28,953 文字
主文 1 被告は,原告に対し,7320万8274円及びこれに対する平成4年7月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。2 原告のその余の請求を棄却する。3 訴訟費用は,これを5分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告は,1000万円の担保を立てて,この仮執行を免れることができる。事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 原告(1) 被告は,原告に対し,1億8934万8299円及びこれに対する平成4年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(2) 訴訟費用は,被告の負担とする。(3) 仮執行宣言 2 被告(1) 原告の請求を棄却する。(2) 訴訟費用は原告の負担とする。(3) 立担保による仮執行免脱宣言第2 事案の概要本件は,前交通動脈瘤破裂によるクモ膜下出血を発症し,被告が開設する岩見沢市立総合病院(以下「被告病院」という。)脳外科で受診し,動脈瘤クリッピング術及びV-Pシャント術(脳室と腹腔をチューブでつなぎ,脳室内に貯留した脳脊髄液を,脳室外に流す手術)を受けた原告について,被告病院医師が,動脈瘤クリッピングにより脳動脈の血流を遮断し脳梗塞を発症させ,また,原告のMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)保菌を知りつつ感染の防止,適切な経過観察,感染後の感染症発症防止,発症拡大防止の各措置を怠ったため,脳にMRSA感染症を発症させ,これらにより原告に痴呆等の精神障害を負わせたとして,原告が,被告に対し,債務不履行又は不法行為(選択的併合)に基づき,損害賠償1億8934万8299円及びこれに対する平成4年5月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。1 前 務不履行又は不法行為(選択的併合)に基づき,損害賠償1億8934万8299円及びこれに対する平成4年5月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 ,被告に対し,債務不履行又は不法行為(選択的併合)に基づき,損害賠償1億8934万8299円及びこれに対する平成4年5月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。1 前 務不履行又は不法行為(選択的併合)に基づき,損害賠償1億8934万8299円及びこれに対する平成4年5月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。1 前提となる事実(争いのない事実以外については証拠等を併記)(1) 診療経過ア原告(昭和29年1月26日生)は,平成4年4月1日(以下,断りのない限り,日付けはすべて平成4年のものである。),突然の激しい頭痛,吐き気等の症状を起こして被告病院に救急搬送され,CT,造影検査等の結果,前交通動脈瘤破裂によるクモ膜下出血と診断された。同日,原告と被告との間で,原告の疾病について,診療契約が締結された。イ被告病院脳外科医師(DないしE。以下「担当医師」という。)は,4月2日,動脈瘤への血行を遮断するため,開頭,脳動脈瘤クリッピング術を施行した。ウ 4月8日,脳CT検査が行われたが,両側前頭葉に低吸収域(CT写真上黒っぽく写る部分のこと)が認められた。エ担当医師は,5月8日,開頭部分の頭蓋骨形成術とともに,脳室内に貯留する脳脊髄液を排出するため,脳室と腹腔をチューブでつなぐV-Pシャント術を施行した。オ原告は,6月2日から訴えていた腹痛(乙18,44)が激しくなったため,同月3日,被告病院外科医師の執刀により開腹手術を行ったところ,汎発性腹膜炎を発症していた。担当医師は,同日,V-Pシャントチューブの腹腔側を抜去し,体外に出して,脳室ドレナージとしたほか,腹腔内ドレーンの設置及び腹腔内洗浄を行った。同日採取された腹水及びシャントチューブからは,MRSAが検出され(乙507),腹膜炎の原因はMRSA感染症であることが判明した。更に,髄液所見は,外観所見は無色透明,細胞数308/3,総糖定量は72㎎/dlであり,担当医師は,髄膜炎と診断した RSAが検出され(乙507),腹膜炎の原因はMRSA感染症であることが判明した。更に,髄液所見は,外観所見は無色透明,細胞数308/3,総糖定量は72㎎/dlであり,担当医師は,髄膜炎と診断した(乙449,弁論の全趣旨)。カ担当医師は,6月10日,髄膜炎に対する処置として,新たに髄膜液ドレナージ挿管をし,髄腔内に抗生物質の投与を続け,胸部から外に出ていた脳室ドレナージを前胸部で切断して,シャントチューブを結紮の上,皮下に埋設した。 炎の原因はMRSA感染症であることが判明した。更に,髄液所見は,外観所見は無色透明,細胞数308/3,総糖定量は72㎎/dlであり,担当医師は,髄膜炎と診断した(乙449,弁論の全趣旨)。カ担当医師は,6月10日,髄膜炎に対する処置として,新たに髄膜液ドレナージ挿管をし,髄腔内に抗生物質の投与を続け,胸部から外に出ていた脳室ドレナージを前胸部で切断して,シャントチューブを結紮の上,皮下に埋設した。キ 7月4日になって,髄液所見は改善したが,同月20日のCTの結果,右大脳に低吸収域があり,また,CTにより脳膿瘍の所見が得られた。担当医師は,同日,シャントチューブの脳室側も抜去した。担当医師は,同月29日,脳膿瘍に対して排膿術を行い,脳膿瘍ドレーンを設置した。膿からはMRSAが検出され,脳膿瘍はMRSA感染症であることが判明した。担当医師は,8月26日,原告に対し再度V-Pシャントを設置した。その後,原告の脳室内に,感染症による脳室炎のため隔壁が形成され,脳室が2つに分かれたため,担当医師は2か所にV-Pシャントを挿入した。ク原告は,平成5年8月2日退院したが,その後も,痴呆,高次脳機能障害の症状がある(甲1)。ケ原告は,平成9年5月26日,札幌家庭裁判所から禁治産者とする旨の審判を受け,同審判は同年6月11日確定し,妻のFが後見人となった。Fは,平成14年3月17日死亡し,平成15年6月4日,Gが原告の成年後見人に選任された(弁論の全趣旨)。(2) 細菌学的検査ア原告については,4月16日に痰から,同月24日にIVH(中心静脈栄養)カテーテル先から,5月15日及び同月21日に痰から,6月8日にV-Pシャントから,同月9日に腹部創部から,同月15日に痰及び便から,同月26日に痰 6日に痰から,同月24日にIVH(中心静脈栄養)カテーテル先から,5月15日及び同月21日に痰から,6月8日にV-Pシャントから,同月9日に腹部創部から,同月15日に痰及び便から,同月26日に痰及び便から,7月2日に胸部浸出液から,同月10日に胸部から,同月12日に痰から,同月20日にシャントチューブから,同月29日に脳膿瘍から(前記のとおり),同月30日に痰から,8月27日に痰から,それぞれMRSAが検出されていた。原告については,6月3日の腹膜炎手術後,抗生物質による腹腔内洗浄が行われていたが,細菌培養検査により,腹水からMRSAが培養されたため,これが判明した後,1週間程度,抗生物質としてバンコマイシンが使用された。 ,同月10日に胸部から,同月12日に痰から,同月20日にシャントチューブから,同月29日に脳膿瘍から(前記のとおり),同月30日に痰から,8月27日に痰から,それぞれMRSAが検出されていた。原告については,6月3日の腹膜炎手術後,抗生物質による腹腔内洗浄が行われていたが,細菌培養検査により,腹水からMRSAが培養されたため,これが判明した後,1週間程度,抗生物質としてバンコマイシンが使用された。イ原告の髄液の細菌学的検査は,5月8日,同月11日,6月12日,同月22日,同月25日,同月30日,7月3日,同月6日,同月8日,同月22日,同月31日,8月6日,同月10日,同月18日,同月25日にそれぞれ実施されたが,細菌培養検査の結果は,いずれもMRSA陰性であった(乙499,500,513,518,519,525,528,530,533,541,545,549,550,551,553)。