平成14(わ)184 業務上過失致死被告事件

裁判年月日・裁判所
平成16年3月17日 札幌地方裁判所
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判決文本文7,170 文字)

主文 被告人を禁錮2年に処する。 この裁判の確定した日から3年間刑の執行を猶予する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 (犯罪事実)被告人は,旅行業等を営む株式会社Aの旅行本部営業統括室国内仕入造成サブマネージャーとして同社の主催する有料登山ツアーの企画立案及びツアー客の引率等の業務に従事し,平成11年9月22日から同月26日までの日程でB(当時59歳),C(当時64歳)ら16名のツアー客が参加した羊蹄山(標高1898メートル)等の有料登山ツアーに添乗員として同行し,同月25日,同山比羅夫登山道登り口から同山頂までの往復路の登山引率を開始し,同日午前11時30分ころ,北海道虻田郡a町字bc番dの同登山道9合目(標高約1700メートル)付近に至ったが,当時,降雪時期直前であり,同所付近より上は,濃霧で視界が悪く,ガレ場や登山道の分岐が続き,登山道を見失うおそれがあり,かつ,ツアー客が同山登山の経験がなく,登山道の状況等を熟知していない者であり,添乗員から離れて適切な引率を受けられない場合には,登山道を見失って山中を迷走し,著しい気温低下により凍死する可能性があったのであるから,ツアー客を引率する添乗員としては,ツアー客が自集団に合流するのを待ち,その安全を図るべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,同合目付近で,自集団からB及びCが後方に離れていたにもかかわらず,遅れてついてくるものと軽信し,そのまま登山引率を継続してB及びCから離れ去った過失により,同日午前11時30分過ぎころ,B及びCをして,登山道の分岐点から別道を経由させ,そのころから同月26日未明までの間,登山道を見失わせて同山頂付近を迷走させた上,同所付近で,B及びCをそれぞれ凍死させた。 (補足説明) 1 弁護人は,B及びCの行動経路の証明不十分であるなど過失は認め ころから同月26日未明までの間,登山道を見失わせて同山頂付近を迷走させた上,同所付近で,B及びCをそれぞれ凍死させた。 (補足説明) 1 弁護人は,B及びCの行動経路の証明不十分であるなど過失は認められないから,被告人は無罪である旨主張する。(なお,以下の○付き表示及び「遺体発見現場」は別紙図面上の各対応位置を示す。) 2 被告人の業務について関係各証拠によれば,被告人は,旅行業等を営む株式会社Aの旅行本部営業統括室国内仕入造成サブマネージャーであり,これまで多数の登山ツアー添乗を経験するなど国内旅行の企画・販売・添乗等を担当し,平成11年9月22日大阪発,同月24日ニセコアンヌプリ登山,同月25日羊蹄山登山,同月26日帰阪という行程の「ニセコアンヌプリと蝦夷富士・羊蹄山」と題する有料登山ツアー(以下「本件ツアー」という。)を企画立案し,これに単独で添乗することになったものであるが,契約上,添乗員には,ツアー客の安全かつ円滑な旅行の実施を確保する義務があり,そのために天候状況等諸要素を考慮して行程を中止するなどツアー客を指示に従わせる権限があり,とりわけ,登山ツアーには通常の旅行以上に遭難,落石,転倒等による人の生命・身体に対する危険を伴い,現に,被告人自身で本件ツアーの当初予定であった火口1周を悪天候を理由に山頂往復に変更したのみならず,その山頂登山の最終決定権も被告人にあると認識していたことなどが認められるから,被告人が本件ツアーに当然に伴う人の生命・身体の危険を防止することを義務内容とする職務に従事していたものであり,これが業務上過失致死傷罪にいう「業務」に該当することは明白である。 3 被告人の過失について(1) 注意義務関係各証拠によれば,羊蹄山(標高1898メートル)は,独立峰のために気象状況が変化しやすく,同山麓地域 死傷罪にいう「業務」に該当することは明白である。 