み燃料プール及び共用プールにおいても冷却機能及び補給水機能の回復が必要であった。 1号機原子炉では、3月12日午前4時頃から消防車による淡水注入が開始されたが、同日午後3時36分に原子炉建屋が水素爆発し、消防車による海水注入を再開できたのは同日午後7時4分である。 2号機原子炉で消防車による海水注入を開始することができたのは3月14日午後7時54分である。 分に原子炉建屋が水素爆発し、消防車による海水注入を再開できたのは同日午後7時4分である。 2号機原子炉で消防車による海水注入を開始することができたのは3月14日午後7時54分である。 3号機原子炉では、3月13日午前9時25分から消防車による淡水注入が、同日午後1時12分から海水注入が開始されたが、同月14日午前11時1分に水素爆発が発生し、消防車による海水注入を再開できたのは同日午後3時30分頃である。 使用済み燃料プールについて、安定して注水できる対応策の策定は困難を極め、特に4号機の使用済み燃料プールの冷却が急がれる状況にあって、3月18日頃、3社から大型コンクリートポンプ車の利用提案の申し出を受け、オペレーターを養成し、4号機は3月22日から、3号機は3月27日から、1号機は3月31日から、コンクリートポンプ車による注水を開始した。2号機は3月20日から建屋内配管を利用 して消防車による注水を開始した。 非常用電源を確保できていた6号機と同号機から電源融通を受けた5号機では、早期に原子炉と使用済み燃料プールへの注水機能を確保した(丙B1の1の121、158、180、205、211、215、233ないし235頁)。 ⑵ 目標の公表と達成評価被告東電は、4月17日、原子炉及び使用済燃料プールの安定的冷却状態を確立し、 放射性物質の放出を抑制するための目標等を定めた「福島第一原子力発電所・事故の収束に向けた道筋」を公表した。 ステップ1 放射線量が着実に減少傾向となっているステップ2 放射性物質の放出が管理され、放射線量が大幅に抑えられている原災本部は、7月19日、 ステップ1の完了とステップ2への移行を確認し、12 月16日、本件発電所の原子炉の「冷温停止状態」の達成、使 性物質の放出が管理され、放射線量が大幅に抑えられている原災本部は、7月19日、 ステップ1の完了とステップ2への移行を確認し、12 月16日、本件発電所の原子炉の「冷温停止状態」の達成、使用済燃料プールのより安定的な冷却の確保、滞留水全体量の減少、放射性物質の飛散抑制等の目標が達成されているとして、発電所全体の安全性が総合的に確保され、ステップ2を完了したと判断した(甲B52の242、243頁、丙C12)。 第3 権利承継等 1 本件訴訟係属前の権利承継●●●●(以下、「原告9-③被相続人」という。)は、平成27年5月16日に死亡し、原告9-①が本件損害賠償請求権を相続した。 ●●●(以下、「原告68-④被相続人」という。)は、平成27年4月4日に死亡し、原告68-①が本件損害賠償請求権を相続した。 ●●●●(以下、「原告174-⑦被相続人」という。)は、平成30年10月6日に死亡し、原告174-⑤が本件損害賠償請求権を相続した。 2 本件訴訟係属後の権利承継本件訴え提起後、口頭弁論終結前の当事者死亡により、以下の訴訟承継が生じた。 原告番号3-④被承継人は死亡し原告番号3-①が、原告番号7-⑤被承継人は死 亡し原告番号7-①が、原告番号8-③被承継人は死亡し原告番号8-①が、原告番 号20-①被承継人は死亡し原告番号20-③が、原告番号20-②被承継人は死亡し原告番号20-③が、原告番号22-③被承継人は死亡し原告番号22-①が、原告番号26-⑤被承継人は死亡し原告番号26-①が、原告番号30-①被承継人は死亡し原告番号30-②が、原告番号31-②被承継人は死亡し原告番号31-①が、原告番号37-①被承継人は死亡し原告番号37-②が、原告番号40-⑧被承継人 は死亡し●●●●が 0-①被承継人は死亡し原告番号30-②が、原告番号31-②被承継人は死亡し原告番号31-①が、原告番号37-①被承継人は死亡し原告番号37-②が、原告番号40-⑧被承継人 は死亡し●●●●が、原告番号45-③被承継人は死亡し原告番号45-①が、原告番号52-④被承継人は死亡し原告番号52-①が、原告番号54-②被承継人は死亡し原告番号54-①が、原告番号56-③被承継人は死亡し原告番号56-①が、原告番号56-④被承継人は死亡し原告番号56-①が、原告番号58-②被承継人は死亡し原告番号58-①が、原告番号60-②被承継人は死亡し原告番号60-① が、原告番号62-④被承継人は死亡し原告番号62-①が、原告番号62-⑤被承継人は死亡し原告番号62-①が、原告番号80-⑤被承継人は死亡し原告番号80-①が、原告番号83-①被承継人は死亡し原告番号83-②が、原告番号92-③被承継人は死亡し原告番号92-①が、原告番号94-①被承継人は死亡し原告番号94-②が、原告番号100-①被承継人は死亡し藤克彦が、原告番号100-②被 承継人は死亡し●●●が、原告番号108-①被承継人は死亡し原告番号108-②が、原告番号114-②被承継人は死亡し原告番号114-①が、原告番号116-③被承継人は死亡し原告番号116-①が、原告番号126-②被承継人は死亡し原告番号126-①が、原告番号128-②被承継人は死亡し原告番号128-①が、原告番号129-⑤被承継人は死亡し原告番号129-①が、原告番号135-①被 承継人は死亡し●●●●が、原告番号143-③被承継人は死亡し原告番号143-④が、原告番号152-①被承継人は死亡し原告番号152-②が、原告番号157-②被承継人は死亡し原告番号157-①が、原告番号158-③被承継人 、原告番号143-③被承継人は死亡し原告番号143-④が、原告番号152-①被承継人は死亡し原告番号152-②が、原告番号157-②被承継人は死亡し原告番号157-①が、原告番号158-③被承継人は死亡し原告番号158-①が、原告番号162-⑤被承継人は死亡し原告番号162-②が、原告番号163-⑥被承継人は死亡し原告番号163-①が、原告番号165-②被 承継人は死亡し原告番号165-①が、原告番号166-③被承継人は死亡し原告番 号166-①が、原告番号167-⑤被承継人は死亡し原告番号167-①が、原告番号172-④被承継人は死亡し原告番号172-③が、それぞれ本件損害賠償請求権を相続し、本件訴訟を承継した。 3 本件訴訟係属後の死亡本件訴え提起後、口頭弁論終結前に、原告6-①、原告16-⑤、原告23-①、 原告59-⑤及び原告66-⑤は死亡した。相続人間で遺産分割協議が成立しておらず、権利承継者は確定していないが、相続人らは被承継人の訴訟代理人による訴訟追行を望んでいる。 第4 争点 1 被告国の責任 2 被告東電の責任 3 損害額 4 被告東電の弁済の抗弁第5 当事者の主張の要旨被告らの責任、原告らの損害額、被告東電の弁済の抗弁に関する当事者の主張の要 旨は別紙4の1原告らの主張の要旨、別紙4の2被告国の主張の要旨、別紙4の3被告東電の主張の要旨のとおりである。被告国は、被告東電が原告らに対してした原告らに係る損害に関する主張を全て援用する。 第3章当裁判所の判断第1 本案前の判断 原告●●●●(原告番号57-①)、原告●●●●●(原告番号57-③)、原告●●●●●(原告番号79-①)、原告●●●(原告番号25-①)及び原告●●●●●(原告番号25-②) 前の判断 原告●●●●(原告番号57-①)、原告●●●●●(原告番号57-③)、原告●●●●●(原告番号79-①)、原告●●●(原告番号25-①)及び原告●●●●●(原告番号25-②)について、いずれも被告東電が指摘する前訴判決が確定しているところ(本件二重起訴原告らAについて事実審口頭弁論終結日令和2年2月20日、同Bについて事実審口頭弁論終結日令和元年10月24日)、前訴と本件訴訟は、い ずれも被告らによる同一の権利侵害行為に起因する精神的苦痛について慰謝料を請 求する訴訟であって訴訟物は同一である。 本件二重起訴原告らAは、前訴は様々な地域の住民が一体となっている集団訴訟で、避難指示解除準備区域全体の共通損害だけが請求されている一部請求であり、本件訴訟においてはじめて小高区住民のみの利害に即した実質審理を受けているから、裁判を受ける権利を実質的に保障する見地から本件訴訟は維持されるべきであると主張 し、本件二重起訴原告らBは、前訴では住民同士の親密な人間関係、コミュニティ、伝統の継承等の利益は訴訟物の枠外であるとされ、小高区の事情や当該原告個人に生じた事情の審理の有無の点で本件訴訟とは根本的に異なり、本件訴訟が却下されれば、南相馬市小高区の地域コミュニティが失われたことにより生じた損害や原告ら個人に基づく精神的損害を請求しえないこととなり裁判の拒否に等しくなると主張する。 しかし、訴訟物が同一の場合、後訴が許されるためには、前訴において原告らが明示的に除外した残部の請求であることが明らかなように訴えを提起する必要があるところ、本件訴訟も、事故時に小高区に住所があった者たちによる集団訴訟であり、原告らの訴訟追行をみても、本件二重起訴原告らA及びBが、ほかの原告らとは別に、前訴で明示的に除 訴えを提起する必要があるところ、本件訴訟も、事故時に小高区に住所があった者たちによる集団訴訟であり、原告らの訴訟追行をみても、本件二重起訴原告らA及びBが、ほかの原告らとは別に、前訴で明示的に除外した損害の賠償を求める旨主張立証してきたものでもない。前訴 と後訴は、本件事故により避難を余儀なくされたことに起因する慰謝料を請求する点で共通しており、原告らも、本件訴訟で主張する損害が前訴で主張立証された損害と重なるところがあることは認めている。慰謝料は、事実審の口頭弁論終結時までに生じた諸般の事情を斟酌して裁判所が裁量によって算定するものであり、前訴の審理に関与していない当裁判所は、前訴で審理が尽くされ、前訴裁判所が金銭評価の基礎と した事情や斟酌した事情がいかなるものか容易には識別できず、本件二重起訴原告らA及びBの本件訴えが、前訴において原告らが明示的に除外した残部の請求であることを確知できない。本件訴訟は、民事訴訟法142条の趣旨に照らし、信義則に反して許されない不適法な訴えである。 したがって、原告●●●●(原告番号57-①)、原告●●●●●(原告番号57- ③)及び原告●●●●●(原告番号79-①)の被告らに対する請求並びに原告●● ●(原告番号25-①)及び原告●●●●●(原告番号25-②)の被告東電に対する請求について、いずれも訴えを却下する。 第2 被告国の責任 1 原告らの主張の要旨本件事故の原因は、①地震による原子炉(直接接続する配管等を含む)の破損によ る放射性物質の漏洩・冷却機能の喪失、②全交流電源喪失(SBO)による冷却機能喪失、③事前準備の懈怠を含めた本件地震・津波発生後の不適切な対応の3点に整理される。 本件発電所1号機及び2号機は、被告国の定める不十分な耐震基準さえ 失、②全交流電源喪失(SBO)による冷却機能喪失、③事前準備の懈怠を含めた本件地震・津波発生後の不適切な対応の3点に整理される。 本件発電所1号機及び2号機は、被告国の定める不十分な耐震基準さえも適合しておらず、地震により原子炉が破損し(前記①)、1号機は地震による内部溢水のためS BOに至ったのであり(前記②)、被告国は、電気事業法40条に基づき、被告東電に対し是正を命じるなどの手段を用いて被告東電を監督する義務を怠った。 また、本件発電所が本件津波で被水しSBOに至ったことに関し(前記②)、既設設備の被水による機能喪失を防止する措置あるいは既設設備の被水による機能喪失を補うための物的・人的対策を講じておけば、本件事故の発生は回避できたにもかかわ らず、被告国は、電気事業法40条に基づき、被告東電に対し結果回避措置をとるように命じる義務を怠った。 さらに、被告国は、被告東電が、事故時運転操作手順書どおりに対応する準備が少なくとも著しく不十分であったことを認識し又は認識しえたにもかかわらず、必要な準備をとらせるべく規制権限を行使せず、あるいは、本件事故後、直ちに適切な避難 指示を行うべき義務を怠るという原災法15条3項に反する違法とSPEEDIによる予測計算結果などを公表しなかったという情報提供義務違反がある(前記③)。 2 本件地震による原子炉破損により1号機がSBOに至ったとの主張について原告らは、本件発電所1号機の過渡現象記録装置上の炉心流量がほぼ0となっていることをもって、ジェットポンプ計測配管が破損したことにより冷却水の自然循環が 失われたと主張し、また、本件津波の到達時刻が午後3時37分以降であるとの主張 を前提に本件津波の到達前に地震による内部溢水により全交流電源を喪失したと主張 より冷却水の自然循環が 失われたと主張し、また、本件津波の到達時刻が午後3時37分以降であるとの主張 を前提に本件津波の到達前に地震による内部溢水により全交流電源を喪失したと主張する。 しかし、被告らは、過渡現象記録装置上の炉心流量がほぼ0となっていることについて、ローカット処理の影響である等と反論するところ、その反論が不合理であることを認めるべき反証はない。また、本件津波の到達時刻について、原子力規制委員会 は、1号機タービン建屋付近は午後3時36分24ないし41秒前後には浸水したと推定しており(乙B6の15頁)、その推論が不合理であることを認めるべき反証はない。上記のとおり、原告らの立論の基礎に対しては、合理的な反論がある。 そして、原子力の専門家で構成される一般社団法人日本原子力学会が、学術的な組織の責務として、本件事故を科学的・専門的視点から分析することを目的として設置 した東京電力福島第一原子力発電所事故に関する調査委員会は、平成26年7月に発表した最終報告書において、残されているプラントパラメータの記録をもとに、原子炉水位や圧力、格納容器温度などから、原子炉冷却材圧力バウンダリの損傷が疑われるような状況はなく、また、目視可能な範囲での現場確認の結果によっても、耐震クラスの低い設備のごく一部に損傷がみられているものの、これらは原子炉安全に影響 するようなものではないと結論づけている(甲B34の15頁、92頁)。また、IAEAも、42の加盟国及びいくつかの国際機関からの約180名の専門家からなる5つの作業部会を含む広範な国際的協力の結果として、平成27年9月に発表した事務局長報告書において、本件津波は、本件地震から約40分後に本件発電所に到達し始め、第一波から約10分後、遡上高が最も大きい第二 作業部会を含む広範な国際的協力の結果として、平成27年9月に発表した事務局長報告書において、本件津波は、本件地震から約40分後に本件発電所に到達し始め、第一波から約10分後、遡上高が最も大きい第二波が堤防を乗り越え、サイトは 浸水し、1号機、2号機及び4号機では、バッテリ、電源盤又は電源接続部が浸水し、洪水がこの機器にも影響を与え、その結果、洪水の最初の10ないし15分間に直流電源が徐々に失われ、全交流電源喪失に対処することが難しくなったと結論づけている(甲B190の26、29頁)。これらの調査結果は、その専門性、国際的通用性において信用性は高く、同調査結果に反し、本件地震により原子炉が破損したために放 射性物質が漏洩したとも冷やす機能を喪失したとも認められない。 被告国が、経済産業大臣が電気事業法40条に基づく規制権限を行使して、本件地震による原子炉破損を防ぐための適切な措置を講ずることを被告東電に義務付けなかったことを理由として、原告らに対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うとは認められない。 3 本件津波による被水に関する規制権限不行使について ⑴ 認定事実証拠(各記載のもの)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。 ア冷やす機能の喪失に至る経緯本件発電所の1号機から4号機までの各原子炉(本件各原子炉)、タービン建屋等の主要な建屋(主要建屋)の敷地高は海抜10mである。 本件地震による津波が本件発電所に到来し、敷地の海に面した東側及び南東側の全方向から大量の海水が敷地に浸入して、敷地のほぼ全域が浸水した。本件津波による浸水高は海抜約11.5mから約15.5mであり、浸水深は約1.5mから約5. 5mであった。同エリアの南西部の浸水深は、局所的に約6mから7mである。 入して、敷地のほぼ全域が浸水した。本件津波による浸水高は海抜約11.5mから約15.5mであり、浸水深は約1.5mから約5. 5mであった。同エリアの南西部の浸水深は、局所的に約6mから7mである。 本件津波の第2波が海抜10m盤を超えて敷地内に浸水し、10m盤に設置されて いたタービン建屋などの内部に海水が浸入した。それにより、同建屋地下1階等に設置されていた非常用ディーゼル発電機(D/G)、各機器に交流の電力を供給する電源盤、直流電源設備である蓄電池及び各機器に直流の電力を供給する分電盤等が被水するとともに、海抜4mの敷地に設置されていたD/G(付帯設備を含む。)を冷却するための海水系ポンプ等も被水し、その結果、1号機ないし3号機では全交流電源を 喪失し、1号機及び2号機では直流電源も喪失した。これにより、1号機ないし3号機では、原子炉を冷やす機能を喪失し、原子炉圧力容器内への十分な注水を行うことができず、燃料露出及び炉心損傷に至った(甲B12の19頁、92ないし95頁、同資料編20頁、丙B15のスライド36ないし43頁)。 イ原子力発電所の設計津波水位の評価方法に関する報告書の作成 原子力施設の津波に対する安全性評価技術の体系化及び標準化について検討する ことを目的として社団法人土木学会原子力土木委員会の下に設置された津波評価部会は、平成14年2月、原子力発電所の設計津波水位の評価方法を示したものとして、「原子力発電所の津波評価技術」と題する報告書(平成14年津波評価技術)を作成した。平成14年津波評価技術は、プレート境界型地震に伴う津波について、評価地点に最も大きな影響を及ぼしたと考えられる既往津波を選定し、その既往津波の沿岸 における痕跡高を最もよく説明できる断層モデルを基に基準断層モデ 技術は、プレート境界型地震に伴う津波について、評価地点に最も大きな影響を及ぼしたと考えられる既往津波を選定し、その既往津波の沿岸 における痕跡高を最もよく説明できる断層モデルを基に基準断層モデルを設定した上で、想定津波の不確定性を設計津波水位に反映させるため、基準断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施し、評価地点に最も影響を与える津波に基づいて設計津波水位を求めるなどとしていた(乙B469、甲B4)。 ウ三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価を取りまとめた文書の公表推進本部地震調査委員会は、地震防災対策特別措置法に基づいて文部科学省に設置された機関であり、関係行政機関の職員及び学識経験のある者のうちから文部科学大臣が任命する委員によって構成される。推進本部は、地震調査研究の成果を国民一般や防災関係機関等の具体的な対策や行動に結び付く情報として提示するため、全国を 概観した地震動予測地図を作成することとし、平成14年7月、三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いの領域を対象とした長期的な観点での地震発生の可能性、震源域の形態等についての評価を取りまとめたものとして、「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」と題する文書(以下「本件長期評価」という。)を公表した。本件長期評価は、上記の日本海溝沿いの領域のうち、三陸沖北部から房総沖 にかけての日本海溝寄りの南北に細長い領域に関し、17世紀以降現在までの約400年間に、マグニチュード8クラスの地震が3回(1611年の慶長三陸地震、1677年11月の延宝房総沖地震、1896年の明治三陸地震)発生したことが知られ、津波などにより大きな被害をもたらしたことを踏まえ、明治三陸地震と同様の地震が上記領域内のどこでも発 慶長三陸地震、1677年11月の延宝房総沖地震、1896年の明治三陸地震)発生したことが知られ、津波などにより大きな被害をもたらしたことを踏まえ、明治三陸地震と同様の地震が上記領域内のどこでも発生する可能性があること、上記領域内におけるマグニチュー ド8クラスのプレート間大地震(津波地震)については、今後30年以内の発生確率 が20%程度、今後50年以内の発生確率が30%程度と推定されること、その地震の規模は、津波マグニチュード8.2前後と推定されること等を内容とするものであった(甲B3、乙B124,190)。 本件長期評価の報告内容を確定するに当たり、報告書案を検討した平成14年6月26日に開催された第67回長期評価部会において、委員から、「海溝寄りのプレー ト間大地震が400年に3回ということだが、1611年と1896年の地震は震源がほとんど重なり合っている。」「気になるのは無理に割り振ったのではないかということ。」と震源域が明らかでない地震の扱いに対する懸念が示されたのに対し、推進本部地震調査委員会長期評価部会部会長は、「1611年の地震は本当は分からない。」「400年に3回と割り切ったことと、それが一様に起こるとした所あたりに問題が 残りそうだ。」と返答したものの、報告書案の一部文言を変更することを除き報告書案のとおり報告することが確認された(甲G2の3の312ないし315頁、乙B98の6、7頁)。 エ発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針の策定原子力安全委員会は、平成18年9月、発電用軽水型原子炉の設置許可申請及 び変更許可申請に係る安全審査のうち、耐震安全性の確保の観点から耐震設計方針の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査 炉の設置許可申請及 び変更許可申請に係る安全審査のうち、耐震安全性の確保の観点から耐震設計方針の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」を策定した。上記指針は、発電用軽水型原子炉施設について、その供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、上記原子炉施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがない ことを十分考慮した上で設計されなければならないものとしていた(乙A18)。 原子力安全・保安院は、同月、被告東電を含む発電用原子炉施設の設置者等に対し、既設の発電用原子炉施設等について、上記指針に照らした耐震安全性の評価を実施するよう指示した(耐震バックチェック指示。甲B458)。 オ本件長期評価に基づく津波の試算 被告東電は、上記の指示を受けて、本件長期評価に基づいて本件発電所に到来する 可能性のある津波を評価すること等を関連会社に委託し、平成20年4月頃、その結果の報告を受けた。その内容は、本件長期評価に基づいて福島県沖から房総沖の日本海溝寄りの領域に明治三陸地震の断層モデルを設定した上で、平成14年津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って、上記断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施して津波の試算を行ったところ、敷地 の海に面した東側及び南東側の前面における波の高さが最も高くなる津波は、敷地の南東側前面において、最大で海抜15.707mの高さになるが、敷地の東側前面では敷地の高さ(海抜10m)を超えず、主要建屋付近の浸水深は、4号機の原子炉建屋付近で約2.6m、4号機のタービン建屋付近で約2.0mとなるなどというものであった(以下、この試算を「本件試算」 面では敷地の高さ(海抜10m)を超えず、主要建屋付近の浸水深は、4号機の原子炉建屋付近で約2.6m、4号機のタービン建屋付近で約2.0mとなるなどというものであった(以下、この試算を「本件試算」といい、この試算された津波を「本件試算 津波」という。)(甲B106)。 カ被告東電の対応被告東電内で耐震バックチェックを所管する被告東電本店原子力・立地本部下の原子力設備管理部新潟県中越沖地震対策センター土木グループ(土木グループ)は、平成20年4月以降、本件試算津波と同じ規模の津波に対する対策等について検討を行 ったものの、同年7月31日、土木グループから報告を受けた経営陣は、長期評価の信頼性について改めて学会で議論してもらうことを提案し、遅くとも同年8月までに、被告東電として、①長期評価の見解は評価方法が確定しておらず、直ちに設計に反映させうるものではないと評価し、土木学会に更なる検討を依頼すること、②その結果を受けてから必要な対策を行うこと、③土木学会の検討が間に合わない場合、耐震バ ックチェックは津波評価技術のみ取り入れたものとして実施することなどを決めた。 被告東電は、平成20年9月10日、電気事業連合会土木技術委員会において、土木学会に対して電力共通研究として長期評価の見解の取扱いも含む津波評価技術の高度化を委託することを提案し、了承された。 被告東電は、その後、福島県沿岸において平成21年12月から平成22年3月ま での間に津波堆積物調査を実施し、海水ポンプの電動機を水密化する検討を行った他 は、津波対策といえる取組は行わなかった(甲B12の396~397頁、甲G13の2の204ないし208頁)。 キ本件事故以前の原子炉施設の津波対策本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対 は、津波対策といえる取組は行わなかった(甲B12の396~397頁、甲G13の2の204ないし208頁)。 キ本件事故以前の原子炉施設の津波対策本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、安全設備等が設置される原子炉施設の敷地を想定される津波の水位より高い場所とすること等によって上記 敷地が浸水することを防ぐという考え方を基本とするものであり、津波により上記敷地が浸水することが想定される場合には、防潮堤、防波堤等の構造物(以下「防潮堤等」という。)を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止することが対策の基本とされていた(乙B125の1の14~17頁、126の6、7頁、128の38頁、134の44頁、135の20頁、149)。 ク関係法令電気事業法は、電気工作物の工事、維持及び運用を規制することによって、公共の安全を確保し、及び環境の保全を図ることを目的とする法律である(1条)。同法は、事業用電気工作物を設置する者が事業用電気工作物を経済産業省令で定める技術基準に適合するように維持しなければならないこと(39条1項)、その技術基準が、事 業用電気工作物については、人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えないようにすること(同条2項1号)等を定めるとともに、経済産業大臣が、事業用電気工作物が前記技術基準に適合していないと認めるときは、事業用電気工作物を設置する者に対し、その技術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し、改造し、若しくは移転し、若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ、又はその使用を制限するこ とができること(40条、技術基準適合命令)を定める(乙A10)。 電気事業法39条1項に定める「経済産業省令」として定められた平成17年経済産業省令第68号による改正前の発電用 制限するこ とができること(40条、技術基準適合命令)を定める(乙A10)。 電気事業法39条1項に定める「経済産業省令」として定められた平成17年経済産業省令第68号による改正前の発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令62号4条1項は、「原子炉施設並びに(中略)蒸気タービン及びその附属設備が地すべり、断層、なだれ、洪水、津波又は高潮、基礎地盤の不同沈下等により損傷を受け るおそれがある場合は、防護施設の設置、基礎地盤の改良その他の適切な措置を講じ なければならない。」と規定する(乙A11)。 ⑵ 判断ア国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使によ り被害を受けた者との関係において、国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である。そして、国又は公共団体が、上記公務員が規制権限を行使しなかったことを理由として同項に基づく損害賠償責任を負うというためには、上記公務員が規制権限を行使していれば上記の者が被害を受けることはなかったであろうという関係が認められなければならない。 まず、経済産業大臣が電気事業法40条に基づく規制権限を行使して津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを被告東電に義務付けるべきであったかを判断するにあたり、本件長期評価に基づいた波源設定により本件発電所に襲来する恐れのある津波の高さを評価して措置を講ずるべきであったのかを検討する。前記認定事実のとおり、本件長期評価は、作成に関与した委員の間においても、 震源域の分類の確実性に対する疑問が示されていたことが認 る津波の高さを評価して措置を講ずるべきであったのかを検討する。前記認定事実のとおり、本件長期評価は、作成に関与した委員の間においても、 震源域の分類の確実性に対する疑問が示されていたことが認められるものの、疑問を示した委員らも、本件長期評価が、地震調査研究の成果を地方公共団体や防災対策で重要な役割を果たす官民の防災関係機関による地震防災につなげるための施策の一環として、地震の発生可能性の長期的な確率評価を行うものであることを前提にして報告内容を確定させたのであり、本件長期評価が、地震防災対策を推進するために津 波被害に対する警告を十分効果的なものとすることを慮って作成された経緯があるとしても、地震防災対策に活用されるべき客観的な専門的知見として本件長期評価が公表された以上、被告らは、本件発電所の地震防災対策において、三陸沖北部から房総沖にかけての日本海溝寄りの領域内のどこでも明治三陸地震と同様の地震が発生する可能性があるとの本件長期評価の知見を踏まえた防災対策の在り方について、先 送りにすることなく真摯に検討するべきであったといえる。 その一方で、本件長期評価が公表される5か月前に、津波評価部会により平成14年津波評価技術が作成されているところ、平成14年津波評価技術は、原子力発電所における設計津波の設定について、その時点で確立しており実用として使用するのに疑点がないものを取りまとめたものとして、津波地震は特定の領域でのみ発生する特殊な地震であることや、日本海溝沿いの領域については、北部(明治三陸地震が発生 したとされる領域)と南部(福島県沖を含む領域)の活動に大きな違いがあり、地震地体構造が異なること等の当時の専門家らの一般的な知見・観測事実等に基づき三陸沖の海溝寄りの領域に明治三陸地震の波源モデル したとされる領域)と南部(福島県沖を含む領域)の活動に大きな違いがあり、地震地体構造が異なること等の当時の専門家らの一般的な知見・観測事実等に基づき三陸沖の海溝寄りの領域に明治三陸地震の波源モデルを設定した一方で、福島県沖の海溝寄りの領域には波源モデルを設定せず、これは、本件長期評価の知見と整合しないものであった。しかし、本件長期評価は、発表時にデータとして用いる過去地震に関す る資料が十分にないこと等による限界があり、評価結果である地震発生確率や想定される津波地震の規模の数値には誤差を含んでいるとし(甲B3の1枚目)、推進本部の地震調査委員会が平成15年3月に公表した長期評価の見解の信頼度においても、三陸沖北部から房総沖の海溝沖寄りのプレート間大地震(津波地震)について、発生領域と発生確率の各評価の信頼度はC(やや低い)と評価しているとおり(乙B20 の6、8頁)、津波地震が発生する理学的根拠を示すものではなく、また地震学者や津波工学者らから異論を示されるなどし、科学的コンセンサスがあることを前提とするものではなかった(乙B191の15枚目、277の3、7頁)。 したがって、本件長期評価が、技術基準の適合性において科学的・専門技術的裁量を有する経済産業大臣において、本件発電所の原子炉施設等が「津波により損傷を受 けるおそれがある」として、直ちに本件発電所の津波対策の実施を求め、規制権限を行使すべき精度と確度を備えた知見であったと認めるには困難がある。 イ仮に、経済産業大臣が、本件長期評価を前提に、電気事業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを被告東電に義務付けていたとしても、本件事故以前の我が国における原子炉施設 の津波対策は、津波により安全設備等 制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを被告東電に義務付けていたとしても、本件事故以前の我が国における原子炉施設 の津波対策は、津波により安全設備等が設置された原子炉施設の敷地が浸水すること が想定される場合、防潮堤等を設置することにより上記敷地への海水の浸入を防止することを基本とするものであり、防潮堤と併せて、あるいは、防潮堤に先行して水密化や安全設備の高所設置・配置などによって防護策を講じるべきであるとの知見が通用性を有していたとも認められない。そして、本件試算は、平成14年津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って、敷地の海に面した東側及び南東側の前面に おける波の高さが最も高くなる津波を試算したものであり、安全性に十分配慮して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したものとして、合理性を有する試算であったといえるから、本件試算津波と同じ規模の津波による敷地の浸水を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置が講じられた蓋然性が高く、本件事故以前の知見の下において、防潮堤等の設置に加えて他の対策が講じられ なければならなかったとは認められない。 そうすると、本件試算を元に設計される防潮堤等は、一定の裕度を有するように設計されるであろうことを考慮しても、本件地震の断層すべり量は50メートルであり、本件試算が前提とした断層滑り量9.68メートルよりはるかに大きく(地震の断層すべり量が大きいほど津波も大きくなる。乙B128の47頁)、本件津波による主 要建屋付近の最大浸水深が約5.5mであり、敷地の南東側だけからではなく東側からも大量の海水が敷地に浸入したことなど、本件試算津波と本件津波とは、その規模や態様において大きく異なっているこ 要建屋付近の最大浸水深が約5.5mであり、敷地の南東側だけからではなく東側からも大量の海水が敷地に浸入したことなど、本件試算津波と本件津波とは、その規模や態様において大きく異なっていることに照らせば、本件試算を元に設計される防潮堤等を設置したとしても、本件津波の到来に伴って大量の海水が主要建屋の中に浸入し、非常用電源設備が浸水によりその機能を失うなどして本件各原子炉施設が電源喪 失の事態に陥り、本件事故と同様の事故が発生するに至っていた可能性が相当にあるといわざるを得ず、防潮堤等の設置やその他の対策により、本件津波による浸水量が相当程度減少した可能性があるとしても、浸水により非常用電源設備がその機能を失うことを防止できたとは認められない以上、経済産業大臣が上記の規制権限を行使していれば本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関係を認 めることはできない。 したがって、被告国が、経済産業大臣が電気事業法40条に基づく規制権限を行使して津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを被告東電に義務付けなかったことを理由として、原告らに対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うとは認められない。 4 事故時運転操作手順書に関する規制権限不行使について 証拠(甲B34の274、281頁、丙B30の43、44頁)によれば、本件事故当時、事故時運転操作手順書として、事象ベース(AOP)、徴候ベース(EOP)、シビアアクシデント(SOP)に分類して準備されていたこと、教育・訓練に関し多様な事故シナリオに対するシミュレータ訓練が行われていたこと、本件事故においては手順書作成時の想定をはるかに超える状況、事態が発生したこと、そのため現場の 要員は自らのもつ知識や経験 に関し多様な事故シナリオに対するシミュレータ訓練が行われていたこと、本件事故においては手順書作成時の想定をはるかに超える状況、事態が発生したこと、そのため現場の 要員は自らのもつ知識や経験に基づく判断による臨機応変な行動をとっていたことが認められる。 被告国において、本件事故当時、事故時運転操作手順書に不備があることをあらかじめ把握すべきであったとも、被告東電が事故時運転操作手順書に従わなかったために放射性物質が飛散し被害が拡大したとも認められない。 したがって、被告国が、事故時運転操作手順書にしたがった対応をなすべきことなど、事故時運転操作手順書に関し被告東電に義務付けなかったことを理由として、原告らに対し、国賠法1条1項に基づく損害賠償責任を負うとは認められない。 5 事故後の対応について⑴ 避難指示義務違反 原告らの居住区について、原災本部は、3月12日午後3時36分に1号機の原子炉建屋で爆発が発生したことを受け、同日午後6時25分、福島県知事及び関係自治体に対し、本件発電所から半径20km圏内の居住者等に対して避難のための立退きを行うことを指示しているところ、原災法に基づく避難指示等の保護対策は、専門的知見を踏まえ、実現可能性、実効性、実行することにより生じる危険又は混乱に対す る統制可能性の確保など、諸事情を総合考慮したうえで臨機に決定されるべきもので あり、内閣総理大臣には避難指示などの権限行使の時期及び指示の内容について広い裁量があると認められるから、原告らに対する上記指示がその裁量を逸脱する違法なものであったとは認められない。 ⑵ 情報提供義務違反本件事故当時、ERSSが機能しない場合のSPEEDIの活用方法が検討されて おらず、いずれの機関も避難の実施に役立て を逸脱する違法なものであったとは認められない。 ⑵ 情報提供義務違反本件事故当時、ERSSが機能しない場合のSPEEDIの活用方法が検討されて おらず、いずれの機関も避難の実施に役立てられなかったものの、仮定の放出源情報に基づく計算結果についてはその信用性、有用性を検討する必要があり、むやみに公表すれば、かえって避難指示等の保護対策の実効性を減殺し、ひいては被ばくのおそれを高めることにもなりかねない。ERSSが機能しない場合のSPEEDIの活用方法が検討されていなかった本件事故当時において、被告国が情報を提供しなかった ことに関し、国賠法上の違法が基礎づけられるとは認められない。 ⑶ 政策決定原告らは、被告国による被災者支援政策の内容が南相馬市内で異なることが、国賠法上の違法を基礎づけると主張する。 しかし、避難措置の中では制限の緩やかな緊急時避難準備区域の住民であっても、 9月30日に同区域の指定が解除されるまで、5か月間も自主的避難を求められた。 すなわち、緊急時避難準備区域は、4月22日までは屋内退避指示が出され、その解除後も、政府は、常に緊急時に屋内退避や避難が可能な準備をしておくことを求め、安全委員会は、緊急時避難準備区域について、自主的避難と子供、妊婦、要介護者、入院患者等の立入制限を強く求めていた(甲B12の273頁)。 これに対し、30km圏外の住民は、南相馬市長が3月16日に自主的避難を要請したものの、その期間は約40日であり、政府が避難を要請した区域とは状況が全く異なっている。 避難指示の有無によって、日常生活や就労への影響の程度、広域移動の必要性などの実情は異なるのであるから、被告国が、政府が避難を要請した区域の住民を対象と して医療費や高速道路利用料の減免などの被災者支 の有無によって、日常生活や就労への影響の程度、広域移動の必要性などの実情は異なるのであるから、被告国が、政府が避難を要請した区域の住民を対象と して医療費や高速道路利用料の減免などの被災者支援政策を策定することには十分 合理的な理由があり、南相馬市内であるという理由で同一に取り扱わないことが不適切であるとは認められず、このことに関し、国賠法上の違法が基礎づけられるとは認められない。 第3 被告東電の責任被告東電は、原告に対し、原賠法3条1項に基づき原子力損害を賠償する責任を負 う。原子力損害とは、核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用(これらを摂取し、又は吸入することにより人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害をいう(同法2条2項)。 原告らは、被告東電が、民法709条に基づく不法行為責任も負うと主張する。 しかし、原賠法は、原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度 として、第2章で、原子力損害賠償責任の内容について、原子力事業者の無過失責任と責任の集中(3条、4条)及び求償権の制限(5条)を定めるともに、第3章で、原子力事業者に対して原子力損害を賠償するための措置を講ずべき義務を課し、第4章で、原子力事業者による賠償措置額を超える場合に政府が必要な援助を行うべきことを定めており、これらは、原賠法が、被害者の保護を図るとともに原子力事業の健 全な発達に資するため(1条)に定める民法の特則である。原子力賠償責任が認められる場合にも一般不法行為責任の成立を認めることは、原子力損害賠償責任の内容である責任の集中や求償権の制限の規定の適用除外を認める可能性を生じさせ、原賠法の趣旨に反するというべきである。 原賠法は、原 場合にも一般不法行為責任の成立を認めることは、原子力損害賠償責任の内容である責任の集中や求償権の制限の規定の適用除外を認める可能性を生じさせ、原賠法の趣旨に反するというべきである。 原賠法は、原子力損害について、一般不法行為責任の規定の適用を排除していると 解するのが相当であり、被告東電が民法709条に基づく不法行為責任を負うとは認められない。 第4 損害 1 認定事実証拠(各記載のもの。枝番があるものは特に記載がなければすべて含む。)及び弁論 の全趣旨によれば以下の事実が認められる。 ⑴ 小高区内の被災状況ア本件地震及び本件津波による被害本件津波により、小高区総面積約91.95km2のうち、塚原から角部内地区の5.6km2と井田川から浦尻地区の4.9km2の合計10.5km2が浸水被害を受けた。国道6号の東側を中心に広い範囲で2.0mを超える浸水深が確認され、沿 岸部では、防潮堤が倒壊し農地は流失・冠水した。本件発電所から20km圏内の南相馬市の農地の津波被災面積は1228ヘクタールである(丙E24、43の1の13、16頁、43の2の51頁、67の22ページ)。 南相馬市における津波による直接死は636人である(甲E48)。 小高区内では、本件地震及び本件津波により、全3771世帯のうち1256世帯 が被害を受けた(平成24年12月14日現在)。被害状況は、津波による全壊319世帯、大規模半壊33世帯、半壊68世帯、一部損壊40世帯、地震による全壊41世帯、大規模半壊19世帯、半壊258世帯、一部損壊478世帯である(丙E43の2の53頁)。 イ避難指示と住民の避難 平成23年3月15日午前11時に本件発電所から半径20km以上30km圏内に屋内退避指示が出され 8世帯、一部損壊478世帯である(丙E43の2の53頁)。 イ避難指示と住民の避難 平成23年3月15日午前11時に本件発電所から半径20km以上30km圏内に屋内退避指示が出されたため、南相馬市は、同日から同月17日にかけて、バスで1939人の市民を市内の避難所から市外に避難を誘導し、同月18日から同月20日までに2725人、同月25日に142人の市民の集団避難を誘導した(丙E42)。 小高区は4月22日午前0時に全域警戒区域に指定され、平成24年4月16日避難指示区域が設定されていたところ、平成28年7月12日午前0時をもって避難指示は解除された(丙E1)。 ウ人口の推移平成17年の旧小高町の人口は1万3274人であったところ、平成22年には1 万2546人となり、5年間の減少率は5.48%であった(丙E57)。 平成23年3月11日時点の小高区の住民基本台帳人口は3792世帯、1万2842人であり(丙E9)、南相馬市による所在確認の結果、平成23年6月25日当時、市外避難者は1万0085人(うち2306人は避難所入所)、市内居住者は2497人(うち230人は避難所入所)、所在不明者は252人であった(丙E42の1頁)。平成27年10月15日時点で小高区に住民登録がある者のうち、市外避難者 数は4922人、市内仮設住宅入居者は2923人、市内借上げ住宅など入居者は2484人である(丙E17の1頁)。 避難指示解除前日の平成28年7月11日の小高区の住民登録人口は9799人であったところ、避難指示解除後、小高区の居住人口は増加する一方で、住民登録人口は減少し、平成31年4月30日時点で居住人口3579人、住民登録人口772 9人、令和4年3月31日時点で居住人口3801 ころ、避難指示解除後、小高区の居住人口は増加する一方で、住民登録人口は減少し、平成31年4月30日時点で居住人口3579人、住民登録人口772 9人、令和4年3月31日時点で居住人口3801人、住民登録人口6678人である(甲E47)。 令和3年3月31日時点で小高区に住民登録がある2682世帯6925人の実際の居住先は、南相馬市の旧避難指示区域内が1668世帯3752人(うち65歳以上は1854人)、その他南相馬市内が440世帯947人(うち65歳以上は3 63人)、南相馬市外が1027世帯2226人である(丙E87)。 エ空間放射線量の状況南相馬市の避難指示区域は除染特別地域に指定され、国による除染対象地域となり、平成29年3月までに除草、堆積物除去、洗浄等の一連の除染行為を完了したが、森林は住居等の近隣に限られている(丙E10)。 小高区内の環境放射線測量結果の測定最高値は、平成29年8月31日時点で川房公会堂(川房東畑)の0.28μSv/時(丙E29)であり、令和元年12月31日時点においても同所の0.21μSv/時(丙E30)である。 オ産業本件事故当時の小高区内の事業所数は489である。平成23年5月末時点におけ る南相馬市による調査の結果、回答した小高区内の179事業所のうち、休業理由と して本件事故以外に本件津波を挙げたのは28事業所、本件地震を挙げたのは47事業所である。 平成27年10月15日までに211事業所が再開したが、再開場所は、小高区内が45事業所、原町区内が81事業所、鹿島区内が22事業所、市外福島県内が40事業所、福島県外が23事業所である(丙E17の11頁、42の4頁)。 避難指示解除後の平成29年8月3日当時、小高商工会の会員事業者334 81事業所、鹿島区内が22事業所、市外福島県内が40事業所、福島県外が23事業所である(丙E17の11頁、42の4頁)。 避難指示解除後の平成29年8月3日当時、小高商工会の会員事業者334のうち204事業者が事業を再開しているが、小高区内で再開しているのは91事業者であり、震災後、小高区内に創業した事業者数は20である(甲E7)。 カ農業南相馬市の農業人口の推移 南相馬市の総農家数(農家とは経営耕地面積が10アール以上の農業を営む世帯又は農産物販売金額が年間15万円以上ある世帯をいう。)は、平成2年が5528戸、平成22年が3969戸と20年間で約28%減少していたところ、本件事故後の平成27年は2222戸となった。専兼業の比率は本件地震前後でさほど変化せず、平成27年の専業農家の割合は約18%、農業を生計の主としない第二種兼業農家は約 78%である。 主に農業に従事している基幹的農業従事者数は、平成12年から17年まで約7%増加したが、平成17年から22年にかけて約6%減少し、平成22年当時2891人(うち60歳ないし74歳は1533人、75歳以上は717人)であったところ、平成27年は1006人(うち60歳ないし74歳は547人、75歳以上は302 人)である(丙E67の12、13頁)。 小高区の農業人口の推移小高区は、平成22年当時、総世帯数3604世帯のうち農家戸数(経営耕地面積が10アール以上または年間の農作物販売金額が15万円以上の世帯)が1115世帯であり、農家比率は約30.9%であった。農家戸数1115世帯のうち、自給的 農家(経営耕地面積が10アール以上30アール未満でかつ農産物販売金額が15万 円以上50万円未満の世帯)は243世帯、販売農家(経営耕地面 った。農家戸数1115世帯のうち、自給的 農家(経営耕地面積が10アール以上30アール未満でかつ農産物販売金額が15万 円以上50万円未満の世帯)は243世帯、販売農家(経営耕地面積30アール以上又は農産物販売金額50万円以上の世帯)は872戸である。販売農家872戸のうち専業農家は96戸、第一種兼業農家は94戸、第二種兼業農家は682戸である。 農家には該当しないが耕地又は耕作放棄地を合計5アール以上所有する世帯(土地持ち非農家)も489戸あった。 令和2年の総農家戸数は16戸、うち1戸が自給的農家、15戸が販売農家である。 小高区の経営耕地(農業経営体が経営している耕地)は、平成22年が1789ヘクタールであったところ、令和2年は307ヘクタールである。平成22年の水稲作付面積は1230ヘクタール、生産者数879人であったところ、令和2年の水稲作付面積は約198ヘクタール、生産者数は24戸及び8組織である(甲E23、45、 丙E71)。 営農再開小高区を含む南相馬市の避難指示解除準備区域及び居住制限区域では、水稲栽培について、平成28年産米は作付け再開準備のための実証栽培を行い、平成29年産米から全量出荷管理体制(管理計画を策定し、全ての圃場で吸収抑制対策等を実施し、 もれなく検査(全量管理・全袋検査)して順次出荷する体制をいう。)により出荷された。検査の結果、食品衛生法に基づく放射性セシウムの基準値(100Bq/Kg)を超過した米はない(甲E23、丙E69、70、72)。 野菜については、避難指示解除前の平成28年3月に出荷制限が解除された(丙E96の18頁)。 福島県による農林水産物の緊急時モニタリング検査の結果、令和元年度に基準値を超える放射性物質が検出されたのは、河川 難指示解除前の平成28年3月に出荷制限が解除された(丙E96の18頁)。 福島県による農林水産物の緊急時モニタリング検査の結果、令和元年度に基準値を超える放射性物質が検出されたのは、河川・湖沼産の水産物4件のみであり、野生の山菜やキノコからも検出されなかった(丙E79)。 令和元年12月3日時点で、小高区の避難指示解除準備区域及び居住制限区域から産出する野菜、きのこ、水産物及び畜産物のうち、国が摂取制限を指示するのは野生 きのこと野生イノシシの肉であり、国が出荷制限を指示するのは、上記のほか、ウメ、 クリ、野生のくさそてつ(こごみ)、たけのこ、野生のふきのとう、ぜんまい、野生のたらのめ、わらび、こしあぶら、露地栽培の原木しいたけ、野生のヤマドリ、カルガモ、キジ、ノウサギの肉である(丙E11)。 営農支援小高区内では、本件事故前から生産性を高めるため農業基盤整備事業(圃場整備事 業)計画があり、本件事故により中断したが、平成26年に再開された(甲E15、23)。 また、南相馬市は、避難指示区域において、地域農業の担い手の確保、農地の保全管理、生産基盤や農業機械等の生産環境の整備、営農再開に必要な施策を機動的に推進することとしている(丙E67、84、85)。 キ教育機関幼稚園・保育園本件事故当時、小高区には小高幼稚園、福浦幼稚園、金房幼稚園、鳩原幼稚園、私立小高教会幼稚園及びおだか保育園があったが、本件事故後、すべての幼稚園と保育園が休園した。避難指示解除後に小高幼稚園とおだか保育園は再開したが、令和2年 3月31日に両園を閉園して同年4月におだか認定こども園が開園した。福浦幼稚園、金房幼稚園、鳩原幼稚園及び私立小高教会幼稚園は、令和3年4月1日現在休園中である。 平 再開したが、令和2年 3月31日に両園を閉園して同年4月におだか認定こども園が開園した。福浦幼稚園、金房幼稚園、鳩原幼稚園及び私立小高教会幼稚園は、令和3年4月1日現在休園中である。 平成23年4月の園児在籍予定数は、小高区内の5つの幼稚園が合計194人、おだか保育園が193人であったが、令和3年4月1日現在、おだか認定こども園の園 児数は60人である(甲E48)。 小学校本件事故当時、小高区には小高小学校、福浦小学校、金房小学校、鳩原小学校の4校があり、平成22年4月6日当時合計705人の児童が在籍していた。 本件事故後、上記4つの小学校は鹿島区内の仮設校舎で学校運営していたところ、 平成28年度から合同運営を始め、平成29年度に小高区の小高小学校校舎に移った のち、令和3年4月から小高小学校に統合された。令和3年4月5日時点の小高小学校の児童数は61人である(甲E37、48)。 中学校小高区には小高中学校があり、平成22年4月6日当時382名の生徒が在籍していた。 本件事故後、鹿島区内の仮設校舎で学校運営していたところ、平成29年度から小高区本校舎で学校運営を再開した。令和3年4月5日時点の生徒数は49名である(甲E37、48)。 高校小高区には小高商業高校と小高工業高校があり、平成22年5月の生徒数は、小高 商業高校が217人、小高工業高校が588人であったところ、平成29年4月1日に両校は統合して小高産業技術高校となり、同校の平成30年4月現在の生徒数は530人である(甲E9)。 ク医療機関小高区内には、本件事故当時、市立小高病院、小高赤坂病院(精神科)、7医科診療 所及び5歯科診療所があった。 市立小高病院は、平成18年1月の市町合併当時、 (甲E9)。 ク医療機関小高区内には、本件事故当時、市立小高病院、小高赤坂病院(精神科)、7医科診療 所及び5歯科診療所があった。 市立小高病院は、平成18年1月の市町合併当時、内科、外科、小児科、整形外科、眼科、リハビリ科があったが、本件事故当時、整形外科及び小児科は休診していた。 本件事故後、全科の診療を休止し、平成26年4月23日に内科を中心にした外来診療を再開したが、令和元年7月に本件地震による被害を受けた病院本館(病棟)の解 体準備のため休院し、同年8月1日から市立総合病院附属小高診療所(無床)として内科及び外科の診療を開始した。 令和3年12月31日現在、小高赤坂病院は休院している。 同日現在、稼働する医科診療所施設数は4、歯科診療所施設数は1である(甲E2、48、丙E25)。 ケ地域行政と伝統行事 小高区には、明治時代の大字にほぼ一致する39の地区ごとに行政区があり、行政区内には10戸程度の世帯が集まる組(隣組又は班と呼ぶ地区もある。)があって、地域の環境整備や防犯活動、地域行事などを協力し合っている。 南相馬市は市行政の周知徹底と行政の円滑な運営を図るため、行政区の区域ごとに非常勤の行政嘱託員を一人置いており、実際には、住民らに選出された行政区長に委 嘱している(甲D1、4)。 小高区には、全域に、相馬小高神社、日鷲神社、益多嶺神社(甲子大国社)、蛯澤稲荷神社、貴船神社などの神社、寺院、観音堂等があり、また、神楽、田植え踊りなどの民俗芸能が伝承されている。 ⑵ 原子力損害賠償紛争審査会による指針と被告東電の賠償基準 ア原子力損害賠償紛争審査会による指針の策定と賠償手続原子力損害賠償紛争審査会による指針の策定平成23年4月、原賠法18条に基づき 賠償紛争審査会による指針と被告東電の賠償基準 ア原子力損害賠償紛争審査会による指針の策定と賠償手続原子力損害賠償紛争審査会による指針の策定平成23年4月、原賠法18条に基づき、原子力損害賠償紛争審査会(原賠紛争審査会)が設置され、原賠紛争審査会は、福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定の指針その他の当該紛争の当事者による自主的な解決に資する 一般的な指針を策定し、公表した(甲C19ないし22、丙A7ないし9)。 被告東電による訴訟外の賠償手続被告東電は、原賠紛争審査会が策定した上記指針(以下、「中間指針等」という。)に基づき、中間指針等を踏まえた自主賠償基準を策定・公表し、被害者からの賠償請求を受け付ける請求書式と案内文書(請求書パック)を整備して賠償に対応するとと もに(直接請求手続)、原賠法18条2項1号に基づき原賠紛争審査会の下に設置された原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解仲介の手続(ADR手続)における和解仲介申立案件での個別的和解に対応している。 イ中間指針等における政府による避難等の指示等に係る損害賠償の枠組み中間指針の賠償の対象区域と対象者(甲C18の6ないし10頁) 対象区域は、政府が、原災法に基づき各地方公共団体の長に対し、住民の避難を指 示した区域(避難区域)、屋内退避を指示した区域(屋内退避区域)、計画的な非難を指示した区域(計画的避難区域)、緊急時の避難又は屋内退避が可能な準備を指示した区域(緊急時避難準備区域)、住居単位で住民に対し注意喚起、自主避難の支援、促進を行う地点(特定避難勧奨地点)のみならず、地方公共団体が独自の判断による一時退避の要請についても、「避難等を余儀なくされた者」の範疇に含めて考えるべき で に対し注意喚起、自主避難の支援、促進を行う地点(特定避難勧奨地点)のみならず、地方公共団体が独自の判断による一時退避の要請についても、「避難等を余儀なくされた者」の範疇に含めて考えるべき であるとし、南相馬市も対象区域とした。 中間指針が挙げる損害項目(甲C18の10ないし31頁)賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目とされたものは、①検査費用(人)、②避難費用、③一時立入費用、④帰宅費用、⑤生命・身体的損害、⑥精神的損害、⑦営業損害、⑧就労不能等に伴う損害、⑨検査費用(物)、⑩財物価値の喪失又は 減少等である。 精神的損害について(甲C18の17ないし23頁)Ⅰ 精神的損害として賠償すべき損害対象区域から実際に避難した上引き続き同区域外滞在を長期間余儀なくされた者(又は余儀なくされている者)及び本件事故発生時には対象区域外に居り、同区 域内に住居があるものの引き続き対象区域外滞在を長期間余儀なくされた者(又は余儀なくされている者)が、自宅以外での生活を長期間余儀なくされ、正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻害されたために生じた精神的苦痛(避難に係る精神的損害)Ⅱ 算定方法 上記精神的損害は、「避難費用」のうち生活費の増加費用と合算した一定の金額をもって両者の損害額と算定するのが合理的な算定方法と認められ、該当する者であれば、その年齢や世帯の人数等にかかわらず、避難等対象者個々人が賠償の対象となる。 ウ中間指針等で示された避難等に係る精神的損害の具体的な損害額 中間指針(甲C18の17ないし23頁) Ⅰ 避難に係る精神的損害① 本件事故発生時(平成23年3月)から6か月間(第1期)一人月額10万円を目安とする。 ただし、この間、避難 中間指針(甲C18の17ないし23頁) Ⅰ 避難に係る精神的損害① 本件事故発生時(平成23年3月)から6か月間(第1期)一人月額10万円を目安とする。 ただし、この間、避難所・体育館・公民館等(以下「避難所等」という。)における避難生活等を余儀なくされた者については、避難所等において避難生活 をした期間は、一人月額12万円を目安とする。 ② 第1期終了から6か月間(第2期)一人月額5万円を目安とする。 Ⅱ 金額算定の考え方Ⅰ①について、長期間の避難等を余儀なくされた者は、正常な日常生活の維持・ 継続を長期間にわたり著しく阻害されているという点では全員共通した苦痛を被っていること、また、仮設住宅等に宿泊する場合と旅館・ホテル等に宿泊する場合とで、個別の生活条件を考えれば一概には生活条件に明らかな差があるとはいえないとも考えられることから、主として宿泊場所等によって分類するのではなく、一律の算定を行い、相対的に過酷な避難生活が認められる避難所等についてのみ、本 件事故後一定期間は滞在期間に応じて一定金額を加算することし、主として避難等の時期によって合理的な差を設けることが適当である。 本件事故後、避難等対象者の大半が仮設住宅等への入居が可能となるなど、長期間の避難生活のための基盤が形成されるまでの6か月間(第1期)は、地域コミュニティ等が広範囲にわたって突然喪失し、これまでの平穏な日常生活とその基盤を 奪われ、自宅から離れ不便な避難生活を余儀なくされた上、帰宅の見通しもつかない不安を感じるなど、最も精神的苦痛の大きい期間であるといえる。したがって、第1期の損害額の算定に当たっては、本件は負傷を伴う精神的損害ではないことを勘案しつつ、自動車損害賠償責任保険における慰謝料(日額4200円 ど、最も精神的苦痛の大きい期間であるといえる。したがって、第1期の損害額の算定に当たっては、本件は負傷を伴う精神的損害ではないことを勘案しつつ、自動車損害賠償責任保険における慰謝料(日額4200円、月額換算12万6000円)を参考にした上、上記のように大きな精神的苦痛を被ったこと や生活費の増加分も考慮し、一人当たり月額10万円を目安とするのが合理的であ る。 ただし、特に避難当初の避難所等における長期間にわたる避難生活は、他の宿泊場所よりも生活環境・利便性・プライバシー確保の点からみて相対的に過酷な生活状況であったことは否定し難いため、この点を損害額の加算要素として考慮し、避難所等において避難生活をしていた期間についてのみ、一人月額12万円を目安と することが考えられる。 Ⅰ②について、第1期終了後6か月間(第2期)は、引き続き自宅以外での不便な生活を余儀なくされている上、いつ自宅に戻れるか分からないという不安な状態が続くことによる精神的苦痛があるが、その一方で、突然の日常生活とその基盤の喪失による混乱等という要素は基本的にこの段階では存せず、この時期には、大半 の者が仮設住宅等への入居が可能となるなど、長期間の避難生活の基盤が整備され、避難先での新しい環境にも徐々に適応し、避難生活の不便さなどの要素も第1期に比して縮減すると考えられる。希望すれば大半の者が仮設住宅等への入居が可能となるなど長期間の避難生活のための基盤が形成され、避難生活等の過酷さも第1期に比して緩和されると考えられることを考慮し、民事交通事故訴訟損害賠償額算定 基準(公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部)による期間経過に伴う慰謝料の変動状況も参考とし、一人月額5万円を目安とすることが考えられる。 第二次追補(甲C20 訟損害賠償額算定 基準(公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部)による期間経過に伴う慰謝料の変動状況も参考とし、一人月額5万円を目安とすることが考えられる。 第二次追補(甲C20)Ⅰ 中間指針の第2期の期間を、避難指示区域見直しの時点まで延長し、当該時点から終期までの期間を第3期とする。 Ⅱ 第3期における精神的損害の具体的な損害額(避難費用のうち通常の範囲の生活費の増加費用を含む。)の算定に当たっては、避難者の住居があった地域に応じて、次のとおりとする。 ① 避難指示区域見直しに伴い避難指示解除準備区域に設定された地域一人月額10万円を目安とする。 ② 避難指示区域見直しに伴い居住制限区域に設定された地域 一人月額10万円を目安とする。 ③ 避難指示区域見直しに伴い帰還困難区域に設定された地域一人600万円を目安とする。 第四次追補(甲C22)平成25年8月までに、すべての避難指示対象市町村において、避難指示区域の見 直しが完了したことを受け、以下の考え方が示された。 Ⅰ 避難指示区域の第3期において賠償すべき精神的損害の具体的な損害額① 帰還困難区域又は大熊町若しくは双葉町の居住制限区域若しくは避難指示解除準備区域について一人600万円に一人1000万円を加算し、同600万円を月額に換算した 場合の将来分(平成26年3月以降)の合計額(ただし、通常の範囲の生活費の増加費用を除く。)を控除した金額を目安とする。 ② ①以外の地域について引き続き一人月額10万円を目安とする。 Ⅱ 賠償の対象となる期間について 中間指針において避難費用及び精神的損害が特段の事情がある場合を除き賠償の対象とはならないとしている「避難指示等の解除等から相 10万円を目安とする。 Ⅱ 賠償の対象となる期間について 中間指針において避難費用及び精神的損害が特段の事情がある場合を除き賠償の対象とはならないとしている「避難指示等の解除等から相当期間経過後」の「相当期間」は、避難指示区域については、1年間を当面の目安とし、個別の事情も踏まえて柔軟に判断するものとする。 エ被告東電による避難者等対象者の精神的損害に対する賠償基準 Ⅰ 第1期(本件事故発生時(平成23年3月)から6か月間)一人月額10万円を目安とする(丙C15)。 Ⅱ 第2期(第1期終了後(平成23年9月)から避難指示区域見直しの時点まで)一人月額10万円を目安とする(丙C16)。 Ⅲ 第3期(避難指示区域見直しの時点から終期まで) ⅰ 第二次追補に基づく避難指示区域における精神的損害の賠償(丙C18) a 帰還困難区域一人当たり600万円(平成24年6月1日から同29年5月31日まで)b 居住制限区域一人当たり240万円(平成24年6月1日から同26年5月31日まで)c 避難指示解除準備区域 一人当たり120万円(平成24年6月1日から同25年5月31日まで)ただし、避難指示解除までの期間が長期化した場合は、実際の解除時期に応じた金額を追加的に賠償することとした。 ⅱ 第四次追補に基づく避難が長期化する場合の精神的損害の賠償被告東電は、第四次追補を受けて、本件事故発生当時、居住制限区域又は避難指示 解除準備区域(ただし、大熊町及び双葉町を除く。)に住居があった者に対して、避難指示が解除された後の1年間について、避難等に係る慰謝料及びその他実費(避難・帰宅等に係る費用相当額及び家賃に係る費用相当額)を賠償する旨公表した(平成26年3月26日 住居があった者に対して、避難指示が解除された後の1年間について、避難等に係る慰謝料及びその他実費(避難・帰宅等に係る費用相当額及び家賃に係る費用相当額)を賠償する旨公表した(平成26年3月26日付けプレスリリース「避難指示解除後の相当期間に係る賠償のお取り扱いについて」(丙C20))。その後、平成27年6月12日に閣議決定された「原子 力災害からの福島復興の加速に向けて改訂」を踏まえた国からの指導により、避難指示解除準備区域・居住制限区域が早期に解除された場合も、帰還した住民の生活再構築のためには復興支援を通じた避難指示解除準備区域・居住制限区域全体としての環境整備が必要とされている点を踏まえ、賠償対象期間について、本件事故から6年後に避難指示が解除される場合と同等の支払いをするため、事故後6年に相当期間1 年を加えた平成30年3月までと見直すことを公表した(平成27年8月26日付けプレスリリース「避難指示解除準備区域・居住制限区域における精神的損害等に係る具体的なお取り扱いについて」(丙C127))⑶ 訴訟外の賠償(避難指示解除準備区域)ア直接請求手続 被告東電は、直接請求手続において、多数の被害者に対する迅速な救済という観点 から、請求方式を定型化、簡素化した請求書パックを用いて賠償している。賠償項目の中には、個々の被害者に実際に生じた損害について主張や疎明を求めることなく、被害を類型的に把握し賠償額を算定する方式がとられているものが複数存在する。 イ賠償内容概略 被告東電の公表賠償基準に含まれる賠償項目として、精神的損害のほか、避難・帰宅等に係る費用、家賃に係る費用、一時立入・検査受診等に伴う移動費用、就労不能損害・営業損害、避難指示解除後の早期帰還に伴う追加的費用、生命・ 基準に含まれる賠償項目として、精神的損害のほか、避難・帰宅等に係る費用、家賃に係る費用、一時立入・検査受診等に伴う移動費用、就労不能損害・営業損害、避難指示解除後の早期帰還に伴う追加的費用、生命・身体的損害、財物(宅地・建物・借地権、田畑、立木等)、住居確保損害、住宅等の補修・清掃費用、家財(一般家財のほか仏壇等)、墓石等の修理・移転に要した費用、自動車、償却資 産・棚卸資産、自主的除染に係る費用等がある。 避難指示等対象区域における財産的損害の賠償平成24年7月20日付けで経済産業省が公表した「避難指示区域の見直しに伴う賠償基準の考え方について」において、財物賠償の具体的な基準について方針が示された(丙C17、111)。 a 宅地、建物宅地建物について、帰還困難区域においては、事故発生時の価値の全額を賠償し、居住制限区域・避難指示解除準備区域においては、事故時点から6年(72か月)で全損として避難指示の解除までの期間に応じた割合分を賠償する(丙C17、111)。 この結果、平成28年7月12日に避難指示が解除された南相馬市内の帰還困難区 域以外の区域においては、避難指示期間割合に基づき72分の65の価値が減少したものとして賠償する。被告東電の費用負担による除染、修理等によって価値が回復した場合も、その価値回復分を精算するという取扱いはしない。 宅地の評価は、固定資産税評価額に1.43倍の補正係数を乗じて事故発生日時点の時価相当額を算定し、建物については、固定資産税評価額に補正係数を乗じて事故 発生日時点の価値を算定する方法と住宅着工統計に基づく平均新築単価をもとに算 定する方法のいずれか高いほうの金額を基礎とする賠償を基本とする(丙C122)。 b 田畑等田畑やそのほかの不動産につ の価値を算定する方法と住宅着工統計に基づく平均新築単価をもとに算 定する方法のいずれか高いほうの金額を基礎とする賠償を基本とする(丙C122)。 b 田畑等田畑やそのほかの不動産についても、上記同様の考え方に基づき、6年経過によって全損となるとの考え方による賠償がなされている(丙C113)。 c 家財 世帯構成と避難区域の種類に応じた賠償を行う定型賠償を実施する。