平成14年9月26日判決言渡仙台高等裁判所平成13年(行コ)第10号遺族補償費等不支給処分取消請求控訴事件(原審山形地方裁判所平成7年(行ウ)第3号)口頭弁論終結日平成14年6月25日 主文 本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人が平成3年3月26日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給をしない旨の処分を取り消す。 第2 事案の概要 1 本件事案の概要(争いのない事実,争点,争点に対する当事者の主張)は,下記のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」欄に記載されたとおりであるから,これを引用する(略語も原判決のそれによる。)。 (1) 原判決の2頁5行目の「A」の次に「(昭和17年1月生)」を加え,同頁17行目の「2人業務」を「2人乗務」と改め,同頁23行目の「駐車場を歩く」を「駐車場を出て徒歩でホテルに向かう」と改める。 (2) 原判決の3頁19・20行目の「満たす」を「充たす」と改め,5頁1行目の「高血圧」から2行目の「投与された。」までを「高血圧及び狭心症の治療薬を投与され,また狭心症の発作時の著効薬であるニトロール舌下錠も投与されていた。」と改め,同頁3行目冒頭の「受けているが」の次に「異常はなく」を加え,同頁11行目の「356時間28分」を「379時間18分」と改め,同頁12行目の「11時間30分」を「12時間14分」と改め,同頁13行目の「12時間44分」を「13時間33分」と改め,同頁15行目の「 6時間28分」を「379時間18分」と改め,同頁12行目の「11時間30分」を「12時間14分」と改め,同頁13行目の「12時間44分」を「13時間33分」と改め,同頁15行目の「90時間49分」を「90時間55分」と改め,6頁19行目の「立ち合い」を「立会い」と改め,7頁10行目の「心室頻泊」を「心室頻拍」と改める。 (3) 原判決の9頁5行目の「解すべきであり,上記原告の主張は採用できない。」を「解すべきである。」と改め,11頁6行目の「上記業務」を「この業務」と改める。 2 控訴人の当審における補充の主張被控訴人は,平成3年3月26日付けで遺族補償給付及び葬祭料の支給をしない旨の本件処分をしたが,Aの死亡(本件発症)は業務に起因することが明らかであるから,取り消されるべきである。 すなわち,(1) Aは,B交通の貸切バスの運転士としてその業務に従事してきたが,バスの運転自体,強い精神的緊張と肉体的負担を伴うものであり(安全運転,乗客に対する応対,運行時刻の正確性の確保,長時間運転等),また,勤務時間も不規則であって(早朝勤務,深夜勤務等),運転士に相当のストレスを与えるものである。Aのようなベテラン運転士であるからといって,その緊張や負担が軽減されるというものではない。したがって,Aの業務は,その通常の業務自体が既に過重な業務であったといってよく,Aは本件発症前に慢性的な疲労状態にあって,疲労が蓄積していたのである。 (2) さらに,Aの本件発症前の労働実態は極めて過重なものであった。 ア Aの平成2年1月25日から同年2月24日(発症当日)までの1か月間の延べ拘束時間は3 蓄積していたのである。 (2) さらに,Aの本件発症前の労働実態は極めて過重なものであった。 ア Aの平成2年1月25日から同年2月24日(発症当日)までの1か月間の延べ拘束時間は379時間18分であり,公休日3日を含めた1日当たりの平均拘束時間は12時間14分,公休日3日を除いた1日当たりの平均拘束時間は13時間33分であった。これらは,B交通における労働協約に定められた労働時間(1日の拘束時間は,貸切乗務のとき9時間,定期乗務のとき8時間,ワンマン乗務のとき7時間30分。Aの場合,この期間の貸切乗務は19日,定期乗務は9日,公休日は3日であったから,延べ拘束時間は243時間と計算される。)を大幅に上回るものであった。 また,Aのこの期間の延べ労働時間は,307時間44分であった。 