令和6年5月9日判決言渡同日原本領収裁判所書記官令和3年(行ウ)第38号難民不認定処分取消等請求事件口頭弁論終結日令和6年3月14日判決主文 1 本件訴えのうち、法務大臣が令和2年11月11日付けで原告に対してした難民不認定処分に対する審査請求を棄却する旨の処分の取消しを求める部分に係る訴えを却下する。 2 名古屋出入国在留管理局長が令和2年1月6日付けで原告に対してした難民の認定をしない処分を取り消す。 3 法務大臣は、原告に対し、出入国管理及び難民認定法61条の2第1項の規定による難民の認定をせよ。 4 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求 1 主文第2項及び第3項と同旨 2 法務大臣が令和2年11月11日付けで原告に対してした難民不認定処分に対する審査請求を棄却する旨の処分を取り消す。 第2 事案の概要(以下において用いる略語は、別紙略語一覧のとおりとする。)本件は、シリア国籍を有する外国人男性である原告が、入管法61条の2第 1項の規定に基づき本件難民申請をしたところ、名古屋入管局長から難民の認定をしない旨の本件不認定処分を受けたため、同法61条の2の9第1項に基づく本件審査請求をしたが、法務大臣から本件審査請求を棄却する旨の本件棄却裁決を受けたことから、被告を相手として、本件不認定処分及び本件棄却裁決の各取消し並びに難民の認定の義務付け(本件義務付けの訴え)を求める事 案である。 1 前提事実(争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実。掲記した証拠は、特記しない限り、枝番のあるものは各枝番を含む。以下同じ。)(1) 原告の身分事項原告は、●年(昭和●年)●月●日、シリアにおいて出生したシ び証拠等により容易に認められる事実。掲記した証拠は、特記しない限り、枝番のあるものは各枝番を含む。以下同じ。)(1) 原告の身分事項原告は、●年(昭和●年)●月●日、シリアにおいて出生したシリア国籍を有する外国人男性である。 (2) 原告の入国及び在留の状況ア原告は、令和元年5月19日、在留資格を「短期滞在」、在留期間を「90日」とする上陸許可を受けて、本邦に上陸した。 イ原告は、令和元年9月19日、在留資格を「特定活動」、指定活動を「本邦に在留し難民認定申請又は審査請求を行っている者が行う日常的な活動 (収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動を除く。)」、在留期間を「2月」とする在留資格変更許可を受けた。 原告は、同年11月28日、在留資格を「特定活動」、指定活動を「本邦に在留し難民認定申請又は審査請求を行っている者が行う、本邦の公私の機関に雇用されて行う報酬を受ける活動(括弧内省略)」、在留期間を 「6月」とする在留資格変更許可を受け、その後、1回の在留期間更新許可を受けたが、令和2年11月26日、在留期間更新不許可処分を受けた。 ウ原告は、令和2年12月21日、在留資格を「特定活動」、指定活動を「国籍の属する国又は常居所を有していた国において生じた特別な事情により当分の間本邦に在留する者が本邦の公私の機関に雇用されて行う報酬 を受ける活動(括弧内省略)」、在留期間を「1年」とする在留資格変更許可を受け、その後、在留期間更新許可を2回受けた。(乙A17)エ原告は、令和6年3月1日、在留資格を「定住者」、在留期間を「1年」とする在留資格変更許可を受けた。(乙A17)(3) 原告の難民認定手続の状況及び本件訴えの提起 ア原告は、令和元年8月16日、法務大臣に対し、 在留資格を「定住者」、在留期間を「1年」とする在留資格変更許可を受けた。(乙A17)(3) 原告の難民認定手続の状況及び本件訴えの提起 ア原告は、令和元年8月16日、法務大臣に対し、本件難民申請をした。 (乙A2)イ法務大臣から権限の委任を受けた出入国在留管理庁長官から更に権限の委任を受けた名古屋入管局長は、令和2年1月6日、原告に対し、本件不認定処分をし、同月16日、原告に通知した。(乙A5)ウ原告は、令和2年1月16日、法務大臣に対し、本件不認定処分を不服 として、本件審査請求をした。(乙A6)エ法務大臣は、令和2年11月11日、本件棄却裁決をし、同月26日、原告に通知した。(乙A12)オ原告は、令和3年5月26日、本件訴えを提起した。 2 争点 (1) 本件不認定処分の取消事由の有無(原告の難民該当性)(2) 本件棄却裁決の取消事由の有無(3) 本件義務付けの訴えの適法性 3 争点に関する当事者の主張(1) 本件不認定処分の取消事由の有無(原告の難民該当性)(争点1) (原告の主張)ア難民条約上の「迫害」とは、生命又は身体の自由に対する侵害又は抑圧のみならず、その他の人権の重大な侵害をも含むものであり、「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」があるというためには、当該人が迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事 情のほかに、通常人が当該人の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要であるとされている。この客観的事情は、出身国の具体的な情勢や当該人の個別事情に照らして全体的かつ総合的に判断されるところ、出身国情報において当該人と同様の立場にある者や当該人が属する集団全体 必要であるとされている。この客観的事情は、出身国の具体的な情勢や当該人の個別事情に照らして全体的かつ総合的に判断されるところ、出身国情報において当該人と同様の立場にある者や当該人が属する集団全体が危害を受ける危険があるとされてい る場合には、当該人が個別的に当該政府から標的とされているような事情 がなくても、「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖」に該当し得る。 難民条約にいう「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に」とは、当該人が有する十分に理由のなる恐怖が、出身国の情勢のもとにおいて、上記難民条約上の事由を要因 としていること又はこれらの事由と関連していることをいい、これらの事由が迫害の唯一又は主要な原因であることは必要ない。 イシリアの情勢等について(ア) 兵役忌避に対し、過度に長い懲役又は体罰のような不相応なほど重い処罰又は恣意的な処罰が科せられる場合、それらは迫害というべきであ る。シリアでは、兵役忌避は犯罪であり、兵役忌避が政府から政治的・反政府的な行為とみなされる可能性が高く、兵役を忌避しようとした者に対して、刑法上の兵役忌避罪に関連する制裁を超える処罰が課される可能性があり、それには逮捕・尋問・拘禁中の一層厳しい取扱い及び徴兵された場合の兵役中の一層厳しい取扱いなどが含まれ、実際に、兵役 忌避者は逮捕から数日又は数週間以内に最低限の訓練しか受けないまま前線に配備されることが多い。また、シリアにおける紛争の一つの顕著な特徴は、様々な紛争当事者が、親族、部族、宗教・民族集団、近隣地域全体などのより大きな集団を、そのつながりを理由にある政治的意見を持っているとみなしているという点があり、個人が個別に把握される こ 、様々な紛争当事者が、親族、部族、宗教・民族集団、近隣地域全体などのより大きな集団を、そのつながりを理由にある政治的意見を持っているとみなしているという点があり、個人が個別に把握される ことがなくても、より大きな集団の構成員であるということ自体により、異なる勢力から他の紛争当事者を支持しているとみなされ、標的となる可能性がある。 (イ) シリアにおいては、2000年(平成12年)7月、バッシャールが大統領に就任して以降、2度の再任を経て、大統領の地位を維持してい る。シリアは共和政体下にあるものの、実質的にはバース党による一党 支配が行われている。2011年(平成23年)3月中旬以降、シリア各地で反政府デモが発生し、反政府勢力に過激派武装勢力なども参加してシリア政府との間で暴力的衝突に発展した。タハリール・アル・シャーム機構(HTS)は、2017年(平成29年)1月に結成された反政府武装組織であり、シリア国内のイドリブ県、アレッポ県、ハマー県、 ダルアー県及び首都ダマスカス周辺等を拠点に活動し、シリア政府と衝突を繰り返している。シリア政府は、政府側民兵の支援を受けながら、一定の地域の出身であるとか、宗教的背景を有しているとか、一定の者と親族の関係にあるといった恣意的な基準に基づき、最も広い意味において、反政府的な意見を有している又は有しているとみなされる者に対 し、組織的かつ恣意的な逮捕や拘禁を行っている。 ウ原告の難民該当性について(ア) 原告は、シリア国内のアレッポにおいて出生し、エジプトのカイロ市で生活していた2011年(平成23年)12月から2012年(平成24年)5月までの期間を除き、2013年(平成25年)6月までの 間、HTSの活動拠点であるアレッポにおいて生活し、同月 ロ市で生活していた2011年(平成23年)12月から2012年(平成24年)5月までの期間を除き、2013年(平成25年)6月までの 間、HTSの活動拠点であるアレッポにおいて生活し、同月以降、2019年(平成31年)3月28日にシリアを出国するまでの間、シリア国内のラタキアにおいて生活していた。原告は、2011年(平成23年)5月、シリア国内のa大学経済学部を卒業し、2012年(平成24年)2月、レバノンのb大学の修士課程(経営学)に入学し、201 7年(平成29年)3月以降、同大学の博士課程(経営学)に在籍している。また、原告は、2015年(平成27年)から、ラタキアにおいて自動車のパーツ等の輸出入を扱う会社の経営を開始し、同社には7~15名ほどの従業員がいた。 シリアにおいて、男子は20歳になる少し前に兵役の招集を受けると ころ、原告は、シリア政府への反発から兵役に就くことを耐えがたく感 じ、20歳であった2007年(平成19年)頃、シリア軍に対し、大学在籍を理由に徴兵の猶予を申し入れ、徴兵が1年間猶予された。その後も、原告は、毎年、大学や大学院での勉学、仕事を理由に徴兵猶予の申請をし、その都度1年間の徴兵の猶予を受け、約12年の間徴兵を免れていた。 (イ) 原告は、2011年(平成23年)3月にシリア国内において内戦が勃発したことを契機としてシリア政府に対する反発を強め、SNSにシリア政府を批判する内容の記事を投稿するようになり、2015年(平成27年)9月30日、ロシアがシリア政府を支援する形でシリアの内戦に介入したことから政権への反発を更に強め、2016年(平成28 年)頃、毎月集会を主催し、集まった友人や知人、大学の講師、顧客らと共に、シリア政府に対する批判をするように る形でシリアの内戦に介入したことから政権への反発を更に強め、2016年(平成28 年)頃、毎月集会を主催し、集まった友人や知人、大学の講師、顧客らと共に、シリア政府に対する批判をするようになった。原告は、上記集会を開始した直後から、シリア政府側の者より反政府的な集会をしないよう注意を受けていたが、これに従わなかったところ、2016年(平成28年)頃、自動車に乗ってベイルートからラタキアに帰る途中に、 シリアの治安機関(具体的な機関名を指すものではない。以下同じ。)の職員によって強制的に連行され、2日間ほど拘留された。原告は、自動車での移動中に頭を掴まれ、何度も顔を平手で殴られる暴行を受け、反政府的な集会及び政府に対する一切の批判を止めるように命令され、再び集会をした場合は拷問すると脅迫を受けた後、原告の父が約2500 ドルを支払って解放された。 原告は、その後も反政府的な集会を主催し、友人達と共にシリア政府に対する不満や批判を述べていたところ、2018年(平成30年)頃、原告の会社を訪れたシリアの治安機関の職員によって、手錠で後ろ手に縛られて連行され、2日間ほど拘留された。