3 被告人の過失について(1) 注意義務関係各証拠によれば,羊蹄山(標高1898メートル)は,独立峰のために気象状況が変化しやすく,同山麓地域では,平成11年9月25日午前3時ころに北海道磯谷郡e町付近を通過した台風18号の影響を受け,同日午前5時45分に大雨・洪水・暴風警報,同日午前7時25分に暴風警報,大雨・洪水注意報,同日午後零時15分に強風注意報が発令されたが,事前に羊蹄山の比羅夫登山道から京極ピーク(標高1893メートル。以下「山頂」という。)に至る下見をして登山道,標識,ケルン等の状況を確認していた被告人は,羊蹄山の初登頂を目指して登山道の状況等も熟知せずに参加した55歳以上の本件ツアー客のうち14名を引率し,同日午前7時50分ころに比羅夫登山口を出発して樹間の一本道を辿り,途中で脱落して下山したD,E及びFや遅れてついてくるB,C,G及びHを生じさせながらも,その余の7名と自集団を形成して同日午前11時30分ころに9合目に到着したが,当時降雪時期直前を迎えていた9合目より上は,①の避難小屋付近では,同日午前9時30分に雨で体感風速も歩行にやや支障を来す毎秒15メートル,同日午後4時30分に雨で風速毎秒10メートル,翌26日午前9時30分計測の最低温度計の表示も3度で,風を考慮した体感温度としては零度を下回ったことからしても,強風低温等の悪天候が続くことが見込まれ,また,9合目から山頂にかけての概ね高い樹木のないガレ場続きには,別紙図面のとおりに複数の分岐点があり,白ペンキ書き方向指示の岩,木製標識,石積みケルン,低位張りロープ等が各所に存在していたとはいえ,当時の視界状況が濃霧で約10メートルから約30メートルであった関係上(これに沿う本件ツアー客の供述は,いずれ き方向指示の岩,木製標識,石積みケルン,低位張りロープ等が各所に存在していたとはいえ,当時の視界状況が濃霧で約10メートルから約30メートルであった関係上(これに沿う本件ツアー客の供述は,いずれも感覚的なものであって相応の誤差は否定できないとはいえ,殊更虚偽を弄するはずもない第三者的立場からのものである上,羊蹄山避難小屋管理人Iが,業務日誌の記載等を根拠として,当時の避難小屋付近の視界が終日20メートル以下であり,これよりも比羅夫登山道近辺の方がより厳しい天候となる旨供述していることで裏付けられているなど十分に信用できるが,これに反する視界約100メートルとする被告人の公判供述は信用できない。),これらが見落とされて登山道をたどる明確な目標物とはなりえないおそれがあり,現に,証人Jが⑫の標識に全く気付かなかったことなどが認められる。 そうすると,被告人としては,ツアー客が被告人と離隔して独自に9合目付近から山頂に向かえば,被告人による適切な引率を受けることができないままに悪天候の中での不安・焦燥・誤解等も重なって状況判断を誤り,無意識的又は意識的に別道を辿るなどした末に山頂付近を迷走するなどし,体力消耗・強風冷気等の悪条件から凍死等で死亡することを十分に予見することができ,かつ,その死亡を回避するためにツアー客が自集団に合流するのを待って適切な引率を続けることも容易であったというべきであるから,被告人には,9合目付近でツアー客が自集団に合流するのを待ち,その安全を図るべき注意義務があったことは明白である。 (2) 注意義務違反関係各証拠によれば,被告人は,前記具体的状況下の9合目付近で自集団からB及びCが後方に離れているのを熟知しながら,遅れてついてくるものと軽信し,その合流を待たずに9合目を出発してB及びCから離れ去ったことが よれば,被告人は,前記具体的状況下の9合目付近で自集団からB及びCが後方に離れているのを熟知しながら,遅れてついてくるものと軽信し,その合流を待たずに9合目を出発してB及びCから離れ去ったことが認められる(これに反する被告人の弁解は,捜査当初には,B及びCが9合目を過ぎてから⑫を山頂側に過ぎた地点まで,⑦と⑧の間のはい松帯での昼食不要の意見に賛成するなどしながら自集団に合流していた旨であったのを,B及びCの⑳での写真の発見等の捜査進展に応じて,昼食意見時に不在であったB及びCが⑫より⑪寄りを山頂方向に歩いているのは確認した旨に変更し,公判段階でも,⑫で確認したB及びCは後方約60メートルないし70メートルに位置した旨を維持しているのであって,その核心的部分を合理的な理由もなく変遷させていることからして,被告人の刑責の免脱又は軽減の姿勢が窺われる上,その弁解内容にしても,⑫での確認状況の点では,前記認定の最大約30メートルの視界状況という客観的事実と矛盾し,9合目での確認状況の点では,9合目のガレ場を登り切って後方を振り返った際に知り合いのB及びCを含めて誰も見えなかった旨の信用性に疑問のないKの公判供述と抵触し,また,⑳の旧小屋跡には基礎土台部分が残存しているだけであり,B及びCが⑫まで被告人らと集団を形成して山頂を目前にしていたのであれば,単にトイレ等の理由から初登頂で旧小屋跡に設備があるとの確信もないままに前記認定の悪条件下にある⑳の旧小屋跡方向の山道を歩き続けるというのも不自然であることなどからすると,到底信用できない。)