平成24年2月23日判決言渡平成21年(行ウ)第337号休業補償給付不支給処分取消請求事件 主文 1 木更津労働基準監督署長が原告に対して平成19年8月24日付けでした労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求主文と同旨第2 事案の概要 1 原告は,処分行政庁(木更津労働基準監督署長)に対し,原告に発症した原発性肺がん(以下「本件疾病」という。)が業務に起因するものであるとして,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき,休業補償給付を請求したところ,処分行政庁は同給付を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。 本件は,原告が,被告に対し,本件処分の取消しを求めた事案である。 2 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(1) 当事者原告(昭和▲年▲月▲日生)は,昭和47年4月から平成8年10月まで,千葉県君津市<以下略>所在のA株式会社(以下「本件会社」という。)のB製鐵所で勤務していた者であり,上記勤務期間のうち,少なくとも,昭和48年2月から昭和53年3月までの約5年2か月間,昭和55年4 月から昭和61年6月までの約6年3か月間の合計約11年5か月間,石綿取扱業務に従事し,クリソタイルを中心とする石綿粉じんにばく露した。 (2) 本件疾病とその治療等原告は,本件会社を退社した後の平成15年10月17日,C病院(以下「本件病院」という。)において右肺上葉にがん(本件疾病)が認められたため,同月21日に本件病院に入院 件疾病とその治療等原告は,本件会社を退社した後の平成15年10月17日,C病院(以下「本件病院」という。)において右肺上葉にがん(本件疾病)が認められたため,同月21日に本件病院に入院し,同月28日に右肺上葉切除の手術を受け,同年11月14日に退院した。 (3) 石綿の定義等(甲A1)ア石綿は,昔から産業界で使われてきたいくつかの繊維状鉱物の総称であり,石綿障害予防規則(平成17年厚生労働省令第21号)の施行通達(平成18年厚生労働省基発第0811002号「労働安全衛生法施行令の一部を改正する政令及び石綿障害予防規則等の一部を改正する省令の施行等について」)によれば,「石綿とは繊維状を呈しているアクチノライト、アモサイト(茶石綿)、アンソフィライト、クリソタイル(白石綿)、クロシドライト(青石綿)及びトレモライト」と定義されている。 イ石綿は,蛇紋石族石綿と角閃石族石綿(アンフィボル)に大別されるが,上記アのうち,クリソタイル(白石綿)は蛇紋石族石綿に分類され,これまで世界で使われた石綿の9割以上を占めている。これに対し,角閃石族石綿には5種類あるが,このうち,大量に使用された石綿は,アモサイト,クロシドライトである。 ウわが国の石綿輸入量は1950年(昭和25年)以降増加の一途をたどり,1974年(昭和49年)には35万2000トンに達したが,その後,増減を繰り返しながら徐々に減少した。1986年(昭和61年)にILOの石綿管理条約が締結され,アモサイトとクロシドライトは使用禁止となり,クリソタイルは安全使用が可能とされた。1995 年(平成7年)にはクリソタイル以外の石綿の輸入・使用が禁止されたが,その後,クリソタイルも,2005年(平成17年)9月にわが国の石綿使用がほぼ全面 ソタイルは安全使用が可能とされた。1995 年(平成7年)にはクリソタイル以外の石綿の輸入・使用が禁止されたが,その後,クリソタイルも,2005年(平成17年)9月にわが国の石綿使用がほぼ全面禁止になったために使用されなくなった。クリソタイルは,それまで国内で使用された石綿の中でも圧倒的に使用量が多く,スレート,ボードなどの建材や,紡織品にも用いられてきている。 エ石綿小体とは,肺に残った石綿繊維を核として,体内の鉄質蛋白が付着して形成される茶色の鉄あれい状,団子状,ビーズ状などの形をした小体である。 オ石綿小体の核としては,アモサイトとクロシドライトが最も頻繁に確認されるが,クリソタイルを核とする石綿小体は,その使用量の高さに反してまれにしか確認されない。これは,クリソタイルが,アモサイトやクロシドライト,トレモライトといった角閃石族石綿に比べて,体内で消失(生体液の作用による溶解と,マクロファージによる運搬排出の両作用による消失)しやすく,その表面がプラスに帯電しているために鉄蛋白を吸着し難いなどの性質から石綿小体を形成し難いからと考えられている(クリソタイルは,角閃石族の石綿よりも,クリアランス(消失)速度が速いという特徴を有する。)。このことは,石綿繊維についても同様であって,クリソタイルは,クロシドライトやアモサイトと異なり,肺内に入っても活発に他に移動することが分かっている。 このため,肺内で確認されるクリソタイルの石綿小体及び石綿繊維の数量は,アモサイトやクロシドライト等の肺内量がその作業者の石綿ばく露量をほぼ正確に示すのとは異なり,必ずしも実際の累積ばく露量を示すものではない。すなわち,石綿小体及び石綿繊維の数量の計数による石綿ばく露の評価方法は,クリソタイルばく露の評価としては限界 綿ばく露量をほぼ正確に示すのとは異なり,必ずしも実際の累積ばく露量を示すものではない。すなわち,石綿小体及び石綿繊維の数量の計数による石綿ばく露の評価方法は,クリソタイルばく露の評価としては限界があると考えられる。そうすると,クリソタイルだけを取り扱ってクリソタイルにばく露した労働者がクリソタイルばく露によって肺がん(原発性 肺がん。以下,これを単に「肺がん」ともいう。)を引き起こしたとしても,肺内石綿小体及び石綿繊維の濃度はそう高くないことも予想される。 (4) 石綿ばく露作業従事者に対する肺がんの業務起因性の判断基準等ア労災保険法及び労働基準法等の規定(ア) 労災保険法12条の8第2項は,同第1項各号所定の業務災害による保険給付(本件で請求されている休業補償給付は同項第2号)について,労働基準法(以下「労基法」という。)75条等に規定する災害補償の事由が生じた場合,すなわち,当該疾病の発生に業務起因性が認められる場合にこれを支給すべきこととする旨規定する。そして,労基法75条2項は「業務上の疾病及び療養の範囲は,厚生労働省令で定める。」と定めている。 (イ) 労基法施行規則35条は,業務上の疾病として,同施行規則別表第1の2に掲げる疾病をもって業務上の疾病とする旨規定しており,同別表第1の2第7号は,「がん原性物質若しくはがん原性因子又はがん原性工程における業務による次に掲げる疾病」を定め,同号の7は「石綿にさらされる業務による肺がん又は中皮腫」を定めている。 イ石綿ばく露と肺がんの関係石綿ばく露量と肺がんの発症率との間には,石綿累積ばく露量が増えれば発症リスクが高まるという直線的な量-反応関係があることが判明している。 しかし,肺がんは,石綿に特異的な 石綿ばく露量と肺がんの発症率との間には,石綿累積ばく露量が増えれば発症リスクが高まるという直線的な量-反応関係があることが判明している。 しかし,肺がんは,石綿に特異的な疾患である中皮腫とは異なり,喫煙等,石綿以外に発症原因が存在するものの,石綿以外の原因による肺がんを医学的に区別できないことから,疫学的因果関係論の観点から,肺がん発症の相対リスクが2倍以上,すなわち,発症の寄与度割合を50パーセント以上に高める石綿ばく露があった場合には,当該肺がんが石 綿に起因するものとみなすという考え方が合理的とされている(寄与危険度割合は,ある要因と健康障害との因果関係の程度を表現する疫学指標として一般的に用いられる。寄与危険度割合は{(相対リスク-1/相対リスク)}×100で計算される。)。 後記ウのヘルシンキ基準は,この考え方に基づいて,肺がん発症の相対リスク2倍以上となる場合について指標を示したものである。また,後記エの平成18年検討報告書及び後記オ(イ)cの平成18年肺がん認定基準も,上記の考え方に基づくものである。 ウヘルシンキクライテリア(甲A9の2,10の2,甲A23)(ア) 1997年(平成9年)1月,ヘルシンキで石綿産出国以外の8か国から19人の専門家が参加して国際会議が開かれ,石綿関連疾患の診断と評価の最新の基準の合意が得られた。このうち,石綿肺がんについては,石綿肺合併肺がんを除くと,肺がん発症の相対危険度が2倍以上となる場合について以下のような指標を示した(以下「ヘルシンキ基準」という。なお,D学会(2000)等は,石綿の許容濃度を提案するに当たり,石綿ばく露濃度(本/ml)とばく露年数(年)を掛けた値(本/ml×年)と肺がん発症率の間に比例関係があるとする ンキ基準」という。なお,D学会(2000)等は,石綿の許容濃度を提案するに当たり,石綿ばく露濃度(本/ml)とばく露年数(年)を掛けた値(本/ml×年)と肺がん発症率の間に比例関係があるとするモデルを採用している。)。 「 肺組織の石綿繊維及び石綿小体の分析は,職業歴の補足的データを提供してくれる。臨床目的では,以下のガイドラインが,職業での石綿粉塵曝露が高い可能性の人物である事を確定するために,推奨される。 専門の実験室の電子顕微鏡で測定し,5μm以上の角閃石石綿繊維が肺乾燥重量1g当たり10万本以上の場合,若しくは1μm以上の角閃石石綿繊維が肺乾燥重量1g当たり100万本以上の場合。若しくは,専門の実験室で光学顕微鏡で測定し,肺乾燥重 量1g当たり1000本以上の石綿小体(肺湿重量1g当たり100本以上)の場合,若しくは気管支肺胞洗浄液1ml 中1本以上の石綿小体の場合。それぞれの実験室では,実験室独自の参照値を設定すべきである。職業性石綿曝露集団の中央値は,十分参照値以上でなくてはならない。異なった実験室での肺内沈着繊維分析の方法を,分析し標準化する努力が推奨される。」「1年の高濃度石綿曝露(石綿製品製造,石綿吹き付け,石綿製品の断熱作業,古い建築物の解体)及び5-10年の中等度石綿曝露(建築や造船)は,肺癌の危険度を2倍以上とする。極めて高濃度の石綿曝露の環境において,1年未満の期間でも,肺癌の危険度は2倍以上となる。」「肺癌の相対危険度は,累積曝露量(石綿繊維数×曝露年数)が増加する毎に,すなわち,1立方cm 中の石綿繊維数×曝露年数が増加する毎に,0.5-4パーセント増加する。この範囲の上限を用いると,25繊維×年数の累積曝露量は,肺癌の危険度を2倍に 曝露年数)が増加する毎に,すなわち,1立方cm 中の石綿繊維数×曝露年数が増加する毎に,0.5-4パーセント増加する。この範囲の上限を用いると,25繊維×年数の累積曝露量は,肺癌の危険度を2倍にすると予測される。臨床的な石綿肺の症例も,ほぼ同等の累積曝露量で起きる。」「 2倍の肺癌の危険度は,5μm以上のアンフィボル繊維が乾燥肺組織重量1g当たり2百万本分,1μm以上のアンフィボル繊維が乾燥肺組織重量1g当たり5百万本分,の貯留と相当する。この肺内繊維濃度は,乾燥肺組織重量1g当たりほぼ5千から1万5千の石綿小体,気管支肺胞洗浄液1ml 当たり5-15本の石綿小体に,匹敵する。乾燥肺組織重量1g当たりの石綿小体が1万以下の場合には,電子顕微鏡での繊維分析が推奨される。」「クリソタイル繊維は,クリアランス速度が速いため,アンフィボル繊維と同程度には肺組織内に蓄積されない。