その際にも、原告は、移動 中に頭を掴まれ、何度も顔を平手で殴られる暴行を受け、反政府的な集 会及び政府に対する一切の批判を止めるように命令され、再び集会をした場合は拷問すると脅迫を受けた後、原告の弟が約4000ドルを支払って解放された。以後、原告は反政府的な集会の継続を断念した。 また、原告は、2012年(平成24年)頃から2018年(平成30年)頃まで、年に2、3回、a大学及びc大学にて、学生や講師、一 般人を対象に、経済及び政治に関する講演をしていたが、当初から、講演の際にシリア政府の政策、法律等に対する批判を述べ 年(平成30年)頃まで、年に2、3回、a大学及びc大学にて、学生や講師、一 般人を対象に、経済及び政治に関する講演をしていたが、当初から、講演の際にシリア政府の政策、法律等に対する批判を述べていた。 (ウ) 原告及び原告の両親は、2014年(平成26年)の大統領選挙において投票を行わず、原告の両親は、当時居住していたアレッポで行われていたシリア政府を支持する者たちの集会に参加しなかった。原告の母 は、2015年(平成27年)2月4日、自宅のバルコニーにいたところ、シリア政府の者に狙撃され、左腰部を負傷し、2か月間の入院及び6か月間の通院を余儀なくされた。 (エ) 原告は、2016年(平成28年)頃、バッシャールの従兄弟であるAから、銃を向けられて金銭を要求され、やむを得ず1万ドルを渡した。 その後、Aの部下達は、1か月~半年に1度ほどの頻度で原告の会社を訪れ、同社の商品(自動車のパーツ)を無断で持ち去るようになった。 (オ) 原告は、上記(イ)のとおり集会等をしていたところ、この際にHTSに対する批判も行っていた。また、原告の会社は、仕入れた商品をHTSが支配する地域に運び、同地域の住民らに対し販売していた。原告の会 社の商品を運ぶトラックは、2015年(平成27年)末頃から、HTSが支配する地域に入る際に、HTSの構成員に停止させられ、トラックの運転手が要求された金員(100~400ドルほど)を支払っていたが、HTSの構成員は、2016年(平成28年)末頃、次回からは5万~5万5000ドルほど払わなければ商品を奪って逮捕する旨を告 げた。以後、原告は、HTSが支配する地域に会社のトラックを派遣す ることを止め、HTSとの関わりを絶とうとしたが、HTSの構成員は、原告の携帯番号を突き止め って逮捕する旨を告 げた。以後、原告は、HTSが支配する地域に会社のトラックを派遣す ることを止め、HTSとの関わりを絶とうとしたが、HTSの構成員は、原告の携帯番号を突き止め、税金として金を払うよう脅迫し、さらに、HTSの警察部門である自由警察は、原告に対する指名手配書を発付した。そのため、原告は、HTSから身を守るため、2、3か月に1度は自身の住居・自動車・電話番号を変更するようになった。HTSの構成 員は、2017年(平成29年)7月24日、原告の父に電話し、原告が5万ドルを支払わなければ逮捕して殺す旨を述べて脅迫した。 (カ) 原告は、シリア陸軍本部及びシリア軍から、2019年(平成31年)5月19日までに兵役に就くように求められていたが、同年2月、従来どおり徴兵猶予の申請を行い、これが許可されるものと信じていた。原 告は、同年3月28日、商用のためシリアを出国し、徴兵通知において期限とされていた同年5月19日を経過しても帰国しなかったところ、同年6月上旬、国家治安部隊のメンバーが、何の通知もなく、原告の会社の事務所及び倉庫を閉鎖した。その後、原告は、所持金が不足したため、父に電話をして自己の口座から預金を引き出して送金するよう依頼 したところ、口座が凍結されていることが判明し、原告の父が弁護士Bに依頼して調査した結果、国家治安部の指示で凍結されたことが分かった。同弁護士が、ラタキアの国家治安部に照会を行い、担当の将校と面会したところ、上記口座の凍結と資産の押収は、原告がシリアから逃亡し、兵役に就いていないことを理由として行われたことが判明した。 (キ) 原告の妻子は、2019年(令和元年)9月頃から、週2回ほどの頻度で国家治安部隊の訪問を受け、原告が帰国しないと逮捕する、原告に 就いていないことを理由として行われたことが判明した。 (キ) 原告の妻子は、2019年(令和元年)9月頃から、週2回ほどの頻度で国家治安部隊の訪問を受け、原告が帰国しないと逮捕する、原告に帰国するよう言えなどと脅迫されるようになり、ラタキアにある原告の両親の家やアレッポにあるその他の親族や友人の家を転々として生活するようになった。原告の妻子は、2020年(令和2年)4月25日午 前3時頃、友人の家にいた際に、逮捕状もないまま国家治安部隊に連行 され、原告が帰国しないから逮捕した、お前(原告の妻)を暴行する、性的虐待を加えるなどと脅迫を受けた。原告の父親がBを通して賄賂として金員を支払い、原告はコロナ危機が収束して空港や国境が開けば帰国すると説明したところ、同月30日、原告の妻子は解放された。 エ原告は、上記ウの事情により、シリアに帰国した場合、シリア政府及び HTSから迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有しており、国籍国であるシリアの保護を受けることができないものであり、また、その国籍国の保護を受けることを望まないものであるから、本件不認定処分がされた時点において難民条約上の難民である。 したがって、原告を難民であると認定しなかった本件不認定処分は違法 である。 オまた、本件不認定処分は、その審理過程において、原告が難民であることを基礎付ける事実の主張を的確に把握せず、また、法的に構成せず、これに対する的確な応答をしていないから、手続上の違法がある。 (被告の主張) ア難民の意義と難民該当性の判断について(ア) 入管法の規定する「難民」とは、難民条約1条又は難民議定書1条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいうところ(入管法2条3号の2)、これらの各規 難民の意義と難民該当性の判断について(ア) 入管法の規定する「難民」とは、難民条約1条又は難民議定書1条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいうところ(入管法2条3号の2)、これらの各規定によれば、難民とは「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受 けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及び常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって、当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖 を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの」 をいう。 ここにいう「迫害」とは、「通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって、生命又は身体の自由の侵害又は抑圧」を意味し、「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」というためには、当該人が、迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱 いているという主観的事情のほかに、通常人が当該人の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要である。そして、上記のような客観的事情が存在しているといえるためには、単に迫害を受けるおそれがあるという抽象的な可能性が存するというだけでは足りず、ある国の政府によって民族浄化が図られているこ とが明らかであるような場合はともかく、そうでなければ、当該政府が特に当該人を迫害の対象としていることが明らかになるような個別的で具体的な事情があることを要するものと解すべきである。 また、難民条約1条A(2)にいう「国籍国の保 かく、そうでなければ、当該政府が特に当該人を迫害の対象としていることが明らかになるような個別的で具体的な事情があることを要するものと解すべきである。 また、難民条約1条A(2)にいう「国籍国の保護を受けることができないもの」という要件は、迫害の主体が国籍国の政府自身である場合を想 定していることは明らかであり、迫害の主体が国籍国の政府でない場合は、政府が当該迫害を知りながらそれを放置又は助長するような特別な事情がある場合は別として、通常、国籍国の保護を受けることができると考えられるから、「難民」には該当しない。 (イ) 入管法61条の2第1項及び同法施行規則55条1項によれば、難民 であることの資料の提出義務と立証責任が難民認定申請者にあることは明らかであり、難民不認定処分は、難民認定申請者が自ら難民であることを立証できなかったために行われる処分であるから、難民認定申請者において自らが難民であることを証明した場合に初めて違法とされるべきである。 また、難民条約及び難民議定書には難民認定に関する立証責任や立証 の程度に関する規定は設けられておらず、我が国の入管法にも、難民認定手続やその後の訴訟手続について、立証責任を緩和する規定は存在しないことからすると、難民と認定されるための立証の程度は、難民認定手続においても、その後の訴訟手続においても、通常の民事訴訟における一般原則に従うべきであり、難民認定申請者は、自らが難民であるこ とについて、合理的な疑いを容れない程度の証明をしなければならないというべきである。 イシリアの情勢等について難民条約の定義に従えば、兵役忌避は、そのことによって刑罰を科されるおそれがあったとしても、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団 の構成員である である。 イシリアの情勢等について難民条約の定義に従えば、兵役忌避は、そのことによって刑罰を科されるおそれがあったとしても、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団 の構成員であること又は政治的意見」に基づく迫害ではないから、「難民」に該当するものとはいえず、シリアにおいて原告に対し国民の義務である兵役が課され、義務を履行しないことに対し刑罰が科されるおそれがあること自体は、迫害を受けるおそれに該当しない。シリアにおける兵役忌避に対する罰則は、原告の主張によっても1か月から最長で5年の懲役や、 所在不明の国外脱出による招集忌避の場合の3か月以上2年以下の禁錮刑及び罰金刑というものであり、不当に重いとまでは評価できない。原告は、兵役忌避者が最低限の訓練しか受けないまま前線に配備されることが不当な取扱いである旨主張するが、戦争中の国にあって、かつ、兵士が不足している場合に、これは特段不合理なものではなく、不当というよりも、 やむを得ない措置である。兵役忌避により判決を受けても、軍に出頭後、兵役の3か月追加に減刑されたり、近時の事情として、平成30年10月、内戦で圧倒的優位に立つシリア政府がこれまでの兵役逃れについては罪に問わないとする恩赦を発表した、反政府武装集団の構成員に対しても恩赦をしたなどと報道されたりしていることからも、兵役忌避に対する処罰 等が恣意的に運用されているということはできない。 ウ原告の難民該当性について(ア) 原告は、兵役忌避により迫害を受けるおそれがあると主張するが、シリアにおいて兵役忌避に対し不当に重い処罰や恣意的な処罰がされているといえないことは上記イのとおりである。徴兵制度を採用する国家が、戦時下において不足する兵力の補充を理由として、従来、徴兵の対象 シリアにおいて兵役忌避に対し不当に重い処罰や恣意的な処罰がされているといえないことは上記イのとおりである。