また、避難等に伴う管理不能等により、1品あたりの購入金額が30万円以上の家財(高額家財)が毀損等した場合、修理・清掃費用相当額として、上記定額賠償とは別に1世帯あたり20万円を賠償する(丙C115)。 d 住居確保損害 自宅住居に係る財物損害の賠償に加えて、移住先住居の購入金額(帰還の場合には、本件事故前に居住していた住居の必要かつ合理的な修繕又は建替えのための費用)と自宅住居の財物損害賠償額との差額の一定割合を追加的な費用として支払う(丙C120)。 e 就労不能損害、営業損害 Ⅰ 「特別の努力」の考え方中間指針は、対象区域内で事業の全部又は一部を営んでいた者、又は営んでいる者において、避難指示等(南相馬市独自の避難要請を含む)に伴い営業が不能になる又は取引が減少する等、その事業に支障が生じたため、現実に減収があった場合には、その減収分が賠償すべき損害として認められること(甲C18の23頁)、対象区域 内に住居又は勤務先がある勤労者が、避難指示等により、あるいは上記営業損害を被った事業者に雇用されていた勤労者が、当該事業者の営業損害によりその就労が不能等になった場合には、かかる勤労者についての給与等の減収分等を賠償すべき損害として認める(同26頁)一方で、第二次追補において、営業損害や就労不能損害を被った者の転業・転職や 害によりその就労が不能等になった場合には、かかる勤労者についての給与等の減収分等を賠償すべき損害として認める(同26頁)一方で、第二次追補において、営業損害や就労不能損害を被った者の転業・転職や臨時の就労等が「特別の努力」と認められる場合には、かかる 「特別の努力」により得た給与等を損害額から控除しない等の合理的かつ柔軟な対応 が必要であるとの考え方が示された(甲C20の10~12頁)。 被告東電は、営業損害及び就労不能損害の賠償について、本件事故後に得た収入を原則的に賠償金から控除していない。 Ⅱ 就労不能損害南相馬市独自の避難要請区域の住民に生じた本件事故による就労不能損害につい て、従前の勤務先が避難指示区域内の場合は平成26年2月28日まで、緊急時避難準備区域内の場合は平成24年12月31日までを賠償対象期間として、本件事故がなければ得られたであろう収入を賠償する(丙C14)。 南相馬市独自の避難要請区域に居住しており、勤務先の事業所が避難指示区域及び緊急時避難準備区域ではなかった者に対しては、原則として本件事故発生から約1年 3か月となる平成24年5月までを対象期間として、本件事故がなければ得られたであろう収入を賠償する(丙C124の25~29頁)。 さらに、被告東電は、上記賠償に加え、勤務先の事業所が避難指示区域内であった者のうち、就労意思のある者に対して、将来の生活に見通しをつけるための一定期間として、雇用保険法に基づく失業給付の給付日数が原則として最長330日であるこ とを参考に、さらに1年の追加賠償を行うほか、就労が困難となる個別のやむを得ない事情がある場合には事情に応じて個別の対応をすることとした(丙C90)。 Ⅲ 営業損害商工業に関する個人事業主や中小法人の営業損害につい 年の追加賠償を行うほか、就労が困難となる個別のやむを得ない事情がある場合には事情に応じて個別の対応をすることとした(丙C90)。 Ⅲ 営業損害商工業に関する個人事業主や中小法人の営業損害について、被告東電は、事業を営んでいた区域に応じ、避難指示区域内の場合は平成27年2月まで、緊急時避難準備 区域の場合は平成25年5月まで、原則として「特別の努力」の考え方を適用し、収入減少額の算定に当たって実際に得られた収入を控除しない算定による営業損害(逸失利益)を賠償し(丙C14、18)、さらに、避難指示区域内の場合は、平成27年3月以降においても被害の継続が認められる場合には、同月以降の将来分の営業損害の賠償として、実際に得られた収入を控除しない算定に基づく年間逸失利益の2倍相 当額を賠償する(丙C91)。 農林業に関する個人事業主や中小法人の営業損害について、被告東電は、事業を営んでいた区域に応じ、避難指示区域内の場合は平成28年12月まで、緊急時避難準備区域の場合は平成25年12月まで、「特別の努力」の考え方を適用し、当該期間分を賠償し(丙C14、18)、さらに、避難指示区域内の場合、平成29年1月以降も被害の継続が認められる個人事業主及び中小法人については、同月以降の営業損害と して、年間逸失利益(期待所得)の3倍相当額を一括して賠償する(丙C94)。 f 避難・帰宅費用、一時立入費用避難生活に伴い必要となる避難費用や家族間交通費、一時立入費用等について、直接賠償請求手続においては、本件事故発生当初の時期は証憑を求めず申告に基づき賠償し、平成24年6月以降は、包括請求方式を導入して、実損の有無及び額によらず、 かつ個別の立証を要することなく、将来分を含めた相当額についてあらかじめ一括して賠償するこ 求めず申告に基づき賠償し、平成24年6月以降は、包括請求方式を導入して、実損の有無及び額によらず、 かつ個別の立証を要することなく、将来分を含めた相当額についてあらかじめ一括して賠償することとしている(丙C89、121、124、126)。 団体請求による賠償農業者等がそれぞれの生産者団体等を通じて賠償を請求する方式(団体請求)による賠償を実施しており、農地の面積等に一定の金額を単純に乗じるなどして損害額を 算定して賠償する。 ウ原告らに対する賠償被告東電は、原告らに対し、訴訟外で、別紙5既払額一覧表記載のとおり賠償している。 ⑷ 放射線の健康に対する影響 ア放射線量規制ICRPは、2007年の勧告(2007年勧告)で、①計画被ばく状況(放射線源の計画的な導入操業に伴う被ばく状況)における線量限度として、公衆被ばくについては1年につき1mSv、職業被ばくについては、5年間の平均が年間20mSv、ただし、いかなる1年にも50mSvを超えるべきではないとし(丙C31の59頁)、 ②緊急時被ばく状況(至急の注意を要する予期せぬ被ばく状況)において計画される 最大残存線量の参考レベルは予測線量20mSvから100mSvの範囲にあるとし(同69頁)、③現存被ばく状況(管理に関する決定をしなければならない時点で既に存在する被ばく状況)の参考レベルは予測線量1mSvから20mSvの間にあるとする(同76頁)。 ICRPの2007年勧告は、LNTモデル(約100mSvを下回る線量におい て、ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確立の増加を生じるであろうという仮定)について、根拠となる仮説を明確に実証する生物学的、疫学的知見がすぐには得られそうもないこと 一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確立の増加を生じるであろうという仮定)について、根拠となる仮説を明確に実証する生物学的、疫学的知見がすぐには得られそうもないことを強調しながら、放射線防護の実用的な目的、すなわち低線量放射線被ばくのリスクの管理に対して慎重な根拠を提供するとの考えに基づき、LNTモデルに根拠を置いている(同17頁)。 イ国際的合意原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)、世界保健機関(WHO)、国際原子力機関(IAEA)等の報告から、以下の科学的知見が国際的に合意されている(甲C40の3頁)。 ① 低線量被ばく(国際的に合意された定義はないが、200mSv以下とされるこ とが多い。)のリスク放射線による発がんのリスクは、100mSv以下の被ばく線量では、他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さいため、放射線による発がんリスクの明らかな増加を証明することは難しい。疫学調査以外の科学的手法でも、同様に発がんリスクの解明が試みられているが、現時点では人のリスクを明らかにするには至 っていない。 ② 長期にわたる被ばくの健康影響低線量率の環境で長期間にわたり継続的に被ばくして、積算量として合計100mSvを被ばくした場合は、短時間で被ばくした場合より健康影響が小さいと推定されている(線量率効果)。 ウ本件事故に関する国際機関の知見等 ICRP勧告(甲C41)ICRPは、3月21日、①緊急時に公衆の防御のために、国の機関が、最も高い計画的な被ばく線量として20~100mSvの範囲で参考レベルを設定するという2007年勧告をそのまま変更することなしに用いること、②国の機関が、汚染地域に人々が住み続 ために、国の機関が、最も高い計画的な被ばく線量として20~100mSvの範囲で参考レベルを設定するという2007年勧告をそのまま変更することなしに用いること、②国の機関が、汚染地域に人々が住み続けるように必要な措置をとる場合、長期間の後には放射線レベルを 1mSv/年へ低減することとし、従前の勧告を変更することなく、現時点での参考レベルを1mSv/年から20mSv/年の範囲で設定することを勧告した。 IAEA国際フォローアップミッション最終報告書(丙C36)平成25年10月、本件発電所外の地域の環境回復活動を評価することを主な目的として13人の国際専門家等が参画するIAEA国際フォローアップミッションチ ームが日本を訪問して調査を行い、最終報告書で、「除染を実施している状況において、1~20mSv/年という範囲内のいかなるレベルの個人放射線量も許容しうるものであり、国際基準及び関連する国際組織、例えば、ICRP、IAEA、UNSCEAR及びWHOの勧告等に整合したものであるということについて、コミュニケーションの取組を強化することが日本の諸機関に奨励される」と報告した(同8頁)。 UNSCEAR報告書UNSCEARは、平成25年10月の国連総会への年次報告書(丙C40)において、健康影響について、モデルによる線量推計結果及び実測値を踏まえると、住民及びその子孫において今回の事故による放射線に起因する健康影響については増加が認められる見込みはないこと、甲状腺検査において、嚢胞、結節、がんの発見率の 増加が認められるが、高い検出効率によるものと見込まれ、福島県の子どもの間で見つかっている発見率の増加について放射線の影響とは考えにくいと示唆されると報告した(同2頁)。 UNSCEARは、平成26年4 められるが、高い検出効率によるものと見込まれ、福島県の子どもの間で見つかっている発見率の増加について放射線の影響とは考えにくいと示唆されると報告した(同2頁)。 UNSCEARは、平成26年4月2日に前記報告書を実証する「2011年東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響」(丙C49)を、平成2 8年に「東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響に関するU NSCEAR2013年報告書刊行後の進展」(丙C50)を発表していたところ、令和3年3月に「2011年東日本大震災後の福島第一原子力発電所における事故による放射線被ばくのレベルと影響、2013年報告書刊行後に発表された知見の影響」(丙C178ないし180)を発表し、全身への推定被ばく線量(推定平均実効線量)を下方修正して福島県全体の成人では平均5.5mSv以下であったとするとともに、 本件事故に起因する被ばくによって将来、健康影響が確認される可能性は低いと結論づけた。 エ情報提供福島県による情報発信福島県知事は、3月22日、「県内各地で、大気中から通常より高い値の放射能が検 出されていますが、人体への影響は限りなくゼロに近いとの県放射能健康リスク管理アドバイザーの評価もあります。県民の皆さんには落ち着いて行動していただきたいと思います。」とのメッセージをホームページに掲載した(丙C45)。 また、4月6日、県内の小中学校や幼稚園、保育所などの校庭で実施している放射線量測定のうち、4月4日に実施した552施設の測定結果を公表するとともに、そ のころ、県民を対象に行った説明会で、放射線健康リスク管理アドバイザーが、1時間当たり10μSv以下なら子どもを外で遊ばせても大丈夫であること、現在の線量で子どもに 果を公表するとともに、そ のころ、県民を対象に行った説明会で、放射線健康リスク管理アドバイザーが、1時間当たり10μSv以下なら子どもを外で遊ばせても大丈夫であること、現在の線量で子どもに影響が出ることはないことなどを回答し、これらの内容をホームページに掲載した。これらの内容は、4月7日及び4月11日の地元新聞紙で報道された(丙C41の1ないし3)。 政府による情報発信経済産業省は、3月23日、原子力安全委員会による「避難・屋内退避区域外にお住いの皆様へのQ&A」(丙C42)を公表した。 政府原子力災害現地対策本部(現地対策本部)は、同月29日以降、被災地域向けニュースレターを発行するとともに、24時間対応の相談窓口を設けた(丙C43の 1ないし8)。 厚生労働省は、4月1日、「妊娠中の方、小さなお子さんをもつお母さんの放射線へのご心配にお答えします。~水と空気と食べものの安心のために~」と題するパンフレットを作成するとともにホームページに掲載した(丙C44)。 専門的知見の発信公益社団法人日本医学放射線学会は、3月18日、「放射線被ばくなどに関するQ &A」をホームページに掲載し、「今回の原発周辺住民への避難や屋内退避の指示は、今の被害状況や今後の被害の拡大に備えたものです。したがって、この指示に従っている限り、以前どこに居たとか、どの地域にいたからと、心配する必要はありません。 どこにいても母親や子供の健康影響が心配となるような放射線の量は浴びていません。」と記載した(丙C46)。 日本産科婦人科学会は、3月24日、「水道水について心配しておられる妊娠・授乳中女性へのご案内」を公表し、「現時点では妊娠中・授乳中女性が軽度汚染水道水を連日飲んでも、母体ならびに赤ちゃん(胎 日本産科婦人科学会は、3月24日、「水道水について心配しておられる妊娠・授乳中女性へのご案内」を公表し、「現時点では妊娠中・授乳中女性が軽度汚染水道水を連日飲んでも、母体ならびに赤ちゃん(胎児)に健康被害は起こらないと推定されます。」と記載した(丙C47)。 福島県内の学校の校舎・校庭などの利用などについての公表 福島県は、3月30日、現地対策本部に対し、福島県の学校などの再開の基準を示してほしいと要望し、文部科学省は、ICRPの2007年勧告で、現存被ばく状況(自然バックグラウンド放射線に起因する被ばく状況のように管理に関する決定をしなければならない時点で既に存在する被ばく状況)における公衆被ばくの参考レベルが1~20mSv/年であったことからその上限である20mSvとすることと し、児童生徒等が屋内にいる時間を1日当たり16時間、屋外(校庭)にいる時間を1日当たり8時間と仮定すると、児童生徒等が1年間に20mSvの放射線を受ける空間線量率が3.8μSv/時となることからこれを一つの目安とし、今後できる限り線量を減らしていくことが適切であるとして、3.8μSv/時未満の空間線量率が測定された学校については平常どおり利用して差し支えないこと等を内容とする 「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」を定 め、4月19日に原災本部を介して安全委員会に対し助言を求めたところ、学校等における継続的なモニタリング等の結果を2週間に1回以上の頻度を目安として安全委員会に報告すること、ポケット線量計で被ばく状況を確認することの条件を付したうえで、上記考えで差支えはない旨回答した。 4月20日、以上の内容及び夏季休業終了後をめどに見直すことが報道された。 8月26日、文部科学 ット線量計で被ばく状況を確認することの条件を付したうえで、上記考えで差支えはない旨回答した。 4月20日、以上の内容及び夏季休業終了後をめどに見直すことが報道された。 8月26日、文部科学省は、夏季休業終了後、学校において児童生徒等が受ける線量について原則1mSv/年以下とし、これを達成するために校庭等の空間線量率の目安を1μSv/時未満とすることなどを公表した。 文部科学省は、福島県が4月5日から7日にかけて実施した小学校等の校庭のモニタリング時に3.7μSv/時以上の数値を示した52校の校庭について、継続的に モニタリングを行ったところ、4月14日には13施設において3.8μSv/時の空間線量率が測定されたが、5月12日以降に3.8μSv/時以上の空間線量率が測定された学校はなく、8月25日の測定では最も高いところで0.8μSv/時だった(甲B12の320ないし323頁、甲B52の267ないし269頁)。 2 判断 ⑴ 原告らの損害ア原告らの主張の要旨原告らは、ⅰ突然の強制避難を強いられたことによる被害、ⅱ長期の避難生活を強いられたことによる被害、ⅲ帰還を断念せざるを得なかったこと又は未だに帰還することができないことによる被害、ⅳ帰還後も元の生活を回復することができないこと による被害を受けた。 原告らが請求する慰謝料の対象範囲は、本件事故に伴い発生した各原告の非財産的損害である。直接請求またはADR手続における賠償の対象は「生活の基盤」という権利ではなく、各人の損害実費及び精神的苦痛に対する慰謝料であり、原告らが本件訴訟で被告東電に請求しているのは、人格発達権、平穏生活権、環境権等の侵害を理 由とする精神的損害(地域コミュニティ喪失慰謝料)の賠償である。 原告らは、 料であり、原告らが本件訴訟で被告東電に請求しているのは、人格発達権、平穏生活権、環境権等の侵害を理 由とする精神的損害(地域コミュニティ喪失慰謝料)の賠償である。 原告らは、地域のコミュニティの喪失により、生活、就労、家族団らん、住民同士の触れ合いや助け合い等の本拠を奪われ、また小高区という原告らにとっての「ふるさと」である地域の中で生きることの喜びや安心感を奪われた。そして、平成28年7月12日に避難指示が解除されたものの、若い世代を中心に多くの住民が未だ帰還することなく、そのような状況の中で、小高区に帰還した者すら元の生活を取り戻す ことができない虚無感等の精神的損害を被った。 各原告の請求する「地域コミュニティ喪失慰謝料」には、共通する部分もあるし、異なる部分もあるが、それぞれ3000万円を超える慰謝料額が認定されるべきであり(ここには、平成30年3月までの避難慰謝料額の不足分(月10万円、もしくは、ADR手続における和解等で支払われた多くは数万円程度の増額分では賄えない部 分)や、同年4月以降の避難慰謝料(賠償終期を理由に被告東電が支払いを拒否する部分)も含まれる)、かつ、各原告の既受領分をそれぞれ控除したとしても、全ての原告についてそれぞれ2000万円を超える慰謝料額が認容されるべきである。 イ被侵害利益小高区は、3月12日午後6時25分に避難指示対象区域に指定された後、4月2 2日に警戒区域に指定され、平成24年4月16日零時に警戒区域の設定が解除されると、避難指示解除準備区域又は居住制限区域に指定された。避難指示解除準備区域又は居住制限区域の指定が解除されたのは平成28年7月12日である。そのため、小高区の住民は、平成23年3月12日に生活の本拠地から避難することを余儀なくさ 限区域に指定された。避難指示解除準備区域又は居住制限区域の指定が解除されたのは平成28年7月12日である。そのため、小高区の住民は、平成23年3月12日に生活の本拠地から避難することを余儀なくされ、その後、約5年4か月の間、生活の本拠地と自ら定めた場所で生活することが できなかった。 人が生活の本拠地として自ら定め、平穏に生活してきた場所で、平穏な日常生活を続ける利益は、憲法13条、22条1項に照らし、法律上保護されるべき人格的利益であると認められ、上記避難指示の対象となった地区に生活の本拠をおいていた原告らは、本件事故により放出された放射性物質の放射線の作用により、平穏な日常生活 の維持・継続が阻害され、上記の人格的利益が侵害されたと認められる。小高区の住 民らが、本件地震による避難や停電による情報伝達手段の途絶などにより、避難指示さえ的確に伝達されず、また、本件発電所の状況や放射線量に関する客観的情報も発信されず、混乱の中で突然避難を強いられ、避難生活により、平穏な日常生活の維持・継続を阻害されたことにより被った精神的損害は、原賠法に基づき賠償されるべき原子力損害である。 原告らは、避難指示が解除されても、帰還の有無にかかわらず元の生活を回復することができないとして、地域コミュニティを喪失したと主張するところ、避難指示により、避難生活を強いられ、平穏な日常生活の維持・継続を阻害されるという権利侵害行為があり、避難生活から日常生活に戻るまでに必要であると合理的に認められる期間が経過して避難生活が終了したときに、本件事故当時は継続を期待するのももっ ともであり、永続性に対する期待に客観性が認められる身近で非代替的な環境が、放射線の作用により変化したと認められ、そのことにより自由な自己実現が阻害され、 本件事故当時は継続を期待するのももっ ともであり、永続性に対する期待に客観性が認められる身近で非代替的な環境が、放射線の作用により変化したと認められ、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは個々の価値観の違いを超えて観念できる経済的・精神的利益を損なっていると認められるときは、侵害された平穏な日常生活が回復していないといえ、回復しないことによる精神的苦痛は金銭をもって慰謝されるべきである。 小高区では、前記のとおり約5年4か月という長期にわたって地域社会を形成できず、本件事故時点の小高区の住民基本台帳人口が1万2842人であったのに対し、本件事故から約11年、避難指示解除から約6年が経過した令和4年3月31日時点で、住民登録人口は6678人(本件事故時住民基本台帳人口の約52%(小数点以下四捨五入、以下同じ。))、居住人口は3801人(同約30%)である。本件事故当 時に比べ、令和3年4月現在、保育園及び幼稚園の園児在籍数は約16%(60人/(194人+193人))、小学校の児童在籍数は約9%(61人/705人)、中学校の生徒在籍数は約13%(49人/382人)、高校の生徒在籍数は約66%(530人/(217人+588人))であり、中学生までが人口に占める割合の減少は顕著である。小高区にあった事業所は、その多くが小高区外で事業を再開し、平成29年8 月時点において小高区内で再開しているのは、小高商工会会員事業者の約27%に当 たる91事業所であるし、農業についても、現在、放射性物質検査の結果による農産物の出荷制限はないものの、本件事故当時、農家(経営耕地面積が10アール以上または年間の農作物販売金額が15万円以上の世帯)が1115戸あったにもかかわらず、令和2年は16戸に過ぎず、さまざまな営 物の出荷制限はないものの、本件事故当時、農家(経営耕地面積が10アール以上または年間の農作物販売金額が15万円以上の世帯)が1115戸あったにもかかわらず、令和2年は16戸に過ぎず、さまざまな営農支援策が試みられ、一部の営農組織への集約化が進んでいるとはいえ、現時点で営農が再開されている耕地は一部にとど まっている。これだけを見ても、避難生活から日常生活に戻るまでに必要であると合理的に認められる期間が経過し避難生活が終了した後も、小高区の社会環境は顕著に変容していることが客観的に明らかであり、また、山菜の出荷制限や野生きのこや野生イノシシの肉の摂取制限が続くように、自然との関わりを深くもっていた人にとって、放射性物質の残留が自然との関わりへの制約となっていることも明らかである。 なお、本件事故以前における地区の発展の見通しに関し、被告東電が主張立証するとおり、南相馬市全体で人口は減少傾向にあり、医療機関に関して、平成20年6月時点で、南相馬市立の2つの病院の診療体制を維持することが危機的状況にあって、小高病院の存続が危ぶまれる事態にあり(丙E60)、農業に関しても、基幹的農業従事者の高齢化及び減少が進み、生産性の高い農業への転換の困難などの問題もあって、 農業の維持、発展に深刻な懸念があったことも事実であると認められる。また、本件事故後、人口や農業等産業の構造的基盤が変化した直接的原因は、被告東電が主張するとおり、避難生活をしていた住民らが帰還するか否か、農業を再開するか否か、小高区で事業を再開するか否か等の各個人ないし法人の意思決定の結果によるものである。しかし、約5年4か月にわたる避難がなければ住民らが同時期に同様の意思決 定をしたはずはなく、避難指示解除後に小高区で再構築された地域社会は、経時的変化とは の意思決定の結果によるものである。しかし、約5年4か月にわたる避難がなければ住民らが同時期に同様の意思決 定をしたはずはなく、避難指示解除後に小高区で再構築された地域社会は、経時的変化とは全く異質な変容であり、地区の社会環境がこのように大きく変容した原因は、本件事故とそれに起因する避難指示にあるというほかない。 上記の生活環境と自然環境の変化を前提にすると、本件事故時に小高区に生活の本拠をおいていた原告らにとって、避難生活終了後、自然環境や地縁により築かれた人 的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を従 前どおり享受することは困難になったことが認められる。その喪失に伴う精神的損害は、所有財物の価値の滅失や所得の減少などの財産的損害の評価によって評価し尽くされるとはいえず、また、帰還した場合はもちろんのこと、移住先で新しい交流関係を築き、新しい環境で精神的利益、経済的利益を得ているとしても解消しきれるものではない。 したがって、避難指示により、避難生活を強いられ、平穏な日常生活の維持・継続を阻害されるという権利侵害行為による精神的苦痛などの非財産的損害の賠償のために支払うべき慰謝料を算定するにあたっては、本件発電所の状況や放射線量に関する客観的情報も得られない混乱の中で突然避難を強いられたこと、避難指示解除時期を見通せないまま避難生活を送り、結果として5年4か月という長期にわたり、平穏 な日常生活が阻害されたこと、避難生活から日常生活に戻るまでに必要であると合理的に認められる期間が経過した後も平穏な日常生活が回復しないことのいずれも基礎事情とするべきである。 ウ慰謝料慰謝料算定に係る事情 a 低線量被ばくの健康影響原告らは、公衆被ばく限度は年間 間が経過した後も平穏な日常生活が回復しないことのいずれも基礎事情とするべきである。 ウ慰謝料慰謝料算定に係る事情 a 低線量被ばくの健康影響原告らは、公衆被ばく限度は年間1mSvであり、これを超えて被ばくしないことは法的に保護された利益であり、本件事故後の放射性物質による汚染により、原告らが強い恐怖感・不安感を抱き続けることは、客観的根拠に基づくもので法的保護に値すると主張するので検討する。 法令において、例えば、実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則では、管理区域と保全区域を画する基準として線量限度を用い、告示(本件事故当時のものとして平成13年3月21日経済産業省告示第187号)は、その限度を実効線量年間1mSvと定めるところ、この告示はICRPの1990年勧告における公衆被ばくに対する線量限度を1年について1mSvとする勧告を踏まえ、国内制度に取り入れた もので(乙C7)、放射線を利用するにあたり、合理的に達成可能な限り被ばく量を減 らし、防御を最適化することを目的として定められたものである。防御の最適化のために線量限度を画する法令があるからといって、当該線量限度を超える被ばく線量が当然に公衆の利益を害するとはいえず、当該線量限度を超えて被ばくしないことが法的に保護されているとはいえない。 そして、ICRPの2007年勧告も、計画被ばく状況における公衆被ばくの線量 限度を年間1mSvとするところ、これは、被ばくが個人には直接的な便益がないかもしれないが、その被ばく状況が社会の役に立つことはあるかもしれないことを理由とし、年間1mSvについては、自然バックグラウンドをわずかに超える増加を示す線量と評価しており(丙C31の57、58頁)、同勧告において、職業被ばくについて に立つことはあるかもしれないことを理由とし、年間1mSvについては、自然バックグラウンドをわずかに超える増加を示す線量と評価しており(丙C31の57、58頁)、同勧告において、職業被ばくについては5年の平均の年間20mSvまで許容するとおり、年間1mSvを超える被ばく があれば人の健康を害するとの考えに立つものではない。 加えて、年間1mSvを超える被ばくがあれば人の健康を害することが国際的に合意された科学的知見であるとも認められない。このことは、前記1⑷のとおり、2007年勧告において、LNTモデルの根拠となる仮説を明確に実証する生物学的、疫学的知見がすぐには得られそうもないことが明示されていることや、本件事故後、I CRPが参考レベルを1mSv/年から20mSv/年の範囲で設定することを勧告したこと、IAEA国際フォローアップミッションチームが1~20mSv/年という範囲内のいかなるレベルの個人放射線量も許容しうるものであり、国際基準及び関連する国際組織、例えば、ICRP、IAEA、UNSCEAR及びWHOの勧告等に整合していると評価していることからみても明らかである。 本件事故によって、原告らが、年間20mSvを上回る被ばくをしたとは認められず、本件事故による被ばくによって健康に影響が生じることを裏付ける信頼性の高い科学的知見はないというほかなく、仮に、健康被害が生じるかもしれないとの不安を抱いているとしても、そのような心情が独立の法的保護の対象であるとは認められない。 したがって、放射線による健康被害の恐怖感や不安感を理由に慰謝料を増額するべ きであるとは認められない。 b 慰謝料増額事由の有無原告らは、慰謝料増額事由として、侵害者の重過失、動機の悪質性、経緯又は態様の悪質性、結果 怖感や不安感を理由に慰謝料を増額するべ きであるとは認められない。 b 慰謝料増額事由の有無原告らは、慰謝料増額事由として、侵害者の重過失、動機の悪質性、経緯又は態様の悪質性、結果に至る経緯の悲惨さ、被害者の回避困難性、損害の重大性を挙げるので検討する。 前記第2の3記載のとおり、本件長期評価が平成14年7月に公表された以上、被告東電としては、本件発電所の地震防災対策において、三陸沖北部から房総沖にかけての日本海溝寄り領域内のどこでも明治三陸地震と同様の地震が発生する可能性があるとの本件長期評価の知見を踏まえた防災対策の在り方を直ちに検討するべきであったにもかかわらず、耐震バックチェック指示を受けるまで検討せず、平成20年 4月まで本件試算を行わなかったこと、本件試算の結果、三陸沖北部から房総沖にかけての日本海溝寄り領域内のどこでも明治三陸地震と同様の地震が発生するとすれば、本件発電所の敷地内が浸水する恐れがあることを具体的に認識したにも関わらず、事業者としてそのリスクに向き合わず、津波評価技術の改定に委ねるのみで、自ら安全対策を進めなかったことが認められる。しかし、本件地震発生前の専門的知見を前 提にすれば、被告東電が、海抜10mを超える津波が本件発電所に到来する危険が切迫していると当然に判断していたはずであるとはいえず、本件事故の発生について、被告東電に故意又は故意に匹敵するような重大な過失があったとは認められない。したがって、慰謝料増額事由があるとは認められない。 被告東電の弁済の抗弁等について 被告東電は、自主賠償基準により、慰謝料のほか、就労不能損害・営業損害、財物、住居確保損害、家財、一時立入費用、帰宅費用等、各種の財産的損害について賠償しており、このような財産的損害が賠償され 被告東電は、自主賠償基準により、慰謝料のほか、就労不能損害・営業損害、財物、住居確保損害、家財、一時立入費用、帰宅費用等、各種の財産的損害について賠償しており、このような財産的損害が賠償されることにより、本件事故により財産的損害が生じたことに伴う精神的苦痛は慰謝されると主張する。 上記財産的損害のうち住居確保損害を除く損害は、本件事故に起因する避難と相当 因果関係がある逸失利益及び積極損害並びに本件事故により価値が毀損された財物 損害であるから、原子力損害に該当するところ、被告東電は、各損害について、迅速適正な賠償、被災者間の実質的平等、被災者支援といったさまざまな観点を踏まえ一定の基準を策定し、その基準に従って算定したのであり、算定方法には合理性が認められる。損害の事実を金銭的に評価するには多様な考え方がありうることを考慮すれば、上記基準において、例えば「特別の努力」の考え方を採用するなどしたからとい って、該当名目の損害算定において当然に過払が生じているとは認められないし、避難生活終了後に、生活の本拠を構成する生活環境が放射線の作用によって変化し、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失うことによる精神的苦痛を評価し尽くせるものではない。 もっとも、住居確保損害は、被告東電が主張するとおり、被害者支援という政策的 見地から財物の時価賠償を超え、財産的損害の賠償としてではなく、避難生活を終了して生活再建を図るための資金として支払われているものであり、生活再建とそれに伴う平穏な生活の回復を通じた精神的苦痛の緩和に向けられた支払と評価される面があることは否定できない。しかし、その支払によっても、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的 平穏な生活の回復を通じた精神的苦痛の緩和に向けられた支払と評価される面があることは否定できない。しかし、その支払によっても、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失うことによる精神的 苦痛を評価し尽くせるとはいえない。 また、被告東電は、精神的損害・財産的損害、本件訴訟の原告であるか否かの別を問わず、世帯構成員間で弁済の充当が認められるべきであるとも主張するが、訴訟外の賠償手続において、世帯代表者によって請求手続が行われたのは、世帯代表者が手続を代理したにすぎず、精神的損害など損害賠償請求権者ごとに算定され支払われた 賠償金を世帯構成員間で充当できる理由にはならない。 慰謝料の金額の算定にあたっては、訴訟外で、財産的損害等について、被告東電が指摘するとおり実損害を超えることになる算定方法も取り入れて賠償がなされていることも考慮したうえで算定することとし、したがって、原則として、被告東電の弁済の抗弁は認められない。 ただし、原告らの中には、事実に反する申告をするなどして、自主賠償基準で補償 する趣旨にも沿わず、過大に賠償金を受領している場合があることも認められ、慰謝料を増額すべきか否か、弁済の抗弁を認めるか否かは、各原告に対し訴訟外で支払われた賠償金の趣旨、内容を踏まえ、個別に判断することとする。 慰謝料額避難指示により、避難生活を強いられ、平穏な日常生活の維持・継続を阻害される という権利侵害行為による慰謝料を算定するにあたっては、前記イのとおり、本件発電所の状況や放射線量に関する客観的情報も得られない混乱の中で突然避難を強いられ、避難指示解除時期を見通せないまま避難生活を送り、結果として5年4か月という長期にわたり、平穏な日常生活が阻害されたこと及 の状況や放射線量に関する客観的情報も得られない混乱の中で突然避難を強いられ、避難指示解除時期を見通せないまま避難生活を送り、結果として5年4か月という長期にわたり、平穏な日常生活が阻害されたこと及び避難生活から日常生活に戻るまでに必要であると合理的に認められる期間が経過した後も、平穏な日常生活が回 復しないことが基礎事情となる。 慰謝料額を算定するにあたっては、被告東電が、原告ら(原告7-③を除く。)に対し、既に、直接請求手続又はADR手続により、前記1⑵の避難に係る精神的損害として、被告東電の自主賠償基準に沿って算定した賠償金又は原子力損害賠償紛争解決センターの和解案による賠償金を訴訟外で支払っていることを踏まえ、①自宅以外で の生活を長期間余儀なくされ、正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻害されたために生じた精神的苦痛に係る精神的損害(以下「避難生活による精神的損害」という。)と②上記以外の精神的損害(以下「避難生活による精神的損害以外の精神的損害」という。))に整理して検討することとする。 a 避難生活による精神的損害の慰謝料 前記1⑵のとおり、中間指針等は、避難者等が、自宅以外での生活を長期間余儀なくされ、正常な日常生活の維持・継続が長期間にわたり著しく阻害されたために生じた精神的苦痛による精神的損害(避難に係る精神的損害)の賠償額について、月額10万円(避難費用のうち通常の範囲の生活費の増加費用を含む。)、生活環境・利便性・プライバシー確保の点からみて相対的に過酷な生活状況であった場合は月額12万 円とし、期間を避難指示等の解除から1年とした。被告東電は、中間指針等の考え方 を踏まえ、自主賠償基準として、月額10万円(加算事由が認められる場合は月額12万円)を避難指示等の解 円とし、期間を避難指示等の解除から1年とした。被告東電は、中間指針等の考え方 を踏まえ、自主賠償基準として、月額10万円(加算事由が認められる場合は月額12万円)を避難指示等の解除から1年後、すなわち、小高区の避難指示解除準備区域・居住制限区域では平成29年7月まで賠償することとしたが、国から指導を受け、事故後6年に相当期間1年を加えた平成30年3月までの85か月分を賠償することとした。 中間指針等は、原賠法18条2項に基づき、当事者による自主的な解決に資する一般的指針として原賠紛争審査会が策定したものであるから、もとより裁判所を拘束する規範となるものではないが、同条1項に基づき設置された原賠紛争審査会の委員である法律や放射線の専門家らが、多数回にわたり公開された議場で審議を重ね、意見を集約して策定しており、客観的合理性が担保された損害額の算定であり、月額10 万円と算定するまでの前記1⑵の検討過程に不合理な点があるとも認められない。月額10万円は、一般的な水準として、避難のため日常生活を阻害されたことによる精神的苦痛を慰謝するために相当な金額であると認められる。 原告ら(原告7-③を除く。)は、直接請求手続又はADR手続により避難に係る精神的損害の慰謝料の支払を受けているところ、その算定は、避難指示解除の1年8か 月後までに係るものであり、かつ、原告らの多くがADR手続を経て850万円を超える慰謝料の支払を受け(丙C174、175)、各原告らが受領した慰謝料額について、直接請求手続又はADR手続の水準に照らしても低額であることを個別に主張するものではない。原告らが既に受領した慰謝料は、避難指示により自宅以外での生活を長期間余儀なくされ従前の日常生活とは全く異なる生活を送らざるを得なかった らしても低額であることを個別に主張するものではない。原告らが既に受領した慰謝料は、避難指示により自宅以外での生活を長期間余儀なくされ従前の日常生活とは全く異なる生活を送らざるを得なかった ことに起因する精神的苦痛と、そのような状況から日常生活に戻るまでに必要であったと合理的に認められる期間内に生じた不便や苦労にまつわる精神的苦痛に対する慰謝料として相当な額であると認められ、相当額に満たない不足があるとは認められない。 避難に係る慰謝料の賠償終期である平成30年3月までに移住先を決めた者につ いて、帰還した原告らより避難生活自体は早期に終了したというほかないが、帰還を 断念せざるをえなかった各々の事情があり、早期に移住を決めたとしても、避難指示解除を待たずに移住を決断したことによる相当な精神的苦痛を伴うことを考慮すれば、避難指示解除後相当期間が経過するまでの85月分の慰謝料をもって、避難生活による精神的損害の慰謝料とするのが相当である。 避難生活中に死亡した者についても、死亡後の期間は避難生活を観念することはで きないが、避難生活中に死亡する無念さを考慮すれば、避難期間の長短によって避難生活による精神的損害の程度が変わると評価することが当然であるともいえず、避難指示解除後相当期間が経過するまでの85月分の算定による慰謝料額が不相当に高額であるとはいえない。 以上によれば、被告東電は、原告ら(原告7-③を除く。)に対し、避難生活による 精神的損害の慰謝料はすでに賠償済みであると認められる。 b 避難生活による精神的損害以外の精神的損害の慰謝料前記aの精神的損害の慰謝料では評価し尽くされない基礎事情として、前記イのとおり、本件発電所の状況や放射線量に関する客観的情報も得られない混乱の中で避難を強いられ 神的損害以外の精神的損害の慰謝料前記aの精神的損害の慰謝料では評価し尽くされない基礎事情として、前記イのとおり、本件発電所の状況や放射線量に関する客観的情報も得られない混乱の中で避難を強いられたこと及び避難生活から日常生活に戻るまでに必要であると合理的に認 められる期間が経過した後に平穏な日常生活が回復しないことが挙げられる。 本件事故時に小高区に生活の本拠をおいていたと認められる各原告について、居住歴、生活暦、職業等の個別事情はそれぞれ異なるものの、後記のとおり、いずれも、本件事故前の小高区の安寧な生活環境から、混乱の中で突然避難を強いられ、避難生活終了後も、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な 環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったと認められる。その精神的苦痛に係る精神的損害の慰謝料は280万円を認めるのが相当である。避難指示解除後相当期間が経過する前に死亡した者については、避難生活が終了したとはいえないが、長年過ごした自宅に帰ること ができず、また、親族や親交の深い友人と自由に会うこともできないまま死を迎える ことになった無念さは、帰還又は移住までの一時的な避難生活を念頭に置いて算定した慰謝料により評価しつくされるともいえず、避難生活による精神的損害に対する慰謝料として85月分の算定による慰謝料額が賠償済みであるとしても、さらに、慰謝料として280万円増額するのが相当である。 なお、被告東電は、反対尋問を経ない原告らの陳述書の証拠価値は限定的であると 主張する。しかし、原告らの陳述書に記載された内容のうち、各原告の居住歴、生活歴等の 万円増額するのが相当である。 なお、被告東電は、反対尋問を経ない原告らの陳述書の証拠価値は限定的であると 主張する。しかし、原告らの陳述書に記載された内容のうち、各原告の居住歴、生活歴等の本件事故前の事情を報告する部分の作為性は乏しく、信用性を疑うべき事情は特に見当たらない。仮に記憶違いなどがあっても、陳述書より信用性の高い証拠をもって弾劾するほかないが、被告東電において、より信用性の高い証拠を提出できるのであれば提出して反証する機会はあり、実際に反証している。また、本件事故後の日 常生活にまつわる主観的心情を述べる部分は、反対尋問により弾劾されるべきものではなく、客観的事実を立証することによって主観的心情の客観性を争うべきであり、被告東電において、主観的心情の客観性を主張立証する機会はあり、実際に主張立証している。加えて、陳述書記載内容に関し、被告東電において質問事項や確認事項があれば釈明を求めることを促したものの求釈明はなかった。当事者双方の主張立証を 踏まえ、後記のとおり認定判断する。 ⑵ 各原告の損害額【世帯番号1】ア認定事実証拠(甲D1、丙D1、原告本人●●●)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実 が認められる。 原告1-①(67歳、農業兼行政区長(原告番号1-①が、本件事故当時67歳で、農業に従事していたことをいう。以下同じ。))と原告1-②(67歳、農業)は夫婦である。 両名は小高で生まれ育ち、先祖から受け継いだ土地で農業を行っていた。原告1- ①は平成6、7年及び平成15年から平成31年まで下耳谷行政区の区長を務め、本 件事故当時は小高区行政区長連合会の会長に就任していた。 世帯番号1の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、原町区の借上住 ら平成31年まで下耳谷行政区の区長を務め、本 件事故当時は小高区行政区長連合会の会長に就任していた。 世帯番号1の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。農機具が錆び、農地も荒れていたため、自家消費用の野菜栽培は再開したものの出荷用の農業を再開していない。 下耳谷地区には、本件事故前は43世帯が居住し、年3回集会を行うほか、日常的に、農作業の際の人出しの確認、居住環境の整備、冠婚葬祭、季節行事やスポーツ大会などを共同して行っていたが、平成31年3月に本件事故後初めて下耳谷地区の集会が開催されたものの、若年者がいないため青年部を組織することができず、伝統的な行事である正月の獅子舞も復活していない。 イ判断世帯番号1の原告らは、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 被告東電が、訴訟外で、原告1-①に対し、本件津波による被害を考慮せずに農機具 をはじめとする財物の損害や農業の営業損害を賠償済みであり、本件地震により損壊した建物についても本件事故によってすべての価値を喪失したことを前提とする賠償額を賠償済みであることなどを考慮しても、世帯番号1の原告らが、体が動くうちは農業を続け、いずれ次世代の農業の担い手を確保していきたいと思っていたものの、避難生活終了後に農業を再開する気力、体力を持てず、意図せぬ時期に家業を断念す ることになった精神的苦痛や、地域環境や近隣住民との交流の変容等により被った精神的苦痛は評価し尽くせない。 世帯番号1の原告らの 農業を再開する気力、体力を持てず、意図せぬ時期に家業を断念す ることになった精神的苦痛や、地域環境や近隣住民との交流の変容等により被った精神的苦痛は評価し尽くせない。 世帯番号1の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号2】 ア認定事実証拠(甲D2、丙D2、原告本人●●●●)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告2-①(58歳、市議会議員)と原告2-②(58歳、農業)は夫婦である。 原告2-①は小高で生まれ育ち、農業に従事しながら議員を務め、原告2-②は婚 姻後、小高で農業に従事していた。 世帯番号2の原告らは、避難指示を受け、友人宅、親族宅、避難所等での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成30年8月に小高区の自宅に帰還した。 帰還後、自家消費用の野菜栽培は再開したものの出荷用の農業は再開していない。 小谷地区には、本件事故前は60世帯が居住し、季節行事、スポーツ大会、伝統行 事などを行っていたが、令和2年2月現在、帰還しているのは10世帯余りであり、地区で集まることはなくなった。 イ判断世帯番号2の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、出荷用の農業を再開できず、また近隣住民との交流や 自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。世帯番号2の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 その一方で、被告東電 た経済的、精神的利益を失っていると認められる。世帯番号2の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 その一方で、被告東電は、原告2-①が、自宅新築工事代金として、住宅建築工事 4844万5000円、工房棟建築工事905万5000円、納屋棟建築工事1101万3000円、機械倉庫棟建築工事567万5000円及び外構工事2756万円等の合計1億4223万6000円の見積書に基づき住居確保損害を請求し、自宅土地建物の財物損害名目で支払われた5715万5000円に加え、合計8075万2440円を受領したことについて、その全額が過払であると主張するところ、原告2 -②の原告本人尋問の結果によれば、令和3年3月時点において、施工済みであるこ とが明らかな工事は、既存の母屋を取り壊し、離れを改修した自宅建築工事と機械倉庫建築工事である。未了の工事を直ちには明らかにできず、すでに支払った工事代金は5、6000万円であるというのであり、上記見積書記載のすべての工事が本件事故による管理不能により必要となったと認めることはできない。被告東電による上記8075万2440円の支払は、本来支払う必要のなかった費用を含むといわざるを 得ず、少なくとも、工房棟建築工事905万5000円についてその必要性と相当性が認められない。 被告東電と原告2-①は、直接請求手続において、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しているところ、請求者は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求手 続を行っており(丙D2の8)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生活再建を図るものであることを踏まえれば、上記9 世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求手 続を行っており(丙D2の8)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生活再建を図るものであることを踏まえれば、上記905万5000円の返還について、世帯番号2の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号2の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは認められない。 【世帯番号3】ア認定事実証拠(甲D3、丙D3、原告●●●●本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告3-①(63歳、行政区長)と原告3-②(60歳、主婦)は夫婦であり、原 告3-③(33歳、会社員)は両名の二男、原告3-④被承継人(85歳、無職)は原告3-①の父である。原告3-④被承継人は平成28年1月13日に死亡した。 原告3-④被承継人は、婚姻後、本件事故時住所地で、妻の父から農業を受け継いだが、平成10年ころから農地を貸し、本件事故当時、自家消費分の野菜だけを作っていた。 原告3-①、②、③は小高で生まれ育ち、原告3-①は、平成21年3月に南相馬 市職員を定年退職した後、本件事故当時、小高区行津行政区の区長を務めていた。原告3-③は、小高に福島事業所がある会社に勤務していた。 世帯番号3の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、相馬市の借上住宅で避難生活を送り、原告3-①、②は平成29年12月に自宅に帰還した。 帰還後、大菊栽培、庭の手入れなど徐々にできるようになってきたが、野菜の栽培は 再開していない。原告3-④被承継人は平成27年7月に入院し、平成28年1月に入院先で死亡した。 原告3-③は、本件事故後、勤務先会社が福島事業所を一時閉鎖し自宅待機となっ たが、野菜の栽培は 再開していない。原告3-④被承継人は平成27年7月に入院し、平成28年1月に入院先で死亡した。 原告3-③は、本件事故後、勤務先会社が福島事業所を一時閉鎖し自宅待機となっていたが、平成23年6月から同社の県外事業所で勤務し、その後、同社が福島事業所の完全閉鎖を発表したため、平成24年5月20日に同社を自主退職して国会議員 秘書となり、平成27年10月以降、福島県田村市で生活している。 行津地区には、本件事故前は22世帯が居住していたが、うち7世帯は本件津波による被害を受け、災害危険区域に指定された。本件事故前、行津地区では、地域の生活環境維持を共同して行い、季節行事、スポーツ大会、伝統行事などを行っていたが、令和2年9月時点で地区に生活するのは3世帯であり、行事も行われていない。 イ判断世帯番号3の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったが、避難生活を強いられたと認められる。 原告3-①、②は、帰還後も、生きがいだった自家消費用野菜の栽培を再開しておらず、また自然環境や近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が 阻害されあるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。原告3-③は、本件事故当時、将来的にも小高に生活の本拠を置くことを決めていたと認められ、転職の契機は本件事故による勤務先会社の閉鎖にあることが認められ、避難生活終了後も自由な自己実現が阻害されあるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。被告東電が、訴訟外で、原告3 -①に対し、田が津波被害を受けたことを考慮せずに財物賠償や農業の営業損害を賠 償済みであることを考慮しても、精神的苦痛は評価し尽くせない。原告3-①ないし③の精 訴訟外で、原告3 -①に対し、田が津波被害を受けたことを考慮せずに財物賠償や農業の営業損害を賠 償済みであることを考慮しても、精神的苦痛は評価し尽くせない。原告3-①ないし③の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告3-④被承継人は、避難指示解除前に死亡しているが、前記のとおり、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用28万円、 合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号4】ア認定事実証拠(甲D4、丙D4、原告本人●●●)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告4-①(64歳、農業)と原告4-②(63歳、農業)は夫婦である。 両名は小高で生まれ育ち、それぞれ宅地、田畑、山林を所有している。原告4-①は平成22年3月に退職するまで会社に勤めながら農業を営み、平成22年から小高行政区の区長を務め、平成28年から小高区行政区長連合会の会長に就任した。原告4-②は、農業を中心に生活していた。 世帯番号4の原告らは、避難指示を受け、避難所、知人宅等での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成30年9月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、農業を再開するため、苦労の末、水田について圃場整備事業認可を受け、現在、工事中である。当面は畑作に取り組んでいる。 小高行政区には、本件事故前は143世帯が居住し、14班に分かれていたが、令 和2年6月時点で戻っているのは73世帯であり、今後戻る予定がある世帯は8世帯である。本件事故前は、地区内で野馬追祭りの一環である野馬懸の会場準備をしたり、遊歩道や生活排水路など環境整備をしたりする 和2年6月時点で戻っているのは73世帯であり、今後戻る予定がある世帯は8世帯である。本件事故前は、地区内で野馬追祭りの一環である野馬懸の会場準備をしたり、遊歩道や生活排水路など環境整備をしたりするほか、農業用水路や農道の整備を行い、行政区単位あるいは班単位で季節行事を行い、南相馬市主催の各種大会に参加するなどしていたが、現在は地域環境の整備が行き届いていない。 イ判断 世帯番号4の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を従前どおり再開できず、また自然環境や近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、 弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号5】ア認定事実証拠(甲D5、丙D5)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告5-①(62歳、大工)と原告5-②(43歳、農業)は夫婦である。 原告5-①は小高で生まれ育ち、大工を営みながら自家消費分の米や野菜を栽培し、原告5-②は中国で生まれ育ち、平成14年の婚姻後、小高で生活していた。原告5-①は平成24年4月に大田和行政区長に就任した。 原告5-①は、避難指示を受け、避難所での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成29年6月に小高区の自宅に帰還した。大工の仕事はやめ、家庭菜 園で自家消費分の野菜を栽培している。 原告5-②は、本件事故時は中国に帰省中であり、平成23年5月22日に帰国し、東京都内のキリスト教施設での滞在を経て、東京都内 大工の仕事はやめ、家庭菜 園で自家消費分の野菜を栽培している。 原告5-②は、本件事故時は中国に帰省中であり、平成23年5月22日に帰国し、東京都内のキリスト教施設での滞在を経て、東京都内の借上住宅に転居したが、放射線が怖いと言って福島に戻らず、同住宅を賃借して暮らしている。 原告5-①と②は、令和4年4月14日に離婚した。 大田和地区は、本件事故当時、31世帯で構成され、ほとんどの世帯が農地を所有し、自家消費分の米や野菜を作り、農作業を共同して行い、一年を通じて祭りや行事が行われていたが、令和2年4月現在、帰還しているのは12世帯である。地域の環境への考え方の違いから対立も生じ、住民が集まるのは年1回の総会ぐらいである。 イ判断 世帯番号5の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避 難生活を強いられ、避難生活終了後も、婚姻生活や近隣住民との交流の変化などを招いた小高区の地域の変容等により、なお自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号6】原告番号6-①は平成28年3月28日に死亡した。原告訴訟代理人らは、本件訴訟において、原告らの損害の立証方法として、各世帯から少なくとも1名の陳述書を提出すると述べていたにもかかわらず、原告6-①の陳述書を提出せず、同人の居住歴、生活歴等の詳細は不明である。同人に原子力損害が生じたことを認めるべき証拠 はなく、被告東電に対する損害賠償請求権があるとは認められない。 【世帯番号7】ア認定事実 、同人の居住歴、生活歴等の詳細は不明である。同人に原子力損害が生じたことを認めるべき証拠 はなく、被告東電に対する損害賠償請求権があるとは認められない。 【世帯番号7】ア認定事実証拠(甲D7、丙D7)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告7-①(63歳、農業)と原告7-②(60歳、公務員)は夫婦であり、原告 7-③(34歳、非常勤講師)、原告7-④(32歳、会社員)は両名の長女、長男である。原告7-⑤被承継人(90歳、無職)は原告7-①の母であり、平成30年11月2日に死亡した。 原告7-①、③、④、⑤被承継人は小高で生まれ育ち、原告7-②は昭和50年の婚姻後、小高で暮らしていた。 原告7-①は旧国鉄に就職して定年退職するまで勤務し、兼業農家として、原告7-⑤被承継人とともに米や野菜を栽培していた。原告7-②は高校で司書として働いていた。 原告7-③は仙台の学校に進学して就職したが、4、5年後に実家に戻り、本件事故当時は非常勤職員として高校に勤めていた。原告7-④は東京の学校に進学したが、 平成16年ころ、実家に戻り、小高区にある会社に勤務していた。 世帯番号7の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅に避難した。 原告7-①、②、⑤被承継人は、千葉県松戸市と原町区の借上住宅で避難生活を送っていたが、自宅の生活圏がほぼ浪江町であり、浪江町がもとに戻らない限り不便であろうことから、自宅に帰還しないことを決め、原町区に自宅を建築し、平成29年12月に移住した。 原告7-③と④は、平成23年4月から勤務先が再開したため、相馬市の借上住宅に転居し、原告7-③は平成29年12月に前記原町区の自宅に、原告7-④は平成24年12月に相馬市の賃貸住宅に転居した。 自宅が -③と④は、平成23年4月から勤務先が再開したため、相馬市の借上住宅に転居し、原告7-③は平成29年12月に前記原町区の自宅に、原告7-④は平成24年12月に相馬市の賃貸住宅に転居した。 自宅があった地区には、本件事故前は45世帯が居住し、伝統行事、環境整備、季節行事、球技大会、旅行などの行事を行っていた。避難後も19世帯で構成される隣 組の総会を定期的に開いているが、疎遠になる人もおり、祭りなどは行われていない。 イ判断世帯番号7の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還を断念して農業を再開できず、避難指示による生活環境の変化により移住を余儀なくされ、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享 受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。被告東電が、訴訟外で、原告7-①に対し、自宅建物が本件地震により大規模半壊しているにもかかわらず、被害が生じていないことを前提とする損害額を賠償済みであること考慮しても、帰還を断念することになった精神的苦痛や、地域環境や近隣住民との交流の変容等により被った精神的苦痛は評価し尽くせない。世帯番号7の原告らの精神的損害について、 既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号8】ア認定事実証拠(甲D8、丙D8)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告8-①(58歳、会社員兼農業)と原告8-②(55歳、農協パート職員兼農 業)は夫婦であり、原告8-③(84歳、農業)、原告8-④(82歳、農業)は原告8-①の父、母である。 原告8-①、③、④は小高で生まれ育ち、原告8-②は婚姻後、小高で暮ら ート職員兼農 業)は夫婦であり、原告8-③(84歳、農業)、原告8-④(82歳、農業)は原告8-①の父、母である。 原告8-①、③、④は小高で生まれ育ち、原告8-②は婚姻後、小高で暮らしていた。原告8-①は、会社に勤務しながら、原告8-②、③、④と農業を営んでいた。 世帯番号8の原告らは、避難指示を受け、避難所、ホテル等での避難を経て、原町 区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。平成27年8月頃から農作物の実証栽培を行い、帰還後も、試験耕作を繰り返し、平成31年ころから出荷できるようになった。 浦尻地区には、本件事故前は110世帯で7つの隣組を構成し、農作業を協力し合い、環境整備、季節行事、スポーツ大会などを行っていたが、令和3年1月現在、帰 還したのは30世帯ほどであり、約10世帯が帰還せずに部落の集まりや活動に関わっている。 イ判断世帯番号8の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、原告8-③、④は体が動かなくなって農作業ができず、 原告8-①と②は農業再開と再興に苦労し、また近隣住民との交流の変化などを招いた小高区の地域の変容等により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。被告東電が、訴訟外で、原告8-①に対し、田畑の津波被害を考慮せずに農業の営業損害を賠償済みであることを考慮しても、地域環境や近隣住民との交流の変容等により被った精神的 苦痛は評価し尽くせない。 世帯番号8の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 評価し尽くせない。 世帯番号8の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号9】 ア認定事実 証拠(甲D9、丙D9)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告9-①(54歳、農業)は、弟である原告9-②(50歳、会社員)、父である原告9-③被相続人(80歳、無職)と暮らし、会社などに勤めながら農業を営んでいた。 原告らの自宅は、本件津波による被害を受け、災害危険区域に指定された。 世帯番号9の原告らは、避難所、親族宅での避難を経て、福島市の借上住宅で避難生活を送っていたが、農業を再開できる見込みが立たないため、平成23年9月に小高に戻らず福島市内に居住することを決め、福島市に移住した。 下姥沢地区には、本件事故前は22世帯が居住し、環境美化、農作業の共同や祭り、季節行事、スポーツ大会などを行っていた。 イ判断世帯番号9の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため、広域移動を迫られ、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、また、農業復興に向けた計画が立案されず、農業再開の見通しを持てなかったことも あって、近隣地区への帰還を断念せざるを得なかったことを考慮すると、避難生活終了後もなお自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。被告東電が、訴訟外で、原告9-①に対し、津波被害を受けた宅地の財物賠償を行い、津波被害を受けた田畑について農業の営業損害を賠償済みであることを考慮し た経済的、精神的利益を失っていると認められる。被告東電が、訴訟外で、原告9-①に対し、津波被害を受けた宅地の財物賠償を行い、津波被害を受けた田畑について農業の営業損害を賠償済みであることを考慮しても、世帯番号9の原告らが地区を離れざるを得 なかった精神的苦痛や、地域環境や近隣住民との交流の変容等により被った精神的苦痛は評価し尽くせない。 原告9-①、②の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告9-③被相続人は、避難指示解除前に死亡しているが、前記のとおり、既払の 避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え、避難生活による精神的損害の慰謝料では評価し尽くせない精神的苦痛に対する慰謝料として280万円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号10】ア認定事実 証拠(甲D10、丙D10)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告10-①(58歳、会社員兼農業)と原告10-②(55歳、高校臨時職員)は夫婦であり、原告10-③(78歳、無職)は原告10-①の母である。 原告10-①は小高で育ち、浪江町にある建設会社に勤務しながら、受け継いだ田畑で農業を営んでいた。原告10-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 世帯番号10の原告らは、避難指示を受け、避難所、借上住宅での避難生活を余儀なくされ、平成27年9月に福島県須賀川市の住宅を購入して移住した。所有している田畑は生産組合に管理を委託している。 本件事故前は浦尻地区のうち16世帯で構成される隣組で季節行事やスポーツ大会などを行い、近隣住民が共同で農作業を行っていた。 イ判断 所有している田畑は生産組合に管理を委託している。 本件事故前は浦尻地区のうち16世帯で構成される隣組で季節行事やスポーツ大会などを行い、近隣住民が共同で農作業を行っていた。 イ判断世帯番号10の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、避難生活終了後も、帰還を断念して農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。被告東電が、 訴訟外で、原告10-①に対し、田畑が津波被害を受けたことを考慮せずに財物賠償や農業の営業損害を賠償済みであることを考慮しても、地域環境や近隣住民との交流の変容等により被った精神的苦痛は評価し尽くせない。 世帯番号10の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円 を認めるのが相当である。 【世帯番号11】ア認定事実証拠(甲D11、丙D11)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告11-①(62歳、アルバイト兼農業)は小高で生まれ育ち、小高町役場、南相馬市役所に定年まで勤めながら、受け継いだ農業を営んでいた。 原告11-①は、避難指示を受け、避難所、親族宅、借上住宅での避難生活を余儀なくされ、平成28年4月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、自家消費用程度に野菜を栽培しているが、稲作は再開できていない。 小屋木地区では、本件事故前は105世帯が居住し、季節行事やスポーツ大会などの活動や伝統行事を行っていたが、令和2年2月現在、帰還しているのは35世帯余 りであり、スポーツや盆踊りなどの行事は行 屋木地区では、本件事故前は105世帯が居住し、季節行事やスポーツ大会などの活動や伝統行事を行っていたが、令和2年2月現在、帰還しているのは35世帯余 りであり、スポーツや盆踊りなどの行事は行っていない。 イ判断原告11-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などを招いた小高区の地域の変容等により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環 境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。被告東電は、原告11-①が、帰還から3年以上経過して取得した見積書に基づき約4700万円の住居確保損害を請求したことが実損害に照らして十二分な賠償であると主張するが、本件事故による管理不能に起因する修繕の必要はないことが明らかであるとまではいえず、住居確保損害の支払の趣旨に反すると断定はできないから、慰謝料算定にあ たって上記支払を考慮しない。 