平成17(行ウ)180 遺族補償給付不支給処分取消請求事件(通称 中央労基署長遺族補償年金不支給処分取消)

裁判年月日・裁判所
平成20年1月17日 東京地方裁判所
ファイル
hanrei-pdf-37786.txt

判決文本文29,483 文字)

- 1 -主文 中央労働基準監督署長が原告に対し平成8年9月9日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金の支給をしないとした決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由第1請求主文と同旨第2事案の概要本件は、原告が、その夫であったaの自殺は、過重な業務等を原因とする心理的負荷によって精神に異常を来したことによるものであると主張して、自殺が業務に起因することを認めなかった中央労働基準監督署長の平成8年9月9日付け遺族補償年金不支給処分(以下「本件処分」という)の取消。 しを求めた事案である。 前提事実(争いがない事実及び後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)( )aは、百貨店の営業等を業とする株式会社大丸(以下「大丸」という) 。 東京店において、昭和60年3月から昭和62年2月までは、寝具タオル課布団・ベッド用品係長として、担当商品の仕入れ、販売、人事の業務全般を指揮、管理し、同年3月1日から同年6月24日までは、寝具タオル課販売課長(ショップレス関連業務担当)として、ダイレクトメールでの販売企画、商品発注、仕入れ、売上げ計上処理、配送作業の指揮等の業務を担当していた。aは、同年6月25日からは、売場担当販売課長となった。 ( )aは、昭和62年6月30日午後4時ころ(時刻は推定である、原告 。)肩書地所在の自宅の1階階段下において、ネクタイを首に巻き自殺した。 ( )原告は、平成4年6月24日、中央労働基準監督署長に対し、aの自殺 - 2 -は業務に起因するものであるとして、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という)に基づき遺族補償年金支給を請求したが、同署長は、。 aの自殺当時、aが精神障害を発症していた事実は認められず、aの自殺 に起因するものであるとして、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という)に基づき遺族補償年金支給を請求したが、同署長は、。 aの自殺当時、aが精神障害を発症していた事実は認められず、aの自殺は、労災保険法12条の2の2第1項の「労働者が、故意に・・・死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたとき」に該当するとして、平成8年9月9日付けで不支給の決定(本件処分)をした。 ( )原告は、本件処分を不服として、平成8年11月5日、東京労働者災害 補償保険審査官に対し、審査請求をしたが、同審査官は、平成11年3月30日付けで、原告の審査請求を棄却した(乙60、61)。 原告は、同決定を不服として、平成11年5月27日、労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、同審査会は、平成17年1月20日付けで、再審査請求を棄却した(甲1、乙1)。 ( )原告は、これを不服として、平成17年4月19日、本件処分の取消し を求めて本件訴訟を提起した。 争点 ( )労災保険法12条の2の2第1項の故意の解釈及びaが精神障害う 「」(つ病エピソード)を発症していたかどうか。 ( )aが精神障害を発症していたとすると、その精神障害及び自殺は業務に 起因するものであるかどうか。 争点に関する当事者の主張(原告の主張)( )労災保険法12条の2の2第1項の「故意」は、結果の発生を意図した 意思ではなく、偽りその他の不正の手段により保険給付を受けようとする意思と解するべきであり、aの自殺は、労災保険法12条の2の2第1項の「故意」による死亡にあたるということはできない。 精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で- 3 -「」、行わ る死亡にあたるということはできない。 精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で- 3 -「」、行われた自殺が同条の故意に当たらないという立場によったとしてもaは、うつ病エピソードを発症していたものであるから、自殺であることを理由に労災保険法による給付の対象から外されるべきではない。aには抑うつ気分が強くうかがえるし、思考能力が喪失し仕事が手につかないなど活動性が減退したと認められ、喜びの感情を抱いた形跡はうかがえないのであって、うつ病エピソードの典型症状のうち2つ、あるいは3つがみられる。また、aには、少なくとも、集中力と注意力の低下、罪責感と無価値感、自殺の観念や行為、睡眠障害といううつ病エピソードの一般症状もあった。複数の同僚の供述やaが作成した遺書の記載などによれば、このような症状は遅くとも6月中旬ころからは発生している。したがって、aはうつ病エピソードを発症していたと認められる。 ( )aは、昭和62年5月末に判明した寝具タオル課における品減り(商品 の現実の在高が帳簿(伝票)上の在高より不足していること)の原因調査に当たって、疑いをかけられていじめられ、膨大な取引資料を調査する役を任され、通常の勤務以外にも、夜中から朝まで毎日自宅で睡眠時間を削って長時間、伝票調査等の仕事をすることとなった。その上、職場において厳しく責任追及されたことや顧客から自宅に直接クレームの電話がかかってきたことなど、aに、業務に起因する強度の心理的肉体的負荷があったことは明らかであり、これがaが発症したうつ病エピソードの原因となった。 、、。 ( )以上によれば本件処分には誤りがあるから取り消されるべきである (被告の主張)( ) 負荷があったことは明らかであり、これがaが発症したうつ病エピソードの原因となった。 、、。 ( )以上によれば本件処分には誤りがあるから取り消されるべきである (被告の主張)( )平成11年9月14日付けで労働省労働基準局長が発出した「心理的負 荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」は、精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは、自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で行われた自殺については、同条の故意によるものでないと解するのが適当であるとしている。 - 4 -しかし、aについては、aの経歴、家族状況、健康状態、性格等の一般的状況、職場の上司、部下等からの聴取内容、医師の意見、業務の実態などを総合しても、精神障害を発症していた事実は認められない。うつ病エピソードと認められるためには、当該障害の典型症状や一般的症状がそれぞれ複数認められ、かつその症状が2週間以上継続することが必要とされているが、aにはうつ病エピソードの典型症状や一般症状が認められない、、し一部の症状があってもその症状が2週間継続したと認められないからうつ病エピソードの発症が認められない。 したがって、aの自殺は、精神障害によって正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で行われた行為とはいえないから、労災保険法12条の2の2第1項の「故意」によるものであって、業務上の事由によるものとは認められない。 ( )仮にaが精神障害を発症していたとしても、aの自殺前に従事した業務 に係る出来事に、客観的に精神障害を発症させるおそれのある程度の強い心理的負荷は認められない。 aの自殺前6か月間の時間外労働をした日は、月に0ないし5日程度 たとしても、aの自殺前に従事した業務 に係る出来事に、客観的に精神障害を発症させるおそれのある程度の強い心理的負荷は認められない。 aの自殺前6か月間の時間外労働をした日は、月に0ないし5日程度であり、時間外労働の合計時間も最も多い月で12.9時間にすぎず、業務の過重性は認められない。aが、昭和62年5月に判明した品減りの原因究明作業をしていたとしても、その調査対象となる仕入伝票は大量ではないし、調査はaを含む3名で行ったものである。aが自宅で調査をしていたとしても、伝票類の社外への持ち出しは禁止されており、持ち帰り残業が命じられた事実も認められないことから、aは何らかの個人的必要から自宅に伝票類を持ち帰っていたと考えざるを得ず、自宅での調査作業を業務と認定することはできない。