徴兵制度を採用する国家が、戦時下において不足する兵力の補充を理由として、従来、徴兵の対象外 としていた者を徴兵の対象へと変更することは起こり得ることであり、シリアにおいても、兵役の猶予(延期)を申請する学生に対する審査が厳しくなり、高学年ほど兵役の猶予が認められなくなり、27歳(あるいは30歳)に達した学生については兵役が猶予されなくなったとの2018年(平成30年)の報告がある。原告の徴兵猶予の申請が却下さ れた2019年(平成31年)2月時点で原告は31歳であるから、政治活動や思想信条を問わず、年齢により兵役が猶予されなくなったことがうかがえる。 (イ) 原告は、反政府的な集会及び講演をしたと主張するが、これらを裏付ける客観的な証拠はなく、本件難民申請に係る申請書や聴取において記 載・供述が存在しなかったり変遷したりしているから、信用性に疑義がある。また、仮に原告が2016年(平成28年)頃及び2018年(平成30年)頃にシリアの治安機関から取調べを受けたとしても、原告の当初の供述によれば、暴行等は加えられず、各2日で解放される程度のものであるから、「迫害」を基礎付けるものではなく、原告は、2018 年(平成30年)頃の取調べ後に政治的な活動をしていないというのであるから、シリア政府が、かかる原告に対していまだに関心を寄せているとは考え難い。さらに、原告は、SNSに反政府的な投稿をしていたと主張するが、本件訴訟になって初めて主張されたものであり、証拠として提出されている投稿は、原告の反政府的な集会及び講演を裏付ける 内容ではなく、投稿によりプロフィール写真が異なっていることなどを 件訴訟になって初めて主張されたものであり、証拠として提出されている投稿は、原告の反政府的な集会及び講演を裏付ける 内容ではなく、投稿によりプロフィール写真が異なっていることなどを みると、自身のアカウントではない投稿をあたかも自身の投稿と主張している疑いがあるから、原告が反政府的な投稿をしていたとは認められない。 (ウ) 原告は、本件訴訟になって初めて原告の母が狙撃されたという主張をした上、原告の難民該当性との関係は不明である。シリア国民の約4分 の1以上が大統領選挙に投票していないにもかかわらず、大統領選挙から半年以上も経過してから原告の母を狙撃するのは不自然であり、原告の両親が居住していたアレッポは内戦における最大の激戦地となっていた場所であるから、流れ弾に当たった可能性も否定できず、銃撃した主体がシリア政府であることの根拠はない。 (エ) 原告は、本件訴訟になって初めてAから脅迫を受けたという主張をした上、原告の主張によってもAとシリア政府との関係は明らかではなく、Aは迫害の主体とはならない。 (オ) 原告は、HTSから危害を加えられるおそれがあると主張するが、迫害の主体は原則として国籍国政府であり、原告が生活をしていたという ラタキアにおいてシリア政府の支配がHTSに奪われたなどという事情は存在せず、自らの支配地域においてHTSが国民に危害を加える状況を知りながらそれを放置又は助長するような特別な事情があるとは認められないから、HTSは原告に対する迫害の主体になり得ない。 (カ) 原告は、シリア政府から資産の押収や銀行口座の凍結をされたと主張 するが、そもそも資産凍結等がされたとしても、難民条約における「迫害」に該当しない上、これらの事実を裏付ける客観的証拠はなく、原告の資 シリア政府から資産の押収や銀行口座の凍結をされたと主張 するが、そもそも資産凍結等がされたとしても、難民条約における「迫害」に該当しない上、これらの事実を裏付ける客観的証拠はなく、原告の資産凍結の内容等に関する供述は抽象的かつ不合理に変遷しているから、原告の主張する事実は認められない。 (キ) 原告は、原告の妻子が国家治安部隊から脅迫を受け、2020年(令 和2年)4月に身柄拘束されたと主張するが、これは処分後の事情であ る上、これらを裏付ける客観的証拠はなく、国家治安部隊から脅迫を受けた原告の妻子が、原告の主張によると既にシリア政府から関心を寄せられている原告の両親宅へ避難するのは不合理であることなどから、本件不認定処分以前に原告の妻子に対する脅迫があったとは認められない。 (ク) 原告は、シリア政府からこれまで問題なく旅券を取得しており、現在 所持するものは3、4冊目に取得した旅券である。米国国務省報告によれば、シリア政府は、申請者の政治的見解、反政権集団との関係、反政府勢力が支配する地理的領域とのつながりに基づいて、旅券やその他の必要書類の発行を拒否してきたとされているから、原告が旅券発給を受けていたという事実は、原告がシリア政府から反政府的意見を持つ者と して注視されていなかったことの証左である。 (ケ) 原告が最終的にシリアを出国したのは、2019年(平成31年)3月28日であり、原告が主張する諸事情のうち最も新しい2度目の取調べからですら約1年を経過しており、原告は上記出国までシリアで会社を経営していた上、出国理由も商用であり、シリアでの迫害を逃れるた めに出国したとは主張も供述をしていないことに照らすと、原告が主張する諸事情をもって迫害を基礎付けるとはいえない。 エ以上 を経営していた上、出国理由も商用であり、シリアでの迫害を逃れるた めに出国したとは主張も供述をしていないことに照らすと、原告が主張する諸事情をもって迫害を基礎付けるとはいえない。 エ以上によれば、原告は難民条約上の難民には該当せず、本件不認定処分は適法である。 (2) 本件棄却裁決の取消事由の有無(争点2) (原告の主張)上記(1)の原告の主張のとおり、本件棄却裁決の時点において原告は難民条約上の難民であるから、原告を難民であると認定しなかった本件棄却裁決は違法である。 (被告の主張) 行政事件訴訟10条2項は、行政処分の取消訴訟と当該処分に対する審査 請求を棄却する旨の裁決の取消訴訟の両方を提起することができる場合には、裁決の取消訴訟において原処分の違法を主張することはできない旨規定しており、裁決固有の瑕疵のみを主張し得る。原告は、本件棄却裁決の違法事由として原告の難民該当性を主張するのみであり、裁決固有の瑕疵の主張はされていないから、本件棄却裁決に違法性はない。 (3) 本件義務付けの訴えの適法性(争点3)(原告の主張)上記(1)で述べたとおり、原告は難民条約上の難民であるから、難民として認定されなければならない。 (被告の主張) 本件義務付けの訴えは、原告に対し難民の認定をすべき旨を命ずることを求める義務付けの訴えであり、行政事件訴訟法3条6項2号所定のいわゆる申請型義務付けの訴えであると解されるところ、上記(1)で述べたとおり、本件不認定処分は適法であり、取り消されるべきものではない。したがって、本件義務付けの訴えは、救済の必要性に係る訴訟要件(同法37条の3 第1項2号)を欠き不適法であるから、却下されるべきである。 第3 当裁判所 あり、取り消されるべきものではない。したがって、本件義務付けの訴えは、救済の必要性に係る訴訟要件(同法37条の3 第1項2号)を欠き不適法であるから、却下されるべきである。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実前提事実に加え、証拠(甲A46及び原告本人のほかは括弧内に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 (1) シリアの一般情勢についてアシリアは、大統領を最高権力者とする共和制の国家であるが、事実上の独裁である。(甲B1、乙B1・242頁)イシリアは、フランスの委任統治領を経て、1946年(昭和21年)4月17日に独立し、1958年(昭和33年)にエジプトと統合してアラ ブ連合共和国を樹立したが、1961年(昭和36年)に解消し、196 3年(昭和38年)、軍の支援を受けてバース党が政権を樹立した。その後、1970年(昭和45年)の無血クーデターでハーフェズ・アサド国防相が首相に就任し、1971年(昭和46年)の国民投票で大統領に就任した。(乙B1・242頁1列目)ウハーフェズ・アサド大統領は、国内少数派(イスラム教アラウィー派)の 出身でありながら長期安定政権を維持したが、2000年(平成12年)6月10日に69歳で死去し、同年7月、次男バッシャールが後継大統領に正式就任して政権が平和裡に移譲された。バッシャールは、2007年(平成19年)5月、大統領に再任された。バッシャールは、多角的な改革を実行したものの、支配体制の根幹にかかわる改革が実行に移されるこ とはなかった。(甲B1、乙B1、2・37、38頁)エ中東各地での民主化要求運動「アラブの春」の影響を受け、2011年(平成23年)3月15日、首都ダマスカスで小規模なデモが発生し、同 とはなかった。(甲B1、乙B1、2・37、38頁)エ中東各地での民主化要求運動「アラブの春」の影響を受け、2011年(平成23年)3月15日、首都ダマスカスで小規模なデモが発生し、同月18日、南部ダルアーでも数千人規模の反体制デモが起き、各地に波及した。バッシャールは、市民の不満が強かった非常事態法を撤廃する大統 領令を発令したが、反政府デモは拡大した。バッシャールは、2011年(平成23年)5月31日、全ての政治犯に恩赦を与える大統領令を出すとともに、同年6月20日、バース党による事実上の一党独裁の見直しに繋がる法案を承認した上、同年8月4日、複数政党制につながる政党法を承認する大統領令を出したが、バース党による事実上の一党独裁は継続し、 デモ隊と治安部隊の武力衝突も続いた。(乙B3・257、258頁、乙B4・1頁)オ反体制側は、2011年(平成23年)9月15日、活動家らによる運動の連合体「シリア国民評議会」の結成を発表し、政権からの離反兵による武装組織「自由シリア軍」も作られ、両者は同年11月28日にトルコ で初会合を開き、連携することで合意した。(乙B3・2枚目1列目) カ 2012年(平成24年)2月26日、憲法改正の是非を問う国民投票が実施され、賛成89.4パーセントで新憲法案が承認された。新憲法案には、市民側が求めていた複数政党制や大統領任期制限の導入などが含まれ、バース党の事実上の一党独裁規定を削除し、政権側が大幅に譲歩の姿勢を示したが、反体制側はボイコットを呼び掛けた。同年5月7日、事実 上初の複数政党制による人民議会選挙が実施されたが、有力な反体制派は参加せず、与党連合「国民進歩戦線」が約7割を獲得して圧勝した。(乙B7・2枚目1列目)キ国連とアラブ 年5月7日、事実 上初の複数政党制による人民議会選挙が実施されたが、有力な反体制派は参加せず、与党連合「国民進歩戦線」が約7割を獲得して圧勝した。(乙B7・2枚目1列目)キ国連とアラブ連盟から、特命大使として指名されたアナン元国連事務総長は、2012年(平成24年)3月10日にシリアを訪問し、バッシャ ールに対し、停戦提案を提示した。バッシャールは、同提案を受諾し、同年4月12日に停戦が発効し、同月29日、国連シリア監視団がシリアに入った。同監視団は、同年6月16日、武力衝突激化のため活動を一時停止し、同年8月19日に解散した。(乙B7・2枚目2列目)ク反体制派は、2012年(平成24年)7月15日、ダマスカスへの攻 撃を開始し、一部が「解放区」となったが、政権側は攻勢を強め、約10日間でほぼ再制圧した。北部中心都市アレッポでは、同月20日から反体制派が攻撃を開始し、同月28日から政権側が掃討作戦に出た。当時の反体制派の戦闘の主体は自由シリア軍であるが、統制外で爆弾テロなどを繰り返すイスラム過激派が台頭し、イスラム過激派のヌスラ戦線(HTSの 前身)は、同年10月下旬のイスラム教の祝祭「犠牲祭」に合わせた停戦合意を拒否した。同年11月11日、シリア国民評議会や内外の組織を含む新たな統一組織であるシリア国民連合が結成され、自由シリア軍もこれに参加した。