原告11-①の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号12】 ア認定事実 証拠(甲D12、丙D12)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告12-①(62歳、嘱託職員兼農業)と原告12-②(56歳、パート兼農業)は夫婦である。 原告12-①は小高で生まれ育ち、農業を営みながら、農業協同組合に勤務し、退職後、南相馬市嘱託職員として市認定農業者への支援業務を行っていた。 世帯番号12の原告らは、避難指示を受け、避難所等を経て、鹿島区の仮設住宅、原町区の仮設住宅での避難生活を余儀なくされ、小高区の自宅を改築して平成30 て市認定農業者への支援業務を行っていた。 世帯番号12の原告らは、避難指示を受け、避難所等を経て、鹿島区の仮設住宅、原町区の仮設住宅での避難生活を余儀なくされ、小高区の自宅を改築して平成30年9月に帰還した。帰還後、営農再開の準備をしているがまだ再開していない。 泉沢地区には、本件事故前は55世帯が居住し、環境保全や文化財保存活動、環境保全・美化、旅行会などを行っていたが、帰還後、老人会、婦人会、消防団などは復 活していない。 イ判断世帯番号12の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などを招いた小高区の地域の変容等により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるい は地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号13】ア認定事実 証拠(甲D13、丙D13)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告13-①(62歳、会社員)と原告13-②(54歳、パート)は夫婦である。 原告13-①は小高で生まれ育ち、被告東電の関連会社に勤務しながら、18世帯で立ち上げた営農組合の組合長に就任し、地域農業の効率化を目指していた。 世帯番号13の原告らは、避難指示を受け、親族宅、旅館等での避難を経て、いわ き市の賃貸住宅、原町区の借上住宅、鹿島区の仮設住宅での避難生活を余儀なくされ、 平成27年6月に原町区に土地を購入して新築した家に移住した。移住後、砕石販売を行う会社に勤務し、営農組合の活動も休止状 宅、原町区の借上住宅、鹿島区の仮設住宅での避難生活を余儀なくされ、 平成27年6月に原町区に土地を購入して新築した家に移住した。移住後、砕石販売を行う会社に勤務し、営農組合の活動も休止状態となっている下浦地区には、本件事故前は31世帯が居住し、青年会、婦人会、若妻会、老人会、消防団などが活発に活動し、農作業を共同し、運動会などの行事を行っていた。本件津波により半分くらいの世帯が流失し、帰還したのは4世帯である。 イ判断世帯番号13の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、帰還を断念して農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精 神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号14】ア認定事実証拠(甲D14、丙D14)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告14-①(37歳、会社員)と原告14-②(36歳、会社員)は夫婦である。 原告14-③(8歳、小学2年生)、原告14-④(5歳)、原告14-⑤(平成22年9月27日生)は両名の長男、二男、長女である。 原告14-①は小高で生まれ育ち、郵便局に勤務し、転勤を経て、平成17年から家族で小高に転居した。 世帯番号14の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等に避難した後、原告14-①は平成23年5月から復職することになり、同年7月に原町区の借上住宅に転居した。原告14-②は子を連れて同人の実家がある茨城県土浦市の借上住宅に転居し、以後、二世帯生活を余儀な した後、原告14-①は平成23年5月から復職することになり、同年7月に原町区の借上住宅に転居した。原告14-②は子を連れて同人の実家がある茨城県土浦市の借上住宅に転居し、以後、二世帯生活を余儀なくされた。世帯番号14の原告らは、平成30年3月から小高区の市営住宅で同居し、令和2年1月、原告14-①の父が同人の自宅近 くの小高区内に建築した家に転居した。 イ判断世帯番号14の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたことが認められる。 原告14-①と②は、小高区の地域の変容により思い描いていた小高での子育てを実現できず、原告14-③、④、⑤は、中学、高校の生徒数が少ないため団体競技が 従前どおりにできない状況にあるなど、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、従前どおりの生活を送れず、原告らが、避難生活終了後もなお自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として 各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 被告東電は、原告14-①が、平成31年3月、新たな生活の本拠として、いわき市のアパートに転居する旨申請したため、住居確保損害として8年分の家賃差額406万円を支払ったことについて、事実と異なる申告により実損害を超える賠償をしたと主張する。たしかに、原告14-①は、平成30年3月から令和2年1月まで市営 住宅で暮らした後、令和2年1月に父が新築した家に転居しており、家族でいわき市に転居した事実は認められない。しかし、原告14-①は、平成31年3月当時 、平成30年3月から令和2年1月まで市営 住宅で暮らした後、令和2年1月に父が新築した家に転居しており、家族でいわき市に転居した事実は認められない。しかし、原告14-①は、平成31年3月当時、いわき市で勤務しており、申請時点で故意に利用意思のない住居確保損害を請求したとまでは推認できず、家財保管などのために利用したとの同原告の主張を排斥すべき事情も見当たらないことを考慮すれば、住居確保損害の趣旨に反する支払であることが 明らかであるとは断定できない。慰謝料算定にあたって上記支払を考慮しない。 【世帯番号15】ア認定事実証拠(甲D15、丙D15)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告15-①(66歳、板金職人兼農業)と原告15-②(71歳、板金兼農業手 伝い)は夫婦である。 原告15-①と②は小高で生まれ育ち、家業である板金の仕事をしつつ、農業を行っていた。 世帯番号15の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅などに避難し、原告15-①は平成23年9月に友人と除染作業を行う組合を立ち上げるため原町区の借上住宅に転居し、原告15-②は同年12月に原告15-①の母と山形県鶴岡市の借 上住宅に移り、二世帯生活を余儀なくされた。原告15-①と②は、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。原告15-①は平成24年から板金業を再開したが仕事はほとんどなく、農業も、家庭菜園を行う程度しか再開できていない。 金谷地区には、本件事故前は80世帯が居住し、隣組が8組あり、農作業を共同し、環境美化、季節行事、スポーツ大会、旅行会などの活動を行っていたが、令和3年1 月現在、帰還しているのは15世帯余りであり、地区の集まりや活動はできなくなったが、草刈りや墓地の掃除などできることを共同して 節行事、スポーツ大会、旅行会などの活動を行っていたが、令和3年1 月現在、帰還しているのは15世帯余りであり、地区の集まりや活動はできなくなったが、草刈りや墓地の掃除などできることを共同している。 イ判断世帯番号15の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化な どにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号16】 ア認定事実証拠(甲D16、丙D16)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告16-①(57歳、会社員兼農業)と原告16-②(53歳、パート)は夫婦である。原告16-③(22歳、会社員)、原告16-④(19歳、会社員)は両名の二女、長男であり、原告16-⑤(86歳、会社員)は原告16-①の母である。原 告16-⑤は令和元年7月10日に死亡した。 原告16-①は小高で生まれ育ち、運送会社に勤務しながら受け継いだ農業を家業として営み、原告16-②は婚姻後、小高で暮らしていた。原告16-③は高校を卒業後、大熊町の介護施設に勤め、原告16-④は高校卒業後、原町区の会社に勤めていた。 原告らの自宅がある蛯沢地区は津波の被害が大きく、自宅の周囲には瓦礫が散乱し、 自宅まで車で行けなかったが、自宅建物の被害は免れた。 世帯番号16の原告らは、避難所、親族宅に避難した後、原告16-③と④は、原告16-③の社宅である二本松市の借上住宅に転 は瓦礫が散乱し、 自宅まで車で行けなかったが、自宅建物の被害は免れた。 世帯番号16の原告らは、避難所、親族宅に避難した後、原告16-③と④は、原告16-③の社宅である二本松市の借上住宅に転居した。原告16-①、②、⑤は平成23年6月に鹿島区の仮設住宅に転居したが、狭かったため、原告16-⑤は原町区の高齢者用の仮設住宅に転居した。小高区の自宅は荒れて修復不能になり、取壊し、 再築が完了した平成28年12月、原告16-①、②、③、④は自宅に帰還した。 帰還後、田畑での耕作は再開しておらず、基盤整備事業にようやく着手した。 蛯沢地区には、本件事故前は23世帯が居住し、環境美化、伝統行事などの活動を行っていたが、令和3年10月現在、帰還しているのは9世帯であり、集まりへの参加者は少ない。 イ判断世帯番号16の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、小高で生まれ育ち又は長年暮らし、帰還後も、農業を再開できず、また生活環境や近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害につい て、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 被告東電は、原告16-①が、不動産の財物賠償と住居確保損害の支払を受けて自宅を建て替えた上、小高に帰還してから約5年が経過した令和3年4月に農業用倉庫付住宅を新築し、納屋瓦葺替え、解体などを行い、住居確保損害として合計約400 0万円の支払を受けたことが実損害を超える賠償であると主張する。たしかに、自宅 の建替えに加え新たな住宅を建築する必要性が不明ではあるものの、原 行い、住居確保損害として合計約400 0万円の支払を受けたことが実損害を超える賠償であると主張する。たしかに、自宅 の建替えに加え新たな住宅を建築する必要性が不明ではあるものの、原告16-①は帰還した小高で農業再開に向けて活動しており、避難生活を終了して生活再建を図る趣旨に反する支払であることが明らかであるとはいえず、慰謝料算定にあたって上記支払を考慮しない。 【世帯番号17】 ア認定事実証拠(甲D17、丙D17)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告17-①(46歳、美容院経営)は小高で育ち、美容院を経営していたが、惣菜づくりなどの仕事をしたいと考え、食品衛生責任者の資格等を取得し、子の就職後に調理師免許を取得しようと考えていた。原告17-②(18歳、高校3年)は原告 17-①の長男である。高校の卒業式の直後に本件事故が発生した。 原告17-①は、避難所等での避難を経て、郡山市の借上住宅で避難生活を送り、平成28年11月に郡山市に新居を建築して移住した。 原告17-②は、避難所等での避難を経て、平成23年3月25日、就職先である千葉県市原市の会社の寮に転居した。平成25年ころ工場内の事故でけがをして休職 し、郡山市の母宅で過ごし、平成27年6月に復職したが、平成28年3月に退職し、郡山市の母宅に転居した。令和元年12月から郡山市の災害公営住宅で独り暮らしを始めた。 イ判断原告17-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、小高で長年過ごしてい たが、避難生活を強いられ、小高に帰還せず、また、美容院経営のほかに子の就職後にしようと計画していた活動ができなくなり、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失ったと認められる。 られ、小高に帰還せず、また、美容院経営のほかに子の就職後にしようと計画していた活動ができなくなり、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失ったと認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告17-②は、本件事故時に小高区に本拠があったと認められるが、本件事故当 時、すでに平成23年3月中に千葉県内の会社に就職することが決まっており、就職先の会社の寮に転居した同年3月25日以降の生活は、避難生活を強いられたものとは認められない。もっとも、上記転居までは避難生活を強いられて平穏な日常生活の維持・継続を阻害されており、原告17-②は、高校時代の友人たちが離散し、卒業後に集まることが慣例であるのに実現できないことなどを陳述し、本件事故当時は継 続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化したことも認められる。同人について、慰謝料280万円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号18】ア認定事実 証拠(甲D18、丙D18)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告18-①(73歳、無職)は、平成6年に原町区から小高区に転居した。夫は石材などの運搬業を営んでいたが平成20年1月ころ死亡し、以後、生活保護を受給していた。 原告18-①は、避難指示を受け、避難所等での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で 避難生活を送り、平成29年10月に小高区の自宅に帰還した。帰還後も畑での野菜栽培は再開できていない。 羽倉地区には、運動会や老人会の旅行会、ゲートボール大会などの活動があったが、老人会 避難生活を送り、平成29年10月に小高区の自宅に帰還した。帰還後も畑での野菜栽培は再開できていない。 羽倉地区には、運動会や老人会の旅行会、ゲートボール大会などの活動があったが、老人会の活動は再開していない。 イ判断 原告18-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、小高で長年過ごしていたが、避難生活を強いられ、帰還後も、野菜栽培を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、 弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号19】ア認定事実証拠(甲D19、丙D19)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告19-①(51歳、土木業兼農業)は、小高で生まれ育ち、22歳ころから北海道で左官業を営む会社で稼働していたが、30歳のころ、両親に戻ってほしいと言 われ、以後、家業である農業に従事しながら、左官業を営んでいた。 原告19-①の自宅は本件津波により流失し、同人の母は津波により死亡した。 原告19-①は、避難所等での避難を経て、いわき市の借上住宅で避難生活を送り、令和2年7月に小高区の復興住宅に転居した。 村上地区では、草刈りなどを共同し、伝統行事、季節行事などの活動を行っていた。 イ判断原告19-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難指示のため、広域移動を迫られ、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。また、地区の住民が離散したのは長期 高区に生活の本拠があったと認められ、避難指示のため、広域移動を迫られ、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。また、地区の住民が離散したのは長期の避難指示にも原因があることを否定できず、原告19-①にとって、避難生活終了 後も、農業再開の見通しを持てず、近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号20】ア認定事実証拠(甲D20、丙D20)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告20-③(34歳、農業兼音楽講師)は小高で生まれ育ち、大学進学のため家を出た後、平成20年ころ実家である小高に戻り、受け継いだ農業を営んでいた。原 告20-①被承継人(63歳、農業兼学校職員)、原告20-②被承継人(66歳、農 業)は同人の母、父である。 原告20-①被承継人は平成29年10月20日、原告20-②被承継人は令和2年1月28日に死亡した。 世帯番号20の原告らは、避難指示を受け、親族宅等での避難を経て、千葉県柏市の賃貸住宅で避難生活を送った。小高に帰還するため自宅の改修工事を手配していた が、原告20-①被承継人と②被承継人は、帰還できずに死亡した。原告20-③は、父の治療、介護のため、千葉県松戸市に土地を購入して自宅を新築し転居したが、小高の自宅改築を計画しており、小高に戻って農業を再開する予定である。 泉沢地区では、本件事故前は、伝統行事、環境美化、季節行事やスポーツ大会な 、千葉県松戸市に土地を購入して自宅を新築し転居したが、小高の自宅改築を計画しており、小高に戻って農業を再開する予定である。 泉沢地区では、本件事故前は、伝統行事、環境美化、季節行事やスポーツ大会などの活動を行っていた。 イ判断世帯番号20の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。避難指示解除後も帰還できず、農業を再開できず、近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、 既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号21】ア認定事実証拠(甲D21、丙D21)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告21-①(73歳、無職)と原告21-②(65歳、無職)は夫婦である。 原告21-①は原町区で生まれ育ち、昭和30年に小高町役場に勤務し、小高に転居した。平成10年に南相馬市役所を退職し、本件事故当時岡田行政区長を務めていた。原告21-②は、婚姻後、小高で暮らし、お茶や着付けの教室を開いていた。 世帯番号21の原告らは、避難指示を受け、親族宅、知人宅などでの避難を経て、 原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年8月に小高区の自宅に帰還した。帰 還後、地域住民と交流する機会は減り、原告21-①は囲碁クラブを再開したものの40人近くいたメンバーは17人に減り、老人が多く、原告21-②は茶道や着付けの教室を開けず、地域の行事もない。 岡田地区には、本件事故前は316世帯が居住し、環境美化、伝統行事、季節行事やスポーツ大会な くいたメンバーは17人に減り、老人が多く、原告21-②は茶道や着付けの教室を開けず、地域の行事もない。 岡田地区には、本件事故前は316世帯が居住し、環境美化、伝統行事、季節行事やスポーツ大会などの活動を行っていたが、令和2年8月現在、帰還しているのは1 14世帯である。 イ判断世帯番号21の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、避難生活終了後も、近隣住民との交流の変化などを招いた小高区の地域の変容等により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から 享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。岡田地区が甚大な津波被害を受けたことを考慮しても、地区の住民が離散したのは長期の避難指示にも原因があることを否定できない。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号22】ア認定事実証拠(甲D22、丙D22、原告本人●●●●)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告22-①(73歳、無職)と原告22-②(68歳、無職)は夫婦であり、原 告22-③被承継人(93歳、無職)は、原告22-①の母である。原告22-③被承継人は平成29年12月22日に死亡した。 原告22-①は小高で生まれ育ち、平成9年まで中学校の教員を務め、原告22-②は婚姻後小高で暮らし、平成11年まで教員を務めていた。原告22-①は、原告22-③被承継人と農業を営み、本件事故当時、営農組合の庶務会計を担当していた。 世帯番号22の原告らは、避難指示を受け、避難所等での避難を経て、鹿島区の借 上住宅で避難生活を送り、 2-③被承継人と農業を営み、本件事故当時、営農組合の庶務会計を担当していた。 世帯番号22の原告らは、避難指示を受け、避難所等での避難を経て、鹿島区の借 上住宅で避難生活を送り、平成27年5月に原告22-①が相馬市の二女宅の隣地に建築した自宅に移住した。 神山地区には、本件事故前は34世帯が居住し、農作業の共同、伝統行事、環境美化、季節行事やスポーツ大会などの活動を行っていたが、令和2年2月現在、帰還しているのは10世帯である。 イ判断世帯番号22の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還を断念し、農作業や山林の維持管理ができず、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精 神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号23】ア認定事実証拠(甲D23、丙D23)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告23-①(63歳、塗装業)と原告23-②(64歳、主婦)は夫婦である。 両名は茨城県土浦市から平成3年に小高に転居し、原告23-①は塗装業を営んでいた。原告23-①は令和3年3月21日に死亡した。 世帯番号23の原告らは、避難指示を受け、ホテル等での避難を経て、福島市、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成29年10月に小高区の自宅に帰還した。 イ判断世帯番号23の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、塗装業の仕事を受注でき 、平成29年10月に小高区の自宅に帰還した。 イ判断世帯番号23の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、塗装業の仕事を受注できず、多数の犬を飼う生活もできなくなり、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っている と認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対 する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号24】ア認定事実証拠(甲D24、丙D24)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告24-①(58歳、会社員)と原告24-②(54歳、主婦)は夫婦である。 両名は、昭和53年頃、婚姻を機に、原告24-②の実家がある小高区に転居し、以後、小高で暮らしている。 世帯番号24の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年6月に小高区の自宅に帰還した。帰還後 も、買い物に原町区まで行かなければならず、有床病院が近くにない不安がある。5区地区や13軒で構成する隣組で環境美化や季節行事などの行事を行っていたが、本件事故後、帰還している隣組は4軒となり、近隣住民と話をする機会はほとんどない。 イ判断世帯番号24の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還後も、生活環境や近隣住民との交流の変化などを招いた小高区の地域の変容等により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められ 強いられ、帰還後も、生活環境や近隣住民との交流の変化などを招いた小高区の地域の変容等により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。世帯番号24の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当であ る。 【世帯番号25】ア認定事実証拠(甲D25、丙D25)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告25-①(45歳、自営業)と原告25-②(44歳、主婦)は夫婦であり、 原告25-③(中学2年)は両名の子である。 世帯番号25の原告らは、避難指示を受け、新潟県三条市の避難所に避難した。原告25-①は平成23年3月から仕事が再開したため、いわき市勿来の避難所、南相馬市鹿島区の仮設住宅に転居し、令和2年3月1日から原町区の復興住宅に移住した。 原告25-②、③は、三条市の借上住宅に転居し、同所に移住し、原告25-③は新潟で就職した。 イ判断原告25-③は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還を断念して避難先で就職し、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万 円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 被告東電は、訴訟外で、原告25-①が原町区のマンションに移住すると申告したため、住居確保損害として同人に対し平成29年1月30日に284万円支払ったものの、同所に移住しておらず、住居確保に費消されて 告東電は、訴訟外で、原告25-①が原町区のマンションに移住すると申告したため、住居確保損害として同人に対し平成29年1月30日に284万円支払ったものの、同所に移住しておらず、住居確保に費消されていないと主張するところ、たしかに転居の事実は認められないが、詳細は不明であり、三条市に転居した原告25- ③が上記支払により利得を得たとは考えられず、本件訴訟では上記支払を考慮しない。 【世帯番号26】ア認定事実証拠(甲D26、丙D26)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告26-①(63歳、農業兼パート)と原告26-②(58歳、農業兼パート) は夫婦であり、原告26-③(36歳、会社員)、原告26-④(36歳、会社員)は両名の長男、二男である。原告26-⑤被承継人(83歳、無職)は原告26-①の父であり、令和2年2月13日に死亡した。 世帯番号26の原告らは小高で生まれ育ち、原告26-①は原町市役所に定年まで勤めながら、自家消費用の米と野菜を栽培していた。 原告26-①、②、⑤被承継人は、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経 て、平成24年4月に原告26-①が購入した原町区の建物に転居し、平成27年7月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、野菜栽培は再開したが、米作は営農組合の判断により地盤整備の対象となり再開していない。 原告26-③、④は、それぞれ、通勤に便利な場所にある相馬市、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成27年7月、上記のとおり原告26-①が購入した原町区 の建物に移住した。 女場地区には、本件事故前は約40世帯が居住し、農作業を共同したり、日鷲神社の例大祭やさまざまな季節行事を行ったりしていたが、令和4年1月現在、帰還しているのは19ないし20世帯であり、 住した。 女場地区には、本件事故前は約40世帯が居住し、農作業を共同したり、日鷲神社の例大祭やさまざまな季節行事を行ったりしていたが、令和4年1月現在、帰還しているのは19ないし20世帯であり、農作業を共同することもなくなった。日鷲神社の例大祭は事故後しばらくして再開したが、若い世代がいないため、60ないし70 代が穴埋めをしている。 イ判断世帯番号26の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告26-①、②、⑤被承継人は、帰還を断念して稲作を再開できず、原告26- ③、④も家族とともに移住を余儀なくされ、近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号27】ア認定事実証拠(甲D27、丙D27)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告27-①(57歳、会社員)と原告27-②(58歳、農業)は夫婦であり、原告27-④(36歳、保育士)は両名の長女である。原告27-③(32歳、会社 員)は原告27-④の夫であり、原告27-⑤(6歳)、原告27-⑥(4歳)、原告 27-⑦(1歳)は両名の子である。原告27-⑧(80歳、農業)は原告27-①の母である。 原告27-①は小高で生まれ育ち、原告27-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告27-①は農業を行いながら牧場を経営する会社に勤務し、原告27-③は火力発電所の関連会社に勤務していたが、農業を継ぐことを予定し、行政 高で生まれ育ち、原告27-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告27-①は農業を行いながら牧場を経営する会社に勤務し、原告27-③は火力発電所の関連会社に勤務していたが、農業を継ぐことを予定し、行政区の消防団の責 任者を務め、近隣住民との交流を深めていた。 原告らの自宅は本件津波による被害を受け、災害危険区域に指定された。 世帯番号27の原告らは、避難所、郡山市の借上住宅での避難を続け、平成25年10月に郡山に土地を購入して自宅を建築し、同所に移住した。 井田川地区には、本件事故前は約60世帯が居住し、ほとんどの世帯が稲作を中心 とする農業に従事し、農作業を共同したり、季節行事や伝統行事を行ったりしていたが、帰還した人がいるとは聞いていない。原告27-①は、井田川地区が誇る農業を再興するため、復興組合を立ち上げているが、農業再開の見込みは立っていない。 イ判断世帯番号27の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため、広域移動を迫られ、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。また、農業復興に向けた計画が進まなかったのは長期の避難指示にも原因があることを否定できず、原告27-①、②、③、④、⑧にとって、農業再開の見通しを持てず、近隣地区への帰還を断念せざ るを得なかったことを考慮すると、避難生活終了後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。原告27-⑤、⑥、⑦は、避難指示により同人らの養育環境が変容し、避難生活終了後も、意図 、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。原告27-⑤、⑥、⑦は、避難指示により同人らの養育環境が変容し、避難生活終了後も、意図せぬ広域移動により、本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的 利益を従前どおり享受できなくなったことが認められる。被告東電が、訴訟外で、原 告27-①に対し、津波被害を受けた宅地の財物賠償を行い、津波被害を受けた田畑について農業の営業損害を賠償済みであり、住居確保損害も支払っていることを考慮しても、世帯番号27の原告らの精神的苦痛は評価し尽くせない。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号28】ア認定事実証拠(甲D28、丙D28)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告28-①(51歳、左官業)は、小高で生まれ育ち、左官業を営んでいた。原告28-②(79歳、無職)は原告28-①の母であり、両名は同居していた。 原告28-③(54歳、金物店正社員)は原告28-①の姉、原告28-④(32歳、スーパー正社員)は原告28-③の子であり、原告28の①らの家の近くで暮らしていた。 原告28-③の夫は本件津波に流され死亡した。同人の自宅も本件津波により流失し、災害危険区域に指定された。 世帯番号28の原告らは、避難指示を受け、小高区のそれぞれの自宅から一緒に避難し、避難所、親族宅での避難を経て、埼玉県所沢市の借上住宅、原町区の仮設住宅での避難生活を送った。原告28-①、②の自宅は、避難のうちに傷み、動物に荒らされ、原告28-②の通院先を確保 ら一緒に避難し、避難所、親族宅での避難を経て、埼玉県所沢市の借上住宅、原町区の仮設住宅での避難生活を送った。原告28-①、②の自宅は、避難のうちに傷み、動物に荒らされ、原告28-②の通院先を確保する困難もあり、また、夫を失った原告28-③が定住先は一緒にすることを希望したので、原告らは、平成27年に原町区に自宅を 新築して移住した。 原告らの自宅は小高地区にあり、原告28-①、②は9ないし10世帯が所属する班で、環境美化、季節行事などの活動や伝統行事を行っており、原告28-③は13世帯が所属する班で旅行会をするなど交流していた。 イ判断 世帯番号28の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還を断念し、近隣住民との交流の変化や仕事を分担し合っていた仲間の離散などにより、避難生活終了後も経済的、精神的利益の喪失が顕著に継続して現存すると認められる。被告東電が原告28-③、④に対し、津波被害を受けた宅地の財物賠償を行い、住居確保損害を支払済みであることを考慮しても、地区を離れざるを得なかった精神的苦痛や、地域環境や近隣住民との交流の変容等により被 った精神的苦痛は評価し尽くせない。原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。原告28-①、②、④について、弁護士費用として各28万円を加え、合計各308万円を認める。 その一方で、原告28-③は、訴訟外で、横砂共同墓地の墓石について移転にかか る費用の賠償を請求し、被告東電から合計151万円の支払を受けているところ、同墓地は本件津波で流出しており、移転費用は本件事故以外の要因による損害である(丙C174、丙D28の2、丙E110)。上記支 費用の賠償を請求し、被告東電から合計151万円の支払を受けているところ、同墓地は本件津波で流出しており、移転費用は本件事故以外の要因による損害である(丙C174、丙D28の2、丙E110)。上記支払は、被告東電が本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。被告東電と原告28-③は、直接請求手続において、事後、津波そのほか本件事故以外の要因による損害に関する賠償金が含 まれていることが判明した場合には精算することを合意しており、上記慰謝料について、151万円の限度で弁済の抗弁が認められ、原告28-③について、慰謝料残額129万円、弁護士費用12万円、合計141万円を認める。 【世帯番号29】ア認定事実 証拠(甲D29、丙D29、原告●●●●本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告29-①(50歳、会社員)と原告29-②(45歳、看護師)は夫婦である。 原告29-③(16歳、高校2年生)、原告29-⑤(20歳、会社員)は両名の長女、長男である。 原告29-⑥(21歳、会社員)は原告29-⑤の妻であり、原告29-⑦(平成 26年12月21日生)は原告29-⑤と⑥の子である。 原告29-④(81歳、無職)は原告29-①の母である。 原告29-①は小高で生まれ育ち、所有する田を賃貸し、原町区にある会社に勤務しており、原告29-②は平成2年の婚姻後、小高で暮らし、看護師として稼働していた。原告29-④は小高で生まれ育ち、借りている畑で野菜作りをしていた。本件 事故当時、原告29-①ないし④が同居していた。 原告29-⑤は、小高で生まれ育ち、高校卒業後の平成21年4月から仙台市の会社に勤務し、本件事故当時も仙台市内に居住していた。 原告29-⑥は、小高で生まれ育ち、本 9-①ないし④が同居していた。 原告29-⑤は、小高で生まれ育ち、高校卒業後の平成21年4月から仙台市の会社に勤務し、本件事故当時も仙台市内に居住していた。 原告29-⑥は、小高で生まれ育ち、本件事故当時、小高に居住して同区内の会社に勤務していた。平成26年5月に原告29-⑤と⑥は婚姻した。 原告29-①ないし④の自宅がある塚原地区は本件津波による被害を受けたが、同人らの自宅は災害危険区域外である。 原告29-①ないし④は、本件事故後、知人宅、親族宅、避難所での避難を経て、福島市の借上住宅、鹿島区の仮設住宅で避難生活を続けた。原告29-①は、放射能への不安、インフラが整っていないこと、津波被害に該当せず防災集団移転事業の適 用を受けられなかったことなどから移住を決め、平成27年10月に鹿島区に土地を購入して自宅を建築し、原告29-①、②、④は平成29年8月から同所に移住した。 原告29-③は、平成25年3月に高校卒業後、東京の専門学校に入学して平成27年3月に卒業し、以後、千葉県で働き、千葉県に居住している。 原告29-⑤は、平成23年7月に転勤のため原町区にある社宅に転居し、平成2 6年5月に原告29-⑥と婚姻し、同人と同区内のアパートに転居した。 原告29-⑥は、同人の両親ら家族と避難していたが、平成24年8月に福島市に転居して就職していたところ、原告29-⑤との婚姻に伴い原町区に転居した。 原告29-①らの自宅があった塚原地区には、本件事故前は128ないし129世帯が居住し、季節行事、スポーツ大会、伝統行事などを行っていた。 イ判断 原告29-①ないし④及び⑥の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。 原告29-①、②、④につ っていた。 イ判断 原告29-①ないし④及び⑥の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。 原告29-①、②、④について、自宅所在地は津波被害が甚大であったが、原告29-①、②、④が帰還を断念したことには地区住民の避難生活の長期化にも原因があり、移住後、小高区の自宅での生活において得られた近隣住民との密接な交流や自然 環境などからの恩恵を得られず、近隣住民の離散などによる精神的利益の喪失が顕著に継続して現存していると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告29-③、⑥は、それぞれ、避難生活中に進学、就職、婚姻に伴い転居してい るところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人らの 精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。原告29-⑥について、弁護士費用28万円との合計308万円を認める。 その一方で、原告29-③は、就職後の平成27年3月以後も千葉県の住居の家賃を被告東電に請求し、被告東電は訴訟外で賠償済みであるところ、そのころには実家 も移住先を決めて移住しており、同人の就職後の住居費用は本件事故による損害であ 27年3月以後も千葉県の住居の家賃を被告東電に請求し、被告東電は訴訟外で賠償済みであるところ、そのころには実家 も移住先を決めて移住しており、同人の就職後の住居費用は本件事故による損害であるとはいい難い上、平成27年6月に、平成26年4月から平成28年3月までの家賃として月額6万3000円、合計151万2000円の賠償金を受領したにもかかわらず(丙C174の74頁)、実際には平成27年4月に月額4万9000円の住居に転居し(丙D29の16の5)、さらに、平成30年4月には、平成27年3月か ら平成30年3月までの家賃として月額4万9000円を請求し(丙D29の21)、 177万8700円の賠償金を受領しており(丙C174の74頁)、結局、平成27年4月から平成28年3月まで月額6万3000円、合計75万6000円の住居費用は期間を重複して受領したことが認められる。上記75万6000円は明らかな過払いであり、同額の限度で弁済の抗弁が認められる。原告29-③について、慰謝料残額204万4000円、弁護士費用20万円、合計224万4000円を認める。 原告29-⑤は本件事故の前後を通じ仙台市に居住し、本件事故時に小高区に生活の本拠があったとは認められず、原告29-⑦は本件事故当時出生していない。いずれも本件事故により避難生活を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号30】 ア認定事実証拠(甲D30、丙D30)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告30-①被承継人(65歳、農業)と原告30-②(62歳、農業)は夫婦であり、原告30-③(35歳、農業)は両名の子である。原告30-①被承継人は平 論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告30-①被承継人(65歳、農業)と原告30-②(62歳、農業)は夫婦であり、原告30-③(35歳、農業)は両名の子である。原告30-①被承継人は平成29年4月20日に死亡した。 世帯番号30の原告らは、小高で生まれ育ち、原告30-①被承継人は定年まで福島県庁に、原告30-②は会社に勤めながら、受け継いだ農業を営んでいた。原告30-③は、大学卒業後東京で就職したが、体調を崩して小高に戻り、農作業を手伝っていた。 本件地震時、原告30-①被承継人と②は二女の結婚式に出席するため東京に滞在 し、原告30-③は小高の自宅にいた。 原告らの自宅は本件津波により流失した。井田川地区の全世帯の家屋が本件津波により流失し、災害危険区域に指定されている。 原告30-①被承継人と②は平成23年3月22日に福島に戻って原告30-③と合流し、東京の二女宅に近い埼玉県所沢市で避難生活を続け、平成25年に同市に 自宅を購入して移住した。 イ判断世帯番号30の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため、広域移動を迫られ、近隣地区への帰還を断念しているところ、避難指示により近隣地区の復興に向けた計画が進まなかったことが帰還を断念せざるを 得ない原因となったことも考慮すると、被告東電が、訴訟外で、原告らに対し、津波被害を受けた宅地の財物賠償を行い、津波被害を受けた田畑について農業の営業損害を賠償済みであり、住居確保損害も支払っていることを考慮しても、世帯番号30の原告らが地区を離れざるを得なかった精神的苦痛や、地域環境や近隣住民との交流の変容等により被った精神的 いて農業の営業損害を賠償済みであり、住居確保損害も支払っていることを考慮しても、世帯番号30の原告らが地区を離れざるを得なかった精神的苦痛や、地域環境や近隣住民との交流の変容等により被った精神的苦痛は評価し尽くせない。 世帯番号30の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号31】ア認定事実 証拠(甲D31、丙D31)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告31-①(63歳、自営業)と原告31-②被承継人(68歳、自営業)は夫婦である。原告31-②被承継人は平成28年9月1日に死亡した。 両名は小高で生まれ育ち、婚姻後、花屋を営みながら、農業を営んでいた。 原告31-①らの自宅は、本件津波により床上浸水した。 世帯番号31の原告らは、避難所、鹿島区の仮設住宅での避難生活を送り、原告31-①は平成29年8月に小高区の自宅に帰還した。帰還後も花屋は再開できていない。 福岡地区には、本件事故前は約50世帯が居住し、世代の近い夫婦で旅行に行くなどの交流もあったが、本件事故後は再開していない。 イ判断 世帯番号31の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告31-①は、帰還後も、家業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などを招いた小高区の地域の変容等により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの 精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計3 地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの 精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告31-②被承継人は、避難指示解除前に死亡しているが、前記のとおり、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え、避難生活による精神的損害の慰謝料では評価し尽くせない精神的苦痛に対する慰謝料として280万円、弁護士費用 28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号32】ア認定事実証拠(甲D32、丙D32)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告32-①(72歳、無職)は、小高で生まれ育ち、夫の死亡後、夫の弟と暮ら していた。 原告32-①は、避難指示を受け、親族宅での避難を経て、岩手県一関市の借上住宅、相馬市の仮設住宅で避難生活を送った。避難のうちに自宅は傷み、動物に荒らされ、また、病院が近くになく、買い物も不便な場所で、今後、一人で暮らすことはできないと考え、自宅を取り壊して敷地を地主に返還し、平成28年12月にいわき市 にいる長男が自宅のとなりに建てた家に転居した。 小高の自宅は死亡した前夫が細部までこだわりをもって増改築した家であり、原告32-①は、趣味である花の栽培をしながら、隣人や友人と季節行事やスポーツ大会などの活動を行っていた。 イ判断 原告32-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活 を強いられ、避難が長期化し、地域環境が変容したために小高に戻れず、自宅敷地の花の栽培を続けられず、近隣住民との交流も変化し、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精 を強いられ、避難が長期化し、地域環境が変容したために小高に戻れず、自宅敷地の花の栽培を続けられず、近隣住民との交流も変化し、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号33】ア認定事実証拠(甲D33、丙D33)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告33-①(51歳、会社員兼農業)と原告33-②(46歳、会社員兼農業)は夫婦である。原告33-③(19歳、アルバイト)、原告33-④(17歳、学生)、 原告33-⑤(14歳、学生)は両名の長女、二女、長男であり、原告33-⑥(71歳、農業)は原告33-①の母である。 世帯番号33の原告らは小高で生まれ育った。原告33-①は会社に勤めながら、受け継いだ農業を営んでいた。 世帯番号33の原告らは、避難指示を受け、親族宅、避難所等に避難した後、平成 23年7月ころに鹿島区の借上住宅に転居し、同住宅を約1か月後に購入して移住し、平成28年7月に鹿島区に土地を購入して自宅を建築した。小高の家は、山に近いため放射線量が高く、避難生活中に害獣に荒らされたため平成29年に取り壊し、また、生活用水である井戸水が汚染され、田畑は除染により農業ができない状態になったため、帰還しないことを決め、田畑山林はほとんど売却した。 原告33-③は、本件事故後、東京の専門学校に進学し、現在、東京で就職している。 原告33-④は、本件事故後、宮城県の会社に就職したが1年ほどで退職し、相馬市の会社に就職したが、令和3年6月の結婚を機に退職し、岩沼市に転 後、東京の専門学校に進学し、現在、東京で就職している。 原告33-④は、本件事故後、宮城県の会社に就職したが1年ほどで退職し、相馬市の会社に就職したが、令和3年6月の結婚を機に退職し、岩沼市に転居して就業している。 原告33-⑤は、高校卒業後、農協に就職して勤務している。 大富地区には、本件事故前は72世帯が居住し、原告らは8戸で構成される隣組で季節行事やスポーツ大会などを行っていた。 イ判断世帯番号33の原告らは本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 原告33-①、②、⑤、⑥は、帰還を断念し、所有していた田畑山林を売却して農 業を再開せず、また近隣住民との交流なども変化し、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告33-③は、避難生活中に進学、就職に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経 済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え慰謝料280万円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告33-④は、本件事故当時、すでに平成23年4月から就職のため宮 既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え慰謝料280万円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告33-④は、本件事故当時、すでに平成23年4月から就職のため宮城県内に転居することが決まっており、転居した同年4月以降の生活は、避難生活を強いられ たものとは認められない。したがって、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料のうち、同年5月以降平成30年3月までの83月分は過払である。上記転居までは避難生活を強いられて平穏な日常生活の維持・継続を阻害されており、原告33-④にとっても、小高区の社会環境の変容による精神的損害があることを認めうるとしても、被告東電が訴訟外で同人に既に支払った862万円の慰謝料を超えて同人に 慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号34】ア認定事実証拠(甲D34、丙D34)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告34-①(47歳、会社員)は小高で生まれ育ち、結婚を機に相馬市に転居したが、離婚後、小高で自宅を購入して暮らし、小高の会社に勤務していた。原告34 -②(15歳、中学3年生)は、原告34-①の子であり、1歳半くらいから小高で暮らしていた。原告34-③(平成25年11月7日生)は原告34-②の子である。 世帯番号34の原告らは、避難指示を受け、親族宅、茨城県守谷市の借上住宅で避難生活を送った。原告34-①は平成30年3月ころ小高の自宅に帰還したが、原告34-②は小高に戻る意思はない。 イ判断原告34-①、②は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。 原告34-①は帰還し、原告34-②は帰還を断念し、それぞれ、社会環境、自然環境の変化などにより 4-①、②は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。 原告34-①は帰還し、原告34-②は帰還を断念し、それぞれ、社会環境、自然環境の変化などにより、避難生活終了後もなお地域環境から享受していた経済的、精 神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告34-③は本件事故当時出生しておらず、本件事故により避難生活を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、 慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号35】ア認定事実証拠(甲D35、丙D35)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告35-①(62歳、用務員)と原告35-②(61歳、会社員)は夫婦である。 原告35-①は小高で生まれ、東京の高校に進学したが、20歳ころから小高で暮 らしている。原告35-②は小高で生まれ育った。自宅に面した畑で自家消費用の野菜を栽培し、有害鳥獣の捕獲のほか趣味で狩猟をしていた。 世帯番号35の原告らは、避難指示を受け、親族宅、旅館での避難を経て、福島県喜多方市の借上住宅で避難生活を送った。本件事故当時近くに暮らしていた子らが小高に戻るつもりがないため、原告らも小高に帰還しないことを決め、平成24年3月 に相馬市内の住宅を購入して移住した。 本件事故前は15世帯で構成する隣組で、環境美化、季節行事、スポーツ大会などを行っていた。 イ判断世帯番号35の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還を断念 構成する隣組で、環境美化、季節行事、スポーツ大会などを行っていた。 イ判断世帯番号35の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還を断念し、自然環境や近隣住民との交流の変化などにより、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号36】ア認定事実証拠(甲D36、丙D36、原告●●●●本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告36-①(50歳、会社員)と原告36-②(45歳、看護師)は夫婦であり、 原告36-③(14歳、中学2年生)、原告36-④(11歳、小学5年生)は両名の長女、長男であり、原告36-⑤(75歳、農業)は原告36-①の父である。 世帯番号36の原告らは小高で生まれ育った。原告36-①は、富岡町の測量設計会社に勤めながら、兼業農家として米や野菜を栽培していた。 世帯番号36の原告らは、避難指示を受け、避難所、会津若松市の親族宅に避難し、 会津若松の借上住宅に転居したが、原告36-①は平成23年4月に郡山市の営業所 に異動となり同所の社宅にも拠点を置き、原告36-②は平成23年3月25日ころから原町区の避難所に勤務し、同年6月から南相馬市立総合病院で看護師として稼働して原町区の借上住宅にも拠点を置き、世帯分離を余儀なくされた。原告らは、平成24年3月からは原町区の借上住宅2世帯で避難生活を送っていたが、避難生活のうちに田畑が荒れ、自宅も損傷し、山間部の放射線量が高いため帰還を断念し 拠点を置き、世帯分離を余儀なくされた。原告らは、平成24年3月からは原町区の借上住宅2世帯で避難生活を送っていたが、避難生活のうちに田畑が荒れ、自宅も損傷し、山間部の放射線量が高いため帰還を断念し、平成2 6年4月に原告36-①が原町区に自宅を購入して改修し、平成27年10月までに同所に移住した。 原告36-③は小高の復興を願い、小高区の農業協同組合に就職し、通勤している。 原告36-④は、工業系の大学に進学して宮城県多賀城市に居住している。高校在学中から小高区の復興のためのボランティア活動に参加しているが、就職時は都会に 出る希望もある。 大田和地区には、本件事故前は31世帯が居住し、農業施設の維持管理、環境保全を共同して行い、季節行事などの活動があり、祭りや伝統行事を行っていたが、令和2年2月現在、帰還しているのは16世帯である。 イ判断 世帯番号36の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。帰還を断念し、農業を再開できず、近隣住民との交流や自然環境などの変容により、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用と して各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号37】ア認定事実証拠(甲D37、丙D37)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告37-①被承継人(74歳、無職)と原告37-②(72歳、無職)は夫婦で ある。原告37-①被承継人は令和3年12月22日に死亡した。 原告37-①被承継人は14歳から高校卒業まで小高で過ごし、その後 歳、無職)と原告37-②(72歳、無職)は夫婦で ある。原告37-①被承継人は令和3年12月22日に死亡した。 原告37-①被承継人は14歳から高校卒業まで小高で過ごし、その後、勤務先の都合でいわき市に居住したが、平成9年に定年退職した後、相続した小高の土地に自宅を新築し、原告37-②と暮らし、畑を借りて野菜を栽培していた。 世帯番号37の原告らは、避難指示を受け、親族宅、避難所での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成28年8月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、 野菜の栽培は再開しておらず、自宅で過ごす日が多い。 岡田地区の老人会では季節行事や旅行などの活動があり、隣組の交流も盛んだったが、令和2年8月現在、若い世代が帰還しておらず、隣組の活動や奉仕活動などを再開する機運はなく、老人会の活動もほとんどない。 イ判断 世帯番号37の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、避難生活終了後も、自然環境や近隣住民との交流の変化などを招いた小高区の地域の変容等により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280 万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号38】ア認定事実証拠(甲D38、丙D38)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告38-①(59歳、警備会社職員)と原告38-②(60歳、主婦)は夫婦で ある。 原告38-①は原町区の会社に勤務しており、平成4年に原告38-②と婚姻し、以後、両名は、原告38-②の実家がある敷 ①(59歳、警備会社職員)と原告38-②(60歳、主婦)は夫婦で ある。 原告38-①は原町区の会社に勤務しており、平成4年に原告38-②と婚姻し、以後、両名は、原告38-②の実家がある敷地内に自宅を建築して暮らしていた。 世帯番号38の原告らは、避難指示を受け、避難所、愛知県豊橋市の原告38-②の長女宅での避難を経て、豊橋市の県営住宅で避難生活を送っていたところ、平成2 7年10月までに、避難生活中に自宅が動物に荒らされたことなどもあって帰還を断 念し、原告38-②の二女夫妻と同居することを決め、住居確保損害の賠償金を用いて、埼玉県加須市に土地を取得し自宅を建築して同所に移住した。 北鳩原地区には本件事故前は31世帯が居住し、隣組で旅行会などを行っていた。 原告らも、隣近所と家族のように交流し、部落全体でも交流をしていた。 イ判断 世帯番号38の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還を断念し、自然環境や近隣住民との交流の変化などにより、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。原告38-①、②の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 その一方で、原告38-②は、被告東電から、平成27年10月、埼玉県加須市に土地建物を取得する際に住居確保損害として約1800万円を受領したにもかかわらず、令和3年4月に埼玉県久喜市に土地建物を取得するため、再び住居確保損害を請求し、被告東電は、同人に対し、同年5月21日に1569万4031円、同年8月31日に26万6246円を支払ったことが認められる(丙174)。埼玉県加須 市の建 するため、再び住居確保損害を請求し、被告東電は、同人に対し、同年5月21日に1569万4031円、同年8月31日に26万6246円を支払ったことが認められる(丙174)。埼玉県加須 市の建物は原告38-②の二女の夫名義であり、原告38-②は、住居確保損害を用いて、二女の住居を取得しながらさらに埼玉県久喜市に住居を確保したものであるところ、本件事故時、原告らと二女夫妻は同居していなかったのであるから(甲D38の1の2頁)、2軒の住居を確保する費用が、避難生活を終了して生活再建を図るための費用であるとみることはできない。被告東電による2回目の上記合計1596万 0277円の支払は、本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。 被告東電と原告38-②は、直接請求手続において、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しているところ、請求者は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求手続を行っており(丙D38の4)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生活再建 を図るものであることを踏まえれば、上記1596万0277円の返還について、世 帯番号38の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号38の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは認められない。 【世帯番号39】ア認定事実 証拠(甲D39、丙D39)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告39-①(43歳、会社員)は小高で生まれ育った。原告39-②(69歳、無職)は同人の母である。原告39-①は小高で生まれ育ち、本件事故当時、借地上に同人が所有する建物で原告39-②と暮らしていた。 世帯番号39 、会社員)は小高で生まれ育った。原告39-②(69歳、無職)は同人の母である。原告39-①は小高で生まれ育ち、本件事故当時、借地上に同人が所有する建物で原告39-②と暮らしていた。 世帯番号39の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅、ホテルでの避難を経 て、平成23年8月に福島市の借上住宅に転居した。その後、原告39-①は、一人で、平成24年12月に原町区の借上住宅、平成28年10月に小高区の復興住宅に転居し、平成31年4月、小高区の現住所地の建物を購入して転居した。以後、同所で原告39-②と同居している。隣組が変わり、人付き合いに不安があるものの、土地感があるため、ほかの場所よりも安心して生活できることを期待したが、通院する 病院や買い物をする店舗が限られ、また、大型車両の往来で落ち着いた生活ができず、体調もすぐれない状況が続いている。 原告39-②は関場地区の環境美化活動や隣組の会合などに参加していた。 イ判断世帯番号39の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、避難生活終了後、小高区内に帰還したが、社会環境や近隣住民との交流の変化などにより、安心した落ち着いた生活ができず、原告らは、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号40】 ア認定事実証拠(甲D40、丙D40)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告40-①(63歳、夜間用務員)と原告40-②(60歳、無職)は夫婦である。原告40-①は小高で生まれ育ち、山林、 証拠(甲D40、丙D40)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告40-①(63歳、夜間用務員)と原告40-②(60歳、無職)は夫婦である。原告40-①は小高で生まれ育ち、山林、田畑を受け継ぎ、会社に勤めるなどしながら農業を兼業して米や野菜を栽培していた。 原告40-③(33歳、会社員)は上記両名の長男である。原告40-④(30歳、パート)は原告40-③の妻であり、原告40-⑤(8歳、小学生)、原告40-⑥(4歳)は両名の子である。原告40-③は、小高の会社に勤務していた。 原告40-①と②は、平成5年から長女道子の家族と同居していたが、道子が離婚し、平成17年ころ子を残して家を出たため、本件事故当時、道子の子である原告4 0-⑦(18歳、高校生)、原告40-⑧被承継人(17歳、高校生)、原告40-⑨(16歳、高校生)、原告40-⑩(14歳、中学生)を養育していた。 本件事故当時、原告①ないし⑩と原告40-①の母の11人が同居していた。 世帯番号40の原告らは、避難指示を受け、避難を余儀なくされ、原告40-①、②、⑦、⑧被承継人、⑨、⑩は、盛岡市で再婚している道子の自宅に避難した。 原告40-①、②は平成23年4月に道子の家を出て、岩手県紫波郡の市営アパート、鹿島区の仮設住宅、原町区の市営アパートに転居したが、除染業者から小高区の自宅は放射線量が高くて居住できないと言われ、帰還しないことを決め、原町区に自宅敷地と田を取得して自宅を新築し、平成30年11月に移住した。 道子の子である原告40-⑦、⑧被承継人、⑨、⑩は、道子宅からそれぞれ進学先 や就職先の寮に転居したが、平成29年6月に原告40-⑦が岩手県北上市に家を賃借した後は、同所で原告40-⑦、⑨、⑩、道子の4人で同居している。原告40- 、⑨、⑩は、道子宅からそれぞれ進学先 や就職先の寮に転居したが、平成29年6月に原告40-⑦が岩手県北上市に家を賃借した後は、同所で原告40-⑦、⑨、⑩、道子の4人で同居している。原告40-⑧被承継人は平成24年4月に短大の寮に入り、平成26年4月に岩手県奥州市に転居したが、平成29年10月3日に急性白血病のため死亡した。 原告40-③、④、⑤、⑥は平成23年3月中に山形県南陽市の雇用促進住宅、平 成25年8月に原告40-④の実家に転居した後、平成30年11月から原告40- ①が新築した自宅に移住した。原告40-③は本件事故当時の就職先に復職している。 金谷地区には本件事故前は約80世帯が居住し、8つの班ごとに季節行事、運動会、祭りなどを行っていたが、令和3年時点で帰還しているのは13世帯ぐらいである。 イ判断世帯番号40の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられたことが認められる。 原告40-①、②、③、④、⑤、⑥は、帰還を断念し、所有する田は賃貸したが、畑や山林は荒れ、放射能汚染の不安から手入れもできず、自然環境や近隣住民との交流の変化などにより、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既 払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告40-⑦、⑧被承継人、⑨、⑩について、それぞれ、避難生活中に進学、就職等に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続 を期待する 、避難生活中に進学、就職等に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続 を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認 めるのが相当である。 【世帯番号42】ア認定事実証拠(甲D42、丙D42)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告42-①(26歳、会社員)と原告42-②(26歳、無職)は夫婦であり、 原告42-③(7歳、小学1年生)、原告42-④(5歳、保育園生)、原告42-⑤ (平成23年3月10日生)は、両名の子である。 原告42-①、②、③、④は小高で生まれ育った。