平成19(わ)14 傷害,現住建造物等放火

裁判年月日・裁判所
平成20年11月13日 山形地方裁判所
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判決文本文17,751 文字)

平成20年11月13日宣告平成19年(わ)第14号主文被告人を懲役6年に処する。 未決勾留日数中370日をその刑に算入する。 理由 (犯罪事実)被告人は,第1平成18年3月5日午前4時ころから午前5時12分ころまでの間,山形県B市C番D号アパートE号室において,V(当時53歳)に対し,ベルトで同人の頭部を複数回殴打し,菜切り包丁の刃を同人の頭部に複数回押し付けるなどの暴行を加え,よって,同人に加療約3週間を要する頭部刺創等の傷害を負わせ,第2上記アパート(木造瓦葺2階建共同住宅,総床面積約330.14平方メートル)E号室(床面積約40.62平方メートル)に放火しようと企て,同日午前5時17分ころ,同室内台所において,灯油を床等に散布するなどした上,何らかの方法で点火して放火し,その火を同室内の床等に燃え移らせ,よって,上記Vが現に住居に使用し,かつ,現在する同室内の床等約14.033平方メートルを焼損したが,本件各犯行当時急性一過性精神病性障害及びこれに付随する精神混乱状態のため心神耗弱状態にあった。 (証拠の標目)省略(争点に対する判断)第1 争点 本件の争点は,①被告人による判示第1の暴行行為及び暴行,傷害の故意の有無,②被告人による判示第2の放火行為及びその故意の有無,③当時の被告人の責任能 力である。以下,これらの争点に対する当裁判所の判断を示す。 第2前提事実関係各証拠によれば,以下の各事実が優に認められる(以下,日付につき年を明示しない場合には平成18年を指すものとし,被告人の発言につき言語を明示しない場合には中国語によるものとする。)。 本件火災前の被告人の言動等(1) 被告人は,中国で生まれ育ち,結婚仲介業者のあっせんにより平成15年11月に被害者と結婚し,平成16年4月に来日して山形県 場合には中国語によるものとする。)。 本件火災前の被告人の言動等(1) 被告人は,中国で生まれ育ち,結婚仲介業者のあっせんにより平成15年11月に被害者と結婚し,平成16年4月に来日して山形県F町内で被害者との生活を開始した。被告人は,日本での生活に慣れ,被害者と良好な関係を築くために努力を重ね,被害者と二人で買物に出かけた際に,被害者が一人でパチンコに興じることなどに不満を持ったり,被害者から世間知らずだと言われて傷付いたりするようなこともあったが,被害者によくドライブに連れて行ってもらうなどしたため,基本的には幸せな生活を送っていた。 平成17年4月,被告人と被害者は同県B市内の判示アパートE号室(以下「被害者宅」という。)に転居した。被告人は,このころから,日本語教室に通ったり,自立しようと仕事を探したり,自動車教習所に通おうとしたりしたものの,日本語の理解も進まず,仕事も自動車運転免許も得ることができずに,惨めな気持ちを感じるようになった。 また,被告人は,被害者宅に転居して以降,被害者が一人でパチンコに行くことが多くなったり,被害者から文句を言われることが増えたり,仕事はなかなかないだろうとか,自動車運転免許も取れやしないなどと言われたりすることなどに不満を抱き,自動車運転免許が取れないと決めつけたような言い方をするのは被害者が何か隠しているのではないかなどと感じるようになった。さらに,被害者が臀部を手でなでたり,就寝の際に被告人のことを見つめたりしたなどの態度について,正常な夫婦であればこのようなことはないのではないかなどと思うことも多くなった。そして,平成18年に入ったころからは,誠実な人だと思って 結婚した被害者に対し,変な人だという思いや不信感が強くなり,ささいなことで言い争いをするようになった。 (2) 被告 ことも多くなった。そして,平成18年に入ったころからは,誠実な人だと思って 結婚した被害者に対し,変な人だという思いや不信感が強くなり,ささいなことで言い争いをするようになった。 (2) 被告人は,平成16年8月と平成17年6月に中国の実家に里帰りをしたが,1度目の帰国の際には日本での生活を楽しみ幸せそうな様子をみせていたのに,2度目の帰国時には様子がおかしく,ギョーザを出された際にいきなり激しく泣いて家を飛び出し,その晩遅く帰宅した後は数日間にわたって一切口をきかず,食べ物も口にしないという出来事があった。後に中国の家族がその理由を尋ねると,被告人は,自分の行動を抑えることができなかったなどと述べた。そのほか,家族と共に外食をしていた際,突然下を向いたまま約10分間黙り込んだり,友人と旅行中に突然怒り始めて一人で帰宅したりし,家族を心配させた。 被告人は,2度目の里帰りを終え日本に戻った後,中国の姉に対する電話の中で,日中一人で家にいるときでも怖くて電気をつけたままにしているとか,ときにとてもつらい気持ちになるときがあり,突然笑ったり,泣いたりすることがあるなどと訴えた。そして,被告人から姉への電話はそれまでは1か月に一,二回程度夜にかかってきていたものが,平成18年に入ると,昼夜関係なく週に二,三回程度かかってくるようになった。 (3) 被告人は,2月17日に自動車教習所に入所したが,職員が日本語でゆっくりと説明しなければ理解できない状態で,被告人自身も,日本語が分からないので中国語の教科書が欲しいと要求するなどした。被告人は,その日授業を受けたが,翌日以降は通所せず,同月24日に退所の届出をした。その際,被告人は,ここには中国人がおらず,言葉が通じなくて寂しいため,中国人のいる自動車教習所に行くなどと述べた。 (4) 被告人は を受けたが,翌日以降は通所せず,同月24日に退所の届出をした。その際,被告人は,ここには中国人がおらず,言葉が通じなくて寂しいため,中国人のいる自動車教習所に行くなどと述べた。 (4) 被告人は,中国の姉に電話をかけ,自動車教習所の授業で日本語が聞き取れなかったとか,別の生徒に馬鹿にされて自分のプライドが傷付いたなどと興奮しながら話した。 (5) 被告人は,2月末から3月初めころにかけて,四,五日間にわたり,それまで 長期間にわたり連絡をしていなかった結婚仲介業者の従業員に,午前6時や午前3時といった時間に電話をかけ,「とにかく中国に帰りたい。親に会いたい。どうすれば帰れるだろうか。」,「今テレビに夫と私が映ってる,見て見て。」などと訴え,3月4日ころには,「私に何かあったらどこに相談すればいいの。」と問うなどした。一方で,同従業員が心配し,日中になって被告人に電話をかけた際には「もう大丈夫。」と述べるのみであった。 本件火災発生直前における被告人及び被害者の言動等(1) 被告人は,3月2日ころから不機嫌な状態が続き,同月3日の午後8時ころ就寝した後,翌4日午前1時ころに目を覚ましてテレビを見始め,被害者から寝るように促されてもしばらく言うことを聞かなかった。被告人は,同日午前2時ころになって再び就寝し,同日午前7時ころに起床したが,被害者と言葉を交わすこともなく居間に不機嫌な様子で座っていた後,同日午前8時ころ,突然台所に行って菜切り包丁をとり,左手首を切ろうとした。被害者がこれを止めたが,被告人は左手小指に傷を負った。 被害者の通報により救急隊員が被害者方に臨場した際,被告人は,仰向けに横たわった状態で興奮して泣いており,救急隊員が声をかけても遠くを見るようなうつろな目をし,涙を浮かべながら中国語で言葉を発するのみで,会話が により救急隊員が被害者方に臨場した際,被告人は,仰向けに横たわった状態で興奮して泣いており,救急隊員が声をかけても遠くを見るようなうつろな目をし,涙を浮かべながら中国語で言葉を発するのみで,会話が成り立つ状態ではなかった。 被告人は,救急隊員が抱えて搬送しようとしても,脱力して立ち上がれない状態で,担架に乗せられたが,その上で興奮して暴れながら中国語で叫ぶなどしていた。病院に搬送後,警察官が事情を聴取しようとしたが,被告人は何も答えようとしなかった。 (2) 被告人は,同日,中国の父親に電話をし,手を切っておりとてもつらい,夢の中にいるようだなどと話した。また,中国の姉にも電話をかけ,手を切って体の調子がすごく悪いなどと話した。その後,姉のところに被告人から再度電話があったが,被告人は,姉が日本語を理解できないのに,日本語を話して電話を切っ た。 さらに,被告人は,同日深夜にも姉に電話をかけたが,精神的に不安定な様子で,発する言葉は中国語と日本語が入り交じっていた。被告人は,今,体の調子がすごく悪い,いつも怖くて仕方ない,夜も熟睡できない,夢ばかりみて気が付いたらベッドの下にいることもあるなどと訴えたが,姉に精神科に行くよう勧められると,とても怒ったような泣いているような声で,私は病気ではないのに,なぜ病院に行きなさいなどと言われなければならないのですかなどと言った後,日本語でいろいろ話して電話を切った。 (3) 同日午後8時50分ころ,被害者から警察署に電話があり「妻がまたおかしくなってしまって興奮して手がつけられないんです。お札に火をつけたりしたんです。その後,今から10分くらい前に,妻が家を出て行きました。警察で妻を捜してもらえませんか。」などと訴えた。被害者の姉のところにも,同日午後9時半ころ被害者から電話で同内容の訴えがあ たりしたんです。その後,今から10分くらい前に,妻が家を出て行きました。警察で妻を捜してもらえませんか。」などと訴えた。被害者の姉のところにも,同日午後9時半ころ被害者から電話で同内容の訴えがあった。 (4) 3月5日午前5時12分ころ,被害者方から119番通報がなされたが,その電話の最初は,「早ぐ来い」,「ちゃんとしてください」,「危ない,ほら」,「やめろず,んてぇ,おい」,「仲直り,やめろ」,「消せず早ぐ」などという被害者の声と,「やめろ」,「よこせ」,「来い」,「やめろ,やめろ,ひざまずけ,生きられない」,「私はわざとやってんのよ」,「早く,早く,来い,這って来なさい」などという被告人の声が入り乱れた状態だった。その後,被害者が受話器をとり,「あの,救急車呼ぶようすっかな」,「早ぐ,妻が荒びれて困った」,「おれけがさせらっちい」,「被告人って,あの中国からもらったんだけど」,(「どご怪我したって言ってんの」の問いに対し)「頭」,(「頭切ったの?」の問いに対し)「うん」,(「血出てる,今」の問いに対し)「うん,出てんのよ今」,「俺ばひぃつけようとしてる」などと述べた。