(3) その他の検査結果ア血清学的検査炎症反応を示すCRP(C反応性蛋白)検査値(単位㎎/dl)は,5月12日が4.3,同月15日が1.3,同月18日が1.4,同月25日が0.4,6月3日が17.5,同月4日が26.7,同月19日が0.7等と推移した(乙311ないし317)。イ血液検査(白血球数)白血球数(μl当たり)は,4月10日の値が8700,同月11日が10500,同月13日が12100,同月14日が12300,同月15日が12600,同月16日が10000,同月17日が7400等と推移し(乙245ない )は,4月10日の値が8700,同月11日が10500,同月13日が12100,同月14日が12300,同月15日が12600,同月16日が10000,同月17日が7400等と推移し(乙245ないし253),5月7日が8100,同月9日が12200,同月12日が7000等と推移し(乙260ないし263),同月21日が6000,同月28日が5100,6月3日が10200,同月4日が12300,同月9日が10200等と推移した(乙267,269ないし273)。2 争点(1) 被告の責任原因についてア原告(ア) 担当医師には,以下の過誤があった。a クリッピング術の過誤担当医師は,脳動脈瘤クリッピング術により血管を挟み過ぎて脳の血流を遮断し,更に適切な経過観察を怠ったため,原告に前側前頭葉脳梗塞を生じさせた。 1日が6000,同月28日が5100,6月3日が10200,同月4日が12300,同月9日が10200等と推移した(乙267,269ないし273)。2 争点(1) 被告の責任原因についてア原告(ア) 担当医師には,以下の過誤があった。a クリッピング術の過誤担当医師は,脳動脈瘤クリッピング術により血管を挟み過ぎて脳の血流を遮断し,更に適切な経過観察を怠ったため,原告に前側前頭葉脳梗塞を生じさせた。原告の脳血管撮影においては,脳動脈瘤クリッピング術の後1か月以上経過した5月9日の写真上,両側前大脳動脈起始部から末梢方向に血管が細くなっているのが認められる。被告はこれをクモ膜下出血による脳血管れん縮によるものであると主張するけれども,① 脳血管れん縮は出血後5ないし9日程度の間に生じる可逆的現象であり,出血後1か月以上経過してみられることはないこと,② 前記のとおり前大脳動脈起始部から狭窄が生じており,血管全体がびまん的に細くなる脳血管れん縮の所見とは異なること,③ 狭窄は両側前大脳動脈にのみ生じており周辺血管にみられないこと,④ 出血及び脳動脈クリッピング術後間もない4月8日の脳CT検査で,前頭葉に脳梗塞様の陰影がみられたことは,脳血管れん縮によっては説明できないこと,⑤ 原告については,脳血管れん縮が生じ得るクモ膜下出血後間もない間は,前頭葉症状は軽度にとどまり,見舞客にも問題なく対応できるほど順調に回復してお ことは,脳血管れん縮によっては説明できないこと,⑤ 原告については,脳血管れん縮が生じ得るクモ膜下出血後間もない間は,前頭葉症状は軽度にとどまり,見舞客にも問題なく対応できるほど順調に回復しており,現在の精神障害の兆候が現われたのは,6月に入ってからである等,クモ膜下出血により脳血管れん縮が生じたとの主張と符合しないこと,⑥ 脳血管れん縮はクモ膜下出血後最も注意すべき症状であるのに,術後の診療録上,血管れん縮が疑われ,対処がされた形跡が何もないことに照らせば,原告に脳血管れん縮は生じていなかったものである。⑤につき,被告は,原告について4月中から健忘,作話等のコルサコフ症候群様の症状があったと主張するが,原告は,自己の病状に関する質問や看護婦の指示等,検査上重要な事項については正しく応答し,関連の少ないものについて誤答する等,質問の趣旨を踏まえて意識的に正答と誤答を使い分け,看護婦をからかっていたにすぎないと考えられる。 た形跡が何もないことに照らせば,原告に脳血管れん縮は生じていなかったものである。⑤につき,被告は,原告について4月中から健忘,作話等のコルサコフ症候群様の症状があったと主張するが,原告は,自己の病状に関する質問や看護婦の指示等,検査上重要な事項については正しく応答し,関連の少ないものについて誤答する等,質問の趣旨を踏まえて意識的に正答と誤答を使い分け,看護婦をからかっていたにすぎないと考えられる。原告がコルサコフ症候群様の症状を示していたというには,異常又は不自然な言動が一連の傾向として現われていなければならないが,原告の対応には自然なものと異常なものが入り交じっていることからして,上記の症状を示していたとはいえない。⑥につき,被告は,担当医師が原告に対し,大量輸液,血しょう製剤の使用,血圧維持等,脳血管れん縮防止のための措置を執ったと主張するが,この程度の措置は脳梗塞患者に対して用いられる定型的方法であり,脳血管れん縮を意識した特別なものとはいえない。bMRSA感染症への対応の過誤(a) 原告については,4月16日に痰から,同月24日にIVHカテーテル先から,MRSAが検出されている。すなわち,担当医師は,同月16日に原告がMRSAを保菌し,同月24日にはMRSAが血中にあって全身に蔓延している 4月16日に痰から,同月24日にIVHカテーテル先から,MRSAが検出されている。すなわち,担当医師は,同月16日に原告がMRSAを保菌し,同月24日にはMRSAが血中にあって全身に蔓延していることを認識していたのだから,少なくとも,5月8日にV-Pシャントを設置する際,シャントチューブから脳へとMRSAが感染することを防ぐため,バンコマイシンの投与等の万全の措置を執るべきであったのに,これを怠った。(b) 更に,原告については,V-Pシャント設置後の5月9日からこれを抜去する6月8日までの間,ボルタレン,メチロン等の解熱剤をほぼ毎日投与されたにもかかわらず,38度前後の高熱が続いており,その間腹痛,白血球数増加,CRP検査値の上昇等の感染症状を呈し,6月3日には腹膜炎を,同月10日は髄膜炎を発症し,更に7月2日には脳膿瘍の所見が得られた。この腹膜炎はMRSA感染症であり,髄膜炎及び脳膿瘍は,いずれもMRSA感染症によるものであり,担当医師は,前記のとおり,これに先立ち,原告がMRSAを保菌していたことや,V-Pシャント設置後に感染症状が生じたことを認識していたのだから,V-Pシャントを経由した感染又は体内異物であるV-Pシャント周辺におけるMRSAの活性化による感染の危険があることに注意して経過を観察し,遅くとも,6月3日に腹膜炎を発症した時点で,全シャントシステムを抜去すべきであったのに,これを放置した。 よるものであり,担当医師は,前記のとおり,これに先立ち,原告がMRSAを保菌していたことや,V-Pシャント設置後に感染症状が生じたことを認識していたのだから,V-Pシャントを経由した感染又は体内異物であるV-Pシャント周辺におけるMRSAの活性化による感染の危険があることに注意して経過を観察し,遅くとも,6月3日に腹膜炎を発症した時点で,全シャントシステムを抜去すべきであったのに,これを放置した。なお,原告の髄液検査ではMRSAは検出されていないが,髄液検査は一般に信頼性が低いことに加え,MRSAによる髄膜炎を生じた後,バンコマイシン等の抗生剤の髄液への移行が良好であったため,MRSAが検出されなかったと考えられる。これに対し,閉鎖領域であり,抗生剤が移行しにくい脳膿瘍からは,MRSAが検出されたものである。し バンコマイシン等の抗生剤の髄液への移行が良好であったため,MRSAが検出されなかったと考えられる。これに対し,閉鎖領域であり,抗生剤が移行しにくい脳膿瘍からは,MRSAが検出されたものである。したがって上記の事実は髄膜炎がMRSA感染症であることと矛盾しない。(イ)a 原告は,MRSAが体内に入り,感染を起こした結果,髄膜炎を発症し,感染が腹腔内に広がって腹膜炎を併発し,更に脳内に感染が拡大して脳膿瘍,周囲の脳炎,脳浮腫,髄膜炎及び脳室炎の発症による水頭症並びに脳室内隔壁形成による大脳機能障害を起こし,これにより,重篤な精神障害がもたらされるに至ったものである。被告は,脳膿瘍は原告の症状と関係がないというが,脳膿瘍の部位,大きさに照らし,原告の症状に影響を及ぼしたのは明らかである。b または,担当医師は,動脈瘤クリッピング術に際し,両側前大脳動脈の血流を遮断させて前側前頭葉脳梗塞を発症させ,これとaとの競合により,重篤な精神障害がもたらされたものである。c したがって,被告は,民法415条,709条,715条に基づき,原告に対し損害賠償金の支払義務を負う。