原告42-①は、自動車整備士として会社に勤めており、原告42-②は出産のため平成22年12月からアルバイトを辞めていた。 世帯番号42の原告らは、本件地震後、原告42-②が原告42-⑤を出産した病 院に避難したが、病院が閉鎖されたため、平成23年3月13日から、親族宅、ホテルなどでの避難を経て、栃木県佐野市のアパート、原町区のアパートで避難生活を送った。子が転校をいやがり、転校させない約束をしたため、学区内での転居にとどめることを決め、平成30年11月に原町区に自宅を新築して移住した。原告42-①は、移住後、原告42-②と小高で花卉栽培を始め、また原告42-②の父が経営す ない約束をしたため、学区内での転居にとどめることを決め、平成30年11月に原町区に自宅を新築して移住した。原告42-①は、移住後、原告42-②と小高で花卉栽培を始め、また原告42-②の父が経営す る小高区の農業法人の取締役に就任した。小高で多くの親戚、知人、友人と平穏に暮らす生活が失われたことに怒りを覚えている。 小高地区では、季節行事、祭りなど地域住民の交流が盛んだった。 イ判断世帯番号42の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強 いられたと認められる。 原告42-①、②は、小高への帰還を望むものの、子の養育のため帰還を断念し、小高の地域変容により自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。原告42-③、④、⑤も、避難指示により同人らの養育環境が変容し、避難生活終了後も、意図せぬ転居により、本件事故ま では地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったことが認められる。世帯番号42の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 被告東電は、原告42-②に対し、平成23年3月から平成27年2月までの就労 不能損害として236万6256円を支払ったことが実損額を超える賠償であると 主張するところ、たしかに、原告42-②が出産のため平成22年12月にアルバイトをやめたことを踏まえると、本件事故がなければ平成23年3月から稼働していたとは認め難いが、長期的に稼働するつもりがなかったことが明らかであるとまではいえないから、慰謝料算定にあたって上記支払を考慮しない。 【世帯番号 と、本件事故がなければ平成23年3月から稼働していたとは認め難いが、長期的に稼働するつもりがなかったことが明らかであるとまではいえないから、慰謝料算定にあたって上記支払を考慮しない。 【世帯番号43】 ア認定事実証拠(甲D43、丙D43、原告●●●●本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告43-①(60歳、会社員兼農業)と原告43-②(60歳、農業)は夫婦である。 世帯番号43の原告らは小高で生まれ育ち、原告43-①は技術者として会社に勤め、東京や海外に単身赴任しながら、月に1回程度自宅に戻っていたが、平成21年に定年退職した。原告43-②は、原告43-①との結婚後、同人の実家に暮らし、農業に従事していた。 原告らの自宅は津波で流失し、災害危険区域に指定された。隣組の多くも災害危険 区域に指定された。 世帯番号43の原告らは、親族宅、原町区の借上住宅での避難を続け、平成26年10月に小高区塚原に自宅を新築し、平成28年7月に塚原地区に帰還した。 塚原地区には、本件事故前は114世帯が居住し、隣組が11組あり、環境整備、季節行事、スポーツ大会、伝統行事、旅行会などの活動を行っていた。50世帯以上 が津波被害を受け、令和2年12月現在、帰還しているのは36世帯であり、隣組は3組である。 イ判断世帯番号43の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、 避難指示のため、広域移動を迫られ、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、 避難生活による精神的損害を被ったことが認められ、また、田畑が津波で浸水したことを考慮しても、農業復興に向けた計画が進まなかったのは長期 られ、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、 避難生活による精神的損害を被ったことが認められ、また、田畑が津波で浸水したことを考慮しても、農業復興に向けた計画が進まなかったのは長期の避難指示にも原因があり、そのことが地区の住民が帰還を断念する一因となったことも否定できない。 世帯番号43の原告らは、代々受け継いだ農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受し ていた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号44】ア認定事実 証拠(甲D44、丙D44)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告44-①(47歳、自営業)と原告44-②(47歳、自営業)は夫婦である。 原告44-③(15歳)、原告44-④(11歳)は両名の長男、二男であり、原告44-⑤(70歳、自営業)は原告44-①の母、原告44-⑥(45歳、自営業)は原告44-①の弟である。 原告44-①、②、⑤、⑥は、原告44-①の祖父が創業した葬儀社を営んでいた。 原告らの自宅兼会社は震災の影響で損壊し、葬儀場は本件津波により甚大な被害を受けた。 原告44-①、②、③、④は、避難指示を受け、知人宅、借家などでの避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年11月に小高区の自宅に帰還した。 帰還後、葬祭場の再建には億単位の費用がかかり、また、地域に住人がいなければ葬儀社を事業として継続することはできないと判断して再建を断念し、太陽光発電の会社を立ち上げた。 原告44-⑤、⑥ 帰還後、葬祭場の再建には億単位の費用がかかり、また、地域に住人がいなければ葬儀社を事業として継続することはできないと判断して再建を断念し、太陽光発電の会社を立ち上げた。 原告44-⑤、⑥は、平成23年5月から水戸市の賃貸住宅で避難生活を送っていたところ、原告44-⑤は平成31年4月に小高の自宅に帰還した。原告44-⑥は 水戸市で生活基盤を築き、現在も水戸市で暮らしている。 本件事故前は、隣組に9世帯おり、環境美化、季節行事、伝統行事などの活動を行っていたが、帰還したのは、令和3年6月現在5世帯であり、集まる機会もなくなっている。 イ判断世帯番号44の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられたことが認められる。 世帯番号44の原告らは、帰還後も、小高区の地域の変容等により、家業を再開できず、仕事を通じた近隣住民との交流ができなくなり、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝 料に加え各280万円を認めるのが相当である。 その一方で、家業である葬儀社について、逸失利益合計1億3170万9542円(不動産所得を含む。)に保有資産の財物賠償を加えた合計4億4348万5030円の賠償金が支払われているところ、同社の本件事故直前の決算期では285万円の経常損失を計上していた。さらに、平成27年2月までの就労不能損害として、原告 44-①は2514万0573円、②は1360万4480円、⑤は728万8649円、⑥は923万0295円の賠償を受けており、これらの合計額は5526万3997円であるところ、葬儀社の本件事故直 44-①は2514万0573円、②は1360万4480円、⑤は728万8649円、⑥は923万0295円の賠償を受けており、これらの合計額は5526万3997円であるところ、葬儀社の本件事故直前の決算期の役員報酬は合計1440万円である(丙C174、丙D44の2)。 このように、原告44-①、②、⑤、⑥が役員として得ていた収入の賠償とは別に、 葬儀社についても高額な賠償を受けているところ、葬儀場が本件津波により甚大な被害を受けたことや、本件事故当時の葬儀社の経営状況を考慮するとき、葬儀社の営業を再開でなかった原因が本件事故のみにあるとは認められず、津波による甚大な地域的被害の影響も大きいといわざるをえない。一家で経営していた事業に対する上記の過大な支払は、原子力損害の賠償を超え、世帯番号44の原告らの日常生活に経済的 利益をもたらしたことを考慮すると、原告らが家業を再開できず、また近隣住民との 交流ができなくなったことなどにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていることを考慮しても、同人らに対し、さらに慰謝料を増額するべきであるとは認められない。 世帯番号44の原告らについて、被告東電が訴訟外で支払った賠償金では填補されない損害があることが認められず、慰謝料を増額すべきであるとは認められない。 【世帯番号45】ア認定事実証拠(甲D45、丙D45)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告45-①(58歳、無職)と原告45-②(56歳、パート)は夫婦であり、原告45-③被承継人(87歳、無職)は原告45-①の父である。原告45-③被 承継人は令和3年5月30日に死亡した。 原告45-①は小高で生まれ育ち、平成21年2 歳、パート)は夫婦であり、原告45-③被承継人(87歳、無職)は原告45-①の父である。原告45-③被 承継人は令和3年5月30日に死亡した。 原告45-①は小高で生まれ育ち、平成21年2月まで福島県共済連に勤務し、転勤により福島県内を転居したが、退職後、小高の実家に戻り、受け継いだ農業を営み、また、本件事故当時、下浦行政区の区長を務めていた。 下浦地区は本件津波の被害を受け、原告45-①の自宅のある地区は災害危険区域 に指定された。 世帯番号45の原告らは避難所、長女宅等に避難し、原告45-①、②は長女宅に近い福島市の借上住宅での避難生活を経て、平成24年8月に原告45-①が福島市に自宅を新築し、原告45-②、③被承継人とともに同所に移住した。 下浦地区には、本件事故前は31世帯が居住し、農作業を共同して行い、環境整備、 冠婚葬祭、伝統行事、季節行事やスポーツ大会などを行っていたが、令和2年5月現在、帰還しているのは4世帯である。 イ判断世帯番号45の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 自宅周辺の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかっ たが、避難指示のため、広域移動を迫られ、近隣地区への帰還を断念しているところ、 避難指示により近隣地区の復興に向けた計画が進まなかったことが帰還を断念せざるを得ず、農業を再開できない原因となったことも否定できないことを考慮すると、避難生活終了後もなお自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。原告45-①ないし③被承継人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各28 0万円を認めるのが相当である。 その一方 的、精神的利益を失っていると認められる。原告45-①ないし③被承継人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各28 0万円を認めるのが相当である。 その一方で、原告45-①は、被告東電に対し、住居確保損害を2回にわたり請求し、合計5028万0395円の支払を受けているところ、1回目の請求は移住先の新築戸建て住宅の取得費用である。しかし、2回目の請求は、長女夫妻が所有する自宅の土地建物を同人らから平成28年7月5日に買い受けることを理由として33 80万円の賠償を受けたもので、そのころ、上記不動産に設定された長女夫妻を債務者とする抵当権設定登記は弁済により抹消されているが、令和3年時点において世帯番号45の原告らは上記不動産を取得しておらず、また、同人らが上記不動産に居住しているとも認められない。原告らは福島市での生活を安定させるために長女宅を取得したと主張するが、移住先住宅とは別に、長女夫妻が本件事故前から所有していた 不動産を確保する費用について、避難生活を終了して生活再建を図るための費用であるとみる余地はなく、被告東電による3380万円の支払は、本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。 被告東電と原告45-①は、直接請求手続において、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しているところ、請求者 は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求手続を行っており(丙D45の7)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生活再建を図るものであることを踏まえれば、上記3380万円の返還について、世帯番号45の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号45の原告らにつ 帯家族の生活再建を図るものであることを踏まえれば、上記3380万円の返還について、世帯番号45の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号45の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害がある とは認められない。 【世帯番号46】ア認定事実証拠(甲D46、丙D46)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告46-①(40歳、小学校教員)と原告46-②(33歳、病院職員)は夫婦であり、原告46-③(10歳、小学4年生)、原告46-④(平成25年3月7日生) は両名の長男、三男である。 原告46-②は小高で生まれ育ち、原告46-①は平成10年に婚姻した後、原告46-②の実家を受け継いだ。原告46-①は平成16年から相双管内の小学校の臨時職員として勤め、原告46-②は介護職に従事している。 原告46-①と②の自宅は本件津波により流失し、二男は死亡した。自宅所在地は 災害危険区域に指定された。 世帯番号46の原告らは、避難所、親族宅等での避難を経て、平成23年から会津若松市の借上住宅で避難生活を送ったが、平成31年4月、原告46-①は大熊町を退職し、相馬市の小学校に勤務することになったため、通勤可能な宮城県名取市に自宅を新築して移住した。 塚原地区には、本件事故前は約100世帯が居住し、隣組が10ないし12組あり、伝統行事、季節行事、スポーツ大会、伝統行事を行っていたが、平成26年ころ隣組は解散した。 イ判断原告46-①、②、③は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられたと認められる。自宅の津波被害により避難は免れなかったが、原告46-①の勤務先であった大熊町の小学校が会津若松で再開した 本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられたと認められる。自宅の津波被害により避難は免れなかったが、原告46-①の勤務先であった大熊町の小学校が会津若松で再開したこともあって広域移動を迫られ、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。そして、大熊町に避難指示が出されていたため、原告46-①の転職に伴い、原告46-①、②、③は、小高区外への移住を余儀なく されて帰還を断念し、同人らは、避難生活終了後もなお地域環境から享受していた経 済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告46-④は本件事故当時出生しておらず、本件事故により避難生活を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、 慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号47】ア認定事実証拠(甲D47、丙D47)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告47-①(72歳、整体業)と原告47-②(67歳、無職)は夫婦であり、 原告47-③(30歳、無職)は両名の子である。 原告47-①は、昭和40年代に小高に転居し、原告47-③が生まれた後の昭和60年ころ事故時住所地に自宅を建築し、62歳で会社を退職した後、自宅で整体業を営んでいた。原告47-②は小高で生まれ育った。原告47-③は中学卒業後、臨時の仕事をしたことはあるが、定職に就いていない。 世帯番号47の原告らは、避難指示を受け、避難所での避難の後、原町区の借上住宅で避難生活を送り で生まれ育った。原告47-③は中学卒業後、臨時の仕事をしたことはあるが、定職に就いていない。 世帯番号47の原告らは、避難指示を受け、避難所での避難の後、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成29年4月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、客がいないため家業である整体業はやめ、隣人とも離れ離れになり交際できなくなった。 イ判断世帯番号47の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられたと認められる。 世帯番号47の原告らは、帰還して避難生活を終了した後も、家業を再開できず、商店や病院などの生活環境が変化し、また、近隣住民とも疎遠になり、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損 害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308 万円を認めるのが相当である。 【世帯番号48】ア認定事実証拠(甲D48、丙D48)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告48-①(63歳、大工)は小高で生まれ育ち、父と東京で大工として稼働し ていたが、父が体調を崩したため昭和45年に小高に戻り、以後、建築関係の仕事をしていた。 原告48-①は、避難指示を受け、避難所や長女宅での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送った。自宅が荒れ、自宅敷地内に放射線量が高いところもあったため、自宅への帰還を断念し、平成28年9月に小高区の復興住宅に入居した。復興 住宅内の付き合いができるようになってきたが、本件事故当時に同じ行政区だった友人は地区を離れ、知り合いと気軽に話すことはできず、買い物にも原町まで車で出か に小高区の復興住宅に入居した。復興 住宅内の付き合いができるようになってきたが、本件事故当時に同じ行政区だった友人は地区を離れ、知り合いと気軽に話すことはできず、買い物にも原町まで車で出かけている。 金谷行政区には、本件事故前は80世帯が居住し、8組の隣組で構成され、農作業を共同して行い、伝統行事、季節行事、環境整備などを行っていたが、令和2年6月 時点で帰還しているのは15世帯である。 イ判断原告48-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、小高区内で移住し、近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた精神的利益を失っていると 認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円を認めるのが相当である。 その一方で、原告48-①は、被告東電に対し、平成31年1月15日に住居確保損害として平成30年12月10日付け見積書をもとに住宅新築工事代金4332万円を請求し、平成31年2月12日に3045万6726円、同年3月19日に4 0万5200円、合計3086万1926円の支払を受けているところ、原告48- ①は、平成28年9月に小高の復興住宅に転居し、令和2年6月22日時点においても同所に居住していると陳述しており、上記新築費用が、原告48-①が避難生活を終了して生活再建を図るための費用であるとは認められず、被告東電による上記支払は、本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。 被告東電と原告48-①は、直接請求手続における住居確保損害の支払に際し、本 来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しており( あるといわざるを得ない。 被告東電と原告48-①は、直接請求手続における住居確保損害の支払に際し、本 来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しており(丙D48の3)、原告48-①について、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは認められない。 【世帯番号49】ア認定事実 証拠(甲D49、丙D49)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告49-①(48歳、自営業兼農業)は、小高で生まれ育ち、東京の大学を卒業後、郡山市にある会社に勤務したが、平成11年に小高区の実家に戻り、自宅を事務所にして原町区に店舗を借り、ゴルフショップを経営しながら、受け継いだ農業を母と営んでいた。 原告49-②(45歳、従業員)は原告49-①の弟であり、東京で就職したが、平成22年8月に戻り、福島で就職先が決まるまでの予定で、原告49-①が経営する会社でアルバイトをしていた。 原告49-③(78歳、農業)は原告49-①の母である。 世帯番号49の原告らは、避難指示を受け、親族宅などに避難していたが、原告4 9-①は、店舗再開準備のため平成24年1月に宇都宮市の借上住宅に転居し、同年4月ころに営業を再開した。平成27年4月に神奈川県藤沢市に自宅を購入し、令和元年7月から原告49-③と暮らす一方、令和元年6月に原町区に店舗兼住宅を新築し、原告49-③とともに藤沢市と原町区を往来する生活を送っている。小高の自宅は荒廃し、平成28年に取り壊したが、2か月に1度は確認に行っている。 原告49-②は、平成23年5月に川越市の借上住宅に転居し、求職活動をして同 年9月に就職し、平成28年3月に埼玉県坂戸市の自宅を購入して通勤している。 小谷地区には、本件事故前は60 原告49-②は、平成23年5月に川越市の借上住宅に転居し、求職活動をして同 年9月に就職し、平成28年3月に埼玉県坂戸市の自宅を購入して通勤している。 小谷地区には、本件事故前は60世帯が居住し、環境整備、伝統行事、季節行事、スポーツ大会などを行っていたが、隣組13軒のうち、令和3年6月時点で帰還しているのは5軒である。 イ判断 世帯番号49の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、自宅の荒廃などにより帰還を断念し、農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280 万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号50】ア認定事実証拠(甲D50、丙D50)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告50-①(55歳、信用組合職員兼農業)は小高で生まれ育ち、本件事故当時、 信用組合に勤務しながら、父の農作業を手伝っていた。原告50-②(25歳、郵便局職員)、原告50-③(23歳、無職)は、原告-①の長女、二女である。 原告50-①の自宅は本件津波による被害を受け、原告50-①の妻と父は津波により死亡した。自宅所在地は災害危険区域に指定された。 原告50-①と②は知人宅などに避難した後、原告50-②は、平成23年3月1 3日に仙台市の知人宅に移動し、以後、同市で暮らし、同市内で就職している。原告50-①は平成23年3月27日から相馬市の借上住宅に転居し、平成24年4月19日に相馬市に自宅を購入した。原 3日に仙台市の知人宅に移動し、以後、同市で暮らし、同市内で就職している。原告50-①は平成23年3月27日から相馬市の借上住宅に転居し、平成24年4月19日に相馬市に自宅を購入した。原告50-③は自閉症であり、一人では生活できず、本件事故後、福祉施設の人とともに避難し、平成23年3月24日から福島市内の福祉施設に入所した。 イ判断 世帯番号50の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため、広域移動を迫られ、避難生活を余儀なくされたと認められる。 原告50-①について、同人は帰還しないことを決めているところ、復興に向けた地区の計画が進まなかったことにも一因があることは否定できず、農業を再開できず、 近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。家財購入費などや田畑の財物賠償を行っていることを考慮しても、同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円を認めるのが相当である。その一方で、原告50-①は、訴訟外で、村上字前谷地共同墓地の墓石に ついて移転にかかる費用の賠償を請求し、被告東電から合計151万円の支払を受けているところ、同墓地は本件津波で流出しており、移転費用は本件事故以外の要因による損害である(丙C174、丙D50の2、丙E110)。上記支払は、被告東電が本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。被告東電と原告50-①は、直接請求手続において、事後、津波そのほか本件事故以外の要因による損害に関 する賠償金が含まれているこ 告東電が本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。被告東電と原告50-①は、直接請求手続において、事後、津波そのほか本件事故以外の要因による損害に関 する賠償金が含まれていることが判明した場合には精算することを合意しており、上記慰謝料について、151万円の限度で弁済の抗弁が認められ、原告50-①について、慰謝料残額129万円、弁護士費用12万円、合計141万円を認める。 原告50-②、③について、津波被害を考慮しても、意図せぬ広域移動により、避難生活終了後、本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利 益を従前どおり享受できなくなったことが認められ、同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号51】ア認定事実 証拠(甲D51、丙D51)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告51-①(58歳、主婦兼農業)は飯舘村出身で、婚姻後小高で暮らし、会社に勤務しながら農作業を手伝っていた。 原告51-①は、避難所、旅館などに避難した後、平成23年7月に鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成27年2月に原町区に移住した。 イ判断 原告51-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還を断念して避難生活を終了した後も、農業を再開できず、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号52】ア認 れる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号52】ア認定事実証拠(甲D52、丙D52、原告●●●●本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告52-①(62歳、会社員兼農業)と原告52-②(54歳、会社員兼農業) は夫婦であり、原告52-③(34歳、会社員)は両名の長男である。原告52-④被承継人(84歳、無職)は原告52-①の母である。原告52-④被承継人は令和元年5月1日に死亡した。 原告52-①は小高で生まれ育ち、造園会社に勤務しながら、受け継いだ農業を営んでいた。原告52-②は婚姻後、小高で暮らし、縫製会社に勤務しながら農作業を 行い、原告52-④被承継人も、自宅のとなりの畑で農作業を行っていた。 原告52-③は、実家を出て仙台市の専門学校に通学し、就職したが、体調を壊し、平成14年ころ実家に戻り、本件事故当時、原町のパチンコ店舗に勤務して実家から通勤していた。 世帯番号52の原告らは、避難指示を受け、親族宅、避難所、ホテルでの避難を経 て、仮設住宅で避難生活を送ったが、川房地区は放射線量が高く、帰還できないと判 断し、平成28年9月に福島市に自宅を新築し、移住した。 川房地区には、本件事故前は72世帯が居住し、農作業の共同、伝統行事、環境美化、季節行事、スポーツ大会などを行っていた。 イ判断世帯番号52の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強 いられたと認められ、帰還を断念して避難生活が終了した後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地 に生活の本拠があり、避難生活を強 いられたと認められ、帰還を断念して避難生活が終了した後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号53】ア認定事実証拠(甲D53、丙D53)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告53-①(68歳、無職)と原告53-②(68歳、無職)は夫婦である。 原告53-①は秋田出身であり、原告53-②と婚姻後、同人の実家の土地の一部 である事故時住所地に自宅を建築した。原告53-①は、建設会社に勤務し、平成14年に定年退職するまで単身赴任をすることも多かったが、退職後、小高の自宅で暮らし、浪江町の建設会社に勤務する長男の家族と同居しながら、地域の活動に参加し、共通の趣味を持つ仲間で山歩きをしたり、釣りをしたりしていた。 世帯番号53の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅などでの避難を経て、 会津若松市の賃貸住宅、原町区の賃貸住宅で避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。吉名地区に帰還した世帯は2割か3割程度であり、本件事故前は同居していた長男の家族も帰還していない。 イ判断世帯番号53の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強 いられたと認められる。帰還後、自然環境や近隣住民との交流が変化し、また、世帯 家族の生活歴に照らし本件事故がなければ3世代の生活が続けられたとの期待に具体的客観性があるものの、帰還後 いられたと認められる。帰還後、自然環境や近隣住民との交流が変化し、また、世帯 家族の生活歴に照らし本件事故がなければ3世代の生活が続けられたとの期待に具体的客観性があるものの、帰還後は別居することとなり、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境等から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当 である。 【世帯番号54】ア認定事実証拠(甲D54、丙D54)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告54-①(73歳、無職)と原告54-②被承継人(71歳、無職)は夫婦で あり、原告54-③(46歳、農業手伝い)、原告54-④(41歳、会社員)は両名の長男、二男である。原告54-⑤(18歳、高校3年)は原告54-③の子である。 原告54-②被承継人は令和元年5月9日に死亡した。 原告54-①と②被承継人は婚姻後、小高で暮らし、昭和53年ころ、土地を取得して自宅を新築した。原告54-①は看護師として稼働し、原告54-②被承継人は 製材所に勤務したり、埼玉県川越市の親族の会社に勤めたりしていたが、両名とも退職した後は、畑で野菜を栽培し、花木を手入れし、地元の友人と遊びに行ったり、家族の面倒を見るなどして過ごしていた。 原告54-③は、高校卒業後、東京で就職したものの、婚姻後、小高に戻り、会社に勤務したが、うつ病のため本件事故の3年くらい前に退職し、近隣農家の農作業の 手伝いをしていた。 原告54-④は、高校卒業後、東京で就職したが、1年半ほどで小高に戻り、原子力発電所の作業を受注する会社に勤務していた。 原告54-⑤は、 に退職し、近隣農家の農作業の 手伝いをしていた。 原告54-④は、高校卒業後、東京で就職したが、1年半ほどで小高に戻り、原子力発電所の作業を受注する会社に勤務していた。 原告54-⑤は、平成23年3月に高校を卒業して同年4月に仙台の専門学校に進学した。 世帯番号54の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等に避難した。その後、 原告54-①、②被承継人、③は平成23年4月から川越市の借上住宅で避難生活を送っていたところ、原告54-③が川越で暮らすことを望み、仙台の専門学校を卒業して川越で就職した原告54-⑤も川越に残ることを希望したため、原告54-①は、平成25年10月ころ、川越市に土地建物を購入し、移住した。原告54-①は、小高では親戚、地域の人たちと助け合って生きていたが、親しかった人と連絡もとれず、 喪失感を覚えている。 原告54-④は、平成23年7月に勤務先の指示で原町区に戻り、原町区の仮設住宅で避難生活を送り、平成28年までに婚姻し、相馬市の新居を取得し、妻と妻の子と3人で移住した。 大井地区には、本件事故前は約200世帯が居住し、環境美化、季節行事や旅行会 などの活動を行っていた。 イ判断世帯番号54の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたことが認められる。 原告54-①と②被承継人は、家族の意向を受けて帰還を断念し、避難生活終了後 も、親しくしていた人と疎遠になり、小高と移住先との生活環境の違いなどから、精神的利益の喪失が顕著に継続して現存し、原告54-③、④、⑤も、避難指示により同人らの生活環境が変容し、避難生活終了後も、本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったこと 継続して現存し、原告54-③、④、⑤も、避難指示により同人らの生活環境が変容し、避難生活終了後も、本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったことが認められる。世帯番号54の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害 に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号55】ア認定事実証拠(甲D55、丙D55)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告55-①(47歳、会社員)と原告55-②(33歳、農業手伝い)は夫婦だ ったが、平成30年9月5日に離婚した。 原告55-①は小高で生まれ育ち、本件事故時は警備保障会社に勤務しながら、受け継いだ農業を営んでいた。原告55-②も小高で生まれ育ち、原告55-①と平成18年に婚姻した後、農作業を手伝っていた。 原告55-①の自宅は地震により大規模半壊し、所有する田は高台にあるものを除 き本件津波による被害を受けた。 世帯番号55の原告らは、親族宅等での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送っていたが、避難のため自宅の地震被害を修理することができないまま自宅が劣化し、動物に荒らされ、取り壊すことを決め、帰還を断念して平成27年4月に原町区に土地を購入して自宅を建築し、移住した。原告55-①は、移住後、小高にいた ときのような人間関係は築けず、近隣住民と会話をすることは少なく、交流する機会となる行事もない。 原告55-②は、①との離婚後、原町区の賃貸マンションに転居し、その後、令和2年4月に再婚していわき市に移住している。 浦尻地区には7つの組があり、20世帯の組で、農作業の共同、伝統行事、環境美 55-②は、①との離婚後、原町区の賃貸マンションに転居し、その後、令和2年4月に再婚していわき市に移住している。 浦尻地区には7つの組があり、20世帯の組で、農作業の共同、伝統行事、環境美 化、季節行事や旅行会などの活動を行っていた。 イ判断世帯番号55の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。原告らは、帰還を断念し、小高と移住先との生活環境の違いなどから、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享 受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号56】ア認定事実 証拠(甲D56、丙D56)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告56-①(53歳、鍼灸接骨院経営)と原告56-②(53歳、自営業事務)は夫婦であり、原告56-③被承継人(83歳、無職)、原告56-④被承継人(85歳、無職)は、原告56-①の父、母である。原告56-③被承継人は令和2年5月10日、原告56-④被承継人は令和4年1月28日に死亡した。 原告56-③被承継人、④被承継人は小高で生まれ育ち、原告56-①も小高で生 まれたが、その後、転居を重ね、原告56-①が中学を卒業するころ小高に戻り、原告56-③被承継人は鍼灸院を開業した。原告56-①も高校卒業後、鍼灸師と柔道整復師の資格を取得し、東京で就職していたが、昭和55年に原告56-②と婚姻した後、小高に戻って原告56-③被承継人、④被承継人と同居し、鍼灸接骨院を営んでいた。 世帯番号56の原告らは、 整復師の資格を取得し、東京で就職していたが、昭和55年に原告56-②と婚姻した後、小高に戻って原告56-③被承継人、④被承継人と同居し、鍼灸接骨院を営んでいた。 世帯番号56の原告らは、避難指示を受け、避難所、宮城県岩沼市の原告56-①と②の長男宅等での避難を経て、福島県伊達市の借上住宅、原町区の借上住宅などで避難生活を送っていたところ、原告56-①は、高齢で視力障害がある原告56-③被承継人、④被承継人の生活を考え、帰還を断念し、平成25年10月に長男の自宅に近い宮城県亘理郡亘理町に中古住宅を購入して4人で移住した。原告56-①は、 平成27年に鍼灸接骨院を改築して再開し、週に2泊して営業している。再開後は、若い患者が減り、スポーツを通じた患者のつながりも得られず、生きがいや励みを失っている。原告56-②も、移住先に知人、友人はいない。 原告らが居住する行政区には、12軒からなる組があり、交通安全活動をしたり、花見会をしたりしていた。 イ判断世帯番号56の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還を断念し、避難生活終了後も、小高と移住先との生活環境の違いなどから、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、 既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが 相当である。 その一方で、原告56-①は、同人が平成25年10月に亘理町の住宅の所有権移転登記を得て移住した後である平成27年3月、宮城県岩沼市を工事場所とする内部工事、外構工事等の合計274万円の見積書及び同月29日付けで長男が原告56-①宛てに作成した4800万円の 宅の所有権移転登記を得て移住した後である平成27年3月、宮城県岩沼市を工事場所とする内部工事、外構工事等の合計274万円の見積書及び同月29日付けで長男が原告56-①宛てに作成した4800万円の領収書を提出して住居確保損害を請求し、被告東電 から4700万4307円の支払いを受けているところ、上記工事場所の建物は、平成22年6月に原告56-①とは姓が異なる2名によって新築されたもので、その後も原告56-①が当該不動産を取得した事実は認められず、令和3年5月時点において原告らが上記不動産に居住しているとも認められない。上記支払について、本件事故発生時点において原告56-①が居住していた所在からの移住に伴う移住先住居 の再取得費用であるとは認められず、被告東電による4700万4307円の支払は、住居確保損害の支払の趣旨に照らしても、本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。 被告東電と原告56-①は、直接請求手続において、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しているところ、請求者 は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求手続を行っており(丙D56の2)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生活再建を図るものであることを踏まえれば、上記4700万4307円の返還について、世帯番号56の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号56の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害がある とは認められない。 【世帯番号57】ア認定事実証拠(甲D57、丙D57)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告57-①(62歳、農業兼漁業)と原告57-②(53歳、主婦)は夫婦であ ない。 【世帯番号57】ア認定事実証拠(甲D57、丙D57)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告57-①(62歳、農業兼漁業)と原告57-②(53歳、主婦)は夫婦であ り、原告57-③(27歳、アルバイト)は両名の長女である。 世帯番号57の原告らは小高で生まれ育ち、家業である農業と漁業を営み、原告57-②は本件事故当時、農協に勤務していた。 原告らの自宅は本件津波により浸水したが、修復すれば住むことが可能だった。 世帯番号57の原告らは、親族宅での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送っていたが、自宅は荒れ、農業・漁業も再開できないため、移住することを決め、 平成29年8月、長男が居住する相馬市に土地を購入して自宅を新築し、同所に移住した。 イ判断世帯番号57-②は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活終了後も、家業である農業、漁業を再開できず、また近隣住民との交流の変化な どにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号58】 ア認定事実証拠(甲D58、丙D58)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告58-①(66歳、自営業)は小高で生まれ育ち、婚姻後、夫の実家の家業である衣料品販売業を営んでいた。自宅兼店舗は小高駅前商店街の並びにあり、地域のたまり場となっていて、店にはいつも誰かが世間話をしていた。 原告58-④(41歳、自営業手伝い)は同人の長女であり、原告58- 業を営んでいた。自宅兼店舗は小高駅前商店街の並びにあり、地域のたまり場となっていて、店にはいつも誰かが世間話をしていた。 原告58-④(41歳、自営業手伝い)は同人の長女であり、原告58-③(53歳、会社員)は原告58-④の夫である。原告58-④は高校卒業後、東京で就職し、原告58-③との婚姻生活を送っていたが、平成13年ころ、父の死を機に家族で小高に戻り、原告58-①が居住する自宅兼店舗の倉庫を改修して居住した。原告58-⑤(11歳、小学5年生)、原告58-⑥(9歳、小学3年生)は原告58-③、④ の子である。 原告58-②被承継人(67歳、無職)は原告58-①の夫の弟であり、統合失調症のため双葉町の双葉厚生病院に入院していた。原告58-②被承継人は令和2年12月7日に死亡した。 原告58-①らの自宅は本件地震のため損壊し、原告58-①、③、④、⑤、⑥は、避難所、知人宅に避難し、東京都で不動産業を営む長男が準備した都内の借上住宅等 で避難生活を送った。 平成23年9月、原告58-①は、原町区の借上住宅に転居することにしたが、原告58-③らは子の進学のため東京に残ることを決めた。 原告58-①は、平成28年4月から原町区の災害復興住宅に入居し、原告58-③、④、⑤、⑥は平成30年2月に東京都大田区の借家に転居した。原告58-①は、 夫の死後、絶やすまいと頑張って経営してきた家業を廃業せざるを得ず、無念を感じている。 原告58-②被承継人は、本件事故後、病院を転院し、原告58-①と原町区の災害復興住宅で1か月ほど同居したが、精神状態が悪化し、平成28年7月から鹿島区のグループホームに滞在していたところ、令和2年12月に死亡した。 イ判断原告58-②被承継人について、同人は、入院先 で1か月ほど同居したが、精神状態が悪化し、平成28年7月から鹿島区のグループホームに滞在していたところ、令和2年12月に死亡した。 イ判断原告58-②被承継人について、同人は、入院先病院所在地により帰還困難区域の居住者として1562万5000円の慰謝料を受領しているところ、実家のある小高に帰還できずに死亡したことを考慮しても、上記金額を超える慰謝料請求権があることを認めるべき事情は認められない。 原告58-①、③、④、⑤、⑥は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 原告58-①は、避難生活終了後も、家業を再開できず、近隣住民との交流が失われ、小高区の地域の変容によりなおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。また、本件事故時 までの家族の生活歴、職歴に照らし、本件事故がなければ原告58-③、④、⑤、⑥ との同居生活が続けられたであろうとの期待に具体的客観性がある一方で、避難生活終了後も、原告らが別居を続ける理由は、避難帰還が長期に及んだことに原因があると認められることを考慮すれば、それぞれにおいて、本件事故後の生活環境や自然環境の変容により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。原告58-①、③、④、⑤、⑥ の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号59】ア認定事実証拠(甲D59、丙D59)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告59-①(46歳、会社員)は小高で生まれ育ち、昭和64年か 当である。 【世帯番号59】ア認定事実証拠(甲D59、丙D59)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告59-①(46歳、会社員)は小高で生まれ育ち、昭和64年から警備保障会社に勤め、勤務先である本件発電所まで通勤しながら、父母と農業を営んでいた。原告59-②(16歳、高校1年生)、原告59-⑥(18歳、高校3年生)は原告59-①の長男、二男である。 原告59-③(72歳、農業)、原告59-④(69歳、農業)は、原告59-①の 父、母であり、原告59-⑤(77歳、無職)は、原告59-③の姉である。原告59-⑥には幼いころからの身体障害があり、要介護5に認定されていた。原告59-⑤は平成29年4月19日に死亡した。 本件事故当時、上記6名で同居していた。 原告らの自宅は本件津波により床上浸水で半壊し、田は全て浸水し、畑は一部を除 き浸水した。 世帯番号59の原告らは、避難所、知人宅、旅館等に避難した。 原告59-①は、平成23年11月ころから、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送っていたところ、平成26年4月に再婚し、夫婦で婦人服販売の事業を始め、店舗への通勤のため、平成29年1月ころ、福島県伊達市の建売住宅を購入して移住したが、 妻の体調不良のため事業は休業し、令和元年10月から交通指導や設備警備を業務と する会社に勤務している。 原告59-⑥は、平成23年4月、就職が決まっていた会社の会津若松市の寮に転居した。 原告59-②は、通学する小高工業高校のサテライト校が二本松市にあったため、福島市の知人宅に下宿した後、平成24年3月末ごろから原告59-①の仮設住宅に 転居し、平成25年3月に高校を卒業して宮城県角田市にある会社に就職し、宮城県岩沼市のアパートに移住した。 たため、福島市の知人宅に下宿した後、平成24年3月末ごろから原告59-①の仮設住宅に 転居し、平成25年3月に高校を卒業して宮城県角田市にある会社に就職し、宮城県岩沼市のアパートに移住した。 原告59-③、④は、平成23年秋頃から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成27年10月ころ、小高区の自宅に帰還したが農業を再開する見込みはない。 原告59-⑤は、平成23年3月に千葉市の介護付優良老人ホームに入居していた ところ、平成29年4月19日に死亡した。 浦尻地区には、本件事故前は約100世帯が居住し、祭り、伝統行事、運動会などの活動を行っており、原告59-①は積極的に参加していた。 イ判断世帯番号59の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 原告59-①、②、③、④、⑤は、避難生活を強いられ、帰還を断念し、避難生活終了後、農業を再開したくとも再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各 28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告59-⑥は、本件事故当時、すでに平成23年3月中に就職することが決まっており、同月末に就職に伴い会津若松市の寮に転居しており、同年4月以降の生活は、避難生活を強いられたものとは認められない。したがって、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料のうち、同年4月以降平成30年3月までの84月分は過払 である。上記転居までは避難生活を強いられて平穏な日常生活の維持・継続を阻害さ れており、原告 よる精神的損害に対する慰謝料のうち、同年4月以降平成30年3月までの84月分は過払 である。上記転居までは避難生活を強いられて平穏な日常生活の維持・継続を阻害さ れており、原告59-⑥にとっても、小高区の社会環境の変容による精神的損害があることを認めうるとしても、被告東電が訴訟外で同人に既に支払った894万円の慰謝料(丙C174)を超えて同人に慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号60】ア認定事実 証拠(甲D60、丙D60)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告60-①(80歳、アルバイト)と原告60-②被承継人(79歳、自営業)は夫婦である。 原告60-①は漁師だったが平成16年に引退し、建築会社でアルバイトをしていた。原告60-②被承継人は、婚姻後、小高で暮らし、理容所を経営していた。原告 60-②被承継人は平成28年9月6日に死亡した。 原告らの自宅は本件地震により傾き、損壊した。 世帯番号60の原告らは、避難指示を受け、避難所、ホテルでの避難を経て、鹿島区の借上住宅で避難生活を送っていたところ、避難中に自宅建物は取り壊され、平成28年7月に小高区の災害公営住宅に転居した。 原告らの自宅は小高駅近くの商店街にあり、必要な施設は徒歩圏内にあり、隣組の交流も盛んで、近隣住民と協力しながら暮らしていた。転居後、暮らしやすかった生活環境は得られていない。 イ判断世帯番号60の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 長引く避難生活のうちに移住を決め、避難生活終了後も、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精 ちに移住を決め、避難生活終了後も、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号61】 ア認定事実証拠(甲D61、丙D61)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告61-①(56歳、会社員兼農業)と原告61-②(56歳、会社員)は夫婦であり、原告61-③(27歳、会社員)は、両名の長男である。 原告61-④(78歳、農業)は、原告61-①の母である。 原告61-①は小高で生まれ育ち、原告61-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告61-①は本件発電所内の業務を行う会社に、原告61-③は原町区の会社に勤務しながら、家族で農業を営んでいた。 世帯番号61の原告らは、避難所、親族宅等での避難を経て、原告61-③は転勤のため甲府市のアパートで、原告61-①、②、④は鹿島区の仮設住宅で避難生活を 送り、平成28年11月、原告61-③とともに小高区の自宅に帰還した。帰還後も休耕が続き、土地が荒れ、用水路の管理が困難であり、農業用機械類も壊れ、また、野菜栽培の主な担い手であった原告61-①の父が平成25年に自死したこともあり、農業を再開できていない。 大井地区には、本件事故前は約140世帯が居住し、農作業の共同、親睦会、運動 会などを行っていたが、令和3年10月現在、帰還しているのは90戸である。 イ判断世帯番号61の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後 会などを行っていたが、令和3年10月現在、帰還しているのは90戸である。 イ判断世帯番号61の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受 していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号62】ア認定事実 証拠(甲D62、丙D62)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告62-①(52歳、会社員)と原告62-②(53歳、主婦)は夫婦であり、原告62-③(26歳、会社員)は、両名の長男である。 原告62-④被承継人(85歳、無職)、原告62-⑤被承継人(83歳、無職)は、原告62-①の父、母である。原告62-④被承継人は令和元年5月28日、原告62-⑤被承継人は平成27年11月23日に死亡した。 原告62-④被承継人と⑤被承継人は、昭和29年から原告62-④被承継人の実家である小高で生活していた。原告62-①、②は小高で生まれ育ち、原告62-①は相馬市の会社に、原告62-③は相馬工場のある会社に勤務していた。世帯番号62の原告らは、自宅の畑で自家消費用の野菜を栽培していた。 世帯番号62の原告らは、親族宅等での避難を経て、平成23年7月又は同年8月 に鹿島区の仮設住宅に転居して避難生活を送り、原告62-①、②、④被承継人、⑤被承継人は、平成27年4月ころから小高区の自宅に宿泊するようになり、帰還した。 帰還後、ふるさと小高 又は同年8月 に鹿島区の仮設住宅に転居して避難生活を送り、原告62-①、②、④被承継人、⑤被承継人は、平成27年4月ころから小高区の自宅に宿泊するようになり、帰還した。 帰還後、ふるさと小高区地域農業復興組合で、小高区の農地を保全する作業を行っている。自宅菜園の規模は10分の1程度になった。 原告62-③は、平成25年5月、婚姻し、原町区の借上住宅に転居し、平成29 年3月、原町区の災害公営住宅に移住した。 小高区小高地区には、本件事故前は約130世帯が居住し、季節行事、環境美化、親睦会、伝統行事などを行っていた。原告らの属する班は、本件事故前は13世帯で構成したが、令和2年6月現在、6世帯である。 イ判断 世帯番号62の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告62-①、②、④被承継人は、帰還後も、農業を従来どおり再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加 え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告62-③について、避難生活中、婚姻に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非 代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を あった身近で非 代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告62-⑤被承継人は、避難指示解除前に死亡しているが、前記のとおり、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え、避難生活による精神的損害の慰謝料では評価し尽くせない精神的苦痛に対する慰謝料として280万円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号63】 ア認定事実証拠(甲D63、丙D63)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告63-①(62歳、無職)は、原町区で生まれ育ち、稼働していたが、子育てが一段落した本件事故の10年ほど前に小高区の会社に勤めたのをきっかけに、小高に転居した。本件事故の2、3年前に、体調を崩して退職した。 原告63-①は、知人宅等での避難を経て、原町区の借上住宅、仮設住宅で避難生活を送り、平成29年10月に原町区の復興公営住宅に入居した。 イ判断原告63-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、避難生活終了後も、小高区から意図せず転居を余儀なくされ、近隣住民 との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは 地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁 現が阻害され、あるいは 地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号64】ア認定事実 証拠(甲D64、丙D64)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告64-①(64歳、会社員)は、北海道北見市で生まれ、婚姻を機に浪江町に移住し、仕事の都合で平成5年ころから小高に転居した。本件事故当時は電話設備委託業務に従事していた。 原告64-①は、避難所等での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、 平成28年10月に小高区の自宅に帰還した。 小高区小高地区では、環境美化、伝統行事、カラオケ大会などの行事があり、原告は積極的に参加していたが、帰還後は、近隣住民と話をする機会もなく、寂しい思いをしている。 イ判断 原告64-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、近隣住民との交流、自然環境、生活環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計3 08万円を認めるのが相当である。 【世帯番号65】ア認定事実証拠(甲D65、丙D65)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告65-①(48歳、会社員)と原告65-②(42歳、会社員兼農業)は夫婦 であり、原告65-③(16歳、高校1年生)、原告65-⑤(21歳、歯科衛生士) によれば、以下の事実が認められる。 原告65-①(48歳、会社員)と原告65-②(42歳、会社員兼農業)は夫婦 であり、原告65-③(16歳、高校1年生)、原告65-⑤(21歳、歯科衛生士)、 原告65-⑥(20歳、農協職員)は、両名の長男、二女、三女である。 原告65-④(69歳、農業)は、原告65-①の母である。 原告65-①は小高で育ち、原町区の会社に勤めながら、家族で農業を営んでいた。 原告65-②は婚姻後、小高で暮らし、小高区の会社に勤めていた。 世帯番号65の原告らは、親族宅等での避難を経て、平成23年6月、原告65- ②、③、④、⑤は福島市の借上住宅に、原告65-①は、勤務先事業所が再開したため原町区の借上住宅に転居した。同年8月から、原告65-②、③は、原告65-①が住む原町区の借上住宅に転居した。 原告65-①、②、④は、平成30年8月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、田畑は荒れ、農機具は傷み、いつになれば従前どおりの農業を再開できるかめどはたっ ていない。 原告65-③は、平成25年4月に郡山の大学に進学して郡山市に転居した。大学卒業後、教員となり、平成29年の転勤に伴い、以後、原告65-①らと同居している。 原告65-⑤は、平成25年2月に婚姻し、原町区に転居した。 原告65-⑥は、会社避難所等を経て、平成23年11月に婚姻し、夫の自宅がある相馬市に転居した。 女場地区では、月に1回程度は活動し、農作業の共同、季節行事、運動会、伝統行事などを行っていた。原告らが所属する隣組は40世帯で構成されたが、令和2年7月現在、帰還しているのは10世帯余りである。 イ判断世帯番号65の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 帯で構成されたが、令和2年7月現在、帰還しているのは10世帯余りである。 イ判断世帯番号65の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告65-①、②、④は、避難生活終了後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地 域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精 神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 原告65-③、⑤、⑥は、避難生活中、進学や婚姻に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった 身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 その一方で、原告65-①は、訴訟外で、住居確保損害として、小高区の自宅の建替費用のほか、平成29年3月に原告65-⑥の夫が家族で暮らすために取得した相馬市の土地建物の取得費用3472万円を請求し、2480万0522円を受領しているところ(丙D65の4の2)、原告65-⑥は平成23年11月に婚姻して相馬市内に居住する夫宅に転居しており、婚姻後5年以上を経て、相馬市内に夫名義の自 宅を取得することは、長期にわたり帰還できないことなどを理由 4の2)、原告65-⑥は平成23年11月に婚姻して相馬市内に居住する夫宅に転居しており、婚姻後5年以上を経て、相馬市内に夫名義の自 宅を取得することは、長期にわたり帰還できないことなどを理由に生活の本拠を本件事故発生日時点の住居から移す移住にあたるとはいえず、そのための住居の取得費用が本件事故と相当因果関係がある損害であるとは認められない。被告東電による2480万0522円の支払は、住居確保損害の支払の趣旨に照らしても、本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。被告東電と原告65-①は、直接請求 手続において、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しているところ、請求者は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求手続を行っており(丙D65の4の1)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生活再建を図るものであることを踏まえれば、上記2480万0522円の返還について、世帯番号65の原告らが得られる賠償金 と相殺する合意が成立していると認められる。 よって原告番号65の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは認められない。 【世帯番号66】ア認定事実証拠(甲D66、丙D66)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告66-①(53歳、主婦)と原告66-②(54歳、会社員)は夫婦であり、原告66-③(16歳、高校1年生)、原告66-④(15歳、中学3年生)は、両名の長女、長男である。 原告66-⑤(78歳、無職)は、原告66-①の父である。同人は令和3年2月11日に死亡した。 原告66-①は相馬で生まれ、婚姻後、原告66-②が生まれ育った小高の実家で暮らしていた。原告 原告66-⑤(78歳、無職)は、原告66-①の父である。同人は令和3年2月11日に死亡した。 原告66-①は相馬で生まれ、婚姻後、原告66-②が生まれ育った小高の実家で暮らしていた。原告66-②は、会社に勤め、転勤のため、平成19年から埼玉県越谷市に単身赴任していた。原告らは、受け継いだ畑で野菜等を栽培し、農業を営んでいた。 原告らの自宅は、本件津波により流失した。 原告66-②は、本件地震発生時は越谷市の職場にいたが、自宅が津波で流されたことを知らされて小高の家に帰宅した。 世帯番号66の原告らは、避難所での避難を経て、平成23年3月18日に原告66-②の越谷市の単身用アパートに移動した。同年5月7日に越谷市内で転居し、その後、同所を原告66-①のみなし仮設住宅として平成31年3月までの居住先とし、 原告66-②が埼玉県北葛飾郡松伏町の住宅をみなし仮設住宅とした。原告66-③は、埼玉の高校への編入のための面接を受けたが受容されないと感じ、相馬高校への通学を続けることを決め、平成23年4月から平成25年3月まで相馬市の親族宅で生活した。原告66-①は、帰還したとしても、原告66-⑤の通院先と介護サービスを確保するのは困難であり、原告66-④が高校生活を越谷市で送るためにも、し ばらくは越谷にいたほうがよいと考え、帰還を断念し、平成24年1月に上記松伏町 内のみなし仮設住宅を購入し、原告らは移住した。 原告66-②は、平成24年4月から1年間、勤務先会社の相馬工場長を兼務し、埼玉と相馬を毎週往復していた。 原告らが所属する部落は30世帯ほどで構成され、定期的に会合が開かれ、季節行事、運動会、農作業の共同、旅行会などを行っていた。 イ判断原告66-①、③、④、⑤は、本件事故時に小高 た。 原告らが所属する部落は30世帯ほどで構成され、定期的に会合が開かれ、季節行事、運動会、農作業の共同、旅行会などを行っていた。 イ判断原告66-①、③、④、⑤は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。自宅の津波被害により避難を免れなかったが、避難指示のため広域移動を迫られ、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。 原告66-①、⑤は、地域住民が離散し、農作業を再開できない原因となったことも否定できず、津波だけであれば農業を再開できたであろうとの期待に相応の現実的可能性が認められることを考慮すると、避難生活終了後もなお自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝 料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告66-③、④について、津波被害を考慮しても、意図せぬ広域移動により、避難生活終了後、本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったことが認められ、同人らの精神的損害について、 既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告66-②について、同人は本件地震発生後もすぐに小高に戻っており、小高にも生活の拠点があったと認められるが、もともと単身赴任生活を送っていた原告66-②が越谷市や同市に近接する松伏町で家族とともに過ごすことになった生活につ いて、避難指示により自宅以外での生活を長期間余儀なくされたものであるとは 、もともと単身赴任生活を送っていた原告66-②が越谷市や同市に近接する松伏町で家族とともに過ごすことになった生活につ いて、避難指示により自宅以外での生活を長期間余儀なくされたものであるとは認め られない。