主文 本件控訴を棄却する。 理由 第1 本件事案の概要と控訴の趣意(以下、略称は概ね原判決の例による。)本件は、被告人が、愛知県選挙管理委員会が令和2年8月25日、Aらを解職請求代表者として告示した愛知県知事の解職請求に関し、複数の共犯者らと共謀の上、ほしいままに、アルバイト作業員3名に、同県知事の選挙権を有する合計71名の氏名を解職請求者署名簿の氏名欄に記載させ、もって解職請求者の署名を偽造した、とされる事案(原判示第1ないし第3)である。弁護人の控訴趣意は法令適用の誤り、事実誤認、訴訟手続の法令違反及び量刑不当(量刑上重要な事実の誤認をいう点は量刑不当の主張と解される。)の各主張である。 第2 法令適用の誤り、事実誤認及び訴訟手続の法令違反の主張について 1 弁護人は、原判示各事実に係る本件署名簿について、①県選管が市区町村選管に対してした本件署名簿に係る本件調査依頼は、法律上の根拠がなく違法である、②本件署名簿が仮提出された段階では、選管には署名の有効性を調査する権限がない上、署名の有効性調査は強度のプライバシー侵害を伴うから、本件調査依頼は違法である、③県選管が市区町村選管に対してした本件署名簿に係る本件保管要請は、事実上の押収処分であって令状主義に反し違法である、④本件署名簿は、違法な本件調査依頼、本件保管要請によって調査、保管され、その後警察に押収されたものであるから、本件署名簿及びその派生証拠(以下併せて「本件署名簿等」ということがある。)は違法収集証拠であるとして、❶本件調査依頼が地方自治法(以下「法」という。)245条の4第1項(以下「本件規定」という。)に基づくものと解した原判決には法令適用の誤りがあり、❷本件調査依頼及び本件保管 法収集証拠であるとして、❶本件調査依頼が地方自治法(以下「法」という。)245条の4第1項(以下「本件規定」という。)に基づくものと解した原判決には法令適用の誤りがあり、❷本件調査依頼及び本件保管要請が適法であると認めた原判決には事実の誤認があり、❸本件署名簿等を証拠排除しなかった原審の訴訟手続には法令違反がある、と主張する。 2 原判決の判断の概要 原判決は、原審弁護人(当審弁護人と同じ)の概ね同旨の主張に対し、要旨以下のとおり説示して、本件署名簿等は違法収集証拠に当たらないと判断した。 ⑴ 事実関係について関係証拠によれば、被告人は、共犯者らと相通じて、令和2年10月(以下、特に断りがない限り、日付は令和2年のそれを指す。)に愛知県知事の解職請求者の署名を署名簿に代筆させるなどして偽造した上、11月4日、各署名簿を市区町村選管(愛知県内の64市区町村の選管)に仮提出したこと、その後、県選管に対し、県民や本件リコールの請求代表者37名の一部から、不正な署名がある旨の報告等があり、県選管は、12月21日、市区町村選管宛てに本件依頼文書(原審職1)を発出して、本件調査依頼(有効とは認められないと判断する署名の件数等を確認するよう依頼するもの)及び本件保管要請(県からの指示があるまでは請求代表者からの署名簿の返付には応じず、厳重に保管することを依頼するもの)を行ったこと、市区町村選管は、仮提出された署名簿について署名の筆跡の同一性等を確認する調査を実施し、令和3年1月、県選管に結果を回答したことが認められる。 ⑵ 本件調査依頼の法的根拠についてア本件当時、県選管事務局の局長補佐を務めていたB証人の供述(本件調査依頼につき、直接請求制度の問題点や課題等を総務省に対して たことが認められる。 ⑵ 本件調査依頼の法的根拠についてア本件当時、県選管事務局の局長補佐を務めていたB証人の供述(本件調査依頼につき、直接請求制度の問題点や課題等を総務省に対して提案・提言する目的で、本件規定に基づいて行った旨供述する。)、本件依頼文書の名義人であるC証人の供述、本件依頼文書中の本件調査依頼の目的に関する記載を踏まえると、本件調査依頼は、B証人らが供述するとおり、本件規定に基づき「都道府県の執行機関」である県選管が、「その担任する事務」である直接請求手続につき「普通地方公共団体の事務の適正な処理に関する情報を提供する」目的で、「必要な資料の提出」を求めたものとみて、何ら不合理な点はない。 イ原審弁護人は、本件規定において、都道府県の執行機関が依頼をすることのできる客体は「普通地方公共団体」(都道府県及び市町村)と定められているから、普通地方公共団体の執行機関である市区町村選管は客体となり得ないという が、本件規定の文理に照らして、本件調査依頼のように、県の執行機関が普通地方公共団体の執行機関を名宛人として本件規定に基づき資料の提出を求めることが排除されていると解すべき理由は見当たらない。 