ゆえに,肺内繊維分 析よりも職歴(繊維数×曝露年数)の聴取がクリソタイルによる肺癌の危険度の良い指標となる。」「肺ガンとの関係を明らかにするために,すべての曝露基準が満たされている必要はない。そうした例として,以下のような場合が考えられる。 (1) 明確な職業性曝露歴があり,肺内繊維数は少量(クリソタイルの長期曝露か,最終曝露から肺内鉱物学的分析まで長期の期間がある時)(2) 肺内や気管支肺胞洗浄液中に高濃度の繊維数が検出されるが,職歴が不確かか長期の曝露がない場合(短期曝露が高濃度である時)石綿曝露が極めて低濃度である場合,肺癌の危険は検出できないぐらい低いものである。」(イ) すなわち,ヘルシンキ基準は,肺がん発症の寄与危険度割合が50パーセント, )石綿曝露が極めて低濃度である場合,肺癌の危険は検出できないぐらい低いものである。」(イ) すなわち,ヘルシンキ基準は,肺がん発症の寄与危険度割合が50パーセント,相対リスクが2倍となる石綿ばく露量がどの程度になるかについて次のいずれかを満たせば足りる指標を示した。 ① 1年の高濃度ばく露,5~10年の中等度ばく露② 1立方cm 中25石綿繊維×年数の累積ばく露量(石綿繊維25本/ml×年の石綿ばく露)③ 乾燥肺組織重量(以下「乾燥肺重量」又は「乾燥肺」と表記することがある。)1g当たり200万本以上の5μm以上の角閃石繊維(アンフィボル)か,1g当たり500万本以上の1μm以上の角閃石繊維の貯留④ 乾燥肺組織重量1g当たりの石綿小体5000~1万5000本(ただし,必ずしもクリソタイルによる肺がん発症の危険度の良い指標となるものではない。) ⑤ 気管支肺胞洗浄液1ml 中の石綿小体5~15本(ただし,必ずしもクリソタイルによる肺がん発症の危険度の良い指標となるものではない。)エ 「石綿による健康被害に係る医学的判断に関する考え方」報告書(甲A6)(ア) 環境省及び厚生労働省は「石綿による健康被害に係る医学的判断に関する検討会」を設置した。同検討会は,石綿工場周辺の住民等,職業ばく露に比較して低レベルのばく露の影響を検討し,また,後記オ(イ)の平成15年肺がん認定基準について,新たに累積ばく露量と肺がん発症の関係等の医学的知見から基準の再検討を行い,平成18年2月,報告書を作成した(以下「平成18年検討報告書」という。)。 (イ) 平成18年検討報告書には,以下のような記載がある。 「石 医学的知見から基準の再検討を行い,平成18年2月,報告書を作成した(以下「平成18年検討報告書」という。)。 (イ) 平成18年検討報告書には,以下のような記載がある。 「石綿による肺がんの発症には量-反応関係があるが,肺がんの発症リスクがどの程度あれば石綿が原因であると考えてよいかという問題がある。・・・肺がんの原因は石綿以外にも多くあるが,石綿以外の原因による肺がんを医学的に区別できない以上,肺がんの発症リスクを2倍以上に高める石綿ばく露があった場合をもって,石綿に起因するものとみなすことが妥当である。」「肺がんの寄与危険度割合が50%,すなわち相対リスクが2倍となる石綿ばく露量がどの程度かについては,ヘルシンキ国際会議のコンセンサスレポート(1997)では,石綿繊維25本/ml×年の石綿ばく露によって肺がんの発症リスクが2倍になるとしている。 また,Henderson(2005)によれば,リスクを2倍にするばく露量として,石綿セメント製造業では,21~303本/ml×年,石綿紡織業では,24~132本/ml×年,アスベスト断熱作業では,22~50本/ml×年であるとし,幅があるが,リス クを2倍にするためのばく露量として最低レベルのばく露量で判断すれば,各業種とも概ね25本/ml×年に一致するものである。 したがって,25本/ml×年は,リスクを2倍にするばく露量としては妥当と考える。 25本/ml×年に相当する指標としては,胸膜プラーク画像所見等,肺内石綿繊維数,石綿肺所見,石綿ばく露作業従事期間がある。」「石綿が原因である肺がんであることを判断するための考え方としては,肺がんの発症リスクを2倍に高める石綿ばく露量であ 等,肺内石綿繊維数,石綿肺所見,石綿ばく露作業従事期間がある。」「石綿が原因である肺がんであることを判断するための考え方としては,肺がんの発症リスクを2倍に高める石綿ばく露量であるとする考えが妥当である。その指標としては,25本/ml×年以上の累積ばく露量がこれに該当し,これを示す医学的所見は,石綿肺(第1型以上),乾燥肺重量1g当たり石綿小体5000本以上,BALF(注:気管支肺胞洗浄液)1ml 中石綿小体5本以上又は乾燥肺重量1g当たり石綿繊維200万本以上(5μm超)とするのが妥当と考える。」「ばく露期間に関しては,ヘルシンキ国際会議のコンセンサスレポート(1997)では,25本/ml×年に相当するものとして,石綿製品製造業,断熱工事業,石綿吹付作業などの高濃度ばく露では1年,造船作業,建設作業などの中濃度ばく露では5~10年としているが,我が国では,業種別・職種別にばく露の程度は明らかではなく,また,同じ業種・職種でも作業内容やその頻度によってばく露の程度に差があることから,わが国では業種・職種をもって高濃度ばく露あるいは中濃度ばく露と評価することはできないと考える。 これらのことから,ヘルシンキ国際会議のコンセンサスレポートに示された業種別・作業別のばく露期間をそのまま採用すること は困難であり,職業ばく露とみなすために必要なばく露期間に関しては,諸外国での取扱いを踏まえ,胸膜プラーク等の石綿ばく露所見が認められ,原則として石綿ばく露作業に概ね10年以上従事したことをもって肺がんリスクを2倍に高める指標とみなすことは妥当である。」オ石綿による肺がんの労災認定基準の変遷等(ア) 石綿による疾病と石綿ばく露作業の各概念(甲A3,甲A5の1,2, て肺がんリスクを2倍に高める指標とみなすことは妥当である。」オ石綿による肺がんの労災認定基準の変遷等(ア) 石綿による疾病と石綿ばく露作業の各概念(甲A3,甲A5の1,2,甲A7)a 厚生労働省は,平成18年2月9日基発第0209001号通達(「石綿による疾病の認定基準について」。以下「平成18年通達」という。)を発出し,石綿による疾病として,「石綿肺」,「肺がん」,「中皮腫」,「良性石綿胸水」及び「びまん性胸膜肥厚」を定めた。 また,石綿ばく露作業として,石綿精製関連作業(第1の2(1)),倉庫内等における石綿原料等の袋詰め又は運搬作業(同(2)),石綿製品の製造工程における作業(同(3)),石綿の吹きつけ作業(同(4))を規定するほか,耐熱性の石綿製品を用いて行う断熱若しくは保温のための被覆又はその補修作業(同(5)),石綿製品の切断等の加工作業(同(6)),石綿製品が被覆材又は建材として用いられている建物,その附属施設等の補修又は解体作業(同(7)),石綿製品が用いられている船舶又は車両の補修又は解体作業(同(8)),石綿を不純物として含有する鉱物(タルク(滑石)等)等の取扱い作業(同(9))を列挙し,さらに,これらの作業に加えて,これら作業と同程度以上に石綿粉じんのばく露を受ける作業(同(10))と,上記各作業((1)ないし(10))の周辺等において,間接的なばく露を受ける作業(同(11))を定めた。 b 上記の石綿による疾病の種類と石綿ばく露作業の具体的内容は,後記(イ)a及びbの昭和53年通達,平成15年通達を経て,上記のとおり次第に広げられたものである。 (イ) 肺がんの労災認定基準の変遷a 昭和53年10月23日付け通達(甲 後記(イ)a及びbの昭和53年通達,平成15年通達を経て,上記のとおり次第に広げられたものである。 (イ) 肺がんの労災認定基準の変遷a 昭和53年10月23日付け通達(甲A3)旧労働省は,昭和53年10月23日基発第584号通達(「石綿ばく露作業従事労働者に発生した疾病の業務上外の認定について」。 以下「昭和53年通達」という。)を発出し,石綿ばく露作業従事労働者に発生した肺がんの業務上外の認定について,次のとおり定めた(以下,昭和53年通達中,肺がんに関する部分を「昭和53年肺がん認定基準」という。)。 「2 肺がんの取扱い(1) 石綿肺合併肺がん(省略)(2) 石綿肺の所見が無所見の者に発生した肺がん石綿肺の所見がエックス線写真像で認められない石綿ばく露作業従事労働者に発生した原発性の肺がんであって,次のイ及びロのいずれの要件をも満たす場合には,労働基準法施行規則別表第1の2第7号7に該当する業務上の疾病として取り扱うことイ石綿ばく露作業への従事期間が概ね10年以上の者に発生したものであること。 ロ次の(イ)又は(ロ)に掲げる医学的所見が得られているものであること。 (イ) 吸気時におけり肺底部の持続性捻髪音,胸部エックス線写真による胸膜の肥厚斑影又はその石灰化像,かくた ん中の石綿小体等の臨床所見(ロ) 経気管支鏡的肺生検,開胸生検,剖検等に基づく肺のびまん性線維増殖,胸膜の硝子性肥厚又は石灰沈着(結核性胸膜炎,外傷等石綿ばく露以外の原因による病変を除く。・・・),肺組織内の石綿線維又は石綿小体等の 管支鏡的肺生検,開胸生検,剖検等に基づく肺のびまん性線維増殖,胸膜の硝子性肥厚又は石灰沈着(結核性胸膜炎,外傷等石綿ばく露以外の原因による病変を除く。・・・),肺組織内の石綿線維又は石綿小体等の病理学的所見なお,上記(1),(2)においては,石綿肺合併肺がん症例における石綿ばく露開始から肺がん発生までの期間・・・は,概ね10年ないし20年のものが多いとされているが,それよりも短い例も長い例も知られており,退職後に発生することも少なくないので十分留意すること。 (3) 上記(1)又は(2)に該当するもの以外の肺がん石綿ばく露作業従事労働者に発生した肺がんのうち,上記(1)又は(2)に該当しない肺がんについては,例えば,比較的短期間高濃度の石綿ばく露を受ける作業又は一時的に高濃度の石綿ばく露を間けつ的に受ける作業・・・に従事した労働者に肺がん発生がみられたこともあるので,かかる労働者に発生した肺がんについては,石綿ばく露作業の内容,同従事歴,臨床所見,病理学的所見等を調査のうえ関係資料を添えて本省にりん伺すること。」b 平成15年9月19日付け通達(甲A5の1)厚生労働省は,平成15年9月19日基発第0919001号通達(「石綿による疾病の認定基準について」。以下「平成15年通達」という。)を発出し,石綿ばく露作業労働者に発生した肺がんの業務上外の認定について,次のとおり定めた(以下,平成15年通達中,肺がんに関する部分を「平成15年肺がん認定基準」とい う。なお,本通達により昭和53年通達は廃止された。)。 「2 肺がん(1) 石綿ばく露労働者に発症した原発性肺がんであって,次のア又はイに該当する場合 」とい う。なお,本通達により昭和53年通達は廃止された。)。 「2 肺がん(1) 石綿ばく露労働者に発症した原発性肺がんであって,次のア又はイに該当する場合には,別表第1の2第7号7に該当する業務上の疾病として取り扱うこと。 ア (省略)イ次の(ア)又は(イ)に掲げる医学的所見が得られ,かつ,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上あること。 (ア) 胸部エックス線検査,胸部CT検査,胸腔鏡検査,開胸手術又は剖検により,胸膜プラーク(胸膜肥厚班)が認められること。 (イ) 肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が認められること。 (2) 上記(1)のア及びイに該当しない原発性肺がんであって,次のア又はイに該当する事案は,本省に協議すること。 ア上記(1)のイの(ア)又は(イ)に掲げる医学的所見が得られている事案イ石綿ばく露作業への従事期間が10年以上である事案」c 平成18年2月9日付け通達(甲A7,22)厚生労働省は,平成18年通達を発出し,石綿ばく露作業労働者に発生した肺がんの業務上外の認定について,次のとおり定めた(以下,平成18年通達中,肺がんに関する部分を「平成18年肺がん認定基準」という。なお,本通達により平成15年通達は廃止された。)。 「2 肺がん(1) 石綿ばく露労働者に発症した原発性肺がんであって,次のア又はイに該当する場合には,別表第1の2第7号7に該当 する業務上の疾病として取り扱うこと。 ア (省略)イ次の(ア)又は(イ)の医学的 あって,次のア又はイに該当する場合には,別表第1の2第7号7に該当 する業務上の疾病として取り扱うこと。 ア (省略)イ次の(ア)又は(イ)の医学的所見が得られ,かつ,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上であること。ただし,次の(イ)に掲げる医学的所見が得られたもののうち,肺内の石綿小体又は石綿繊維が一定量以上(乾燥肺重量1g当たり5000本以上の石綿小体若しくは200万本以上(5μm超。2μm超の場合は500万本以上)の石綿繊維又は気管支肺胞洗浄液1ml 中5本以上の石綿小体)認められたものは,石綿ばく露作業への従事期間が10年に満たなくとも,本要件を満たすものとして取り扱うこと。 (ア) 胸部エックス線検査,胸部CT検査等により,胸膜プラーク(胸膜肥厚班)が認められること。 (イ) 肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められること。 (2) 石綿ばく露作業への従事期間が10年に満たない事案であっても,上記(1)のイの(ア)又は(イ)に掲げる医学的所見が得られているものについては,本省に協議すること。」なお,平成18年肺がん認定基準の2(1)イのただし書中,「2μm超」と記載されている部分については,平成22年12月10日付けで「1μm超」という記載に改められ,平成18年2月9日に遡って適用されることとなった。 d 平成19年3月14日付け通達(甲A8)厚生労働省は,平成18年肺がん認定基準のうち,2(1)イ(イ)の要件,すなわち,「肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められ,かつ,石綿ばく露作業の従事期間が10年以上あること」の判断及び事務処理に関して,「石綿による肺がん事案の事務処理に うち,2(1)イ(イ)の要件,すなわち,「肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められ,かつ,石綿ばく露作業の従事期間が10年以上あること」の判断及び事務処理に関して,「石綿による肺がん事案の事務処理について」と題 する通達を発出した(平成19年3月14日付け基労補発第0314001号通達。以下「平成19年通達」といい,同通達に係る判断及び事務処理に関する部分を「平成19年肺がん認定基準」という。)。 その内容は概ね以下のとおりであり,平成18年肺がん認定基準の運用について定めるものである。 「(注:平成18年肺がん認定基準により)肺がんについては,・・・石綿にばく露したことを示す医学的所見(胸膜プラーク,石綿小体又は石綿繊維)が得られ,かつ,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上あることが認定要件の1つとされた。 認定基準(注:平成18年肺がん認定基準)では,石綿小体に関して,肺がんの発症リスクを2倍に高める石綿ばく露量として「乾燥肺重量1g当たり5000本以上」が示されているが,石綿ばく露作業に10年以上従事した場合にも,肺がん発症リスク2倍と評価されていることから,この期間石綿ばく露作業に従事した労働者の肺内には,「乾燥肺重量1g当たり5000本以上」と同水準のばく露量が想定されるところである。 したがって,石綿小体に係る資料が提出され,乾燥肺重量1g当たり5000本を下回る場合には,「乾燥肺重量1g当たり5000本以上」と同水準のばく露とみることができるかどうか,という観点から,作業内容,頻度,ばく露形態,石綿の種類,肺組織の採取部位等を勘案し,総合的に判断することが必要である。 このため,「乾燥肺重量1g当たり5000本以上」の基準に という観点から,作業内容,頻度,ばく露形態,石綿の種類,肺組織の採取部位等を勘案し,総合的に判断することが必要である。 このため,「乾燥肺重量1g当たり5000本以上」の基準に照らして,石綿小体数が明らかに少ない場合には,本省あて照会されたい。」 (ウ) 肺がんの労災認定基準の運用昭和53年以来,平成19年通達発出までの期間においては,10年間の石綿ばく露作業への従事が認められ,かつ,石綿小体がその数にかかわらず認められれば,石綿肺がんの労災認定がなされてきた。 (5) 本件訴えに至るまでの経緯(甲B24ないし26)ア平成17年10月21日,原告は,原告が勤務したB製鉄所を管轄する処分行政庁に対し,本件疾病が,労基法75条2項,同法施行規則35条別表第一の二の7号の7の「石綿にさらされる業務による肺がん」に該当するとして,平成15年10月21日から同年11月14日までの25日間本件病院に入院したことによる25日間の休業補償給付の支給請求をしたところ,処分行政庁は,本件疾病が業務上の事由によるものとは認められないとして,平成19年8月24日付けで本件処分をした。 イ原告は,本件処分を不服として,千葉労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたが,同審査官は,以下の理由により,平成19年12月21日付けで同審査請求を棄却する旨の決定をした。 「 (原告が)石綿ばく露作業に従事した期間については,会社の証明や同僚の証言等によれば,昭和55年4月から昭和61年6月までは石綿ばく露量は少なく,この間を含めても11年5か月と認められる。」「 ・・・乾燥肺1g当たりから計数された石綿小体数については,医証によれば,最大1230本であり,石綿繊維数は5 では石綿ばく露量は少なく,この間を含めても11年5か月と認められる。」「 ・・・乾燥肺1g当たりから計数された石綿小体数については,医証によれば,最大1230本であり,石綿繊維数は5μm超が11万本,2μm超が34万本であり,これらの結果は,肺がん発生リスクを2倍に高めるとされる乾燥肺重量1g当たり石綿小体5000本以上,又は石綿繊維200万本以上(5μm超。2μm超なら500万本以上)よりはるかに少ないことから,認定要件にいう肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められるとは言えない。」 ウ原告は,上記決定を不服として,労働保険審査会に対して再審査請求をしたが,同審査会は,「請求人の肺内に石綿小体又は石綿繊維が存在していたことは認められるが,認定基準に該当するレベルとは認められない。したがって,請求人が業務上石綿ばく露を受けていたことは認められるが,肺がんを発症させる程度のばく露量には至っていなかったものと判断される」などとして,平成21年1月14日付けで同再審査請求を棄却する旨の裁決をした。 エそこで,原告は,平成21年7月7日,本件処分の取消しを求めて,本件訴えを提起した。 3 争点本件の争点は,本件疾病の発症が業務上の事由に起因するか否かである。 4 争点に対する当事者の主張(1) 原告の主張原告は,石綿の職業的ばく露歴が約12年あり,かつ,肺内に石綿ばく露を裏付ける石綿小体が存在するのであるから,石綿肺がん発症の相対リスク2倍の指標となる25本/ml の累積ばく露量に相当する石綿にばく露したものである。処分行政庁は,石綿小体数が基準値に満たないことを理由に本件処分をしたが,以下に述べるとおり理由がない。 ア石綿肺がんの労災認定基準が10年の職業的石綿 相当する石綿にばく露したものである。処分行政庁は,石綿小体数が基準値に満たないことを理由に本件処分をしたが,以下に述べるとおり理由がない。 ア石綿肺がんの労災認定基準が10年の職業的石綿ばく露をもって肺がん発症の相対リスク2倍としていること(ア) 旧労働省は,昭和53年9月,「石綿による健康障害の評価」報告書(甲A2。同報告書は,石綿ばく露と肺がんの関係について「最近の疫学調査結果から,石綿ばく露量が大となるにつれて肺がん発生の超過危険が大きくなる傾向が見られ,症例としては石綿ばく露期間が概ね10年を超える労働者に発生したものが多い」とした。)を受け,同年10月23日,昭和53年通達を発出したが,同通達中の昭和5 3年肺がん認定基準は,石綿肺に合併しない肺がんについて,累積ばく露量を示す10年ばく露の存在を認定基準の基本とし,胸膜プラーク,石綿小体の存在を,石綿ばく露の事実を裏付けるものとして位置付けた。 (イ) 平成15年肺がん認定基準は,昭和53年肺がん認定基準と骨格を同じくしているが,それは,昭和53年肺がん認定基準が,石綿肺がんについて肺がん発症の相対リスクが2倍となる指標を明示したヘルシンキ基準等の最新の知見と結果的に矛盾なく整合していたからである。 (ウ) 平成18年肺がん認定基準は,平成18年検討報告書を受けて発出されたものであるが,基本的には平成15年肺がん認定基準と変わらない(ただし,10年以下の石綿ばく露作業の従事歴があっても一定量以上の石綿小体又は石綿繊維が認められれば,本省協議なしで石綿肺がんと認め,石綿ばく露歴10年以下の者を救済することとした点を除く。)。すなわち,平成18年肺がん認定基準は,胸膜プラーク,本数を限定せずに,石綿小体の存在を10年ばく露に加え 省協議なしで石綿肺がんと認め,石綿ばく露歴10年以下の者を救済することとした点を除く。)。すなわち,平成18年肺がん認定基準は,胸膜プラーク,本数を限定せずに,石綿小体の存在を10年ばく露に加えて必要としているものの,これは,胸膜プラーク又は石綿小体の存在によって当該労働者の石綿ばく露の事実の存在を確認するためのものと位置付けられる。 したがって,平成18年肺がん認定基準は,石綿ばく露の事実の存在が確認されれば,10年ばく露基準を満たすことによって,肺がん発症の相対リスクが2倍となる累積ばく露量を認めるものである。 (エ) 以上のとおり,石綿肺がんの労災認定基準は,当初から今日まで一貫して,10年の職業的石綿ばく露期間について,これを「肺がんの相対リスク2倍の存在を認める石綿肺がんの指標」とし,石綿小体,石綿繊維などの医学的所見の存在については,10年ばく露がない被 災労働者を救済する場合を除き,これを累積ばく露量を示すものとしてではなく,単なる石綿ばく露の証拠として用いてきたのである。 (オ) 本件では,平成19年通達に依拠して不支給決定されたと考えられるところ,同通達の趣旨は必ずしも明確ではないが,1g当たり石綿小体が5000本に満たなければ,仮に10年間の石綿ばく露が一応認められるとしても,それを否定する材料となる,としているのである。