平成16年12月10日判決言渡平成14年(ワ)第5230号預金払戻請求事件 主文 1 被告株式会社C銀行は,原告Aに対し,金150万円及びこれに対する平成14年12月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を,原告Bに対し,金90万円及びこれに対する平成14年12月19日から支払済みまで年6分の割合による金員をそれぞれ支払え。 2 被告D協同組合は,原告Aに対し,金200万円及びこれに対する平成14年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告Aの被告D協同組合に対するその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用については,原告Aと被告株式会社C銀行との間においては,同原告に生じた費用の20分の7を同被告の負担とし,その余は各自の負担とし,原告Bと同被告との間においては,全部同被告の負担とし,原告Aと被告D協同組合との間においては,同原告に生じた費用の20分の9を同被告の負担とし,同被告に生じた費用の7分の2を同原告の負担とし,その余は各自の負担とする。 5 この判決は,1項及び2項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 主文1項と同旨 2 被告D協同組合は,原告Aに対し,金280万円及びこれに対する平成14年12月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告ら対して預貯金を預け入れていた原告らが,盗取された預貯金通帳を所持した第三者に対する被告らの預貯金の払戻しは無効である旨主張して,被告らに対し,預貯金の解約を理由として上記払戻し金相当額及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年12月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。被告らは,上記払戻しは債権の準占有者に対する弁済として有効である等と 訴状送達の日の翌日である平成14年12月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。被告らは,上記払戻しは債権の準占有者に対する弁済として有効である等と主張して原告らの請求を争った。 1 当事者間に争いのない事実及び関係証拠等により明らかな事実(1) 当事者ア被告株式会社C銀行(以下「被告C」という。)及び被告D協同組合(以下「被告D」という。)は,住所地に本店を有するほか,各地に支店を設置して銀行業務等を営む地方銀行及び農業協同組合である。 イ原告A(以下「原告A」という。)と原告B(以下「原告B」という。)は夫婦である。 (2) 原告らの預貯金口座ア原告A(昭和51年9月7日生)は,被告Cに別紙1「預貯金口座目録」の番号1欄記載の預金口座を,被告Dに同目録の番号3ないし5欄記載の各貯金口座を有しており,原告B(昭和48年4月9日生)は,被告Cに同目録の番号2欄記載の預金口座を有していた(以下,同目録の番号1ないし5欄記載の各預貯金口座を番号に合わせてそれぞれ「本件口座1ないし5」,本件口座1ないし5を合わせて「本件各口座」という。)。 イ原告らは,本件口座1の届出印,本件口座2の届出印及び本件口座4・5の届出印について同一の印鑑で届出をしていた(原告B)が,その印影は,本件口座1につき別紙2①,本件口座2につき別紙2②,本件口座4・5につき別紙2④のとおりである(乙イ1,2の2,乙ロ7)。 また,本件口座3の届出印影は,別紙2③のとおりである(乙ロ5)。 (3) 預貯金通帳等の盗取ア平成14年8月21日ころ,何者かが原告ら宅に侵入し,原告らが居間の押し入れの上の段に置かれたカラーボックス内でクリアファイルに入れて保管していた原告A名義の被告C(本件口座1)の預金通帳,原告B名義 成14年8月21日ころ,何者かが原告ら宅に侵入し,原告らが居間の押し入れの上の段に置かれたカラーボックス内でクリアファイルに入れて保管していた原告A名義の被告C(本件口座1)の預金通帳,原告B名義の被告C(本件口座2)の預金通帳,原告A名義の被告Dの普通貯金(本件口座3)の通帳,原告A名義の被告Dの定期貯金(本件口座4・5)の通帳及びキャッシュカード等を窃取した(甲35,45,原告B)。なお,本件各口座の届出印は,原告らが上記通帳等とは別に,寝室の洋ダンスの下に置かれたボックス内に保管しており,窃取されなかった。 イ盗取された本件口座1・2の預金通帳及び本件口座3の貯金通帳には,いずれも副印鑑が貼付されていたが,本件口座4・5の貯金通帳には,副印鑑が貼付されていなかった。 (4) 無権限払戻しア平成14年8月22日午後0時20分ころ,氏名不詳の男女1組(以下「本件払戻請求者Xら」という。)が被告CE支店に来店し,本件口座1及び2につき正当な受領権限を有しないのに,同支店の窓口担当者F(以下「F」という。)に対し,本件口座1及び2の各預金通帳並びに別紙3①及び②の払戻請求書2通(乙イ3,4。以下,それぞれ「本件払戻請求書①及び②」という。)を提出し,本件口座1から150万円の,本件口座2から90万円の預金の払戻しをそれぞれ請求した(以下,本件払戻請求書①及び②の「お届印」欄に押捺された印影をそれぞれ「本件印影①及び②」という。)。 このとき,本件口座1の預金残高は164万0873円,本件口座2の預金残高は99万9057円であった(乙イ7,8)。 Fは,本件口座2につき同日午後0時39分に90万円を,本件口座1につき同日午後0時40分に150万円を,それぞれ払い戻す手続きをとり,本件払戻請求者Xらに払い戻した(以下「本件払戻しX」とい )。 Fは,本件口座2につき同日午後0時39分に90万円を,本件口座1につき同日午後0時40分に150万円を,それぞれ払い戻す手続きをとり,本件払戻請求者Xらに払い戻した(以下「本件払戻しX」という。)。 イ前同日午後0時40分ころ,氏名不詳者(以下「本件払戻請求者Y」という。)が被告DG支店に来店し,本件口座3につき正当な受領権限を有しないのに,同支店の窓口担当者H(以下「H」という。)に対し,本件口座3の貯金通帳及び別紙3③の貯金払戻請求書(乙ロ4。以下「本件払戻請求書③」という。)を提出し,本件口座3から80万円の貯金の払戻しを請求した(以下,本件払戻請求書③の「お届け印」欄に押捺された印影を「本件印影③」という。)。 このとき,本件口座3の貯金残高は85万2749円であった(乙ロ9の2)。 Hは,同日午後0時48分ころ,80万円を払い戻す手続きをとり,本件払戻請求者Yに同金額を払い戻した(以下「本件払戻しY」という。)。 ウ前同日午後2時ころ,氏名不詳者(以下「本件払戻請求者Z」といい,本件払戻請求者Xら,同Y及び同Zを合わせて「本件各払戻請求者」という。)が被告DG支店に来店し,本件口座4及び5につき正当な受領権限を有しないのに,同支店の窓口担当者I(以下「I」という。)に対し,本件口座4・5の貯金通帳及び別紙3④及び⑤の定期貯金払戻請求書2通(乙ロ6の1・2。以下,それぞれ「本件払戻請求書④及び⑤」という。)を提出し,本件口座4及び5からそれぞれ100万円の払戻し(満期前解約)をそれぞれ請求した(以下,払戻請求書④及び⑤の「お届け印」欄に押捺された印影をそれぞれ「本件印影④及び⑤」という。)。 Iは,本件口座5につき同日午後2時12分ころ,本件口座4につき同日午後2時13分ころ,それぞれ払戻しの手続きをとり,本件払戻請求者Z 」欄に押捺された印影をそれぞれ「本件印影④及び⑤」という。)。 Iは,本件口座5につき同日午後2時12分ころ,本件口座4につき同日午後2時13分ころ,それぞれ払戻しの手続きをとり,本件払戻請求者Zにそれぞれ利息4円を含む100万0004円(乙ロ9の4,13の1・2)の合計200万0008円を払い戻した(以下「本件払戻しZ」といい,本件払戻しXないしZを合わせて「本件各払戻し」という。)。 (5) 原告Bは,同年9月1日午前11時ころ,預貯金の払戻しをするために上記(3)アのクリアファイルからキャッシュカードを出そうとして,本件各口座の預貯金通帳等が無くなっていることに気付き,被告らに対して本件各口座の利用停止を求めた。 原告らは,同日夕方,稲沢警察署に上記(3)アの預貯金通帳等の盗難に係る被害を届け出た(原告B)。 (6) 保険金の支払原告Aは,平成13年12月17日,共栄火災海上保険相互会社との間で,同原告を被保険者とする住宅総合保険契約を締結した(甲44)。同契約においては,建物内における預貯金証書の盗難によって損害が生じた時は,1回の事故につき,1構内ごとに200万円又は損害額のいずれか低い額を支払う旨定められていた(乙ロ15)。 原告Aは,共栄火災海上保険相互会社に対し,上記(3)アの預貯金通帳等の盗難に係る被害を報告して保険金支払請求を行い(甲45),同社は,原告Aに対して,保険金200万円を支払った。 2 争点(1) 本件各払戻しが債権の準占有者に対する弁済(民法478条)として有効か否か。 (被告Cの主張)ア被告Cは,本件払戻しXにおいて,真正な債権証書(預金通帳)の所持者に対し,払戻請求書の印影と届出印影とを照合の上,善意かつ過失なく払戻しをしており,仮に無権限者に対する払戻しであったとしても,債権の準占有者に対 戻しXにおいて,真正な債権証書(預金通帳)の所持者に対し,払戻請求書の印影と届出印影とを照合の上,善意かつ過失なく払戻しをしており,仮に無権限者に対する払戻しであったとしても,債権の準占有者に対する支払として弁済の効力を有する(民法478条)。 すなわち,本件口座1及び2の各届出印影と本件印影①及び②とを比較すると,各印影が一見して酷似しており,大きさ,形状,文字の字体,配置等のいずれも相違しておらず,肉眼で慎重に対比しても別の印鑑による印影であると判別することはできない。また,本件払戻請求者Xらには正当な受領権限を疑わせるような事情がなく,被告Cの窓口担当者においてなすべきことを怠ったような事実もない。 イ原告らの主張に対する反論(ア) 原告らは,民法478条に関する従前の基準が昨今の社会的背景の変化を考慮すれば不合理になっているとして,種々の解釈論を主張する。 