既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料は過払である。小高にも拠点を有していたと認められる同人には、小高区の社会環境の変容による精神的損害があることを認めうるとしても、被告東電が訴訟外で原告66-②に支払った862万円の慰謝料を超えて同人に慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号67】 ア認定事実証拠(甲D67、丙D67)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告67-①(53歳、会社員)と原告67-②(55歳、看護師)は夫婦であり、原告67-③(78歳、無職)、原告67-④(75歳、無職)は、原告67-①の父、母である。 原告67-①は原告67-③、④が生活する小高で生まれ育ち、原告67-②は婚姻後、小高で暮らしていた。原告67-①は、本件事故当時、小高に福島事業所がある会社に勤務し、原告67-②は、看護師として稼働していた。原告らは、兼業農家として農業を営み、米を栽培するほか、自家消費用の野菜を栽培していた。 原告らの自宅は、本件津波により床上浸水の被害を受け、自宅所在地は災害危険区 域に準ずる扱いとなった。 世帯番号67の原告らは、避難所、親族宅等に避難した。原告67-②は、勤務先病院での勤務が続き、南相馬を離れることができなかったが、原告67-①は、勤務先事業所の事業停止を受け、配置転換により山形県酒田市に勤務することとし、平成23年8月から、原告67-③、④とともに山形県酒田市の社宅で避難生活を送った が、退職した。以後、原告67-①、②は、原 所の事業停止を受け、配置転換により山形県酒田市に勤務することとし、平成23年8月から、原告67-③、④とともに山形県酒田市の社宅で避難生活を送った が、退職した。以後、原告67-①、②は、原町区の賃貸アパートに転居し、小高の居住地区が防災集団移転促進事業の対象となったことや、放射能への不安から移住を決め、原告67-②の通勤や生活の利便性を考え、原町区に自宅を新築し移住した。 原告67-③、④は、原町区の親族宅、鹿島区の仮設住宅、原町区の仮設住宅に転居し、平成29年4月から上記原告67-①らの原町区の自宅に移住した。 移住後、近隣付き合いはなく、隣人の顔も知らない生活になった。 行津地区には、本件事故前は22世帯が居住し、農作業の共同、伝統行事、環境美化、季節行事やスポーツ大会などを行っていた。本件事故後、災害危険区域に準ずる扱いを受ける世帯は全世帯とも小高を離れ、帰還しているのは3世帯である。 イ判断世帯番号67の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 自宅の津波被害により避難を免れなかったが、避難指示のため、広域移動を迫られ、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。そして、農業再開を前提とする小高区内の近隣地区への移住を断念しているところ、避難指示により近隣地区の復興に向けた計画が進まなかったことが原因となったことも否定できないことを考慮すると、避難生活終了後もなお自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享 受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号68】ア認定事 。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号68】ア認定事実 証拠(甲D68、丙D68)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告68-①(54歳、会社員兼農業)と原告68-②(52歳、エステサロン経営)は夫婦であり、原告68-③(17歳、高校1年生)は両名の三女である。 原告68-④被相続人(87歳、無職)は、原告68-①の母である。同人は平成27年4月4日に死亡した。 原告68-①は小高で生まれ育ち、会社に勤めながら、受け継いだ農業を営んでいた。原告68-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 世帯番号68の原告らは、原町区のアパート、借上住宅等での避難を経て、平成23年5月から、原町区のアパートで避難生活を送り、原告68-③は平成25年4月に進学のため、仙台市に転居した。原告68-④被相続人は平成27年4月に死亡し、 原告68-①、②は、平成28年4月に小高の自宅に帰還した。帰還後、農業はまだ 再開できていない。 原告らの自宅が所属する隣組13世帯のうち、令和2年7月時点で帰還しているのは6世帯である。 イ判断世帯番号68の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強 いられたと認められる。 原告68-①、②は、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士 費用として各28万円、 域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士 費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告68-③は、避難生活中、進学に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や 地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告68-④被相続人は、避難指示解除前に死亡しているが、前記のとおり、既払 の85月分の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え、避難生活による精神的損害の慰謝料では評価し尽くせない精神的苦痛に対する慰謝料として280万円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号69】ア認定事実 証拠(甲D69、丙D69)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告69-①(64歳、農業)と原告69-②(62歳、会社員)は夫婦であり、原告69-③(40歳、会社員)は両名の長男である。 原告69-①は小高で生まれ育ち、原告69-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告69-①は、平成22年まで会社に勤務しながら、受け継いだ農業を営んでいた。 原告69-②は小高工場がある会社 である。 原告69-①は小高で生まれ育ち、原告69-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告69-①は、平成22年まで会社に勤務しながら、受け継いだ農業を営んでいた。 原告69-②は小高工場がある会社に、原告69-③は建設コンサルタント会社に勤 務していた。 世帯番号69の原告らは、避難所、親族宅での避難を経て、相馬市、原町区の住宅で避難生活を送り、平成29年5月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、農業は再開していない。 福岡地区には、本件事故前は52世帯が居住し、季節行事、伝統行事、環境美化、 スポーツ大会などを行っていた。原告らが所属する組は18世帯で構成されるところ、自宅が本件津波による被害を受けなかったのは3世帯であり、令和3年2月時点で帰還しているのは4世帯である。 イ判断世帯番号69の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、避難生活終了後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号70】ア認定事実証拠(甲D70、丙D70)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告70-①(70歳、大工)と原告70-②(69歳、主婦)は夫婦である。 原告70-③(45歳、会社員)、原告70-④(41歳、会社員)は、両名の長男、 二男である。 世帯番号70の原告らは小高で生まれ育った。原告70-①は木造建築の大工であり、原告70 0-③(45歳、会社員)、原告70-④(41歳、会社員)は、両名の長男、 二男である。 世帯番号70の原告らは小高で生まれ育った。原告70-①は木造建築の大工であり、原告70-③は高校卒業後鹿島区の会社に勤務し、原告70-④は高校卒業後原町の会社に勤務し、また所有する畑で自家消費用の野菜を栽培していた。 世帯番号70の原告らは、避難指示を受け、避難所等に避難し、原告70-①、②は原町区の借上住宅、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、原告70-①は平成28 年7月に、原告70-②は平成29年3月に小高区の自宅に帰還した。原告70-③は、平成23年3月16日から出張先の栃木県、宮城県に滞在した後、同年7月から原告70-①、②と避難生活を送り、平成29年3月に小高の自宅に帰還した。原告70-④は上記原町区の借上住宅で避難生活を続け、平成29年3月に小高の自宅に帰還した。帰還後、畑の耕作を再開したが、周囲の畑があれ、害獣の被害がある。山 菜採取や釣りをすることもなくなり、近隣住民との付き合いもなくなった。 泉沢地区には、本件事故前は55世帯が居住し、伝統行事、環境美化、季節行事などの活動を行っていたが、令和3年8月現在、原告らの組で帰還しているのは14世帯のうち5世帯であり、行政区の活動で残っているのは老人会と消防団ぐらいである。 イ判断 世帯番号70の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各2 害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合 計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号71】ア認定事実証拠(甲D71、丙D71)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告71-①(61歳、食品スーパー経営)と原告71-②(60歳、食品スーパ ー経営)は夫婦であり、原告71-③(31歳、会社員)は両名の長男である。 原告71-④(27歳、パート)は原告71-③の妻、原告71-⑤(3歳、保育園)は原告71-③と④の子である。 原告71-①は小高で生まれ育ち、受け継いだ自宅兼店舗の食品スーパーを営んでいた。原告71-②は婚姻後、小高で暮らしていた。原告71-③は、仙台空港内の事業者に勤務し、一時仙台に転居していたが、原告71-⑤の出生後、原告71-④ とともに小高に戻り、上記勤務先に通勤していた。 世帯番号71の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅、原告71-③が就職した会社のある東京都福生市の社宅などに避難した。原告71-③は勤務先が本件津波被害を受け復職のめどがたたなかったため、避難先で求職し、東京都福生市で社宅付きの職を得て、平成23年6月、原告らはみな同市に転居した。 その後、原告71-①は、平成24年3月、単身で原町の仮設住宅に移転し、自宅兼店舗の片づけや小高商工会総会会長を引き受け、復興のため活動していたが、脳梗塞を発症し、平成24年10月に家族が避難している東京都福生市に戻り、平成25年12月に原告71-①が福生市に新居を建築して全員で転居した。その一方で、原告71-①は小高区の自宅の改修を たが、脳梗塞を発症し、平成24年10月に家族が避難している東京都福生市に戻り、平成25年12月に原告71-①が福生市に新居を建築して全員で転居した。その一方で、原告71-①は小高区の自宅の改修を進めて平成27年9月に、原告71-②、③は平 成30年春ころ、いずれも小高の自宅に帰還した。帰還後もスーパーは再開できず、飲食店を経営しており、平成30年春ころから、原告71-③も手伝っている。 原告71-④は、原告71-⑤が福生市を離れたくないと言ったため福生市で生活している。 イ判断 世帯番号71の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、原告71-①と②は、帰還後も、自営業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。原告71-③が小高で失職した原因は勤務先の本件津波被害によるが、再就職先を得ら れず、福生市で求職し、同所で生活の基盤を築くことになったのは避難指示が原因で あることを否定できない。そして、原告71-④、⑤は今も福生市で生活し、世帯内の分離生活が続いており、避難生活終了後も経済的、精神的利益を失っていると認められる。 被告東電は、原告71-④が就労中であるにもかかわらず、失職したと申告して平成23年3月から平成27年2月まで就労不能損害の賠償を得たことが、実損害を超 える賠償であると主張するが、特別の努力により損害の発生を回避したといえることに変わりはなく、慰謝料算定にあたり考慮しない。 世帯番号71の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、 といえることに変わりはなく、慰謝料算定にあたり考慮しない。 世帯番号71の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号72】ア認定事実証拠(甲D72、丙D72)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告72-①(73歳、個人事業主)は、婚姻後、小高出身の妻が受け継いだ呉服屋の経営を受け継ぎ、呉服屋と内装業を営んでいたが、本件事故当時は事業を原告7 2-②、③に譲り、地域循環型社会形成を目指しゴミ減量に取り組む事業を行っていた。原告72-②(45歳、自営業)は原告72-①の子であり、小高で生まれ育ち、原告72-③(44歳、主婦)は原告72-②の妻であり、婚姻後、小高で暮らしていた。原告72-④(18歳、高校生)、原告72-⑤(14歳、中学生)は、原告-②と③の長女、長男である。 世帯番号72の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等に避難し、原告72-①は原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年4月に原町区の復興住宅に移住した。原告72-②、③、④、⑤は、秋田県大館市の借上住宅で避難生活を送り、原告72-②は平成31年3月に、原告72-③、④は令和元年7月に小高の自宅に帰還したが、事業を維持できず、喫茶店を開業した。原告72-⑤は、秋田県内の高 校と短大を卒業し、平成29年4月から神奈川県の専門学校に進学している。 小高地区では、本件事故前は伝統行事、祭り、季節行事などの活動を行っていたが、自営業の顧客の多くは帰還していない。 イ判断世帯番号72の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 行事、祭り、季節行事などの活動を行っていたが、自営業の顧客の多くは帰還していない。 イ判断世帯番号72の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告72-①は移住し、原告72-②、③、④は帰還して避難生活を終了した後、いずれも事業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合 計各308万円を認めるのが相当である。 原告72-⑤は、避難生活中、進学に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や 地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号73】 ア認定事実証拠(甲D73、丙D73)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告73-①(62歳、会社役員兼農業)と原告73-②(61歳、会社員兼農業)は夫婦であり、原告73-③(83歳、無職)は、原告73-②の母である。 原告73-②は小高で生まれ育ち、原告73-①は婚姻後、小高で暮らしていた。 員兼農業)と原告73-②(61歳、会社員兼農業)は夫婦であり、原告73-③(83歳、無職)は、原告73-②の母である。 原告73-②は小高で生まれ育ち、原告73-①は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告73-①は、自動車整備士やダンプカー運転手として稼働し、運送業を自営しな がら、受け継いだ農業を家族で営んでいた。 世帯番号73の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、相馬郡新地町の仮設住宅で避難生活を送り、平成26年3月に同所の住宅を購入して転居していたところ、本件事故当時同居していた長男に小高には戻らないと言われ、小高への帰還を断念し、令和元年末、長男の勤務先に近い福島県岩瀬郡鏡石町に住居を購 入して移住した。 行津地区には、本件事故前は22世帯が居住し、季節行事や運動会、祭りなどを行っていた。 イ判断世帯番号73の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還を断念し、農業を再開できず、また移住先に馴染めない思いを持ち、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認め るのが相当である。 【世帯番号74】ア認定事実証拠(甲D74、丙D74)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告74-①(73歳、無職)は、小高で生まれ育ち、小高町役場に就職し、退職 後は年金収入で生活していた。 原告74-①は、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、原町区の借上住宅 原告74-①(73歳、無職)は、小高で生まれ育ち、小高町役場に就職し、退職 後は年金収入で生活していた。 原告74-①は、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。庭木と盆栽の手入れが趣味だったが、避難生活中に枯れ、帰還後も再開できず、また、16世帯あった隣組も4世帯しか帰還しておらず、近隣住民との交流の機会がない。 イ判断 原告74-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、趣味を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として2 8万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号75】ア認定事実証拠(甲D75、丙D75)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告75-①(55歳、会社員)と原告75-②(47歳、会社員)は夫婦であり、 原告75-③(21歳、会社員)は両名の二女である。 原告75-①は小高で生まれ育ち、建設会社に勤務していた。原告75-②は婚姻後、小高で生活していた。原告75-③は、平成20年4月に双葉町の会社に勤務していた。 世帯番号75の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等での避難を経て、原 告75-①、②は、平成28年3月に小高の自宅を解体して自宅を新築し、平成28年5月に帰還した。原告75-①は、現在、心身の不調により復職していない。友人や釣り仲間などの連絡先がわからず、隣組 告75-①、②は、平成28年3月に小高の自宅を解体して自宅を新築し、平成28年5月に帰還した。原告75-①は、現在、心身の不調により復職していない。友人や釣り仲間などの連絡先がわからず、隣組の人たちも身近におらず寂しく思っている。 原告75-③は、勤務先が埼玉県八潮市の工場になり、平成23年8月から社宅に転居し、婚姻して退職し、平成29年1月からいわき市で暮らしている。 イ判断世帯番号75の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。原告75-①、②は、帰還後も、生活環境や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害に ついて、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護 士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告75-③は、避難生活中、婚姻に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や 地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号76】 ア認定事実証拠(甲D76、丙D76)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認め に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号76】 ア認定事実証拠(甲D76、丙D76)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告76-①(50歳、会社員)と原告76-②(44歳、看護師)は夫婦であり、原告76-③(16歳、高校1年生)、原告76-④(14歳、中学2年生)、原告76-⑤(6歳、保育所)は両名の子である。 原告76-①は原町で生まれ育ち、76-②との婚姻後、母の出身地である小高で土地を購入して自宅を建築し、平成4年ころから小高で暮らしていた。原告76-①は、原町区の会社に勤務していたが、発電所に人材派遣する会社に転職後4か月で本件事故が発生した。 世帯番号76の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、相馬 市の借上住宅で避難生活を送り、平成27年5月に相馬市に土地を購入して自宅を新築し、移住した。小高では家庭菜園で野菜を栽培していたが移住後はできず、小高で築き上げた近隣住民との繋がりがリセットされ、寂しい思いをしている。 原告76-②は勤務先の小高病院が閉鎖され、南相馬市立総合病院に勤務するようになったが、通勤の負担や、新しい職場の業務、人間関係などにストレスを感じ、精 神的に不安定である。原告76-③は平成26年4月に大学進学のため家を出て、国 家公務員に採用され、水戸市での勤務の後、東京に転勤した。原告76-④は、高校を自主退学して通信制高校に編入し、大学に入学したが、パーソナリティ障害を発症して休学の後、退学した。 イ判断世帯番号76の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強 いられたと認められる。 原告76の①、②、④、⑤は、移住して避難生活が終了した 休学の後、退学した。 イ判断世帯番号76の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強 いられたと認められる。 原告76の①、②、④、⑤は、移住して避難生活が終了した後も、小高で築いた近隣住民との交流などが失われ、また自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対 する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告76-③は、避難生活中、進学や就職に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非 代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号77】ア認定事実証拠(甲D77、丙D77)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告77-①(65歳、農業)と原告77-②(59歳、主婦)は夫婦であり、原告77-③(31歳、会社員)は両名の二女である。 原告77-①は小高で生まれ育ち、大工の仕事をしながら、受け継いだ農業を営ん でいた。原告77-②は婚姻後、小高で暮らし、農作業を手伝っていた。原告77- は両名の二女である。 原告77-①は小高で生まれ育ち、大工の仕事をしながら、受け継いだ農業を営ん でいた。原告77-②は婚姻後、小高で暮らし、農作業を手伝っていた。原告77-③は、高校卒業後、原町の工場に勤務していた。 世帯番号77の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、鹿島区の借上住宅で避難生活を送り、原告77-①、②は、平成29年4月に自宅に帰還した。原告77-③は、平成23年10月にさいたま市で就職し、その後、婚姻して、 平成28年1月から東京都で暮らしている。 片草地区では、農作業の共同、伝統行事、環境美化などの活動を行っていたが、令和3年4月現在、野馬追祭り以外の行事はなくなった。 イ判断世帯番号77の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強 いられたと認められる。 原告77-①、②は、帰還後、畑での農業を再開したものの、周囲の土地が害獣に荒らされ、従来どおりに農業を行えない苦労があり、また、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害につ いて、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告77-③は、避難生活中、就職と婚姻に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非 代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流 で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非 代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号78】 ア認定事実証拠(甲D78、丙D78)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告78-①(67歳、無職)と原告78-②(62歳、縫製業)は夫婦である。 原告78-②は小高で生まれ育ち、原告78-①は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告78-①はスーパーに勤務していたが定年退職後、原告78-②と畑で野菜を 栽培したり、魚釣りをしたりしていた。 世帯番号78の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、山形県鶴岡市の借上住宅、原町区の仮設住宅で避難生活を送り、平成28年8月に小高区の復興住宅に移住した。移住後、畑での野菜栽培は再開できていない。 原告78-①は近隣住民とのあまり関わりをもっていなかったが、原告78-②は、 地区のイベントである運動会、花見、草取りや葬式にほとんど参加し、畑でとれた野菜を配るなどして交流していた。 イ判断世帯番号78の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。移住して避難生活を終了したが、畑作業や釣りを再開できず、 また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益 。移住して避難生活を終了したが、畑作業や釣りを再開できず、 また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号80】ア認定事実証拠(甲D80、丙D80)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告80-①(51歳、農業、南相馬市議会議員)と原告80-②(48歳、会社員)は夫婦であり、原告80-③(24歳、会社員)、原告80-④(19歳、大学1 年生)は両名の長男、二男である。原告80-⑤被承継人(79歳、農業)、原告80 -⑥(77歳、農業)は、原告80-①の父、母である。原告80-⑤被承継人は平成29年1月8日に死亡した。 原告80-①は小高で生まれ育ち、原告80-⑤、⑥とともに家業である農業を営みながら、平成18年から南相馬市議会議員を務めていた。原告80-②も小高で生まれ育ち、東北電力株式会社に勤務していた。原告80-③は、本件事故当時、東京 都大田区の勤務先会社の寮で暮らしており、原告80-④は、本件事故当時、大学1年生で、川崎市で一人暮らしをしていた。 原告80-①の自宅は本件津波被害を受けなかったが、自宅がある浦尻地区では110戸のうち55戸が津波で流失した。 原告80-①、②、⑤被承継人、⑥は、避難所、親族宅などに避難した。原告80 -①は、市議会議員として対応する必要があると考え、遠隔地に避難せず、原町区の友人宅を間借りするなどしたのち、平成27年3月に原町区の宅地建物を取得し、避 難所、親族宅などに避難した。原告80 -①は、市議会議員として対応する必要があると考え、遠隔地に避難せず、原町区の友人宅を間借りするなどしたのち、平成27年3月に原町区の宅地建物を取得し、避難生活を送った。原告80-②は、川崎市の親族宅、福島市の民間住宅、原町区の借上住宅で避難生活を送り、原告80-⑤被承継人と⑥は、原町区の借上住宅で避難生活を送った。平成28年7月、原告80-①、②、⑥は小高の自宅に帰還した。 浦尻地区では、季節行事、伝統行事、レクレーションなどを行っていたが、現在、行政区の行事は再開していない。 イ判断原告80-①、②、⑤被承継人、⑥は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。原告80-①、②、⑥は帰還したものの、農業 の承継が危ぶまれ、森林や沼地の除染がされないため海の幸、山の幸を享受できず、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 避難指示解除前に死亡した原告80-⑤被承継人とともに、同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認める のが相当である。 その一方で、原告80-⑤被承継人は、住居確保損害として、平成27年8月18日に8175万6506円、同年11月13日に6042万8648円、合計1億4218万5154円を受領している。前者は、原告80-⑤被承継人が平成27年9月に売買により取得した横浜市南区弘明寺の賃貸物件用2階建て共同住宅の取得費用であり、取得1か月後の平成27年10月23に同人の孫である原告80-③に贈 与した。後者は、原告80-⑤被承継人が平成2 売買により取得した横浜市南区弘明寺の賃貸物件用2階建て共同住宅の取得費用であり、取得1か月後の平成27年10月23に同人の孫である原告80-③に贈 与した。後者は、原告80-⑤被承継人が平成27年5月に新築した川崎市の賃貸物件用2階建て共同住宅の取得費用であり、同年9月30日に原告80-③に贈与した。 原告80-⑤被承継人が同所に居住する予定があったとは認められず、贈与を受けた原告80-③は、本件事故当時、小高区に生活の本拠があったとは認められない上、同人の平成27年10月から令和元年5月にかけての住所は、横浜市西区、緑区、戸 塚区であり、同人が上記各住居に居住する必要があったとも認められない。 上記住居確保損害の支払について、本件事故発生時点において居住していた所在からの移住に伴う移住先住居の再取得費用であるとは認められず、被告東電による1億4218万5154円の支払は、住居確保損害の支払の趣旨に照らしても、本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。被告東電と原告80-⑤被承継人 は、直接請求手続において、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しているところ、請求者は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求手続を行っており(丙D80の8の1、2)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生活再建を図るものであることを踏まえれば、上記1億4218万5154円の返還について、世帯番号80の 原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって原告80-①、②、⑤被承継人、⑥について、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは認められない。 原告80-③、④については、本件事故時に小高区に生活の本拠があったとは認められ られる。 よって原告80-①、②、⑤被承継人、⑥について、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは認められない。 原告80-③、④については、本件事故時に小高区に生活の本拠があったとは認められない。いずれも本件事故により避難生活を強いられたとはいえず、実家が避難を 余儀なくされたからといって、同人らの平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたと は認められない。原告80-①は、原告80-③が将来的には実家に戻って農家を継ぎたいと考えていたと陳述するが、本件事故時において具体的な計画があったとは認められず、そのような期待があったとしても、法的に保護されるべき利益の侵害があるとはいえない。被告東電が訴訟外で原告80-③に支払った850万円、原告80-④に支払った90万円の慰謝料を超えて同人らに慰謝料請求権があるとは認めら れない。 【世帯番号81】ア認定事実証拠(甲D81、丙D81)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告81-①(60歳、建築業兼農業)と原告81-②(60歳、パート)は夫婦 であり、原告81-③(29歳、会社員)は両名の長男である。 原告らは小高で生まれ育ち、原告81-①は東京で大工の仕事を覚え、25歳のころ小高に戻り、婚姻し、家業の農業を継ぎながら建築業を営んでいた。原告81-③は高校卒業後小高区の会社に勤務していた。 原告81-①らの自宅は、本件津波により流失し、自宅所在地は災害危険区域に指 定された。 世帯番号81の原告らは、避難所、親族宅での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送った。避難が長期化し、原町中心の生活になり、農業や釣りが再開できる状態になかったため、帰還を断念し、平成28年末に原町に自宅を建築し、移住した。 部落の友人との交流や趣味を続 借上住宅で避難生活を送った。避難が長期化し、原町中心の生活になり、農業や釣りが再開できる状態になかったため、帰還を断念し、平成28年末に原町に自宅を建築し、移住した。 部落の友人との交流や趣味を続けられず、生きる楽しみを取り戻すことができていな いと感じている。 イ判断世帯番号81の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため、広域移動を迫られ、近隣地区への帰還を断念し、避難生活終了後も、 小高と移住先との生活環境の違いなどから、趣味を失うなど、なおも自由な自己実現 が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 なお、被告東電は、原告81-①の営業損害について、同人が、平成24年3月以 降、平成27年2月まで減収率100%と申告したことに基づき合計3070万5219円の賠償をしたことが不正確な申告による賠償であると主張するところ、たしかに、同人は、原告81-③の勤務先が5年以上操業停止状態だったため、その間、自分の会社で大工をやらせて仕事を失わないように配慮したと陳述しており、事業収入がなかったとは認められない。しかし、特別の努力の考え方により控除を免れる金額 を超える利益を得ていたか詳細は不明であるため、本訴訟では上記支払について考慮しない。 【世帯番号82】ア認定事実証拠(甲D82、丙D82)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告82-①(59歳 であるため、本訴訟では上記支払について考慮しない。 【世帯番号82】ア認定事実証拠(甲D82、丙D82)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告82-①(59歳、会社員兼農業)と原告82-②(56歳、看護師)は夫婦である。 原告82-①、②は小高で生まれ育った。原告82-①は、建築会社に勤務しながら、受け継いだ農業を営んでいた。原告82-②は看護師である。 世帯番号82の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等での避難を経て、原 町区の借上住宅で避難生活を送り、平成27年4月に原町に住宅を購入して転居したが、令和元年8月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、稲作を再開したが、収穫量は少ない。 女場地区には、本件事故前は43世帯が居住し、農作業の共同、環境美化、伝統行事、季節行事などの活動を行っていたが、原告らの帰還時、帰還しているのは20世 帯余りである。祭りや清掃活動を再開したが規模は小さくなった。 イ判断世帯番号82の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を元どおり再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損 害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号83】ア認定事実証拠(甲D83、丙D83)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告83-①被承継人(54歳、郵便局員兼農業)と原告83-②(52歳、パート)は夫婦であり、原 ア認定事実証拠(甲D83、丙D83)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告83-①被承継人(54歳、郵便局員兼農業)と原告83-②(52歳、パート)は夫婦であり、原告83-⑤(19歳、専門学校生)は両名の長女である。 原告83-③(78歳、無職)、原告83-④(78歳、無職)は原告83-①被承継人の父、母である。原告83-①被承継人は平成28年3月25日に死亡した。 原告83-①被承継人、②は小高で生まれ育ち、原告83-①被承継人は郵便局に 勤めながら受け継いだ農業を営んでいた。原告83-⑤は東京の看護専門学校に通い、茨城県の寮で暮らしていた。 金谷地区では、農作業の共同、環境美化、伝統行事、季節行事などの活動を行っていた。 原告83-①被承継人、②、③、④は、避難指示を受け、親族宅、旅館等での避難 を経て、那覇市の借上住宅で避難生活を送った。自宅が荒廃し、住める状態ではないと判断し、仙台市に住む長男の転居に合わせ、平成27年5月に宮城県名取市に自宅を新築して移住した。 原告83-⑤は、平成23年5月まで専門学校が休校したため両親の避難先などで過ごしたが、授業の再開後は寮に戻った。その後も、長期休暇中は、両親の避難先で 滞在した。平成25年に専門学校を卒業し、茨城県、仙台市での勤務を経て、現在、 相馬郡新地町の病院に勤め、婚姻して相馬市に居住している。 イ判断世帯番号の原告83-①被承継人、②、③、④は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。同人らは、帰還を断念して家業である農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるい は地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人ら 断念して家業である農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるい は地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告83-⑤は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったとは認められず、本件事故により避難生活を強いられたとは認められない。実家が避難を余儀なくされたこ とを考慮しても、同人らが避難指示によって平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められない。原告83-①被承継人は、原告83-⑤が看護師免許を取得したら南相馬市に就職する予定だったと陳述するが、確実性に欠け、法的に保護されるべき利益の侵害があるとはいえない。被告東電が訴訟外で同人に支払った96万円を超える慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号84】ア認定事実証拠(甲D84、丙D84)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告84-①(58歳、会社員)と原告84-②(58歳、パート)は夫婦である。 原告84-①、②は小高で生まれ育った。原告84-①は建設会社に勤務し、体育 協会や消防団の活動に参加していた。所有する田は賃貸し、畑で自家消費用の野菜を栽培していた。 世帯番号84の原告らは、避難所、親族宅、友人宅等での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成29年4月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、野菜と花卉の栽培をしているが、商品として売れず、近隣住民にも分けられず、畑は頻繁 に有害動物に荒らされ、続けるか悩んでいる。 泉沢地区には、本件事故前は72世帯 した。帰還後、野菜と花卉の栽培をしているが、商品として売れず、近隣住民にも分けられず、畑は頻繁 に有害動物に荒らされ、続けるか悩んでいる。 泉沢地区には、本件事故前は72世帯が居住し、環境美化、伝統行事、季節行事や旅行会などの活動を行っていたが、令和2年5月現在、帰還しているのは30世帯であり、スポーツ団、消防団は解散し、世代間の交流はなく、催しの多くも復活していない。 イ判断 世帯番号84の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより従前どおりの生活を送れず、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士 費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号85】ア認定事実証拠(甲D85、丙D85)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告85-①(60歳、会社員兼農業)と原告85-②(43歳、主婦)は夫婦で ある。 原告85-①、②は東京で生活していたが、田舎暮らしに憧れ、平成17年に原告85-①が、平成20年に原告85-②が小高に移住した。原告85-①は食料品スーパーに勤務して食品の仕入れをする業務に従事しながら、野菜を栽培していた。 世帯番号85の原告らは、避難指示を受け、避難所、旅館等での避難を経て、鹿島 区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、復職できず、安全に神経質になりながら農業を再開している。 泉沢地区では、伝統行事や祭りのほか、文化遺産 、鹿島 区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、復職できず、安全に神経質になりながら農業を再開している。 泉沢地区では、伝統行事や祭りのほか、文化遺産の清掃を共同して行っていたが、帰還後、参加人数は半減している。 イ判断 世帯番号85の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還後も、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより従前どおりの生活を送れず、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号86】ア認定事実証拠(甲D86、丙D86)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告86-①(62歳、自営業)と原告86-②(62歳、主婦)は夫婦である。 原告86-①、②は小高で生まれ育った。原告86-①は、小高町役場に就職し、 54歳で早期退職して、受け継いだ農業を営んでいた。 所有する田は津波の被害を受け、畑は3反ほど無事だった。 世帯番号86の原告らは、避難指示を受け、親族宅での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成29年3月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、新たな農機具を購入するのも難しく、農業再開を断念した。 女場地区には、本件事故前は40世帯が居住し、伝統行事、旅行会などなどの活動を行っていたが、令和3年6月現在、帰還しているのは20世帯であり、伝統行事などは再開していない。 イ判断世帯番号86の原告らは、本件事故時に小高 帯が居住し、伝統行事、旅行会などなどの活動を行っていたが、令和3年6月現在、帰還しているのは20世帯であり、伝統行事などは再開していない。 イ判断世帯番号86の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号87】 ア認定事実証拠(甲D87、丙D87)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告87-①(62歳、農業)と原告87-②(62歳、農業)は夫婦であり、原告87-③(86歳、無職)は原告87-①の母である。 原告87-①は小高で生まれ育ち、消防職員として稼働しながら、原告87-③と ともに、受け継いだ農業を営んでいた。原告87-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 世帯番号87の原告らは、避難指示を受け、親族宅等での避難を経て、青森県三沢市の賃貸住宅で避難生活を送った。避難生活が長期化し、その間に原告87-①、②は手術を受け、原告87-③の介護の問題も生じ、帰還を断念して令和元年9月に同市内に自宅を新築し、移住した。 行津地区には、本件事故前は23世帯が居住し、農作業の共同、伝統行事、環境美化、季節行事やスポーツ大会などの活動を行っていた。 イ判断世帯番号87の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還を断念し、農業を再開できず、 美化、季節行事やスポーツ大会などの活動を行っていた。 イ判断世帯番号87の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還を断念し、農業を再開できず、小高と移住先との生活環境 の違いなどから、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号88】 ア認定事実証拠(甲D88、丙D88)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告88-①(63歳、嘱託職員)は小高で生まれ育ち、自動車部品製造会社を定年退職後、リサイクルセンターで稼働しながら、自宅の畑で野菜を栽培していた。 原告88-①の自宅は本件津波で流失し、同人の妻と妻の母は死亡した。自宅所在 地は災害危険区域に指定された。 原告88-①は、親類宅、避難所での避難を経て、猪苗代町の借上住宅で避難生活をった。避難生活が長期化し、平成26年3月、原町区に住宅を取得して転居した。 村上地区には、本件事故前は63世帯が居住し、伝統行事や旅行会などの活動を行っていた。 イ判断 原告88-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため、広域移動を迫られ、近隣地区への帰還を断念しているところ、避難指示により近隣地区の復興に向けた計画が長期にわたり進まなかったことが地域住民の離散の原因となったことも否定できず、避難生活終了後、農作業をする田畑を失い、 また 還を断念しているところ、避難指示により近隣地区の復興に向けた計画が長期にわたり進まなかったことが地域住民の離散の原因となったことも否定できず、避難生活終了後、農作業をする田畑を失い、 また小高と移住先との生活環境の違いなどから、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円を認めるのが相当である。 その一方で、原告88-①は、訴訟外で、前谷地共同墓地の墓石について移転にか かる費用の賠償を請求し、被告東電から合計150万円の支払を受けているところ、同墓地は本件津波で流出しており、移転費用は本件事故以外の要因による損害である(丙C174、丙D88の2、丙E110)。上記支払は、被告東電が本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。被告東電と原告88-①は、直接請求手続において、事後、津波そのほか本件事故以外の要因による損害に関する賠償金が含 まれていることが判明した場合には精算することを合意しており、上記慰謝料について、150万円の限度で弁済の抗弁が認められ、原告88-①について、慰謝料残額130万円、弁護士費用13万円、合計143万円を認める。 【世帯番号89】ア認定事実 証拠(甲D89、丙D89)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告89-①(59歳、主婦)と原告89-②(59歳、会社員)は夫婦であり、原告89-③(35歳、会社員)は両名の長女である。 原告89-①は小高で生まれ育ち、原告89-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告89-②は、本件事故当時、茨城県日立市の会社に勤務し、同市内の社員寮で暮らし、 35歳、会社員)は両名の長女である。 原告89-①は小高で生まれ育ち、原告89-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告89-②は、本件事故当時、茨城県日立市の会社に勤務し、同市内の社員寮で暮らし、月に6回程度自宅に帰宅していた。原告89-③は、高校卒業後、小高の会社 に勤務していた。 原告89-①と③は、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、平成23年9月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送った。原告89-②は、平成28年6月に退職し、以後、鹿島区の仮設住宅で原告89-①と同居した。原告89-③は平成27年8月に婚姻し、原町区の復興住宅に転居した。原告89-①、②は、平成29 年3月に小高の自宅に帰還した。本件事故前は畑を借りて自家消費用の野菜を栽培していたが再開せず、山菜やキノコ採りもしていない。買物に原町区まで行くようになった。 吉名地区には、本件事故前は約200世帯が居住し、環境美化、伝統行事、季節行事などを行っていたが、令和3年1月時点で帰還しているのは84世帯くらいであり、 帰還後、再開した行事もあるが、参加人数は減り、盆踊り、小高神社での花見、町歩き企画は再開していない。 イ判断原告89-①、③は本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。原告89-②は、本件事故当時日立市に居住しており、月の半分程度は小高区の自宅で過 ごしていたことに照らせば、小高にも生活の拠点を有していたと認められる。 原告89-①は帰還後、原告89-②は退職して小高区内の自宅に帰宅後、避難前に行っていた自家用野菜の栽培を再開せず、近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避 の栽培を再開せず、近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活によ る精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合 計各308万円を認めるのが相当である。 原告89-③は、避難生活中、婚姻に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や 地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号90、91】 ア認定事実証拠(甲D90、91、丙D90)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告90-①(36歳、建築会社社員)と原告90-②(36歳、建築会社事務)は夫婦である。原告90-③(8歳、小学生)、原告90-④(6歳、幼稚園)、原告 90-⑤(5歳、幼稚園)は両名の長女、二女、三女である。 原告91-①(63歳、建築会社経営)、原告91-②(建築会社事務)は原告90-①の父、母である。 世帯番号90、91の原告らは小高で生まれ育った。原告91-①は、大工として独立した後、平成元年に法人を設立した。原告90-①は、高校卒業後、小高区の会 社に就職したが、平成8 、母である。 世帯番号90、91の原告らは小高で生まれ育った。原告91-①は、大工として独立した後、平成元年に法人を設立した。原告90-①は、高校卒業後、小高区の会 社に就職したが、平成8年ころ、原告91-①が営む会社に入社した。原告91-①が所有する田は賃貸していた。原告91-①は、本件事故当時、女場行政区長を務めていた。 世帯番号90の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅、知人宅等での避難を経て、平成23年4月5日に新潟市の借上住宅に転居した。ただし、原告90-①は 仕事のため、平日は、原告91-①が鹿島区に確保した住居に滞在していた。平成2 7年4月に原告90-③の中学進学に合わせ、家族で鹿島区の借上住宅に転居したが、原告90-③が中学校で孤立したため、転校させることを決め、平成28年12月に原町区に自宅を建築して移住した。 世帯番号91の原告らは、避難指示を受け、避難所などに避難した。原告91-①は、経営する建築会社が仮設住宅建築工事を受注したため平成23年4月末に一人で 鹿島区の借家に転居していたところ、同年7月に鹿島区の借上住宅を確保でき、原告91-②とともに同所で避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。 帰還後、新築着工の受注はなく、外出した時に隣人に会うこともなくなった。 女場地区には、本件事故前は43世帯が居住し、伝統行事、環境美化、季節行事や旅行会などの活動を行っていたが、令和3年9月現在、帰還したのは半分くらいの世 帯であり、ほとんどが高齢者のみで帰還している。 イ判断世帯番号90の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたことが認められる。同人らは、平成27年4月に帰還せず移住することを決め、平成28年12月に原 判断 世帯番号90の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたことが認められる。同人らは、平成27年4月に帰還せず移住することを決め、平成28年12月に原町区に新築した自宅に転居して避難生活を終 えているところ、原告90-①が、そのころも移住先で生活基盤を築く苦労が子らにあったことなどを陳述していることに照らせば、被告東電が、訴訟外のADR手続で85月分を基準に算定された避難慰謝料を支払ったことが過大な賠償であるとはいえないが、その一方で、算定に不足があるとも認められない。 世帯番号90の原告らは、本件事故時、小高で世帯番号91の原告らと3世代で生 活していくことを考えていたが、避難生活で別れた後、親密な関係を築けていないと陳述するところ、世帯家族の生活歴、職歴に照らし、本件事故がなければ同居生活が続けられたとの期待に具体的客観性があり、別居が続く理由は、子らの就学状況など長期の避難生活が起因すると認めうることを考慮すると、避難生活終了後も、本件事故後の生活環境や自然環境の変容により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるい は地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 世帯番号91の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。世帯番号90、91の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用と して各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 なお、原告91-①と原告90- らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用と して各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 なお、原告91-①と原告90-①(平成24年7月に代表取締役に就任)が経営する会社は、平成24年9月から平成27年2月まで減収率100%と申告して合計3332万6898円の賠償金を受領しているところ、減収率100%とするのは、原告90-①が、本訴訟において、特別需要のため多忙であった旨を陳述しているこ とに反し、事実に合致しない申告により過大な賠償を受領した可能性があるが、詳細は不明であり、本訴訟における原告らの慰謝料の算定にあたっては考慮しない。 【世帯番号92】ア認定事実証拠(甲D92、丙D92)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告92-①(51歳、会社員)と原告92-②(52歳、カルチャースクール講師)は夫婦であり、原告92-③被承継人(79歳、農業)、原告92-④(77歳、農業)は原告92-①の父、母である。原告92-③被承継人は平成28年9月28日に死亡した。 原告92-①は小高で生まれ育ち、原告92-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告92-①は、高校卒業後、電気製造業の会社に勤務し、原告92-③被承継人、④は受け継いだ田を賃貸し、畑で野菜を栽培していた。 世帯番号92の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等に避難した。原告92-①の勤務先が長野県の伊那郡の事業所での勤務を命じたため、平成23年3月18日、全員で同所の社宅に転居したが、原告92-②、③被承継人、④は平成23年 11月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送った。原告92-①が勤務先を退職した 平成31年3月以降、原告92-①、 同所の社宅に転居したが、原告92-②、③被承継人、④は平成23年 11月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送った。原告92-①が勤務先を退職した 平成31年3月以降、原告92-①、②、④は小高区の自宅に帰還した。帰還後、農作業は再開せず、養蜂箱の蜂はいなくなった。原告92-③被承継人は、平成28年5月以降、特別養護老人ホームに入居した。 大井地区では、伝統行事、スポーツ大会などの活動を行っており、月に1回程度は活動があった。令和2年7月現在、隣組15軒のうち帰還しているのは老人世帯の9 軒であり、隣組は機能していない。 イ判断世帯番号92の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、所有する田畑は荒れ、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受し ていた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 その一方で、原告92-①は、被告東電に対し、令和2年7月、住居確保損害を請求し、静岡県浜松市の土地建物の取得費用として5113万2409円の支払を受け た。上記土地は令和元年10月1日、上記建物は令和2年6月15日に同人の長男との共有名義で登記しているところ、原告92-①は、勤務先退職後の平成31年3月に小高に帰還しており、その後、浜松市に居住する実態があったとは認められない。 同人の長男が浜松市に居住していることがうかがわれるが、長男は本件事故時名古屋に居住していたものであり、浜松市の土地建物取得費用が、世帯番号92の原告らが 避難生活を終了して生活再建を図るための費用であると 松市に居住していることがうかがわれるが、長男は本件事故時名古屋に居住していたものであり、浜松市の土地建物取得費用が、世帯番号92の原告らが 避難生活を終了して生活再建を図るための費用であるとみる余地はない。東電による上記支払は、住居確保損害の支払の趣旨に照らしても、本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。 被告東電と原告92-①は、直接請求手続において、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しているところ、請求者 は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求 手続を行っており(丙D92の2)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生活再建を図るものであることを踏まえれば、上記5113万2409円の返還について、世帯番号92の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号92の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは認められない。 【世帯番号93】ア認定事実証拠(甲D93、丙D93、原告●●●●本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告93-①(58歳、高等学校教員、神社宮司)と原告93-②(58歳、高等 学校教員)は夫婦である。 原告93-①は小高で生まれ育ち、原告93-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告93-①は、代々受け継ぐ日鷲神社の宮司であり、高校の教員と兼務していた。 世帯番号93の原告らは、避難指示を受け、親族宅などでの避難を経て、鹿島区の借上住宅、福島市の借上住宅、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年7月 に小高区の自宅に帰還した。 日鷲神社の氏子行政区には女場行政区と角部内行政区があり、女場行政区には て、鹿島区の借上住宅、福島市の借上住宅、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成28年7月 に小高区の自宅に帰還した。 日鷲神社の氏子行政区には女場行政区と角部内行政区があり、女場行政区には43世帯、角部内行政区には29世帯あり、毎年4月10日の例大祭、新嘗祭、三世代交流会などの活動を行っていた。 女場行政区と角部内行政区は、津波の甚大な被害を受け、災害危険区域に指定され た地域がある。令和2年2月現在、帰還しているのは女場行政区21世帯、角部内行政区1世帯である。 イ判断世帯番号93の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、氏子の家族分離が進んで若い世代が減り、冠婚葬祭 も減って、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が 阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号94】 ア認定事実証拠(甲D94、丙D94)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告94-①被承継人(57歳、会社員)と原告94-②(57歳、無職)は夫婦であり、原告94-③(29歳、会社員)、原告94-④(22歳、会社員)は両名の長男、二男である。原告94-①被承継人は令和3年7月21日に死亡した。 世帯番号94の原告らは小高で生まれ育ち、原告94-①被承継人は契約社員として稼働し、原告94-③は本件事故当時宅配便ドライバーとして稼働し、原告94-④はパチンコ店に勤務していた。 原告らの自宅は本件津波により 告らは小高で生まれ育ち、原告94-①被承継人は契約社員として稼働し、原告94-③は本件事故当時宅配便ドライバーとして稼働し、原告94-④はパチンコ店に勤務していた。 原告らの自宅は本件津波により床上浸水した。 世帯番号94の原告らは、避難所、親族宅等での避難を経て、原町区の借上住宅等 で避難生活を送り、原告94-①被承継人、②、③は平成29年10月に小高区の自宅に帰還し、原告94-④は、令和元年7月に原町区の復興住宅に移住した。原告94-①被承継人と②は、帰還後、以前あった集まりや催し物がなくなり、隣人との付き合いぐらいしかできない。 イ判断 世帯番号94の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 自宅の津波被害により避難を免れなかったが、長期の避難生活を強いられたのは本件事故が原因であると認められる。世帯番号94の原告らは、帰還後、あるいは帰還を断念して移住した後、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、従前どおりの生活が送れず、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受してい た経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既 払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号95】ア認定事実証拠(甲D95、丙D95)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告95-①(67歳、無職)と原告95-②(64歳、無職)は夫婦である。 原告95-①、②は、昭和57年に小高の土地建物を借りて転居し、以後、小高で暮らしていた。原告95-①は、平成22年9月に電気機械器具製造等を営む会社を退職し、原告95-②とともに、実家の ある。 原告95-①、②は、昭和57年に小高の土地建物を借りて転居し、以後、小高で暮らしていた。原告95-①は、平成22年9月に電気機械器具製造等を営む会社を退職し、原告95-②とともに、実家の野菜作りを手伝ったり、趣味の盆栽を楽しんだりする生活を送っていた。本件事故当時、浪江に居住する長男の家族と同所に土地 建物を見つけて同居することを予定していた。 地区では、環境美化、伝統行事、季節行事などの活動を行い、また、原告95-①は盆栽愛好家による展示会を楽しんでいた。 世帯番号95の原告らは、避難指示を受け、避難所等での避難を経て、新潟市の借上住宅で避難生活を送っていたが、大病をして心細くなり、子のいない小高には帰還 しないことを決めて平成28年11月に小高区の自宅を取り壊し、平成31年1月に長女が住むいわき市内の復興住宅に移住した。趣味の盆栽は枯れ、親しくしていた隣人と交流できない。 イ判断世帯番号95の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 帰還を断念し、趣味を失い、本件事故前のような交流ができず、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号96】 ア認定事実証拠(甲D96、丙D96)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告96-①(48歳、中学校教頭)と原告96-②(38歳、主婦)は夫婦であり、原告96-③(11歳、小学5年生)、原告96-④(9歳、小学3年生)、原告96-⑤(5歳、幼稚園)は両名の長男 る。 原告96-①(48歳、中学校教頭)と原告96-②(38歳、主婦)は夫婦であり、原告96-③(11歳、小学5年生)、原告96-④(9歳、小学3年生)、原告96-⑤(5歳、幼稚園)は両名の長男、二男、三男である。 原告96-①は小高で生まれ育ち、福島市の大学に進学し、卒業後、中学校教員として県内各地や鹿児島市に転勤したが、40歳から小高区を拠点とすることを決め、本件事故時は小高区のアパートに居住して鹿島中学に勤務していた。