(乙B7・2枚目1~3列目)ケ国連は、シリアに派遣していた停戦監視団や特使などが戦闘の激化によ って撤収を余儀なくされたものの、2014年(平成26年)1月から2 月にかけ、内戦の政治的解決を目指す和平協議の開催を仲介し、協議が行われたが、シリア政府と反体制派であるシリア国民連合との間で議論が平行線をたどり、具体的な成果のないま )1月から2 月にかけ、内戦の政治的解決を目指す和平協議の開催を仲介し、協議が行われたが、シリア政府と反体制派であるシリア国民連合との間で議論が平行線をたどり、具体的な成果のないまま終了することとなり、国連仲介による和平協議はその後も断続的に開催されたが、いずれの協議でも具体的な成果はなかった。また、同年6月3日には大統領選挙が行われ、バッシ ャールが88.7%を得票し、3期目続投を決めたが、実際に選挙が行われたのは政府が制圧している地域だけで、反政府派が掌握する北・東部の大部分では投票が実施されなかった。 (乙B8・2枚目3、4列目、乙B9、10)コアルカイダ系組織であったISILは、2013年(平成25年)にシ リアでの活動を拡大させ、北部ラッカ県や東部デリゾール県などに支配地域を構築した。2014年(平成26年)には、ヌスラ戦線など他の反体制派勢力と本格的に衝突し、他勢力から新たに支配地域を奪取したほか、敵対する勢力や地元部族を降伏させ、自組織に統合するなど、勢力を一層拡大させていった。これに対し、米国は、ISILを、「国際社会最大の脅 威」と位置付け、同盟国・友好国約60か国からなる有志連合を結成し、同年9月にシリア領内でISILせん滅を名目に空爆を開始した。また、2015年(平成27年)春から反体制派が攻勢を強め、ヌスラ戦線などが北西部イドリブ県のほぼ全域を制圧し、同年6月、親欧米の自由シリア軍傘下にある南部戦線が南部ダルアー県のシリア政府軍の大規模基地を陥 落させるなどし、シリア政府は劣勢に立たされることになった。(乙B2・117頁、乙B9・2、3頁、乙B11・2枚目1、2列目)サ 2015年(平成27年)9月30日、テロリストのせん滅を目的として、ロシア軍がシリア領内でI 劣勢に立たされることになった。(乙B2・117頁、乙B9・2、3頁、乙B11・2枚目1、2列目)サ 2015年(平成27年)9月30日、テロリストのせん滅を目的として、ロシア軍がシリア領内でISILを対象に空爆を開始した。同年10月7日、シリア政府の地上部隊もロシア軍の空爆と連携し反体制派に大規 模攻撃を実施し、攻勢に転じた。ISILは、米国主導の有志連合やロシ アによる空爆などによる攻勢を受け、支配地域を相次いで失っていった。 (乙B9・3頁、乙B11・2枚目2列目)シシリア政府は、2012年(平成24年)頃から戦闘が本格化し、最大の激戦地となっていた北部アレッポについて、2016年(平成28年)12月にこれを制圧し、その後もロシアの支援を受けて反体制派の支配地 域を着々と奪還して、2018年(平成30年)7月の段階で、シリア南部のほぼ全域を取り戻し、権力が及ばない主な地域はイドリブやラッカ周辺など北部一帯だけになった。また、ISILは、2017年(平成29年)10月に首都と位置付けてきた北部ラッカの支配を失い、同年12月までにシリアにおける全ての支配都市・町を喪失することになり、201 9年(平成31年)3月、最後の支配地とされたデリゾール県バグスを喪失したことで、シリアにおける全ての支配地を喪失した。(乙B9・3頁、乙B13、14・1頁)ス米国のトランプ大統領は、2019年(平成31年)2月5日、一般教書演説において、イラクとシリアのISILの支配地域を事実上すべて解 放した旨述べ、同年3月22日、完全制圧を宣言し、ISILに勝利したと表明した。ISILの支配地域が完全制圧されたことで、シリア国土の3分の2をシリア政府が統治し、統治が及ばない場所はクルド人勢力が支配する北東部と 3月22日、完全制圧を宣言し、ISILに勝利したと表明した。ISILの支配地域が完全制圧されたことで、シリア国土の3分の2をシリア政府が統治し、統治が及ばない場所はクルド人勢力が支配する北東部と、HTSが支配するイドリブ県周辺に限定されることになった。(乙B1・1枚目5列目、乙B18・3頁) (2) シリアにおける兵役等についてア UNHCRが作成した2017年(平成29年)11月付け「シリア・アラブ共和国から避難する人々の国際保護の必要性について更新V」には、シリア政府は、2011年(平成23年)3月の反政府抗議活動及びその後の武装蜂起後、政治的批判を断固として抑圧し、何が政治的批判な のかを判断する際に非常に幅広い基準を適用しており、兵役忌避者もこれ に含まれ、反政府的見解を抱いているとみなされる者に対しては渡航の禁止、私有財産の収用と破壊、強制移動、恣意的逮捕、隔離拘禁、拷問その他の形態の不当な取扱い、略式処刑、超法規的処刑に晒されていると報じられる旨、シリアでは兵役忌避は犯罪であり、政府からは政治的・反政府的な行為とみなされる可能性が高く、刑法上の兵役忌避罪に関連する制裁 を超える処罰が科される可能性があり、それには逮捕、尋問、拘禁中の一層厳しい取扱い、徴兵された場合の兵役中の一層厳しい取扱いなどが含まれ、実際には、兵役忌避者は、軍刑法の下で刑事制裁(禁錮)を科されるよりも、その逮捕から数日又は数週間以内に、最低限の訓練しか受けないまま、前線に配備されることが多いと伝えられる旨の記載がある。 (甲B3・ 32、33、36、37頁)イ英国内務省が作成した2014年(平成26年)2月21日付け「オペレーションガイダンスノート」には、シリアでは、良心の兵役忌避は法律で禁止されてお 甲B3・ 32、33、36、37頁)イ英国内務省が作成した2014年(平成26年)2月21日付け「オペレーションガイダンスノート」には、シリアでは、良心の兵役忌避は法律で禁止されており、兵役忌避及び脱走は、1973年(昭和48年)に改正された1950年(昭和25年)軍事刑法の下に罰せられ、平時は1か 月以上6か月以下の禁錮刑、戦時は禁錮5年に処せられ、所在不明の国外脱出による招集忌避は3か月以上2年以下の禁錮刑及び罰金刑に値する旨の記載がある。(甲B4・25、26頁)ウ英国内務省が2013年(平成25年)9月11日付けで作成したシリアの「出身国情報(COI)報告書」には、招集時に海外におり、招集に 応じなかった者は、シリアに帰国した時点で直ちに軍警察により逮捕され、2~3か月の懲役を宣告され、シリア在住で招集に応じなかった者は、逮捕され、3か月の懲役刑を受け、懲役を終えた後も兵役に応じなかった者は、6か月の懲役を追加される、海外に居住していて兵役に招集された者は、手配書に氏名が載っているため、帰国時に入国管理局に識別され、軍 に出頭するよう指示され、指定された期間内に軍に出頭しない場合は、軍 事裁判所に呼び出され、兵役忌避で起訴されるが、欠席裁判で発行された判決は全て兵役の3か月追加に減刑され、実際に兵役忌避のために刑務所に入る者はいないと伝えられる旨の記載がある。(乙B24・76頁)エ内戦で優位に立ったシリア政府は、2018年(平成30年)10月、これまでの軍からの脱走や兵役逃れについては、国内にいる者は4か月以 内、国外にいる者は6か月以内に出頭すれば、罪に問わないとする恩赦を発表した。(乙B25)オ米国国務省が作成した2017年(平成29年)国別人権報告書(シリ ては、国内にいる者は4か月以 内、国外にいる者は6か月以内に出頭すれば、罪に問わないとする恩赦を発表した。(乙B25)オ米国国務省が作成した2017年(平成29年)国別人権報告書(シリア)には、シリア政府の下で、空軍諜報局、参謀本部諜報局、政治的安全保障局及び一般諜報局という4つの諜報機関が中心となり、平和的デモの 参加者、人権活動家、反体制派の人々を始めとする、政府に反対しているとみなされる人々を大々的に逮捕している旨、身柄拘束した者に対し、長時間にわたってストレスのかかる姿勢を取らせる、手錠をかけ、手首の部分で何時間にもわたって吊るす、前の犠牲者の遺体が放置された監房に一晩身柄拘束する、混み合った監房に収容する、ベッド不足のため地面に眠 らせる旨の記載がある。(甲B12・4、12頁)カフィンランド移民局が作成した2018年(平成30年)12月14日付け「シリア:ベイルートおよびダマスカスへの事実調査ミッション」には、シリアの兵役年齢は18歳から42歳までであり、通常、若者(18歳から27歳まで)をより入念に監視している旨、学生等の特定の区分の 人々は現在も兵役の猶予又は免除があるが、学生に対する兵役猶予は以前よりもより厳しい監視下に置かれており、年長の学生にとっては兵士に採用される可能性はより高く、通常、27歳に達した人に猶予を認めておらず、26歳を超える学部生、28歳を超える修士課程の学生、30歳を超える博士課程の学生はこれ以上兵役を免除されないと伝えられる旨の記載 がある。(乙B31・1~3枚目) キデンマーク移民局・デンマーク難民評議会が作成した2019年(平成31年)2月付け「出身国情報(COI)レポート」には、2014年(平成26年)の大統領令では兵役義務を負 目) キデンマーク移民局・デンマーク難民評議会が作成した2019年(平成31年)2月付け「出身国情報(COI)レポート」には、2014年(平成26年)の大統領令では兵役義務を負う年齢の男性(18歳から42歳)で4年以上シリア国外に居住している者は、兵役義務の免除を受けるために8000米ドルを支払うことができ、国外の居住期間が長くなるとより 高額の支払となり、25歳を超えた男性が兵役義務の免除を受けるためには8000米ドルを支払わなければならないと定めている旨、2017年(平成29年)11月に発令された大統領令では、兵役免除を受けていない男性で42歳を超えた者は、8000米ドルを支払う義務があり、支払を行わない者は未払の料金を支払うまで一時的に財産を没収されると定め ている旨の記載がある。(乙B26・5、6頁)ク UNHCRが作成した2021年(令和3年)3月付け「シリア・アラブ共和国から避難する人々の国際保護の必要性について更新Ⅵ」には、2018(平成30年)~2020年(令和2年)の期間中、シリアの多くの地域で政府による支配が拡大した後に治安が相対的に改善されたにも かかわらず、治安面での成果は脆弱であり、紛争及び不安定な情勢の継続によって一般市民に壊滅的影響が生じている旨、2019年(令和元年)には北西部と北東部で再び紛争が激化した旨、人権法の重大な違反・侵害及び国際人道法の違反がシリア全土で続いている旨、複数の報告で、政府軍が戦争犯罪、人道に対する罪及び人権法の重大な違反を犯しながら処罰 を免れていると非難されている旨、政府軍は住民のいる一般市民の居住地域で、大砲、空爆、樽爆弾、焼夷弾、クラスター弾及び化学兵器を含む諸兵器を無差別に使用し、農地で作業している個人を標的として狙撃を を免れていると非難されている旨、政府軍は住民のいる一般市民の居住地域で、大砲、空爆、樽爆弾、焼夷弾、クラスター弾及び化学兵器を含む諸兵器を無差別に使用し、農地で作業している個人を標的として狙撃を行う等の手段により、前線近くの一般市民を意図的に殺傷してきたと報告されている旨、恣意的逮捕、強制失踪、生命が脅かされる条件下での拘禁、組 織的かつ広範な拷問及びその他の形態の不当な取扱い、公正な裁判(に対 する権利)の侵害等が広範に記録されており、主として政府に反対している者又はそのように見なされる者が標的となり、性暴力(拷問の一形態としてのものを含む)が広く使用されていると報告されている旨、政府支配地域全域で、帰還民は、反政府的意見の持ち主であるとみなされることなどを理由として、嫌がらせ、恣意的逮捕、強制失踪、拷問及びその他の形 態の不当な取扱い並びに財産没収の対象とされる者に含まれる旨、政府に反対しているとみなされる兵役忌避者は、逮捕、尋問及び拘禁の際又は配属後は兵役中に、とりわけ過酷な取扱いを受けるおそれがあり、場合によっては兵役忌避者の家族も脅迫、虐待されてきた旨の記載がある。