イ被告(ア) 原告に精神障害が生じた原因は,① クモ膜下出血発症の時点で,左大脳内に血腫が形成され,左大脳前頭葉が損傷したこと,② 左右前頭葉内側での手術操作の際,手術スペースを確保するために脳ベラにより脳を圧迫したこと等の理由から左右前頭葉内側に損傷が生じたこと,③ クモ膜下出血後の脳血管れん縮による脳の虚血にあるものと考えられ,クリッピング術や手術後の脳膿瘍等によるものではない。 払義務を負う。イ被告(ア) 原告に精神障害が生じた原因は,① クモ膜下出血発症の時点で,左大脳内に血腫が形成され,左大脳前頭葉が損傷したこと,② 左右前頭葉内側での手術操作の際,手術スペースを確保するために脳ベラにより脳を圧迫したこと等の理由から左右前頭葉内側に損傷が生じたこと,③ クモ膜下出血後の脳血管れん縮による脳の虚血にあるものと考えられ,クリッピング術や手術後の脳膿瘍等によるものではない。そして,①は疾病に伴うものであり,②は手術操作を可能にするためやむを得ないもので,③は,現在の医療水準でも解決不可能であるから,担当医師に過失があったとはいえない。(イ) クリッピング術の い。そして,①は疾病に伴うものであり,②は手術操作を可能にするためやむを得ないもので,③は,現在の医療水準でも解決不可能であるから,担当医師に過失があったとはいえない。(イ) クリッピング術の過誤についてa 原告は,クリッピング術の際の締め付け過ぎが原告の精神障害の一因となったと主張するが,脳血管写真によれば,原告の左前下脳動脈の狭窄は,クリップの部位に限局されたものではなく,起始部から,クリッピングの部位,更に末梢にまで至る広汎,びまん性のものであり,これは脳血管れん縮の典型的所見である。この狭窄がびまん性のものでないという原告の主張は根拠がない。また,原告の4月8日の脳CTでみられた陰影は,クモ膜下出血と同時に周辺脳に入り込んだ血腫を摘出したために生じたものであり,クリッピングの締め付け過ぎによる脳梗塞ではない。b 担当医師の脳動脈瘤クリッピング術は適切であった。また,使用されるステンレス製クリップの締め付け強度等は予め決まったものであり,術者の意思で強度を調整し得るものではないから,仮に締め付け過ぎたとしても,医療器材の構造上の問題であって,医師の過失にはならない。(ウ) 感染症への措置についてa 原告は,V-Pシャント設置後の脳膿瘍,髄膜炎,脳室炎等が原告の精神障害の原因となったと主張するが,① 一般に脳血管れん縮はクモ膜下出血患者に手術後高頻度で出現し,原告の出血の程度が該当するフィッシャー分類のグループⅢ(局所的に血塊があり,ないしは,垂直層の髄液槽内に1ミリメートル又はそれ以上の血液層を形成しているもの)の症例では,87パーセントの高率で生じるとされていること,② 原告には,脳膿瘍等を発症するより前の4月11日から,既に,健忘,作話,多弁等のコルサコフ症候群様の症状を呈し,知能の低下も来していること,③ モ膜下出血患者に手術後高頻度で出現し,原告の出血の程度が該当するフィッシャー分類のグループⅢ(局所的に血塊があり,ないしは,垂直層の髄液槽内に1ミリメートル又はそれ以上の血液層を形成しているもの)の症例では,87パーセントの高率で生じるとされていること,② 原告には,脳膿瘍等を発症するより前の4月11日から,既に,健忘,作話,多弁等のコルサコフ症候群様の症状を呈し,知能の低下も来していること,③ ,87パーセントの高率で生じるとされていること,② 原告には,脳膿瘍等を発症するより前の4月11日から,既に,健忘,作話,多弁等のコルサコフ症候群様の症状を呈し,知能の低下も来していること,③ 原告の症状はコルサコフ症候群様の症状,高次脳機能障害ということができるが,そのうちコルサコフ症候群は大脳辺縁系を中心とする病変により発症するもので,前頭葉障害による高次脳機能障害は,左右両側前頭葉に障害がある場合に多いといわれているのに,脳膿瘍は大脳右半球に限局されており,これらの症状と合致しないこと,④ 原告の症状は,禁治産宣告審判手続の資料となった検査(ベントン視覚記銘検査)結果にあるとおり左脳の障害を示唆しており,左脳の脳血管れん縮と符合することからして,脳血管れん縮によるものである。なお,②につき,原告は,質問事項によって正答と誤答を使い分け,看護婦をからかっていたもので,コルサコフ症候群様の症状があったわけではない旨主張するけれども,原告は自己の病状についてさえ見当違いの答えをしていることがあった。また,コルサコフ症候群様の症状においては,健忘,失見当識から正答と誤答・作話が入り交じるものであるから,正答するときがあるからといって症状がないとはいえない。また原告は,5月中には,厳禁されている喫煙をしたり,便失禁しており,これらは意識的な行動とは考え難い。原告は,脳血管れん縮は一過性のもので,出血後1か月経過後にみられることはないというが,強い脳血管れん縮がみられた場合には,本件のように脳動脈クリッピング術後37日目に脳血管れん縮が残存することはあり得る。原告は,担当医師が脳血管れん縮への対処を何も執っていないことから脳血管れん縮はなかったというが,担当医師は,大量の輸液,血しょう製剤の使用,血圧維持等の措置を執っている。存することはあり得る。原告は,担当医師が脳血管れん縮への対処を何も執っていないことから脳血管れん縮はなかったというが,担当医師は,大量の輸液,血しょう製剤の使用,血圧維持等の措置を執っている。 脳血管れん縮が残存することはあり得る。原告は,担当医師が脳血管れん縮への対処を何も執っていないことから脳血管れん縮はなかったというが,担当医師は,大量の輸液,血しょう製剤の使用,血圧維持等の措置を執っている。存することはあり得る。原告は,担当医師が脳血管れん縮への対処を何も執っていないことから脳血管れん縮はなかったというが,担当医師は,大量の輸液,血しょう製剤の使用,血圧維持等の措置を執っている。b 原告は,原告がV-Pシャント設置翌日の5月9日から腹膜炎が判明する6月8日までの間の症状をすべてMRSA感染症である旨主張するけれども,5月25日から腹膜炎を発症する6月3日までの間,原告の体温は平熱に戻っており,炎症症状は全くないことからして,シャント設置直後の症状は,MRSA感染症である6月3日以降の症状とは関係がない。個別の症状をみても,原告は,V-Pシャント設置後,シャントチューブに沿った痛みを訴えているが,皮下にチューブを設置する際には,通常数日間の発赤や痛みを伴うものであるから,これ自体は感染症を疑わせるものではない。CRP値の上昇も,手術に伴う一時的なものである。また,原告はその後感染症状を呈したが,5月18日尿路感染と診断され,治療の結果改善しているから,MRSA感染症と関係はない。原告は,6月3日腹膜炎発症の時点で,全シャントシステムを抜去すべきであったと主張するが,同時点ではシャントチューブに沿った炎症反応はなく,髄膜炎も軽微であったから,担当医師がシャントチューブの腹腔端を切断し,残りを胸壁から出して髄液の流れを図るという措置を執ったことに過失はない。原告は,髄膜炎がMRSA感染症であると主張するけれども,髄液からはMRSAは一度も検出されていないから,根拠がない。原告の脳膿瘍がMRSA感染症であることは事実であり,これにより,原告に一時的な意識障害,上下肢の麻痺等がみられているが,脳膿瘍はその後の治療により完治し,症状は消失しているから,原告の現在の精神症状とは関係がない。(2) 損害についてア原告 れにより,原告に一時的な意識障害,上下肢の麻痺等がみられているが,脳膿瘍はその後の治療により完治し,症状は消失しているから,原告の現在の精神症状とは関係がない。(2) 損害についてア原告原告は,本件事故により,以下のとおり,合計1億8934万8299円の損害を被った。 ているが,脳膿瘍はその後の治療により完治し,症状は消失しているから,原告の現在の精神症状とは関係がない。(2) 損害についてア原告 れにより,原告に一時的な意識障害,上下肢の麻痺等がみられているが,脳膿瘍はその後の治療により完治し,症状は消失しているから,原告の現在の精神症状とは関係がない。(2) 損害についてア原告原告は,本件事故により,以下のとおり,合計1億8934万8299円の損害を被った。(ア) 治療費自己負担分 4万4341円(イ) 入院雑費 60万2400円原告は,4月1日から平成5年8月5日まで及び平成6年4月9日から同月18日までの合計502日間の入院を余儀なくされ,1日当たり1200円,合計60万2400円の入院雑費の損害を受けた。