通報の電話は同日午前5時15分ころに切れた。 (5) 本件火災は3月5日午前5時17分ころに生じ,被害者宅台所の床等約14平 方メートルを焼損した後,同日午前5時33分ころまでに自然鎮火した。 被害者の遺体の状況,本件火災後の被害者宅の状況及び本件火災直後の被告人の言動等(1) 火災後に死亡した被害者の身体には,頭部に第三者による生前の暴行によって生じた小さな創が8個認められ,いずれも菜切り包丁の刃やその根本の角の部分あるいはベルトのバックル部分により生じたと考えて矛盾しない。 (2) 被害者による救急要請を受けて同人宅に臨場した救急隊員らは,窓から身を乗り出し められ,いずれも菜切り包丁の刃やその根本の角の部分あるいはベルトのバックル部分により生じたと考えて矛盾しない。 (2) 被害者による救急要請を受けて同人宅に臨場した救急隊員らは,窓から身を乗り出し頭と両腕を下に垂らした状態の被告人を外に引っ張り出し,ストレッチャーに乗せた上,室内に人がいるかを尋ねたところ,被告人は,「いない。」と日本語で答えた。 (3) 火災の通報を受けて駆けつけた消防隊員は,同日午前5時27分ころに被害者宅に到着し,同日午前5時33分ころ,台所東側で横たわった状態の被害者を発見した。被害者宅に他の負傷者等はおらず,玄関ドアは施錠されていた。被害者が着用していた衣服からは灯油が検出されている。 (4) 被害者宅台所は灯油臭が強く,その中央部には約11リットルの灯油が入った18リットルポリタンクが,居間には約0.3リットルの灯油が入った同容量のポリタンクがあり,いずれも片方のキャップが外された状態だった。 また,台所の中央部の床やガスコンロの汁受け,台所にあった新聞,複数の折り込み広告等の残焼物及び居間のじゅうたんや座布団の残焼物などから灯油が検出されている。折り込み広告の残焼物は,丸めてガスレンジに突っ込まれたり,流しの中に置かれたりした状態で見付かった。 (5) 被害者宅の玄関の靴箱の上にはポリタンクのキャップと黒色ベルトがあり,同ベルトの皮の部分から被害者の血液が検出されている。被害者宅の脱衣場洗面台には刃体部の根本が折れた状態の菜切り包丁があり,刃体部の破断面から被害者の血液が検出されている。 また,被害者宅の電話機や被告人が着用していたパジャマの上衣からも被害者 の血液が検出されている。 (6) 判示アパートの1階共用廊下には,一万円札の残焼物が落ちていた。 本件火災後の被告人の言動等(1) 被告人は,B市立 が着用していたパジャマの上衣からも被害者 の血液が検出されている。 (6) 判示アパートの1階共用廊下には,一万円札の残焼物が落ちていた。 本件火災後の被告人の言動等(1) 被告人は,B市立X病院(以下「X病院」という。)に救急搬送され,入院したが,入院中,3月14日,22日,28日の3度にわたって心療科医師G(以下「G医師」という。)の診察を受けた。最初の診察の際,被告人は,夫と口論になり,いっしょに死のうということで火をつけたとか,年が明けてから被害者の態度が変わった,中国に帰るときに持たせてもらったお金の使い道を被害者が調べていると思った,テレビで政府が羽田空港に家族を連れて来て調べていたのを知った,家を飛び出したら外には誰もいなくて警察の車ばかりいたなどと話したが,幻聴の訴えはなかった。この診察の後,G医師は,被告人には被害妄想及び関連妄想が認められるが,妄想が生じてからの期間が一,二か月程度と短いことから,短期精神病性障害の診断をし,放火行為自体は妄想に基づくものではなくストレス等による衝動的な行動として行ったもので,希死念慮による自殺とまでは評価できないと判断した。 被告人は,2度目の診察時には,まだ被害者や国から調べられている感じはあるが,なるべく気にしないようにしているなどと述べ,3度目の診察時にも,調べられてはいるが気にならないなどと述べ,妄想に基づく異常行動をとることはなかった。 G医師は,これらの診察の結果,被告人は被害妄想及び関連妄想を呈した短期精神病性障害の状態にあるが,犯行前も,病院に搬送された後も妄想に基づく異常行動をとっておらず,診察の時には被告人の対応がよく,妄想に対する発言もあいまいになっていったことなどから,本件各犯行時には,精神病性障害による認知能力や制御能力の低下があったとしても,責任能 異常行動をとっておらず,診察の時には被告人の対応がよく,妄想に対する発言もあいまいになっていったことなどから,本件各犯行時には,精神病性障害による認知能力や制御能力の低下があったとしても,責任能力は認められると判断した。 そして,被告人には若干の妄想が残存しているものの,火傷の治療を優先すべきであるとして経過観察とした。 (2) G医師の後任の心療科医師H(以下「H医師」という。)による最初の診察は4月6日に行われたが,被告人は,放火時のことははっきりしないが覚えている,突発的にした,灯油をまいて火をつけた,今では後悔している,その半月くらい前から夫に調べられているような感じがしてストレスが強かったなどと述べた。 H医師が,誰かに命じられてそのような行動をとったのかと聞いたところ,被告人はこれを否定した。