(甲B22・16、58~60、60~65、128、140頁) ケドイツのハノーファー行政裁判所は、2014年(平成26年)11月6日にシリアから出国し、2015年(平成27年)2月まで兵役猶予を受けていたシリア国籍の者の難民申請について、欧州司法裁判所の先決付託手続(加盟国の裁判所に係属している事件について、EU法の解釈又はEUの行為の効力に関する照会を行い、加盟国の裁判所は、欧州司法裁判 所の決定に従って事件を処理することとなる手続)に付託した。上記付託を受けた欧州司法裁判所は、難民条約についての2011年(平成23 為の効力に関する照会を行い、加盟国の裁判所は、欧州司法裁判 所の決定に従って事件を処理することとなる手続)に付託した。上記付託を受けた欧州司法裁判所は、難民条約についての2011年(平成23年)12月13日付け欧州議会及び理事会指令2011/95/EU(本件指令)の条項の解釈について、2020年(令和2年)3月5日の審尋、同年5月28日の期日における法務官の意見聴取等を踏まえ、同年11月1 9日付け欧州司法裁判所判決をした。欧州司法裁判所は、同判決において、本件指令の条項は、出身国の法令において兵役忌避の可能性がない場合には、その者が正式に一定の手続をとることなく兵役を忌避する場合や、その者が軍当局に出頭することなく出身国を出国した場合を除外していないと解すべきである旨等を判断し、シリアにおける内戦の文脈において、同 国における兵役忌避は、多くの場合、そのような兵役忌避は、政治的意見 や宗教的信念の表明であるほか、また、特定の社会的集団の構成員であることを動機としているから、難民の認定を付与する要件である理由と関連していると強く推定される旨をプレスリリースした。 (甲B19、20・9、10、14、15頁、甲C9)コ欧州庇護支援事務所が作成した2021年(令和3年)4月付け「出身 国情報報告書」には、2018年(平成30年)の恩赦法にもかかわらず、シリア政府は緊急兵役に召集する新たな人員のリストを発行し、そこには恩赦措置でリストから除外されたばかりの多数の若者を含む40万人の名前が記されていた旨、シリア政府は恩赦を無視してシリア人を逮捕、拘留しているというインタビューがある旨が記載されている。(甲B6) サ英国内務省が作成した2022年(令和4年)6月付け「国別政策及び情報ノート ア政府は恩赦を無視してシリア人を逮捕、拘留しているというインタビューがある旨が記載されている。(甲B6) サ英国内務省が作成した2022年(令和4年)6月付け「国別政策及び情報ノートシリア:治安状況」には、ほとんどの強制帰国者は概ね帰国時に逮捕及び拘禁され、かつ、拘禁時に重大な虐待を受ける現実的リスクにさらされる旨が記載されている。(甲B26・4、5頁)(3) HTSについて ア HTSの前身であるヌスラ戦線は、2015年(平成27年)に入ると、他の反体制派勢力との連合体を複数回結成し、シリア北西部イドリブ県や北部アレッポ県などでシリア政府との戦闘を続け、同年3月には、イドリブ県都イドリブを占拠するなど、支配地を拡大させたが、同年9月にシリア政府がロシアの軍事支援を受けて攻勢を強めたことから、支配地を縮小 させるなど、次第に劣勢に立たされていった。こうした中、ヌスラ戦線は、2016年(平成28年)7月、他の反体制派勢力との統合の推進などを目的とし、ヌスラ戦線の名称での活動の停止、アルカイダからの離脱及び新組織シリア征服戦線の結成を発表した。(乙B15・4、5頁、乙B16・1枚目4列目、乙B17) イトルコが、2016年(平成28年)8月、ISIL掃討作戦を名目に シリアへの軍事介入を開始した際、他の反体制派勢力等はこれを歓迎したが、シリア征服戦線は拒絶したため、反体制派勢力の中でもシリア征服戦線は徐々に孤立するようになった。シリア征服戦線は、2017年(平成29年)1月、4つの反体制派勢力と共にHTSを結成し、シリア征服戦線がHTSに発展的に解消されたことを発表した。(乙B15・4、5頁、 16・1枚目4列目、乙B17)ウ HTSは、結成以降、ダマスカスや中部ハマー県、 勢力と共にHTSを結成し、シリア征服戦線がHTSに発展的に解消されたことを発表した。(乙B15・4、5頁、 16・1枚目4列目、乙B17)ウ HTSは、結成以降、ダマスカスや中部ハマー県、ダルアー県などで、シリア政府軍に対する攻撃を実行し、2017年(平成29年)7月以降、イドリブ県における支配を確立させた。しかし、それまで対ISIL掃討作戦に重きを置いてきたシリア政府軍が、ISILの退潮が顕著になった ことを受け、徐々に対HTS掃討作戦を強めたことから、イドリブ県やハマー県などでは、HTSの支配地が縮小することになった。HTSは、2018年(平成30年)も、シリア政府軍による相次ぐ掃討作戦を受けて要衝を失ったほか、同年2月には、他の反体制派勢力の攻撃を受け、イドリブ県南部の支配地を相次いで喪失したが、2019年(平成31年)1 月、イドリブ県の大部分を支配下に置いた。(乙B15・4、5頁、乙B16・1枚目)エ HTSは、2019年(令和元年)5月、シリア政府軍及びロシア軍との激しい戦闘の末、イドリブ県に隣接するハマー県北西部の戦略的重要地を喪失したほか、同年8月には、ロシア空軍による激しい空爆等を受け、 イドリブ県南部の支配地の一部も喪失した。反体制派の最後の主要拠点になっているイドリブ県では、同年12月の段階でシリア政府軍による攻勢が強まっている。(乙B1・1枚目、乙B15・6頁、乙B19~23)(4) 原告の個別的事情ア原告は、●年(昭和●年)●月●日、シリアのアレッポにおいて出生し た後、2004年(平成16年)頃、アレッポに所在する高等学校を卒業 し、ダマスカスに所在する化学工業中等専門学校に入学した。原告は、2007年(平成19年)頃、ラタキアに所在するa大学経済 2004年(平成16年)頃、アレッポに所在する高等学校を卒業 し、ダマスカスに所在する化学工業中等専門学校に入学した。原告は、2007年(平成19年)頃、ラタキアに所在するa大学経済学部に入学し、2011年(平成23年)5月、同大学を卒業した。2012年(平成24年)2月、レバノン国内のb大学の修士課程(経営学)に入学し、2017年(平成29年)3月、同課程を卒業し、同大学の博士課程(経営学) に入学した。(甲A41、44、乙A2、4、14)イ原告は、2006年(平成18年)8月から2007年(平成19年)3月まで、アレッポに所在する企業dにおいてマーケティング課長の地位にあり、同年頃から2014年(平成26年)3月までの間、アレッポに所在する製薬会社eにおいて監査役の地位にあり、また、2011年(平 成23年)12月から2012年(平成24年)5月までの間、エジプトのカイロに所在する医療機器販売会社fにおいて販売部長の地位にあった。 (甲A7、40、42)ウ原告は、20歳になる少し前の2005年(平成17年)~2006年(平成18年)頃、兵役の招集を受けたが、当時、化学工業中等専門学校 の学生であったことから、徴兵の猶予を申し入れ、1年間の徴兵の猶予を受けた。その後、原告は、a大学に入学し、シリアの政治情勢やシリア政府の汚職等の問題を知り、シリア政府のために兵役に就くことを受け入れ難く思い、以後、毎年勉学及び仕事を理由に金員を支払って徴兵の猶予を申し入れ、1年間ごとに徴兵の猶予を受けていた。 エ原告は、2011年(平成23年)3月にシリア国内で内戦が勃発すると、シリア政府に対する反発をさらに強め、シリア政府に反対するデモや集会に参加するようになった。原告は、同年頃から、a大学やc大 エ原告は、2011年(平成23年)3月にシリア国内で内戦が勃発すると、シリア政府に対する反発をさらに強め、シリア政府に反対するデモや集会に参加するようになった。原告は、同年頃から、a大学やc大学で開催される集会に参加し、参加者として、経済及び政治に関する意見を述べ、シリア政府の政策、法律、HTSに対する批判等をしたことがあった。ま た、原告は、SNSにもシリア政府を批判する内容の記事を投稿していた。 オ原告は、2015年(平成27年)、ラタキアにおいて自動車のパーツ等の輸出入を扱う会社の経営を開始した。原告の会社の従業員は7~15名ほどであった。(甲A7)カ原告は、2015年(平成27年)9月、ロシアがシリアの内戦に介入するようになると、シリア政府への反発をより一層強め、自らが経営する 会社の事務所のホールや、参加者が多い時には飲食店で、シリア政府やHTSを批判する集会を主催するようになった。集会の参加者は、通常25~30人ほどであり、原告の友人、知人、大学の講師、顧客らで構成されていた。 キ原告の会社は、仕入れた商品をHTSが支配する地域(イドリブ県及び ハマー県)にトラックで運び、住民らに対し販売していたところ、2015年(平成27年)末頃から、HTSが支配する地域に入る際に、HTSの構成員らに現金100~400ドル程度を要求されるようになり、原告はトラックの運転手に対して要求された金員を支払うよう指示した。 ク原告は、2016年(平成28年)頃、シリアの治安機関によって、タ ルトゥースにおいて2日間ほど身柄拘束された。原告は、反政府的な集会及びSNSへの投稿等による政府に対する一切の批判をやめるよう命令され、原告の父が約2500ドルを支払ったことにより解放されたが、その ゥースにおいて2日間ほど身柄拘束された。原告は、反政府的な集会及びSNSへの投稿等による政府に対する一切の批判をやめるよう命令され、原告の父が約2500ドルを支払ったことにより解放されたが、その後も反政府的な集会を主催し、SNSへ政府の政策を批判する内容の投稿をした。(甲A17、18) ケ原告は、2016年(平成28年)末頃、HTSの構成員からの金員の要求額が上がったため、HTSの支配する地域に会社のトラックを派遣するのを止め、HTSとの関わりを断とうとしたが、その後もHTSの構成員から金員を要求された。HTSの警察部門である自由警察は、2017年(平成29年)4月、原告に対する指名手配書を発付し、支配地域との 境目に多数設置している検問所の構成員に配布するなどした。HTSの構 成員は、同年7月24日、原告の父に電話を架け、原告が3日以内に5万1500ドル、その前に500ドルを支払うよう脅迫した。 (甲A9、45)コ原告は、2018年(平成30年)6、7月頃、2016年(平成28年)とは異なるシリアの治安機関によって、ラタキアにおいて2日間ほど身柄拘束された。原告は、反政府的な集会及びSNSへの投稿等による政 府に対する一切の批判を止めるよう命じられ、これを約束する書面に署名させられた後、原告の弟が約4000ドルを支払ったことにより解放された。原告は、以後、反政府的な集会の継続を断念し、SNSからバッシャールについての記事、選挙のボイコットを呼びかける記事を全て削除し、他の記事を友人のみが閲覧できる設定にしたが、シリア政府を批判する内 容の記事の投稿は続けた。(甲A17~24、原告本人31頁)サ原告は、2018年(平成30年)頃、出国の際に必要となる徴兵を猶予されていることを証明す 定にしたが、シリア政府を批判する内 容の記事の投稿は続けた。(甲A17~24、原告本人31頁)サ原告は、2018年(平成30年)頃、出国の際に必要となる徴兵を猶予されていることを証明する書類の発行を申請し、同年12月19日付けで、シリア軍総司令部徴兵局ダライーヤ分局から本件証明書の発行を受けた。本件証明書には、2019年(平成31年)4月1日までの1年間徴 兵の猶予が認められているため、2018年(平成30年)12月19日~2019年(令和元年)5月19日までの6か月間、国外への観光目的での出国許可を与える、これにより軍への次の招集は2019年(平成31年)4月22日に行われる旨が記載されていた。(甲A8、10)シ原告は、2019年(平成31年)2月、b大学の博士課程に在学中で あることを理由として徴兵猶予の申請をした上で、同年3月28日、商用目的でシリアを出国し、レバノンに滞在後、同年5月14日に同国を出国し、同月15日にマレーシアに入国し、同月19日、同国を出国し、同日、在留資格を「短期滞在」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。 (甲A6・7、8頁、乙A4・4、8頁) スシリアの治安機関の職員は、2019年(令和元年)6月初旬、原告の 父の自宅を訪れ、原告の所在を尋ねた。また、シリアの治安機関の職員は、同月上旬、原告の会社の事務所及び倉庫を閉鎖し、従業員らに対して退去を命じ、戻ってきたり会社の事務所や倉庫を開けたりするなど命令に背けば、会社の所有者が安全保障上の問題に直面することになる旨を告げた。 (甲A27) セ原告は、令和元年6月、本邦において資金が不足したため、原告の父に対し、シリア国内の原告の銀行口座から預金を引き出して送金することを求めたが、口座が凍結され る旨を告げた。 (甲A27) セ原告は、令和元年6月、本邦において資金が不足したため、原告の父に対し、シリア国内の原告の銀行口座から預金を引き出して送金することを求めたが、口座が凍結されて引き出せないことが判明した。凍結されたgの口座には、当時、4069万9449.85シリアポンド(約8万米ドルの価値)の残高があった。(甲A32・資料I)。 原告の父は、弁護士Bに対して原告の口座の凍結、原告の会社の事務所及び倉庫の閉鎖について相談したところ、Bは、原告が取引を行っているシリア及び海外銀行に照会をした結果、銀行の支店長から、国家治安部からの命令を確認し、シリア防衛省から原告に向けて出された原告の可動性資産及び固定資産の押収について記載した手紙を受け取っている旨の回 答を受けた。Bは、不動産登録局へ照会し、担当者から、hに所在する原告の会社の客人の宿泊所及び投資用の不動産、ラタキアに所在する原告の自宅、原告の会社の事務所及び倉庫が差し押さえられたことを告げられた。 Bは、ラタキアの国家治安部に照会して担当の将校と面会し、資産凍結等は、原告がシリアから逃亡し、兵役に就いていないことを理由として行わ れたことを確認し、原告が提出していた2019年(平成31年)4月2日以降の徴兵猶予の申請が却下されていたことも判明した。(甲A27)原告は、原告の父からの連絡を受けて、シリアに帰国するとシリア政府から迫害を受けるおそれがあると考え、SNSの公開を完全に止め、友人達も閲覧できない非公開の状態に変更し、その後の投稿を停止した。 (5) 原告の家族について ア原告の母は、2015年(平成27年)2月4日、自宅のバルコニーにいたところ、腰部に銃撃を受け、同日から4月25日まで入院した。(甲A (5) 原告の家族について ア原告の母は、2015年(平成27年)2月4日、自宅のバルコニーにいたところ、腰部に銃撃を受け、同日から4月25日まで入院した。(甲A28、29)イ原告の妻子は、ラタキアに所在する原告の自宅に居住していたが、2019年(令和元年)9月頃から、週に2回ほど、治安機関の職員が原告の 自宅を訪れて、原告の妻であるCに対し、原告が帰ってこなければお前たちを逮捕する、原告に帰ってくるよう言えなどと脅迫するようになった。 原告の妻子は、同月中に、ラタキアに所在する原告の両親の自宅に転居したが、ここにも治安機関の職員が訪れて同様の脅迫をされたことから、同年12月末頃、原告の両親の自宅を出て、アレッポにある親族や友人の家 を転々として生活するようになった。原告の妻子は、2020年(令和2年)4月25日午前3時頃、友人の家にいた際に、逮捕状もなく国家治安部隊に連行され、身柄を拘束された。国家治安部隊の者は、Cに対し、原告が帰国しないから逮捕した、原告が帰国したら釈放するなどと述べた。 原告の父は、Bを通じて、国家治安部隊に対して原告の妻子を開放するよ う求め、賄賂を支払い、原告はコロナ危機が収束して空港や国境が開けば帰国すると説明したところ、同月30日、原告の妻子は解放された。原告は、これを機にSNSへの投稿を再開し、友人に限定公開してシリア政府を批判する内容の記事を投稿するようになった。(甲A21~24)ウ原告の息子であるDは、2020年4月30日に国家治安部隊から解放 された後、呼吸困難、頭痛、嘔吐、夜尿、失禁等の症状がみられ、赤新月社が運営する病院へ通院するようになった。Dは、2021年(令和3年)1月10日、全身の蕁麻疹を伴うアレルギー症状によりアレッポの された後、呼吸困難、頭痛、嘔吐、夜尿、失禁等の症状がみられ、赤新月社が運営する病院へ通院するようになった。Dは、2021年(令和3年)1月10日、全身の蕁麻疹を伴うアレルギー症状によりアレッポの医療機関において診察を受けた。また、Dは、同年3月17日、高熱による痙攣を生じて救急搬送され、呼吸器感染症の診断を受けてアレッポの病院に入 院した。さらに、Dは、同月27日、ラタキア支部所属の医師がアレッポ を訪れた際に診察を受け、免疫不全、悪液質、栄養失調、精神疲労、寒さや気候に敏感に不調をきたす症状を患っているとの診断を受けた。 (甲A11~13)エ原告の妻子は、国家治安部隊による身柄拘束から解放後、在レバノン日本国大使館に対し、査証申請を行ったが、認められなかった。原告の妻子 は、2021年(令和3年)7月14日、在レバノン日本大使館に対し、再び査証申請を行い、名古屋難民支援室代表理事作成の上申書及び本件訴訟の訴状の写しを提出したところ、査証を取得することができ、同年11月末、本邦に上陸した。Cは、身体拘束を受けた当時のことを思い出すと精神が不安定な状態となり、令和4年2月25日、体調を崩して流産した。 (甲A14~16、弁論の全趣旨) 2 争点1(本件不認定処分の取消事由の有無(原告の難民該当性))について(1) 難民の意義、立証責任等についてア入管法2条3号の2は、同法にいう「難民」の意義につき、難民条約1条の規定又は難民の地位に関する議定書1条の規定により難民条約の適用 を受ける難民をいうと規定している。したがって、入管法にいう「難民」とは、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有す うと規定している。したがって、入管法にいう「難民」とは、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国 の保護を受けることを望まないもの及び常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって、当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの」(難民条約1条A(2)、難民議定書1条2項)をいうものと解される。 そして、「迫害」とは、通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃 又は圧迫であって、生命又は身体の自由の侵害又は抑圧を意味するものと解するのが相当であり、また、上記の「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」というためには、その者が迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事情のほかに、通常人がその者の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情 が存在していることが必要であると解されるところ、そのような客観的事情があるというためには、その者について、迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱くような個別的かつ具体的な事情が必要であると解される。 イまた、難民条約上、難民の定義(1条)において、国籍国の保護を受けることができないことが難民の要件とされているから、迫害の主体は、原 則として、国籍国の政府やそれに準ずる公的機関であるものと解され、このような国家機関以外の場合には、国籍国による国家的保護を受けることを期待することができる限り、迫害の恐怖を抱くような 、原 則として、国籍国の政府やそれに準ずる公的機関であるものと解され、このような国家機関以外の場合には、国籍国による国家的保護を受けることを期待することができる限り、迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在しているということはできないから、国籍国の政府が、その国家機関以外による迫害を知りながらこれを容認し、又はそのような状況を放置するな ど、迫害の対象者に効果的な保護を与えることができないときに限り、「その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」に当たるものと解される。 ウ難民該当性の立証責任については、入管法61条の2第1項が、難民の 認定を申請しようとする外国人に対して難民に該当することを証する資料の提出を求めていることに加え、難民認定処分が授益処分であることからすると、その立証責任は原告にあると解すべきである。そして、難民該当性の立証の程度については、一般的な民事訴訟の原則(行政事件訴訟法7条、民訴法247条)が妥当し、合理的な疑いを容れない程度の証明が必 要であると解するのが相当であり、その立証の程度を一般的な場合と比較 して緩和すべき法的根拠はないものというべきである。 エ以上を前提として、原告が難民に該当すると認められるか否かにつき、検討する。 (2) 認定事実に基づく検討ア原告は、反政府的な政治的意見によりシリア政府及びHTSから迫害を 受けるおそれがあると主張し、その旨の陳述書(甲A46)を提出するとともに、本人尋問において同旨の供述をする。これに対し、被告は、原告の供述には客観的裏付けがなく、本件難民申請時の供述から多くの変遷があり、裏付けとされる証拠の提出時期が不自然であるなどと主張し とともに、本人尋問において同旨の供述をする。これに対し、被告は、原告の供述には客観的裏付けがなく、本件難民申請時の供述から多くの変遷があり、裏付けとされる証拠の提出時期が不自然であるなどと主張して、原告の供述の信用性を争っている。 確かに、証拠(甲A46、乙A2、4、原告本人)によれば、原告の本件訴訟における供述には、難民認定手続において述べられていなかった内容や、抽象的には述べられていたものの、供述内容がより具体的かつ詳細になっている部分、細かい事実経過や保安機関の名前等に変遷がみられる部分などが存在する。しかしながら、他方で、上記認定事実の各末尾に摘 示したとおり、原告の経歴(甲A7、40~44)、資産(甲A32、33)、SNSへの投稿(甲A17~24、30、31)、2019年(平成31年)4月1日までの徴兵の猶予(甲A10)、HTSによる指名手配書(甲A9)、HTSから原告の父に金員を要求する電話(甲A45)、原告の母の銃弾による受傷(甲A28、29)等については、原告の供述を裏付ける証拠が 存在する上、兵役忌避を理由として、約4000万シリアポンドの残高のある原告の預金口座が凍結され、原告の会社の事務所及び倉庫が閉鎖され、これらと併せて原告の会社の客人の宿泊所、投資用の不動産、自宅が差し押さえられたこと(資産凍結等)や、原告の妻子が国家治安部隊によって拘束されたことについては、後記のとおり実在の弁護士であるBの手紙 (甲A27)によって裏付けられており、拘束後の原告の妻子の症状(甲 A11~13、16)も原告の供述に整合的である。 そして、原告が大学院の博士課程に在籍するとともに、シリア国内において会社を経営し、相応の資産を有していたことに加えて、妻子を残して出国していたことに照 ~13、16)も原告の供述に整合的である。 