そして、1億円もの多額の品減りの根本的な原因は不明だが、その隠蔽のためにaが経理規則違反を犯していたことは明らかであり、そのような行為は業務及び業務に- 5 -関連する行為には該当しないから、心理的負荷も個人の問題であり、業務に起因する心理的負荷と評価することはできない。昭和62年6月25日に売場担当販売課長に配転になったことや同月29日のクレーム対応にともなう心理的負荷についても、日常業務の遂行に伴う心理的負荷の範囲内にとどまる。 ( )以上によれば、aの自殺に業務起因性は認められないから、本件処分は 適法である。 第3当裁判所の判断 認定事実、、。 前提事実後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる( )アaは、昭和▲年▲月▲日生まれの男性で、昭和37年3月長野県松本 、、、市の高校を卒業後上京し同月大丸に入社し東京店で勤務していたが昭和55年3月に株式会社博多大丸へ出向し、昭和59年3月大丸へ復帰して東京 日生まれの男性で、昭和37年3月長野県松本 、、、市の高校を卒業後上京し同月大丸に入社し東京店で勤務していたが昭和55年3月に株式会社博多大丸へ出向し、昭和59年3月大丸へ復帰して東京店で勤務していた。aは、入社以来、出向中を含めてタオル及び寝具の売場に携わっていた(乙12、27、29)。 イaには、死亡当時、原告である妻(昭和▲年▲月▲日生まれ、長男)(昭和▲年▲月▲日生まれ、二男(昭和▲年▲月▲日生まれ)の家族)があり、原告及び二男と同居していた。長男は、松本の高校に進学し寮生活のため別居していた。 原告は、aの死亡時、月曜日を除き午前9時30分又は10時から午、。 、後2時ないし午後8時までb株式会社にパート勤務をしていたなお原告は昭和40年3月に大丸に入社し、aとの結婚を機に昭和44年5月に退社するまでの約4年間大丸に勤務しており、そのうち後半の約2年間は寝具課に所属していた(乙12、22、29、44、45、原。 告本人)、、、、ウaの性格について原告は優しく明るい性格で物事にこだわらず神経質なところもなかった、着る物などにも無頓着で、整理整頓も得意- 6 -ではなく余り気にしない方であった、責任感が強く、強い意志を持っており頑固なところもあったと評しており、同僚であったcは、aを自分で全部の責任をとる義侠心のある人で、白を切る性格ではないと評している。 職場での評価も、性格は温厚・ソフトな人柄で人付き合いがよく、同僚や後輩から慕われていた、お人好しと言われるほど人が良く、頼まれると断り切れずに引き受けてしまうようなところがあった、交友関係はほぼ職場内に限られており、特定の部下や取引先担当者との付き合いが多かった、人間関係は総じて良好であり、上司の信頼も厚く、特に指摘すべき問題 切れずに引き受けてしまうようなところがあった、交友関係はほぼ職場内に限られており、特定の部下や取引先担当者との付き合いが多かった、人間関係は総じて良好であり、上司の信頼も厚く、特に指摘すべき問題点や特別な人間関係はなかったとされている(乙22、2。 6、27、44、48)エaの趣味は、ゴルフ、野球、植木や庭いじりであり、飲酒、喫煙の習慣があった。aは、酒をよく飲む方であり、会社の同僚などと多人数で飲む酒が好きで、良く後輩を連れては週に何日も飲んで帰宅していた。原告との約束で、aは酒が過ぎたときには、無理して帰宅せずにサウナやカプセルホテルに外泊することとなっていたが、昭和62年ころには遅くなっても帰宅するようになっていた。自宅では晩酌程度であった(乙20、26、27、45、76、原告本人)。 オaの健康状態は良好で、昭和59年、60年ころに腰痛等の治療を受けたことがあるほかに、特段の病歴を示す資料はなく、昭和59年から昭和61年までの職場の健康診断でも、昭和61年5月27日実施の心電図検査においてハイボルテージとの指摘が認められるが、その後再検査や治療が行われた事実はなく、その他に異常を指摘されたことはなかった(乙14ないし19)。 ( )アaは、昭和59年3月以降大丸東京店で勤務し、昭和60年3月、寝 具タオル係長(布団・ベッド用品担当)になり、布団・ベッド用品担当のライン管理職として、担当商品群の仕入れ、販売、人事の業務全- 7 -般を指揮・管理し昭和62年3月からは寝具タオル課販売課長シ、、(ョップレス関連業務担当)となり、販売専任の課長職として、寝具類のショップレス販売を担当し、ダイレクトメールでの販売企画、商品発注、仕入業務、売上計上処理、配送作業の指揮、顧客の苦情処理など関連業務全般を担当し 業務担当)となり、販売専任の課長職として、寝具類のショップレス販売を担当し、ダイレクトメールでの販売企画、商品発注、仕入業務、売上計上処理、配送作業の指揮、顧客の苦情処理など関連業務全般を担当した。 aの勤務場所は、大丸東京店の寝具売場、そのすぐ近くにあるαビル及び東京店からバスで20分ないし30分のβにあるγ2階の寝具タオル課事務所(以下「センター」という)であったが、ショップレ。 ス関連業務を担当するようになってからは主としてセンターで勤務していた(甲30、乙27、48)。 イ大丸東京店の寝具売場での仕入れ販売の日常業務の流れは、概要次のとおりである(乙49、76、79)。 (ア)店頭の寝具売場での仕入れは、売れ筋商品の販売見込み、各商品の在庫数量、季節ものの販売計画等を勘案し、商品注文書を仕入業者あてにファックス送信し、又は納品に来店した仕入業者に直接注文書を手渡すことにより注文した。昭和62年当時、商品の仕入れを行うための注文書には、係長以上の管理職の認印が必要であり、大量の特注や見積もりを要する商談等については管理職が行うこととされていた。 (イ)仕入業者は、商品納入期日までに商品に注文書と百貨店共通仕入伝票(6枚綴り)を添えてγの物流部に納品し、物流部の検品専門担当者から検品を受け、仕入伝票を2枚持ち帰る。検品担当者は、仕入伝票4枚のうち、1枚を残し、3枚の仕入伝票を仕分けした商品ととも、。 、、に発注した各部署あてに移送する各部署は発注商品を受け取り、、商品注文書と照合し在庫商品に繰り入れ仕入伝票の1枚を控えとし2枚を経理に回付する。経理では、日々仕入伝票を各部署毎の仕入帳に記録し、仕入日報を3日分くらいずつまとめて各部署に回付する。 - 8 -各部署では、仕入伝票控えと仕入日報とを再度照合 枚を控えとし2枚を経理に回付する。経理では、日々仕入伝票を各部署毎の仕入帳に記録し、仕入日報を3日分くらいずつまとめて各部署に回付する。 - 8 -各部署では、仕入伝票控えと仕入日報とを再度照合チェックし、保管する。各部署で在庫に組み入れた商品は日々販売され、レジスターを通じて、売上登録がされ、売上帳に記録される。 (ウ)ショップレス通販については、昭和62年当時は、客からの受注が取りまとめられた後、売場が仕入業者への発注を行っていた。客への、。 、、発送についても売場が物流部に指示していたしたがって当時はショップレス通販においても概ね店頭販売商品と取扱いが異なるものではなかった。 ウ大丸では、2月と8月に棚卸しが行われた。棚卸しでは、仕入帳の合計額から売上帳の合計額を差し引いた差額と棚卸時点の現存商品の在高を照合する作業が行われる。各部署では、他部署の従業員が検査員とし、、()て立ち会うこととされまた本社から派遣された監査員公認会計士が適切な方法で棚卸しが行われているか等を検査した。各部署では、事前に仮棚卸しをして本番の棚卸しに備えるのが通常であった。 日常業務では、大量の商品注文書や仕入伝票、売上伝票が複数の社員、、の手を経由して流れているため伝票作成や売上入力等のミスによってある程度の品減りは想定されている。とくに昭和62年当時は伝票業務は手作業であったためミスが発生しやすかった。品減りの原因として、他に万引きや値札の付け間違い、釣銭間違い等もあった。そのため、予め200万円くらいの額が品減り対策予算として計上されている。棚卸しの結果、品減りが生じた場合には、決算で処理され、繰り越されることはないはずであった。しかし、昭和60年ころの大丸では、品減り対策予算以上に品減りが生じた場合に対する処 として計上されている。棚卸しの結果、品減りが生じた場合には、決算で処理され、繰り越されることはないはずであった。しかし、昭和60年ころの大丸では、品減り対策予算以上に品減りが生じた場合に対する処理がまちまちであり、多少の操作がされることがあった(甲30、乙48、49、76)。 エ大丸東京店の業務量は、毎年概ね、6月20日から7月20日の中元期間及び11月15日から12月23日の歳暮期間には増大するが、臨時労働力も含めて部門全体で処理しており、個人に業務が集中する- 9 -ことはなかった。このほか、ショップレス業務の繁忙度合は、受注量の多少により異なっていた。ショップレス業務にはaを含め、常時4名ないし5名が担当しており、配送作業は業者に委託されていた(乙。 