(ウ) 逸失利益 8772万0012円原告は,本件事故により,痴呆,高次脳機能障害が残存,固定し,12月7日には身体障害者等級1級の認定,平成5年10月2日には精神障害による特別手当の認定を受け,平成9年5月26日には札幌家庭裁判所において禁治産宣告の審判を受けた。原告の症状は,8月26日にV-Pシャントを再度装着して以降,急激に悪化し,その精神年齢は中学生以下となり,妻子の確認すらできないという状態になり,以後改善はみられない。よって,原告の後遺障害は,遅くとも平成5年8月5日の退院時までには固定した。原告の後遺障害は,後遺障害等級第1級の3に該当し,労働能力喪失率は100パーセントである。原告は,昭和29年1月26日生まれで,上記症状固定時39歳であり,労働能力喪失期間は28年間である。原告は,本件事故当時,Jに勤務し,平成3年分の給与所得は521万5494円,平成4年は538万5015円であった。そして,平成7年賃金センサスの企業規模計,男子労働者,学歴計,39歳の年収は,588万8000円であるところ,原告の実収入は,これに近い金額であり,原告は,J職員という,将来 5015円であった。そして,平成7年賃金センサスの企業規模計,男子労働者,学歴計,39歳の年収は,588万8000円であるところ,原告の実収入は,これに近い金額であり,原告は,J職員という,将来の昇給が確実な職にあったから,逸失利益については,賃金センサスの額を用いて計算するのが妥当である。そして,喪失期間に対応するライプニッツ係数は14.8981であるから,その逸失利益は,次式のとおり,8772万0012円となる。 そして,平成7年賃金センサスの企業規模計,男子労働者,学歴計,39歳の年収は,588万8000円であるところ,原告の実収入は,これに近い金額であり,原告は,J職員という,将来の昇給が確実な職にあったから,逸失利益については,賃金センサスの額を用いて計算するのが妥当である。そして,喪失期間に対応するライプニッツ係数は14.8981であるから,その逸失利益は,次式のとおり,8772万0012円となる。588万8000円×1.00×14.8981=8772万0012円(エ) 入院慰謝料 500万円原告は,入院当初,3か月間の入院加療が予定されていたが,本件事故により,1年5か月にも及ぶ長期の入院を強いられたから,その慰謝料としては,500万円が相当である。(オ) 後遺障害慰謝料 2800万円(カ) 付添看護費用 5098万1546円原告は,痴呆,高次脳機能障害という後遺障害により,日常生活上の起床,着替え,入浴,洗髪,食事等の全てをF(現在は死亡)らのその都度の指示,介助を要する状態である。外出も,迷子になり,警察に保護されるので,1人で外へ出すことはできず,常に看護を要する状態である。症状固定日(平成5年8月5日)から平成15年5月21日まで3578日分の近親者看護費用を1日あたり5500円で計算すると,看護費用は1967万9000円となる。また,平成15年5月21日時点での原告の平均余命は31年であり,ライプニッツ係数15.5928により中間利息を控除すると,同日以後の看護費用は,次式により3130万2546円となる。5500円×365日×15.5928=3130万2546円(キ) 弁護士費用 1700万円イ被告原告の主張は争う。逸失利益については,本件事故前の現実収入額に基づいて算定す 6円となる。5500円×365日×15.5928=3130万2546円(キ) 弁護士費用 1700万円イ被告原告の主張は争う。逸失利益については,本件事故前の現実収入額に基づいて算定すべきである。また,地方公務員は60歳定年であり,それ以後も同様の収入を得ることができるとの前提で算定することは誤りである。第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(被告の責任原因)のうち,クリッピング術の過誤の有無について(1) 証拠(乙27,613,620,D証人,E証人)によれば,ヒトの脳の血管とクリッピングないしトラッピングについて,以下のとおり認められる。 本件事故前の現実収入額に基づいて算定すべきである。また,地方公務員は60歳定年であり,それ以後も同様の収入を得ることができるとの前提で算定することは誤りである。第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(被告の責任原因)のうち,クリッピング術の過誤の有無について(1) 証拠(乙27,613,620,D証人,E証人)によれば,ヒトの脳の血管とクリッピングないしトラッピングについて,以下のとおり認められる。すなわち,左右の内頚動脈から分岐した各前大脳動脈は,その中途において,交通動脈により橋渡しの形で結ばれており,左右の前大脳動脈と前交通動脈とでH字型を形成している。前大脳動脈は,交通動脈よりも心臓側をA1分節,末梢側をA2分節と呼ぶ。血流は,左前大脳動脈A1分節から前交通動脈を経て右前大脳動脈A2分節へ行く流れと,右前大脳動脈A1分節から前交通動脈を経て左前大脳動脈A2分節へ行く流れのほか,左右の各前大脳動脈において,前交通動脈を経ないで,A1分節からA2分節へ行く流れもあるため,クリップで前交通動脈を完全に挟み,その血流を遮断しても,一般に,各前大脳動脈のA2分節への血流は保持される。そのため,前交通動脈瘤破裂の治療に際しては,破裂点が瘤の頚部(動脈瘤と血管の接する部分,すなわち,瘤の根元に当たる箇所)にある場合,瘤のみを挟んでも再出血を必ずしも予防できないため,母血管である前交通動脈中の動脈瘤の前後2か所において,クリップで血管を完全に挟み,動脈瘤への血流を遮断する方法が選択されることがある。この方法を,クリッピングの中でも特にトラッピングという。4月2日の手術において,原告の前 脈瘤の前後2か所において,クリップで血管を完全に挟み,動脈瘤への血流を遮断する方法が選択されることがある。この方法を,クリッピングの中でも特にトラッピングという。4月2日の手術において,原告の前交通動脈瘤の破裂点が頚部にあったため,担当医師は,トラッピングを施行した。(2) 証拠(甲17,乙1,590,605,606,610,611の1,613,E証人)によれば,脳血管れん縮について,以下のとおり認められる。すなわち,脳血管れん縮は,脳の血管が糸のように細くなる現象で,虚血症状,ひいては脳梗塞をもたらすことがある。脳血管れん縮は,クモ膜下出血患者の術後にみられ,ある統計によれば,その47パーセントに発生し,原告のように,クモ膜下出血の程度がフィッシャー分類のグループⅢであれば,その87パーセントに出現する。 6,610,611の1,613,E証人)によれば,脳血管れん縮について,以下のとおり認められる。すなわち,脳血管れん縮は,脳の血管が糸のように細くなる現象で,虚血症状,ひいては脳梗塞をもたらすことがある。脳血管れん縮は,クモ膜下出血患者の術後にみられ,ある統計によれば,その47パーセントに発生し,原告のように,クモ膜下出血の程度がフィッシャー分類のグループⅢであれば,その87パーセントに出現する。脳血管れん縮には,手術直後に発生し,短時間に消失する早期れん縮と,クモ膜下出血後1,2週間後に発生し,長時間持続する遅発性れん縮の2種類がある。また,多くはびまん性であるが,限局性のものもある。一般に,脳血管れん縮は,1か月程度の間に正常に復する可逆的な現象であるが,血管が器質的に変化し,かなり長期にわたって血管の狭窄を示す場合もある。ある統計によれば,脳血管れん縮の70パーセントのものが,クモ膜下出血後4日目から13日目の間に発生し,28日目には正常に復したが,他の統計によれば,れん縮のみられた14名の患者のうち,11名はクモ膜下出血後33日以内にれん縮が消失し,3名は,それぞれ35日,45日,57日経過しても残存した。脳血管れん縮の原因は不明であり,根本的な治療法もないが,一応,循環血液量の増加や高血圧療法等が予防と治療に有効であるとされ,一般に,大量の輸液,血しょう蛋白,ザヴィオゾール,昇圧剤の投与がされている。(3) 原因は不明であり,根本的な治療法もないが,一応,循環血液量の増加や高血圧療法等が予防と治療に有効であるとされ,一般に,大量の輸液,血しょう蛋白,ザヴィオゾール,昇圧剤の投与がされている。(3) 証拠(乙570ないし572,K証人,E証人)によれば,5月7日の脳血管撮影の写真上,原告の左前大脳動脈は,そのA1分節の中央部付近から末梢方向へ向けて狭窄し,A2分節も細く写っており,狭窄して写っている部分の長さは100ミリメートル以上であること,他の血管には狭窄はみられないことが認められる。