しかし,同条は,民法という基本法にあって,長年にわたり種々の事例によって解釈が積み重ねられてきた規定であり,かかる条文の解釈に,急に大幅な変更を加え,しかも条文に全くみられない要件を付与することは,法的安定性の観点から,解釈論として到底許されない。 (イ) 印影照合について印影の太さの相違は,押印の際の力強さや下に敷かれたものの固さによって可変のものである。また届出印の届出時から3年余りを経ている印鑑であり,その印鑑の使い込まれ方によっても違いが生じ得る。 しかも,本件払戻請求者Xらは,払戻請求書の「口座番号」欄の訂正を求められて,その場で訂正印を押印している。 原告らは,本件口座1及び2の各届出印影と本件印影①及び②との種々の微細な相違点を指摘している。 しかし,印鑑の印影は,その都度印鑑の押され方が異なるから,原告らが主張するような微細な相違点が生じることは避けられず, 1及び2の各届出印影と本件印影①及び②との種々の微細な相違点を指摘している。 しかし,印鑑の印影は,その都度印鑑の押され方が異なるから,原告らが主張するような微細な相違点が生じることは避けられず,かかる微細な相違点によって,各印影が異なる印鑑によるものであるということはできない。実際に,同一の印鑑で押されている3箇所の印影(本件口座1,2及び4・5の各届出印影)を比較しても,原告らが主張する程度の相違点を容易に指摘することができる。 かえって,原告らが提出した各印影の拡大コピーによる重ね合わせの状況(甲39の1・2,40の1・2)によれば,各印影がほぼ一致するものであることが裏付けられている。 (ウ) 受領権限の確認義務についてa 本件口座1の取引履歴によると,原告Aは,平成14年3月18日に,2回に分けてではあるが,本件を上回る合計180万円の預金払戻しをしている。本件口座2の取引履歴によると,原告Bも,同日,2回に分けてではあるが,本件を上回る合計170万円の預金払戻しをしている。 b 本件払戻請求者Xらが初め,払戻請求書の「口座番号」欄に普通預金の口座番号を記載したのは,預金通帳の表紙の「口座番号」欄に普通預金の口座番号しか表示されていないからである(乙イ9参照)。同人らは,被告Cの窓口担当者から,貯蓄預金について預金通帳の表紙とは異なる番号が付されていることを教えられて訂正しただけで,総合口座通帳による貯蓄預金等の払戻しの場合には頻繁に生じていることである。 (エ) 原告らが主張する注意義務の内容についてa 筆跡照合について日本における預金取引は,通常,署名による方法を採っておらず,金融機関の窓口担当者も筆跡照合に必ずしも熟達していない。 そもそも,被告Cにおいて,印鑑紙は口座開設店で保管しており,僚店(口座開設店以外の店 おける預金取引は,通常,署名による方法を採っておらず,金融機関の窓口担当者も筆跡照合に必ずしも熟達していない。 そもそも,被告Cにおいて,印鑑紙は口座開設店で保管しており,僚店(口座開設店以外の店舗)の窓口端末で印鑑紙を閲覧できるようにもなっていないから,僚店での払戻しである本件において,筆跡照合は不可能であった。 b 暗証番号の確認について窓口で担当者が暗証番号を尋ねることは,防犯上の観点から望ましくない。もし,窓口での預金払戻し時に暗証番号を常時利用することとすれば,各店舗のカウンターの各ブースごとに専用の入力用装置を設置するしかないが,その実施には多大な困難を伴う。 c 写真付身分証明書の呈示について定期預金の満期前解約のような場合は別として,流動性の預金の払戻しに関して,一律に顧客に身分証明書の呈示を要求するのは無理である。特に「写真付」と限定すると,誰でもが所持しているものではない。 d 個人情報の確認について本件払戻しXにおいては,払戻請求書の「おなまえ」欄に住所の記載をしてもらっている。 (被告Dの主張)ア被告Dは,本件払戻しY及びZにおいて,払戻請求書と届出印の印影を照合してその同一性を確認して払い戻しており,他に特に請求者の権限を疑うべき事情もなかったのであり,債権の準占有者に対する弁済として有効である(民法478条)。 すなわち,本件口座3及び4・5の各届出印影と本件印影③ないし⑤とは,大きさが同一で,字体もほぼ同一であり,文字全体の印象も極めてよく似ているもので,通常の事務処理の過程で,限られた時間内にではあるが,窓口担当者が相当の注意を払って肉眼で慎重に平面照合をしたとしても,異なる印鑑による印影であることを発見することはできない。また,本件払戻請求者Y及びZは特に不審な行動をしていたわけでもなく,正当な 口担当者が相当の注意を払って肉眼で慎重に平面照合をしたとしても,異なる印鑑による印影であることを発見することはできない。また,本件払戻請求者Y及びZは特に不審な行動をしていたわけでもなく,正当な受領権限を有しないことを疑わしめる事情はなかった。 イまた,JA(農業協同組合)の総合口座取引規定(乙ロ1)及び定期貯金規定(乙ロ2)には,払戻請求書に使用された印影を届出の印鑑と相当の注意をもって照合し,相違ないものと認めて取り扱った上は,偽造,変造,その他の事故があってもそのために生じた損害については,当組合は責任を負わない旨の免責条項があり,払戻請求書と届出印の印影を照合してその同一性を確認した場合には,金融機関は,それ以上請求者の権限について調査することなく払戻しに応じることは,商慣習として定着している取扱いである。 本件払戻しY及びZについて,被告Dは,払戻請求書と届出印の印影を照合してその同一性を確認した上払い戻しており,他に請求者の権限を疑うべき事情も存しなかったのであるから,上記免責条項ないし商慣習により,上記各払戻しは有効である。 ウ原告らの主張に対する反論(ア) 金融機関の預貯金の無権限者に対する払戻しに関しては,最高裁判所昭和46年6月10日第1小法廷判決・民集25巻4号492頁等によって確立された判断基準があり,同判断基準が行為規範となって金融実務が運営されているもので,原告が主張する独自の判断基準を採用することは,法的安全性に反し,金融実務の実態にもかけ離れており,妥当でない。 (イ) 印影照合について原告らが指摘する印影の相違点は,拡大鏡を使用するなどして各印影を何倍にも拡大して初めてわずかに認識しうる程度の,極めてわずかな目立たない微妙なものである。また,かかる微妙な相違は,同一の印鑑であっても,朱肉の種 印影の相違点は,拡大鏡を使用するなどして各印影を何倍にも拡大して初めてわずかに認識しうる程度の,極めてわずかな目立たない微妙なものである。また,かかる微妙な相違は,同一の印鑑であっても,朱肉の種類や朱肉の付き具合,押捺の仕方,紙質の違い,押捺時に下に敷かれたものの違い等,使用状況の変化によって生じ得る。 (ウ) 受領権限の確認義務についてa 本件払戻しYについて,80万円の払戻しは,今日の銀行業務に鑑みて特に高額というわけではなく,一般的に,正当な受領権限について特段に注意を払うべき金額であると言うことは到底できない。また,本件口座3の取引は公共料金の引き落としが中心であるので,本件払戻しYと取引履歴との比較は適当ではない。 b 本件払戻しZについて,100万円の定期貯金2口の合計200万円の払戻しは,銀行業務上,必ずしも特に高額なものとはいえないし,個人であっても,住宅ローンの繰上げ償還や貯金の移替えその他様々な事情によって,200万円程度の払戻しをすることは,珍しいことではない。また,定期貯金の満期前解約も,日常の業務において特段珍しいことではない。 c 普通貯金の払戻しと定期貯金の払戻しが別々の機会になされているが,それぞれ異なる窓口担当者によって払戻手続が行われているので,被告Dの窓口担当者らは,同一人物が短時間に再度来店したという認識がなかった。 (エ) 原告らが主張する注意義務の内容についてa 筆跡照合についてもともと貯金の名義人の署名(筆跡)自体が届出の対象になっておらず,筆跡照合は予定されていない。実際に,本件口座3及び4・5の印鑑届(乙ロ5,7)は,いずれも貯金の名義人である原告Aの筆跡ではなく,同人の妻原告Bの筆跡である。 b また,金融機関に対して常に過去の取引履歴との照合義務を課し,払戻請求者に本人確認等 ・5の印鑑届(乙ロ5,7)は,いずれも貯金の名義人である原告Aの筆跡ではなく,同人の妻原告Bの筆跡である。 b また,金融機関に対して常に過去の取引履歴との照合義務を課し,払戻請求者に本人確認等の資料の呈示を要求すると,円滑な金融事務が著しく滞ることは明白である。 (原告らの主張)ア預貯金払戻手続において被告らの負う注意義務(ア) 本件各払戻しは,無権限者に対して行ったものであるから,そもそも有効な弁済とはいえない。 (イ) 印影の平面照合だけでは足りないことについて従前,本件のような金融機関の預貯金の無権限者に対する払戻しに関しては,民法478条の適用場面とされ,金融機関の注意義務違反の有無に関する判断基準として,特段の事情のない限り,印影の平面照合で足りる,という趣旨の基準が用いられてきた。しかし,従前の基準が前提にしていた社会一般の認識あるいは社会的事実と,本件各払戻し時点におけるそれとでは,以下のとおり変化があるのだから,本件において従前の基準を採用することは,社会通念に照らして許されない。 a 平成10年ころから,複数の組織的な窃盗グループによる侵入窃盗事件が激増し,社会問題化している。これに伴い,近時の画像処理技術等の進歩(家庭用パソコンやスキャナーの普及,高性能化)を背景に,届出印が窃取されていないのに,印影が偽造され,不正に預金が引き出される被害が多発した。このように偽造印影を用いた払戻しによる被害は,大手都市銀行6行だけでも平成11年の1年間に300件ないし400件程度に及んだと報じられた(甲4の2)。 そして,平成10年末ころから,偽造印影を用いた払戻しが多発していることは新聞紙上で多数報道される等しているのであるから,被告らは,本件各払戻し当時,当然かかる状況を認識していた。 また,警視庁は,平成11年9月 0年末ころから,偽造印影を用いた払戻しが多発していることは新聞紙上で多数報道される等しているのであるから,被告らは,本件各払戻し当時,当然かかる状況を認識していた。 