27、65の1・2)オ昭和62年当時、大丸東京店の所定労働時間は、年間1965時間、週平均37時間47分、休憩時間は60分とされていた。勤務は、3つの交替制パターンにより、A(記号135、始業時刻9時45分、終業時刻17時52分、実働時間7時間7分、B(記号045、始業時刻)10時45分、終業時刻19時22分、実労働時間7時間37分、C)(記号635、始業時刻9時45分、終業時刻19時22分実働8時間37分、それぞれ休憩時間1日60分とされた。休日は、週定休日)(水曜日)と週1日の特別休日の週休2日制が採用されているほか、正月3が日が休日と定められていた(甲4、乙31、33)。 カタイムカード上のaの自殺前6か月間(昭和62年1月から同年6月まで)の各月の時間外労働は、1月2.8時間、2月9.5時間、3月4.1時間、4月なし、5月3.6時間、6月4.5時間であり、最も残業時間が多かった2月でも残業時間が10時間を超えることはなかった。タイムカード上、aが休 は、1月2.8時間、2月9.5時間、3月4.1時間、4月なし、5月3.6時間、6月4.5時間であり、最も残業時間が多かった2月でも残業時間が10時間を超えることはなかった。タイムカード上、aが休日出勤をした記録はない。aはほとんど有給休暇を取得したことがなかった。自殺前6か月間にaが有給休暇を取得したのは、長男の高校受験の日である同年2月24日のほかは、同年6月16日、同月18日及び同月27日のみであった(乙31、65。 の1・2)キなお、当時の大丸東京店における社員の出勤退勤の管理は、事前に早出残業又は居残り残業を指示した場合に限り、各課にタイムカードが用意されて、社員各自が地下2階にある社員通用口のところで打刻する方法がとられており、定時の出勤退勤が予定されている場合にはタイムカードに打刻しない取り扱いとなっていた。急な残業の場合には、タイム- 10 -カードが用意されていないため、すぐには押せないこともあり、そのような場合には自己申告をして上司の承認を得て手書きで記入することができた(甲30、乙31)。 ( )アaが、昭和60年3月に寝具タオル係長になって以降、同年8月、昭 和61年2月、同年8月の棚卸しでは、品減りは問題にならなかった。 昭和62年2月(以下昭和62年の出来事については、年の記載を省略する)の棚卸しでは、aは当時のd課長に対して、400万円ほどの。 品減りが生じたとの報告をした(乙36、38、48、49)。 イ5月25日ころ、納入業者株式会社eから商品代金約4300万円が未払いであるとの指摘があり、寝具売場に多額の品減りがあることが明らかになった。そこで、d課長の後任のf課長(以下「f」という、。)布団ベッド用品係長であったg及びaの3人が調査することになった。 、、具体的な調査作業は経 売場に多額の品減りがあることが明らかになった。そこで、d課長の後任のf課長(以下「f」という、。)布団ベッド用品係長であったg及びaの3人が調査することになった。 、、具体的な調査作業は経理に回付されずに止めてある支払伝票がありこれにaが関与していたことが分かったため、aに未払いの仕入伝票を出させ、fとgが各業者に当たって、未払額を申し出てもらい、3人で10回ほど立ち会って、仕入業者のもとにある出荷伝票や仕入伝票と大丸の経理による支払とを照合確認した。また、売場の商品が正しい価値で棚卸しの評価を受けていたかという点の確認を行った。仕入伝票の調査は主にaが行った。品減りが発生する原因として考えられる事由(二重仕入れ、架空仕入れ、受入伝票を仕入伝票で処理していない場合、返品伝票の計上漏れ、伝票上の数量や桁の間違い、値引き処理の漏れ等)をすべて書き出して、発生原因となるような事実がないかどうかを一つ一つ調査、確認した。 調査の結果、6月下旬までに、品減りの金額は約1億円であることが判明した(その後継続された調査により、最終的には約8000万円とされた)が、その原因は、一部を除いて、判明しなかった(その後の。 調査によっても、判明しなかった。このような高額の品減りは、短。)- 11 -期間で発生するとは考えられず、ある程度の長期間にわたって、品減りが重なり、繰り越されていたと推測された。aがそれまで行っていた経理上の処理や管理に規則違反があったことが明らかになったが、aが商品の横領などをした事実はなかった(甲6、乙32、46、47、5。 5、76)ウaは、5月下旬以降、帰宅が遅くなり、また、大丸の経理規則上、伝票類を大丸から自宅等へ持ち出すことは禁止されていたが、自宅に仕入伝票等のかなりの分量の書類を持ち帰って調べるよう 。 5、76)ウaは、5月下旬以降、帰宅が遅くなり、また、大丸の経理規則上、伝票類を大丸から自宅等へ持ち出すことは禁止されていたが、自宅に仕入伝票等のかなりの分量の書類を持ち帰って調べるようになった。原告はこのことに気がつき、何度も、どうして今ごろ書類を調べているのかと尋ねたが、aは「多額の品減りが起こったので調査している「数字が」合わない」というばかりで詳しい説明をしなかった。 6月に入っても、aは、仕入伝票等を自宅に持ち帰り、連日、深夜に起き、かつ早朝にも仕入伝票などの書類を見ていることが続き、寝不足の様子が見られた。原告は「いつまでそれをやるのか「なぜ1人で、」調べているのか「棚卸しの調査は1人ではやらないことになっていた」ではないかなどと言ったがaは口癖のように数字が合わないい」、「」「くら調べても分からない」などと答えるだけであった。 6月1日から6月14日までの間、aは、3日、5日、10日、13日が休日で、他の日は出勤し、1日、4日、9日、12日は午後11時30分までに帰宅しなかった(甲7、11、乙25、31、44、7。 6)エaと原告は、松本の高校に入学後、寮生活を送っている長男の体重が急激に約20キログラム減ったという連絡を受けて、長男の様子を見に6月15日から同月17日まで松本にあるaの実家に行くことにした。 初日(6月15日、出勤していたaは、昼過ぎに東京駅の大丸東京店)。 、、前で原告と待ち合わせて一緒に電車で松本に向かったその際原告はaが書類の入った鞄を1つ持ってきていたことに気がつき、どうしてそ- 12 -んな鞄を持ってきたのかと言ったが、aは「仕事だからしかたがない」と答えた。2日目(6月16日)の朝、原告が長男の弁当の用意をするために午前5時に起きたところ、a 気がつき、どうしてそ- 12 -んな鞄を持ってきたのかと言ったが、aは「仕事だからしかたがない」と答えた。2日目(6月16日)の朝、原告が長男の弁当の用意をするために午前5時に起きたところ、aは書類を見たり書いたり作業をしていた。その夜、aの実家で、aは夕食をとった後、就寝したようであったが、翌日(最終日。6月17日、原告が午前5時に目を覚ました時)には、aは持ってきていた鞄に入れてきていた書類を調べていた。aの実家滞在の最終日には、aと原告は、長男を学校に送り出した後帰路についたが、aは、帰りの車中、死んでいるように寝ており、電車の中では話もしなかった(甲7、11、乙2、25、31、原告本人)。 オ6月18日、aは有給休暇を取得しているが、原告はそれを知らなかった。松本への旅行後も、aは伝票等を自宅に持ち帰り、深夜や早朝に仕入伝票などを調べていたが、原告が近づいたり様子をうかがうと、嫌な顔をして書類をしまったりするようになった。aは、そのころ、勤務場所であるセンターでも、伝票を調べていた。cがaに対して、何をしているのですかと尋ねたところ、aは、多額の品減りが出たので原因を調べていると説明し「私には分からない、分からない」と言った。 、。 aが伝票類を持ち帰って調べることは6月24日ころまで続いた。 、、、、。 、aは6月19日20日22日23日は出勤した6月21日24日は休日であったが、原告は知らなかった。同月21日、aは普段どおり出かけて、午後11時30分までに帰宅しなかった。同月23日も午後11時30分までには帰宅しなかった(甲7、30、乙25、。 31、原告本人)カaは、6月25日、26日に出勤した。aは、6月25日付けで、ショップレス関連業務担当販売課長から売場担当販売課長になった。6月 でには帰宅しなかった(甲7、30、乙25、。 31、原告本人)カaは、6月25日、26日に出勤した。aは、6月25日付けで、ショップレス関連業務担当販売課長から売場担当販売課長になった。6月26日は、午後11時30分までに帰宅しなかった。 6月27日、aは、体の調子が悪いため有給休暇を取得した。 6月28日、aは、出勤し、fに対して、品減りの調査結果について- 13 -記載した書面を提出した(甲7、乙25、31、47、56)。 キ6月29日、aは出勤しなかった。連絡なくaが欠勤していたため、fから自宅に電話があり、原告が取り次ごうとしたが、aは電話に出な、。 