【DRY-RUN】主 文 本件各控訴をいずれも棄却する。 当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。 理 由 本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人福原忠男、
主文 本件各控訴をいずれも棄却する。 当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。 理由 本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人福原忠男、同大江兵馬、同加嶋昭男、同斎藤宏、同水上益雄、同斎藤和雄、同井上庸夫が連名で差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これらに対する答弁は、検察官中野勇夫が差し出した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。 控訴趣意第一点(公訴時効に関する法令適用の誤り)について所論は要するに、原判決はA1株式会社の代表取締役であつた被告人A2と同会社A3工場の担当取締役兼同工場長であつた被告人A4とが、昭和三三年九月初旬から昭和三五年六月末ころまでの間、塩化メチル水銀を含有する排水を水俣川河口海域に排出させた業務上の過失により、B1をして昭和三四年九月二七日ころ成人C1病に、B2をして昭和三五年八月二八日胎児性C1病にそれぞれ罹患させ、昭和四六年一二月一六日右B1をC1病に起因する嚥下性肺炎により、昭和四八年六月一〇日右B2をC1病に起因する栄養失調脱水症によりいずれも死亡させたものであるとの罪となるべき事実を認定し、被告人両名を有罪とした。しかし、被告人両名のB1及びB2に関する右各業務上過失傷害罪については、原判決が第三の項目(一部免訴の理由)に判示するとおり、B2に関する傷害の結果が発生した昭和三五年八月二八日から三年の公訴時効期間の経過した昭和三八年八月二七日限りで公訴時効が完成しているものである。しかるに、原判決は本件が観念的競合犯であつて、本来一個の犯罪行為が数個の罪名に触れるものであることを忘れたうえ、他罪ということの認識をも誤つたため、これを業務上過失傷害罪と同致死罪とに分離して、前者の公 、原判決は本件が観念的競合犯であつて、本来一個の犯罪行為が数個の罪名に触れるものであることを忘れたうえ、他罪ということの認識をも誤つたため、これを業務上過失傷害罪と同致死罪とに分離して、前者の公訴時効完成の効果が後者に及ばないとしているのである。しかし、右の業務上過失傷害罪と業務上過失致死罪とは他罪ではなく、基本的事実関係が同一であり、刑訴法上においても三一二条一項にいわゆる公訴事実の同一性を有するものであるごとく、一個の罪であり、公訴権も一個しか発生しないのである。したがつて、前者につき時効が完成して公訴権が消滅することにより、後者についても公訴権は消滅している筈であり、本件において被害者B2及びB1に関する業務上過失傷害罪は前記のとおり昭和三八年八月二七日限りで公訴時効が完成しているのであるから、その後の同人等に関する業務上過失致死罪に対しては、これにつき免訴の判決をなすべきである。原判決には、公訴時効に関する法令の適用の点において誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄されるべきである、というのである。 そこで、先ず本件業務上過失傷害罪と同致死罪を一罪であるとの所論の当否につき検討するに、所論の前提は犯罪事実の個数につき、これを公訴事実の同一性の有無によつて決定されるというのであるが、しかし、公訴事実の同一性は公訴提起の効力、判決の既判力ないし一事不再理の効力の及ぶ範囲や訴因変更の許される範囲等を画する刑事訴訟法上の概念であつて、かかる手続法的概念によつて、直ちに実体法上の罪数そのものが決定されるわけではない。 次に、所論は業務上過失傷害罪と業務上過失致死罪とは同一構成要件に属するものであり、これを区別するのは刑事統計上の便宜に出たものにすぎないというのである。しかし、業務上過失傷害罪と業務上過失致死 次に、所論は業務上過失傷害罪と業務上過失致死罪とは同一構成要件に属するものであり、これを区別するのは刑事統計上の便宜に出たものにすぎないというのである。しかし、業務上過失傷害罪と業務上過失致死罪とは犯罪の構成要素を異にし、後者は前者の結果的加重犯ではないので、立法技術的に同一の条文に書き込まれていても(ちなみに、両者の基本犯である過失傷害罪と過失致死罪とは刑法二〇九条と同法二一〇条とに書き分けられている)、構成要件を異にし、犯罪としては別個の罪を組成し、公訴時効の起算についても区別すべきものである。たゞ、同一被害者に対し致死の結果が発生した場合に前者は後者に吸収される法条競合の関係にあるというにすぎない。したがつて、前者につき公訴時効が完成しても、その効果は後者に及ぶものではない。そうすると、右所論にも同調することはできない。 更に、所論は観念的競合につき、これは実体法上の数個の罪を包含し、その各罪は他の罪のために吸収されることなく互に併存するが如き関係にあるものではなく、併存する数個の罪名を一括して最も重き刑をもつて処断すべき一個の罪であるというのである。しかし、観念的競合は実体法上数罪であつて、ただ手続上一罪として取り扱われるにすぎないものである。(最高裁判所大法廷昭和四九年五月二九日判決、刑集二八巻四号一五一頁、同号一六八頁等参照)したがつて、この点からも右所論に左袒することはできない。 しかしながら、職権をもつて原判決における公訴時効に関する法令の適用を更に吟味するに、原判決は、観念的競合の公訴時効の期間算定につき、各別に論ずることなく、これを一体として観察すべきものであることを原則とするとしながらも、一個の行為で順次数個の罪名に触れる場合に、ある罪とその公訴時効期間内に結果が発生した罪とはこれを一体として観察し、そ ることなく、これを一体として観察すべきものであることを原則とするとしながらも、一個の行為で順次数個の罪名に触れる場合に、ある罪とその公訴時効期間内に結果が発生した罪とはこれを一体として観察し、その公訴時効期間が経過するまでの間に、結果が発生しなかつた罪とは、分離して、それぞれ独立に公訴時効を算定すべきであるとしたうえ、本件公訴事実中B3、B4、B5、B6に関する業務上過失致死罪、B7に関する業務上過失傷害罪については、B2、B1に関する業務上過失傷害罪をも含めて、これを一体として観察し、B2に関する業務上過失傷害罪(昭和四三年法律六一号による改正前の刑法二一一条前段)の刑を標準とする公訴時効期間三年が経過した昭和三八年八月二七日限り公訴時効が完成したことになるが、B1に関する業務上過失致死罪については、その時効期間満了前にB2に関する業務上過失致死罪の結果が発生し、同罪の公訴時効期間満了前に本件公訴提起がなされているから、これと一体をなすものとし、公訴時効は完成していなかつたとしているのである。 たしかに、本件各被害者に対する罪が観念的競合の関係にあり、各犯罪の公訴時効が結果の発生から起算すべきものであること、さらに、観念的競合犯は実体的には一罪ではなく、数罪であるけれども、その公訴時効期間の算定にあたつては各別にすべきものではなく、全一体として観察するを原則とすべきであるが、しかし、一個の行為が同時又はさほどの時間的間隔をおかないで、数個の罪名に触れる場合を常態とする「事故型過失犯」の場合は別として(事故型過失犯の観念的競合では、単純にこれを一体的に観察して公訴時効の期間を算定すれば足るものである。)、近時しばしば発生する薬物(化学物質)公害等の業務上過失犯にみられるところの「構造型過失犯」に対する限り、右の原則はそのままには妥 これを一体的に観察して公訴時効の期間を算定すれば足るものである。)、近時しばしば発生する薬物(化学物質)公害等の業務上過失犯にみられるところの「構造型過失犯」に対する限り、右の原則はそのままには妥当しない。 右にいわゆる構造型過失犯においては、過失行為が大規模な組織的企業活動の一環として組み込まれ、とくに、上部の管理主体における決定行為などに過失が存すると、この過失行為を基礎として自動的に連係する個々の過失操作が継続的又は集約的に行われ、しかも、時間的にも不定の長期間にわたり持続されるなど、過失行為が構造的に反復されることとなり、計り知れない範囲の被害を惹起することが少なくない。したがつて、右の如き業務上の過失行為の形態やその責任及び被害その他の社会的反響等のみを顧慮するときは、観念的に競合する各罪の公訴時効を一体として考慮すること(後述の如く行為者にとつて不利益となる)が、むしろ妥当性を有すように思われる。しかし反面、かかる構造型過失犯においては過失の結果が相当の期間にわたり又は相当の期間をおいて生起することが多いので、観念的に競合する過失の結果の全部について、これを単純に全一体として観察すると、先行の罪に対する刑の公訴時効期間が経過しても、後続の罪の結果の発現によつて、右の公訴時効の完成は阻止され、いつまで経つても、場合によつては何十年でも公訴時効は完成することができないおそれがある。