また,警視庁は,平成11年9月6日,各都市銀行に対し,盗難通帳を用いた払戻し被害の多発と,過誤払い被害の防止策を講ずるよう要請する文書を発し(甲1の1ないし9),同文書には,「開店間もない時間に会社等名義の多額の預金を普段見かけない人が引出しに来た場合や,挙動が不審であると思われる場合には,会社に確認の電話をしていただくか,確認ができない場合には警察へ通報していただくなど,盗難被害に遭った通帳等を使われないように留意していただきたい」等と記載されてる。また警視庁は,同年11月24日,金融機関防犯連絡会議において,参加団体に対し,同旨の要請を行っている(甲2)。 bATMとの逆転現象被告らを含むほとんどの金融機関においては,ATMの利用に関し,1回当たり及び1日当たりの上限金額が設けられており,これを超過する場合には,窓口における払戻しのみとなる。 しかし,印影の偽造が容易となり,それにもかかわらず窓口における払戻しが印影の同一性に立脚した権限確認に安住している結果,現実には,窓口における払戻しの方が,暗証番号が必要とされるATMにおける払戻しよりも不正払戻しが発生しやすくなっている。 c 郵便貯金との不均衡郵便貯金法(平成14年法律第98号による改正前のもの)26条は,郵便貯金の払戻手続の簡易性と正当権利者の擁護の調和の観点から規定された民法478条の特別法であり,郵便貯金の即時払いについて,払戻金受領証の印影と通帳の印鑑とを対照し,相違がないことを認めた上,払い渡すこととされているが(平成15年総務省令第8号による改正前の郵便貯金規則52条),加えて,郵便局には貯 即時払いについて,払戻金受領証の印影と通帳の印鑑とを対照し,相違がないことを認めた上,払い渡すこととされているが(平成15年総務省令第8号による改正前の郵便貯金規則52条),加えて,郵便局には貯金者の真偽を調査すべき注意義務が課せられており,善管注意義務をもって払戻請求者を正当権利者と認定することが必要であるとされている。 そのため,従前の基準に依拠している金融機関の預貯金と,上記注意義務が課されている郵便貯金とで,安全性に看過し難い差異が生じている。 (ウ) 民法478条が適用される事案でないことそもそも,民法478条は,いずれかが債権者であることははっきりしているが,どちらが債権者であるかが弁済者に判然としないような場合を想定して規定された条項であるので,偽造により債権者になりすました者に支払った場合までも免責する規定ではない。 本件各払戻しも,犯罪者が預貯金の名義人になりすまして窃取した通帳と偽造した払戻請求書を用いてなされたのであり,そもそも民法478条が適用される事案ではない。 (エ) 民法478条が適用される場合の要件仮に,本件各払戻しに民法478条が適用されるとしても,同条によって弁済が有効とされるためには,①弁済が債権の準占有者に対してなされたものであること,②弁済者が善意・無過失であることに加えて,③債権者(預貯金者)側に帰責事由があることが必要である。 (オ) 被告らが負うべき具体的な注意義務上記②弁済者の善意・無過失について,被告らが負うべき注意義務は,次のa及びbのとおりである。なお,被告らの過失については,単純に払戻し時点での窓口担当者の過失のみを見るのではなく,金融機関の預貯金払戻しシステムのいずれかの段階や場面,内容に不具合や欠陥,瑕疵があって,その結果,不正払戻しを防止できなかった場合には,やはり金 戻し時点での窓口担当者の過失のみを見るのではなく,金融機関の預貯金払戻しシステムのいずれかの段階や場面,内容に不具合や欠陥,瑕疵があって,その結果,不正払戻しを防止できなかった場合には,やはり金融機関の過失を認めるべきである。 a 印影照合に関する注意義務届出印影と払戻請求書上の印影を照合するにあたっては,盗難通帳及び偽造印影による払戻請求の可能性があることを認識した上で,次の点にも注意しながら慎重に照合する必要がある。 (a) 朱肉の色が,ロビー備付けの朱肉の色と異なっていないか。 (b) 印鑑を押印した凹凸があるか(印影が印刷されたものでないか。)。 (c) 印影の文字が太く,スタンプのように見えないか。 b 印影照合以外の点に関する受領権限の確認義務払戻しが一定の類型的取引すなわち少なくとも次の(a)ないし(d)のいずれかに該当する場合には,印影を照合するだけでは足りず,①筆跡照合,②払戻請求者にキャッシュカードの暗証番号を確認する,③預貯金者が法人等の団体の場合には電話による確認を行う,④預貯金者が個人の場合には写真付身分証明書の呈示を求める,⑤払戻請求者が預貯金者本人か代理人かを尋ね,本人であれば,住所,生年月日,電話番号などの個人情報を尋ねるなどの方法により,払戻請求者が正当な受領権限を有するかどうかを確認すべき注意義務がある。 (a) 定期預貯金,定期積金の解約(限度額に近い預貯金担保貸付けを含む。)の場合。 (b) 払戻請求額がおおむね50万円以上の場合。 (c) 払戻請求額が預貯金残高のほぼ全額あるいは過去の取引履歴からみて突出した金額である場合などの特異な払戻しの場合。 (d) 払戻請求者の言動など何らかの契機により,金融機関の窓口で預貯金の払戻請求をしている者が正当な受領権限を有しないのではないかと疑わしめる事情が 出した金額である場合などの特異な払戻しの場合。 (d) 払戻請求者の言動など何らかの契機により,金融機関の窓口で預貯金の払戻請求をしている者が正当な受領権限を有しないのではないかと疑わしめる事情が存在した場合。 イ本件各払戻しに関する被告らの過失(ア) 本件払戻しXに関する被告Cの過失a 印影照合上の義務違反届出印影と本件印影①及び②とは,以下のような相違点がある。 (a) 本件印影①及び②は,スタンプで押されたもののように,全体的に太くなっている。殊に「■」の1画目(縦棒)が太い。 (b) 「■」の3画目(右側の払い)が,届出印影は上が細く,下にいくほど太くなっているのに,本件印影①及び②は逆である。 (c) 本件印影①及び②は,届出印影と比較して,「■」の2画目(左側の払い)の上が縁取り部分に近づき過ぎている。 (d) 本件印影①及び②は,届出印影と比較して,「■」の2画目(「木」の縦棒)の上が短すぎる。 (e) 本件印影①及び②は,届出印影と比較して,「■」の5画目と6画目のつなぎの部分(「反」の左上の角)が角張っている。 (f) 本件印影①及び②は,届出印影と比較して,「■」の6画目(「反」の2画目の払い)が長く,木偏の下に入り込んでいる。 以上のとおり,届出印影と本件印影①及び②とは,明らかに形状等が異なるものである。特に,本件印影②は,縁取り部分の半分近くが消えているような不鮮明なものである。 しかし,被告Cの窓口担当者は,拡大鏡等で届出印影と本件印影①及び②とを慎重に比較したり,払戻請求者に対して印鑑の押し直しを指示したりすることなく漫然と払戻請求に応じたのであり,偽造印影による払戻請求がなされる可能性を考慮した上で各文字について慎重な照合を行う注意義務に違反している。 b 受領権限の確認義務違反(a) 本件払戻しXにおい く漫然と払戻請求に応じたのであり,偽造印影による払戻請求がなされる可能性を考慮した上で各文字について慎重な照合を行う注意義務に違反している。 b 受領権限の確認義務違反(a) 本件払戻しXにおいて,本件口座1からは,個人が一度に払い戻す金額としては社会通念上高額である150万円が引き出されている。また,同金額は,本件口座1の預金残高164万0873円の約91パーセントにも達している。しかも,本件口座1の取引履歴によると,原告Aは,以前に100万円を超える預金を引き出したことが一度もなく,窓口で払戻しをしたことも一度もない。 (b) 本件払戻しXにおいて,本件口座2からも,同口座の預金残高99万9057円の約90パーセントに当たる90万円が引き出されている。しかも,本件口座2の取引履歴によると,原告Bは,以前に窓口で払戻しをしたことが一度もない。 (c) 本件払戻請求者Xらは,初め,普通預金の払戻しをするべく,払戻請求書の「口座番号」欄に普通預金の口座番号(本件口座1につき1074791,本件口座2につき1057655)を記載していたが,同口座に預金がないことを窓口担当者に指摘されて,貯蓄預金の口座番号(本件口座1につき1074809,本件口座2につき1057663)に訂正している。 通常,普通預金と貯蓄預金を有している者は,それぞれの預金が別の口座番号であることを認識しているところ,貯蓄預金を有する2名が同預金の払戻請求をするのに,2名とも普通預金の口座番号を記載したというのは,極めて奇異なことである。 (d) 本件払戻請求者Xらは,「貯蓄預金をやっても意味がない。」と言いながら,貯蓄預金の口座を解約するわけでもなく,預金残高の90パーセントを超える預金の払戻しを請求している。 (e) 証人Fの証言によると,主に来店者が挙動不審であ 預金をやっても意味がない。」と言いながら,貯蓄預金の口座を解約するわけでもなく,預金残高の90パーセントを超える預金の払戻しを請求している。 (e) 証人Fの証言によると,主に来店者が挙動不審である場合に,行員が防犯カメラによる撮影を行うものであるところ,本件においても防犯カメラにより本件払戻請求者Xらの撮影が行われている(乙イ6)のだから,本件払戻請求者Xらに何らかの不審な点があると感じた行員がいたものと考えられる。 以上のとおり,本件払戻しXは,原告らが主張する前記ア(オ)b(b),(c)及び(d)の場合に該当することは明らかである。 したがって,被告Cの窓口担当者は,印影を照合するだけでは足りず,①筆跡照合,②払戻請求者にキャッシュカードの暗証番号を確認する,③預金者が個人の場合には写真付身分証明書の呈示を求める,④払戻請求者が預金者本人か代理人かを尋ね,預金者本人であれば,住所,生年月日,電話番号などの個人情報を尋ねるなどの方法により,払戻請求者が正当な受領権限を有するかどうかを確認すべき注意義務があった。 しかし,被告Cの窓口担当者は,本件払戻請求者Xらに対し払戻請求書の「おなまえ」欄に住所を記載させただけで(それも面前で記載させたものではない。),上記①ないし④のような慎重な対応を怠っており,本件払戻請求者Xらが正当な受領権限を有するか否かを確認すべき注意義務に違反している。 (イ) 本件払戻しYに関する被告Dの過失a 印影照合上の義務違反届出印影と本件印影③とは,以下のような相違点がある。 (a) 本件印影③の「■」の1画目(縦棒)の上部が不自然に消えている。 (b) 本件印影③の「■」の3画目(右側の払い)の下部が不自然に消えており,届出印影と比較して,跳ね上がっている。 (c) 届出印影の「■」の1画目(「木」の横棒 縦棒)の上部が不自然に消えている。 (b) 本件印影③の「■」の3画目(右側の払い)の下部が不自然に消えており,届出印影と比較して,跳ね上がっている。 (c) 届出印影の「■」の1画目(「木」の横棒)の左右端と2画目(「木」の縦棒)の上端とは高さが揃っているのに,本件印影③は高さが異なり,2画目の上端が1画目の左右端より低くなっている。 (d) 届出印影と本件印影③とは,「■」の1画目(「木」の横棒)と5画目(「反」の横棒)がつながっている部分が明らかに異なっている。 (e) 本件印影③の「■」の3画目(右上部)が明らかにゆがんでおり,届出印影と異なっている。 (f) 本件印影③は,届出印影と比較して,「■」の一番下の横棒が明らかに長い。 以上のとおり,届出印影と本件印影③とは,明らかに形状等が異なるものである。 しかし,被告Dの窓口担当者は,拡大鏡等で届出印影と本件印影③とを慎重に比較したり,払戻請求者に対して印鑑の押し直しを指示したりすることなく漫然と払戻請求に応じたのであり,偽造印影による払戻請求がなされる可能性を考慮した上で各文字について慎重な照合を行う注意義務に違反している。 b 受領権限の確認義務違反本件口座3からは,同口座の貯金残高85万2749円の約93パーセントに当たる80万円が引き出されている。本件口座3は,原告Aの生活口座であり,同口座の取引履歴によると,すべてが公共料金等の引き落としであり,窓口で払戻しをしたことも一度もない。 以上によれば,本件払戻しYは,原告らが主張する前記ア(オ)b(b)及び(c)の場合に該当することは明らかである。 したがって,被告Dの窓口担当者は,印影を照合するだけでは足りず,①筆跡照合,②払戻請求者にキャッシュカードの暗証番号を確認する,③貯金者が個人の場合には写真付身分証明書の呈示を求 は明らかである。 したがって,被告Dの窓口担当者は,印影を照合するだけでは足りず,①筆跡照合,②払戻請求者にキャッシュカードの暗証番号を確認する,③貯金者が個人の場合には写真付身分証明書の呈示を求める,④払戻請求者が貯金者本人か代理人かを尋ね,貯金者本人であれば,住所,生年月日,電話番号などの個人情報を尋ねるなどの方法により,払戻請求者が正当な受領権限を有するかどうかを確認すべき注意義務があったのに,これを怠ったのであり,本件払戻請求者Yが正当な受領権限を有するか否かを確認すべき注意義務に違反している。 (ウ) 本件払戻しZに関する被告Dの過失a 印影照合上の義務違反届出印影と本件印影④及び⑤とは,以下のような相違点がある。 (a) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の2画目及び3画目(左右の払い)の形状が明らかに異なっている。 (b) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の2画目(「木」の縦棒)の上が明らかに短い。 (c) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の1画目(縦棒)と「■」の「反」との位置関係が明らかに異なる。 (d) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の6画目(「反」の左側の払い)が明らかに長く,形状も異なる。 (e) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の5画目(「反」の横棒)が明らかに短い。 以上のとおり,届出印影と本件印影④及び⑤とは,明らかに形状等が異なるものである。 しかし,被告Dの窓口担当者は,拡大鏡等で届出印影と本件印影④及び⑤とを慎重に比較したり,払戻請求者に対して印鑑の押し直しを指示したりすることなく漫然と払戻請求に応じたのであり,偽造印影による払戻請求がなされる可能性を考慮した上で各文字について慎重な照合を行う注意義務に違反している。 b 受領権限の て印鑑の押し直しを指示したりすることなく漫然と払戻請求に応じたのであり,偽造印影による払戻請求がなされる可能性を考慮した上で各文字について慎重な照合を行う注意義務に違反している。 b 受領権限の確認義務違反(a) 本件払戻しZにおいては,本件口座4及び5が解約され,100万円の定期貯金2口合計200万円及び利息の払戻しが一度になされており,個人が一度に払い戻す金額としては社会通念上極めて高額である。 (b) 本件払戻しZの約1時間半前には,原告Aの普通貯金口座から貯金残高のほとんど全額が払い戻されている。 (c) 本件口座4及び5の定期貯金は,平成14年3月18日に初めて預け入れられたもので,預入れ後まだ半年も経過していない。 (d) 本件口座4・5の届出印は,本件口座3の届出印と異なるものであり,本件口座4・5の貯金通帳には副印鑑が貼付されていないこと,上記各届出印が異なるものであることが分かるものは原告らの手元に何もないことからすれば,おそらく,被告Dの窓口担当者が,本件口座4・5の届出印について何らかの指摘をしたと考えられる。 以上のとおり,本件払戻しYは,原告らが主張する前記ア(オ)b(a),(b),(c)及び(d)の場合に該当することは明らかである。 したがって,被告Dの窓口担当者は,印影を照合するだけでは足りず,①筆跡照合,②払戻請求者にキャッシュカードの暗証番号を確認する,③貯金者が個人の場合には写真付身分証明書の呈示を求める,④払戻請求者が貯金者本人か代理人かを尋ね,貯金者者本人であれば,住所,生年月日,電話番号などの個人情報を尋ねるなどの方法により,払戻請求者が正当な受領権限を有するかどうかを確認すべき注意義務があったのに,これを怠ったのであり,本件払戻請求者Zが正当な受領権限を有するか否かを確認すべき注意義務に違 を尋ねるなどの方法により,払戻請求者が正当な受領権限を有するかどうかを確認すべき注意義務があったのに,これを怠ったのであり,本件払戻請求者Zが正当な受領権限を有するか否かを確認すべき注意義務に違反している。 ウ副印鑑を存続させた被告らの過失そもそも,本件各払戻しのような偽造印影による不正払戻しが多発した原因は,金融機関が適切な時期に副印鑑制度を廃止せずに漫然と継続した結果,副印鑑から届出印影と酷似した偽造印影の作出を容易にしたことにあり,被告らが副印鑑制度を廃止しなかったこと自体が過失である。 すなわち,平成10年ころから,家庭用パソコンやスキャナーの普及,高性能化により印影が容易かつ精巧に複写できるようになったこと,副印鑑制度の問題点については平成11年ころには既に指摘されていたことから,少なくとも平成11年ころには,副印鑑から偽造印影が作出され,かかる偽造印影を用いた無権限者による預貯金払戻請求が多発することについて,被告らにおいて十分に認識可能であった。実際に,そのころから,大手都市銀行や一部の地方金融機関では副印鑑制度を廃止するようになった。そうすると,被告らにおいても,副印鑑制度を廃止することは可能であったし,一預貯金者が被害を受ける可能性を考えれば,公共的な存在である被告らには,副印鑑制度を廃止すべき義務があった。 しかし,本件各払戻しがなされた平成14年8月当時においても,被告Cの貯蓄預金,被告Dの普通貯金に関しては,副印鑑制度が廃止されることもなく存続していた。本件各払戻しは,預貯金通帳に貼付された副印鑑から偽造印鑑が作出され,かかる偽造印鑑を用いてなされたものである。本件各払戻しがなされたのは,副印鑑制度の問題点が指摘され始めた平成11年ころから3年間も経過した時点であり,その間,何らの対応もしなかった被告らの怠 され,かかる偽造印鑑を用いてなされたものである。本件各払戻しがなされたのは,副印鑑制度の問題点が指摘され始めた平成11年ころから3年間も経過した時点であり,その間,何らの対応もしなかった被告らの怠慢は当然非難に値する。 エ預貯金払戻しシステム全体に関する被告らの過失(ア) 被告Cの過失被告Cに,預金払戻しシステム全体に関する過失があることは,以下のとおり明らかである。 a 本件各払戻し当時,既に,組織的な窃盗グループによる侵入窃盗事件の激増及びそれに伴う金融機関における不正払戻しの多発が指摘されていたにもかかわらず,かかる不正払戻しに対応したマニュアル,通達あるいは口頭による払戻しの適正や払戻し権限の厳格な確認の徹底を行っていない。 b 被告Cは,過去に他銀行において窓口業務を経験したことがあるとして,Fに対して研修等を行っていない。 c 払戻請求者に対して,払戻請求書の住所等の記載を,被告Cの窓口担当者の面前で行わせるのではなく,記載台で行わせている。 d 印鑑照合システムを導入しておらず,取引履歴を把握できるシステムもない。 e 僚店(口座開設店以外の店舗)払いの場合,口座開設店に対する氏名,住所等の確認を,ファックス等ではなく電話で行っており,住所に関する漢字の間違いや筆跡の違いを確認できるシステムになっていない。 f 防犯カメラのシャッターボタンを押す場合の基準が定まっていない。 g 印影照合を窓口担当者一人の判断に任せていた。 (イ) 被告Dの過失本件各払戻し当時において,被告Dの不正払戻しに対する危機感の欠如は際立っており,被告Dに,貯金払戻しシステム全体に関する過失があることは,以下のとおり明らかである。 a 本件各払戻し当時,既に,組織的な窃盗グループによる侵入窃盗事件の激増及びそれに伴う金融機関における不正払戻しの多 に,貯金払戻しシステム全体に関する過失があることは,以下のとおり明らかである。 a 本件各払戻し当時,既に,組織的な窃盗グループによる侵入窃盗事件の激増及びそれに伴う金融機関における不正払戻しの多発が指摘されていたにもかかわらず,貯金の種類や払戻し金額に関係なく,一律に氏名の一致及び印影の照合のみによって払戻しに応じている。 払戻しに関するマニュアルや内規等は,たとえ存在していたとしても,窓口担当者に周知徹底されていなかった。 b 被告Dにおいて,本人確認をするのは,貯金通帳を作成する場合及び3000万円以上の大口取引の場合に限られていた。また本件各払戻し当時は,被告Dにおいて普通貯金を既に有している者に関しては,定期貯金について全く本人確認がなされていなかった。 