。 そうすると,被告人に前記注意義務違反があったことは明白である。 4 因果関係について関係各証拠によれば,被告人は,B及びCの合流を待たずに9合目を出発し,③④⑤地点A⑥⑦⑧⑨⑪⑫⑬を経て山頂に到達し,相 ると,被告人に前記注意義務違反があったことは明白である。 4 因果関係について関係各証拠によれば,被告人は,B及びCの合流を待たずに9合目を出発し,③④⑤地点A⑥⑦⑧⑨⑪⑫⑬を経て山頂に到達し,相前後して到達したL及びMを認め,K,J,N,O,Pが強風のためにしがみついていた山頂付近の岩まで戻り,足が痙攣したP以外の4名を山頂に誘導し,その間,L及びMからは順次個別に下山する旨告げられ,さらに,足を引きずるPに付き添いながら,⑦と⑥の間でG,Hに出会うなどして9合目に到着し,他方,山頂から9合目方向に向かったMは,途中,B及びCと出会い,⑬付近で野営することにしたが,当日夜から翌日未明にかけて遺体発見現場でC,Bが相次いで凍死したのを見届け,同日午前10時ころに同所付近で被告人に発見されたことが認められる。 そして,証人Mは,山頂から1人で下山途中の⑪の山頂側手前で,外輪山の外側下方約29メートルの地点の霧中にB及びCを発見して傍まで下り,若い男性から教示された9合目に出る下山道に向かっているとして納得しないBを更に下方に連れて行って道を間違っていることを確認させ,Bらの発見から約30分後に漸くB及びCを伴って登山道に戻ったが,折からの視界不良やBらがついてくる精神的圧迫もあって⑧の分岐点を見付けられなかったために9合目に辿り着けず,被告人らとの合流を期待しながら山頂を目指し,⑬手前で食事を取り,遺体発見現場となった岩陰でBらを休憩させて1人で山頂に到達したが徒労に終わり,当日午後3時30分ころにBらの休憩場所に戻って救援を待ちながら野営したが,やがてB及びCが死亡した旨供述する。 Mは,ともすればB及びCの死亡について何らかの責任を追及されかねない立場にあるが,自己に不利ともいえる混乱迷走状態を含めて率直かつ迫真的な供述を真摯に展 たが,やがてB及びCが死亡した旨供述する。 Mは,ともすればB及びCの死亡について何らかの責任を追及されかねない立場にあるが,自己に不利ともいえる混乱迷走状態を含めて率直かつ迫真的な供述を真摯に展開するなど殊更虚偽を述べる姿勢は窺われず,その供述内容にしても,核心的部分で一貫している上,濃霧による視界不良等悪天候のほか,被告人に下山を告げてからのMが全く目撃されなかったが,これはMが予定ルートを相当時間外れたことを窺わせるものであること,山頂から⑫を経て⑪に向かってはほぼ直線であるが,⑫から⑳の旧小屋跡に向かってはほぼ直角に分岐する下り急傾斜で両側も極めて急勾配の釜であり,一旦⑪から⑫を経て山頂に至る体験をしたMが⑫から⑳方向に迷い込むような地形ではなく,現に,野営した遺体発見現場も⑫から山頂寄りの予定ルート脇の岩陰であって,Mが⑫付近の予定ルートを把握していたことを窺わせること,⑪の外輪山の外側付近が歩き回れる程度の傾斜地であること,足を痙攣させたPに付き添っていた被告人又はその他の者が濃霧強風の悪条件の中での歩行に精一杯で⑪の外輪山の外側付近に注意を向けなかったということは十分にあり得ること,⑧の分岐点から山頂寄りはかなり広いガレ場であって,一旦ケルン等目標物を見失った場合には迷走に陥る危険もあったことなど客観的状況又はこれから合理的に推認できる事実とも整合した自然かつ合理的なものであって,十分に信用できる。 