そして、原告が大学院の博士課程に在籍するとともに、シリア国内において会社を経営し、相応の資産を有していたことに加えて、妻子を残して出国していたことに照らすと、原告がシリアに帰国することなく、本件難民申請をしたことには相応の理由があったとうかがわれるところ、原告は、 本件難民申請の当初から、ヌスラ戦線から金銭を要求され、自由警察から指名手配書を出されたこと(乙A4・14頁)、シリア政府に反対しているので徴兵を拒否していること(同16頁)、原告の会社でシリア政府に対する不満や意見を述べる集会を行っていたこと(同18、19頁)、2度にわたり治安機関によって取調べを受け、誓約書を書かされたこと(乙A2の 2・5枚目)などを供述しており、迫害を基礎付ける事実として長期間にわたる多数の出来事を供述していることからすれば、本件難民申請時において、一部の出来事に関する説明が欠けたり、内容が抽象的であることもある程度やむを得ない面があるというべきであり、細かい事実経過や治安機関の名前等に関する供述に変遷がみられるのも、多数の出来事があるこ とに加えて、翻訳、通訳を介したやりとりであること等の影響が考えられるから、原告の本件訴訟における供述について、その根幹部分に不合理な変遷があり、全体として信用性を欠くものということはできない。したがって、少なくとも相応の証拠の裏付けがあるか、又は供述内容がほぼ一貫している上記認定事実の限度においては、原告の供述を採用することがで きるというべきである。 イ個々の認定事実に係る被告の主張について(ア) 被告は、原告がb大学を中退していた可能性があると主張する。しかしながら、原告は、本件難民申請に係る申請書に「b経営学PHD」を「中退」と記載し イ個々の認定事実に係る被告の主張について(ア) 被告は、原告がb大学を中退していた可能性があると主張する。しかしながら、原告は、本件難民申請に係る申請書に「b経営学PHD」を「中退」と記載しているものの(乙A2)、同学校に在籍する期間を「現 在まで」と記載し、本件難民申請時の事情聴取においても、籍は残って いる旨を供述している(乙A4・6頁)から、原告は徴兵猶予の申請が却下された当時、b大学の博士課程に在籍していたと認められる。 (イ) 被告は、原告が証拠として提出したSNSの投稿(甲A17~24)が、複数のアカウントにより行われており、原告本人とは異なる者が投稿したものが含まれていると主張する。しかしながら、証拠(甲A31) によれば、原告の写真が表示されたアカウントから全ての投稿が表示されることが認められ、原告が事後的に過去の投稿を作出したと認めるに足りる証拠はなく、仮に原告が事後的に過去の投稿を作出するのであればより直接的に政府を批判する内容とすることが考えられるが、そのような内容までのものとは認められないから、上記投稿は、当時、原告が 投稿したものと認めるのが相当である。 (ウ) 被告は、2016年(平成28年)及び2018年(平成30年)の2回の身柄拘束に係る原告の供述について、当初、抽象的であったものが具体的となり、かつ内容も大きく変遷していると主張する。しかしながら、上記のとおり、原告は、本件難民申請の当初から2回の身柄拘束 を受け、取調べ、脅迫及び金銭の強要を受けたと供述しており(乙A2の2・5枚目)、2回の身柄拘束を受けたこと自体については一貫した供述をしているから、少なくとも上記認定した限度においては、原告の供述を採用することができるというべきである。 (エ) 被告は A2の2・5枚目)、2回の身柄拘束を受けたこと自体については一貫した供述をしているから、少なくとも上記認定した限度においては、原告の供述を採用することができるというべきである。 (エ) 被告は、原告の資産凍結等について客観的裏付けがあるとはいえず、 Bの手紙等は信用性がないと主張する。しかしながら、証拠(甲A32)によれば、原告名義のgの口座に、2019年3月28日当時、4069万9449.85シリアポンド(約8万米ドルの価値)の残高があることが認められ、当該口座取引明細書に原告の住所の記載がないことや取引履歴が少ないことをもって、原告が当該口座を保有していることが 否定されるものとはいえない。また、証拠(甲A32)によれば、原告 がhという行政区画に不動産を所有していることについて、不動産ページへの記載はされていないが、原告が所有していることが分かった旨のラタキア不動産担当局長による認証のある不動産証明書が存在し(同資料A)、そのほかの不動産についても原告が具体的な場所を特定し、原告自らが不動産を利用していた写真が存在する(同資料B~H)。そして、 後掲各証拠によれば、Bが、シリア弁護士会に登録されており(甲A25、26)、原告代理人とやりとりしたビデオ映像において、原告の代理人であることや手紙(甲A27)を書いたことを認め、弁護士免許証等も提示している(甲A34~36)から、シリアの弁護士であるBが当該手紙を作成したと認められ、その内容は信用し得るというべきである から、同手紙に記載されているとおり資産凍結等がされたと認めるのが相当である。 (オ) 被告は、原告の妻子の身柄拘束について、原告の主張を裏付ける客観的証拠がなく、原告は、難民認定手続において、妻子が無事に暮らしていると供述し り資産凍結等がされたと認めるのが相当である。 (オ) 被告は、原告の妻子の身柄拘束について、原告の主張を裏付ける客観的証拠がなく、原告は、難民認定手続において、妻子が無事に暮らしていると供述していた上、身柄拘束を受けた時期に関する供述に変遷があ り、原告の妻子が無事に出国できていることなどから、当該事実は認められないと主張する。しかしながら、上記(エ)のとおり、Bが作成したと認められる手紙(甲A27)によれば、原告の妻子が国家治安機関に身柄拘束されたことが記載されており、原告が妻子について無事に生活していると供述していたのは、妻子が身柄拘束を受ける前であるから、明 らかに不自然であるということはできない。また、原告が、Bの手紙によって妻子の身柄拘束に関する詳細を知ったことからすれば、拘束された時期に関する供述に変遷があることが不自然とはいえず、原告の妻子がシリアから出国できたことをもって、直ちに身柄拘束を受けた事実が否定されるものではないから、この点に係る原告の供述の信用性を左右 しない。 (カ) 被告は、そのほか、原告は、本件難民申請当時、別のシリア人の難民認定申請に同行したこともある人物に助言を受けていたと考えられ、難民認定申請書には別紙を提出することができる旨の記載があることなどから、原告は難民認定手続において十分に供述等ができる状況にあり、シリア政府による迫害を基礎付ける事実について正確に供述できたにも かかわらず、2回の身柄拘束時に兵役猶予について聞かれたか、大学において講演を行っていたか、集会の主催について政府側から注意を受けたか、資産凍結等の前後の出来事や凍結を命令した機関の名称等について供述が著しく変遷していると主張する。しかしながら、原告が難民認定手続において助言を受け か、集会の主催について政府側から注意を受けたか、資産凍結等の前後の出来事や凍結を命令した機関の名称等について供述が著しく変遷していると主張する。しかしながら、原告が難民認定手続において助言を受けて正確な供述をし尽くしたと認めるに足りる 証拠はなく、上記のとおり原告は長期間にわたる多数の出来事を供述しており、翻訳、通訳を介したやりとりであること等に照らせば、被告が主張する供述の変遷がみられるとしても、上記認定事実の限度で、原告の供述を採用することが妨げられるものとはいえない。 ウそこで、上記認定事実を踏まえて検討すると、原告は、2005年(平 成17年)~2006年頃(平成18年)よりシリア政府に対する反発心から兵役に就くことを受け入れ難く、勉学及び仕事を理由に1年ごとに徴兵の猶予を受けていたが、2011年(平成23年)3月にシリア国内で内戦が勃発するとシリア政府に対する反発を強め、シリア政府に反対するデモや集会に参加してシリア政府を批判するようになり、SNSでもシリ ア政府を批判する記事を投稿し、2015年(平成27年)9月にロシアがシリアの内戦に介入するとシリア政府に対する反発を更に強め、25~30人ほどを集めて、シリア政府やHTSを批判する集会を主催するようになった。そして、原告は、2016年(平成28年)頃、シリアの治安機関に逮捕されて2日間拘束され、反政府的な集会及びSNSへの投稿等 による政府に対する一切の批判を止めるよう命じられたが、その後も反政 府的な集会を主催し、SNSへの投稿をするなどしていたところ、2018年(平成30年)6、7月頃にも、前回とは異なるシリアの治安機関に逮捕されて2日間拘束され、反政府的な集会及びSNSへの投稿等による政府に対する一切の批判を止めるよう命 などしていたところ、2018年(平成30年)6、7月頃にも、前回とは異なるシリアの治安機関に逮捕されて2日間拘束され、反政府的な集会及びSNSへの投稿等による政府に対する一切の批判を止めるよう命じられ、これを約束する書面に署名させられた。原告は、2019年(平成31年)4月1日まで徴兵の猶 予が認められており、同年5月19日までの6か月間、国外への観光目的での出国許可を与える旨の本件証明書の発行を受け、同年2月、レバノンのb大学の博士課程に在学中であることを理由に徴兵猶予の申請を行った上で、同年3月28日、商用目的でシリアを出国し、レバノン、マレーシアを経て本邦に上陸したが、同年6月中旬、原告の父に送金を依頼したこ とを契機として、徴兵猶予の申請が却下され(前年の徴兵の猶予は、2018年(平成30年)6、7月の身柄拘束以前にされていたと考えられる。)、原告が兵役に就いていないことを理由に資産凍結等がされたことが判明したことから、令和元年8月16日、本件難民申請をするに至ったものと認められる。 また、原告の妻子は、ラタキアに所在する原告の自宅に住んでいたが、2019年(令和元年)9月頃から、治安機関の職員から、原告が帰ってこなければお前たちを逮捕する、原告に帰ってくるよう言えなどと脅迫され、ラタキアに所在する原告の両親の自宅、アレッポに所在する親族や友人の家を転々としたが、2020年(令和2年)4月25日午前3時頃、 逮捕状もなく国家治安部隊に身柄拘束され、原告が帰国しないから逮捕したなどと言われ、原告の父がBを通じて賄賂を支払い、原告はコロナ危機が収束したら帰国すると説明したところ、同月30日、解放されたことが認められる。 上記のとおり、原告は、2019年(平成31年)4月1日以降の徴兵 猶予の じて賄賂を支払い、原告はコロナ危機が収束したら帰国すると説明したところ、同月30日、解放されたことが認められる。 上記のとおり、原告は、2019年(平成31年)4月1日以降の徴兵 猶予の申請をしたものの、これが認められず、本件証明書によって出国許 可が与えられた期間の終期である同年5月19日から1か月も経たない同年6月上旬に資産凍結等を受けているところ、かかるシリア政府の対応は、徴兵猶予の申請を却下された者に対する制裁として過剰なものであることがうかがわれ、原告が、シリアにおいて、大学の博士課程に在籍するとともに、会社を経営して相応の資産を有しており、シリア政府に対する 反発から毎年徴兵猶予の申請をし、大学の集会や自ら主催する集会、SNS等を通じて反政府的な意見を表明し、2016年(平成28年)及び2018年(平成30年)6、7月頃には、各2日間の身柄拘束を受けて反政府的な意見の表明等をしないよう命じられたことなどの事実を併せ考えると、原告に対する資産凍結等は、単なる兵役忌避に対する制裁にとど まらず、過去に反政府的な政治的意見を表明し、かつ、一定の社会的地位を有する原告を狙って行われたものと認めるのが相当である。このことは、その後に原告の妻子が逮捕状の発付もなく身柄拘束を受け、原告が帰国しないから逮捕したなどと言われたことからも裏付けられ、原告の妻子の身柄拘束は本件不認定処分後の事情ではあるものの、本件不認定処分時にお いて、シリア政府が、原告の兵役忌避に対して殊更厳しく対処する姿勢を有していたことを裏付ける事情として考慮することができるというべきである。そして、上記認定事実(2)のとおり、シリアにおいては、兵役忌避者も反政府的見解を抱いている者とみなされて弾圧の対象となり、刑法上の兵役忌 を裏付ける事情として考慮することができるというべきである。