実質的にみても、普通地方公共団体の執行機関は、当該普通地方公共団体の機能の各部分を分掌して担当しているという性質に照らして、法138条の3第2項は「執行機関相互の連絡を図り、すべて、一体として、行政機能を発揮するようにしなければならない。」と規定しているのであり、県選管が担任する事務に関する資料の提出を普通地方公共団体に求めるに当たり、当該事務を担任している市区町村選管をその「窓口」たる名宛人とすることには十分な合理性が認められる。 ウ以上によれば、県選管が する事務に関する資料の提出を普通地方公共団体に求めるに当たり、当該事務を担任している市区町村選管をその「窓口」たる名宛人とすることには十分な合理性が認められる。 ウ以上によれば、県選管が本件規定に基づき市区町村選管宛てに本件調査依頼を発出したことは、法令の根拠を欠いた違法な行政調査であるとは評価できない。 ⑶ 本件調査依頼の調査手法についてア B証人の供述等によれば、本件調査依頼に基づく調査の手法として、仮提出された署名簿の中の全署名に関し、選挙人名簿への登録の有無や生死、署名簿への必要的記載事項の記載の有無のほか、同一人による筆跡やぼ印ではないかといった事項を確認するというものであって、第三者への聞き取り調査などは実施せず、各市区町村選管内部で完結させることが想定されていたことが認められる。 イ上記の調査手法は、署名簿自体から明白な事実や、選管自身の責任と権限において利用できる資料の範囲内で署名の有効性を判断するというものであって、この調査のために各市区町村選管がその権限を超えて個人の生死等のプライバシー情報や政治思想を調査するといったものではないから、署名者らが新たなプライバシー侵害を被るものではない。本件調査依頼の目的の正当性に照らし、その調査手法が相当性を欠く違法なものとは評価できない。 ⑷ 本件保管要請についてア本件保管要請の趣旨について、B証人及びC証人はいずれも、署名簿を 返却することを含む直接請求の一連の手続が合同行為と解されることを前提に、当時、請求代表者間でリコールの会の活動の継続について意見が分かれていたことから、市区町村選管にそのような状況を伝えた上で本件署名簿について慎重な取扱いをするよう要請するものであった旨供述する。 、当時、請求代表者間でリコールの会の活動の継続について意見が分かれていたことから、市区町村選管にそのような状況を伝えた上で本件署名簿について慎重な取扱いをするよう要請するものであった旨供述する。 イ関係証拠によれば、Aは、11月7日以降、リコールの会の活動中止を発表したが(署名簿が返却された場合には公開消却(溶解)することもSNS上で公言していた。)、その頃以降も請求代表者間において署名収集活動の継続や署名簿の返還につき意見が分かれており、請求代表者のうちの一部は、県選管又は一部の市区町の選管に対し、請求代表者を辞退しないことを宣言したり、署名簿を返却しないよう求めたり、署名簿の返還について証拠保全のため慎重な取り計らいを求めていたと認められる。このように本件依頼文書の発出当時、請求代表者間において署名収集活動の継続や署名簿の返還について意見の分かれている状況にあったことは、B証人らの上記供述とよく整合する。 また、関係証拠によれば、県選管は、本件保管要請をする前から、被告人を含む関係者に対し、請求代表者ら全員の一致した意思によらなければ本件署名簿を返還することはできないとの姿勢をとっていたことが認められる。 そうすると、B証人らの供述は信用でき、本件保管要請の直接の理由は、本件署名簿の返却要請を合同行為と捉えた上で、請求代表者の意思が一致していない当時の情勢に照らして市区町村選管に対して慎重な対応を求めることにあったと認められ、このような県選管の判断は、関係法令に照らし不合理なものとはいえない。 ウ以上によれば、本件保管要請発出の趣旨は犯罪捜査に供することを唯一の目的としたものとは認められないから、事実上の押収処分であるとの原審弁護人の主張はその前提を欠き採用できない。 3 当裁判所の判断⑴ 原判 保管要請発出の趣旨は犯罪捜査に供することを唯一の目的としたものとは認められないから、事実上の押収処分であるとの原審弁護人の主張はその前提を欠き採用できない。 3 当裁判所の判断⑴ 原判決の認定、判断に不合理な点は認められず、弁護人の主張する法令適用の誤り及び事実の誤認はなく、本件署名簿等を証拠排除しなかった原審の訴訟手 続に法令違反があるとは認められない。 ⑵ 本件調査依頼の法的根拠について(法令適用の誤りの主張について)ア弁護人は、①地方自治法は「第2編普通地方公共団体」に定義規定を置き、特に第7章では「執行機関」との項目を置くなど、普通地方公共団体と執行機関を書き分けているのであって、その書き分けが十分でないという原判決の論理は根拠がなく、文理解釈を無視している、②法138条の3第2項の「一体として、行政機能を発揮する」とは、普通地方公共団体の執行機関は、それぞれ分立し、その管理・執行の分野は各々別個ではあるが、当該普通地方公共団体の機能としてみた場合には、各執行機関の事務の管理、執行が、全体としての調和をもって無駄なくその効果が発揮されるようにしなければならないという意味であり、管理・執行機能までが一体化してよいというものではない、③原判決の論理を採用すると、法が執行機関の所掌事務を個別に明示的に列挙している意味がなくなる、という。 イまず、原判決は、本件調査依頼の根拠や目的に関するB証言の信用性を認めて、県選管は本件規定に基づいて本件調査依頼を行った旨認定したものであるが、そのような原判決の供述の信用性判断及び事実認定に不合理な点はない。 そして、①については、原判決は、法245条の4を含む法第11章第1節第1款の構造や内容を検討し、同款は、関与の法定主義 あるが、そのような原判決の供述の信用性判断及び事実認定に不合理な点はない。 そして、①については、原判決は、法245条の4を含む法第11章第1節第1款の構造や内容を検討し、同款は、関与の法定主義の原則の下で、行政庁としての国(具体的には各大臣)や都道府県(具体的には知事やその執行機関)が主体として普通地方公共団体に関与する際の在り方を法定したものと解した上で、関与の「客体」については主体ほど厳密に書き分けられているとは解されず、むしろ普通地方公共団体については、執行機関を包含するものとして位置付けているものと解される、と説示しており、このような原判決の解釈、判断は法の趣旨、文言に照らして不合理なものとは解されないのであって、文理解釈を無視しているなどの弁護人の指摘①は当たらない。 また、②、③については、原判決が説示するとおり、資料の提出を普通地方公共団体に求めるに当たり、実際に当該事務を担任する執行機関を窓口にして、名宛人 とすることは合理性があるところ、市町村でなくその選管を名宛人としたからといって、執行機関の所掌事務と権限の範囲を超えて、管理、執行機能を一体化するものではなく、法が各執行機関の所掌事務及び権限を定めた趣旨に反するものともいえない。 ウ法令適用の誤りをいう弁護人の主張は、理由がない。 ⑶ 本件調査依頼の調査手法等について(事実誤認の主張について)ア弁護人は、仮提出の段階では、法は選管に対し署名の有効性調査の権限を与えていないというが、本件調査依頼に基づく有効性調査は、本件の県知事の解職請求手続の一環としての署名の審査(法81条2項、74条の2第1項)ではなく、選管が、法186条により職務権限を有する事務(選挙に関する事務及び「これに関係のある事務」)に 査は、本件の県知事の解職請求手続の一環としての署名の審査(法81条2項、74条の2第1項)ではなく、選管が、法186条により職務権限を有する事務(選挙に関する事務及び「これに関係のある事務」)に関し、本件規定に基づいて行ったものであるから、選管に権限があることは明らかである。弁護人の主張は前提を欠く。 イ弁護人は、本件調査依頼に基づく調査手法が強度のプライバシー侵害を伴うというが、本件調査依頼の目的の正当性に照らし、その調査手法が相当性を欠く違法なものではないことは、原判決が適切に説示するとおりであり、当審で特に付け加える点はない。 ウ本件調査依頼の適法性に係る事実誤認をいう弁護人の主張は、理由がない。 ⑷ 本件保管要請について(事実誤認の主張について)弁護人は、本件依頼文書の記載(罰則適用に向けた動きとなった場合、署名簿は重要な証拠物件となるが、警察当局と協議中のため、県からの指示があるまでは請求代表者からの署名簿の返付には応じず、厳重に保管するよう指示する旨の記載がある。)からすれば、県選管が犯罪捜査目的で署名簿の不返却を指示したのは明らかであるのに、物的証拠と真逆のB証人の供述の信用性を優先させた原判決には誤りがあるという。 この点、原判決は、上記記載があることを踏まえて、本件調査依頼の目的の認定 に当たり、県選管において、本件調査依頼に基づく調査の結果が刑事手続の証拠となる可能性をも想定していたことは明らかである旨説示している。