原告96-②は、婚姻後、原告96-①と常に同居し、子を育てていた。 原告96-①は、避難場所となった鹿島中学校に泊まり込みで対応した後、親族宅 での避難を経て、伊達郡川俣町、相馬市の借上住宅で避難生活を送っていたが、転勤に伴い平成23年8月に原町区、平成26年4月に河沼郡会津坂下町、平成29年4月に二本松市、平成30年4月に小高区に転居した。小高区の実家は令和3年11月に改築した。 原告96-②、③、④、⑤は、避難指示を受け、親族宅、避難所等に避難し、平成 23年4月から新潟県三条市の借上住宅に転居し、子らは同市内の学校と幼稚園に編入した。原告96-②、⑤は、令和3年3月に原告96-⑤の高校進学に合わせて福島市に転居した。同月現在、原告96-③は新潟市に居住して大学に通学し、原告96-④は長岡市に居住して高等専門学校に通学している。 イ判断 世帯番号96の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。 原告96-①は、転勤による避難指示区域外への転居により避難生活は終了したといわざるをえないが、遠方に避難した妻と子と離れて暮らすことになり、意図せぬ家庭内別居により、避難生活同様の精神的苦痛があったと認められる。その後も、転勤により転居しつつも、実家のある小高区で、親 いわざるをえないが、遠方に避難した妻と子と離れて暮らすことになり、意図せぬ家庭内別居により、避難生活同様の精神的苦痛があったと認められる。その後も、転勤により転居しつつも、実家のある小高区で、親しくしていた近隣住民が不在となり、 伝統行事も行われず、避難生活が終了した後も、精神的利益の喪失が顕著に継続して 現存したと認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告96-②、③、④、⑤は、避難指示解除後も、夫や父との別居生活が続いているところ、子の進学時期を考慮すれば、避難生活の長期化が別居を余儀なくしたと認 められ、避難生活終了後も、生活環境の変容等から精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号97】 ア認定事実証拠(甲D97、丙D97)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告97-①(59歳、配管工兼農業)は、小高で生まれ育ち、配管工として働きながら受け継いだ農業を営んでいた。 原告97-①の自宅は、本件津波により流失した。 原告97-①は、避難所等での避難を経て、福島市の借上住宅で避難生活を送り、平成28年4月に小高区の災害公営住宅に転居した。 下浦地区には、本件事故前は30世帯が居住し、農作業の共同、伝統行事などの活動を行っていた。21世帯が本件津波により流失し、あるいは本件地震により倒壊した。帰還したのは4世帯である。 イ判断原告97-①は、本件事故時に小高区に 作業の共同、伝統行事などの活動を行っていた。21世帯が本件津波により流失し、あるいは本件地震により倒壊した。帰還したのは4世帯である。 イ判断原告97-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。自宅の津波被害により避難を免れなかったが、避難指示のため広域移動を迫られ、そのために地域住民が離散し、農作業を再開できない原因となったことも否定できないことを考慮すると、避難生活終了後もなお自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境か ら享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害に ついて、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号98】ア認定事実証拠(甲D98、丙D98)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告98-①(55歳、会社員)と原告98-②(60歳、無職)は夫婦であり、原告98-③(29歳、社会福祉法人勤務)は両名の長男である。原告98-④(30歳、保育士)は、原告98-③の妻であり、本件事故後、原告98-⑤(平成23年12月1日出生)を出産した。 原告98-②は小高で生まれ育ち、原告98-①は原告98-②と婚姻後、小高で 暮らしていた。原告98-①は、平成23年1月にそれまで勤めていた会社を退職し、保険の代理業を営むため損害保険会社に入社した。また、田畑山林を所有し、賃貸するほか、原告98-②の母と畑で野菜を栽培していた。 原告98-③は、高校卒業後、仙台の専門学校に進学したが、卒業後小高に戻り、社会福祉法人に勤務していた。原告98-④は、青森市で生まれ育ち、仙台市で勤務 していたが、平成22年10月に原告98- 告98-③は、高校卒業後、仙台の専門学校に進学したが、卒業後小高に戻り、社会福祉法人に勤務していた。原告98-④は、青森市で生まれ育ち、仙台市で勤務 していたが、平成22年10月に原告98-③と結婚式を挙げたことを機に小高に転居した。 原告98-①、②、③、④は、避難指示を受け、避難所、親族宅、旅館等での避難を経て、福島市の借上住宅で避難生活を送っていたところ、原告98-①、②、③は平成23年9月に原町区の賃貸住宅に転居したが、原告98-④は妊娠していたため 青森市にある実家に転居し、平成26年10月まで別居していた。 原告98-①は、平成27年10月に原町区に土地を購入して自宅を建築し、同所に原告98-②、③、④と移住したが、その後、原告98-①、②は平成28年7月までに小高区の自宅を改築して帰還した。帰還後も、少し野菜を栽培するほか、所有する田畑は荒れている。農業を再開していない。 イ判断 原告98-①、②、③、④は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。原告98-①、②は、帰還後も、農作業を従来どおり再開できず、また、本件事故時までの家族の生活歴、職歴に照らし、本件事故がなければ同人らの同居生活が続けられたであろうとの期待に具体的客観性がある一方で、避難生活終了後も、原告98-③、④と別居を続ける理由は、小高区の児童数の変化などの地域環境の変容に 原因があると陳述していることを考慮すれば、原告98-①、②、③、④のそれぞれにおいて、本件事故後の生活環境や自然環境の変容により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円 も自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認め るのが相当である。 原告98-⑤は本件事故当時出生しておらず、本件事故により避難生活を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号99】 ア認定事実証拠(甲D99、丙D99)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告99-①(56歳、会社員)と原告99-②(57歳、主婦)は夫婦である。 原告99-②は小高で生まれ育ち、原告99-①は原町出身であり、婚姻後の昭和56年から、小高で暮らし、原町区の会社に勤務していた。 世帯番号99の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成29年5月に小高区の自宅に帰還した。 大井地区には、本件事故前は約150世帯が居住し、伝統行事、環境美化、季節行事やスポーツ大会などの活動を行っていたが、令和2年6月現在、催し物はなくなった。 イ判断 世帯番号99の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、小高区内にいた親族が移住し、近隣住民同士の交流や自然環境の変化などにより従前どおりの生活を送れず、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰 謝料に加え各280万円、弁護士費 が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰 謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号100】ア認定事実証拠(甲D100、丙D100)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告100-①被承継人(80歳、無職)と原告100-②被承継人(78歳、無職)は夫婦である。原告100-①被承継人は令和元年1月5日、原告100-②被承継人は平成28年5月15日に死亡した。 世帯番号100の原告らは小高で生まれ育ち、婚姻後の昭和30年ころ、東京に転 居し、原告100-①被承継人は東京で大工として稼働していたが、引退後の平成7年に小高に帰郷した。原告100-②被承継人は、原告100-①被承継人の母の介護のため、平成元年に帰郷していた。 世帯番号100の原告らは、避難指示を受け、避難所、東京都板橋区の賃貸住宅などの避難を経て、平成24年4月に原町区の仮設住宅に転居した。原告100-②被 承継人の死後、原告100-①被承継人は、入院したり、甥の自宅で滞在したりし、平成28年10月に小高区の自宅に帰還した。 イ判断世帯番号100の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。原告100-①被承継人は、帰還後も、高齢者のみでの住環境での生活の不便、 不安を感じていると訴訟代理人に述べており、既払の避難生活による精神的損害に対 する慰謝料に加え280万円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告100-②被承継人について、避難指示解除前に死亡しているところ、前記のと 神的損害に対 する慰謝料に加え280万円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告100-②被承継人について、避難指示解除前に死亡しているところ、前記のとおり、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え、避難生活による精神的損害の慰謝料では評価し尽くせない精神的苦痛に対する慰謝料として280万 円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号101】ア認定事実証拠(甲D101、丙D101)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告101-①(64歳、無職)と原告101-②(60歳、無職)は夫婦である。 原告101-①、②は小高で生まれ育ち、東京で稼働した。昭和48年に婚姻し、原告101-①が小高の会社に転職し、以後、小高に自宅を建築して暮らし、定年退職後は畑で野菜を栽培するなどしていた。 世帯番号101の原告らは、避難指示を受け、避難所、旅館等での避難を経て、鹿 島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成29年3月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、買物は原町まで行くようになり、かかりつけの病院が閉院した。また、本件事故当時は近くに居住していた長女の家族が移住し喪失感を感じている。 吉名地区には、農作業の共同、環境美化、季節行事などの活動を行っていたが、帰還後、隣組の世帯数は減り、花見や運動会は行われていない。 イ判断世帯番号101の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、近隣住民との交流や自然環境、生活環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払 、近隣住民との交流や自然環境、生活環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避 難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各2 8万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号102】ア認定事実証拠(甲D102、丙D102)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告102-①(52歳、食品店店員)と原告102-②(51歳、パート)は夫婦であり、原告102-③(26歳、新聞販売)は両名の長男である。 原告102-①は小高で生まれ育ち、昭和56年から小高の食料品店に勤務していた。原告102-②は婚姻後、小高で暮らしていた。原告102-①は、平成9年に母から贈与を受けた土地に自宅を建築し、母と兄が営む農業を手伝っていた。 原告102-③は、高校を卒業して自衛隊に入隊した後、会社に就職して神奈川県秦野市、茨城県古河市に転勤し、本件事故当時は、同市に居住していた。 原告102-①、②は、避難所、知人宅等での避難を経て、茨城県古河市の借上住宅、原町区の仮設住宅、借上住宅で避難生活を送っていたところ、自宅は荒れ、原告102-①の母は避難先の新潟県で施設に入所したため、原告らも小高の自宅に帰還 しないことを決め、原町区に自宅を建築して、平成29年3月に移住した。原告102-③も平成25年以降同居している。移住先で人間関係を築くしかないが、あまり積極的にコミュニケーションはとれない。 イ判断原告102-①、②は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強い られたと認められる。帰還を断念して移住し、親族も移 、あまり積極的にコミュニケーションはとれない。 イ判断原告102-①、②は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強い られたと認められる。帰還を断念して移住し、親族も移住したため、実家の農作業に携わることもできなくなり、また、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、 合計各308万円を認めるのが相当である。 原告102-③は本件事故の前後を通じ古河市に居住し、本件事故時に小高区に生活の本拠があったとは認められない。本件事故により避難生活を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号103】 ア認定事実証拠(甲D103、丙D103)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告103-①(64歳、個人事業主)と原告103-②(60歳、会社員)は夫婦であり、原告103-③(29歳、会社員)は両名の長男である。原告103-④ (58歳、会社員)は原告103-①の弟である。 原告103-①は小高で生まれ育ち、船大工である父と気仙沼市で稼働したが、実家に戻り、原子力発電所内での機械設備設置工事などの業務を行う会社を営みながら、母の農作業を手伝っていた。原告103-②は、婚姻後小高で暮らし、建設資材運搬会社に勤務していた。原告103-③は、高校卒業後、会社に就職し、本件発電所の 放射線管理員として稼働し、通勤していた。 原告103-④は、離婚後 103-②は、婚姻後小高で暮らし、建設資材運搬会社に勤務していた。原告103-③は、高校卒業後、会社に就職し、本件発電所の 放射線管理員として稼働し、通勤していた。 原告103-④は、離婚後、実家である小高に戻り、双葉町の塗装会社に勤務していた。 原告らの自宅は、本件津波により半壊し、居住地は災害危険区域に指定された。 世帯番号103の原告らは、避難所、親族宅等の避難を経て、原告103-①、②は、平成23年8月ころから原町区の借上住宅に転居していたところ、周囲の人が帰 還しないところに戻っても日常生活を送ることは難しいと考えて帰還を断念し、平成27年8月に小高区の災害復興住宅に移住した。避難後、自営業は再開できず、近隣住民とも離れ離れになり、頻繁に会うことはできない。 原告103-③は、平成23年6月、勤務先の新潟県柏崎市の従業員寮に転居し、転勤に伴い、平成25年からいわき市の賃貸住宅に移住した。 原告103-④は、平成23年7月にいわき市の借上住宅に転居していたところ、 勤務先を定年退職し、平成27年ころ原町区の災害復興住宅に移住した。 村上地区では、季節行事、環境美化、農作業の共同、祭り、季節行事などを行い、共同作業後の懇親の機会が多かったが、再開していない。 イ判断世帯番号103の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ る。原告103-①、②は、自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため広域移動を迫られ、また、避難指示により近隣地区の復興に向けた計画が進まなかったことが帰還を断念せざるを得ない原因となったことも否定できない。移住後、やりがいをもっていた仕事を再開できず、近隣住民との交流も変化するなど、避難生活終了後 り近隣地区の復興に向けた計画が進まなかったことが帰還を断念せざるを得ない原因となったことも否定できない。移住後、やりがいをもっていた仕事を再開できず、近隣住民との交流も変化するなど、避難生活終了後もなお自由な自己実現が阻害され、 あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 原告103-③、④について、津波被害を考慮しても、意図せぬ広域移動により、避難生活終了後、本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったことが認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが 相当である。原告103-②、③、④について、弁護士費用各28万円を加えた合計各308万円を認める。 その一方で、原告103-①は、訴訟外で、横砂共同墓地の墓石について移転にかかる費用の賠償を請求し、被告東電から合計151万円の支払を受けているところ、同墓地は本件津波で流出しており、移転費用は本件事故以外の要因による損害である (丙C174、丙D103の4、丙E110)。上記支払は、被告東電が本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。被告東電と原告103-①は、直接請求手続において、事後、津波そのほか本件事故以外の要因による損害に関する賠償金が含まれていることが判明した場合には精算することを合意しており、上記慰謝料について、151万円の限度で弁済の抗弁が認められる。原告103-①について、慰 謝料残額129万円、弁護士費用12万円、合計141万円を認める。 【世帯番号104】ア認定事実証拠(甲D104、丙D104)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告104 円、弁護士費用12万円、合計141万円を認める。 【世帯番号104】ア認定事実証拠(甲D104、丙D104)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告104-①(58歳、会社員)と原告104-②(56歳、会社員)は夫婦で あり、原告104-③(30歳、会社員)、原告104-④(27歳、無職)は両名の二女、三女である。原告104-⑤(81歳、無職)は原告104-①の母である。 原告104-①は、小高で生まれ育ち、原町区の会社に勤め、原告104-②は婚姻後、小高で暮らしていた。原告104-①、②、⑤は、自宅の畑で野菜や花卉を栽培していた。原告104-③は、高校卒業後、浪江町の生花店に就職し、フラワーア レンジメント教室を開きながら、農業を手伝っていた。原告104-④は、高校進学1年後に体調を崩し、以後、自宅でうつ病の療養をしており、就労していない。 世帯番号104の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅、借上住宅で避難生活を送っていたところ、放射能汚染の不安のほか、土地の荒廃を見て帰還しないことを決め、原告104-①、②、④、⑤は、平成27年2月ころ福島市内の住宅を購入 して転居した。原告104-③は、平成23年8月から、単身、福島市の借上住宅に転居し、現在も福島市に居住している。 世帯番号104の原告らは、移住後、自宅の農作業ができず、また、それぞれ小高で交流していた親戚、友人、顧客などとの交流ができない。同人らは、小高で暮らしたいと思ったときに暮らせるよう、1年に3、4回、家族で小高の自宅に行き、自宅 の清掃や庭木の管理、剪定をし、墓参りをしている。 神山地区には、本件事故前は34世帯が居住し、伝統行事、季節行事、環境美化、運動会などの活動を行っていたが、令和3年5月現在 宅に行き、自宅 の清掃や庭木の管理、剪定をし、墓参りをしている。 神山地区には、本件事故前は34世帯が居住し、伝統行事、季節行事、環境美化、運動会などの活動を行っていたが、令和3年5月現在、帰還しているのは9世帯である。 イ判断 世帯番号104の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還を断念したものの、小高の自宅を維持管理しているが、知人・友人や近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認め るのが相当である。 【世帯番号105】ア認定事実証拠(甲D105、丙D105)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告105-①(53歳、会社員)と原告105-②(44歳、会社員)は夫婦であり、原告105-③(19歳、専門学校生)、原告105-④(17歳、高校2年生)は両名の長女、二女である。 原告105-①は小高で生まれ育ち、小高区の会社に勤務していた。原告105-②は婚姻後、小高で暮らしていた。原告105-③は高校卒業後、仙台の専門学校に 通学していた。 世帯番号105の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等に避難した。原告105-③は平成23年5月に仙台市の借上住宅に転居した。原告105-①は、平成23年7月から転勤のため長野県塩尻市、山形県酒田市に転居したが、退職を決め、平成24年6月に原町区の仮設住宅に転居した。原告105-②、③は平成24年5 月ころから上 原告105-①は、平成23年7月から転勤のため長野県塩尻市、山形県酒田市に転居したが、退職を決め、平成24年6月に原町区の仮設住宅に転居した。原告105-②、③は平成24年5 月ころから上記原町区の仮設住宅に転居していた。原告105-①、②は平成28年12月、小高区の自宅に帰還した。原告105-③は、平成27年6月に上記仮設住宅を出てしばらくして婚姻し、相馬市に転居した。原告105-④は平成24年3月に高校を卒業後、仙台市で就職して同市に転居し、平成27年11月に東京都渋谷区の会社に転職して東京に転居したが、平成30年11月に小高の実家に転居した。 世帯番号105の原告らの自宅は小高駅まで7、8分程度のところにあり、小学校、 中学校、高校の通学路である。地域交流も盛んだったが、令和3年6月現在、自宅周りの世帯、小高商店街の店舗の多くが帰還していない。原告105-③、④は、小高の復興を望んでいる。 イ判断世帯番号105の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を 強いられたと認められる。帰還後、近隣住民との交流や自然環境が変化しているためなおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号106】ア認定事実証拠(甲D106、丙D106)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告106-①(62歳、行政区長兼農業)と原告106-②(57歳、公務員) は夫婦であり、原告106-③(31歳、嘱託職員)、原告106-④(27歳、 旨によれば、以下の事実が認められる。 原告106-①(62歳、行政区長兼農業)と原告106-②(57歳、公務員) は夫婦であり、原告106-③(31歳、嘱託職員)、原告106-④(27歳、会社員)は両名の長女、長男である。 原告106-①は小高で生まれ育ち、農業協同組合に勤務しながら稲作を行い、退職後は行政区長を務めていた。原告106-②も小高で生まれ育ち、保育所に勤務していた。原告106-③、④も小高で生まれ育ち、地元で就職して勤務していた。 原告らの自宅建物は、本件地震により半壊した。 世帯番号106の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅、友人宅での避難を経て、平成23年4月ころから原町区の借上住宅で避難生活を送っていたところ、原告106-②が長女のそばに暮らしたいと希望し、そのまま同所に移住した。 原告106-④は、平成23年秋に職場が横浜市に移転したため、平成23年10 月に同市に移住した。 蛯沢地区では、年間を通じ、季節行事や環境美化などを通じて地域交流をしていた。 イ判断世帯番号106の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還を断念して農業を再開できず、あるいは勤務先の移動により移住を余儀なくされ、避難生活終了後も近隣住民との交流や自然環境の変化などに より、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号107】 ア認定事実証拠(甲D107、丙D107)及び弁論の全趣旨によれば、以 料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号107】 ア認定事実証拠(甲D107、丙D107)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告107-①(38歳、自営業)は小高で生まれ、母である原告107-②(69歳、自営業)と浪江町でスナックを経営していた。原告107-③(17歳、高校 2年生)、原告107-④(4歳)は、原告107-①の長男、二男である。 世帯番号107の原告らは、避難指示を受け、避難所、ホテル等での避難を経て、平成24年1月ころ、福島市の借上住宅に転居した。同年4月ころ、原告107-①は一人で、原告107-②、③、④は三人で、それぞれ原町区の仮設住宅に転居していたところ、平成25年5月、小高区の自宅が漏電による火災で焼失したこともあっ て帰還を断念し、原告107-①は、原町区に土地を購入して自宅を新築し、平成28年4月に4人で移住した。移住先では、現在も隣組に入れてもらえていない。 原告107-③は、本件事故後、福島市内の系列高校に転入したが、精神的に不安定になって学校に行けなくなり、平成24年に高校を卒業した後、実父の仕事を手伝っていたものの、睡眠薬を過剰摂取するなど精神的に不安定な状況が続いていたが、 令和元年10月から原町区で独り暮らしを始め、富岡町の会社に勤務している。 原告107-④は、令和3年10月当時、小高中学3年生であり、小高に戻りたいと口にしている。 イ判断世帯番号107の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったが、避難生活を強いられ、避難生活のうちに帰還を断念することを余儀なくされたと認められる。 原告107-①、②は事業を再開できず、また、107-①、②、③ 、本件事故時に小高区に生活の本拠があったが、避難生活を強いられ、避難生活のうちに帰還を断念することを余儀なくされたと認められる。 原告107-①、②は事業を再開できず、また、107-①、②、③は移住後、新しい生活環境で新たな地域生活を築くにも困難があり、原告107-④は、小高中学に通学しながら小高で暮らすことを望み、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各2 8万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 被告東電は、原告107-②、③が就労不能損害を請求するにあたり、原告107-①が就労状況証明書を作成し、原告107-②に対し、本件事故当時の給与が月額18万2000円であることを前提に合計873万2000円を、原告107-③に対し、本件事故当時の給与が月額9万2000円であることを前提に合計436万8 000円を賠償しているところ、原告107-①自身の請求に当たっては最低賠償額である月額5万円を請求していることに比べ、原告107-②の給与の額は疑わしく、また、当時高校2年生であった原告107-③がスナックで稼働していたことも疑わしいと主張する。しかし、詳細な事実関係は不明であり、不適切な請求であることが立証できているとはいえないから、本訴訟では上記賠償の適否については考慮しない。 【世帯番号108】ア認定事実証拠(甲D108、丙D108)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告108-②(47歳、酒類小売業)は、小高区で生まれ育ち、昭和59年ころ から家業である酒類販売店で働いている。原告108-①被承継人(69歳、酒類小 れば、以下の事実が認められる。 原告108-②(47歳、酒類小売業)は、小高区で生まれ育ち、昭和59年ころ から家業である酒類販売店で働いている。原告108-①被承継人(69歳、酒類小 売業)は原告108-②の母である。原告108-①被承継人は令和3年9月10日に死亡した。 世帯番号108の原告らは、避難指示を受け、避難所等での避難を経て、新潟県三条市で避難生活を送り、平成29年8月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、酒類販売店で黒字経営ができるとは判断できず、廃業した。 居住地区では、野馬追祭りを通じた交流、季節行事、運動会等の活動を行っていたが、帰還後、行事や冠婚葬祭を通じた交流はなくなった。 イ判断世帯番号108の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、家業を廃業し、また近隣住民との交流や自然環境の 変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号109】 ア認定事実証拠(甲D109、丙D109)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告109-①(51歳、会社員兼農業)は小高で生まれ育ち、小高の会社に勤めながら、農業を営んでいた。原告109-②(26歳、会社員)、原告109-③(2 2歳、福祉職員)は、原告109-①の長女、二女である。 原告109-④(60歳、会社員)は原告109-①の兄であり、小高の会社に勤めていた。 原告らの自宅は津波被害を受け、原告1 ③(2 2歳、福祉職員)は、原告109-①の長女、二女である。 原告109-④(60歳、会社員)は原告109-①の兄であり、小高の会社に勤めていた。 原告らの自宅は津波被害を受け、原告109-①の母は本件津波により死亡した。 自宅所在地は災害危険区域に指定された。 世帯番号109の原告らは、親族宅、避難所等での避難を経て、平成24年8月か ら鹿島区の借上住宅で避難生活を送り、平成25年10月に原町区に建築した自宅に移住した。原告109-④は、平成27年3月、婚姻して宮城県石巻市に転居したが、その後離婚し、令和元年7月に原告109-①の上記自宅に転居した。 村上地区では、農作業の共同、伝統行事、環境美化、親睦会などを行っていた。 イ判断 世帯番号109の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため広域移動を迫られ、居住地区から離れて避難生活を送ることとなり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。 世帯番号の109の原告らは原町区に移住しているところ、原告109-①は農業 再開を断念し、農業を再開できないのは、避難指示により近隣地区の復興に向けた計画が長期にわたり進まず、地域住民が離散したことが原因であることも否定できず、同人が、避難生活終了後もなおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。原告109-②、③、④についても、津波被害を考慮しても、意図せぬ広域移動により、避難生活終了後、 本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったことが認められる。世帯番号の も、津波被害を考慮しても、意図せぬ広域移動により、避難生活終了後、 本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったことが認められる。世帯番号の109の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。原告109-②、③、④について、弁護士費用として各28万円を加えた合計各308万円を認める。 その一方で、原告109-①は、訴訟外で、前谷地共同墓地の墓石について移転にかかる費用の賠償を請求し、被告東電から合計151万円の支払を受けているところ、同墓地は本件津波で流出しており、移転費用は本件事故以外の要因による損害である(丙C174、丙D109の2、丙E110)。上記支払は、被告東電が本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。被告東電と原告109-①は、直接請 求手続において、事後、津波そのほか本件事故以外の要因による損害に関する賠償金 が含まれていることが判明した場合には精算することを合意しており、上記慰謝料について、151万円の限度で弁済の抗弁が認められ、原告109-①について、慰謝料残額129万円、弁護士費用12万円、合計141万円を認める。 【世帯番号110】ア認定事実 証拠(甲D110、丙D110)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告110-①(61歳、会社員)は小高で生まれ育ち、配管工として、原町区の会社に勤務していた。 自宅は本件津波により流失し、原告110-①の妻と同人の子は本件津波により死 亡した。自宅所在地は災害危険区域に指定されている。 原告110-①は、避難所、知人宅での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平 し、原告110-①の妻と同人の子は本件津波により死 亡した。自宅所在地は災害危険区域に指定されている。 原告110-①は、避難所、知人宅での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成27年1月に防災集団移転制度を利用して原町区に自宅を建築し、移住した。防災集団移転制度により原告110-①と同じ移転先に移転したのは同人のほか1世帯である。 村上地区では、農作業の共同、伝統行事、季節行事やスポーツ大会などを行っており、原告110-①は、神楽や田植踊などの民俗芸能を見るのも楽しみの一つだったが、担い手はおらず、上記各行事も行われていない。 イ判断原告110-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。自宅 の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため広域移動を迫られ、居住地区から離れて避難生活を送ることとなり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。そして、地区の住民が離散したのは長期の避難指示にも原因があることを否定できず、防災集団移転制度を利用して避難生活を終了した後も、新しい生活環境で新たな地域生活を築くには困難があり、 地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精 神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円を認めるのが相当である。 その一方で、原告110-①は、訴訟外で、横砂共同墓地の墓石について移転にかかる費用の賠償を請求し、被告東電から合計151万円の支払を受けているところ、同墓地は本件津波で流出しており、移転費用は本件事故以外の要因による損害である (丙C174、丙D110の1、丙E110)。上記支払は、被告東電が本来支払う必要 1万円の支払を受けているところ、同墓地は本件津波で流出しており、移転費用は本件事故以外の要因による損害である (丙C174、丙D110の1、丙E110)。上記支払は、被告東電が本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。被告東電と原告110-①は、直接請求手続において、事後、津波そのほか本件事故以外の要因による損害に関する賠償金が含まれていることが判明した場合には精算することを合意しており、上記慰謝料について、151万円の限度で弁済の抗弁が認められ、原告110-①について、慰謝 料残額129万円、弁護士費用12万円、合計141万円を認める。 【世帯番号111】ア認定事実証拠(甲D111、丙D111)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告111-①(66歳、自営業)は昭和42年の婚姻後、小高で暮らし、夫と土木工事など資材運搬業を営みながら、畑で野菜を栽培していた。原告111-②(40歳、自営業)は、原告111-①の長男であり、ダンプカーを運転して家業に従事していた。 原告らの自宅は本件津波で流失し、原告111-①の夫は本件津波により死亡した。 自宅所在地は災害危険区域に指定されている。 世帯番号111の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等での避難を経て、それぞれ別の仮設住宅で避難生活を送り、平成29年3月、長女の自宅取得に合わせ、原町区の土地を購入して新築した自宅に移住した。営んでいた自営業は、取引先も強制避難を強いられ、事業を継続できず、廃業した。 村上地区では、伝統行事、季節行事、スポーツ大会、環境美化などの活動を行って いた。 イ判断世帯番号111の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。自宅の津波被害により 伝統行事、季節行事、スポーツ大会、環境美化などの活動を行って いた。 イ判断世帯番号111の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため広域移動を迫られ、居住地区から離れて避難生活を送ることと なり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。避難生活終了後も、家業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。原告111-②につ いて、弁護士費用28万円を加えた合計308万円を認める。 その一方で、原告111-①は、訴訟外で、横砂共同墓地の墓石について移転にかかる費用の賠償を請求し、被告東電から合計151万円の支払を受けているところ、同墓地は本件津波で流出しており、移転費用は本件事故以外の要因による損害である(丙C174、丙D111の9、丙E110)。上記支払は、被告東電が本来支払う必 要のなかった支払であるといわざるを得ない。被告東電と原告111-①は、直接請求手続において、事後、津波そのほか本件事故以外の要因による損害に関する賠償金が含まれていることが判明した場合には精算することを合意しており、上記慰謝料について、151万円の限度で弁済の抗弁が認められ、原告111-①について、慰謝料残額129万円、弁護士費用12万円、合計141万円を認める。 【世帯番号112】ア認定事実証拠(甲D112、丙D112)及び弁論の全趣旨によれば、 原告111-①について、慰謝料残額129万円、弁護士費用12万円、合計141万円を認める。 【世帯番号112】ア認定事実証拠(甲D112、丙D112)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告112-①(52歳、自営業兼農業)と原告112-②(51歳、パート)は 夫婦であり、原告112-③(19歳、会社員)、原告112-④(17歳、高校生)、 原告112-⑤(15歳、中学3年生)は両名の長男、二男、長女である。 原告112-①は小高で生まれ育ち、水道工事業を営みながら、米と野菜を栽培して農業を営んでいた。原告112-②は婚姻後、小高で暮らしていた。原告112-③は建設会社に勤務していた。 世帯番号112の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等での避難を経て、 原告112-①のさいたま市の水道会社への就職が決まり、埼玉県川口市内に無償で居住できるマンションを見つけ、平成23年4月から同所で避難生活を送った。同年9月から、原告112-①は単身で原町区に戻り、水道工事業を再開した。その後、子である原告112-⑤が高校を卒業した平成26年4月から、原告112-②も原町区に転居した。両名は、仕事と生活の拠点が移っていることから帰還を断念し、平 成31年に原町区で購入した自宅に移住した。田畑を自ら維持することは難しいと考え、生産組合に賃貸している。 浦尻地区では、本件事故当時、地区の住民がみな顔見知りで、近隣住民と野菜を物々交換するなどの交流があり、集会や行事にはほとんどの住民が参加していたが、そのような交流はない。 原告112-③は、平成25年に宮城県岩沼市の携帯電話販売会社に就職し、同市内に転居した。 原告112-④は、平成24年3月に高校を卒業して越谷市の会社に いたが、そのような交流はない。 原告112-③は、平成25年に宮城県岩沼市の携帯電話販売会社に就職し、同市内に転居した。 原告112-④は、平成24年3月に高校を卒業して越谷市の会社に就職し、平成29年に同市内に転居して一人暮らしを始めた。 原告112-⑤は、平成26年3月に高校を卒業して越谷市の会社に就職し、平成 29年に同市内に転居して一人暮らしを始め、平成31年に婚姻して埼玉県内で転居し夫と暮らしている。 イ判断世帯番号112の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。原告112-①、②は、避難生活が長期化したため帰還を断念することを余儀な くされ、避難生活終了後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の 変化などにより、精神的利益の喪失が顕著に継続して現存すると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告112-③、④、⑤について、避難生活中、就職等に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできな い状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁 護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号113】 ない。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁 護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号113】ア認定事実証拠(甲D113、丙D113)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告113-①(62歳、福島林業協会職員)と原告113-②(63歳、無職)は夫婦である。原告113-①は小高で生まれ育ち、小高町役場に就職し、南相馬市役所を定年退職した後、福島県林業協会に勤務していた。原告113-②は婚姻後、小高で暮らしていた。両名は、所有する田畑で自家消費用の米と野菜を栽培していた。 世帯番号113の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅での避難を経て、山 形県天童市のアパートで避難生活を送っていたところ、原告113-①の両親の介護をしながら避難生活を続けることはできないと考え、平成26年10月、原町区に転居をする決心をして住宅を取得し、同所に移住した。 金谷地区には、本件事故前は80世帯が居住し、季節行事、伝統行事、環境美化、スポーツ大会などの活動を行っていたが、令和2年8月現在、帰還しているのは15 世帯余りである。 イ判断世帯番号113の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、避難生活が長期化する中、両親の介護を抱え、帰還を断念し、避難生活終了後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済 的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各2 、あるいは地域環境から享受していた経済 的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号114】ア認定事実 証拠(甲D114、丙D114)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告114-①(48歳、会社員)は小高で生まれ育ち、原町区の特殊紙製造供給会社に勤めながら、母である原告114-②被承継人(80歳、無職)が畑で野菜を栽培するのを手伝っていた。原告114-②被承継人は令和2年8月12日死亡した。 世帯番号114の原告らは、避難指示を受け、親族宅等での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送ったが、原告114-①は、原告114-②被承継人に避難生活を続けさせることはできないと考え、平成25年2月に宇都宮市の住宅を購入し、同年5月から原告114-②被承継人は移住した。 原告114-①は、原町区の借上住宅から勤務先会社に通い、週末は宇都宮市の自 宅に行っていたが、原告114-②被承継人が体調を崩したため、勤務先会社を退職し、平成27年4月に宇都宮市の自宅に移住した。農作業は行えなくなり、趣味の釣りもしていない。親戚も離れ離れになり、葬式に呼ばれることもなくなった。 イ判断世帯番号114の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を 強いられたと認められる。避難生活が長期化して帰還を断念せざるをえず、避難生活 終了後も、移住先で、農作業を再開できず、原告114-①は意図せず退職することとなり、原告らは、避難生活終了後も精神的利益の喪失が顕著に継続して現存すると認められる。同人らの精神的損 終了後も、移住先で、農作業を再開できず、原告114-①は意図せず退職することとなり、原告らは、避難生活終了後も精神的利益の喪失が顕著に継続して現存すると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号115】ア認定事実証拠(甲D115、丙D115)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告115-①(71歳、福岡行政区長)と原告115-②(68歳、主婦)は夫 婦であり、原告115-④(41歳、会社員)は両名の二女である。 原告115-③(44歳、会社員)は、原告115-④の夫であり、原告115-⑤(10歳、小学4年生)、原告115-⑥(7歳、小学1年生)は、原告115-④と原告115-⑤の子である。 原告115-①は小高で生まれ育ち、小高町役場に勤め、定年退職し、本件事故当 時は福岡行政区長を務めていた。原告115-①は、所有する田畑を賃貸し、自身でも家族と自家消費用の野菜を栽培していた。 原告115-③と④は、地元の会社に勤め、通勤していた。 世帯番号115の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅等での避難を経て、仙台市の借上住宅に転居し、原告115-③、④、⑤、⑥は平成23年5月から、原 告115-①、②は平成25年8月から、それぞれ別の原町区の借上住宅で避難生活を送った。原告115-③らは、原町区で新しい人間関係ができたため、小高区の自宅への帰還を断念し、平成28年に原町区に自宅を新築し、平成29年1月に移住した。原告115-①、②も、同年3月、同所に転居して原告115-③らと同居した。 原告115-①、②は、小高区の自宅も改修 宅への帰還を断念し、平成28年に原町区に自宅を新築し、平成29年1月に移住した。原告115-①、②も、同年3月、同所に転居して原告115-③らと同居した。 原告115-①、②は、小高区の自宅も改修し、週末には帰っていたが、体調がすぐ れず、行く機会も少なくなった。 福岡地区には、本件事故前は50世帯が居住し、伝統行事、運動会、旅行会、スポーツ大会などの活動を行っていたが、令和4年1月現在、帰還しているのは10世帯余りであり、交流する機会はなくなった。 イ判断世帯番号115の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を 強いられたと認められる。 原告115-①、②は、避難生活が長期化する中で、本件事故時に同居していた二女家族の意向を受け、帰還を断念したもので、避難生活終了後、農作業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められ る。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告115-③、④、⑤、⑥も、避難生活が長期化する中で移住を余儀なくされ、近隣住民との交流、自然環境、子らの養育環境の変容などにより、避難生活終了後も、 本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったことが認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号116】 ア認定事実 証拠 について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号116】 ア認定事実証拠(甲D116、丙D116)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告116-①(54歳、会社員)と原告116-②(52歳、主婦)は夫婦であり、原告116-④(22歳、会社員)は両名の長男である。 原告116-③被承継人(80歳、無職)は、原告116-①の母である。原告1 16-③被承継人は令和2年6月5日に死亡した。 原告116-①、②は小高で生まれ育ち、原告116-①はJR東日本に勤務しながら、家族で農業を営んでいた。 原告116-④は、小高の会社に勤務していた。 世帯番号116の原告らは、避難指示を受け、避難所、親族宅などに避難した。原 告116-①、②、③被承継人は、平成23年5月からいわき市内のJR社宅で避難生活を送っていたが、親交のある者たちの離散や、農業を再開できるめどがないことなどから帰還を断念し、平成25年7月、茨城県東茨城郡茨城町の土地建物を購入して移住した。 原告116-④は、平成23年5月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、以後、 勤務先事業所が閉鎖されたことによる転勤のため、同年7月に郡山市、平成24年に茨城県古河市、平成30年に埼玉県久喜市に転居し、令和2年4月に再婚し、同年10月に同所の戸建て住宅に転居した。 上浦地区には、本件事故前は46世帯が居住し、伝統行事、環境美化、季節行事、運動会などを行っていた。 イ判断世帯番号116の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。原告116-①、②、③被承継 季節行事、運動会などを行っていた。 イ判断世帯番号116の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。原告116-①、②、③被承継人は、長引く避難生活のうちに帰還を断念して農業を再開できず、原告116-④は、勤務先事業所閉鎖によるやむを得ない転勤により移住し、いずれも、避難生活終了後も、近隣住民 との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 その一方で、原告116-①は、被告東電に対し、住居確保損害を2回にわたり請 求し、合計2466万1537円の支払を受けているところ、1回目の請求は移住先 の住宅の取得費用である。しかし、2回目の請求は、平成27年に水戸市の土地建物を取得する費用であるところ、原告116-①の本件事故当時の世帯家族が上記不動産に居住しているとは認められず、本件事故発生時点において居住していた所在からの移住に伴う移住先住居の再取得費用であるとは認められない。被告東電による2回目の1108万7005円の支払は、住居確保損害の支払の趣旨に照らしても、本来 支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。 被告東電と原告116-①は、直接請求手続において、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しているところ、請求者は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求手続を行っており(丙D116の6、7)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生 活再建 を合意しているところ、請求者は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求手続を行っており(丙D116の6、7)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生 活再建を図るものであることを踏まえれば、上記1108万7005円の返還について、世帯番号116の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号116の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害は11万2995円であり、被告東電は原告116-①に対し同額に弁護士費用1万円を 加えた合計12万2995円を支払う義務があると認める。 【世帯番号117】ア認定事実証拠(甲D117、丙D117)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告117-①(47歳、会社経営)は小高で生まれ育ち、家業である電気店、新聞販売店、プロパンガス取扱会社を経営するとともに、両親が所有する不動産の賃貸業を営んでいた。 原告117-①は、避難所、親族宅等での避難を経て、平成23年4月に同人の父が確保した茨城県つくば市のアパートに転居した。その後、仙台市の配偶者宅、原町 区の借上住宅を往来する生活を送っていたところ、平成27年12月に同人の母が受 領した住居確保損害の支払を利用して仙台市に自宅を新築した。平成26年ころ新聞販売店は閉店し、現在、小高にある両親宅兼店舗と仙台市の上記自宅を往来しながら電気店を継続しているが、顧客が激減しており、閉店することを考えている。プロパンガス取扱会社は権利を売却し、太陽光発電による売電事業を行っている。 イ判断 原告117-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。避難生活終了後も、顧客の減少や近隣住民と 却し、太陽光発電による売電事業を行っている。 イ判断 原告117-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。避難生活終了後も、顧客の減少や近隣住民との交流の変化などにより事業を継続できず、また、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認め るのが相当である。 【世帯番号118】ア認定事実証拠(甲D118、丙D118)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告118-①(61歳、無職)と原告118-②(60歳、無職)は夫婦であり、原告118-③(35歳、会社員)、原告118-④(34歳、会社員)は、両名の長男、長女である。 原告118-①は小高で生まれ育ち、小高町役場に就職して南相馬市役所を定年退職し、自宅の庭で家庭菜園や造園を行っていた。原告118-②は婚姻後、小高で暮 らしていた。 原告118-③は相馬市の会社に、原告118-④は大熊町の会社に勤務していた。 世帯番号118の原告らは、避難所、旅館等での避難を経て、平成23年8月から相馬市の仮設住宅で避難生活を送っていた。原告118-①、②は、避難指示解除当時、小高区の自宅の除染作業が継続中であったこと、体調を崩して通院が必要である こと、小高に帰りたくないと考えている子らの意向などにより帰還を断念し、原告1 18-③、④とともに相馬郡新地町に新築した自宅に平成29年7月に移住した。原告118-①は、移住後、近隣住民に気を使い、少しでも打ち解けられるよう考えながら行動している。 原告118-③は、本件事故当時の勤務 ともに相馬郡新地町に新築した自宅に平成29年7月に移住した。原告118-①は、移住後、近隣住民に気を使い、少しでも打ち解けられるよう考えながら行動している。 原告118-③は、本件事故当時の勤務先での勤務を続けている。 原告118-④は、本件事故により失職し、再就職できておらず、両親の通院の送 迎や看護を負担している。 イ判断世帯番号118の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。世帯番号118の原告らは、帰還を断念せざるを得ず、避難生活終了後も、新しい生活環境で新たな地域生活を築くことに困難を感 じており、原告118-④は、避難生活終了後も失職し、親の通院の援助を負担するなど、なおも精神的損害を被っていると認められる。世帯番号118の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号119】 ア認定事実証拠(甲D119、丙D119)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告119-①(61歳、非常勤講師)は小高で生まれ育ち、東京の大学に進学し、大学卒業後は東京で暮らしていたが、平成11年に養母の介護のため小高に戻り、以 後、小高で暮らしていた。非常勤講師や家庭教師として英語や数学を教えながら、庭に花を育て、多数の猫を飼い、猫を保護する活動を行っていた。 原告119-①は、避難所での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成30年10月に小高区の自宅を改築して帰還した。帰還後、非常勤講師や家庭教師の仕事はなくなった。 5区には、本件事故前は約130世帯が居住し、様々な行事や環境美化を協力して 生活を送り、平成30年10月に小高区の自宅を改築して帰還した。帰還後、非常勤講師や家庭教師の仕事はなくなった。 5区には、本件事故前は約130世帯が居住し、様々な行事や環境美化を協力して 行っていたが、令和3年8月現在、帰還しているのは65世帯余りであり、空き家も多く、地域交流の機会はなくなった。 イ判断原告119-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、避難生活終了後、近隣住民との交流の機会や非常勤講師、家庭教師の 仕事はなく、また自然環境の変化などによりなおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号120】 ア認定事実証拠(甲D120、丙D120)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告120-①(59歳、無職)と原告120-②(60歳、看護師)は夫婦である。 原告120-②は小高で生まれ育ち、原告120-①は婚姻後、小高で暮らしていた。原告120-①は、小高の会社を退職して個人で写真現像業を営んだが、本件事故の2年ほど前、母の介護のため事業を停止した。原告120-②は准看護師である。 世帯番号120の原告らは、避難所、親族宅等での避難を経て、埼玉県上尾市の借上住宅に長女夫妻と同居して避難生活を送っていた。小高区の自宅建物は本件地震に より半壊したため改修できず、解体を決め、長女と上尾市に残ることも考えたが、小高に帰りたいとの気持ちが強く、平成28年1月に原町区の土地を取得して自宅を建築し、 小高区の自宅建物は本件地震に より半壊したため改修できず、解体を決め、長女と上尾市に残ることも考えたが、小高に帰りたいとの気持ちが強く、平成28年1月に原町区の土地を取得して自宅を建築し、平成31年3月に移住した。 東町地区では、隣組を構成する世帯同士で農作物を交換し、懇親会や季節行事を行なっていたが、隣組の人とも疎遠になった。原告120-①は、自宅の庭の植木や近 隣の家の庭木の手入れ、仲間との釣りが趣味だったができなくなった。 イ判断世帯番号120の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還を断念し、避難生活終了後も、近隣住民との交流、生活環境、自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的 損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号121】ア認定事実証拠(甲D121、丙D121)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告121-①(38歳、会社員)は、茨城県日立市で生まれ、父の転勤のため、小学校から原町区で育った。平成14年に小高出身の妻との婚姻を機に小高に転居し、原町区の会社に勤務していた。 原告121-①は、避難所、親族宅での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活 を送った。妻と長女は山形県米沢市に避難し、関係が疎遠になり平成26年に離婚したため、妻とその両親を介して近隣関係を築いていた小高に帰る理由はなくなり、平成28年8月に原町区に移住した。 原告121-①は、職場の知り合いも転勤や退職によ 、関係が疎遠になり平成26年に離婚したため、妻とその両親を介して近隣関係を築いていた小高に帰る理由はなくなり、平成28年8月に原町区に移住した。 原告121-①は、職場の知り合いも転勤や退職により原町区を離れており、小高区で築いた人間関係を失ったと感じている。 イ判断原告121-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、長引く避難生活のうちに移住を決め、避難生活終了後も、社会環境の変容による精神的損害があると認められる。同人に対し、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号122】 ア認定事実証拠(甲D122、丙D122)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告122-①(61歳、建設作業員兼農業)は小高で生まれ育ち、建設作業員として稼働しながら農業を営んでいた。原告122-②(35歳、警備会社勤務)は、 原告122-①の三男であり、農業を継ぐため、平成15年に実家に戻り、警備会社に勤めていた。 世帯番号122の原告らは、避難所、親族宅等での避難を経て、原告122-①は平成23年4月から山形県米沢市の借上住宅、同年8月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送った。行津地区に帰還する世帯は2,3世帯であり、親戚や近隣住民が帰還 しないため、原告も帰還しないことを決め、平成30年12月に相馬市で購入した自宅に移住した。移住後、長男と同居できず、親類や古くからの仲間もおらず、生活に活気はないと感じている。 原告122-②は、以前居住していた千葉県で就職することを決め、平成23年5月に千葉県に移住し、同所で婚姻した。 行津地区には、本件事故前は23世帯が居住し、 に活気はないと感じている。 原告122-②は、以前居住していた千葉県で就職することを決め、平成23年5月に千葉県に移住し、同所で婚姻した。 行津地区には、本件事故前は23世帯が居住し、うち4世帯は親類で、農作業の共同、環境美化、伝統行事、季節行事などの活動を行っていた。 イ判断世帯番号122の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。原告122-①は、帰還を断念し、農業を再開できず、避 難生活終了後も、近隣住民との交流、生活環境、自然環境の変化などにより、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告122-②について、避難生活中、就職、婚姻に伴い転居しているところ、避 難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない 状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費 用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号123】ア認定事実証拠(甲D123、丙D123)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告123-①(58歳、会社員)と原告123-②(57歳、学校給食 【世帯番号123】ア認定事実証拠(甲D123、丙D123)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告123-①(58歳、会社員)と原告123-②(57歳、学校給食員)は夫婦であり、原告123-③(28歳、介護職員)は両名の二女である。 原告123-①は小高で生まれ育ち、大学卒業後に小高に戻り、原町区の会社に勤務しながら、野菜を栽培していた。原告123-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 原告123-③は、新潟県の大学に進学して卒業後、小高に戻り、介護施設に勤務 していた。 世帯番号123の原告らは、避難所、親族宅、友人宅に避難した。原告123-①、②は、平成23年4月に郡山市の借上げ住宅に移転したが、原告123-①の勤務先の原町工場が再開したため、同年5月、原町区の社宅に転居した。平成25年4月、長女夫妻が郡山市に新築した自宅で長女と同居することを決め、移住したものの、小 高区の自宅に戻りたいと思い、自宅建物を修復し、月に1回程度は自宅の清掃や周辺の草刈りをしている。本件事故前は、定年退職後は、夫婦で、日ごろできない野菜栽培や草花を植えようと考えていたが叶えられない。 原告123-③は、平成23年4月に退職し、郡山市で原告123-①らや姉と同居したが、平成29年3月から同市内で独り暮らしをしている。 女場地区には、本件事故前は約40世帯が居住し、農作業を共同し、伝統行事を行 っていた。 イ判断世帯番号123の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 世帯番号123の原告らは避難生活の長期化により帰還を断念し、原告123-①、 ②は、今も小高に戻ることを希望して小高の自宅の手入れを続けており、また、農作業ができなく いられたと認められる。 世帯番号123の原告らは避難生活の長期化により帰還を断念し、原告123-①、 ②は、今も小高に戻ることを希望して小高の自宅の手入れを続けており、また、農作業ができなくなるなど、避難生活終了後も精神的利益の喪失が顕著に継続して現存すると認められる。世帯番号123の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号124】ア認定事実証拠(甲D124、丙D124)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告124-①(59歳、造園業兼農業)と原告124-②(59歳、農業)は夫 婦であり、原告124-④(29歳、介護職)は両名の長女である。 原告124-③(79歳、無職)は、原告124-1①の母である。 原告124-①は小高で生まれ育ち、高校卒業後、精密機械加工業者に勤務したが、実家の農業を継ぐため、46歳のときに退職し、以後、農業を営みながら造園業を営んでいた。原告124-②は、婚姻後小高で暮らしていた。 原告124-④は、高校卒業後、介護士として相馬市の特別養護老人ホームに勤務していた。 世帯番号124の原告らは、親族宅、避難所等に避難した。原告124-①、②は平成23年10月ころから鹿島区の仮設住宅で避難生活を送っていたが、元の自宅に戻れないと考え、移住先を探し、造園業の顧客のアクセスがよい相馬市に土地を購入 し、自宅が完成した平成31年1月に同所に移住した。 原告124-③は、平成23年11月に福島市の老人ホームに入居した。 原告124-④は、平成24年2月から相馬市の借上住宅で避難生活を送っていたところ、部屋に閉じこ 同所に移住した。 原告124-③は、平成23年11月に福島市の老人ホームに入居した。 原告124-④は、平成24年2月から相馬市の借上住宅で避難生活を送っていたところ、部屋に閉じこもるようになり退職した。