つまり、右の如く全一体として観察することは、いつまでも時効にかからせないことに帰着し、行為者に対しては不利益に働くことになるが、しかし、かように極めて不確定な状態のまま放置することは、明らかに公訴時効制度に対する本質的な矛盾であり、他面、時効の効果を実質的に否定すること<要旨第一>となり、行為者の基本的権利を侵害することにもなる。したがつて、構造型 な状態のまま放置することは、明らかに公訴時効制度に対する本質的な矛盾であり、他面、時効の効果を実質的に否定すること<要旨第一>となり、行為者の基本的権利を侵害することにもなる。したがつて、構造型過失犯においては観念的に競合す</要旨第一>る各罪につき無制限にこれを全一体として観察することは相当でなく、時効的連鎖を有する結果の範囲に制限することが、公正妥当な措置というべきである。 されば、前示の如く観念的競合にかかる各罪の公訴時効期間内に、その結果が同時又は順次発生せる場合においてのみ、これを一体として観察し、かかる態様の連鎖が認められない場合は分割して観察すべきものとする原判決の解釈は、その説示する理由は右と異なるけれども、結論的には妥当なものを有する。 そこで、本件についてこれをみるに、公訴事実中の被害者B3(昭和三四年七月一四日死亡)、B4(昭和三四年一二月五日死亡)、B5(昭和三四年一一月二七日死亡)、B6(昭和三四年一一月二八日死亡)及びB7(昭和三四年九月一二日傷害)に対する関係では、それぞれ前者の公訴時効の期間内に死亡又は傷害の結果が順次発生しているので、これらを一体として観察すると、昭和三七年一二月四日にその公訴時効が完成していることが明らかである。しかし、公訴事実中の被害者B1(昭和四六年一二月一六日死亡)とB2(昭和四八年六月一〇日死亡)の両名のみに対する関係では、右B1に対する公訴時効の期間内に右B2が死亡しているので、これを一体として観察すべきであるが、前記中村ら五名との関係では、公訴時効の期間を過ぎているので時効的連鎖が認められず、分離して考察すべきところ、本件起訴は昭和五一年五月四日であるから、右両名に対する関係では公訴時効の期間をいまだ経過していないことになる。 そうすると、被告人らの所為のうちB3、B 鎖が認められず、分離して考察すべきところ、本件起訴は昭和五一年五月四日であるから、右両名に対する関係では公訴時効の期間をいまだ経過していないことになる。 そうすると、被告人らの所為のうちB3、B4、B5、B6及びB7に対する関係では、右B4の死亡後三年を経過せる昭和三七年一二月四日をもつて公訴時効が完成したが、これに反しB1とB2に対する関係では、右B2の死亡から三年以内に本件起訴がなされているので、いまだ公訴時効は完成していないことが明らかである。したがつて、本件公訴事実中被告人両名のB3、B4、B5及びB6に対する業務上過失致死罪並びにB7に対する業務上過失傷害罪についてのみ免訴せる原判決の措置は相当というべきである。 尤も、原判決は右のB1及びB2の両名とその余の五名に対する関係の公訴時効を分離して観察すべき基準として、訴因とされていない右B2に対する業務上過失傷害罪の公訴時効三年が経過した昭和三八年八月二七日をもつて右五名に対する関係の公訴時効が完成したことになるというのであるが、右の如き事由をもつて時効算定の基準とすべき理由を俄かに是認することはできない。 いうまでもなくこの点は、上述の如く、前記B4の死亡(昭和三四年一二月五日)から起算して公訴時効期間の三年内に、前記B1の死亡(昭和四六年一二月一六日)が発生していないので、一体的観察の時効的連鎖が切れ、前記B3ら五名に対する関係からB1とB2の両名に対する関係を分離して考察すべきであつて、原判決の如き基準を容れる余地はなく、原判決の結論は別として、その理由はこの点でも同調できない。 かくして、本件の如き構造型過失犯においては、前示の如き理由により、B3ら五名に対する関係では公訴時効の完成をもつて免訴すべきであるが、B1とB2の両名に対する関係ではこれを否定するのが相 ない。 かくして、本件の如き構造型過失犯においては、前示の如き理由により、B3ら五名に対する関係では公訴時効の完成をもつて免訴すべきであるが、B1とB2の両名に対する関係ではこれを否定するのが相当であり、理由を異にするけれとも結論を同じくする原判決の公訴時効に関する法令の適用に誤りはなく、解釈過程に誤りがあるとしても判決に影響するものではない。結局において論旨は理由なきに帰する。 控訴趣意第二点(迅速裁判条項に関する法令適用の誤り)について所論は要するに、本件において被告人両名の過失の実行行為とされるものが昭和三三年九月から昭和三五年六月までの所為であり、傷害の結果が発生したとされるのが昭和三四年四月から昭和三五年八月までであつて、本件被害者七名のうち四名までが昭和三四年中には死亡しているのであり、また、右のうち胎児性C1病とされる者二名についても、胎児性C1病が日本病理学会に報告されたのが昭和三八年四月なのであるから、その後それそれ一三年ないし一六年以上を経過した昭和五一年五月になつてなされた本件公訴の提起は、著しく遅延したものであつて、憲法三七条一項の迅速裁判条項に違反するものである。したがつて、本件については公訴棄却ないし免訴の判決がなされるべきである。 しかるに、原判決は、憲法三七条一項に規定する迅速な裁判を受ける権利の保障を実質的に観察して、証拠の収集が十分になされ犯人が判明し、容易に起訴できたにも拘らず、捜査官の怠慢あるいは一定の恣意的な目的等のために故意または重大な過失により何らの措置もとらず日時を徒過し、著しく遅延して起訴したような場合などには、公訴提起の禁止に触れる場合もあり得るとし、このように著しく遅延した公訴の提起は、刑訴法一条の規定に違反するものであるから、同法三三八条四号により公訴を棄却されるべきもの 訴したような場合などには、公訴提起の禁止に触れる場合もあり得るとし、このように著しく遅延した公訴の提起は、刑訴法一条の規定に違反するものであるから、同法三三八条四号により公訴を棄却されるべきものであると断じながら、胎児性C1病患者であつたB2に関する業務上過失致死の被疑事実については、胎児性C1病が昭和三八年四月になつて初めて日本病理学会に報告されたものであつて、B2は昭和四八年五月にD1大学D2助教授によつて胎児性C1病の疑いがあると診断されるまで脳性小児麻痺とされていたのであり、死亡後の病理解剖によつて胎児性C1病と認定されたのであるから、そのころから捜査が可能となつたものであることを理由として、右B2に関する業務上過失致死罪についての起訴は、その捜査過程に徴すると著しく遅延したものとは認められず、また、本件公訴事実中の各被害(結果)の発生は被告人両名の一個の行為によるもので、それらが観念的競合の関係にあるとして起訴されたものであるから、これを一体として考察すべきものであるとして、弁護人の前記主張を採用しなかつたものである。 しかしながら、胎児性C1病については、それが日本病理学会に報告された昭和三八年四月当時既に病理解剖をすることなく生存中の臨床診断によつて診断することが可能であつたのであるから、右昭和三八年四月以降は捜査も可能であつたものである。仮に、B2についてはその死亡後の病理解剖を待たなければ胎児性C1病であることを認定できなかつたとしても、昭和三九年三月までには二二例が胎児性C1病と診断されていたのであるから、本件公訴の提起をB2の死亡まで待たなければならない理由はなく、また、成人C1病のほかに胎児性C1病をも取り上げて起訴しなければならない必然性はなかつたのであるから、昭和五一年五月になつてなされた本件公訴の提起 をB2の死亡まで待たなければならない理由はなく、また、成人C1病のほかに胎児性C1病をも取り上げて起訴しなければならない必然性はなかつたのであるから、昭和五一年五月になつてなされた本件公訴の提起は著しく遅延したものというべきである。のみならず、原判決は成人C1病患者とされていたB1に関する業務上過失致死の被疑事実について本件公訴の提起の遅延を不間に付している。したがつて、原判決には迅速裁判条項に関する法令の適用に誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というのである。 よつて、検討するに、先ず、所論援用の憲法三七条一項は被告人の権利について規定したものである。 したがつて、これを直ちに被疑者についても適用されるとするものである限り、所論は既に失当というべきである。 およそ、憲法三七条一項が刑事事件において、被告人に迅速な裁判を受ける権利を保障するゆえんは、審理が著しく遅延すると、長期間にわたり罪責の有無未定のまま被告人として放置されることにより、ひとり被告人に有形無形の社会的不利益を受けさせるばかりでなく、検察官においては通常被告人の有罪を立証しうる証拠を手中にしているのに反し、被告人の側では反対証拠を有することが少なく、当該手続においても、被告人又は証人の記憶の減退・喪失、関係人の死亡又は証拠物の滅失などをきたし、そのために、被告人の防禦権の行使に種々の障害を生ずることを免れず、ひいては刑事司法の目的である事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現することができないこととなるので、かかる弊害を防止せんとするものにほかならない。 <要旨第二>してみると、所論指摘の原判決の説示の如く右の迅速裁判条項の趣旨ないし精神を被疑者に推し及ぼすとし</要旨第二>ても、それは当該事 ので、かかる弊害を防止せんとするものにほかならない。 <要旨第二>してみると、所論指摘の原判決の説示の如く右の迅速裁判条項の趣旨ないし精神を被疑者に推し及ぼすとし</要旨第二>ても、それは当該事件に関し捜査官が強制捜査の実行を開始した以降に限るのが相当である。けだし、被疑者が被告人とほぼ同等の社会的不利益を受けるに至るのは、捜査官において当該被疑者に対し強制捜査(逮捕又は証拠の収集保全のための強制処分)を開始した後からであり、通常は被疑者の逮捕をしたときからである。 殊に、被疑者が前示のように防禦権の行使につき不利益を蒙るのも捜査官において右の強制捜査を開始したときからであり、他面、犯罪行為が終わつたときから公訴提起に至るまでの間における被疑者の受くべき一般的不利益については、既に公訴時効制度によりこれを償つているのである。したがつて、所論の迅速裁判条項の精神を被告人たる以前の段階に推及するとしても、それは当該被疑者に対し逮捕その他の強制捜査が開始された後に限らるべきであつて、無制限に是認すべき理由は存しない。 しかして、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討してみても、本件について右の意味における捜査開始後に、該捜査が著しく遅延したと認むべきものは存しない。 そうしてみれば、原判決が被疑者一般についても、憲法三七条一項の迅速裁判条項の精神を推及できるとした点において、無条件に同調することはできないが、しかし、本件公訴提起行為について著しい遅延はないとし、同条項違反を否定した原判決の判断は結論において正当である。論旨は理由がない。 控訴趣意第三点(実行行為の事実誤認)について所論は要するに、原判決は、被告人両名が昭和三三年九月初旬から昭和三五年六月末ころまでの間、継続的にA1株式会社A3工場のアセトアルデヒド製造工 い。 控訴趣意第三点(実行行為の事実誤認)について所論は要するに、原判決は、被告人両名が昭和三三年九月初旬から昭和三五年六月末ころまでの間、継続的にA1株式会社A3工場のアセトアルデヒド製造工程において副生した塩化メチル水銀を含有する廃水、C2を経て直接あるいは地下惨透水として濾出させて水俣川河口海域に排出したと認定するが、右は誤認である。右工場廃水の排出はA1株式会社が企業活動として行なつたものであり、被告人A2は同会社社長として、被告人A4は右A3工場長として、いずれも会社業務全般ないし工場業務を統轄する一般的抽象的な権限を有し、かつこれを行使していたにすぎず、個々の操業活動に直接具体的に従事していたものではないのである。したがつて、被告人両名が右の工場廃水の排出の直接行為者としての行為責任を問われる筋合はない。しかして、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というのである。 よつて検討するに、原判決の挙示する各関係証拠並びに当審で取り調べたA1株式会社の改訂禀議規定及び被告人A4の当審公判廷における供述等を総合すれば、 1 被告人A2は、昭和三三年一月八日から同三九年一一月三〇日まで、A1株式会社代表取締役社長として同会社の業務全般を総理し、同会社A3工場の担当取締役兼同工場長を直接(但し、昭和三五年五月一日から同三七年五月三一日までの間はA5専務取締役兼九州事業本部長を介し)指揮監督していたものであり、被告人A4は、昭和三二年一月一日から同三五年五月三一日まて、同会社A3工場工場長であり、その間昭和三二年五月三〇日から同工場担当取締役を兼ね、昭和三五年六月一日から同三七年四月まで同会社本社社長室担当取締役であつたこと、 2 昭和三三年当時右会社の禀議規定(昭和三二年一二月一日改訂 、その間昭和三二年五月三〇日から同工場担当取締役を兼ね、昭和三五年六月一日から同三七年四月まで同会社本社社長室担当取締役であつたこと、 2 昭和三三年当時右会社の禀議規定(昭和三二年一二月一日改訂後のもの)によれば、一般禀議事項としては、その重要性に応じ、取扱上A、Bの二指定に分けられ、A指定禀議事項は、事前に社長の決裁をうけ、B指定禀議事項は、事前に担当取締役の決裁を受けて実施し、事後社長に報告しなければならないものであつたこと(右規定第三条)。 次に、事務所及び工場における禀議書担当部課は、B指定禀議一覧を付してB指定決裁済禀議書写一通を月毎に一括して庶務部長に送付し、庶務部長は前項の写を各事業所別に一括して関係部長、関係取締役を経て、社長に供覧するものであること(同第一七条)。 更に、決裁を受けた事項は、特別の事由がある場合を除き、速やかに実施し、前項の実施ができなくなつたとき及び実施を中止するときは、その事由を具して決裁権者に報告すると共に関係先に通知しなければならないものであること(同第一九条)。 なお、禀議事項は別表に定められ(同四条)、該別表1によれば、<記載内容は末尾1添付>と定めていたこと、 3 A3工場担当取締役であつた被告人A4は、昭和三三年八月二日にB指定禀議書をもつて同工場有機部及び醋酸部より、予算金額五五万円の五、六期アルデヒド装置廃液処理工事(すなわち、従来百間港を経て水俣湾に排出していた同工場の廃水をC2を経て直接、あるいは地下滲透水として濾出されて水俣川河口海域に排出する排水経路変更工事)が提案されたが、同月四日に右禀議を承認して決裁し、右工事及びこれに従つた廃水排出を実施する意思決定をしたので、同工事は同月中に施行完成され、同工場のアセトアルデヒド製造工程において副生した塩化メチル水 されたが、同月四日に右禀議を承認して決裁し、右工事及びこれに従つた廃水排出を実施する意思決定をしたので、同工事は同月中に施行完成され、同工場のアセトアルデヒド製造工程において副生した塩化メチル水銀を含有する廃水は、昭和三三年九月初旬から同三五年六月末ころまでC2を経て直接、あるいは地下滲透水として濾出されて、水俣川河口海域に排出されるに至つたこと、 4 A3工場禀議書担当部課は、昭和三三年九月に前月分のB指定禀議一覧表と前記B指定決裁済禀議書写一通とを前記会社本社庶務部長に送付し、同部長はそのころこれらを社長である被告人A2の閲覧に供したこと以上1ないし4の事実が認められる。 ところで、これらの事実関係に現われる同工場廃水の排出機構をみるに、右の廃水排出は、これに従事する末端の現場従業員が各自の意思に基づき行なうものではなく、工場廃棄物を産出する同工場の企業活動の一環として、被告人A4の前記排水経路変更工事及び変更水路による廃水排出を承認する旨の決裁に基づき、同工場の正規の廃水排出経路が変更されると同時に、これを経て水俣川河口海域に右排水がなされるようになつたものであることが明らかである。しかして、被告人A4は右の排水経路変更及びこれによる廃水排出の決定権を有していたものであつて、右の工場廃水が右海域に排出される過程を有効に支配管理していたものということができ、前記決裁後の排水経路変更工事の施行及び変更された排水経路を使用する同工場の個々の排水活動なるものはすべて、右決裁に起因するものであつて、これらは同被告人に決定された排水管理行為に基づく因果関係の進行過程の一部分にすぎないものと認められる。したがつて、被告人A4は右排水経路変更及びこれによる廃水排出を実施する意思決定を行なうことによつて、右廃水排出の実行行為を行なつたもの 基づく因果関係の進行過程の一部分にすぎないものと認められる。したがつて、被告人A4は右排水経路変更及びこれによる廃水排出を実施する意思決定を行なうことによつて、右廃水排出の実行行為を行なつたものというべきである。 さらに、前記事実関係に現われるA1株式会社の機構に徴し、被告人A4と被告人A2の右の廃水経路の変更行為についての関係をみるに、右廃水経路変更工事とこれによる廃水排出はB指定禀議事項として、被告人A4に権限が委任されてはいたけれども、基本的には同会社代表取締役たる被告人A2の権限に属し、且つ同被告人は社長として、同会社A3工場の工場長である被告人A4を指揮監督していたものであつて、被告人A4の前記排水経路変更の工事及び廃水排出の決裁がなされたことを知り又は当然に知りうべき立場に位置し、その適否を判断すべき責務を有すると共に、変更経路による廃水排出が不適当な場合には右の指揮命令権を発動してその排出を避止すべきであり且つ避止させることができる立場にありながら、これをなさなかつたものであることが認められる。そうすると、被告人A2の右の不作為は被告人A4の決定にかかる廃水経路の変更決定による排水を阻止せず、その避止可能性の実現を怠るものであると同時に、同被告人の右排水決定をそのまま是認して、これに因る本件結果の発生を共働してもたらしたものとして、被告人A2もまた右廃水排出の実行行為を行なつたものと解しても支障はない。 けだし、企業の施設又は運営上の瑕疵に因つて生じる被害、その多くは構造型過失に基づく業務上過失致死<要旨第三>傷罪であるが、例えば企業活動そのものから常時生じる工場廃水を継続的に企業施設外に排出するが如き場合</要旨第三>には、個々の排水行為の独立の介在は殆どなく、排水は人的物的設備として機械的又は自動的な排出であつて えば企業活動そのものから常時生じる工場廃水を継続的に企業施設外に排出するが如き場合</要旨第三>には、個々の排水行為の独立の介在は殆どなく、排水は人的物的設備として機械的又は自動的な排出であつて、管理者の当該方法による排出決定行為又はこれと競合する指揮命令権者の排水関係行為に基づいて作動し、かかる行為は企業活動の一環としてなされるものであるが、これをひゆ的に言えば、あたかもボタンを押せば一連の機構が作動して工場廃水の排出がなされる装置において、そのボタンを押す場合の如く、要するに、当該行為の決定がこれに基づく個々の直接操作以上に結果発生に対し実質的因果関係を有し、後述する結果の予見可能性が存在する限り、当該過失犯の具体的実行行為としての性能を具有するものと解するのが相当である。