イ Aの同年2月17日から同月23日(発症日前日)までの1週間(うち公休日1日)の延べ拘束時間は90時間25分であったから,上記労働協約に定められた労働時間(Aの場合,49.5時間と計算される。)を大幅に上回るものであり,仮に原判決の別紙勤務時間表が認定したこの期間の「始業点呼から終業点呼までの時間」の合計65時間06分を前提としても,1週間で15時間36分の超過勤務である。 ウ Aの同年2月23日(発症日前日)の拘束時間は8時間47分であるが,仮に原判決の別紙勤務時間表が認定したこの日の「始業点呼から終業点呼までの時間」8時間13分を前提としても,上記労働協約に定められた労働時間(Aの場合,この日はワンマン乗務であったから,7.5時間である。)を43分も上回る 「始業点呼から終業点呼までの時間」8時間13分を前提としても,上記労働協約に定められた労働時間(Aの場合,この日はワンマン乗務であったから,7.5時間である。)を43分も上回るものであった。しかも,この日のAの運転時間は5時間55分であったから,これも,上記労働協約による実働時間(4時間50分)を上回るものであった。 エ Aは,同年2月23日(発症日前日)は午後3時ころに帰宅したが,就床したのは午後8時過ぎであり,発症当日は午前2時ころに起床しているから,睡眠時間は,多くても6時間程度であった。 (3) 加えて,発症当日,Aには2つの突発的な出来事(トラブル)が生じ,これらがAに極度の精神的ストレスと肉体的疲労をもたらした。すなわち,ア暖房器の故障は,乗客から「寒い」と指摘されて初めて発見されたものであり,乗客からのこの指摘はとりもなおさず会社への非難であり,これにひとりで対処しなければならなかったAの苦慮と精神的ストレスは相当なものであったと考えられる。 イ米軍バスとの接触事故は,たとえ,それが軽微であり,添乗員であるCの折衝により解決し,結果的には成田空港にほぼ当初の予定どおり到着したとしても,その間のAの精神的動揺は極めて大きかったものと推測され,いつ終わるか分からない警察の実況見分等を成田空港への到着時刻を気にしながら待たなければならなかったAの精神的ストレスは,耐え難い程に大きかったものと考えられる。 (4) Aの死亡原因は,急性心筋梗塞ではなく,心室頻拍等の致死的不整脈とみるべきである。Aは平成元年6月8日にI病院で心電図検査を受けているが異常がなかった。当時Aには狭心症はなか 。 (4) Aの死亡原因は,急性心筋梗塞ではなく,心室頻拍等の致死的不整脈とみるべきである。Aは平成元年6月8日にI病院で心電図検査を受けているが異常がなかった。当時Aには狭心症はなかったのである。したがって,たとえAに軽度の高脂血症や高血圧症等があったとしても,その後発症当日までのわずか8か月間に死を招くほどの血管病変が生じていたとは考えられない。Aは本件発症(死亡)の約1時間位前に「冷汗が出てだめだ。」とは言っているが,胸痛は全く訴えていないのである。そうとすれば,Aの死因は心室頻拍等の致死的不整脈とみるべきであり,そして,それは,もはやAに存した高脂血症や高血圧症等とは全く関係がなく,Aの上記のような過重な業務と突発的な出来事とによって生じたものと考えるほかないのである。 (5) なお,厚生労働省労働基準局長は,平成13年12月12日付けで「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」を改正策定し,旧認定基準の認定要件を緩和して下記のとおりの新認定基準を発したが,仮にAの死因を心筋梗塞とみても,本件発症は新認定基準によっても容易に業務に起因するものと判断されるものであった。 (認定要件)次の(1),(2)又は(3)の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は,労基則別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱う。 (1) 発症直前から前日までの間において,発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと(異常な出来事)。 (2) 発症に近接した時期において,特に過重な業務に就労したこと(短期間の過重業務)。 (3) 的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと(異常な出来事)。 (2) 発症に近接した時期において,特に過重な業務に就労したこと(短期間の過重業務)。 (3) 発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと(長期間の過重業務)。 第3 争点に対する判断当裁判所も,控訴人の本訴請求を棄却すべきものと判断するが,その理由は,下記1のとおり付加,訂正,削除し,下記2のとおり控訴人の当審における補充の主張に対する判断を加えるほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」欄に記載されたとおりであるから,これを引用する。 1(1) 原判決の14頁7行目の「貸切運転士」を「貸切バス乗務員」と改め,同頁10行目の「始業,就業時間」を「始業,終業時刻」と改め,同頁22行目の「1週間前後前」を「1週間前」と改め,同頁23行目の「周知されてた。」を「周知されていた。」と改め,15頁3行目の「35分前に」を「35分前までに」と改め,16頁5行目の「開放」を「解放」と改め,17頁1行目の「定期」を「定期乗務」と改め,同頁2行目の「57時間50分」を「56時間50分」と改め,同頁3行目の「8時間15分」を「8時間07分」と改め,同頁19行目の「この日に上記業務に」を「Aは,発症当日は定期乗務の予定であったが,それが出張貸切乗務に変更されたものであり,この業務に」と改め,同頁20行目の「掲示板に」の前に「交番表が」を加え,18頁12行目の「暖房器」を「暖房」と改め,19頁25行目冒頭の「通じる」の前に「十分に」を加え,20頁19行目の「運転士D」の前に「前日に乗 示板に」の前に「交番表が」を加え,18頁12行目の「暖房器」を「暖房」と改め,19頁25行目冒頭の「通じる」の前に「十分に」を加え,20頁19行目の「運転士D」の前に「前日に乗客を成田空港まで運んでホテルト-カイに泊まっていた」を加え,同頁20行目の「修理業者」を「各修理業者」と改め,同頁21行目の「清掃はE運転士が行った」を「清掃をE運転士が始めた」と改め,同頁22行目の「修理業者」を「各修理業者」と改め,同頁23行目の「指示」を「依頼」と改め,同行の「運転士F」の前に「同様にホテルト-カイに泊まっていた」を加え,21頁1行目の「バックミラ-」を「サイドミラ-」と改め,同行の「立ち会った」を「立ち会っていた」と改め,同頁2行目の「訴えたので」を「訴え,額の汗を手でふき取っていたので」と改め,同頁8行目冒頭の「バックミラ-」を「サイドミラ-」と改め,同頁16行目の「同病院では,」の次に「既にAに意識がなく心停止の状態であったため,」を加える。 (2) 原判決の22頁11行目冒頭の「Aは,」の次に「昭和41年11月に原告と結婚した後間もなくのころからG内科で高血圧の治療を受けていたが,社内検診で重ねて高血圧を指摘されたことから,」を加え,同行の「受診し」の前に「H医院を」を加え,同頁20行目末尾の「心電図検査の結果」を「心電図検査を受け,主訴と臨床的所見から」と改め,同頁末行の「平成元年6月8日」の前に「H医院で狭心症と診断された翌日の」を加え,同行の「受診し」の前に「I病院を」を加え,同行から23頁1行目にかけての「嘔気,胸部絞扼感の精査を希望したが症状が」を「嘔気,胸部絞扼感が 院で狭心症と診断された翌日の」を加え,同行の「受診し」の前に「I病院を」を加え,同行から23頁1行目にかけての「嘔気,胸部絞扼感の精査を希望したが症状が」を「嘔気,胸部絞扼感があったことを述べてその精査を希望したが,当日はその症状が」と改め,同頁3行目及び4行目の各「㎎/ml」を「㎎/dl」と改め,同頁12行目の「組合わされる」を「組み合わされる」と改め,24頁14行目及び15行目の各「㎜/Hg」を「㎜Hg」と改め,25頁3行目の「高いとといわれている」を「高いといわれている」と改め,同頁4行目の「㎎/ml」を「㎎/dl」と改める。 (3) 原判決の26頁13行目の「非定形的」を「非定型的」と改める。 (4) 原判決の27頁3行目の「高速」を「拘束」と改め,同頁7行目の「8時間15分」を「8時間07分」と改め,同頁23行目の「周知されていた」を「知っていた」と改め,29頁21行目の「見られないない」を「見られない」と改め,30頁2行目の「開放」を「解放」と改め,同頁12行目の「,狭心症」を削り,同行の「開始した」の次に「(ただし,高脂血症の投薬開始は同年9月8日から)」を加え,同頁14行目の「高脂血病」を「高脂血症」と改める。 (5) 原判決の別紙測定結果表の実施年月日昭和62年11月6日の総コレステロ-ル欄に「234」と,同中性脂肪欄に「215」と,同善玉コレステロ-ル欄に「42」とそれぞれ書き加え,実施年月日昭和63年3月25日の善玉コレステロ-ル欄の「39」を「36」と改める。 2 控訴人の当審における補充の主張に対する判断(1) 認定原判決が挙示する証拠及び下記証拠によ 年月日昭和63年3月25日の善玉コレステロ-ル欄の「39」を「36」と改める。 2 控訴人の当審における補充の主張に対する判断(1) 認定原判決が挙示する証拠及び下記証拠によれば,原判決が認定した事実(本判決による付加,訂正,削除後のもの)及び次の事実が認められる。 アコレステロ-ルなどが冠動脈の内膜内に沈着したりすると,動脈硬化を引き起こし,血管の内腔が狭くなる。動脈硬化を引き起こしあるいはそれを促進する因子として,他に,加齢,性,遺伝,高血圧,肥満,糖尿病,喫煙等が挙げられる。高血圧,肥満,糖尿病,喫煙は,食生活等の生活習慣と深くかかわりあう危険因子である(乙56)。 イ Aは,狭心症を発症した平成元年6月7日当時,次のような冠動脈疾患の危険因子を有していた。 (ア) 高脂血症Aは,昭和59年8月にH医院において高脂血症と診断され,以後内服薬の投与を受けており,血中総コレステロ-ル値は,H医院の検査で,昭和63年7月14日に282㎎/dl,同年12月21日に242㎎/dl,平成元年6月8日に279㎎/dlであった。日本動脈硬化学会によると,総コレステロ-ル値の適正域は200㎎/dl未満,境界域は200~219㎎/dl,高コレステロ-ル血症は220㎎/dl以上であり,乙第37号証に添付された文献7によると,220~259㎎/dlが軽度の異常,260~299㎎/dlが中等度の異常,300㎎/dl以上が高度の異常とされている。 (イ) 高血圧症Aは,昭和59年8 259㎎/dlが軽度の異常,260~299㎎/dlが中等度の異常,300㎎/dl以上が高度の異常とされている。 (イ) 高血圧症Aは,昭和59年8月にH医院において高血圧症と診断され,以後内服薬の投与を受けており,Aの血圧は,昭和63年4月1日の社内検診で156~86㎜Hg,同日のH医院の検査で150~90㎜Hg,以後,H医院の検査で,同年12月21日に148~86㎜Hg,平成元年1月19日に152~90㎜Hg,同年4月3日に148~80㎜Hg(ただし,社内検診),同年6月7日(狭心症発症日)に154~100㎜Hg,翌同月8日に134~90㎜Hg(ただし,I病院),同年7月11日に170~110㎜Hgであった。WHOは,140~90㎜Hgを正常限界とし,160~95㎜Hg以上を高血圧としている。 (ウ) 肥満Aの平成元年4月3日の体重は72.0㎏であり,その身長は161.5㎝であったから,BMIは27. 7と計算される。日本肥満学会は,BMIが20以上24未満を普通,24以上26.4未満を過体重,26.4以上を肥満としている。 (エ) 耐糖能異常Aが平成元年6月8日にI病院で検査を受けたときの空腹時の血糖値は119㎎/dlであり,軽度の耐糖能異常(空腹時110㎎/dl以上140㎎/dl以下)であった。この境界型の耐糖能異常も動脈硬化の危険因子と考えられている(乙46,47)。 (オ) 喫煙Aには長く喫煙の習慣があり,妻である控訴人の原審における供述によれ 境界型の耐糖能異常も動脈硬化の危険因子と考えられている(乙46,47)。 (オ) 喫煙Aには長く喫煙の習慣があり,妻である控訴人の原審における供述によれば,1日に10本位を吸っていた。 ウそのため,狭心症を発症した平成元年6月7日当時,Aの冠動脈には強い血管病変が生じていた。すなわち,Aの冠動脈は,その内膜内へのコレステロ-ル等の脂質の沈着などにより,動脈硬化を来しており,また,その内膜内にコレステロ-ル等の脂質を主体とする粥腫(アテロ-ム)がたまって肥厚性の病変(プラ-ク)が生じており,その部分で冠動脈の内腔が高度に狭められた状態(狭窄状態)にあり,そして,このプラ-クが破綻しやすい状態にあった。 もし何らかの原因でこのプラ-クが破綻すると,プラ-ク内の粥腫が冠動脈の内腔に流れ出し,これに血小板が付着するなどしてその部位に血栓が形成され,そして,その血栓が大きい場合には,もともとのその部分の狭窄とあいまってその部分で冠動脈が完全に閉塞され(狭窄度が概ね75%以上の場合),これによってその閉塞部位での血流が遮断されて途絶することになる。そのため,心臓の筋肉のうちこの冠動脈によって酸素と栄養を受けていた部分は壊死するに至る。これが心筋梗塞の発生の機序である。なお,心筋梗塞は,このほかに,冠動脈のれん縮によって起こることもある。 エ Aは,平成元年6月7日に初めて狭心症を発症してH医院を受診し,ニトロ-ル舌下錠の処方を受け,翌8日にはI病院を受診して心電図検査を受けるなどしたが,同年10月23日にH医院を受診して投薬を受 7日に初めて狭心症を発症してH医院を受診し,ニトロ-ル舌下錠の処方を受け,翌8日にはI病院を受診して心電図検査を受けるなどしたが,同年10月23日にH医院を受診して投薬を受けたのを最後にその後はH医院を受診せず,そのままにしていたため,本件発症の当日においては,Aの高脂血症は相当程度に悪化し,また,高血圧症はそのリバウンド(跳ね返り)現象もあってかなり危険な状態にあり(乙37),Aの冠動脈内膜内に形成されていた上記プラ-クは極めて破綻しやすい状態にあった(すなわち,いつ破綻してもおかしくない状態,換言すれば,いつ破綻するか予断を許さない状態にまで達していた。)。 オしかるところ,本件発症の当日である平成2年2月24日午後5時15分過ぎころ,何らかの原因により,Aの冠動脈内膜内の上記プラ-クが破綻し(以下,これを「本件破綻」という。),その部分に血栓が形成されて冠動脈の血流が遮断され(急性心筋梗塞),本件発症(Aの死亡)に至ったものである。 以上の事実が認められる。これに対し,控訴人は,平成元年6月7日にAが狭心症を発症したことはない旨を主張する。しかし,H医院のJ医師はAの当日の症状から狭心症と診断してニトロ-ル舌下錠を処方しているのであるから,控訴人のこの主張は採用することができない。たとえ,翌8日のI病院での安静時の心電図検査において不整脈や虚血性変化がみられなかったとしても,それをもってAの狭心症を否定することはできない。なぜなら,狭心症の発作がない状態で心電図検査をしても検査結果には表れないからである(乙37)。 (2) 判断アそこで,上記のプラ もってAの狭心症を否定することはできない。なぜなら,狭心症の発作がない状態で心電図検査をしても検査結果には表れないからである(乙37)。 (2) 判断アそこで,上記のプラ-クの破綻がAの業務によるものといえるか否か(条件的因果関係)について検討するに,以下の点を考慮すると,医学的・事実的にAの遂行した業務によって上記のプラ-クの破綻が生じたとはいい難いものというべきである。すなわち,(ア) 血管病変は原則的に業務と無関係に生じる疾病であり,それは長い年月の生活の営みの中で自然経過的に徐々に形成されて増悪するものである。その形成及び増悪に特定の職業との関連性はない。 (イ) しかし,血管病変は,業務による負荷が加わることによって本来のあるべき自然的経過を超えて(変えて)増悪することがある。 (ウ) Aには,前記のとおり,冠動脈に血管病変があった(冠動脈の内膜内に破綻しやすいプラ-クが形成されていた。)。 (エ) Aのこの血管病変は,Aのそれまでの日常生活の中で形成されて来たもので,昭和41年3月以降のB交通におけるバスの運転業務によって生じたものではない。 (オ) Aには,前記のとおり,本件発症当時,高脂血症,高血圧症,肥満,耐糖能異常の症状及び喫煙の習慣があり,特に,高脂血症は相当程度に悪化しており,高血圧症はかなり危険な状態にあった。 (カ) Aの本件発症前6か月間の乗務時間等は本件証拠上明らかでないが,Aの本件発症前1か月間(平成2年1月25日から同年2月24日まで)の乗務時間等は別紙勤務時間表のとお (カ) Aの本件発症前6か月間の乗務時間等は本件証拠上明らかでないが,Aの本件発症前1か月間(平成2年1月25日から同年2月24日まで)の乗務時間等は別紙勤務時間表のとおりであり,その延べ乗務時間(出庫から入庫までの時間)は252時間22分であり,延べ運転時間(タコグラフに記録された実際の運転時間)は113時間27分であった。 これによれば,公休日3日を含む1日当たりの乗務時間は8時間08分であるが,運転時間は3時間39分にすぎない。そして,Aの本件発症前3週間(同年2月1日から24日まで)の勤務をB交通でAと年齢や経験をほぼ同じくする他の貸切バスの運転士10名と比較すると,その拘束時間(始業点呼から終業点呼までの時間),乗務時間(出庫から入庫までの時間)及び運転時間(タコグラフに記録された実際の運転時間)のいずれにおいてもほとんど差異はないから(乙50ないし52の各1ないし24,54の1ないし10),Aの本件発症前1か月間の業務が過重であったとはいえない。 (キ) Aの本件発症前1週間(同年2月17日から23日まで)の乗務時間等は,別紙勤務時間表のとおり,延べ乗務時間が56時間50分,延べ運転時間が27時間57分であった。 これによれば,公休日1日を含む1日当たりの乗務時間は8時間07分であり,また,その間の乗務は出張貸切乗務であったり定期乗務であったり,始業点呼時刻も早いときは午前5時14分であったり遅いときは午後4時14分であったりして,その点では不規則な勤務ではあるが,しかし,この期間の1日当たりの運転時間は3時間59 呼時刻も早いときは午前5時14分であったり遅いときは午後4時14分であったりして,その点では不規則な勤務ではあるが,しかし,この期間の1日当たりの運転時間は3時間59分にすぎず,しかも,中間日である2月20日には公休日がとれており,さらに,出張貸切乗務についても運転士2名での交替乗務であり,Aにとっては出張貸切乗務は日常的なことでこれには慣れていたものと推認され,そして,2月21日から23日まではいずれも定期乗務であったことを考慮すると,Aの本件発症前1週間の業務もなお過重であったとはいえないというべきである。 (ク) Aの本件発症の日の前日(同年2月23日)の業務は定期乗務であり,乗務時間は7時間20分,運転時間は5時間55分であって,運転時間がやや長いとはいえるが,午後2時30分には終業点呼を受けており,その業務が特に過重であったとはいえないというべきである。 (ケ) Aの発症当日(同年2月24日)の業務は貸切乗務であり,その乗務時間は14時間05分(午前4時25分から午後6時30分まで)であるが,運転時間はわずか2時間35分にすぎず(①午前7時ころ山形県庁発 ~ 国道286号線 ~ 川崎インタ-チェンジ ~ 東北自動車道 ~ 8時40分ころ安達太良サ-ビスエリア着,②10時30分ころ上河内サ-ビスエリア発 ~ 10時45分ころ大谷パ-キングエリア着,③11時ころ大谷パ-キングエリア発 ~ 11時50分ころ蓮田サ-ビスエリア着),格別過重な業務であったとはいえない。 (コ) たしかに,発症当日,Aは2つ 着,③11時ころ大谷パ-キングエリア発 ~ 11時50分ころ蓮田サ-ビスエリア着),格別過重な業務であったとはいえない。 (コ) たしかに,発症当日,Aは2つの突発的な出来事に遭遇している。 