その後、婚姻して夫と暮らし、令和元年末に出産した。 イ判断 世帯番号124の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 世帯番号124の原告らは、長引く避難生活のうちに帰還しないことを決め、移住して避難生活を終了した後も、農業ができず、近隣住民との交流や生活環境、自然環境の変化などにより、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失い、精神的 利益の喪失が顕著に継続して現存すると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号125】ア認定事実 証拠(甲D125、丙D125)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告125-①(59歳、会社員)と原告125-②(59歳、会社員)は夫婦であり、原告125-③(33歳、無職)は両名の二女である。 原告125-①は小高で生まれ育ち、小高の会社に勤務しながら、野菜を栽培して いた。原告125-②は、婚姻後小高で暮らし、保険外交員として稼働していた。原告125-③は統合失調感情障害があり、仙台市の病院への通院が必要である。 世帯番号125の原告らは、親族宅、旅館等での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送った。原告125-①は、本件事故当時同居していた長女夫妻が小高には戻れないと言うため、帰還を断念し、平成28年12月に原町区に自宅を新築し、 館等での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送った。原告125-①は、本件事故当時同居していた長女夫妻が小高には戻れないと言うため、帰還を断念し、平成28年12月に原町区に自宅を新築し、 平成28年12月に移住した。隣近所との交流はなく、小高での生活とは異なる原町 区での生活スタイルに馴染もうと努力している。 原告125-③は、一人暮らしをすることを希望し、鹿島区内で転居した後、現在原町区で暮らしている。 北鳩原地区には、本件事故前は32世帯が居住し、伝統行事、季節行事など年中行事行なって交流をしていた。令和2年5月現在、帰還しているのは10世帯余りであ り、地区内で集まることはほとんどなくなった。原告125-①と②は、原町区に居住しながら、北鳩原行政区での活動にも参加しているが、帰還した者との間で考え方の違いが生じている。 イ判断世帯番号125の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を 強いられたと認められる。原告らは避難生活のうちに帰還しないことを決め、移住先の近隣住民の交流の在り方が小高の自宅とは異なるなど、避難生活終了後も精神的利益の喪失が顕著に継続して現存すると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。原告125-②、③について、弁護士費用各28万円を加えた合計各30 8万円を認める。 その一方で、原告125-①は、ADR手続と直接請求手続とで平成24年5月分から同年7月分の就労不能損害を重複して受領したことが認められ(丙D125の12、13)、合計122万8116円の明らかな過払いがある。よって、上記慰謝料について、同額の限度で弁済の抗弁が認められる。原告125-①につい 能損害を重複して受領したことが認められ(丙D125の12、13)、合計122万8116円の明らかな過払いがある。よって、上記慰謝料について、同額の限度で弁済の抗弁が認められる。原告125-①について、慰謝料残 額157万1884円、弁護士費用15万円、合計172万1884円を認める。 【世帯番号126】ア認定事実証拠(甲D126、丙D126)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告126-①(35歳、会社員)と原告126-③(30歳、会社員)は夫婦で あり、原告126-④(3歳)、原告126-⑤(1歳)は両名の長女、長男である。 原告126-②被承継人(69歳、無職)は、原告126-①の母である。 原告126-②被承継人は平成29年12月12日に死亡した。 原告126-②被承継人は原町区で生活していたが、平成18年ころ小高に転居し、原告126-①もそのときから小高で暮らし、警備会社や派遣会社で勤務し、本件事 故当時は就労支援施設に勤務していた。原告126-③は、原告126-①と平成19年に婚姻し、以後、小高で暮らし、原町区の介護施設に勤務していた。 世帯番号126の原告らは、避難所、親族宅等での避難を経て、平成23年6月から新潟県燕市の借上住宅で避難生活を送った。原告126-③は、平成24年3月から、原町区の上記介護施設でパート職員として就労したものの平成25年10月に退 職し、平成26年2月から、原告126-④、⑤とともに鹿島区の仮設住宅に転居し、避難生活を送った。 原告126-①は、燕市で求職しながら介護資格を取得し、ショートステイ施設に就職したため、原告126-②被承継人と燕市で避難生活を続けた。 原告らは、小高が元のコミュニティに戻る見込みがあるとは思えず、帰還し -①は、燕市で求職しながら介護資格を取得し、ショートステイ施設に就職したため、原告126-②被承継人と燕市で避難生活を続けた。 原告らは、小高が元のコミュニティに戻る見込みがあるとは思えず、帰還しないこ とを決め、鹿島区に住宅を購入し、原告126-③、④、⑤は平成28年11月から、原告126-①は平成30年7月から同所に移住した。 耳谷地区で、原告126-②被承継人は、花見や旅行などをして近隣住民と交流し、地区の集合に関わっていた。原告126-①と③は、原告126-②被承継人を見習い、できる限り地域に溶け込むようにしていた。 イ判断世帯番号126の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。原告126-①、③、④、⑤は、小高の自宅で近隣住民との交流を深めようとしている中で避難を余儀なくされ、長引く避難生活のうちに帰還しないことを決めて移住しており、近隣住民との交流、自然環境、子らの養育環境の 変容などにより、避難生活終了後も、本件事故までは地域環境から享受することがで きた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったことが認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告126-②被承継人は、避難指示解除後も南相馬市に戻れないまま死亡しており、小高と移住先との生活環境の違いなどから、精神的利益の喪失が顕著に継続して 現存したと認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号127】ア認定事実 れる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号127】ア認定事実 証拠(甲D127、丙D127)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告127-①(64歳、農業)と原告127-②(63歳、農業)は夫婦であり、原告127-③(38歳、無職)は両名の二女である。 原告らは小高で生まれ育ち、原告127-①、②は農業を営んでいた。原告127 -①は、建設会社に勤務して本件発電所内で稼働していたが平成22年に退職し、本件事故当時、飯崎行政区長を務めていた。 原告127-③は、新潟県内の大学を卒業して福島市で勤務したが、精神的疲労により平成17年4月に小高の実家に戻り、本件事故当時は就職活動のため仙台市にアパートを借りていた。本件事故当時、平成23年4月から二本松市の会社に就職する ことが内定していた。 原告127-①、②は、避難所、親族宅等での避難を経て、相馬市の借家、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、所有する畑のごく一部で、主に自家消費用に野菜を栽培している。 原告127-③は、本件地震当時、仙台市のアパートにいたが、同月中に就職が内 定していた二本松市の建設会社社長宅に移動し、同年6月、福島市に転居した。 飯崎地区には、本件事故前は200世帯が居住し、環境美化、運動会、季節行事、伝統行事などを行っていたが、令和3年7月現在、あまり若い世代を見かけなくなった。 イ判断原告127-①、②は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避 難生活を強いられ、避難生活終了後も、農業を従来どおりに 年7月現在、あまり若い世代を見かけなくなった。 イ判断原告127-①、②は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避 難生活を強いられ、避難生活終了後も、農業を従来どおりに再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告127-③について、本件事故により避難生活を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号128】ア認定事実 証拠(甲D128、丙D128)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告128-①(42歳、会社員)は小高で生まれ育ち、平成19年頃から実家に近い小高区本町で一人暮らしを始め、本件事故当時は原町の会社に勤務していた。 原告128-②被承継人(69歳、主婦)は、原告128-①の母であり、会社勤 務の夫と小高区吉名で暮らしていた。原告128-②被承継人は令和4年3月3日に死亡した。 世帯番号128の原告らは、避難所等での避難を経て、平成23年9月に相馬市の仮設住宅、平成24年4月に原町区の仮設住宅で避難生活を送り、平成27年4月から原町区の団地に移住した。原告128-②被承継人の自宅には、本件事故当時も居 住していた同人の長男の家族が帰還している。 原告128-②被承継人の自宅があった吉名地区では、本件事故当時40世帯が居住し、運動会、伝統行事、季節行事な は、本件事故当時も居 住していた同人の長男の家族が帰還している。 原告128-②被承継人の自宅があった吉名地区では、本件事故当時40世帯が居住し、運動会、伝統行事、季節行事などの行事を行っていた。原告128-②被承継人は、長年にわたり地域の一員としてボランティアや旅行、イベント等を企画し、参加していたが、移住後、近隣住民との交流はない。 原告128-①は、一人暮らしを始めてから知り合った親友と離散し、また、原町 での団地生活に慣れることはできない。 イ判断世帯番号128の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。原告128-①は、長引く避難生活のうちに帰還しないことを決めて移住しており、近隣住民との交流、自然環境の変容などにより、 避難生活終了後も、本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったことが認められる。原告128-②被承継人は、移住して避難生活を終了した後、近隣住民と親密な交流関係を築けず、生活環境、自然環境の変化などにより、なおも地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神 的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号129】ア認定事実証拠(甲D129、丙D129)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告129-①(46歳、郵便配達員)と原告129-②(41歳、製造業)は夫婦であり、原告129-③(14歳、中学2年生)、原告129-④(12歳、小学6年生)は、両名の長女、二女である。 原告129 129-①(46歳、郵便配達員)と原告129-②(41歳、製造業)は夫婦であり、原告129-③(14歳、中学2年生)、原告129-④(12歳、小学6年生)は、両名の長女、二女である。 原告129-⑤被承継人(79歳、無職)、原告129-⑥(78歳、無職)は、原 告129-①の父、母である。 原告129-⑤被承継人は令和3年2月11日に死亡した。 原告129-⑤被承継人は、小高で生まれ育ち、建設会社に勤めながら農業を営み、自宅を建築した。本件事故当時は仕事をやめ、原告129-⑥と自家消費用の野菜を栽培していた。 原告129-①は、高校卒業後、実家から会社に通勤し、本件事故当時は期間雇用 の郵便配達員として稼働しながら、休日に農作業を行っていた。原告129-②は婚姻後小高で暮らし、派遣会社に登録して稼働しながら、農作業を手伝っていた。 世帯番号129の原告らは、親族宅等に避難したが、原告129-①は、平成23年4月に仕事が再開したため、同月29日から原町区のアパート、平成23年8月から原町区の借上住宅で避難生活を送っていたが、平成31年3月に退職した。以後、 原告129-②、③、④と厚木市内の自宅で暮らしている。 原告129-②、③、④は、平成23年4月から神奈川県愛甲郡清川村のコテージ、平成26年3月から神奈川県厚木市のマンションで避難生活を送っていたが、平成30年10月に同市内に自宅を購入して移住した。 原告129-③は、東京都渋谷区の店舗に勤務し、原告129-④は神奈川の大学 を卒業して厚木市に勤務している。原告129-④は、将来は小高に帰ってのんびりしたいと話している。 原告129-⑤被承継人と⑥は、神奈川県愛甲郡清川村の長女宅で避難生活を送っていたが、原告129-⑥は平成24年11月以降 ている。原告129-④は、将来は小高に帰ってのんびりしたいと話している。 原告129-⑤被承継人と⑥は、神奈川県愛甲郡清川村の長女宅で避難生活を送っていたが、原告129-⑥は平成24年11月以降、病院や施設での生活が続いている。原告129-⑤被承継人は、平成26年3月から平成30年3月まで原告129 -②らと同居したが、以後、入院し、令和3年2月に死亡した。 小谷地区には、本件事故前は58世帯が居住し、季節行事、運動会、伝統行事などを行っていた。 イ判断世帯番号129の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を 強いられたと認められる。長引く避難生活のうちに帰還しないことを決めて移住し、 原告129-①、②、⑤、⑥は農業ができなくなり、原告129-③、④は、小高からの意図せぬ転居により養育環境が変わり、避難生活終了後も、生活環境の変化等により、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万 円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号130】ア認定事実証拠(甲D130、丙D130)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告130-①(61歳、会社役員)と原告130-②(57歳、看護師)は夫婦であり、原告130-③(78歳、無職)は、原告130-①の母である。 原告130-①は小高で生まれ育ち、ガソリンスタンドなど経営する会社に勤めながら、米と野菜を栽培し、農業を営んでいた。原告130-②は婚姻後、小高で暮らし、看護師として稼働していた。原告130-③は、本件事故当 ①は小高で生まれ育ち、ガソリンスタンドなど経営する会社に勤めながら、米と野菜を栽培し、農業を営んでいた。原告130-②は婚姻後、小高で暮らし、看護師として稼働していた。原告130-③は、本件事故当時、自宅の家庭菜園 で野菜を栽培していた。 世帯番号130の原告らは、親族宅、避難所での避難を経て、平成23年4月19日に新潟市の雇用促進住宅に移動し、原告130-②、③は、以後、平成27年3月に原告130-①が住む原町区の借上住宅に転居するまで同所で避難生活を送った。 原告130-①は、勤務先の仕事が再開していたため、平成23年4月20日に原 町区の親族宅に移動し、同年9月から原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成29年7月、家族で小高区の自宅に帰還した。帰還後、本格的な農業は再開していない。 片草地区には、本件事故前は150世帯が居住し、原告らの班には9世帯が所属していた。1年を通じて伝統行事、季節行事、環境美化、農作業の共同を行っていたが、令和3年10月現在、原告らが所属する班は半数程度しか帰還していない。 イ判断 世帯番号130の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費 用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号131】ア認定事実証拠(甲D131、丙D131)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告131-①( 8万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号131】ア認定事実証拠(甲D131、丙D131)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告131-①(72歳、農業)と原告131-②(69歳、主婦)は夫婦である。 原告らは小高で生まれ育ち、原告131-①は、農業協同組合に勤務しながら、受け継いだ農業を営んでいた。 世帯番号131の原告らは、避難所等での避難を経て、平成23年4月18日からから避難所とされた東京都江東区の高層住宅で避難生活を送り、平成30年1月に小 高区の自宅に帰還した。帰還後、田は荒れ、自力で耕作可能な状態にすることはできず、太陽光発電事業者に賃貸している。 本件事故後、地区の住民で小高川の土手の整備をする仕組みがなくなり、道路も整備されず、人的交流も失われている。 イ判断 世帯番号131の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるの が相当である。 その一方で、被告東電は、原告131-①に対し、住居確保損害として、平成28年11月26日付け売買による東京都江東区のマンション代金7398万円及び小高区の自宅の補修費用約886万円を請求し、自宅不動産の財物賠償額を超える額として4180万3115円を支払っているところ、原告らは避難所とされた住宅で避難生活を送り、上記マンションに居住した事実は認められない。被告東電による支払 を請求し、自宅不動産の財物賠償額を超える額として4180万3115円を支払っているところ、原告らは避難所とされた住宅で避難生活を送り、上記マンションに居住した事実は認められない。被告東電による支払 は、住居確保損害の支払の趣旨に照らしても、本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。 被告東電と原告131-①は、直接請求手続において、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しているところ、請求者は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請 求手続を行っており(丙D131の2)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生活再建を図るものであることを踏まえれば、上記4180万3115円の返還について、世帯番号131の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号131の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害があ るとは認められない。 【世帯番号132】ア認定事実証拠(甲D132、丙D132)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告132-①(70歳、農業)と原告132-②(68歳、農業兼臨時職員)は夫婦である。 原告らは小高で生まれ育った。原告132-①は、建設会社に勤務して本件発電所内で稼働しながら、受け継いだ農業を家族で営んでいたが、平成16年に勤務先会社を定年退職し、農業に専念していた。 世帯番号132の原告らは、避難所での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活 を送り、平成28年9月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、田畑で耕作はできず、農業の再開のめどはたたない。 小谷地区には、本件事故前は61世帯が居住し、伝統行事、季節行事、環境美化 活 を送り、平成28年9月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、田畑で耕作はできず、農業の再開のめどはたたない。 小谷地区には、本件事故前は61世帯が居住し、伝統行事、季節行事、環境美化、文化祭、運動会の活動を行っていたが、令和2年10月現在、帰還しているのは17世帯であり、活動のほとんどはなくなった。 イ判断世帯番号132の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害につい て、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号133】ア認定事実証拠(甲D133、丙D133)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告133-①(63歳、会社員)は、浪江町で育ち、小高の会社に就職し、昭和56年に小高に自宅を建築し、宅地周りの生垣や草花を手入れして暮らしていた。 原告133-①は、避難所等での避難を経て、平成23年11月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送った。同人の妻は、本件事故前から大腸がんの治療を行っていた ところ、平成23年12月7日に死亡した。原告133-①は、仙台市名取区と福島市で暮らす子と孫が放射能汚染の不安から小高区の自宅に近寄らず、また、自宅は野生動物に荒らされていたため、帰還しないことを決め、平成28年12月に原町区の復興住宅に移住した。移住後、子や孫が訪れることもなく、草花に囲まれた庭もなく、寂しく感じている。 イ 自宅は野生動物に荒らされていたため、帰還しないことを決め、平成28年12月に原町区の復興住宅に移住した。移住後、子や孫が訪れることもなく、草花に囲まれた庭もなく、寂しく感じている。 イ判断 原告133-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、移住を決めて避難生活を終了した後も、近隣住民との交流、生活環境、自然環境が変化し、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号134】ア認定事実証拠(甲D134、丙D134)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告134-①(29歳、会社員)と原告134-②(26歳、会社員)は夫婦で あり、原告134-③(6歳、小学1年生)は両名の長女である。 原告134-②は小高で生まれ育ち、原告134-①は浪江町で生まれ育ち、婚姻後、両名は平成17年11月に小高区関場に自宅を建築して暮らしたが、原告134-①は平成19年10月から転勤のため茨城県日立市に単身赴任していた。 原告134-②、③は、避難所での避難を経て、平成23年9月から茨城県日立市 の借上住宅、平成26年4月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成29年4月に小高区の自宅に帰還した。原告134-①は日立市への単身赴任が続いている。 原告134-②は、近所付き合いをあまりしていないが、帰還後、小高区に活気は戻っていないと感じており、また、原町まで買い物に行くことが多い。 イ判断 原告134-②、③は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられ いが、帰還後、小高区に活気は戻っていないと感じており、また、原町まで買い物に行くことが多い。 イ判断 原告134-②、③は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。帰還後も、本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなったことが認められ、同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告134-①は本件事故の前後を通じ日立市に居住し、本件事故により避難生活 を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料は過払である。小高にも拠点を有していたと認めうるとしても、被告東電が訴訟外で原告134-①に支払った852万円の慰謝料を超えて同人に慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号135】ア認定事実証拠(甲D135、丙D135)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告135-①被承継人(57歳、無職)は、小高に生まれ、高校卒業後、釧路市、 仙台市、浪江町で稼働し、平成6年に小高の実家に戻り、実家の鮮魚店を改築して弁当店を開業したが、平成9年に閉店し、同年から平成18年まで山梨県北杜市のホテルで稼働した。同年、脳内出血を発症し、厨房に立つことができなくなったため、小高の実家に戻り、本件事故当時、母と二人で暮らしていた。 原告135-①被承継人は、親族宅、避難所等での避難を経て、平成23年5月か ら千葉市の避難者用住宅、平成30年10月から原町区の仮 小高の実家に戻り、本件事故当時、母と二人で暮らしていた。 原告135-①被承継人は、親族宅、避難所等での避難を経て、平成23年5月か ら千葉市の避難者用住宅、平成30年10月から原町区の仮設住宅で避難生活を送っていたが、令和元年10月3日に死亡した。 イ判断原告135-①被承継人は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。帰還後も、地域環境から享受していた経済的、精神的利益 を失っていると認められ、同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号136】ア認定事実 証拠(甲D136、丙D136)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告136-①(39歳、会社員)は、小高で生まれ育ち、高校卒業後、建設関係の業務に携わり、実家で暮らしていた。婚姻し、2名の子が出生したが、平成19年ころまでに離婚し、本件事故当時、父、母、妹の家族と暮らし、建設会社の部長職に就任していた。 原告136-①は、避難所等での避難を経て、平成23年11月から原町区の仮設住宅、平成30年3月から原町区の応急仮設で避難生活を送り、令和2年10月から、離婚した妻が転居して空室になった原町区の団地で暮らしている。原告136-①の父と妹の家族は原町区に自宅を購入して移住している。 原告136-①は、本件事故後、勤務先会社を解雇され、令和3年6月現在、建設 会社に勤務している。 イ判断原告136-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。本件事故当時同居していた父が移住を決め、家を建て直さないことにしたた 会社に勤務している。 イ判断原告136-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。本件事故当時同居していた父が移住を決め、家を建て直さないことにしたため、原告136-①も小高区内での移住を余儀なくされ、本件事故当時同居 していた家族とも疎遠になり、避難生活終了後も、生活環境の変容等から精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号137】 ア認定事実証拠(甲D137、丙D137)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告137-①(59歳、会社員)と原告137-②(59歳、会社員)は夫婦である。 原告137-①は小高で生まれ育ち、横浜や東京で25歳ころまで働いたのち、小 高に戻り、本件事故当時は原町区の会社に勤務していた。原告137-②は、婚姻後、小高で暮らしていた。 原告137-①は、行政区の土木委員として活動し、総会や懇談会に積極的に参加し、また、家庭菜園で野菜を栽培していた。 世帯番号137の原告らは、避難所での避難を経て、白河市の借上住宅、栃木県鹿 沼市の借上住宅、原町区の仮設住宅で避難生活を送り、平成29年4月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、知人は半分以上戻っておらず、家庭菜園もできなくなった。 子と孫も帰省しない。 イ判断世帯番号137の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還後も、近隣住民との交流、生活環境、自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的 に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還後も、近隣住民との交流、生活環境、自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号138】ア認定事実証拠(甲D138、丙D138)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告138-①(51歳、化粧品等販売業)と原告138-②(44歳、化粧品等 販売業)は夫婦であり、原告138-③(20歳、大学)、原告138-④(19歳、浪人生)、原告138-⑤(17歳、高校2年生)、原告138-⑥(12歳、小学6年生)は両名の長男、長女、二男、三男である。 原告138-①は小高で生まれ育ち、東京の大学を卒業した後、浪江町の建設会社に勤め、昭和63年4月に小高区に建設会社を設立し、平成10年ころから、妻が行 っていた化粧品販売業を本格的に行い、平成17年に法人を設立した。化粧品販売業 の業務内容は、セミナーを開催して化粧品やサプリメントを体験してもらい、気に入れば購入してもらうというものである。原告138-②は原町区の出身であり、婚姻後、小高で暮らしていた。両名は、サーフィンを共通の趣味とし、原告138-①は毎日のようにサーフィンをしていた。また、両名は自家消費用の野菜も栽培していた。 原告138-③は、本件事故当時、東京に居住して大学に通学し、原告138-④ は、美術大学入学準備のため、平成23年3月10日に東京に転居していた。 原告138-①、②、⑤、⑥は、避難所、友人宅 原告138-③は、本件事故当時、東京に居住して大学に通学し、原告138-④ は、美術大学入学準備のため、平成23年3月10日に東京に転居していた。 原告138-①、②、⑤、⑥は、避難所、友人宅での避難を経て、平成23年8月から福島市の借上住宅、平成24年3月から東京都江東区の住宅で避難生活を送り、平成30年11月に東京都江東区の賃貸マンションに転居した。原告らは、安全ではないと考え、小高はもちろん、福島市にも近づかないようにしている。 イ判断原告138-①、②、⑤、⑥は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告138-①、②、⑤、⑥は、帰還しないことを決め、避難生活終了後も、近隣住民との交流や自然環境の変化などによりなおも自由な自己実現が阻害され、地域環 境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告138-③、④は本件事故前から東京に転居しており、本件事故時に小高区に生活の本拠があったとは認められない。本件事故により避難生活を強いられたとは認 められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められない。本件事故前に希望していた就職先に就職できなかったことと本件事故との間に因果関係があるとも認め難く、両名に慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号139】ア認定事実 証拠(甲D139、丙D139、原告●●●●本人)及び弁論の全趣旨によれば、 以下の事実が認められる。 原告139-①(59歳、会社経営)と原告139-②(59歳、会社役員)は夫婦で 証拠(甲D139、丙D139、原告●●●●本人)及び弁論の全趣旨によれば、 以下の事実が認められる。 原告139-①(59歳、会社経営)と原告139-②(59歳、会社役員)は夫婦であり、原告139-⑤(32歳、会社員)は両名の長女である。 原告139-③(87歳、無職)は、原告139-①の母である。 原告139-④(35歳、自営業)は、原告139-⑤の夫であり、原告139- ⑥(5歳、幼稚園)は139-④と⑤の子である。 原告139-①は小高で生まれ育ち、家業の農業を継ぎ、農業と酪農を行っていたが、昭和58年に電子部品製造業を起業し経営していた。原告139-②は、北海道虻田郡ニセコ町の出身であり、婚姻後、小高で暮らしていた。 原告139-③は、小高で生まれ育った。原告139-③の自宅は原告139-① の実家であり、両者の家は2軒隣の関係にある。原告139-③は、本件事故の数年前まで保険外交員として活動していた。 原告139-④は宮城県登米市出身である。原告139-⑤は、中学卒業までニセコ町で暮らし、その後小高にある原告139-①の家で暮らしていたが、婚姻後登米市に転居した。平成22年までに、原告139-⑤、⑥は小高の二世帯住宅に戻った が、原告139-④は登米市の実家に住民票を置き、同所で保険代理店を営んでいた。 世帯番号139の原告らは、避難所、原告139-④の実家で避難生活を送った。 平成23年4月、原告139-①、②、③、⑤、⑥は、原告139-②の実家であるニセコ町に転居した。 原告139-①は、平成23年6月、原町区に戻って会社を再開し、同年7月から 原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成29年11月に原告139-②とともに小高区の自宅に帰還した。 原告139-③は、平成23年9月に原 3年6月、原町区に戻って会社を再開し、同年7月から 原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成29年11月に原告139-②とともに小高区の自宅に帰還した。 原告139-③は、平成23年9月に原町区の姉宅、平成23年11月ころ相馬市の仮設住宅、平成24年ころ上記姉宅、平成28年ころ原町区の復興住宅に転居して避難生活を送り、平成30年4月に特別養護老人ホームに入居した。その一方で、同 人は、住居確保損害を用いてリフォームした自宅にも1、2か月に1回の頻度で戻り、 原告139-①らが介護した。 原告139-⑤と⑥は、平成24年8月に原告139-④が暮らす登米市の借上住宅に転居したが、6年後、原告139-④と⑤は離婚し、原告139-⑤と⑥は平成29年11月にニセコ町の原告139-②の実家に戻り、現在も同所で暮らしている。 北海道で就職していた原告139-①の長男が平成29年に原町に戻り、原告13 9-①とその長男は、平成30年1月、農作物の生産、販売を営む農業法人を設立し、令和2年から事業を開始した。 北鳩原地区では、冠婚葬祭や農業を共同して行い、環境美化や季節行事などの活動を行っていた。 イ判断 原告139-①、②、③、⑤、⑥は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告139-①と②は、帰還したものの、近隣住民との交流が減り、また、共同して行っていた住環境整備の負担が増えるなど、なおも地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避 難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 原告139-③は住み慣れた自宅に戻れないまま老人ホームに入所することになり、既払の避難生 ついて、既払の避 難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 原告139-③は住み慣れた自宅に戻れないまま老人ホームに入所することになり、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円を認めるのが相当である。 原告139-⑤、⑥は、長引く避難生活のうちに移住を決め、避難生活終了後も、社会環境の変容による精神的損害があると認められる。同人らに対し、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 しかし、原告139-④は、本件事故の前後を通じ登米市の実父母の家に居住し、同所で保険代理店を営んでおり(甲D139の1)、妻子が暮らす小高区の家を往来 していたとしても、本件事故時に小高区に生活の本拠があったとは認められない。本 件事故により避難生活を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 以上に対し、原告139-①と③は、自宅土地建物を含む不動産について、合計1億4188万5516円の財物賠償を受けた上、原告139-①は、被告東電に対し、住居確保損害として、平成27年4月ころニセコ町に建物を新築する費用3615 万8400円と、同年2月ころ登米市に土地建物を取得する費用4453万4779円を請求し、同年4月に内金3210万3150円の支払を受け、平成28年4月に自宅所在地の工場付属建家を新築する費用2421万円を請求し、内金363万5997円の支払を受けた。さらに、原告139-①は、原告139-③の代理人として、平成27年4月に原告139-③が原町区大木戸に土地を取得して建物を建築 する費用合計9198万5161円を請求し、 7円の支払を受けた。さらに、原告139-①は、原告139-③の代理人として、平成27年4月に原告139-③が原町区大木戸に土地を取得して建物を建築 する費用合計9198万5161円を請求し、同年6月に内金6540万7265円の支払を受けたが、実際は、同年12月に第三者が当該土地の売買予約の登記をし、平成28年8月に同社が取得した。その後、平成28年7月には、原告139-③が原町区上町に土地を取得して自宅を建築する費用合計1億0819万5161円を請求するとともに、同年4月の自宅所在地のリフォーム工事、工場付属建家新築工 事費用など合計1867万8352円を請求し、これらの内金2342万1961円の支払を受けた。不動産財物賠償との精算後、原告139-①が受領したこととなる住居確保損害は合計3097万1103円、原告139-③が受領したこととなる住居確保損害は合計8681万6987円である(丙D139)。 上記のうち登米市の土地取得費用は、原告139-④の父が所有する土地の売買 代金であり、同土地上に平成29年4月に建物を新築し、原告139-①が15分の14、原告139-④が15分の1の共有持分登記をしたが、土地の所有権移転登記はされず、建物についても、平成30年11月までに原告139-①が原告139-④に対し順次共有持分を贈与した。現在、同所に原告139-④が居住している。建物建築を計画した当時は原告139-⑤、⑥が居住する予定があったとしても、原告 139-④が本件事故以前から同所に居住していたのであるから、原告139-⑤、 ⑥の住居を確保するために原告139-①が1500万円で敷地を取得する必要があったとは認められず、住居確保損害の支払の趣旨に合わない賠償金の受領である。 また、上記の原町区大 9-⑤、 ⑥の住居を確保するために原告139-①が1500万円で敷地を取得する必要があったとは認められず、住居確保損害の支払の趣旨に合わない賠償金の受領である。 また、上記の原町区大木戸の土地取得費用は全く支出しなかったのであるから、支出金額が確定した時点で過不足の精算を行うとの事前確認事項に違反している。さらに、上記の原町区上町に新築した建物に原告139-③は入居せず、本件事故時に 北海道に居住していた原告139-①の長男の家族が入居していることに加え、原告139-③は同建物所有権保存登記の約3か月後である平成30年4月に特別養護老人ホームに入居し、かつ、リフォームした本件事故前の自身の自宅に時折戻っているというのであるから、原告139-③が住居を確保するために原町区上町に建物を新築する必要があったとは認められない。住居確保損害の支払の趣旨に合わない賠償 金の受領である。したがって、原告139-③が住居確保損害として請求した費用のうち、住居確保損害の支払の趣旨に添いうるのは、自宅所在地のリフォーム工事費用など合計1867万8352円にすぎず、同人が受領した合計8681万6987円のうち6813万8635円は過払いである。 原告139-①及び③は、直接請求手続において、世帯構成員を代表し、世帯構成 員の住居を確保するために支出する費用として住居確保損害を請求し、被告東電との間で、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意した上で賠償金を受領しており(丙D139の5、弁論の全趣旨)、上記6813万8635円の返還について、世帯番号139の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号139の原告らについて、被告東電がさらに賠 旨)、上記6813万8635円の返還について、世帯番号139の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号139の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは認められない。 【世帯番号140】ア認定事実証拠(甲D140、丙D140、原告●●●●本人)及び弁論の全趣旨によれば、 以下の事実が認められる。 原告140-①(73歳、無職)と原告140-②(70歳、無職)は夫婦である。 原告140-①、②は双葉郡出身であり、原告140-①は裁判所速記官として首都圏で勤務し、平成13年に埼玉県三郷市にマンションを購入した。その一方で、平成10年に、原告140-①の母方祖母の出身地である小高区に自宅を建築した。 平成16年の原告140-①の退職後、両名は、小高区の自宅に転居しながら、三 郷市のマンションと往来する生活を送っていた。小高の自宅では、柿や梅を栽培し、日本ミツバチを飼育しながら、自家消費用の野菜を栽培していた。 本件地震発生時、原告140-①は小高区の自宅、原告140-②は三郷市の自宅におり、原告140-①は、平成23年3月14日に三郷市のマンションに帰宅した。 世帯番号140の原告らは、平成23年7月に札幌市のマンションを購入して同所 に約1年間暮らし、平成25年3月に、北海道富良野市の自然豊かな環境でペットとともに暮らしたいと考え同所で戸建て住宅を購入して転居した。その一方で、小高区の自宅を改修し、小高区の自宅には、本件事故時は東京の葬儀会社に勤務していた四男が平成30年6月に転居し、現在も居住している。 川房地区には、本件事故前は77世帯が居住し、本件事故時は原告140-①が老 人会会長を務め、環境美化、スポーツ大会、旅行会 に勤務していた四男が平成30年6月に転居し、現在も居住している。 川房地区には、本件事故前は77世帯が居住し、本件事故時は原告140-①が老 人会会長を務め、環境美化、スポーツ大会、旅行会などの活動を行っていたが、帰還者が少なく、活動は再開していない。 イ判断世帯番号140の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難指示により小高区の自宅からの避難生活を強いられたと認められる。世帯番号1 40の原告らは、三郷市のマンションではペットを飼えないとの理由で札幌市に転居し、その後、長くない余生を避難生活で終わらせたくないと考えて小高に帰還しないことを決め、富良野に移住しており、自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったと認められる。同人らの精神的損害について、既払の 避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当で ある。 その一方で、原告140-①は、小高の不動産について合計3356万6519円の財物賠償を受けた上、被告東電に対し、住居確保損害として、札幌市のマンション購入費用、富良野市の戸建住宅購入費用、小高区の自宅の改修費用を請求し、合計2630万2747の支払を受けているところ(不動産財物賠償との精算後、受領した こととなる住居確保損害は2540万7913円である。丙C174)、少なくとも、平成25年には小高に帰還しないことを決めており、その後の小高の家の修理費用(平成30年12月17日付け587万4800円、同月28日付け587万円、令和元年5月16日付け587万円、同日付け214万9643円、同年10月7日付け240万円、同日付け241万 家の修理費用(平成30年12月17日付け587万4800円、同月28日付け587万円、令和元年5月16日付け587万円、同日付け214万9643円、同年10月7日付け240万円、同日付け241万7472円)が、世帯番号140の原告らが住居を 確保するために必要な費用であるとは認められない。令和元年8月5日に受領した1942万3553円、同年11月12日に受領した523万4360円は、住居確保損害の支払の趣旨に照らし、被告東電が本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。原告140-①は、直接請求手続において、世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として住居確保損害を請求し、被告東 電との間で、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意した上で賠償金を受領しており(弁論の全趣旨)、上記金員の返還について、世帯番号140の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって原告140-①、②について、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは 認められない。 【世帯番号141】ア認定事実証拠(甲D141、丙D141)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告141-①(62歳、会社役員)は小高で生まれ育ち、高校卒業後、東京で就 職し、定年後、原町事業所勤務となり、小高区の自宅から通勤し、自家消費用の野菜を栽培していた。 原告141-①は、避難所、旅館等での避難を経て、小高区の借上住宅で避難生活を送り、平成29年3月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、放射能汚染があり、竹が生えて荒れ果てた畑を耕す気力が起きず、野菜は栽培していない。 大井地区には、本件事故前は約100世帯が居住し 活を送り、平成29年3月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、放射能汚染があり、竹が生えて荒れ果てた畑を耕す気力が起きず、野菜は栽培していない。 大井地区には、本件事故前は約100世帯が居住し、伝統行事を行い、隣組の11世帯で環境美化を共同し、旅行会をするなどしていたが、令和3年2月現在、隣組で帰還しているのは5世帯余りであり、65歳以下はおらず、助け合う人がいないため不安が大きい。 イ判断 原告141-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、部落の再興を期待できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用とし て28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号142】ア認定事実証拠(甲D142、丙D142)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告142-①(58歳、会社員)と原告142-②(62歳、主婦)は夫婦であり、原告142-③(28歳、会社員)は両名の長男である。 原告142-④(77歳、無職)は、原告142-①の母である。 原告142-①は小高区で生まれ育ち、会社に勤務しながら、受け継いだ田畑で自家消費用の米や野菜を栽培していた。 原告142-③も原告142-①と同じ会社に勤めていた。 世帯番号142の原告らは、避難所、親族宅、松戸市の市営住宅等での避難を経て、平成23年5月に原町区の原告142-③の勤務先の社宅に移り、その後、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成27年10 世帯番号142の原告らは、避難所、親族宅、松戸市の市営住宅等での避難を経て、平成23年5月に原町区の原告142-③の勤務先の社宅に移り、その後、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成27年10月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、農業は再開していない。 塚原地区には、本件事故前は約120世帯が居住し、隣組の世帯同士で農作物を交 換し、季節行事、スポーツ大会などの活動を行っていたが、令和3年8月現在、帰還しているのは30世帯余りであり、隣組の交流は乏しくなった。 イ判断世帯番号142の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。世帯番号142の原告らは、帰還後も、受け継いだ田畑で の農作業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 なお、被告東電は、原告142-①が、帰還前の平成26年に改修工事を行ったにもかかわらず、帰還の1、2年後にまた自宅改修工事を行い、3062万6045円の住居確保損害を請求し、令和元年7月に2465万7913円の支払を受けたことが、財物損害の額を超える賠償であると主張するが、詳細は不明であり住居確保損害の支払の趣旨に反するとは断定できず、慰謝料算定にあたって上記支払を考慮しない。 【世帯番号143】ア認定事実証拠(甲D143、丙D143)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告143-①(73歳、無職)と原告143-②(72歳 慮しない。 【世帯番号143】ア認定事実証拠(甲D143、丙D143)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告143-①(73歳、無職)と原告143-②(72歳、無職)は夫婦であり、 原告143-③被承継人(50歳、会社員)は両名の長男である。 原告143-④(48歳、パート)は原告143-③被承継人の妻であり、原告143-⑤(14歳、中学生)、原告143-⑥(12歳、中学生)、原告143-⑦(8歳、小学生)は原告143-③被承継人と④の子である。 原告143-③被承継人は令和元年11月に死亡した。 原告143-①、②は小高で生まれ育ち、原告143-①は22歳ころから時計店 を経営していた。 原告143-③被承継人は、高校卒業後、眼鏡店を経営したが、本件事故の15年ほど前に原告143-①の時計店経営を継いだ。原告143-④は、上記店舗の半分を美容院にして開業していた。 世帯番号143の原告らは、避難所、親族宅等での避難を経て、原告143-①、 ②は平成23年6月から原町区の借上住宅で避難生活を送った。小高区の自宅に雨漏りが生じたが、避難指示のため修理できず解体を余儀なくされ、原告143-③被承継人が小高には戻らない意向であることを受け、小高の借地に家を建て直すよりも移住した方がよいと考え、原町区に土地を購入して平成26年4月に移住した。長男の家族と別世帯となり、移住前の商店街での付き合いもなくなり、移住後、知人や仲間 との交流はなくなった。 原告143-③被承継人、④、⑤、⑥、⑦は、平成23年3月から埼玉県北葛飾郡松伏町の借上住宅で避難生活を送り、平成28年3月に移住した。 イ判断世帯番号143の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を 、⑤、⑥、⑦は、平成23年3月から埼玉県北葛飾郡松伏町の借上住宅で避難生活を送り、平成28年3月に移住した。 イ判断世帯番号143の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を 強いられたと認められる。原告143-①、②は、避難生活終了後、移住前の近隣住民との交流がなくなり、移住先でも交流はなく、精神的利益の喪失が顕著に継続して現存すると認められる。原告143-③被承継人、④、⑤、⑥、⑦も、長引く避難生活のうちに帰還しないことを決めて移住し、避難生活終了後も、本件事故までは地域環境から享受することができた経済的、精神的利益を従前どおり享受できなくなった と認められる。世帯番号143の同人らの精神的損害について、既払の避難生活によ る精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号144】ア認定事実証拠(甲D144、丙D144)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告144-①(64歳、無職)は、小高で生まれ育ち、昭和48年に実家に戻って原町区の会社に勤務し、昭和50年の婚姻を機に、自宅を建築し、以後、同所で暮らし、定年退職後、登山やトレイルドライブを楽しんだりしていた。 原告144-②(34歳、アルバイト)、原告144-③(31歳、会社員)は、原 告144-①の長女、長男であり、原告144-②は事務職などのアルバイトをしており、原告144-③は原町区の会社に勤務していた。 世帯番号144の原告らは、避難所、知人宅等での避難を経て、平成23年3月から仙台市のアパートで避難生活を送り、原告144-①、②は平成29年4月に小高区の自宅に帰還した。 原告144-③は、勤務先会 4の原告らは、避難所、知人宅等での避難を経て、平成23年3月から仙台市のアパートで避難生活を送り、原告144-①、②は平成29年4月に小高区の自宅に帰還した。 原告144-③は、勤務先会社が山梨県に移ることになったため、平成23年4月から山梨県に転居した。その後、平成25年に婚姻し、相馬市に移住している。 岡田地区には、運動会、盆踊りなどが行われていた。 イ判断世帯番号144の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を 強いられたと認められる。原告144-①、②は、帰還後も、買い物に原町区まで行かなければならず、夜に外食する場所がないなど、生活環境が変化しており、また趣味も失い、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各 28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告144-③は、勤務先会社の移転により転居を余儀なくされ、自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号146】ア認定事実証拠(甲D146、丙D146)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告146-①(60歳、会社員兼農業)と原告146-②(58歳、金物販売店 勤務兼農業)は夫婦であり、原告146-③(86歳、無職)は、原告146-①の母である。 世帯番号146の原告らは 原告146-①(60歳、会社員兼農業)と原告146-②(58歳、金物販売店 勤務兼農業)は夫婦であり、原告146-③(86歳、無職)は、原告146-①の母である。 世帯番号146の原告らは小高で生まれ育ち、原告146-①は、本件事故当時、大熊町の会社に勤務しながら、受け継いだ田畑で米や野菜を栽培していた。 世帯番号146の原告らは、避難所、親族宅での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で 避難生活を送り、平成29年3月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、畑を耕し、一部耕作可能になったが、本格的な野菜栽培は開始できておらず、人手が必要な堀の整備ができず、稲作は再開できていない。 片草地区には、本件事故前は165世帯が居住し、季節行事、伝統行事、環境美化、旅行会などの活動を行っていたが、令和2年10月現在、近隣住民は帰還しておらず、 行政区や班の行事は行われていない。 イ判断世帯番号146の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、家業である農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環 境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的 損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。原告146-②、③について、弁護士費用として各28万円を加え、合計各308万円を認める。 その一方で、原告146-①は、農業にかかる営業損害に加え、就労不能損害として2399万7464円を受領しているところ、本件事故当時、平成24年2月に会 社を退職したのちは農業に専念しようと考えていたというのであり、本件事故に起因して就労が不 に加え、就労不能損害として2399万7464円を受領しているところ、本件事故当時、平成24年2月に会 社を退職したのちは農業に専念しようと考えていたというのであり、本件事故に起因して就労が不能となり減収があったとは認められず、就労不能による損害が生じたとは認められず、明らかな過払いである。この過大な支払は、原子力損害の賠償を超え、日常生活に経済的利益をもたらしたことを考慮すると、同人に対し、さらに慰謝料を増額するべきであるとは認められない。 【世帯番号147】ア認定事実証拠(甲D147、丙D147)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告147-①(47歳、会社員)は小高で生まれ育ち、自動車販売会社の営業職 に就いていたが、会社勤めを終えたら、農業を継ぐつもりだった。原告147-②(17歳、高校2年生)は長女であり、原告147-③(69歳、農業)、原告147-④(70歳、農業)は、父、母である。 原告147-③は、建設会社に勤務しながら農業を営み、原告147-④は農作業を手伝っていた。 世帯番号147の原告らは、避難所での避難を経て、原告147-①の勤務先が借りた鹿島区のマンションに転居した。原告147-①は、平成27年12月に原町区の借上住宅に転居し、令和2年9月、小高区の自宅に帰還した。 原告147-②は、名古屋市の大学に進学して平成24年4月に同市に転居した。 平成28年3月に大学を卒業してJA共済連福島本部に就職して福島市に居住し、平 成31年に婚姻し、令和2年1月から仙台で暮らしている。 原告147-③、④は、平成23年6月ころから鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、借りていた田は返して規模を縮小し、平成 暮らしている。 原告147-③、④は、平成23年6月ころから鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、借りていた田は返して規模を縮小し、平成31年から基盤整備事業による稲作を開始している。野菜作りの規模も縮小した。 飯崎地区には、本件事故前は298世帯が居住し、16世帯からなる組では、季節 行事、伝統行事、スポーツ大会、環境美化などの活動を行い、原告147-③、④はほとんどの行事に参加していた。原告147-①はたまに参加する程度だったが、近隣の人たちとは代々続いた繋がりのなかで親しく交流していた。令和3年10月現在、帰還している人は少なく、行事はほとんど行われていない。 イ判断 世帯番号147の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。原告147-①、③、④は、帰還後も、従前どおりの農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害 に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告147-②は、避難生活中、進学に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替 的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失った 近で非代替 的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号148】 ア認定事実証拠(甲D148、丙D148)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告148-①(51歳、会社員)は小高で生まれ育ち、川崎市の専門学校を卒業して東京都内で就職した。平成2年にインドネシア人と婚姻して平成5年1月からバ リ島に移住したが、平成15年に離婚し、原告148-②、③、④を連れて両親の自宅がある小高区に転居した。本件事故当時、原告148-①は、原町区のスーパーマーケットに勤務し、経理を担当していた。 原告148-②(14歳、中学3年生)、原告148-③(9歳、小学3年生)、原告148-④(9歳、小学3年生)は原告148-①の子であり、原告148-⑤(平 成25年8月11日生)は原告148-②の子である。 世帯番号148の原告らは、避難所、親族宅での避難を経て、平成23年4月から東京都の借上住宅で避難生活を送った。原告148-①は、子らが成人して独立するまでは小高には戻らないことを決め、平成31年1月に東京都品川区の都営住宅に移住した。 移住後、原告148-①は、原告148-②の不登校、出産、結婚、離婚の問題を抱え、体調を崩し、就業が制限された。平成30年9月に建設会社に入社したが、小高でやりがいのある仕事を定年まで勤める機会を失ったと感じている。また、移住先で近所付き 不登校、出産、結婚、離婚の問題を抱え、体調を崩し、就業が制限された。平成30年9月に建設会社に入社したが、小高でやりがいのある仕事を定年まで勤める機会を失ったと感じている。また、移住先で近所付き合いは全くない。 イ判断 原告148-①、②、③、④は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。原告らは、移住を決め、避難生活が終了した後も、避難に伴う離職に起因する転職の苦労や近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生 活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万 円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告148-⑤は本件事故当時出生しておらず、本件事故により避難生活を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号149】 ア認定事実証拠(甲D149、丙D149)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告149-①(52歳、トラック運転手)と原告149-②(48歳、保育士)は夫婦であり、原告149-③(80歳、農業)は、原告-①の父である。 原告149-①、③は小高で生まれ育ち、原告149-①はトラック運転手として稼働していた。原告149-③は農業を営んでいた。原告149-②は大分県別府市出身で、原告149-①との婚姻後、小高で暮らしていた。 世帯番号149の原告らは、避難所等での避難を経て、平成23年3月から、別府市の原告149-②の実家で避難生活を送った。 大分県別府市出身で、原告149-①との婚姻後、小高で暮らしていた。 世帯番号149の原告らは、避難所等での避難を経て、平成23年3月から、別府市の原告149-②の実家で避難生活を送った。 原告149-③は、平成23年4月、宮城県登米市の親族宅に転居し、同年12月から登米市の借上住宅で独り暮らしをしていたが、認知症の症状が現れ、平成27年7月に登米市のサービス付高齢者向け住宅に転居した。 原告149-①、②は、本件発電所から約11kmの自宅の放射能汚染への不安、住民の高齢化などから帰還しないことを決め、平成28年5月に大分県別府市に自宅 を建築して移住した。ただし、原告149-①は、令和2年10月以降、相馬市の会社の寮に入り、同所で働いている。 行津地区には、本件事故前は22世帯が居住し、環境美化、季節行事、伝統行事、農作業の共同、伝統行事、環境美化、季節行事やスポーツ大会などを行っていた。 イ判断 世帯番号149の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を 強いられたと認められる。原告149-①、②は移住を決めたものの、原告149-①は再び相馬市で勤務して世帯分離が続き、原告149-③は登米市で一人暮らしをすることになり、従前どおり、田畑で野菜をつくり、地域の行事や活動に参加して相互に扶助する生活ができなくなっており、避難生活終了後も自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められ る。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号150】ア認定事実 証拠(甲D150、丙D150)及び 精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号150】ア認定事実 証拠(甲D150、丙D150)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告150-①(58歳、信金職員兼農業)と原告150-②(58歳、会社員兼農業)は夫婦であり、原告150-③(26歳、会社員兼農業)は両名の長男である。 原告150-④(25歳、契約社員兼農業)は、原告150-③の妻であり、原告 150-⑤(4歳)、原告150-⑥(10か月)は、原告150-③と④の子である。 原告150-①は小高で生まれ育ち、信用金庫に勤務しながら、受け継いだ農業を手伝っていた。原告150-③は、鹿島区の会社に勤務しながら、農作業を手伝っていた。 原告らの自宅は本件津波により流失し、自宅所在地は災害危険区域に指定された。 原告150-①の父母は本件津波により死亡した。 世帯番号150の原告らは、避難所、親族宅での避難を経て、原告150-①、②は平成23年3月から原町区のアパートで、原告150-③、④、⑤、⑥は、平成23年4月から会津若松の雇用促進住宅、同年5月から鹿島区の雇用促進住宅、同年9月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送っていた。原告150-①は原町区の土地を 取得して一部を原告150-③に譲り、それぞれ住宅を建築して移住した。 原告150-①は、定年退職後、本格的に農業に励むことを考えていたが、移住し、移住後も営農集団組合顧問として農業復興を目指しているが大幅な遅れが生じている。原告150-①、②、③、④は農業を行えず、また、従前のような近隣住民との交流はない。 浦尻地区では季節行事、スポーツ大会、伝統行事などの活動を行っていた。同地 指しているが大幅な遅れが生じている。原告150-①、②、③、④は農業を行えず、また、従前のような近隣住民との交流はない。 浦尻地区では季節行事、スポーツ大会、伝統行事などの活動を行っていた。同地区 には7つの組があり、原告らが属する16世帯からなる組は、営農集団組合を組織し、共同して農業を行っていた。 イ判断世帯番号150の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかっ たが、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。世帯番号150の原告らは、避難生活終了後も、従前どおり農業を行えなくなったが、農業復興に向けた計画が進まなかったのは長期の避難指示にも原因があることを否定できず、また近隣住民との交流の変化、養育環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経 済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号151】ア認定事実 証拠(甲D151、丙D151)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告151-①(57歳、養護教諭)は、現在の福島県伊達市に生まれ、養護教諭として就職し、昭和60年から小高区内の小学校に勤務していた。 