c 定期貯金の解約請求者が貯金の名義人と性別が異なっていても,請求者と貯金の名義人との関係を確認していなかった。 d 定期貯金に関しては,印影照合を窓口担当者一人の判断に任せていた。しかも,本件における定期貯金払戻しの窓口担当者は,入社して半年も経過しない者であった。 e 普通貯金の取引と定期貯金の取引との一体的な履歴を把握できるシステムになっていないため,同日の約1時間半前に同一人の普通貯金の貯金残高のほとんどが払い戻されていることを,定期貯金の払戻請求を受けた窓口担当者が把握できていない。 オ本件各払戻しに関して原告らに帰責事由がないこと(前記ア(エ)③の要件を満たしていること)原告らは,窃取された預貯金通帳を,自らの居住空間において一般常識の範囲内の方法によって保管していたもので,本件各払戻しに関して原告らには何らの落ち度もない。 (2) 過失相殺について(被告Dの主張)原告らには,貯金通帳等の管理や盗難被害を受けた後の対応について,以下のとおり過失があった。した ので,本件各払戻しに関して原告らには何らの落ち度もない。 (2) 過失相殺について(被告Dの主張)原告らには,貯金通帳等の管理や盗難被害を受けた後の対応について,以下のとおり過失があった。したがって,仮に被告Dの責任が認められるとしても,信義則上,原告A側の上記過失について相当大幅な相殺がなされるべきである。 ア原告らは,貯金通帳と印鑑とを別々に保管していたとのことであるが,いずれも,自室内の鍵が掛けられていない場所に保管していた。 イ本件口座4・5の貯金通帳には副印鑑が貼付されていなかったにもかかわらず,同各口座についても,届出印影とほとんど異ならない印鑑によって払戻請求がなされており,原告らは,上記貯金通帳に,届出印影を確認できる何らかの痕跡を残していたと考えられる。 ウ貯金通帳等が盗取されたのが平成14年8月21日であるとすれば,翌日の午前中のうちに原告らが盗難届を出していれば,本件各払戻しがなされることはなかった。 (原告Aの主張)被告Dの過失相殺の主張は争う。前記(1)(原告らの主張)オで主張したとおり,原告らは,窃取された預貯金通帳を,自らの居住空間において一般常識の範囲内の方法によって保管していたもので,本件払戻しY及びZに関して原告A側には何らの落ち度もない。 (3) 保険による填補について(被告らの主張)原告Aは,共栄火災海上保険相互会社から保険金200万円の支払を受けている。したがって,仮に,被告らの責任が認められる場合には,上記200万円ないし同金員を被告らの間で案分比例した金額について,原告Aの被告らに対する本訴請求債権が上記保険相互会社に移転していることになる。 (原告らの主張)原告Aが共栄火災海上保険相互会社の動産保険に加入しており,同社に保険金支払請求を行い,同社から保険金200万円を受領し る本訴請求債権が上記保険相互会社に移転していることになる。 (原告らの主張)原告Aが共栄火災海上保険相互会社の動産保険に加入しており,同社に保険金支払請求を行い,同社から保険金200万円を受領したことは認めるが,その余は争う。 (4) 遅延損害金について(被告Dの主張)本件払戻しZにかかる定期貯金2口は,約定利率が年0.220パーセントであり,満期日が平成15年3月18日であった(乙ロ10)。被告Dには,満期前解約に対して必ず応じなければならない義務はないから,もし本件払戻しZがなされなかったとすれば,原告Aは,満期日までの間,約定の年0.220パーセントの割合による利息を得たに過ぎないことになるはずである。また,被告Dは商人ではないので,遅延損害金について商事法定利率は適用されない。 したがって,原告Aの被告Dに対する遅延損害金の支払請求のうち,定期貯金2口については満期日までは約定利率年0.220パーセントの割合で計算されるべきであるし,普通貯金及び満期日後の定期貯金について年6分の遅延損害金の支払を求めることはできない。 第3 当裁判所の判断 1 本件各払戻し等の事実経過第2の1の事実,証拠(乙イ3,4,6ないし10,11の1・2,乙ロ4,6の1・2,7,10ないし12,13の1・2,16の1・2,証人F,同H,同I)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) 本件払戻しXについてア被告CE支店は,平成14年8月当時,1日の来店者が120名程度で,その半数以上が預金の払戻請求者であり,法人ではない個人による100万円以上の払戻しは1日に1件程度行われていた。同店には窓口の受付順序を示す番号札はなく,窓口担当者は2名であった。 イ Fは,平成4年4月に株式会社Q銀行に就職し,平成8年10月まで勤務したが,出産 以上の払戻しは1日に1件程度行われていた。同店には窓口の受付順序を示す番号札はなく,窓口担当者は2名であった。 イ Fは,平成4年4月に株式会社Q銀行に就職し,平成8年10月まで勤務したが,出産のため退職し,その後平成13年4月に被告Cでパート職員として勤務するようになった。同人は,本件払戻しXの時点まで通算5年半以上印影照合にかかわる事務に従事しており,週に1,2件,印影の相違を発見した経験を有している。同人は,株式会社Q銀行に就職した際,印影照合等についての研修を受けたが,被告Cでは印影照合等の研修を受けなかった。 ウ平成14年8月22日午後0時20分ころ,男女1名ずつの本件払戻請求者Xらが被告CE支店に入店した。同人らはそのまま窓口に来て,Fに対し男性の方が「貯蓄預金から支払をしたい。」旨述べた。Fは,「どうして支払をされるんですか。」等と払戻しの理由を尋ね,男性から「貯蓄預金に入金しておいても良いことがないから入替えをしたい。」旨返答を得て,他行に預け入れをしたいという意思であると判断し,特に不自然な点は抱かなかった。 エ本件払戻請求者Xらは,記載台でそれぞれ本件払戻請求書①及び②を記載して,本件口座1及び2の各預金通帳と共にFに提出し,本件口座1から150万円の,本件口座2から90万円の払戻しを求めた。なお,当時の預金残高は,本件口座1が164万0873円,本件口座2が99万9057円であり,Fは,それぞれ預金の大半の払戻請求であることを認めたが,男性が払戻しの理由を上記ウのように返答していたこと等から,不審であると疑うことまではしなかった。 本件払戻請求書①及び②には,それぞれ日付,口座番号,金額及びおなまえの欄の記載がなされ,「お届印」欄には本件印影①及び②が押捺されていたが,口座番号の欄には,2通とも,貯蓄預金では しなかった。 本件払戻請求書①及び②には,それぞれ日付,口座番号,金額及びおなまえの欄の記載がなされ,「お届印」欄には本件印影①及び②が押捺されていたが,口座番号の欄には,2通とも,貯蓄預金ではなく普通預金の口座番号が記載されていた。被告Cの総合口座通帳には,表紙の口座番号欄に普通預金の番号が表示されており,貯蓄預金の口座番号は,表紙の次頁の「預金種類・口座番号」欄に表示されているだけである(乙イ9,11の1・2)。貯蓄預金の取引をする者が誤って普通預金の口座番号を記載することは,被告CE支店において2,3日に1件程度あった。 そこで,Fは,本件払戻請求者Xらに対して口座番号の訂正を求めると共に,口座開設店ではない僚店における払戻しであったことから,払戻請求書の「おなまえ」欄に住所を記載するように求めた。同人らは,記載台でそれぞれ口座番号の訂正と住所の記載をして,窓口のFに提出した。 本件払戻請求書②について,口座番号の訂正印がなかったため,Fが訂正印の押捺を求め,男性がFの目の前の窓口カウンターで印鑑を取り出して押印した。 オ Fは,本件口座1の預金通帳の副印鑑印影と本件印影①,本件口座2の預金通帳の副印鑑印影と本件印影②を,それぞれ並べて置いて肉眼により見比べ(平面照合),さらに各預金通帳の副印鑑印影の上に本件払戻請求書①及び②の本件各印影を重ねて本件払戻請求書を何度かめくってそれぞれ印影を見比べ(残影照合),いずれも同一の印鑑による印影であると判断した。 カ Fは,J主任に対し,本件口座1及び2の預金通帳並びに本件払戻請求書①及び②を渡した。J主任は,口座開設店である被告CK支店に電話をかけて,本件口座1及び2について事故届が出ていないこと並びに預金名義人の住所を口頭で確認した。J主任は,上記預金通帳及び払戻請求書をFに渡し,払 した。J主任は,口座開設店である被告CK支店に電話をかけて,本件口座1及び2について事故届が出ていないこと並びに預金名義人の住所を口頭で確認した。J主任は,上記預金通帳及び払戻請求書をFに渡し,払戻しの了承を与えた。 キ Fは,午後0時40分ころ,「A様。」と呼び,窓口に来た本件払戻請求者Xらに対して150万円及び90万円を現金で渡した。同人らは,それぞれ現金を封筒にしまって退店した。 ク被告CE支店内には,防犯カメラが設置されており,窓口担当者の手元を含めた店内の数箇所に防犯カメラのシャッターボタンがあった。行員は,来店者が挙動不審であると感じた場合などに同ボタンを押して防犯カメラを作動させていたが,同支店において,防犯カメラを作動させる場合についての具体的な基準等は定められていない。本件払戻手続中であった同日午後0時30分ころにも,いずれかの行員が防犯カメラのシャッターボタンを押しており,本件払戻請求者Xらと思われる男女が撮影されている(乙イ6)。 ケ原告Aは,本件口座1から,平成14年3月18日に90万円を2回(合計180万円),同月29日に84万円等の払戻しをしており,原告Bは,本件口座2から,平成13年12月25日に50万円,平成14年3月18日に50万円を2回及び70万円(合計170万円)等の払戻しをしているが,いずれもATMにおける払戻しであった。なお,被告Cでは,平成14年8月当時,口座の取引履歴について,預金通帳における記載のほかに,口座開設店のコンピューター端末で確認することができたが,僚店の端末では確認することができなかった。 コ被告Cでは,平成14年8月当時,預金通帳に副印鑑を貼付する制度が廃止されておらず,コンピューター端末によって印鑑紙のお届印の印影を確認することができるシステムはなかった。 (2) 本 かった。 コ被告Cでは,平成14年8月当時,預金通帳に副印鑑を貼付する制度が廃止されておらず,コンピューター端末によって印鑑紙のお届印の印影を確認することができるシステムはなかった。 (2) 本件払戻しYについてア被告DG支店は,平成14年8月当時,1日の来店者が窓口担当者1名当たり15名ないし30名程度で,窓口の受付順序を示す番号札はなく,窓口担当者は原則として4名であった。 イ Hは,平成11年3月に大学卒業後,被告Dの前身であるLに就職し,本件払戻しYの時点まで3年間以上窓口業務に従事していた。同人は,上記組合に就職した際,印影照合等についての研修を受けた。 ウ本件払戻請求者Yは,身長が170センチメートル程度で黒色のような服を来た20代後半から30歳くらいの男性であったが,平成14年8月22日午後0時40分ころ,被告DG支店に来店した。その時,同支店の窓口担当者のうち2名は昼休み中で席を外しており,Hともう1名が窓口業務を担当していた。 本件払戻請求者Yは,同店内の記載台で本件払戻請求書③を記載し,本件口座3の貯金通帳と共に窓口のHに提出して,本件口座3から80万円の払戻しを求めた。本件払戻請求書③には,日付,口座番号,金額及びおなまえの欄の記載がなされ,「お届け印」欄には本件印影③が押捺されていた。なお,当時の本件口座3の貯金残高は85万2749円であった。 エ Hは,本件口座3の貯金通帳の副印鑑印影と本件印影③を,並べて置いて肉眼により見比べ(平面照合),さらに貯金通帳の副印鑑印影の上に本件払戻請求書の本件印影③を重ねて本件払戻請求書を何度かめくって両印影を見比べ(残影照合),同一の印鑑による印影であると判断した。 オ Hは,本件口座3の貯金通帳及び本件払戻請求書③を監督者のMに渡した。Mは,同通帳の副印鑑印影と本件印影 請求書を何度かめくって両印影を見比べ(残影照合),同一の印鑑による印影であると判断した。 オ Hは,本件口座3の貯金通帳及び本件払戻請求書③を監督者のMに渡した。Mは,同通帳の副印鑑印影と本件印影③の平面照合を行った上,本件払戻請求書③の検印欄に捺印した。 Mから同通帳及び本件払戻請求書③を受け取った後,オペレーターのNが昼休み中で席を外していたため,Hがコンピューター端末に入力を行って支払処理すると共に,本件口座3について事故届が出ていないことを確認した。 その後,Hは,本件口座3の貯金通帳及び本件払戻請求書③を出納係のPに渡し,Pは,同通帳の副印鑑印影と本件印影③の平面照合を行った上出金した。 カ Hは,「A様。」と呼び,窓口に来た本件払戻請求者Yに対して80万円を現金で渡した。同人は,現金を確認した後封筒にしまってバッグに入れ,退店した。 キ被告DG支店には防犯カメラが設置されており,来店者に不審な行動があった場合などに窓口担当者がシャッターボタンを押すと撮影することができた。 その防犯カメラには,本件払戻請求者Yは撮影されていなかった。 ク本件口座3からの出金は,平成12年12月の口座開設時以降,すべて電気,ガス,水道等の公共料金,家賃及び駐車料金等の自動引き落としであり,窓口やATMにおいて貯金が払い戻されたことはなかった。 (3) 本件払戻しZについてア Iは,平成14年3月に高校卒業後,被告Dの前身であるLに就職し,同年4月から被告Dの窓口業務に従事していた。同人は,同月ころ印影照合等についての研修を受けた。 イ本件払戻請求者Zは,身長が170センチメートル程度の男性であったが,平成14年8月22日午後2時ころ,被告DG支店に来店した。その時,窓口担当者のうち,本件払戻しYの際に窓口業務を担当していた上記(2)ウの2名は は,身長が170センチメートル程度の男性であったが,平成14年8月22日午後2時ころ,被告DG支店に来店した。その時,窓口担当者のうち,本件払戻しYの際に窓口業務を担当していた上記(2)ウの2名は昼休み中で席を外しており,Iともう1名が窓口業務を担当していた。 ウ上記支店において,定期貯金の払戻請求書は記載台の上に置かれておらず,定期貯金の払戻請求者は,窓口担当者から同請求書を受け取ることになっていた。本件払戻請求者Zは,来店後記載台を見た後,窓口に行き,Iに対して定期貯金を解約したい旨申し出た。原告Aは,同支店において100万円の定期貯金を2口(本件口座4及び5)並びに50万円の定期貯金を1口有しており,本件口座4・5の貯金通帳にも上記合計3口の定期貯金の記載があった。Iは,本件払戻請求者Zに対して,どの定期貯金を解約するのか尋ね,同人から100万円の定期貯金2口(本件口座4及び5)を解約したい旨回答を得て,定期貯金払戻請求書2通(本件払戻請求書④及び⑤)を渡した。 Iは,上記定期貯金の満期日がいずれも平成15年3月18日であり,満期前であることを認めたが,満期日までまだ半年間程度あり,何か入用なのだろうと思って,解約の理由を特に尋ねなかった。 エ本件払戻請求者Zは,記載台で本件払戻請求書④及び⑤を記載して,本件口座4・5の貯金通帳と共にIに提出し,本件口座4及び5からそれぞれ100万円の払戻し(解約)を求めた。本件払戻請求書④及び⑤には,それぞれ契約番号,金額及びおなまえの欄の記載がなされ,「お届け印」欄には本件印影④及び⑤が押捺されていたが,本件払戻請求書④の「お届け印」欄の印影が薄く不鮮明であった。そこで,Iは,本件払戻請求者Zに対して上記欄の再度の押捺を求め,同人はIの目の前の窓口カウンターで印鑑を取り出して押印した。 いたが,本件払戻請求書④の「お届け印」欄の印影が薄く不鮮明であった。そこで,Iは,本件払戻請求者Zに対して上記欄の再度の押捺を求め,同人はIの目の前の窓口カウンターで印鑑を取り出して押印した。 オ本件口座4・5の貯金通帳には副印鑑が貼付されていないため,Iは,上記支店内の印鑑届の保管場所から本件口座4・5の印鑑届(乙ロ7)を持って来て,同印鑑届に押捺された届出印影と本件印影④及び⑤を,並べて置いて肉眼により見比べ(平面照合),いずれも同一の印鑑による印影であると判断した。 カ Iは,本件口座4及び5の貯金通帳並びに本件払戻請求書④及び⑤等をオペレーターのNに渡し,同人がコンピューター端末に入力を行って本件口座4及び5について事故届が出ていないことを確認した。監督者のMは昼休み中で席を外しており,出納係のPが本件払戻請求書④及び⑤の検印欄及び証印欄に捺印して,200万円及び本件口座4及び5の利息合計8円を出金した。 キ Iは,「Aさん。」と呼び,窓口に来た本件払戻請求者Zに対して上記合計200万0008円を現金で渡した。 ク被告Dにおいては,同一名義人の普通貯金の取引履歴と定期貯金の取引履歴とを統一的に把握できる仕組みがなかった。本件払戻しZの1時間20分程前に,原告A名義の普通貯金の大部分が払い戻されたことを,窓口担当者のIやオペレーターのNが知ることはなかった。 ケ上記のとおり,平成14年8月当時,被告Dの定期貯金の払戻手続において,届出印影と払戻請求書に押捺された印影の照合事務を行うのは,窓口担当者のみであった。しかし,その後,被告DG支店においては,払戻請求書等と共に印鑑届を,監督者,オペレーター及び出納係に渡し,窓口担当者のほかに監督者,オペレーター及び出納係らも,届出印影と払戻請求書に押捺された印影の照合を行うようにな G支店においては,払戻請求書等と共に印鑑届を,監督者,オペレーター及び出納係に渡し,窓口担当者のほかに監督者,オペレーター及び出納係らも,届出印影と払戻請求書に押捺された印影の照合を行うようになった。 2 争点(1)(本件各払戻しが債権の準占有者に対する弁済として有効か否か)について(1) 原告らは,本件各払戻しのように,窃取された通帳と偽造した払戻請求書を用いて無権限者が不正に預貯金を払い戻す場合には,そもそも民法478条が適用されない旨主張するが,原告らの独自の主張であって採用できない。 原告らは,また,本件各払戻しに同条が適用されるとしても,同条により弁済が有効とされるためには債権者側の帰責事由が必要である旨主張する。しかし,かかる要件は条文上必要とされておらず,原告らの上記主張は採用できない。 (2) 原告らは,さらに,第2の2(1)(原告らの主張)ア(オ)bのとおり,払戻しが一定の類型的取引に該当する場合については,金融機関には,①ないし⑤の方法により,払戻請求者が正当な受領権限を有するかどうかを確認すべき注意義務がある旨主張する。 しかし,金融機関の窓口において,通帳と印鑑によって払戻しをすることは,金融業界において長年にわたって運用されてきた方法であって,現在でもなお,一般的には印鑑に対する信頼性が高く社会的に重要なものとして扱われており,通帳と印鑑によって払戻しを受けることができるというのが預貯金者の一般的な意思であると考えられる。また,大多数の払戻しは正当に行われており,金融機関による不正払戻しが問題になる事例はいまだ例外的な場合に限られることも考え合わせると,原告らが主張するような社会的事情の変化を踏まえてもなお,上記のような金融機関の取扱いが合理性を欠くに至ったとまでいうことはできない。 よって,原告らの上記主 な場合に限られることも考え合わせると,原告らが主張するような社会的事情の変化を踏まえてもなお,上記のような金融機関の取扱いが合理性を欠くに至ったとまでいうことはできない。 よって,原告らの上記主張は採用できない。 (3) 金融機関の印鑑照合を担当する者が払戻請求書に押捺された印影と届出印影ないし副印鑑印影とを照合するに当たっては,特段の事情のない限り,折り重ねによる照合や拡大鏡等による照合をするまでの必要はなく,肉眼による平面照合の方法をもってすれば足りると解されるが,金融機関の照合事務担当者に対して社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもって慎重に行うことを要し,かかる事務に習熟している担当者が相当な注意を払って熟視するならば,肉眼をもって発見し得るような印影の相違が看過された時は,金融機関に過失があったことになるというべきである(最高裁判所昭和46年6月10日第1小法廷判決・民集25巻4号492頁参照)。そして,払戻請求者が正当な受領権限を有しないのではないかとの疑いを抱くべき特段の事情がある場合には,その状況に応じた適切な確認措置を採ることが必要となり,これを怠れば,当該払戻しに当たって注意義務を尽くしたとはいえず,金融機関に過失があったことになると解するのが相当である。 以上を前提に,本件各払戻しにおいて被告らに過失があったか否かについて判断する。 (4) 被告Cの本件払戻しXについてアまず,本件口座1及び2の各預金通帳の副印鑑印影と本件印影①及び②との相違点につき検討する。 本件口座1及び2の各預金通帳は窃取されたままであり,同通帳の各副印鑑印影と対照することはできない。しかし,本件口座1及び2の各届出印影は,副印鑑印影と同一の印鑑によるものであるから,副印鑑印影と届出印影は,基本的には同一のはずである。 そこ あり,同通帳の各副印鑑印影と対照することはできない。しかし,本件口座1及び2の各届出印影は,副印鑑印影と同一の印鑑によるものであるから,副印鑑印影と届出印影は,基本的には同一のはずである。 そこで,以下,本件口座1及び2の各届出印影(乙イ1,2)と本件印影①及び②(乙イ3,4)とを比較対照する。 本件口座1及び2の各届出印影と本件印影①及び②は,印影の形及び大きさ,字の大きさ,字体,文字の配置,全体としての印象において,一見するとよく似ている。しかし,各印影の一文字一文字を比較照合すると,肉眼による平面照合によっても,以下のような相違を認めることができる。 (ア) 本件印影①及び②は,各届出印影と比較して,「■」の1画目の縦棒の上方部が太い。 (イ) 本件印影①及び②は,各届出印影と比較して,「■」の2画目の左側の払いの上部が縁取り部分に近い。 (ウ) 本件印影①及び②は,各届出印影と比較して,「■」の2画目及び3画目の左右の払いが太い。 (エ) 本件印影①及び②は,各届出印影と比較して,「■」の2画目の縦棒の上部が短い。 (オ) 本件印影①及び②は,各届出印影と比較して,「■」の6画目(「反」の2画目)の払いが長く,縁取り部分に近い。 イ印影照合手続における過失の有無上記アの(ア)ないし(オ)のとおり,肉眼による平面照合によっても,本件口座1及び2の各届出印影と本件印影①及び②は相違している。そして,かかる相違点は,本件払戻請求書①及び②の口座番号欄にそれぞれ押捺された訂正印においても共通に認められるものである。以上のような相違の内容及び程度に照らすと,かかる相違は,同一の印鑑を押捺したが朱肉の付き具合や力の入れ具合,印鑑の摩耗,欠損等によって生じたものとは認め難いというべきである。 したがって,金融機関である被告Cの照合事務担当者 度に照らすと,かかる相違は,同一の印鑑を押捺したが朱肉の付き具合や力の入れ具合,印鑑の摩耗,欠損等によって生じたものとは認め難いというべきである。 したがって,金融機関である被告Cの照合事務担当者としては,社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもって慎重に印影照合をし,そのような注意を払って熟視したならば,本件口座1及び2の各届出印影と本件印影①及び②との上記相違について,肉眼をもって発見し得たというべきで,本件印影①及び②が本件口座1及び2の各届出印によって作出されていないのではないかとの疑いを抱くべきであった。 ウ特段の事情について前記1(1)エの認定事実によると,本件払戻請求者Xらがそれぞれ本件払戻請求書①及び②を記載したこと,同請求書①及び②の口座番号欄には,当初は,いずれも貯蓄預金ではなく普通預金の口座番号が記載されていたことが認められる。被告CE支店において2,3日に1件程度,貯蓄預金の取引をする者が誤って普通預金の口座番号を記載することがあったのだとしても,それぞれ別々に本件払戻請求書①及び②を記載した本件払戻請求者Xらが両名とも同じ誤りをすることは,多少とも不自然であるということができ,被告Cの窓口担当者において,本件払戻請求者Xらに正当な受領権限を有しないのではないかとの疑いを抱くべき一つのきっかけになりうる事情であったと評価しうるところである。 また,前記1(1)クの認定のとおり,本件払戻しXの手続中にいずれかの行員が防犯カメラを作動させており,本件払戻請求者Xらと思われる男女が撮影されているもので,同人らの言動に何らかの不審感を抱かせる点があった可能性も否定できない。 エ以上の検討によると,本件払戻しXにおいて,被告Cの窓口担当者としては,本件印影①及び②が本件口座1及び2の各預金通帳の副印鑑印影 言動に何らかの不審感を抱かせる点があった可能性も否定できない。 エ以上の検討によると,本件払戻しXにおいて,被告Cの窓口担当者としては,本件印影①及び②が本件口座1及び2の各預金通帳の副印鑑印影と同一の真正な印鑑によるものではないのではないかとの疑いを抱いた上,本件払戻請求者Xらから印鑑を借り受けて自ら押し直してみるとか,同人らに対して運転免許証等の身分証明書の提示を求めたり,口座開設店である被告CK支店に対して印鑑紙の写しをファックスで送付させた上勤務先を確認したりするなどの確認措置を採るべき注意義務があったのに,それを怠ったというべきである。 オしたがって,本件払戻しXについては被告Cに過失があったことになるから,同払戻しは,債権の準占有者に対する弁済とは認められず,弁済としての効力を有しないことになる。 (5) 被告Dの本件払戻しYについてアまず,本件口座3の貯金通帳の副印鑑印影と本件印影③との相違点について検討する。 本件口座3の貯金通帳は窃取されたままであり,同通帳の副印鑑印影と対照することはできない。しかし,本件口座3の届出印影は,副印鑑印影と同一の印鑑によるものであるから,副印鑑印影と届出印影は,基本的には同一のはずである。 そこで,以下,本件口座3の届出印影(乙ロ5)と本件印影③(乙ロ4)とを比較対照する。 本件口座3の届出印鑑と本件印影③は,印影の形及び大きさ,字の大きさ,字体,文字の配置,全体としての印象において,非常によく似ていると評価することができる。しかし,各印影の一文字一文字を当初から別異のものではないかとの疑念を持って,ことさらに注意深く観察すれば,肉眼によっても,以下のような相違を認めることが不可能ではない。 (ア) 本件印影③は,届出印影と比較して,「■」の3画目の右側の払いの下部が上 ないかとの疑念を持って,ことさらに注意深く観察すれば,肉眼によっても,以下のような相違を認めることが不可能ではない。 (ア) 本件印影③は,届出印影と比較して,「■」の3画目の右側の払いの下部が上方にある。 (イ) 本件印影③は,届出印影と比較して,「■」の1画目の横棒と5画目(「反」の1画目)の横棒との接続部が上方にある。 (ウ) 本件印影③は,届出印影と比較して,「■」の3画目の右上部が長い。 イ印影照合手続における過失の有無上記アの(ア)ないし(ウ)の相違に照らすと,事後的,客観的には,本件印影③は本件口座3の届出印鑑とは別の印鑑によって顕出されたものとの判断が可能といえる。 しかしながら,肉眼による限り慎重に比較照合してもその相違は微妙なものであって,同一の印鑑を押捺しても朱肉の付き具合や力の入れ具合によって生ずる程度の違いであると言えなくもない。したがって,金融機関である被告Dの照合事務担当者が,実際の日常業務の中で,社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもって慎重に印影照合をし,そのような注意を払って熟視したとしても,肉眼をもって別異の印鑑による印影であることを発見するのは極めて困難であったというべきである。 以上によれば,本件払戻しYに際しての印影照合手続において,被告Dに過失があったと認めることはできない。 ウ特段の事情の有無本件払戻しYについては,前記1(2)認定の事実によっても,本件払戻請求者Yに正当な受領権限を有しないのではないかとの疑いを抱くべき特段の事情は認められないというべきであり,その他,そのような特段の事情があったものと認めるに足りる証拠はない。 この点,原告らは,払戻請求額が本件口座3の貯金残高の約93パーセントに当たる80万円であり,同口座からは従来公共料金等が引き落とされているだけで窓 の事情があったものと認めるに足りる証拠はない。 この点,原告らは,払戻請求額が本件口座3の貯金残高の約93パーセントに当たる80万円であり,同口座からは従来公共料金等が引き落とされているだけで窓口やATMにおいて払戻しがなされたことはなかった旨主張する。 しかし,80万円は,個人が一度に払い戻す金額としてもそれほど多額とはいえないし,80万円程度の現金が必要な事態が生じることも不自然ではなく,そのことは,かかる事態が過去に一度もなかったとしても同様である。したがって,原告らが主張する上記事情をもって,被告Dの窓口担当者が,本件払戻請求者Yに正当な受領権限を有しないものとの疑いをかけるべきであったとまでいうことはできない。 エなお,原告らは,被告Dらが平成14年8月当時に副印鑑制度を廃止していなかったこと自体が過失であるとも主張する。 しかし,副印鑑制度の廃止は,印鑑ないし印影の偽造防止という観点からは望ましいものであるが,他方で,預貯金者が複数の印鑑を所持している場合に届出印として使用した印鑑の判別に有用であるという面もあり,また副印鑑制度に代わるシステムを構築する負担の問題もあることからすれば,被告Dにこれを廃止すべき法的義務があるとまではいえない。 その他,原告らは,貯金払戻しシステム全体に関する被告Dの過失についても,第2の2(1)(原告らの主張)エ(イ)において主張する。しかし,過失の有無は,個別の払戻しの状況に応じて判断されるべきであり,原告らの上記主張についても,本件払戻しYについての被告Dの過失を構成するとは認められない。 オ以上によれば,本件払戻しYについて被告Dに過失があったとは認められず,同払戻しは,債権の準占有者に対する弁済として有効であるというべきである。 (6) 被告Dの本件払戻しZについてア本件口座4 以上によれば,本件払戻しYについて被告Dに過失があったとは認められず,同払戻しは,債権の準占有者に対する弁済として有効であるというべきである。 (6) 被告Dの本件払戻しZについてア本件口座4・5の届出印影(乙ロ7)と本件印影④及び⑤(乙ロ6の1・2)とを比較対照し,相違点につき検討する。 本件口座4・5の届出印影と本件印影④及び⑤は,印影の形及び大きさ,字の大きさにおいて,一見すると似ている。しかし,各印影の一文字一文字を比較照合すると,肉眼による平面照合によっても,以下のような相違を認めることができる。 (ア) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の1画目の縦棒の上方部が太い。 (イ) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の2画目の左側の払いの上部が縁取り部分に近い。 (ウ) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の2画目の左側の払いが長く,縁取り部分に近い。 (エ) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の2画目及び3画目の左右の払いが太い。 (オ) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の2画目の縦棒の上部が短い。 (カ) 本件印影④及び⑤は,届出印影と比較して,「■」の6画目(「反」の2画目)の払いが長く,縁取り部分に近い。 イ印影照合手続における過失の有無上記アの(ア)ないし(カ)のとおり,肉眼による平面照合によっても,本件口座4・5の届出印影と本件印影④及び⑤は相違しており,全体としての印象も,各印影が異なる印鑑によって作出されたのではないかとの疑いを抱き得るものということができる。さらに,本件印影④及び⑤は,いずれも縁取り部分の一部が欠けており不鮮明であると認められる。以上のような相違の内容及び程度に照らすと,かかる相違は,同一の印鑑を押捺したが朱肉の付き具合や力の入れ具 さらに,本件印影④及び⑤は,いずれも縁取り部分の一部が欠けており不鮮明であると認められる。以上のような相違の内容及び程度に照らすと,かかる相違は,同一の印鑑を押捺したが朱肉の付き具合や力の入れ具合,印鑑の摩耗,欠損等によって生じたものとは認め難いところである。 したがって,金融機関である被告Dの照合事務担当者において,社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもって慎重に印影照合をし,そのような注意を払って熟視したならば,本件口座4・5の届出印影と本件印影④及び⑤との上記相違について,肉眼をもって発見し得たというべきであり,上記担当者としては,本件印影④及び⑤が本件口座4・5の届出印によって顕出されたものではないのではないかとの疑いを抱くべきであったといえる。 ウ特段の事情について本件は,同一日の約1時間半前という接近した時間に,普通貯金が80万円払い戻され(本件払戻しY),その後に合計200万円の定期貯金の払戻請求(本件払戻しZ)がなされたものである。この点,上記普通貯金と定期貯金とは異なる口座に入っており,被告Dにおいて,普通貯金と定期貯金との取引履歴を統一的に把握できる仕組みもなかったものであるが,少なくとも出納係のPは本件払戻しY及びZの双方の払戻手続に関与していたと認められる。そうすると,被告Dの窓口担当者としては,本件払戻しYがなされた事実を本件払戻しZの前に認識することが可能であったとみられる。 なお,原告らは,本件口座4・5の届出印について,被告Dの窓口担当者が何らかの指摘をしたと考えられる旨主張するが,本件全証拠によっても,かかる事実を認めるに足りない。 エ以上の検討によると,本件払戻しZにおいて,被告Dの窓口担当者としては,本件印影④及び⑤が本件口座4・5の届出印影と同一の真正な印鑑によるものではないの っても,かかる事実を認めるに足りない。 エ以上の検討によると,本件払戻しZにおいて,被告Dの窓口担当者としては,本件印影④及び⑤が本件口座4・5の届出印影と同一の真正な印鑑によるものではないのではないかとの疑いを抱いた上,本件払戻請求者Zから印鑑を借り受けて自ら押し直してみるとか,同人に対して運転免許証等の身分証明書の提示を求めたり,住所,電話番号及び生年月日を確認したりするなどの確認措置を採るべき注意義務があったのに,それを怠ったというべきである。 オしたがって,本件払戻しZについては被告Dに過失があったことになるから,同払戻しは,債権の準占有者に対する弁済とは認められず,弁済としての効力を有しないことになる。 なお,被告Dが主張するとおり,JA(農業協同組合)の総合口座取引規定(乙ロ1)及び定期貯金規定(乙ロ2)には,払戻請求書に使用された印影を届出の印鑑と相当の注意をもって照合し,相違ないものと認めて取り扱った上は,偽造,変造,その他の事故があってもそのために生じた損害については,当組合は責任を負わない旨の免責条項がある。しかし,上記免責条項は,当該JAが必要な注意義務を尽くしたことを前提として適用されるものであって,当該JAが注意義務を尽くさなかったため過失があるとされる時には,同条項を援用することは許されない趣旨と解するべきである。本件払戻しZについては,上記のとおり被告Dに過失があったと認められるのであるから,被告Dは,上記免責条項や商慣習を援用して同払戻しの弁済としての有効性を主張することはできないと解するのが相当である。 (7) 以上によれば,被告Dの本件払戻しYは,債権の準占有者に対する弁済として有効となるが,被告Cの本件払戻しX及び被告Dの本件払戻しZは,いずれも債権の準占有者に対する弁済とは認められず 。 (7) 以上によれば,被告Dの本件払戻しYは,債権の準占有者に対する弁済として有効となるが,被告Cの本件払戻しX及び被告Dの本件払戻しZは,いずれも債権の準占有者に対する弁済とは認められず,弁済としての効力を有しないことになる。 3 争点(2)(過失相殺)について被告Dは,貯金通帳等の管理や盗難被害を受けた後の対応について原告らに過失があった旨主張する。 しかし,第2の1(3)アのとおり,原告らは,本件各口座の預貯金通帳等を居間の押し入れのカラーボックス内でクリアファイルに入れて保管しており,しかも,本件各口座の届出印は,上記通帳等とは別に保管していたために窃取されなかったのである。また,第2の1(5)のとおり,原告らは,預貯金通帳等の盗難被害にあってから約10日間経過後に被害に気付き,その日のうちに被告らに対して本件各口座の利用停止を求め,警察署に被害を届け出ている。なお,被告Dは,副印鑑が貼付されていない本件口座4・5の貯金通帳に,原告らが届出印影についての何らかの痕跡を残していたと考えられる旨主張するが,本件全証拠によっても,かかる事実を認めるに足りない。 そうすると,原告らは,本件各口座の預貯金通帳及び届出印等を,社会通念上預貯金者に求められている程度の適切さをもって管理していたものと認めることができ,本件各払戻しがなされたことについて原告A側に帰責事由があるということはできない。 したがって,被告Dの過失相殺の主張は採用できない。 4 争点(3)(保険による填補)について第2の1(6)の事実によれば,原告Aは,共栄火災海上保険相互会社から,同原告を被保険者とする住宅総合保険契約に基づき,本件に係る預貯金通帳等の盗難を保険事故とする損害が発生したとして保険金200万円を受領していることが認められる。 しかしながら 険相互会社から,同原告を被保険者とする住宅総合保険契約に基づき,本件に係る預貯金通帳等の盗難を保険事故とする損害が発生したとして保険金200万円を受領していることが認められる。 しかしながら,前記2で検討したとおり,被告Cについては本件払戻しXが,被告Dについては本件払戻しZがいずれも債権の準占有者に対する弁済とは認められず,弁済としての効力がないことになるのである。そうである以上,被告C及び被告Dは,これらの払戻金に対応する金員について,正当な預貯金者である原告らから改めて解約による払戻金の支払請求がなされた場合において,その全額について支払義務を負うのは当然であって,預貯金者が盗難による保険金を受領していることを理由として解約による払戻金の支払義務を免れるような法律関係にはないと解するのが相当である。 原告らの本訴請求は,被告らに対する預貯金の解約による払戻金の支払請求であって,損害賠償請求ではないのであるから,被告らの保険による填補の主張は失当である。 本件払戻しX及びZに対応する金員について,原告Aの預貯金の解約による払戻金の支払請求が認容されることによって,原告Aが保険金相当額を二重に利得し得る状態が発生したとしても,そのことは同原告と上記保険会社(保険金の支払によって同原告の権利を代位取得することになる。)との間で解決されるべき問題であると解される。 5 争点(4)(遅延損害金)について原告Aは,遅延損害金について,被告Dに対しても商事法定利率年6分の請求をしているが,被告Dは農業協同組合であって商人でない上,原告Aとの定期貯金取引は商行為とはいえないから,この点については理由がない。 なお,被告Dは,定期貯金の満期前解約に必ず応じなければならない義務はないから,本件払戻しZに係る定期貯金合計200万円について,満 期貯金取引は商行為とはいえないから,この点については理由がない。 なお,被告Dは,定期貯金の満期前解約に必ず応じなければならない義務はないから,本件払戻しZに係る定期貯金合計200万円について,満期日である平成15年3月18日までは,定期貯金取引における約定利率年0.220パーセントとされるべきである旨主張する。しかし,どの時期に貯金の払い戻しを受けるかは原則として貯金者の意思に委ねられるものであって,定期貯金においても満期前の解約が前記定期貯金規定(乙ロ2)上禁じられているものでもなく,実際に被告DG支店が本件払戻請求者Zに対する満期前の解約に応じていることからしても,被告Dの上記主張は採用できない。 そうすると,原告Aの被告Dに対する遅延損害金の支払請求は,同原告が被告Dに対して上記定期貯金の払戻請求をしたことが明らかな訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるというべきである。 6 結論以上の検討によれば,原告A及び原告Bの被告Cに対する請求はいずれも理由があることになり,原告Aの被告Dに対する請求は主文2項の限度で理由があるが,その余は理由がないことになる。 よって,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第6部裁判長裁判官氣賀澤耕一裁判官岡田治裁判官東千香子(別紙1から3省略)
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