いと言い出し電話に出させようとする原告との間で言い争いになったその際のaの言葉遣いは、普段言葉遣いの丁寧なaらしくない汚い言葉遣いであった。aは、電話に出て、fに対して、頭が痛いので休ませてほしいと言い、fはこれを了承した。電話を切った後、aは部屋に戻り布団に寝てしまった。その際、原告はaが、死んだっていいんだと言うのを聞いた(甲11、乙43、44、原告本人)。 ク同日、自宅で休んでいたaのところに、客からクレームの電話がかかってきた。aは自宅からセンターにいたcに対し、客のところにセンターにある商品を持って謝りに行きたい旨の電話をかけて、aとcは途中で合流して客のところに出かけることとなった。aは、身支度をして出がけに原告に対し、10万円でも20万円でも出すように言ったが、原告はこれを出さなかった。aとcが謝りに行った客の自宅では、cは玄関の外で待ち、a1人が中に入って客と話をしたが、問題は解決しなかった。その帰り、aとcは練馬の居酒屋で1時間ほど酒を飲んだ際に、aは、cに対して、遺書を書いたこと、自殺をしても子どもに保険金が入るから家族に迷惑はかけないなどの話 と話をしたが、問題は解決しなかった。その帰り、aとcは練馬の居酒屋で1時間ほど酒を飲んだ際に、aは、cに対して、遺書を書いたこと、自殺をしても子どもに保険金が入るから家族に迷惑はかけないなどの話をした。cからみると、その日のaは、かなり滅入っている様子で、元気がなかった。 この夜、aは自宅に帰らなかった(甲30、乙25、48、原告本。 人)ケaは、酒を飲んで外泊をした翌日は、会社に直行するのが常であったが、6月30日は午前9時過ぎに帰宅し、名札を忘れたので取りに帰ったと原告に対して理由を説明した。原告は、その後パートに出かけ、夕方帰宅すると、先に帰宅していた二男から、aあてにfが電話をかけてきてaが帰宅したら電話をするよう言われた話を聞いているうちに、玄- 14 -関を見て、下駄箱の上にaの靴が置いてあるのに気づいた。変だと思った原告は「お父さん2階にいるの」と言いながら階段を上る際に死亡、しているaを見つけた(乙20、25、原告本人)。 コaの死後、7月7日、原告は、寝具タオル課に6月23日まで勤務していたhから、aが6月に入ってから事務所にこもって食事にもいけないくらい品減りについて追及されていたこと、また品減りについて冷たい目でみられるような環境におかれており、どこかに貢いでいないかなどを調べられていたと聞かされ、取引先の従業員であったiからは、aが自殺の直前の6月下旬にiと飲酒し、その際、aがiに対して「7、月中旬ころ、自分は言いたいことを絶対に言う」と話していたということなどを聞かされた(甲5、11、30、乙4、45、原告本人)。 ( )aの死後、以下の内容のaの遺書(以下「本件遺書」という)が発見 。 された(乙21)。 「妻jへ長い間本当に有難うございました。 私が馬鹿の為いろいろ迷惑をかけ誠 、原告本人)。 ( )aの死後、以下の内容のaの遺書(以下「本件遺書」という)が発見 。 された(乙21)。 「妻jへ長い間本当に有難うございました。 私が馬鹿の為いろいろ迷惑をかけ誠に申し訳なく思っております。 5月末に棚卸の品減が多い事が発覚し、毎日々調べましたが全容が解明出来ず寝不足・心配で頭の中が混乱し思考能力がなくなり仕事が手につかない状態になりました。 自分がおこしたことですからしかたありません。 会社、お取引先に多大な迷惑をかけ誠に申し訳なくお詫びのしようがありません。 全容が解明出来ず途中で挫折する事は、大変卑怯ですが今の私の情況ではとても無理です。 静かな所で熟睡します。 三人力を合せ頑張って下さい。 「jへ」- 15 -k・l・mをお願い致します。 「kへ」必ず甲子園出場。活躍を祈る。 「lへ」勉強し希望高へ進学祈る「mへ」元気で留守番たのむ! n・o・p家の皆々様長い間本当に有難うございました。 『私を許して下さい』。 aより」 争点( )(精神障害発症の有無等)について ( )労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡等について行わ れるが(労災保険法7条1項1号、労災保険法による補償制度は、業務)に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に死亡等の結果がもたらされた場合には、使用者等に過失がなくとも、その危険を負担して損失の填補をさせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであることからすれば、労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには、業務と死亡等の結果発生との間に条件関係があるだけではなく、業務に内在する危険性が原因となって結果が発生したという相当因果関係があることが必要である。 労災保険法12条の2の2第1項は、労働者が故意に死亡又はその直接の原因となっ 件関係があるだけではなく、業務に内在する危険性が原因となって結果が発生したという相当因果関係があることが必要である。 労災保険法12条の2の2第1項は、労働者が故意に死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは保険給付を行わない旨定めている。これは、業務と死亡との間に労働者の故意が介在している場合は、業務と死亡との間に因果関係が認められないからである。そうだとすると、業務上の精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われた場合には、業務と精神障害の発症及び死亡との間に相当- 16 -因果関係を認めることができるから、このような場合には、同条項の「故意」があるというべきではない。したがって、労働者が、業務に起因して発症した精神障害により、正常の認識、行為選択能力等を阻害されるなどした結果、自殺に至った場合には、労災保険法上の保険給付が行われるべきである。原告は、自殺の場合は原則として上記「故意」に当たると解する前提自体が不合理であり、同条項の「故意」とは、偽りその他不正の手段により保険給付を受けようとする意思と解することが適切であると主張するが、そのような限定的な解釈をする根拠はなく、採用できない。 そうすると、自殺の場合には、労災保険上の保険給付が行われる前提として、まず、当該自殺した労働者について、自殺念慮が出現する可能性が高いと医学的に認められる精神障害の発症が認められなければならない。 証拠(乙71)によれば、従来の労災補償における精神障害の業務起因性の判断に当たっては、まず第一に当該精神障害が器質性か、内因性か、、、、あるいは心因性かが問われていたが現在の医学的知見では精神障害はその成因でなく、主として症状、状態 神障害の業務起因性の判断に当たっては、まず第一に当該精神障害が器質性か、内因性か、、、、あるいは心因性かが問われていたが現在の医学的知見では精神障害はその成因でなく、主として症状、状態像によって分類され、その分類の1つとしてICD-10(世界保健機構(WHO)の国際疾病分類第10回改訂版)が我が国でも広く使用され定着していること、ICD-10が示す分類によれば、F0ないしF4に分類される精神障害が一般的に自殺念慮を伴うとされていることが認められ、労災補償における業務起因性を判断する前提として、精神障害を発症していたか否かを判断する場合にも、ICD-10の診断基準によるのが相当と認められる(精神障害発症の有無をICD-10により判断するのが相当であることについては、当事者双方の主張に争いはない。 。)( )原告は、aがICD-10の疾病分類によるF32うつ病エピソードの 精神障害の発症をしていたと主張している。 証拠(乙81)によれば、F32うつ病エピソードは、ICD-10に- 17 -おいて、自殺念慮を伴う精神障害とされるF3に分類される精神障害の1つであり、ICD-10のF32うつ病エピソードの診断には[1]抑、うつ気分[2]興味と喜びの喪失[3]活動性の減退による易疲労感、、の増大や活動性の減少という3つの典型的症状のうち少なくとも2つと、他の一般的な症状である①集中力と注意力の減退、②自己評価と自信の低下、③罪責感と無価値感、④将来に対する希望のない悲観的な見方、⑤自傷あるいは自殺の観念や行為、⑥睡眠障害、⑦食欲不振のうち少なくとも2つが存在することが必要とされ、重症度のいかんに関係なく、ふつう少なくとも2週間の持続が診断に必要とされているが、もし症状がきわめて重症で急激な発症であれば、より短い期間 食欲不振のうち少なくとも2つが存在することが必要とされ、重症度のいかんに関係なく、ふつう少なくとも2週間の持続が診断に必要とされているが、もし症状がきわめて重症で急激な発症であれば、より短い期間であってもかまわないとされていることが認められる。 ( )以上を前提として、ICD-10の診断基準により、aのうつ病エピソ ード発症の有無について検討する。 ア前記1( )認定のとおり、aは、本件遺書を作成している。本件遺書 の正確な作成時期は明らかではないが、aが、自殺時には、本件遺書に記載されたとおりの思考、心情であったことは間違いない。 本件遺書には「品減が多い事が発覚し、毎日々調べましたが全容が、解明出来ず寝不足・心配で頭の中が混乱し思考能力がなくなり仕事が手につかない状態になりました」との記載がある。これは、品減りが明らかになり、その調査を進める中での自責感や不安などによって気分が憂うつで沈んでいる心情が記されているものと理解することができ、aには、抑うつ気分(うつ病エピソードの典型症状[1)の症状があった]と認められる。また、本件遺書には、上記記載のほか「今の私の情況、」、、、ではとても無理ですなどの記載もありこのような記載からはaは頭の中が品減りのことばかりになり、他のことに関心を向けることができず、疲労感が増して、活動が弱まっていることが窺え、興味と喜びの喪失(同[2)や活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少]- 18 -(同[3)の症状もあったと解することができる。さらに、本件遺書]には、前記のとおり「頭の中が混乱し思考能力がなくなり仕事が手につかない状態になりました」と自ら集中力と注意力の減退(うつ病エピソードの一般的症状①)を訴えた記載や「私が馬鹿の為「自分がおこ、」したこ 記のとおり「頭の中が混乱し思考能力がなくなり仕事が手につかない状態になりました」と自ら集中力と注意力の減退(うつ病エピソードの一般的症状①)を訴えた記載や「私が馬鹿の為「自分がおこ、」したことですからしかたありません「お詫びのしようがありません」」「大変卑怯ですが今の私の情況ではとても無理です」など、自己評価と自信の低下(同②、罪責感と無価値感(同③、将来に対する希望の))ない悲観的な見方(同④)を示す記載がある。遺書の作成や自殺の行為は、まさに、自傷あるいは自殺の観念や行為(同⑤)である。 以上によれば、aは、自殺時(6月30日)には、うつ病エピソードの典型症状及び一般症状がみられたことが明らかに認められる。 イそこで次に、このようなうつ病エピソードの典型症状、一般症状がいつころから発現しているのかを検討する。 前記1( )イないしオのとおり、aは、品減りの調査について、経理 規則上禁止されているのに伝票類を持ち帰って、自宅で連日深夜や早朝に、寝不足になるほど、調査確認を続けたばかりか、6月15日には旅行先の松本に伝票類を運んでまでも調査確認をし続け、その後も、6月24日ころまで、伝票類を持ち帰って深夜、早朝の調査確認は継続されている。このようなaの行動からは、通常の仕事の程度を超え、日常的に品減りの調査だけに執心している態度が窺える。しかも、調査の作業は後述するとおり容易なものでないにしても、伝票類は1か月近くも徹夜を続けなければならないほどの分量ではなかった(乙76)のであるから、調査を開始してから半月を経過した6月中旬になっても、連日の深夜早朝の調査を継続し、私的な旅行中にも調査を続けていることからは、aが、品減りの問題以外のことを考えたり、品減りの問題を離れた行動をしたりすることができず、同様の作業を繰り返す なっても、連日の深夜早朝の調査を継続し、私的な旅行中にも調査を続けていることからは、aが、品減りの問題以外のことを考えたり、品減りの問題を離れた行動をしたりすることができず、同様の作業を繰り返すだけになっていたのではないかと推測することができる。 - 19 -そして、aは、6月17日、松本の帰りの電車の中では死んだように寝ていて話をせず(前記1( )エ、そのころ、センターや自宅で伝票 )の調査を続けている様子を目撃した原告やcに対して「数字が合わな、い「私にはわからない「いくら調べても分からない」などと繰り返」」し漏らしている(前記1( )ウ、オ)ほか、原告が近づくと書類をしま ったりもしている(前記1( )オ。aは、それまでほとんど有給休暇 )を取得していなかったのに、6月18日、6月27日に休暇を取得している(前記1( )カ。自殺前日の6月29日には、aは、体調の不良 )など明確な理由がないにもかかわらず、職場に連絡せずに欠勤している上、上司からの電話に出るのを嫌がったり、汚い言葉遣いをしたりしているし、aは、同日には、原告に対して「死んだっていいんだ」と述べたり、cに対して、滅入って元気がない様子を見せている(前記1( ) キ、ク。fからも、aは、品減りの調査開始後、元気がなかったと見)られている(乙46。なお、aは、ゴルフ、野球、庭いじり等の趣味)があり(前記1( )エ、休日は野球をしたり、ゴルフのコースや練習 )場に出かけていた(乙22)が、品減りの問題が起きてからは、休日にゴルフに行くことはなく犬の散歩もしなくなったことも認められる原、(告本人。 )以上の事実によれば、aは、遅くとも原告と松本に行った6月半ばころには、品減りの問題以外のことを考えたり、行動したりすることができず、 犬の散歩もしなくなったことも認められる原、(告本人。 )以上の事実によれば、aは、遅くとも原告と松本に行った6月半ばころには、品減りの問題以外のことを考えたり、行動したりすることができず、元気がない様子を見せるようになり、休暇を取るようにもなったのであって、うつ病エピソードの典型症状である[1]抑うつ、気分[2]興味と喜びの喪失[3]活動性の減少の各症状が現れ、、、また、遅くとも6月半ばころまでには、一般的症状である、②自己評価と自信の低下と③罪責感や無価値感は明確に現れ、①集中力と注意力の減退と④将来に対する希望のない悲観的な見方も窺われるようになり、このような症状が自殺をした6月30日の直前まで続いていた- 20 -と認められる。 ウ特定医療法人財団健和会精神保健部長のq医師は、証人尋問及び意見書(甲18)において、ICD-10のうつ病エピソードの診断は、メランコリー性(病的なうつ症状)の特徴の有無にかかわらず、症状の存在によって行われるとした上で、aは、原告やc及びfから「悩んでいた「元気がなかった「滅入っていた」などと述べられ、これに遺書」」の内容を併せると、抑うつ気分、興味と喜びの喪失、活動性の減少が認められ、また、罪責感、自責感、自己評価の低下、将来に対する悲観的、、、、見方思考力の低下集中力の低下自殺観念などが明らかであるからうつ病エピソードの症状と一致し、aはうつ病エピソードを発症していたと推定されるとしている。 エ以上を総合すると、aについては[1]抑うつ気分[2]興味と、、喜びの喪失[3]活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少、という3つの典型的症状がすべて認められ、他の一般的な症状である①、、、集中力と注意力の減退②自己評価と自信の低下③罪責感と無価 喪失[3]活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少、という3つの典型的症状がすべて認められ、他の一般的な症状である①、、、集中力と注意力の減退②自己評価と自信の低下③罪責感と無価値感④将来に対する希望のない悲観的な見方、⑤自傷あるいは自殺の観念や行為が認められ、3つの典型症状と一般症状のうち②自己評価と自信の低下、及び③罪責感と無価値感については、少なくとも約2週間の持続が認められるから、ICD-10の診断基準によれば、うつ病エピソードを発症していたと認められる。 ( )これに対して、被告は、aには典型症状はいずれも認められず、一般的 症状も一部しか認められず、症状が2週間持続していることも認められないから、うつ病エピソードを発症していなかったと主張し、被告の主張と同様の記載がある財団法人神経研究所附属清和病院院長のr医師、日本私立学校振興・共済事業団東京臨海病院診療部精神科のs医師及び千葉労災病院精神科部長のt医師の意見書等を提出している。 r医師は、意見書(乙72、80)で、aについては、広義のうつ状態- 21 -にあった可能性はあるが、正常範囲のうつ状態であるとして、うつ病の発症を否定し、元気がなかったようにみえたことは状況から見てむしろ自然な反応であり、抑うつ気分、興味と喜びの喪失といった病的症状が存在した証拠と断定できないとし、aの自殺直前の行動からは活動性の減少は存在せず、自殺観念、罪責感以外の一般的症状も存在が認められないとしている。