また,被告人は,火をつけた日より前に,夫ではない男のもので自分をとがめるような内容の声が時々聞こえたと訴えたが,火をつけた際の幻聴は否定し,診察時点では幻聴や被害者から調べられている感じは一切ない旨述べた。 診察の結果,H医師は,被告人が本件各犯行以前に一時的にサイコーシスの状態(精神病性症状を呈する精神病圏の精神状態)にあったが,犯行時の記憶を有しているため,犯行時には明らかなサイコーシスの状態にはなく責任能力はあり,診察時点では精神病性の症状は認められず治療の必要はないと診断した。 4月20日のH医師の2度目の診察の際には,被告人は誰かに見張られているような感覚はないし,何かが怖いということもないなどと述べ,5月25日の3度目の診察の際には被告人に精神病性の症状はみられなかった。 (3) X病院の医療ソーシャルワーカーであるI(以下「I」という。)が,5月16日,被告人の国民健康保険加入のため誓約書を作成するに当たり,何があったの は被告人に精神病性の症状はみられなかった。 (3) X病院の医療ソーシャルワーカーであるI(以下「I」という。)が,5月16日,被告人の国民健康保険加入のため誓約書を作成するに当たり,何があったのかと被告人に質問したところ,被告人は,灯油を床にまいて火をつけたなどと述べ,Iがその経緯を尋ねると,かあっとなってなどと述べた。Iが,その趣旨につき,日本の生活習慣になじめず,精神的に追いつめられて発作的に行ったという意味でよいのかなどと確認すると,被告人は,そうですなどと言ってこれを肯定した。 第3 判断 本件各犯行の行為者及び故意の有無について(1) 前提事実からの推認 ア傷害の犯行について3月5日早朝の119番通報における被害者の前記発言は,その内容や被害者の負傷の状況に照らすと,その時点で生起している事態をそのまま告げていることに疑いの余地がないところ,これによれば,被害者の頭部に創傷を負わせたのが被告人であることが優に認められる。そして,創傷の形状や,被害者宅から押収された菜切り包丁の刃体の破断面及び黒色ベルトから被害者の血液が検出されていることからすると,その暴行の態様は,被告人が被害者の頭部を黒色ベルトで複数回殴打したり,菜切り包丁の刃の部分あるいは刃の根本の角の部分を頭部に複数回押し付けたりしたものと推認できる。 また,このような行為態様と119番通報の際の被告人及び被害者の前記認定の発言に照らすと,傷害の故意があったことも明らかである。 したがって,判示第1のとおり認められる。 イ放火の犯行について焼損した台所の東側の床やガスレンジ,床上に横たわっていた被害者の衣服及び台所や居間から広範囲にわたって発見された多数の残焼物に灯油が付着しており,台所及び居間に片方のキャップが外された灯油ポリタンク2個が置かれていたと ガスレンジ,床上に横たわっていた被害者の衣服及び台所や居間から広範囲にわたって発見された多数の残焼物に灯油が付着しており,台所及び居間に片方のキャップが外された灯油ポリタンク2個が置かれていたという状況や,ガスレンジに灯油の付着した折り込み広告が差し込まれている状況などによれば,火災の原因が自然発火や失火ではなく,人為的な放火であることが明らかである。そして,前記119番通報が,発火のわずか数分前にされており,その中で被害者が被告人に対し,「消せず早ぐ」などと求めたり,消防指令に対し,「俺ばひぃつけようとしてる」と訴えたりしていることからすれば,被告人が被害者宅に灯油をまいた上で放火したことが推認される。 また,このような行為態様と119番通報の際の被害者の前記認定の発言に照らすと,故意があったことも明らかである。 したがって,判示第2のとおり認められる。 (2) 被告人の供述について 以上の各認定は,被告人の供述によっても裏付けられる。 すなわち,被告人は,入院中だった4月6日に集中治療室内で事情聴取を受け,「火事は,私が赤色ポリタンクの灯油を部屋にまいてライターで火をつけたことが原因なのです。」,「火をつける直前,私が・・・夫の頭をベルトの金属部分で何回か殴っているのです。」,「頭を殴ったベルトは,私が使っていた黒っぽい色のベルトで,これも部屋内にあるはずです。」,「夫の頭を殴ったり,部屋に火をつけたのは,自動車学校のことがうまくいかなかったり,日本語が話せず,友達ができず孤独であったこと,そして,夫が私に対して,料理をしない,片づけをしないなどと文句を言うようになったことなどでイライラが高まって,気持ちを抑えることができず,衝動的にやってしまったのです。」などと述べ,前記各認定を裏付けている。 なお,弁護人は,同供述は被告人が しないなどと文句を言うようになったことなどでイライラが高まって,気持ちを抑えることができず,衝動的にやってしまったのです。」などと述べ,前記各認定を裏付けている。 なお,弁護人は,同供述は被告人が精神不安定で,薬物等の影響により正常な判断能力を欠いた状況で作成されたもので,被告人の正確な記憶に基づく自発的な供述ではないとして任意性を争っている。 しかし,聴取に当たった警察官Jの証言によれば,この聴取は,事情聴取が可能である旨の許可が医師から下りたために初めて実施されたものと認められ,H医師の証言によればこのころには被告人の精神病性の症状は既に消失していた上,取調べの状況にも任意性を疑わせる事情はうかがわれない。