所論は自ら直接手を下して排水そのものを行う者のみを実行行為者とし、これを前提として立論するものであるところ、右所論が事故型過失犯について妥当性を有することは否定できないけれども本件のような構造型過失犯においては狭きに失し採用できない。 その他記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討しても、所論の如き事実誤認を発見することはできない。論旨は理由がない。 控訴趣意第四点(因果関係の事実誤認)について所論は要するに、原判決は、 1 昭和二八年から昭和三三年までに発生したC1病患者の殆どが水俣湾周辺の住民であるのに対し、アセトアルデヒド排水経路が変更された後の昭和三四年以降はa・b等水俣川河口及びその以北の地域住民にC1病患者が多発していること、 2 昭和三四年一一月七日までのA3工場排水の水銀含有量、同年一〇月当時の水俣湾、水俣川河口及びb沖の海水、海底泥土中の水銀含有量などは、昭和三三年九月のアセトァルデヒド排水の水俣川河口への排水経路変更以後の水俣 一一月七日までのA3工場排水の水銀含有量、同年一〇月当時の水俣湾、水俣川河口及びb沖の海水、海底泥土中の水銀含有量などは、昭和三三年九月のアセトァルデヒド排水の水俣川河口への排水経路変更以後の水俣川河口及びその以北の各海域における海水及び棲息魚介類の塩化メチル水銀による汚染が顕著となつたことを示すものであること、 3 本件被害者ら(胎児性C1病の場合はその母親)が継続して多量に摂食した魚介類は、いずれも水俣川向口以北の海域で捕獲され、胎児性C1病患者を除く右被害者らはいずれも昭和三四年四月ころ以降同年一〇月ころまでの間に発症し、胎児性C1病患者は昭和三四年九月一二日又は昭和三五年八月二八日に出生したものであること、 4 B3、B4、B5、B6の四名は急性激症型のC1病に罹患したものであり、その発病に接する短期間内に摂食した汚染魚介類を介して多量に体内に蓄積した塩化メチル水銀によつて発病するに至つたものであり、また、B1は普通型の重症型であり、B7及びB2は胎児性C1病であるが、いずれも本人あるいは母親が水俣川以北海域で捕獲した魚介類を摂食し、その結果右B3らとほぼ同時期に発症している点を考慮すれば、その発症に接する比較的短期間内に摂食した汚染魚介類を介して体内に蓄積した塩化メチル水銀によつて発症するに至つたものであるといえること、 5 魚介類中におけるメチル水銀化合物の蓄積は、食物連鎖系の中で極めて早く、かつ、C1病発症及び同病により死に至るメチル水銀摂取量については、決定的に判明していないものの、発症値は二〇ないし三〇ミリグラムであり、致死量は二〇〇ミリグラムとされており例えば、発症蓄積量を二〇ミリグラムとした場合、仮に生物学的半減期を七〇日とし、連日〇・三ミリグラムのメチル水銀を摂取し続けたとすると、三か月余で発症することに 致死量は二〇〇ミリグラムとされており例えば、発症蓄積量を二〇ミリグラムとした場合、仮に生物学的半減期を七〇日とし、連日〇・三ミリグラムのメチル水銀を摂取し続けたとすると、三か月余で発症することになること、 6 昭和三四年一〇月末に、それまで水俣川河口に排出していたアセトアルデヒド排水をA3工場に逆送したものの、C2に貯水されていたアセトアルデヒド排水は相当量地下に滲透し、地下水等と一緒になり、水俣川河口海域に流出し、メチル水銀も相当量水俣川河口海域に流出したこと、 7 B2は、その母親がアセトアルデヒド排水の水俣川河口への直接排出によつて同海域の汚染状態が継続しているときに、同海域の魚介類を摂食したことによつて吸収したメチル水銀とC2からの惨透によつて同海域に流出した排水によつて新たに汚染された魚介類を摂食したことによつて吸収したメチル水銀とが、その胎盤を通じて順次胎児であつたB2に移行したことによつて、胎生八か月前後の昭和三五年六月末ころC1病の決定的病変を受けるに至つたものであるから、被告人A4が昭和三五年五月三一日付をもつてA3工場長の職を退任し、翌日から本社社長室担当取締役に就任していても、B2の発症に同被告人の排出行為が決定的な原因を与えていることになること以上の各事実が認められるとし、これらの事実を総合し、疫学的見地からみれば、昭和三三年九月のアセトァルデヒド排水のC2経由水俣川河口への排水経路変更後、水俣川河口海域に塩化メチル水銀が多量に流出し、短期間のうちに魚介類を汚染し、その結果同海域の魚介類を摂食した本件被害者両名(胎児性C1病患者であつたB2についてはその母親が摂食)をC1病あるいは胎児性C1病に罹患させた事実が認められ、被告人両名によるアセトアルデヒド排水の水俣川河口への排水経路変更後の排出行為と本件被 胎児性C1病患者であつたB2についてはその母親が摂食)をC1病あるいは胎児性C1病に罹患させた事実が認められ、被告人両名によるアセトアルデヒド排水の水俣川河口への排水経路変更後の排出行為と本件被害者両名の発症との間の個別的因果関係は存在すると認定したが、以下(一)ないし(七)の各所論において主張する理由(但しいずれも要約)に照し、右は誤認である。しかして、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである、というのである。 よつて、所論指摘の各事由にかんがみ、以下これにつき順次吟味する。 (一) 所論は要するに、原判決は、被告人らに刑罰を科すことを問題とする刑事裁判において、厳格な証明に基づくことなく、疫学の手法をそのまま利用し蓋然性により因果関係を認定し、また、前記1ないし7の事実は疫学的にみて一般的因果関係の蓋然性を示すにすぎないのに、これによつて本件各被害者の発症という個別的因果関係の存在を認定しているが、これらの認定は結局において、証拠によらないで事実を認定していることに帰する、というのである。 しかしながら、原判決並びにその挙示する関係証拠によれば、原判決は、「前示1ないし7の事実(詳細は原判決一二四頁九行目以下一三六頁九行目までの事実。 以下、「1ないし7の事実」という。)を総合し、疫学的見地からみれば、昭和三三年九月のアセトアルデヒド排水のC2経由水俣川河口への排水経路変更後、水俣川河口海域に塩化メチル水銀が多量に流出し、短期間のうちに魚介類を汚染し、その結果同海域の魚介類を摂食した本件被害者両名(胎児性C1病であるB2についてはその母親が摂食)をC1病あるいは胎児性C1病に罹患させた事実が認められると判示するのは、昭和三四年以降a・b等水俣川河口及びその以北地域の住民でC1病に罹患した患者に 性C1病であるB2についてはその母親が摂食)をC1病あるいは胎児性C1病に罹患させた事実が認められると判示するのは、昭和三四年以降a・b等水俣川河口及びその以北地域の住民でC1病に罹患した患者については、右集団について妥当することはこれに属する個人に対しても妥当するであろうという事実上の推定がはたらくことを示すものであり、他面、前記3、4、7の各事実はいずれも各個人についての因果関係の存在を示す事実でもある。これら各点を勘案し、被告人両名によるアセトアルデヒド排水の水俣川河口への排水経路変更後の排出行為と本件被害者両名の発症との間の個別的因果関係は存在する。」と結論するものであつて、疫学的証明も事実認定の一方法であることを当然の前提としているものであるが、疫学的証明があれば裁判上の証明があつたとか、蓋然性の程度で因果関係を認定しうるとしているのではなく、疫学的証明のほかに、病理学的な証明などを用いることによつて、合理的な疑いのない程度に達したものとして、右事実を認定していることが認められる。つまり、原判決は疫学的は勿論病理学的その他の経験則を基礎に右各情況証拠を総合し、これにより本件被害者らの発症につき所論の個別的因果関係を是認していることが明らかである。したがつて、原判決の右の認定方法に誤りはなく、所論に左袒することはできない。 (二) 所論によれば、本件において、A3工場から海域に流出したメチル水銀によつてC1病が発生するとの点については特に争いはなく、被告人両名が争つているのは、昭和三三年九月以降水俣川河口に流出したメチル水銀によつて、本件各被害者がC1病に羅患したとされている点である。しかして、右の争点を解決するためには、(1) 本件各被害者(胎児性C1病の場合はその母親)が右の水俣川河口海域に流出したメチル水銀を蓄積 、本件各被害者がC1病に羅患したとされている点である。しかして、右の争点を解決するためには、(1) 本件各被害者(胎児性C1病の場合はその母親)が右の水俣川河口海域に流出したメチル水銀を蓄積した魚介類を摂食したこと、(2) 右摂食により本件各被害者がC1病に罹患したこと、さらに、より具体的に言えば、(3) 水俣湾海中のメチル水銀の水俣川河口以北海域への拡散の状況、(4) 水俣川河口以北海域のメチル水銀と棲息魚介類の接触の状況、(5) 本件各被害者が水俣湾海域のメチル水銀を蓄積した魚介類を摂食した可能性の有無、その可能性がある場合に、それがA3工場から水俣川河口海域に流出したメチル水銀が決定的原因となつてC1病に羅患したと認める妨げとならないこと、が認定されなければならない。