B証人の供述には、上記記載とそぐわない点があるものの、当時、県選管が警察から、本件に関し一般的な問い合わせを超えて具体的な捜査の協力を求められていたなどの状況はうかがわれず、刑事手続を念頭においた証拠保全の必要性は抽象的なものにと ない点があるものの、当時、県選管が警察から、本件に関し一般的な問い合わせを超えて具体的な捜査の協力を求められていたなどの状況はうかがわれず、刑事手続を念頭においた証拠保全の必要性は抽象的なものにとどまっていた一方で、請求代表者間で意見が分かれる中で、一部の請求代表者から返却要請があり、県選管として早急な対応が求められていたと考えられることからすると、当時の上記情勢に照らして市区町村選管に対し慎重な取扱いをするよう要請する目的があった旨のB証人の供述に沿ってそのように認定したことが不合理であるとは認められない(なお、本件保管要請を行うに当たり、本件依頼文書の記載にあるとおり、本件署名簿が地方自治法の罰則適用の証拠となることが想定されていたとしても、当時、県選管が担任する事務である県知事のリコールについて、組織的・意図的な署名偽造が強く疑われ、しかも、署名簿を返付した場合には廃棄される可能性が非常に高いという状況下では、市区町村選管に対し、提出された署名簿を保管するよう要請することが違法となるとは考え難い。)。 本件保管要請の適法性に係る事実誤認をいう弁護人の主張は、理由がない。 ⑸ 違法収集証拠の主張について(訴訟手続の法令違反の主張について)以上によれば、本件調査依頼及び本件保管要請に弁護人主張の違法はないから、本件署名簿等を違法収集証拠として排除すべきであったとの弁護人の主張は、前提を欠く。 第3 量刑不当の主張について 1 弁護人は、被告人は、リコールを成立させる目的はなく、「惜しくも法定署名数に到達しなかったが、多大なる支持を得た」という惜敗演出目的であった合理的疑いが残るのに、リコール成立目的を認めた原判決には事実の誤認があり、この点の誤認がなければ量刑はより軽かった、という。 2 原判決の判断の概要 持を得た」という惜敗演出目的であった合理的疑いが残るのに、リコール成立目的を認めた原判決には事実の誤認があり、この点の誤認がなければ量刑はより軽かった、という。 2 原判決の判断の概要 原判決は、被告人は、来たる国政選挙の際、Aの支援を得ることを期待してリコールの会の活動に従事していたこと自体は否定し難いとしつつ、わざわざ名簿業者から80万件分の名簿を購入した上で、本件リコール成立に必要な法定署名数(86万7133人)に匹敵する数の署名を偽造するよう共犯者Dに依頼していることからすると、リコール成立目的があったと強く推認できるとし、このように考えるのが、Aの支援を得るという被告人の動機に照らして自然であり、リコールの会事務局スタッフに対して、法定署名数を超えなければ意味がないかのような発言をしていたことからも一層明らかであるとして、リコール成立目的を認定した。 3 当裁判所の判断⑴ 上記のような原判決の認定、判断に不合理な点は認められない。 ⑵ 弁護人は、①リコール惜敗を演出するためには、法定署名数に匹敵する程度を集める必要があり、そのためには名簿の購入は不可欠であるから、名簿業者から名簿を購入して法定署名数に匹敵する署名を偽造しようとしたという間接事実は惜敗演出目的を否定しない、②むしろ、証拠上、被告人は名簿業者からの購入にあたり、名簿の有効性に意を用いていたとは考えられないが、このことはリコール成立目的を否定する事情となる、という。 しかし、弁護人が①で指摘する間接事実がリコール成立目的を強く推認させることは明らかである。そして、原判決が指摘する、共犯者、関係者に対する被告人の発言(「リコールするためには、80万人くらいの署名が必要なんだけど、その数に達するか分か コール成立目的を強く推認させることは明らかである。そして、原判決が指摘する、共犯者、関係者に対する被告人の発言(「リコールするためには、80万人くらいの署名が必要なんだけど、その数に達するか分からんから、念のためにね」「(偽造すべき署名は)70万とか、80万とか、多くても100万くらいかな。届けた署名簿は、全部やってほしい」「不備書類が出てくることを考えたら、少なくとも110万人分の署名は必要なんだよね」「86万いかんかったら、タダの紙切れや」)からすれば、被告人は、購入した名簿に一定数無効な件数が含まれることを考慮した上で、適法な署名収集活動と偽造によるものとを併せて、法定署名数以上の署名を集めようとの態度が認められる一方で、法定署名数以下に抑えようとした形跡は全くうかがえないのであるから、 リコール成立目的があったと認めた原判決に誤りはない。 弁護人の主張は、理由がない。 第4 結論よって、刑訴法396条により、主文のとおり判決する。 令和6年11月6日名古屋高等裁判所刑事第2部 裁判官細野高広 裁判官山田順子 裁判長裁判官田邊三保子は転補のため署名押印できない。 裁判官細野高広
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