上記通達は明らかにそれまでの労災認定基準とは異質の内容を含んでおり,不適切極まりない。 仮に被告が現在の方針を今後も続け,石綿小体5000本以下を労災認定しないとすると,今まで労災認定されていた人々の半数程度は切り捨てられるという結果が生じることになり,不当である。 イ原告の業務従事期間が,石綿ばく露作業による「10年の『職業的』石綿 認定しないとすると,今まで労災認定されていた人々の半数程度は切り捨てられるという結果が生じることになり,不当である。 イ原告の業務従事期間が,石綿ばく露作業による「10年の『職業的』石綿ばく露期間」を満たすこと(ア) 石綿のばく露形態としては,労災認定基準上,石綿ばく露作業に直接携わって曝露する直接ばく露,これら作業には直接携わらないが周辺で別作業に従事していたためにばく露する間接ばく露,常時上記作業に携わる定常的ばく露,常時ではなく間欠的に携わる非定常的ばく露があり,ばく露形態としては,定常的直接ばく露,非定常的直接ばく露,定常的間接ばく露,非定常的間接ばく露の4種類がある。 (イ) ヘルシンキ基準は,相対リスク2倍以上と認める場合として,1年の高濃度石綿ばく露又は5~10年の中等度石綿ばく露を規定し,後者の中等度石綿ばく露については建築業又は造船業を挙げている。しかし,建築業又は造船業は,連日作業に従事しない等,ばく露が定常的とはいえない作業もあるし,板金工,電気工等の多数の職種により混在するためばく露が間接的となる作業も多数存在する。そうすると,ヘルシンキ基準は,造船業,建築業に就業して石綿ばく露を受けた者 については,ばく露の個別性はあっても疫学的に見れば5年から10年で相対リスクが2倍以上となる,すなわち,造船業,建築業の中の最も軽度のばく露状況である非定常的間接ばく露を受けた者であっても,少なくとも10年間経てば相対リスクは2倍になるということを示したものである。 (ウ) 我が国では個別産業のばく露状況と肺がん発生状況を関連づけてされた疫学調査はないに等しい。しかし,これらの産業で働く労働者のばく露状況は諸外国と大差ないと考えられるから,5年から10年のうちの最長期である10 別産業のばく露状況と肺がん発生状況を関連づけてされた疫学調査はないに等しい。しかし,これらの産業で働く労働者のばく露状況は諸外国と大差ないと考えられるから,5年から10年のうちの最長期である10年間の職業的ばく露により肺がんの相対リスクは2倍以上となると考えるのが合理的であるし,造船業,建築業が非定常的間接ばく露をも含む多様なばく露形態を含む職場であることに着目すると,相対リスクが2倍となる長期10年の職業的ばく露期間は,上記の造船業や建築業のみならず,他の産業においても相対リスク2倍となる基準となるべき期間と考えてよい。 平成18年検討報告書も,「ヘルシンキ基準に示された業種別・作業別のばく露期間をそのまま採用することは困難だが,胸膜プラーク等の石綿ばく露所見が認められ,原則として石綿ばく露作業に概ね10年以上従事したことをもって肺がんリスクを2倍に高める指標とみなすことは妥当である」旨述べており,石綿ばく露所見(累積ばく露ではなく,ばく露事実のみの証拠)があれば,ヘルシンキ基準の相対リスク2倍となる最も長い期間の10年は,産業を超えて使える基準として使用してよいとしているのである。したがって,10年の職業的石綿ばく露期間は,非定常的間接ばく露を含むばく露形態を含むものである。 よって,相対リスク2倍となる長期10年という職業的ばく露の期間は,造船業,建築業に限らず他の産業にも当てはまる基準であるから, 原告の業務にも当てはまるものである。 (エ) 原告は,B製鉄所において業務上石綿ばく露したが,そのばく露態様については,連日の石綿耐熱服の着用による直接ばく露のほか,石綿取扱い作業による直接ばく露があり,その中には高濃度ばく露が含まれる。そのほか,間接ばく露,工場内での環境ばく露が加わる そのばく露態様については,連日の石綿耐熱服の着用による直接ばく露のほか,石綿取扱い作業による直接ばく露があり,その中には高濃度ばく露が含まれる。そのほか,間接ばく露,工場内での環境ばく露が加わる構造である。 原告は技術者として,昭和47年7月から昭和61年6月までの間,昭和53年4月から昭和55年3月までの2年間(以下「本件除外期間」という。)を除き,連日長時間操業中の製鋼工場内に立ち入る必要があった。工場では1000度から1700度の高温物体が取り扱われるため,技術者であっても,ジャケット型の石綿耐熱服の着用が義務付けられた。このうち,昭和47年7月から昭和53年3月までの5年9か月間については,年間280日から290日位働き,うち270日位製鋼工場内に立ち入って7,8時間は工場内におり,また,昭和55年4月から昭和61年6月までの6年3か月間については,年間260日から270日位は働き,うち250日位製鋼工場内に立ち入って4時間は工場内にいた。この際,手袋,前掛けという石綿フル装備での作業を年間20日以上,1回当たり1,2時間行った。さらに,工場内の汚れがひどく,1日数回,石綿耐熱服に汚れが付くたびに叩く,振るう等して耐熱服の汚れを落としたが,その際に石綿耐熱服から生じる石綿粉じんにばく露したし,本件除外期間にも,石綿耐熱服を冬場の防寒着として着用した。 原告は,新技術開発のために新しい石綿製品を自ら切断し,熱で劣化した石綿製品を切断,撤去する等して石綿粉じんにばく露した。また,原則月2回の定期修繕工事や,自らの担当に係る設備改善新設工事の立会いほか,設備実態を知るための設備改善新設工事の観察時などの 際に,石綿取扱作業の現場立会いによる石綿粉じんにばく露した。さらに,製鋼工場内には,天井走 ,自らの担当に係る設備改善新設工事の立会いほか,設備実態を知るための設備改善新設工事の観察時などの 際に,石綿取扱作業の現場立会いによる石綿粉じんにばく露した。さらに,製鋼工場内には,天井走行クレーンや取鍋等運搬用のトラバーサーの各ブレーキ装置のブレーキ操作,設備改造による石綿建材,石綿断熱材や石綿パッキンの切断,石綿カーテン等や石綿耐熱服の日常的使用,又は,廃棄物処理場内の石綿廃棄物のダンプカーへの積み込み等によって,石綿粉じんが発生していたのである。 (オ) 原告は,上記のとおり,合計12年以上の間,連日の石綿耐熱服からの直接ばく露,石綿取扱いによる直接(一部については高濃度)ばく露により,肺がん発症の相対リスクを明らかに上昇させるに足りる有意な職業的石綿ばく露を受けたものであり,ヘルシンキ基準の25繊維/年を超える蓋然性があると考えられる。 ウ原告がばく露した石綿はクリソタイルであり,平成19年肺がん認定基準の「5000本以上の石綿小体」が認められなくとも肺がん発症リスク2倍以下と判断すべきではないこと(ア) 直接ばく露については,原告の使用していた石綿耐熱服はクリソタイル製であり,また,石綿取扱い作業で直接ばく露にあった石綿布,石綿テープもクリソタイル製であった。トレモライトが不純物として交わった可能性もあるがごく僅かである。間接ばく露については,ボード,天井材,タイルなどの建設資材に一部アモサイトが使用された可能性もあるが,大半はクリソタイル製品であった。したがって,原告が職業上ばく露した石綿の種類はクリソタイルが中心で,他の石綿のばく露は僅かにあり得るという程度である。 (イ) ヘルシンキ基準は,要旨,乾燥肺重量1g当たり1000本以上の石綿小体が認められる場合には職業での石 種類はクリソタイルが中心で,他の石綿のばく露は僅かにあり得るという程度である。 (イ) ヘルシンキ基準は,要旨,乾燥肺重量1g当たり1000本以上の石綿小体が認められる場合には職業での石綿ばく露の可能性が高いとし,また,1g当たり5000本から1万5000本の石綿小体が肺がん発症リスクを2倍にするとするが,その数値については,クリソ タイルのクリアランス作用により,クリソタイルによるばく露には妥当しないとしている。したがって,原告の石綿ばく露がクリソタイルが中心である以上,原告の肺内の石綿小体が5000本以上でないからといって,肺がん発症リスクが2倍以下であると判断することはできない。かえって,アスベスト繊維が肺の下部に付着する傾向が強いとされているのに,原告の検体が肺の上葉であることからすると,職業ばく露の可能性が高いとされる1g1000本を超える1230本の石綿小体が検出されたことは,相当程度の石綿ばく露作業であったことをうかがわせ,10年を超える石綿ばく露作業の存在を裏付けるものである。 エ肺がん発症の原因として石綿以外に考えられる要因がないこと(ア) 肺がんの最大要因とされる喫煙について検討するに,原告の喫煙は,20歳から25歳までの5年間であり,この間の喫煙本数は最大限10本である。また,25歳以降の喫煙は皆無であり,禁煙してから本件疾病を発症52歳までの27年間喫煙していない。原告の喫煙は僅かな量であるから非喫煙者と同等と考えてよいリスクレベルであり,日本では過去の喫煙者の肺がんリスクは禁煙後低下し続け20年以上で煙草を吸わない人と同じになるから,原告の喫煙経験は肺がん発症に影響しないと考えて差し支えない。 (イ) 原告は,肺がんの原因となる石綿と喫煙以外の物質のばく露にはあ 低下し続け20年以上で煙草を吸わない人と同じになるから,原告の喫煙経験は肺がん発症に影響しないと考えて差し支えない。 (イ) 原告は,肺がんの原因となる石綿と喫煙以外の物質のばく露にはあっていないし,原告の親族には肺がんに罹患した者もいない。 (ウ) 現在判明している原告の本件疾病の原因を挙げれば石綿しかなく,仮にそれ以外の原因があったとしても,石綿を超える原因となっているとは考えにくい。肺がん発症の原因に不明な部分が残っているとしても,石綿が原告の肺がんの有力な原因となっていることは疑いない。 オまとめ 上記ア,イのとおり,原告は,業務上10年を超える石綿ばく露歴を有しており,肺がん発症の相対リスク2倍となる25繊維/年を超える石綿ばく露があったものであり,また,上記エのとおり,石綿ばく露以外に肺がん発症の要因は考えにくいのであるから,本件疾病の発症は,業務上石綿ばく露したことによるものというべきである。 原告がばく露した石綿は上記ウのとおりクリソタイルであるところ,クリソタイルが上記2(3)オのとおり体内で消失しやすく,また,石綿小体を形成し難い性質を有していることからすると,原告の乾燥肺1g当たりで計測された石綿小体の数量が基準値に及ばなかったとしても,それが,本件疾病発症の業務起因性の認定を妨げるものではない。 (2) 被告の主張ア業務起因性の判断基準(ア) 労災補償制度は,労働者が従属的労働契約に基づいて使用者の支配管理下にあることから,労務を提供する過程において,業務に内在する危険が現実化して傷病が引き起こされた場合には,使用者は,当該傷病の発症について過失がなくても,その危険を負担し,労働者の損失補償に当たるべきであるとする危険責任の考 る過程において,業務に内在する危険が現実化して傷病が引き起こされた場合には,使用者は,当該傷病の発症について過失がなくても,その危険を負担し,労働者の損失補償に当たるべきであるとする危険責任の考え方に基づくものである。 