とくに、これらの事由が認められない限り、前記の個別的因果関係の存在を肯定することはできないものであるところ、前記1ないし7の事実によつては、右(1)ないし(5)の事実を認定することはできないので、右個別的因果関係の存在を肯定することはできないと主張するのである。 しかしながら、右(1)、(2)の各事実は前記1ないし7の事実により肯認するに十分である。のみならず、右(3)、(4)及び(5)の前段の各事実が明らかにされなくとも、原判決がその一二四頁九行目以下一二六頁一一行目までにおいて摘示するように、水俣川河口の八幡以北海域においては、昭和三三年までは一人のC1病患者も発生していなかつた(もつとも、原判決一二五頁の地区別・年次別患者発生状況表によれば、昭和三二年にc町において一名発症しているが、これは同一二六頁九行目以下一一行目までに摘示されているとおり、胎児生C1病患者のB8であつて、同人の母は当時水俣湾で漁獲された魚介類を摂食していたことが明ら 二年にc町において一名発症しているが、これは同一二六頁九行目以下一一行目までに摘示されているとおり、胎児生C1病患者のB8であつて、同人の母は当時水俣湾で漁獲された魚介類を摂食していたことが明らかであるから、除外すべきものである。)のに対し、昭和三四年には一二名のC1病患者が発生している(ちなみに、同年中に発生した全患者総数は一八名)事実を含む右1ないし7の事実を総合すれば、右発症と水俣湾海中におけるメチル水銀の拡散との間の因果関係の存在は否定され、右(5)後段の事実を肯認するに十分である。したがつて、右所論に同調することはできない。 (三) 所論は、C1病発症のための水銀摂取量は一〇〇ミリグラム、致死量は一〇〇〇ミリグラムとするのが正当であるところ、B2の母親B9が右B2を妊娠中、平国から湯の児鼻にかけて漁獲された魚介類を摂食した量は、右の発症値に達しないことに徴すると、右B2が胎児性C1病に羅患した決定的原因は、右母親B9が水俣湾内に滞留していた回遊魚であるカタクチイワシを毎日一〇〇ないし一五〇グラムずつ摂食したことに因るものというのである。 しかしながら、原判決の挙示する関係証拠に現われるように、B2の母B9(昭和七年三月一〇日生)は、原判決の説示(六五頁一五行目以下六六頁一三行目まで、及び同七二頁一〇行目以下七四頁一〇行目まで)のとおり、b町c1の生れで、昭和三〇年一一月(原判決六六頁一行目に「昭和三一年一一月」とあるのは「昭和三〇年一一月」の誤記と認める。)に結婚してからも同地に居住し、右B2を妊娠中に、自分の父が平国から湯の児鼻にかけての八代海沿岸海域で捕獲した魚介類を週に二、三回はそれそれ二〇〇ないし三〇〇グラム位あて食べていたほか、その他の日にも付近海域で獲れた魚介類(特にいりこ)を一日あたり一〇〇ないし一五〇グラ にかけての八代海沿岸海域で捕獲した魚介類を週に二、三回はそれそれ二〇〇ないし三〇〇グラム位あて食べていたほか、その他の日にも付近海域で獲れた魚介類(特にいりこ)を一日あたり一〇〇ないし一五〇グラム位あて食べていたこと、とくに、右B9は昭和三一年四月八日に長女を、昭和三二年九月一四日に二女をそれそれ出産した後、昭和三五年八月二八日に右B2を出産したものであるが、右長女及び二女はいずれも胎児性C1病に羅患していないこと、右B2の羅患は母B9が摂取したメチル水銀に因るものと認められること、C1病発症及び同病により死に至るメチル水銀摂取量については、未だ定説を見るに至つていないけれども、E2ほか一名作成の「人の慢性発症C1病の病理発生」と題する書面(当庁昭和五五年押第五号の三六〇)、E3ほか一名作成の「食物連鎖系における水銀の濃縮」と題する書面(同号の三六五)及び証人E4の原審公判廷における供述記載に照らしても、二〇ないし三〇ミリグラム位で発症し、二〇〇ミリグラム位で死に至る可能性は否定することができないこと、水俣川河口の八幡以北海域においては昭和三三年までは一人のC1病患者も発生していなかつたのに、昭和三四年には一二名のC1病患者が発生していること、その他前記1ないし7の各事実を考え合わせると、右B2が胎児性C1病に羅患した決定的原因は母B9が水俣湾内に滞留していたカタクチイワシを摂食したことによるものではなく、前示八代海沿岸海域で捕獲された魚介類を摂食したことに因るものであることは否定できないところである。したがつて、右所論は是認できない。 (四) 所論は、前記1の認定事実に関し、(1) 原判決は昭和三三年九月以前に発症したことが確認されている胎児性C1病患者B8については、同人の母親は水俣湾で漁獲した魚介類を摂食していたものである 四) 所論は、前記1の認定事実に関し、(1) 原判決は昭和三三年九月以前に発症したことが確認されている胎児性C1病患者B8については、同人の母親は水俣湾で漁獲した魚介類を摂食していたものであるとするが、右は誤認であつて、熊本県経済部長作成の「水俣湾一円の漁獲について」と題する書面(当庁昭和五五年押第五号の二二三)にも明らかな如く、同女が昭和三一年一一月以降摂食した魚介類は、水俣湾以外の八代海で漁獲されたものと認むべきである。 (2) C1病認定患者名簿によれば、B10、B11が水俣川河口及びその以北地域において右排水経路変更前の昭和三二年ころ及び昭和三三年五月ころに発病した旨の記載があるのに、原判決は、右の記載はいずれも発病したとされる時期から一〇年以上も経過した時点での認定にかかるものであるのみならず、右両名がどの地域で獲れた魚介類をそれまで摂食していたのか全く不明であるから、右名簿記載のみをもつて、本件被害者両名が排水経路変更の結果発病したとの事実を否定することはできないとするのである。 しかし、原判決が前記の如く因果関係の存否を疫学的見地に立つて判断するために水俣川河口以北住民のC1病発病時期を取り上げた以上、C1病認定患者名簿に右両名がそれぞれ昭和三二年ころ及び昭和三三年五月ころ発病した旨の記載事実それ自体を、右の因果関係を否定すべき資料として取り上げなければ不当である。 のみならず、前記「水俣湾一円の漁獲について」と題する書面(当庁昭和五五年押第五号の二二三)にも現われているように、昭和三一年一一月から水俣湾内における漁獲の自主規制が行なわれた事実を考え合わせるならば、右両名は水俣湾外の八代海で漁獲された魚を摂食して発病したものと認めるべきである。 (3) また原判決は、B1の発症に関し、B12の検察官に対する供述調書 主規制が行なわれた事実を考え合わせるならば、右両名は水俣湾外の八代海で漁獲された魚を摂食して発病したものと認めるべきである。 (3) また原判決は、B1の発症に関し、B12の検察官に対する供述調書(二通)をもとに、B1の剖検記録(当庁昭和五五年押第五号の四〇五)に同人の発症が昭和三二年であるかのような記載がなされているのは、昭和三四年の誤記であることが明白であると説示するが、B12の右供述はB1の発症から二〇年近く経過した後のものであつて信用性がなく、むしろ右剖検記録こそ信用性を有するものであるというのである。 よつて、右各主張を検討するに、(a) 右(1)につき、所論援用の熊本県経済部長作成の「水俣湾一円の漁獲について」と題する書面によつては、昭和三三年八月二一日以前において、熊本県が水俣湾一円の想定危険海域内での操業、漁獲物の販売等を中止するよう勧告し、かつ水俣地区漁民も右操業禁止を自主的に申し合わせていたことを認めうるにとどまり、水俣地区以外の漁民が昭和三一年ころ水俣湾一円において魚介類を捕獲していたことを否定することはできない。しかして、原判決の挙示するB13の司法警察員に対する供述調書、B14の司法巡査に対する供述調書及び司法警察員作成の昭和五一年二月五日付捜査報告書、及び水俣川河口の八幡以北海域において昭和三三年までにC1病患者が発生していない前示事実を総合すれは、B13(昭和五年一二月二七日生)は昭和三一年にB14と婚姻し、c町に居住し夫の営む漁業の手伝をし、同年五月ころ長男富士夫を妊娠し、昭和三二年に同人を出産したが、右妊娠期間中夫が水俣湾及びこれに南隣する袋湾において捕獲した魚介類を毎日摂食していたことを肯認するに十分である。したがつて、所論(1)は当を得ないものである。 (b) 右(2)に関し、疫学的証 右妊娠期間中夫が水俣湾及びこれに南隣する袋湾において捕獲した魚介類を毎日摂食していたことを肯認するに十分である。したがつて、所論(1)は当を得ないものである。 (b) 右(2)に関し、疫学的証明といえども、その証明過程は個々の実質的な価値のある関係証拠を収集し、これらを総合して因果関係の存在を科学的に判定するものであつて、単なる形式的証拠により形式的判断をするものではない。ところで、所論援用のC1病認定患者名簿(当庁昭和五五年押第五号の三一六)には、決定番号、氏名、生年月日、性別、住所、発病年月日の各欄に区分した一覧表中に、それぞれ「84、B10、明治四二年一月七日生、男、芦北郡b町c2c3のc4、昭和三二年ころ」、「85、B11、昭和五年六月一八日生、女、同町c1c5、昭和三三年五月ころ」とのみ記載されているにすぎず、右各発病年月日をいかなる証拠資料により認定したかについては何らの付記もなされていないのであり、とくに、右名簿では、右両名がどの地域で捕獲された魚介類を摂食して、C1病に罹患したかは不明であり、また他に右記載の発病日時を支持すべき証拠もないのである。