また、s医師は、意見書(乙75)で、aが品減り事件の当事者であり、個人的に全面責任を負うものではないとしても、当面の対処、処理責任があることから、第三者から元気がないと見えるのは、自然な反応の範囲内と考えられ、病的な抑うつ症状とは評価できない、本人による抑うつ気分 的に全面責任を負うものではないとしても、当面の対処、処理責任があることから、第三者から元気がないと見えるのは、自然な反応の範囲内と考えられ、病的な抑うつ症状とは評価できない、本人による抑うつ気分の申述がないとし、部下と飲酒していることや趣味を楽しむ時間の余裕がなくなっていたことも推定されるから興味と喜びの喪失は確認できず、自殺直前まで活動性の低下は見られないとし、自己評価の低下、罪責感と無価値感、自殺の観念以外の一般的症状は確認できないとしている。 r医師及びs医師は、aが元気がないと見えたのは「自然な反応「正、」常範囲のうつ状態」であり、うつ病エピソードの典型症状とは異なるものであると判断しているものである。しかし、ICD-10は、前記( ) 及びq医師が意見書で述べるとおり、成因ではなく、症状の存在によって診断するものであるから、発現した症状について、それを正常なものか、病的なものかという判断を症状の有無の診断に先立って行うものではない。ある症状を示している場合に、それが状況に照らして了解可能であるからといってうつ病エピソードの症状でないと解することは相当ではない。したがって、aの元気のない状態を、品減りに関連してaが置かれた状況に照らして了解可能な自然な反応であるとして、抑うつ気、分や興味と喜びの喪失が認められないとするr医師及びs医師の意見はICD-10の診断ガイドラインとは異なる基準による診断意見と言わざるを得ず、採用することができない。また、抑うつ気分について、本- 22 -件遺書の記載から推認できることは上記認定のとおりであり、本人による抑うつ気分の申述がないとするs医師の意見は当たらないし、本人の申述がない限り抑うつ気分の存在が確認できないというものでもない。 aがゴルフや犬の散歩をしなくなったのは、確か とおりであり、本人による抑うつ気分の申述がないとするs医師の意見は当たらないし、本人の申述がない限り抑うつ気分の存在が確認できないというものでもない。 aがゴルフや犬の散歩をしなくなったのは、確かにs医師が述べるとおり時間の余裕がなくなったという面も否定できないが、aが、高額の品減りが発生したことの責任を感じ、原因の解明と調査以外のことを考えることができなくなり、伝票類の調査を繰り返しているだけで、犬の散歩など、わずかの時間でも行うことが可能なことにも興味が向かなくなったという面もあるというべきである。また、aが6月29日にcと飲酒をしたのは事実であり、6月中には他の日にも飲酒をした可能性があるが、aは、品減りのことばかり考え、自宅では伝票類の調査ばかりをしていたのであって、1回あるいは数回、飲酒をした事実があったとしても、そのことだけで、aに興味と喜びの喪失の症状がなかったとはいえない。 活動性の減少に関して、aは自殺前日の6月29日に客のクレーム処理をし、cと飲酒をしているが、同日はさしたる理由がないのに職場を無断で欠勤し、上司からの電話に出ようとしないなど、通常の勤務に対す、。 、る意欲があるようにはみえないし疲労感の存在もうかがわれる同日cと飲酒をした際にも、かなり滅入っている様子で、元気がなかったとみられている。このようなaの同日の言動、状態を総合的にみれば、活動性の減退している状況が認められ、活力旺盛な行動があったとは到底評価することができない。 以上のとおりであり、aはうつ病エピソードを発症していなかったとするr医師及びs医師の各意見書を採用することはできない。 t医師は、鑑定書(乙64の2)で、うつ状態に正常と異常の境界を引くという立場で検討して、aはうつ病のレベルに達していないとしてい、、るけれども 及びs医師の各意見書を採用することはできない。 t医師は、鑑定書(乙64の2)で、うつ状態に正常と異常の境界を引くという立場で検討して、aはうつ病のレベルに達していないとしてい、、るけれどもこの判断はICD-10の診断基準によったものではなく- 23 -採用の限りではない。また、t医師は、意見書(乙74)で、ICD-10の診断基準によったとしても、典型症状の2週間の持続が認められないこと、睡眠障害がないことなどから、aはうつ病とは認められないとしている。しかし、抑うつ気分が約2週間持続していたと認められることは前記( )イ認定のとおりであるし、ICD-10の判断基準は睡眠 障害を必須の要件とするものでもないから、同意見書も採用できない。 なお、r医師、t医師及びs医師は、意見書(乙72、74、75、80)において、いずれも、本件遺書は、筆跡の乱れもなく整っており、正常な思考・判断能力をもって冷静な心境で書かれたものであるとし、したがって、aは品減りについての責任をとる意味での覚悟の自殺、あるいは逃避をしたものとし、このことをaの精神障害の発症を否定する主要な根拠の1つとし、被告も同旨の主張をする。しかし、証拠(乙71)によれば、労災保険請求について労働基準監督署における判断基準を示すために専門家により設けられた精神障害等の労災認定に係る専門検討会はその報告書において、自殺と故意に関連して、遺書の存在があることによって「正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害、されていなかった」とすることは必ずしも妥当でないとし、遺書等の取扱いについて「その内容が精神障害者特有の自殺念慮に深く彩られたも、。 、のでむしろ精神障害発病の積極的証明と成り得るものもある問題はその表現、内容、作成時の状況等であり、自殺に至る経緯に係 扱いについて「その内容が精神障害者特有の自殺念慮に深く彩られたも、。 、のでむしろ精神障害発病の積極的証明と成り得るものもある問題はその表現、内容、作成時の状況等であり、自殺に至る経緯に係る一資料として総合評価すべきものである」と述べていることが認められ、遺書の記載が整っていることから精神障害を発症していなかったと解することは、相当ではない。したがって、本件遺書の記載が整っていることを理由として、aの精神障害の発症を否定する前記各意見書は、この点においても採用しがたい。前記( )において検討したとおり、本件遺書の表 。 現や内容からaの症状を把握するための資料としてみるべきものである( )以上のとおり、aは、うつ病エピソードを発症していたと認められる。 - 24 - 争点( )(精神障害の業務起因性)について 、、( )前記2( )のとおり労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには 業務と死亡等の結果発生との間に条件関係があるだけでなく、業務に内在する危険性が原因となって結果が発生したという相当因果関係があることが必要である。 一般に、労働者が精神障害を発症し、自殺に至った場合、精神障害の原因や自殺を決意した原因として業務以外の事由を想定し得ないときには、原則として、業務と精神障害の発症及び精神障害の発症と自殺との間の条件関係はそれぞれ認められるといえる。 しかし、精神障害の発症及び自殺原因として業務以外の事由を想定し得ないからといって、そのことからただちに、業務が精神障害を発症させる程度に過重であり危険性を内在するものであったとはいえない。精神障害の発症が、本人の性格や傾向等の個体的な要因にも左右されることは、一般的に理解されているところであり、証拠(乙71)によれば、現在の医学的知見では、環 性を内在するものであったとはいえない。精神障害の発症が、本人の性格や傾向等の個体的な要因にも左右されることは、一般的に理解されているところであり、証拠(乙71)によれば、現在の医学的知見では、環境由来のストレスと個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が決まり、ストレスが非常に強ければ個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし、逆に脆弱性が大きければストレスが小さくても破綻が生じるとするストレス-脆弱性理論が広く支持されていると認められる。この理論を前提とすれば、個体側の反応性、脆弱性が平均的労働者を超えて大きいときには、平均的労働者に精神的破綻を生じさせない程度のストレスによっても精神的破綻が生じ得るのであって、そのような場合にまで労災保険法による災害補償の対象とすることが法の趣旨であると解されないことは明らかである。したがって、業務が精神障害を発症させる程度に過重であり、危険性を内在するものであったかどうかは、業務の過重性ないし心理的負荷が、平均的労働者を基準として、精神的破綻を生じさせる程度のものであったかどうかによって判断されなければならない。 ( )aにうつ病エピソードの症状が遅くとも6月半ばころから認められ、そ - 25 -のころ、aがうつ病エピソードの精神障害を発症し、自殺に至ったことが認められることは前記2説示のとおりである。 