このような制度の基本的な趣旨に照らすと,業務起因性が認められるためには,業務と疾病との間に条件関係,すなわち,事実的因果関係があるだけでは足りず,上記の両者間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係,すなわち,相当因果関係が存在することを要すると解すべきであり,石綿による疾病の場合にも,その発症が業務上のものと認められるためには,石綿による疾病の発症と業務との間に相当因果関係が肯定されることが必要である。 (イ) 石綿と関連する疾病としては,中皮腫,肺がん,石綿肺,良性石綿 胸水,びまん性胸膜肥厚等が挙げられるが,肺がんは,石綿に特異的な疾患である中皮腫とは異なり,喫煙をはじめ石綿以外に発症原因が多く存在する疾患であり,石綿よりも喫煙の影響が大きいといわれている。 石綿ばく露量と肺がんの発症率との間には,石綿ばく露量が増えれば発症リスクが高まるという直線的な量-反応関係が存在することが判明しているが,肺がん発症リスクがどの程度であれば肺がんの原因は石綿であると考えられるのか,が問題となる。我が国では相対リスク2倍,寄与危険度1/2が採用されている。すなわち,石綿以外の原因による肺がんを医学的に区別できない以上,肺がんの発症リスクが2倍以上になる石綿ばく露があった場合に,当該肺がんは石綿に起因するものとみなすのが妥当である。 そして,肺がん発症リスクが2倍以上になる石綿ばく露量の指標としては,ヘルシンキ基準に基づく「石綿繊維25本/ml×年」がこれに該当 がんは石綿に起因するものとみなすのが妥当である。 そして,肺がん発症リスクが2倍以上になる石綿ばく露量の指標としては,ヘルシンキ基準に基づく「石綿繊維25本/ml×年」がこれに該当し,その指標を示す医学的所見は,石綿肺(第1型以上),乾燥肺重量1g当たり石綿小体5000本以上,気管支肺胞液洗浄液(BALF)1ml 中石綿小体5本以上又は乾燥肺重量1g当たり石綿繊維200万本以上(5μm超),500万本以上(1μm以上)とするのが妥当である。 一方,石綿ばく露期間に関しては,ヘルシンキ基準では「25本/ml×年」に相当するものとして,石綿製品製造業,断熱工事業,石綿吹付作業などの高濃度ばく露では1年,造船作業,建築作業などの中濃度ばく露では5~10年としている。しかし,我が国では,業種別,職業別にはばく露の程度は明らかではなく,また,同じ業種・職種でも作業内容やその頻度によってばく露の程度に差があることから,業種・職種をもって高濃度ばく露あるいは中濃度ばく露と評価すること はできない。 したがって,長期間業務に従事していたことだけで肺がん発症について業務起因性を肯定することは妥当ではなく,ヘルシンキ基準の石綿ばく露期間に関する上記記載は我が国には当てはまらないのである。 (ウ) 厚生労働省は,平成18年検討報告書を受けて,平成18年通達を発出し,前記2(4)オ(イ)cのとおり平成18年肺がん認定基準を定めた。 これは,昭和53年通達発出以降の石綿粉じんに対する規制についての法整備に伴って職場環境の改善されてきた状況を踏まえると,10年ばく露要件を満たすもの全てを石綿ばく露による肺がん発症リスク2倍以上と認めると,石綿作業の内容,頻度,程度によっては,低濃度石綿ばく 法整備に伴って職場環境の改善されてきた状況を踏まえると,10年ばく露要件を満たすもの全てを石綿ばく露による肺がん発症リスク2倍以上と認めると,石綿作業の内容,頻度,程度によっては,低濃度石綿ばく露者の肺がんにも業務起因性を認めてしまうおそれがあるからである。我が国においては,業務からの累積ばく露量の推計ができず,職種別の石綿ばく露濃度を数値化して指標とすることが困難であり,職種別の石綿ばく露濃度によって肺がん発症リスク2倍に相当する量-反応関係を明確にすることができないため,職種や作業内容にかかわらず10年のばく露期間を原則としつつ,胸膜プラーク,石綿繊維及び石綿小体の数等の医学的所見,作業の内容,同種工場での労働者の状況等様々な点を総合考慮して業務起因性を判断するとしたものである。 そして,厚生労働省は,平成18年肺がん認定基準における要件「肺内に「石綿小体」又は「石綿繊維」が認められ,かつ,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上あること」(同認定基準の2(1)イ(イ))の判断及び事務処理に関し,前記2(4)オ(イ)dのとおり平成19年通達を発出して,その意味を明確化したのである。 被告は,石綿小体の数が5000本以下である被災者は,一律労災認 定しないと主張しているのではなく,石綿小体及び石綿繊維の数も含め,ばく露期間や作業内容,同種工場での労災の状況等を総合考慮して業務起因性の判断をするべきであると主張しているのであって,石綿小体の数が5000本以下であっても,総合考慮の結果,業務起因性が認められる場合もある。 (エ) なお,ヘルシンキ基準は,石綿繊維数又は石綿小体数の基準においてクリソタイルを除外しているが(前記2(4)ウ(イ)③ないし⑤),平成18年認定基準はクリソタイルと角閃石 合もある。 (エ) なお,ヘルシンキ基準は,石綿繊維数又は石綿小体数の基準においてクリソタイルを除外しているが(前記2(4)ウ(イ)③ないし⑤),平成18年認定基準はクリソタイルと角閃石系の石綿を区別していない。 これは,①クリソタイル繊維は,クリアランス速度が速いにせよ,職業性ばく露が疑われる高・中濃度のばく露を受けた場合,肺内から検出されるものであり,かつ,これが指標として機能しないものではないこと,②肺がん発症リスクが他の石綿に比して低いことから,上記①のクリアランス速度を加味しても指標たり得ないものではないことを基礎とし,ヘルシンキ基準の考え方を踏襲しつつ石綿繊維についての解釈を併せて考慮したものであるが,我が国において使用された石綿の約9割がクリソタイルであるという事情も踏まえ,我が国のクリソタイルばく露者にも労災補償への道を開き,被災労働者に広く救済を図っていくことを目的としたものであり,医学的に合理性を有する。 イ本件疾病が業務上の疾病とは認められないことクリソタイルのばく露を長期間受けたこと,石綿ばく露の職歴を有することのみで肺がんの業務上外を判断することになれば,ヘルシンキ基準が認めない低濃度ばく露者にも業務起因性を認めてしまうおそれがあるが,このような判断は医学的知見に明らかに反し,妥当でない。 (ア) 原告の石綿ばく露がほとんど低濃度ばく露であること原告は,昭和47年7月から昭和61年6月までの14年間のうち,昭和53年4月から昭和55年3月までの2年間を除いて,業務上石 綿にばく露した旨主張するが,昭和47年7月から9月までの3か月間については,ほぼ1日中研修センターで座学していたというのであるから,同期間中は石綿ばく露を受けていないはずである。したが 上石 綿にばく露した旨主張するが,昭和47年7月から9月までの3か月間については,ほぼ1日中研修センターで座学していたというのであるから,同期間中は石綿ばく露を受けていないはずである。したがって,原告が業務により石綿にばく露したのは11年9か月にとどまる。 そして,上記期間の業務のうち,中・高濃度の石綿ばく露を受けたと認められる作業は,アルミ引きの耐熱服(表面をアルミでコーティングした耐熱服)を着用した溶鋼注入作業等(3か月間毎日1.5時間),石綿布の除去,清掃作業(最初の3か月間は週1回,その後6か月間は2日に1回,最後の12か月は1か月に15回,いずれも1回30分)である。そうすると,原告が中・高濃度の石綿ばく露を受けたのは,上記各作業に従事した通算約2年間という短期間にとどまり,しかも,後者の作業では1回約30分の作業であった上,その作業も毎日行われていたわけでもないことが認められる。そして,原告が従事した他の業務による石綿ばく露は低濃度である。 また,原告が本件工場内で通常着用していたクレモナ耐熱服(クレモナという表面がアルミコーティングされていないジャケット型の耐熱服)は非アスベスト性であった上,本件工場内の環境ばく露は,仮に原告がばく露を受けていたとしても低濃度であった。 したがって,原告には,10年以上の石綿にばく露する作業への従事期間があったとしても,この従事期間という事情のみによっては,本件疾病が業務上の疾病と認められるわけではない。 (イ) 原告の肺内から検出された石綿小体数及び石綿繊維数が肺がん発症リスクが2倍となる基準値を下回っていたこと原告の肺内から検出された石綿小体数及び石綿繊維数は,乾燥肺重量1g当たり1230本の石綿小体及び4080 綿小体数及び石綿繊維数が肺がん発症リスクが2倍となる基準値を下回っていたこと原告の肺内から検出された石綿小体数及び石綿繊維数は,乾燥肺重量1g当たり1230本の石綿小体及び4080本の石綿繊維が認められたにすぎない(甲B9の1,2)。また,独立行政法人労働安全衛生 総合研究所(以下「安衛研」という。)理事長作成に係る「石綿繊維の計測結果について」(乙17)によれば,原告の乾燥肺重量1g当たり,①1μmを超える石綿繊維は54万本(内訳:トレモライト34万本,クリソタイル11万本,アモサイト6万本,クロシドライト3万本),②5μmを超える石綿繊維は12万本(内訳:トレモライト6万本,クリソタイル3万本,クロシドライト3万本)で,①と②に係る検出下限値は1g当たり3万本が認められたとの記載がある。 このように,原告の肺内の石綿小体数は1230本であり,肺がん発症リスクが2倍となる5000本の約1/4である。 また,原告の肺内の石綿繊維数は,1μmを超えるものが54万本/g(乾燥組織重量),5μmを超えるものが12万本/g(乾燥組織重量)であるから,それぞれ肺がん発症リスクが2倍となる500万本/g(乾燥組織重量),200万本以上/g(乾燥組織重量)の約1/10ないし1/16である。 したがって,原告は,肺内の石綿小体数及び石綿繊維数からすると,肺がん発症リスクが2倍以上となる石綿ばく露を受けたとは認められない。 ウ結論以上のとおり,原告は,10年以上石綿にばく露する作業に従事していたが,その作業による石綿ばく露は全体的に見れば低濃度である。これは,原告に胸膜プラーク所見が存しないこと,石綿小体数及び石綿繊維数が平成18年肺がん認定基準を大きく下回ることとも 作業に従事していたが,その作業による石綿ばく露は全体的に見れば低濃度である。これは,原告に胸膜プラーク所見が存しないこと,石綿小体数及び石綿繊維数が平成18年肺がん認定基準を大きく下回ることとも矛盾しない。 したがって,原告は,25本/ml×年の累積ばく露量に相当する石綿ばく露を受けていたと認められず,原告の本件疾病には業務起因性が認められないとするのが妥当である。 第3 当裁判所の判断 1 肺がん認定基準の合理性(1) 業務起因性の判断基準労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡について行われるところ(労災保険法7条1項1号),労働者の傷病等を業務上のものと認めるためには,業務と傷病等との間に条件関係があることを前提としつつ,両者の関係に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係,すなわち,相当因果関係が認められることが必要である(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁)。