また,被告人は,前記認定のとおり,自分が灯油をまいて火をつけたということを3月半ばから5月半ばにかけて繰り返し病院関係者に述べており,これらの告白もその内容に疑問を抱かせるような事情は認められない。 したがって,この点に関する弁護人の主張は採用できない。 (3) 弁護人のその他の主張について弁護人は,菜切り包丁の刃の部分や根本の角の部分から被害者の血液が検出されず,刃体部分や柄の部分から被告人の指紋が検出されていないことを挙げて菜切り包丁による暴行を否定する。 しかし,刃の破断面からは被害者の血液が検出されており,被害者宅で日常的に使用されていた包丁への指紋の付着の有無を議論する実益はないことからすれば,弁護人指摘の点は菜切り包丁による暴行を認定する妨げにはならない。 また,弁護人は,起訴にかかる暴行は「ベルト様のもの」によるものに限定されていると主張し,ベルト様のものにより生じ得ない創傷を犯罪事実として認定することは許されないとも主張する。 しかし,本件の公訴事実は,「ベルト様のもので同人の頭部を複数回殴打するなどし」という されていると主張し,ベルト様のものにより生じ得ない創傷を犯罪事実として認定することは許されないとも主張する。 しかし,本件の公訴事実は,「ベルト様のもので同人の頭部を複数回殴打するなどし」というもので,ベルト様のものによる殴打以外の暴行が含まれていることは明らかであるから,弁護人の主張する前提自体失当である。しかも,検察官が公判前整理手続の当初から被害者の頭部の創傷の成傷器として菜切り包丁を挙げるとともにそれを裏付ける証拠の取調べを請求しており,検察官の起訴の意図は明らかであったから,菜切り包丁による創傷を認定することについて不当な点はない。 責任能力について(1) 本件においては,捜査段階において鑑定人K(以下「K鑑定人」という。)による鑑定が行われ,公判段階において鑑定人L(以下「L鑑定人」という。)による鑑定が行われたが,K鑑定人作成の鑑定書及び同人の証言(以下これらを「K鑑定」という。)並びにL鑑定人作成の鑑定書及び同人の証言(以下これらを「L鑑定」という。)は,前記認定の経過を前提に,一致して,言葉が通じず話し相手がいない孤独感や,被害者に対する不信感などを原因として,被告人が1月か2月ころから被害妄想,関係妄想,幻聴などを呈する幻覚妄想状態となったが,そのような状態が精神医学的治療をしないで短期間のうちに完全に消失したことから,被告人は本件各犯行当時急性一過性精神病性障害を発症していた旨の診断をしている。かかる診断は,H医師も同意するところであり,G医師による短期精神病性障害との診断とも合致する。 (2)アK鑑定は,被告人が,本件各犯行当時,急性一過性精神病性障害の影響によ り,著しくではないが現実検討能力が低下した状態にあり,同犯行は同障害に基づく妄想気分,幻覚妄想状態においてなされたと考えられるが,妄想に基づ ,本件各犯行当時,急性一過性精神病性障害の影響によ り,著しくではないが現実検討能力が低下した状態にあり,同犯行は同障害に基づく妄想気分,幻覚妄想状態においてなされたと考えられるが,妄想に基づく犯行ではなく,発病までは生活できており,自殺行為を繰り返すこともなく,特に治療もしないで回復していることから,責任能力は限定的ながらあり,心神喪失状態でも心神耗弱状態でもなかったと判断している。 他方,L鑑定は,K鑑定と同様に,本件各犯行が被告人の急性一過性精神病性障害による妄想に基づく犯行ではないと認めつつも,被告人は,本件各犯行当時,急性一過性精神病性障害を背景とした神経衰弱状態とも評価できる精神的に不安定な状態,すなわち精神混乱状態にあり,被告人は,そのような精神混乱状態の影響により本件各犯行に及んだため,その是非弁別能力及び行動制御能力は相当程度低下しており,心神喪失状態ではないが,責任能力はかなりの程度に減弱していたと判断している。そして,そのように判断した根拠として,被告人が,事件の1週間くらい前から精神的にも情緒的にもかなり混乱した状態にあり,特に事件の前日の行動は衝動的で,姉に対して日本語を交えて話している点は人格が保たれていないことを示しており,このような混乱状態が継続して事件の行動に結びついたと述べている。 イそこで,これらの鑑定の信用性を検討すると,両鑑定人はいずれもその経歴,業績等に照らし,精神鑑定の鑑定人としての資質を備えている上,一件記録にあらわれた事実を適切に抽出して判断の基礎としており,両鑑定の基本的な信用性は高いといえる。そして,両鑑定は,その診断内容及び被告人の判断能力が低下していたとの点は一致しており,この限度では相互に補強する内容でもある。もっとも,L鑑定人が完全責任能力を否定した大きな理由が被告人 といえる。そして,両鑑定は,その診断内容及び被告人の判断能力が低下していたとの点は一致しており,この限度では相互に補強する内容でもある。もっとも,L鑑定人が完全責任能力を否定した大きな理由が被告人の犯行前日の衝動的な行動にあると述べる一方で,捜査段階で実施されたK鑑定では,当然のことながら被告人の姉の証言が前提とされず,被告人が犯行前日同人に日本語の入り交じった電話をかけたことは考慮されていない。 