しかし,暖房器の故障については,乗客からの非難や追及は特になく,代車を用意することで乗客の理解と納得が得られたのであり,現に大谷パ-キングエリアで代車が待っており,また,米軍バスとの接触事故については,それはサイドミラ-とウインドウガラスの破損という軽微な物損事故であり,その時に運転していたのはE運転士であってAではなく,かつ,米軍バスの一方的過失であり,そして,ある程度英語のできるC添乗員が米軍バスの責任者との交渉に当たり,後日請求書を送るということで話合いがついており,しかも,酒々井パ-キングエリアを予定時刻よりもかなり早く出発しようとしていたため(成田空港への到着予定時刻は午後4時であったが,酒々井パ-キングエリアを出発しようとしていたのは午後2時50分ころであった。なお,酒々井パ-キングエリアから成田空港までは車で約15分である。),米軍バスの責任者との話合いや警察の実況見分の際に成田空港への到着時刻を心配する必要性は全くなかったのである。そうとすれば,これらの出来事がバスの運転歴20年を超えるベテラン運転士のAにそれほどの精神的ストレスを与えたものとは思われず,現にAもこれらについて特に気に病んでいる様子はなかったというのである(原審証人E)。そうとすれば,これら2つの出来事が引き金となって上記のプラ-クの破綻(本件 思われず,現にAもこれらについて特に気に病んでいる様子はなかったというのである(原審証人E)。そうとすれば,これら2つの出来事が引き金となって上記のプラ-クの破綻(本件破綻)が生じたともいい難いものというべきである。 (サ) さらに,上記(カ)ないし(ケ)からすれば,本件発症前6か月間のAの業務がAに慢性的な疲労を生じさせて疲労を蓄積させていったものであるとも推認し難い。 イ結局,本件発症(Aの死亡)は,Aの冠動脈の内膜内に生じたプラ-クが業務によらない何らかの原因によって破綻したために起きたものすなわちAの通常の生活の中で自然経過的に破綻して発症したものというべきである(それが生じたのがたまたま平成2年2月24日午後5時15分過ぎころである。)。 ウ仮に,以上の点をしばらくおき,Aが本件発症当日に遭遇した突発的な出来事があるいはそれとそれ以前の業務とがあいまって血圧変動等を生じさせ,それが直接的な引き金となってプラ-クが破綻する(本件破綻)に至ったとしても(すなわち,条件的因果関係を認めるとしても),法的にこのプラ-クの破綻がAの業務に起因するものといえるためには(すなわち,相当因果関係があるといえるためには),その突発的な出来事があるいはそれとそれ以前の業務とがプラ-クの本来的破綻の時期を著しく早めて本件破綻に至らしめたといえること,すなわち,突発的な出来事とそれ以前の業務とが仮に存在しなかったとした場合に自然経過的に生じていたであろうプラ-クの破綻の時期がその突発的な出来事あるいはそれとそれ以前の業務とによって著しく早められ とそれ以前の業務とが仮に存在しなかったとした場合に自然経過的に生じていたであろうプラ-クの破綻の時期がその突発的な出来事あるいはそれとそれ以前の業務とによって著しく早められて本件破綻に至ったものといえることが必要であるというべきところ,上記のとおり,Aの遭遇した突発的な出来事がAに精神的ストレスを生じさせるものであったとはいい難く,また,Aのそれ以前の業務が過重であったともいい難いのであるから,換言すれば,「いつ破綻してもおかしくない状態にあったプラ-クの存在」と「突発的な出来事あるいはそれとそれ以前の業務」とを比較して,プラ-クの破綻につき,前者より後者により強い原因があったものすなわち後者が前者よりより有力に作用したものとは評価し得ないというべきであるから,Aの本件発症(死亡)をその「業務に起因することの明らかな疾病」(労働基準法施行規則別表第一の二第九号)ということはできないものというべきである。 エしたがって,被控訴人が平成3年3月26日付けでした遺族補償給付及び葬祭料の支給をしない旨の本件処分は適法である。 3 よって,控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,控訴費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。 仙台高等裁判所第二民事部裁判長裁判官原田敏章 裁判官栗栖勲 裁判官比佐和枝 裁判官栗栖勲 裁判官比佐和枝
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