また,労災保険制度が,業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に傷病等の結果がもたらされた場合には,使用者等に過失がなくとも,その危険を負担して損失の補填をさせるべきであるとする労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該傷病等の結果が,当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要であると解するのが相当である。 (2) 職業上の石綿ばく露と肺がん発症との相当因果関係についての考え方アヘルシンキ基準(ア) 前記前提事実,証拠(甲A9の2,甲A23)及び弁論の全趣旨によれば,ヘルシンキ基準は,石綿ばく露作業に従事して がん発症との相当因果関係についての考え方アヘルシンキ基準(ア) 前記前提事実,証拠(甲A9の2,甲A23)及び弁論の全趣旨によれば,ヘルシンキ基準は,石綿ばく露作業に従事していた労働者が肺がんを発症した場合において,その業務起因性を肯定する(肺がん発症の寄与危険度割合が50パーセント,相対危険度が2倍となる)ための石綿の累積ばく露量の指標等について,以下の事項を示したことが認められる(ただし,eについては,必ずしもクリソタイルによる肺がん発症の危険度の良い指標となるものではないとしている。)。 a 職業上石綿粉じんにばく露した可能性が高いことを確定するためには,以下のいずれかが目安となること (a) 専門の実験室における電子顕微鏡で測定した場合のデータとして,① 5μm以上の角閃石石綿繊維が肺乾燥重量1g当たり10万本以上② 1μm以上の角閃石石綿繊維が肺乾燥重量1g当たり100万本以上(b) 専門の実験室における光学顕微鏡で測定した場合のデータとして,① 肺乾燥重量1g当たり1000本以上の石綿小体(肺湿重量1g当たり100本以上)② 気管支肺胞洗浄液1ml 中1本以上の石綿小体b 1年の高濃度の石綿ばく露(石綿製品製造,石綿吹き付け,石綿製品の断熱作業,古い建築物の解体),又は,5年ないし10年の中等度石綿ばく露(建築や造船)によって,肺がん発症の相対危険度が2倍以上となること,c 極めて高濃度の石綿ばく露の環境下であれば,1年未満の期間でも肺がん発症の相対危険度が2倍以上となることd 乾燥肺重量1g当たり,5μm以上のアンフィボル繊維2百万本分,又は, c 極めて高濃度の石綿ばく露の環境下であれば,1年未満の期間でも肺がん発症の相対危険度が2倍以上となることd 乾燥肺重量1g当たり,5μm以上のアンフィボル繊維2百万本分,又は,1μm以上のアンフィボル繊維5百万本分の貯留により肺がん発症の相対危険度が2倍となることe 乾燥肺組織重量1g当たり約5千から1万5千の石綿小体か,又は,気管支肺胞洗浄液1ml 当たり5ないし15本の石綿小体が,上記dと同等の肺内繊維濃度となること(イ) 上記(ア)によれば,ヘルシンキ基準は,a 石綿ばく露作業に従事する労働者が職業上石綿粉じんにばく露した可能性が高いと判断するためには,上記(ア)a(a)①若しくは②又 は同(b)①若しくは②のいずれかの条件を満たすことが基準となる旨示し,その上で,さらに,b 当該労働者が発症した肺がんの業務起因性を肯定する(肺がん発症の寄与危険度割合が50パーセント,相対危険度が2倍となる石綿累積ばく露量に達する)ためには,上記(ア)bないしeのいずれかの条件を満たすことが基準となる旨示したことが認められる。 イ平成18年検討報告書(ア) 前記前提事実,証拠(甲A6)及び弁論の全趣旨によれば,平成18年検討報告書は,ヘルシンキ基準が,石綿ばく露作業に従事した労働者に発症した肺がんの寄与危険度割合50パーセント,相対危険度2倍となる石綿累積ばく露量について,25本/ml×年としたことを妥当と評価した上で,これに相当する石綿累積ばく露量の指標として,胸膜プラーク画像所見等,肺内石綿繊維数,石綿肺所見,石綿ばく露作業従事期間を挙げた上で,これらのうち,肺内石綿繊維数と石綿ばく露作業従事期間について,以下のとおり示 石綿累積ばく露量の指標として,胸膜プラーク画像所見等,肺内石綿繊維数,石綿肺所見,石綿ばく露作業従事期間を挙げた上で,これらのうち,肺内石綿繊維数と石綿ばく露作業従事期間について,以下のとおり示したことが認められる。 a 肺内石綿繊維数を指標とする考え方肺がん発症リスクを2倍に高める石綿ばく露量の指標としては,25本/ml×年以上の石綿ばく露量がこれに該当するが,これを示す医学的所見は,乾燥肺重量1g当たり石綿小体5000本以上,気管支肺胞洗浄液1ml 中5本以上,又は,乾燥肺重量1g当たり石綿繊維200万本以上(5μm超)とするのが妥当である。 b 石綿ばく露作業従事期間を指標とする考え方石綿ばく露作業従事期間に関しては,ヘルシンキ基準では25本/ml×年に相当するものとして,石綿製品製造作業,断熱工事作業,石綿吹付作業などの高濃度ばく露では1年,造船作業,建設作業な どの中濃度ばく露では5~10年とするが,業種別・職種別にばく露の程度は明らかではなく,また,同じ業種・職種でも作業内容やその頻度によってばく露の程度に差があることから,わが国では業種・職種をもって,石綿ばく露の程度が高濃度か中濃度かを評価することはできない。しかし,諸外国での取扱いを踏まえると,当該労働者に石綿ばく露所見が認められ,かつ,当該労働者が原則として石綿ばく露作業に概ね10年以上従事したことをもって,肺がんの発症リスクを2倍に高める指標とみなすのは妥当である。 (イ) 上記(ア)によれば,平成18年検討報告書は,石綿ばく露作業に従事する労働者が発症した肺がんの業務起因性を肯定する(肺がん発症の寄与危険度割合が50パーセント,相対危険度が2倍となる石綿累積ばく露量に達する)ためには,上記 8年検討報告書は,石綿ばく露作業に従事する労働者が発症した肺がんの業務起因性を肯定する(肺がん発症の寄与危険度割合が50パーセント,相対危険度が2倍となる石綿累積ばく露量に達する)ためには,上記a又はbのいずれかの条件を満たすことが基準となる旨示したことが認められる。 ウ肺がんの認定基準の変遷前記前提事実,証拠(甲A1,3,甲A5の1,2,甲A6ないし8,22)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (ア) 旧労働省は,昭和53年通達を発出し,石綿肺の所見のない石綿ばく露作業従事労働者に原発性肺がんが発生した場合の処理を定めた昭和53年肺がん認定基準において,当該労働者の石綿ばく露作業への従事期間が10年以上である場合には,その肺がんについて業務上の疾病であると認める旨定めた。なお,それに該当しない労働者,例えば,比較的短期間高濃度の石綿ばく露を受ける作業又は一時的に高濃度の石綿ばく露を間けつ的に受ける作業に従事した労働者に肺がんが発生した場合には,石綿ばく露作業の内容,同従事歴,臨床所見,病理学的所見等を調査の上で,関係資料を添えて旧労働省本省に判断を求めるべき旨併せて規定した。 (イ) 厚生労働省は,平成15年通達を発出し,石綿ばく露作業に従事する労働者に原発性肺がんが発生した場合の処理を定めた平成15年肺がん認定基準において,当該労働者の肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が認められる医学的所見が得られ,かつ,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上である場合には,その肺がんについて業務上の疾病であると認める旨定めた。しかし,上記の医学的所見に係る石綿小体又は石綿繊維の形状や数量に関する定めを設けていない。 なお,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上あるのに肺 業務上の疾病であると認める旨定めた。しかし,上記の医学的所見に係る石綿小体又は石綿繊維の形状や数量に関する定めを設けていない。 なお,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上あるのに肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が認められる医学的所見の得られない労働者や,石綿ばく露作業への従事期間が10年未満であるものの肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が認められる医学的所見の得られる労働者等については,厚生労働省と協議すべき旨も併せて規定した。 (ウ) そして,厚生労働省は,平成18年通達を発出し,石綿ばく露作業に従事する労働者に原発性肺がんが発生した場合の処理を定めた平成18年肺がん認定基準において,当該労働者の肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が認められる医学的所見が得られ,かつ,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上である場合には,その肺がんについて業務上の疾病であると認める旨定めた。しかし,上記(イ)の平成15年肺がん認定基準と同様,上記の医学的所見に係る石綿小体又は石綿繊維の形状や数量に関する定めを設けていない。 なお,平成18年肺がん認定基準は,これに加えて,石綿ばく露作業への従事期間が10年未満の労働者に対する救済規定を設けた。すなわち,肺内に石綿小体又は石綿繊維が認められる医学的所見があり,かつ,肺組織内の石綿小体又は石綿繊維が一定量以上(乾燥肺重量1g当たり5000本以上の石綿小体若しくは200万本以上(5μm超。1μm超の場合は500万本以上。なお,「1μm超」は,「2 μm超」が後日改められ,上記発出に遡って適用された数値である。)の石綿繊維又は気管支肺胞洗浄液1ml 中5本以上の石綿小体)認められた場合には,当該労働者の石綿ばく露作業への従事期間が10年未満であったとしても,当該労働者に発 に遡って適用された数値である。)の石綿繊維又は気管支肺胞洗浄液1ml 中5本以上の石綿小体)認められた場合には,当該労働者の石綿ばく露作業への従事期間が10年未満であったとしても,当該労働者に発症した原発性肺がんについて,業務上の疾病であると認める旨定めたのである。 (エ) しかるに,厚生労働省は,平成18年肺がん認定基準を定めて1年余が経過した平成19年3月14日,平成18年肺がん認定基準の事務処理を目的として,平成19年通達を発出した。同通達で定める平成19年肺がん認定基準の内容は,要旨,以下のとおりである。すなわち,石綿ばく露作業への従事期間が10年未満であったとしても,当該労働者に「乾燥肺重量1g当たり5000本以上」の石綿小体の存在が確認できれば,それをもって,肺がんの発症リスクを2倍に高める石綿ばく露量とした。そうすると,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上の労働者の肺内にも同水準の石綿小体が存在すると想定される。