aには、精神障害の病歴はなく、うつ病エピソードの発症がaの器質によるものと認めるに足りる証拠もない。aの長男が高校入学後2か月余りで約20キログラムの体重減少したことをもって、r医師は、長男が適応障害の可能性がありaにも遺伝的にそのような脆弱性を持っていた可能性は完全には否定できないと指摘するが(乙72、そもそも長男について)適応障害の事実を認めるに足りる証拠はなく、前記1( )ア 適応障害の可能性がありaにも遺伝的にそのような脆弱性を持っていた可能性は完全には否定できないと指摘するが(乙72、そもそも長男について)適応障害の事実を認めるに足りる証拠はなく、前記1( )ア、ウ及び1( ) アのとおり、aの社会適応状況にも問題は見られないから、aが、そのような脆弱性を有していたと認めることはできない。aに、私生活上のトラブルといった職場以外の事情による心労が生じていたとも認められない一方で、aは、品減りの調査の過程で「分からない。分からない」とその。 原因を解明できない不安や憂うつを原告やcに漏らしており、本件遺書にも、品減りの調査という業務上の問題についてのみ記載されていたことからすれば、aがうつ病を発症した原因として品減り調査による負荷以外の原因を考えることはできない。したがって、aが品減りの調査による負荷が原因でうつ病エピソードを発症したものであることは明らかであり、品減りの調査による負荷とaのうつ病エピソード発症及び自殺との間には条件関係が認められる。 ( )次に、aの業務が平均的労働者に較べ特段過重なものであったかどうか を検討し、業務とaのうつ病エピソード発症及び自殺との間の相当因果関係の有無を判断する。 ア自殺前6か月間、aには、タイムカード上の労働時間の記載からは、過重といえるような長時間の労働が認められないことは前記1( )カのと おりである。 ところが、aは、1( )イのとおり、5月25日ころから通常の業務の ほかに、f及びgとともに品減りの調査を担当することになり、3人で- 26 -10回ほど立ち会って仕入業者の出荷伝票や仕入伝票と大丸の経理による支払との照合確認等を行ったほか、伝票類の調査と品減りの原因の解明を行い、こうした調査確認作業は、自宅に伝票類を持ち帰り、深夜 -10回ほど立ち会って仕入業者の出荷伝票や仕入伝票と大丸の経理による支払との照合確認等を行ったほか、伝票類の調査と品減りの原因の解明を行い、こうした調査確認作業は、自宅に伝票類を持ち帰り、深夜、早朝まで及んで行っていたことは、前記1( )において認定したとおりで ある。 そこで、aが行った上記の作業が過重な業務といえるかどうかを検討する。 イまず、aの行った作業が、業務といえるかどうかについて、被告は、品減りが発生した時期は、昭和60年上期から昭和61年下期(昭和60年3月ないし昭和62年2月)の4期、2年間に集中していたものであるから、その間の仕入伝票を1人で調査するとしても、2、3日作業すれば終わる分量に過ぎず、通常の業務時間を超えて作業をする必要はなかったし、また、被告はaに対して残業を命じた事実はなく、とくに伝票類の社外持ち出しは禁止されていたから、伝票類を持ち帰って調査をするよう命じた事実は全くないから、aが自宅で行った品減りの調査はそもそも業務と評価することができないものであり、自らが経理規則違反をして品減りが表面化することを避けていたaが利己的な目的から行ったものであると主張する。 しかし、1( )イのとおり、品減りの原因となると考えられる事実が多 岐にわたり、およそ仕入伝票のみを調査対象とすれば足りるものであるとは認められず、実際にaがfやgとともに行った調査も仕入伝票だけでなくその他の様々な照合確認を行ったと推測されるから、そもそも品減りの調査に当たって調べるべき伝票類が1人で調べても2、3日で終わるような少ない分量であったとは解されない。aが品減りの全容を解明することができずに自殺に至っているばかりか、その後の調査を引き継いだfにしても、一部の品減りの原因は解明できたものの、最終的にも品減りの大部分 い分量であったとは解されない。aが品減りの全容を解明することができずに自殺に至っているばかりか、その後の調査を引き継いだfにしても、一部の品減りの原因は解明できたものの、最終的にも品減りの大部分の原因は解明できなかったことに照らせば、品減りの- 27 -、、調査が非常に困難な業務であったことが明らかであり品減りの調査は伝票類を1度確認したからといって終了する容易な作業ではなかったというべきである。 そして、品減りはaが寝具タオル係長(布団・ベッド用品担当)とし、、、て商品の仕入れ販売を指揮管理していた期間に発生したものでありa自身の本来の職務として調査、解明は求められていたということができる上、現に品減りの調査、原因の解明を被告から命じられていたものである。他方、aが商品の横領をしたなどの事実はなく、aは自宅において横領等の不正行為を隠蔽するための書類の操作をしていたのではないし、巨額の品減りの事実は当初から判明している上、品減りがaが商品管理や経理処理をしている下で起きていたことも当初から明らかであるから、aが不正な処理を隠蔽するために自宅に伝票類を持ち帰って作業をしていたとも考えられない。 以上を総合すれば、aは、品減りの調査、原因解明という業務のため、、、に伝票類の調査を行っていたが原因の解明は困難で時間を要した上a自身が責任を強く受け止めていたこともあって、連日伝票類を自宅に、、、持ち帰って深夜早朝に及ぶまで調査を継続していたものと認められaが行っていた伝票類の調査は業務であるということができる。伝票類の調査が困難で時間を要するものであった以上、具体的な残業命令がないことや、伝票類を自宅に持ち帰ることが禁止されていた行為であることが、自宅での調査が業務に含まれることを否定するものとは解 。伝票類の調査が困難で時間を要するものであった以上、具体的な残業命令がないことや、伝票類を自宅に持ち帰ることが禁止されていた行為であることが、自宅での調査が業務に含まれることを否定するものとは解されない。 ウ次に、aが行った品減りの調査業務が過重なものであったかどうかを検討する。 前記のとおり、品減りはaが寝具タオル係長として商品の仕入れ、販売を指揮、管理していた期間に発生したものであり、aの仕事上の極めて重大なミスであることは明らかである。そして、その金額が約800- 28 -0万円(aが調査をしていた当時には、約1億円と見られていた)と。 いう巨額であること、伝票類を経理に回さなかったことにaが関与していたのであるから、aの単なるミスにとどまらず、aが事態を認識していながら品減りを拡大させたといえること、品減りが発覚し調査が開始された時点においては、aによる横領等の不正行為、犯罪行為を疑われかねない状態であったことなどを併せると、5月下旬に巨額の品減りの存在が明らかになったことや、その後aが品減りの調査をしたことが、aに対して、極めて強度の精神的な負担を与えたことは容易に想像できる。加えて、前記のとおり、品減りの調査業務は非常に困難であり、伝票の調査は相当の時間を要するものであったから、業務そのものとしても、心理的負荷が強度であったといえる。しかも、長時間をかけても品減りの原因は解明できなかったのであり、そのことが、さらに、責任者として原因の解明を成し遂げなければならないと考えているaに対して極度の心理的負荷を与えたと推測される。 aが調査に費やした時間をみても、aが自宅で行った品減り調査は過重であったと認められる。すなわち、aが、品減りの調査のために恒常的に寝不足になっていたことは本件遺書に自ら述べている(乙21。 ) 。 aが調査に費やした時間をみても、aが自宅で行った品減り調査は過重であったと認められる。すなわち、aが、品減りの調査のために恒常的に寝不足になっていたことは本件遺書に自ら述べている(乙21。 )証拠(甲11、乙25)によれば、aは早めに帰宅をする日は午後8時又は9時ころに自宅に着き、急いで夕食をとった後仮眠し、午後11時30分に起きて、その後伝票類の調査をしていたこと、朝6時に原告が起きたころaは伝票を調べていたこと、松本への旅行の際には朝5時に原告が起きたときにはaが品減りの調査とおぼしき作業をしていたことが認められる。そうすると、aは、少なくとも深夜2ないし3時間(仮眠した時間と同程度である、早朝2時間程度を品減りの調査に割いて。)いたと推測することができ、休日も同程度の時間は品減り調査を行っていたと推測することができる。aは、自殺前1か月に、調査をしていた6月24日までのうち、遅く帰宅した日を除く18日間、自宅で少なく- 29 -とも1日4ないし5時間調査をしていたと推測されるから、1か月の合計では少なくとも80時間程度品減りの調査をしていたと推定することができる。