(4)ア原告は,上記(3)のような原告の左前大脳動脈の状況について,クリップの挟み過ぎにより血流が不足したためであると主張し,証拠中にも,これに副う見解を述べるものがある。すなわち,甲8及びK証人は,クリップの片方の位置が悪く,前交通動脈のみならず,左前大脳動脈との分岐部までも挟み込んでしまい,左前大脳動脈のA2分節への血流が極端に少なくなったことにより,脳血管撮影上,A2分節が細く写っているのであり,脳血管れん縮により細くなっているのではないとする。 況について,クリップの挟み過ぎにより血流が不足したためであると主張し,証拠中にも,これに副う見解を述べるものがある。すなわち,甲8及びK証人は,クリップの片方の位置が悪く,前交通動脈のみならず,左前大脳動脈との分岐部までも挟み込んでしまい,左前大脳動脈のA2分節への血流が極端に少なくなったことにより,脳血管撮影上,A2分節が細く写っているのであり,脳血管れん縮により細くなっているのではないとする。また,鑑定も,トラッピングの位置が不適切で,クリップ部で左大脳動脈の狭窄を来したことが疑われるとする。イ確かに,前記(2)判示のとおり,脳血管れん縮の多くはびまん性,可逆性のもので,出血後1か月以内に正常に復するところ,原告の左前大脳動脈の狭窄は,左前大脳動脈以外の血管にはみられなかった点,また,出血後1か月以上経過した時点でもみられた点において,上記の一般的特徴とは異なる。しかし,同判示のように,少数ではあるが,限局性のれん縮もあるし,出血後45日以上経過した時点でもれん縮がみられた例があり,原告の所見は,脳血管れん縮のそれと矛盾するとまではいい難い。ウ証拠(甲18,19,乙570ないし57 はあるが,限局性のれん縮もあるし,出血後45日以上経過した時点でもれん縮がみられた例があり,原告の所見は,脳血管れん縮のそれと矛盾するとまではいい難い。ウ証拠(甲18,19,乙570ないし572,K証人)によれば,5月7日の原告の脳血管撮影の写真では,左前大脳動脈がA2分節の途中から写っていないところ,甲8及びK証人は,脳血管れん縮の場合,血管全体が細くなり,脳血管撮影では末梢まで写る筈であり,原告の上記所見は脳血管れん縮のものとは異なるとする。しかし,れん縮の程度が強い場合に,末梢部分の血流が完全に途絶えて,造影剤が行き渡らず,末梢部分が脳血管写真に写らなくなる可能性も考えられるから,すべての脳血管れん縮が,末梢まで写るかどうかは不明であり,上記のような所見から,直ちに,脳血管れん縮を否定することはできない。エ原告の入院診療録である乙1には,脳血管れん縮の記載は全くなく,このことは,一応,担当医師において,脳血管れん縮を認識しておらず,ひいては,客観的にも,脳血管れん縮が生じていないことを疑わせなくはない。しかし,各月の診療後ほどなく作成されたと推認される4月分から6月分の診療報酬明細書(乙607ないし609)には,脳血管れん縮の病名が記載されている。 ら,直ちに,脳血管れん縮を否定することはできない。エ原告の入院診療録である乙1には,脳血管れん縮の記載は全くなく,このことは,一応,担当医師において,脳血管れん縮を認識しておらず,ひいては,客観的にも,脳血管れん縮が生じていないことを疑わせなくはない。しかし,各月の診療後ほどなく作成されたと推認される4月分から6月分の診療報酬明細書(乙607ないし609)には,脳血管れん縮の病名が記載されている。また,前記(2)のとおり,クモ膜下出血の程度がフィッシャー分類のグループⅢであれば,殆どの患者に脳血管れん縮が発生するので,わざわざ記載しなかったとのD証言も,一概に信用性を否定し難い。5月7日の脳血管撮影で左前大脳動脈に狭窄がみられたことは明らかであり,仮に,担当医師が脳血管れん縮を認識していなかったなら,他のこの狭窄につき他の病名等を診療録に記載して然るべきであるのに,全く記載していないことは,かえって,担当医師が,クモ膜下出血後一般的に生じる脳血管れん縮であると認識し を認識していなかったなら,他のこの狭窄につき他の病名等を診療録に記載して然るべきであるのに,全く記載していないことは,かえって,担当医師が,クモ膜下出血後一般的に生じる脳血管れん縮であると認識していたことを裏付けるともいえる。また,証拠(乙13,14,19,20,230,605,613,D証人)によれば,原告に対しては,4月2日の手術直後から,大量の輸液がされ,4月3日から同月15日まで血漿蛋白であるアルブミンが点滴使用され,脳循環改善の目的で,ザヴィオゾールも点滴され,4月7日からは,血圧を高く維持するため,昇圧剤であるカタボンを投与し,同月10日からは,クモ膜下出血後の脳血管れん縮による脳虚血予防の薬剤であるエコナールも点滴使用されたことが認められるところ,これらは,前記(2)判示のような,脳血管れん縮の治療として一般に採られている方法である。原告は,この程度の措置は脳梗塞患者に対して定型的に用いられる,いわばルーチンの方法であり,脳血管れん縮を意識した特別なものとはいえないと主張し,K証人も同旨の証言をするけれども,上記の各措置は,前記(2)判示のような脳血管れん縮に対して採られている予防,治療法と符合し,担当医師が脳血管れん縮を意識していなかったと断定することはできない。オなお,証拠(乙575,611の1,D証人)によれば,4月8日撮影したCT写真上みられる両側前頭葉内側の脳梗塞様の低吸収域は,クモ膜下出血後の脳血管れん縮によるものとしては発生が早期に過ぎるということができる。 人も同旨の証言をするけれども,上記の各措置は,前記(2)判示のような脳血管れん縮に対して採られている予防,治療法と符合し,担当医師が脳血管れん縮を意識していなかったと断定することはできない。オなお,証拠(乙575,611の1,D証人)によれば,4月8日撮影したCT写真上みられる両側前頭葉内側の脳梗塞様の低吸収域は,クモ膜下出血後の脳血管れん縮によるものとしては発生が早期に過ぎるということができる。しかし,証拠(D証人,鑑定)に照らすと,この低吸収域は,同月2日の手術における脳ベラによる脳の圧排による挫傷によると認めるのが合理的であり,左前大脳動脈の狭窄とは関係がなく,この低吸収域の所見によって,クリッピングの過誤を裏付けることはできない。は,同月2日の手術における脳ベラによる脳の圧排による挫傷によると認めるのが合理的であり,左前大脳動脈の狭窄とは関係がなく,この低吸収域の所見によって,クリッピングの過誤を裏付けることはできない。カそして,クリップを挟む位置を誤り,血流を阻害している場合には,クリップで挟んでいる箇所のみが狭くなる筈であり,その位置より心臓側の血管が狭窄することは考えられないにもかかわらず,前記(3)のとおり,原告の左前大脳動脈は,交通動脈との分岐点よりも心臓側の,A1分節の中途から狭窄している。鑑定も,この点については原因が不明であるとしており,K証人は,手術中一時的にクリップで脳血管の血流を遮断するテンポラルクリップ(E証人により,本件においてもこれがされたことが認められる。)の痕跡が残っている等,他の原因の可能性を指摘するものの,なお,その存在は不明確で,裏付けを欠く。また,クリップより末梢側の血管についても,K証人は,脳血管撮影のため注入された造影剤が,クリップで挟み込まれたことにより生じた血管内腔の狭い隙間から左前大脳動脈のA2分節にジェット状に流れるため,A2分節が細く写っていると考えられ,脳血管れん縮により血管が狭窄化しているのではないと述べる。しかし,クリップより末梢側のA2分節の血管内腔が細くなっていないならば,クリップの挟み込みにより生じた狭い隙間から細くジェット状に流れた造影剤は,やはりA2分節の内腔全体に広がり,A2分節は細く写らない筈であり,同証言のこの部分は採用できない。(5) 以上検討したように,5月7日の脳血管撮影上の所見は,脳血管れん縮ではなく,クリッピングの誤りによるとする前記証拠も,相応の説得力を有するが,とりわけ前記(4)カのように,クリップにより左前大脳動脈の一部を挟み込んだことからは説明のできない所 り生じた狭い隙間から細くジェット状に流れた造影剤は,やはりA2分節の内腔全体に広がり,A2分節は細く写らない筈であり,同証言のこの部分は採用できない。