なお,検察官は,L鑑定を種々論難するが,L鑑定人は,急性一過性精神病性 障害及びそれに付随する精神混乱状態という複数の精神的な問題が生じ得ることを根拠を示して説明するなどし,結論を導く過程に重大な破綻,論理矛盾,欠落等があるとはいえないし,L鑑定が依拠する精神医学的な知見が特異なものであることをうかがわせる証拠もない。また,L鑑定人が精神混乱状態を様々に言い換えたのは,質問に応じて分かりやすく説明するためであることが明らかである。 検察官の論難は当たらない。 したがって,両鑑定は,最終的な結論を異にするものの,どちらかが信用できるからもう一方が信用できないという関係にはない。 (3)アK鑑定及びL鑑定の判断を踏まえ,被告人の刑事責任能力の有無ないし程度について検討する。 まず,検察官が指摘するように,被告人が被害者のいる台所に灯油をまくなど犯行の準備をして放火していることや,本件各犯行当時の記憶が概ね清明であることが認められ,これによれば,本件各犯行が幻覚や妄想に支配されて行われたものではなく,また,被告人が是非弁別能力ないし行動制御能力を完全には喪失していなかったものと認められる。この点は,両鑑定の内容に照らしても明らかに認められる。 しかしながら,その他の事情について検討すると,物事がうまくいかず,腹立たしい気持ちが高まり,衝動的に本件 失していなかったものと認められる。この点は,両鑑定の内容に照らしても明らかに認められる。 しかしながら,その他の事情について検討すると,物事がうまくいかず,腹立たしい気持ちが高まり,衝動的に本件各犯行に及んだという被告人が捜査段階において述べる動機は,その心理的な経過自体は理解可能であるとしても,本件各犯行前に被告人が被害者に暴行を加えるなどの攻撃的な行動をしていなかったことを考慮すると,突飛な側面を有することは否定できず,従前の生活状況から推測される被告人の性格に即してみると必ずしも了解可能とはいえない。 さらに,前記認定のとおり,被告人は,本件各犯行の約1週間前から妄想を伴うかなりの混乱状態に陥り,本件の前日には,手首を切ろうとしたり,興奮して暴れたり,一万円札に火をつけたり,家を飛び出したりするなど不可解かつ非常に衝動的な行動に及ぶとともに,顕著に言語の連続性のない電話を何度も姉にか けるなどし,強度の混乱状態が一日中続いていたと認められる上,本件各犯行時にも相当な興奮状態にあったことが認められる。 しかも,被告人は,救助された際,室内に被害者はいないなどと客観的事実に反し,その事理弁識能力が必ずしも十分ではなかったとも解し得る発言に及んでいる(この点は,検察官主張の狡猾な意図に基づくものと理解しうるが,一義的に決し得ない。)。 これらの事情に加えて,K鑑定とL鑑定は,本件各犯行当時被告人が急性一過性精神病性障害により現実検討能力あるいは判断能力が低下していたという点で一致し,L鑑定はこれに付随する精神混乱状態もあって,その能力低下の程度は著しいものと判断していること,L鑑定が公判で新たに明らかになった事実をも踏まえた判断であることを総合して考慮すれば,本件各犯行当時,被告人が急性一過性精神病性障害及びこれに付随する精神混乱 程度は著しいものと判断していること,L鑑定が公判で新たに明らかになった事実をも踏まえた判断であることを総合して考慮すれば,本件各犯行当時,被告人が急性一過性精神病性障害及びこれに付随する精神混乱状態の影響により,是非弁別能力及び行動制御能力が著しく低下した状態,すなわち心神耗弱状態にあったことについての合理的な疑いは払しょくされていないというべきである。 イ検察官はさらに,被告人に完全な責任能力があったことの根拠として,被告人が本件傷害の際,凶器を持ち替えて被害者の頭のみを狙って攻撃したこと,3月5日の119番通報の際の被告人の発言内容からして四囲の状況を理解していたこと,本件放火後,火災に巻き込まれないために被害者方から逃げようとしたこと,G医師に対して,被害者も同意の上で自殺を企図した旨述べ罪証隠滅的言動に出ていることなどを主張している。 しかし,被告人が凶器を持ち替えたり,被害者の頭部のみを狙ったと認めるに足りる証拠はないし,仮に,そのような状況があっても,心神耗弱状態にあったことについての合理的な疑いを払しょくするに足りない。 また,119番通報の際の被告人の発言の意味は明確ではなく,被告人が四囲の状況を十分理解していたと認めることもできない。その他の被告人の行動も,いろいろな見方が可能であり,必ずしも検察官の主張するように評価できるもの ではない。仮に,一定程度認識や予見が可能であったり,合目的的行動とみられる行動があっても,心神耗弱状態にあったことについての合理的な疑いを払しょくするに足りない。 なお,検察官も主張する「(自分がこれをしたら被害者が)生きられない」という3月5日の119番通報の際の被告人の発言は,被告人が被害者に灯油をかけるなどした後の発言であれば,被害者が死亡することを予見していた発言とみられるが, がこれをしたら被害者が)生きられない」という3月5日の119番通報の際の被告人の発言は,被告人が被害者に灯油をかけるなどした後の発言であれば,被害者が死亡することを予見していた発言とみられるが,そのような状況があったか明らかではなく,「(自分がこれをしたら被害者が)」の部分は翻訳の際に補われた部分である。