以上のとおり、aが行った品減り調査の業務は、精神的負担の大きさ、調査の遂行の困難さ、通常の業務時間以外に従事した時間の長さなどの面からみて、同種の労働者を基準としても過大な業務であったと認められる。 エaは、品減り調査のほかに、通常の業務を行い、その中には客からのクレーム処理など困難な業務も含まれ、こうしたこともaの心理的負荷を増大させたと推測される。 オ以上のとおり、aが自殺前に行っていた業務は、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な労働者にとっても、強度の心理的負荷を与える過重なものであり、社会通念上、精神障害を発症させる程度の危険を有する のとおり、aが自殺前に行っていた業務は、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な労働者にとっても、強度の心理的負荷を与える過重なものであり、社会通念上、精神障害を発症させる程度の危険を有するものということができる。aのうつ病エピソードの発症及び自殺に至る一連の過程は、これらの業務に内在する危険が現実化したものというべきであるから、aの自殺には業務起因性が認められる。 ( )ところで、証拠(乙70、71)によれば、本件処分後、精神障害に起 因する自殺の業務上外の認定に関して、労働省労働基準局長から平成11年9月14日付けで「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針(以下「本件判断指針」という)が発出されていること、本件判断」。 指針は、前記( )と同様の理解のもと、業務上の心理的負荷が平均的労働者 を基準に精神的破綻を生じさせる程度のものといえる場合についての基準を示すものであることが認められる。 証拠(乙70)によれば、本件判断指針の概要は以下のとおりと認められる。 ア精神障害発症前おおむね6か月の間に、当該精神障害の発症に関与したと考えられる業務による出来事としてどのような出来事があったのかを具体的に把握し、その出来事が別表1「職場における心理的負荷評価- 30 -表」の( )欄のどの「具体的出来事」に該当するかを判断して(具体 、「的出来事」に合致しない場合は、どの「具体的出来事」に近いかを類推して評価する、平均的な心理的負荷の強度を「Ⅰ(日常的に経験す。)」る心理的負荷で一般的に問題とならない程度の心理的負荷「Ⅱ」)、(Ⅰ」と「Ⅲ」の中間に位置する心理的負荷「Ⅲ(人生の中でま「)、」れに経験することもある強い心理的負荷)のいずれかに評価する。 イ次に、出来事の具体的内容、その他の 理的負荷「Ⅱ」)、(Ⅰ」と「Ⅲ」の中間に位置する心理的負荷「Ⅲ(人生の中でま「)、」れに経験することもある強い心理的負荷)のいずれかに評価する。 イ次に、出来事の具体的内容、その他の状況等を把握した上で、別表1、「」、「」、「」の( )欄に掲げる視点に基づいて上記により評価したⅠⅡⅢ の位置付けを修正する必要がないかを検討する。 、、、ウさらに出来事に伴う変化として別表1の( )欄の各項目に基づき 出来事に伴う変化等はその後どの程度持続、拡大あるいは改善したかについて検討し、出来事に伴う変化等に係る心理的負荷がどの程度過重であったかを評価する。別表1の( )欄の各項目に基づき、多方面から検 討して、同種の労働者と比較して業務内容が困難で、業務量も過大である等が認められる状態では「相当程度過重」と、別表1の( )欄の各項 目に基づき、多方面から検討して、同種の労働者と比較して業務内容が、、、、困難であり恒常的な長時間労働が認められかつ過大な責任の発生支援・協力の欠如等特に困難な状況が認められる状態では「特に過重」と評価される。 エアからウの手順で評価した心理的負荷につき、心理的負荷の強度が「Ⅲ」かつ「相当程度過重」と評価されるとき、又は「Ⅱ」かつ「特、」、「」、に過重と評価されるときは業務による心理的負荷を強と判断しその場合には、業務による心理的負荷以外に特段の心理的負荷、個体側要因が認められない限り、業務起因性があると判断する。それに至らないものは業務起因性がないものとする。 本件判断指針は、行政庁における基準を示すものであるが、当事者においても本件指針の定める基準自体が誤っていると主張するものでもなく、- 31 -その内容も合理性を有するものと 性がないものとする。 本件判断指針は、行政庁における基準を示すものであるが、当事者においても本件指針の定める基準自体が誤っていると主張するものでもなく、- 31 -その内容も合理性を有するものとして参考となる。これを本件についてみると、次のとおりであって、本件判断指針によっても、aの自殺に業務起因性が認められる。 品減りの発覚とその調査を担当したことは、品減りが発生したと認められる時期が、aが寝具タオル係長(布団・ベッド用品担当)として担当商品群の仕入、販売、人事の業務全般を指揮・管理していた昭和60年3月から昭和62年2月までの期間であったことから、別表1「職場における心理的負荷評価表」の「②仕事の失敗、過重な責任の発生等」の具体的出来事「会社にとっての重大な仕事上のミスをした」に該当し、その心理的負荷の強度は「Ⅲ」とされている。別表1の( )欄は、心理的負荷の修正 要素として「失敗の大きさ・重大性、損害等の程度、ペナルティの有無、等」を掲げている。aが品減りに関して横領等の不正行為を行ったというものではなく、すべてをaが発生させたとも認められず、大丸もそのように見なしてはいなかったが、品減り発生当時の仕入の注文票に認印を押していたのはもっぱらaであったと認められ、経理規則違反の行為があったことやaにおいて各期の棚卸しで品減りを処理せず繰り越してしまっていたことがあったこと(乙48、aの報告では品減りが1億円を超える金)額に上り、会社において過去に例が見られないほどの高額の品減りであったことが認められること(乙47)からは、心理的負荷の程度は、人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷であったと認められるから、心理的負荷の強度は「Ⅲ」から修正する必要がない。 次に「出来事に伴う変化等」について検討すると、aは品減りに 負荷の程度は、人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷であったと認められるから、心理的負荷の強度は「Ⅲ」から修正する必要がない。 次に「出来事に伴う変化等」について検討すると、aは品減りについての調査業務を担当することとなり、その業務に伴う変化は大きなものであった。aのタイムカード上、労働時間に大きな変化はみられなかったが、2年間にわたる伝票等の照合確認に相当の持ち帰り残業を行ったことが認められることは、前記( )のとおりである。そして、この問題は、自殺ま で約1か月間調査をしてもaにおいて解決することができなかった問題で- 32 -あり、むしろ調査によって品減りの金額の大きさが明らかとなったこと、その後の調査を引き継いだfにしても、一部の品減りの原因は解明できたものの、最終的にも品減りの大部分の原因は解明できなかったことが認め(、)、、、られ乙46 同種の労働者と比較して業務内容が困難でありかつ、業務量も大きく増大し、aは恒常的に寝不足となるほどの長時間の持ち帰り残業をしたことが認められ、伝票類についてはほとんど1人で調査していたものというべきである。このことからすれば、品減りの発覚とその調査を担当したことについての、別表1の( )欄による評価は「特に 過重」なものであったというべきである。 、、aについては自殺前に職場以外の心理的負荷となり得る出来事として長男が高校入学後2か月余りで約20キログラムの体重減少をしたことが「子供の問題行動」に類似するものと見ることができなくもないが、そのストレスの強度はせいぜい「Ⅰ」であり、精神障害の発症について個体側の要因は認められない。aが体験した出来事のうち、品減りの調査を担当したことは、心理的負荷の強度は「Ⅲ」と評価され、かつ、別表1の( ) の欄 はせいぜい「Ⅰ」であり、精神障害の発症について個体側の要因は認められない。aが体験した出来事のうち、品減りの調査を担当したことは、心理的負荷の強度は「Ⅲ」と評価され、かつ、別表1の( ) の欄による評価は「相当程度過重」以上の「特に過重」であり、その総合評価は「強」となるから、aの自殺には業務起因性が認められる。 以上によれば、aの自殺につき業務起因性を否定した本件処分には誤りがあるというほかないから、本件処分は取り消されるべきである。 第4 結論 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第19部裁判長裁判官中西茂裁判官蓮井俊治- 33 -裁判官遠藤貴子

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る