(5) 以上検討したように,5月7日の脳血管撮影上の所見は,脳血管れん縮ではなく,クリッピングの誤りによるとする前記証拠も,相応の説得力を有するが,とりわけ前記(4)カのように,クリップにより左前大脳動脈の一部を挟み込んだことからは説明のできない所 見は,脳血管れん縮ではなく,クリッピングの誤りによるとする前記証拠も,相応の説得力を有するが,とりわけ前記(4)カのように,クリップにより左前大脳動脈の一部を挟み込んだことからは説明のできない所見上の特徴がある。本件において,担当医師がクリッピングを誤ったと認めるには,なお,無視できない疑いが残り,この点に関する前記(4)アの原告の主張及びこれに副う証拠は,結局,採用することができない。2 争点(1)(被告の責任原因)のうち,MRSA感染症への対応の過誤について(1) 前記前提となる事実(2)アのとおり,原告については,4月16日に痰から,同月24日にIVHカテーテル先から,5月15日及び同月21日に痰から,それぞれMRSAが検出されている。しかし,証拠(乙592,613,D証人,E証人,鑑定)によれば,MRSAは,多くの抗生物質に耐性を示し,バンコマイシン等の一部の抗生物質の投与が有効とされるが,常在菌であり,感染症発症前の単なる保菌の段階で安易にバンコマイシン等を使用することは,菌の耐性化を促進するおそれがあるため,避けるべきであり,一般に,バンコマイシンの使用等の治療を開始するのは,感染症が発症してからであるとされていることが認められる。(2) そこで,原告について,MRSA感染症がいつ発症したか及びどの時点でMRSA感染症への治療,対処をすべきであったかについて検討する。証拠(乙18,620,証人D)及び前記前提となる事実によれば,原告は,頭蓋骨形成術及びV-Pシャント術が施行された5月8日以降,ほぼ連日38.2度以上の高熱が続き,白血球数,CRP値が前記前提となる事実(3)のとおり上昇したこと,原告は,同月10日には,V-Pシャントに沿った痛みを訴えるようになり,同月13日には頚部痛,頭痛を訴えるようになったこと,その き,白血球数,CRP値が前記前提となる事実(3)のとおり上昇したこと,原告は,同月10日には,V-Pシャントに沿った痛みを訴えるようになり,同月13日には頚部痛,頭痛を訴えるようになったこと,その後,白血球数は同月21日に6000,CRP値は同月25日に0.4と,いずれも正常値になり,体温も同日には平熱に戻り,以後,6月3日まで,感染症を疑わせる所見はみられなかったことが認められる。 たこと,その き,白血球数,CRP値が前記前提となる事実(3)のとおり上昇したこと,原告は,同月10日には,V-Pシャントに沿った痛みを訴えるようになり,同月13日には頚部痛,頭痛を訴えるようになったこと,その後,白血球数は同月21日に6000,CRP値は同月25日に0.4と,いずれも正常値になり,体温も同日には平熱に戻り,以後,6月3日まで,感染症を疑わせる所見はみられなかったことが認められる。原告は,上記5月8日から同月25日ころまでの症状をもって,MRSA感染症が発症したと主張する。しかし,CRP値は,炎症を含む種々の原因によって生じた組織崩壊によってもたらされた物質の値であり,炎症の存在を診断する1指標となるが,傷害や外科手術によっても上昇することがある(乙598,599,613)ので,このCRP値の上昇は,5月8日の頭蓋骨形成術及びV-Pシャント術によると認める余地が多分にある。また,V-Pシャントは,頭部から腹部にわたって長いトンネルを皮下に作り,そこにチューブを通して設置する手術であり,原告が上記のとおり訴えたシャントチューブに沿った痛みは,チューブが皮下を通ることにより生じた創部の痛みである可能性も高く,MRSA感染の炎症による痛みとは認めるに足りない。さらに,上記の発熱及び白血球数の増加がMRSAによるならば,バンコマイシンの投与等MRSA感染症に有効とされる治療を行っていないにもかかわらず,同月25日までにこれらが正常に復したことを説明することができない。そうすると,6月2日以前は,MRSAは未だ保菌の段階と認められ,その場合に,バンコマイシンの投与等特段の治療を施さず,あるいは,V-Pシャントを全部抜去しなかったことをもって,担当医師の義務違反と評価することはできない。しかし,前記前提となる事実(1)オのとおり,6月3日 ンコマイシンの投与等特段の治療を施さず,あるいは,V-Pシャントを全部抜去しなかったことをもって,担当医師の義務違反と評価することはできない。しかし,前記前提となる事実(1)オのとおり,6月3日には,明らかにMRSA感染症としての腹膜炎が発症しており,かつ,担当医師もこの発症を知ったのであるから,同日の時点で,バンコマイシンを投与するのみならず,脳室内への感染を防ぐため,MRSAにより汚染されたと容易に認識し得るシャントチューブを全部抜去し,一時的脳室外髄液ドレナージ等の措置を執るべき注意義務があったというべきである。 ることはできない。しかし,前記前提となる事実(1)オのとおり,6月3日には,明らかにMRSA感染症としての腹膜炎が発症しており,かつ,担当医師もこの発症を知ったのであるから,同日の時点で,バンコマイシンを投与するのみならず,脳室内への感染を防ぐため,MRSAにより汚染されたと容易に認識し得るシャントチューブを全部抜去し,一時的脳室外髄液ドレナージ等の措置を執るべき注意義務があったというべきである。なお,前記前提となる事実(2)イのとおり,髄液培養の結果においては,1度もMRSAが検出されていないが,髄膜炎がMRSA感染症である可能性もある(E証人)。しかし,いずれにせよ,髄膜炎がMRSA感染症であったか否かは,上記の注意義務の存在を否定するものではない。(3) しかるに,担当医師は,上記の義務を怠り,前記前提となる事実(1)オないしキのとおり,漫然と,7月20日に至るまで実に1か月半以上にわたって,MRSAに汚染されていることが明らかなシャントチューブを,原告の脳室側に装着し続けた。そして,同日存在が判明した原告の大脳右半球の脳膿瘍は,チューブの先に当たる位置にあり,その発生は,担当医師が6月3日にシャントチューブを全部抜去しなかったことにより,同日以降,MRSAがチューブを伝って脳内に侵入,感染したためであると認められる。D証人は,6月3日の腹膜炎の発症段階で,皮下のシャントチューブに沿った部分全体が炎症を起こしていなかったことから,シャントチューブのうち,腹部側を除く部分はMRSAに汚染されていなかったと判断したと証言するが,余りに軽率な判断であるといわざるを得ず,上記義務違反の評価を何ら動かすものでは ていなかったことから,シャントチューブのうち,腹部側を除く部分はMRSAに汚染されていなかったと判断したと証言するが,余りに軽率な判断であるといわざるを得ず,上記義務違反の評価を何ら動かすものではない。(4) したがって,被告は,民法715条に基づき,原告に対し,脳膿瘍により被った損害を賠償する義務を負う。3 争点(1)(被告の責任原因)のうち,原告の脳膿瘍と精神障害との因果関係について(1) 証拠(乙1,18)によれば,原告は,4月1日朝,強い頭痛,意識消失,嘔吐を訴えて被告病院を受診し,その際,軽度の意識障害と右上下肢の片麻痺があったこと,本件クリッピング術の後,4月2日には,意識障害と右片麻痺があったこと,同月7日には,意識はかなり清明となったが,右片麻痺を認めたこと,この片麻痺は,5月7日ころには消失したことが認められる。 のうち,原告の脳膿瘍と精神障害との因果関係について(1) 証拠(乙1,18)によれば,原告は,4月1日朝,強い頭痛,意識消失,嘔吐を訴えて被告病院を受診し,その際,軽度の意識障害と右上下肢の片麻痺があったこと,本件クリッピング術の後,4月2日には,意識障害と右片麻痺があったこと,同月7日には,意識はかなり清明となったが,右片麻痺を認めたこと,この片麻痺は,5月7日ころには消失したことが認められる。(2)ア証拠(甲20ないし23,乙564,574,575,611の1,D証人,K証人)によれば,原告のクモ膜下出血の程度は,フィッシャー分類のグループⅢで,この出血は,クモ膜下腔から軟膜を破って一部が脳にめり込み,その血腫が左前頭葉内側を損傷したこと,手術直後である4月2日のCT写真において,手術で取り切れなかった血腫の一部のほか,低吸収域すなわち血腫の周りの挫傷がみられること,翌3日には,両側の前頭葉底部から頭頂葉にかけて,淡い低吸収域が広範にみられ,同月5日には,これが明瞭になってきたこと,同月6日には,血腫はかなり吸収されているものの,低吸収域がかなり明瞭になってきたこと,同月8日のCT写真では,低吸収域の周囲に脳浮腫が認められること,この低吸収域は,手術時の脳ベラによる損傷によるものであること(前記1(4)オ。