したがって,石綿ばく露作業への従事期間が10年以上の労働者であっても,肺内の石綿小体が乾燥肺重量1g当たり5000本を下回る場合には,肺がんの発症リスクを2倍に高めるとは即断できず,作業内容,頻度,ばく露形態,石綿の種類,肺組織の採取部位等を勘案して総合的に判断することが必要であるから,上記の5000本の基準に照らして石綿小体数が明らかに少ない場合には本省に照会されたい,というものである。 (3) 上記(2)に基づく検討ア石綿ばく露作業に従事した労働者に原発性肺がんが発生した場合,その肺がんについて業務上の疾病と認めるべきか否かについては,当該労働者において,肺がん発症の寄与危険度割合50パーセント,相対危険度2倍以上に高める石綿ばく露があったか(石綿の累積ばく露量に達した がんについて業務上の疾病と認めるべきか否かについては,当該労働者において,肺がん発症の寄与危険度割合50パーセント,相対危険度2倍以上に高める石綿ばく露があったか(石綿の累積ばく露量に達した か)否かをもって,肺がんの業務起因性の肯否を判断するのが合理的である。 イそして,そのような石綿累積ばく露量に達したか否かを判断する上で,石綿ばく露作業従事期間を指標とする場合,昭和53年肺がん認定基準,平成15年肺がん認定基準及び平成18年肺がん認定基準は,後二者が当該労働者の肺組織内に石綿小体又は石綿繊維が認められる医学的所見が得られることを前提としているものの,三つの認定基準いずれもが,石綿ばく露作業従事期間が「10年以上」であることをもって,肺がん発症の寄与危険度割合50パーセント,相対危険度2倍以上に高める石綿ばく露があったものと認めることとしたものである。また,平成18年検討報告書も,ヘルシンキ基準及び諸外国での取扱いを踏まえ,石綿ばく露所見が認められることを前提条件とした上で,当該労働者が原則として石綿ばく露作業に概ね「10年以上」従事したことをもって肺がん発症の相対危険度を2倍に高める指標とみなすことが妥当であるとし,上記の各肺がん認定基準と同旨の見解を採用した。すなわち,石綿ばく露作業従事期間を指標とする場合においては,肺組織内に石綿小体又は石綿繊維の存在,すなわち石綿ばく露の所見が認められれば足り,その数量については,別途基準値を設ける考え方を採用していない(石綿ばく露作業従事期間を指標とする場合には,肺内石綿小体数の数値基準を適用しない。)のである。 上記の石綿ばく露作業従事期間の指標として「10年以上」を設定したのは,石綿ばく露作業について前記第2の2(4)オaのとおり具体的に例示されている の数値基準を適用しない。)のである。 上記の石綿ばく露作業従事期間の指標として「10年以上」を設定したのは,石綿ばく露作業について前記第2の2(4)オaのとおり具体的に例示されているものの,それら各作業における石綿ばく露の程度が業種別,職種別に明らかとなっておらず,また,同業種,同職種でも作業内容やその頻度によって石綿ばく露の程度に差があるため,業種・職種をもって石綿ばく露の濃淡を評価することが困難であることから,「10年以 上」にわたって上記列挙された石綿ばく露作業に従事していれば,肺がん発症リスクを2倍に高める石綿累積ばく露量に達する指標を充足したと評価し(昭和53年肺がん認定基準及び平成15年肺がん認定基準並びにヘルシンキ基準を踏まえて検討された平成18年検討報告書は上記の趣旨を論じている。甲A13),当該労働者が従事した作業の具体的な業種や職種,作業内容を問わないこととしたと認めるのが相当である。 ウこれに対し,平成19年肺がん認定基準は,平成18年肺がん認定基準の判断ないし事務処理を目的とする規定でありながら,石綿の累積ばく露量に達したか否かを判断する上で,石綿ばく露作業従事期間を指標とする場合の基準である「10年以上」を充足した労働者に対し,当該労働者が従事した作業による石綿ばく露の程度が高濃度か,中濃度か又は低濃度かが判然としないことを理由として,上記の肺組織内の石綿小体又は石綿繊維の存在を裏付ける医学的所見にとどまらず,平成18年肺がん認定基準が定めた,肺内石綿小体数を指標とする基準である「乾燥肺重量1g当たり5000本」の数値基準を明示し,これを満たさなかった場合は上記と同水準のばく露とみることができるかどうかという観点から,作業内容,頻度,ばく露状態,石綿の種類,肺組織の採取部位等を 重量1g当たり5000本」の数値基準を明示し,これを満たさなかった場合は上記と同水準のばく露とみることができるかどうかという観点から,作業内容,頻度,ばく露状態,石綿の種類,肺組織の採取部位等を勘案して総合的に判断することが必要であるとして,上記石綿小体数を充足しないことを肺がんの業務起因性を否定するための重要な指標と位置付け,実質的には,肺がんの業務起因性を平成18年肺がん認定基準以上に絞り込む認定基準を設定したと評価することができる。 エしかし,石綿ばく露作業従事期間の「10年以上」を充足する労働者に対し,重ねて,「乾燥肺重量1g当たり5000本」の数値基準を明示し,この要件を充足しないことを業務起因性を否定するための重要な指標と位置付けることについては以下の点において疑問があり,その合理性は直ちには首肯し難い。 (ア) 平成18年肺がん認定基準の「乾燥肺重量1g当たり5000本」は,石綿ばく露作業従事期間が10年未満であるために石綿ばく露作業従事期間の指標を満たさない労働者に肺がんが発症した場合において,当該労働者を救済するべく,肺がん発症の寄与危険度割合50パーセント,相対危険度2倍以上に高める石綿累積ばく露があったことを基礎付けるための救済措置として設けられたものである。既に石綿ばく露作業従事期間の指標である「10年以上」の要件を充足した労働者に対し,重ねて,上記の基準数値の充足を実質的に要求するかのような運用は,かえって,「10年以上」の労働者の救済範囲を狭めるものであって,上記数値基準を設けた救済規定の趣旨に反する。 (イ) 昭和53年肺がん認定基準,平成15年肺がん認定基準及び平成18年肺がん認定基準,ヘルシンキ基準並びに平成18年検討報告書は,いずれも,肺がん発症の寄与危険度割合 の趣旨に反する。 (イ) 昭和53年肺がん認定基準,平成15年肺がん認定基準及び平成18年肺がん認定基準,ヘルシンキ基準並びに平成18年検討報告書は,いずれも,肺がん発症の寄与危険度割合50パーセント,相対危険度2倍以上に高める石綿累積ばく露があったものと認めるための要件として,石綿ばく露作業従事期間,肺内石綿繊維数という複数の基準を示し,そのいずれかを充足した場合にこれを認めることとしている。 しかるに,平成18年肺がん認定基準の判断ないし事務処理規定でしかない平成19年肺がん認定基準は,これらとは異なり,上記のとおり,石綿ばく露作業従事期間「10年以上」という要件を要求し,かつ,肺内石綿小体数「乾燥肺重量1g当たり5000本」との数値基準を充足しないことを業務起因性を否定するための重要な指標としていると理解できる。しかし,そのような取扱いは,石綿ばく露の程度が業種別,職種別に明らかでなく,また,同業種,同職種でも作業内容やその頻度によっても差があり,石綿ばく露作業による石綿ばく露の程度が濃淡を論じることの意味が乏しいため,前記第2の2(4)オ(ア)aのとおり具体的に例示された石綿ばく露作業に従事しているこ とを前提とし,従事期間に着目して「(概ね)10年以上」を指標とした,それまでの肺がん認定基準及び平成18年検討報告書の各趣旨と相反するものである。 (ウ) そして,石綿小体数については,未だ,一般人もしくは何らかの石綿ばく露にあった者の肺内からどの位の石綿小体が検出されるかを厳密な聞き取り調査とコントロール群の設定をした上で系統的に収集して比較した研究は今日まで極めて少なく(甲A17,甲B46),肺がん症例における石綿小体数の研究において,肺がんについて,単に石綿小体数のみで職業性か否かを判断すること 設定をした上で系統的に収集して比較した研究は今日まで極めて少なく(甲A17,甲B46),肺がん症例における石綿小体数の研究において,肺がんについて,単に石綿小体数のみで職業性か否かを判断することの困難性を示しているとの見解も示されている(その詳細は後記2(2)ア(エ)記載のとおり。 甲A17)。また,前記のとおり,石綿小体数について,ヘルシンキ基準は,肺乾燥重量1g当たり1000本以上の石綿小体が認められる場合には職業上での石綿ばく露の可能性が高いとしている。さらに,当該労働者がばく露した石綿がクリソタイルである場合,「10年以上」の石綿ばく露作業に従事した期間が終了してから経過した時間が長ければ長いほど,そのクリアランス作用により,相当量のクリソタイルが肺内から消失することとなる。そうすると,当該労働者の肺内に上記の基準値を満たす肺内石綿小体が現在もなお肺内に存在することを要件とするかのような運用は,当該労働者の過去の石綿ばく露作業従事による石綿累積ばく露量を判断する上で果たして合理的といえるか,疑問があるし(クリソタイル繊維につき,クリアランス速度が速いため,相対的に肺組織内に蓄積されにくく,それゆえ,肺内繊維分析よりも職歴の聴取が肺がんの危険度の適切な指標となる旨言及するヘルシンキ基準と整合しない。),上記基準値に係る肺内石綿小体が肺内に現存することを重要な指標とした場合,石綿ばく露作業に従事した「10年以上」の期間中に肺内に吸入されたものの,その後, クリアランス作用により消失したために現存しないクリソタイルについては考慮しないこととなる。そうすると,これら現存しないクリソタイルが肺内に存在したときに当該労働者の健康に対して与えたであろう悪影響を全く考慮していないこととなるが,それが合理的か,疑問が残る。 ないこととなる。そうすると,これら現存しないクリソタイルが肺内に存在したときに当該労働者の健康に対して与えたであろう悪影響を全く考慮していないこととなるが,それが合理的か,疑問が残る。 オそうすると,事務処理規程の趣旨の通達で,それまでの認定基準の重要な変更を行うことの是非はともかくとしても,石綿ばく露作業従事者の肺がん発症の寄与危険度割合50パーセント,相対危険度2倍以上に高める石綿累積ばく露があったか否かを判断するに当たって,石綿ばく露作業従事期間が「10年以上」であることに加えて,さらに,肺内石綿小体数「乾燥肺重量1g当たり5000本以上」という認定基準を満たさないことを肺がんの業務起因性を否定するための重要な指標とすることについて,合理性を見出すことは困難であるといわざるを得ない(もとより,平成19年肺がん認定基準によれば,客観的な事実(完全に証明はできない事実でもある。)として石綿とは無関係な肺がんについて労災認定することが減少する可能性が高くなるとはいえるかもしれない。 しかし,それは同時に,石綿によって生じた肺がんについて不支給決定を増加させるおそれが高くなるかもしれないのである。そもそも,肺がんについては,石綿による肺がんとそれ以外の原因による肺がんとを医学的に区別できないことから,肺がん発症の相対リスクが2倍以上あれば,当該肺がんが石綿に起因するものとみなすという考え方によって認定基準が作られている(当事者間に争いがない)。本件は,具体的にどのような事情を考慮することが上記認定基準として適切かということが問題となっているのである。その場合の視点としては,「救済制度について,健康被害者を隙間なく救済するという基本的な枠組みの考え方を踏まえ,どのような(医学的)所見があれば,石綿を原因とする疾患で あ なっているのである。