しかも,Mと出会う前に⑳の旧小屋跡で撮影されたB及びCの写真の存在をも総合すると,B及びCは,既に被告人らが9合目に到着した際には,被告人らの集団から後方に離れた状態となり,9合目から地点A又は⑥の分岐を右折して⑳の旧小屋跡に到着し,その後,Mに発見された⑪付近の外輪山の外側下方に至ったことが認められるが,地点Aの分岐は,左 被告人らの集団から後方に離れた状態となり,9合目から地点A又は⑥の分岐を右折して⑳の旧小屋跡に到着し,その後,Mに発見された⑪付近の外輪山の外側下方に至ったことが認められるが,地点Aの分岐は,左方向と右方向の道幅は右方向がやや広く,右方向の傾斜が山頂への接近を誤解させるようにも考えられる上,Hの供述によれば,⑥の分岐の「噴火口廻り道←左」「右→小屋」と読み取ることができる標識が同人の到着時に倒れていたことからすれば,B及びCが山頂への登山道を見失った結果⑳の旧小屋跡に向かったということがあり得る反面,地点Aの分岐では山全体を見渡すことができれば⑥に向かって左方向に進行するのが通常であること,⑥の分岐の「旧小屋跡」ではなく「小屋」に向かうことを誤解させかねない標識,⑳の旧小屋跡で写真撮影されたB及びCの比較的元気な様子等からすれば,B及びCが,意図的に⑳に向かった可能性も完全には排斥できないが,少なくとも,Mに発見された時点では,既に登山道を見失っていたことに疑いない。 そして,因果の経過に関する予見可能性としても,その細部にわたって予見が可能である必要はなく,被告人の適切な引率を受けられずに状況判断を誤った結果として死亡するという程度の基本的部分について予見が可能であれば足りるというべきであり,その予見可能性も認められる。 また,Mは,既に迷走状態に陥っていたB及びCを発見して下山を誘導しようとしたが,自らも確実に下山道を辿れなくなり,共に野営を余儀なくされたものであるが,これも被告人がMに9合目より上における前記注意義務と同様の落ち度で単独下山を許したことに誘発されたものであるから,このようなMの介在も被告人の過失とB及びCの凍死との間の因果関係を肯定するに妨げない。 そうすると,被告人の過失とB及びCの凍死との間に因果関係がある 独下山を許したことに誘発されたものであるから,このようなMの介在も被告人の過失とB及びCの凍死との間の因果関係を肯定するに妨げない。 そうすると,被告人の過失とB及びCの凍死との間に因果関係がある。 5 よって,その余のB及びCの死亡に直結しない被告人の落ち度の有無について判断するまでもなく,被告人にB及びCに対する業務上過失致死罪が成立するから,弁護人の主張は理由がない。 (量刑の理由)本件は,登山ツアー添乗員によるツアー客2名を被害者とする業務上過失致死の事案である。 そもそも2名もの尊い生命が失われた結果自体が重大であるが,被告人は,悪天候下での登山を決行し,遅れがちの被害者らを待って合流するのは容易であったにもかかわらず,これを怠って自集団だけで山頂を目指し,適切な引率を受けられなくなった被害者らを迷走させて凍死させたものである。その過失内容は,軽率の謗りを免れない。老後の趣味登山の半ばで酷寒の暗闇の中で人生の終焉を迎えた被害者らの恐怖と絶望や無念はもとより,冷たい躯と化した被害者らに対面した各遺族の衝撃と悲嘆も察するに余りある。遺族らが,被告人及び旅行会社を相手に民事訴訟を提起した上,当公判廷で,責任回避的な態度に終始する被告人の不誠実さを訴えて厳罰を希望するのも当然である。この種事犯の再発防止の観点をも併せ考えるとき,被告人の刑事責任は重い。 しかし,被告人が単独添乗した背景に利益優先の企業体質があり,被告人のみに責任を帰するのは酷に過ぎること,被告人が遺族に対する謝罪の意思を表明していること,被告人には前科前歴がないこと,その他被告人の年齢,稼働歴,家庭事情等被告人のために酌むべき事情もあるから,被告人に対し,主文掲記の刑を科した上,その刑の執行を猶予するのが相当である。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑禁錮3年) 告人の年齢,稼働歴,家庭事情等被告人のために酌むべき事情もあるから,被告人に対し,主文掲記の刑を科した上,その刑の執行を猶予するのが相当である。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑禁錮3年)平成16年3月17日札幌地方裁判所刑事第3部裁判長裁判官遠藤和正裁判官森島聡裁判官遠田真嗣

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