この損傷は,手術のため,やむを得ないもので,被告に責任を問うことはできない。),5月 の周囲に脳浮腫が認められること,この低吸収域は,手術時の脳ベラによる損傷によるものであること(前記1(4)オ。この損傷は,手術のため,やむを得ないもので,被告に責任を問うことはできない。),5月26日に行った脳血流シンチで,両側前頭葉の血流が悪く,特に左前頭葉において顕著であったことが認められる。イ証拠(甲8,27,乙1,564,578,579,K証人)によれば,原告の脳膿瘍がCT写真上初めて現れたのは7月2日であること,この脳膿瘍は,右の前頭頭頂葉に生じており,左の大脳には及んでいないこと,7月20日の時点で,脳膿瘍の周囲に強い浮腫が起こり,大脳右半球が腫れ,本来中心にあるべき線が左側に2センチメートルほどずれる程度のものであったこと,9月25日には膿瘍はほぼ消失し,浮腫も改善されていることが認められる。(3)ア 5月までの原告の症状についてみるに,証拠(甲5,6,乙18,原告法定代理人(原告の後見人F。 ること,この脳膿瘍は,右の前頭頭頂葉に生じており,左の大脳には及んでいないこと,7月20日の時点で,脳膿瘍の周囲に強い浮腫が起こり,大脳右半球が腫れ,本来中心にあるべき線が左側に2センチメートルほどずれる程度のものであったこと,9月25日には膿瘍はほぼ消失し,浮腫も改善されていることが認められる。(3)ア 5月までの原告の症状についてみるに,証拠(甲5,6,乙18,原告法定代理人(原告の後見人F。以下同じ。))によれば,原告は,自分の住所や,面会に来た人を忘れることがあり,5月25日には他人のベッドで寝ていたことがあったものの,妻のFと通常の会話が可能で,仕事の話や,ゴルフの話もしていたこと,4月中下旬には,見舞客にも普通に対応していたこと,頭痛,腹痛等の医療情報については,看護婦に対する受け答えに特段不自然なところはみられなかったこと,手指しやグーチョキパー等の看護婦からの指示に対しては,殆ど正しく反応していたこと,看護婦からの質問に対し,4月中は自己の氏名,自分の年齢,生年月日,場所については正答と誤答がほぼ相半ばしていたが,5月には自己の氏名につきすべて正答したこと,但し,当日の月日についてはすべて誤答したこと,自分の氏名についての質問に対する誤答では,「Lメロンちゃん」「Lのおばちゃん」(以上,4月12日 いたが,5月には自己の氏名につきすべて正答したこと,但し,当日の月日についてはすべて誤答したこと,自分の氏名についての質問に対する誤答では,「Lメロンちゃん」「Lのおばちゃん」(以上,4月12日),「L満太郎」(同月15日),「いいのすけ」(同月20日)と,しばしば,ふざけたような回答をしていたこと,食事は自力で摂取し,排尿・排便も,5月16日,19日に失禁したものの,概ね自力でできたことが認められる。イしかるに,証拠(甲1,4,12,16,35,乙9,583,586,原告法定代理人)によれば,原告は,7月ころ以降,妻のFや娘も分からない状態になったこと,10月半ばころには,いつも笑顔だが,会話が成り立たなくなっていたこと,12月7日には,身体障害者等級1級の認定を受け,平成5年7月10日には「食事は自力では不可能,排尿,排便については尿失禁,便失禁があり,尿意,便意も不明であり,歩行については転倒の危険があるため監視又は介助が必要,全ての日常生活に介助が必要である。 定代理人)によれば,原告は,7月ころ以降,妻のFや娘も分からない状態になったこと,10月半ばころには,いつも笑顔だが,会話が成り立たなくなっていたこと,12月7日には,身体障害者等級1級の認定を受け,平成5年7月10日には「食事は自力では不可能,排尿,排便については尿失禁,便失禁があり,尿意,便意も不明であり,歩行については転倒の危険があるため監視又は介助が必要,全ての日常生活に介助が必要である。田中ビネー知能検査(検査日は同月7日)で,精神年齢は4歳10か月,知能指数(IQ)は32であり,著名な精神機能の低下を示している。ベンダー・ゲシュタルトテストは不能。」と診断されたこと,同年8月5日の退院後は,IQは平成6年6月22日が56,平成7年6月29日が66,平成8年6月ころが72と,一時的に改善されたものの,禁治産宣告の際の鑑定時(平成9年3月から同年5月まで)には,WAIS-R成人知能検査では全検査評価合計57点,ベンダー・ゲシュタルトテストでは総合得点143点と極めて高く,視知覚のまとまりに欠け,著しいゲシュタルトの崩壊がみられ,ベントン視覚記銘検査で,正確数は2,誤謬数は14で,重度の欠陥がみられ,記銘,知的障害(痴呆)を主とする高次脳機能障害の状態 極めて高く,視知覚のまとまりに欠け,著しいゲシュタルトの崩壊がみられ,ベントン視覚記銘検査で,正確数は2,誤謬数は14で,重度の欠陥がみられ,記銘,知的障害(痴呆)を主とする高次脳機能障害の状態にあり,事理弁別能力は失われていること,現在,原告は,物忘れがひどく(健忘),食事等の日常生活は,介護者が指示しなければできず,トイレも,介護者が時間を見計らって指示,誘導しなければ行かないこと,勝手に外出してしまい,迷子になることが認められる。(4)ア前記(3)アのような原告の症状について,被告は,コルサコフ症候群様の症状であり,コルサコフ症候群は,大脳辺縁系を中心とする病変により発症するもので,大脳右半球に生じた原告の脳膿瘍とは符合しないと主張し,証拠(乙613,D証人)中にも,これと同様の意見を述べるものがある。なお,コルサコフ症候群とは,もともと,ロシアの医学者コルサコフが報告した,アルコール中毒患者にみられる健忘,作話,多弁等の特徴を有する状態をいい,同様の症状が,クモ膜下出血後の患者にみられることがある(乙612,D証人)。 候群は,大脳辺縁系を中心とする病変により発症するもので,大脳右半球に生じた原告の脳膿瘍とは符合しないと主張し,証拠(乙613,D証人)中にも,これと同様の意見を述べるものがある。なお,コルサコフ症候群とは,もともと,ロシアの医学者コルサコフが報告した,アルコール中毒患者にみられる健忘,作話,多弁等の特徴を有する状態をいい,同様の症状が,クモ膜下出血後の患者にみられることがある(乙612,D証人)。また,一般に,前頭葉の損傷により,悪ふざけをしているような態度をとる症状(遊戯症)が患者に現れることがある(乙604)。これらに照らすと,原告の上記のような症状は,前記(2)アに判示した血腫等による前頭葉の損傷に基づく,コルサコフ症候群様の症状あるいは遊戯症であると認められる。原告は,前記(3)アのような原告の言動について,看護婦からの質問に対し,意識的に正答と誤答を使い分け,看護婦をからかっていたにすぎず,コルサコフ症候群様の症状ではないと主張するが,そのように認めるに足りる根拠はなく,この主張は採用できない。イ被告は,コルサコフ様症候群様の症状を含めた高次脳機能障害は,クモ膜下出血後の脳血管れん ルサコフ症候群様の症状ではないと主張するが,そのように認めるに足りる根拠はなく,この主張は採用できない。イ被告は,コルサコフ様症候群様の症状を含めた高次脳機能障害は,クモ膜下出血後の脳血管れん縮によるものとして,MRSA感染症発症より前から存在し,原告の脳膿瘍は完治し,現在の精神障害との因果関係はないと主張する。しかし,前記(3)イに照らすと,原告の現在の症状は,4月,5月における症状と明らかに程度を異にしているところ,前記(2)イ判示のような7月20日時点での脳膿瘍の規模からすると,その形成は,同日よりも相当程度前から始まっていたと認められ,原告の症状が上記のように重篤化した時期と概ね符合する。これらに照らすと,この重篤化の原因は,前記(2)イ判示のような脳膿瘍及びこれに伴う浮腫により,原告の大脳組織を長期間圧迫し,不可逆的な損傷を与えたことであると推認するほかはない。被告は,原告の症状は,右大脳半球に限局した原告の脳膿瘍とは符合しないと主張する(争点(1)イ(ウ)a)。また,禁治産審判事件で鑑定にあたったN医師は,原告については,右視野図形における記銘力の障害が顕著で,左脳の障害が示唆されるとの意見を述べている(甲1)。 ,前記(2)イ判示のような脳膿瘍及びこれに伴う浮腫により,原告の大脳組織を長期間圧迫し,不可逆的な損傷を与えたことであると推認するほかはない。被告は,原告の症状は,右大脳半球に限局した原告の脳膿瘍とは符合しないと主張する(争点(1)イ(ウ)a)。