なお、「水俣湾一円の漁獲について」と題する前記書面によつて、水俣地区以外の漁民が昭和三一年一一月以降水俣湾一円において魚介類を捕獲していなかつたことを認定することのできないことは前叙のとおりである。そうすると、原判決がこれらの事実と前記1ないし7の事実とを考え合わせて、右C1病認定患者名簿の右両名に関する記載のみをもつて、B2及びB1の両名が排水経路変更の結果発病した事実を否定することはできないとしたのは相当であり、所論(2)を支持することはできない。 (c) 右主張(3)につき、なるほどB1の剖検記録(当庁昭和五五年押第五号の四〇五)をみると、同人は昭和三二年ころから ることはできないとしたのは相当であり、所論(2)を支持することはできない。 (c) 右主張(3)につき、なるほどB1の剖検記録(当庁昭和五五年押第五号の四〇五)をみると、同人は昭和三二年ころから手が震えるのに気づき、次第にこれが増強した旨の記載があるが、同記録中遺伝的関係の欄には、息子が昭和三二年一二月C1病で死亡した旨の記載も存するところ、右の各年次をいかなる証拠により認定したかについては何らの付記もなされず、実質的証明力は不明である。他方、B12(二通)及びB15(一通)の検察官に対する各供述調書によると、B12はB1の子で、B4の兄であり、B15はB4の妻であること、B1夫婦は息子のB4夫婦のほか一男二女と同居し、共同して漁業を営んでいたものであるが、右B4は昭和三四年六月ころから、右B1は同年夏ころから、いずれも目がかすんで手が震え、網の修理ができないような状態になり、右B4は同年九月C1病と診断され水俣市立病院に入院したが、同年一二月五日死亡し、右B1も同年一〇月右B4の入院していた同病院に入院してC1病の治療を受けたことが認められる。しかして、右の事実関係を総合すると、前記剖検記録中右B1がC1病様の症状を呈し始めた時期及び同人の息子(右B4)の死亡時期に関する記載はいずれも昭和三四年の誤記であることが明らかであるといわなければならない。所論(3)は理由がない。 (五) 所論は、前記2に関し、(1) 原判決は、A3工場排水の水銀含有量が百聞排水溝において〇・〇〇九ないし〇・〇二PPMであるのと、a排水=水俣川河口において昭和三四年七月当時〇・〇七ないし〇・〇九PPMであつたことを対比し、これを汚染度認定の一つの根拠としているのである。 しかし、右データーは百間排水溝に流出した水銀量に比べ、八幡海域に多量の水銀が流 三四年七月当時〇・〇七ないし〇・〇九PPMであつたことを対比し、これを汚染度認定の一つの根拠としているのである。 しかし、右データーは百間排水溝に流出した水銀量に比べ、八幡海域に多量の水銀が流出したことを示すものではない。すなわち、「A3工場の排水について」と題する書面(当庁昭和五五年押第五号の八三の一六頁)に現われているように、百間排水溝の排水量は工場冷却水も含め毎時三二〇〇ないし三五〇〇トソであるのに対し、a排水の排水量は毎時六〇〇トンであるから、海域に流出する水銀量は、百間港を経て水俣湾に排出していた時期とC2を経て水俣川河口へ排出していた時期とに変りはないのである。しかも、水俣湾に比べて水俣川河口海域は広大な不知火海であるので、その稀釈度が圧倒的に高いことを考え合わせると、水俣川河口に排出されたメチル水銀によつてC1病が発生するとは到底考えられないところである。 (2) 原判決は、昭和三四年一〇月当時の海水中のトータル水銀含有量が、水俣湾のうち百間港が〇・三ないし〇・七r/rと高いけれども、その他の個所は〇・〇ないし〇・四r/rと比較的低く、水俣湾以外では水俣川河口が〇・一ないし一・一r/lと高く、津奈木沖も〇・二ないし〇・九四r/rと高いことをあげている。 しかし、右データーはごく限られた時点のごく限られた地点における分析値にすぎないのであるから、これをもつて当時の水俣川河口以北海域一帯におけるメチル水銀の具体的な拡散状況を示しているものとすることはできない。のみならず、水俣川河口及びそれ以北海域の水銀分析値は、いずれも昭和三四年に行なわれたものであり、昭和三三年九月以前の同分析値は存在しないのであるから、右分析値と排水経路変更前のそれとを比較すべくもない。したがつて、右の事実をもつて排水経路変更後水俣川河口及びその 四年に行なわれたものであり、昭和三三年九月以前の同分析値は存在しないのであるから、右分析値と排水経路変更前のそれとを比較すべくもない。したがつて、右の事実をもつて排水経路変更後水俣川河口及びその以北海域の汚染が高まつた徴憑とすることはできない。 (3) 原判決は、水俣川河口で採取したあさり貝は水俣湾内のヒバリガイモドキに劣らぬ多量の水銀を含有していたことをも徴憑の一つとしてあげている。 しかし、あさり貝は泥土中に棲息するのに対してヒバリガイモドキは海の岩などに吸着しているものであつて、しかも、水俣湾の海水中の水銀含有量より水俣川河口付近の泥土中の水銀量が多量であることは原判決の自認するところであるから、右事実によつて前記徴憑とすることはできないというのである。 そこで、これらの主張につき案ずべきところ、(a) 右(1)に関し所論は、原判決挙示(一二七頁)のA3工場排水の水銀分析結果表を正しく引用しないものである。すなわち、原判決は右の表において、百間排水溝の排水中の水銀含有量(単位PPM。以下同じ。)は、昭和三二年二月一日に〇・〇二であつたものが、昭和三四年七月六日には〇・〇一、同年一一月七日には〇・〇〇九と減少しているのに反し、a排水中の水銀含有量は、昭和三三年七月六日(原判決が「昭和三二年七月二八日」としているのは「同月六日」の誤記と認める。)に〇・〇〇であつたものが、昭和三四年七月一日ないし同月三日には〇・〇七ないし〇・〇九と激増していることを示し、両地域における排水の水銀含有量の時間的変動を対比しているものであつて、所論のように時間的経過を度外視して一括記載をしているものではない。したがつて、右の分析結果表をもつて汚染度認定の一資料としても、これを不当とすることはできない。また、所論引用のA3工場作成にかかる「A3 うに時間的経過を度外視して一括記載をしているものではない。したがつて、右の分析結果表をもつて汚染度認定の一資料としても、これを不当とすることはできない。また、所論引用のA3工場作成にかかる「A3工場の排水について」と題する書面によつても、百間排水溝の排水とa排水とを対比して記載しているのは、昭和三四年七月六日当時に、前者が水量三二〇〇㎡/H、水銀含有量〇・〇一㎎/r、後者が水量六〇〇㎡/H、水銀含有量〇・〇八㎎/rであるとする部分のみである。したがつて、右記載部分だけによつて前記2の事実を否定することはできない。所論(1)は失当である。 (b) 右(2)に関しては、なるほど原判決がその説示(一二七頁八行目以下一二八頁二行目まで)において指摘するところは、昭和三四年一〇月当時における水俣湾内並びに水俣川河口五か所、津奈木沖三か所の海水中のトータル水銀含有量にすぎないものであるけれども、しかし右事実はそれ自体で、他の間接事実とは別個独立の間接事実たりうるものであり、その余の間接事実と相まつて前記因果関係の存否の判断に資するものであることは否定できない。所論(2)に同調することはできない。 (c) 右(3)に関していえば、なるほどE5作成の「C1病の経過と当面の問題点」と題する書面(当庁昭和五五年押第五号の三五五中文献番号一八五)によれば、同一地域の、同一時期において、あさり貝中の水銀含有量はヒバリガイモドキのそれの約三倍を示したが、その原因は前者が土の中に棲息するのに対し、後者は岩の上に付着しているためであることが認められる。しかし他方、E6作成の「C1病原因物質の有毒化の経路、とくに、魚介中水銀化合物の蓄積に関する研究」と題する書面(同号の三五五中文献番号一六二)によれば、水俣湾の泥土を入れた海水中で二〇日間飼育したあさり貝の水銀 作成の「C1病原因物質の有毒化の経路、とくに、魚介中水銀化合物の蓄積に関する研究」と題する書面(同号の三五五中文献番号一六二)によれば、水俣湾の泥土を入れた海水中で二〇日間飼育したあさり貝の水銀含有量は約二PPMにすぎなかつたのに対し、対照地区のかきを水俣湾に二〇日間吊して飼育したところ、その水銀含有量は約五OPPMに達したことが認められ、このことなどから、魚介類が海底泥土中に沈積した水銀化合物を吸収することはなく、むしろ、排出された水銀化合物が海水に溶解して魚介類の食餌であるプランクトンを通して魚介類に吸収されるか、あるいは直接魚介類に吸収されるものと認められる。右の事実のほか、原判決が図示(一二八頁)において摘記するとおり、昭和三四年当時水俣川河口付近の泥土中の水銀量が水俣湾内の海底泥土中のそれの三〇分の一以下であつたことを考え合わせると、原判決の摘示する当該事実が前示汚染度認定の積極的な間接事実の一つとなりうるものというべきであつて、所論(3)にも左袒することはできない。 (六) 所論は、前記4に関し、B1は普通型C1病の重症型であり、B7及びB2は胎児性C1病であるのに、B3らは急性激症型のC1病であるから、急性激症型の同人らとほぼ同時期に発症しているということだけで、右B1自身やB7及びB2の母親が発症に接する比較的短期間内に摂食した汚染魚介類を介して体内に蓄積した塩化メチル水銀によつて、右の者らが発症するに至つたものと認定することはできない、というのである。 