そして、上記認定事実(2)のとおり、シリアにおいては、兵役忌避者も反政府的見解を抱いている者とみなされて弾圧の対象となり、刑法上の兵役忌避罪に関連する制裁を超える処罰が科される可能性があり、最低 限の訓練しか受けないまま、前線に配備されることが多いこと(同ア)、招集時に海外におり、招集に応じなかった者は、帰国時に直ちに逮捕されること(同ウ)、シリア政府軍が無差別兵器の使用や一般市民の意図的な殺傷などの戦争犯罪、人道に対する罪、重大な人権侵害を犯しており、政府に反対しているとみなされる兵役忌避者は、逮捕、尋問及び拘禁の際、又は 兵役中にとりわけ過酷な取り扱いを受けるおそれがあること(同ク)、ほと んどの強制帰国者は概ね帰国時に逮捕及び拘禁され、かつ、拘禁時に重大な虐待を受ける現実的リスクにさらされること(同サ)などが報告されており、欧州司法裁判所においても、シリアにおける兵役忌避は、難民の認定を付与する要件である理由と関連していると強く推定される旨のプレスリリースをしていること(同ケ)などに照らせば、原告がシリアに帰国 した場合、反政府的意見の持ち主であるとみなされて直ちに逮捕及び拘禁され、嫌がらせ、恣意的逮捕、強制失踪、拷問及びその他の形態の不当な取扱い並びに財産没収の対象とされる可能性があり、また、兵役に就くことを義務付けられ、これを忌避すれば暴力を含む過酷な処罰を受け、兵役に就けば反政府的な意見を持つ者として恣意的に十分な訓練を受けない まま前線に配備されるなど、生命、身体への危険が生じ得るおそれや、戦争犯罪、人道に対する罪及び人権法の重大な違反する行為への関与を強いられるおそれがあると認められる。 したがって、原告は、その政治的意 前線に配備されるなど、生命、身体への危険が生じ得るおそれや、戦争犯罪、人道に対する罪及び人権法の重大な違反する行為への関与を強いられるおそれがあると認められる。 したがって、原告は、その政治的意見(それに基づく兵役忌避)を理由として、シリア政府から通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃 又は圧迫であって、生命又は身体の自由の侵害又は抑圧を受けるおそれがあるという恐怖を抱くような個別的かつ具体的な事情が認められるから、「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」と認められるというべきであり、また、原告が「国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有 するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」であることも明らかであるから、原告は難民に該当するものと認められる。 エ難民該当性に係る被告の主張について(ア) 被告は、兵役忌避によって刑罰を受けるおそれがあったとしても不当に重いものではなく、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構 成員であること又は政治的意見」に基づく迫害ではないから、「難民」に 該当するものとはいえないと主張する。 しかしながら、上記ウのとおり、シリアにおいては、兵役忌避者も反政府的意見を持つものとみなされ、過酷な取り扱いを受けるおそれがあり、ほとんどの強制帰国者は概ね帰国時に逮捕及び拘禁され、かつ、拘禁時に重大な虐待を受ける現実的リスクにさらされ、シリア政府軍が戦 争犯罪や人道に対する罪、重大な人権侵害を犯しているなどの報告があることに加えて、原告は、単に兵役忌避をしたのではなく、シリア政府への反発心から兵役に就くことを受け入れ難く、長期間にわたって徴兵猶予の申請をしていた上、反政府的な 権侵害を犯しているなどの報告があることに加えて、原告は、単に兵役忌避をしたのではなく、シリア政府への反発心から兵役に就くことを受け入れ難く、長期間にわたって徴兵猶予の申請をしていた上、反政府的な集会等を主催し、これを理由として2回の身柄拘束をされるなどしていたものであって、シリア出国後に 徴兵猶予の申請が却下され、兵役に就かないことを理由に資産凍結等までされたことに照らすと、本件不認定処分時において、原告はシリアに帰国した場合、反政府的意見の持ち主であるとみなされて、逮捕、拘禁されて過酷な取り扱いを受けたり、その意に反して兵役に就かされ、恣意的に十分な訓練を受けずに前線に送られたり、戦争犯罪や重大な人権 侵害に関与させられるおそれがあったというべきであるから、政治的意見に基づく迫害を受けるおそれがあると認められ、被告の主張は採用できない。 (イ) 被告は、原告の旅券の発給、出入国の状況、大使館への出頭等から、原告が反政府的意見を持つ者として注視されていたとは考え難く、原告 は早期にシリアを出国しておらず主観的恐怖を有しているものとしての緊張感や切迫感がうかがわれないなどと主張する。しかしながら、最後の旅券の発給は2018年(平成30年)1月15日であり(甲A6・3頁)、旅券発給後の同年6、7月頃に2度目の身柄拘束がされたと考えられる上、原告のシリア国内における資産及び家族等の状況やこれまで 徴兵の猶予が認められていたことからすれば、一定の迫害のおそれがあ ったとしても、原告がシリア国内に居住し続けることは不合理ではなく、原告は、商用でシリアを出国した後に、徴兵猶予の申請が却下され、兵役忌避を理由として資産凍結等がされたことを知って、シリア政府から迫害を受けるおそれがあるとの主観的恐怖を抱く ことは不合理ではなく、原告は、商用でシリアを出国した後に、徴兵猶予の申請が却下され、兵役忌避を理由として資産凍結等がされたことを知って、シリア政府から迫害を受けるおそれがあるとの主観的恐怖を抱くに至ったと認められるのであるから、被告の主張は採用できない。 (ウ) 被告は、原告の兵役猶予が認められなかったのは、シリアにおいて、学業による兵役猶予には厳しい対応がとられており、高学年ほど兵役猶予が認められなくなり、27歳(又は30歳)に達した学生については兵役が猶予されなくなったという2018年の報告(乙B31)があり、原告は2019年2月時点で31歳であるから、これにより認められな かったにすぎないと主張する。しかしながら、仮に学生に対する兵役猶予が厳しい監視下に置かれているため、学業を理由とする原告の兵役猶予が認められなかったとしても、認定事実(2)キの兵役義務の免除のための金員の支払や一時的財産没収の制度は国外居住年数や年齢において原告には当てはまらず、上記ウのとおり本件証明書による出国許可の終期 から1か月も経たないうちに資産凍結等がされ、その後、妻子の身柄拘束までされたことに照らすと、単なる兵役忌避に対する制裁としては過剰な対応といわざるを得ず、原告の徴兵猶予の申請が却下されたことが、恣意的なものであったとまでは認められないとしても、その後の対応等を含めて考慮すれば、原告の政治的意見(それに基づく兵役忌避)を理 由にシリア政府から生命又は身体に対する「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」と認められることには変わりがない。 (3) 以上によれば、本件不認定処分時において、原告は難民に該当するものと認められるから、原告を難民としなかった本件不認定処分は違法であり、取 り消 」と認められることには変わりがない。 (3) 以上によれば、本件不認定処分時において、原告は難民に該当するものと認められるから、原告を難民としなかった本件不認定処分は違法であり、取 り消されるべきである。 3 争点2(本件棄却裁決の取消事由の有無)について職権に基づき判断すると、上記2のとおり、本件不認定処分は違法として取り消されるべきであるから、原告には、もはや本件棄却裁決の取消しを求める訴えの利益は認められない。したがって、本件棄却裁決の取消しを求める訴えは不適法としてこれを却下すべきである。 4 争点3(本件義務付けの訴えの適法性)について上記のとおり本件不認定処分の取消請求に理由があると認められる以上、本件義務付けの訴えは、行政事件訴訟法37条の3第1項2号の要件を満たし、適法である。 そして、原告が本件不認定処分後に難民条約1条C(5)にいう「難民であると 認められる根拠となった事由が消滅したため、国籍国の保護を受けることを拒むことができなくなった場合」に該当することとなったことを認めるに足りる証拠はなく、原告はなお難民に該当するものといえるから、入管法上、法務大臣は、本件難民申請に対し、原告を難民と認定する処分をすべきであることは明らかである。したがって、行政事件訴訟法37条の3第5項の規定により、 法務大臣に対し、その旨を命ずべきであり、原告の本件義務付けの訴えに係る請求は理由がある。 第4 結論よって、本件訴えのうち、本件棄却裁決の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下し、本件不認定処分の取消請求及び本件義務付けの訴えに係 る請求はいずれも理由があるからこれらを認容することとし、主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第9部 れを却下し、本件不認定処分の取消請求及び本件義務付けの訴えに係 る請求はいずれも理由があるからこれらを認容することとし、主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第9部 裁判長裁判官剱持 亮 裁判官佐久間 隆 裁判官新田浩志は、差支えのため署名押印することができない。 裁判長裁判官剱持 亮 (別紙)略語一覧(順不同)・シリアシリア・アラブ共和国・エジプトエジプト・アラブ共和国・レバノンレバノン共和国 ・ロシアロシア連邦・トルコトルコ共和国・ドイツドイツ連邦共和国・国連国際連合・入管法出入国管理及び難民認定法(令和5年法律第56号による 改正前のもの)・名古屋入管局長名古屋出入国在留管理局長・本件難民申請原告が令和元年8月16日付けで法務大臣に対してした難民認定の申請・本件不認定処分法務大臣から権限の委任を受けた出入国在留管理庁長官か ら更に権限の委任を受けた名古屋入管局長が令和2年1月6日付けで原告に対してした難民の認定をしない旨の処分・本件審査請求原告が令和2年1月16日付けで法務大臣に対してした本件不認定処分に対する審査請求・本件棄却裁決法務大臣が令和2年11月11日付けで原告に対してした 本件審査請求を棄却する旨の裁決・本件義務付けの訴え本件訴えのうち、難民の認定の義務付けを求める訴え・難民条約難民の地位に関する条約・難民議定書難民の地位に関する議定書・UNHCR する旨の裁決・本件義務付けの訴え本件訴えのうち、難民の認定の義務付けを求める訴え・難民条約難民の地位に関する条約・難民議定書難民の地位に関する議定書・UNHCR 国連難民高等弁務官事務所 ・バッシャールシリア大統領バッシャール・ハーフィズ・アル=アサド ・A バッシャール大統領の従兄弟であるA・HTS タハリール・アル・シャーム機構。前身となるヌスラ戦線及びシリア征服戦線を含むことがある。 ・本件証明書シリア軍総司令部徴兵局ダライーヤ分局が2018年(平成30年)12月19日付けで作成した、同日~2019 年(令和元年)5月19日までの6か月間国外への観光目的での出国許可を与える旨の証明書(甲A10)・B 弁護士B・C 原告の妻C・D 原告の息子D ・妻子 C及びD・資産凍結等預金口座の凍結、不動産の差押え、原告の会社の事務所及び倉庫の閉鎖・本件指令 2011年(平成23年)12月13日付け欧州議会及び理事会指令2011/95/EU ・欧州司法裁判所判決欧州司法裁判所の2020年(令和2年)11月19日付け判決(C-238/19号事件)(甲B20)以上
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