そして,被害者は,その直前に「消せず」などの発言をしているが,その直後の消防指令との会話ではけがをさせられたと述べるのみで,最後に,突如「俺ばひぃつけようとしてる」などと発言して電話が切られているから,検察官指摘の「生きられない」との発言が被害者の死亡を予見したものとみるには疑問が残る。 また,これらの発言の前に,喧嘩のときに中国語でののしる言葉とされる「ひざまずけ」という言葉に続けて,「生きられない,生きられない」などという発言があったり,被告人の「早く,早く,来い,這って来なさい」などの言葉の次に,被害者の「消せず」という発言を挟んで,検察官指摘の前記発言がされている。このような状況に照らすと,むしろののしる言葉の一部として発せられたとも解されるのであって,この点からも,被告人が被害者の死亡を予見し,発言したものとみるには疑問が残る。 ウまた,検察官は,被告人に完全な責任能力があった旨述べるG医師及びH医師の各証言を被告人の責任能力判断に援用するが,両医師の判断は,いずれも被告人を数度ずつ診察した臨床医としての意見であり,本件各犯行前の被告人の行動等,責任能力判断の基礎とすべき重要な事情を踏まえず導かれた結論であるから,両医師による診断の結果も踏まえて行われたL鑑定の信用性を左右するものではない。 エ以上のとおりであるから,被告人が本件各犯行当時完全責任能力であったこと については合理的疑いを容れない証明がなく,したがって の結果も踏まえて行われたL鑑定の信用性を左右するものではない。 エ以上のとおりであるから,被告人が本件各犯行当時完全責任能力であったこと については合理的疑いを容れない証明がなく,したがって,被告人に有利に心神耗弱状態にあったと認めるのが相当である。 (法令の適用)被告人の判示第1の所為は刑法204条に,判示第2の所為は同法108条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1の罪については懲役刑を,判示第2の罪については有期懲役刑をそれぞれ選択し,判示の各罪は心神耗弱者の行為であるから同法39条2項,68条3号によりいずれも法律上の減軽をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役6年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中370日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由) 本件は,急性一過性精神病性障害を発症した中国人の被告人が,同障害及びこれに付随する精神混乱状態により心神耗弱状態に陥り,夫の頭部をベルトで複数回殴打したり,菜切り包丁の刃を頭部に複数回押し付けるなどの暴行を加え,加療約3週間を要する頭部刺創等の傷害を負わせた上(第1),夫と共に居住していたアパートの居室に灯油をまいて放火し,室内の床等約14平方メートルを焼損した(第2)という傷害及び現住建造物等放火の事案である。 被告人が本件各犯行に及んだ直接の動機は,被告人が捜査段階の途中から一切口を閉ざしているため必ずしも明らかでないものの,被告人は,言葉の通じない異国の地における孤独感や,唯一の頼りであった被害者への不信感などがストレスとなって急性一過性精神病性障害を発症するとともにこれに付随す ているため必ずしも明らかでないものの,被告人は,言葉の通じない異国の地における孤独感や,唯一の頼りであった被害者への不信感などがストレスとなって急性一過性精神病性障害を発症するとともにこれに付随する精神混乱状態に陥り,是非弁別能力及び行動制御能力が著しく低下した状態において,衝動的に本件各犯行に及んだものと認められる。 検察官は,本件各犯行の動機は自己中心的かつ身勝手で,酌むべきものはないなどと主張するが,被告人が本件各犯行に及んだ経緯には,急性一過性精神病性 障害及び同障害に付随する精神混乱状態の強い影響があり,被告人は本件各犯行当時には心神耗弱の状態にあったのであるから,衝動的に本件各犯行に及んだ点を,自己中心的,身勝手などとして強く非難することはできない。もっとも,被告人の責任能力は完全には失われていなかったものと認められるから,相応に責められるべき点はあったといえる。 3(1) 本件傷害の犯行についてみると,被告人は,被害者の頭部をベルトで複数回殴打したり,菜切り包丁の刃を頭部に複数回押し付けるなどした。この態様は,粗暴かつ危険な暴行を執ように加えた悪質なものであるが,被告人が傷害の犯行に及んだのは急性一過性精神病性障害及びこれに付随する精神混乱状態の影響があったものと認められるのであり,このような犯行態様の悪質さを過度に重視することはできない。しかし,その責任能力は完全には失われていなかったのであるから,相応の非難は免れない。 (2) 次に本件放火の犯行についてみると,被告人は,早朝,アパートの居室に相当量の灯油をまき,被害者が在室しているのにもかかわらずそのまま火を放った。 