また,禁治産審判事件で鑑定にあたったN医師は,原告については,右視野図形における記銘力の障害が顕著で,左脳の障害が示唆されるとの意見を述べている(甲1)。しかし,同医師も,証人として,現症状が,左脳半球の障害に起因すると断定することまではできないと証言している上,前記(2)イのとおり,原告の脳膿瘍により,脳の中心線が2センチメートル左側へずれていたのであり,これにより左脳も損傷を受けた可能性が十分にあるのであって,仮に,原告の現症状が,左脳の障害に起因するものであるとしても,脳膿瘍及びこれに伴う浮腫と符合しないということはできない。また,N証人は,平成4年当時の高次脳機能障害と,平成9年の上記鑑定時の機能障害とは,基本的に同質であると証言する。しかし,同 としても,脳膿瘍及びこれに伴う浮腫と符合しないということはできない。また,N証人は,平成4年当時の高次脳機能障害と,平成9年の上記鑑定時の機能障害とは,基本的に同質であると証言する。しかし,同証言は,平成4年の脳膿瘍の発生の前後及び上記判示のような双方の症状の程度の差に着目してされたものではなく,上記証言をもって,必ずしも,原告の脳膿瘍と症状との因果関係についての上記認定を動かすに足りない。4 争点(2)(損害)について(1) 治療費自己負担分 2万5000円原告は,治療費自己負担分の損害として4万4341円を主張するが,その証拠として提出する甲48の1ないし8は,4月分から11月分までの治療費に係るものである。本件不法行為がなくても,原告は,6月末までは入院を余儀なくされたと推認され(乙4,5,弁論の全趣旨),本件不法行為と因果関係のある治療費自己負担分は,甲48の4ないし8により,7月分から11月分までの合計2万5000円であると認められる。(2) 入院雑費 49万3200円前記(1)のとおり,本件不法行為がなければ,原告は,およそ3か月で退院できたと推認され,本件不法行為と因果関係のある入院雑費は,7月1日から平成5年8月5日まで及び平成6年4月9日から同月18日までの合計411日間について1日当たり1200円で計算した,合計49万3200円と認められる。 ないし8により,7月分から11月分までの合計2万5000円であると認められる。(2) 入院雑費 49万3200円前記(1)のとおり,本件不法行為がなければ,原告は,およそ3か月で退院できたと推認され,本件不法行為と因果関係のある入院雑費は,7月1日から平成5年8月5日まで及び平成6年4月9日から同月18日までの合計411日間について1日当たり1200円で計算した,合計49万3200円と認められる。(3) 逸失利益 3529万9656円ア前記3(3)アで判示した原告の症状に照らすと,脳膿瘍が生じる前の原告の状態は,少なくとも,後遺障害等級7級4号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し,軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当し(なお,甲8も,MRSA感染症が生じていなければ,原告は,日常生活の自立は可能であり,リハビリに 号の「神経系統の機能又は精神に障害を残し,軽易な労務以外の労務に服することができないもの」に該当し(なお,甲8も,MRSA感染症が生じていなければ,原告は,日常生活の自立は可能であり,リハビリにより,軽ないし中作業程度の肉体労働であれば可能な状態に復し得たとする。),その労働能力喪失率は56パーセントであると認めるのが相当である。そして,このことについては,クモ膜下出血に伴って不可避的に生じた損害として,被告に賠償責任を負わせることはできない。脳膿瘍が生じた後については,前記3(3)イの原告の症状の推移に照らすと,原告は,遅くとも平成5年8月5日の退院時までには症状が固定し,後遺障害等級第1級の3(平成4年当時の区分。神経系統の機能又は精神に障害を残し,常に介護を要するもの)の後遺障害が残存し,労働能力喪失率は100パーセントであると認められる。なお,退院後,IQが72まで改善されたことがあったことは前記3(3)イのとおりであるが,一時的なものにすぎず,基本的に原告の症状に変化は認められないから,このIQの改善をもって,直ちに,症状固定日に関する上記認定を動かすことはできない。そうすると,原告は,MRSA感染により生じた脳膿瘍により,44パーセントの労働能力を喪失したことになる。イ原告は,昭和29年1月26日生まれで,上記症状固定時である平成5年8月5日において満39歳で,労働能力喪失期間は28年間であり,被告の不法行為による喪失率は前記アのとおり44パーセントである。 は認められないから,このIQの改善をもって,直ちに,症状固定日に関する上記認定を動かすことはできない。そうすると,原告は,MRSA感染により生じた脳膿瘍により,44パーセントの労働能力を喪失したことになる。イ原告は,昭和29年1月26日生まれで,上記症状固定時である平成5年8月5日において満39歳で,労働能力喪失期間は28年間であり,被告の不法行為による喪失率は前記アのとおり44パーセントである。原告は,本件事故当時,Jに勤務し,平成4年の給与は538万5015円であった(甲44,45)。そこで,28年のライプニッツ係数14.8981を用いて計算すると,逸失利益は,次式のとおり,3529万9656円となる。なお,基礎収入額として,賃金センサスの額を用 5円であった(甲44,45)。そこで,28年のライプニッツ係数14.8981を用いて計算すると,逸失利益は,次式のとおり,3529万9656円となる。なお,基礎収入額として,賃金センサスの額を用いるべきであるとする原告の主張及び60歳以降は上記年収額を用いて計算すべきでないとする被告の主張は,いずれも独自の見解であって採用できない。538万5015円×0.44×14.8981=3529万9656円(4) 入院慰謝料 300万円原告は,本件不法行為により,約1年1か月に及ぶ長期の入院を強いられたから,その平成4年当時の慰謝料としては,300万円が相当である。(5) 後遺障害慰謝料 700万円本件不法行為による原告の労働能力喪失率が44パーセントであることにかんがみ,後遺障害についての慰謝料としては,700万円が相当である。(6) 付添看護費用 2039万0418円原告は,常に介護を要する状態にあるが,被告に対しては,付添看護費用の44パーセントを負担させるのが公平上相当である。症状固定日(平成5年8月5日)から平成15年5月21日まで3577日分の近親者看護費用を1日あたり5000円として計算すると,付添看護費用は1788万5000円となる。また,平成15年5月21日時点での原告の平均余命は31年であり,ライプニッツ係数15.5928により中間利息を控除すると,同日以後の付添看護費用は,次式により2845万6860円となる。5000円×365日×15.5928=2845万6860円そうすると,次式により,被告の負担すべき付添看護費用は2039万0418円となる。 たり5000円として計算すると,付添看護費用は1788万5000円となる。また,平成15年5月21日時点での原告の平均余命は31年であり,ライプニッツ係数15.5928により中間利息を控除すると,同日以後の付添看護費用は,次式により2845万6860円となる。5000円×365日×15.5928=2845万6860円そうすると,次式により,被告の負担すべき付添看護費用は2039万0418円となる。(1788万5000円+2845万6860円)×0.44=2039万0418円(7) 弁護士費用 700万円弁護士費用としては,上記(1)ないし(6 看護費用は2039万0418円となる。(1788万5000円+2845万6860円)×0.44=2039万0418円(7) 弁護士費用 700万円弁護士費用としては,上記(1)ないし(6)の合計6620万8274円の約1割である700万円が相当である。(8) 損害額合計 7320万8274円第4 結論以上によれば,原告の請求は,7320万8274円及びこれに対する不法行為の日である7月20日(脳膿瘍が極大化したと認められる日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は失当として棄却することとする。札幌地方裁判所民事第1部裁判長裁判官原啓一郎裁判官古谷健二郎裁判官佐々木清一
▼ クリックして全文を表示