しかしながら、原判決の挙示する関係証拠に現われるように、B1はb町c2において息子のB4と同居し共同して漁業を営んでいたところ、右B4が昭和三四年六月ころC1病に罹患したのに引き続き、同年夏ころ普通型ではあるが重症型のC1病に罹患し、右B4は同年一二月五日に死亡し において息子のB4と同居し共同して漁業を営んでいたところ、右B4が昭和三四年六月ころC1病に罹患したのに引き続き、同年夏ころ普通型ではあるが重症型のC1病に罹患し、右B4は同年一二月五日に死亡したこと、B7は昭和三四年九月一二日にc6大字c7において出生した当時胎児性C1病に罹患していたものであるが、右B7の祖父B5は同年一一月二七日に急性激症型C1病で死亡したこと、B2は昭和三五年八月二八日にb町c1において出生した当時胎児性C1病に罹患していたものであるが、同人の姉二人は昭和三一年四月八日、昭和三三年九月一四日にそれぞれ同所で出生しながら胎児性C1病に罹患していなかつたこと、その他原判決の挙示する前記1ないし7の事実を総合すると、B1、B7及びB2はそれぞれ発症に接する比較的短期間内に自ら又は母親の摂食した汚染魚介類を介して体内に蓄積した塩化メチル水銀によつて発症するに至つたものと認めることができるので、所論は採用できない。 (七) 所論は、前記6及び7に関し、原判決がその説示(一三三頁)に引用するE5教授の論文(当庁昭和五五年押第五号の三五五)において「昭和四三年五月までは恐らく旧C2から洩れた水銀含有水が水俣川河口を汚染した」とされているのは、大雨など緊急事態発生の場合、排水路をオーバーしたり、プールの安全保持のため排水を海域へ放出したり、排出管理の不手際から排水を海域へ流出させたことなとを指しているにすぎず、他面、右E5教室の研究員であつたE6は、同人作成の鑑定書において昭和三四年一〇月の前記逆送方式実施以後メチル水銀は工場外には排出されなかつたと推定しているのであつて、昭和三四年一〇月末以降もC2に貯水されていたアセトアルデヒド排水が相当量地下に惨透し、地下水等と一緒になり、水俣川河口海域に流出していたことを認めるにた は排出されなかつたと推定しているのであつて、昭和三四年一〇月末以降もC2に貯水されていたアセトアルデヒド排水が相当量地下に惨透し、地下水等と一緒になり、水俣川河口海域に流出していたことを認めるにたりる具体的証拠はない、というのである。 よつて検討するに、所論援用のE5教授の論文が「アセトアルデヒドの生産を停止した昭和四三年五月以降は貝中の水銀量は著明に減少した。塩化ビニール系統の排水も同年三月新しくできたC2に蓄えられ、現在まで海へ流されていないため、現在では水俣湾海水の新たな水銀汚染の機会はない。また、水俣川河口のc8海岸のあさりの水銀は昭和四三年三月まで五PPM前後、時に一OPPMの水銀が含まれていたが、昭和四三年六月以降はこれも急激に減少し、同年八月には一PPM以下となつている。おそらく旧C2から洩れた水銀含有水が水俣川河口を汚染したためと考えられ、新プールができてから水俣川方面への水銀の排水が殆どなくなつたと考えられる。」と述べていることは所論指摘のとおりであるが、しかし右の「旧C2から洩れた」との記載を所論のように緊急事態発生の場合のオーバーフロー等のみに限定して解すべき理由は認められない。のみならず、D1大学D2部D3教室(主任E5教授)の研究員であつた原審証人E6の供述記載(同供述当時同人はD4大学助教授)によれば、同人作成の鑑定書において「昭和三四年一〇月及び一一月は酢酸プールが完成し、これを通過した排水はC2に送られ、その上澄水はアセチレン発生施設に逆送されたので、この期間中はメチル水銀は工場外には排水されなかつたと推定される」としたのは、A3工場から海域に排出されたメチル水銀量を算定するにあたり、アセトアルデヒド排水がC2から八幡沖に流出されていた間におけるメチル水銀の流出に関しては地下滲透も考慮したが、昭和三四 れる」としたのは、A3工場から海域に排出されたメチル水銀量を算定するにあたり、アセトアルデヒド排水がC2から八幡沖に流出されていた間におけるメチル水銀の流出に関しては地下滲透も考慮したが、昭和三四年一〇月から同年一一月までの間は計算の便宜上地下滲透はしないものと仮定したにすぎないものであつて、昭和三四年一〇月以降もメチル水銀がC2から地下滲透により水俣川河口海域に相当流出していたことを否定することはできないことが明らかである。その他所論指摘の諸点を検討しても右の原審認定事実を覆えすに足らないので、所論は採用するに由ないものである。 以上のとおりであるから、所論において本件因果関係を否定すべき事由として主張するところはすべて排斥を免れない。 翻つて、原判決の因果関係に関する認定自体の当否を検討するに、原判決の挙示する関係証拠によれば、C1病は塩化メチル水銀化合物により汚染された魚介類を摂食することによつて起こる中毒性中枢神経系疾患であり、熊本県において発生したC1病はA3工場のアセトアルデヒド製造設備内で副生された塩化メチル水銀が同工場の排水に含まれて排出され、水俣湾等の海中の魚介類を汚染し、その体内で濃縮された塩化メチル水銀を保有する魚介類を地域住民が継続して多量に摂食したことによつて発生したものであること、昭和三三年九月排水経路が水俣川河口海域に変更される以前に、A3工場が工場廃水を排出していた水俣湾及びこれと南接する袋湾は、いずれも湖水のような内海の一小湾で、干満の差は著明であるが、この海域の潮の主流は満潮時に北流し、水俣湾ではこれがa3南部から北東に流入し、南西に向かつて流出するとはいえ、あたかも池の如く、海水は湾内に停滞する状況であること、ところで、水俣湾付近地域においては昭和二八年から昭和三三年までの間に合計八 これがa3南部から北東に流入し、南西に向かつて流出するとはいえ、あたかも池の如く、海水は湾内に停滞する状況であること、ところで、水俣湾付近地域においては昭和二八年から昭和三三年までの間に合計八八名に達するC1病患者が発生していたのに対し、水俣川河口の八幡以北地域においては昭和三三年までは一人のC1病患者も発生していなかつた(もつとも、昭和三二年にc町においてB8が胎児性C1病に罹患しているが、同人の母は当時C1病で漁獲された魚介類を摂食していたことが明らかであるから、本件の因果関係の存否を判断するにあたつては、これを考慮の外に置くこととする。)のに対し、昭和三四年には一二名のC1病患者が発生していること、なお、B2の母B9はb町c1の生れで昭和三〇年一一月に結婚してからも同地に居住し、水俣川河口以北海域で捕獲された魚介類を継続して多量に摂食し、昭和三一年四月八日に長女を、昭和三三年九月一四日に二女を、昭和三五年八月二八日に右B2をそれぞれ出産したものであるが、右長女及び二女はいずれも胎児性C1病に罹患していなかつたのに対し、右B2は右B9がこれを受胎した昭和三四年一一月から右魚介類を介して摂取した塩化メチル水銀により胎児性C1病に罹患したことが認められ、その他、前記1ないし7の事実も所論に関連して吟味したとおりであつて、いずれも否定できないものである。 しかして、右の事実関係を総合すると、本件公訴事実記載の被害者らは、A3工場が昭和三三年九月初旬にアセトアルデヒド製造工程において副生した塩化メチル水銀を含有する廃水の排水経路を変更した後から昭和三五年六月末ころまでの間に、右廃水をC2を経て直接あるいは地下滲透水として濾出させて水俣川河口海域に排出せしめた被告人両名の業務上の過失行為により、C1病(B2及びB7においては胎児性C から昭和三五年六月末ころまでの間に、右廃水をC2を経て直接あるいは地下滲透水として濾出させて水俣川河口海域に排出せしめた被告人両名の業務上の過失行為により、C1病(B2及びB7においては胎児性C1病)に罹患したことを肯認するに十分である。 なお、証人E7の当審公判廷における供述は、立証趣旨を熊本県知事E8作成の「昭和五四年(う)第三九八号被告人A2外一名に対する業務上過失致死傷被告事件について(回答)」と題する書面の作成経緯とするものにすぎず、同回答書に記載されたC1病認定患者の発症年月日等については伝聞供述となるものであるから、これによつて右認定を左右することはできず、その他記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討しても、所論の如き事実誤認を発見することはできない。論旨は理由がない。 控訴趣意第五点(予見可能性に関する事実誤認及び法令適用の誤り)について所論は要するに、原判決は、過失犯の構成要件的結果発生の予見が可能であるというのは、当該行為と結果発生との間の基本的な因果の経過が予見可能であればたりるのであつて、A3工場の工場排水中に含有する工場原料・製品・設備等から排出される何らかの化学物質がC1病の原因となつており、このような工場排水が流出する周辺海域で捕獲した魚介類を摂食することによつて、C1病が発症するものであることを予見できれば十分であるとし、また、C1病の激甚な症状にかんがみ、妊婦が同じような魚介類を摂食することによつて、その胎児も障害を受けて出生し、死に至る場合もあることは当然に予測できるところであるから、胎児性C1病患者であつたB2の致死の結果についても予見できたものと認定するのであるが、右はいずれも事実を誤認した結果であるか、又は内容の特定しない一般的抽象的な危惧感ないし不安感を抱いたことをもつて、過 病患者であつたB2の致死の結果についても予見できたものと認定するのであるが、右はいずれも事実を誤認した結果であるか、又は内容の特定しない一般的抽象的な危惧感ないし不安感を抱いたことをもつて、過失犯の要件である結果の予見可能性を充足するものと解したことに因るものである。