その場合の視点としては,「救済制度について,健康被害者を隙間なく救済するという基本的な枠組みの考え方を踏まえ,どのような(医学的)所見があれば,石綿を原因とする疾患で あると判断していいのかというのが,まず重要なポイントになる。」(石綿による健康被害に係る医学的判断に関する検討会(第1回)における環境省環境保健部長の発言(甲A11))とされていることも考慮されるべきである。また,同検討会における,出席委員の各発言を検討しても,平成19年肺がん認定基準と親和的な見解が多いとも考え難い(甲A12)。)。 なお,被告は,証人Eの意見書(乙16,18)が,乙21に基づき,クリソタイルの肺がん発症リスクとクロシドライトのそれとを比較すると,前者が後者の10分の1ないし50分の1のリスクであるとしていることから,二つの指標,すなわち,石綿ばく露作業従事期間の指標と肺内石綿繊維数の指標の充足の必要性を強調する。しかし,ヘルシンキ基準には上記のような石綿の種類によるリスク格差に係る記載はないし,平成18年検討報告書にもそのような言及がなく,上記と意見を異にする見解も存在すること(甲A26)も踏まえると,原告が批判するとおり,石綿の種類によるリスク格差についてはその正当性になお疑問があり,乙23の2及び24の2もその疑問を解消するには至らない。そもそも,上記のリスク格差は,旧労働省及び厚生労働省が労働者のばく露した石綿の種類を区別することなく肺がん認定基準を定立してきた経緯とも齟齬するものであって,採用することはできない。 (4) まとめ以上によれば,石綿ばく露作業に従事した労働者に肺がんが発生した場合,その肺がんについて業務上の疾病と認めるべきか否かについては,当該労働者による石綿ばく露作業従 。 (4) まとめ以上によれば,石綿ばく露作業に従事した労働者に肺がんが発生した場合,その肺がんについて業務上の疾病と認めるべきか否かについては,当該労働者による石綿ばく露作業従事期間が「10年以上」であれば,当該労働者の肺組織内に職業上の石綿ばく露の可能性が高いとされる程度の石綿小体又は石綿繊維の存在が認められる医学的所見が得られれば,肺がんが業務上の疾病として認めるのが相当というべきである(なお,石綿ばく露作 業に従事したことによって一般通常人ではあり得ない量の石綿に業務によりばく露したため,肺がんが発症したことを裏付けるため,肺組織内の石綿小体又は石綿繊維の数量については,一般通常人のそれに比べて明らかに多いことが一つの目安となり得るだろう。ごく僅かな,一般通常人と同等の数量の石綿小体又は石綿繊維しか残存していなければ,肺がんの業務起因性について更なる検討が必要となる可能性がある。)。 2 本件疾病の業務起因性について(1) 原告の石綿ばく露作業の従事期間が「10年以上」であることア原告が,昭和47年4月に本件会社に入社した後,少なくとも,昭和48年2月から昭和53年3月までの約5年2か月間,昭和55年4月から昭和61年6月までの約6年3か月間の合計11年5か月間,石綿取扱業務に従事し,クリソタイルを中心とする石綿粉じんにばく露した事実(甲B11の1,2)は当事者間に争いがなく,原告が石綿ばく露作業従事期間の指標である「10年以上」の要件を充足していることが認められる(本件の審査請求棄却決定(甲B24),本件の再審査請求棄却裁決(甲B26)のいずれにおいても,この点を否定しているものではない。)。 イ被告は,原告が上記の期間に石綿ばく露作業に従事していたとしてもその石綿ばく 甲B24),本件の再審査請求棄却裁決(甲B26)のいずれにおいても,この点を否定しているものではない。)。 イ被告は,原告が上記の期間に石綿ばく露作業に従事していたとしてもその石綿ばく露の濃度は低濃度であって,中・高濃度ばく露とは認められない旨主張する。しかし,被告は,石綿ばく露濃度に係る高濃度,中濃度,低濃度の基準を具体的に明らかにしておらず,原告の石綿ばく露濃度がいかなる理由により相対的に低濃度であって,中・高濃度とはいえないのかが判然としない。かえって,被告の上記主張は,概ね「10年以上」にわたって石綿ばく露作業に従事してれば肺がん発症リスクを2倍に高める石綿累積ばく露量に達するとする,石綿ばく露作業従事期間に着目した指標が設定された趣旨を顧みないものであって採用すること はできない。 (2) 原告の肺内の石綿小体,石綿繊維の数値ア前記前提事実,証拠(乙16ないし18)によれば,以下の事実が認められる。 (ア) 平成15年10月28日に本件病院における手術により切除された原告の右肺上葉について,H大学(同大学大学院医学研究院診断病理学所属のFが担当。以下,単に「H大学」という。)及び安衛研により,病理検査が実施された。それらの結果は,以下のとおりである。 aH大学(甲B9の1,2)平成19年7月22日に実施された病理検査によれば,乾燥肺重量1g当たり,石綿小体1230本及び石綿繊維4080本(1回目),石綿小体1770本及び石綿繊維3440本(2回目)が計測された。 b 安衛研(甲B10)(a) 平成19年8月17日付け同日付けで作成された計数結果報告書によれば,乾燥肺重量1g当たり,2μmを超える石綿繊維が3 。 b 安衛研(甲B10)(a) 平成19年8月17日付け同日付けで作成された計数結果報告書によれば,乾燥肺重量1g当たり,2μmを超える石綿繊維が34万本(内訳:トレモライト22万本,クリソタイル6万本,アモサイト3万本,クロシドライト3万本),5μmを超える石綿繊維が11万本(内訳:トレモライト6万本,クリソタイル3万本,クロシドライト3万本),総石綿繊維53万本(内訳:トレモライト34万本,クリソタイル11万本,アモサイト6万本,クロシドライト3万本)が計測された。 (b) 平成22年2月19日付け同日付けで作成された計数結果報告書によれば,乾燥肺重量1g当たり,1μmを超える石綿繊維が54万本(内訳:トレモライ ト34万本,クリソタイル11万本,アモサイト6万本,クロシドライト3万本),5μmを超える石綿繊維が12万本(内訳:トレモライト6万本,クリソタイル3万本,クロシドライト3万本)が計測された。 (イ) ヘルシンキ基準は,石綿ばく露作業に従事した労働者が職業的に石綿にばく露した可能性が高いと判断できる目安の一例として,肺乾燥重量1g当たり5μm以上の角閃石石綿繊維が10万本以上,肺乾燥重量1g当たり1μm以上の角閃石石綿繊維が100万本以上,又は,肺乾燥重量1g当たり1000本以上の石綿小体が測定されることを示す。 (ウ) 全く石綿を取り扱った職歴のない一般通常人であっても,一定量の石綿小体が肺内に存在しており,一般に,石綿ばく露レベルの評価については,乾燥肺重量1g当たり1000以下が「一般人レベル(職業ばく露を受けた可能性は低い)」,同1000~5000が「一般人より明らかに高いレベル(職業ばく露の可能性が強く ばく露レベルの評価については,乾燥肺重量1g当たり1000以下が「一般人レベル(職業ばく露を受けた可能性は低い)」,同1000~5000が「一般人より明らかに高いレベル(職業ばく露の可能性が強く疑われる)」,同5000以上が「職業ばく露があったと推定できる」(なお,純粋クリソタイルばく露は評価できない)(甲A1,E証人執筆部分)とされている。 (エ) 一方,クリソタイル主体の職業性ばく露と判断された肺がん患者3名について,乾燥肺重量1g当たりの石綿小体数は,309本,181本,481本(いずれも労災認定を受けている。)であったとの報告(甲B46(G証人の意見書),ただし,G証人は,原告の上記石綿小体数については290本と算定している(甲B7の1,2)。)がある。また,臨床肺がん症例69例,石綿ばく露が疑われる依頼肺がん症例71例及び労災認定が確定した石綿肺がん症例61例を対比し,肺内石綿小体数を計測した研究において,臨床肺がん69例のう ち,5000本以上の小体は7.2%,1000本未満が76.8%であり,依頼肺がん71例では5000本以上の小体が38%で,1000本未満が36.6%であり,認定肺がん61例では5000本以上が59%,1000本未満が21.3%であり,これらの事実は,単に石綿小体数のみで職業性か否かを判断することの困難性を示しているとの報告もある(甲A17)。 イ上記アの事実によれば,上記(ウ)の基準(E証人執筆部分)においても,原告の石綿小体数は1000本を少し超える程度のものではあるが,クリソタイルによるばく露であると考えられるにもかかわらず「一般人より明らかに高いレベル(職業ばく露の可能性が強く疑われる)」に位置づけられること,また,1000本以下であるからといって,職業ばく露の可 タイルによるばく露であると考えられるにもかかわらず「一般人より明らかに高いレベル(職業ばく露の可能性が強く疑われる)」に位置づけられること,また,1000本以下であるからといって,職業ばく露の可能性を直ちに否定できるとまではいい難いことなどからすれば,原告の肺組織内に職業上石綿ばく露の可能性が高いとされる程度の石綿小体が残存していたと評価することが相当である。 (3) 原告の喫煙歴,遺伝的要因の有無等ア証拠(乙3,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,肺がん発症の要因の一つとされる喫煙については,原告は,15歳で高等専門学校に入学し同校の寮に入寮して以降,喫煙習慣のある父親とは別居していること,原告は入社後本件会社の独身寮に入寮した後の20歳(昭和46年)から25歳(昭和51年)ころまで1日10本程度喫煙していたものの,その後は禁煙して今日に至っていること,26歳で結婚して以降も喫煙をせず,また,妻も喫煙習慣がなかったこと,本件疾病が確認されるまでの間に約27年の歳月が経過していることが認められ,これらによれば,原告の上記の喫煙歴が本件疾病の発症の原因であると認めることはできない。 イ証拠(原告本人)によれば,原告の親族のうち,原告の母方の祖母が乳 ガンで死去したこと,原告の母親が脳梗塞で死去したこと,喫煙習慣のある原告の父親と原告の兄弟は健在であること,上記祖母のほかにがんが死因で死去した者が存在しないことが認められ,以上によれば,原告の遺伝的要因が肺がんの発症に寄与した可能性を認めることも困難であるといわざるを得ない。 ウ原告が,上記の喫煙及び遺伝的要因のほかに,肺がん発症の原因となり得る要因を抱えていることを認めるに足りる証拠はない。 (4) まとめ以上によれば,原告は1 るを得ない。 ウ原告が,上記の喫煙及び遺伝的要因のほかに,肺がん発症の原因となり得る要因を抱えていることを認めるに足りる証拠はない。 (4) まとめ以上によれば,原告は10年以上に及ぶ石綿ばく露作業に従事したことによって業務上石綿にばく露し,その結果,原告の肺内に吸入された石綿を原因として本件疾病を発症させたものであり,本件疾病の発症は業務に起因するものと認めるのが相当である。 3 結論よって,本訴請求は理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。 主文 東京地方裁判所民事第19部 裁判長裁判官古久保正 裁判官渡邊和義 裁判官島根里織
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