同アパートが住宅密集地にあり,犯行当時,被害者方居室を除いた全7室のうち6室の入居者が在宅しており,少なくともそのうちの1名は就寝中であったことや, 室しているのにもかかわらずそのまま火を放った。 同アパートが住宅密集地にあり,犯行当時,被害者方居室を除いた全7室のうち6室の入居者が在宅しており,少なくともそのうちの1名は就寝中であったことや,幸いなことに火は15分程度のうちに自然鎮火したものの,室内がすすで覆われ,天井の照明のプラスチック製カバーが熱で変形し落下している状況などに照らすと,この短時間のうちに火力が相当強くなっていたと認められる。そうすると,本件放火の犯行は,共同住宅の他の居室や隣家への延焼の可能性も相当に高く,被害者はもとより,前記入居者や近隣の住民らの身体,生命及び財産等に対する配慮を著しく欠いた,まことに危険な態様といえる。もっとも,前記のような急性一過性精神病性障害及びこれに付随する精神混乱状態の影響を考慮すると,前記傷害の犯行と同様に相応の非難は免れないものの,犯行態様の悪質性を過度に重視することはできない。 4(1) 本件傷害の犯行により,被害者は,頭部に加療約3週間を要する8か所の創 傷を負い,そのうちの数か所については縫合の必要があるとも診断されており,傷害の結果は相当に重い。 (2) また,本件放火の犯行により,被害者が火災に巻き込まれて重篤な火傷を負い,死亡しており,放火の犯行により生じた公共の危険がまさに現実化している。そればかりでなく,賃借していた被害者宅の台所や居間の床板及び敷居が約14平方メートルにわたって焼損されるとともに,室内に多量のすすが付着するなどしており,軽視できない財産的損害も生じた。 本件放火の犯行により生じた公共の危険はまことに大きいものと認められ,これが現実化して人命が失われたという結果はまことに重大である。 (3) 被害者は,上記のような相当に重い傷害を負わされ,これによる肉体的苦痛だけでも小さくなかったと推察される上 きいものと認められ,これが現実化して人命が失われたという結果はまことに重大である。 (3) 被害者は,上記のような相当に重い傷害を負わされ,これによる肉体的苦痛だけでも小さくなかったと推察される上,その直後に衣服に灯油が付着した状態で火災に巻き込まれて火熱ショックにより死亡したもので,妻である被告人の一連の犯行により被害者が味わったであろう苦痛は察するに余りある。被害者の姉が被告人の厳重処罰を希望しているのも無理からぬところである。 もっとも,被害者の死の結果は,放火により生じた公共の危険が現実化したという意味において,被告人の量刑を決める上で相当の考慮を要する重要な事項ではあるものの,本件はいわゆる放火殺人の事案ではないから,検察官の主張するほどに,被害者の肉体的,精神的苦痛を重視することが相当であるとはいえない。 被告人は,急性一過性精神病性障害が治ゆしたが,捜査段階の途中から拒否的な態度に終始するようになり,公判廷においても,本件各犯行に関する一切の供述を拒否している。 被告人が被害者の遺族に挑戦的な態度をとるなど不誠実きわまりない行動に出ているという検察官の評価は採用できないが,前記の被告人の態度からすれば,被告人が本件各犯行に真摯に向き合い,反省の情を深めているとみることはできない。 以上によれば,本件各犯行の犯情はいずれも悪く,心神耗弱の状態であったこ とを考慮に入れても被告人の刑事責任は相当に重い。 他方,本件に至るまでの被告人の生活歴をみると,被告人は,幸せな生活を求めて被害者を頼って来日し,日本での生活に慣れ,被害者との良好な関係を築こうと努力を重ねていたにもかかわらず,B市内に転居してから被害者がそれまでほど被告人を大事にしてくれなくなったと感じるようになり,言葉の通じない異文化の中で孤立した生活を送る 者との良好な関係を築こうと努力を重ねていたにもかかわらず,B市内に転居してから被害者がそれまでほど被告人を大事にしてくれなくなったと感じるようになり,言葉の通じない異文化の中で孤立した生活を送ることを余儀なくされるに至った。このような孤独感や,仕事や自動車運転免許を得て世界を切り開こうとしたが,うまくいかないという挫折感などが積み重なって,急性一過性精神病性障害を発症するに至り,同障害及びこれに付随する精神混乱状態のため心神耗弱に陥り本件各犯行に及んだ。このような経緯には多分に同情の余地がある。これに加えて,本件放火の犯行により,被告人自身も両下肢や気道に火傷を負い,気管にカニューレを挿入するとともに車いす生活を余儀なくされていること,被告人の姉が中国から来日して情状証人として出廷し,被告人が社会復帰した後には,中国で被告人と同居し監督する旨を述べていること,被告人には本邦における前科前歴がなく,我が国で刑事処分を受けるのは今回が初めてであることなど被告人のために酌むべき事情も認められる。 被告人の刑事責任は相当に重いものの,前記のような被告人のために酌むべき事情を考慮すると,被告人に対しては,主文の刑が相当である(求刑・懲役13年)。 平成20年11月13日山形地方裁判所刑事部裁判長裁判官伊東顕裁判官諸徳寺聡子 裁判官南雲大輔

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