しかしながら、本件において予見可能性を肯定するためには、一定の脳症状を呈する特定の化学物質が工場排水中に含有されていることを予見しえたことを要するところ、当時その予見可能性はなかつたものである。仮に、成人C1病の発生について予見可能性があつたとしても、当時判明していたC1病はいずれも成人C1病のみであつて、胎児性C1病については、その存在そのものが判明していなかつたのであるから、胎児性C1病についての予見可能性が存在する筈もない。原判決は予見可能性を誤解し又はこれに関する事実を誤認し、刑法二一一条の解釈適用を誤つたものであり、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。 そこで、所論にかんがみ右の予見可能性の有無につき検討すべきところ、先ず、所論指摘の過失犯とりわけ業務上過失致死傷罪の注意義務における結果発生の予見可能性そのものの<要旨第四>概念内容を考察するに、先きにいわゆる構造型過失犯においても、右の予見の対象に関し内容的に特定しない</要旨第四>一般的又は抽象的な危惧感ないし不安感を抱くだけでは足りないものである。このことは所論指摘のとおりであるが、しかし、行為者が特定の構成要件的結果及び当該結果の発生に至る因果関係の基本的部分に関する実質的予見を有すること、これを構造型過失犯に属すべき条件に即していえば、人がA3工場の排水中に含有される有毒物質により汚染された魚介類を摂食することによつて、C1病に罹患し、死傷の結果を受けるおそれのあ 見を有すること、これを構造型過失犯に属すべき条件に即していえば、人がA3工場の排水中に含有される有毒物質により汚染された魚介類を摂食することによつて、C1病に罹患し、死傷の結果を受けるおそれのあることの予見があれば、業務上過失致死傷罪の注意義務構成の予見可能性として欠くるところはなく、所論のようにその有毒物質が一定の脳症状を呈する特定の化学物質であることの予見までも要するものではない。けだし、右の程度の予見可能性がある以上、C1病罹患に因る死傷の結果を防止する措置として、かかる工場廃水を企業施設外に排出すべきでないことを十分認識することができ、いわゆる結果回避義務の前提として不足はないからである。 ところで、原判決の挙示する関係証拠によれば、原判決が第一の七の罪となるべき事実及び第四の五の項において摘示せる予見可能性の前提たるべき諸事実、とりわけ、昭和三三年六月二四日参議院社会労働委員会において厚生省公衆衛生局E9環境衛生部長が、C1病はある種の化学物質である金属により汚染された魚介類を摂食することによつて生ずる脳症を起こす中毒であり、その原因物質の発生源はA3工場の排水であることは確定されておる旨説明していたこと、同年七月七日付で厚生省公衆衛生局長が態本県知事等関係行政機関に対し「態本県水俣市に発生したいわゆるC1病の研究成果及びその対策について」と題する文書を発信して、これまでの研究成果によりA1株式会社A3工場の廃棄物が水俣湾の港湾泥土を汚染していること、及びC1病は同港湾生棲魚介類ないしは廻遊魚類が右の廃棄物に含有されている化学毒物と同種のものによつて有毒化し、これを多量摂食することによつて発症するものであることが推定されることを指摘していたこと、C1病患者発生地域付近の特殊な環境要因として右港湾汚染の原因となる 化学毒物と同種のものによつて有毒化し、これを多量摂食することによつて発症するものであることが推定されることを指摘していたこと、C1病患者発生地域付近の特殊な環境要因として右港湾汚染の原因となる可能性をもつものとしては、A3工場のほかには、a4地区の水俣市立屠殺場の廃液、a5地区の海中の湧水、及びかつてa6地区にあつたC6やC7などの終戦処理などがあけられるが、右屠殺場はa4海岸の小丘にあり廃液は直下の海中に放出され、a5地区の海中の湧水は湧水状況に近年変化はなく、a6地区にあつたC6、C7などの弾薬等が付近海中に投棄されたこともなかつたため、それらが右港湾汚染の原因となる可能性はすべて否定されていたこと、被告人A4は前叙のとおり昭和三二年一月一日から昭和三五年五月三一日までの間A3工場工場長(昭和三二年五月三〇日向工場担当取締役に就任)として同工場の業務全般を処理し、同工場の操業及びこれに伴う危害発生の防止等の業務に従事していたものであるが、前記の昭和三三年六月二四日の参議院社会労働委員会会議録をそのころ読み、また、厚生省公衆衛生局長が同年七月七日付で作成した前記文書をそのころ厚生省庶務部長より送付を受けたこと、被告人A2も前叙のとおり昭和三三年一月八日から昭和三九年一一月三〇日までの間A1株式会社の代表取締役社長として同会社の業務全般を総理し、A3工場の担当取締役兼同工場長を直接指揮監督し、同工場の操業及びこれに伴う危害発生の防止等の業務に従事していたものであるが、昭和三三年六月二五日のC8新聞の記事により右参議院社会労働委員会において厚生省公衆衛生局長E9環境衛生部長がなした前記説明を知り、同年七月九日の右新聞及び同年七月一六日のC9新聞により厚生省公衆衛生局長がC1病の原因はA3工場の廃棄物であると発表したことを知つ おいて厚生省公衆衛生局長E9環境衛生部長がなした前記説明を知り、同年七月九日の右新聞及び同年七月一六日のC9新聞により厚生省公衆衛生局長がC1病の原因はA3工場の廃棄物であると発表したことを知つたこと以上の各事実が認められ、これらの事実関係に現われる予見義務の前提たるべき関係状況をみるに、被告人A2及び同A4はいずれも昭和三三年七月中旬までに、同年六月二四日の参議院社会労働委員会において厚生省公衆衛生局環境衛生部長が、また、同年七月七日付で厚生省公衆衛生局長がそれぞれ、C1病はA3工場の廃棄物中に含有されるある種の化学物質により汚染された魚介類を摂食することによつて生ずることが確定又は推定される旨指摘していることを知つたのであるから、本件過失行為の始つた昭和三三年八月ないし同年九月初旬当時、A3工場の排水経路を水俣川河口海域に変更することに因り、河口住民をして右排水中に含有される有毒物質により新たに汚染された魚介類を摂食することからC1病に羅患させ、死傷の結果を生ぜしめるおそれのあることを予見することが十分できたものといわなければならない。 次に、所論は、当時判明していたC1病はすべて成人C1病のみであつたから、胎児性C1病についての予見可能性を有する筈がないというのである。 なるほど、当時において胎児性C1病なるものが判明していたとはいえないことは、所論指摘のとおりであるけれども、しかし、原判決が第一の四において詳述するようなC1病の激甚な症状にかんがみ、かつ右の罹患は有毒物の直接使用によるものではなく、汚染魚介類の摂食を介して発生するものであることを知る限り、同じような作用により、右の汚染魚介類を摂食せる妊婦を介してその胎児が障害を受けるであろうことは、誰にでも容易に推知できるところであると同時に、出生しても、C1病のた するものであることを知る限り、同じような作用により、右の汚染魚介類を摂食せる妊婦を介してその胎児が障害を受けるであろうことは、誰にでも容易に推知できるところであると同時に、出生しても、C1病のため死に至る場合もあろうことも当然に予見することができるものと認められ、被告人A2、同A4の当審公判廷における各供述中右認定に反する部分はいずれも措信することができない。 なお、B2が人として傷害を受けて死亡するに至つたものと認めることの可否につき、原説示のほか一言付加するに、被告人らの本件業務上過失排水行為はB2が胎生八か月となるまでに終つたものではなく、とくに、その侵害は発病可能な右時点を過ぎ、いわゆる一部露出の時点まで、継続的に母体を介して及んでいたものと認められる。そうすると、一部露出の時点まで包括的に加害が認められる限り、もはや人に対する過失傷害として欠くるところがないので、右傷害に基づき死亡した同人に対する業務上過失致死罪を是認することも可能である。 以上のとおりであるから、原判決の事実認定に誤りはなく、その他記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討しても、所論の如き事実誤認や刑法二一一条の解釈適用の誤りを発見することはできない。論旨はいずれも理由がない。 そこで、刑訴法三九六条に則り本件各控訴をいずれも棄却することとし、なお当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文、一八二条に従い被告人両名の連帯負担とする。 よつて、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官平田勝雅裁判官吉永忠裁判官池田憲義)
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