原告151-①は、避難所、親族宅での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活 を送り、平成28年3月に伊達市梁川町の実母の家のそばに自宅を建築して移住した。 原告151-①は、地区内で、公的な行事やボラ 、親族宅での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活 を送り、平成28年3月に伊達市梁川町の実母の家のそばに自宅を建築して移住した。 原告151-①は、地区内で、公的な行事やボランティア活動により、親密な人間関係を築いていた。事故後、地域から離散した親族と親しい関係を築くことができなくなり、近隣住民との関係も失われた。 イ判断原告151-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生 活を強いられ、心の拠り所を失い、移住して避難生活が終了した後も、精神的利益の喪失が顕著に継続して現存したと認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号152】 ア認定事実証拠(甲D152、丙D152)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告152-①被承継人(62歳、左官業兼農業)と原告152-③(60歳、農業)は夫婦であり、原告152-②(39歳、病院事務)は両名の長女である。 原告152-②は、小高で生まれ育ち、本件事故時は、医療事務の資格を取得して病院に勤務していた。原告-①被承継人は左官業を営みながら、原告152-③は学校給食の調理師として稼働しながら、農業を営み、市場に出荷する野菜を栽培していた。 原告152-①被承継人は平成30年5月1日に死亡した。 世帯番号152の原告らは、車中泊、避難所等での避難を経て、平成23年12月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、原告152-②、③は令和元年6月に小高区の自宅に帰還した。帰還後は若干の野菜を栽培するだけになった。原告152-②は、勤務先病院が閉鎖され、資格を生かした仕事 から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、原告152-②、③は令和元年6月に小高区の自宅に帰還した。帰還後は若干の野菜を栽培するだけになった。原告152-②は、勤務先病院が閉鎖され、資格を生かした仕事ができなくなった。 摩辰地区には、本件事故前は約40世帯が居住し、季節行事、伝統行事、趣味の仲 間との交流などを行っていたが、令和3年3月現在、帰還しているのは7世帯であり、 近所付き合いの楽しみもなくなった。 イ判断世帯番号152の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、避難生活終了後も、農業を元どおり行えず、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも地域環境から享受していた経済的、精神的利益 を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号153】ア認定事実 証拠(甲D153、丙D153)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告153-①(50歳、警備員)は、福島県伊達市で生まれ育ち、平成4年に小高に自宅を購入し、以後、小高で暮らし、警備会社に勤め、本件発電所で保安業務や線量管理業務を行っていた。また、自宅敷地で自家消費用の野菜を栽培していた。 原告153-①は、親族宅、旅館での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成28年8月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、野菜の栽培はしていない。 片草地区の原告が所属する班は、30世帯ほどで構成され、環境美化などを行っていたが、令和3年6月現在、帰還しているのは5世帯であり、近所付き合いはなくなった。 イ判断 ていない。 片草地区の原告が所属する班は、30世帯ほどで構成され、環境美化などを行っていたが、令和3年6月現在、帰還しているのは5世帯であり、近所付き合いはなくなった。 イ判断原告153-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農作業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既 払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として 28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号154】ア認定事実証拠(甲D154、丙D154)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告154-①(57歳、パート)は、浪江町で生まれ、結婚後小高で暮らし、離婚後も小高区内に居住し、縫製工場に勤務していた。原告154-②(36歳、会社員)は同人の長男である。原告154-②は浪江町の会社に勤めていた。 原告154-③(36歳、パート)は原告154-②の妻であり、原告154-④(5歳)、原告154-⑤(3歳)は、原告154-②と③の子である。 世帯番号154の原告らは、親族宅、さいたま市の賃貸住宅などでの避難を経て、平成23年5月、原告154-②の勤務先から千葉県東金市の支店に移動するよう指示されたため、同市に転居した。原告154-②、③、④、⑤は、原告154-②の異動により、平成23年9月から茨城県筑西市の賃貸住宅に転居し、平成28年に同所に自宅を建築して移住した。原告154-①は、親戚付き合いが失われ、元同僚た ちと交流することもなくなった。 異動により、平成23年9月から茨城県筑西市の賃貸住宅に転居し、平成28年に同所に自宅を建築して移住した。原告154-①は、親戚付き合いが失われ、元同僚た ちと交流することもなくなった。 原告154-①は、平成23年9月以降、一人で賃貸住宅に暮らしていたが、平成28年ころ、原告154-②らの自宅に転居し、同人らと同居した。原告154-①は小高で終の棲家として建築した自宅に思い入れがあり、原告154-②らの子育てが終わったら、小高に戻りたいと考えている。 イ判断世帯番号154の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。世帯番号154の原告らは、移住を決め、避難生活が終了した後も、小高と移住先との生活環境の違いなどから、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失い、精神的利益の喪失が顕著に継続して現存したと 認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対す る慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号155】ア認定事実証拠(甲D155、丙D155)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告155-①(70歳、農業)と原告155-②(67歳、主婦)は夫婦である。 原告155-①、②は小高で生まれ育ち、婚姻後、原告155-②の実家で暮らしていた。原告155-①は平成14年まで小高の会社に勤め、退職後、原告155-②と田畑で農業を営んでいた。 世帯番号155の原告らは、避難所等での避難を経て、原町区の借上住宅、仙台市の借上住宅で避難生活を送り、平成29年11月に小高区の自宅に帰還した。帰還後も、農機具をそろえる意欲がわか た。 世帯番号155の原告らは、避難所等での避難を経て、原町区の借上住宅、仙台市の借上住宅で避難生活を送り、平成29年11月に小高区の自宅に帰還した。帰還後も、農機具をそろえる意欲がわかず、農作業を再開していない。 塚原地区には、本件事故前は114世帯が居住し、農作業の共同、伝統行事、環境美化、季節行事やスポーツ大会などの活動を行っていたが、令和3年6月現在、帰還 しているのは37世帯余りであり、交流する機会は少なくなった。 イ判断世帯番号155の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受 していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号156、159】ア認定事実 証拠(甲D156、159、丙D156、159)及び弁論の全趣旨によれば、以 下の事実が認められる。 原告156-①(70歳、農業)と原告156-②(65歳、無職)は夫婦である。 原告159-①(41歳、公務員)は、両名の長男である。 原告159-②(40歳、公務員)は、原告159-①の妻であり、原告159-③(9歳、小学3年生)、原告159-④(7歳、小学1年生)、原告159-⑤(5 歳、幼稚園)は、原告159-①、②の長女、二女、長男である。 原告156-①は原町で生まれ、婚姻後、小高で暮らし、信用金庫に勤務していた。 原告156-②は小高で生まれ育った。両名は、受け継いだ農 歳、幼稚園)は、原告159-①、②の長女、二女、長男である。 原告156-①は原町で生まれ、婚姻後、小高で暮らし、信用金庫に勤務していた。 原告156-②は小高で生まれ育った。両名は、受け継いだ農業を営んでいた。 原告159-①は小高で生まれ育ち、東京の大学卒業後、福島県庁に就職して福島県内を異動し、同じく福島県庁に勤める原告159-②と婚姻し、平成17年4月に 原町区のアパート、平成18年4月に実家である原告156-①らの小高区の自宅に転居した。原告159-①、②は農業を継ぐのを当然だと考えており、休日や農繁期に農作業を手伝っていた。 世帯番号156の原告らは、避難所等での避難を経て、平成23年3月から横浜市の二男宅、同年8月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成29年4月に小高 区の自宅に帰還した。 世帯番号159の原告らは、避難所、親族宅等に避難した。平成23年3月13日から同年8月6日まで、原告159-①、②は仕事のため原町区の親族宅等で、原告159-③、④、⑤は祖父母と横浜市の親族宅で避難生活を送った。その後、世帯番号159の原告らは鹿島区の仮設住宅、原町の賃貸住宅で避難生活を送ったが、原告 159-①は、放射能汚染への不安、近隣に顔見知りがいない環境で子の安全を守ることへの不安などから帰還を断念し、平成31年3月に原町区に自宅を新築して移住した。原告159-③、④、⑤はみな小高中学校を選択して進学し、原告159-③は、令和2年4月から茨城県の大学に進学している。 原告156-①、②は、帰還後も、土を一から作り直さなければならず、自家消費 用の野菜栽培のほか農業を再開していない。 岡田地区には、本件事故前は268世帯が居住し、時期ごとの催事、農作業の共同、環境美化、伝統行事などの り直さなければならず、自家消費 用の野菜栽培のほか農業を再開していない。 岡田地区には、本件事故前は268世帯が居住し、時期ごとの催事、農作業の共同、環境美化、伝統行事などの活動を行っていたが、令和3年4月現在、帰還しているのは114世帯余りであり、地区の催事や行事はなくなった。 イ判断世帯番号156、159の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと 認められ、避難生活を強いられたと認められる。 原告156-①、②は、帰還後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 原告159-①、②、③、④、⑤について、帰還を断念し、農業を継ぐこともかな わなくなり、また、本件事故時までの家族の生活歴、職歴に照らし、本件事故がなければ原告156-①、②との同居生活が続けられたであろうとの期待に具体的客観性がある一方で、避難生活終了後も、別居を続ける理由は、地域環境の変容に原因があると陳述していることを考慮すれば、避難生活終了後もなおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認めら れる。 世帯番号156及び159の原告らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号157】 ア認定事実証拠(甲D157、丙D157)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告157-①(49歳、看護師)は、小高で生まれ育ち、高校卒業後、埼玉の看護専門学校に進学し、埼玉で就職したが 証拠(甲D157、丙D157)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告157-①(49歳、看護師)は、小高で生まれ育ち、高校卒業後、埼玉の看護専門学校に進学し、埼玉で就職したが、昭和61年に小高の実家に戻り、以後、同 所で暮らし、看護師として小高病院に勤務していた。原告157-④(21歳、会社 員)は原告157-①の長男であり、本件事故当時、小高の自宅から大熊町の会社に通勤していた。 原告157-②被承継人(79歳、無職)、原告157-③(79歳、無職)は、原告157-①の父、母であり、畑で農作業を営んでいた。原告157-②被承継人は令和4年1月16日に死亡した。 原告157-①は、勤務先での対応に追われ、病院や避難所で過ごした後、平成23年4月から原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成29年2月ころ小高の自宅に帰還した。本件事故により勤務先が閉鎖されたため失職し、また、定年退職後は畑仕事をしようと考えていたが、田畑は荒れたままで再開できない。 原告157-③は、避難所、親族宅での避難を経て、平成23年4月から原町区の 借上住宅で避難生活を送り、原告157-②被承継人は本件事故当時入院していたため、転院、施設入所等を経て、平成23年7月に原告157-③の住む借上住宅に転居した。両名は、平成30年3月に小高区の自宅に帰還した。帰還後も農業は再開できず、買い物も不便で生活がしにくいと感じている。 原告157-④は、避難所、親族宅等で避難していたが、勤務先が埼玉県の配属に 異動し、平成23年4月から埼玉県の社宅で避難生活を送り、平成30年ころ、埼玉県越谷市に移住した。 イ判断世帯番号157の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。原 4月から埼玉県の社宅で避難生活を送り、平成30年ころ、埼玉県越谷市に移住した。 イ判断世帯番号157の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。原告157-①、②被承継人、③は、帰還して避難生活を 終了した後も、農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告157-④について、本件事故により勤務先会社が大熊町の工場を閉鎖したた めに転勤を余儀なくされ、小高区から意図せず転居しており、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号158】ア認定事実証拠(甲D158、丙D158)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告158-①(56歳、会社員)と原告158-②(59歳、会社員)は夫婦で あり、原告158-③被承継人(82歳、無職)は、原告158-①の母である。 原告158-③被承継人は平成31年2月27日に死亡した。 世帯番号158の原告らは小高で生まれ育ち、本件事故当時、原告158-①は原町区の会社に、原告158-②は本件発電所内の作業を行う会社に勤務していた。 原 承継人は平成31年2月27日に死亡した。 世帯番号158の原告らは小高で生まれ育ち、本件事故当時、原告158-①は原町区の会社に、原告158-②は本件発電所内の作業を行う会社に勤務していた。 原告らの自宅は本件津波により流失した。 世帯番号158の原告らは、親族宅等での避難を経て、平成23年6月から仮設住宅で避難生活を送っていたが、本件事故当時同居していた長男の家族がいわき市に移住したため、平成28年4月に原町区の復興住宅に移住した。原告158-②がふるさと小高地域農業復興組合に所属して草刈りの仕事をするほかは、原告らは家におり、無味乾燥な日常であると感じている。 塚原地区には、本件事故前は120世帯が居住し、季節行事、伝統行事、環境整備、各種大会などを行っていた。 イ判断世帯番号158の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。自宅の津波被害により避難を免れず、移住も免れなかったが、避難指示のため、 広域移動を迫られ、避難指示により近隣地区の復興に向けた計画が長期にわたり進ま なかったことが地域住民の離散の原因となったことも否定できない。また、原告158-①の長男の家族とも本件事故による避難のため別居することとなり、避難生活終了後も、小高と移住先との生活環境の違いなどから、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料 に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号160】ア認定事実証拠(甲D160、丙D160)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号160】ア認定事実証拠(甲D160、丙D160)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告160-①(51歳、地方公務員)と原告160-②(49歳、地方公務員)は夫婦であり、原告160-③(78歳、無職)、原告160-④(78歳、無職)は、原告160-①の父、母である。 原告らは小高で生まれ育ち、原告160-①は消防士として、原告160-②は保 育所に勤務し、原告160-③、④は、田を親戚に賃貸し、地代代わりに収穫した米をもらっていた。 世帯番号160の原告らは、避難所等での避難を経て、原町区の借上住宅で避難生活を送り、平成27年夏頃、小高区の自宅に帰還した。住居や店舗があったところが空き地となって荒れており、店舗が少ないため原町まで買い物に行かなければならず、 医療施設も不十分で不安を感じている。 一区では、季節ごとに恒例行事などを行っていたが、祭りや催しの多くが再開していない。消防団員の数も250人規模から40人程度に減り、かつその半数程度は小高区外の居住者であり、活動にも支障が出ている。 イ判断 世帯番号160の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、 避難生活を強いられ、帰還して避難生活を終了した後も、近隣住民との交流や自然環境、生活環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号161】ア認定事実 精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号161】ア認定事実証拠(甲D161、丙D161)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告161-①(36歳、消防士)と原告161-②(36歳、会社員)は夫婦で あり、原告161-③(8歳、小学生)、原告161-④(4歳)、原告161-⑤(平成25年9月21日生)は原告161-①、②の子である。 原告らは小高で生まれ育ち、原告161-①は消防士として、原告161-②は小高区の眼科病院事務職員として稼働していた。また、同居する原告161-①の父を中心に、稲作をして農業を営んでいた。 世帯番号161の原告らは、知人宅等での避難を経て、平成23年3月から郡山市の借上住宅、同年8月から相馬郡新地町の借上住宅、平成25年4月から原町区の借上住宅で避難生活を送っていた。原告161-①は、いつまでも避難生活を続けることはできず、小高には子を連れて帰れないと考え、帰還しないことを決め、平成26年8月に原告161-①の両親とともに原町区に移住した。原告161-①は、父母 が築き上げた田畑、自宅を引き継ぎ、農業を行いたかったが、小高の自宅建物は取り壊すことになり、田畑は荒れ、農業を再開するには時間と労力が必要である。 小屋木地区には、本件事故前は100世帯以上が居住し、伝統行事や環境美化などを共同して行っていた。 イ判断 原告161-①、②、③、④は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生 活を強いられたと認められる。同人らは、帰還しないことを決め、当然に継ぐことを予定していた農業を再開できず、また近隣住民との 、②、③、④は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生 活を強いられたと認められる。同人らは、帰還しないことを決め、当然に継ぐことを予定していた農業を再開できず、また近隣住民との交流、自然環境、子らの養育環境の変容などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用と して各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告161-⑤は本件事故当時出生しておらず、本件事故により避難生活を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号162】 ア認定事実証拠(甲D162、丙D162)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告162-①(30歳、公務員)は、小高で生まれ育ち、消防士として稼働していた。原告162-⑥(平成29年2月15日生)は同人の子である。 原告162-②(53歳、会社員)、原告162-③(59歳、介護職員)は原告162-①の父、母であり、原告162-④(72歳、自営業)、原告162-⑤被承継人(72歳、無職)は、原告162-③の父、母である。原告162-②、③、④は稼働しながら、家族で自家消費用の野菜と花卉を栽培し、農業を営んでいた。 原告162-⑤被承継人は平成30年11月11日に死亡した。 原告162-①は、同僚宅での避難を経て、平成23年6月から原町区の借上住宅で避難生活を送っていたが、放射能への不安、社会環境を総合的に考え、子を育てるには原町に住むほうがよいと考え、帰還しないことを 告162-①は、同僚宅での避難を経て、平成23年6月から原町区の借上住宅で避難生活を送っていたが、放射能への不安、社会環境を総合的に考え、子を育てるには原町に住むほうがよいと考え、帰還しないことを決め、平成26年8月に原町区に建築した自宅に移住した。 原告162-②、③は、仮設住宅等での避難を経て平成30年7月から、原告16 2-④は、仮設住宅などでの避難を経て平成31年8月から、上記原町区の自宅に移 住した。 原告162-①は、農業の手伝いをしていたわけではないが、田畑を守って農業を継ぐつもりでいたが、小高の自宅は全壊判定を受けて取り壊し、畑はときどき手入れをしているものの、田は除染除去土壌の仮置場になっている。 片草地区には、本件事故前は約100世帯が居住し、季節行事、伝統行事などを行 っていたが、若い世代は帰還せず、青年団は解散した。 イ判断原告162-①、②、③、④、⑤被承継人は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたことが認められる。同人らは、帰還を断念し、家業である農業を再開できず、避難生活を終了した後も、近隣住民との交流や自 然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告162-⑥は本件事故当時出生しておらず、本件事故により避難生活を強いら れたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号163】ア認定事実 本件事故により避難生活を強いら れたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号163】ア認定事実証拠(甲D163、丙D163)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告163-①(61歳、主婦)と原告163-②(66歳、会社員)は夫婦であり、原告163-③(36歳、会社員)は両名の二女である。 原告163-④(15歳、中学3年生)、原告163-⑤(12歳、小学6年生)は、原告163-③の長男、長女である。 原告163-⑥被承継人(86歳、無職)は、原告163-①の父である。 原告163-⑥被承継人は令和2年6月13日に死亡した。 原告163-①と②は、婚姻後の昭和59年ころ、原告163-①の小高の実家に転居し、原告163-②は設備会社に勤務しながら、原告163-⑥から受け継いだ農業を家族で営んでいた。 原告163-③は、平成13年から小高区の賃貸アパート、平成17年ころから小 高区の市営住宅に暮らし、本件発電所近くの老人ホームに勤務していた。 世帯番号163の原告らは、避難所、知人宅での避難を経て、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送った。原告163-①は、実家への帰還を望んだが、父母が体調を崩し、農業の再開は困難であり、また、原告163-③が放射能への不安から帰還しないことを決めていたため、原告らは、原町区に購入した土地に自宅を新築し、平成29年 5月に移住した。原告163-④は、平成31年に仙台で就職し、同年から転居した。 飯崎地区には、本件事故前は38世帯が居住し、盆踊り、祭り、新年会など多くの行事を開催していた。 イ判断世帯番号163の原告らは、本件事故時に小高区に生活 仙台で就職し、同年から転居した。 飯崎地区には、本件事故前は38世帯が居住し、盆踊り、祭り、新年会など多くの行事を開催していた。 イ判断世帯番号163の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を 強いられたと認められる。原告163-①、②、⑥被承継人は、帰還を断念して農業を再開できず、また近隣住民との交流の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認める のが相当である。原告163-③、④、⑤は、小高区から意図せず転居し、友人との交流が途絶え、避難生活終了後も、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号164】 ア認定事実証拠(甲D164、丙D164)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告164-①(57歳、会社員)と原告164-②(64歳、自営業(大工))は夫婦である。 原告164-①は小高で生まれ育ち、原告164-②は婚姻後、小高で暮らしていた。 世帯番号164の原告らは、宮城県角田市の長女宅、角田市の借上住宅、鹿島区の仮設住宅などで避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、キノコ採りや山菜取りはできず、猿や猪に荒らされるため自家菜園で野菜や実のなる 植物を栽培できない。 大井地区には、本件事故前 避難生活を送り、平成28年7月に小高区の自宅に帰還した。帰還後、キノコ採りや山菜取りはできず、猿や猪に荒らされるため自家菜園で野菜や実のなる 植物を栽培できない。 大井地区には、本件事故前は約200世帯が居住し、環境美化、伝統行事、季節行事、運動会などを行っていた活動を行っていたが、令和3年6月現在、世帯は半減し、行事は行われなくなった。 イ判断 世帯番号164の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還後も、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 その一方で、原告164-②は、被告東電に対し、帰還後の平成29年5月、住居確保損害として、小高区の自宅修繕費用と合わせ、宮城県亘理郡亘理町に所在する土地建物の平成29年5月29日付け売買の代金2690万円、リフォーム費用180万円などを請求し、合計2825万3511円の支払を受けているところ、原告164-①、②は、平成28年7月に小高の自宅に帰還したと陳述している。長女が亘理 町に家を買った旨も陳述するところ、本件事故時、原告らは長女と同居しておらず、 上記土地建物取得費用が、原告らが避難生活を終了して生活再建を図るための費用であるとは認められない。被告東電による上記支払は、住居確保損害の支払の趣旨に照らしても、本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。 原告164-②は、直接請求手続において、世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として住居 支払の趣旨に照らしても、本来支払う必要のなかった支払であるといわざるを得ない。 原告164-②は、直接請求手続において、世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として住居確保損害を請求し、被告東電との間で、 本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意した上で賠償金を受領しており(弁論の全趣旨)、上記2825万3511円の返還について、世帯番号164の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。世帯番号164の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは認められない。 【世帯番号165】ア認定事実証拠(甲D165、丙D165)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告165-①(62歳、パート兼農業)と原告165-②被承継人(59歳、会 社員)は夫婦であり、原告165-③(31歳、会社員)は両名の長男である。原告165-②被承継人は令和3年12月19日に死亡した。 原告165-④(30歳、看護師)は原告165-③の妻であり、原告165-⑤(7歳、小学生)、原告165-⑥(6歳)、原告165-⑦(1歳)は、原告165-③、④の子である。 原告165-①は小高で生まれ育ち、パートをしながら受け継いだ農業を営んでいた。原告165-②被承継人は婚姻後、小高で暮らし、生命保険会社の営業の仕事をしていた。 原告165-③は、高校卒業後、原町営業所がある会社に営業職として就職し、平成22年7月に転勤により西白河郡内勤務となり、白河市内にアパートを借り、週1、 2回は、小高の家に帰宅していた。原告165-④は、看護師として小高病院に勤務 し、子と原告165-③の実家で原告165-①、②被 郡内勤務となり、白河市内にアパートを借り、週1、 2回は、小高の家に帰宅していた。原告165-④は、看護師として小高病院に勤務 し、子と原告165-③の実家で原告165-①、②被承継人と暮らしていた。 原告165-①、②被承継人は、親族宅、宿泊施設等での避難を経て、相馬市の借上住宅や、親族から取得した相馬市の住宅で避難生活を送り、令和元年5月に小高区の自宅に帰還した。飯崎地区では、農業を再開するため、生産組合が再開し、原告165-①も田を整備し、平成29年ころからようやく本格的な生産を始めることがで きるようになった。ただし、生産組合に所属する人数は、本件事故前は8人のところ、3人に減少している。 原告165-③、④、⑤、⑥、⑦は、原告165-③が居住していた白河市内のアパートに避難したのち、同市内で転居し、平成29年2月に名取市に自宅を購入して移住した。 飯崎地区には、本件事故前は198世帯が居住し、伝統行事、季節行事、球技大会などを行っていたが、令和3年6月現在、帰還しているのは78世帯余りであり、地区で集まることはなくなった。 イ判断原告165-①、②被承継人は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認め られ、避難生活を強いられ、帰還後も、従来どおりに農業を再開できず、また近隣住民との交流や自然環境、生活環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。原告165-④、⑤、⑥、⑦は、小高区から意図せず転居し、養育環境の変化などにより、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、 養育環境の変化などにより、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。 同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告165-③について、同人は本件事故当時も小高の家に滞在しており、小高にも生活の拠点があったと認められるが、本件事故前に転勤した白河市のアパートでの 生活が避難生活であるとはいえない。既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝 料は過払である。同人に小高区の社会環境の変容による精神的損害があることを認めうるとしても、被告東電が訴訟外で同人に支払った850万円の慰謝料を超えて同人に慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号166】ア認定事実 証拠(甲D166、丙D166)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告166-①(63歳、自営業)と原告166-②(61歳、従業員)は夫婦であり、原告166-⑤(36歳、医療事務)は両名の長女である。 原告166-④(37歳、消防職員)は、原告166-⑤の夫であり、原告166 -⑥(10歳、小学4年生)、原告166-⑦(4歳、幼稚園生)、原告166-⑧(1歳)は原告166-④と⑤の子である。 原告166-③被承継人(88歳、無職)は、原告166-①の母である。原告166-③被承継人は令和2年1月3日に死亡した。 原告166-①は小高で生まれ育ち、原告166-②と、受け継いだ機屋を営んで いた。原告166-③被承継人は昭和63年まで布地を織っていたが退職し、以後、畑で野菜等を栽培していた。 原告166-④、⑤は、小高で生まれ育った。原告166-④は消防職員として稼働 んで いた。原告166-③被承継人は昭和63年まで布地を織っていたが退職し、以後、畑で野菜等を栽培していた。 原告166-④、⑤は、小高で生まれ育った。原告166-④は消防職員として稼働し、原告166-⑤は原町区の病院に勤務していた。 原告166-①、②、③被承継人、⑤、⑥、⑦、⑧は、避難所、親族宅等での避難 を経て、平成23年4月から厚木市のアパートで避難生活を送った。原告166-⑤は子が厚木市で進学しているため帰還するつもりはなく、原告166-①、②、③被承継人、⑤、⑥、⑦、⑧は、平成29年12月、原告166-④、⑤が購入した厚木市の自宅に移住した。原告166-①、②は、令和元年5月に小高の家の改修工事が完了したため、令和2年3月から小高で生活しているが、厚木市の家との間を往来し ている。機屋の事業は令和元年12月に廃止した。 原告166-④は、職務のため、遠方に避難せず、原町区の住居で避難生活を送り、令和元年6月に小高の自宅に帰還した。 イ判断世帯番号166の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。 原告166-①、②、③被承継人は家業を再開できず、原告166-①、②は帰還後も畑での農作業を再開できず、近隣住民との交流や自然環境、生活環境の変化などもあり、避難生活終了後もなお自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士 費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告166-④、⑤、⑥、⑦、⑧は、避難指示解除後も、原告166-④の職務上、同人の別居 する慰謝料に加え各280万円、弁護士 費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告166-④、⑤、⑥、⑦、⑧は、避難指示解除後も、原告166-④の職務上、同人の別居生活が続いており、避難生活終了後も、生活環境の変容により精神的利益を失っていると認められる。原告166-④、⑤、⑥、⑦、⑧の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用と して各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号167】ア認定事実証拠(甲D167、丙D167)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告167-①(48歳、会社員)と原告167-②(49歳、団体職員)は夫婦であり、原告167-③(20歳、大学2年生)、原告167-④(15歳、中学3年生)は、両名の長女、二男である。 原告167-⑤被承継人(76歳、農業)、原告167-⑥(77歳、農業)は、原告167-①の父、母である。 原告167-⑤被承継人は令和元年10月9日に死亡した。 原告167-①は小高で生まれ育ち、いわき市の会社に勤務していた。原告167-②は婚姻後、小高で暮らし、商工会に所属していた。原告167-③は、本件事故当時、千葉県の大学に通学し、同県内に居住していた。 原告167-⑤被承継人と⑥は、米を栽培して農業を営み、自家消費用の野菜を栽培していた。 原告らの自宅は本件津波により浸水し、自宅と田畑の一部は災害危険区域に指定された。 世帯番号167の原告らは、親族宅、避難所などでの避難を経て、原告167-①は平成23年5月以降、勤務先のいわき市の社宅等で避難生活を送り、原告167-②、④は、平成23年4月以降、二本松市の借上住 世帯番号167の原告らは、親族宅、避難所などでの避難を経て、原告167-①は平成23年5月以降、勤務先のいわき市の社宅等で避難生活を送り、原告167-②、④は、平成23年4月以降、二本松市の借上住宅、原町区の仮設住宅で避難生活 を送り、原告167-⑤被承継人、⑥は、平成23年8月以降、鹿島区の仮設住宅で避難生活を送った。原告167-①、②、④、⑤被承継人、⑥は、集団移転の打診に対し、自宅が本件発電所から約11kmの距離にあり、学校、就職先を考えると戻れないと考え、帰還しないことを決め、鹿島区に自宅を新築し、平成28年7月に移住した。原告167-③は、千葉県内で就職した。 行津地区には、本件事故前は22世帯が居住し、伝統行事、環境美化、季節行事やスポーツ大会などを行っていた。 イ判断原告167-①、②、④、⑤被承継人、⑥は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められる。自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され 移住も免れなかったが、避難指示のため、広域移動を迫られ、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。原告167-⑤被承継人、⑥について、長期間の避難指示が農作業を再開できない原因となったことも否定できない。原告らは、避難生活終了後もなお自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認めら れ、同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料 に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告167-③について、同人は本件事故前後を通じ千葉県に居住しており、小高に生活の本拠があったとは認められない。本件事 円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告167-③について、同人は本件事故前後を通じ千葉県に居住しており、小高に生活の本拠があったとは認められない。本件事故時、小高の実家に帰省しており、平成23年4月10日まで避難生活を送ったことを踏まえても、被告東電が訴訟外で 原告167-③に支払った852万円慰謝料を超えて同人に慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号168】ア認定事実証拠(甲D168、丙D168、丙E61の6)及び弁論の全趣旨によれば、以下 の事実が認められる。 原告168-①(59歳、会社員)は小高で生まれ育ち、46歳の時に離婚して実家に戻り、本件事故当時は、自宅で、健康食品と化粧品の販売や保険の案内等を内容とするネットワークビジネスを行っていた。 原告168-②(37歳、会社員)は原告168-①の長男であり、本件事故当時、 大熊町の会社に勤務していた。 原告168-③(86歳、無職)、原告168-④(81歳、無職)は、原告168-①の父、母であり、営農組合に所属し、稲作や野菜を栽培して農業を営んでいた。 原告らの自宅は、本件津波により浸水し、自宅所在地は災害危険区域に指定された。 世帯番号168の原告らは、避難所、親族宅等での避難を経て、平成23年7月こ ろから鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成27年10月に原町区に自宅を購入して移住した。 下浦地区には、本件事故前は31世帯が居住し、伝統行事、季節行事などを行っていた。 イ判断 世帯番号168の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ る。自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため、広域移動を 世帯番号168の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ る。自宅の津波被害により避難を免れず、災害危険区域に指定され移住も免れなかったが、避難指示のため、広域移動を迫られ、地縁のない土地で避難生活を送ることとなり、避難生活による精神的損害を被ったことが認められる。原告168-③、④について、避難指示のために地域住民が離散し、農作業を再開できない原因となったことも否定できない。世帯番号168の原告らは、避難生活終了後もなお自由な自己実 現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められ、同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号169】 ア認定事実証拠(甲D169、丙D169)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告169-①(51歳、会社員)と原告169-②(51歳、パート)は夫婦であり、原告169-⑤(22歳、無職)、原告169-③(18歳、高校3年生)、原 告169-④(15歳、中学3年生)は両名の長女、長男、二男である。 原告169-⑥(80歳、無職)、原告169-⑦(76歳、無職)は、原告169-①の父、母である。 原告169-⑥、⑦は、東京に居住していたが、昭和42年ころ、出身地である小高に自宅を新築し、原告169-①を連れて転居した。 本件事故当時、原告169-①は、双葉町の会社に勤務し、原告169-②は縫製会社でパート勤務をしていた。原告169-⑤は、短大を卒業して幼稚園に勤めたが、本件事故当時退職していた。 原告らの自宅周辺には親戚が6世帯おり、家に鍵をかけず、互いの家を し、原告169-②は縫製会社でパート勤務をしていた。原告169-⑤は、短大を卒業して幼稚園に勤めたが、本件事故当時退職していた。 原告らの自宅周辺には親戚が6世帯おり、家に鍵をかけず、互いの家を往来し、一同で旅行に行くなどの交流があった。 原告169-①、②、⑤は、避難所等での避難を経て、平成23年4月から米沢市 のアパート、平成26年5月からいわき市の貸家で避難生活を送った。同人らは、小高にはまだ帰還者が少なく、インフラが充実していないことなどから、小高に帰還しないことを決め、原町区に建築した自宅に平成28年7月に移住した。 原告169-⑥、⑦は、避難所などでの避難を経て、平成23年6月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送り、平成28年7月に上記原町区の自宅に移住した。令和2 年7月又は8月にそれぞれ老人保健施設に転居している。 原告169-③は、平成23年5月から会津若松市の大学に進学し、同市内に居住した。大学卒業後、原告169-①らと同居しながら南相馬市の福祉協議会に勤務している。 原告169-④は、米沢市の高校に入学して卒業し、平成26年4月から横浜市の 大学に入学して横須賀市内に居住し、東京の会社に就職した。 原告169-⑤は、平成29年8月ころ、婚姻により原町区に転居した。 イ判断世帯番号169の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告169-①、②、⑥、⑦は、移住を余儀なくされ、避難生活終了後、親戚や近隣住民との交流、生活環境、自然環境が変化し、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らについて、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用各28万円、合計各308万 境が変化し、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らについて、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告169-③、④、⑤は、避難生活中、進学、婚姻に伴い転居しているところ、避難指示とは関係しない転居の理由が生じたものではあるが、帰還したくともできない状況下で居住先を決めており、本件事故当時は継続を期待するのももっともであった身近で非代替的な環境が変化し、そのことにより自由な自己実現が阻害され、あるいは、自然環境や地縁により築かれた人的交流や相互扶助などから得られる金銭評価 困難な経済的利益又は精神的利益を失ったことに変わりはない。同人らの精神的損害 について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号170】ア認定事実証拠(甲D170、丙D170)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告170-①(51歳、会社員)は、東京で育ち、婚姻して生活していたが、昭和61年ころ、子とともに、母が住む小高に戻り、以後、小高で暮らしていた。本件事故当時、会社に勤めながら、母と自家消費用の野菜を栽培していた。 原告170-①は、親族宅等での避難を経て、平成23年6月から鹿島区の借上住 宅で避難生活を送った。小高に戻っても周囲に知っている人はおらず、今までどおりの生活はできないと考え、帰還しないことを決め、平成27年6月に原町区に自宅を建築して移住したが、平成28年1月に母が死亡し、二女の自宅近くの福島県白河市のマンションを購入して転居した。移住後、近所に知人はお きないと考え、帰還しないことを決め、平成27年6月に原町区に自宅を建築して移住したが、平成28年1月に母が死亡し、二女の自宅近くの福島県白河市のマンションを購入して転居した。移住後、近所に知人はおらず、今の生活を受け入れられていない。 イ判断原告170-①は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、避難生活が長期化する中で移住を余儀なくされ、避難生活終了後も、近隣住民との交流、自然環境、生活環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認 められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号171】ア認定事実 証拠(甲D171、丙D171)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告171-①(53歳、公務員)と原告171-②(53歳、主婦)は夫婦である。 原告171-①、②は小高で生まれ育ち、婚姻後、原告171-②の実家で暮らしていた。原告171-②の父は、稲作をして農業を営んでおり、原告171-①は、 本件事故当時、消防本部で勤務しながら稲作を手伝っていた。 世帯番号171の原告らは、避難所等での避難を経て、平成23年4月以降、福島市の借上住宅、原町区の借上住宅での避難生活を送った。原告らは、家が荒れ果て、住める状態ではなく、田も雑草が生い茂り、原状回復には多大な労力が必要なため、帰還しないことを決め、原町区に自宅を新築して移住した。 神山地区には、本件事故前は33世帯が居住し、祭りやお茶会などを通じて交流していた。 イ判断 状回復には多大な労力が必要なため、帰還しないことを決め、原町区に自宅を新築して移住した。 神山地区には、本件事故前は33世帯が居住し、祭りやお茶会などを通じて交流していた。 イ判断世帯番号171の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられ、帰還しないことを決め、避難生活が終了した後も、農業を受け 継ぐことができなくなり、生活環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号172】ア認定事実証拠(甲D172、丙D172)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告172-①(21歳、消防士)は小高で生まれ育ち、平成21年から消防士と して稼働していた。原告172-②(平成29年1月6日生)は同人の子である。 原告172-③(49歳、農業)は、原告172-①の父である。婚姻後、妻の実家の家業である農業を手伝いながら会社に勤め、退職後は、米と野菜を栽培して農業を営んでいた。 原告172-④被承継人(19歳、アルバイト)、原告172-⑤(16歳、高校1年生)は、原告172-③の子である。原告172-④被承継人は、本件事故当時、 フォークリフトのアルバイトをしながら農業を手伝っていた。原告172-④被承継人は令和元年7月16日に死亡した。 原告172-⑥(平成29年4月19日生)は、原告172-⑤の子である。 本件事故当時、原告172-①、③、④被承継人、⑤は同居していた。 原告 72-④被承継人は令和元年7月16日に死亡した。 原告172-⑥(平成29年4月19日生)は、原告172-⑤の子である。 本件事故当時、原告172-①、③、④被承継人、⑤は同居していた。 原告172-①、③、④被承継人、⑤は、避難所、親族宅等での避難を経て、原告 172-①、③は原町区の借上住宅で、原告172-④被承継人、⑤は福島市の借上住宅で避難生活を送っていたが、原告172-①が平成26年9月に婚姻して相馬市の賃貸住宅に転居したため、原告172-④被承継人、⑤が上記原町区の借上住宅に転入した。 原告172-①は、インフラが整備されない小高で子を育てることは厳しいと考え、 小高に帰還しないことを決め、平成30年1月に原町区に自宅を新築して移住した。 原告172-③、④被承継人は、平成31年4月に小高区の自宅に帰還したが、農業は再開していない。 原告172-⑤は、高校卒業後、宮城県名取市で就職し、平成31年3月に同市に移住した。 イ判断原告172-①、③、④被承継人は、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。避難生活終了後も、家業である農業を再開できず、また同居を続けられるとの期待に具体的客観性が認められるものの別居することとなり、近隣住民との交流、自然環境、生活環境の変化などにより、なおも自由な自己 実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失ってい ると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告172-⑤は、小高区から意図せず転居し、友人との交流が途絶え、地域環境から享受していた経済的 慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告172-⑤は、小高区から意図せず転居し、友人との交流が途絶え、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害 について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告172-②と⑥は本件事故当時出生しておらず、本件事故により避難生活を強いられたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 【世帯番号173】ア認定事実証拠(甲D173、丙D173)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告173-①(62歳、無職)と原告173-④(63歳、無職)は夫婦であり、 原告173-③(28歳、無職)は両名の二女である。 原告173-②(32歳、会社員)は、原告173-③の夫である。 原告173-④は小高で生まれ育ち、平成20年まで消防職員として稼働していた。 原告173-①は婚姻後、小高で暮らし、家庭菜園で野菜を栽培していた。 原告173-②は、原告173-③との婚姻後、同人の実家で暮らし、鹿島区の会 社に勤務していた。 世帯番号173の原告らは、避難所等での避難を経て、平成23年7月から鹿島区の仮設住宅で避難生活を送ったが、放射能への不安から小高の自宅には帰還しないことを決め、原町区に自宅を新築して平成27年9月に移住した。移住後、農作業はできず、原告173-①は、最低限の近所付き合いだけをするだけで、環境になじめず に過ごし、原告173-④は、趣味の山歩きができなくなった。 原告 月に移住した。移住後、農作業はできず、原告173-①は、最低限の近所付き合いだけをするだけで、環境になじめず に過ごし、原告173-④は、趣味の山歩きができなくなった。 原告らの居住地区では、季節行事、伝統行事、旅行会などを行っていた。 イ判断世帯番号173の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。 原告173-①、④は、移住して避難生活を終了した後、農作業や山歩きができな くなり、近隣住民との交流、自然環境、生活環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告173-②、③は、小高区から意図せず転居し、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号174】 ア認定事実証拠(甲D174、丙D174)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告174-①(47歳、会社役員)と原告174-②(47歳、主婦)は夫婦であり、原告174-③(20歳、専門学校生)、原告174-④(16歳、高校生)は、 両名の二女、三女である。 原告174-⑤(71歳、農業)、原告174-⑦被相続人(96歳、無職)は、原告174-①の母、祖母である。 原告174-⑦被相続人は平成23年9月3日に死亡し 両名の二女、三女である。 原告174-⑤(71歳、農業)、原告174-⑦被相続人(96歳、無職)は、原告174-①の母、祖母である。 原告174-⑦被相続人は平成23年9月3日に死亡した。 原告174-①は小高で生まれ育ち、仙台市の大学を卒業後、小高で暮らし、食品 小売など営む会社の取締役に就任する一方、相続した3つの賃貸用共同住宅及び一戸 建て一軒を賃貸し、不動産賃貸業を営んでいた。原告174-⑤は、所有する田の稲作は委託し、畑で原告174-②と自家消費用の野菜を栽培していた。 本件事故当時、原告174-①の自宅には原告174-①、②、③、④、⑤が居住し、原告174-⑦被相続人は認知症のため入院していた。 原告174-①、②、④は、避難所等での避難を経て、平成23年3月24日に新 潟県長岡市の借家、同年5月1日に福島県会津坂下町の借上住宅、平成24年4月に原町区の仮設住宅で避難生活を送っていたが、平成25年4月に仙台市若林区連坊小路のマンションを購入して移住した。その後、平成29年10月に仙台市青葉区本町のマンションを購入し、転居した。 原告174-③は、平成23年5月から仙台市宮城野区の賃貸住宅に居住し、専門 学校卒業後、仙台市の会社に勤めている。 原告174-⑤は、平成24年3月15日から原町区の仮設住宅で避難生活を送り、平成28年9月10日に小高区の自宅に帰還したものの、平成29年9月以降、原告174-①らと仙台市で同居している。 原告174-⑦被相続人は、平成23年3月に南相馬市立総合病院、新潟医療セン ターに転院し、平成23年9月に死亡した。 イ判断世帯番号174の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告174-⑤は、 新潟医療セン ターに転院し、平成23年9月に死亡した。 イ判断世帯番号174の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告174-⑤は、帰還したものの、間もなく転居し、慣れない仙台市での生活で、 家庭菜園で野菜を作る楽しみも失われており、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、避難生活終了後もなお自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円を認めるのが相当である。 原告174-①、②、③、④、⑦被相続人は、移住により避難生活が終了した後、 小高区から意図せず転居して生活環境が変化し、また小高区の社会環境の変容などにより、避難生活終了後も精神的損害があると認められ、同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円を認めるのが相当である。 その一方で、原告174-①は、被告東電に対し、住居確保損害として、仙台市青 葉区花京院のマンション2軒の取得費用(平成28年1月及び6月付け売買契約書)及び原町区の土地取得費用(平成28年10月付け売買契約書)の合計約1億5000万円を請求し、平成28年11月9日に不動産財物賠償済金額を控除した6219万3770円の支払を受けているところ、上記花京院のマンションのうち1軒は解約、うち1軒は賃貸し、原町区の土地上には賃貸用アパートを建築した。原告174-① は、平成25年4月に3000万円で仙台市若林区連坊小路のマンションを購入し、家族の移住先を確保していたもので、上記費用が原告らの住居を確保するための費用でなかったこと した。原告174-① は、平成25年4月に3000万円で仙台市若林区連坊小路のマンションを購入し、家族の移住先を確保していたもので、上記費用が原告らの住居を確保するための費用でなかったことは明らかである。 被告東電と原告174-①は、直接請求手続において、本来支払われるべき賠償額を超えた支払があれば賠償金の返還を含め精算することを合意しているところ、請求 者は世帯構成員を代表し、世帯構成員の住居を確保するために支出する費用として請求手続を行っており(丙D174の5)、住居確保損害の支払は同一世帯家族の生活再建を図るものであることを踏まえれば、上記6219万3770円の返還について、世帯番号174の原告らが得られる賠償金と相殺する合意が成立していると認められる。 よって、世帯番号174の原告らについて、被告東電がさらに賠償すべき損害があるとは認められない。 【世帯番号175】ア認定事実証拠(甲D175、丙D175)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告175-③(43歳、会社員兼農業)、原告175-④(44歳、主婦)は夫婦であり、原告175-⑤(13歳、中学1年生)、原告175-⑥(11歳、小学5年生)は、原告175-③と④の子である。 原告175-①(71歳、農業)と原告175-②(70歳、農業)は、原告175-③の父、母である。 原告175-①は、会社を定年退職し、本件事故当時は、家族と農業を営んでいた。 原告175-③は高校卒業後、小高に事業所がある会社に勤務したが、平成18年に長野県に転勤することになり、平成22年まで、原告175-③、④、⑤、⑥が長野県諏訪市で暮らしたが、平成22年に小高事業所に転勤したため、小高の実家に戻っていた。 務したが、平成18年に長野県に転勤することになり、平成22年まで、原告175-③、④、⑤、⑥が長野県諏訪市で暮らしたが、平成22年に小高事業所に転勤したため、小高の実家に戻っていた。 本件津波は原告らの自宅付近まで到達し、自宅の浸水被害はなかったが、畑は浸水し、水を引く設備も損壊した。 世帯番号175の原告らは、親族宅等での避難を経て、原告175-③の勤務先である長野県諏訪市内の借上住宅などで避難生活を送っていたが、原告175-③は、勤務先事業所が本件事故により事業を停止し、平成24年1月から出向のため山形県 酒田市に単身赴任することになり、同年3月、原告175-①、②、④、⑤、⑥も酒田市に転居した。 原告175-①、②は、平成25年4月に原町区の仮設住宅に転居し、平成30年1月、小高区の自宅に帰還した。 原告175-③、④、⑤、⑥は、平成27年4月、山形県鶴岡市に購入した自宅に 移住した。原告175-⑤は、平成28年4月に宮城県の大学に進学し、卒業後、同県内で就職して、宮城県岩沼市内で暮らしている。 原告175-③は、令和元年5月、転勤のため、長野県塩尻市に転居した。現在の勤務先を定年退職したら、小高に帰還しようと考えている。 原告175-⑥は、令和2年3月に高等専門学校を卒業し、東京都八王子市に居住 して、都内の専門学校に通学している。 塚原地区には、本件事故前は約128世帯が居住し、伝統行事、スポーツ大会、季節行事、環境美化などを行っていたが、令和3年6月現在、行事は減少した。 イ判断世帯番号175の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告175-①、②は、帰還して避難生活を終了した後も、元どおり農業を再開できず、原告1 世帯番号175の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。 原告175-①、②は、帰還して避難生活を終了した後も、元どおり農業を再開できず、原告175-③、④は、勤務先の事業停止に起因し移住したまま帰還できず、当然に継ぐことを予定していた農地の維持にも困難があり、いずれも、近隣住民との交流、自然環境、生活環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同 人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告175-⑤、⑥は、小高区から意図せず転居し、友人との交流が途絶え、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神 的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 【世帯番号176】ア認定事実証拠(甲D176、丙D176)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認めら れる。 原告176-①(51歳、会社員)は小高で生まれた。高校卒業後、仙台市の専門学校に進学して同市内で2年ほど稼働したが、小高に戻り、浪江町の会社に勤務し、浪江町に転居し、婚姻後も浪江町で夫と暮らしていたが、平成18年11月、長男である原告176-②(13歳、中学1年生)を連れて小高に戻り、以後、小高のアパ ートで暮らしていた。 世帯番号176の原告らは、親族宅等での避難を経て、千葉県佐倉市の借上住宅で避難生活を送り、原告176-②が関東の大学での て小高に戻り、以後、小高のアパ ートで暮らしていた。 世帯番号176の原告らは、親族宅等での避難を経て、千葉県佐倉市の借上住宅で避難生活を送り、原告176-②が関東の大学での進学と都内での就職を希望したため、平成27年3月に千葉県八千代市に購入した自宅に移住した。 原告176-①は、八千代市の生活では親しい人もなく、子が独立したら小高区または夫の住むいわき市などに移りたいと考えている。 イ判断世帯番号176の原告らは、本件事故時に小高区に生活の本拠があり、避難生活を強いられたと認められる。原告176-①は、避難生活終了後も、子の進学のため移住したまま帰還できず、近隣住民との交流や自然環境の変化などにより、なおも自由な自己実現が阻害され、あるいは地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失 っていると認められる。同人の精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 原告176-②は、小高区から意図せず転居して友人との交流が途絶え、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人の精神的損害 について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え280万円、弁護士費用として28万円、合計308万円を認めるのが相当である。 被告東電は、原告176-①に対し、平成27年2月4日に支払った住居確保にかかる費用(借家)273万円が、実損害を超える賠償であると主張するところ、同金額を支払うに至った経緯の立証はなく、詳細は不明であり、本訴訟では考慮しない。 【世帯番号177】ア認定事実証拠(甲D177、丙D177)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認 金額を支払うに至った経緯の立証はなく、詳細は不明であり、本訴訟では考慮しない。 【世帯番号177】ア認定事実証拠(甲D177、丙D177)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 原告177-①(30歳、会社員)と原告177-②(30歳、会社員)は夫婦で あり、原告177-③(3歳、保育園)、原告177-④(平成23年8月1日生)は、 両名の長女、二女である。本件事故当時、原告177-①は税理士事務所に、原告177-②は相馬に工場がある会社に勤務していた。 原告177-①、②は、婚姻後の平成19年9月、双方の両親の自宅近くに居住して助け合って生活していくことを希望し、原告177-②の小高区の実家の敷地内に家を新築して暮らしていた。 世帯番号177の原告らは、親族宅、避難所での避難を経て、会津若松市の借上住宅、相馬市の社宅で避難生活を送ったが、社宅からの退去を要望され、居住制限区域に指定されていた自宅地域に帰還することは考えられず、平成25年7月、相馬市に新築した自宅に移住した。 金谷地区には、本件事故前は80世帯が居住し、季節行事、環境美化、伝統行事、 環境美化、季節行事やスポーツ大会などを行っていた。 イ判断原告177-①、②、③は、本件事故時に小高区に生活の本拠があったと認められ、避難生活を強いられたと認められる。同人らは、移住を決めて避難生活を終了した後も、実家の敷地内に居住して育児支援を受けることが可能な環境や、近隣住民との交 流の変化などにより、地域環境から享受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認 受していた経済的、精神的利益を失っていると認められる。同人らの精神的損害について、既払の避難生活による精神的損害に対する慰謝料に加え各280万円、弁護士費用として各28万円、合計各308万円を認めるのが相当である。 原告177-④は本件事故当時出生しておらず、本件事故により避難生活を強いら れたとは認められず、平穏な日常生活を続ける利益を侵害されたとは認められないから、慰謝料請求権があるとは認められない。 第5 結論以上によれば、原告番号57-①、原告番号57-③及び原告番号79-①の被告らに対する訴え及び原告番号25-①及び②の被告東電に対する訴えは不適法であ るから、いずれも却下するのが相当である。 その余の原告らの被告東電に対する請求は、別紙3認容額等一覧表「認容額」欄に金額の記載がある原告らについては、同欄記載の各金員及びこれに対する平成23年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、同人らのその余の請求及び別紙3認容額等一覧表「認容額」欄に金額の記載がない原告らの請求は理由がないから棄却するのが相当で ある。 原告番号57-①、57-③、79-①を除く原告らの被告国に対する請求は理由がないからいずれも棄却するのが相当である。 原告の申立てにより仮執行宣言を付した上で、被告東電の申立てにより被告東電に担保を立てさせて仮執行免脱の宣言をする。 福島地方裁判所第一民事部 裁判長裁判官 小川理佳 裁判官 松川まゆ 小川理佳 裁判官 松川まゆみ 裁判官 渡邉小百合 (別紙1原告目録及び別紙2原告ら代理人目録は、いずれも掲載を省略)
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